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第十三帖 明石
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13 AKASI (Ohoshima-bon)
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光る源氏の二十七歳春から二十八歳秋まで、明石の浦の別れと政界復帰の物語
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Tale of Hikaru-Genji's parting and comeback, from March at the age of 27 to in fall at the age of 28
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3 |
第三章 明石の君の物語 結婚の喜びと嘆きの物語
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3 Tale of Akashi Happiness and grief in marriage
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3.1 |
第一段 明石の侘び住まい
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3-1 Lonely life in Akashi
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3.1.1 |
明石には、例の、秋、浜風のことなるに、一人寝もまめやかにものわびしうて、入道にも 折々語らはせたまふ。
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明石では、例によって、秋、浜風が格別で、独り寝も本当に何となく淋しくて、入道にも時々話をおもちかけになる。
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明石ではまた秋の浦風の烈しく吹く季節になって、源氏もしみじみ独棲みの寂しさを感じるようであった。入道へ娘のことをおりおり言い出す源氏であった。
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Akasi ni ha, rei no, aki, hamakaze no koto naru ni, hitorine mo mameyaka ni mono-wabisiu te, Nihudau ni mo woriwori kataraha se tamahu.
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3.1.2 |
「 とかく紛らはして、こち参らせよ」
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「何とか人目に立たないようにして、こちらに差し向けなさい」
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「目だたぬようにしてこちらの邸へよこさせてはどうですか」
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"Tokaku magirahasi te, koti mawira se yo."
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3.1.3 |
とのたまひて、 渡りたまはむことをばあるまじう思したるを、 正身はた、さらに思ひ立つべくもあらず。
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とおっしゃって、いらっしゃることは決してないようにお思いになっているが、娘は娘でまた、まったく出向く気などない。
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こんなふうに言っていて、自分から娘の住居へ通って行くことなどはあるまじいことのように思っていた。女にはまたそうしたことのできない自尊心があった。
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to notamahi te, watari tamaha m koto wo ba aru maziu obosi taru wo, sauzimi hata, sarani omohitatu beku mo ara zu.
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3.1.4 |
「 いと口惜しき際の 田舎人こそ、仮に下りたる人のうちとけ言につきて、さやうに軽らかに語らふ わざをもすなれ、 人数にも思されざらむものゆゑ、我はいみじき もの思ひをや添へむ。
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「とても取るに足りない身分の田舎者は、一時的に下向した人の甘い言葉に乗って、そのように軽く良い仲になることもあろうが、一人前の夫人として思ってくださらないだろうから、わたしはたいへんつらい物思いの種を増すことだろう。
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田舎の並み並みの家の娘は、仮に来て住んでいる京の人が誘惑すれば、そのまま軽率に情人にもなってしまうのであるが、自身の人格が尊重されてかかったことではないのであるから、そのあとで一生物思いをする女になるようなことはいやである。
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"Ito kutiwosiki kiha no winakabito koso, kari ni kudari taru hito no utitokegoto ni tuki te, sayauni karoraka ni katarahu waza womo su nare, hitokazu ni mo obosa re zara m mono yuwe, ware ha imiziki monoomohi wo ya sohe m.
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3.1.5 |
かく及びなき心を思へる親たちも、 世籠もりて過ぐす年月こそ、あいな頼みに、 行く末心にくく思ふらめ、 なかなかなる心をや尽くさむ」と思ひて、「 ただこの浦におはせむほど、 かかる御文ばかりを聞こえかはさむこそ、おろかならね。年ごろ音にのみ聞きて、いつかはさる人の御ありさまをほのかにも見たてまつらむなど、思ひかけざりし御住まひにて、まほならねどほのかにも見たてまつり、世になきものと聞き伝へし御琴の音をも風につけて聞き、明け暮れの御ありさまおぼつかなからで、 かくまで世にあるものと思し尋ぬるなどこそ、かかる海人のなかに朽ちぬる身にあまることなれ」
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あのように及びもつかぬ高望みをしている両親も、未婚の間で過ごしているうちは、当てにならないことを当てにして、将来に希望をかけていようが、かえって心配が増ることであろう」と思って、「ただこの浦にいらっしゃる間は、このようなお手紙だけをやりとりさせていただけるのは、並々ならぬこと。長年噂にだけ聞いて、いつの日にかそのような方のご様子をちらっとでも拝見しようなどと、思いもしなかったお住まいで、よそながらもちらと拝見し、世にも素晴らしいと聞き伝えていたお琴の音をも風に乗せて聴き、毎日のお暮らしぶりもはっきりと見聞きし、このようにまでわたしに対してご関心いただくのは、このような海人の中に混じって朽ち果てた身にとっては、過分の幸せだわ」
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不つりあいの結婚をありがたいことのように思って、成り立たせようと心配している親たちも、自分が娘でいる間はいろいろな空想も作れていいわけなのであるが、そうなった時から親たちは別なつらい苦しみをするに違いない。源氏が明石に滞留している間だけ、自分は手紙を書きかわす女として許されるということがほんとうの幸福である。長い間噂だけを聞いていて、いつの日にそうした方を隙見することができるだろうと、はるかなことに思っていた方が思いがけなくこの土地へおいでになって、隙見ではあったがお顔を見ることができたし、有名な琴の音を聞くこともかない、日常の御様子も詳しく聞くことができている、その上自分へお心をお語りになるような手紙も来る。もうこれ以上を自分は望みたくない。こんな田舎に生まれた娘にこれだけの幸いのあったのは確かに果報のあった自分と思わなければならない
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Kaku oyobi naki kokoro wo omohe ru oyatati mo, yogomori te sugusu tosituki koso, ainadanomi ni, yukusuwe kokoronikuku omohu rame, nakanaka naru kokoro wo ya tukusa m." to omohi te, "Tada kono ura ni ohase m hodo, kakaru ohom-humi bakari wo kikoye kahasa m koso, oroka nara ne. Tosigoro oto ni nomi kiki te, ituka ha saru hito no ohom-arisama wo honoka ni mo mi tatematura m nado, omohikake zari si ohom-sumahi nite, maho nara ne do honoka ni mo mi tatematuri, yo ni naki mono to kiki tutahe si ohom-koto no ne wo mo kaze ni tuke te kiki, akekure no ohom-arisama obotukanakara de, kaku made yo ni aru mono to obosi tadunuru nado koso, kakaru ama no naka ni kuti nuru mi ni amaru koto nare."
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3.1.6 |
など思ふに、いよいよ恥づかしうて、つゆも気近きことは思ひ寄らず。
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などと思うと、ますます気後れがして、少しもお側近くに上がることなどは考えもしない。
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と思っているのであって、源氏の情人になる夢などは見ていないのである。
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nado omohu ni, iyoiyo hadukasiu te, tuyu mo kedikaki koto ha omohiyora zu.
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3.1.7 |
親たちは、ここらの年ごろの祈りの 叶ふべきを思ひながら、
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両親は、長年の念願が今にも叶いそうに思いながら、
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親たちは長い間祈ったことの事実になろうとする時になったことを知りながら、
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Oyatati ha, kokora no tosigoro no inori no kanahu beki wo omohi nagara,
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3.1.8 |
「 ゆくりかに見せたてまつりて、思し数まへざらむ時、いかなる嘆きをかせむ」
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「不用意にお見せ申して、もし相手にもしてくださらなかった時は、どんなに悲しい思いをするだろうか」
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結婚をさせて源氏の愛の得られなかった時はどうだろうと、」
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"Yukurika ni mise tatematuri te, obosi kazumahe zara m toki, ika naru nageki wo ka se m?"
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3.1.9 |
と思ひやるに、ゆゆしくて、
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と想像すると、心配でたまらず、
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悲惨な結果も想像されて、
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to omohiyaru ni, yuyusiku te,
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3.1.10 |
「 めでたき人と聞こゆとも、つらういみじうもあるべきかな。 目にも見えぬ仏、神を頼みたてまつりて、 人の御心をも、宿世をも知らで」
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「立派な方とは申しても、辛く堪らないことであるよ。目に見えない仏、神を信じ申して、君のお心や、娘の運命をも分からないままに」
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どんなりっぱな方であっても、その時は恨めしいことであろうし、悲しいことでもあろう、目に見ることもない仏とか神とかいうものにばかり信頼していたが、それは源氏の心持ちも娘の運命も考えに入れずにしていたことであった
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"Medetaki hito to kikoyu tomo, turau imiziu mo aru beki kana! Me ni mo miye nu Hotoke, Kami wo tanomi tatematuri te, hito no mikokoro wo mo, sukuse wo mo sira de."
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3.1.11 |
など、うち返し思ひ乱れたり。君は、
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などと、改めて思い悩んでいた。君は、
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などと、今になって二の足が踏まれ、それについてする煩悶もはなはだしかった。源氏は、
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nado, uti-kahesi omohi midare tari. Kimi ha,
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3.1.12 |
「 このころの波の音に、かの物の音を聞かばや。さらずは、かひなくこそ」
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「この頃の波の音に合わせて、あの琴の音色を聴きたいものだ。それでなかったら、何にもならない」
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「この秋の季節のうちにお嬢さんの音楽を聞かせてほしいものです。前から期待していたのですから」
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"Konokoro no nami no oto ni, kano mono no ne wo kika baya! Sarazuha, kahinaku koso."
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3.1.13 |
など、常はのたまふ。
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などと、いつもおっしゃる。
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などとよく入道に言っていた。
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nado, tune ha notamahu.
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3.2 |
第二段 明石の君を初めて訪ねる
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3-2 The first visit to Akashi-no-Kimi
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3.2.1 |
忍びて吉しき日見て、母君のとかく思ひわづらふを聞き入れず、 弟子どもなどにだに知らせず、心一つに立ちゐ、かかやくばかりしつらひて、 十三日の月のはなやかにさし出でたるに、ただ「 ▼ あたら夜の」と聞こえたり。
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こっそりと吉日を調べて、母君があれこれと心配するのには耳もかさず、弟子たちにさえ知らせず、自分の一存で世話をやき、輝くばかりに整えて、十三日の月の明るくさし出た時分に、ただ「あたら夜の」と申し上げた。
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入道はそっと婚姻の吉日を暦で調べさせて、まだ心の決まらないように言っている妻を無視して、弟子にも言わずに自身でいろいろと仕度をしていた。そうして娘のいる家の設備を美しく整えた。十三日の月がはなやかに上ったころに、ただ「あたら夜の」(月と花とを同じくば心知られん人に見せばや)とだけ書いた迎えの手紙を浜の館の源氏の所へ持たせてやった。
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Sinobi te yorosiki hi mi te, Hahagimi no tokaku omohi wadurahu wo kiki ire zu, desi-domo nado ni dani sirase zu, kokoro hitotu ni tatiwi, kakayaku bakari siturahi te, zihusamniti no tuki no hanayaka ni sasi-ide taru ni, tada "Atara yo no" to kikoye tari.
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3.2.2 |
君は、「 好きのさまや」と思せど、 御直衣たてまつりひきつくろひて、 夜更かして出でたまふ。御車は二なく作りたれど、所狭しとて、御馬にて出でたまふ。 惟光などばかりをさぶらはせたまふ。やや遠く入る所なりけり。道のほども、四方の浦々見わたしたまひて、 思ふどち見まほしき入江の月影にも ★、 まづ恋しき人の御ことを思ひ出できこえたまふに、 やがて馬引き過ぎて、赴きぬべく思す。
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君は、「風流ぶっているな」とお思いになるが、お直衣をお召しになり身なりを整えて、夜が更けるのを待ってお出かけになる。お車はまたとなく立派に整えたが、仰々しいと考えて、お馬でお出かけになる。惟光などばかりをお従わせになる。少し遠く奥まった所であった。道すがら、四方の浦々をお見渡しになって、恋人どうしで眺めたい入江の月影を見るにつけても、まずは恋しい人の御ことをお思い出し申さずにはいらっしゃれないので、そのまま馬で通り過ぎて、上京してしまいたく思われなさる。
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風流がりな男であると思いながら源氏は直衣をきれいに着かえて、夜がふけてから出かけた。よい車も用意されてあったが、目だたせぬために馬で行くのである。惟光などばかりの一人二人の供をつれただけである。山手の家はやや遠く離れていた。途中の入り江の月夜の景色が美しい。紫の女王が源氏の心に恋しかった。この馬に乗ったままで京へ行ってしまいたい気がした。
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Kimi ha, "Suki no sama ya!" to obose do, ohom-nahosi tatematuri hiki-tukurohi te, yo hukasi te ide tamahu. Mikuruma ha ninaku tukuri tare do, tokorosesi tote, ohom-muma nite ide tamahu. Koremitu nado bakari wo saburaha se tamahu. Yaya tohoku iru tokoro nari keri. Miti no hodo mo, yomo no ura ura miwatasi tamahi te, omohudoti mi mahosiki irie no tukikage ni mo, madu kohisiki hito no ohom-koto wo omohi ide kikoye tamahu ni, yagate muma hiki-sugi te, omomuki nu beku obosu.
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3.2.3 |
「 秋の夜の月毛の駒よ我が恋ふる ★ 雲居を翔れ時の間も見む」 |
「秋の夜の月毛の駒よ、わが恋する都へ天翔っておくれ 束の間でもあの人に会いたいので」 |
秋の夜の月毛の駒よ我が恋ふる 雲井に駈けれ時の間も見ん
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"Aki no yo no tukige no koma yo waga kohuru kumowi wo kake re toki no ma mo mi m |
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3.2.4 |
と、 うちひとりごたれたまふ。
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とつい独り口をついて出る。
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と独言が出た。
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to, uti-hitorigota re tamahu.
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3.2.5 |
造れるさま、木深く、いたき所まさりて、見どころある住まひなり。海のつらはいかめしうおもしろく、 これは心細く住みたるさま、「ここにゐて、 思ひ残すことはあらじ」と、 思しやらるるに、ものあはれなり。三昧堂近くて、鐘の声、松風に響きあひて、もの悲しう、 岩に生ひたる松の根ざしも、心ばへあるさまなり。 前栽どもに 虫の声を尽くしたり。ここかしこのありさまなど御覧ず。
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造りざまは、木が深く繁って、ひどく感心する所があって、結構な住まいである。海辺の住まいは堂々として興趣に富み、こちらの家はひっそりとした住まいの様子で、「ここで暮らしたら、どんな物思いもし残すことはなかろう」と自然と想像されて、しみじみとした思いにかられる。三昧堂が近くにあって、鐘の音、松風に響き合って、もの悲しく、巌に生えている松の根ざしも、情趣ある様子である。いくつもの前栽に虫が声いっぱいに鳴いている。あちらこちらの様子を御覧になる。
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山手の家は林泉の美が浜の邸にまさっていた。浜の館は派手に作り、これは幽邃であることを主にしてあった。若い女のいる所としてはきわめて寂しい。こんな所にいては人生のことが皆身にしむことに思えるであろうと源氏は恋人に同情した。三昧堂が近くて、そこで鳴らす鐘の音が松風に響き合って悲しい。岩にはえた松の形が皆よかった。植え込みの中にはあらゆる秋の虫が集まって鳴いているのである。源氏は邸内をしばらくあちらこちらと歩いてみた。
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Tukure ru sama, kobukaku, itaki tokoro masari te, midokoro aru sumahi nari. Umi no tura ha ikamesiu omosiroku, kore ha kokorobosoku sumi taru sama, "Koko ni wi te, omohi nokosu koto ha ara zi." to, obosiyara ruru ni, mono-ahare nari. Sammaidau tikaku te, kane no kowe, matukaze ni hibiki ahi te, mono-kanasiu, iha ni ohi taru matu no nezasi mo, kokorobahe aru sama nari. Sensai-domo ni musi no kowe wo tukusi tari. Koko kasiko no arisama nado goranzu.
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3.2.6 |
娘住ませたる方は、心ことに磨きて、 月入れたる真木の戸口、けしきばかり押し開けたり ★。
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娘を住ませている建物は、格別に美しくしてあって、月の光を入れた真木の戸口は、ほんの気持ちばかり開けてある。
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娘の住居になっている建物はことによく作られてあった。月のさし込んだ妻戸が少しばかり開かれてある。
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Musume suma se taru kata ha, kokoro koto ni migaki te, tuki ire taru maki no toguti, kesiki bakari osi-ake tari.
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3.2.7 |
うちやすらひ、何かとのたまふにも、「 かうまでは見えたてまつらじ」と深う思ふに、もの嘆かしうて、 うちとけぬ心ざまを、「 こよなうも人めきたるかな。 さしもあるまじき際の人だに、かばかり言ひ寄りぬれば、心強うしもあらずならひたりしを、 いとかくやつれたるに、 あなづらはしきにや」とねたう、さまざまに思し悩めり。「 情けなうおし立たむも、ことのさまに違へり。心比べに負けむこそ、人悪ろけれ」など、乱れ怨みたまふさま、 げにもの思ひ知らむ人にこそ見せまほしけれ。
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少しためらいがちに、何かと言葉をおかけになるが、「こんなにまでお側近くには上がるまい」と深く決心していたので、何となく悲しくて、気を許さない態度を、「ずいぶんと貴婦人ぶっているな。容易に近づきがたい高貴な身分の女でさえ、これほど近づき言葉をかけてしまえば、気強く拒むことはないのであったが、このように落ちぶれているので、見くびっているのだろうか」としゃくで、いろいろと悩んでいるようである。「容赦なく無理じいするのも、意向に背くことになる。根比べに負けたりしたら、体裁の悪いことだ」などと、千々に心乱れてお恨みになるご様子、本当に物の情趣を理解する人に見せたいものである。
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そこの縁へ上がって、源氏は娘へものを言いかけた。これほどには接近して逢おうとは思わなかった娘であるから、よそよそしくしか答えない。貴族らしく気どる女である。もっとすぐれた身分の女でも今日までこの女に言い送ってあるほどの熱情を見せれば、皆好意を表するものであると過去の経験から教えられている。この女は現在の自分を侮って見ているのではないかなどと、焦慮の中には、こんなことも源氏は思われた。力で勝つことは初めからの本意でもない、女の心を動かすことができずに帰るのは見苦しいとも思う源氏が追い追いに熱してくる言葉などは、明石の浦でされることが少し場所違いでもったいなく思われるものであった。
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Uti-yasurahi, nanika to notamahu ni mo, "Kau made ha miye tatematura zi." to hukau omohu ni, mono-nagekasiu te, utitoke nu kokorozama wo, "Koyonau mo hito meki taru kana! Sasimo aru maziki kiha no hito dani, kabakari ihiyori nure ba, kokoroduyou simo ara zu narahi tari si wo, ito kaku yature taru ni, anadurahasiki ni ya?" to netau, samazama ni obosi nayame ri. "Nasakenau ositata m mo, koto no sama ni tagahe ri. Kokorokurabe ni make m koso, hitowarokere." nado, midare urami tamahu sama, geni monoomohi sira m hito ni koso mise mahosikere.
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3.2.8 |
近き几帳の紐に、箏の琴の弾き鳴らされたるも、 けはひしどけなく、うちとけながら掻きまさぐりけるほど見えてをかしければ、
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近くの几帳の紐に触れて、箏の琴が音をたてたのも、感じが取り繕ってなく、くつろいだ普段のまま琴を弄んでいた様子が想像されて、興趣あるので、
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几帳の紐が動いて触れた時に、十三絃の琴の緒が鳴った。それによってさっきまで琴などを弾いていた若い女の美しい室内の生活ぶりが想像されて、源氏はますます熱していく。
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Tikaki kityau no himo ni, saunokoto no hiki-narasa re taru mo, kehahi sidokenaku, utitoke nagara kaki-masaguri keru hodo miye te wokasikere ba,
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3.2.9 |
「 この、聞きならしたる琴をさへや」
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「この、噂に聞いていた琴までも聴かせてくれないのですか」
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「今音が少ししたようですね。琴だけでも私に聞かせてくださいませんか」
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"Kono, kiki narasi taru koto wo sahe ya."
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3.2.10 |
など、よろづにのたまふ。
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などと、いろいろとおっしゃる。
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とも源氏は言った。
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nado, yorodu ni notamahu.
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3.2.11 |
「 むつごとを語りあはせむ人もがな 憂き世の夢もなかば覚むやと」 |
「睦言を語り合える相手が欲しいものです この辛い世の夢がいくらかでも覚めやしないかと」 |
むつ言を語りあはせん人もがな うき世の夢もなかば覚むやと
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"Mutugoto wo katari ahase m hito mo gana ukiyo no yume mo nakaba samu ya to |
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3.2.12 |
「 明けぬ夜にやがて惑へる心には いづれを夢とわきて語らむ」 |
「闇の夜にそのまま迷っておりますわたしには どちらが夢か現実か区別してお話し相手になれましょう」 |
明けぬ夜にやがてまどへる心には 何れを夢と分きて語らん
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"Ake nu yo ni yagate madohe ru kokoro ni ha idure wo yume to waki te katara m |
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3.2.13 |
ほのかなるけはひ、伊勢の御息所にいとようおぼえたり。何心もなくうちとけてゐたりけるを、 かうものおぼえぬに、 いとわりなくて、近かりける曹司の内に入りて、 いかで固めけるにか、いと強きを、しひてもおし立ちたまはぬさまなり。 されど、さのみもいかでかあらむ。
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かすかな感じは、伊勢の御息所にとてもよく似ていた。何も知らずにくつろいでいたところを、こう意外なお出ましとなったので、たいそう困って、近くにある曹司の中に入って、どのように戸締りしたものか、固いのだが、無理して開けようとはなさらない様子である。けれども、いつまでもそうしてばかりいられようか。
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前のは源氏の歌で、あとのは女の答えたものである。ほのかに言う様子は伊勢の御息所にそっくり似た人であった。源氏がそこへはいって来ようなどとは娘の予期しなかったことであったから、それが突然なことでもあって、娘は立って近い一つの部屋へはいってしまった。そしてどうしたのか、戸はまたあけられないようにしてしまった。源氏はしいてはいろうとする気にもなっていなかった。しかし源氏が躊躇したのはほんの一瞬間のことで、結局は行く所まで行ってしまったわけである。
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Honoka naru kehahi, Ise-no-Miyasumdokoro ni ito you oboye tari. Nanigokoro mo naku utitoke te wi tari keru wo, kau mono oboye nu ni, ito warinaku te, tikakari keru zausi no uti ni iri te, ikade katame keru ni ka, ito tuyoki wo, sihite mo ositati tamaha nu sama nari. Saredo, sa nomi mo ikadeka ara m?
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3.2.14 |
人ざま、いとあてに、そびえて、心恥づかしきけはひぞしたる。 かうあながちなりける契りを思すにも、 浅からずあはれなり。御心ざしの、近まさりするなるべし、 常は厭はしき夜の長さも、とく明けぬる心地すれば、「 人に知られじ」と思すも、心あわたたしうて、こまかに語らひ置きて、出でたまひぬ。
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人柄は、とても上品で、すらりとして、気後れするような感じがする。このような無理に結んだ契りをお思いになるにつけても、ひとしおいとしい思いが増すのである。情愛が、逢ってますます思いが募るのであろう、いつもは嫌でたまらない秋の夜の長さも、すぐに明けてしまった気持ちがするので、「人に知られまい」とお思いになると、気がせかれて、心をこめたお言葉を残して、お立ちになった。
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女はやや背が高くて、気高い様子の受け取れる人であった。源氏自身の内にたいした衝動も受けていないでこうなったことも、前生の因縁であろうと思うと、そのことで愛が湧いてくるように思われた。源氏から見て近まさりのした恋と言ってよいのである。平生は苦しくばかり思われる秋の長夜もすぐ明けていく気がした。人に知らせたくないと思う心から、誠意のある約束をした源氏は朝にならぬうちに帰った。
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Hitozama, ito ate ni, sobiye te, kokorohadukasiki kehahi zo si taru. Kau anagati nari keru tigiri wo obosu ni mo, asakara zu ahare nari. Mikokorozasi no, tikamasari suru naru besi, tune ha itohasiki yoru no nagasa mo, toku ake nuru kokoti sure ba, "Hito ni sira re zi." to obosu mo, kokoroawatatasiu te, komaka ni katarahi oki te, ide tamahi nu.
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3.2.15 |
御文、いと忍びてぞ今日はある。 あいなき御心の鬼なりや。 ここにも、 かかることいかで漏らさじとつつみて、御使 ことことしうももてなさぬを、 胸いたく思へり ★。
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後朝のお手紙、こっそりと今日はある。つまらない良心の呵責であるよ。こちらでも、このようなことを何とか世間に知られまいと隠して、御使者を仰々しくもてなさないのを、残念に思った。
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その翌日は手紙を送るのに以前よりも人目がはばかられる気もした。源氏の心の鬼からである。入道のほうでも公然のことにはしたくなくて、結婚の第二日の使いも、そのこととして派手に扱うようなことはしなかった。こんなことにも娘の自尊心は傷つけられたようである。
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Ohom-humi, ito sinobi te zo kehu ha aru. Ainaki mikokoronooni nari ya! Koko ni mo, kakaru koto ikade morasa zi to tutumi te, ohom-tukahi kotokotosiu mo motenasa nu wo, mune itaku omohe ri.
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3.2.16 |
かくて後は、忍びつつ時々おはす。「 ほどもすこし離れたるに、おのづからもの言ひさがなき海人の子もや立ちまじらむ」と 思し憚るほどを、「 さればよ」と 思ひ嘆きたるを、「 げに、いかならむ」と、入道も極楽の願ひをば忘れて、ただ この御けしきを待つことにはす。 今さらに心を乱るも、いといとほしげなり。
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こうして後は、こっそりと時々お通いになる。「距離も少し離れているので、自然と口さがない海人の子どもがいるかも知れない」とおためらいになる途絶えを、「やはり、思っていたとおりだわ」と嘆いているので、「なるほど、どうなることやら」と、入道も極楽往生の願いも忘れて、ただ君のお通いを待つことばかりである。今さら心を乱すのも、とても気の毒なことである。
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それ以後時々源氏は通って行った。少し道程のある所でもあったから、土地の者の目につくことも思って間を置くのであるが、女のほうではあらかじめ愁えていたことが事実になったように取って、煩悶しているのを見ては親の入道も不安になって、極楽の願いも忘れたように、仏勤めは怠けて、源氏の君の通って来ることを大事だと考えている。入道からいえば事が成就しているのであるが、その境地で新しく物思いをしているのが憐れであった。
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Kakute noti ha, sinobi tutu tokidoki ohasu. "Hodo mo sukosi hanare taru ni, onodukara monoihi saganaki ama no ko mo ya tatimazira m." to obosi habakaru hodo wo, "Sarebayo!" to omohi nageki taru wo, "Geni, ika nara m?" to, Nihudau mo gokuraku no negahi wo ba wasure te, tada kono mikesiki wo matu koto ni hasu. Imasara ni kokoro wo midaru mo, ito itohosige nari.
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出典10 |
あたら夜の |
あたら夜の月と花とを同じくはあはれ知れらむ人に見せばや |
後撰集春下-一〇三 源信明 |
3.2.1 |
出典11 |
思ふどち見まほしき |
思ふどちいざ見に行かむ玉津島入り江の底に沈む月影 |
源氏釈所引、出典未詳 |
3.2.2 |
出典12 |
月毛の駒 |
久方の月毛の駒をうち早め来ぬらむとのみ君を待つかな |
古今六帖二-一四三〇 |
3.2.3 |
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3.3 |
第三段 紫の君に手紙
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3-3 Mail to Murasaki-no-Kimi
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3.3.1 |
二条の君の、風のつてにも漏り聞きたまはむことは、「 たはぶれにても、心の隔てありけると、 思ひ疎まれたてまつらむ、 心苦しう恥づかしう」思さるるも、 あながちなる御心ざしのほどなりかし。「 かかる方のことをば ★、 さすがに、心とどめて 怨みたまへりし折々、などて、 あやなきすさびごとにつけても、 さ思はれたてまつりけむ ★」など、取り返さまほしう、 人のありさまを見たまふにつけても、恋しさの慰む方なければ ★、例よりも御文こまやかに書きたまひて、
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二条院の君が、風の便りにも漏れお聞きなさるようなことは、「冗談にもせよ、隠しだてをしたのだと、お疎み申されるのは、申し訳なくも恥ずかしいことだ」とお思いになるのも、あまりなご愛情の深さというものであろう。「こういう方面のことは、穏和な方とはいえ、気になさってお恨みになった折々、どうして、つまらない忍び歩きにつけても、そのようなつらい思いをおさせ申したのだろうか」などと、昔を今に取り戻したく、女の有様を御覧になるにつけても、恋しく思う気持ちが慰めようがないので、いつもよりお手紙を心こめてお書きになって、
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二条の院の女王にこの噂が伝わっては、恋愛問題では嫉妬する価値のあることでないとわかっていても、秘密にしておく自分の態度を恨めしがられては苦しくもあり、気恥ずかしくもあると思っていた源氏が紫夫人をどれほど愛しているかはこれだけでも想像することができるのである。女王も源氏を愛することの深いだけ、他の愛人との関係に不快な色を見せたそのおりおりのことを今思い出して、なぜつまらぬことで恨めしい心にさせたかと、取り返したいくらいにそれを後悔している源氏なのである。新しい恋人は得ても女王へ焦れている心は慰められるものでもなかったから、平生よりもまた情けのこもった手紙を源氏は京へ書いたのであるが、奥に今度のことを書いた。
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Nideu-no-Kimi no, kaze no tute ni mo mori kiki tamaha m koto ha, "Tahabure ni te mo, kokoro no hedate ari keru to, omohi utoma re tatematura m, kokorogurusiu hadukasiu" obosa ruru mo, anagati naru mikokorozasi no hodo nari kasi. "Kakaru kata no koto wo ba, sasugani, kokoro todome te urami tamahe ri si woriwori, nadote, ayanaki susabigoto ni tuke te mo, sa omoha re tatematuri kem?" nado, torikahesa mahosiu, hito no arisama wo mi tamahu ni tukete mo, kohisisa no nagusamu kata nakere ba, rei yori mo ohom-humi komayaka ni kaki tamahi te,
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3.3.2 |
「 まことや、我ながら心より外なるなほざりごとにて、疎まれたてまつりし節々を、思ひ出づるさへ胸いたきに、また、あやしうものはかなき夢をこそ見はべりしか。かう聞こゆる問はず語りに、隔てなき心のほどは思し合はせよ。『 ▼ 誓ひしことも』」など書きて、
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「ところで、そうそう、自分ながら心にもない出来心を起こして、お恨まれ申した時々のことを、思い出すのさえ胸が痛くなりますのに、またしても、変なつまらない夢を見たのです。このように申し上げます問わず語りに、隠しだてしない胸の中だけはご理解ください。『誓ひしことも』」などと書いて、
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私は過去の自分のしたことではあるが、あなたを不快にさせたつまらぬいろいろな事件を思い出しては胸が苦しくなるのですが、それだのにまたここでよけいな夢を一つ見ました。この告白でどれだけあなたに隔てのない心を持っているかを思ってみてください。「誓ひしことも」(忘れじと誓ひしことをあやまたば三笠の山の神もことわれ)という歌のように私は信じています。と書いて、また、
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"Makoto ya, ware nagara kokoro yori hoka naru nahozarigoto nite, utoma re tatematuri si husibusi wo, omohi-iduru sahe mune itaki ni, mata, ayasiu mono-hakanaki yume wo koso mi haberi sika. Kau kikoyuru tohazugatari ni, hedate naki kokoro no hodo ha obosi ahase yo. 'Tikahi si koto mo'." nado kaki te,
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3.3.3 |
「 何事につけても、
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「何事につけても、
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何事も、
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"Nanigoto ni tuke te mo,
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3.3.4 |
しほしほとまづぞ泣かるるかりそめの みるめは海人のすさびなれども」 |
あなたのことが思い出されて、さめざめと泣けてしまいます かりそめの恋は海人のわたしの遊び事ですけれども」 |
しほしほと先づぞ泣かるるかりそめの みるめは海人のすさびなれども
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Sihosiho to madu zo naka ruru karisome no mirume ha ama no susabi nare domo |
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3.3.5 |
とある御返り、何心なく らうたげに書きて ★、
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とあるお返事、何のこだわりもなくかわいらしげに書いて、
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と書き添えた手紙であった。京の返事は無邪気な可憐なものであったが、それも奥に源氏の告白による感想が書かれてあった。
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to aru ohom-kaheri, nanigokoro naku rautage ni kaki te,
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3.3.6 |
「 忍びかねたる 御夢語りにつけても、 思ひ合はせらるること多かるを、
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「隠しきれずに打ち明けてくださった夢のお話につけても、思い当たることが多くございますが、
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お言いにならないではいらっしゃれないほど現在のお心を占めていますことをお報らせくださいまして承知いたしましたが、私には新しい恋人に傾倒していらっしゃる御様子が昔のいろいろな場合と思い合わせて想像することもできます。
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"Sinobi kane taru ohom-yumegatari ni tuke te mo, omohi-ahase raruru koto ohokaru wo,
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3.3.7 |
うらなくも思ひけるかな契りしを 松より波は越えじものぞと ★」 |
固い約束をしましたので、何の疑いもなく信じておりました 末の松山のように、心変わりはないものと」 |
うらなくも思ひけるかな契りしを 松より波は越えじものぞと
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Uranaku mo omohi keru kana tigiri si wo matu yori nami ha koye zi mono zo to |
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3.3.8 |
おいらかなるものから、ただならずかすめたまへるを、いとあはれに、うち置きがたく見たまひて、 名残久しう、忍びの旅寝もしたまはず。
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鷹揚な書きぶりながら、お恨みをこめてほのめかしていらっしゃるのを、とてもしみじみと思われ、下に置くこともできず御覧になって、その後は、久しい間忍びのお通いもなさらない。
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おおようではあるがくやしいと思う心も確かにかすめて書かれたものであるのを、源氏は哀れに思った。この手紙を手から離しがたくじっとながめていた。この当座幾日は山手の家へ行く気もしなかった。
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oiraka naru monokara, tada nara zu kasume tamahe ru wo, ito ahare ni, uti-oki gataku mi tamahi te, nagori hisasiu, sinobi no tabine mo si tamaha zu.
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出典13 |
誓ひしことも |
忘れじと誓ひしことをあやまたば三笠の山の神もことわれ |
源氏釈所引、出典未詳 |
3.3.2 |
出典14 |
松より波は越えじ |
君をおきてあだし心をわが持たば末の松山波も越えなむ |
古今集東歌-一〇九三 陸奥歌 |
3.3.7 |
契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山波越さじとは |
元輔集-二一八 |
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3.4 |
第四段 明石の君の嘆き
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3-4 Akashi-no-Kimi's grief
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3.4.1 |
女、思ひしもしるきに、 今ぞまことに身も投げつべき心地する。
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女は、予想通りの結果になったので、今こそほんとうに身を海に投げ入れてしまいたい心地がする。
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女は長い途絶えを見て、この予感はすでに初めからあったことであると歎いて、この親子の間では最後には海へ身を投げればよいという言葉が以前によく言われたものであるが、いよいよそうしたいほどつらく思った。
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Womna, omohi si mo siruki ni, ima zo makoto ni mi mo nage tu beki kokoti suru.
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3.4.2 |
「 行く末短げなる親ばかりを頼もしきものにて、いつの世に 人並々になるべき身と思はざりしかど、ただ そこはかとなくて過ぐしつる年月は、 何ごとをか心をも悩ましけむ、かういみじうもの思はしき 世にこそありけれ」
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「老い先短い両親だけを頼りにして、いつになったら人並みの境遇になれる身の上とは思っていなかったが、ただとりとめもなく過ごしてきた年月の間は、何事に心を悩ましたろうか、このようにひどく物思いのする結婚生活であったのだ」
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年取った親たちだけをたよりにして、いつ人並みの娘のような幸福が得られるものとも知れなかった過去は、今に比べて懊悩の片はしも知らない自分だった。世の中のことはこんなに苦しいものなのであろうか、恋愛も結婚も処女の時に考えていたより悲しいものであると、
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"Yukusuwe mizikage naru oya bakari wo tanomosiki mono nite, itu no yo ni hito naminami ni naru beki mi to omoha zari sika do, tada sokohakatonaku te, sugusi turu tosituki ha, nanigoto wo ka kokoro wo mo nayamasi kem, kau imiziu mono-omohasiki yo ni koso ari kere."
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3.4.3 |
と、かねて推し量り思ひしよりも、よろづに悲しけれど、 なだらかにもてなして、憎からぬさまに見えたてまつる。
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と、以前から想像していた以上に、何事につけ悲しいけれど、穏やかに振る舞って、憎らしげのない態度でお会い申し上げる。
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女は心に思いながらも源氏には平静なふうを見せて、不快を買うような言動もしない。
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to, kanete osihakari omohi si yori mo, yorodu ni kanasikere do, nadaraka ni motenasi te, nikukara nu sama ni miye tatematuru.
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3.4.4 |
あはれとは月日に添へて思しませど、 やむごとなき方の、おぼつかなくて 年月を過ぐしたまひ、 ただならずうち思ひおこせたまふらむが、いと心苦しければ、独り臥しがちにて過ぐしたまふ。
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いとしいと月日がたつにつれてますますお思いになっていくが、れっきとした方が、いつかいつかと帰りを待って年月を送っていられるのが、一方ならずご心配なさっていらっしゃるだろうことが、とても気の毒なので、独り寝がちにお過ごしになる。
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源氏の愛は月日とともに深くなっていくのであるが、最愛の夫人が一人京に残っていて、今の女の関係をいろいろに想像すれば恨めしい心が動くことであろうと思われる苦しさから、浜の館のほうで一人寝をする夜のほうが多かった。
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Ahare to ha tukihi ni sohe te obosimase do, yamgotonaki kata no, obotukanaku te tosituki wo sugusi tamahi, tadanarazu uti-omohiokose tamahu ram ga, ito kurusikere ba, hitori husi-gati nite sugusi tamahu.
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3.4.5 |
絵をさまざま描き集めて、思ふことどもを書きつけ、返りこと聞くべきさまにしなしたまへり。 見む人の心に染みぬべきもののさまなり ★。 いかでか、空に通ふ御心ならむ、二条の君も、ものあはれに慰む方なくおぼえたまふ折々、 同じやうに絵を描き集めたまひつつ、やがて我が御ありさま、日記のやうに書きたまへり。 いかなるべき御さまどもにかあらむ。
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絵をいろいろとお描きになって、思うことを書きつけて、返歌を聞かれるようにという趣向にお作りなった。見る人の心にしみ入るような絵の様子である。どうして、お心が通じあっているのであろうか、二条院の君も、悲しい気持ちが紛れることなくお思いになる時々は、同じように絵をたくさんお描きになって、そのままご自分の有様を、日記のようにお書きになっていた。どうなって行かれるお二方の身の上であろうか。
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源氏はいろいろに絵を描いて、その時々の心を文章にしてつけていった。京の人に訴える気持ちで描いているのである。女王の返辞がこの絵巻から得られる期待で作られているのであった。感傷的な文学および絵画としてすぐれた作品である。どうして心が通じたのか二条の院の女王もものの身にしむ悲しい時々に、同じようにいろいろの絵を描いていた。そしてそれに自身の生活を日記のようにして書いていた。この二つの絵巻の内容は興味の多いものに違いない。
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We wo samazama kaki atume te, omohu koto-domo wo kaki tuke, kaherikoto kiku beki sama ni si nasi tamahe ri. Mi m hito no kokoro ni simi nu beki mono no sama nari. Ikadeka, sora ni kayohu mikokoro nara m, Nideu-no-Kimi mo, mono-ahare ni nagusamu kata naku oboye tamahu woriwori, onazi yau ni we wo kaki atume tamahi tutu, yagate waga ohom-arisama, ni'ki no yau ni kaki tamahe ri. Ikanaru beki ohom-sama-domo ni ka ara m?
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注釈508 | 女思ひしもしるきに | 3.4.1 |
注釈509 | 今ぞまことに身も投げつべき心地する | 3.4.1 |
注釈510 | 行く末短げなる親ばかりを | 3.4.2 |
注釈511 | 人並々になるべき身と | 3.4.2 |
注釈512 | そこはかとなくて過ぐしつる年月 | 3.4.2 |
注釈513 | 何ごとをか心をも悩ましけむ | 3.4.2 |
注釈514 | 世にこそありけれ | 3.4.2 |
注釈515 | なだらかにもてなして憎からぬさまに見えたてまつる | 3.4.3 |
注釈516 | あはれとは月日に添へて思しませど | 3.4.4 |
注釈517 | やむごとなき方の | 3.4.4 |
注釈518 | 年月を過ぐしたまひ | 3.4.4 |
注釈519 | ただならずうち思ひおこせたまふらむが | 3.4.4 |
注釈520 | 絵をさまざま描き集めて、思ふことどもを書きつけ、返りこと聞くべきさまにしなしたまへり | 3.4.5 |
注釈521 | 見む人の心に染みぬべきもののさまなり | 3.4.5 |
注釈522 | いかでか空に通ふ御心ならむ | 3.4.5 |
注釈523 | 同じやうに絵を描き集めたまひつつやがて我が御ありさま日記のやうに書きたまへり | 3.4.5 |
注釈524 | いかなるべき御さまどもにかあらむ | 3.4.5 |
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Last updated 9/21/2010(ver.2-3) 渋谷栄一校訂(C) Last updated 9/27/2009(ver.2-2) 渋谷栄一注釈(C) |
Last updated 6/14/2001 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-2) |
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Last updated 9/27/2009 (ver.2-2) Written in Japanese roman letters by Eiichi Shibuya (C)
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Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition)
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