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 1<HTML>⏎1 
 2<HEAD>⏎2 
d33-5<meta ...>⏎
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 6<TITLE>手習(大島本)</TITLE>⏎3 
 7</HEAD>⏎4 
cd2:18-9<body background="wallppr063.gif">⏎
<p>First updated 9/20/1996(ver.1-1)<br>⏎
5<BODY>⏎
cd3:210-12Last updated 9/27/2011(ver.2-2)<br>渋谷栄一校訂(C)</p>⏎
<P
>⏎

6-7<ADDRESS>Last updated 9/27/2011(ver.2-2)<BR>
渋谷栄一校訂(C)</ADDRESS>⏎
 13<H3>手習</H3>⏎8 
d114<P>⏎
 15薫君の大納言時代二十七歳三月末頃から二十八歳の夏までの物語<BR>⏎9 
d116<P>⏎
 17 [主要登場人物]<BR>⏎10 
 18<DL>⏎11 
 19<DT> 薫<かおる>⏎12 
 20<DD>呼称---右大将殿・大将殿・大将・殿、源氏の子<BR>⏎13 
 21<DT> 匂宮<におうのみや>⏎14 
 22<DD>呼称---兵部卿宮・宮、今上帝の第三親王<BR>⏎15 
 23<DT> 明石中宮<あかしのちゅうぐう>⏎16 
 24<DD>呼称---大宮・后の宮・宮、源氏の娘<BR>⏎17 
 25<DT> 夕霧<ゆうぎり>⏎18 
 26<DD>呼称---右大臣殿・右の大殿、源氏の長男<BR>⏎19 
 27<DT> 女一の宮<おんないちのみや>⏎20 
 28<DD>呼称---姫宮・一品の宮・宮、今上帝の第一内親王<BR>⏎21 
 29<DT> 女二の宮<おんなにのみや>⏎22 
 30<DD>呼称---姫宮・帝の御女、今上帝の第二内親王<BR>⏎23 
 31<DT> 中君<なかのきみ><BR>⏎24 
 32<DD>呼称---兵部卿宮の北の方・姉君、八の宮の二女<BR>⏎25 
 33<DT> 浮舟<うきふね><BR>⏎26 
 34<DD>呼称---姫君・故八宮の御女・大将殿の御後・御妹、八の宮の三女<BR>⏎27 
 35<DT> 中将の君<ちゅうじょうのきみ><BR>⏎28 
 36<DD>呼称---母君・親・母、浮舟の母<BR>⏎29 
 37<DT> 小君<こぎみ><BR>⏎30 
 38<DD>呼称---小君・童・弟の童、浮舟の異父弟<BR>⏎31 
 39<DT> 浮舟の乳母<うきふねのめのと><BR>⏎32 
 40<DD>呼称---乳母<BR>⏎33 
 41<DT> 母尼<ははのあま>⏎34 
 42<DD>呼称---大尼君・母の尼君、横川僧都の母<BR>⏎35 
 43<DT> 横川僧都<よかわのそうず>⏎36 
 44<DD>呼称---なにがし僧都・僧都<BR>⏎37 
 45<DT> 妹尼<いもうとのあま>⏎38 
 46<DD>呼称---妹の尼君・尼上・娘の尼君、横川僧都の妹<BR>⏎39 
 47<DT> 中将<ちゅうじょう><BR>⏎40 
 48<DD>呼称---中将殿・婿の君・客人・男君、薫妹尼君の娘婿<BR>⏎41 
 49<DT> 弟子の阿闍梨<でしのあざり><BR>⏎42 
 50<DD>呼称---阿闍梨、横川僧都の弟子<BR>⏎43 
 51<DT> 小宰相の君<こざいしょうのきみ><BR>⏎44 
 52<DD>呼称---宰相の君<BR>⏎45 
 53</DL>⏎46 
d154<P>⏎
 55第一章 浮舟の物語 浮舟、入水未遂、横川僧都らに助けられる<BR>⏎47 
 56<OL>⏎48 
 57<LI>横川僧都の母、初瀬詣での帰途に急病---<A HREF="#in11">そのころ、横川に、なにがし僧都とか言ひて</A>⏎49 
 58<LI>僧都、宇治の院の森で妖しい物に出会う---<A HREF="#in12">まづ、僧都渡りたまふ。「いといたく荒れて</A>⏎50 
 59<LI>若い女であることを確認し、救出する---<A HREF="#in13">妖しのさまに、額おし上げて出で来たり</A>⏎51 
 60<LI>妹尼、若い女を介抱す---<A HREF="#in14">御車寄せて降りたまふほど、いたう苦しがりたまふとて</A>⏎52 
 61<LI>若い女生き返るが、死を望む---<A HREF="#in15">僧都もさしのぞきて、「いかにぞ。何のしわざぞと</A>⏎53 
 62<LI>宇治の里人、僧都に葬送のことを語る---<A HREF="#in16">二日ばかり籠もりゐて、二人の人を祈り</A>⏎54 
 63<LI>尼君ら一行、小野に帰る---<A HREF="#in17">尼君よろしくなりたまひぬ。方も開きぬれば</A>⏎55 
 64</OL>⏎56 
 65第二章 浮舟の物語 浮舟の小野山荘での生活<BR>⏎57 
 66<OL>⏎58 
 67<LI>僧都、小野山荘へ下山---<A HREF="#in21">うちはへかく扱ふほどに、四、五月も過ぎぬ</A>⏎59 
 68<LI>もののけ出現---<A HREF="#in22">「朝廷の召しにだに従はず、深く籠もりたる山を</A>⏎60 
 69<LI>浮舟、意識を回復---<A HREF="#in23">正身の心地はさはやかに、いささかものおぼえて</A>⏎61 
 70<LI>浮舟、五戒を受く---<A HREF="#in24">「いかなれば、かく頼もしげなくのみはおはするぞ</A>⏎62 
 71<LI>浮舟、素性を隠す---<A HREF="#in25">「夢のやうなる人を見たてまつるかな」と尼君は喜びて</A>⏎63 
 72<LI>小野山荘の風情---<A HREF="#in26">この主人もあてなる人なりけり。娘の尼君は</A>⏎64 
 73<LI>浮舟、手習して述懐---<A HREF="#in27">尼君ぞ、月など明き夜は、琴など弾きたまふ</A>⏎65 
 74<LI>浮舟の日常生活---<A HREF="#in28">若き人の、かかる山里に、今はと思ひ絶え籠もるは</A>⏎66 
 75</OL>⏎67 
 76第三章 浮舟の物語 中将、浮舟に和歌を贈る<BR>⏎68 
 77<OL>⏎69 
 78<LI>尼君の亡き娘の婿君、山荘を訪問---<A HREF="#in31">尼君の昔の婿の君、今は中将にてものしたまひける</A>⏎70 
 79<LI>浮舟の思い---<A HREF="#in32">人びとに水飯などやうの物食はせ、君にも蓮の実など</A>⏎71 
 80<LI>中将、浮舟を垣間見る---<A HREF="#in33">尼君入りたまへる間に、客人、雨のけしきを見わづらひて</A>⏎72 
 81<LI>中将、横川の僧都と語る---<A HREF="#in34">前近き女郎花を折りて、「何匂ふらむ」と口ずさびて</A>⏎73 
 82<LI>中将、帰途に浮舟に和歌を贈る---<A HREF="#in35">またの日、帰りたまふにも、「過ぎがたくなむ」</A>⏎74 
 83<LI>中将、三度山荘を訪問---<A HREF="#in36">文などわざとやらむは、さすがにうひうひしう</A>⏎75 
 84<LI>尼君、中将を引き留める---<A HREF="#in37">さすがに、かかる古代の心どもにはありつかず</A>⏎76 
 85<LI>母尼君、琴を弾く---<A HREF="#in38">「女は、昔は、東琴をこそは、こともなく弾きはべりしかど</A>⏎77 
 86<LI>翌朝、中将から和歌が贈られる---<A HREF="#in39">これに事皆醒めて、帰りたまふほども</A>⏎78 
 87</OL>⏎79 
 88第四章 浮舟の物語 浮舟、尼君留守中に出家す<BR>⏎80 
 89<OL>⏎81 
 90<LI>九月、尼君、再度初瀬に詣でる---<A HREF="#in41">九月になりて、この尼君、初瀬に詣づ</A>⏎82 
 91<LI>浮舟、少将の尼と碁を打つ---<A HREF="#in42">皆出で立ちけるを眺め出でて、あさましきことを</A>⏎83 
 92<LI>中将来訪、浮舟別室に逃げ込む---<A HREF="#in43">月さし出でてをかしきほどに、昼文ありつる中将</A>⏎84 
 93<LI>老尼君たちのいびき---<A HREF="#in44">姫君は、「いとむつかし」とのみ聞く老い人のあたりに</A>⏎85 
 94<LI>浮舟、悲運のわが身を思う---<A HREF="#in45">昔よりのことを、まどろまれぬままに、常よりも</A>⏎86 
 95<LI>僧都、宮中へ行く途中に立ち寄る---<A HREF="#in46">下衆下衆しき法師ばらなどあまた来て</A>⏎87 
 96<LI>浮舟、僧都に出家を懇願---<A HREF="#in47">立ちてこなたにいまして、「ここにや</A>⏎88 
 97<LI>浮舟、出家す---<A HREF="#in48">「あやしく、かかる容貌ありさまを、などて身を</A>⏎89 
 98</OL>⏎90 
 99第五章 浮舟の物語 浮舟、出家後の物語<BR>⏎91 
 100<OL>⏎92 
 101<LI>少将の尼、浮舟の出家に気も動転---<A HREF="#in51">かかるほど、少将の尼は、兄の阿闍梨の</A>⏎93 
 102<LI>浮舟、手習に心を託す---<A HREF="#in52">皆人びと出で静まりぬ。夜の風の音に、この人びとは</A>⏎94 
 103<LI>中将からの和歌に返歌す---<A HREF="#in53">同じ筋のことを、とかく書きすさびゐたまへるに</A>⏎95 
 104<LI>僧都、女一宮に伺候---<A HREF="#in54">一品の宮の御悩み、げに、かの弟子の言ひしもしるく</A>⏎96 
 105<LI>僧都、女一宮に宇治の出来事を語る---<A HREF="#in55">御もののけの執念きことを、さまざまに</A>⏎97 
 106<LI>僧都、山荘に立ち寄り山へ帰る---<A HREF="#in56">姫宮おこたり果てさせたまひて、僧都も登り</A>⏎98 
 107<LI>中将、小野山荘に来訪---<A HREF="#in57">今日は、ひねもすに吹く風の音もいと心細きに</A>⏎99 
 108<LI>中将、浮舟に和歌を贈って帰る---<A HREF="#in58">「かばかりのさましたる人を失ひて</A>⏎100 
 109</OL>⏎101 
 110第六章 浮舟の物語 薫、浮舟生存を聞き知る<BR>⏎102 
 111<OL>⏎103 
 112<LI>新年、浮舟と尼君、和歌を詠み交す---<A HREF="#in61">年も返りぬ。春のしるしも見えず、凍りわたれる</A>⏎104 
 113<LI>大尼君の孫、紀伊守、山荘に来訪---<A HREF="#in62">大尼君の孫の紀伊守なりける、このころ上り</A>⏎105 
 114<LI>浮舟、薫の噂など漏れ聞く---<A HREF="#in63">「かのわたりの親しき人なりけり」と見るにも</A>⏎106 
 115<LI>浮舟、尼君と語り交す---<A HREF="#in64">「忘れたまはぬにこそは」とあはれに思ふにも</A>⏎107 
 116<LI>薫、明石中宮のもとに参上---<A HREF="#in65">大将は、この果てのわざなどせさせたまひて</A>⏎108 
 117<LI>小宰相、薫に僧都の話を語る---<A HREF="#in66">立ち寄りて物語などしたまふついでに</A>⏎109 
 118<LI>薫、明石中宮に対面し、横川に赴く---<A HREF="#in67">「あさましうて、失ひはべりぬと思ひたまへし人</A>⏎110 
 119</OL>⏎111 
d1120<P>⏎
 121<A HREF="#in71">【出典】</A><BR>⏎112 
 122<A HREF="#in72">【校訂】</A><BR>⏎113 
d1123<P>⏎
text53124 <H4>第一章 浮舟の物語 浮舟、入水未遂、横川僧都らに助けられる</H4>114 
text53125 <A NAME="in11">[第一段 横川僧都の母、初瀬詣での帰途に急病]</A><BR>115 
d1126<P>⏎
 127 そのころ、横川に、なにがし僧都とか言ひて、いと尊き人住みけり。八十余りの母、五十ばかりの妹ありけり。古き願ありて、初瀬に詣でたりけり。<BR>⏎116 
d1128<P>⏎
 129 睦ましうやむごとなく思ふ弟子の阿闍梨を添へて、仏経供養ずること行ひけり。事ども多くして帰る道に、奈良坂と言ふ山越えけるほどより、この母の尼君、心地悪しうしければ、「かくては、いかでか残りの道をもおはし着かむ」ともて騷ぎて、宇治のわたりに知りたりける人の家ありけるに、とどめて、今日ばかり休めたてまつるに、なほいたうわづらへば、横川に消息したり。<BR>⏎117 
d1130<P>⏎
 131 山籠もりの本意深く、今年は出でじと思ひけれど、「限りのさまなる親の、道の空にて亡くやならむ」と驚きて、急ぎものしたまへり。惜しむべくもあらぬ人ざまを、みづからも、弟子の中にも験あるして、加持し騒ぐを、家主人聞きて、<BR>⏎118 
d1132<P>⏎
 133 「御獄精進しけるを、いたう老いたまへる人の、重く悩みたまふは、いかが」<BR>⏎119 
d1134<P>⏎
 135 とうしろめたげに思ひて言ひければ、さも言ふべきことぞ、いとほしう思ひて、いと狭くむつかしうもあれば、やうやう率てたてまつるべきに、中神塞がりて、例住みたまふ方は忌むべかりければ、「故朱雀院の御領にて、宇治の院と言ひし所、このわたりならむ」と思ひ出でて、院守、僧都知りたまへりければ、「一、二日宿らむ」と言ひにやりたまへりければ、<BR>⏎120 
d1136<P>⏎
 137 「初瀬になむ、昨日皆詣りにける」<BR>⏎121 
d1138<P>⏎
 139 とて、いとあやしき宿守の翁を呼びて率て来たり。<BR>⏎122 
d1140<P>⏎
 141 「おはしまさば、はや。いたづらなる院の寝殿にこそはべるめれ。物詣での人は、常にぞ宿りたまふ」<BR>⏎123 
d1142<P>⏎
 143 と言へば、<BR>⏎124 
d1144<P>⏎
 145 「いとよかなり。公所なれど、人もなく心やすきを」<BR>⏎125 
d1146<P>⏎
 147 とて、見せにやりたまふ。この翁、例もかく宿る人を見ならひたりければ、おろそかなるしつらひなどして来たり。<BR>⏎126 
d1148<P>⏎
text53149 <A NAME="in12">[第二段 僧都、宇治の院の森で妖しい物に出会う]</A><BR>127 
d1150<P>⏎
 151 まづ、僧都渡りたまふ。「いといたく荒れて、恐ろしげなる所かな」と見たまふ。<BR>⏎128 
d1152<P>⏎
 153 「大徳たち、経読め」<BR>⏎129 
d1154<P>⏎
 155 などのたまふ。この初瀬に添ひたりし阿闍梨と同じやうなる、何事のあるにか、つきづきしきほどの下臈法師に、火ともさせて、人も寄らぬうしろの方に行きたり。森かと見ゆる木の下を、「疎ましげのわたりや」と見入れたるに、白き物の広ごりたるぞ見ゆる。<BR>⏎130 
d1156<P>⏎
 157 「かれは、何ぞ」<BR>⏎131 
d1158<P>⏎
 159 と、立ち止まりて、火を明くなして見れば、物の居たる姿なり。<BR>⏎132 
d1160<P>⏎
 161 「狐の変化したる。憎し。見現はさむ」<BR>⏎133 
d1162<P>⏎
 163 とて、一人は今すこし歩み寄る。今一人は、<BR>⏎134 
d1164<P>⏎
 165 「あな、用な。よからぬ物ならむ」<BR>⏎135 
d1166<P>⏎
 167 と言ひて、さやうの物退くべき印を作りつつ、さすがになほまもる。頭の髪あらば太りぬべき心地するに、この火ともしたる大徳、憚りもなく、奥なきさまにて、近く寄りてそのさまを見れば、髪は長くつやつやとして、大きなる木のいと荒々しきに寄りゐて、いみじう泣く。<BR>⏎136 
d1168<P>⏎
 169 「珍しきことにもはべるかな。僧都の御坊に御覧ぜさせたてまつらばや」<BR>⏎137 
d1170<P>⏎
 171 と言へば、<BR>⏎138 
d1172<P>⏎
 173 「げに、妖しき事なり」<BR>⏎139 
d1174<P>⏎
 175 とて、一人はまうでて、「かかることなむ」と申す。<BR>⏎140 
d1176<P>⏎
 177 「狐の人に変化するとは昔より聞けど、まだ見ぬものなり」<BR>⏎141 
d1178<P>⏎
 179 とて、わざと下りておはす。<BR>⏎142 
d1180<P>⏎
 181 かの渡りたまはむとすることによりて、下衆ども、皆はかばかしきは、<A HREF="#k01">御厨子所</A><A NAME="t01">な</A>ど、あるべかしきことどもを、かかるわたりには急ぐものなりければ、ゐ静まりなどしたるに、ただ四、五人して、ここなる物を見るに、変はることもなし。<BR>⏎143 
d1182<P>⏎
 183 あやしうて、時の移るまで見る。「疾く夜も明け果てなむ。人か何ぞと、<A HREF="#k02">見現はさむ</A><A NAME="t02">」</A>と、心にさるべき真言を読み、印を作りて試みるに、しるくや思ふらむ、<BR>⏎144 
d1184<P>⏎
 185 「これは、人なり。さらに非常のけしからぬ物にあらず。寄りて問へ。亡くなりたる人にはあらぬにこそあめれ。もし死にたりける人を捨てたりけるが、蘇りたるか」<BR>⏎145 
d1186<P>⏎
 187 と言ふ。<BR>⏎146 
d1188<P>⏎
 189 「何の、さる人をか、この院の内に捨てはべらむ。たとひ、真に人なりとも、狐、木霊やうの物の、欺きて取りもて来たるにこそはべらめと、不便にもはべりけるかな。穢らひあるべき所にこそはべめれ」<BR>⏎147 
d1190<P>⏎
 191 と言ひて、ありつる宿守の男を呼ぶ。山彦の答ふるも、いと恐ろし。<BR>⏎148 
d1192<P>⏎
text53193 <A NAME="in13">[第三段 若い女であることを確認し、救出する]</A><BR>149 
d1194<P>⏎
 195 妖しのさまに、額おし上げて出で来たり。<BR>⏎150 
d1196<P>⏎
 197 「ここには、若き女などや住みたまふ。かかることなむある」<BR>⏎151 
d1198<P>⏎
 199 とて見すれば、<BR>⏎152 
d1200<P>⏎
 201 「狐の仕うまつるなり。この木のもとになむ、時々妖しきわざなむしはべる。一昨年の秋も、ここにはべる人の子の、二つばかりにはべしを、取りてまうで来たりしかど、見驚かずはべりき」<BR>⏎153 
d1202<P>⏎
 203 「さて、その稚児は死にやしにし」<BR>⏎154 
d1204<P>⏎
 205 と言へば、<BR>⏎155 
d1206<P>⏎
 207 「生きてはべり。狐は、さこそは人を脅かせど、ことにもあらぬ奴」<BR>⏎156 
d1208<P>⏎
 209 と言ふさま、いと馴れたり。かの夜深き参りものの所に、心を寄せたるなるべし。僧都、<BR>⏎157 
d1210<P>⏎
 211 「さらば、さやうの物のしたるわざか。なほ、よく見よ」<BR>⏎158 
d1212<P>⏎
 213 とて、このもの懼ぢせぬ法師を寄せたれば、<BR>⏎159 
d1214<P>⏎
 215 「鬼か神か狐か木霊か。かばかりの天の下の験者のおはしますには、え隠れたてまつらじ。名のりたまへ。名のりたまへ」<BR>⏎160 
d1216<P>⏎
 217 と、衣を取りて引けば、顔をひき入れていよいよ泣く。<BR>⏎161 
d1218<P>⏎
 219 「いで、あな、さがなの木霊の鬼や。まさに隠れなむや」<BR>⏎162 
d1220<P>⏎
 221 と言ひつつ、顔を見むとするに、「昔ありけむ目も鼻もなかりける女鬼にやあらむ」と、むくつけきを、頼もしういかきさまを人に見せむと思ひて、衣を引き脱がせむとすれば、うつ臥して声立つばかり泣く。<BR>⏎163 
d1222<P>⏎
 223 「何にまれ、かく妖しきこと、なべて、世にあらじ」<BR>⏎164 
d1224<P>⏎
 225 とて、見果てむと思ふに、<BR>⏎165 
d1226<P>⏎
 227 「雨いたく降りぬべし。かくて置いたらば、死に果てはべりぬべし。垣の下にこそ出ださめ」<BR>⏎166 
d1228<P>⏎
 229 と言ふ。僧都、<BR>⏎167 
d1230<P>⏎
 231 「まことの人の形なり。その命絶えぬを見る見る捨てむこと、いといみじきことなり。池に泳ぐ魚、山に鳴く鹿をだに、人に捕へられて死なむとするを見て、助けざらむは、いと悲しかるべし。人の命久しかるまじきものなれど、残りの命、一、二日をも惜しまずはあるべからず。鬼にも神にも、領ぜられ、人に逐はれ、人に謀りごたれても、これ横様の死にをすべきものにこそあんめれ、仏のかならず救ひたまふべき際なり。<BR>⏎168 
d1232<P>⏎
 233 なほ、試みに、しばし湯を飲ませなどして、助け試みむ。つひに、死なば、言ふ限りにあらず」<BR>⏎169 
d1234<P>⏎
 235 とのたまひて、この大徳して抱き入れさせたまふを、弟子ども、<BR>⏎170 
d1236<P>⏎
 237 「たいだいしきわざかな。いたうわづらひたまふ人の御あたりに、よからぬ物を取り入れて、穢らひかならず出で来なむとす」<BR>⏎171 
d1238<P>⏎
 239 と、もどくもあり。また、<BR>⏎172 
d1240<P>⏎
 241 「物の変化にもあれ、目に見す見す、生ける人を、かかる雨にうち失はせむは、いみじきことなれば」<BR>⏎173 
d1242<P>⏎
 243 など、心々に言ふ。下衆などは、いと騒がしく、物をうたて言ひなすものなれば、人騒がしからぬ隠れの方になむ臥せたりける。<BR>⏎174 
d1244<P>⏎
text53245 <A NAME="in14">[第四段 妹尼、若い女を介抱す]</A><BR>175 
d1246<P>⏎
 247 御車寄せて降りたまふほど、いたう苦しがりたまふとて、ののしる。すこし静まりて、僧都、<BR>⏎176 
d1248<P>⏎
 249 「ありつる人、いかがなりぬる」<BR>⏎177 
d1250<P>⏎
 251 と問ひたまふ。<BR>⏎178 
d1252<P>⏎
 253 「なよなよとしてもの言はず、息もしはべらず。何か、物にけどられにける人にこそ」<BR>⏎179 
d1254<P>⏎
 255 と言ふを、妹の尼君聞きたまひて、<BR>⏎180 
d1256<P>⏎
 257 「何事ぞ」<BR>⏎181 
d1258<P>⏎
 259 と問ふ。<BR>⏎182 
d1260<P>⏎
 261 「しかしかのことなむ、六十に余る年、珍かなるものを見たまへつる」<BR>⏎183 
d1262<P>⏎
 263 とのたまふ。うち聞くままに、<BR>⏎184 
d1264<P>⏎
 265 「おのが寺にて見し夢ありき。いかやうなる人ぞ。まづそのさま見む」<BR>⏎185 
d1266<P>⏎
 267 と泣きてのたまふ。<BR>⏎186 
d1268<P>⏎
 269 「ただこの東の遣戸になむはべる。はや御覧ぜよ」<BR>⏎187 
d1270<P>⏎
 271 と言へば、急ぎ行きて見るに、人も寄りつかでぞ、捨て置きたりける。いと若ううつくしげなる女の、白き綾の衣一襲、紅の袴ぞ着たる。香はいみじう香うばしくて、あてなるけはひ限りなし。<BR>⏎188 
d1272<P>⏎
 273 「ただ、わが恋ひ悲しむ娘の、帰りおはしたるなめり」<BR>⏎189 
d1274<P>⏎
 275 とて、泣く泣く御達を出だして、抱き入れさす。いかなりつらむとも、ありさま見ぬ人は、恐ろしがらで抱き入れつ。生けるやうにもあらで、さすがに目をほのかに<A HREF="#k03">見開けたるに</A><A NAME="t03">、</A><BR>⏎190 
d1276<P>⏎
 277 「もののたまへや。いかなる人か、かくては、ものしたまへる」<BR>⏎191 
d1278<P>⏎
 279 と言へど、ものおぼえぬさまなり。湯取りて、手づからすくひ入れなどするに、ただ弱りに絶え入るやうなりければ、<BR>⏎192 
d1280<P>⏎
 281 「なかなかいみじきわざかな」とて、「この人亡くなりぬべし。加持したまへ」<BR>⏎193 
d1282<P>⏎
 283 と、験者の阿闍梨に言ふ。<BR>⏎194 
d1284<P>⏎
 285 「さればこそ。あやしき御もの扱ひ」<BR>⏎195 
d1286<P>⏎
 287 <A HREF="#k04">とは言へど</A><A NAME="t04">、</A>神などのために経読みつつ祈る。<BR>⏎196 
d1288<P>⏎
text53289 <A NAME="in15">[第五段 若い女生き返るが、死を望む]</A><BR>197 
d1290<P>⏎
 291 僧都もさしのぞきて、<BR>⏎198 
d1292<P>⏎
 293 「いかにぞ。何のしわざぞと、よく調じて問へ」<BR>⏎199 
d1294<P>⏎
 295 とのたまへど、いと弱げに消えもていくやうなれば、<BR>⏎200 
d1296<P>⏎
 297 「え生きはべらじ。すぞろなる穢らひに籠もりて、わづらふべきこと」<BR>⏎201 
d1298<P>⏎
 299 「さすがに、いとやむごとなき人にこそはべるめれ。死に果つとも、ただにやは捨てさせたまはむ。見苦しきわざかな」<BR>⏎202 
d1300<P>⏎
 301 と言ひあへり。<BR>⏎203 
d1302<P>⏎
 303 「あなかま。人に聞かすな。わづらはしきこともぞある」<BR>⏎204 
d1304<P>⏎
 305 など口固めつつ、尼君は、親のわづらひたまふよりも、この人を生け果てて見まほしう惜しみて、うちつけに添ひゐたり。知らぬ人なれど、みめのこよなうをかしげなれば、いたづらになさじと、見る限り扱ひ騷ぎけり。さすがに、時々、目見開けなどしつつ、涙の尽きせず流るるを、<BR>⏎205 
d1306<P>⏎
 307 「あな、心憂や。いみじく悲しと思ふ人の代はりに、仏の導きたまへると思ひきこゆるを。かひなくなりたまはば、なかなかなることをや思はむ。さるべき契りにてこそ、かく見たてまつらめ。なほ、いささかもののたまへ」<BR>⏎206 
d1308<P>⏎
 309 と言ひ続くれど、からうして、<BR>⏎207 
d1310<P>⏎
 311 「生き出でたりとも、あやしき不用の人なり。人に見せで、夜この川に落とし入れたまひてよ」<BR>⏎208 
d1312<P>⏎
 313 と、息の下に言ふ。<BR>⏎209 
d1314<P>⏎
 315 「まれまれ物のたまふをうれしと思ふに、あな、いみじや。いかなれば、かくはのたまふぞ。いかにして、さる所にはおはしつるぞ」<BR>⏎210 
d1316<P>⏎
 317 と問へども、物も言はずなりぬ。「身にもし傷などやあらむ」とて見れど、ここはと見ゆるところなくうつくしければ、あさましく悲しく、「まことに、人の心惑はさむとて出で来たる仮のものにや」と疑ふ。<BR>⏎211 
d1318<P>⏎
text53319 <A NAME="in16">[第六段 宇治の里人、僧都に葬送のことを語る]</A><BR>212 
d1320<P>⏎
 321 二日ばかり籠もりゐて、二人の人を祈り加持する声絶えず、あやしきことを思ひ騒ぐ。そのわたりの下衆などの、僧都に仕まつりける、かくておはしますなりとて、とぶらひ出で来るも、物語などして言ふを聞けば、<BR>⏎213 
d1322<P>⏎
 323 「故八の宮の御女、右大将殿の通ひたまひし、ことに悩みたまふこともなくて、にはかに隠れたまへりとて、騷ぎはべる。その御葬送の雑事ども仕うまつりはべりとて、昨日はえ参りはべらざりし」<BR>⏎214 
d1324<P>⏎
 325 と言ふ。「さやうの人の魂を、鬼の取りもて来たるにや」と思ふにも、かつ見る見る、「あるものともおぼえず、危ふく恐ろし」と思す。人びと、<BR>⏎215 
d1326<P>⏎
 327 「昨夜見やられし火は、しかことことしきけしきも見えざりしを」<BR>⏎216 
d1328<P>⏎
 329 と言ふ。<BR>⏎217 
d1330<P>⏎
 331 「ことさら<A HREF="#k05">事削ぎ</A><A NAME="t05">て</A>、いかめしうもはべらざりし」<BR>⏎218 
d1332<P>⏎
 333 と言ふ。穢らひたる人とて、立ちながら追ひ返しつ。<BR>⏎219 
d1334<P>⏎
 335 「大将殿は、宮の御女持ちたまへりしは、亡せたまひて、<A HREF="#k06">年ごろ</A><A NAME="t06">に</A>なりぬるものを、誰れを言ふにかあらむ。姫宮をおきたてまつりたまひて、よに異心おはせじ」<BR>⏎220 
d1336<P>⏎
 337 など言ふ。<BR>⏎221 
d1338<P>⏎
text53339 <A NAME="in17">[第七段 尼君ら一行、小野に帰る]</A><BR>222 
d1340<P>⏎
 341 尼君よろしくなりたまひぬ。方も開きぬれば、「かくうたてある所に久しうおはせむも便なし」とて帰る。<BR>⏎223 
d1342<P>⏎
 343 「この人は、なほいと弱げなり。道のほどもいかがものしたまはむと、心苦しきこと」<BR>⏎224 
d1344<P>⏎
 345 と言ひ合へり。車二つして、老い人乗りたまへるには、仕うまつる尼二人、次のにはこの人を臥せて、かたはらにいま一人乗り添ひて、道すがら行きもやらず、車止めて湯参りなどしたまふ。<BR>⏎225 
d1346<P>⏎
 347 比叡坂本に、小野といふ所にぞ住みたまひける。そこにおはし着くほど、いと遠し。<BR>⏎226 
d1348<P>⏎
 349 「中宿りを設くべかりける」<BR>⏎227 
d1350<P>⏎
 351 など言ひて、夜更けておはし着きぬ。<BR>⏎228 
d1352<P>⏎
 353 僧都は、親を扱ひ、娘の尼君は、この知らぬ人をはぐくみて、皆抱き降ろしつつ休む。老いの病のいつともなきが、苦しと思ひたまへし遠道の名残こそ、しばしわづらひたまひけれ、やうやうよろしうなりたまひにければ、僧都は登りたまひぬ。<BR>⏎229 
d1354<P>⏎
 355 「かかる人なむ率て来たる」など、法師のあたりにはよからぬことなれば、見ざりし人にはまねばず。尼君も、皆口固めさせつつ、「もし尋ね来る人もやある」と思ふも、静心なし。「いかで、さる田舎人の住むあたりに、かかる人落ちあふれけむ。物詣でなどしたりける人の、心地などわづらひけむを、継母などやうの人の、たばかりて置かせたるにや」などぞ思ひ寄りける。<BR>⏎230 
d1356<P>⏎
 357 「川に流してよ」と言ひし一言より他に、ものもさらにのたまはねば、いとおぼつかなく思ひて、「いつしか人にもなしてみむ」と思ふに、つくづくとして起き上がる世もなく、いとあやしうのみものしたまへば、「つひに生くまじき人にや」と思ひながら、うち捨てむもいとほしういみじ。夢語りもし出でて、初めより祈らせし阿闍梨にも、忍びやかに芥子焼くことせさせたまふ。<BR>⏎231 
d1358<P>⏎
text53359 <H4>第二章 浮舟の物語 浮舟の小野山荘での生活</H4>232 
text53360 <A NAME="in21">[第一段 僧都、小野山荘へ下山]</A><BR>233 
d1361<P>⏎
 362 うちはへかく扱ふほどに、四、五月も過ぎぬ。いとわびしうかひなきことを思ひわびて、僧都の御もとに、<BR>⏎234 
d1363<P>⏎
 364 「なほ下りたまへ。この人、助けたまへ。さすがに今日までもあるは、死ぬまじかりける人を、憑きしみ領じたるものの、去らぬにこそあめれ。あが仏、京に出でたまはばこそはあらめ、ここまではあへなむ」<BR>⏎235 
d1365<P>⏎
 366 など、いみじきことを書き続けて、奉りたまへれば、<BR>⏎236 
d1367<P>⏎
 368 「いとあやしきことかな。かくまでもありける人の命を、やがてとり捨ててましかば。さるべき契りありてこそは、我しも見つけけめ。試みに助け果てむかし。それに止まらずは、業尽きにけりと思はむ」<BR>⏎237 
d1369<P>⏎
 370 とて、下りたまひけり。<BR>⏎238 
d1371<P>⏎
 372 よろこび拝みて、月ごろのありさまを語る。<BR>⏎239 
d1373<P>⏎
 374 「かく久しうわづらふ人は、むつかしきこと、おのづからあるべきを、いささか衰へず、いときよげに、ねぢけたるところなくのみものしたまひて、限りと見えながらも、かくて生きたるわざなりけり」<BR>⏎240 
d1375<P>⏎
 376 など、おほなおほな泣く泣くのたまへば、<BR>⏎241 
d1377<P>⏎
 378 「見つけしより、珍かなる人のみありさまかな。いで」<BR>⏎242 
d1379<P>⏎
 380 とて、さしのぞきて見たまひて、<BR>⏎243 
d1381<P>⏎
 382 「げに、いと警策なりける人の御容面かな。功徳の報いにこそ、かかる容貌にも生ひ出でたまひけめ。いかなる違ひめにて、損はれたまひけむ。もし、さにや、と聞き合はせらるることもなしや」<BR>⏎244 
d1383<P>⏎
 384 と問ひたまふ。<BR>⏎245 
d1385<P>⏎
 386 「さらに聞こゆることもなし。何か、初瀬の観音の賜へる人なり」<BR>⏎246 
d1387<P>⏎
 388 とのたまへば、<BR>⏎247 
d1389<P>⏎
 390 「何か。それ縁に従ひてこそ導きたまはめ。種なきことはいかでか」<BR>⏎248 
d1391<P>⏎
 392 など、のたまふが、あやしがりたまひて、修法始めたり。<BR>⏎249 
d1393<P>⏎
text53394 <A NAME="in22">[第二段 もののけ出現]</A><BR>250 
d1395<P>⏎
 396 「朝廷の召しにだに従はず、深く籠もりたる山を出でたまひて、すぞろにかかる人のためになむ行ひ騷ぎたまふと、ものの聞こえあらむ、いと聞きにくかるべし」と思し、弟子どもも言ひて、「人に聞かせじ」と隠す。僧都、<BR>⏎251 
d1397<P>⏎
 398 「いで、あなかま。大徳たち。われ無慚の法師にて、忌むことの中に、破る戒は多からめど、女の筋につけて、まだ誹りとらず、過つことなし。六十に余りて、今さらに人のもどき負はむは、さるべきにこそはあらめ」<BR>⏎252 
d1399<P>⏎
 400 とのたまへば、<BR>⏎253 
d1401<P>⏎
 402 「よからぬ人の、ものを便なく言ひなしはべる時には、仏法の瑕となりはべることなり」<BR>⏎254 
d1403<P>⏎
 404 と、心よからず思ひて言ふ。<BR>⏎255 
d1405<P>⏎
 406 「この修法のほどにしるし見えずは」<BR>⏎256 
d1407<P>⏎
 408 と、いみじきことどもを誓ひたまひて、夜一夜加持したまへる暁に、人に駆り移して、「何やうのもの、かく人を惑はしたるぞ」と、ありさまばかり言はせまほしうて、弟子の阿闍梨、とりどりに加持したまふ。月ごろ、いささかも現はれざりつるもののけ、調ぜられて、<BR>⏎257 
d1409<P>⏎
 410 「おのれは、ここまで参うで来て、かく調ぜられたてまつるべき身にもあらず。昔は行ひせし法師の、いささかなる世に恨みをとどめて、漂ひありきしほどに、よき女のあまた住みたまひし所に住みつきて、かたへは失ひてしに、この人は、心と世を恨みたまひて、我いかで死なむ、と言ふことを、夜昼のたまひしにたよりを得て、いと暗き夜、独りものしたまひしを取りてしなり。されど、観音とざまかうざまにはぐくみたまひければ、この僧都に負けたてまつりぬ。今は、まかりなむ」<BR>⏎258 
d1411<P>⏎
 412 とののしる。<BR>⏎259 
d1413<P>⏎
 414 「かく言ふは、何ぞ」<BR>⏎260 
d1415<P>⏎
 416 と問へば、憑きたる人、ものはかなきけにや、はかばかしうも言はず。<BR>⏎261 
d1417<P>⏎
text53418 <A NAME="in23">[第三段 浮舟、意識を回復]</A><BR>262 
d1419<P>⏎
 420 正身の心地はさはやかに、いささかものおぼえて<A HREF="#k07">見回し</A><A NAME="t07">た</A>れば、一人見し人の顔はなくて、皆、老法師、ゆがみ衰へたる者のみ多かれば、知らぬ国に来にける心地して、いと悲し。<BR>⏎263 
d1421<P>⏎
 422 ありし世のこと思ひ出づれど、住みけむ所、誰れと言ひし人とだに、たしかにはかばかしうもおぼえず。ただ、<BR>⏎264 
d1423<P>⏎
 424 「我は、限りとて身を投げし人ぞかし。いづくに来にたるにか」とせめて思ひ出づれば、<BR>⏎265 
d1425<P>⏎
 426 「いといみじと、ものを思ひ嘆きて、皆人の寝たりしに、妻戸を放ちて出でたりしに、風は烈しう、川波も荒う聞こえしを、独りもの恐ろしかりしかば、来し方行く先もおぼえで、簀子の端に足をさし下ろしながら、行くべき方も惑はれて、帰り入らむも中空にて、心強くこの世に亡せなむと思ひ立ちしを、『をこがましうて人に見つけられむよりは、鬼も何も食ひ失へ』と言ひつつ、つくづくと居たりしを、いときよげなる男の寄り来て、『いざ、たまへ。おのがもとへ』と言ひて、抱く心地のせしを、宮と聞こえし人のしたまふ、とおぼえしほどより、心地惑ひにけるなめり。知らぬ所に据ゑ置きて、この男は消え失せぬ、と見しを、つひにかく本意のこともせずなりぬる、と思ひつつ、いみじう泣く、と思ひしほどに、その後のことは絶えて、いかにもいかにもおぼえず。<BR>⏎266 
d1427<P>⏎
 428 人の言ふを聞けば、多くの日ごろも経にけり。いかに憂きさまを、知らぬ人に扱はれ見えつらむ、と恥づかしう、つひにかくて生き返りぬるか」<BR>⏎267 
d1429<P>⏎
 430 と思ふも口惜しければ、いみじうおぼえて、なかなか、沈みたまひつる日ごろは、うつし心もなきさまにて、ものいささか参る事もありつるを、つゆばかりの湯をだに参らず。<BR>⏎268 
d1431<P>⏎
text53432 <A NAME="in24">[第四段 浮舟、五戒を受く]</A><BR>269 
d1433<P>⏎
 434 「<A HREF="#k08">いかなれば</A><A NAME="t08">、</A>かく頼もしげなくのみはおはするぞ。うちはへぬるみなどしたまへることは冷めたまひて、さはやかに見えたまへば、うれしう思ひきこゆるを」<BR>⏎270 
d1435<P>⏎
 436 と、泣く泣く、たゆむ折なく添ひゐて扱ひきこえたまふ。ある人びとも、あたらしき御さま容貌を見れば、心を尽くしてぞ惜しみまもりける。心には、「なほいかで死なむ」とぞ思ひわたりたまへど、さばかりにて、生き止まりたる人の命なれば、いと執念くて、やうやう頭もたげたまへば、もの参りなどしたまふにぞ、なかなか面痩せもていく。いつしかとうれしう思ひきこゆるに、<BR>⏎271 
d1437<P>⏎
 438 「尼になしたまひてよ。さてのみなむ生くやうもあるべき」<BR>⏎272 
d1439<P>⏎
 440 とのたまへば、<BR>⏎273 
d1441<P>⏎
 442 「いとほしげなる御さまを。いかでか、さはなしたてまつらむ」<BR>⏎274 
d1443<P>⏎
 444 とて、ただ頂ばかりを削ぎ、五戒ばかりを受けさせたてまつる。心もとなけれど、もとよりおれおれしき人の心にて、えさかしく強ひてものたまはず。僧都は、<BR>⏎275 
d1445<P>⏎
 446 「今は、かばかりにて、いたはり止めたてまつりたまへ」<BR>⏎276 
d1447<P>⏎
 448 と言ひ置きて、登りたまひぬ。<BR>⏎277 
d1449<P>⏎
text53450 <A NAME="in25">[第五段 浮舟、素性を隠す]</A><BR>278 
d1451<P>⏎
 452 「夢のやうなる人を見たてまつるかな」と尼君は喜びて、せめて起こし据ゑつつ、御髪手づから削りたまふ。さばかりあさましう、ひき結ひてうちやりたりつれど、いたうも乱れず、解き果てたれば、つやつやとけうらなり。<A HREF="#no1">一年足らぬ九十九髪</A><A NAME="te1">多</A>かる所にて、目もあやに、いみじき天人の天降れるを見たらむやうに思ふも、危ふき心地すれど、<BR>⏎279 
d1453<P>⏎
 454 「などか、いと心憂く、かばかりいみじく思ひきこゆるに、御心を立てては見えたまふ。いづくに誰れと聞こえし人の、さる所にはいかでおはせしぞ」<BR>⏎280 
d1455<P>⏎
 456 と、せめて問ふを、いと恥づかしと思ひて、<BR>⏎281 
d1457<P>⏎
 458 「あやしかりしほどに、皆忘れたるにやあらむ、ありけむさまなどもさらにおぼえはべらず。ただ、ほのかに思ひ出づることとては、ただ、いかでこの世にあらじと思ひつつ、夕暮ごとに端近くて眺めしほどに、前近く大きなる木のありし下より、人の出で来て、率て行く心地なむせし。それより他のことは、我ながら、誰れともえ思ひ出でられはべらず」<BR>⏎282 
d1459<P>⏎
 460 と、いとらうたげに言ひなして、<BR>⏎283 
d1461<P>⏎
 462 「世の中に、なほありけりと、いかで人に知られじ。聞きつくる人もあらば、いといみじくこそ」<BR>⏎284 
d1463<P>⏎
 464 とて泣いたまふ。あまり問ふをば、苦しと思したれば、え問はず。かぐや姫を見つけたりけむ竹取の翁よりも、珍しき心地するに、「いかなるものの隙に消え失せむとすらむ」と、静心なくぞ思しける。<BR>⏎285 
d1465<P>⏎
text53466 <A NAME="in26">[第六段 小野山荘の風情]</A><BR>286 
d1467<P>⏎
 468 この主人もあてなる人なりけり。娘の尼君は、上達部の北の方にてありけるが、その人亡くなりたまひてのち、娘ただ一人をいみじくかしづきて、よき君達を婿にして思ひ扱ひけるを、その娘の君の亡くなりにければ、心憂し、いみじ、と思ひ入りて、形をも変へ、かかる山里には住み始めたりけるなり。<BR>⏎287 
d1469<P>⏎
 470 「世とともに恋ひわたる人の形見にも、思ひよそへつべからむ人をだに見出でてしがな」、つれづれも心細きままに思ひ嘆きけるを、かく、おぼえぬ人の、容貌けはひもまさりざまなるを得たれば、うつつのことともおぼえず、あやしき心地しながら、うれしと思ふ。ねびにたれど、いときよげによしありて、ありさまもあてはかなり。<BR>⏎288 
d1471<P>⏎
 472 昔の山里よりは、水の音もなごやかなり。造りざま、ゆゑある所、木立おもしろく、前栽もをかしく、ゆゑを尽くしたり。秋になりゆけば、空のけしきもあはれなり。門田の稲刈るとて、所につけたるものまねびしつつ、若き女どもは、歌うたひ興じあへり。引板ひき鳴らす音もをかしく、見し東路のことなども思ひ出でられて。<BR>⏎289 
d1473<P>⏎
 474 かの夕霧の御息所のおはせし山里よりは、今すこし入りて、山に片かけたる家なれば、<A HREF="#k09">松蔭</A><A NAME="t09">茂</A>く、風の音もいと心細きに、つれづれに行ひをのみしつつ、いつとなくしめやかなり。<BR>⏎290 
d1475<P>⏎
text53476 <A NAME="in27">[第七段 浮舟、手習して述懐]</A><BR>291 
d1477<P>⏎
 478 尼君ぞ、月など明き夜は、琴など弾きたまふ。少将の尼君などいふ人は、琵琶弾きなどしつつ遊ぶ。<BR>⏎292 
d1479<P>⏎
 480 「かかるわざはしたまふや。つれづれなるに」<BR>⏎293 
d1481<P>⏎
 482 など言ふ。昔も、あやしかりける身にて、心のどかに、「さやうのことすべきほどもなかりしかば、いささかをかしきさまならずも生ひ出でにけるかな」と、かくさだ過ぎにける人の、心をやるめる折々につけては、思ひ出づるを、「あさましくものはかなかりける」と、我ながら口惜しければ、手習に、<BR>⏎294 
d1483<P>⏎
cd3:1484-486 「身を投げし涙の川の早き瀬を<BR>⏎
  しがらみかけて誰れか止めし」<BR>⏎
<P>⏎
295 「身を投げし涙の川の早き瀬を<BR>  しがらみかけて誰れか止めし」<BR>⏎
 487 思ひの外に心憂ければ、行く末もうしろめたく、疎ましきまで思ひやらる。<BR>⏎296 
d1488<P>⏎
 489 月の明かき夜な夜な、老い人どもは艶に歌詠み、いにしへ思ひ出でつつ、さまざま物語などするに、いらふべきかたもなければ、つくづくとうち眺めて、<BR>⏎297 
d1490<P>⏎
cd3:1491-493 「我かくて憂き世の中にめぐるとも<BR>⏎
  誰れかは知らむ月の都に」<BR>⏎
<P>⏎
298 「我かくて憂き世の中にめぐるとも<BR>  誰れかは知らむ月の都に」<BR>⏎
 494 今は限りと思ひしほどは、恋しき人多かりしかど、こと人びとはさしも思ひ出でられず、ただ、<BR>⏎299 
d1495<P>⏎
 496 「親いかに惑ひたまひけむ。乳母、よろづに、いかで人なみなみになさむと思ひ焦られしを、いかにあへなき心地しけむ。いづくにあらむ。我、世にあるものとはいかでか知らむ」<BR>⏎300 
d1497<P>⏎
 498 同じ心なる人もなかりしままに、よろづ隔つることなく語らひ見馴れたりし右近なども、折々は思ひ出でらる。<BR>⏎301 
d1499<P>⏎
text53500 <A NAME="in28">[第八段 浮舟の日常生活]</A><BR>302 
d1501<P>⏎
 502 若き人の、かかる<A HREF="#no2">山里に、今はと思ひ絶え籠もる</A><A NAME="te2">は</A>、難きわざなりければ、ただいたく年経にける尼、七、八人ぞ、常の人にてはありける。それらが娘孫やうの者ども、京に宮仕へするも、異ざまにてあるも、時々ぞ来通ひける。<BR>⏎303 
d1503<P>⏎
 504 「かやうの人につけて、見しわたりに行き通ひ、おのづから、世にありけりと誰れにも誰れにも聞かれたてまつらむこと、いみじく恥づかしかるべし。いかなるさまにてさすらへけむ」<BR>⏎304 
d1505<P>⏎
 506 など、思ひやり世づかずあやしかるべきを思へば、かかる人びとに、かけても見えず。ただ侍従、こもきとて、尼君のわが人にしたりける二人をのみぞ、この御方に言ひ分けたりける。みめも心ざまも、昔見し<A HREF="#no3">都鳥</A><A NAME="te3">に</A>似たるはなし。何事につけても、「<A HREF="#no4">世の中にあらぬ所</A><A NAME="te4">は</A>これにや」とぞ、かつは思ひなされける。<BR>⏎305 
d1507<P>⏎
 508 かくのみ、人に知られじと忍びたまへば、「まことにわづらはしかるべきゆゑある人にもものしたまふらむ」とて、詳しきこと、ある人びとにも知らせず。<BR>⏎306 
d1509<P>⏎
text53510 <H4>第三章 浮舟の物語 中将、浮舟に和歌を贈る</H4>307 
text53511 <A NAME="in31">[第一段 尼君の亡き娘の婿君、山荘を訪問]</A><BR>308 
d1512<P>⏎
 513 尼君の昔の婿の君、今は中将にてものしたまひける、弟の禅師の君、僧都の御もとにものしたまひける、山籠もりしたるを訪らひに、兄弟の君たち常に登りけり。<BR>⏎309 
d1514<P>⏎
 515 横川に通ふ道のたよりに寄せて、中将ここにおはしたり。前駆うち追ひて、あてやかなる男の入り来るを見出だして、忍びやかにおはせし人の御さまけはひぞ、さやかに思ひ出でらるる。<BR>⏎310 
d1516<P>⏎
 517 これもいと心細き住まひのつれづれなれど、住みつきたる人びとは、ものきよげにをかしうしなして、垣ほに植ゑたる撫子もおもしろく、女郎花、桔梗など咲き始めたるに、色々の狩衣姿の男どもの若きあまたして、君も同じ装束にて、南面に呼び据ゑたれば、うち眺めてゐたり。年二十七、八のほどにて、ねびととのひ、心地なからぬさまもてつけたり。<BR>⏎311 
d1518<P>⏎
 519 尼君、障子口に几帳立てて、対面したまふ。まづうち泣きて、<BR>⏎312 
d1520<P>⏎
 521 「年ごろの積もるには、過ぎにし方いとど気遠くのみなむはべるを、山里の光になほ待ちきこえさすることの、うち忘れず止みはべらぬを、かつはあやしく思ひたまふる」<BR>⏎313 
d1522<P>⏎
 523 とのたまへば、<BR>⏎314 
d1524<P>⏎
 525 「心のうちあはれに、過ぎにし方のことども、思ひたまへられぬ折なきを、あながちに住み離れ顔なる御ありさまに、おこたりつつなむ。山籠もりもうらやましう、常に出で立ちはべるを、同じくはなど、慕ひまとはさるる人びとに、妨げらるるやうにはべりてなむ。今日は、皆はぶき捨ててものしたまへる」<BR>⏎315 
d1526<P>⏎
 527 とのたまふ。<BR>⏎316 
d1528<P>⏎
 529 「山籠もりの御うらやみは、なかなか今様だちたる御ものまねびになむ。昔を思し忘れぬ御心ばへも、世に靡かせたまはざりけると、おろかならず思ひたまへらるる折多く」<BR>⏎317 
d1530<P>⏎
 531 など言ふ。<BR>⏎318 
d1532<P>⏎
text53533 <A NAME="in32">[第二段 浮舟の思い]</A><BR>319 
d1534<P>⏎
 535 人びとに水飯などやうの物食はせ、君にも蓮の実などやうのもの出だしたれば、馴れにしあたりにて、さやうのこともつつみなき心地して、村雨の降り出づるに止められて、物語しめやかにしたまふ。<BR>⏎320 
d1536<P>⏎
 537 「言ふかひなくなりにし人よりも、この君の御心ばへなどの、いと思ふやうなりしを、よそのものに思ひなしたるなむ、いと悲しき。など、忘れ形見をだに留めたまはずなりにけむ」<BR>⏎321 
d1538<P>⏎
 539 と、恋ひ偲ぶ心なりければ、たまさかにかくものしたまへるにつけても、珍しくあはれにおぼゆべかめる問はず語りもし出でつべし。<BR>⏎322 
d1540<P>⏎
 541 姫君は、<A HREF="#no5">我は我と</A><A NAME="te5">、</A>思ひ出づる方多くて、眺め出だしたまへるさま、いとうつくし。白き単衣の、いと情けなくあざやぎたるに、袴も桧皮色にならひたるにや、光も見えず黒きを着せたてまつりたれば、「かかることどもも、見しには変はりてあやしうもあるかな」と思ひつつ、こはごはしういららぎたるものども着たまへるしも、いとをかしき姿なり。御前なる人びと、<BR>⏎323 
d1542<P>⏎
 543 「故姫君のおはしたる心地のみしはべりつるに、中将殿をさへ見たてまつれば、いとあはれにこそ。同じくは、昔のさまにておはしまさせばや。いとよき御あはひならむかし」<BR>⏎324 
d1544<P>⏎
 545 と言ひ合へるを、<BR>⏎325 
d1546<P>⏎
 547 「あな、いみじや。世にありて、いかにもいかにも、人に見えむこそ。それにつけてぞ昔のこと思ひ出でらるべき。さやうの筋は、思ひ絶えて忘れなむ」と思ふ。<BR>⏎326 
d1548<P>⏎
text53549 <A NAME="in33">[第三段 中将、浮舟を垣間見る]</A><BR>327 
d1550<P>⏎
 551 尼君入りたまへる間に、客人、雨のけしきを見わづらひて、少将と言ひし人の<A HREF="#k10">声を</A><A NAME="t10">聞</A>き知りて、呼び寄せたまへり。<BR>⏎328 
d1552<P>⏎
 553 「昔見し人びとは、皆ここにものせらるらむや、と思ひながらも、かう参り来ることも難くなりにたるを、心浅きにや、誰れも誰れも見なしたまふらむ」<BR>⏎329 
d1554<P>⏎
 555 などのたまふ。仕うまつり馴れにし人にて、あはれなりし昔のことどもも思ひ出でたるついでに、<BR>⏎330 
d1556<P>⏎
 557 「かの廊のつま入りつるほど、風の騒がしかりつる紛れに、簾の隙より、なべてのさまにはあるまじかりつる人の、うち垂れ髪の見えつるは、世を背きたまへるあたりに、誰れぞとなむ見おどろかれつる」<BR>⏎331 
d1558<P>⏎
 559 とのたまふ。「姫君の立ち出でたまへるうしろでを、見たまへりけるなめり」と思ひ出でて、「ましてこまかに見せたらば、心止まりたまひなむかし。昔人は、いとこよなう劣りたまへりしをだに、まだ忘れがたくしたまふめるを」と、心一つに思ひて、<BR>⏎332 
d1560<P>⏎
 561 「過ぎにし御ことを忘れがたく、慰めかねたまふめりしほどに、おぼえぬ人を得たてまつりたまひて、明け暮れの見物に思ひきこえたまふめるを、うちとけたまへる御ありさまを、いかで御覧じつらむ」<BR>⏎333 
d1562<P>⏎
 563 と言ふ。「かかることこそはありけれ」とをかしくて、「何人ならむ。げに、いとをかしかりつ」と、ほのかなりつるを、なかなか思ひ出づ。こまかに問へど、そのままにも言はず、<BR>⏎334 
d1564<P>⏎
 565 「おのづから聞こし召してむ」<BR>⏎335 
d1566<P>⏎
 567 とのみ言へば、うちつけに問ひ尋ねむも、さま悪しき<A HREF="#k11">心地して</A><A NAME="t11">、</A><BR>⏎336 
d1568<P>⏎
 569 「雨も<A HREF="#k12">止み</A><A NAME="t12">ぬ</A>。日も暮れぬべし」<BR>⏎337 
d1570<P>⏎
 571 と言ふにそそのかされて、出でたまふ。<BR>⏎338 
d1572<P>⏎
text53573 <A NAME="in34">[第四段 中将、横川の僧都と語る]</A><BR>339 
d1574<P>⏎
 575 前近き女郎花を折りて、「<A HREF="#no6">何匂ふらむ</A><A NAME="te6">」</A>と口ずさびて、独りごち立てり。<BR>⏎340 
d1576<P>⏎
 577 「人のもの言ひを、さすがに思しとがむるこそ」<BR>⏎341 
d1578<P>⏎
 579 など、古代の人どもは、ものめでをしあへり。<BR>⏎342 
d1580<P>⏎
 581 「いときよげに、あらまほしくもねびまさりたまひにけるかな。同じくは、昔のやうにても見たてまつらばや」とて、<BR>⏎343 
d1582<P>⏎
 583 「藤中納言の御あたりには、絶えず通ひたまふやうなれど、心も止めたまはず、親の殿がちになむものしたまふ、とこそ言ふなれ」<BR>⏎344 
d1584<P>⏎
 585 と、尼君ものたまひて、<BR>⏎345 
d1586<P>⏎
 587 「心憂く、ものをのみ思し隔てたるなむ、いとつらき。今は、なほ、さるべきなめりと思しなして、晴れ晴れしくもてなしたまへ。この五年、六年、時の間も忘れず、恋しく悲しと思ひつる人の上も、かく見たてまつりて後よりは、こよなく思ひ忘られにてはべる。思ひきこえたまふべき人びと世におはすとも、今は世に亡きものにこそ、やうやう思しなりぬらめ。よろづのこと、さし当たりたるやうには、えしもあらぬわざになむ」<BR>⏎346 
d1588<P>⏎
 589 と<A HREF="#k13">言ふに</A><A NAME="t13">つ</A>けても、いとど涙ぐみて、<BR>⏎347 
d1590<P>⏎
 591 「隔てきこゆる心は、はべらねど、あやしくて生き返りけるほどに、よろづのこと夢の世にたどられて。あらぬ世に生れたらむ人は、かかる心地やすらむ、とおぼえはべれば、今は、知るべき人世にあらむとも思ひ出でず。ひたみちにこそ、睦ましく思ひきこゆれ」<BR>⏎348 
d1592<P>⏎
 593 とのたまふさまも、げに、何心なくうつくしく、うち笑みてぞまもりゐたまへる。<BR>⏎349 
d1594<P>⏎
 595 中将は、山におはし着きて、僧都も珍しがりて、世の中の物語したまふ。その夜は泊りて、声尊き人に経など読ませて、夜一夜、遊びたまふ。禅師の君、こまかなる物語などするついでに、<BR>⏎350 
d1596<P>⏎
 597 「小野に立ち寄りて、ものあはれにもありしかな。世を捨てたれど、なほさばかりの心ばせある人は、難うこそ」<BR>⏎351 
d1598<P>⏎
 599 などあるついでに、<BR>⏎352 
d1600<P>⏎
 601 「風の吹き開けたりつる隙より、髪いと長くをかしげなる人こそ見えつれ。あらはなりとや思ひつらむ、立ちてあなたに入りつるうしろで、なべての人とは見えざりつ。さやうの所に、よき女は置きたるまじきものにこそあめれ。明け暮れ見るものは法師なり。おのづから目馴れておぼゆらむ。不便なることぞかし」<BR>⏎353 
d1602<P>⏎
 603 とのたまふ。禅師の君、<BR>⏎354 
d1604<P>⏎
 605 「この春、初瀬に詣でて、あやしくて見出でたる人となむ、聞きはべりし」<BR>⏎355 
d1606<P>⏎
 607 とて、見ぬことなれば、こまかには言はず。<BR>⏎356 
d1608<P>⏎
 609 「あはれなりけることかな。いかなる人にかあらむ。世の中を憂しとてぞ、さる所には隠れゐけむかし。昔物語の心地もするかな」<BR>⏎357 
d1610<P>⏎
 611 とのたまふ。<BR>⏎358 
d1612<P>⏎
text53613 <A NAME="in35">[第五段 中将、帰途に浮舟に和歌を贈る]</A><BR>359 
d1614<P>⏎
 615 またの日、帰りたまふにも、「過ぎがたくなむ」とておはしたり。さるべき心づかひしたりければ、昔思ひ出でたる御まかなひの少将の尼なども、袖口さま異なれども、をかし。いとどいや目に、尼君はものしたまふ。物語のついでに、<BR>⏎360 
d1616<P>⏎
 617 「忍びたるさまにものしたまふらむは、誰れにか」<BR>⏎361 
d1618<P>⏎
 619 と問ひたまふ。わづらはしけれど、ほのかにも見つけてけるを、隠し顔ならむもあやしとて、<BR>⏎362 
d1620<P>⏎
 621 「忘れわびはべりて、いとど罪深うのみおぼえはべりつる慰めに、この月ごろ見たまふる人になむ。いかなるにか、いともの思ひしげきさまにて、世にありと人に知られむことを、苦しげに思ひてものせらるれば、かかる<A HREF="#no7">谷の底</A><A NAME="te7">に</A>は誰れかは尋ね聞かむ、と思ひつつはべるを、いかでかは聞きあらはさせたまへらむ」<BR>⏎363 
d1622<P>⏎
 623 といらふ。<BR>⏎364 
d1624<P>⏎
 625 「うちつけ心ありて参り来むにだに、山深き道のかことは聞こえつべし。まして、思しよそふらむ方につけては、ことことに隔てたまふまじきことにこそは。いかなる筋に世を恨みたまふ人にか。慰めきこえばや」<BR>⏎365 
d1626<P>⏎
 627 など、ゆかしげにのたまふ。<BR>⏎366 
d1628<P>⏎
 629 出でたまふとて、畳紙に、<BR>⏎367 
d1630<P>⏎
cd3:1631-633 「あだし野の風になびくな女郎花<BR>⏎
  我しめ結はむ道遠くとも」<BR>⏎
<P>⏎
368 「あだし野の風になびくな女郎花<BR>  我しめ結はむ道遠くとも」<BR>⏎
 634 と書きて、少将の尼して入れたり。尼君も見たまひて、<BR>⏎369 
d1635<P>⏎
 636 「この御返り書かせたまへ。いと心にくきけつきたまへる人なれば、うしろめたくもあらじ」<BR>⏎370 
d1637<P>⏎
 638 とそそのかせば、<BR>⏎371 
d1639<P>⏎
 640 「いとあやしき手をば、いかでか」<BR>⏎372 
d1641<P>⏎
 642 とて、さらに聞きたまはねば、<BR>⏎373 
d1643<P>⏎
 644 「はしたなきことなり」<BR>⏎374 
d1645<P>⏎
 646 とて、尼君、<BR>⏎375 
d1647<P>⏎
 648 「聞こえさせつるやうに、世づかず、人に似ぬ人にてなむ。<BR>⏎376 
d1649<P>⏎
cd3:1650-652  <A HREF="#no8">移し植ゑて</A><A NAME="te8">思</A>ひ乱れぬ女郎花<BR>⏎
  憂き世を背く草の庵に」<BR>⏎
<P>⏎
377  <A HREF="#no8">移し植ゑて</A><A NAME="te8">思</A>ひ乱れぬ女郎花<BR>  憂き世を背く草の庵に」<BR>⏎
 653 とあり。「こたみは、さもありぬべし」と、思ひ許して帰りぬ。<BR>⏎378 
d1654<P>⏎
text53655 <A NAME="in36">[第六段 中将、三度山荘を訪問]</A><BR>379 
d1656<P>⏎
 657 文などわざとやらむは、さすがにうひうひしう、ほのかに見しさまは忘れず、もの思ふらむ筋、何ごとと知らねど、あはれなれば、八月十余日のほどに、小鷹狩のついでにおはしたり。例の、尼呼び出でて、<BR>⏎380 
d1658<P>⏎
 659 「一目見しより、静心なくてなむ」<BR>⏎381 
d1660<P>⏎
 661 とのたまへり。いらへたまふべくもあらねば、尼君、<BR>⏎382 
d1662<P>⏎
 663 「<A HREF="#no9">待乳の山</A><A NAME="te9">、</A>となむ見たまふる」<BR>⏎383 
d1664<P>⏎
 665 と言ひ出だしたまふ。対面したまへるにも、<BR>⏎384 
d1666<P>⏎
 667 「心苦しきさまにてものしたまふと聞きはべりし人の御上なむ、残りゆかしくはべりつる。何事も心にかなはぬ心地のみしはべれば、山住みもしはべらまほしき心ありながら、許いたまふまじき人びとに思ひ障りてなむ過ぐしはべる。世に心地よげなる人の上は、かく屈じたる人の心からにや、ふさはしからずなむ。もの思ひたまふらむ人に、思ふことを聞こえばや」<BR>⏎385 
d1668<P>⏎
 669 など、いと心とどめたるさまに語らひたまふ。<BR>⏎386 
d1670<P>⏎
 671 「心地よげならぬ御願ひは、聞こえ交はしたまはむに、つきなからぬさまになむ見えはべれど、例の人にてはあらじと、いと<A HREF="#no10">うたたあるまで</A><A NAME="te10">世</A>を恨みたまふめれば。残りすくなき齢どもだに、今はと背きはべる時は、いともの心細くおぼえはべりしものを。世をこめたる盛りには、つひにいかがとなむ、見たまへはべる」<BR>⏎387 
d1672<P>⏎
 673 と、親がりて言ふ。入りても、<BR>⏎388 
d1674<P>⏎
 675 「情けなし。なほ、いささかにても聞こえたまへ。かかる御住まひは、すずろなることも、あはれ知るこそ世の常のことなれ」<BR>⏎389 
d1676<P>⏎
 677 など、こしらへても言へど、<BR>⏎390 
d1678<P>⏎
 679 「人にもの聞こゆらむ方も知らず、何事もいふかひなくのみこそ」<BR>⏎391 
d1680<P>⏎
 681 と、いとつれなくて臥したまへり。<BR>⏎392 
d1682<P>⏎
 683 客人は、<BR>⏎393 
d1684<P>⏎
 685 「いづら。あな、心憂。秋を契れるは、すかしたまふにこそありけれ」<BR>⏎394 
d1686<P>⏎
 687 など、恨みつつ、<BR>⏎395 
d1688<P>⏎
cd3:1689-691 「松虫の声を訪ねて来つれども<BR>⏎
  また萩原の露に惑ひぬ」<BR>⏎
<P>⏎
396 「松虫の声を訪ねて来つれども<BR>  また萩原の露に惑ひぬ」<BR>⏎
 692 「あな、いとほし。これをだに」<BR>⏎397 
d1693<P>⏎
 694 など責むれば、さやうに世づいたらむこと言ひ出でむもいと心憂く、また、言ひそめては、かやうの折々に責められむも、むつかしうおぼゆれば、いらへをだにしたまはねば、あまりいふかひなく思ひあへり。尼君、早うは今めきたる人にぞありける名残なるべし。<BR>⏎398 
d1695<P>⏎
cd3:1696-698 「秋の野の露分け来たる狩衣<BR>⏎
  葎茂れる宿にかこつな<BR>⏎
<P>⏎
399 「秋の野の露分け来たる狩衣<BR>  葎茂れる宿にかこつな<BR>⏎
 699 となむ、わづらはしがりきこえたまふめる」<BR>⏎400 
d1700<P>⏎
 701 と言ふを、内にも、なほ「かく心より外に世にありと知られ始むるを、いと苦し」と思す心のうちをば知らで、男君をも飽かず思ひ出でつつ、恋ひわたる人びとなれば、<BR>⏎401 
d1702<P>⏎
 703 「かく、はかなきついでにも、うち語らひきこえたまはむに、心より外に、よにうしろめたくは見えたまはぬものを。世の常なる筋には思しかけずとも、情けなからぬほどに、御いらへばかりは聞こえたまへかし」<BR>⏎402 
d1704<P>⏎
 705 など、ひき動かしつべく言ふ。<BR>⏎403 
d1706<P>⏎
text53707 <A NAME="in37">[第七段 尼君、中将を引き留める]</A><BR>404 
d1708<P>⏎
 709 さすがに、かかる古代の心どもにはありつかず、今めきつつ、腰折れ歌好ましげに、若やぐけしきどもは、いとうしろめたうおぼゆ。<BR>⏎405 
d1710<P>⏎
 711 「限りなく憂き身なりけり、と見果ててし命さへ、あさましう長くて、いかなるさまにさすらふべきならむ。ひたぶるに亡き者と人に見聞き捨てられてもやみなばや」<BR>⏎406 
d1712<P>⏎
 713 と思ひ臥したまへるに、中将は、おほかたもの思はしきことの<A HREF="#k14">あるにや</A><A NAME="t14">。</A>いといたううち嘆き、忍びやかに笛を吹き鳴らして、<BR>⏎407 
d1714<P>⏎
 715 「<A HREF="#no11">鹿の鳴く音に</A><A NAME="te11">」</A><BR>⏎408 
d1716<P>⏎
 717 など独りごつけはひ、まことに心地なくはあるまじ。<BR>⏎409 
d1718<P>⏎
 719 「過ぎにし方の思ひ出でらるるにも、なかなか心尽くしに、今はじめてあはれと思すべき人はた、難げなれば、<A HREF="#no12">見えぬ山路にも</A><A NAME="te12">え</A>思ひなすまじうなむ」<BR>⏎410 
d1720<P>⏎
 721 と、恨めしげにて出でなむとするに、尼君、<BR>⏎411 
d1722<P>⏎
 723 「など、<A HREF="#no13">あたら夜を</A><A NAME="te13">御</A>覧じさしつる」<BR>⏎412 
d1724<P>⏎
 725 とて、ゐざり出でたまへり。<BR>⏎413 
d1726<P>⏎
 727 「何か。<A HREF="#no14">遠方なる里も</A><A NAME="te14">、</A>試みはべれば」<BR>⏎414 
d1728<P>⏎
 729 など言ひすさみて、「いたう好きがましからむも、さすがに便なし。いとほのかに見えしさまの、目止まりしばかり、つれづれなる心慰めに思ひ出づるを、あまりもて離れ、奥深なるけはひも所のさまにあはずすさまじ」と思へば、帰りなむとするを、笛の音さへ飽かず、いとどおぼえて、<BR>⏎415 
d1730<P>⏎
cd3:1731-733 「深き夜の月をあはれと見ぬ人や<BR>⏎
  山の端近き宿に泊らぬ」<BR>⏎
<P>⏎
416 「深き夜の月をあはれと見ぬ人や<BR>  山の端近き宿に泊らぬ」<BR>⏎
 734 と、なまかたはなることを、<BR>⏎417 
d1735<P>⏎
 736 「かくなむ、聞こえたまふ」<BR>⏎418 
d1737<P>⏎
 738 と言ふに、心ときめきして、<BR>⏎419 
d1739<P>⏎
cd3:1740-742 「山の端に入るまで月を眺め見む<BR>⏎
  閨の板間もしるしありやと」<BR>⏎
<P>⏎
420 「山の端に入るまで月を眺め見む<BR>  閨の板間もしるしありやと」<BR>⏎
 743 など言ふに、この大尼君、笛の音をほのかに聞きつけたりければ、さすがにめでて<A HREF="#k15">出で来たり</A><A NAME="t15">。</A><BR>⏎421 
d1744<P>⏎
 745 ここかしこうちしはぶき、あさましきわななき声にて、なかなか昔のことなどもかけて言はず。誰れとも思ひ分かぬなるべし。<BR>⏎422 
d1746<P>⏎
 747 「いで、その琴の琴弾きたまへ。横笛は、月にはいとをかしきものぞかし。いづら、御達。琴とりて参れ」<BR>⏎423 
d1748<P>⏎
 749 と言ふに、それなめりと、推し量りに聞けど、「いかなる所に、かかる人、いかで籠もりゐたらむ。定めなき世ぞ」、これにつけてあはれなる。盤渉調をいとをかしう吹きて、<BR>⏎424 
d1750<P>⏎
 751 「いづら、さらば」<BR>⏎425 
d1752<P>⏎
 753 とのたまふ。<BR>⏎426 
d1754<P>⏎
 755 娘尼君、これもよきほどの好き者にて、<BR>⏎427 
d1756<P>⏎
 757 「昔聞きはべりしよりも、こよなくおぼえはべるは、山風をのみ聞き馴れはべりにける耳からにや」とて、「いでや、これもひがことになりてはべらむ」<BR>⏎428 
d1758<P>⏎
 759 と言ひながら弾く。今様は、をさをさなべての人の、今は好まずなりゆくものなれば、なかなか珍しくあはれに聞こゆ。<A HREF="#no15">松風もいとよくもてはやす</A><A NAME="te15">。</A>吹きて合はせたる笛の音に、月もかよひて澄める心地すれば、いよいよめでられて、宵惑ひもせず、起き居たり。<BR>⏎429 
d1760<P>⏎
text53761 <A NAME="in38">[第八段 母尼君、琴を弾く]</A><BR>430 
d1762<P>⏎
 763 「女は、昔は、東琴をこそは、こともなく<A HREF="#k16">弾きはべりしか</A><A NAME="t16">ど</A>、今の世には、変はりにたるにやあらむ。この僧都の、『聞きにくし。念仏より他のあだわざなせそ』とはしたなめられしかば、何かは、とて弾きはべらぬなり。さるは、いとよく鳴る琴もはべり」<BR>⏎431 
d1764<P>⏎
 765 と言ひ続けて、いと<A HREF="#k17">弾かまほし</A><A NAME="t17">と</A>思ひたれば、いと忍びやかにうち笑ひて、<BR>⏎432 
d1766<P>⏎
 767 「いとあやしきことをも制しきこえたまひける僧都かな。極楽といふなる所には、菩薩なども皆かかることをして、天人なども舞ひ遊ぶこそ尊かなれ。行ひ紛れ、罪得べきことかは。今宵聞きはべらばや」<BR>⏎433 
d1768<P>⏎
 769 とすかせば、「いとよし」と思ひて、<BR>⏎434 
d1770<P>⏎
 771 「いで、主殿のくそ、東取りて」<BR>⏎435 
d1772<P>⏎
 773 と言ふにも、しはぶきは絶えず。人びとは、見苦しと思へど、僧都をさへ、恨めしげにうれへて言ひ聞かすれば、いとほしくてまかせたり。取り寄せて、ただ今の笛の音をも訪ねず、ただおのが心をやりて、東の調べを爪さはやかに調ぶ。皆異ものは声を止めつるを、「これをのみめでたる」と思ひて、<BR>⏎436 
d1774<P>⏎
 775 「たけふ、ちちりちちり、たりたむな」<BR>⏎437 
d1776<P>⏎
 777 など、掻き返し、はやりかに弾きたる、言葉ども、わりなく古めきたり。<BR>⏎438 
d1778<P>⏎
 779 「いとをかしう、今の世に聞こえぬ言葉こそは、弾きたまひけれ」<BR>⏎439 
d1780<P>⏎
 781 と褒むれば、耳ほのぼのしく、かたはらなる人に問ひ聞きて、<BR>⏎440 
d1782<P>⏎
 783 「今様の若き人は、かやうなることをぞ好まれざりける。ここに月ごろものしたまふめる姫君、容貌いとけうらにものしたまふめれど、もはら、かやうなるあだわざなどしたまはず、埋れてなむ、ものしたまふめる」<BR>⏎441 
d1784<P>⏎
 785 と、我かしこにうちあざ笑ひて語るを、尼君などは、かたはらいたしと思す。<BR>⏎442 
d1786<P>⏎
text53787 <A NAME="in39">[第九段 翌朝、中将から和歌が贈られる]</A><BR>443 
d1788<P>⏎
 789 これに事皆醒めて、帰りたまふほども、山おろし吹きて、聞こえ来る笛の音、いとをかしう聞こえて、起き明かしたる翌朝、<BR>⏎444 
d1790<P>⏎
 791 「昨夜は、かたがた心乱れはべりしかば、急ぎまかではべりし。<BR>⏎445 
d1792<P>⏎
cd3:1793-795  忘られぬ昔のことも笛竹の<BR>⏎
  つらきふしにも音ぞ泣かれける<BR>⏎
<P>⏎
446  忘られぬ昔のことも笛竹の<BR>  つらきふしにも音ぞ泣かれける<BR>⏎
 796 なほ、すこし思し知るばかり教へなさせたまへ。忍ばれぬべくは、好き好きしきまでも、何かは」<BR>⏎447 
d1797<P>⏎
 798 とあるを、いとどわびたるは、涙とどめがたげなるけしきにて、書きたまふ。<BR>⏎448 
d1799<P>⏎
cd3:1800-802 「笛の音に昔のことも偲ばれて<BR>⏎
  帰りしほども袖ぞ濡れにし<BR>⏎
<P>⏎
449 「笛の音に昔のことも偲ばれて<BR>  帰りしほども袖ぞ濡れにし<BR>⏎
 803 あやしう、もの思ひ知らぬにや、とまで見はべるありさまは、老い人の問はず語りに、聞こし召しけむかし」<BR>⏎450 
d1804<P>⏎
 805 とあり。珍しからぬも見所なき心地して、うち置かれけむ。<BR>⏎451 
d1806<P>⏎
 807 <A HREF="#no16">荻の葉に劣らぬ</A><A NAME="te16">ほ</A>どほどに訪れわたる、「いとむつかしうもあるかな。人の心はあながちなるものなりけり」と見知りにし折々も、やうやう思ひ出づるままに、<BR>⏎452 
d1808<P>⏎
 809 「なほ、かかる筋のこと、人にも思ひ放たすべきさまに、疾くなしたまひてよ」<BR>⏎453 
d1810<P>⏎
 811 とて、経習ひて読みたまふ。心の内にも念じたまへり。かくよろづにつけて世の中を思ひ捨つれば、「若き人とてをかしやかなることもことになく、結ぼほれたる本性なめり」と思ふ。容貌の見るかひあり、うつくしきに、よろづの咎見許して、明け暮れの見物にしたり。すこしうち笑ひたまふ折は、珍しくめでたきものに思へり。<BR>⏎454 
d1812<P>⏎
text53813 <H4>第四章 浮舟の物語 浮舟、尼君留守中に出家す</H4>455 
text53814 <A NAME="in41">[第一段 九月、尼君、再度初瀬に詣でる]</A><BR>456 
d1815<P>⏎
 816 九月になりて、この尼君、初瀬に詣づ。年ごろいと心細き身に、恋しき人の上も思ひやまれざりしを、かくあらぬ人ともおぼえたまはぬ慰めを得たれば、観音の御験うれしとて、返り申しだちて、詣でたまふなりけり。<BR>⏎457 
d1817<P>⏎
 818 「いざ、たまへ。人やは知らむとする。同じ仏なれど、さやうの所に行ひたるなむ、験ありてよき例多かる」<BR>⏎458 
d1819<P>⏎
 820 と言ひて、そそのかしたつれど、「昔、母君、乳母などの、かやうに言ひ知らせつつ、たびたび詣でさせしを、かひなきにこそあめれ。命さへ心にかなはず、たぐひなきいみじきめを見るは」と、いと心憂きうちにも、「知らぬ人に具して、さる道のありきをしたらむよ」と、そら恐ろしくおぼゆ。<BR>⏎459 
d1821<P>⏎
 822 心ごはきさまには言ひもなさで、<BR>⏎460 
d1823<P>⏎
 824 「心地のいと悪しうのみはべれば、さやうならむ道のほどにもいかがなど、つつましうなむ」<BR>⏎461 
d1825<P>⏎
 826 とのたまふ。「物懼ぢはさもしたまふべき人ぞかし」と思ひて、しひても誘はず。<BR>⏎462 
d1827<P>⏎
cd3:1828-830 「はかなくて世に古川の憂き瀬には<BR>⏎
  尋ねも行かじ<A HREF="#no17">二本の杉</A><A NAME="te17">」</A><BR>⏎
<P>⏎
463 「はかなくて世に古川の憂き瀬には<BR>  尋ねも行かじ<A HREF="#no17">二本の杉</A><A NAME="te17">」</A><BR>⏎
 831 と手習に混じりたるを、尼君見つけて、<BR>⏎464 
d1832<P>⏎
 833 「二本は、またも逢ひきこえむと思ひたまふ人あるべし」<BR>⏎465 
d1834<P>⏎
 835 と、戯れごとを言ひ当てたるに、胸つぶれて、面赤めたまへる、いと愛敬づきうつくしげなり。<BR>⏎466 
d1836<P>⏎
cd3:1837-839 「古川の杉のもとだち知らねども<BR>⏎
  過ぎにし人によそへてぞ見る」<BR>⏎
<P>⏎
467 「古川の杉のもとだち知らねども<BR>  過ぎにし人によそへてぞ見る」<BR>⏎
 840 ことなることなきいらへを口疾く言ふ。忍びて、と言へど、皆人慕ひつつ、ここには人少なにておはせむを心苦しがりて、心ばせある少将の尼、左衛門とてある大人しき人、童ばかりぞ留めたりける。<BR>⏎468 
d1841<P>⏎
text53842 <A NAME="in42">[第二段 浮舟、少将の尼と碁を打つ]</A><BR>469 
d1843<P>⏎
 844 皆出で立ちけるを眺め出でて、あさましきことを思ひながらも、「今はいかがせむ」と、「頼もし人に思ふ人一人ものしたまはぬは、心細くもあるかな」と、いとつれづれなるに、中将の御文あり。<BR>⏎470 
d1845<P>⏎
 846 「御覧ぜよ」と言へど、聞きも入れたまはず。いとど人も見えず、つれづれと来し方行く先を思ひ屈じたまふ。<BR>⏎471 
d1847<P>⏎
 848 「苦しきまでも眺めさせたまふかな。御碁を打たせたまへ」<BR>⏎472 
d1849<P>⏎
 850 と言ふ。<BR>⏎473 
d1851<P>⏎
 852 「いとあやしうこそはありしか」<BR>⏎474 
d1853<P>⏎
 854 とはのたまへど、打たむと思したれば、盤取りにやりて、我はと思ひて先ぜさせたてまつりたるに、いとこよなければ、また手直して打つ。<BR>⏎475 
d1855<P>⏎
 856 「尼上疾う帰らせたまはなむ。この御碁見せたてまつらむ。かの御碁ぞ、いと強かりし。僧都の君、早うよりいみじう好ませたまひて、けしうはあらずと思したりしを、いと棋聖大徳になりて、『さし出でてこそ打たざらめ、御碁には負けじかし』と聞こえたまひしに、つひに僧都なむ二つ負けたまひし。棋聖が碁には勝らせたまふべきなめり。あな、いみじ」<BR>⏎476 
d1857<P>⏎
 858 と興ずれば、さだ過ぎたる尼額の見つかぬに、もの好みするに、「むつかしきこともしそめてけるかな」と思ひて、「心地悪し」とて臥したまひぬ。<BR>⏎477 
d1859<P>⏎
 860 「時々、晴れ晴れしうもてなしておはしませ。あたら御身を。いみじう沈みてもてなさせたまふこそ口惜しう、玉に瑕あらむ心地しはべれ」<BR>⏎478 
d1861<P>⏎
 862 と言ふ。夕暮の風の音もあはれなるに、思ひ出づることも多くて、<BR>⏎479 
d1863<P>⏎
cd3:1864-866 「心には秋の夕べを分かねども<BR>⏎
  眺むる袖に露ぞ乱るる」<BR>⏎
<P>⏎
480 「心には秋の夕べを分かねども<BR>  眺むる袖に露ぞ乱るる」<BR>⏎
text53867 <A NAME="in43">[第三段 中将来訪、浮舟別室に逃げ込む]</A><BR>481 
d1868<P>⏎
 869 月さし出でてをかしきほどに、昼文ありつる中将おはしたり。「あな、うたて。こは、なにぞ」とおぼえたまへば、奥深く入りたまふを、<BR>⏎482 
d1870<P>⏎
 871 「さも、あまりにもおはしますものかな。御心ざしのほども、あはれまさる折にこそはべるめれ。ほのかにも、聞こえたまはむことも聞かせたまへ。しみつかむことのやうに思し召したるこそ」<BR>⏎483 
d1872<P>⏎
 873 など言ふに、いとはしたなくおぼゆ。おはせぬよしを言へど、昼の使の、一所など問ひ聞きたるなるべし、いと言多く怨みて、<BR>⏎484 
d1874<P>⏎
 875 「御声も聞きはべらじ。ただ、気近くて聞こえむことを、聞きにくしともいかにとも、思しことわれ」<BR>⏎485 
d1876<P>⏎
 877 と、よろづに言ひわびて、<BR>⏎486 
d1878<P>⏎
 879 「いと心憂く。所につけてこそ、もののあはれもまされ。あまりかかるは」<BR>⏎487 
d1880<P>⏎
 881 など、あはめつつ、<BR>⏎488 
d1882<P>⏎
cd3:1883-885 「山里の秋の夜深きあはれをも<BR>⏎
  もの思ふ人は思ひこそ知れ<BR>⏎
<P>⏎
489 「山里の秋の夜深きあはれをも<BR>  もの思ふ人は思ひこそ知れ<BR>⏎
 886 おのづから御心も通ひぬべきを」<BR>⏎490 
d1887<P>⏎
 888 などあれば、<BR>⏎491 
d1889<P>⏎
 890 「尼君<A HREF="#k18">おはせで</A><A NAME="t18">、</A>紛らはしきこゆべき人もはべらず。いと世づかぬやうならむ」<BR>⏎492 
d1891<P>⏎
 892 と責むれば、<BR>⏎493 
d1893<P>⏎
cd3:1894-896 「憂きものと思ひも知らで過ぐす身を<BR>⏎
  もの思ふ人と人は知りけり」<BR>⏎
<P>⏎
494 「憂きものと思ひも知らで過ぐす身を<BR>  もの思ふ人と人は知りけり」<BR>⏎
 897 わざといらへともなきを、聞きて伝へきこゆれば、いとあはれと思ひて、<BR>⏎495 
d1898<P>⏎
 899 「なほ、ただいささか出でたまへ、と聞こえ動かせ」<BR>⏎496 
d1900<P>⏎
 901 と、この人びとをわりなきまで恨みたまふ。<BR>⏎497 
d1902<P>⏎
 903 「あやしきまで、つれなくぞ見えたまふや」<BR>⏎498 
d1904<P>⏎
 905 とて、入りて見れば、例はかりそめにもさしのぞきたまはぬ老い人の御方に入りたまひにけり。あさましう思ひて、「かくなむ」と<A HREF="#k19">聞こゆれば</A><A NAME="t19">、</A><BR>⏎499 
d1906<P>⏎
 907 「かかる所に眺めたまふらむ心の内のあはれに、おほかたのありさまなども、情けなかるまじき人の、いとあまり思ひ知らぬ人よりも、けにもてなしたまふめるこそ。それ物懲りしたまへるか。なほ、いかなるさまに世を恨みて、いつまでおはすべき人ぞ」<BR>⏎500 
d1908<P>⏎
 909 など、ありさま問ひて、いとゆかしげにのみ思いたれど、こまかなることは、いかでかは言ひ聞かせむ。ただ、<BR>⏎501 
d1910<P>⏎
 911 「知りきこえたまふべき人の、年ごろは、疎々しきやうにて過ぐしたまひしを、初瀬に詣であひたまひて、尋ねきこえたまひつる」<BR>⏎502 
d1912<P>⏎
 913 とぞ言ふ。<BR>⏎503 
d1914<P>⏎
text53915 <A NAME="in44">[第四段 老尼君たちのいびき]</A><BR>504 
d1916<P>⏎
 917 姫君は、「いとむつかし」とのみ聞く老い人のあたりにうつぶし臥して、寝も寝られず。宵惑ひは、えもいはずおどろおどろしきいびきしつつ、前にも、うちすがひたる尼ども二人して、劣らじといびき合はせたり。いと恐ろしう、「今宵、この人びとにや食はれなむ」と思ふも、惜しからぬ身なれど、例の心弱さは、一つ橋危ふがりて帰り来たりけむ者のやうに、わびしくおぼゆ。<BR>⏎505 
d1918<P>⏎
 919 こもき、供に率ておはしつれど、色めきて、このめづらしき男の艶だちゐたる方に帰り去にけり。「今や来る、今や来る」と待ちゐたまへれど、いとはかなき頼もし人なりや。中将、<A HREF="#k20">言ひ</A><A NAME="t20">わ</A>づらひて帰りにければ、<BR>⏎506 
d1920<P>⏎
 921 「いと情けなく、埋れてもおはしますかな。あたら御容貌を」<BR>⏎507 
d1922<P>⏎
 923 などそしりて、皆一所に寝ぬ。<BR>⏎508 
d1924<P>⏎
 925 「夜中ばかりにやなりぬらむ」と思ふほどに、尼君しはぶきおぼほれて起きにたり。火影に、頭つきはいと白きに、黒きものをかづきて、この君の臥したまへる、あやしがりて、鼬とかいふなるものが、さるわざする、額に手を当てて、<BR>⏎509 
d1926<P>⏎
 927 「あやし。これは、誰れぞ」<BR>⏎510 
d1928<P>⏎
 929 と、執念げなる声にて見おこせたる、さらに、「ただ今食ひてむとする」とぞおぼゆる。鬼の取りもて来けむほどは、物のおぼえざりければ、なかなか心やすし。「いかさまにせむ」とおぼゆるむつかしさにも、「いみじきさまにて生き返り、人になりて、またありしいろいろの憂きことを思ひ乱れ、むつかしとも恐ろしとも、ものを思ふよ。死なましかば、これよりも恐ろしげなる者の中にこそはあらましか」と思ひやらる。<BR>⏎511 
d1930<P>⏎
text53931 <A NAME="in45">[第五段 浮舟、悲運のわが身を思う]</A><BR>512 
d1932<P>⏎
 933 昔よりのことを、まどろまれぬままに、常よりも思ひ続くるに、<BR>⏎513 
d1934<P>⏎
 935 「いと心憂く、親と聞こえけむ人の御容貌も見たてまつらず、遥かなる東を返る返る年月をゆきて、たまさかに尋ね寄りて、うれし頼もしと思ひきこえし姉妹の御あたりをも、思はずにて絶え過ぎ、さる方に思ひ定めたまひし人につけて、やうやう身の憂さをも慰めつべききはめに、あさましうもてそこなひたる身を思ひもてゆけば、宮を、すこしもあはれと思ひきこえけむ心ぞ、いとけしからぬ。ただ、この人の御ゆかりにさすらへぬるぞ」<BR>⏎514 
d1936<P>⏎
 937 と思へば、「小島の色をためしに契りたまひしを、などてをかしと思ひきこえけむ」と、こよなく飽きにたる心地す。初めより、薄きながらものどやかにものしたまひし人は、この折かの折など、思ひ出づるぞこよなかりける。「かくてこそありけれ」と、聞きつけられたてまつらむ恥づかしさは、人よりまさりぬべし。さすがに、「この世には、ありし御さまを、よそながらだにいつか見むずる、とうち思ふ、なほ、悪ろの心や。かくだに思はじ」など、心一つをかへさふ。<BR>⏎515 
d1938<P>⏎
 939 からうして鶏の鳴くを聞きて、いとうれし。「<A HREF="#no18">母の御声を聞き</A><A NAME="te18">た</A>らむは、ましていかならむ」と思ひ明かして、心地もいと悪し。供にて渡るべき人もとみに来ねば、なほ臥したまへるに、いびきの人は、いと疾く起きて、粥などむつかしきことどもをもてはやして、<BR>⏎516 
d1940<P>⏎
 941 「御前に、疾く聞こし召せ」<BR>⏎517 
d1942<P>⏎
 943 など寄り来て言へど、まかなひもいとど心づきなく、うたて見知らぬ心地して、<BR>⏎518 
d1944<P>⏎
 945 「悩ましくなむ」<BR>⏎519 
d1946<P>⏎
 947 と、ことなしびたまふを、しひて言ふもいとこちなし。<BR>⏎520 
d1948<P>⏎
text53949 <A NAME="in46">[第六段 僧都、宮中へ行く途中に立ち寄る]</A><BR>521 
d1950<P>⏎
 951 下衆下衆しき法師ばらなどあまた来て、<BR>⏎522 
d1952<P>⏎
 953 「僧都、今日下りさせたまふべし」<BR>⏎523 
d1954<P>⏎
 955 「などにはかには」<BR>⏎524 
d1956<P>⏎
 957 と問ふなれば、<BR>⏎525 
d1958<P>⏎
 959 「一品の宮の、御もののけに悩ませたまひける、山の座主、御修法仕まつらせたまへど、なほ、僧都参らせたまはでは験なしとて、昨日、二度なむ召しはべりし。右大臣殿の四位少将、昨夜、夜更けてなむ登りおはしまして、后の宮の御文などはべりければ、下りさせたまふなり」<BR>⏎526 
d1960<P>⏎
 961 など、いとはなやかに言ひなす。「恥づかしうとも、会ひて、尼になしたまひてよ、と言はむ。さかしら人少なくて、よき折にこそ」と思へば、起きて、<BR>⏎527 
d1962<P>⏎
 963 「心地のいと悪しうのみはべるを、僧都の下りさせたまへらむに、忌むこと受けはべらむとなむ思ひはべるを、さやうに聞こえたまへ」<BR>⏎528 
d1964<P>⏎
 965 と語らひたまへば、ほけほけしう、うちうなづく。<BR>⏎529 
d1966<P>⏎
 967 例の方におはして、髪は尼君のみ削りたまふを、異人に手触れさせむもうたておぼゆるに、手づからはた、えせぬことなれば、ただすこし解き下して、親に今一度かうながらのさまを見えずなりなむこそ、人やりならず、いと悲しけれ。いたうわづらひしけにや、髪もすこし落ち細りたる心地すれど、何ばかりも衰へず、いと多くて、六尺ばかりなる末などぞ、いとうつくしかりける。筋なども、いとこまかにうつくしげなり。<BR>⏎530 
d1968<P>⏎
 969 「<A HREF="#no19">かかれとてしも</A><A NAME="te19">」</A><BR>⏎531 
d1970<P>⏎
 971 と、独りごちゐたまへり。<BR>⏎532 
d1972<P>⏎
 973 暮れ方に、僧都ものしたまへり。南面払ひしつらひて、まろなる頭つき、行きちがひ騷ぎたるも、例に変はりて、いと恐ろしき心地す。母の御方に参りたまひて、<BR>⏎533 
d1974<P>⏎
 975 「いかにぞ、月ごろは」<BR>⏎534 
d1976<P>⏎
 977 など言ふ。<BR>⏎535 
d1978<P>⏎
 979 「東の御方は物詣でしたまひにきとか。このおはせし人は、なほものしたまふや」<BR>⏎536 
d1980<P>⏎
 981 など問ひたまふ。<BR>⏎537 
d1982<P>⏎
 983 「しか。ここにとまりてなむ。心地悪しとこそものしたまひて、忌むこと受けたてまつらむ、とのたまひつる」<BR>⏎538 
d1984<P>⏎
 985 と語る。<BR>⏎539 
d1986<P>⏎
text53987 <A NAME="in47">[第七段 浮舟、僧都に出家を懇願]</A><BR>540 
d1988<P>⏎
 989 立ちてこなたにいまして、「ここにや、おはします」とて、几帳のもとについゐたまへば、つつましけれど、ゐざり寄りて、いらへしたまふ。<BR>⏎541 
d1990<P>⏎
 991 「不意にて見たてまつりそめてしも、さるべき昔の契りありけるにこそ、と思ひたまへて。御祈りなども、ねむごろに仕うまつりしを、法師は、そのこととなくて、御文聞こえ受けたまはむも便なければ、自然になむおろかなるやうになりはべりぬる。いとあやしきさまに、世を背きたまへる人の御あたり、いかでおはしますらむ」<BR>⏎542 
d1992<P>⏎
 993 とのたまふ。<BR>⏎543 
d1994<P>⏎
 995 「世の中にはべらじと思ひ立ちはべりし身の、いとあやしくて今まではべりつるを、心憂しと思ひはべるものから、よろづにせさせたまひける御心ばへをなむ、いふかひなき心地にも、思ひたまへ知らるるを、なほ、世づかずのみ、つひにえ止まるまじく思ひたまへらるるを、尼になさせたまひてよ。世の中にはべるとも、例の人にてながらふべくもはべらぬ身になむ」<BR>⏎544 
d1996<P>⏎
 997 と聞こえたまふ。<BR>⏎545 
d1998<P>⏎
 999 「まだ、いと行く先遠げなる御ほどに、いかでかひたみちにしかば、思し立たむ。かへりて罪あることなり。思ひ立ちて、心を起こしたまふほどは強く思せど、年月経れば、女の御身といふもの、いとたいだいしきものになむ」<BR>⏎546 
d11000<P>⏎
 1001 とのたまへば、<BR>⏎547 
d11002<P>⏎
 1003 「幼くはべりしほどより、ものをのみ思ふべきありさまにて、<A HREF="#k21">親なども、尼になしてや見まし、など</A><A NAME="t21">な</A>む思ひのたまひし。まして、すこしもの思ひ知りて後は、例の人ざまならで、後の世をだに、と思ふ心深かりしを、亡くなるべきほどのやうやう近くなりはべるにや、心地のいと弱くのみなりはべるを、なほ、いかで」<BR>⏎548 
d11004<P>⏎
 1005 とて、うち泣きつつのたまふ。<BR>⏎549 
d11006<P>⏎
text531007 <A NAME="in48">[第八段 浮舟、出家す]</A><BR>550 
d11008<P>⏎
 1009 「あやしく、かかる容貌ありさまを、などて身をいとはしく思ひはじめたまひけむ。もののけもさこそ言ふなりしか」と思ひ合はするに、「さるやうこそはあらめ。今までも生きたるべき人かは。悪しきものの見つけそめたるに、いと恐ろしく危ふきことなり」と思して、<BR>⏎551 
d11010<P>⏎
 1011 「とまれ、かくまれ、思し立ちてのたまふを、三宝のいとかしこく誉めたまふことなり。法師にて聞こえ返すべきことにあらず。御忌むことは、いとやすく授けたてまつるべきを、急なることにまかんでたれば、今宵、かの宮に参るべくはべり。明日よりや、御修法始まるべくはべらむ。七日果ててまかでむに、仕まつらむ」<BR>⏎552 
d11012<P>⏎
 1013 とのたまへば、「かの尼君おはしなば、かならず言ひ妨げてむ」と、いと口惜しくて、<BR>⏎553 
d11014<P>⏎
 1015 「乱り心地の悪しかりしほどに見たるやうにて、いと苦しうはべれば、重くならば、忌むことかひなくやはべらむ。なほ、今日はうれしき折とこそ思ひはべれ」<BR>⏎554 
d11016<P>⏎
 1017 とて、いみじう泣きたまへば、聖心にいといとほしく思ひて、<BR>⏎555 
d11018<P>⏎
 1019 「夜や更けはべりぬらむ。山より下りはべること、昔はことともおぼえたまはざりしを、年の生ふるままには、堪へがたくはべりければ、うち休みて内裏には参らむ、と思ひはべるを、しか思し急ぐことなれば、今日仕うまつりてむ」<BR>⏎556 
d11020<P>⏎
 1021 とのたまふに、いとうれしくなりぬ。<BR>⏎557 
d11022<P>⏎
 1023 鋏取りて、櫛の筥の蓋さし出でたれば、<BR>⏎558 
d11024<P>⏎
 1025 「いづら、大徳たち。ここに」<BR>⏎559 
d11026<P>⏎
 1027 と呼ぶ。初め見つけたてまつりし二人ながら供にありければ、呼び入れて、<BR>⏎560 
d11028<P>⏎
 1029 「御髪下ろしたてまつれ」<BR>⏎561 
d11030<P>⏎
 1031 と言ふ。げに、いみじかりし人の御ありさまなれば、「うつし人にては、世におはせむもうたてこそあらめ」と、この阿闍梨もことわりに思ふに、几帳の帷子のほころびより、御髪をかき出だしたまひつるが、いとあたらしくをかしげなるになむ、しばし、鋏をもてやすらひける。<BR>⏎562 
d11032<P>⏎
text531033 <H4>第五章 浮舟の物語 浮舟、出家後の物語</H4>563 
text531034 <A NAME="in51">[第一段 少将の尼、浮舟の出家に気も動転]</A><BR>564 
d11035<P>⏎
 1036 かかるほど、少将の尼は、兄の阿闍梨の来たるに会ひて、下にゐたり。左衛門は、この私の知りたる人にあひしらふとて、かかる所にとりては、皆とりどりに、心寄せの人びとめづらしうて出で来たるに、はかなきことしける、見入れなどしけるほどに、こもき一人して、「かかることなむ」と少将の尼に告げたりければ、惑ひて来て見るに、わが御上の衣、袈裟などを、ことさらばかりとて着せたてまつりて、<BR>⏎565 
d11037<P>⏎
 1038 「親の御方拝みたてまつりたまへ」<BR>⏎566 
d11039<P>⏎
 1040 と言ふに、いづ方とも知らぬほどなむ、え忍びあへたまはで、泣きたまひにける。<BR>⏎567 
d11041<P>⏎
 1042 「あな、あさましや。など、かく奥なきわざはせさせたまふ。上、帰りおはしては、いかなることをのたまはせむ」<BR>⏎568 
d11043<P>⏎
 1044 と言へど、かばかりにしそめつるを、言ひ乱るもものしと思ひて、僧都諌めたまへば、寄りてもえ妨げず。<BR>⏎569 
d11045<P>⏎
 1046 「<A HREF="#no20">流転三界中</A><A NAME="te20">」</A><BR>⏎570 
d11047<P>⏎
 1048 など言ふにも、「断ち果ててしものを」と思ひ出づるも、さすがなりけり。御髪も削ぎわづらひて、<BR>⏎571 
d11049<P>⏎
 1050 「のどやかに、尼君たちして、直させたまへ」<BR>⏎572 
d11051<P>⏎
 1052 と言ふ。額は僧都ぞ削ぎたまふ。<BR>⏎573 
d11053<P>⏎
 1054 「かかる御容貌やつしたまひて、悔いたまふな」<BR>⏎574 
d11055<P>⏎
 1056 など、尊きことども説き聞かせたまふ。「とみにせさすべくもあらず、皆言ひ知らせたまへることを、うれしくもしつるかな」と、これのみぞ仏は生けるしるしありてとおぼえたまひける。<BR>⏎575 
d11057<P>⏎
text531058 <A NAME="in52">[第二段 浮舟、手習に心を託す]</A><BR>576 
d11059<P>⏎
 1060 皆人びと出で静まりぬ。夜の風の音に、この人びとは、<BR>⏎577 
d11061<P>⏎
 1062 「心細き御住まひも、しばしのことぞ。今いとめでたくなりたまひなむ、と頼みきこえつる御身を、かくしなさせたまひて、残り多かる御世の末を、いかにせさせたまはむとするぞ。<A HREF="#k22">老い衰へ</A><A NAME="t22">た</A>る人だに、今は限りと思ひ果てられて、いと悲しきわざにはべる」<BR>⏎578 
d11063<P>⏎
 1064 と言ひ知らすれど、「なほ、ただ今は、心やすくうれし。世に経べきものとは、思ひかけずなりぬるこそは、いとめでたきことなれ」と、胸のあきたる心地ぞしたまひける。<BR>⏎579 
d11065<P>⏎
 1066 翌朝は、さすがに人の許さぬことなれば、変はりたらむさま見えむもいと恥づかしく、髪の裾の、にはかにおぼとれたるやうに、しどけなくさへ削がれたるを、「むつかしきことども言はで、つくろはむ<A HREF="#k23">人もがな」と、何事につけても、つつましくて、暗うしなしておはす。思ふことを人に</A><A NAME="t23">言</A>ひ続けむ言の葉は、もとよりだにはかばかしからぬ身を、まいてなつかしうことわるべき人さへなければ、ただ硯に向かひて、思ひあまる折には、手習をのみ、たけきこととは、書きつけたまふ。<BR>⏎580 
d11067<P>⏎
cd3:11068-1070 「なきものに身をも人をも思ひつつ<BR>⏎
  捨ててし世をぞさらに捨てつる<BR>⏎
<P>⏎
581 「なきものに身をも人をも思ひつつ<BR>  捨ててし世をぞさらに捨てつる<BR>⏎
 1071 今は、かくて限りつるぞかし」<BR>⏎582 
d11072<P>⏎
 1073 と書きても、なほ、みづからいとあはれと見たまふ。<BR>⏎583 
d11074<P>⏎
cd3:11075-1077 「限りぞと思ひなりにし世の中を<BR>⏎
  返す返すも背きぬるかな」<BR>⏎
<P>⏎
584 「限りぞと思ひなりにし世の中を<BR>  返す返すも背きぬるかな」<BR>⏎
text531078 <A NAME="in53">[第三段 中将からの和歌に返歌す]</A><BR>585 
d11079<P>⏎
 1080 同じ筋のことを、とかく書きすさびゐたまへるに、中将の御文あり。もの騒がしう呆れたる心地しあへるほどにて、「かかること」など言ひてけり。いとあへなしと思ひて、<BR>⏎586 
d11081<P>⏎
 1082 「かかる心の深くありける人なりければ、はかなきいらへをもしそめじと、思ひ離るるなりけり。さてもあへなきわざかな。いとをかしく見えし髪のほどを、たしかに見せよと、一夜も語らひしかば、さるべからむ折に、と言ひしものを」<BR>⏎587 
d11083<P>⏎
 1084 と、いと口惜しうて、立ち返り、<BR>⏎588 
d11085<P>⏎
 1086 「聞こえむ方なきは、<BR>⏎589 
d11087<P>⏎
cd3:11088-1090  岸遠く漕ぎ離るらむ海人舟に<BR>⏎
  乗り遅れじと急がるるかな」<BR>⏎
<P>⏎
590  岸遠く漕ぎ離るらむ海人舟に<BR>  乗り遅れじと急がるるかな」<BR>⏎
 1091 例ならず取りて見たまふ。もののあはれなる折に、今はと思ふもあはれなるものから、いかが思さるらむ、いとはかなきものの端に、<BR>⏎591 
d11092<P>⏎
cd3:11093-1095 「心こそ憂き世の岸を離るれど<BR>⏎
  行方も知らぬ海人の浮木を」<BR>⏎
<P>⏎
592 「心こそ憂き世の岸を離るれど<BR>  行方も知らぬ海人の浮木を」<BR>⏎
 1096 と、例の、手習にしたまへるを、包みてたてまつる。<BR>⏎593 
d11097<P>⏎
 1098 「書き写してだにこそ」<BR>⏎594 
d11099<P>⏎
 1100 とのたまへど、<BR>⏎595 
d11101<P>⏎
 1102 「なかなか書きそこなひはべりなむ」<BR>⏎596 
d11103<P>⏎
 1104 とてやりつ。めづらしきにも、言ふ方なく悲しうなむおぼえける。<BR>⏎597 
d11105<P>⏎
 1106 物詣での人帰りたまひて、思ひ騒ぎたまふこと、限りなし。<BR>⏎598 
d11107<P>⏎
 1108 「かかる身にては、勧めきこえむこそは、と思ひなしはべれど、残り多かる御身を、いかで経たまはむとすらむ。おのれは、世にはべらむこと、今日、明日とも知りがたきに、いかでうしろやすく見たてまつらむと、よろづに思ひたまへてこそ、仏にも祈りきこえつれ」<BR>⏎599 
d11109<P>⏎
 1110 と、伏しまろびつつ、いといみじげに思ひたまへるに、まことの親の、やがて骸もなきものと、思ひ惑ひたまひけむほど推し量るるぞ、まづいと悲しかりける。例の、いらへもせで背きゐたまへるさま、いと若くうつくしげなれば、「いとものはかなくぞおはしける御心なれ」と、泣く泣く御衣のことなど急ぎたまふ。<BR>⏎600 
d11111<P>⏎
 1112 鈍色は手馴れにしことなれば、小袿、袈裟などしたり。ある人びとも、かかる色を縫ひ着せたてまつるにつけても、「いとおぼえず、うれしき山里の光と、明け暮れ見たてまつりつるものを、口惜しきわざかな」<BR>⏎601 
d11113<P>⏎
 1114 と、あたらしがりつつ、僧都を恨み誹りけり。<BR>⏎602 
d11115<P>⏎
text531116 <A NAME="in54">[第四段 僧都、女一宮に伺候]</A><BR>603 
d11117<P>⏎
 1118 一品の宮の御悩み、げに、かの弟子の言ひしもしるく、いちじるきことどもありて、おこたらせたまひにければ、いよいよいと尊きものに言ひののしる。名残も恐ろしとて、御修法延べさせたまへば、とみにもえ帰り入らでさぶらひたまふに、雨など降りてしめやかなる夜、召して、夜居にさぶらはせたまふ。<BR>⏎604 
d11119<P>⏎
 1120 日ごろいたうさぶらひ極じたる人は、皆休みなどして、御前に人少なにて、近く起きたる人少なき折に、同じ御帳におはしまして、<BR>⏎605 
d11121<P>⏎
 1122 「昔より頼ませたまふなかにも、このたびなむ、いよいよ、後の世もかくこそはと、頼もしきことまさりぬる」<BR>⏎606 
d11123<P>⏎
 1124 などのたまはす。<BR>⏎607 
d11125<P>⏎
 1126 「世の中に久しうはべるまじきさまに、仏なども教へたまへることどもはべるうちに、今年、来年、過ぐしがたきやうになむはべれば、仏を紛れなく念じつとめはべらむとて、深く籠もりはべるを、かかる仰せ言にて、まかり出ではべりにし」<BR>⏎608 
d11127<P>⏎
 1128 など啓したまふ。<BR>⏎609 
d11129<P>⏎
text531130 <A NAME="in55">[第五段 僧都、女一宮に宇治の出来事を語る]</A><BR>610 
d11131<P>⏎
 1132 御もののけの執念きことを、さまざまに名のるが恐ろしきことなどのたまふついでに、<BR>⏎611 
d11133<P>⏎
 1134 「いとあやしう、希有のことをなむ見たまへし。この三月に、年老いてはべる母の、願ありて初瀬に詣でてはべりし、帰さの中宿りに、宇治の院と言ひはべる所にまかり宿りしを、かくのごと、人住まで年経ぬる大きなる所は、よからぬものかならず通ひ住みて、重き病者のため悪しきことども、と思ひたまへしも、しるく」<BR>⏎612 
d11135<P>⏎
 1136 とて、かの見つけたりしことどもを語りきこえたまふ。<BR>⏎613 
d11137<P>⏎
 1138 「げに、いとめづらかなることかな」<BR>⏎614 
d11139<P>⏎
 1140 とて、近くさぶらふ人びと皆寝入りたるを、恐ろしく思されて、おどろかさせたまふ。大将の語らひたまふ宰相の君しも、このことを聞きけり。おどろかさせたまふ人びとは、何とも聞かず。僧都、懼ぢさせたまへる御けしきを、「心もなきこと啓してけり」と思ひて、詳しくもそのほどのことをば言ひさしつ。<BR>⏎615 
d11141<P>⏎
 1142 「その女人、このたびまかり出ではべりつるたよりに、小野にはべりつる尼どもあひ訪ひはべらむとて、まかり寄りたりしに、泣く泣く、出家の志し深きよし、ねむごろに語らひはべりしかば、頭下ろしはべりにき。<BR>⏎616 
d11143<P>⏎
 1144 なにがしが妹、故衛門督の妻にはべりし尼なむ、亡せにし女子の代りにと、思ひ喜びはべりて、随分に労りかしづきはべりけるを、かくなりたれば、恨みはべるなり。げにぞ、容貌はいとうるはしくけうらにて、行ひやつれむもいとほしげになむはべりし。何人にかはべりけむ」<BR>⏎617 
d11145<P>⏎
 1146 と、ものよく言ふ僧都にて、語り続け申したまへば、<BR>⏎618 
d11147<P>⏎
 1148 「いかで、さる所に、よき人をしも取りもて行きけむ。さりとも、今は知られぬらむ」<BR>⏎619 
d11149<P>⏎
 1150 など、この宰相の君ぞ問ふ。<BR>⏎620 
d11151<P>⏎
 1152 「知らず。さもや、語らひたまふらむ。まことにやむごとなき人ならば、何か、隠れもはべらじをや。田舎人の娘も、さるさましたる<A HREF="#k24">こそは</A><A NAME="t24">は</A>べらめ。龍の中より、仏生まれたまはずはこそはべらめ。ただ人にては、いと罪軽きさまの人になむはべりける」<BR>⏎621 
d11153<P>⏎
 1154 など聞こえたまふ。<BR>⏎622 
d11155<P>⏎
 1156 そのころ、かのわたりに消え失せにけむ人を思し出づ。この御前なる人も、姉の君の伝へに、あやしくて亡せたる人とは聞きおきたれば、「それにやあらむ」とは思ひけれど、定めなきことなり。僧都も、<BR>⏎623 
d11157<P>⏎
 1158 「かかる人、世にあるものとも知られじと、よくもあらぬ敵だちたる人もあるやうにおもむけて、隠し忍びはべるを、事のさまのあやしければ、啓しはべるなり」<BR>⏎624 
d11159<P>⏎
 1160 と、なま隠すけしきなれば、人にも語らず。宮は、<BR>⏎625 
d11161<P>⏎
 1162 「それにもこそあれ。大将に聞かせばや」<BR>⏎626 
d11163<P>⏎
 1164 と、この人にぞのたまはすれど、いづ方にも隠すべきことを、定めてさならむとも知らずながら、恥づかしげなる人に、うち出でのたまはせむもつつましく思して、やみにけり。<BR>⏎627 
d11165<P>⏎
text531166 <A NAME="in56">[第六段 僧都、山荘に立ち寄り山へ帰る]</A><BR>628 
d11167<P>⏎
 1168 <A HREF="#k25">姫宮</A><A NAME="t25">お</A>こたり果てさせたまひて、僧都も登りぬ。かしこに寄りたまへれば、いみじう恨みて、<BR>⏎629 
d11169<P>⏎
 1170 「なかなか、かかる御ありさまにて、罪も得ぬべきことを、のたまひもあはせずなりにけることをなむ、いとあやしき」<BR>⏎630 
d11171<P>⏎
 1172 などのたまへど、かひもなし。<BR>⏎631 
d11173<P>⏎
 1174 「今は、ただ御行ひをしたまへ。老いたる、若き、定めなき世なり。はかなきものに思しとりたるも、ことわりなる御身をや」<BR>⏎632 
d11175<P>⏎
 1176 とのたまふにも、いと恥づかしうなむおぼえける。<BR>⏎633 
d11177<P>⏎
 1178 「御法服新しくしたまへ」<BR>⏎634 
d11179<P>⏎
 1180 とて、綾、羅、絹などいふもの、たてまつりおきたまふ。<BR>⏎635 
d11181<P>⏎
 1182 「なにがしがはべらむ限りは、仕うまつりなむ。なにか思しわづらふべき。常の世に生ひ出でて、世間の栄華に願ひまつはるる限りなむ、所狭く捨てがたく、我も人も思すべかめることなめる。かかる林の中に行ひ勤めたまはむ身は、何事かは恨めしくも恥づかしくも思すべき。このあらむ<A HREF="#no21">命は、葉の薄きがごとし</A><A NAME="te21">」</A><BR>⏎636 
d11183<P>⏎
 1184 と言ひ知らせて、<BR>⏎637 
d11185<P>⏎
 1186 「<A HREF="#no22">松門に暁到りて月徘徊す</A><A NAME="te22">」</A><BR>⏎638 
d11187<P>⏎
 1188 と、法師なれど、いとよしよししく恥づかしげなるさまにてのたまふことどもを、「思ふやうにも言ひ聞かせたまふかな」と聞きゐたり。<BR>⏎639 
d11189<P>⏎
text531190 <A NAME="in57">[第七段 中将、小野山荘に来訪]</A><BR>640 
d11191<P>⏎
 1192 今日は、ひねもすに吹く風の音もいと心細きに、おはしたる人も、<BR>⏎641 
d11193<P>⏎
 1194 「あはれ、山伏は、かかる日にぞ、音は泣かるなるかし」<BR>⏎642 
d11195<P>⏎
 1196 と言ふを聞きて、「我も今は山伏ぞかし。ことわりに止まらぬ涙なりけり」と思ひつつ、端の方に立ち出でて見れば、遥かなる軒端より、狩衣姿色々に立ち混じりて見ゆ。山へ登る人なりとても、こなたの道には、通ふ人もいとたまさかなり。黒谷とかいふ方より<A HREF="#k26">ありく</A><A NAME="t26">法</A>師の跡のみ、まれまれは見ゆるを、例の姿見つけたるは、あいなくめづらしきに、この恨みわびし中将なりけり。<BR>⏎643 
d11197<P>⏎
 1198 かひなきことも言はむとてものしたりけるを、紅葉の<A HREF="#k27">いとおもしろく</A><A NAME="t27">、</A>他の紅に染めましたる色々なれば、入り来るよりぞものあはれなりける。「ここに、いと心地よげなる人を見つけたらば、あやしくぞおぼゆべき」など思ひて、<BR>⏎644 
d11199<P>⏎
 1200 「暇ありて、つれづれなる心地しはべるに、紅葉もいかにと思ひたまへてなむ。なほ、立ち返りて旅寝もしつべき木の下にこそ」<BR>⏎645 
d11201<P>⏎
 1202 とて、見出だしたまへり。尼君、例の、涙もろにて、<BR>⏎646 
d11203<P>⏎
cd3:11204-1206 「木枯らしの吹きにし山の麓には<BR>⏎
  立ち隠すべき蔭だにぞなき」<BR>⏎
<P>⏎
647 「木枯らしの吹きにし山の麓には<BR>  立ち隠すべき蔭だにぞなき」<BR>⏎
 1207 とのたまへば、<BR>⏎648 
d11208<P>⏎
cd3:11209-1211 「待つ人もあらじと思ふ山里の<BR>⏎
  梢を見つつなほぞ過ぎ憂き」<BR>⏎
<P>⏎
649 「待つ人もあらじと思ふ山里の<BR>  梢を見つつなほぞ過ぎ憂き」<BR>⏎
 1212 言ふかひなき人の御ことを、なほ尽きせずのたまひて、<BR>⏎650 
d11213<P>⏎
 1214 「さま変はりたまへらむさまを、いささか見せよ」<BR>⏎651 
d11215<P>⏎
 1216 と、少将の尼にのたまふ。<BR>⏎652 
d11217<P>⏎
 1218 「それをだに、契りししるしにせよ」<BR>⏎653 
d11219<P>⏎
 1220 と責めたまへば、入りて見るに、ことさら人にも見せまほしきさましてぞおはする。薄き鈍色の綾、中に萱草など、澄みたる色を着て、いとささやかに、様体をかしく、今めきたる容貌に、髪は五重の扇を広げたるやうに、こちたき末つきなり。<BR>⏎654 
d11221<P>⏎
 1222 こまかにうつくしき面様の、化粧をいみじくしたらむやうに、赤く匂ひたり。行ひなどをしたまふも、なほ数珠は近き几帳にうち懸けて、経に心を入れて読みたまへるさま、絵にも描かまほし。<BR>⏎655 
d11223<P>⏎
 1224 うち見るごとに涙の止めがたき心地するを、「まいて心かけたまはむ男は、いかに見たてまつりたまはむ」と思ひて、さるべき折にやありけむ、障子の掛金のもとに開きたる穴を教へて、紛るべき几帳など押しやりたり。<BR>⏎656 
d11225<P>⏎
 1226 「いとかくは思はずこそありしか。いみじく思ふさまなりける人を」と、我がしたらむ過ちのやうに、惜しく悔しう悲しければ、つつみもあへず、もの狂はしきまで、けはひも聞こえぬべければ、退きぬ。<BR>⏎657 
d11227<P>⏎
text531228 <A NAME="in58">[第八段 中将、浮舟に和歌を贈って帰る]</A><BR>658 
d11229<P>⏎
 1230 「かばかりのさましたる人を失ひて、尋ねぬ人ありけむや。また、その人かの人の娘なむ、行方も知らず隠れにたる、もしはもの怨じして、世を背きにけるなど、おのづから隠れなかるべきを」など、あやしう返す返す思ふ。<BR>⏎659 
d11231<P>⏎
 1232 「尼なりとも、かかるさましたらむ人はうたてもおぼえじ」など、「なかなか見所まさりて心苦しかるべきを、忍びたるさまに、なほ語らひとりてむ」と思へば、まめやかに語らふ。<BR>⏎660 
d11233<P>⏎
 1234 「世の常のさまには思し憚ることもありけむを、かかるさまになりたまひにたるなむ、心やすう聞こえつべくはべる。さやうに教へきこえたまへ。来し方の忘れがたくて、かやうに参り来るに、また、今一つ心ざしを添へてこそ」<BR>⏎661 
d11235<P>⏎
 1236 などのたまふ。<BR>⏎662 
d11237<P>⏎
 1238 「いと行く末心細く、うしろめたきありさまにはべるに、まめやかなるさまに思し忘れず訪はせたまはむ、いとうれしうこそ、思ひたまへおかめ。はべらざらむ後なむ、あはれに思ひたまへらるべき」<BR>⏎663 
d11239<P>⏎
 1240 とて、泣きたまふに、「この尼君も離れぬ人なるべし。誰れならむ」と心得がたし。<BR>⏎664 
d11241<P>⏎
 1242 「行く末の御後見は、<A HREF="#k28">命も</A><A NAME="t28">知</A>りがたく頼もしげなき身なれど、さ聞こえそめはべるなれば、さらに変はりはべらじ。尋ねきこえたまふべき人は、まことにものしたまはぬか。さやうのことのおぼつかなきになむ、憚るべきことにははべらねど、なほ隔てある心地しはべるべき」<BR>⏎665 
d11243<P>⏎
 1244 とのたまへば、<BR>⏎666 
d11245<P>⏎
 1246 「人に知らるべきさまにて、世に経たまはば、さもや尋ね出づる人もはべらむ。今は、かかる方に、思ひきりつるありさまになむ。心のおもむけも、さのみ見えはべりつるを」<BR>⏎667 
d11247<P>⏎
 1248 など語らひたまふ。<BR>⏎668 
d11249<P>⏎
 1250 こなたにも消息したまへり。<BR>⏎669 
d11251<P>⏎
cd3:11252-1254 「おほかたの世を背きける君なれど<BR>⏎
  厭ふによせて身こそつらけれ」<BR>⏎
<P>⏎
670 「おほかたの世を背きける君なれど<BR>  厭ふによせて身こそつらけれ」<BR>⏎
 1255 ねむごろに深く聞こえたまふことなど、言ひ伝ふ。<BR>⏎671 
d11256<P>⏎
 1257 「兄妹と思しなせ。はかなき世の物語なども聞こえて、慰めむ」<BR>⏎672 
d11258<P>⏎
 1259 など言ひ続く。<BR>⏎673 
d11260<P>⏎
 1261 「心深からむ御物語など、聞き分くべくもあらぬこそ口惜しけれ」<BR>⏎674 
d11262<P>⏎
 1263 といらへて、この厭ふにつけたるいらへはしたまはず。「思ひよらずあさましきこともありし身なれば、いとうとまし。すべて朽木などのやうにて、人に見捨てられて止みなむ」ともてなしたまふ。<BR>⏎675 
d11264<P>⏎
 1265 されば、月ごろたゆみなく結ぼほれ、ものをのみ思したりしも、この本意のことしたまひてより、後すこし晴れ晴れしうなりて、尼君とはかなく戯れもし交はし、碁打ちなどしてぞ、明かし暮らしたまふ。行ひもいとよくして、法華経はさらなり。異法文なども、いと多く読みたまふ。<A HREF="#no23">雪深く降り積み、人目絶え</A><A NAME="te23">た</A>るころぞ、げに思ひやる方なかりける。<BR>⏎676 
d11266<P>⏎
text531267 <H4>第六章 浮舟の物語 薫、浮舟生存を聞き知る</H4>677 
text531268 <A NAME="in61">[第一段 新年、浮舟と尼君、和歌を詠み交す]</A><BR>678 
d11269<P>⏎
 1270 年も返りぬ。春のしるしも見えず、凍りわたれる水の音せぬさへ心細くて、「君にぞ惑ふ」とのたまひし人は、心憂しと思ひ果てにたれど、なほその折などのことは忘れず。<BR>⏎679 
d11271<P>⏎
cd3:11272-1274 「かきくらす野山の雪を眺めても<BR>⏎
  降りにしことぞ今日も悲しき」<BR>⏎
<P>⏎
680 「かきくらす野山の雪を眺めても<BR>  降りにしことぞ今日も悲しき」<BR>⏎
 1275 など、例の、慰めの手習を、行ひの隙にはしたまふ。「我世になくて年隔たりぬるを、思ひ出づる人もあらむかし」など、思ひ出づる時も多かり。若菜をおろそかなる籠に入れて、人の持て来たりけるを、尼君見て、<BR>⏎681 
d11276<P>⏎
cd3:11277-1279 「山里の雪間の若菜摘みはやし<BR>⏎
  なほ生ひ先の頼まるるかな」<BR>⏎
<P>⏎
682 「山里の雪間の若菜摘みはやし<BR>  なほ生ひ先の頼まるるかな」<BR>⏎
 1280 とて、こなたにたてまつれたまへりければ、<BR>⏎683 
d11281<P>⏎
cd3:11282-1284 「雪深き野辺の若菜も今よりは<BR>⏎
  <A HREF="#no24">君がためにぞ年も摘む</A><A NAME="te24">べ</A>き」<BR>⏎
<P>⏎
684 「雪深き野辺の若菜も今よりは<BR>  <A HREF="#no24">君がためにぞ年も摘む</A><A NAME="te24">べ</A>き」<BR>⏎
 1285 とあるを、「さぞ思すらむ」とあはれなるにも、「見るかひあるべき御さまと思はましかば」と、まめやかにうち泣いたまふ。<BR>⏎685 
d11286<P>⏎
 1287 閨のつま近き紅梅の色も香も変はらぬを、「<A HREF="#no25">春や昔の</A><A NAME="te25">」</A>と、異花よりもこれに心寄せのあるは、<A HREF="#no26">飽かざりし匂ひ</A><A NAME="te26">の</A>しみにけるにや。後夜に閼伽奉らせたまふ。下臈の尼のすこし若きがある、召し出でて花折らすれば、かことがましく散るに、いとど匂ひ来れば、<BR>⏎686 
d11288<P>⏎
cd3:11289-1291 「<A HREF="#no27">袖触れし</A><A NAME="te27">人</A>こそ見えね花の香の<BR>⏎
  それかと匂ふ春のあけぼの」<BR>⏎
<P>⏎
687 「<A HREF="#no27">袖触れし</A><A NAME="te27">人</A>こそ見えね花の香の<BR>  それかと匂ふ春のあけぼの」<BR>⏎
text531292 <A NAME="in62">[第二段 大尼君の孫、紀伊守、山荘に来訪]</A><BR>688 
d11293<P>⏎
 1294 <A HREF="#k29">大尼君</A><A NAME="t29">の</A>孫の紀伊守なりける、このころ上りて来たり。三十ばかりにて、容貌きよげに誇りかなるさましたり。<BR>⏎689 
d11295<P>⏎
 1296 「何ごとか、去年、一昨年」<BR>⏎690 
d11297<P>⏎
 1298 など問ふに、ほけほけしきさまなれば、こなたに来て、<BR>⏎691 
d11299<P>⏎
 1300 「いとこよなくこそ、ひがみたまひにけれ。あはれにも<A HREF="#k30">はべる</A><A NAME="t30">か</A>な。残りなき御さまを、見たてまつること難くて、遠きほどに年月を過ぐしはべるよ。親たちものしたまはで後は、一所をこそ、御代はりに思ひきこえはべりつれ。常陸の北の方は、訪れきこえたまふや」<BR>⏎692 
d11301<P>⏎
 1302 と言ふは、いもうとなるべし。<BR>⏎693 
d11303<P>⏎
 1304 「年月に添へては、つれづれにあはれなることのみまさりてなむ。常陸は、久しう訪れきこえたまはざめり。え待ちつけたまふまじきさまになむ見えたまふ」<BR>⏎694 
d11305<P>⏎
 1306 とのたまふに、「わが親の名」と、あいなく耳止まれるに、また言ふやう、<BR>⏎695 
d11307<P>⏎
 1308 「まかり上りて日ごろになりはべりぬるを、公事のいとしげく、むつかしうのみはべるにかかづらひてなむ。昨日もさぶらはむと思ひたまへしを、右大将殿の宇治におはせし御供に仕うまつりて、故八の宮の住みたまひし所におはして、日暮らしたまひし。<BR>⏎696 
d11309<P>⏎
 1310 故宮の御女に通ひたまひしを、まづ一所は一年亡せたまひにき。その御おとうと、また忍びて据ゑたてまつりたまへりけるを、去年の春また亡せたまひにければ、その御果てのわざせさせたまはむこと、かの寺の律師になむ、さるべきことのたまはせて、なにがしも、かの女の装束一領、調じはべるべきを、せさせたまひてむや。織らすべきものは、急ぎせさせはべりなむ」<BR>⏎697 
d11311<P>⏎
 1312 と言ふを聞くに、いかでかあはれならざらむ。「人やあやしと見む」とつつましうて、奥に向ひてゐたまへり。尼君、<BR>⏎698 
d11313<P>⏎
 1314 「かの聖の親王の御女は、二人と聞きしを、兵部卿宮の北の方は、いづれぞ」<BR>⏎699 
d11315<P>⏎
 1316 とのたまへば、<BR>⏎700 
d11317<P>⏎
 1318 「この大将殿の御後のは、劣り腹なるべし。ことことしうももてなしたまはざりけるを、いみじう悲しびたまふなり。初めのはた、いみじかりき。ほとほと出家もしたまひつべかりきかし」<BR>⏎701 
d11319<P>⏎
 1320 など語る。<BR>⏎702 
d11321<P>⏎
text531322 <A NAME="in63">[第三段 浮舟、薫の噂など漏れ聞く]</A><BR>703 
d11323<P>⏎
 1324 「かのわたりの親しき人なりけり」と見るにも、さすが恐ろし。<BR>⏎704 
d11325<P>⏎
 1326 「あやしく、やうのものと、かしこにてしも亡せたまひけること。昨日も、いと不便にはべりしかな。川近き所にて、水をのぞきたまひて、いみじう泣きたまひき。上にのぼりたまひて、柱に書きつけたまひし、<BR>⏎705 
d11327<P>⏎
cd3:11328-1330  見し人は影も止まらぬ水の上に<BR>⏎
  落ち添ふ涙いとどせきあへず<BR>⏎
<P>⏎
706  見し人は影も止まらぬ水の上に<BR>  落ち添ふ涙いとどせきあへず<BR>⏎
 1331 となむはべりし。言に表はしてのたまふことは少なけれど、ただ、けしきには、いとあはれなる御さまになむ見えたまひし。女は、いみじくめでたてまつりぬべくなむ。若くはべりし時より、優におはしますと見たてまつりしみにしかば、世の中の一の所も、何とも思ひはべらず、ただ、この殿を頼みきこえてなむ、過ぐしはべりぬる」<BR>⏎707 
d11332<P>⏎
 1333 と語るに、「ことに深き心もなげなるかやうの人だに、御ありさまは見知りにけり」と思ふ。尼君、<BR>⏎708 
d11334<P>⏎
 1335 「光君と聞こえけむ故院の御ありさまには、並びたまはじとおぼゆるを、ただ今の世に、この御族ぞめでられたまふなる。右の大殿と」<BR>⏎709 
d11336<P>⏎
 1337 とのたまへば、<BR>⏎710 
d11338<P>⏎
 1339 「それは、容貌もいとうるはしうけうらに、宿徳にて、際ことなるさまぞしたまへる。兵部卿宮ぞ、いといみじうおはするや。女にて馴れ仕うまつらばや、となむおぼえはべる」<BR>⏎711 
d11340<P>⏎
 1341 など、教へたらむやうに言ひ続く。あはれにもをかしくも聞くに、身の上もこの世のことともおぼえず。とどこほることなく語りおきて出でぬ。<BR>⏎712 
d11342<P>⏎
text531343 <A NAME="in64">[第四段 浮舟、尼君と語り交す]</A><BR>713 
d11344<P>⏎
 1345 「忘れたまはぬにこそは」とあはれに思ふにも、いとど母君の御心のうち推し量らるれど、なかなか言ふかひなきさまを見え聞こえたてまつらむは、なほつつましくぞありける。かの人の言ひつけしことどもを、染め急ぐを見るにつけても、あやしうめづらかなる心地すれど、かけても言ひ出でられず。裁ち縫ひなどするを、<BR>⏎714 
d11346<P>⏎
 1347 「これ御覧じ入れよ。ものをいとうつくしうひねらせたまへば」<BR>⏎715 
d11348<P>⏎
 1349 とて、小袿の単衣たてまつるを、うたておぼゆれば、「心地悪し」とて、手も触れず臥したまへり。尼君、急ぐことをうち捨てて、「いかが思さるる」など思ひ乱れたまふ。紅に桜の織物の袿重ねて、<BR>⏎716 
d11350<P>⏎
 1351 「御前には、かかるをこそ奉らすべけれ。あさましき墨染なりや」<BR>⏎717 
d11352<P>⏎
 1353 と言ふ人あり。<BR>⏎718 
d11354<P>⏎
cd3:11355-1357 「尼衣変はれる身にやありし世の<BR>⏎
  形見に袖をかけて偲ばむ」<BR>⏎
<P>⏎
719 「尼衣変はれる身にやありし世の<BR>  形見に袖をかけて偲ばむ」<BR>⏎
 1358 と書きて、「いとほしく、亡くもなりなむ後に、物の<A HREF="#k31">隠れなき世</A><A NAME="t31">な</A>りければ、聞きあはせなどして、疎ましきまでに隠しけるなどや思はむ」など、さまざま思ひつつ、<BR>⏎720 
d11359<P>⏎
 1360 「過ぎにし方のことは、絶えて忘れはべりにしを、かやうなることを思し急ぐにつけてこそ、ほのかにあはれなれ」<BR>⏎721 
d11361<P>⏎
 1362 とおほどかにのたまふ。<BR>⏎722 
d11363<P>⏎
 1364 「さりとも、思し出づることは多からむを、尽きせず<A HREF="#k32">隔てたまふ</A><A NAME="t32">こ</A>そ心憂けれ。身には、かかる世の常の色あひなど、久しく忘れにければ、なほなほしくはべるにつけても、昔の人あらましかば、など思ひ出ではべる。しか扱ひきこえたまひけむ人、世におはすらむ。やがて、亡くなして見はべりしだに、なほいづこにあらむ、そことだに尋ね聞かまほしくおぼえはべるを、行方知らで、思ひきこえたまふ人びとはべるらむかし」<BR>⏎723 
d11365<P>⏎
 1366 とのたまへば、<BR>⏎724 
d11367<P>⏎
 1368 「見しほどまでは、一人はものしたまひき。この月ごろ亡せやしたまひぬらむ」<BR>⏎725 
d11369<P>⏎
 1370 とて、涙の落つるを紛らはして、<BR>⏎726 
d11371<P>⏎
 1372 「なかなか思ひ出づるにつけて、うたてはべればこそ、え聞こえ出でね。隔ては何ごとにか残しはべらむ」<BR>⏎727 
d11373<P>⏎
 1374 と、言少なにのたまひなしつ。<BR>⏎728 
d11375<P>⏎
text531376 <A NAME="in65">[第五段 薫、明石中宮のもとに参上]</A><BR>729 
d11377<P>⏎
 1378 大将は、この果てのわざなどせさせたまひて、「はかなくて、止みぬるかな」とあはれに思す。かの常陸の子どもは、かうぶりしたりしは、蔵人になして、わが御司の将監になしなど、労りたまひけり。「童なるが、中にきよげなるをば、近く使ひ馴らさむ」とぞ思したりける。<BR>⏎730 
d11379<P>⏎
 1380 雨など降りてしめやかなる夜、后の宮に参りたまへり。御前のどやかなる日にて、御物語など聞こえたまふついでに、<BR>⏎731 
d11381<P>⏎
 1382 「あやしき山里に、年ごろまかり通ひ見たまへしを、人の誹りはべりしも、<A HREF="#k33">さるべきに</A><A NAME="t33">こ</A>そはあらめ。誰れも心の寄る方のことは、さなむある、と思ひたまへなしつつ、なほ時々見たまへしを、所のさがにやと、心憂く思ひたまへなりにし後は、道も遥けき心地しはべりて、久しうものしはべらぬを、先つころ、もののたよりにまかりて、はかなき世のありさまとり重ねて思ひたまへしに、ことさら道心起こすべく造りおきたりける、聖の住処となむおぼえはべりし」<BR>⏎732 
d11383<P>⏎
 1384 と啓したまふに、かのこと思し出でて、いといとほしければ、<BR>⏎733 
d11385<P>⏎
 1386 「そこには、恐ろしき物や住むらむ。いかやうにてか、かの人は亡くなりにし」<BR>⏎734 
d11387<P>⏎
 1388 と問はせたまふを、「なほ、続きを思し寄る方」と思ひて、<BR>⏎735 
d11389<P>⏎
 1390 「さもはべらむ。さやうの人離れたる所は、よからぬものなむかならず住みつきはべるを。亡せはべりにしさまもなむ、いとあやしくはべる」<BR>⏎736 
d11391<P>⏎
 1392 とて、詳しくは聞こえたまはず。「なほ、かく忍ぶる筋を、聞きあらはしけり」と思ひたまはむが、いとほしく思され、宮の、ものをのみ思して、そのころは病になりたまひしを、思し合はするにも、さすがに心苦しうて、「かたがたに口入れにくき人の上」と思し止めつ。<BR>⏎737 
d11393<P>⏎
 1394 小宰相に、忍びて、<BR>⏎738 
d11395<P>⏎
 1396 「大将、かの人のことを、いとあはれと思ひてのたまひしに、いとほしうて、うち出でつべかりしかど、それにもあらざらむものゆゑと、つつましうてなむ。君ぞ、ことごと聞き合はせける。かたはならむことはとり隠して、さることなむありけると、おほかたの物語のついでに、僧都の言ひしことを語れ」<BR>⏎739 
d11397<P>⏎
 1398 とのたまはす。<BR>⏎740 
d11399<P>⏎
 1400 「御前にだにつつませたまはむことを、まして、異人はいかでか」<BR>⏎741 
d11401<P>⏎
 1402 と聞こえさすれど、<BR>⏎742 
d11403<P>⏎
 1404 「さまざまなることにこそ。また、まろはいとほしきことぞあるや」<BR>⏎743 
d11405<P>⏎
 1406 とのたまはするも、心得て、をかしと見たてまつる。<BR>⏎744 
d11407<P>⏎
text531408 <A NAME="in66">[第六段 小宰相、薫に僧都の話を語る]</A><BR>745 
d11409<P>⏎
 1410 立ち寄りて物語などしたまふついでに、言ひ出でたり。珍かにあやしと、いかでか驚かれたまはざらむ。「宮の問はせたまひしも、かかることを、ほの思し寄りてなりけり。などか、のたまはせ果つまじき」とつらけれど、<BR>⏎746 
d11411<P>⏎
 1412 「我もまた初めよりありしさまのこと聞こえそめざりしかば、聞きて後も、なほをこがましき心地して、人にすべて漏らさぬを、なかなか他には聞こゆることもあらむかし。うつつの人びとのなかに忍ぶることだに、隠れある世の中かは」<BR>⏎747 
d11413<P>⏎
 1414 など思ひ入りて、「この人にも、さなむありし」など、明かしたまはむことは、なほ口重き心地して、<BR>⏎748 
d11415<P>⏎
 1416 「なほ、あやしと思ひし人のことに、似てもありける人のありさまかな。さて、その人は、なほあらむや」<BR>⏎749 
d11417<P>⏎
 1418 とのたまへば、<BR>⏎750 
d11419<P>⏎
 1420 「かの僧都の山より出でし日なむ、尼になしつる。いみじうわづらひしほどにも、見る人惜しみてせさせざりしを、正身の本意深きよしを言ひてなりぬる、とこそはべるなりしか」<BR>⏎751 
d11421<P>⏎
 1422 と言ふ。所も変はらず、そのころのありさまと思ひあはするに、違ふふしなければ、<BR>⏎752 
d11423<P>⏎
 1424 「まことにそれと尋ね出でたらむ、いとあさましき心地もすべきかな。いかでかは、たしかに聞くべき。下り立ちて尋ねありかむも、かたくなしなどや人言ひなさむ。また、かの宮も聞きつけたまへらむには、かならず思し出でて、思ひ入りにけむ道も妨げたまひてむかし。<BR>⏎753 
d11425<P>⏎
 1426 さて、『さなのたまひそ』など聞こえおきたまひければや、我には、さることなむ聞きしと、さる珍しきことを聞こし召しながら、のたまはせぬにやありけむ。宮もかかづらひたまふにては、いみじうあはれと思ひながらも、さらに、やがて亡せにしものと思ひなしてを止みなむ。<BR>⏎754 
d11427<P>⏎
 1428 うつし人になりて、末の世には、黄なる泉のほとりばかりを、おのづから語らひ寄る風の紛れもありなむ。我がものに取り返し見むの心地、また使はじ」<BR>⏎755 
d11429<P>⏎
 1430 など思ひ乱れて、「なほ、のたまはずやあらむ」とおぼゆれど、御けしきのゆかしければ、大宮に、さるべきついで作り出だしてぞ、啓したまふ。<BR>⏎756 
d11431<P>⏎
text531432 <A NAME="in67">[第七段 薫、明石中宮に対面し、横川に赴く]</A><BR>757 
 1433<P> 「あさましうて、失ひはべりぬと思ひたまへし人、世に落ちあぶれてあるやうに、人のまねびはべりしかな。いかでか、さることははべらむ、と思ひたまふれど、心とおどろおどろしう、もて離るることははべらずや、と思ひわたりはべる人のありさまにはべれば、人の語りはべしやうにては、さるやうもやはべらむと、似つかはしく思ひたまへらるる」<BR>⏎758 
d11434<P>⏎
 1435 とて、今すこし聞こえ出でたまふ。宮の御ことを、いと恥づかしげに、さすがに恨みたるさまには言ひなしたまはで、<BR>⏎759 
d11436<P>⏎
 1437 「かのこと、またさなむと聞きつけたまへらば、かたくなに好き好きしうも思されぬべし。さらに、<A HREF="#k34">さて</A><A NAME="t34">あ</A>りけりとも、知らず顔にて過ぐしはべりなむ」<BR>⏎760 
d11438<P>⏎
 1439 と啓したまへば、<BR>⏎761 
d11440<P>⏎
 1441 「僧都の語りしに、いともの恐ろしかりし夜のことにて、耳も止めざりしことにこそ。宮は、いかでか聞きたまはむ。聞こえむ方なかりける御心のほどかな、と聞けば、まして聞きつけたまはむこそ、いと苦しかるべけれ。かかる筋につけて、いと軽く憂きものにのみ、世に知られたまひぬめれば、心憂く」<BR>⏎762 
d11442<P>⏎
 1443 などのたまはす。「いと重き御心なれば、かならずしも、うちとけ世語りにても、人の忍びて啓しけむことを、漏らさせたまはじ」など思す。<BR>⏎763 
d11444<P>⏎
 1445 「住むらむ山里はいづこにかはあらむ。いかにして、さま悪しからず尋ね寄らむ。僧都に会ひてこそは、たしかなるありさまも聞き合はせなどして、ともかくも問ふべかめれ」など、ただ、このことを起き臥し思す。<BR>⏎764 
d11446<P>⏎
 1447 月ごとの<A HREF="#k35">八日</A><A NAME="t35">は</A>、かならず尊きわざせさせたまへば、薬師仏に寄せたてまつるにもてなしたまへるたよりに、中堂に、時々参りたまひけり。それよりやがて横川におはせむと思して、かのせうとの童なる、率ておはす。「その人びとには、とみに知らせじ。ありさまにぞ従はむ」と思せど、うち見む夢の心地にも、あはれをも加へむとにやありけむ。さすがに、「その人とは見つけながら、あやしきさまに、形異なる人の中にて、憂きことを聞きつけたらむこそ、いみじかるべけれ」と、よろづに道すがら思し乱れけるにや。<BR>⏎765 
d21448-1449
<P>⏎
text531450 <a name="in71">【出典】<BR>766 
c11451</a><A NAME="no1">出典1</A> 百年ももとせに一年ひととせ足らぬ九十九つくも髪我を恋ふらし面影に見ゆ(伊勢物語-一一四)<A HREF="#te1">(戻)</A><BR>⏎
767<A NAME="no1">出典1</A> <ruby><rb>百年<rp>(<rt>ももとせ<rp>)</ruby><ruby><rb>一年<rp>(<rt>ひととせ<rp>)</ruby>足らぬ<ruby><rb>九十九<rp>(<rt>つくも<rp>)</ruby>髪我を恋ふらし面影に見ゆ(伊勢物語-一一四)<A HREF="#te1">(戻)</A><BR>⏎
 1452<A NAME="no2">出典2</A> 住みわびぬ今は限りと山里につま木こるべき宿を求めてむ(後撰集雑一-一〇八三 在原業平)<A HREF="#te2">(戻)</A><BR>⏎768 
 1453<A NAME="no3">出典3</A> 名にし負はばいざ言問はむ都鳥我が思ふ人はありやなしやと(古今集羇旅-四一一 在原業平)<A HREF="#te3">(戻)</A><BR>⏎769 
 1454<A NAME="no4">出典4</A> 世の中にあらぬ所も得てしかな年ふりにたる形隠さむ(拾遺集雑上-五〇六 読人しらず)<A HREF="#te4">(戻)</A><BR>⏎770 
 1455<A NAME="no5">出典5</A> 世の中に身をし変へつる君なれば我は我にもあらずとや思ふ(朝光集-七二)<A HREF="#te5">(戻)</A><BR>⏎771 
 1456<A NAME="no6">出典6</A> ここにしも何匂ふらむ女郎花人のもの言ひさがにくき世に(拾遺集雑秋-一〇九八 僧正遍昭)<A HREF="#te6">(戻)</A><BR>⏎772 
 1457<A NAME="no7">出典7</A> 春や来る花や咲くとも知らざりき谷の底なる埋れ木なれば(和泉式部集-七二六)<A HREF="#te7">(戻)</A><BR>⏎773 
 1458<A NAME="no8">出典8</A> 移し植ゑば秋なき時や咲かざらむ花こそ散らめ根さへ枯れめや(塗籠本伊勢物語)<A HREF="#te8">(戻)</A><BR>⏎774 
 1459<A NAME="no9">出典9</A> 誰をかも待乳の山の女郎花秋と契れる人ぞあるらし(新古今集秋上-三三六 小野小町)<A HREF="#te9">(戻)</A><BR>⏎775 
 1460<A NAME="no10">出典10</A> 花と見て折らむとすれば女郎花うたたあるさまの名にこそありけれ(古今集誹諧-一〇一九 読人しらず)<A HREF="#te10">(戻)</A><BR>⏎776 
 1461<A NAME="no11">出典11</A> 山里は秋こそことに侘しけれ鹿の鳴く音に目を覚ましつつ(古今集秋上-二一四 壬生忠岑)<A HREF="#te11">(戻)</A><BR>⏎777 
 1462<A NAME="no12">出典12</A> 世の憂き目見えぬ山路へ入らむには思ふ人こそほだしなりけれ(後撰集雑下-九五五 物部吉名)<A HREF="#te12">(戻)</A><BR>⏎778 
 1463<A NAME="no13">出典13</A> あたら夜の月と花とを同じくはあはれ知れらむ人に見せばや(後撰集春下-一〇三 源信明)<A HREF="#te13">(戻)</A><BR>⏎779 
c11464<A NAME="no14">出典14</A> ここにまた我が飽かぬ月を山の端の遠方をちの里には遅しとや待つ(古今六帖一-一七四)<A HREF="#te14">(戻)</A><BR>⏎
780<A NAME="no14">出典14</A> ここにまた我が飽かぬ月を山の端の<ruby><rb>遠方<rp>(<rt>をち<rp>)</ruby>の里には遅しとや待つ(古今六帖一-一七四)<A HREF="#te14">(戻)</A><BR>⏎
 1465<A NAME="no15">出典15</A> 琴の音に峰の松風かよふらしいづれの緒より調べそめけむ(拾遺集雑上-四五一 斎宮女御)<A HREF="#te15">(戻)</A><BR>⏎781 
 1466<A NAME="no16">出典16</A> 秋風の吹くにつけても訪はぬかな荻の葉ならば音はしてまし(後撰集恋四-八四六 中務)<A HREF="#te16">(戻)</A><BR>⏎782 
 1467<A NAME="no17">出典17</A> 初瀬川古川野辺に二本ある杉年を経てもまたも逢ひ見む二本ある杉(古今集旋頭歌-一〇〇九 読人しらず)<A HREF="#te17">(戻)</A><BR>⏎783 
 1468<A NAME="no18">出典18</A> 山鳥のほろほろと鳴く声聞けば父かとぞ思ふ母かとぞ思ふ(玉葉集釈教歌-二六二七 行基)<A HREF="#te18">(戻)</A><BR>⏎784 
 1469<A NAME="no19">出典19</A> たらちめはかかれとてしもむばたまの我が黒髪を撫でずやありけむ(後撰集雑三-一二四〇 僧正遍昭)<A HREF="#te19">(戻)</A><BR>⏎785 
 1470<A NAME="no20">出典20</A> 流転三界中 恩愛不能断 棄恩入無為 真実報恩者(法苑珠林)<A HREF="#te20">(戻)</A><BR>⏎786 
c11471<A NAME="no21">出典21</A> 顔色如花命如葉 命如葉薄将奈何<顔色は花の如く命は葉の如し 命は葉の如く薄し、将に奈何いかむせむ>(白氏文集巻四-一六一「陵園妻」)<A HREF="#te21">(戻)</A><BR>⏎
787<A NAME="no21">出典21</A> 顔色如花命如葉 命如葉薄将奈何&lt;顔色は花の如く命は葉の如し 命は葉の如く薄し、将に<ruby><rb>奈何<rp>(<rt>いかむ<rp>)</ruby>せむ&gt;(白氏文集巻四-一六一「陵園妻」)<A HREF="#te21">(戻)</A><BR>⏎
 1472<A NAME="no22">出典22</A> 松門到暁月徘徊 柏城尽日風蕭瑟<松門に暁到りて月徘徊す 柏城に尽日風蕭瑟たり>(白氏文集巻四-一六一「陵園妻」)<A HREF="#te22">(戻)</A><BR>⏎788 
 1473<A NAME="no23">出典23</A> 雪降りて人も通はぬ道なれやあとはかもなく思ひ消ゆらむ(古今集冬-三二九 凡河内躬恒)<A HREF="#te23">(戻)</A><BR>⏎789 
 1474<A NAME="no24">出典24</A> 君がため春の野に出でて若菜摘む我が衣手に雪は降りつつ(古今集春上-二一 光孝天皇)<A HREF="#te24">(戻)</A><BR>⏎790 
 1475<A NAME="no25">出典25</A> 月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身一つはもとの身にして(古今集恋五-七四七 在原業平)<A HREF="#te25">(戻)</A><BR>⏎791 
 1476<A NAME="no26">出典26</A> 飽かざりし君が匂ひの恋しさに梅の花をぞ今朝は折りつる(拾遺集雑春-一〇〇五 具平親王)<A HREF="#te26">(戻)</A><BR>⏎792 
 1477<A NAME="no27">出典27</A> 色よりも香こそあはれと思ほゆれ誰が袖触れし宿の梅ぞも(古今集春上-三三 読人しらず)<A HREF="#te27">(戻)</A><BR>⏎793 
d11478
text531479<p> <a name="in72">【校訂】<BR>794 
 1480備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△<BR>⏎795 
c11481</a><A NAME="k01">校訂1</A> 御厨子所--みつゝ(ゝ/$し<朱>)所<A HREF="#t01">(戻)</A><BR>⏎
796<A NAME="k01">校訂1</A> 御厨子所--みつゝ(ゝ/$し<朱>)所<A HREF="#t01">(戻)</A><BR>⏎
 1482<A NAME="k02">校訂2</A> 見現はさむ--みあらは(は/+さ)む<A HREF="#t02">(戻)</A><BR>⏎797 
 1483<A NAME="k03">校訂3</A> 見開けたるに--見あけたるも(も/#に)<A HREF="#t03">(戻)</A><BR>⏎798 
 1484<A NAME="k04">校訂4</A> とは言へど--とは(は/+いへと)<A HREF="#t04">(戻)</A><BR>⏎799 
 1485<A NAME="k05">校訂5</A> 事削ぎ--(/+事<朱>)そき<A HREF="#t05">(戻)</A><BR>⏎800 
 1486<A NAME="k06">校訂6</A> 年ごろ--としうち(うち/$ころ<朱>)<A HREF="#t06">(戻)</A><BR>⏎801 
 1487<A NAME="k07">校訂7</A> 見回し--見まほ(ほ/$は<朱>)し<A HREF="#t07">(戻)</A><BR>⏎802 
 1488<A NAME="k08">校訂8</A> いかなれば--いかなれ(れ/+は)<A HREF="#t08">(戻)</A><BR>⏎803 
 1489<A NAME="k09">校訂9</A> 松蔭--*まつかせ<A HREF="#t09">(戻)</A><BR>⏎804 
 1490<A NAME="k10">校訂10</A> 声を--こゑ(ゑ/+を<朱>)<A HREF="#t10">(戻)</A><BR>⏎805 
 1491<A NAME="k11">校訂11</A> 心地して--心ちし(し/+て<朱>)<A HREF="#t11">(戻)</A><BR>⏎806 
 1492<A NAME="k12">校訂12</A> 止み--やみみ(み<前出>/$<朱>)<A HREF="#t12">(戻)</A><BR>⏎807 
 1493<A NAME="k13">校訂13</A> 言ふに--いふ(ふ/+に)<A HREF="#t13">(戻)</A><BR>⏎808 
 1494<A NAME="k14">校訂14</A> あるにや--あるにやと(と$<朱>)<A HREF="#t14">(戻)</A><BR>⏎809 
 1495<A NAME="k15">校訂15</A> 出で来たり--いそ(そ/#て)きたり<A HREF="#t15">(戻)</A><BR>⏎810 
 1496<A NAME="k16">校訂16</A> 弾きはべりしか--ひきはつ(つ/$へ<朱>、+り)しか<A HREF="#t16">(戻)</A><BR>⏎811 
 1497<A NAME="k17">校訂17</A> 弾かまほし--(/+ひ<朱>)かまほし<A HREF="#t17">(戻)</A><BR>⏎812 
 1498<A NAME="k18">校訂18</A> おはせで--おか(か/$は)せて<A HREF="#t18">(戻)</A><BR>⏎813 
 1499<A NAME="k19">校訂19</A> 聞こゆれば--(/+きこゆれは)<A HREF="#t19">(戻)</A><BR>⏎814 
 1500<A NAME="k20">校訂20</A> 言ひ--(/+いひ)<A HREF="#t20">(戻)</A><BR>⏎815 
 1501<A NAME="k21">校訂21</A> 親なども、尼になしてや見まし、など--おやなと(と/+もあまになしてやみましなと<朱>)<A HREF="#t21">(戻)</A><BR>⏎816 
 1502<A NAME="k22">校訂22</A> 老い衰へ--(/+おひ<朱>)おとろへ<A HREF="#t22">(戻)</A><BR>⏎817 
 1503<A NAME="k23">校訂23</A> 人もがな」と、何事につけても、つつましくて、暗うしなしておはす。思ふことを人に--人も(も/+かなとなに事につけてもつゝましくてくらうしなしておはす思ふ事を人に<朱>)<A HREF="#t23">(戻)</A><BR>⏎818 
 1504<A NAME="k24">校訂24</A> こそは--こそ(そ/+は<朱>)<A HREF="#t24">(戻)</A><BR>⏎819 
 1505<A NAME="k25">校訂25</A> 姫宮--姫君(君/#宮)<A HREF="#t25">(戻)</A><BR>⏎820 
 1506<A NAME="k26">校訂26</A> ありく--ありくかよふ(かよふ/$)<A HREF="#t26">(戻)</A><BR>⏎821 
 1507<A NAME="k27">校訂27</A> いとおもしろく--(/+いと<朱>)おもしろく<A HREF="#t27">(戻)</A><BR>⏎822 
 1508<A NAME="k28">校訂28</A> 命も--いのちの(の/#も)<A HREF="#t28">(戻)</A><BR>⏎823 
 1509<A NAME="k29">校訂29</A> 大尼君--おほおほ(おほ<後出>/$<朱>)あま君<A HREF="#t29">(戻)</A><BR>⏎824 
 1510<A NAME="k30">校訂30</A> はべる--はつ(つ/$へ<朱>)る<A HREF="#t30">(戻)</A><BR>⏎825 
 1511<A NAME="k31">校訂31</A> 隠れなき世--かくれなきに(に/$世<朱>)<A HREF="#t31">(戻)</A><BR>⏎826 
 1512<A NAME="k32">校訂32</A> 隔てたまふ--へたてゝ(ゝ/#<朱>)給<A HREF="#t32">(戻)</A><BR>⏎827 
 1513<A NAME="k33">校訂33</A> さるべきに--さるへきと(と/$に<朱>)<A HREF="#t33">(戻)</A><BR>⏎828 
 1514<A NAME="k34">校訂34</A> さて--さても(も/#<朱>)<A HREF="#t34">(戻)</A><BR>⏎829 
 1515<A NAME="k35">校訂35</A> 八日--いひ(いひ/$<朱>八日)<A HREF="#t35">(戻)</A><BR>⏎830 
d11516</p>⏎
 1517<p><a href="index.html">源氏物語の世界ヘ</a><BR>⏎831 
 1518<a href="roman53.html">ローマ字版 </a><BR>⏎832 
 1519<a href="version53.html">現代語訳 </a><BR>⏎833 
 1520<a href="note53.html">注釈</a><BR>⏎834 
 1521<a href="data53.html">大島本</a><BR>⏎835 
 1522<a href="okuiri53.html">自筆本奥入</a><BR>⏎836 
d11523</p>⏎
 1524<hr size="4">⏎837 
 1525</body>⏎838 
 1526</HTML>⏎839 
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