第二十三帖 初音


23 HATUNE (Ohoshima-bon)


光る源氏の太政大臣時代
三十六歳の新春正月の物語



Tale of Hikaru-Genji's Daijo-Daijin era in the new year at the age of 36

2
第二章 光る源氏の物語 二条東院の女性たちの物語


2  Tale of Hikaru-Genji  Women's lives in Nijo-Higasi-no-in

2.1
第一段 二条東院の末摘花を訪問


2-1  Genji visits to Suetsumu in Nijo-Higasi-no-in

2.1.1  かうののしる馬車の音を、 もの隔てて聞きたまふ御方々は 蓮の中の世界に、まだ開けざらむ心地もかくやと、心やましげなり。まして、 東の院に離れたまへる御方々は、年月に添へて、つれづれの数のみまされど、「 世の憂きめ見えぬ山路」に 思ひなずらへて、 つれなき人の御心をば、何とかは見たてまつりとがめむ、その他の心もとなく寂しきことはたなければ、 行なひの方の人は、その紛れなく勤め、 仮名のよろづの草子の学問、心に入れたまはむ人は、また願ひに従ひ、 ものまめやかにはかばかしきおきてにも、ただ心の願ひに従ひたる住まひなり。騒がしき 日ごろ過ぐして渡りたまへり。
 このように雑踏する馬や車の音をも、遠く離れてお聞きになる御方々は、極楽浄土の蓮の中の世界で、まだ開かないで待っている心地もこのようなものかと、心穏やかではない様子である。それ以上に、二条東の院に離れていらっしゃる御方々は、年月とともに、所在ない思いばかりが募るが、「世の嫌な思いがない山路」に思いなぞらえて、薄情な方のお心を、何と言ってお咎め申せよう。その他の不安で寂しいことは何もないので、仏道修行の方面の人は、それ以外のことに気を散らさず励み、仮名文字のさまざまの書物の学問に、ご熱心な方は、またその願いどおりになさり、生活面でもしっかりとした基盤があって、まったく希望どおりの生活である。忙しい数日を過ごしてからお越しになった。
 こうしたはなやかな遊びも派手はでな人出入りの物音も遠く離れた所で聞いている紫の女王にょおう以外の夫人たちは、極楽世界に生まれても下品下生げぼんげしょうの仏で、まだ開かないはすつぼみの中にこもっている気がされた。まして離れた東の院にいる人たちは、年月に添えて退屈さと寂しさが加わるのであるが、うるさい世の中と隔離した山里に住んでいる気になっていて、源氏の冷淡さをとがめたり恨んだりする気にもなれなかった。物質的の心配はいっさいなかったから、仏勤めをする人は専念に信仰の道に進めるし、文学好きな人はまたその勉強がよくできた。住居すまいなども個人個人の趣味と生活にかなった様式に作られてあった。新年騒ぎの少し静まったころになって源氏は東の院へ来た。
  Kau nonosiru muma kuruma no oto wo, mono-hedate te kiki tamahu ohom-katagata ha, hatisu no naka no sekai ni, mada hirake zara m kokoti mo kaku ya to, kokoroyamasige nari. Masite, Himgasi-no-win ni hanare tamahe ru ohom-katagata ha, tosituki ni sohe te, turedure no kazu nomi masare do, Yo no ukime miye nu yamadini omohi nazurahe te, turenaki hito no mi-kokoro wo ba, nani to ka ha mi tatematuri togame m, sono hoka no kokoromotonaku sabisiki koto hata nakere ba, okonahi no kata no hito ha, sono magire naku tutome, kana no yorodu no sausi no gakumon, kokoro ni ire tamaha m hito ha, mata negahi ni sitagahi, mono-mameyaka ni hakabakasiki okite ni mo, tada kokoro no negahi ni sitagahi taru sumahi nari. Sawagasiki higoro sugusi te watari tamahe ri.
2.1.2  常陸宮の御方は、人のほどあれば、 心苦しく思して人目の飾りばかりは、いとよくもてなしきこえたまふ。いにしへ、盛りと見えし御若髪も、年ごろに衰ひゆき、まして、 滝の淀み恥づかしげなる 御かたはらめなどを、いとほしと思せば、まほにも向かひたまはず。
 常陸宮の御方は、ご身分があるので、気の毒にお思いになって、人目に立派に見えるように、たいそう行き届いたお扱いをなさる。若いころ、盛りに見えた御若髪も、年とともに衰えて行き、それ以上に、滝の淀みに引けをとらない白髪の御横顔などを、気の毒とお思いになると、面と向かって対座なさらない。
 末摘花すえつむはな女王にょおうは無視しがたい身分を思って、形式的には非常に尊貴な夫人としてよく取り扱っているのである。昔たくさんあった髪も、年々に少なくなって、しかも今は白い筋の多く混じったこの人を、面と向かって見ることが堪えられず気の毒で、源氏はそれをしなかった。
  Hitati-no-Miya-no-Ohomkata ha, hito no hodo are ba, kokorogurusiku obosi te, hitome no kazari bakari ha, ito yoku motenasi kikoye tamahu. Inisihe, sakari to miye si ohom-wakagami mo, tosigoro ni otorohi yuki, masite, taki no yodomi hadukasige naru ohom-kataharame nado wo, itohosi to obose ba, maho ni mo mukahi tamaha zu.
2.1.3   柳は、げにこそすさまじかりけれと見ゆるも、 着なしたまへる人からなるべし。光もなく黒き掻練の、 さゐさゐしく張りたる一襲、さる織物の袿着たまへる、いと寒げに心苦し。 襲の衣などは、いかにしなしたるにかあらむ
 柳襲は、なるほど不似合いだと見えるのも、お召しになっている方のせいであろう。光沢のない黒い掻練の、さわさわ音がするほど張った一襲の上に、その織物の袿を着ていらっしゃる、とても寒そうでいたわしい感じである。襲の衣などは、どのようにしたのであろうか。
 柳の色は女が着て感じのよいものでないと思われたが、それはここだけのことで、着手が悪いからである。陰気な黒ずんだ赤の掻練かいねり糊気のりけの強い一かさねの上に、贈られた柳の織物の小袿こうちぎを着ているのが寒そうで気の毒であった。重ねに仕立てさせる服地も贈られたのであるがどうしたのであろう。
  Yanagi ha, geni koso susamazikari kere to miyuru mo, kinasi tamahe ru hito kara naru besi. Hikari mo naku kuroki kaineri no, sawisawisiku hari taru hitokasane, saru orimono no utiki ki tamahe ru, ito samuge ni kokorogurusi. Kasane no kinu nado ha, ikani sinasi taru ni ka ara m?
2.1.4   御鼻の色ばかり、霞にも紛るまじうはなやかなるに、 御心にもあらずうち嘆かれたまひて、ことさらに御几帳引きつくろひ隔てたまふ。 なかなか、女はさしも思したらず、今は、かくあはれに長き御心のほどを、おだしきものにうちとけ頼みきこえたまへる御さま、あはれなり。
 お鼻の色だけは、霞にも隠れることなく目立っているので、お心にもなくつい嘆息されなさって、わざわざ御几帳を引き直して隔てなさる。かえって、女はそのようにはお思いにならず、今は、このようにやさしく変わらない愛情のほどを、安心に思い気を許してご信頼申していらっしゃるご様子は、いじらしく感じられる。
 鼻の色だけは春のかすみにもこれは紛れてしまわないだろうと思われるほどの赤いのを見て、源氏は思わず歎息たんそくをした。手はわざわざ几帳きちょうの切れを丁寧に重ね直した。かえって末摘花は恥ずかしがっていないのである。
  Ohom-hana no iro bakari, kasumi ni mo magiru maziu hanayaka naru ni, mi-kokoro ni mo ara zu uti-nageka re tamahi te, kotosara ni mi-kityau hiki-tukurohi hedate tamahu. Nakanaka, womna ha sasimo obosi tara zu, ima ha, kaku ahare ni nagaki mi-kokoro no hodo wo, odasiki mono ni utitoke tanomi kikoye tamahe ru ohom-sama, ahare nari.
2.1.5   かかる方にもおしなべての人ならず、いとほしく悲しき人の御さまに思せば、あはれに、我だにこそはと、御心とどめたまへるも、 ありがたきぞかし。御声なども、いと寒げに、うちわななきつつ語らひきこえたまふ。見わづらひたまひて、
 このような面でも、普通の身分の人とは違って、気の毒で悲しいお身の上の方、とお思いになると、かわいそうで、せめてわたしだけでもと、お心にかけていらっしゃるのも、めったにないことである。お声なども、たいそう寒そうに、ふるえながらお話し申し上げなさる。見かねなさって、
 こうして変わらぬ愛をかける源氏に真心から信頼している様子に同情がされた。こんなことにも常識の不足した点のあるのを、哀れな人であると源氏は思って、自分だけでもこの人を愛してやらねばというふうに考えるところに源氏の善良さがうかがえるのである。話す声なども寒そうにふるえていた。源氏は見かねて言った。
  Kakaru kata ni mo, osinabete no hito nara zu, itohosiku kanasiki hito no ohom-sama ni obose ba, ahare ni, ware dani koso ha to, mi-kokoro todome tamahe ru mo, arigataki zo kasi. Ohom-kowe nado mo, ito samuge ni, uti-wananaki tutu katarahi kikoye tamahu. Mi wadurahi tamahi te,
2.1.6  「 御衣どもの事など 、後見きこゆる人ははべりや。かく心やすき御住まひは、ただいとうちとけたるさまに、 含みなえたるこそよけれ。うはべばかりつくろひたる御よそひは、あいなくなむ」
 「衣装のことなどを、お世話申し上げる人はございますか。このように気楽なお住まいでは、ひたすらとてもくつろいだ様子で、ふっくらして柔らかくなっているのがよいのです。表面だけを取り繕ったお身なりは、感心しません」
 「あなたの着物のことなどをお世話する者がありますか。こんなふうに気楽に暮らしていてよい人というものは、外見はどうでも、何枚でも着物を着重ねているのがいいのですよ。表面だけの体裁よさを作っているのはつまりませんよ」
  "Ohom-zo-domo no koto nado, usiromi kikoyuru hito ha haberi ya? Kaku kokoroyasuki ohom-sumahi ha, tada ito utitoke taru sama ni, hukumi naye taru koso yokere. Uhabe bakari tukurohi taru ohom-yosohi ha, ainaku nam."
2.1.7  と聞こえたまへば、こちごちしくさすがに笑ひたまひて、
 と申し上げなさると、ぎごちなくそれでもお笑いになって、
 女王はさすがにおかしそうに笑った。
  to kikoye tamahe ba, kotigotisiku sasuga ni warahi tamahi te,
2.1.8  「 醍醐の阿闍梨の君の御あつかひしはべるとて、 衣どももえ縫ひはべらでなむ。皮衣をさへ取られにし後、寒くはべる」
 「醍醐の阿闍梨の君のお世話を致そうと思っても、召し物などを縫うことができずにおります。皮衣まで取られてしまった後は、寒うございます」
 「醍醐だいご阿闍梨あじゃりさんの世話に手がかかりましてね、仕立て物が間に合いませんでした上に、毛皮なども借りられてしまいまして寒いのですよ」
  "Daigo no Azari-no-Kimi no ohom-atukahi si haberu tote, kinu-domo mo e nuhi habera de nam. Kahaginu wo sahe tora re ni si noti, samuku haberu."
2.1.9  と聞こえたまふは、 いと鼻赤き御兄なりけり。心うつくしといひながら、 あまりうちとけ過ぎたりと思せど、ここにては、いとまめに きすくの人にておはす
 と申し上げなさるのは、まったく鼻の赤い兄君だったのである。素直だとはいっても、あまりに構わなさすぎるとお思いになるが、この世では、とても実直で無骨な人になっていらっしゃる。
 と説明する阿闍梨というのは鼻の非常に赤い兄の僧のことである。あまりに見栄を知らない女であると思いながらも、ここではまじめな一面だけを見せている源氏はなおも注意をする。
  to kikoye tamahu ha, ito hana akaki ohom-seuto nari keri. Kokoro utukusi to ihi nagara, amari utitoke sugi tari to obose do, koko nite ha, ito mame ni kisuku no hito nite ohasu.
2.1.10  「 皮衣はいとよし。山伏の蓑代衣に譲りたまひてあへなむ。さて、このいたはりなき白妙の衣は、七重にも、などか 重ねたまはざらむ。 さるべき折々は、 うち忘れたらむこともおどろかしたまへかし。もとより おれおれしく、たゆき心のおこたりに。まして方々の紛らはしき競ひにも、おのづからなむ」
 「皮衣はそれでよい。山伏の蓑代衣にお譲りになってよいでしょう。そうして、この大切にする必要もない白妙の衣は、七枚襲にでも、どうして重ね着なさらないのですか。必要な物がある時々には、忘れていることでもおっしゃってください。もともと愚か者で気がききません性分ですから。まして方々への忙しさに紛れて、ついうっかりしまして」
 「毛皮はお坊様にあげたほうが適当でいいのですよ、そんな物より、白い着物という物は何枚でも重ねて着ていいのですからね。なぜあなたはそうしないのですか。入り用な物も送ってよこすのを私が忘れていれば、遠慮なく言ってよこしてください。もとからぼんやりとした私はまたなまけ者でもあるし、ほかの方たちのこととこんがらがってしまうこともあって、済まない結果にもなるのですよ」
  "Kahaginu ha ito yosi. Yamabusi no minosirogoromo ni yuduri tamahi te ahe na m. Sate, kono itahari naki sirotahe no kinu ha, nanahe ni mo, nadoka kasane tamaha zara m? Saru beki woriwori ha, uti-wasure tara m koto mo odorokasi tamahe kasi. Motoyori oreoresiku, tayuki kokoro no okotari ni. Masite katagata no magirahasiki kihohi ni mo, onodukara nam."
2.1.11  とのたまひて、 向かひの院の御倉開けさせたまひて、絹、綾などたてまつらせたまふ。
 とおっしゃって、向かいの院の御倉を開けさせなさって、絹や、綾などを差し上げさせなさる。
 と言って源氏は、隣の二条院のほうのくらをあけさせ、絹やあやを多くくれないの女王に贈った。
  to notamahi te, mukahi no Win no mi-kura ake sase tamahi te, kinu, aya nado tatematura se tamahu.
2.1.12   荒れたる所もなけれど、住みたまはぬ所のけはひは静かにて、御前の木立ばかりぞいとおもしろく、 紅梅の咲き出でたる匂ひなど、見はやす人もなきを見わたしたまひて、
 荒れた所もないが、お住まいにならない所の様子はひっそりとして、お庭先の木立だけがたいそう美しく、紅梅の咲き出した匂いなど、鑑賞する人がいないのをお眺めになって、
 荒れた所もないが、男主人の平生住んでいない家は、どことなく寂しい空気のたまっている気がした。前の庭の木立ちだけは春らしく見えて、咲いた紅梅なども賞翫しょうがんする人のないのをながめて、
  Are taru tokoro mo nakere do, sumi tamaha nu tokoro no kehahi ha siduka nite, omahe no kodati bakari zo ito omosiroku, koubai no saki ide taru nihohi nado, mihayasu hito mo naki wo miwatasi tamahi te,
2.1.13  「 ふるさとの春の梢に訪ね来て
   世の常ならぬ花を見るかな
 「昔の邸の春の梢を訪ねて来てみたら
  世にも珍しい紅梅の花が咲いていたことよ
  ふるさとの春の木末にたづねきて
  世の常ならぬ花を見るかな
    "Hurusato no haru no kozuwe ni tadune ki te
    yo no tune nara nu hana wo miru kana
2.1.14  と独りごちたまへど、 聞き知りたまはざりけむかし
 独り言をおっしゃったが、お聞き知りにはならなかったであろう。
 と源氏は独言ひとりごとしたが、鼻の赤い夫人は何のこととも気づかなかったであろう。
  to hitorigoti tamahe do, kikisiri tamaha zari kem kasi.
注釈83もの隔てて聞きたまふ御方々は花散里や明石御方をさす。2.1.1
注釈84蓮の中の世界にまだ開けざらむ心地もかくや花散里などの心中を忖度して表現した文。極楽浄土世界中、九品の中の下品下生、最下級の世界。そこでは蓮の花が開くまでに十二大劫の期間を待たねばならない。2.1.1
注釈85東の院に離れたまへる御方々は二条東院の末摘花や空蝉をさす。2.1.1
注釈86世の憂きめ見えぬ山路に「世の憂きめ見えぬ山路へ入らむには思ふ人こそほだしなりけれ」(古今集雑下、九五五、物部吉名)。2.1.1
注釈87つれなき人の御心をば何とかは見たてまつりとがめむ源氏の心をさす。「なにとかは--とがめむ」反語表現。『完訳』は「己が身の不運と諦める気持」と注す。2.1.1
注釈88行なひの方の人は空蝉をさす。2.1.1
注釈89仮名のよろづの草子の学問心に入れたまはむ人は末摘花をさす。『集成』は「「学問」と大げさに言うのは、例の、末摘花をからかった筆つき」と注す。2.1.1
注釈90ものまめやかにはかばかしきおきてにも『集成』は「生活を支えるしっかりした経済的な処遇の点でも」。『完訳』は「給与や使用人などの取決め」「実生活上のきちんとした取決めの点でも」と注す。2.1.1
注釈91心苦しく思して源氏が末摘花を。2.1.2
注釈92人目の飾りばかりは『集成』は「人目には立派に見えるように」と注す。2.1.2
注釈93滝の淀み恥づかしげなる白髪の譬喩。「落ちたぎつ滝の水上年積もり老いにけらしな黒き筋なし」(古今集雑上、九二八、壬生忠岑)。2.1.2
注釈94柳はげにこそすさまじかりけれ源氏が暮れに贈った柳襲の衣裳。源氏の感想。2.1.3
注釈95着なしたまへる人からなるべし語り手の感想。2.1.3
注釈96さゐさゐしく『小学館古語大辞典』に「「さゐ」は「潮騒(しほさゐ)」の「さゐ」で、「騷(さわ)く」の「さわ」と同源と考えられる。万葉集にみられる「さゐさゐしづみ」「さゑさゑしづみ」の「さゐさゐ」「さゑさゑ」、古事記などにみられる「さわさわ」は相互に母音交替形で、いずれも、騒がしい音を形容する擬声語であろう。「さゐさゐし」はその形容詞形であるが用例はすくない」とある。2.1.3
注釈97襲の衣などはいかにしなしたるにかあらむ語り手の疑問介入の句。『集成』は「袿は何枚か重ねて着る。末摘花は、掻練の上に袿一枚だけを着ているのである」と注す。2.1.3
注釈98御鼻の色ばかり、霞にも紛るまじう「花」に「鼻」を掛ける。「浅緑野辺の霞はつつめどもこぼれて匂ふ花桜かな」(拾遺集春、四〇、読人しらず)。2.1.4
注釈99御心にもあらず『集成』は「お気の毒とは思いながらもつい」。『完訳』は「思わず」と訳す。2.1.4
注釈100なかなか女はさしも思したらず『完訳』は「源氏の想像に反して、彼女は源氏の心長さに満足する愚鈍さ」と注す。2.1.4
注釈101かかる方にも『完訳』は「実生活の面においても」と注す。2.1.5
注釈102おしなべての人ならず皇族である身分とプライドを強調。2.1.5
注釈103ありがたきぞかし語り手の批評。『完訳』は「奇特だ。前文末の「あはれなり」と対照的。このあたり、末摘花・源氏への語り手の評言が多様」と注す。2.1.5
注釈104御衣どもの事など以下「あいなくなむ」まで、源氏の詞。2.1.6
注釈105含みなえたるこそよけれ『完訳』は「このあたり、相手がこたえない知ったうえでの侮蔑的な言辞」と注す。2.1.6
注釈106醍醐の阿闍梨の君の以下「寒くはべる」まで、末摘花の詞。「醍醐の阿闍梨」は末摘花の兄。「蓬生」巻に「御兄の禅師の君」と初出。2.1.8
注釈107衣どももえ縫ひはべらでなむ『集成』は「前の「襲の袿」の仕立てが、新春の間に合わなかったゆえんである」と注す。2.1.8
注釈108いと鼻赤き御兄なりけり『完訳』は「語り手の、似合いの兄妹だ、の評言」と注す。2.1.9
注釈109あまりうちとけ過ぎたりと思せど『完訳』は「彼女の露骨なねだり言だと思う」と注す。2.1.9
注釈110きすくの人にておはす主語は源氏。末摘花の態度に合わせた振る舞い。2.1.9
注釈111皮衣はいとよし以下「おのづからなむ」まで、源氏の詞。2.1.10
注釈112うち忘れたらむ主語は源氏。2.1.10
注釈113おれおれしく『完訳』は「自分を愚かで気がきかないとするが、相手への揶揄でもある」と注す。2.1.10
注釈114向かひの院の御倉二条院の御倉。2.1.11
注釈115荒れたる所もなけれど住みたまはぬ所のけはひは二条東院をいう。「住みたまはぬ」の主語はこの邸の主人すなわち源氏。2.1.12
注釈116紅梅の咲き出でたる匂ひなど正月初旬の紅梅の光景。2.1.12
注釈117ふるさとの春の梢に訪ね来て--世の常ならぬ花を見るかな源氏の独詠歌。「花」に「鼻」を掛ける。久し振りに二条東院を訪れて、その女主人の相変わらぬさまに懐かしさと嫌気を感じて詠んだ歌。2.1.13
注釈118聞き知りたまはざりけむかし語り手の言辞。『完訳』は「語り手の、末摘花には通じまいとする評言。その愚鈍さをいう」と注す。2.1.14
出典11 世の憂きめ見えぬ山路 世の憂きめ見えぬ山路へ入らむには思ふ人こそほだしなりけれ 古今集雑下-九五五 物部吉名 2.1.1
出典12 滝の淀み恥づかしげ 落ちたぎつ滝の水上年積もり老いにけらしな黒き筋なし 古今集雑上-九二八 壬生忠岑 2.1.2
出典13 御鼻の色ばかり、霞にも紛るまじう 浅緑野辺の霞はつつめどもこぼれて匂ふ花桜かな 拾遺集春-四〇 読人しらず 2.1.4
校訂16 隔てて 隔てて--へたて(て/+て) 2.1.1
校訂17 日ごろ 日ごろ--日かす(かす/$ころ<朱>) 2.1.1
校訂18 衣--うちき(うちき/$きぬ) 2.1.3
校訂19 御衣どもの事 御衣どもの事--御そ(そ/+と<朱>)もの(の/+事<朱>) 2.1.6
校訂20 重ね 重ね--*かね 2.1.10
校訂21 さるべき さるべき--さ(さ/+る)へき 2.1.10
2.2
第二段 続いて空蝉を訪問


2-2  Genji visits to Utsusemi too

2.2.1  空蝉の尼衣にも、さしのぞきたまへり。うけばりたるさまにはあらず、 かごやかに局住みにしなして、仏ばかりに所得させたてまつりて、行なひ勤めけるさまあはれに見えて、 、仏の御飾り、はかなくしたる閼伽の具なども、をかしげになまめかしう、 なほ心ばせありと見ゆる人のけはひなり
 空蝉の尼君にも、お立ち寄りになった。ご大層な様子ではなく、ひっそりと部屋住みのような体にして、仏ばかりに広く場所を差し上げて、勤行している様子がしみじみと感じられて、経や、仏のお飾り、ちょっとしたお水入れの道具なども、風情があり優美で、やはり嗜みがあると見える人柄である。
 空蝉うつせみの尼君の住んでいる所へ源氏は来た。そこの主人あるじらしくここは住まずに、目だたぬ一室にいて、住居すまいの大部分を仏間に取った空蝉が仏勤めに傾倒して暮らす様子も哀れに見えた。経巻の作りよう、仏像の飾り、ちょっとした閼伽あかの器具などにも空蝉のよい趣味が見えてなつかしかった。
  Utusemi-no-Amagoromo ni mo, sasinozoki tamahe ri. Ukebari taru sama ni ha ara zu, kagoyaka ni tubonezumi ni sinasi te, Hotoke bakari ni tokoro e sase tatematuri te, okonahi tutome keru sama ahare ni miye te, kyau, Hotoke no ohom-kazari, hakanaku si taru aka no gu nado mo, wokasige ni namamekasiu, naho kokorobase ari to miyuru hito no kehahi nari.
2.2.2  青鈍の几帳、心ばへをかしきに、いたくゐ隠れて、袖口ばかりぞ色ことなるしもなつかしければ、涙ぐみたまひて、
 青鈍の几帳、意匠も面白いのに、すっかり身を隠して、袖口だけが格別なのも心惹かれる感じなので、涙ぐみなさって、
 青鈍あおにび色の几帳きちょうの感じのよいかげにすわっている尼君の袖口そでぐちの色だけにはほかの淡い色彩も混じっていた。源氏は涙ぐんでいた。
  Awonibi no kityou, kokorobahe wokasiki ni, itaku wi kakure te, sodeguti bakari zo iro koto naru simo natukasikere ba, namidagumi tamahi te,
2.2.3  「『 松が浦島』を はるかに思ひてぞやみぬべかりける。昔より心憂かりける御契りかな。 さすがにかばかりの御睦びは 、絶ゆまじかりけるよ」
 「『松が浦島』は遥か遠くに思って諦めるべきだったのですね。昔からつらいご縁でしたなあ。そうはいってもやはりこの程度の付き合いは、絶えないのでしたね」
 「松が浦島うらしま(松が浦島今日けふぞ見るうべ心あるあまも住みけり)だと思って神聖視するのにとどめておかねばならないあなたなのですね。昔から何という悲しい二人でしょう。しかしこうしてってお話しするくらいのことは永久にできるだけの因縁があるのですね」
  "Matu-ga-urasima wo haruka ni omohi te zo yami nu bekari keru. Mukasi yori kokoroukari keru ohom-tigiri kana! Sasugani kabakari no ohom-mutubi ha, tayu mazikari keru yo!"
2.2.4  などのたまふ。尼君も、ものあはれなるけはひにて、
 などとおっしゃる。尼君も、しみじみとした様子で、
 などと言った。空蝉の尼君も物哀れな様子で、
  nado notamahu. Amagimi mo, mono-ahare naru kehahi ni te,
2.2.5  「 かかる方に頼みきこえさするしもなむ、浅くはあらず思ひたまへ知られ はべりける」
 「このようなことでご信頼申し上げていますのも、ご縁は浅くないのだと存じられます」
 「ただ今こんなふうに御信頼して暮らさせていただきますことで、私は前生に御縁の深かったことを思っております」
  "Kakaru kata ni tanomi kikoye sasuru simo nam, asaku ha ara zu omohi tamahe sira re haberi keru."
2.2.6  と聞こゆ。
 と申し上げる。
 と言う。
  to kikoyu.
2.2.7  「 つらき折々重ねて、心惑はしたまひし世の報いなどを、仏にかしこまりきこゆるこそ苦しけれ。思し知るや。かくいと素直にもあらぬものをと、思ひ合はせたまふこともあらじやはと なむ思ふ」
 「薄情な仕打ちを何度もなさって、心を惑わしなさった罪の報いなどを、仏に懺悔申し上げるとはお気の毒なことです。ご存じですか。このように素直な者はいないのだと、お気づきになることもありはしないかと思います」
 「あなたをしいたげた過去の追憶に苦しんで、おりおり今でも仏におびを言わねばならないのが私です。しかしおわかりになりましたか、ほかの男は私のように純なものではないということを、あなたはそれからの経験でお知りになっただろうと思う」
  "Turaki woriwori kasane te, kokoro madohasi tamahi si yo no mukuyi nado wo, Hotoke ni kasikomari kikoyuru koso kurusikere. Obosi siru ya? Kaku ito sunaho ni mo ara nu mono wo to, omohiahase tamahu koto mo ara zi ya ha to nam omohu."
2.2.8  とのたまふ。「 かのあさましかりし世の古事を聞き置きたまへるなめり」と、恥づかしく、
 とおっしゃる。「あのあきれた昔のことをお聞きになっていたのだ」と、恥ずかしく、
 継息子ままむすこのよこしまな恋に苦しめられたことを、源氏は聞いていたのであろうと女は恥ずかしく思った。
  to notamahu. "Kano asamasikari si yo no hurukoto wo kikioki tamahe ru na' meri." to, hadukasiku,
2.2.9  「 かかるありさまを御覧じ果てらるるよりほかの報いは、 いづくにかはべらむ
 「このような姿をすっかり御覧になられてしまったことより他に、どのような報いがございましょうか」
 「こんなにみじめになりました晩年をお見せしておりますことでだれの過去の罪も清算されるはずでございます。これ以上の報いがどこにございましょう」
  "Kakaru arisama wo goranzi hate raruru yori hoka no mukuyi ha, iduku ni ka habera m?"
2.2.10  とて、まことにうち泣きぬ。 いにしへよりももの深く恥づかしげさまさりて、 かくもて離れたること、と 思すしも、見放ちがたく思さるれど、 はかなきことをのたまひかくべくもあらず、おほかたの昔今の物語をしたまひて、「 かばかりの言ふかひだにあれかし」と、 あなたを見やりたまふ
 と言って、心の底から泣いてしまった。昔よりもいっそうどことなく思慮深く気が引けるようなところがまさって、このような出家の身を守っているのだ、とお思いになると、見放しがたく思わずにはいらっしゃれないが、ちょっとした色めいた冗談も話しかけるべきではないので、普通の昔や今の話をなさって、「せめてこの程度の話相手であってほしいものよ」と、あちらの方を御覧になる。
 と言って、空蝉うつせみは泣いてしまった。昔よりも深味のできた品のよい所が見え、過去の恋人で現在の尼君として別世界のものに扱うだけでは満足のできかねる気も源氏はしたが、恋の戯れを言いかけうる相手ではなかった。いろいろな話をしながらも、せめてこれだけの頭のよさがあの人にあればよいのにと末摘花の住居すまいのほうがながめられた。
  tote, makoto ni uti-naki nu. Inisihe yori mo mono-hukaku hadukasigesa masari te, kaku mote hanare taru koto, to obosu simo, mihanati gataku obosa rure do, hakanaki koto wo notamahi kaku beku mo ara zu, ohokata no mukasi ima no monogatari wo si tamahi te, "Kabakari no ihukahi dani are kasi." to, anata wo miyari tamahu.
2.2.11   かやうにても、御蔭に隠れたる人びと多かり。皆さしのぞきわたしたまひて、
 このようなことで、ご庇護になっている婦人方は多かった。皆一通りお立ち寄りになって、
 こんなふうで源氏の保護を受けている女は多かった。だれの所もらさず訪問して、
  Kayau nite mo, ohom-kage ni kakure taru hitobito ohokari. Mina sasinozoki watasi tamahi te,
2.2.12  「 おぼつかなき日数つもる折々あれど、心のうちはおこたらずなむ。ただ 限りある道の別れのみこそうしろめたけれ。『 命を知らぬ』」
 「お目にかかれない日が続くこともありますが、心の中では忘れていません。ただいつかは死出の別れが来るのが気がかりです。『誰も寿命は分からないものです』」
 「長く来られない時もありますが、心のうちでは忘れているのではないのです。ただ生死の別れだけが私たちを引き離すものだと思いますが、その命というものを考えると、実に心細くなりますよ」
  "Obotukanaki hikazu tumoru woriwori are do, kokoro no uti ha okotara zu nam. Tada kagiri aru miti no wakare nomi koso usirometakere. Inoti wo sira nu."
2.2.13  など、なつかしくのたまふ。いづれをも、ほどほどにつけてあはれと思したり。 我はと思しあがりぬべき御身のほどなれど、さしも ことことしくもてなしたまはず、所につけ、人のほどにつけつつ、さまざま あまねくなつかしくおはしませば、ただかばかりの御心にかかりてなむ、 多くの人びと年を経ける。
 などと、やさしくおっしゃる。どの人をも、身分相応につけて愛情を持っていらっしゃった。自分こそはと気位高く構えてもよさそうなご身分の方であるが、そのように尊大にはお振る舞いにはならず、場所柄につけ、また相手の身分につけては、どなたにもやさしくいらっしゃるので、ただこのようなお心配りをよりどころとして、多くの婦人方が年月を送っているのであった。
 などとなつかしい調子で恋人たちを慰めていた。皆ほどほどに源氏は愛していた。女に対して驕慢きょうまんな心にもついなりそうな境遇にいる源氏ではあるが、末々の恋人にまで誠意を忘れず持ってくれることに、それらの人々は慰められて年月を送っていた。
  nado, natukasiku notamahu. Idure wo mo, hodohodo ni tuke te ahare to obosi tari. Ware ha to obosi agari nu beki ohom-mi no hodo nare do, sasimo kotokotosiku motenasi tamaha zu, tokoro ni tuke, hito no hodo ni tuke tutu, samazama amaneku natukasiku ohasimase ba, tada kabakari no mi-kokoro ni kakari te nam, ohoku no hitobito tosi wo he keru.
注釈119かごやかに局住みにしなして『集成』は「部屋住みのような体にして。遜ったさま」と注す。2.2.1
注釈120なほ心ばせありと見ゆる人のけはひなり『完訳』は「出家の身ながら、さすがに」と注す。2.2.1
注釈121松が浦島を以下「絶ゆまじかりけるよ」まで、源氏の詞。「音に聞く松が浦島今日ぞ見るむべも心あるあまは住みけり」(後撰集雑一、一〇九三、素性法師)。『集成』は「尼姿のあなたとは、所詮結ばれぬものと諦めねばならないのですね」と訳す。2.2.3
注釈122さすがにかばかりの御睦びは『集成』は「私のもとにいて下さるぐらいのお付合い」。『完訳』は「物越しに対面する程度の親交」と注す。2.2.3
注釈123かかる方に以下「知られはべりける」まで、空蝉の詞。『集成』は「こうして(仏に仕える身となって)お頼り申し上げるほうが、かえってご縁も浅からず存じられます」と訳す。2.2.5
注釈124つらき折々重ねて以下「となむ思ふ」まで、源氏の詞。2.2.7
注釈125かのあさましかりし以下「聞き置きたまへるなめり」まで、空蝉の心中。夫伊予介の死後に継子の紀伊守が言い寄ったということ。「関屋」巻にある。2.2.8
注釈126かかるありさまを以下「はべらむ」まで、空蝉の詞。出家姿をさしていう。2.2.9
注釈127いづくにかはべらむ反語表現。どこにもない、の意。2.2.9
注釈128いにしへよりも以下、源氏の視点を通して語る空蝉像。2.2.10
注釈129かくもて離れたること出家人としての振る舞い方。2.2.10
注釈130思すしも主語は源氏。2.2.10
注釈131はかなきことをのたまひかくべくも『完訳』は「色めかしい冗談」と注す。2.2.10
注釈132かばかりの言ふかひだにあれかし源氏の心中。『集成』は「せめてこの程度の話し相手が勤まってほしいものだと」と訳す。空蝉の立派な態度から末摘花を比較。2.2.10
注釈133あなたを見やりたまふ末摘花の方をさす。2.2.10
注釈134かやうにても、御蔭に隠れたる人びと多かり末摘花や空蝉以外にも源氏の庇護下にある女性が二条東院に多くいたことをいう。2.2.11
注釈135おぼつかなき日数以下「命を知らぬ」まで、源氏の詞。お目にかからないことが多いことを詫びつつ忘れてはいないという。2.2.12
注釈136限りある道の別れ「限りある道の別れのみこそ悲しけれ誰も命を知らねば」(異本紫明抄所引、出典未詳)2.2.12
注釈137命を知らぬ「ながらへむ命ぞ知らぬ忘れじと思ふ心は身に添はりつつ」(信明集、五〇)。2.2.12
注釈138我はと思しあがりぬべき御身のほどなれど源氏をさす。2.2.13
注釈139ことことしくもてなしたまはず自分の身を。『完訳』は「尊大にはふるまわず、の意」と注す。2.2.13
注釈140多くの人びと「御蔭に隠れたる人びと」をさす。2.2.13
出典14 松が浦島 音に聞く松が浦島今日ぞ見るむべも心ある海人は住みけり 後撰集雑一-一〇九三 素性法師 2.2.3
出典15 限りある道の別れ 限りある別れのみこそ悲しけれ誰も命を空に知らねば 異本紫明抄所引、出典未詳 2.2.12
出典16 命を知らぬ 長らへむ命ぞ知らぬ忘れじと思ふ心は身に添はりつつ 信明集-五〇 2.2.12
校訂22 経--(/+経<朱>) 2.2.1
校訂23 御睦び 御睦び--(/+御<朱>)むつひ 2.2.3
校訂24 はべり はべり--(/+侍<朱>) 2.2.5
校訂25 なむ思ふ」 なむ思ふ」と--なむ?(?/#)おもふたのむと(たのむと/$と<朱>) 2.2.7
校訂26 あまねく あまねく--(/+あ)まねく 2.2.13
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渋谷栄一校訂(C)
Last updated 11/22/2009(ver.2-2)
渋谷栄一注釈(C)
Last updated 8/10/2001
渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-2)
現代語訳
与謝野晶子
電子化
上田英代(古典総合研究所)
底本
角川文庫 全訳源氏物語
校正・
ルビ復活
kumi(青空文庫)

2003年5月22日

渋谷栄一訳
との突合せ
若林貴幸、宮脇文経

2008年3月22日

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Written in Japanese roman letters
by Eiichi Shibuya(C)
Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition)
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