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第十三帖 明石
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13 AKASI (Ohoshima-bon)
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光る源氏の二十七歳春から二十八歳秋まで、明石の浦の別れと政界復帰の物語
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Tale of Hikaru-Genji's parting and comeback, from March at the age of 27 to in fall at the age of 28
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第一章 光る源氏の物語 須磨の嵐と神の導きの物語
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1 Tale of Hikaru-Genji A storm in Suma and Sumiyoshi-no-Kami's lead
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1.1 |
第一段 須磨の嵐続く
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1-1 Storm goes on in Suma
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1.1.1 |
なほ雨風やまず、雷鳴り静まらで、日ごろになりぬ。いとどものわびしきこと、数知らず、来し方行く先、悲しき御ありさまに、心強うしもえ思しなさず、「 いかにせまし。 かかりとて、都に帰らむことも、まだ世に許されもなくては、人笑はれなることこそまさらめ。 なほ、これより深き山を求めてや、あと絶えなまし」と思すにも、「 波風に騒がれて ★など、人の言ひ伝へむこと、後の世まで、いと 軽々しき名や流し果てむ」と思し乱る。
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依然として雨風が止まず、雷も鳴り静まらないで、数日がたった。ますます心細いこと、数限りなく、過去も未来も、悲しいお身の上で、気強くもお考えになることもできず、「どうしよう。こうだからといって、都に帰るようなことも、まだ赦免がなくては、物笑いになることが増そう。やはり、ここより深い山を求めて、姿をくらましてしまおうか」とお思いになるにつけても、「波風に脅かされてなど、人が言い伝えるようなこと、後世にまで、たいそう軽率な浮名を流してしまうことになろう」とお迷いになる。
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まだ雨風はやまないし、雷鳴が始終することも同じで幾日かたった。今は極度に侘しい須磨の人たちであった。今日までのことも明日からのことも心細いことばかりで、源氏も冷静にはしていられなかった。どうすればいいであろう、京へ帰ることもまだ免職になったままで本官に復したわけでもなんでもないのであるから見苦しい結果を生むことになるであろうし、まだもっと深い山のほうへはいってしまうことも波風に威嚇されて恐怖した行為だと人に見られ、後世に誤られることも堪えられないことであるからと源氏は煩悶していた。
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Naho ame kaze yama zu, Kami nari sidumara de, higoro ni nari nu. Itodo mono-wabisiki koto, kazu sira zu, kisikata yukusaki, kanasiki ohom-arisama ni, kokoroduyou simo e obosi nasa zu, "Ikani se masi? Kakari tote, miyako ni kahera m koto mo, mada yo ni yurusa re mo naku te ha, hitowarahare naru koto koso masara me. Naho, kore yori hukaki yama wo motome te ya, ato taye na masi." to obosu ni mo, "Nami kaze ni sawaga re te nado, hito no ihitutahe m koto, notinoyo made, ito karogarosiki na ya nagasi hate m." to obosi midaru.
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1.1.2 |
夢にも、ただ同じさまなる物のみ 来つつ、まつはしきこゆと見たまふ。 雲間なくて、明け暮るる日数に添へて、京の方もいとどおぼつかなく、「 かくながら身をはふらかしつるにや」と、心細う思せど、頭 さし出づべくもあらぬ空の乱れに、出で立ち参る 人もなし。
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夢にも、まるで同じ恰好をした物ばかりが現れては現れて、お引き寄せ申すと御覧になる。雲の晴れ間もなくて、明け暮らす日数が過ぎていくと、京の方面もますます気がかりになって、「こうしたまま身を滅ぼしてしまうのだろうか」と、心細くお思いになるが、頭をさし出すこともできない空の荒れ具合に、やって参る者もいない。
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このごろの夢は怪しい者が来て誘おうとする初めの夜に見たのと同じ夢ばかりであった。幾日も雲の切れ目がないような空ばかりをながめて暮らしていると京のことも気がかりになって、自分という者はこうした心細い中で死んで行くのかと源氏は思われるのであるが、首だけでも外へ出すことのできない天気であったから京へ使いの出しようもない。
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Yume ni mo, tada onazi sama naru mono nomi ki tutu, matuhasi kikoyu to mi tamahu. Kumoma naku te, ake kururu hikazu ni sohe te, Kyau no kata mo itodo obotukanaku, "Kaku nagara mi wo hahurakasi turu ni ya?" to, kokorobosou obose do, kasira sasi-idu beku mo ara nu sora no midare ni, idetati mawiru hito mo nasi.
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1.1.3 |
二条院よりぞ、あながちにあやしき姿にて、そほち参れる。 道かひにてだに、人か何ぞとだに 御覧じわくべくもあらず、まづ 追ひ払ひつべき賤の男の、 むつましうあはれに思さるるも、 我ながらかたじけなく、屈しにける心のほど思ひ知らる。御文に、
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二条院から、無理をしてみすぼらしい姿で、ずぶ濡れになって参ったのだ。道ですれ違っても、人か何物かとさえ御覧じ分けられない、早速追い払ってしまうにちがいない賤しい男を、慕わしくしみじみとお感じになるのも、自分ながらももったいなくも、卑屈になってしまった心の程を思わずにはいられない。お手紙に、
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二条の院のほうからその中を人が来た。濡れ鼠になった使いである。雨具で何重にも身を固めているから、途中で行き逢っても人間か何かわからぬ形をした、まず奇怪な者として追い払わなければならない下侍に親しみを感じる点だけでも、自分はみじめな者になったと源氏はみずから思われた。夫人の手紙は、
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Nideunowin yori zo, anagati ni ayasiki sugata nite, sohoti mawire ru. Mitikahi nite dani, hito ka nani zo to dani goranzi waku beku mo ara zu, madu ohiharahi tu beki sidunowo no, mutumasiu ahare ni obosa ruru mo, ware nagara katazikenaku, ku'si ni keru kokoro no hodo omohi sira ru. Ohom-humi ni,
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1.1.4 |
「 あさましくを止みなきころのけしきに、いとど 空さへ閉づる心地して、眺めやる 方なくなむ。
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「驚くほどの止むことのない日頃の天気に、ますます空までが塞がってしまう心地がして、心の晴らしようがなく、
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申しようのない長雨は空までもなくしてしまうのではないかという気がしまして須磨の方角をながめることもできません。
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"Asamasiku woyami naki koro no kesiki ni, itodo sora sahe toduru kokoti si te, nagame yaru kata naku nam.
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1.1.5 |
浦風やいかに吹くらむ思ひやる 袖うち濡らし波間なきころ」 |
須磨の浦ではどんなに激しく風が吹いていることでしょう 心配で袖を涙で濡らしている今日このごろです」 |
浦風やいかに吹くらん思ひやる 袖うち濡らし波間なき頃
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Urakaze ya ikani huku ram omohiyaru sode uti-nurasi namima naki koro |
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1.1.6 |
あはれに悲しきことども書き集めたまへり。 いとど汀まさりぬべく ★、かきくらす心地したまふ。
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しみじみとした悲しい気持ちがいっぱい書き連ねてある。ますます涙があふれてしまいそうで、まっ暗になる気がなさる。
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というような身にしむことが数々書かれてある。開封した時からもう源氏の涙は潮時が来たような勢いで、内から湧き上がってくる気がしたものであった。
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Ahare ni kanasiki koto-domo kaki atume tamahe ri. Itodo migiha masari nu beku, kaki-kurasu kokoti si tamahu.
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1.1.7 |
「 京にも、この雨風、 あやしき物のさとしなり ★とて、 仁王会など行はるべしと なむ聞こえはべりし。内裏に参りたまふ上達部なども、すべて道閉ぢて、政事も 絶えてなむはべる」
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「京でも、この雨風は、不思議な天の啓示であると言って、仁王会などを催す予定だと噂していました。宮中に参内なさる上達部なども、まったく道路が塞がって、政道も途絶えております」
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「京でもこの雨風は天変だと申して、なんらかを暗示するものだと解釈しておられるようでございます。仁王会を宮中であそばすようなことも承っております。大官方が参内もできないのでございますから、政治も雨風のために中止の形でございます」
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"Kyau ni mo, kono ame kaze, ayasiki mononosatosi nari tote, Ninwauwe nado okonaha ru besi to nam kikoye haberi si. Uti ni mawiri tamahu Kamdatime nado mo, subete miti todi te, maturigoto mo taye te nam haberu."
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1.1.8 |
など、はかばかしうもあらず、かたくなしう語りなせど、京の方のことと思せばいぶかしうて、 御前に召し出でて、問はせたまふ。
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などと、はきはきともせず、たどたどしく話すが、京のこととお思いになると知りたくて、御前に召し出して、お尋ねあそばす。
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こんな話を、はかばかしくもなく下士級の頭で理解しているだけのことを言うのであるが、京のことに無関心でありえない源氏は、居間の近くへその男を呼び出していろいろな質問をしてみた。
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nado, hakabakasiu mo ara zu, katakunasiu katari nase do, Kyau no kata no koto to obose ba ibukasiu te, omahe ni mesi ide te, toha se tamahu.
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1.1.9 |
「ただ、例の雨のを止みなく降りて、 風は時々吹き出でて ★、日ごろになりはべるを、例ならぬことに 驚きはべるなり。いとかく、地の底徹るばかりの氷降り、雷の静まらぬことは はべらざりき」
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「ただ、例によって雨が小止みなく降って、風は時々吹き出して、数日来になりますのを、ただ事でないと驚いているのです。まことにこのように、地の底に通るほどの雹が降り、雷の静まらないことはございませんでした」
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「ただ例のような雨が少しの絶え間もなく降っておりまして、その中に風も時々吹き出すというような日が幾日も続くのでございますから、それで皆様の御心配が始まったものだと存じます。今度のように地の底までも通るような荒い雹が降ったり、雷鳴の静まらないことはこれまでにないことでございます」
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"Tada, rei no ame no woyami naku huri te, kaze ha tokidoki huki ide te, higoro ni nari haberu wo, rei nara nu koto ni odoroki haberu nari. Ito kaku, ti no soko tohoru bakari no hi huri, ikaduti no sidumara nu koto ha habera zari ki."
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1.1.10 |
など、いみじきさまに驚き懼ぢてをる顔のいとからきにも、 心細さまさりける。
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などと、大変な様子で驚き脅えて畏まっている顔がとてもつらそうなのにつけても、心細さがつのるのだった。
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などと言う男の表情にも深刻な恐怖の色の見えるのも源氏をより心細くさせた。
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nado, imiziki sama ni odoroki wodi te woru kaho no ito karaki ni mo, kokorobososa masari keru.
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1.2 |
第二段 光る源氏の祈り
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1-2 Hikaru-Genji's prayer for Sumiyoshi-no-Kami
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1.2.1 |
「 かくしつつ世は尽きぬべきにや」と 思さるるに、そのまたの日の暁より、風いみじう吹き、潮高う満ちて、波の音荒きこと、巌も山も残るまじきけしきなり。雷の鳴りひらめくさま、さらに言はむ方なくて、「 落ちかかりぬ」とおぼゆるに、 ある限りさかしき人なし。
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「こうしながらこの世は滅びてしまうのであろうか」と思わずにはいらっしゃれないでいると、その翌日の明け方から、風が激しく吹き、潮が高く満ちきて、波の音の荒々しいこと、巌も山をも無くしてしまいそうである。雷の鳴りひらめく様子、さらに言いようがなくて、「そら、落ちてきた」と思われると、その場に居合わせた者でしっかりした人はいない。
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こんなことでこの世は滅んでいくのでないかと源氏は思っていたが、その翌日からまた大風が吹いて、海潮が満ち、高く立つ波の音は岩も山も崩してしまうように響いた。雷鳴と電光のさすことの烈しくなったことは想像もできないほどである。この家へ雷が落ちそうにも近く鳴った。もう理智で物を見る人もなくなっていた。
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"Kaku si tutu yo ha tuki nu beki ni ya?" to obosa ruru ni, sono mata no hi no akatuki yori, kaze imiziu huki, siho takau miti te, nami no oto araki koto, ihaho mo yama mo nokoru maziki kesiki nari. Kami no nari hirameku sama, sarani ihamkatanaku te, "Oti kakari nu." to oboyuru ni, aru kagiri sakasiki hito nasi.
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1.2.2 |
「 我はいかなる罪を犯して、かく悲しき目を 見るらむ。 父母にもあひ見ず、かなしき 妻子の顔をも見で、 死ぬべきこと」
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「自分はどのような罪を犯して、このような悲しい憂き目に遭うのだろう。父母にも互いに顔を見ず、いとしい妻や子どもにも会えずに、死なねばならぬとは」
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「私はどんな罪を前生で犯してこうした悲しい目に逢うのだろう。親たちにも逢えずかわいい妻子の顔も見ずに死なねばならぬとは」
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"Ware ha ikanaru tumi wo wokasi te, kaku kanasiki me wo miru ram? Titi haha ni mo ahi mi zu, kanasiki meko no kaho wo mo mi de, sinu beki koto."
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1.2.3 |
と嘆く。君は御心を静めて、「 何ばかりのあやまちにてか ★、この渚に命をば極めむ」と、強う思しなせど、いともの騒がしければ、色々の 幣帛ささげさせたまひて、
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と嘆く。君は、お心を静めて、「どれほどの過失によって、この海辺に命を落とすというのか」と、気を強くお持ちになるが、ひどく脅え騒いでいるので、色とりどりの幣帛を奉らせなさって、
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こんなふうに言って歎く者がある。源氏は心を静めて、自分にはこの寂しい海辺で命を落とさねばならぬ罪業はないわけであると自信するのであるが、ともかくも異常である天候のためにはいろいろの幣帛を神にささげて祈るほかがなかった。
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to nageku. Kimi ha mikokoro wo sidume te, "Nani bakari no ayamati nite ka, kono nagisa ni inoti wo ba kihame m." to, tuyou obosi nase do, ito mono-sawagasi kere ba, iroiro no mitegura sasage sase tamahi te,
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1.2.4 |
「 住吉の神、近き境を鎮め守りたまふ。まことに迹を垂れたまふ神ならば、助けたまへ」
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「住吉の神、この近辺一帯をご鎮護なさる。真に現世に迹を現しなさる神ならば、我らを助けたまえ」
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「住吉の神、この付近の悪天候をお鎮めください。真実垂跡の神でおいでになるのでしたら慈悲そのものであなたはいらっしゃるはずですから」
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"Sumiyosi-no-Kami, tikaki sakahi wo sidume mamori tamahu. Makoto ni ato wo tare tamahu Kami nara ba, tasuke tamahe!"
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1.2.5 |
と、多くの大願を立てたまふ。おのおのみづからの命をば、さるものにて、かかる御身のまたなき例に 沈みたまひぬべきことの いみじう悲しき、心を起こして、すこしものおぼゆる限りは、「 身に代へてこの御身一つを救ひたてまつらむ」と、 とよみて、諸声に仏、神を念じたてまつる。
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と、数多くの大願を立てなさる。各自めいめいの命は、それはそれとして、このような方がまたとない例にお命を落としてしまいそうなことがひどく悲しい、心を奮い起こして、わずかに気を確かに持っている者は皆、「わが身に代えて、この御身ひとつをお救い申し上げよう」と、大声を上げて、声を合わせて仏、神をお祈り申し上げる。
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と源氏は言って多くの大願を立てた。惟光や良清らは、自身たちの命はともかくも源氏のような人が未曾有な不幸に終わってしまうことが大きな悲しみであることから、気を引き立てて、少し人心地のする者は皆命に代えて源氏を救おうと一所懸命になった。彼らは声を合わせて仏神に祈るのであった。
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to, ohoku no daigwan wo tate tamahu. Onoono midukara no inoti wo ba, saru mono nite, kakaru ohom-mi no mata naki rei ni sidumi tamahi nu beki koto no imiziu kanasiki, kokoro wo okosi te, sukosi mono oboyuru kagiri ha, "Mi ni kahe te kono ohom-mi hitotu wo sukuhi tatematura m." to, toyomi te, morogowe ni Hotoke, Kami wo nenzi tatematuru.
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1.2.6 |
「 帝王の深き宮に 養はれたまひて、いろいろの楽しみにおごりたまひしかど、 深き御慈しみ、大八洲にあまねく、沈める輩をこそ多く浮かべたまひしか。今、 何の報いにか、ここら横様なる波風には 溺ほれたまはむ。天地、ことわりたまへ。 罪なくて罪に当たり、官、位を取られ、家を離れ、境を去りて、明け暮れ安き空なく、 嘆きたまふに、かく 悲しき目をさへ 見、 命尽きなむとするは、前の世の報いか、 この世の犯しか、神、仏、明らかにましまさば、この愁へやすめたまへ」
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「帝王の、深宮に育てられなさって、さまざまな楽しみをほしいままになさったが、深い御仁徳は、大八洲にあまねく、沈淪していた人々を数多く浮かび上がらせなさった。今、何の報いによってか、こんなに非道な波風に溺れ死ななければならないのか。天地の神々よ、ご判断ください。罪なくして罪に当たり、官職、爵位を剥奪され、家を離れ、都を去って、日夜お心の安まる時なく、お嘆きになっていらっしゃる上に、このような悲しい憂き目にまで遭い、命を失ってしまいそうになるのは、前世からの報いか、この世での犯しによるのかと、神、仏、確かにいらっしゃるならば、この災いをお鎮めください」
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「帝王の深宮に育ちたまい、もろもろの歓楽に驕りたまいしが、絶大の愛を心に持ちたまい、慈悲をあまねく日本国じゅうに垂れたまい、不幸なる者を救いたまえること数を知らず、今何の報いにて風波の牲となりたまわん。この理を明らかにさせたまえ。罪なくして罪に当たり、官位を剥奪され、家を離れ、故郷を捨て、朝暮歎きに沈淪したもう。今またかかる悲しみを見て命の尽きなんとするは何事によるか、前生の報いか、この世の犯しか、神、仏、明らかにましまさばこの憂いを息めたまえ」
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"Teiwau no hukaki miya ni yasinaha re tamahi te, iroiro no tanosimi ni ogori tamahi sika do, hukaki ohom-utukusimi, Ohoyasima ni amaneku, sidume ru tomogara wo koso ohoku ukabe tamahi sika. Ima, nani no mukuyi ni ka, kokora yokosama naru nami kaze ni ha obohore tamaha m? Ametuti, kotowari tamahe. Tumi naku te tumi ni atari, tukasa, kurawi wo tora re, ihe wo hanare, sakahi wo sari te, akekure yasuki sora naku, nageki tamahu ni, kaku kanasiki me wo sahe mi, inoti tuki na m to suru ha, sakinoyo no mukuyi ka, konoyo no wokasi ka, Kami, Hotoke, akiraka ni masimasa ba, kono urehe yasume tamahe."
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1.2.7 |
と、御社の方に向きて、さまざまの願を立てたまふ。
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と、お社の方を向いて、さまざまな願を立てなさる。
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住吉の御社のほうへ向いてこう叫ぶ人々はさまざまの願を立てた。
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to, Miyasiro no kata ni muki te, samazama no gwan wo tate tamahu.
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1.2.8 |
また、 海の中の龍王、よろづの神たちに願を 立てさせたまふに、 いよいよ鳴りとどろきて、 おはしますに続きたる廊に 落ちかかりぬ。炎燃え上がりて、廊は焼けぬ。心魂なくて、ある限り惑ふ。 後の方なる 大炊殿とおぼしき屋に 移したてまつりて、上下となく立ち込みて、いとらうがはしく泣きとよむ声、雷にも劣らず。空は墨をすりたるやうにて、 日も暮れにけり。
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また、海の中の龍王、八百万の神々に願をお立てさせになると、ますます雷が鳴り轟いて、いらっしゃるご座所に続いている廊に落ちてきた。炎が燃え上がって、廊は焼けてしまった。生きた心地もせず、皆が皆あわてふためく。後方にある大炊殿とおぼしい建物にお移し申して、上下なく人々が入り込んで、ひどく騒がしく泣き叫ぶ声、雷鳴にも負けない。空は黒墨を擦ったようで、日も暮れてしまった。
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また竜王をはじめ大海の諸神にも源氏は願を立てた。いよいよ雷鳴ははげしくとどろいて源氏の居間に続いた廊へ落雷した。火が燃え上がって廊は焼けていく。人々は心も肝も皆失ったようになっていた。後ろのほうの廚その他に使っている建物のほうへ源氏を移転させ、上下の者が皆いっしょにいて泣く声は一つの大きな音響を作って雷鳴にも劣らないのである。空は墨を磨ったように黒くなって日も暮れた。
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Mata, umi no naka no Riuwau, yorodu no Kami-tati ni gwan wo tate sase tamahu ni, iyoiyo nari todoroki te, ohasimasu ni tuduki taru rau ni oti kakari nu. Honoho moye agari te, rau ha yake nu. Kokorotamasihi naku te, aru kagiri madohu. Usiro no kata naru ohohidono to obosiki ya ni utusi tatematuri te, kami simo to naku tati-komi te, ito raugahasiku naki toyomu kowe, ikaduti ni mo otora zu. Sora ha sumi wo suri taru yau nite, hi mo kure ni keri.
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1.3 |
第三段 嵐収まる
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1-3 Storm stops
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1.3.1 |
やうやう風なほり、雨の脚しめり、星の光も 見ゆるに、 この御座所のいとめづらかなるも、いと かたじけなくて、寝殿に 返し移したてまつらむとするに、
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だんだん風が弱まり、雨脚が衰え、星の光も見えるので、このご座所もひどく見慣れないのも、まことに恐れ多いので、寝殿にお戻りいただこうとするが、
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そのうち風が穏やかになり、雨が小降りになって星の光も見えてきた。そうなるとこの人々は源氏の居場所があまりにもったいなく思われて、寝殿のほうへ席を移そうとしたが、
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Yauyau kaze nahori, amenoasi simeri, hosi no hikari mo miyuru ni, kono omasidokoro no ito meduraka naru mo, ito katazikenaku te, sinden ni kahesi utusi tatematura m to suru ni,
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1.3.2 |
「 焼け残りたる方も疎ましげに、 そこらの人の踏みとどろかし惑へるに、御簾などもみな 吹き散らしてけり」
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「焼け残った所も気味が悪く、おおぜいの人々が踏み荒らした上に、御簾などもみな吹き飛んでしまった」
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そこも焼け残った建物がすさまじく見え、座敷は多数の人間が逃げまわった時に踏みしだかれてあるし、御簾なども皆風に吹き落とされていた。
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"Yake nokori taru kata mo utomasige ni, sokora no hito no humi todorokasi madohe ru ni, misu nado mo mina huki tirasi te keri."
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1.3.3 |
「 夜を明してこそは」
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「夜を明かしてからは」
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今夜夜通しに
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"Yo wo akasi te koso ha."
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1.3.4 |
と たどりあへるに、君は 御念誦したまひて、 思しめぐらすに、いと心あわたたし。
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とあれこれしている間に、君は御念誦を唱えながら、いろいろお考えめぐらしになるが、気持ちが落ち着かない。
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後始末をしてからのことに決めて、皆がそんなことに奔走している時、源氏は心経を唱えながら、静かに考えてみるとあわただしい一日であった。
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to tadori ahe ru ni, Kimi ha ohom-nenzu si tamahi te, obosi megurasu ni, ito kokoro awatatasi.
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1.3.5 |
月さし出でて、潮の近く満ち来ける跡もあらはに、名残なほ寄せ返る波荒きを、柴の戸押し開けて、眺めおはします。近き世界に、ものの心を知り、来し方行く先のことうちおぼえ、 とやかくやとはかばかしう悟る人もなし。あやしき海人どもなどの、貴き人おはする所とて、集り参りて、 聞きも知りたまはぬことどもを さへづりあへるも、いとめづらかなれど、 え追ひも払はず ★ ★。
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月が出て、潮が近くまで満ちてきた跡がはっきりと分かり、その後も依然として寄せては返す波の荒いのを、柴の戸を押し開けて、物思いに耽りながら眺めていらっしゃる。この界隈には、ものの道理をわきまえ、過去将来のことを判断して、あれこれとはっきりと理解する者もいない。賤しい海人どもなどが、高貴な方のいらっしゃるところといって、集まって参って、お聞きになっても分からないようなことがらをぺちゃくちゃしゃべり合っているのも、ひどく珍しいことであるが、追い払うこともできない。
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月が出てきて海潮の寄せた跡が顕わにながめられる。遠く退いてもまだ寄せ返しする浪の荒い海べのほうを戸をあけて源氏はながめていた。今日までのこと明日からのことを意識していて、対策を講じ合うに足るような人は近い世界に絶無であると源氏は感じた。漁村の住民たちが貴人の居所を気にかけて、集まって来て訳のわからぬ言葉でしゃべり合っているのも礼儀のないことであるが、それを追い払う者すらない。
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Tuki sasi-ide te, siho no tikaku miti ki keru ato mo araha ni, nagori naho yose kaheru nami araki wo, siba no to osiake te, nagame ohasimasu. Tikaki sekai ni, mono no kokoro wo siri, kisikata yukusaki no koto uti-oboye, toya kakuya to hakabakasiu satoru hito mo nasi. Ayasiki ama-domo nado no, takaki hito ohasuru tokoro tote, atumari mawiri te, kiki mo siri tamaha nu koto-domo wo saheduri ahe ru mo, ito meduraka nare do, e ohi mo haraha zu.
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1.3.6 |
「 この風、今しばし止まざらましかば、潮上りて残る所なからまし。神の助けおろかならざりけり」
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「この風が、今しばらく止まなかったら、潮が上がって来て、残るところなく攫われてしまったことでしょう。神のご加護は大変なものであった」
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「あの大風がもうしばらくやまなかったら、潮はもっと遠くへまで上って、この辺なども形を残していまい。やはり神様のお助けじゃ」
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"Kono kaze, ima sibasi yama zara masika ba, siho nobori te nokoru tokoro nakara masi. Kami no tasuke oroka nara zari keri."
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1.3.7 |
と言ふを 聞きたまふも、 いと心細しといへばおろかなり。
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と言うのをお聞きになるのも、とても心細いといったのでは言い足りないくらいである。
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こんなことの言われているのも聞く身にとっては非常に心細いことであった。
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to ihu wo kiki tamahu mo, ito kokorobososi to ihe ba oroka nari.
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1.3.8 |
「 海にます神の助けにかからずは 潮の八百会にさすらへなまし」 |
「海に鎮座まします神の御加護がなかったならば 潮の渦巻く遥か沖合に流されていたことであろう」 |
海にます神のたすけにかからずば 潮の八百会にさすらへなまし
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"Umi ni masu Kami no tasuke ni kakara zu ha siho no yahoahi ni sasurahe na masi |
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1.3.9 |
ひねもすにいりもみつる雷の 騷ぎに、 さこそいへ、いたう 困じたまひにければ、心にもあらずうちまどろみたまふ。かたじけなき御座所なれば、ただ 寄りゐたまへるに、 故院、ただおはしまししさまながら立ちたまひて、
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一日中、激しく物を煎り揉みしていた雷の騷ぎのために、そうはいっても、ひどくお疲れになったので、思わずうとうととなさる。恐れ多いほど粗末なご座所なので、ちょっと寄り掛かっていらっしゃると、故院が、まるで御生前おいであそばしたお姿のままお立ちになって、
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と源氏は口にした。終日風の揉み抜いた家にいたのであるから、源氏も疲労して思わず眠った。ひどい場所であったから、横になったのではなく、ただ物によりかかって見る夢に、お亡くなりになった院がはいっておいでになったかと思うと、すぐそこへお立ちになって、
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Hinemosu ni irimomi turu Kami no sawagi ni, sakoso ihe, itau kouzi tamahi ni kere ba, kokoro ni mo ara zu uti-madoromi tamahu. Katazikenaki omasidokoro nare ba, tada yoriwi tamahe ru ni, ko-Win, tada ohasimasi si sama nagara tati tamahi te,
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1.3.10 |
「 など、かくあやしき所にものするぞ」
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「どうして、このような見苦しい所にいるのだ」
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「どうしてこんなひどい所にいるか」
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"Nado, kaku ayasiki tokoro ni monosuru zo?"
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1.3.11 |
とて、御手を取りて引き立てたまふ。
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と仰せになって、お手を取って引き立てなさる。
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こうお言いになりながら、源氏の手を取って引き立てようとあそばされる。
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tote, ohom-te wo tori te hikitate tamahu.
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1.3.12 |
「 住吉の神の導きたまふままには、はや舟出して、この浦を去りね」
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「住吉の神がお導きになるのに従って、早く船出して、この浦を去りなさい」
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「住吉の神が導いてくださるのについて、早くこの浦を去ってしまうがよい」
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"Sumiyosi-no-Kami no mitibiki tamahu mama ni ha, haya hunade si te, kono ura wo sari ne."
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1.3.13 |
と のたまはす。いとうれしくて、
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と仰せあそばす。とても嬉しくなって、
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と仰せられる。源氏はうれしくて、
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to notamahasu. Ito uresiku te,
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1.3.14 |
「 かしこき御影に 別れたてまつりにしこなた、さまざま 悲しきことのみ多くはべれば、今はこの渚に 身をや捨てはべりなまし」
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「畏れ多い父上のお姿にお別れ申して以来、さまざまな悲しいことばかり多くございますので、今はこの海辺に命を捨ててしまいましょうかしら」
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「陛下とお別れいたしましてからは、いろいろと悲しいことばかりがございますから私はもうこの海岸で死のうかと思います」
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"Kasikoki mikage ni wakare tatematuri ni si konata, samazama kanasiki koto nomi ohoku habere ba, ima ha kono nagisa ni mi wo ya sute haberi na masi."
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1.3.15 |
と 聞こえたまへば、
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と申し上げなさると、
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to kikoye tamahe ba,
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1.3.16 |
「 いとあるまじきこと。 これは、ただいささかなる物の報いなり。 我は、位に在りし時、あやまつことなかりしかど、おのづから犯しありければ、その罪を 終ふるほど暇なくて、この世を 顧みざりつれど、 いみじき愁へに沈むを見るに、堪へがたくて、 海に入り、渚に上り、いたく 困じにたれど、 かかるついでに内裏に 奏すべきことの あるにより なむ、急ぎ上りぬる」
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「実にとんでもないことだ。これは、ちょっとしたことの報いである。朕は、在位中に、過失はなかったけれど、知らず知らずのうちに犯した罪があったので、その罪を償うのに暇がなくて、この世を顧みなかったが、大変な難儀に苦しんでいるのを見ると、堪え難くて、海に入り渚に上がり、たいそう疲れたけれど、このような機会に、奏上しなければならないことがあるので、急いで上るのだ」
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「とんでもない。これはね、ただおまえが受けるちょっとしたことの報いにすぎないのだ。私は位にいる間に過失もなかったつもりであったが、犯した罪があって、その罪の贖いをする間は忙しくてこの世を顧みる暇がなかったのだが、おまえが非常に不幸で、悲しんでいるのを見ると堪えられなくて、海の中を来たり、海べを通ったりまったく困ったがやっとここまで来ることができた。このついでに陛下へ申し上げることがあるから、すぐに京へ行く」
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"Ito aru maziki koto. Kore ha, tada isasaka naru mono no mukuyi nari. Ware ha, kurawi ni ari si toki, ayamatu koto nakari sika do, onodukara wokasi ari kere ba, sono tumi wo wohuru hodo itoma naku te, kono yo wo kaherimi zari ture do, imiziki urehe ni sidumu wo miru ni, tahe gataku te, umi ni iri, nagisa ni nobori, itaku kouzi ni tare do, kakaru tuide ni Uti ni sousu beki koto no aru ni yori nam, isogi nobori nuru."
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1.3.17 |
とて、立ち去りたまひぬ。
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と言って、お立ち去りになってしまった。
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と仰せになってそのまま行っておしまいになろうとした。
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tote, tatisari tamahi nu.
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1.3.18 |
飽かず悲しくて、「御供に 参りなむ」と泣き入りたまひて、 見上げたまへれば、 人もなく、月の顔のみきらきらとして、夢の心地もせず、御けはひ止まれる心地して、空の雲あはれに たなびけり。
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名残惜しく悲しくて、「お供して参りたい」とお泣き入りになって、お見上げなさると、人影もなく、月の面だけが耿々として、夢とも思えず、お姿が残っていらっしゃるような気がして、空の雲がしみじみとたなびいているのであった。
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源氏は悲しくて、「私もお供してまいります」と泣き入って、父帝のお顔を見上げようとした時に、人は見えないで、月の顔だけがきらきらとして前にあった。源氏は夢とは思われないで、まだ名残がそこらに漂っているように思われた。空の雲が身にしむように動いてもいるのである。
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Akazu kanasiku te, "Ohom-tomo ni mawiri na m." to naki iri tamahi te, miage tamahe re ba, hito mo naku, tuki no kaho nomi kirakira to si te, yume no kokoti mo se zu, ohom-kehahi tomare ru kokoti si te, sora no kumo ahare ni tanabike ri.
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1.3.19 |
年ごろ、 夢のうちにも見たてまつらで、恋しうおぼつかなき御さまを、 ほのかなれど、さだかに見たてまつりつるのみ、 面影におぼえたまひて、「 我かく悲しびを極め、 命尽きなむとしつるを、助けに 翔りたまへる」と、あはれに思すに、「 よくぞかかる騷ぎもありける」と、 名残頼もしう、うれしうおぼえたまふこと、限りなし。
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ここ数年来、夢の中でもお会い申さず、恋しくお会いしたいお姿を、わずかな時間ではあるが、はっきりと拝見したお顔だけが、眼前にお浮かびになって、「自分がこのように悲しみを窮め尽くし、命を失いそうになったのを、助けるために天翔っていらした」と、しみじみと有り難くお思いになると、「よくぞこんな騷ぎもあったものよ」と、夢の後も頼もしくうれしく思われなさること、限りない。
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長い間夢の中で見ることもできなかった恋しい父帝をしばらくだけではあったが明瞭に見ることのできた、そのお顔が面影に見えて、自分がこんなふうに不幸の底に落ちて、生命も危うくなったのを、助けるために遠い世界からおいでになったのであろうと思うと、よくあの騒ぎがあったことであると、こんなことを源氏は思うようになった。なんとなく力がついてきた。
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Tosigoro, yume no uti ni mo mi tatematura de, kohisiu obotukanaki ohom-sama wo, honoka nare do, sadaka ni mi tatematuri turu nomi, omokage ni oboye tamahi te, "Waga kaku kanasibi wo kihame, inoti tuki na m to si turu wo, tasuke ni kakeri tamahe ru." to, ahare ni obosu ni, "Yoku zo kakaru sawagi mo ari keru." to, nagori tanomosiu, uresiu oboye tamahu koto, kagiri nasi.
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1.3.20 |
胸つとふたがりて、 なかなかなる御心惑ひに、うつつの悲しきこともうち忘れ、「 夢にも御応へを今すこし聞こえずなりぬること」と いぶせさに、「またや見えたまふ」と、ことさらに寝入りたまへど、 さらに御目も合はで、暁方になりにけり。
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胸がぴたっと塞がって、かえってお心の迷いに、現実の悲しいこともつい忘れ、「夢の中でお返事をもう少し申し上げずに終わってしまったこと」と残念で、「再びお見えになろうか」と、無理にお寝みになるが、さっぱりお目も合わず、明け方になってしまった。
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その時は胸がはっとした思いでいっぱいになって、現実の悲しいことも皆忘れていたが、夢の中でももう少しお話をすればよかったと飽き足らぬ気のする源氏は、もう一度続きの夢が見られるかとわざわざ寝入ろうとしたが、眠りえないままで夜明けになった。
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Mune tuto hutagari te, nakanaka naru mikokoromadohi ni, ututu no kanasiki koto mo uti-wasure, "Yume ni mo ohom-irahe wo ima sukosi kikoye zu nari nuru koto." to ibusesa ni, "Mata ya miye tamahu?" to, kotosara ni neiri tamahe do, sarani ohom-me mo aha de, akatukigata ni nari ni keri.
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1.4 |
第四段 明石入道の迎えの舟
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1-4 Akashi-no-Nyudo comes to Genji by a boat
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1.4.1 |
渚に小さやかなる舟寄せて、 人二、三人ばかり、この旅の 御宿りをさして参る。 何人ならむと問へば、
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渚に小さい舟を寄せて、人が二、三人ほど、この旅のお館をめざして来る。何者だろうと尋ねると、
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渚のほうに小さな船を寄せて、二、三人が源氏の家のほうへ歩いて来た。だれかと山荘の者が問うてみると、
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Nagisa ni tihisayaka naru hune yose te, hito ni, samnin bakari, kono tabi no ohom-yadori wo sasi te mawiru. Nanibito nara m to tohe ba,
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1.4.2 |
「 明石の浦より、 前の守新発意の、御舟装ひて 参れるなり。 源少納言、さぶらひたまはば、対面してことの心 とり申さむ」
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「明石の浦から、前の播磨守の新発意が、お舟支度して参上したのです。源少納言、伺候していらしたら、面会して事の子細を申し上げたい」
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明石の浦から前播磨守入道が船で訪ねて来ていて、その使いとして来た者であった。 「源少納言さんがいられましたら、お目にかかって、お訪ねいたしました理由を申し上げます」
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"Akasi no ura yori, saki no kami siboti no, mihune yosohi te mawire ru nari. Gen-Seunagon, saburahi tamaha ba, taimen si te, koto no kokoro tori mausa m."
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1.4.3 |
と言ふ。良清、おどろきて、
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と言う。良清、驚いて、
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と使いは入道の言葉を述べた。驚いていた良清は、
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to ihu. Yosikiyo, odoroki te,
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1.4.4 |
「 入道は、かの国の得意にて ★、 年ごろあひ語らひはべりつれど ★、私に、いささかあひ恨むることはべりて、 ことなる消息をだに通はさで、久しうなりはべりぬるを、波の紛れに、いかなることかあらむ」
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「入道は、あの国での知人として、長年互いに親しくお付き合いしてきましたが、私事で、いささか恨めしく思うことがございまして、特別の手紙でさえも交わさないで、久しくなっておりましたが、この荒波に紛れて、何の用であろうか」
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「入道は播磨での知人で、ずっと以前から知っておりますが、私との間には双方で感情の害されていることがあって、格別に交際をしなくなっております。それが風波の害のあった際に何を言って来たのでしょう」
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"Nihudau ha, kano kuni no tokui nite, tosigoro ahi katarahi haberi ture do, watakusi ni, isasaka ahi uramuru koto haberi te, koto naru seusoko wo dani kayohasa de, hisasiu nari haberi nuru wo, nami no magire ni, ikanaru koto ka ara m?"
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1.4.5 |
と、 おぼめく。 君の、御夢なども思し合はすることもありて、「はや会へ」とのたまへば、舟に 行きて会ひたり。「 さばかり激しかりつる波風に、いつの間にか舟出しつらむ」と、 心得がたく思へり。
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と言って、不審がる。君が、お夢などもご連想なさることもあって、「早く会え」とおっしゃるので、舟まで行って会った。「あれほど激しかった波風なのに、いつの間に船出したのだろう」と、合点が行かず思っていた。
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と言って訳がわからないふうであった。源氏は昨夜の夢のことが胸中にあって、「早く逢ってやれ」と言ったので、良清は船へ行って入道に面会した。あんなにはげしい天気のあとでどうして船が出されたのであろうと良清はまず不思議に思った。
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to, obomeku. Kimi no, ohom-yume nado mo obosi ahasuru koto mo ari te, "Haya ahe." to notamahe ba, hune ni iki te ahi tari. "Sabakari hagesikari turu nami kaze ni, itu no ma ni ka hunade si tu ram?" to, kokoroe gataku omohe ri.
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1.4.6 |
「 去ぬる朔日の日、夢にさま異なるものの告げ知らすることはべりしかば、信じがたきことと思うたまへしかど、『 十三日にあらたなるしるし見せむ。 舟装ひまうけて、かならず、雨風止まば、 この浦にを寄せよ』と、かねて 示すことのはべりしかば、
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「去る上旬の日の夢に、異形のものが告げ知らせることがございましたので、信じがたいこととは存じましたが、『十三日にあらたかな霊験を見せよう。舟の準備をして、必ず、この雨風が止んだら、この浦に寄せ着けよ』と、前もって告げていたことがございましたので、
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「この月一日の夜に見ました夢で異形の者からお告げを受けたのです。信じがたいこととは思いましたが、十三日が来れば明瞭になる、船の仕度をしておいて、必ず雨風がやんだら須磨の源氏の君の住居へ行けというようなお告げがありましたから、
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"Inuru tuitati no hi, yume ni sama koto naru mono no tuge sirasuru koto haberi sika ba, sinzi gataki koto to omou tamahe sika do, 'Zihusam niti ni arata naru sirusi mise m. Hune yosohi mauke te, kanarazu, ame kaze yama ba, kono ura ni wo yose yo.' to, kanete simesu koto no haberi sika ba,
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1.4.7 |
試みに舟の装ひをまうけて待ちはべりしに、 いかめしき雨、風、雷のおどろかしはべりつれば、 人の朝廷にも、夢を信じて国を助くるたぐひ多うはべりけるを、 用ゐさせたまはぬまでも、 このいましめの日を過ぐさず、このよしを告げ申しはべらむとて、舟出だしはべりつるに、 あやしき風細う吹きて、 この浦に着きはべること、まことに 神のしるべ違はずなむ。 ここにも、もししろしめすことや はべりつらむ、とてなむ。いと憚り多くはべれど、この よし、 申したまへ」
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試しに舟の用意をして待っておりましたところ、激しい雨、風、雷がそれと気づかせてくれましたので、異国の朝廷でも、夢を信じて国を助けるた例が多くございましたので、お取り上げにならないにしても、この予告の日をやり過さず、この由をお知らせ申し上げましょうと思って、舟出しましたところ、不思議な風が細く吹いて、この浦に着きましたこと、ほんとうに神のお導きは間違いがございません。こちらにも、もしやお心あたりのこともございましたでしょうか、と存じまして。大変に恐縮ですが、この由、お伝え申し上げてください」
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試みに船の用意をして待っていますと、たいへんな雨風でしょう、そして雷でしょう、支那などでも夢の告げを信じてそれで国難を救うことができたりした例もあるのですから、こちら様ではお信じにならなくても、示しのあった十三日にはこちらへ伺ってお話だけは申し上げようと思いまして、船を出してみますと、特別なような風が細く、私の船だけを吹き送ってくれますような風でこちらへ着きましたが、やはり神様の御案内だったと思います。何かこちらでも神の告げというようなことがなかったでしょうか、と申すことを失礼ですがあなたからお取り次ぎくださいませんか」
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kokoromi ni hune no yosohi wo mauke te mati haberi si ni, ikamesiki ame, kaze, ikaduti no odorokasi haberi ture ba, hito no mikado ni mo, yume wo sinzi te kuni wo tasukuru taguhi ohou haberi keru wo, motiwi sase tamaha nu made mo, kono imasime no hi wo sugusa zu, kono yosi wo tuge mausi habera m tote, hune idasi haberi turu ni, ayasiki kaze hosou huki te, kono ura ni tuki haberu koto, makoto ni kami no sirube tagaha zu nam. Koko ni mo, mosi sirosimesu koto ya haberi tu ram, tote nam. Ito habakari ohoku habere do, kono yosi, mausi tamahe."
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1.4.8 |
と言ふ。良清、忍びやかに伝へ申す。
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と言う。良清、こっそりとお伝え申し上げる。
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と入道は言うのである。良清はそっと源氏へこのことを伝えた。
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to ihu. Yosikiyo, sinobiyaka ni tutahe mausu.
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1.4.9 |
君、思しまはすに、夢うつつさまざま静かならず、さとしのやうなることどもを、来し方行く末思し合はせて、
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君、お考えめぐらすと、夢や現実にいろいろと穏やかでなく、もののさとしのようなことを、過去未来とお考え合わせになって、
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源氏は夢も現実も静かでなく、何かの暗示らしい点の多かったことを思って、
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Kimi, obosi mahasu ni, yume ututu samazama siduka nara zu, satosi no yau naru koto-domo wo, kisikata yukusuwe obosi ahase te,
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1.4.10 |
「 世の人の聞き伝へむ後のそしりもやすからざるべきを憚りて、まことの 神の助けにもあらむを、背くものならば、また これよりまさりて、人笑はれなる目をや見む。 うつつざまの人の心だになほ苦し ★。はかなきことをもつつみて、我より齢まさり、もしは位高く、時世の寄せ 今一際まさる人には、なびき従ひて、その心むけをたどるべきものなりけり。 退きて咎なしと こそ、 昔、さかしき人も 言ひ置きけれ。
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「世間の人々がこれを聞き伝えるような後世の非難も穏やかではないだろうことを恐れて、本当の神の助けであるのに、背いたものなら、またそれ以上に、物笑いを受けることになるだろうか。現実の世界の人の意向でさえ背くのは難しい。ちょっとしたことでも慎重にして、自分より年齢もまさるとか、もしくは爵位が高いとか、世間の信望がいま一段まさる人とかには、言葉に従って、その意向を考え入れるべきである。謙虚に振る舞って非難されることはないと、昔、賢人も言い残していた。
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世間の譏りなどばかりを気にかけ神の冥助にそむくことをすれば、またこれ以上の苦しみを見る日が来るであろう、人間を怒らせることすら結果は相当に恐ろしいのである、気の進まぬことも自分より年長者であったり、上の地位にいる人の言葉には随うべきである。退いて咎なしと昔の賢人も言った、あくまで謙遜であるべきである。
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"Yo no hito no kiki tutahe m noti no sosiri mo yasukara zaru beki wo habakari te, makoto no Kami no tasuke ni mo ara m wo, somuku mono nara ba, mata kore yori masari te, hitowarahare naru me wo ya mi m. Ututuzama no hito no kokoro dani naho kurusi. Hakanaki koto wo mo tutumi te, ware yori yohahi masari, mosiha kurawi takaku, tokiyo no yose ima hitokiha masaru hito ni ha, nabiki sitagahi te, sono kokoromuke wo tadoru beki mono nari keri. Sirizoki te toga nasi to koso, mukasi, sakasiki hito mo ihi oki kere.
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1.4.11 |
げに、かく命を極め ★、世にまたなき 目の限りを見尽くしつ。 さらに後のあとの名をはぶくとても、たけきこともあらじ。夢の中にも父帝の御教へありつれば、 また何ごとか疑はむ ★」
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なるほど、このような命の極限まで辿り着き、この世にまたとないほどの困難の限りを体験し尽くした。今さら後世の悪評を避けたところで、たいしたこともあるまい。夢の中にも父帝のお導きがあったのだから、また何を疑おうか」
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もう自分は生命の危いほどの目を幾つも見せられた、臆病であったと言われることを不名誉だと考える必要もない。夢の中でも父帝は住吉の神のことを仰せられたのであるから、疑うことは一つも残っていない
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Geni, kaku inoti wo kihame, yo ni mata naki me no kagiri wo mi tukusi tu. Sarani noti no ato no na wo habuku tote mo, takeki koto mo ara zi. Yume no naka ni mo titi-Mikado no ohom-wosihe ari ture ba, mata nanigoto ka utagaha m."
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1.4.12 |
と思して、御返りのたまふ。
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と思いになって、お返事をおっしゃる。
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と思って、源氏は明石へ居を移す決心をして、入道へ返辞を伝えさせた。
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to obosi te, ohom-kaheri notamahu.
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1.4.13 |
「 知らぬ世界に、めづらしき愁への限り見つれど、都の方よりとて、言問ひおこする人もなし。ただ行方なき空の月日の光ばかりを、故郷の友と眺めはべるに、 うれしき釣舟をなむ ★。かの浦に、静やかに 隠ろふべき隈はべりなむや」
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「知らない世界で、珍しい困難の極みに遭ってきたが、都の方からといって、安否を尋ねて来る人もいない。ただ茫漠とした空の月と日の光だけを、故郷の友として眺めていますが、うれしい釣舟と思うぞ。あちらの浦で、静かに隠れていられる所がありますか」
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「知るべのない所へ来まして、いろいろな災厄にあっていましても、京のほうからは見舞いを言い送ってくれる者もありませんから、ただ大空の月日だけを昔馴染のものと思ってながめているのですが、今日船を私のために寄せてくだすってありがたく思います。明石には私の隠栖に適した場所があるでしょうか」
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"Sira nu sekai ni, medurasiki urehe no kagiri mi ture do, miyako no kata yori tote, kototohi okosuru hito mo nasi. Tada yukuhe naki sora no tukihi no hikari bakari wo, hurusato no tomo to nagame haberu ni, uresiki turibune wo nam. Kano ura ni, siduyaka ni kakurohu beki kuma haberi na m ya?"
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1.4.14 |
とのたまふ。限りなくよろこび、かしこまり申す。
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とおっしゃる。この上なく喜んで、お礼申し上げる。
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入道は申し入れの受けられたことを非常によろこんで、恐縮の意を表してきた。
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to notamahu. Kagiri naku yorokobi, kasikomari mausu.
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1.4.15 |
「 ともあれ、かくもあれ、夜の明け果てぬ先に 御舟にたてまつれ」
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「ともかくも、夜のすっかり明けない前にお舟にお乗りください」
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ともかく夜が明けきらぬうちに船へお乗りになるがよい
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"Tomoare, kakumoare, yo no ake hate nu saki ni ohom-hune ni tatemature."
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1.4.16 |
とて、 例の親しき限り、四、五人ばかりして、たてまつりぬ。
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ということで、いつもの側近の者だけ、四、五人ほど供にしてお乗りになった。
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ということになって、例の四、五人だけが源氏を護って乗船した。
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tote, rei no sitasiki kagiri, si, gonin bakari site, tatematuri nu.
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1.4.17 |
例の風出で来て、飛ぶやうに明石に着きたまひぬ。 ただはひ渡るほどに片時の間といへど、なほあやしきまで見ゆる 風の心なり。
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例の不思議な風が吹き出してきて、飛ぶように明石にお着きになった。わずか這って行けそうな距離は時間もかからないとはいえ、やはり不思議にまで思える風の動きである。
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入道の話のような清い涼しい風が吹いて来て、船は飛ぶように明石へ着いた。それはほんの短い時間のことであったが不思議な海上の気であった。
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Rei no kaze ide ki te, tobu yau ni Akasi ni tuki tamahi nu. Tada hahi wataru hodo ni katatoki no ma to ihe do, naho ayasiki made miyuru kaze no kokoro nari.
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出典1 |
うれしき釣舟 |
浪にのみ濡れつるものを吹く風の便りうれしき海人の釣舟 |
後撰集雑三-一二二四 紀貫之 |
1.4.13 |
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Last updated 9/21/2010(ver.2-3) 渋谷栄一校訂(C) Last updated 9/27/2009(ver.2-2) 渋谷栄一注釈(C) |
Last updated 6/14/2001 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-2) |
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Last updated 9/27/2009 (ver.2-2) Written in Japanese roman letters by Eiichi Shibuya (C)
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Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition)
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