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第十九帖 薄雲
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19 USUGUMO (Ohoshima-bon)
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光る源氏の内大臣時代 三十一歳冬十二月から三十二歳秋までの物語
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Tale of Hikaru-Genji's Nai-Daijin era, from December in winter at the age of 31 to fall at the age of 32
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2 |
第二章 源氏の女君たちの物語 新春の女君たちの生活
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2 Tales of Genji's wives Lives of Hanachirusato and Akashi in a new year
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2.1 |
第一段 東の院の花散里
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2-1 Hanachirusato in Nijo-Higashi-in
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2.1.1 |
年も返りぬ。 うららかなる空に、思ふことなき御ありさまは、いとどめでたく、磨き改めたる御よそひに、参り集ひたまふめる人の、おとなしきほどのは、 七日、御よろこびなどしたまふ、ひき連れたまへり。
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年も変わった。うららかな空に、何の悩みもないご様子は、ますますおめでたく、磨き清められたご装飾に、年賀に参集なさる人で、年輩の人たちは、七日に、お祝いを申し上げに、連れ立っていらっしゃった。
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正月が来た。うららかな空の下に二条の院の源氏夫婦の幸福な春があった。出入りする顕官たちは七日に新年の拝礼を行なった。
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Tosi mo kaheri nu. Uraraka naru sora ni, omohu koto naki ohom-arisama ha, itodo medetaku, migaki aratame taru ohom-yosohi ni, mawiri tudohi tamahu meru hito no, otonasiki hodo no ha, nanuka, ohom-yorokobi nado si tamahu, hikiture tamahe ri.
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2.1.2 |
若やかなるは、何ともなく心地よげに見えたまふ。 次々の人も、心のうちには思ふこともやあらむ、うはべは誇りかに見ゆる、ころほひなりかし。
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若い人たちは、何ということもなく心地よさそうにお見えになる。次々に身分の低い人たちも、心中には悩みもあるのであろうが、表面は満足そうに見える、今日このごろである。
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若い殿上役人たちもはなやかに思い上がった顔のそろっている御代である。それ以下の人々も心の中には苦労もあるであろうが、表面はそれぞれの職業に楽しんでついているふうに見えた。
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Wakayaka naru ha, nani to mo naku kokotiyoge ni miye tamahu. Tugitugi no hito mo, kokoro no uti ni ha omohu koto mo ya ara m, uhabe ha hokorika ni miyuru, korohohi nari kasi.
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2.1.3 |
東の院の対の御方も、ありさまは好ましう、あらまほしきさまに、さぶらふ人びと、童女の姿など、うちとけず、心づかひしつつ過ぐしたまふに、 近きしるしはこよなくて、のどかなる御暇の隙などには、ふとはひ渡りなどしたまへど、夜たち泊りなどやうに、わざとは見えたまはず。
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東の院の対の御方も、様子は好ましく、申し分ない様子で、伺候している女房たち、童女の姿など、きちんとして、気配りをしいしい過ごしていらっしゃるが、近い利点はこの上なくて、のんびりとしたお暇な時などには、ちょっとお越しになったりなさるが、夜のお泊まりなどように、わざわざお見えになることはない。
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東の院の対の夫人も品位の添った暮らしをしていた。女房や童女の服装などにも洗練されたよい趣味を見せていた。明石の君の山荘に比べて近いことは花散里の強味になって、源氏は閑暇な時を見計らってよくここへ来ていた。夜をこちらで泊まっていくようなことはない。
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Himgasinowin no Tai-no-Ohomkata mo, arisama ha konomasiu, aramahosiki sama ni, saburahu hitobito, warahabe no sugata nado, utitoke zu, kokorodukahi si tutu sugusi tamahu ni, tikaki sirusi ha koyonaku te, nodoka naru ohom-itoma no hima nado ni ha, huto hahiwatari nado si tamahe do, yoru tatitomari nado yau ni, waza to ha miye tamaha zu.
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2.1.4 |
ただ御心ざまのおいらかにこめきて、「 かばかりの宿世なりける身にこそあらめ」と思ひなしつつ、ありがたきまでうしろやすくのどかにものしたまへば、をりふしの御心おきてなども、こなたの御ありさまに劣るけぢめこよなからずもてなしたまひて、あなづりきこゆべうはあらねば、同じごと、人参り仕うまつりて、別当 どもも事おこたらず、なかなか乱れたるところなく、目やすき御ありさまなり。
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ただ、ご性質がおおようでおっとりとして、「このような運命であった身の上なのだろう」としいて思い込み、めったにないくらい安心でゆったりしていらっしゃるので、季節折ごとのお心配りなども、こちらのご様子にひどく劣るような差別はなくご待遇なさって、軽んじ申し上げるようなことはないので、同じように人々が大勢お仕え申して、別当連中も勤務を怠ることなく、かえって、秩序立っていて、感じのよいご様子である。
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性格がきわめて善良で、無邪気で、自分にはこれだけの運よりないのであるとあきらめることを知っていた。源氏にとってはこの人ほど気安く思われる夫人はなかった。何かの場合にも紫夫人とたいした差別のない扱い方を源氏はするのであったから、軽蔑する者もなく、その方へも敬意を表しに行く人が絶えない。別当も家職も忠実に事務を取っていて整然とした一家をなしていた。
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Tada mi-kokorozama no oyiraka ni komeki te, "Kabakari no sukuse nari keru mi ni koso ara me." to omohinasi tutu, arigataki made usiroyasuku nodoka ni monosi tamahe ba, worihusi no mi-kokorookite nado mo, konata no ohom-arisama ni otoru kedime koyonakara zu motenasi tamahi te, anaduri kikoyu beu ha ara ne ba, onazi goto, hito mawiri tukaumaturi te, be'tau-domo mo koto okotara zu, nakanaka midare taru tokoro naku, meyasuki ohom-arisama nari.
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注釈84 | 年も返りぬ | 2.1.1 |
注釈85 | うららかなる空に思ふことなき御ありさまはいとどめでたく磨き改めたる御よそひに参り集ひたまふめる人の | 2.1.1 |
注釈86 | 七日、御よろこびなどしたまふ | 2.1.1 |
注釈87 | 次々の人も | 2.1.2 |
注釈88 | 東の院の対の御方も | 2.1.3 |
注釈89 | 近きしるしはこよなくて | 2.1.3 |
注釈90 | かばかりの宿世なりける身にこそあらめ | 2.1.4 |
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2.2 |
第二段 源氏、大堰山荘訪問を思いつく
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2-2 Genji wants to visit Akashi in Ohoi
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2.2.1 |
山里のつれづれをも絶えず思しやれば、公私もの騒がしきほど過ぐして、渡りたまふとて、常よりことにうち化粧じたまひて、桜の御直衣に、えならぬ御衣ひき重ねて、たきしめ、装束きたまひて、まかり申したまふさま、隈なき夕日に、 いとどしくきよらに見えたまふ。女君、 ただならず見たてまつり送りたまふ。
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山里の寂しさを絶えず心配なさっているので、公私に忙しい時期を過ごして、お出かけになろうとして、いつもより特別にお粧いなさって、桜のお直衣に、何ともいえない素晴らしい御衣を重ねて、香をたきしめ、身繕いなさって、お出かけのご挨拶をなさる様子、隈なく射し込んでいる夕日に、ますます美しくお見えになる。女君、おだやかならぬ気持ちでお見送り申し上げなさる。
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山荘の人のことを絶えず思いやっている源氏は、公私の正月の用が片づいたころのある日、大井へ出かけようとして、ときめく心に装いを凝らしていた。桜の色の直衣の下に美しい服を幾枚か重ねて、ひととおり薫物が焚きしめられたあとで、夫人へ出かけの言葉を源氏はかけに来た。明るい夕日の光に今日はいっそう美しく見えた。夫人は恨めしい心を抱きながら見送っているのであった。
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Yamazato no turedure wo mo tayezu obosiyare ba, ohoyake watakusi mono-sawagasiki hodo sugusi te, watari tamahu tote, tune yori koto ni uti-kesauzi tamahi te, sakura no ohom-nahosi ni, e nara nu ohom-zo hiki-kasane te, takisime, sauzoki tamahi te, makari mausi tamahu sama, kumanaki yuhuhi ni, itodosiku kiyora ni miye tamahu. Womnagimi, tadanarazu mi tatematuri okuri tamahu.
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2.2.2 |
姫君は、いはけなく御指貫の裾にかかりて、慕ひきこえたまふほどに、外にも出でたまひぬべければ、立ちとまりて、いとあはれと思したり。こしらへおきて、「 ▼ 明日帰り来む」と、口ずさびて出でたまふに、渡殿の戸口に待ちかけて、中将の君して聞こえたまへり。
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姫君は、あどけなく御指貫の裾にまつわりついて、お慕い申し上げなさるうちに、御簾の外にまで出てしまいそうなので、立ちどまって、とてもかわいいとお思いになった。なだめすかして、「明日帰って来ましょう」と口ずさんでお出になると、渡殿の戸口に待ちかまえさせて、中将の君をして、申し上げさせなさった。
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無邪気な姫君が源氏の裾にまつわってついて来る。御簾の外へも出そうになったので、立ち止まって源氏は哀れにわが子をながめていたが、なだめながら、「明日かへりこん」(桜人その船とどめ島つ田を十町作れる見て帰りこんや、そよや明日帰りこんや)と口ずさんで縁側へ出て行くのを、女王は中から渡殿の口へ先まわりをさせて、中将という女房に言わせた。
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Himegimi ha, ihakenaku ohom-sasinuki no suso ni kakari te, sitahi kikoye tamahu hodo ni, to ni mo ide tamahi nu bekere ba, tatitomari te, ito ahare to obosi tari. Kosirahe oki te, "Asu kaheri ko m" to, kutizusabi te ide tamahu ni, watadono no toguti ni mati kake te, Tyuuzyau-no-Kimi site kikoye tamahe ri.
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2.2.3 |
「 舟とむる遠方人のなくはこそ 明日帰り来む夫と待ち見め」 |
「あなたをお引き止めするあちらの方がいらっしゃらないのなら 明日帰ってくるあなたと思ってお待ちいたしましょうが」 |
船とむる遠方人のなくばこそ 明日帰りこん夫とまち見め
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"Hune tomuru wotikatabito no naku ha koso asu kaheri ko m sena to mati mi me |
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2.2.4 |
いたう馴れて聞こゆれば、いとにほひやかにほほ笑みて、
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たいそうもの慣れて申し上げるので、いかにもにっこりと微笑んで、
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物馴れた調子で歌いかけたのである。源氏ははなやかな笑顔をしながら、
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Itau nare te kikoyure ba, ito nihohiyaka ni hohowemi te,
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2.2.5 |
「 行きて見て明日もさね来むなかなかに 遠方人は心置くとも ★」 |
「ちょっと行ってみて明日にはすぐに帰ってこよう かえってあちらが機嫌を悪くしようとも」 |
行きて見て明日もさねこんなかなかに 遠方人は心おくとも
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"Yuki te mi te asu mo sane ko m nakanaka ni wotikatabito ha kokorooku tomo |
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2.2.6 |
何事とも聞き分かでされありきたまふ人を、上はうつくしと見たまへば、 遠方人のめざましきも、こよなく思しゆるされにたり。
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何ともわからないではしゃぎまわっていらっしゃる姫を、上はかわいらしいと御覧になるので、あちらの人の不愉快さも、すっかり大目に見る気になっていらっしゃった。
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と言う。父母が何を言っているとも知らぬ姫君が、うれしそうに走りまわるのを見て夫人の「遠方人」を失敬だと思う心も緩和されていった。
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Nanigoto to mo kikiwaka de sare ariki tamahu hito wo, Uhe ha utukusi to mi tamahe ba, wotikatabito no mezamasiki mo, koyonaku obosi yurusa re ni tari.
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2.2.7 |
「 いかに思ひおこすらむ。われにて、いみじう恋しかりぬべきさまを」
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「どう思っているだろうか。自分だって、とても恋しく思わずにはいられないなのに」
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どんなにこの子のことばかり考えているであろう、自分であれば恋しくてならないであろう、こんなかわいい子供なのだからと思って、
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"Ikani omohi okosu ram? Ware nite, imiziu kohisikari nu beki sama wo!"
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2.2.8 |
と、うちまもりつつ、ふところに入れて、うつくしげなる御乳をくくめたまひつつ、戯れゐたまへる御さま、見どころ多かり。御前なる人びとは、
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と、じっと見守りながら、ふところに入れて、かわいらしいお乳房をお含ませながら、あやしていらっしゃるご様子、どこから見ても素晴らしい。お側に仕える女房たちは、
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女王はじっと姫君の顔をながめていたが、懐へ抱きとって、美しい乳を飲ませると言って口へくくめなどして戯れているのは、外から見ても非常に美しい場面であった。女房たちは、
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to, uti-mamori tutu, hutokoro ni ire te, utukusige naru ohom-ti wo kukume tamahi tutu, tahabure wi tamahe ru ohom-sama, midokoro ohokari. Omahe naru hitobito ha,
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2.2.9 |
「などか、同じくは」
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「どうしてかしら。同じお生まれになるなら」
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「なぜほんとうのお子様にお生まれにならなかったのでしょう。同じことならそれであればなおよかったでしょうにね」
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"Nadoka, onaziku ha."
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2.2.10 |
「いでや」
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「ほんとうにね」
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"Ideya!"
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2.2.11 |
など、語らひあへり。
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などと、話し合っていた。
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などとささやいていた。
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nado, katarahi ahe ri.
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注釈91 | 山里のつれづれをも | 2.2.1 |
注釈92 | いとどしくきよらに見えたまふ | 2.2.1 |
注釈93 | ただならず見たてまつり送りたまふ | 2.2.1 |
注釈94 | 明日帰り来む | 2.2.2 |
注釈95 | 舟とむる遠方人のなくはこそ--明日帰り来む夫と待ち見め | 2.2.3 |
注釈96 | 行きて見て明日もさね来むなかなかに--遠方人は心置くとも | 2.2.5 |
注釈97 | 何事とも聞き分かでされありきたまふ人 | 2.2.6 |
注釈98 | 遠方人のめざましきも | 2.2.6 |
注釈99 | いかに思ひおこすらむわれにていみじう恋しかりぬべきさまを | 2.2.7 |
注釈100 | などか同じくはいでや | 2.2.9 |
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出典6 |
明日帰り来む |
桜人 その舟止め 島つ田を 十町作れる 見て帰り来むや そよや 明日帰り来む そよや 言をこそ 明日とも言はめ 遠方に 妻ざる夫は 明日もさね来じや そよや 明日もさね来じや そよや |
催馬楽-桜人 |
2.2.2 |
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2.3 |
第三段 源氏、大堰山荘から嵯峨野の御堂、桂院に回る
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2-3 Genji visits to Ohoi-villa and goes to Sagano-temple, Katura-villa
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2.3.1 |
かしこには、いとのどやかに、心ばせあるけはひに住みなして、家のありさまも、やう離れめづらしきに、みづからのけはひなどは、見るたびごとに、やむごとなき人びとなどに劣るけぢめこよなからず、容貌、用意あらまほしうねびまさりゆく。
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あちらでは、まことのんびりと、風雅な嗜みのある感じに暮らしていて、邸の有様も、普通とは違って珍しいうえに、本人の態度などは、会うたびごとに、高貴な方々にひどく見劣りする差は見られず、容貌や、心ばせも申し分なく成長していく。
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大井の山荘は風流に住みなされていた。建物も普通の形式離れのした雅味のある家なのである。明石は源氏が見るたびに美が完成されていくと思う容姿を持っていて、この人は貴女に何ほども劣るところがない。
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Kasiko ni ha, ito nodoyaka ni, kokorobase aru kehahi ni sumi nasi te, ihe no arisama mo, yau hanare medurasiki ni, midukara no kehahi nado ha, miru tabi goto ni, yamgotonaki hitobito nado ni otoru kedime koyonakara zu, katati, youi aramahosiu nebi masari yuku.
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2.3.2 |
「 ただ、世の常のおぼえにかき紛れたらば、 さるたぐひなくやはと思ふべきを、世に似ぬひがものなる親の聞こえなどこそ、苦しけれ。人のほどなどは、 さてもあるべきを」など思す。
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「ただ、普通の評判で目立たないなら、そのような例はいないでもないと思ってもよいのだが、世にもまれな偏屈者だという父親の評判など、それが困ったものだ。人柄などは、十分であるが」などとお思いになる。
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身分から常識的に想像すれば、ありうべくもないことと思うであろうが、それも世間と相いれない偏狭な親の性格などが禍いしているだけで、家柄などは決して悪くはないのであるから、かくあるのが自然であるとも源氏は思っていた。
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"Tada, yo no tune no oboye ni kaki-magire tara ba, saru taguhi naku yaha to omohu beki wo, yo ni ni nu higamono naru oya no kikoye nado koso, kurusikere. Hito no hodo nado ha, satemo aru beki wo." nado obosu.
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2.3.3 |
はつかに、飽かぬほどにのみあればにや、心のどかならず立ち帰りたまふも苦しくて、「 夢のわたりの浮橋か」とのみ ★、うち嘆かれて、箏の琴のあるを引き寄せて、かの明石にて、小夜更けたりし音も、例の思し出でらるれば、琵琶をわりなく責めたまへば、すこし掻き合はせたる、「 いかで、かうのみひき具しけむ」と思さる。若君の御ことなど、こまやかに語りたまひつつおはす。
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ほんのわずかの逢瀬で、物足りないくらいだからであろうか、あわただしくお帰りになるのも気の毒なので、「夢の中の浮橋か」とばかり、ついお嘆きになられて、箏の琴があるのを引き寄せて、あの明石で、夜更けての音色も、いつもどおりに自然と思い出されるので、琵琶を是非にとお勧めになると、少し掻き合わせたのが、「どうして、これほど上手に何でもお弾きになれたのだろう」と思わずにはいらっしゃれない。若君の御事など、こまごまとお話しになってお過ごしになる。
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逢っている時が短くて、すぐに帰邸を思わねばならぬことを苦しがって、「夢のわたりの浮き橋か」(うち渡しつつ物をこそ思へ)と源氏は歎かれて、十三絃の出ていたのを引き寄せ、明石の秋の深夜に聞いた上手な琵琶の音もおもい出されるので、自身はそれを弾きながら、女にもぜひ弾けと勧めた。明石は少し合わせて弾いた。なぜこうまでりっぱなことばかりのできる女であろうと源氏は思った。源氏は姫君の様子をくわしく語っていた。
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Hatuka ni, aka nu hodo ni nomi are ba ni ya, kokoro nodoka nara zu tatikaheri tamahu mo kurusiku te, "Yume no watari no ukihasi ka?" to nomi, uti-nageka re te, saunokoto no aru wo hikiyose te, kano Akasi nite, sayo huke tari si ne mo, rei no obosiide rarure ba, biha wo warinaku seme tamahe ba, sukosi kakiahase taru, "Ikade, kau nomi hiki gusi kem?" to obosa ru. Wakagimi no ohom-koto nado, komayaka ni katari tamahi tutu ohasu.
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2.3.4 |
ここは、かかる所なれど、かやうに立ち泊りたまふ折々あれば、はかなき果物、強飯ばかりはきこしめす時もあり。近き御寺、桂殿などにおはしまし紛らはしつつ、 いとまほには乱れたまはねど、また、いとけざやかにはしたなく、おしなべてのさまにはもてなしたまはぬなどこそは、いと おぼえことには見ゆめれ。
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ここは、このような山里であるが、このようにお泊まりになる時々があるので、ちょっとした果物や、強飯ぐらいはお召し上がりになる時もある。近くの御寺、桂殿などにお出かけになるふうに装い装いして、一途にのめり込みなさらないが、また一方、まことにはっきりと中途半端な普通の相手としてはお扱いなさらないなどは、愛情も格別深く見えるようである。
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大井の山荘も源氏にとっては愛人の家にすぎないのであるが、こんなふうにして泊まり込んでいる時もあるので、ちょっとした菓子、強飯というふうな物くらいを食べることもあった。自家の御堂とか、桂の院とかへ行って定まった食事はして、貴人の体面はくずさないが、そうかといって並み並みの妾の家らしくはして見せず、ある点まではこの家と同化した生活をするような寛大さを示しているのは、明石に持つ愛情の深さがしからしめるのである。
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Koko ha, kakaru tokoro nare do, kayau ni tatitomari tamahu woriwori are ba, hakanaki kudamono, kohaihi bakari ha kikosimesu toki mo ari. Tikaki mi-tera, Katuradono nado ni ohasimasi magirahasi tutu, ito maho ni ha midare tamaha ne do, mata, ito kezayaka ni hasitanaku, osinabete no sama ni ha motenasi tamaha nu nado koso ha, ito oboye koto ni ha miyu mere.
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2.3.5 |
女も、かかる御心のほどを見知りきこえて、過ぎたりと思すばかりのことはし出でず、また、いたく卑下せずなどして、御心おきてにもて違ふことなく、いとめやすくぞありける。
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女も、このようなお心をお知り申し上げて、出過ぎているとお思いになるようなことはせず、また、ひどく低姿勢になることなどもせず、お心づもりに背くこともなく、たいそう無難な態度でいたのであった。
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明石も源氏のその気持ちを尊重して、出すぎたと思われることはせず、卑下もしすぎないのが、源氏には感じよく思われた。
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Womna mo, kakaru mi-kokoro no hodo wo misiri kikoye te, sugi tari to obosu bakari no koto ha si ide zu, mata, itaku hige se zu nado si te, mi-kokorookite ni mote-tagahu koto naku, ito meyasuku zo ari keru.
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2.3.6 |
おぼろけにやむごとなき所にてだに、かばかりもうちとけたまふことなく、気高き御もてなしを聞き置きたれば、
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並々でない高貴な婦人方の所でさえ、これほど気をお許しになることもなく、礼儀正しいお振る舞いであることを、聞いていたので、
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相当に身分のよい愛人の家でもこれほど源氏が打ち解けて暮らすことはないという話も明石は知っていたから。
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Oboroke ni yamgotonaki tokoro nite dani, kabakari mo utitoke tamahu koto naku, kedakaki ohom-motenasi wo kiki oki tare ba,
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2.3.7 |
「 近きほどに交じらひては、なかなか いと目馴れて、人あなづられなることどももぞあらまし。たまさかにて、かやうにふりはへたまへるこそ、たけき心地すれ」
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「近い所で一緒にいたら、かえってますます目慣れて、人から軽蔑されることなどもあろう。時たまでも、このようにわざわざお越しくださるほうが、たいした気持ちがする」
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近い東の院などへ移って行っては源氏に珍しがられることもなくなり、飽かれた女になる時期を早くするようなものである、地理的に不便で、特に思い立って来なければならぬ所にいるのが自分の強味である
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"Tikaki hodo ni mazirahi te ha, nakanaka ito menare te, hito anadura re naru koto-domo mo zo ara masi. Tamasaka nite, kayau ni hurihahe tamahe ru koso, takeki kokoti sure."
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2.3.8 |
と思ふべし。
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と思うのであろう。
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と思っているのである。
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to omohu besi.
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2.3.9 |
明石にも、さこそ言ひしか、この御心おきて、ありさまをゆかしがりて、おぼつかなからず、人は通はしつつ、胸つぶるることもあり、また、おもだたしく、うれしと思ふことも多くなむありける。
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明石でも、ああは言ったが、このお心づもりや、様子を知りたくて、気がかりでないように、使者を行き来させて、胸をどきりとさせることもあったり、また、面目に思うことも多くあったりするのであった。
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明石の入道も今後のいっさいのことは神仏に任せるというようなことも言ったのであるが、源氏の愛情、娘や孫の扱われ方などを知りたがって始終使いを出していた。報せを得て胸のふさがるようなこともあったし、名誉を得た気のすることもあった。
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Akasi ni mo, sakoso ihi sika, kono mi-kokorookite, arisama wo yukasigari te, obotukanakara zu, hito ha kayohasi tutu, mune tubururu koto mo ari, mata, omodatasiku, uresi to omohu koto mo ohoku nam ari keru.
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出典7 |
夢のわたりの浮橋か |
世の中は夢のわたりの浮き橋かうち渡りつつ物をこそ思へ |
源氏釈所引、出典未詳 |
2.3.3 |
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Last updated 10/27/2009(ver.2-2) 渋谷栄一校訂(C) Last updated 10/27/2009(ver.2-2) 渋谷栄一注釈(C) |
Last updated 7/15/2001 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-2) |
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Last updated 10/27/2009 (ver.2-2) Written in Japanese roman letters by Eiichi Shibuya(C) |
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Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition)
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