第二十八帖 野分


28 NOWAKI (Ohoshima-bon)


光る源氏の太政大臣時代
三十六歳の秋野分の物語



Tale of Hikaru-Genji's Daijo-Daijin era, in a typhoon at the age of 36

3
第三章 夕霧の物語 幼恋の物語


3  Tale of Yugiri  A childish love between Yugiri and his girlfriend

3.1
第一段 夕霧、雲井雁に手紙を書く


3-1  Yugiri wrights a love letter to Kumoi-no-kari

3.1.1  むつかしき方々めぐりたまふ御供に歩きて、中将は、なま心やましう、書かまほしき文など、日たけぬるを思ひつつ、 姫君の御方に参りたまへり。
 気疲れのする方々をお回りになるお供をして歩いて、中将は、何となく気持ちが晴れず、書きたい手紙など、日が高くなってしまうのを心配しながら、姫君のお部屋に参上なさった。
 面倒めんどうな夫人たちの訪問の供を皆してまわって、時のたったことで中将は気が気でなく思いながら妹の姫君の所へ行った。
  Mutukasiki katagata meguri tamahu ohom-tomo ni ariki te, Tyuuzyau ha, nama-kokoroyamasiu, kaka mahosiki humi nado, hi take nuru wo omohi tutu, Himegimi no ohom-kata ni mawiri tamahe ri.
3.1.2  「 まだあなたになむおはします。風に懼ぢさせたまひて、今朝は 起き上がりたまは ざりつる
 「まだあちらにおいであそばします。風をお恐がりあそばして、今朝はお起きになれませんでしたこと」
 「まだ御寝室にいらっしゃるのでございますよ。風をおこわがりになって、今朝けさはもうお起きになることもおできにならないのでございます」
  "Mada anata ni nam ohasimasu. Kaze ni odi sase tamahi te, kesa ha e okiagari tamaha zari turu."
3.1.3  と、御乳母ぞ聞こゆる。
 と、御乳母が申し上げる。
 と、乳母めのとが話した。
  to, ohom-Menoto zo kikoyuru.
3.1.4  「 もの騒がしげなりしかば、宿直も仕うまつらむと 思ひたまへしを、宮の、いとも心苦しう思いたりしかばなむ。雛の殿は、いかがおはすらむ」
 「ひどい荒れようでしたから、宿直しようと存じましたが、宮が、たいそう恐がっていらっしゃったものですから。お雛様の御殿は、いかがでいらっしゃいましたか」
 「悪い天気でしたからね。こちらで宿直とのいをしてあげたかったのだが、宮様が心細がっていらっしゃったものですからあちらへ行ってしまったのです。おひな様の御殿はほんとうにたいへんだったでしょう」
  "Mono sawagasige nari sika ba, tonowi mo tukaumatura m to omohi tamahe si wo, Miya no, ito mo kokorogurusiu oboi tari sika ba nam. Hihina no tono ha, ikaga ohasu ram?"
3.1.5  と問ひたまへば、人びと笑ひて、
 とお尋ねになると、女房たちは笑って、
 女房たちは笑って言う、
  to tohi tamahe ba, hitobito warahi tamahi te,
3.1.6  「 扇の風だに参れば、いみじきことに思いたるを、ほとほとしくこそ吹き乱りはべりしか。この御殿あつかひに、わびにてはべり」など語る。
 「扇の風でさえ吹けば、たいへんなことにお思いになっているのを、危うく吹き壊されるところでございました。この御殿のお世話に、困りっております」などと話す。
 「扇の風でもたいへんなのでございますからね。それにあの風でございましょう。私どもはどんなに困ったことでしょう」
  "Ahugi no kaze dani mawire ba, imiziki koto ni oboi taru wo, hotohotosiku koso huki midari haberi sika. Kono ohom-tono atukahi ni, wabi nite haberi." nado kataru.
3.1.7  「 ことことしからぬ紙やはべる。御局の硯」
 「大げさでない紙はありませんか。お局の硯を」
 「何でもない紙がありませんか。それからあなたがたがお使いになるすずりを拝借しましょう」
  "Kotokotosikara nu kami ya haberu? Mi-tubone no suzuri."
3.1.8  と乞ひたまへば、御厨子に寄りて、紙一巻、御硯の蓋に取りおろしてたてまつれば、
 とお求めになると、御厨子に近寄って、紙一巻を、御硯箱の蓋に載せて差し上げたので、
 と中将が言ったので女房はたなの上から出して紙を一巻きふたに入れて硯といっしょに出してくれた。
  to kohi tamahe ba, mi-dusi ni yori te, kami hito-maki, ohom-suzuri no huta ni tori orosi te tatemature ba,
3.1.9  「 いな、これはかたはらいたし
 「いや、これは恐れ多い」
 「これはあまりよすぎて私の役にはたちにくい」
  "Ina, kore ha kataharaitasi."
3.1.10  とのたまへど、 北の御殿のおぼえを思ふに、すこしなのめなる心地して、文書きたまふ。
 とおっしゃるが、北の御殿の世評を考えれば、そう気をつかうほどでもない気がして、手紙をお書きになる。
 と言いながらも、中将は姫君の生母が明石あかし夫人であることを思って、遠慮をしすぎる自分を苦笑しながら書いた。
  to notamahe do, Kita-no-Otodo no oboye wo omohu ni, sukosi nanome naru kokoti si te, humi kaki tamahu.
3.1.11   紫の薄様なりけり。墨、心とめておしすり、筆の先うち見つつ、こまやかに書きやすらひたまへる、いとよし。されど、あやしく定まりて、憎き口つきこそものしたまへ。
 紫の薄様の紙であった。墨は、ていねいにすって、筆先を見い見いして、念を入れて書きながら筆を休めていらっしゃるのが、とても素晴らしい。けれども、妙に型にはまって、感心しない詠みぶりでいらっしゃった。
 それは淡紫の薄様うすようであった。丁寧に墨をすって、筆の先をながめながら考えて書いている中将の様子はえんであった。しかしその手紙は若い女房を羨望せんぼうさせる一女性にあてて書かれるものであった。
  Murasaki no usuyau nari keri. Sumi, kokoro tome te osi-suri, hude no saki uti-mi tutu, komayaka ni kaki yasurahi tamahe ru, ito yosi. Saredo, ayasiku sadamari te, nikuki kutituki koso monosi tamahe.
3.1.12  「 風騒ぎむら雲まがふ夕べにも
   忘るる間なく忘られぬ君
 「風が騒いでむら雲が乱れる夕べにも
  片時の間もなく忘れることのできないあなたです
  風騒ぎむら雲迷ふ夕べにも
  忘るるまなく忘られぬ君
    "Kaze sawagi murakumo magahu yuhube ni mo
    wasururu ma naku wasura re nu kimi
3.1.13   吹き乱れたる苅萱 につけたまへれば、人びと、
 風に吹き乱れた刈萱にお付けになったので、女房たちは、
 という歌の書かれた手紙を、穂の乱れた刈萱かるかやに中将はつけていた。女房が、
  Huki midare taru karukaya ni tuke tamahe re ba, hitobito,
3.1.14  「 交野の少将は、紙の色にこそととのへはべりけれ」と聞こゆ。
 「交野の少将は、紙の色と同じ色の物に揃えましたよ」と申し上げる。
 「交野かたのの少将は紙の色と同じ色の花を使ったそうでございますよ」と言った。
  "Katano-no-Seusyau ha, kami no iro ni koso totonohe haberi kere." to kikoyu.
3.1.15  「 さばかりの色も思ひ分かざりけりや。 いづこの野辺のほとりの花
 「それくらいの色も考えつかなかったな。どこの野の花を付けようか」
 「そんな風流が私にはできないのですからね。送ってやる人だってまたそんなものなのですからね」
  "Sabakari no iro mo omohiwaka zari keri ya! Iduko no nobe no hotori no hana?"
3.1.16  など、かやうの人びとにも、言少なに見えて、心解くべくももてなさず、いとすくすくしう気高し。
 などと、このような女房たちにも、言葉少なに応対して、気を許すふうもなく、とてもきまじめで気品がある。
 中将はこうした女房にもあまりなれなれしくさせないみぞを作って話していた。品のよい貴公子らしい行為である。
  nado, kayau no hitobito ni mo, kotozukuna ni miye te, kokoro toku beku mo motenasa zu, ito sukusukusiu kedakasi.
3.1.17  またも書いたまうて、 馬の助に賜へれば、をかしき童、またいと馴れたる御随身などに、うちささめきて取らするを、若き人びと、ただならずゆかしがる。
 もう一通お書きになって、右馬助にお渡しになったので、美しい童や、またたいそう心得ている御随身などに、ひそひそとささやいて渡すのを、若い女房たちは、ひどく知りたがっている。
 中将はもう一通書いてから右馬助うまのすけを呼んで渡すと、美しい童侍わらわざむらいや、ものなれた随身の男へさらに右馬助は渡して使いは出て行った。若い女房たちは使いの行く先と手紙の内容とを知りたがっていた。
  Mata mo kai tamau te, Muma-no-Suke ni tamahe re ba, wokasiki waraha, mata ito nare taru mi-zuizin nado ni, uti-sasameki te torasuru wo, wakaki hitobito, tada nara zu yukasigaru.
注釈116姫君の御方明石の姫君のお部屋。3.1.1
注釈117まだあなたに以下「上がりたまはざりつる」まで、乳母の詞。3.1.2
注釈118え--ざりつる「え」(副詞)--打消しの助動詞「ず」の構文。不可能の意を表す。3.1.2
注釈119もの騒がしげ以下「いかがおはすらむ」まで、夕霧の詞。3.1.4
注釈120思ひたまへしを謙譲の補助動詞「たまへ」下二段活用。3.1.4
注釈121扇の風だに以下「わびにてはべり」まで、女房の詞。3.1.6
注釈122ことことしからぬ以下「御局の硯」まで、夕霧の詞。3.1.7
注釈123いなこれはかたはらいたし夕霧の詞。3.1.9
注釈124北の御殿明石の御方。3.1.10
注釈125紫の薄様なりけり以下「ものしたまへ」まで、語り手の評。3.1.11
注釈126風騒ぎむら雲まがふ夕べにも--忘るる間なく忘られぬ君夕霧から雲井雁への贈歌。3.1.12
注釈127吹き乱れたる苅萱「まめなれどよき名も立たず刈萱のいざ乱れなむしどろもどろに」(古今六帖六、刈萱、三七八五)を踏まえて、共寝してみたいと詠んで贈った。3.1.13
注釈128交野の少将は以下「ととのへはべりりけれ」まで、女房の詞。3.1.14
注釈129さばかりの色も以下「花よ」まで、夕霧の詞。3.1.15
注釈130いづこの野辺のほとりの花引歌があるか、未詳。3.1.15
注釈131馬の助に夕霧の側近。3.1.17
出典7 苅萱 苅萱の穂に出でて物を言はねどもなびく草葉にあはれとぞ見し 古今六帖六-三七八七 3.1.13
3.2
第二段 夕霧、明石姫君を垣間見る


3-2  Yugiri peeps his sister, Akasi-hime in South-residence

3.2.1   渡らせたまふとて、人びとうちそよめき、几帳引き直しなどす。見つる花の顔どもも、思ひ比べまほしうて、例はものゆかしからぬ心地に、あながちに、妻戸の御簾を引き着て、几帳のほころびより 見ればもののそばより、ただはひ渡りたまふほどぞ、ふとうち見えたる。
 お戻りあそばすというので、女房たちがざわめき、几帳を元に直したりする。先ほど見た花の顔たちと、比べて見たくて、いつもは覗き見など関心もない人なのに、無理に、妻戸の御簾に身体を入れて、几帳の隙間を見ると、物蔭から、ちょうどいざっていらっしゃるところが、ふと目に入った。
姫君がこちらへ来ると言って、女房たちがにわかに立ち騒いで、几帳きちょうの切れを引き直したりなどしていた。
昨日から今朝にかけて見た麗人たちと比べて見ようとする気になって、平生はあまり興味を持たないことであったが、妻戸の御簾みす身体からだを半分入れて几帳のほころびからのぞいた時に、姫君がこの座敷へはいって来るのを見た。
  Watara se tamahu tote, hitobito uti-soyomeki, kityau hiki-nahosi nado su. Mi turu hana no kaho-domo mo, omohi kurabe mahosiu te, rei ha mono yukasikara nu kokoti ni, anagati ni, tumado no misu wo hiki-ki te, kityau no hokorobi yori mire ba, mono no soba yori, tada hahi-watari tamahu hodo zo, huto uti miye taru.
3.2.2  人のしげくまがへば、何のあやめも見えぬほどに、いと心もとなし。薄色の御衣に、 髪のまだ丈にははづれたる末の、引き広げたるやうにて、いと細く 小さき様体、らうたげに心苦し。
 女房が大勢行ったり来たりするので、はっきりわからないほどなので、たいそうじれったい。薄紫色のお召物に、髪がまだ背丈には届いていない末の広がったような感じで、たいそう細く小さい身体つきが可憐でいじらしい。
 女房が前をき来するので正確には見えない。淡紫の着物を着て、髪はまだ着物のすそには達せずに末のほうがわざとひろげたようになっている細い小さい姿が可憐かれんに思われた。
  Hito no sigeku magahe ba, nani no ayame mo miye nu hodo ni, ito kokoromotonasi. Usuiro no ohom-zo ni, kami no mada take ni ha hadure taru suwe no, hiki-hiroge taru yau nite, ito hosoku tihisaki yaudai, rautage ni kokorogurusi.
3.2.3  「 一昨年ばかりは、たまさかにもほの見たてまつりしに、またこよなく生ひまさりたまふなめりかし。まして盛りいかならむ」と思ふ。「 かの見つる先々の、桜、山吹といはば、 これは藤の花とやいふべからむ。木高き木より咲きかかりて、風になびきたるにほひは、かくぞあるかし」と思ひよそへらる。「 かかる人びとを、心にまかせて明け暮れ見たてまつらばや。さもありぬべきほどながら、隔て隔てのけざやかなるこそつらけれ」など思ふに、まめ心も、なまあくがるる心地す。
 「一昨年ぐらいまでは、偶然にもちらっとお姿を拝見したが、またすっかり成長なさったようだ。まして盛りになったらどんなに美しいだろう」と思う。「あの前に見た方々を、桜や山吹と言ったら、この方は藤の花と言うべきであろうか。木高い木から咲きかかって、風になびいている美しさは、ちょうどこのような感じだ」と思い比べられる。「このような方々を、思いのままに毎日拝見していたいものだ。そうあってもよい身内の間柄なのに、事ごとに隔てを置いて厳しいのが恨めしいことだ」などと思うと、誠実な心も、何やら落ち着かない気がする。
 一昨年ごろまではまれに顔も見たのであるが、そのころよりはまたずっと美しくなったようであると中将は思った。まして妙齢になったならどれほどの美人になるであろうと思われた。さきに中将の見た麗人の二人を桜と山吹にたとえるなら、これはふじの花といってよいようである。高い木にかかって咲いた藤が風になびく美しさはこんなものであると思われた。こうした人たちを見たいだけ見て暮らしたい、継母であり、異母姉妹であれば、それのできないのがかえって不自然なわけであるが、事実はそうした恨めしいものになっていると思うと、まじめなこの人も魂がどこかへあこがれて行ってしまう気がした。
  "Ototosi bakari ha, tamasaka ni mo hono mi tatematuri si ni, mata koyonaku ohi masari tamahu na' meri kasi. Masite sakari ika nara m?" to omohu. "Kano mi turu sakizaki no, sakura, yamabuki to iha ba, kore ha hudi no hana to ya ihu bekara m. Kodakaki ki yori saki kakari te, kaze ni nabiki taru nihohi ha, kaku zo aru kasi." to omohi yosohe raru. "Kakaru hitobito wo, kokoro ni makase te akekure mi tatematura baya! Samo ari nu beki hodo nagara, hedate hedate no kezayaka naru koso turakere." nado omohu ni, mame gokoro mo, nama-akugaruru kokoti su.
注釈132渡らせたまふ「せ」(尊敬の助動詞)+「たまふ」(尊敬の補助動詞)、最高敬語。主語は、明石姫君。3.2.1
注釈133もののそばより以下、夕霧の目を通して語られる明石姫君。3.2.1
注釈134髪のまだ丈には明石姫君、八歳。3.2.2
注釈135一昨年ばかりは以下「いかならむ」まで、夕霧の心。3.2.3
注釈136かの見つる先々の桜山吹以下「あるかし」まで、夕霧の心。「桜」は紫の上、「山吹」は玉鬘をさす。3.2.3
注釈137これは明石姫君。3.2.3
注釈138かかる人びとを以下「つらけれ」まで、夕霧の心。3.2.3
校訂5 見れば 見れば--みれ(れ/+は<朱>) 3.2.1
校訂6 小さき 小さき--ちう(う/$い)さき 3.2.2
3.3
第三段 内大臣、大宮を訪う


3-3  Naidaijin visits to Sanjo-palace

3.3.1   祖母宮の御もとにも参りたまへれば、のどやかにて御行なひしたまふ。よろしき若人など、ここにもさぶらへど、もてなしけはひ、装束どもも、盛りなるあたりには似るべくもあらず。容貌よき尼君たちの、墨染にやつれたるぞ、なかなかかかる所につけては、さるかたにてあはれなりける。
 祖母宮のお側に参上なさると、静かにお勤めをなさっている。まずまずの若い女房などは、こちらにも伺候しているが、物腰や様子、衣装なども、栄華を極めている所とは比較にもならない。器量のよい尼君たちが、墨染の衣装で質素にしているのが、かえってこのような所では、それなりにしみじみとした感じがするのであった。
 三条の宮へ行くと宮は静かに仏勤めをしておいでになった。若い美しい女房はここにもいるが、身なりも取りなしも盛りの家の夫人たちに使われている人たちに比べると見劣りがされた。顔だちのよい尼女房の墨染めを着たのなどはかえってこうした場所にふさわしい気がして感じよく思われた。
  Oba-Miya no ohom-moto ni mo mawiri tamahe re ba, nodoyaka nite ohom-okonahi si tamahu. Yorosiki wakaudo nado, koko ni mo saburahe do, motenasi kehahi, sauzoku-domo mo, sakari naru atari ni ha niru beku mo ara zu. Katati yoki Amagimi-tati no, sumizome ni yature taru zo, nakanaka kakaru tokoro ni tuke te ha, saru kata nite ahare nari keru.
3.3.2  内の大臣も参りたまへるに、御殿油など参りて、のどやかに 御物語など聞こえたまふ
 内大臣も参上なさったので、御殿油などを灯して、のんびりとお話など申し上げになさる。
 内大臣も宮を御訪問に来て、などをともしてゆっくりと宮は話しておいでになった。
  Uti-no-Otodo mo mawiri tamahe ru ni, ohom-tonabura nado mawiri te, nodoyaka ni ohom-monogatari nado kikoye tamahu.
3.3.3  「 姫君を久しく見たてまつらぬがあさましきこと」
 「姫君に久しくお目にかからないのが情けないこと」
 「姫君に長くいませんね。ほんとうにどうしたことだろう」
  "Himegimi wo hisasiku mi tatematura nu ga asamasiki koto."
3.3.4  とて、ただ泣きに泣きたまふ。
 とおっしゃって、ただひたすらお泣きになる。
 とお言い出しになって、宮はお泣きになった。
  tote, tada naki ni naki tamahu.
3.3.5  「 今このごろのほどに参らせむ。心づからもの思はしげにて、口惜しう衰へにてなむはべめる。女こそ、よく言はば、持ちはべるまじきものなりけれ。とあるにつけても、心のみなむ尽くされはべりける」
 「もうすぐこちらに参上させましょう。自分からふさぎ込んでいまして、惜しいことに痩せてしまっているようです。女の子は、はっきり申せば、持つべきではございませんでした。何かにつけて、心配ばかりさせられました」
 「近いうちにお伺わせいたします。自身から物思いをする人になって、哀れに衰えております。女の子というものは実際持たなくていいものですね。何につけかにつけ親の苦労の絶えないものです」
  "Ima konogoro no hodo ni mawira se m. Kokorodukara mono omohasige nite, kutiwosiu otorohe nite nam habe' meru. Womna koso, yoku iha ba, moti haberu maziki mono nari kere. Toaru ni tuke te mo, kokoro nomi nam tukusa re haberi keru."
3.3.6  など、なほ心解けず思ひおきたるけしきしてのたまへば、 心憂くて、切にも聞こえたまはず。そのついでにも、
 などと、依然として不快にこだわっている様子でおっしゃるので、情けなくて、ぜひにともお申し上げなさらない。その話の折に、
  内大臣はまだあの古い過失について許し切っていないように言うのを、宮は悲しくお思いになって、望んでおいでになることは口へお出しになれなかった。話の続きに大臣は、
  nado, naho kokoro toke zu omohi oki taru kesiki si te notamahe ba, kokorouku te, seti ni mo kikoye tamaha zu. Sono tuide ni mo,
3.3.7  「 いと不調なる娘まうけはべりて、もてわづらひはべりぬ」
 「たいそう不出来な娘を持ちまして、手を焼いてしまいました」
 「ものにならない娘が一人出て来まして困っております」
  "Ito hudeu naru musume mauke haberi te, mote-wadurahi haberi nu."
3.3.8  と、愁へきこえたまひて、笑ひたまふ。宮、
 と、愚痴をおこぼしになって、にが笑いなさる。宮、
 と母宮に訴えた。
  to, urehe kikoye tamahi te, warahi tamahu. Miya,
3.3.9  「 いで、あやし。女といふ名はして、さがなかるやうやある」
 「まあ、変ですこと。あなたの娘という以上、出来の悪いことがありましょうか」
 「どうしてでしょう。娘という名がある以上おとなしくないわけはないものですが」
  "Ide, ayasi! Musume to ihu na ha si te, saganakaru yau ya aru."
3.3.10  とのたまへば、
 とおっしゃると、

  to notamahe ba,
3.3.11  「 それなむ見苦しきことになむはべる。いかで、御覧ぜさせむ」
 「それが体裁の悪いことなのでございます。ぜひ、御覧に入れたいものです」
「それがそういかないのです。醜態でございます。お笑いぐさにお目にかけたいほどです」
  "Sore nam migurusiki koto ni nam haberu. Ikade, goranze sase m."
3.3.12  と、 聞こえたまふとや
 と申し上げなさったとか。
 と大臣は言っていた。
  to, kikoye tamahu to ya.
注釈139祖母宮の御もとに三条宮邸の祖母宮。3.3.1
注釈140御物語など聞こえたまふ内大臣と大宮との会話。夕霧はこの場面にいない。3.3.2
注釈141姫君を以下「あさましきこと」まで、大宮の詞。姫君とは雲居雁。3.3.3
注釈142今このごろのほどに以下「尽くされはべりける」まで、内大臣の詞。3.3.5
注釈143心憂くて大宮の心。3.3.6
注釈144いと不調なる娘以下「もてわづらひはべりぬ」まで、内大臣の詞。近江の君のこと。3.3.7
注釈145いであやし以下「やうやある」まで、大宮の詞、皮肉を含む。3.3.9
注釈146それなむ以下「御覧ぜさせむ」まで、内大臣の詞。3.3.11
注釈147聞こえたまふとや語り手が伝聞したということを表した形。3.3.12
Last updated 9/21/2010(ver.2-3)
渋谷栄一校訂(C)
Last updated 12/9/2009(ver.2-2)
渋谷栄一注釈(C)
Last updated 9/4/2001
渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-2)
現代語訳
与謝野晶子
電子化
上田英代(古典総合研究所)
底本
角川文庫 全訳源氏物語
校正・
ルビ復活
伊藤時也(青空文庫)

2003年5月18日

渋谷栄一訳
との突合せ
若林貴幸、宮脇文経

2009年12月18日

Last updated 12/9/2009 (ver.2-2)
Written in Japanese roman letters
by Eiichi Shibuya (C)
Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition)
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