第二十一帖 乙女


21 WOTOME (Ohoshima-bon)


光る源氏の太政大臣時代
三十三歳の夏四月から三十五歳冬十月までの物語



Tale of Hikaru-Genji's Daijo-Daijin era, from April in summer at the age of 33 to October in winter at the age of 35

4
第四章 内大臣家の物語 雲居雁の養育をめぐる物語


4  Tale of Naidaijin family  About education about his daughter

4.1
第一段 内大臣、母大宮の養育を恨む


4-1  Naidaijin blames his mother educating his daughter

4.1.1   二日ばかりありて、参りたまへり。しきりに参りたまふ時は、大宮もいと御心ゆき、うれしきものに思いたり。御尼額ひきつくろひ、うるはしき御小袿などたてまつり添へて、 子ながら恥づかしげにおはする御人ざまなれば、 まほならずぞ見えたてまつりたまふ
 二日ほどして、参上なさった。頻繁に参上なさる時は、大宮もとてもご満足され、嬉しく思っておいであった。尼削ぎの御髪に手入れをなさって、きちんとした小袿などをお召し添えになって、わが子ながら気づまりなほど立派なお方なので、直接顔を合わせずにお会いなさる。
 二日ほどしてまた内大臣は大宮を御訪問した。こんなふうにしきりに出て来る時は宮の御機嫌きげんがよくて、おうれしい御様子がうかがわれた。形式は尼になっておいでになる方であるが、髪で額を隠して、お化粧もきれいにあそばされ、はなやかな小袿こうちぎなどにもお召しかえになる。子ながらも晴れがましくお思われになる大臣で、ありのままのお姿ではお逢いにならないのである。
  Hutuka bakari ari te, mawiri tamahe ri. Sikiri ni mawiri tamahu toki ha, Ohomiya mo ito mi-kokoro yuki, uresiki mono ni oboi tari. Ohom-amabitahi hiki-tukurohi, uruhasiki ohom-koutiki nado tatematuri sohe te, ko nagara hadukasige ni ohasuru ohom-hitozama nare ba, maho nara zu zo miye tatematuri tamahu.
4.1.2  大臣御けしき悪しくて、
 大臣は御機嫌が悪くて、
 内大臣は不機嫌な顔をしていた。
  Otodo mi-kesiki asiku te,
4.1.3  「 ここにさぶらふもはしたなく、人びといかに見はべらむと、 心置かれにたり。はかばかしき身にはべらねど、世にはべらむ限り、御目離れず御覧ぜられ、おぼつかなき隔てなくとこそ思ひたまふれ。
 「こちらにお伺いするのも体裁悪く、女房たちがどのように見ていますかと、気がひけてしまいます。たいした者ではありませんが、世に生きていますうちは、常にお目にかからせていただき、ご心配をかけることのないようにと存じております。
 「こちらへ上がっておりましても私は恥ずかしい気がいたしまして、女房たちはどう批評をしていることだろうかと心が置かれます。つまらない私ですが、生きておりますうちは始終伺って、物足りない思いをおさせせず、
  "Koko ni saburahu mo hasitanaku, hitobito ikani mi habera m to, kokorooka re ni tari. Hakabakasiki mi ni habera ne do, yo ni habera m kagiri, ohom-me kare zu goranze rare, obotukanaki hedate naku to koso omohi tamahure.
4.1.4   よからぬもののうへにて、恨めしと思ひきこえさせつべきことの出でまうで来たるを、かうも思うたまへじとかつは思ひたまふれど、なほ静めがたく おぼえはべりてなむ」
 不心得者のことで、お恨み申さずにはいられないようなことが起こってまいりましたが、こんなにはお恨み申すまいと一方では存じながらも、やはり抑えがたく存じられまして」
 私もその点で満足を得たいと思ったのですが、不良な娘のためにあなた様をお恨めしく思わずにいられませんようなことができてまいりました。そんなに真剣にお恨みすべきでないと、自分ながらも心をおさえようとするのでございますが、それができませんで」
  Yokara nu mono no uhe nite, uramesi to omohi kikoye sase tu beki koto no ide maude ki taru wo, kau mo omou tamahe zi to katu ha omohi tamahure do, naho sidume gataku oboye haberi te nam."
4.1.5  と、涙おし拭ひたまふに、宮、化粧じたまへる御顔の色違ひて、御目も大きになりぬ。
 と、涙をお拭いなさるので、大宮は、お化粧なさっていた顔色も変わって、お目を大きく見張られた。
 大臣が涙を押しぬぐうのを御覧になって、お化粧あそばした宮のお顔の色が変わった。涙のために白粉おしろいが落ちてお目も大きくなった。
  to, namida osi-nogohi tamahu ni, Miya, kesauzi tamahe ru ohom-kaho no iro tagahi te, ohom-me mo ohoki ni nari nu.
4.1.6  「 いかやうなることにてか、今さらの齢の末に、心置きては思さるらむ」
 「どうしたことで、こんな年寄を、お恨みなさるのでしょうか」
 「どんなことがあって、この年になってからあなたに恨まれたりするのだろう」
  "Ikayau naru koto nite ka, imasara no yohahi no suwe ni, kokorooki te ha obosa ru ram?"
4.1.7  と聞こえたまふも、さすがにいとほしけれど、
 と申し上げなさるのも、今さらながらお気の毒であるが、
 と宮の仰せられるのを聞くと、さすがにお気の毒な気のする大臣であったが続いて言った。
  to kikoye tamahu mo, sasugani itohosikere do,
4.1.8  「 頼もしき御蔭に、幼き者をたてまつりおきて、みづからをばなかなか幼くより見たまへもつかず、まづ目に近きが、交じらひなどはかばかしからぬを、見たまへ嘆きいとなみつつ、 さりとも人となさせたまひてむと頼みわたりはべりつるに、 思はずなることのはべりければ、いと口惜しうなむ。
 「ご信頼申していたお方に、幼い子どもをお預け申して、自分ではかえって幼い時から何のお世話も致さずに、まずは身近にいた姫君の、宮仕えなどが思うようにいかないのを、心配しながら奔走しいしい、それでもこの姫君を一人前にしてくださるものと信頼しておりましたのに、意外なことがございましたので、とても残念です。
 「御信頼しているものですから、子供をお預けしまして、親である私はかえって何の世話もいたしませんで、手もとに置きました娘の後宮こうきゅうのはげしい競争に敗惨はいざんの姿になって、疲れてしまっております方のことばかりを心配して世話をやいておりまして、こちらに御厄介やっかいになります以上は、私がそんなふうに捨てて置きましても、あなた様は彼を一人並みの女にしてくださいますことと期待していたのですが、意外なことになりましたから、私は残念なのです。
  "Tanomosiki ohom-kage ni, wosanaki mono wo tatematuri oki te, midukara wo ba nakanaka wosanaku yori mi tamahe mo tuka zu, madu me ni tikaki ga, mazirahi nado hakabakasikara nu wo, mi tamahe nageki itonami tutu, saritomo hito to nasa se tamahi te m to tanomi watari haberi turu ni, omoha zu naru koto no haberi kere ba, ito kutiwosiu nam.
4.1.9  まことに天の下並ぶ人なき有職にはものせらるめれど、親しきほどにかかるは、人の聞き思ふところも、あはつけきやうになむ、何ばかりのほどにもあらぬ仲らひにだにしはべるを、 かの人の御ためにも、いとかたはなることなり。 さし離れ、きらきらしうめづらしげあるあたりに、今めかしうもてなさるるこそ、をかしけれ 。ゆかりむつび、ねぢけがましきさまにて、 大臣も聞き思すところはべりなむ
 ほんとうに天下に並ぶ者のない優れた方のようですが、近しい者どうしが結婚するのは、人の外聞も浅薄な感じが、たいした身分でもないものどうしの縁組でさえ考えますのに、あちらの方のためにも、たいそう不体裁なことです。他人で、豪勢な初めての関係の家で、派手に大切にされるのこそ、よいものです。縁者どうしの、馴れ合いの結婚なので、大臣も不快にお思いになることがあるでしょう。
 源氏の大臣は天下の第一人者といわれるりっぱな方ではありますがほとんど家の中どうしのような者のいっしょになりますことは、人に聞こえましても軽率に思われることです。低い身分の人たちの中でも、そんなことは世間へはばかってさせないものです。それはあの人のためにもよいことでは決してありません。全然離れた家へはなやかに婿として迎えられることがどれだけ幸福だかしれません。従姉いとこの縁でいた結婚だというように取られて、源氏の大臣も不快にお思いになるかもしれませんよ。
  Makoto ni amenosita narabu hito naki iusoku ni ha monose raru mere do, sitasiki hodo ni kakaru ha, hito no kiki omohu tokoro mo, ahatukeki yau ni nam, nani bakari no hodo ni mo ara nu nakarahi ni dani si haberu wo, kano hito no ohom-tame ni mo, ito kataha naru koto nari. Sasi-hanare, kirakirasiu medurasige aru atari ni, imamekasiu motenasa ruru koso, wokasikere. Yukari mutubi, nedikegamasiki sama nite, Otodo mo kiki obosu tokoro haberi na m.
4.1.10  さるにても、かかることなむと、知らせたまひて、ことさらにもてなし、 すこしゆかしげあることをまぜてこそはべらめ。幼き人びとの心にまかせて御覧じ放ちけるを、 心憂く思うたまふ
 それはそれとしても、これこれしかじかですと、わたしにお知らせくださって、特別なお扱いをして、少し世間でも関心を寄せるような趣向を取り入れたいものです。若い者どうしの思いのままに放って置かれたのが、心外に思われるのです」
 それにしましてもそのことを私へお知らせくださいましたら、私はまた計らいようがあるというものです。ある形式を踏ませて、少しは人聞きをよくしてやることもできたでしょうが、あなた様が、ただ年若な者のする放縦な行動そのままにお捨て置きになりましたことを私は遺憾いかんに思うのです」
  Saru nite mo, kakaru koto nam to, sira se tamahi te, kotosarani motenasi, sukosi yukasige aru koto wo maze te koso habera me. Wosanaki hitobito no kokoro ni makase te goranzi hanati keru wo, kokorouku omou tamahu."
4.1.11  など聞こえたまふに、夢にも知りたまはぬことなれば、あさましう思して、
 と申し上げなさると、夢にも御存知なかったことなので、驚きあきれなさって、
 くわしく大臣が言うことによって、はじめて真相をお悟りになった宮は、夢にもお思いにならないことであったから、あきれておしまいになった。
  nado kikoye tamahu ni, yume ni mo siri tamaha nu koto nare ba, asamasiu obosi te,
4.1.12  「 げに、かうのたまふもことわりなれど、かけてもこの人びとの下の心なむ知りはべらざりける。 げに、いと口惜しきことは、ここにこそまして嘆くべくはべれ。もろともに罪をおほせ たまふは、恨めしきことになむ。
 「なるほど、そうおっしゃるのもごもっともなことですが、ぜんぜんこの二人の気持ちを存じませんでした。なるほど、とても残念なことは、こちらこそあなた以上に嘆きたいくらいです。子どもたちと一緒にわたしを非難なさるのは、恨めしいことです。
 「あなたがそうお言いになるのはもっともだけれど、私はまったく二人の孫が何を思って、何をしているかを知りませんでした。私こそ残念でなりませんのに、同じように罪を私が負わせられるとは恨めしいことです。
  "Geni, kau notamahu mo kotowari nare do, kakete mo kono hitobito no sita no kokoro nam siri habera zari keru. Geni, ito kutiwosiki koto ha, koko ni koso masite nageku beku habere. Morotomoni tumi wo ohose tamahu ha, uramesiki koto ni nam.
4.1.13  見たてまつりしより、心ことに思ひはべりて、 そこに思しいたらぬことをも、すぐれたる さまにもてなさむとこそ、人知れず思ひはべれ。ものげなきほどを、 心の闇に惑ひて急ぎものせむとは思ひ寄らぬことになむ
 お世話致してから、特別にかわいく思いまして、あなたがお気づきにならないことも、立派にしてやろうと、内々に考えていたのでしたよ。まだ年端もゆかないうちに、親心の盲目から、急いで結婚させようとは考えもしないことです。
 私は手もとへ来た時から、特別にかわいくて、あなたがそれほどにしようとお思いにならないほど大事にして、私はあの人に女の最高の幸福を受けうる価値もつけようとしてました。一方の孫を溺愛できあいして、ああしたまだ少年の者に結婚を許そうなどとは思いもよらぬことです。
  Mi tatematuri si yori, kokorokoto ni omohi haberi te, soko ni obosi itara nu koto wo mo, sugure taru sama ni motenasa m to koso, hitosirezu omohi habere. Monogenaki hodo wo, kokoro no yami ni madohi te, isogi monose m to ha omohiyora nu koto ni nam.
4.1.14  さても、誰かはかかることは聞こえけむ。 よからぬ世の人の言につきて、きはだけく思しのたまふも、あぢきなく、むなしきことにて、人の御名や汚れむ」
 それにしても、誰がそのようなことを申したのでしょう。つまらぬ世間の噂を取り上げて、容赦なくおっしゃるのも、つまらないことで、根も葉もない噂で、姫君のお名に傷がつくのではないでしょうか」
 それにしても、だれがあなたにそんなことを言ったのでしょう。人の中傷かもしれぬことで、腹をお立てになったりなさることはよくないし、ないことで娘の名に傷をつけてしまうことにもなりますよ」
  Satemo, tare kaha kakaru koto ha kikoye kem? Yokara nu yonohito no koto ni tuki te, kiha dakeku obosi notamahu mo, adikinaku, munasiki koto nite, hito no ohom-na ya kegare m."
4.1.15  とのたまへば、
 とおっしゃると、

  to notamahe ba,
4.1.16  「 何の、浮きたることにかはべらむ。さぶらふめる人びとも、かつは皆もどき笑ふべかめるものを、いと口惜しく、やすからず思うたまへらるるや」
 「どうして、根も葉もないことでございましょうか。仕えている女房たちも、陰ではみな笑っているようですのに、とても悔しく、面白くなく存じられるのですよ」
 「何のないことだものですか。女房たちも批難して、かげでは笑っていることでしょうから、私の心中は穏やかでありようがありません」
  "Nani no, uki taru koto ni ka habera m? Saburahu meru hitobito mo, katu ha mina modoki warahu beka' meru mono wo, ito kutiwosiku, yasukara zu omou tamahe raruru ya!"
4.1.17  とて、立ちたまひぬ。
 とおっしゃって、お立ちになった。
 と言って大臣は立って行った。
  tote, tati tamahi nu.
4.1.18   心知れるどちは 、いみじういとほしく思ふ。一夜のしりう言の人びとは、まして心地も違ひて、「何にかかる睦物語をしけむ」と、思ひ嘆きあへり。
 事情を知っている女房どうしは、実におかわいそうに思う。先夜の陰口を叩いた女房たちは、それ以上に気も動転して、「どうしてあのような内緒話をしたのだろう」と、一同後悔し合っていた。
 幼い恋を知っている人たちは、この破局に立ち至った少年少女に同情していた。先夜の内証話をした人たちは逆上もしてしまいそうになって、どうしてあんな秘密を話題にしたのであろうと後悔に苦しんでいた。
  Kokoro sire ru doti ha, imiziu itohosiku omohu. Hitoyo no siriugoto no hitobito ha, masite kokoti mo tagahi te, "Nani ni kakaru mutumonogatari wo si kem?" to, omohi nageki ahe ri.
注釈192二日ばかりありて参りたまへり内大臣が大宮邸に。4.1.1
注釈193子ながら恥づかしげにおはする御人ざま大宮の子ながら気がひけるほど立派な人、すなわち内大臣をいう。4.1.1
注釈194まほならずぞ見えたてまつりたまふ『集成』は「うちとけてまともに顔を合わすようなことをせず、横顔を向けながら話すのであろう」。『完訳』は「じかには顔を見合せない、半ば物越しの対面」と注す。4.1.1
注釈195ここにさぶらふも以下「おぼえはべりてなむ」まで、内大臣の詞。4.1.3
注釈196心置かれにたり『集成』は「不快に思っております」。『完訳』は「気がひけてしまいます」と訳す。4.1.3
注釈197よからぬもののうへにて雲居雁をさす。4.1.4
注釈198いかやうなることにてか以下「思さるらむ」まで、大宮の詞。4.1.6
注釈199頼もしき御蔭に以下「心憂く思うたまふる」まで、内大臣の詞。4.1.8
注釈200さりとも人となさせたまひてむと大宮が雲居雁を。4.1.8
注釈201思はずなることのはべりければ夕霧と雲居雁とが恋仲であることをいう。4.1.8
注釈202かの人の御ためにも夕霧をさす。4.1.9
注釈203さし離れきらきらしうめづらしげあるあたりに今めかしうもてなさるるこそをかしけれ内大臣の結婚観。『集成』は「世に時めいていて、今まで縁のなかった一族に、はなやかな婿扱いをされてこそ、晴れがましいものです。政治家として派閥を拡大したことになる」と注す。4.1.9
注釈204大臣も聞き思すところはべりなむ「大臣」は源氏をさす。「思す」は不快に思う意。4.1.9
注釈205すこしゆかしげあることをまぜてこそはべらめ『集成』は「婿として改まった扱いをし、多少とも世間からさすがだと思われるようなことを加えるのがよいと存じます。家柄にふさわしい婚儀を挙げるべきだという意」と注す。4.1.10
注釈206心憂く思うたまふ--など大島本は「思ふ給ふ」とある。『集成』『新大系』『古典セレクション』は諸本に従って「たまふる」と「る」を補訂する。ただ『古典セレクション』は「な(奈)」を「る(留)」の誤写と見たものか、「と聞こえたまふに」と整定する。4.1.10
注釈207げにかうのたまふも以下「人の御名や汚れむ」まで、大宮の詞。4.1.12
注釈208げに、いと口惜しきことは、ここにこそまして嘆くべくはべれ『完訳』は「内大臣の「いと口惜しうなん」を受けて、「げに」と納得。自分(大宮)こそ。彼女も雲居雁の入内を諦めない」と注す。4.1.12
注釈209そこに思しいたらぬことをも『集成』は「「そこ」は、同等以下の者を呼ぶ二人称」と注す。4.1.13
注釈210心の闇に惑ひて「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひぬるかな」(後撰集雑一、一一〇二、藤原兼輔)を踏まえる。4.1.13
注釈211急ぎものせむとは思ひ寄らぬことになむ夕霧と雲居雁を結婚させようとすることをさす。4.1.13
注釈212よからぬ世の人の言につきて『集成』は「身分の低い世間の者たちの噂を取り上げて」。『完訳』は「つまらない世間の噂を信用して」と訳す。4.1.14
注釈213何の浮きたることにかはべらむ以下「思うたまへらるるや」まで、内大臣の詞。4.1.16
注釈214心知れるどちは大島本は「(+心)しれるとちハ」とある。すなわち底本は「心」を補訂する。『新大系』は底本の補訂に従う。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「心知れる人は」と校訂する。4.1.18
出典7 心の闇に惑ひて 人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひぬるかな 後撰集雑一-一一〇二 藤原兼輔 4.1.13
校訂27 おぼえ おぼえ--(/+おほえ<朱>) 4.1.4
校訂28 こそ こそ--に(に/$こ)そ 4.1.9
校訂29 思す 思す--おほと(と/$す<朱>) 4.1.9
校訂30 たまふは たまふは--給はて(て/$<朱>) 4.1.12
校訂31 さまに さまに--さま(ま/+に) 4.1.13
校訂32 心知れる 心知れる--(/+心)しれる 4.1.18
4.2
第二段 内大臣、乳母らを非難する


4-2  Naidaijin blames nurses educating his daughter

4.2.1  姫君は、 何心もなくておはするに、 さしのぞきたまへれば 、いとらうたげなる御さまを、 あはれに見たてまつりたまふ
 姫君は、何もご存知でなくていらっしゃるのを、お覗きになると、とてもかわいらしいご様子なのを、しみじみと拝見なさる。
 姫君は何も知らずにいた。のぞいた居間に可憐かれんな美しい顔をして姫君がすわっているのを見て、大臣の心に父の愛が深くいた。
  Himegimi ha, nanigokoro mo naku te ohasuru ni, sasinozoki tamahe re ba, ito rautage naru ohom-sama wo, ahare ni mi tatematuri tamahu.
4.2.2  「 若き人といひながら心幼くものしたまひけるを 知らで、 いとかく 人なみなみに思ひける 我こそ、まさりてはかなかりけれ
 「若いと言っても、無分別でいらっしゃったのを知らないで、ほんとうにこうまで一人前にと思っていた自分こそ、もっとあさはかであったよ」
 「いくら年が行かないからといって、あまりに幼稚な心を持っているあなただとは知らないで、われわれの娘としての人並みの未来を私はいろいろに考えていたのだ。あなたよりも私のほうがすたり物になった気がする」
  "Wakaki hito to ihi nagara, kokorowosanaku monosi tamahi keru wo sira de, ito kaku hito naminami ni omohi keru ware koso, masari te hakanakari kere."
4.2.3  とて、御乳母どもをさいなみたまふに、聞こえむ方なし。
 とおっしゃって、御乳母たちをお責めになるが、お返事の申しようもない。
 と大臣は言って、それから乳母めのとを責めるのであった。乳母は大臣に対して何とも弁明ができない。ただ、
  tote, ohom-menoto-domo wo sainami tamahu ni, kikoye m kata nasi.
4.2.4  「 かやうのことは、限りなき帝の御いつき女も、おのづから過つ例、 昔物語にもあめれど、けしきを知り伝ふる人、さるべき隙にてこそあらめ」
 「このようなことは、この上ない帝の大切な内親王も、いつの間にか過ちを起こす例は、昔物語にもあるようですが、二人の気持ちを知って仲立ちする人が、隙を窺ってするのでしょう」
 「こんなことでは大事な内親王様がたにもあやまちのあることを昔の小説などで読みましたが、それは御信頼を裏切るおそばの者があって、男の方のお手引きをするとか、また思いがけないすきができたとかいうことで起きるのですよ。
  "Kayau no koto ha, kagirinaki Mikado no ohom-ituki musume mo, onodukara ayamatu tamesi, mukasimonogatari ni mo a' mere do, kesiki wo siri tutahuru hito, sarubeki hima nite koso ara me."
4.2.5  「これは、明け暮れ立ちまじりたまひて年ごろおはしましつるを、何かは、いはけなき御ほどを、宮の御もてなしよりさし過ぐしても、隔てきこえさせむと、うちとけて過ぐしきこえつるを、 一昨年ばかりよりは、けざやかなる御もてなしになりにてはべるめるに、 若き人とても、うち紛ればみ、 いかにぞや、世づきたる人もおはすべかめるを、 夢に乱れたるところおはしまさざめれば、さらに思ひ寄らざりけること」
 「この二人は、朝夕ご一緒に長年過ごしていらっしゃったので、どうして、お小さい二人を、大宮様のお扱いをさし越えてお引き離し申すことができましょうと、安心して過ごして参りましたが、一昨年ごろからは、はっきり二人を隔てるお扱いに変わりましたようなので、若い人と言っても、人目をごまかして、どういうものにか、ませた真似をする人もいらっしゃるようですが、けっして色めいたところもなくいらっしゃるようなので、ちっとも思いもかけませんでした」
 こちらのことは何年も始終ごいっしょに遊んでおいでになった間なんですもの。お小さくはいらっしゃるし宮様が寛大にお扱いになる以上にわれわれがお制しすることはできないとそのままに見ておりましたけれど、それも一昨年ごろからははっきりと日常のことが御区別できましたし、またあの方が同じ若い人といってもだらしのない不良なふうなどは少しもない方なのでしたから、まったく油断をいたしましたわね」
  "Kore ha, akekure tatimaziri tamahi te tosigoro ohasimasi turu wo, nanikaha, ihakenaki ohom-hodo wo, Miya no ohom-motenasi yori sasisugusi te mo, hedate kikoye sase m to, utitoke te sugusi kikoye turu wo, wototosi bakari yori ha, kezayaka naru ohom-motenasi ni nari nite haberu meru ni, wakaki hito tote mo, uti-magire bami, ikanizoya, yoduki taru hito mo ohasu beka' meru wo, yume ni midare taru tokoro ohasimasa za' mere ba, sarani omohiyora zari keru koto."
4.2.6  と、おのがどち嘆く。
 と、お互いに嘆く。
 などと自分たち仲間でなげいているばかりであった。
  to, onogadoti nageku.
4.2.7  「 よし、しばし、かかること漏らさじ。隠れあるまじきことなれど、心をやりて、あらぬこととだに言ひ なされよ。今 かしこに渡したてまつりてむ。宮の御心のいとつらきなり。そこたちは、さりとも、いとかかれとしも、思はれざりけむ」
 「よし、暫くの間、このことは人に言うまい。隠しきれないことだが、よく注意して、せめて事実無根だともみ消しなさい。今からは自分の所に引き取ろう。大宮のお扱いが恨めしい。お前たちは、いくらなんでも、こうなって欲しいとは思わなかっただろう」
 「で、このことはしばらく秘密にしておこう。評判はどんなにしていても立つものだが、せめてあなたたちは、事実でないと否定をすることに骨を折るがいい。そのうち私のやしきへつれて行くことにする。宮様の御好意が足りないからなのだ。あなたがたはいくら何だっても、こうなれと望んだわけではないだろう」
  "Yosi, sibasi, kakaru koto morasa zi. Kakure aru maziki koto nare do, kokoro wo yari te, ara nu koto to dani ihi nasa re yo. Ima kasiko ni watasi tatematuri te m. Miya no mi-kokoro no ito turaki nari. Soko-tati ha, saritomo, ito kakare to simo, omoha re zari kem."
4.2.8  とのたまへば、「 いとほしきなかにも、うれしくのたまふ」と思ひて、
 とおっしゃるので、「困ったこととではあるが、嬉しいことをおっしゃる」と思って、
 と大臣が言うと、乳母たちは、大宮のそう取られておいでになることをお気の毒に思いながらも、また自家のあかりが立ててもらえたようにうれしく思った。
  to notamahe ba, "Itohosiki naka ni mo, uresiku notamahu." to omohi te,
4.2.9  「 あな、いみじや大納言殿に聞きたまはむことをさへ思ひはべれば、めでたきにても、ただ人の筋は、何のめづらしさにか思ひたまへかけむ」
 「まあ、とんでもありません。按察大納言殿のお耳に入ることをも考えますと、立派な人ではあっても、臣下の人であっては、何を結構なことと考えて望んだり致しましょう」
 「さようでございますとも、大納言家への聞こえということも私たちは思っているのでございますもの、どんなに人柄がごりっぱでも、ただの御縁におつきになることなどを私たちは希望申し上げるわけはございません」
  "Ana, imizi ya! Dainagon-dono ni kiki tamaha m koto wo sahe omohi habere ba, medetaki nite mo, tadaudo no sudi ha, nani no medurasisa ni ka omohi tamahe kake m?"
4.2.10  と聞こゆ。
 と申し上げる。
 と言う。
  to kikoyu.
4.2.11  姫君は、いと幼げなる御さまにて、 よろづに申したまへども、かひあるべきにもあらねば、うち泣きたまひて、
 姫君は、とても子供っぽいご様子で、いろいろとお申し上げなさっても、何もお分かりでないので、お泣きになって、
 姫君はまったく無邪気で、どう戒めても、おしえてもわかりそうにないのを見て大臣は泣き出した。
  Himegimi ha, ito wosanage naru ohom-sama nite, yorodu ni mausi tamahe domo, kahi aru beki ni mo ara ne ba, uti-naki tamahi te,
4.2.12  「 いかにしてか、いたづらになりたまふまじきわざはすべからむ」
 「どうしたら、傷ものにおなりにならずにすむ道ができようか」
 「どういうふうに体裁を繕えばいいか、この人をすたり物にしないためには」
  "Ikani si te ka, itadura ni nari tamahu maziki waza ha su beka' ram?"
4.2.13  と、忍びてさるべきどちのたまひて、 大宮をのみぞ恨みきこえたまふ。
 と、こっそりと頼れる乳母たちとご相談なさって、大宮だけをお恨み申し上げなさる。
 大臣は二、三人と密議するのであった。この人たちは大宮の態度がよろしくなかったことばかりを言い合った。
  to, sinobi te saru beki doti notamahi te, Ohomiya wo nomi zo urami kikoye tamahu.
注釈215さしのぞきたまへれば主語は内大臣。4.2.1
注釈216あはれに見たてまつりたまふ主語は内大臣。4.2.1
注釈217若き人といひながら以下「はかなかりけれ」まで、内大臣の詞。4.2.2
注釈218心幼くものしたまひけるを『集成』は「こんなに無分別でいらっしゃったとは知らず。年頃の姫君として男女の仲に無知なことをいう」。『完訳』は「大人なら、もっと慎重だったのにと、として、幼い二人を思う」と注す。4.2.2
注釈219人なみなみに大島本は「人なミ/\に」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「人並々にと」と「と」を補訂する。4.2.2
注釈220我こそまさりてはかなかりけれ『完訳』は「幼い雲居雁よりも、もっとあさはかだった。内大臣は、自らの愚かさを嘆く形で乳母らを責める」と注す。4.2.2
注釈221かやうのことは以下「さらに思ひ寄らざりけること」まで、乳母たちの詞。4.2.4
注釈222昔物語にもあめれど『集成』は「物語を人生の指針としている当時の女性である」と注す。4.2.4
注釈223若き人とても『完訳』は「以下、一般の若者。色恋ごとに傾く者もああるとして、「ゆめに乱れたる--」以下の夕霧と対比」と注す。4.2.5
注釈224いかにぞや『集成』「どうであろうか、と非難する気持を表す」と注す。4.2.5
注釈225夢に乱れたるところおはしまさざめれば夕霧についていう。4.2.5
注釈226よししばし以下「思はざりけむ」まで、内大臣の詞。4.2.7
注釈227かしこに渡したてまつりてむ雲居雁を自分の邸の方に移そうの意。4.2.7
注釈228いとほしきなかにも以下「うれしくのたまふ」まで、乳母の心中。『集成』は「困ったことと思いながらも」。『完訳』は「姫君にはおかわいそうだが」と訳す。4.2.8
注釈229あないみじや以下「思ひたまへかけむ」まで、乳母の詞。4.2.9
注釈230大納言殿に聞きたまはむことをさへ思ひはべれば雲居雁の母が再婚した按察大納言をさす。4.2.9
注釈231よろづに申したまへど『集成』は「ご注意申されても」と訳す。4.2.11
注釈232いかにしてか以下「わざはすべからむ」まで、内大臣の心中。4.2.12
注釈233大宮をのみぞ大島本は「大宮をのミそ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「大宮をのみ」と「そ」を削除する。4.2.13
校訂33 何心 何心--なに(に/+心) 4.2.1
校訂34 たまへれ たまへれ--給つ(つ/$へ<朱>)れ 4.2.1
校訂35 心幼く 心幼く--心おさな/\(/\/$く<朱>) 4.2.2
校訂36 いと いと--(/+いと<朱>) 4.2.2
校訂37 一昨年 一昨年--(/+おと)とし 4.2.5
校訂38 なされ なされ--なされ(なされ/$<朱>)なされ 4.2.7
4.3
第三段 大宮、内大臣を恨む


4-3  Omiya blames his son

4.3.1  宮は、いといとほしと思すなかにも、 男君の御かなしさはすぐれたまふにやあらむ、かかる心のありけるも、うつくしう思さるるに、 情けなく、こよなきことのやうに思しのたまへるを
 大宮は、とてもかわいいとお思いになる二人の中でも、男君へのご愛情がまさっていらっしゃるのであろうか、このような気持ちがあったのも、かわいらしくお思いになられるが、情愛なく、ひどいことのようにお考えになっておっしゃったのを、
 大宮はこの不祥事を二人の孫のために悲しんでおいでになったが、その中でも若君のほうをお愛しになる心が強かったのか、もうそんなに大人びた恋愛などのできるようになったかとかわいくお思われにならないでもなかった。
  Miya ha, ito itohosi to obosu naka ni mo, Wotokogimi no ohom-kanasisa ha sugure tamahu ni ya ara m, kakaru kokoro no ari keru mo, utukusiu obosa ruru ni, nasakenaku, koyonaki koto no yau ni obosi notamahe ru wo,
4.3.2  「 などかさしもあるべきもとよりいたう思ひつきたまふことなくて、かくまでかしづかむとも 思し立たざりしを、わがかくもてなしそめたればこそ、春宮の御ことをも 思しかけためれ。とりはづして、ただ人の宿世あらば、この君よりほかにまさるべき 人やはある。容貌、ありさまよりはじめて、等しき 人のあるべきかはこれより及びなからむ際にもとこそ思へ」
 「どうしてそんなに悪いことがあろうか。もともと深くおかわいがりになることもなくて、こんなにまで大事にしようともお考えにならなかったのに、わたしがこのように世話してきたからこそ、春宮へのご入内のこともお考えになったのに。思いどおりにゆかないで、臣下と結ばれるならば、この男君以外にまさった人がいるだろうか。器量や、態度をはじめとして、同等の人がいるだろうか。この姫君以上の身分の姫君が相応しいと思うのに」
 もってのほかのように言った内大臣の言葉を肯定あそばすこともできない。必ずしもそうであるまい、たいした愛情のなかった子供を、自分がたいせつに育ててやるようになったため、東宮の後宮というような志望も父親が持つことになったのである。それが実現できなくて、普通の結婚をしなければならない運命になれば、源氏の長男以上のすぐれた婿があるものではない。
  "Nadoka sasimo aru beki. Motoyori itau omohituki tamahu koto naku te, kaku made kasiduka m tomo obositata zari si wo, waga kaku motenasi some tare ba koso, Touguu no ohom-koto wo mo obosikake ta' mere. Torihadusi te, tadaudo no sukuse ara ba, kono Kimi yori hoka ni masaru beki hito yaha aru? Katati, arisama yori hazime te, hitosiki hito no aru beki kaha. Kore yori oyobi nakara m kiha ni mo to koso omohe."
4.3.3  と、 わが心ざしのまさればにや、大臣を恨めしう思ひきこえたまふ。 御心のうちを見せたてまつりたらば、ましていかに恨みきこえたまはむ
 と、ご自分の愛情が男君の方に傾くせいからであろうか、内大臣を恨めしくお思い申し上げなさる。もしもお心の中をお見せ申したら、どんなにかお恨み申し上げになることであろうか。
 容貌ようぼうをはじめとして何から言っても同等の公達きんだちのあるわけはない、もっと価値の低い婿を持たねばならない気がすると、やや公平でない御愛情から、大臣を恨んでおいでになるのであったが、宮のこのお心持ちを知ったならまして大臣はお恨みすることであろう。
  to, waga kokorozasi no masare ba ni ya, Otodo wo uramesiu omohi kikoye tamahu. Mi-kokoro no uti wo mise tatematuri tara ba, masite ikani urami kikoye tamaha m.
注釈234男君の御かなしさはすぐれたまふにやあらむ『集成』は「ここでいわば一人前の恋する男として「男君」という呼称が使われている」と注す。語り手の挿入句。作中人物の心理を忖度してみせ、読者の関心を引きつける。4.3.1
注釈235情けなくこよなきことのやうに思しのたまへるを主語は内大臣。4.3.1
注釈236などかさしもあるべき以下「とこそ思へ」まで、大宮の心中。4.3.2
注釈237もとよりいたう思ひつきたまふことなくて主語は内大臣。4.3.2
注釈238思し立たざりしを大島本は「たゝさりし」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「たらざりし」と校訂する。4.3.2
注釈239思しかけためれ「こそ」--「めれ」已然形の係結び、逆接用法。4.3.2
注釈240人やはある大島本は「人やハある」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「人やは」と「ある」を削除する。反語表現。4.3.2
注釈241人のあるべきかは反語表現。4.3.2
注釈242これより及びなからむ際にも『集成』は「雲居雁以上の、及びもつかぬような身分の方にでもふさわしいと思うのに。夕霧は内親王の婿にでもふさわしいと、大宮は思う」と注す。4.3.2
注釈243わが心ざしのまさればにや挿入句。大宮の内省と語り手の忖度両義。4.3.3
注釈244御心のうちを見せたてまつりたらばましていかに恨みきこえたまはむ『完訳』は「以下、語り手の評」と注す。4.3.3
4.4
第四段 大宮、夕霧に忠告


4-4  Omiya advises to her grandson, Yugiri

4.4.1  かく騒がるらむとも知らで、冠者の君参りたまへり。一夜も人目しげうて、 思ふことをもえ聞こえずなりにしかば、常よりもあはれにおぼえたまひければ、 夕つ方おはしたるなるべし
 このように騷がれているとも知らないで、冠者の君が参上なさった。先夜も人目が多くて、思っていることもお申し上げになることができずに終わってしまったので、いつもよりもしみじみと思われなさったので、夕方いらっしゃったのであろう。
 自身のことでこんな騒ぎのあることも知らずに源氏の若君が来た。一昨夜は人が多くいて、恋人を見ることのできなかったことから、恋しくなって夕方から出かけて来たものであるらしい。
  Kaku sawaga ru ram tomo sira de, Kwanza-no-Kimi mawiri tamahe ri. Hitoyo mo hitome sigeu te, omohu koto wo mo e kikoye zu nari ni sika ba, tune yori mo ahare ni oboye tamahi kere ba, yuhutukata ohasi taru naru besi.
4.4.2  宮、例は 是非知らず、うち笑みて待ちよろこびきこえたまふを、まめだちて物語など聞こえたまふついでに、
 大宮は、いつもは何はさておき、微笑んでお待ち申し上げていらっしゃるのに、まじめなお顔つきでお話など申し上げなさる時に、
 平生大宮はこの子をお迎えになると非常におうれしそうなお顔をあそばしておよろこびになるのであるが、今日はまじめなふうでお話をあそばしたあとで、
  Miya, rei ha zehi sira zu, uti-wemi te mati yorokobi kikoye tamahu wo, mamedati te, monogatari nado kikoye tamahu tuide ni,
4.4.3  「 御ことにより、内大臣の怨じてものしたまひにしかば、いとなむ いとほしきゆかしげなきことをしも思ひそめたまひて、人にもの思はせたまひつべきが心苦しきこと。かうも聞こえじと思へど、 さる心も知りたまはでやと思へばなむ」
 「あなたのお事で、内大臣殿がお恨みになっていらっしゃったので、とてもお気の毒です。人に感心されないことにご執心なさって、わたしに心配かけさせることがつらいのです。こんなことはお耳に入れまいと思いますが、そのようなこともご存知なくてはと思いまして」
 「あなたのことで内大臣が来て、私までも恨めしそうに言ってましたから気の毒でしたよ。よくないことをあなたは始めて、そのために人が不幸になるではありませんか。私はこんなふうに言いたくはないのだけれど、そういうことのあったのを、あなたが知らないでいてはと思ってね」
  "Ohom-koto ni yori, Utinootodo no wenzi te monosi tamahi ni sika ba, ito nam itohosiki. Yukasige naki koto wo simo omohi some tamahi te, hito ni mono omoha se tamahi tu beki ga kokorogurusiki koto. Kau mo kikoye zi to omohe do, saru kokoro mo siri tamaha de ya to omohe ba nam."
4.4.4  と聞こえたまへば、心にかかれることの筋なれば、ふと思ひ寄りぬ。面赤みて、
 と申し上げなさると、心配していた方面のことなので、すぐに気がついた。顔が赤くなって、
 とお言いになった。少年の良心にとがめられていることであったから、すぐに問題の真相がわかった。若君は顔を赤くして、
  to kikoye tamahe ba, kokoro ni kakare ru koto no sudi nare ba, huto omohiyori nu. Omote akami te,
4.4.5  「 何ごとにかはべらむ静かなる所に籠もりはべりにしのち、ともかくも人に交じる折なければ、恨みたまふべきことはべらじとなむ思ひたまふる」
 「どのようなことでしょうか。静かな所に籠もりまして以来、何かにつけて人と交際する機会もないので、お恨みになることはございますまいと存じておりますが」
 「なんでしょう。静かな所へ引きこもりましてからは、だれとも何の交渉もないのですから、伯父おじ様の感情を害するようなことはないはずだと私は思います」
  "Nanigoto ni ka habera m? Siduka naru tokoro ni komori haberi ni si noti, tomokakumo hito ni maziru wori nakere ba, urami tamahu beki koto habera zi to nam omohi tamahuru."
4.4.6  とて、いと恥づかしと思へるけしきを、あはれに心苦しうて、
 と言って、とても恥ずかしがっている様子を、かわいくも気の毒に思って、
 と言って羞恥しゅうちに堪えないように見えるのをかわいそうに宮は思召おぼしめした。
  tote, ito hadukasi to omohe ru kesiki wo, ahare ni kokorogurusiu te,
4.4.7  「 よし。今よりだに用意したまへ
 「よろしい。せめて今からはご注意なさい」
 「まあいいから、これから気をおつけなさいね」
  "Yosi. Ima yori dani youi si tamahe."
4.4.8  とばかりにて、異事に言ひなしたまうつ。
 とだけおっしゃって、他の話にしておしまいになった。
 とだけお言いになって、あとはほかへ話を移しておしまいになった。
  to bakari nite, kotogoto ni ihinasi tamau tu.
注釈245思ふことをもえ聞こえずなりにしかば主語は夕霧。4.4.1
注釈246夕つ方おはしたるなるべし『完訳』は「語り手の推測。夕霧の恋の苦悩を想像させる語り口である」と注す。4.4.1
注釈247御ことにより以下「思へばなむ」まで、大宮の詞。4.4.3
注釈248いとほしき『集成』は「困っています」。『完訳』は「つらく思われます」と訳す。4.4.3
注釈249ゆかしげなきこと『集成』は人に感心されない、いとこ同士の恋愛沙汰をいう」と注す。4.4.3
注釈250さる心も知りたまはでやと内大臣が雲居雁と夕霧の関係を知って立腹しているということをさす。4.4.3
注釈251何ごとにかはべらむ以下「となむ思ひたまふる」まで、夕霧の詞。4.4.5
注釈252静かなる所に籠もりはべりにしのち二条東院の夕霧の学問所。4.4.5
注釈253よし今よりだに用意したまへ大宮の詞。4.4.7
校訂39 是非 是非--せ(せ/=いイ)ひ 4.4.2
Last updated 9/21/2010(ver.2-3)
渋谷栄一校訂(C)
Last updated 11/10/2009(ver.2-2)
渋谷栄一注釈(C)
Last updated 8/5/2001
渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-2)
現代語訳
与謝野晶子
電子化
上田英代(古典総合研究所)
底本
角川文庫 全訳源氏物語
校正・
ルビ復活
kompass(青空文庫)

2004年2月4日

渋谷栄一訳
との突合せ
若林貴幸、宮脇文経

2008年3月22日

Last updated 11/10/2009 (ver.2-2)
Written in Japanese roman letters
by Eiichi Shibuya (C)
Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition)
このページは再編集プログラムによって2024/9/21に出力されました。
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