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37横笛
3716539第一章 光る源氏の物語 薫の成長
371.16640第一段 柏木一周忌の法要
371.1.16741 故権大納言(こだいなごん)のはかなく()せたまひにし(かな)しさを、()かず口惜(くちを)しきものに、()ひしのびたまふ人多(ひとおほ)かり。六条院(ろくでうのゐん)にも、おほかたにつけてだに、()にめやすき(ひと)()くなるをば、()しみたまふ御心(みこころ)に、まして、これは、朝夕(あさゆふ)(した)しく(まゐ)()れつつ、(ひと)よりも御心(みこころ)とどめ(おぼ)したりしかば、いかにぞやと、(おぼ)()づることはありながら、あはれは(おほ)く、折々(をりをり)につけてしのびたまふ。 こだいなごんのはかなくせたまひにしかなしさを、かずくちをしきものに、ひしのびたまふひとおほかり。ろくでうのゐんにも、おほかたにつけてだに、にめやすきひとくなるをば、しみたまふみこころに、まして、これは、あさゆふしたしくまゐれつつ、ひとよりもみこころとどめおぼしたりしかば、いかにぞやと、おぼづることはありながら、あはれはおほく、をりをりにつけてしのびたまふ。
371.1.26842 御果(おほんは)てにも、誦経(ずきゃう)など、()()きせさせたまふ。よろづも()らず(がほ)にいはけなき(おほん)ありさまを()たまふにも、さすがにいみじくあはれなれば、御心(みこころ)のうちに、また(こころ)ざしたまうて、黄金百両(こがねひゃくりゃう)をなむ(べち)にせさせたまひける。大臣(おとど)は、(こころ)()らでぞかしこまり(よろこ)びきこえさせたまふ。 おほんはてにも、ずきゃうなど、きせさせたまふ。よろづもらずがほにいはけなきおほんありさまをたまふにも、さすがにいみじくあはれなれば、みこころのうちに、またこころざしたまうて、こがねひゃくりゃうをなんべちにせさせたまひける。おとどは、こころらでぞかしこまりよろこびきこえさせたまふ。
371.1.36943 大将(だいしゃう)(きみ)も、ことども(おほ)くしたまひ、とりもちてねむごろに(いとな)みたまふ。かの一条(いちでう)(みや)をも、このほどの御心(みこころ)ざし(ふか)(とぶ)らひきこえたまふ。兄弟(はらから)(きみ)たちよりもまさりたる御心(みこころ)のほどを、いとかくは(おも)ひきこえざりきと、大臣(おとど)(うへ)も、(よろこ)びきこえたまふ。()(あと)にも、()のおぼえ(おも)くものしたまひけるほどの()ゆるに、いみじうあたらしうのみ、(おぼ)()がるること、()きせず。 だいしゃうきみも、ことどもおほくしたまひ、とりもちてねんごろにいとなみたまふ。かのいちでうみやをも、このほどのみこころざしふかとぶらひきこえたまふ。はらからきみたちよりもまさりたるみこころのほどを、いとかくはおもひきこえざりきと、おとどうへも、よろこびきこえたまふ。あとにも、のおぼえおもくものしたまひけるほどのゆるに、いみじうあたらしうのみ、おぼがるること、きせず。
371.27044第二段 朱雀院、女三の宮へ山菜を贈る
371.2.17145 (やま)(みかど)は、()(みや)も、かく人笑(ひとわら)はれなるやうにて(なが)めたまふなり、入道(にふだう)(みや)も、この()(ひと)めかしきかたは、かけ(はな)れたまひぬれば、さまざまに()かず(おぼ)さるれど、すべてこの()(おぼ)(なや)まじ、と(しの)びたまふ。御行(おほんおこ)なひのほどにも、「(おな)(みち)をこそは(つと)めたまふらめ」など(おぼ)しやりて、かかるさまになりたまて(のち)は、はかなきことにつけても、()えず()こえたまふ。 やまみかどは、みやも、かくひとわらはれなるやうにてながめたまふなり、にふだうみやも、このひとめかしきかたは、かけはなれたまひぬれば、さまざまにかずおぼさるれど、すべてこのおぼなやまじ、としのびたまふ。おほんおこなひのほどにも、"おなみちをこそはつとめたまふらめ。"などおぼしやりて、かかるさまになりたまてのちは、はかなきことにつけても、えずこえたまふ。
371.2.27246 御寺(みてら)のかたはら(ちか)(はやし)()()でたる(たかうな)、そのわたりの(やま)()れる野老(ところ)などの、山里(やまざと)につけてはあはれなれば、たてまつれたまふとて、御文(おほんふみ)こまやかなる(はし)に、 みてらのかたはらちかはやしでたるたかうな、そのわたりのやまれるところなどの、やまざとにつけてはあはれなれば、たてまつれたまふとて、おほんふみこまやかなるはしに、
371.2.37347 (はる)野山(のやま)(かすみ)もたどたどしけれど、(こころ)ざし(ふか)()()でさせてはべるしるしばかりになむ。 "はるのやまかすみもたどたどしけれど、こころざしふかでさせてはべるしるしばかりになん。
371.2.47448 ()(わか)()りなむ(みち)はおくるとも<BR/>(おな)じところを(きみ)(たづ)ねよ わかりなんみちはおくるとも<BR/>おなじところをきみたづねよ
371.2.57549 いと(かた)きわざになむある」 いとかたきわざになんある。"
371.2.67650 ()こえたまへるを、(なみだ)ぐみて()たまふほどに、大殿(おとど)君渡(きみわた)りたまへり。(れい)ならず、御前近(おまへちか)櫑子(らいし)どもを、「なぞ、あやし」と御覧(ごらん)ずるに、(ゐん)御文(おほんふみ)なりけり。()たまへば、いとあはれなり。 こえたまへるを、なみだぐみてたまふほどに、おとどきみわたりたまへり。れいならず、おまへちからいしどもを、"なぞ、あやし。"とごらんずるに、ゐんおほんふみなりけり。たまへば、いとあはれなり。
371.2.77751 今日(けふ)か、明日(あす)かの心地(ここち)するを、対面(たいめん)(こころ)にかなはぬこと」 "けふか、あすかのここちするを、たいめんこころにかなはぬこと。"
371.2.87852 など、こまやかに()かせたまへり。この「(おな)じところ」の(おほん)ともなひを、ことにをかしき(ふし)もなき。聖言葉(ひじりことば)なれど、「げに、さぞ(おぼ)すらむかし。(われ)さへおろかなるさまに()えたてまつりて、いとどうしろめたき御思(おほんおも)ひの()ふべかめるを、いといとほし」と(おぼ)す。 など、こまやかにかせたまへり。この"おなじところ"のおほんともなひを、ことにをかしきふしもなき。ひじりことばなれど、"げに、さぞおぼすらんかし。われさへおろかなるさまにえたてまつりて、いとどうしろめたきおほんおもひのふべかめるを、いといとほし。"とおぼす。
371.2.97953 御返(おほんかへ)りつつましげに()きたまひて、御使(おほんつかひ)には、青鈍(あをにび)綾一襲賜(あやひとかさねたま)ふ。()()へたまへりける(かみ)の、御几帳(みきちゃう)(そば)よりほの()ゆるを、()りて()たまへば、御手(おほんて)はいとはかなげにて、 おほんかへりつつましげにきたまひて、おほんつかひには、あをにびあやひとかさねたまふ。へたまへりけるかみの、みきちゃうそばよりほのゆるを、りてたまへば、おほんてはいとはかなげにて、
371.2.108054 ()()にはあらぬところのゆかしくて<BR/>(そむ)山路(やまぢ)(おも)ひこそ()れ」 "〔にはあらぬところのゆかしくて<BR/>そむやまぢおもひこそれ〕
371.2.118155 「うしろめたげなる()けしきなるに、このあらぬ所求(ところもと)めたまへる、いとうたて、心憂(こころう)し」 "うしろめたげなるけしきなるに、このあらぬところもとめたまへる、いとうたて、こころうし。"
371.2.128256 ()こえたまふ。 こえたまふ。
371.2.138357 (いま)は、まほにも()えたてまつりたまはず、いとうつくしうらうたげなる御額髪(おほんひたひがみ)(つら)つきのをかしさ、ただ稚児(ちご)のやうに()えたまひて、いみじうらうたきを()たてまつりたまふにつけては、「など、かうはなりにしことぞ」と、罪得(つみえ)ぬべく(おぼ)さるれば、御几帳(みきちゃう)ばかり(へだ)てて、またいとこよなう気遠(けどほ)く、疎々(うとうと)しうはあらぬほどに、もてなしきこえてぞおはしける。 いまは、まほにもえたてまつりたまはず、いとうつくしうらうたげなるおほんひたひがみつらつきのをかしさ、ただちごのやうにえたまひて、いみじうらうたきをたてまつりたまふにつけては、"など、かうはなりにしことぞ。"と、つみえぬべくおぼさるれば、みきちゃうばかりへだてて、またいとこよなうけどほく、うとうとしうはあらぬほどに、もてなしきこえてぞおはしける。
371.38458第三段 若君、竹の子を噛る
371.3.18559 若君(わかぎみ)は、乳母(めのと)のもとに()たまへりける、()きて()()でたまひて、御袖(おほんそで)()きまつはれたてまつりたまふさま、いとうつくし。 わかぎみは、めのとのもとにたまへりける、きてでたまひて、おほんそできまつはれたてまつりたまふさま、いとうつくし。
371.3.28660 (しろ)(うすもの)に、(から)小紋(こもん)紅梅(こうばい)御衣(おほんぞ)(すそ)、いと(なが)くしどけなげに()きやられて、御身(おほんみ)はいとあらはにて、うしろの(かぎ)りに()なしたまへるさまは、(れい)のことなれど、いとらうたげに(しろ)くそびやかに、(やなぎ)(けづ)りて(つく)りたらむやうなり。 しろうすものに、からこもんこうばいおほんぞすそ、いとながくしどけなげにきやられて、おほんみはいとあらはにて、うしろのかぎりになしたまへるさまは、れいのことなれど、いとらうたげにしろくそびやかに、やなぎけづりてつくりたらんやうなり。
371.3.38761 (かしら)露草(つゆくさ)してことさらに(いろ)どりたらむ心地(ここち)して、(くち)つきうつくしうにほひ、まみのびらかに、()づかしう(かを)りたるなどは、なほいとよく(おも)()でらるれど、 かしらつゆくさしてことさらにいろどりたらんここちして、くちつきうつくしうにほひ、まみのびらかに、づかしうかをりたるなどは、なほいとよくおもでらるれど、
371.3.48862 「かれは、いとかやうに際離(きははな)れたるきよらはなかりしものを、いかでかからむ。(みや)にも()たてまつらず、(いま)より気高(けだか)くものものしう、さま(こと)()えたまへるけしきなどは、わが御鏡(おほんかがみ)(かげ)にも()げなからず」()なされたまふ。 "かれは、いとかやうにきははなれたるきよらはなかりしものを、いかでかからん。みやにもたてまつらず、いまよりけだかくものものしう、さまことえたまへるけしきなどは、わがおほんかがみかげにもげなからず。"なされたまふ。
371.3.58963 わづかに(あゆ)みなどしたまふほどなり。この(たかうな)櫑子(らいし)に、(なに)とも()らず()()りて、いとあわたたしう()()らして、()ひかなぐりなどしたまへば、 わづかにあゆみなどしたまふほどなり。このたかうならいしに、なにともらずりて、いとあわたたしうらして、ひかなぐりなどしたまへば、
371.3.69064 「あな、らうがはしや。いと不便(ふびん)なり。かれ()(かく)せ。()(もの)()とどめたまふと、もの()ひさがなき女房(にょうばう)もこそ()ひなせ」 "あな、らうがはしや。いとふびんなり。かれかくせ。ものとどめたまふと、ものひさがなきにょうばうもこそひなせ。"
371.3.79165 とて、(わら)ひたまふ。かき(いだ)きたまひて、 とて、わらひたまふ。かきいだきたまひて、
371.3.89266 「この(きみ)のまみのいとけしきあるかな。(ちひ)さきほどの稚児(ちご)を、あまた()ねばにやあらむ、かばかりのほどは、ただいはけなきものとのみ()しを、(いま)よりいとけはひ(こと)なるこそ、わづらはしけれ。女宮(をんなみや)ものしたまふめるあたりに、かかる人生(ひとお)()でて、心苦(こころぐる)しきこと、()がためにもありなむかし。 "このきみのまみのいとけしきあるかな。ちひさきほどのちごを、あまたねばにやあらん、かばかりのほどは、ただいはけなきものとのみしを、いまよりいとけはひことなるこそ、わづらはしけれ。をんなみやものしたまふめるあたりに、かかるひとおでて、こころぐるしきこと、がためにもありなんかし。
371.3.99367 あはれ、そのおのおのの()ひゆく(すゑ)までは、見果(みは)てむとすらむやは。(はな)(さか)りは、ありなめど」 あはれ、そのおのおののひゆくすゑまでは、みはてんとすらんやは。はなさかりは、ありなめど。"
371.3.109468 と、うちまもりきこえたまふ。 と、うちまもりきこえたまふ。
371.3.119569 「うたて、ゆゆしき(おほん)ことにも」 "うたて、ゆゆしきおほんことにも。"
371.3.129670 と、(ひと)びとは()こゆ。 と、ひとびとはこゆ。
371.3.139772 御歯(おほんは)()()づるに()()てむとて、(たかうな)をつと(にぎ)()ちて、(しづく)もよよと()()らしたまへば、 おほんはづるにてんとて、たかうなをつとにぎちて、しづくもよよとらしたまへば、
371.3.149873 「いとねぢけたる色好(いろごの)みかな」とて、 "いとねぢけたるいろごのみかな。"とて、
371.3.159974 ()(ふし)(わす)れずながら呉竹(くれたけ)の<BR/>こは()(がた)きものにぞありける」 "〔ふしわすれずながらくれたけの<BR/>こはがたきものにぞありける〕
371.3.1610075 と、()(はな)ちて、のたまひかくれど、うち(わら)ひて、(なに)とも(おも)ひたらず、いとそそかしう、()()(さわ)ぎたまふ。 と、はなちて、のたまひかくれど、うちわらひて、なにともおもひたらず、いとそそかしう、さわぎたまふ。
371.3.1710176 月日(つきひ)()へて、この(きみ)のうつくしうゆゆしきまで()ひまさりたまふに、まことに、この()(ふし)皆思(みなおぼ)(わす)れぬべし。 つきひへて、このきみのうつくしうゆゆしきまでひまさりたまふに、まことに、このふしみなおぼわすれぬべし。
371.3.1810277 「この(ひと)()でものしたまふべき(ちぎ)りにて、さる(おも)ひの(ほか)(こと)もあるにこそはありけめ。(のが)(がた)かなるわざぞかし」 "このひとでものしたまふべきちぎりにて、さるおもひのほかこともあるにこそはありけめ。のががたかなるわざぞかし。"
371.3.1910378 と、すこしは(おぼ)(なほ)さる。みづからの御宿世(おほんすくせ)も、なほ()かぬこと(おほ)かり。 と、すこしはおぼなほさる。みづからのおほんすくせも、なほかぬことおほかり。
371.3.2010479 「あまた(つど)へたまへる(なか)にも、この(みや)こそは、かたほなる(おも)ひまじらず、(ひと)(おほん)ありさまも、(おも)ふに()かぬところなくてものしたまふべきを、かく(おも)はざりしさまにて()たてまつること」 "あまたつどへたまへるなかにも、このみやこそは、かたほなるおもひまじらず、ひとおほんありさまも、おもふにかぬところなくてものしたまふべきを、かくおもはざりしさまにてたてまつること。"
371.3.2110580 (おぼ)すにつけてなむ、()ぎにし罪許(つみゆる)(がた)く、なほ口惜(くちを)しかりける。 おぼすにつけてなん、ぎにしつみゆるがたく、なほくちをしかりける。
37210681第二章 夕霧の物語 柏木遺愛の笛
372.110782第一段 夕霧、一条宮邸を訪問
372.1.110883 大将(だいしゃう)(きみ)は、かの(いま)はのとぢめにとどめし一言(ひとこと)を、(こころ)ひとつに(おも)()でつつ、「いかなりしことぞ」とは、いと()こえまほしう、()けしきもゆかしきを、ほの心得(こころえ)(おも)()らるることもあれば、なかなかうち()でて()こえむもかたはらいたくて、「いかならむついでに、この(こと)(くは)しきありさまも()きらめ、また、かの(ひと)(おも)()りたりしさまをも()こしめさむ」と、(おも)ひわたりたまふ。 だいしゃうきみは、かのいまはのとぢめにとどめしひとことを、こころひとつにおもでつつ、"いかなりしことぞ。"とは、いとこえまほしう、けしきもゆかしきを、ほのこころえおもらるることもあれば、なかなかうちでてこえんもかたはらいたくて、"いかならんついでに、このことくはしきありさまもきらめ、また、かのひとおもりたりしさまをもこしめさん。"と、おもひわたりたまふ。
372.1.210984 (あき)(ゆふ)べのものあはれなるに、一条(いちでう)(みや)(おも)ひやりきこえたまひて、(わた)りたまへり。うちとけ、しめやかに、御琴(おほんこと)どもなど()きたまふほどなるべし。(ふか)くもえ()りやらで、やがてその(みなみ)(ひさし)()れたてまつりたまへり。(はし)(かた)なりける(ひと)の、ゐざり()りつるけはひどもしるく、(きぬ)(おと)なひも、おほかたの(にほ)()うばしく、(こころ)にくきほどなり。 あきゆふべのものあはれなるに、いちでうみやおもひやりきこえたまひて、わたりたまへり。うちとけ、しめやかに、おほんことどもなどきたまふほどなるべし。ふかくもえりやらで、やがてそのみなみひさしれたてまつりたまへり。はしかたなりけるひとの、ゐざりりつるけはひどもしるく、きぬおとなひも、おほかたのにほうばしく、こころにくきほどなり。
372.1.311085 (れい)の、御息所(みやすんどころ)対面(たいめん)したまひて、(むかし)物語(ものがたり)ども()こえ()はしたまふ。わが御殿(おほんとの)の、()()(ひと)しげくて、もの(さわ)がしく、(をさな)(きみ)たちなど、すだきあわてたまふにならひたまひて、いと(しづ)かにものあはれなり。うち()れたる心地(ここち)すれど、あてに気高(けだか)()みなしたまひて、前栽(せんさい)(はな)ども、(むし)()しげき野辺(のべ)(みだ)れたる夕映(ゆふば)えを、()わたしたまふ。 れいの、みやすんどころたいめんしたまひて、むかしものがたりどもこえはしたまふ。わがおほんとのの、ひとしげくて、ものさわがしく、をさなきみたちなど、すだきあわてたまふにならひたまひて、いとしづかにものあはれなり。うちれたるここちすれど、あてにけだかみなしたまひて、せんさいはなども、むししげきのべみだれたるゆふばえを、わたしたまふ。
372.211186第二段 柏木遺愛の琴を弾く
372.2.111287 和琴(わごん)()()せたまへれば、(りち)調(しら)べられて、いとよく()きならしたる、人香(ひとが)にしみて、なつかしうおぼゆ。 わごんせたまへれば、りちしらべられて、いとよくきならしたる、ひとがにしみて、なつかしうおぼゆ。
372.2.211388 「かやうなるあたりに、(おも)ひのままなる()(ごころ)ある(ひと)は、(しづ)むることなくて、さま()しきけはひをもあらはし、さるまじき()をも()つるぞかし」 "かやうなるあたりに、おもひのままなるごころあるひとは、しづむることなくて、さましきけはひをもあらはし、さるまじきをもつるぞかし。"
372.2.311489 など、(おも)(つづ)けつつ、()()らしたまふ。 など、おもつづけつつ、らしたまふ。
372.2.411590 故君(こきみ)(つね)()きたまひし(こと)なりけり。をかしき手一(てひと)つなど、すこし()きたまひて、 こきみつねきたまひしことなりけり。をかしきてひとつなど、すこしきたまひて、
372.2.511691 「あはれ、いとめづらかなる()()()らしたまひしはや。この御琴(おほんこと)にも()もりてはべらむかし。(うけたまは)りあらはしてしがな」 "あはれ、いとめづらかなるらしたまひしはや。このおほんことにももりてはべらんかし。うけたまはりあらはしてしがな。"
372.2.611792 とのたまへば、 とのたまへば、
372.2.711893 (こと)緒絶(をた)えにし(のち)より、(むかし)御童遊(おほんわらはあそ)びの名残(なごり)をだに、(おも)()でたまはずなむなりにてはべめる。(ゐん)御前(おまへ)にて、女宮(をんなみや)たちのとりどりの御琴(おほんこと)ども、(こころ)みきこえたまひしにも、かやうの(かた)は、おぼめかしからずものしたまふとなむ、(さだ)めきこえたまふめりしを、あらぬさまにほれぼれしうなりて、(なが)()ぐしたまふめれば、()()きつまにといふやうになむ()たまふる」 "ことをたえにしのちより、むかしおほんわらはあそびのなごりをだに、おもでたまはずなんなりにてはべめる。ゐんおまへにて、をんなみやたちのとりどりのおほんことども、こころみきこえたまひしにも、かやうのかたは、おぼめかしからずものしたまふとなん、さだめきこえたまふめりしを、あらぬさまにほれぼれしうなりて、ながぐしたまふめれば、きつまにといふやうになんたまふる。"
372.2.811994 ()こえたまへば、 こえたまへば、
372.2.912095 「いとことわりの御思(おほんおも)ひなりや。(かぎ)りだにある」 "いとことわりのおほんおもひなりや。かぎりだにある。"
372.2.1012196 と、うち(なが)めて、(こと)()しやりたまへれば、 と、うちながめて、ことしやりたまへれば、
372.2.1112297 「かれ、なほさらば、(こゑ)(つた)はることもやと、()きわくばかり()らさせたまへ。ものむつかしう(おも)うたまへ(しづ)める(みみ)をだに、()きらめはべらむ」 "かれ、なほさらば、こゑつたはることもやと、きわくばかりらさせたまへ。ものむつかしうおもうたまへしづめるみみをだに、きらめはべらん。"
372.2.1212398 ()こえたまふを、 こえたまふを、
372.2.1312499 「しか(つた)はる(なか)()は、(こと)にこそははべらめ。それをこそ(うけたまは)らむとは()こえつれ」 "しかつたはるなかは、ことにこそははべらめ。それをこそうけたまはらんとはこえつれ。"
372.2.14125100 とて、御簾(みす)のもと(ちか)()()せたまへど、とみにしも()けひきたまふまじきことなれば、しひても()こえたまはず。 とて、みすのもとちかせたまへど、とみにしもけひきたまふまじきことなれば、しひてもこえたまはず。
372.3126101第三段 夕霧、想夫恋を弾く
372.3.1127102 (つき)さし()でて(くも)りなき(そら)に、(はね)うち()はす(かり)がねも、(つら)(はな)れぬ、うらやましく()きたまふらむかし。風肌寒(かぜはださむ)く、ものあはれなるに(さそ)はれて、(しゃう)(こと)をいとほのかに()()らしたまへるも、奥深(おくふか)(こゑ)なるに、いとど(こころ)とまり()てて、なかなかに(おも)ほゆれば、琵琶(びは)()()せて、いとなつかしき()に、「想夫恋(さうふれん)」を()きたまふ。 つきさしでてくもりなきそらに、はねうちはすかりがねも、つらはなれぬ、うらやましくきたまふらんかし。かぜはださむく、ものあはれなるにさそはれて、しゃうことをいとほのかにらしたまへるも、おくふかこゑなるに、いとどこころとまりてて、なかなかにおもほゆれば、びはせて、いとなつかしきに、〔さうふれん〕をきたまふ。
372.3.2128103 (おも)(およ)(がほ)なるは、かたはらいたけれど、これは、こと()はせたまふべくや」 "おもおよがほなるは、かたはらいたけれど、これは、ことはせたまふべくや。"
372.3.3129104 とて、(せち)()(うち)をそそのかしきこえたまへど、まして、つつましきさしいらへなれば、(みや)はただものをのみあはれと(おぼ)(つづ)けたるに、 とて、せちうちをそそのかしきこえたまへど、まして、つつましきさしいらへなれば、みやはただものをのみあはれとおぼつづけたるに、
372.3.4130105 「ことに()でて()はぬも()ふにまさるとは<BR/>(ひと)()ぢたるけしきをぞ()る」 "〔ことにでてはぬもふにまさるとは<BR/>ひとぢたるけしきをぞる〕
372.3.5131106 ()こえたまふに、ただ(すゑ)(かた)をいささか()きたまふ。 こえたまふに、ただすゑかたをいささかきたまふ。
372.3.6132107 (ふか)()のあはればかりは()きわけど<BR/>ことより(がほ)にえやは()きける」 "〔ふかのあはればかりはきわけど<BR/>ことよりがほにえやはきける〕
372.3.7133108 ()かずをかしきほどに、さるおほどかなるものの()がらに、(ふる)(ひと)(こころ)しめて()(つた)へける、(おな)調(しら)べのものといへど、あはれに(こころ)すごきものの、片端(かたはし)()()らして()みたまひぬれば、(うら)めしきまでおぼゆれど、 かずをかしきほどに、さるおほどかなるもののがらに、ふるひとこころしめてつたへける、おなしらべのものといへど、あはれにこころすごきものの、かたはしらしてみたまひぬれば、うらめしきまでおぼゆれど、
372.3.8134109 ()()きしさを、さまざまにひき()でても御覧(ごらん)ぜられぬるかな。(あき)夜更(よふ)かしはべらむも、(むかし)(とが)めやと(はばか)りてなむ、まかではべりぬべかめる。またことさらに(こころ)してなむさぶらふべきを、この御琴(おほんこと)どもの調(しら)()へず()たせたまはむや。()(たが)ふることもはべりぬべき()なれば、うしろめたくこそ」 "きしさを、さまざまにひきでてもごらんぜられぬるかな。あきよふかしはべらんも、むかしとがめやとはばかりてなん、まかではべりぬべかめる。またことさらにこころしてなんさぶらふべきを、このおほんことどものしらへずたせたまはんや。たがふることもはべりぬべきなれば、うしろめたくこそ。"
372.3.9135110 など、まほにはあらねど、うち(にほ)はしおきて()でたまふ。 など、まほにはあらねど、うちにほはしおきてでたまふ。
372.4136111第四段 御息所、夕霧に横笛を贈る
372.4.1137112 今宵(こよひ)御好(おほんす)きには、人許(ひとゆる)しきこえつべくなむありける。そこはかとなきいにしへ(がた)りにのみ(まぎ)らはさせたまひて、(たま)()にせむ心地(ここち)もしはべらぬ、(のこ)(おほ)くなむ」 "こよひおほんすきには、ひとゆるしきこえつべくなんありける。そこはかとなきいにしへがたりにのみまぎらはさせたまひて、たまにせんここちもしはべらぬ、のこおほくなん。"
372.4.2138113 とて、御贈(おほんおく)(もの)(ふえ)()へてたてまつりたまふ。 とて、おほんおくものふえへてたてまつりたまふ。
372.4.3139114 「これになむ、まことに(ふる)きことも(つた)はるべく()きおきはべりしを、かかる蓬生(よもぎふ)(うづ)もるるもあはれに()たまふるを、御前駆(おほんさき)(きほ)はむ(こゑ)なむ、よそながらもいぶかしうはべる」 "これになん、まことにふるきこともつたはるべくきおきはべりしを、かかるよもぎふうづもるるもあはれにたまふるを、おほんさききほはんこゑなん、よそながらもいぶかしうはべる。"
372.4.4140115 ()こえたまへば、 こえたまへば、
372.4.5141116 ()つかはしからぬ随身(ずいじん)にこそははべるべけれ」 "つかはしからぬずいじんにこそははべるべけれ。"
372.4.6142117 とて、()たまふに、これもげに()とともに()()へてもてあそびつつ、 とて、たまふに、これもげにとともにへてもてあそびつつ、
372.4.7143118 「みづからも、さらにこれが()(かぎ)りは、え()きとほさず。(おも)はむ(ひと)にいかで(つた)へてしがな」 "みづからも、さらにこれがかぎりは、えきとほさず。おもはんひとにいかでつたへてしがな。"
372.4.8144119 と、をりをり()こえごちたまひしを(おも)()でたまふに、(いま)すこしあはれ(おほ)()ひて、(こころ)みに()()らす。盤渉調(ばんしきでう)(なか)らばかり()きさして、 と、をりをりこえごちたまひしをおもでたまふに、いますこしあはれおほひて、こころみにらす。ばんしきでうなからばかりきさして、
372.4.9145120 (むかし)(しの)(ひと)(ごと)は、さても罪許(つみゆる)されはべりけり。これはまばゆくなむ」 "むかししのひとごとは、さてもつみゆるされはべりけり。これはまばゆくなん。"
372.4.10146121 とて、()でたまふに、 とて、でたまふに、
372.4.11147122 (つゆ)しげきむぐらの宿(やど)にいにしへの<BR/>(あき)()はらぬ(むし)(こゑ)かな」 "〔つゆしげきむぐらのやどにいにしへの<BR/>あきはらぬむしこゑかな〕
372.4.12148123 と、()こえ()だしたまへり。 と、こえだしたまへり。
372.4.13149124 横笛(よこぶえ)調(しら)べはことに()はらぬを<BR/>むなしくなりし()こそ()きせね」 "〔よこぶえしらべはことにはらぬを<BR/>むなしくなりしこそきせね〕
372.4.14150125 ()でがてにやすらひたまふに、(よる)もいたく()けにけり。 でがてにやすらひたまふに、よるもいたくけにけり。
372.5151126第五段 帰宅して、故人を想う
372.5.1152127 殿(との)(かへ)りたまへれば、格子(かうし)など()ろさせて、皆寝(みなね)たまひにけり。 とのかへりたまへれば、かうしなどろさせて、みなねたまひにけり。
372.5.2153128 「この(みや)(こころ)かけきこえたまひて、かくねむごろがり()こえたまふぞ」 "このみやこころかけきこえたまひて、かくねんごろがりこえたまふぞ。"
372.5.3154129 など、(ひと)()こえ()らせければ、かやうに夜更(よふ)かしたまふもなま(にく)くて、()りたまふをも()()く、()たるやうにてものしたまふなるべし。 など、ひとこえらせければ、かやうによふかしたまふもなまにくくて、りたまふをもく、たるやうにてものしたまふなるべし。
372.5.4155130 (いも)(われ)といるさの(やま)の」 "〔いもわれといるさのやまの〕
372.5.5156131 と、(こゑ)はいとをかしうて、(ひと)りごち(うた)ひて、 と、こゑはいとをかしうて、ひとりごちうたひて、
372.5.6157132 「こは、など、かく()(かた)めたる。あな、(むも)れや。今宵(こよひ)(つき)()(さと)もありけり」 "こは、など、かくかためたる。あな、むもれや。こよひつきさともありけり。"
372.5.7158133 と、うめきたまふ。格子上(かうしあ)げさせたまひて、御簾巻(みすま)()げなどしたまひて、端近(はしちか)()したまへり。 と、うめきたまふ。かうしあげさせたまひて、みすまげなどしたまひて、はしちかしたまへり。
372.5.8159134 「かかる()(つき)に、(こころ)やすく夢見(ゆめみ)(ひと)は、あるものか。すこし()でたまへ。あな心憂(こころう) "かかるつきに、こころやすくゆめみひとは、あるものか。すこしでたまへ。あなこころう。"
372.5.9160135 など()こえたまへど、(こころ)やましううち(おも)ひて、()(しの)びたまふ。 などこえたまへど、こころやましううちおもひて、しのびたまふ。
372.5.10161136 (きみ)たちの、いはけなく()おびれたるけはひなど、ここかしこにうちして、女房(にょうばう)もさし()みて()したる、人気(ひとけ)にぎははしきに、ありつる(ところ)のありさま、(おも)()はするに、(おほ)()はりたり。この(ふえ)をうち()きたまひつつ、 きみたちの、いはけなくおびれたるけはひなど、ここかしこにうちして、にょうばうもさしみてしたる、ひとけにぎははしきに、ありつるところのありさま、おもはするに、おほはりたり。このふえをうちきたまひつつ、
372.5.11162137 「いかに、名残(なごり)も、(なが)めたまふらむ。御琴(おほんこと)どもは、調(しら)()はらず(あそ)びたまふらむかし。御息所(みやすんどころ)も、和琴(わごん)上手(じゃうず)ぞかし」 "いかに、なごりも、ながめたまふらん。おほんことどもは、しらはらずあそびたまふらんかし。みやすんどころも、わごんじゃうずぞかし。"
372.5.12163138 など、(おも)ひやりて()したまへり。 など、おもひやりてしたまへり。
372.5.13164139 「いかなれば、故君(こきみ)、ただおほかたの(こころ)ばへは、やむごとなくもてなしきこえながら、いと(ふか)きけしきなかりけむ」 "いかなれば、こきみ、ただおほかたのこころばへは、やんごとなくもてなしきこえながら、いとふかきけしきなかりけん。"
372.5.14165140 と、それにつけても、いといぶかしうおぼゆ。 と、それにつけても、いといぶかしうおぼゆ。
372.5.15166141 見劣(みおと)りせむこそ、いといとほしかるべけれ。おほかたの()につけても、(かぎ)りなく()くことは、かならずさぞあるかし」 "みおとりせんこそ、いといとほしかるべけれ。おほかたのにつけても、かぎりなくくことは、かならずさぞあるかし。"
372.5.16167142 など(おも)ふに、わが御仲(おほんなか)の、うちけしきばみたる(おも)ひやりもなくて、(むつ)びそめたる年月(としつき)のほどを(かぞ)ふるに、あはれに、いとかう()したちておごりならひたまへるも、ことわりにおぼえたまひけり。 などおもふに、わがおほんなかの、うちけしきばみたるおもひやりもなくて、むつびそめたるとしつきのほどをかぞふるに、あはれに、いとかうしたちておごりならひたまへるも、ことわりにおぼえたまひけり。
372.6168143第六段 夢に柏木現れ出る
372.6.1169144 すこし寝入(ねい)りたまへる(ゆめ)に、かの衛門督(ゑもんのかみ)、ただありしさまの袿姿(うちきすがた)にて、かたはらにゐて、この(ふえ)()りて()る。(ゆめ)のうちにも、()(ひと)の、わづらはしう、この(こゑ)(たづ)ねて()たる、と(おも)ふに、 すこしねいりたまへるゆめに、かのゑもんのかみ、ただありしさまのうちきすがたにて、かたはらにゐて、このふえりてる。ゆめのうちにも、ひとの、わづらはしう、このこゑたづねてたる、とおもふに、
372.6.2170146 笛竹(ふえたけ)()()(かぜ)のことならば<BR/>(すゑ)世長(よなが)きねに(つた)へなむ "〔ふえたけかぜのことならば<BR/>すゑよながきねにつたへなん
372.6.3171147 (おも)方異(かたこと)にはべりき」 おもかたことにはべりき。"
372.6.4172148 ()ふを、()はむと(おも)ふほどに、若君(わかぎみ)()おびれて()きたまふ御声(おほんこゑ)に、()めたまひぬ。 ふを、はんとおもふほどに、わかぎみおびれてきたまふおほんこゑに、めたまひぬ。
372.6.5173149 この(きみ)いたく()きたまひて、つだみなどしたまへば、乳母(めのと)()(さわ)ぎ、(うへ)大殿油近(おほとなぶらちか)()()せさせたまて、耳挟(みみはさ)みして、そそくりつくろひて、(いだ)きてゐたまへり。いとよく()えて、つぶつぶとをかしげなる(むね)()けて、()などくくめたまふ。稚児(ちご)もいとうつくしうおはする(きみ)なれば、(しろ)くをかしげなるに、御乳(おほんち)はいとかはらかなるを、(こころ)をやりて(なぐさ)めたまふ。 このきみいたくきたまひて、つだみなどしたまへば、めのとさわぎ、うへおほとなぶらちかせさせたまて、みみはさみして、そそくりつくろひて、いだきてゐたまへり。いとよくえて、つぶつぶとをかしげなるむねけて、などくくめたまふ。ちごもいとうつくしうおはするきみなれば、しろくをかしげなるに、おほんちはいとかはらかなるを、こころをやりてなぐさめたまふ。
372.6.6174150 男君(をとこぎみ)()りおはして、「いかなるぞ」などのたまふ。うちまきし()らしなどして、(みだ)りがはしきに、(ゆめ)のあはれも(まぎ)れぬべし。 をとこぎみりおはして、"いかなるぞ。"などのたまふ。うちまきしらしなどして、みだりがはしきに、ゆめのあはれもまぎれぬべし。
372.6.7175151 (なや)ましげにこそ()ゆれ。(いま)めかしき(おほん)ありさまのほどにあくがれたまうて、夜深(よぶか)御月愛(おほんつきめ)でに、格子(かうし)()げられたれば、(れい)のもののけの()()たるなめり」 "なやましげにこそゆれ。いまめかしきおほんありさまのほどにあくがれたまうて、よぶかおほんつきめでに、かうしげられたれば、れいのもののけのたるなめり。"
372.6.8176152 など、いと(わか)くをかしき(かほ)して、かこちたまへば、うち(わら)ひて、 など、いとわかくをかしきかほして、かこちたまへば、うちわらひて、
372.6.9177153 「あやしの、もののけのしるべや。まろ格子上(かうしあ)げずは、(みち)なくて、げにえ()()ざらまし。あまたの(ひと)(おや)になりたまふままに、(おも)ひいたり(ふか)くものをこそのたまひなりにたれ」 "あやしの、もののけのしるべや。まろかうしあげずは、みちなくて、げにえざらまし。あまたのひとおやになりたまふままに、おもひいたりふかくものをこそのたまひなりにたれ。"
372.6.10178154 とて、うち()やりたまへるまみの、いと()づかしげなれば、さすがに(もの)ものたまはで、 とて、うちやりたまへるまみの、いとづかしげなれば、さすがにものものたまはで、
372.6.11179155 ()でたまひね。見苦(みぐる)し」 "でたまひね。みぐるし。"
372.6.12180156 とて、(あき)らかなる火影(ほかげ)を、さすがに()ぢたまへるさまも(にく)からず。まことに、この(きみ)なづみて、()きむつかり()かしたまひつ。 とて、あきらかなるほかげを、さすがにぢたまへるさまもにくからず。まことに、このきみなづみて、きむつかりかしたまひつ。
373181157第三章 夕霧の物語 匂宮と薫
373.1182158第一段 夕霧、六条院を訪問
373.1.1183159 大将(だいしゃう)(きみ)も、夢思(ゆめおぼ)()づるに、 だいしゃうきみも、ゆめおぼづるに、
373.1.2184160 「この(ふえ)のわづらはしくもあるかな。(ひと)(こころ)とどめて(おも)へりしものの、()くべき(かた)にもあらず。(をんな)御伝(おほんつた)へはかひなきをや。いかが(おも)ひつらむ。この()にて、(かず)(おも)()れぬことも、かの(いま)はのとぢめに、一念(いちねん)(うら)めしきも、もしはあはれとも(おも)ふにまつはれてこそは、(なが)()(やみ)にも(まど)ふわざななれ。かかればこそは、(なに)ごとにも(しふ)はとどめじと(おも)()なれ」 "このふえのわづらはしくもあるかな。ひとこころとどめておもへりしものの、くべきかたにもあらず。をんなおほんつたへはかひなきをや。いかがおもひつらん。このにて、かずおもれぬことも、かのいまはのとぢめに、いちねんうらめしきも、もしはあはれともおもふにまつはれてこそは、ながやみにもまどふわざななれ。かかればこそは、なにごとにもしふはとどめじとおもなれ。"
373.1.3185161 など、(おぼ)(つづ)けて、愛宕(をたぎ)誦経(ずきゃう)せさせたまふ。また、かの心寄(こころよ)せの(てら)にもせさせたまひて、 など、おぼつづけて、をたぎずきゃうせさせたまふ。また、かのこころよせのてらにもせさせたまひて、
373.1.4186162 「この(ふえ)をば、わざと(ひと)のさるゆゑ(ふか)きものにて、()()でたまへりしを、たちまちに(ほとけ)(みち)におもむけむも、(たふと)きこととはいひながら、あへなかるべし」 "このふえをば、わざとひとのさるゆゑふかきものにて、でたまへりしを、たちまちにほとけみちにおもむけんも、たふときこととはいひながら、あへなかるべし。"
373.1.5187163 (おも)ひて、六条(ろくでう)(ゐん)(まゐ)りたまひぬ。 おもひて、ろくでうゐんまゐりたまひぬ。
373.1.6188164 女御(にょうご)御方(おほんかた)におはしますほどなりけり。(さん)(みや)()つばかりにて、(なか)にうつくしくおはするを、こなたにぞまた()()きておはしまさせたまひける。(はし)()でたまひて、 にょうごおほんかたにおはしますほどなりけり。さんみやつばかりにて、なかにうつくしくおはするを、こなたにぞまたきておはしまさせたまひける。はしでたまひて、
373.1.7189165 大将(だいしゃう)こそ、宮抱(みやいだ)きたてまつりて、あなたへ()ておはせ」 "だいしゃうこそ、みやいだきたてまつりて、あなたへておはせ。"
373.1.8190166 と、みづからかしこまりて、いとしどけなげにのたまへば、うち(わら)ひて、 と、みづからかしこまりて、いとしどけなげにのたまへば、うちわらひて、
373.1.9191167 「おはしませ。いかでか御簾(みす)(まへ)をば(わた)りはべらむ。いと軽々(きゃうぎゃう)ならむ」 "おはしませ。いかでかみすまへをばわたりはべらん。いときゃうぎゃうならん。"
373.1.10192168 とて、(いだ)きたてまつりてゐたまへれば、 とて、いだきたてまつりてゐたまへれば、
373.1.11193169 (ひと)()ず。まろ、(かほ)(かく)さむ。なほなほ」 "ひとず。まろ、かほかくさん。なほなほ。"
373.1.12194170 とて、御袖(おほんそで)してさし(かく)したまへば、いとうつくしうて、()てたてまつりたまふ。 とて、おほんそでしてさしかくしたまへば、いとうつくしうて、てたてまつりたまふ。
373.2195171第二段 源氏の孫君たち、夕霧を奪い合う
373.2.1196172 こなたにも、()(みや)の、若君(わかぎみ)とひとつに()じりて(あそ)びたまふ、うつくしみておはしますなりけり。(すみ)()のほどに()ろしたてまつりたまふを、()宮見(みやみ)つけたまひて、 こなたにも、みやの、わかぎみとひとつにじりてあそびたまふ、うつくしみておはしますなりけり。すみのほどにろしたてまつりたまふを、みやみつけたまひて、
373.2.2197173 「まろも大将(だいしゃう)(いだ)かれむ」 "まろもだいしゃういだかれん。"
373.2.3198174 とのたまふを、(さん)(みや) とのたまふを、さんみや
373.2.4199175 「あが大将(だいしゃう)をや」 "あがだいしゃうをや。"
373.2.5200176 とて、(ひか)へたまへり。(ゐん)御覧(ごらん)じて、 とて、ひかへたまへり。ゐんごらんじて、
373.2.6201177 「いと(みだ)りがはしき(おほん)ありさまどもかな。(おほやけ)御近(おほんちか)(まも)りを、(わたくし)随身(ずいじん)(りゃう)ぜむと(あらそ)ひたまふよ。(さん)(みや)こそ、いとさがなくおはすれ。(つね)(このかみ)(きほ)(まう)したまふ」 "いとみだりがはしきおほんありさまどもかな。おほやけおほんちかまもりを、わたくしずいじんりゃうぜんとあらそひたまふよ。さんみやこそ、いとさがなくおはすれ。つねこのかみきほまうしたまふ。"
373.2.7202178 と、(いさ)めきこえ(あつか)ひたまふ。大将(だいしゃう)(わら)ひて、 と、いさめきこえあつかひたまふ。だいしゃうわらひて、
373.2.8203179 ()(みや)は、こよなく兄心(このかみごころ)にところさりきこえたまふ御心深(みこころふか)くなむおはしますめる。御年(おほんとし)のほどよりは、(おそ)ろしきまで()えさせたまふ」 "みやは、こよなくこのかみごころにところさりきこえたまふみこころふかくなんおはしますめる。おほんとしのほどよりは、おそろしきまでえさせたまふ。"
373.2.9204180 など()こえたまふ。うち()みて、いづれもいとうつくしと(おも)ひきこえさせたまへり。 などこえたまふ。うちみて、いづれもいとうつくしとおもひきこえさせたまへり。
373.2.10205181 見苦(みぐる)しく軽々(かるがる)しき公卿(くぎゃう)御座(みざ)なり。あなたにこそ」 "みぐるしくかるがるしきくぎゃうみざなり。あなたにこそ。"
373.2.11206182 とて、(わた)りたまはむとするに、(みや)たちまつはれて、さらに(はな)れたまはず。(みや)若君(わかぎみ)は、(みや)たちの御列(おほんつら)にはあるまじきぞかしと、御心(みこころ)のうちに(おぼ)せど、なかなかその御心(みこころ)ばへを、母宮(ははみや)の、御心(みこころ)(おに)にや(おも)()せたまふらむと、これも(こころ)(くせ)に、いとほしう(おぼ)さるれば、いとらうたきものに(おも)ひかしづききこえたまふ。 とて、わたりたまはんとするに、みやたちまつはれて、さらにはなれたまはず。みやわかぎみは、みやたちのおほんつらにはあるまじきぞかしと、みこころのうちにおぼせど、なかなかそのみこころばへを、ははみやの、みこころおににやおもせたまふらんと、これもこころくせに、いとほしうおぼさるれば、いとらうたきものにおもひかしづききこえたまふ。
373.3207183第三段 夕霧、薫をしみじみと見る
373.3.1208184 大将(だいしゃう)は、この(きみ)を「まだえよくも()ぬかな」と(おぼ)して、御簾(みす)(ひま)よりさし()でたまへるに、(はな)(えだ)()れて()ちたるを()りて、()せたてまつりて、(まね)きたまへば、(はし)りおはしたり。 だいしゃうは、このきみを"まだえよくもぬかな。"とおぼして、みすひまよりさしでたまへるに、はなえだれてちたるをりて、せたてまつりて、まねきたまへば、はしりおはしたり。
373.3.2209185 二藍(ふたあゐ)直衣(なほし)(かぎ)りを()て、いみじう(しろ)(ひか)りうつくしきこと、皇子(みこ)たちよりもこまかにをかしげにて、つぶつぶときよらなり。なま()とまる(こころ)()ひて()ればにや、眼居(まなこゐ)など、これは(いま)すこし(つよ)うかどあるさままさりたれど、眼尻(まじり)のとぢめをかしうかをれるけしきなど、いとよくおぼえたまへり。 ふたあゐなほしかぎりをて、いみじうしろひかりうつくしきこと、みこたちよりもこまかにをかしげにて、つぶつぶときよらなり。なまとまるこころひてればにや、まなこゐなど、これはいますこしつようかどあるさままさりたれど、まじりのとぢめをかしうかをれるけしきなど、いとよくおぼえたまへり。
373.3.3210186 (くち)つきの、ことさらにはなやかなるさまして、うち()みたるなど、「わが()のうちつけなるにやあらむ、大殿(おとど)はかならず(おぼ)()すらむ」と、いよいよ()けしきゆかし。 くちつきの、ことさらにはなやかなるさまして、うちみたるなど、"わがのうちつけなるにやあらん、おとどはかならずおぼすらん。"と、いよいよけしきゆかし。
373.3.4211187 (みや)たちは、(おも)ひなしこそ気高(けだか)けれ、()(つね)のうつくしき稚児(ちご)どもと()えたまふに、この(きみ)は、いとあてなるものから、さま(こと)にをかしげなるを、見比(みくら)べたてまつりつつ、 みやたちは、おもひなしこそけだかけれ、つねのうつくしきちごどもとえたまふに、このきみは、いとあてなるものから、さまことにをかしげなるを、みくらべたてまつりつつ、
373.3.5212188 「いで、あはれ。もし(うたが)ふゆゑもまことならば、父大臣(ちちおとど)の、さばかり()にいみじく(おも)ひほれたまて、 "いで、あはれ。もしうたがふゆゑもまことならば、ちちおとどの、さばかりにいみじくおもひほれたまて、
373.3.6213189 ()()のり()でくる(ひと)だになきこと。形見(かたみ)()るばかりの名残(なごり)をだにとどめよかし』 "のりでくるひとだになきこと。かたみるばかりのなごりをだにとどめよかし。"
373.3.7214190 と、()()がれたまふに、()かせたてまつらざらむ罪得(つみえ)がましさ」など(おも)ふも、「いで、いかでさはあるべきことぞ」 と、がれたまふに、かせたてまつらざらんつみえがましさ。"などおもふも、"いで、いかでさはあるべきことぞ。"
373.3.8215191 と、なほ心得(こころえ)ず、(おも)()(かた)なし。(こころ)ばへさへなつかしうあはれにて、(むつ)(あそ)びたまへば、いとらうたくおぼゆ。 と、なほこころえず、おもかたなし。こころばへさへなつかしうあはれにて、むつあそびたまへば、いとらうたくおぼゆ。
373.4216192第四段 夕霧、源氏と対話す
373.4.1217193 (たい)(わた)りたまひぬれば、のどやかに御物語(おほんものがたり)など()こえておはするほどに、日暮(ひく)れかかりぬ。昨夜(よべ)、かの一条(いちでう)(みや)()うでたりしに、おはせしありさまなど()こえ()でたまへるを、ほほ()みて()きおはす。あはれなる(むかし)のこと、かかりたる節々(ふしぶし)は、あへしらひなどしたまふに、 たいわたりたまひぬれば、のどやかにおほんものがたりなどこえておはするほどに、ひくれかかりぬ。よべ、かのいちでうみやうでたりしに、おはせしありさまなどこえでたまへるを、ほほみてきおはす。あはれなるむかしのこと、かかりたるふしぶしは、あへしらひなどしたまふに、
373.4.2218194 「かの想夫恋(さうふれん)(こころ)ばへは、げに、いにしへの(ためし)にも()()でつべかりけるをりながら、(をんな)は、なほ、(ひと)心移(こころうつ)るばかりのゆゑよしをも、おぼろけにては()らすまじうこそありけれと、(おも)()らるることどもこそ(おほ)かれ。 "かのさうふれんこころばへは、げに、いにしへのためしにもでつべかりけるをりながら、をんなは、なほ、ひとこころうつるばかりのゆゑよしをも、おぼろけにてはらすまじうこそありけれと、おもらるることどもこそおほかれ。
373.4.3219195 ()ぎにし(かた)(こころ)ざしを(わす)れず、かく(なが)用意(ようい)を、(ひと)()られぬとならば、(おな)じうは、(こころ)きよくて、とかくかかづらひ、ゆかしげなき(みだ)れなからむや、()がためも(こころ)にくく、めやすかるべきことならむとなむ(おも)ふ」 ぎにしかたこころざしをわすれず、かくながよういを、ひとられぬとならば、おなじうは、こころきよくて、とかくかかづらひ、ゆかしげなきみだれなからんや、がためもこころにくく、めやすかるべきことならんとなんおもふ。"
373.4.4220196 とのたまへば、「さかし。(ひと)(うへ)御教(おほんをし)へばかりは心強(こころつよ)げにて、かかる()きはいでや」と、()たてまつりたまふ。 とのたまへば、"さかし。ひとうへおほんをしへばかりはこころつよげにて、かかるきはいでや。"と、たてまつりたまふ。
373.4.5221197 (なに)(みだ)れかはべらむ。なほ、(つね)ならぬ()のあはれをかけそめはべりにしあたりに、心短(こころみじか)くはべらむこそ、なかなか()(つね)嫌疑(けんぎ)あり(がほ)にはべらめとてこそ。 "なにみだれかはべらん。なほ、つねならぬのあはれをかけそめはべりにしあたりに、こころみじかくはべらんこそ、なかなかつねけんぎありがほにはべらめとてこそ。
373.4.6222198 想夫恋(さうふれん)は、(こころ)とさし()ぎてこと()でたまはむや、(にく)きことにはべらまし、もののついでにほのかなりしは、をりからのよしづきて、をかしうなむはべりし。 さうふれんは、こころとさしぎてことでたまはんや、にくきことにはべらまし、もののついでにほのかなりしは、をりからのよしづきて、をかしうなんはべりし。
373.4.7223199 (なに)ごとも、(ひと)により、ことに(したが)ふわざにこそはべるべかめれ。(よはひ)なども、やうやういたう(わか)びたまふべきほどにもものしたまはず、また、あざれがましう、()()きしきけしきなどに、もの()れなどもしはべらぬに、うちとけたまふにや。おほかたなつかしうめやすき(ひと)(おほん)ありさまになむものしたまひける」 なにごとも、ひとにより、ことにしたがふわざにこそはべるべかめれ。よはひなども、やうやういたうわかびたまふべきほどにもものしたまはず、また、あざれがましう、きしきけしきなどに、ものれなどもしはべらぬに、うちとけたまふにや。おほかたなつかしうめやすきひとおほんありさまになんものしたまひける。"
373.4.8224200 など()こえたまふに、いとよきついで(つく)()でて、すこし(ちか)(まゐ)()りたまひて、かの夢語(ゆめがた)りを()こえたまへば、とみにものものたまはで、()こしめして、(おぼ)()はすることもあり。 などこえたまふに、いとよきついでつくでて、すこしちかまゐりたまひて、かのゆめがたりをこえたまへば、とみにものものたまはで、こしめして、おぼはすることもあり。
373.5225201第五段 笛を源氏に預ける
373.5.1226202 「その(ふえ)は、ここに()るべきゆゑあるものなり。かれは陽成院(やうぜいゐん)御笛(おほんふえ)なり。それを故式部卿宮(こしきぶきゃうのみや)の、いみじきものにしたまひけるを、かの衛門督(ゑもんのかみ)は、(わらは)よりいと(こと)なる()()()でしに(かん)じて、かの(みや)(はぎ)(えん)せられける()(おく)(もの)()らせたまへるなり。(をんな)(こころ)(ふか)くもたどり()らず、しかものしたるななり」 "そのふえは、ここにるべきゆゑあるものなり。かれはやうぜいゐんおほんふえなり。それをこしきぶきゃうのみやの、いみじきものにしたまひけるを、かのゑもんのかみは、わらはよりいとことなるでしにかんじて、かのみやはぎえんせられけるおくものらせたまへるなり。をんなこころふかくもたどりらず、しかものしたるななり。"
373.5.2227203 などのたまひて、 などのたまひて、
373.5.3228204 (すゑ)()(つた)へ、またいづ(かた)にとかは(おも)ひまがへむ。さやうに(おも)ふなりけむかし」など(おぼ)して、「この(きみ)もいといたり(ふか)(ひと)なれば、(おも)()ることあらむかし」と(おぼ)す。 "すゑつたへ、またいづかたにとかはおもひまがへん。さやうにおもふなりけんかし。"などおぼして、"このきみもいといたりふかひとなれば、おもることあらんかし。"とおぼす。
373.5.4229205 その()けしきを()るに、いとど(はばか)りて、とみにもうち()()こえたまはねど、せめて()かせたてまつらむの(こころ)あれば、(いま)しもことのついでに(おも)()でたるやうに、おぼめかしうもてなして、 そのけしきをるに、いとどはばかりて、とみにもうちこえたまはねど、せめてかせたてまつらんのこころあれば、いましもことのついでにおもでたるやうに、おぼめかしうもてなして、
373.5.5230206 (いま)はとせしほどにも、とぶらひにまかりてはべりしに、()からむ(のち)のことども()()きはべりし(なか)に、しかしかなむ(ふか)くかしこまり(まう)すよしを、(かへ)(がへ)すものしはべりしかば、いかなることにかはべりけむ、(いま)にそのゆゑをなむえ(おも)ひたまへ()りはべらねば、おぼつかなくはべる」 "いまはとせしほどにも、とぶらひにまかりてはべりしに、からんのちのことどもきはべりしなかに、しかしかなんふかくかしこまりまうすよしを、かへがへすものしはべりしかば、いかなることにかはべりけん、いまにそのゆゑをなんえおもひたまへりはべらねば、おぼつかなくはべる。"
373.5.6231207 と、いとたどたどしげに()こえたまふに、 と、いとたどたどしげにこえたまふに、
373.5.7232208 「さればよ」 "さればよ。"
373.5.8233209 (おぼ)せど、(なに)かは、そのほどの(こと)あらはしのたまふべきならねば、しばしおぼめかしくて、 おぼせど、なにかは、そのほどのことあらはしのたまふべきならねば、しばしおぼめかしくて、
373.5.9234210 「しか、(ひと)(うら)みとまるばかりのけしきは、(なに)のついでにかは()()でけむと、みづからもえ(おも)()でずなむ。さて、今静(いましづ)かに、かの(ゆめ)(おも)()はせてなむ()こゆべき。夜語(よるかた)らずとか、女房(にょうばう)(つた)へに()ふなり」 "しか、ひとうらみとまるばかりのけしきは、なにのついでにかはでけんと、みづからもえおもでずなん。さて、いましづかに、かのゆめおもはせてなんこゆべき。よるかたらずとか、にょうばうつたへにふなり。"
373.5.10235211 とのたまひて、をさをさ(おほん)いらへもなければ、うち()()こえてけるを、いかに(おぼ)すにかと、つつましく(おぼ)しけり、とぞ。 とのたまひて、をさをさおほんいらへもなければ、うちこえてけるを、いかにおぼすにかと、つつましくおぼしけり、とぞ。