第二十四帖 胡蝶


24 KOTEHU (Ohoshima-bon)


光る源氏の太政大臣時代
三十六歳の春三月から四月の物語



Tale of Hikaru-Genji's Daijo-Daijin era, from March to April at the age of 36

1
第一章 光る源氏の物語 春の町の船楽と季の御読経


1  Tale of Hikaru-Genji  A concert on the ships and Ki-no-Midokyoat Rokujo-in

1.1
第一段 三月二十日頃の春の町の船楽


1-1  Genji gives a concert on the ships in spring-garden of Rokujo-in about March 20

1.1.1   弥生の二十日あまりのころほひ、春の御前のありさま、常よりことに尽くして 匂ふ花の色、鳥の声ほかの里には、まだ古りぬにやと、めづらしう見え聞こゆ。山の木立、中島のわたり、色まさる苔のけしきなど、 若き人びとのはつかに心もとなく思ふべかめるに、唐めいたる舟造らせたまひける、急ぎ装束かせたまひて、下ろし始めさせたまふ日は、雅楽寮の人召して、 舟の楽せらる。親王たち上達部など、あまた参りたまへり。
 三月の二十日過ぎのころ、春の御殿のお庭先の景色は、例年より殊に盛りを極めて照り映える花の色、鳥の声は、他の町の方々では、まだ盛りを過ぎないのかしらと、珍しく見えもし聞こえもする。築山の木立、中島の辺り、色を増した苔の風情など、若い女房たちがわずかしか見られないのをもどかしく思っているようなので、唐風に仕立てた舟をお造らせになっていたのを、急いで装備させなさって、初めて池に下ろさせなさる日は、雅楽寮の人をお召しになって、舟楽をなさる。親王方、上達部など、大勢参上なさっていた。
 三月の二十日はつか過ぎ、六条院の春の御殿の庭は平生にもまして多くの花が咲き、多くさえずる小鳥が来て、春はここにばかり好意を見せていると思われるほどの自然の美に満たされていた。築山つきやまの木立ち、池の中島のほとり、広く青み渡ったこけの色などを、ただ遠く見ているだけでは飽き足らぬものがあろうと思われる若い女房たちのために、源氏は、前から造らせてあった唐風の船へ急に装飾などをさせて池へ浮かべることにした。船ろしの最初の日は御所の雅楽寮の伶人れいじんを呼んで、船楽を奏させた。親王がた高官たちの多くが参会された。
  Yayohi no hatuka amari no korohohi, haru no omahe no arisama, tune yori koto ni tukusi te nihohu hana no iro, tori no kowe, hoka no sato ni ha, mada huri nu ni ya to, medurasiu miye kikoyu. Yama no kodati, nakazima no watari, iro masaru koke no kesiki nado, wakaki hitobito no hatuka ni kokoromotonaku omohu beka' meru ni, karamei taru hune tukura se tamahi keru, isogi sauzoka se tamahi te, orosi hazime sase tamahu hi ha, Utadukasa no hito mesi te, hune no gaku se raru. Miko-tati Kamdatime nado, amata mawiri tamahe ri.
1.1.2   中宮、このころ里におはします。 かの「春待つ園は」と励ましきこえたまへりし 御返りもこのころやと思し、大臣の君も、 いかでこの花の折、御覧ぜさせむ と思しのたまへど、ついでなくて 軽らかにはひわたり、花をももてあそびたまふべきならねば、 若き女房たちの、ものめでしぬべきを舟に乗せたまうて、南の池の、こなたに通しかよはしなさせたまへるを、小さき山を隔ての関に見せたれど、その山の崎より漕ぎまひて、 東の釣殿に、こなたの若き人びと集めさせたまふ。
 中宮は、このころ里邸に下がっていらっしゃる。あの「春を待つお庭は」とお挑み申されたお返事もこのころがよい時期かとお思いになり、大臣の君も、ぜひともこの花の季節を、御覧に入れたいとお思いになりおっしゃるが、よい機会がなくて気軽にお越しになり、花を御鑑賞なさることもできないので、若い女房たちで、きっと喜びそうな人々を舟にお乗せになって、南の池が、こちら側に通じるようにお造らせになっているので、小さい築山を隔ての関に見せているが、その築山の崎から漕いで回って来て、東の釣殿に、こちら方の若い女房たちを集めさせなさる。
 このごろ中宮は御所から帰っておいでになった。去年の秋「心から春待つ園」の挑戦ちょうせん的な歌をお送りになったお返しをするのに適した時期であると紫の女王にょおうも思うし、源氏もそう考えたが、尊貴なお身の上では、ちょっとこちらへ招待申し上げて花見をおさせするというようなことが不可能であるから、何にも興味を持つ年齢の若い宮の女房を船に乗せて、西東続いた南庭の池の間に中島のみさきの小山が隔てになっているのをぎ回らせて来るのであった。東の釣殿つりどのへはこちらの若い女房が集められてあった。
  Tyuuguu, konokoro sato ni ohasimasu. Kano "Haru matu sono ha" to hagemasi kikoye tamahe ri si ohom-kaheri mo konokoro ya to obosi, Otodo-no-Kimi mo, ikade kono hana no wori, goranze sase m to obosi notamahe do, tuide naku te karuraka ni hahi watari, hana wo mo moteasobi tamahu beki nara ne ba, wakaki nyoubau-tati no, monomede si nu beki wo hune ni nose tamau te, minami no ike no, konata ni tohosi kayohasi nasa se tamahe ru wo, tihisaki yama wo hedate no seki ni mise tare do, sono yama no saki yori kogi mahi te, himgasi no turidono ni, konata no wakaki hitobito atume sase tamahu.
1.1.3  龍頭鷁首を、唐のよそひにことことしうしつらひて、楫取の棹さす童べ、皆みづら結ひて、唐土だたせて、さる大きなる池の中にさし出でたれば、まことの知らぬ国に来たらむ心地して、あはれにおもしろく、見ならはぬ女房などは思ふ。
 龍頭鷁首を、唐風の装飾に仰々しく飾って、楫取りの棹をさす童は、皆角髪を結って、唐土風にして、その大きな池の中に漕ぎ出たので、ほんとうに見知らない外国に来たような気分がして、素晴らしくおもしろいと、見馴れていない女房などは思う。
 竜頭鷁首りゅうとうげきしゅの船はすっかり唐風に装われてあって、梶取かじとり、棹取さおとりの童侍わらわざむらいは髪を耳の上でみずらに結わせて、これも支那しな風の小童に仕立ててあった。大きい池の中心へ船が出て行った時に、女房たちは外国の旅をしている気がして、こんな経験のかつてない人たちであるから非常におもしろく思った。
  Ryoutougekisu wo, Kara no yosohi ni kotokotosiu siturahi te, kaditori no sawo sasu warahabe, mina midura yuhi te, Morokosi-data se te, saru ohoki naru ike no naka ni sasiide tare ba, makoto no sira nu kuni ni ki tara m kokoti si te, ahare ni omosiroku, minaraha nu nyoubau nado ha omohu.
1.1.4  中島の入江の岩蔭に さし寄せて見ればはかなき石のたたずまひも、ただ絵に描いたらむやうなり。 こなたかなた霞みあひたる梢ども、錦を引きわたせるに御前の方ははるばると見やられて、色をましたる 柳、枝を垂れたる花もえもいはぬ匂ひを散らしたり。ほかには盛り過ぎたる桜も、今盛りにほほ笑み、 廊をめぐれる藤の色も、こまやかに開けゆきにけり。まして池の水に影を写したる 山吹、岸よりこぼれていみじき盛りなり。水鳥どもの、つがひを離れず遊びつつ、細き枝どもを食ひて飛びちがふ、鴛鴦の波の綾に紋を交じへたるなど、ものの絵やうにも 描き取らまほしき、まことに 斧の柄も朽たいつべう思ひつつ、 日を暮らす。
 中島の入江の岩蔭に漕ぎ寄せて眺めると、ちょっとした立石の様子も、まるで絵に描いたようである。あちらこちら霞がたちこめている梢々、錦を張りめぐらしたようで、御前の方は遥々と遠くに望まれて、色濃くなった柳が、枝を垂れている、花も何ともいえない素晴らしい匂いを漂わせている。他では盛りを過ぎた桜も、今を盛りに咲き誇り、渡廊を回るの藤の花の色も、紫濃く咲き初めているのであった。それ以上に池の水に姿を写している山吹、岸から咲きこぼれてまっ盛りである。水鳥たちが、番で離れずに遊びながら、細い枝をくわえて飛びちがっている、鴛鴦が波の綾に紋様を交えているのなど、何かの図案に写し取りたいくらいで、ほんとうに斧の柄も朽ちてしまいそうに面白く思いながら、一日中暮らす。
 中島の入り江になった所へ船を差し寄せて眺望ちょうぼうをするのであったが、ちょっとした岩の形なども皆絵の中の物のようであった。あちらにもそちらにもかすみと同化したような花の木のこずえにしきを引き渡していて、御殿のほうははるばると見渡され、そちらの岸には枝をたれて柳が立ち、ことに派手はでに咲いた花の木が並んでいた。よそでは盛りの少し過ぎた桜もここばかりは真盛まさかりの美しさがあった。廊を廻ったふじも船が近づくにしたがって鮮明な紫になっていく。池に影を映した山吹やまぶきもまた盛りに咲き乱れているのである。水鳥の雌雄の組みが幾つも遊んでいて、あるものは細い枝などをくわえて低く飛びったりしていた。鴛鴦おしどりが波のあやの目に紋を描いている。写生しておきたい気のする風景ばかりが次々に目の前へ現われてくるのであったから、仙人せんにんの遊戯を見ているうちにおのの木の柄が朽ちた話と同じような恍惚こうこつ状態になって女房たちは長い時間水上にいた。
  Nakazima no irie no ihakage ni sasiyose te mire ba, hakanaki isi no tatazumahi mo, tada we ni kai tara m yau nari. Konata kanata kasumi ahi taru kozuwe-domo, nisiki wo hiki watase ru ni, omahe no kata ha harubaru to miyara re te, iro wo masi taru yanagi, eda wo tare taru, hana mo e mo iha nu nihohi wo tirasi tari. Hoka ni ha sakari sugi taru sakura mo, ima sakari ni hohowemi, rau wo megure ru hudi no iro mo, komayaka ni hirake yuki ni keri. Masite ike no midu ni kage wo utusi taru yamabuki, kisi yori kobore te imiziki sakari nari. Midutori-domo no, tugahi wo hanare zu asobi tutu, hosoki eda-domo wo kuhi te tobi tigahu, wosi no nami no aya ni mon wo mazihe taru nado, mono no we yau ni mo kakitora mahosiki, makoto ni wono no e mo kutai tu beu omohi tutu, hi wo kurasu.
1.1.5  「 風吹けば波の花さへ色見えて
   こや名に立てる山吹の崎
 「風が吹くと波の花までが色を映して見えますが
  これが有名な山吹の崎でしょうか
  風吹けばなみの花さへ色見えて
  こや名に立てる山吹のさき
    "Kaze huke ba nami no hana sahe iro miye te
    ko ya na ni tate ru yamabuki no saki
1.1.6  「 春の池や井手の川瀬にかよふらむ
   岸の山吹そこも匂へり
 「春の御殿の池は井手の川瀬まで通じているのでしょうか
  岸の山吹が水底にまで咲いて見えますこと
  春の池や井手の河瀬かはせに通ふらん
  岸の山吹底もにほへり
    "Haru no ike ya Wide no kahase ni kayohu ram
    kisi no yamabuki soko mo nihohe ri
1.1.7  「 亀の上の山も尋ねじ舟のうちに
   老いせぬ名をばここに残さむ
 「蓬莱山まで訪ねて行く必要もありません
  この舟の中で不老の名を残しましょう
  かめの上の山もたづねじ船の中に
  老いせぬ名をばここに残さん
    "Kame no uhe no yama mo tadune zi hune no uti ni
    oyi se nu na wo ba koko ni nokosa m
1.1.8  「 春の日のうららにさしてゆく舟は
   棹のしづくも花ぞ散りける
 「春の日のうららかな中を漕いで行く舟は
  棹のしずくも花となって散ります
  春の日のうららにさして行く船は
  竿さをしづくも花と散りける
    "Haru no hi no urara ni sasi te yuku hune ha
    sawo no siduku mo hana zo tiri keru
1.1.9  などやうの、はかなごとどもを、心々に言ひ交はしつつ、行く方も帰らむ里も忘れぬべう、 若き人びとの心を移すに、ことわりなる水の面になむ。
 などというような、とりとめもない和歌を、思い思いに詠み交わしながら、行く先も帰り路も忘れてしまいそうに、若い女房たちが心を奪われるのも、もっともな池の表面の美しさである。
 こんな歌などを各自がんで、行く先をも帰る所をも忘れるほど若い人たちのおもしろがって遊ぶのに適した水の上であった。
  nado yau no, hakanagoto-domo wo, kokorogokoro ni ihikahasi tutu, yukukata mo kahera m sato mo wasure nu beu, wakaki hitobito no kokoro wo utusu ni, kotowari naru midu no omo ni nam.
注釈1弥生の二十日あまりのころほひ春の御前のありさま源氏三十六歳晩春の三月二十日過ぎの六条院春の町の御殿の様子。1.1.1
注釈2匂ふ花の色鳥の声視覚美、聴覚美をいう。1.1.1
注釈3ほかの里にはまだ古りぬにやと六条院の他の町から見るとこの春の御殿はまだ春の盛りが過ぎないのかと、の意。1.1.1
注釈4若き人びとのはつかに心もとなく思ふべかめるに春の御殿の若い女房。春の町の庭が広大なために遠くからしか見えないもどかしさをいう。「べかめるに」は源氏の忖度する気持ち。1.1.1
注釈5舟の楽せらる「らる」尊敬の助動詞。1.1.1
注釈6中宮秋好中宮。1.1.2
注釈7かの春待つ園はと励ましきこえたまへりし「少女」巻に秋好中宮が紫の上に「心から春待つ園はわが宿の紅葉を風のつてにだに見よ」(第七章六段)と贈ったのをさす。1.1.2
注釈8御返りもこのころやと思し主語は紫の上。秋好中宮への返歌。1.1.2
注釈9いかでこの花の折御覧ぜさせむ源氏の心中。秋好中宮に対して。1.1.2
注釈10軽らかにはひわたり主語は秋好中宮。1.1.2
注釈11若き女房たちの秋好中宮づきの若い女房。1.1.2
注釈12東の釣殿にこなたの若き人びと春の御殿の東の釣殿に紫の上づきの女房たちを。1.1.2
注釈13さし寄せて見れば「舟を」が省略されている。1.1.4
注釈14はかなき石のたたずまひも平安時代の庭園様式の立石。1.1.4
注釈15こなたかなた霞みあひたる梢ども錦を引きわたせるに『集成』は「大和絵の霞の描法を思わせる形容」と注す。1.1.4
注釈16御前の方ははるばると見やられて舟の中の視点から語る。1.1.4
注釈17柳枝を垂れたる連体中止法。1.1.4
注釈18花もえもいはぬ匂ひを散らしたり花は桜。「匂ひ」は視覚美である。1.1.4
注釈19廊をめぐれる藤の色も「廊を繞れる紫藤の架、砌を夾む紅葉の欄」(白氏文集、秦中吟、傷宅)による。1.1.4
注釈20描き取らまほしき大島本は「かきとらまほしき」とある。『集成』『新大系』は底本のままとする。『古典セレクション』は諸本に従って「描き取らまほしきに」と「に」を補訂する。1.1.4
注釈21斧の柄も朽たいつべう爛柯の故事。1.1.4
注釈22風吹けば波の花さへ色見えて--こや名に立てる山吹の崎女房の歌。「山吹の崎」は近江国にある歌枕。1.1.5
注釈23春の池や井手の川瀬にかよふらむ--岸の山吹そこも匂へり女房の唱和歌。「山吹の崎」から山城国の山吹の名所「井手」の歌枕を詠む。1.1.6
注釈24亀の上の山も尋ねじ舟のうちに--老いせぬ名をばここに残さむ女房の唱和歌。転じて中島の山を詠む。「亀の上の山」とは蓬莱山のこと。「海漫々たり、風浩々たり、眼は穿ちなむとすれども蓬莱島を見ず、蓬莱を見ざれば敢て帰らず、童男丱女舟中に老ゆ」(白氏文集、海漫々)をふまえる。1.1.7
注釈25春の日のうららにさしてゆく舟は--棹のしづくも花ぞ散りける女房の唱和歌。麗かな日の中に美しい舟の様子を詠んで結ぶ。「さし」は「春の日」と「棹」が「さす」の掛詞。「滴」を「花」と見立てる。以上の四首は起承転結の構成で配列。1.1.8
注釈26若き人びとの心を移すに「の」格助詞、主格を表す。「うつす」は「移す」の他に「池の面」にちなんで「映す」の掛詞・縁語の表現。1.1.9
出典1 廊をめぐれる藤の色も 繞廊紫藤架 夾砌紅薬欄 白氏文集 秦中吟・傷宅-七七 1.1.4
出典2 亀の上の山も 不見蓬莱不敢帰 童男くわん女舟中老 白氏文集 新楽府・海漫漫-一二八 1.1.7
校訂1 花の 花の--花(花/+の) 1.1.2
校訂2 山吹 山吹--やまふ(ふ/+き) 1.1.4
校訂3 日を 日を--(/+ひ)を 1.1.4
1.2
第二段 船楽、夜もすがら催される


1-2  The consert continued all night

1.2.1  暮れかかるほどに、「皇麞」といふ楽、 いとおもしろく聞こゆるに、心にもあらず、釣殿にさし寄せられて下りぬ。ここのしつらひ、いとこと削ぎたるさまに、なまめかしきに、 御方々の若き人どもの、われ劣らじと尽くしたる装束、容貌、 花をこき交ぜたる錦に劣らず見えわたる。世に目馴れずめづらかなる楽ども仕うまつる。舞人など、心ことに 選ばせたまひて
 日が暮れるころ、「おうじょう」という楽が、たいそう面白く聞こえる中を、残念ながら、釣殿に漕ぎ寄せられて降りた。ここの飾り、たいそう簡略な造りで、優美であって、御方々の若い女房たちが、自分こそは負けまいと心を尽くした装束、器量、花を混ぜた春の錦に劣らないように見渡される。世にも珍しい楽の音をいくつも演奏する。舞人など、特に選ばせなさって。
 暮れかかるころに「皇麞こうじょう」という楽の吹奏が波を渡ってきて、人々の船は歓楽陶酔の中に岸へ着き、設けられた釣殿つりどのの休息所へはいった。ここの室内の装飾は簡単なふうにしてあって、しかもえんなものであった。各夫人の若いきれいな女房たちが、競って華美な姿をして待ち受けていたのは、花の飾りにも劣らず美しかった。曲のありふれたものでない楽が幾つか奏されて、舞い手にも特に選抜された公達きんだちが出され、若い女に十分の満足を与えた。
  Kure kakaru hodo ni, Wauzyau to ihu gaku, ito omosiroku kikoyuru ni, kokoro ni mo ara zu, turidono ni sasiyose rare te ori nu. Koko no siturahi, ito kotosogi taru sama ni, namamekasiki ni, ohom-katagata no wakaki hito-domo no, ware otora zi to tukusi taru sauzoku, katati, hana wo kokimaze taru nisiki ni otora zu miye wataru. Yo ni menare zu meduraka naru gaku-domo tukaumaturu. Mahibito nado, kokorokoto ni eraba se tamahi te.
1.2.2  夜に入りぬれば、いと飽かぬ心地して、御前の庭に篝火ともして、御階のもとの苔の上に、楽人召して、上達部、親王たちも、皆おのおの弾きもの、吹きものとりどりにしたまふ。
 夜になったので、たいそうまだ飽き足りない心地がして、御前の庭に篝火を燈して、御階のもとの苔の上に、楽人を召して、上達部、親王たちも、皆それぞれの弦楽器や、管楽器などをお得意の演奏をなさる。
 夜になってしまったことを源氏は残念に思って、前の庭にかがりをとぼさせ、階段の下のこけの上へ音楽者を近く招いて、堂上の親王がた、高官たちと堂下の伶人れいじんとで大合奏が行なわれるのであった。
  Yoru ni iri nure ba, ito aka nu kokoti si te, omahe no niha ni kagaribi tomosi te, mi-hasi no moto no koke no uhe ni, gakunin mesi te, Kamdatime, Miko-tati mo, mina onoono hikimono, hukimono toridori ni si tamahu.
1.2.3  物の師ども、ことにすぐれたる限り、 双調吹きて、上に待ちとる御琴どもの調べ、いとはなやかにかき立てて、「 安名尊」遊びたまふほど、「生けるかひあり」と、 何のあやめも知らぬ賤の男も、御門のわたり隙なき馬、車の立処に混じりて、笑みさかえ聞きにけり
 音楽の師匠たちで、特に優れた人たちだけが、双調を吹いて、階上で待ち受けて合わせるお琴の調べを、とてもはなやかにかき鳴らして、「安名尊」を合奏なさるほどは、「生きていた甲斐があった」と、何も分からない身分の低い男までも、御門近くにびっしり並んだ馬、牛車の立っている間に混じって、顔に笑みを浮かべて聞いていた。
 専門家の中の優美な者だけが選ばれて、双調そうちょうを笛で吹き出したのをはじめに、その音を待ち取った絃楽げんがくが上で起こったのである。絃楽の人ははなやかな音をかき立てて、歌手は「安名尊あなとうと」を歌った。生きがいのあることを感じながら庶民たちまでも六条院の門前の馬や車の立てられたかげへはいってこれらを聞いていた。
  Mono no si-domo, koto ni sugure taru kagiri, soudeu huki te, uhe ni matitoru ohom-koto-domo no sirabe, ito hanayaka ni kakitate te, Ana tahuto asobi tamahu hodo, "Ike ru kahi ari" to, nani no ayame mo sira nu sidunowo mo, mi-kado no watari hima naki muma, kuruma no tatido ni maziri te, wemi sakaye kiki ni keri.
1.2.4  空の色、物の音も、春の調べ、 響きは、いとことにまさりけるけぢめを、 人びと思し分くらむかし。夜もすがら遊び明かしたまふ。返り声に「喜春楽」立ちそひて、兵部卿宮、「 青柳」折り返しおもしろく歌ひたまふ。主人の大臣も言加へたまふ。
 空の色も、楽の音も、春の調べと、響きあって、格別に優れている違いを、ご一同はお分かりになるであろう。一晩中遊び明かしなさる。返り声に「喜春楽」が加わって、兵部卿宮が、「青柳」を繰り返し美しくお謡いになる。ご主人の大臣もお声を添えなさる。
 春の空に春の調子の楽音の響く効果というものを、こうした大管絃楽を行なって堂上の人々は知ったであろうと思われた。終夜音楽はあった。の楽を律へ移すのに「喜春楽きしゅんらく」が奏されて、兵部卿ひょうぶきょうの宮は「青柳あおやぎ」を二度繰り返してお歌いになった。それには源氏も声を添えた。
  Sora no iro, mono no ne mo, haru no sirabe, hibiki ha, ito koto ni masari keru kedime wo, hitobito obosi waku ram kasi. Yomosugara asobi akasi tamahu. Kaherigowe ni Kisyun-raku tatisohi te, Hyaubukyau-no-Miya, Awoyagi worikahesi omosiroku utahi tamahu. Aruzi-no-Otodo mo koto kuhahe tamahu.
注釈27いとおもしろく聞こゆるに心にもあらず格助詞「に」時間を表す。「心にもあらず」とは、『集成』は「われ知らず」、『完訳』「不本意ながら」と訳す。楽の音に心奪われもっと聴いていたのに、早くも舟は岸に着いた、というニュアンス。1.2.1
注釈28御方々の若き人ども中宮方と紫の上方の女房をさす。1.2.1
注釈29花をこき交ぜたる錦に「見渡せば柳桜をこきまぜて都ぞ春の錦なりける」(古今集春上、五六、素性法師)。1.2.1
注釈30選ばせたまひて大島本は「えらはせ給て」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「選ばせたまひて人の御心ゆくべき手の限りを尽くさせたまふ」と「人の御心ゆくべき手の限りを尽くさせたまふ」を補訂する。1.2.1
注釈31双調吹きて雅楽の六調子の一つ。春の調べ。1.2.3
注釈32安名尊催馬楽「あな尊と」。1.2.3
注釈33何のあやめも知らぬ賤の男も、御門のわたり隙なき馬、車の立処に混じりて、笑みさかえ聞きにけり年中行事絵巻等に見られる風景である。1.2.3
注釈34人びと思し分くらむかし語り手の確信にみちた推量。『完訳』は「春が秋に優ることは明らかだろう、とする語り手の推測」と注す。1.2.4
注釈35青柳催馬楽の曲名。1.2.4
出典3 安名尊 あな尊 今日の尊さ や いにしへも はれ いにしへも かくやありけむ や 今日の尊さ あはれ そこよしや 今日の尊さ 催馬楽-あな尊 1.2.3
出典4 青柳 青柳を 片糸によりて やおけや 鴬のおけや 鴬の 縫ふといふ笠は おけや梅の花笠 催馬楽-青柳 1.2.4
校訂4 響きは 響きは--ひゝき(き/+は) 1.2.4
1.3
第三段 蛍兵部卿宮、玉鬘を思う


1-3  Hotaru-no-Miya loves Tamakazura

1.3.1  夜も明けぬ。朝ぼらけの鳥のさへづりを、中宮はもの隔てて、ねたう聞こし召しけり。いつも 春の光を籠めたまへる大殿なれど心をつくるよすがのまたなきを、飽かぬことに思す人びともありけるに、 西の対の姫君、こともなき御ありさま、大臣の君も、わざと思しあがめきこえたまふ御けしきなど、皆世に聞こえ出でて、 思ししもしるく心なびかしたまふ人多かるべし
 夜も明けてしまった。朝ぼらけの鳥の囀りを、中宮は築山を隔てて、悔しくお聞きあそばすのであった。いつも春の光がいっぱいに満ちている六条院であるが、思いを寄せる姫君のいないのが残念なことにお思いになる方々もいたが、西の対の姫君、何一つ欠点のないご器量を、大臣の君も、特別に大事にしていらっしゃるご様子など、すっかり世間の評判となって、ご予想どおりに心をお寄せになる人々が多いようである。
 夜が明け放れた。この朝ぼらけの鳥のさえずりを、中宮は物を隔ててうらやましくお聞きになったのであった。常に春光の満ちた六条院ではあるが、外来者の若い興奮をそそる対象のないことをこれまで物足らず思った人もあったが、西の対の姫君なる人が出現して、これという欠点のない人であること、源氏が愛して大事にかしずくことが世間に知れた今日では、源氏の予期したとおりに思慕を寄せる者、求婚者になる者が多かった。
  Yo mo ake nu. Asaborake no tori no saheduri wo, Tyuuguu ha mono hedate te, netau kikosimesi keri. Itumo haru no hikari wo kome tamahe ru Ohotono nare do, kokoro wo tukuru yosuga no matanaki wo, aka nu koto ni obosu hitobito mo ari keru ni, Nisinotai-no-Himegimi, koto mo naki ohom-arisama, Otodo-no-Kimi mo, wazato obosi agame kikoye tamahu mi-kesiki nado, mina yo ni kikoye ide te, obosi simo siruku, kokoro nabikasi tamahu hito ohokaru besi.
1.3.2   わが身さばかりと思ひ上がりたまふ際の人こそ、 便りにつけつつ、けしきばみ、言出で聞こえたまふもありけれ、 えしもうち出でぬ中の思ひに燃えぬべき 若君達などもあるべし。そのうちに、ことの心を知らで、 内の大殿の中将などは、好きぬべかめり。
 自分こそ適任者だと自負なさっている身分の方は、つてを求め求めしては、ほのめかし、口に出して申し上げなさる方もあったが、口には出せずに心中思い焦がれている若い公達などもいるのであろう。その中で、事情を知らないで、内の大殿の中将などは、思いを寄せてしまったようである。
 わが地位に自信のある人たちは、女房などの中へ手蔓てづるを求めて姫君へ手紙を送る方法もあるし、直接に意志を源氏へ表明することも可能であるが、そうした大胆なことはできずに、心だけを悩ましている若い公達きんだちなどもあることと思われる。その中にはほんとうのことを知らずに、内大臣家の中将などもあるようである。
  Waga mi sabakari to omohiagari tamahu kiha no hito koso, tayori ni tuke tutu, kesikibami, koto ide kikoye tamahu mo ari kere, e simo utiide nu naka no omohi ni moye nu beki waka kimdati nado mo aru besi. Sono uti ni, koto no kokoro wo sira de, Uti-no-Ohoidono no Tyuuzyau nado ha, suki nu beka' meri.
1.3.3   兵部卿宮はた、年ごろおはしける北の方も亡せたまひて、この三年ばかり、独り住みにてわびたまへば、うけばりて今はけしきばみたまふ。
 兵部卿宮は宮で、長年お連れ添いになった北の方もお亡くなりになって、ここ三年ばかり独身で淋しがっていらっしゃったので、気兼ねなく今は求婚なさる。
 兵部卿の宮も長く同棲どうせいしておいでになった夫人をくしておしまいになって、もう三年余りも寂しい独身生活をしておいでになるのであったから、最も熱心な求婚者であった。
  Hyaubukyau-no-Miya hata, tosigoro ohasi keru Kitanokata mo use tamahi te, kono mi-tose bakari, hitorizumi nite wabi tamahe ba, ukebari te ima ha kesiki bami tamahu.
1.3.4  今朝も、いといたうそら乱れして、藤の花をかざして、なよびさうどきたまへる御さま、いとをかし。大臣も、思ししさまかなふと、下には思せど、せめて知らず顔をつくりたまふ。
 今朝も、とてもひどく酔ったふりをして、藤の花を冠に挿して、しなやかに振る舞っていらっしゃるご様子、まこと優雅である。大臣も、お考えになっていたとおりになったと、心の底ではお思いになるが、しいて知らない顔をなさる。
 今朝けさもずいぶん酔ったふうをお作りになって、ふじの花などをかざしにさして、風流な乱れ姿を見せておいでになるのである。源氏も計画どおりになっていくと、心では思うのであるが、つとめて素知らぬ顔をしていた。
  Kesa mo, ito itau sora-midare si te, hudi no hana wo kazasi te, nayobi saudoki tamahe ru ohom-sama, ito wokasi. Otodo mo, obosi si sama kanahu to, sita ni ha obose do, semete sirazugaho wo tukuri tamahu.
1.3.5  御土器のついでに、 いみじうもて悩みたまうて
 ご酒宴の折に、ひどく苦しそうになさって、
 酒杯のまわって来た時、迷惑な色をお見せになって宮は、
  Ohom-kaharake no tuide ni, imiziu mote-nayami tamau te,
1.3.6  「 思ふ心はべらずは、まかり逃げはべりなまし。いと堪へがたしや」
 「内心思うことがございませんでしたら、逃げ出したいところでございます。とてもたまりません」
 「私がある望みを持っていないのでしたら、逃げ出してしまう所ですよ。もういけません」
  "Omohu kokoro habera zu ha, makari nige haberi na masi. Ito tahe gatasi ya!"
1.3.7  とすまひたまふ。
 とお杯をご辞退なさる。
 と言って、手をお出しになろうとしない。
  to sumahi tamahu.
1.3.8  「 紫のゆゑに心をしめたれば
   淵に身投げむ名やは惜しけき
 「ゆかりのある方に思いを懸けていますので
  淵に身を投げても名誉は惜しくもありません
  紫のゆゑに心をしめたれば
  ふちに身投げんことや惜しけき
    "Murasaki no yuwe ni kokoro wo sime tare ba
    huti ni mi nage m na ya ha wosikeki
1.3.9  とて、大臣の君に、 同じかざしを参りたまふ。いといたうほほ笑みたまひて、
 と詠んで、大臣の君に、同じ藤の插頭を差し上げなさる。とてもたいそうほほ笑みなさって、
とお言いになってから、源氏に、「あなたはお兄様なのですからお助けください」と源氏にその杯をお譲りになるのであった。源氏は満面にみを見せながら言う。
  tote, Otodo-no-Kimi ni, onazi kazasi wo mawiri tamahu. Ito itau hohowemi tamahi te,
1.3.10  「 淵に身を投げつべしやとこの春は
   花のあたりを立ち去らで見よ
 「淵に身を投げるだけの価値があるかどうか
  この春の花の近くを離れないでよく御覧なさい
  淵に身を投げつべしやとこの春は
  花のあたりを立ちさらで見ん
    "Huti ni mi wo nage tu besi ya to kono haru ha
    hana no atari wo tatisara de mi yo
1.3.11  と切にとどめたまへば、え立ちあかれたまはで、今朝の御遊び、ましていとおもしろし。
 と無理にお引き止めなさるので、お帰りになることもできないで、今朝の御遊びは、いっそう面白くなる。
 源氏がぜひと引きとめるので、宮もお帰りになることができなかった。
  to setini todome tamahe ba, e tati akare tamaha de, kesa no ohom-asobi, masite ito omosirosi.
注釈36春の光を籠めたまへる大殿なれど『完訳』は「六条院全体をさす」と注す。1.3.1
注釈37心をつくるよすが懸想する相手。年頃の姫君。1.3.1
注釈38西の対の姫君玉鬘をさす。1.3.1
注釈39思ししもしるく源氏が予想したとおり。1.3.1
注釈40心なびかしたまふ人多かるべし語り手の推測。1.3.1
注釈41わが身さばかりと思ひ上がりたまふ際の人玉鬘に求婚しようとするプライド高く身を持している人。1.3.2
注釈42便りにつけつつ六条院に仕える女房のつてを頼って。1.3.2
注釈43えしもうち出でぬ中の思ひに燃えぬべき「さざれ石の中の思ひはありながらうち出づることのかたくもあるかな」(奥入所引、出典未詳)。1.3.2
注釈44若君達などもあるべし語り手の推測。1.3.2
注釈45内の大殿の中将などは柏木をさす。内大臣の長男、中将に昇進は初出。1.3.2
注釈46兵部卿宮はた年ごろおはしける北の方も亡せたまひてこの三年ばかり独り住みにて蛍兵部卿宮。源氏の弟宮。北の方を失って三年独り住みの生活と紹介される。1.3.3
注釈47いみじうもて悩みたまうて主語は兵部卿宮。1.3.5
注釈48思ふ心はべらずは以下「いと堪へがたしや」まで、兵部卿宮の詞。1.3.6
注釈49紫のゆゑに心をしめたれば--淵に身投げむ名やは惜しけき兵部卿宮の贈歌。「紫のゆゑ」とは縁の意、姪に当たるという意。「藤」と「淵」の掛詞。「紫」と「藤」は縁語。「やは」反語。1.3.8
注釈50同じかざしをわが宿と頼む吉野に君し入らば同じかざしをさしこそはせめ(後撰集恋四-八〇九 伊勢)(text24.html 出典6から転載)1.3.9
注釈51淵に身を投げつべしやとこの春は--花のあたりを立ち去らで見よ源氏の返歌。「ふち」「身」の語句を受けて「淵に身を投げつべしや」と反語で切り返す。1.3.10
出典5 紫のゆゑに 紫の一本ゆゑに武蔵野の草は見ながらあはれとぞ思ふ 古今集雑上-八六七 読人しらず 1.3.8
出典6 同じかざしを わが宿と頼む吉野に君し入らば同じかざしをさしこそはせめ 後撰集恋四-八〇九 伊勢 1.3.9
1.4
第四段 中宮、春の季の御読経主催す


1-4  Chugu holds a ceremony on Buddhist reciting Hokekyoin spring

1.4.1  今日は、 中宮の御読経の初めなりけりやがてまかでたまはで、休み所とりつつ、 日の御よそひに替へたまふ人びとも多かり障りあるは、まかでなどもしたまふ
 今日は、中宮の御読経の初日なのであった。そのままお帰りにならず、めいめい休息所をとって、昼のご装束にお召し替えになる方々も多くいた。都合のある方は、退出などもなさる。
 今朝けさの管絃楽はまたいっそうおもしろかった。この日は中宮が僧に行なわせられる読経どきょうの初めの日であったから、夜を明かした人たちは、ある部屋部屋へやべやで休息を取ってから、正装に着かえてそちらへ出るのも多かった。さわりのある人はここから家へ帰った。
  Kehu ha, Tyuuguu no mi-dokyau no hazime nari keri. Yagate makade tamaha de, yasumidokoro tori tutu, hi no ohom-yosohi ni kahe tamahu hitobito mo ohokari. Sahari aru ha, makade nado mo si tamahu.
1.4.2  午の時ばかりに、皆 あなたに参りたまふ。大臣の君をはじめたてまつりて、皆着きわたりたまふ。殿上人なども、残るなく参る。多くは、大臣の御勢ひにもてなされたまひて、やむごとなく、いつくしき御ありさまなり。
 午の刻ころに、皆あちらの町に参上なさる。大臣の君をお始めとして、皆席にずらりとお着きになる。殿上人なども、残らず参上なさる。多くは、大臣のご威勢に助けられなさって、高貴で、堂々とした立派な御法会の様子である。
 正午ごろに皆中宮の御殿へ参った。殿上役人などは残らずそのほうへ行った。源氏の盛んな権勢に助けられて、中宮は百官のまったい尊敬を得ておいでになる形である。
  Muma no toki bakari ni, mina anata ni mawiri tamahu. Otodo-no-Kimi wo hazime tatematuri te, mina tuki watari tamahu. Tenzyaubito nado mo, nokoru naku mawiru. Ohoku ha, Otodo no ohom-ikihohi ni motenasa re tamahi te, yamgotonaku, itukusiki ohom-arisama nari.
1.4.3   春の上の御心ざしに、仏に花たてまつらせたまふ。 鳥蝶に装束き分けたる童べ八人、容貌などことに整へさせたまひて、 鳥には、銀の花瓶に桜をさし、蝶は、金の瓶に山吹を、同じき花の房いかめしう、世になき匂ひを尽くさせたまへり。
 春の上からの供養のお志として、仏に花を供えさせなさる。鳥と蝶とにし分けた童女八人は、器量などを特にお揃えさせなさって、鳥には、銀の花瓶に桜を挿し、蝶には、黄金の瓶に山吹を、同じ花でも房がたいそうで、世にまたとないような色艶のものばかりを選ばせなさった。
 春の女王にょおうの好意で、仏前へ花が供せられるのであったが、それはことに美しい子が選ばれた童女八人に、ちょうと鳥を形どった服装をさせ、鳥は銀の花瓶かびんに桜のさしたのを持たせ、蝶には金の花瓶に山吹をさしたのを持たせてあった。桜も山吹も並み並みでなくすぐれた花房はなぶさのものがそろえられてあった。
  Haru-no-Uhe no mi-kokorozasi ni, Hotoke ni hana tatematura se tamahu. Tori tehu ni sauzoki wake taru warahabe hati-nin, katati nado koto ni totonohe sase tamahi te, Tori ni ha, sirogane no hanagame ni sakura wo sasi, tehu ha, kogane no kame ni yamabuki wo, onaziki hana no husa ikamesiu, yo ni naki nihohi wo tukusa se tamahe ri.
1.4.4   南の御前の山際より漕ぎ出でて、 御前に出づるほど、風吹きて、瓶の桜すこしうち散りまがふ。いとうららかに晴れて、霞の間より立ち出でたるは、いとあはれになまめきて見ゆ。 わざと平張なども移されず御前に渡れる廊を、楽屋のさまにして、仮に 胡床どもを召したり
 南の御前の山際から漕ぎ出して、庭先に出るころ、風が吹いて、瓶の桜が少し散り交う。まことにうららかに晴れて、霞の間から現れ出たのは、とても素晴らしく優美に見える。わざわざ平張なども移させず、御殿に続いている渡廊を、楽屋のようにして、臨時に胡床をいくつも用意した。
 南の御殿の山ぎわの所から、船が中宮の御殿の前へ来るころに、微風が出て瓶の桜が少し水の上へ散っていた。うららかに晴れたその霞の中から、この花の使者を乗せた船の出て来た形はえんであった。天幕をこちらの庭へ移すことはせずに、左へ出た廊を楽舎のようにして、腰掛けを並べて楽は吹奏されていたのである。
  Minami no omahe no yamagiha yori kogiide te, omahe ni iduru hodo, kaze huki te, kame no sakura sukosi uti-tiri magahu. Ito uraraka ni hare te, kasumi no ma yori tatiide taru ha, ito ahare ni namameki te miyu. Wazato hirabari nado mo utusa re zu, omahe ni watare ru rau wo, gakuya no sama ni si te, kari ni agura-domo wo mesi tari.
1.4.5  童べども、御階のもとに寄りて、花どもたてまつる。行香の人びと取り次ぎて、閼伽に加へさせたまふ。
 童女たちが、御階の側に寄って、幾種もの花を奉る。行香の人々が取り次いで、閼伽棚にお加えさせになる。
 童女たちは階梯きざはしの下へ行って花を差し上げた。香炉を持って仏事の席を練っていた公達きんだちがそれを取り次いで仏前へ供えた。
  Warahabe-domo, mi-hasi no moto ni yori te, hana-domo tatematuru. Gyaugau no hitobito toritugi te, aka ni kuhahe sase tamahu.
注釈52中宮の御読経の初めなりけり中宮の季の御読経のうち、ここは春の御読経の初日、四日間催す。六条院に里下がりして催した。1.4.1
注釈53やがてまかでたまはで六条院から。1.4.1
注釈54日の御よそひに替へたまふ人びとも多かり昼の装束の意で、束帯姿。これに対するのが宿直姿、直衣姿をいう。1.4.1
注釈55障りあるはまかでなどもしたまふ六条院と宮中が逆になった感じである。1.4.1
注釈56あなたに参りたまふ六条院の春の町から秋の町へ。1.4.2
注釈57春の上の御心ざしに紫の上からのお供養の志として。1.4.3
注釈58鳥蝶に装束き分けたる童べ八人鳥と蝶との装束を付けた童女四人ずつ八人。「鳥」は迦陵頻の舞装束。「蝶」は胡蝶楽の舞装束。1.4.3
注釈59鳥には、銀の花瓶に桜をさし、蝶は、金の瓶に山吹を鳥の装束を付けた童女は銀の花瓶に桜をさし、蝶の装束を付けた童女は金の花瓶に山吹の花をさして、の意。1.4.3
注釈60南の御前の山際より春の町の池の中の築山の際から。1.4.4
注釈61御前に出づるほど舟が秋好中宮の御殿の池に出るころ。1.4.4
注釈62わざと平張なども移されず特に昨日使用した平張(楽人用の幔幕)を移動させないで、という意。1.4.4
注釈63御前に渡れる廊を楽屋のさまにして秋好中宮の御殿に通じる渡廊を楽人たちの場所にして、という意。1.4.4
注釈64胡床どもを召したり楽人のための椅子を準備した、という意。1.4.4
1.5
第五段 紫の上と中宮和歌を贈答


1-5  Murasaki and Chugu compose and exchange waka

1.5.1  御消息、 殿の中将の君して聞こえたまへり。
 お手紙、殿の中将の君から差し上げさせなさった。
 紫の女王の手紙は子息の源中将が持って来た。
  Ohom-seusoko, Tono no Tyuuzyau-no-Kimi site kikoye tamahe ri.
1.5.2  「 花園の胡蝶をさへや下草に
   秋待つ虫はうとく見るらむ
 「花園の胡蝶までを下草に隠れて
  秋を待っている松虫はつまらないと思うのでしょうか
  花園の胡蝶こてふをさへや下草に
  秋まつ虫はうとく見るらん
    "Hanazono no kotehu wo sahe ya sitakusa ni
    aki matu musi ha utoku miru ram
1.5.3  宮、「 かの紅葉の御返りなりけり」と、ほほ笑みて御覧ず。昨日の女房たちも、
 中宮は、「あの紅葉の歌のお返事だわ」と、ほほ笑んで御覧あそばす。昨日の女房たちも、
 というのである。中宮はあの紅葉もみじに対しての歌であると微笑して見ておいでになった。昨日きのう招かれて行った女房たちも
  Miya, "Kano momidi no ohom-kaheri nari keri." to, hohowemi te goranzu. Kinohu no nyoubau-tati mo,
1.5.4  「 げに、春の色は、え落とさせたまふまじかりけり
 「なるほど、春の美しさは、とてもお負かせになれないわ」
 春をおけなしになることはできますまい
  "Geni, haru no iro ha, e otosa se tamahu mazikari keri!"
1.5.5  と、 花におれつつ聞こえあへり。鴬のうららかなる音に、「鳥の楽」はなやかに聞きわたされて、池の水鳥もそこはかとなくさへづりわたるに、「 急」になり果つるほど、飽かずおもしろし。「 蝶」は、ましてはかなきさまに飛び立ちて、山吹の籬のもとに、咲きこぼれたる花の蔭に 舞ひ出づる
 と、花にうっとりして口々に申し上げていた。鴬のうららかな声に、「鳥の楽」がはなやかに響きわたって、池の水鳥もあちこちとなく囀りわたっているうちに、「急」になって終わる時、名残惜しく面白い。「蝶の楽」は、「鳥の楽」以上にひらひらと舞い上がって、山吹の籬のもとに咲きこぼれている花の蔭から舞い出る。
 と、すっかり春に降参して言っていた。うららかなうぐいすの声と鳥の楽が混じり、池の水鳥も自由に場所を変えてさえずる時に、吹奏楽が終わりの急なになったのがおもしろかった。ちょうははかないふうに飛びって、山吹がかきの下に咲きこぼれている中へ舞って入る。
  to, hana ni ore tutu kikoye ahe ri. Uguhisu no uraraka naru ne ni, Tori-no-gaku hanayaka ni kiki watasa re te, ike no midutori mo sokohakatonaku saheduri wataru ni, "kihu" ni nari haturu hodo, aka zu omosirosi. "Tehu" ha, masite hakanaki sama ni tobitati te, yamabuki no mase no moto ni, saki kobore taru hana no kage ni mahi-iduru.
1.5.6   宮の亮をはじめて、さるべき上人ども、禄取り続きて、童べに賜ぶ。鳥には桜の細長、蝶には山吹襲賜はる。 かねてしも取りあへたるやうなり。物の師どもは、白き一襲、腰差など、次ぎ次ぎに賜ふ。中将の君には、藤の細長添へて、女の装束かづけたまふ。御返り、
 中宮の亮をはじめとして、しかるべき殿上人たちが、禄を取り次いで、童女に賜る。鳥には桜襲の細長、蝶には山吹襲の細長を賜る。前々から準備してあったかのようである。楽の師匠たちには、白の一襲、巻絹などを、身分に応じて賜る。中将の君には、藤襲の細長を添えて、女装束をお与えになる。お返事は、
 中宮のすけをはじめとしてお手伝いの殿上役人が手に手に宮の纏頭てんとうを持って童女へ賜わった。鳥には桜の色の細長、蝶へは山吹襲やまぶきがさねをお出しになったのである。偶然ではあったがかねて用意もされていたほど適当な賜物たまものであった。伶人れいじんへの物は白の一襲ひとかさね、あるいは巻き絹などと差があった。中将へはふじの細長を添えた女の装束をお贈りになった。中宮のお返事は、
  Miya-no-Suke wo hazime te, sarubeki Uhebito-domo, roku tori tuduki te, warahabe ni tabu. Tori ni ha sakura no hosonaga, tehu ni ha yamabukigasane tamaha ru. Kanete simo tori ahe taru yau nari. Mono no si-domo ha, siroki hito-kasane, kosizasi nado, tugitugi ni tamahu. Tyuuzyau-no-Kimi ni ha, hudi no hosonaga sohe te, womna no sauzoku kaduke tamahu. Ohom-kaheri,
1.5.7  「 昨日は音に泣きぬべくこそは
 「昨日は声を上げて泣いてしまいそうでした。
 昨日は泣き出したくなりますほどうらやましく思われました。
  "Kinohu ha ne ni naki nu beku koso ha!
1.5.8    胡蝶にも誘はれなまし心ありて
   八重山吹を隔てざりせば
  胡蝶にもつい誘われたいくらいでした
  八重山吹の隔てがありませんでしたら
  こてふにも誘はれなまし心ありて
  八重山吹を隔てざりせば
    Kotehu ni mo sasoha re na masi kokoro ari te
    yaheyamabuki wo hedate zari se ba
1.5.9  とぞありける。 すぐれたる御労どもに、かやうのことは堪へぬにやありけむ、思ふやうにこそ見えぬ御口つきどもなめれ
 とあったのだ。優れた経験豊かなお二方に、このような論争は荷がかち過ぎたのであろうか、想像したほどに見えないお詠みぶりのようである。
 というのであった。すぐれた貴女きじょがたであるが歌はお上手じょうずでなかったのか、ほかのことに比べて遜色そんしょくがあるとこの御贈答などでは思われる。
  to zo ari keru. Sugure taru ohom-rau-domo ni, kayau no koto ha tahe nu ni ya ari kem, omohu yau ni koso miye nu ohom-kutituki-domo na' mere.
1.5.10  まことや、かの見物の女房たち、宮のには、皆けしきある贈り物どもせさせたまうけり。 さやうのこと、くはしければむつかし
 そうそう、あの見物の女房たちで、宮付きの人々には、皆結構な贈り物をいろいろとお遣わしになった。そのようなことは、こまごまとしたことなので厄介である。
 昨日のことであるが、招かれて行った女房たちの、中宮のほうから来た人たちには意匠のおもしろい贈り物がされたのであった。そんなことをあまりこまごまと記述することは読者にうるさいことであるから省略する。
  Makoto ya, kano mimono no nyoubau-tati, Miya no ni ha, mina kesiki aru okurimono-domo se sase tamau keri. Sayau no koto, kuhasikere ba mutukasi.
1.5.11  明け暮れにつけても、かやうのはかなき御遊びしげく、心をやりて過ぐしたまへば、さぶらふ人も、おのづからもの思ひなき心地してなむ、 こなたかなたにも聞こえ交はしたまふ
 朝に夕につけ、このようなちょっとしたお遊びも多く、ご満足にお過ごしになっているので、仕えている女房たちも、自然と憂いがないような気持ちがして、あちらとこちらとお互いにお手紙のやりとりをなさっている。
 毎日のようにこうした遊びをして暮らしている六条院の人たちであったから、女房たちもまた幸福であった。各夫人、姫君の間にも手紙の行きかいが多かった。
  Akekure ni tuke te mo, kayau no hakanaki ohom-asobi sigeku, kokoro wo yari te sugusi tamahe ba, saburahu hito mo, onodukara mono-omohi naki kokoti si te nam, konata kanata ni mo kikoyekahasi tamahu.
注釈65殿の中将の君夕霧。1.5.1
注釈66花園の胡蝶をさへや下草に--秋待つ虫はうとく見るらむ紫の上の贈歌。昨秋、中宮から「心から春まつ園はわが宿の紅葉を風のつてにだに見よ」(「少女」巻第七章六段)と贈られた歌への返歌。中宮の「待つ」「見よ」の語句を受けて「まつ」に「待つ」と「松虫」の「松」を掛け、「け疎く見るらむ」と返す。1.5.2
注釈67かの紅葉の御返りなりけり中宮の心中。1.5.3
注釈68げに春の色はえ落とさせたまふまじかりけり秋好中宮づきの女房の心中。1.5.4
注釈69花におれつつ「おれ」について、『集成』は「折れ」と解し「花には兜を脱いで」、『完訳』は「おれ」(ぼける意)と解し「花に魂を奪われては」と訳す。1.5.5
注釈70急になり果つるほど舞楽の構成、序・破・急の終わり章になる。1.5.5
注釈71蝶はましてはかなきさまに飛び立ちて胡蝶楽の舞人の様子。1.5.5
注釈72舞ひ出づる大島本は「まひいつる」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「舞ひ入る」と校訂する。1.5.5
注釈73宮の亮をはじめて中宮職の次官。系図不詳の官人。1.5.6
注釈74かねてしも取りあへたるやうなり桜襲と山吹襲の細長の装束が、それぞれ桜と山吹の花を奉ったのとぴったり一致したので。1.5.6
注釈75昨日は音に泣きぬべくこそは秋好中宮の返事。「わが園の梅のほつえに鴬の音になきぬべき恋もするかな」(古今集恋一、四九八、読人しらず)を引く。1.5.7
注釈76胡蝶にも誘はれなまし心ありて--八重山吹を隔てざりせば秋好中宮の返歌。紫の上の「胡蝶」を受けて、「胡蝶」に「来てふ(来いといふ)」「やへ」に「八重」と「八重山吹」を掛けて「誘はれなまし」と返す。しかし、「まし」は反実仮想の助動詞。「隔てざりせば」という「隔て」が存在するので、行けませんの意。1.5.8
注釈77すぐれたる御労どもにかやうのことは堪へぬにやありけむ思ふやうにこそ見えぬ御口つきどもなめれ『集成』は「草子地。作中の歌についての弁解」。『完訳』は「紫の上と中宮との贈答に対する語り手の評」と注す。1.5.9
注釈78さやうのことくはしければむつかし『集成』は「省略をことわる草子地」。『完訳』は「話すときりがないので厄介だ。語り手の省筆の弁」と注す。1.5.10
注釈79こなたかなたにも聞こえ交はしたまふ語り手にとって、心理的に近いほうが「こなた」、遠いほうが「かなた」。「こなた」は紫の上、「かなた」は秋好中宮。1.5.11
出典7 昨日は音に泣きぬべく わが園の梅のほつえに鴬の音に鳴きぬべき恋もするかな 古今集恋一-四九八 読人しらず 1.5.7
校訂5 堪へぬ 堪へぬ--たへ(え/#へ)ぬ 1.5.9
Last updated 9/21/2010(ver.2-3)
渋谷栄一校訂(C)
Last updated 11/28/2009(ver.2-2)
渋谷栄一注釈(C)
Last updated 8/15/2001
渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-2)
現代語訳
与謝野晶子
電子化
上田英代(古典総合研究所)
底本
角川文庫 全訳源氏物語
校正・
ルビ復活
kumi(青空文庫)

2003年7月18日

渋谷栄一訳
との突合せ
若林貴幸、宮脇文経

2008年3月22日

Last updated 11/28/2009 (ver.2-2)
Written in Japanese roman letters
by Eiichi Shibuya(C)
Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition)
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