注釈952	上達部の座いと軽々しやこなたにこそ	源氏の詞。上達部は夕霧や柏木をさす。	14.1.2
注釈953	対の南面に	東の対の南面の間。	14.1.3
注釈954	椿餅梨柑子やうのものども	椿餅、梨、柑子というが、春三月に梨の実があるとは思われない。氷室に保存していた物か、梨を使った加工食品であろうか。	14.1.4
注釈955	心知りに	事情を知っているので、の意。	14.1.5
注釈956	あやしかりつる御簾の透影思ひ出づることやあらむ	夕霧の心中。『集成』は「（柏木が）妙なことから垣間見た、御簾の隙間の女三の宮のお姿を思い浮べているのであろうかと」と訳す。	14.1.5
注釈957	いと端近なりつる	以下あるまじかめるものを」まで、夕霧の心中。	14.1.6
注釈958	かつは軽々しと思ふらむかし	主語は柏木。柏木の心中を忖度。	14.1.6
注釈959	こなたの	紫の上をさす。	14.1.6
注釈960	かかればこそ	以下「ありけれ」まで、夕霧の心中。	14.1.6
注釈961	うちうちの御心ざし	源氏のご寵愛。	14.1.6
注釈962	なほ内外の用意	以下「うしろめたきやうなりや」まで、夕霧の心中。同様の主旨を言っている「帚木」巻の女性論が思い合わされる。	14.1.8
注釈963	宰相の君は	柏木。宰相兼右衛門督である。初めて語られる。	14.1.10
注釈964	よろづの罪をもをさをさたどられず	『完訳』は「宮にどんな欠点があろうと、ほとんど顧みるゆとりもなく」と訳す。	14.1.10
注釈965	わが昔よりの心ざしのしるしあるべきにや	柏木の心中。	14.1.10
注釈966	飽かずのみおぼゆ	『完訳』は「どこまでも宮に心を奪われている」と注す。	14.1.10

注釈967	太政大臣のよろづの	以下「かしこうこそ見えつれ」まで源氏の詞。源氏と太政大臣の間で、何事にも彼に勝ってきたが、蹴鞠だけは及ばなかったという。	14.2.2
注釈968	かしこうこそ見えつれ	『集成』は「〔今日のあなたは〕上手だった」。『完訳』は「わたしには及びもつかぬくらい上手なものだと見えました」と訳す。	14.2.2
注釈969	うちほほ笑みて	主語は柏木。照れ笑いの意。	14.2.3
注釈970	はかばかしき方には	以下「はべりぬべけれ」まで、柏木の返答。謙遜する。「はかばかしき方」は公務政治向きの事柄をさす。	14.2.4
注釈971	家の風の	「久方の月の桂も折るばかり家の風をも吹かせてしがな」（拾遺集雑上、四七三、菅原道真の母）を引歌とする。	14.2.4
注釈972	いかでか	以下「興はあらめ」まで、源氏の詞。「いかでか」は反語。否定になる。どうしてそんなことがあろうか、そうではないの意。	14.2.6
注釈973	見たてまつるにも	主語は柏木。	14.2.7
注釈974	かかる人にならひて	以下「なびかしきこゆべき」まで、柏木の心中。源氏に対するコンプレックス。『集成』『新大系』は「ならひて」と清音に読む。『完本』は「並びて」と濁音に読む。「ならひて」は「こんな立派な方（源氏）を見馴れていて」（集成）。「並びて」は「源氏ほどの人に連れ添う宮は」（完訳）。	14.2.8
注釈975	あはれと見ゆるしたまふばかり	『集成』は「せめてかわいそうにと大目に見て下さるほどにでも」。『完訳』は「せめてこの自分をいじらしい者よとそのまま認めてくださる程度にでも」と訳す。	14.2.8
注釈976	まかでたまひぬ	明融臨模本は「まかり（り＄）て給ぬ」とある。すなわち「り」をミセケチにする。大島本は「まかりて給ぬ」とある。明融臨模本の訂正以前本文に同文。『集成』『完本』は底本（明融臨模本）の訂正と諸本に従って「まかでたまひぬ」と校訂する。『新大系』は底本（大島本）のまま「まかりで給ひぬ」とする。	14.2.9

注釈977	大将の君一つ車にて道のほど物語したまふ	柏木は夕霧と同車して女三の宮への同情を語る。六条院から夕霧の三条邸、柏木の二条邸へ帰る途中。	14.3.1
注釈978	なほこのころの	以下「参りたまへ」（まで、柏木と夕霧の詞。『集成』は全体を夕霧の詞とみる。『完訳』『新大系』は「なほこのごろの」から「紛らはすべきなりけり」までを柏木の詞。「今日の」以下「参りたまへ」までの後半を夕霧の詞と解す。	14.3.2
注釈979	小弓持たせて	「せ」使役の助動詞。随身供人に小弓を持たせての意。	14.3.3
注釈980	院にはなほ	以下「心苦しけれ」まで、柏木の詞。女三の宮への同情。	14.3.5
注釈981	かの御おぼえ	源氏の紫の上に対する寵愛。	14.3.5
注釈982	さしもあらで	『集成』は「（六条の院では）それほどでもなくて」。『完訳』は「殿のお気持はそれほどでもないものですから」と訳す。	14.3.5
注釈983	あいなく言へば	『全集』は「ずけずけと堰を切ったように繰り出される柏木の言葉について、これを不穏当とする語り手の気持をこめる」と注す。	14.3.6
注釈984	たいだいしきこと	以下「思ひきこえたまへるものを」まで、夕霧の反論。	14.3.7
注釈985	けぢめばかりにこそあべかめれ	『完訳』は「そこに宮とちがうところがおありなのでしょう」と訳す。	14.3.7
注釈986	いであなかまたまへ	以下「ありがたきわざなりや」まで、柏木の反論。	14.3.9
注釈987	さるは世におしなべたらぬ人の御おぼえを	『集成』は「実際は、一通りではない女三の宮のご声望ですのに」。『完訳』は「それにしても、並一通りではなく父院がお目をかけあそばしたお方ですのに」と訳す。	14.3.9
注釈988	いかなれば花に木づたふ鴬の--桜をわきてねぐらとはせぬ	柏木の歌。花を六条院の女君に、鴬を源氏に、桜を女に喩え、源氏が女三の宮を大事にしないことを非難する。	14.3.11
注釈989	春の鳥の桜一つにとまらぬ心よ	以下「おぼゆるぞかし」まで、歌に続けた柏木の詞。『集成』は「春の鳥ならば、美しい桜だけにとまればよいものを」。『完訳』は「春の鳥の、桜ひとつに心をとどめぬとは移り気な心よ」と訳す。	14.3.12
注釈990	いであなあぢきなのもの扱ひやさればよ	夕霧の感想。夕霧、柏木の女三の宮に対する恋情を確信する。	14.3.14
注釈991	深山木にねぐら定むるはこ鳥も--いかでか花の色に飽くべき	夕霧の返歌。「花」「ねくら」の語句を受け、「鴬」は「はこ鳥」として返す。深山木を紫の上に、はこ鳥を源氏に、花を女三の宮に喩える。春の美しい花に飽きたりはしない、と反論。	14.3.15
注釈992	わりなきことひたおもむきにのみやは	歌に続けた夕霧の詞。「やは」反語表現。そう一方的に決めつけてよいものか、そうではない、の意。	14.3.16
注釈993	ことに言はせずなりぬ	「せ」使役の助動詞。夕霧が柏木にそれ以上言わせなかった、の意。	14.3.17

注釈994	督の君はなほ大殿の東の対に独り住みにて	柏木は大殿邸の東の対にまだ正妻を迎えず独り身で住んでいる。	14.4.1
注釈995	思ふ心ありて	『完訳』は「結婚への高い理想。女三の宮のような高貴な女君との結婚を望み独身を貫く。「わが身かばかり」「心おごり」ともあり、彼の宮への執着は、権勢志向に発していた」と注す。	14.4.1
注釈996	わが身かばかりにて	以下「かなはざらむ」まで、柏木の心中。「などか」--「む」反語表現。	14.4.2
注釈997	いかならむ折に	以下「つくるやうもあれ」まで、柏木の心中。	14.4.4
注釈998	ともかくもかき紛れたる際の人こそ	『集成』は「何をしても人目につかない身分の者なら」。『完訳』は「もしも相手が何をしようにも人目に立たぬ身分であったら」と訳す。 【人こそ】－係助詞「こそ」は「やうもあれ」に係る。逆接用法。	14.4.4
注釈999	深き窓のうちに	以下「知らせたてまつるべき」まで、柏木の心中。「養はれて深窓に在れば人未だ識らず」（白氏文集・長恨歌）を踏まえた表現。	14.4.6
注釈1000	例の	「例の」とあるので、初めてでない。今までにも度々あったことを暗示する書き方。	14.4.7
注釈1001	一日風に誘はれて御垣の原を	以下「眺め暮らしはべる」まで、柏木の手紙文。「御垣の原」は吉野の地名、歌枕だが、六条院をさす。	14.4.8
注釈1002	いかに見落としたまひけむ	柏木の謙った表現。	14.4.8
注釈1003	あやなく今日は眺め暮らしはべる	「見ずもあらず見もせぬ人の恋しくはあやなく今日やながめ暮さむ（古今集恋一、四七六、在原業平）を踏まえた表現。	14.4.8
注釈1004	よそに見て折らぬ嘆きはしげれども--なごり恋しき花の夕かげ	柏木から女三の宮への贈歌。「嘆き」に「投げ木」を響かせ、「木」の縁語として「折る」「繁る」「花」の語句を引き出す。「花」は女三の宮の美しさをいう。	14.4.10
注釈1005	侍従は一日の心も知らねば	明融臨模本は「（＋侍従は一日）のこゝろもしらぬ（ぬ＄ね）は」とある。すなわち「侍従は一日」を補入し、「ぬ」をミセケチにして「ね」と訂正する。大島本は「一日の心もしらぬハ」とある。『集成』『新大系』は大島本に従って「一日の心も知らぬは」と校訂し、『完本』は諸本に従って「一日の心も知らねば」と校訂する。	14.4.11

注釈1006	かの文を持て参りて	明融臨模本と大島本は「かのふみ」とある。『集成』『新大系』は底本（明融臨模本・大島本）に従って「かの文」のままとする。『完本』は諸本に従って「この文」と校訂する。	14.5.1
注釈1007	この人のかくのみ	以下「知りがたくてなむ」まで、小侍従の詞。	14.5.2
注釈1008	見たまへあまる心もや添ひはべらむと	主語は小侍従自身。「たまへ」謙譲の補助動詞。小侍従が柏木を手引きしかねない気持ちがおこりはしないかと、という意。	14.5.2
注釈1009	いとうたてあることをも言ふかな	女三の宮の詞。	14.5.4
注釈1010	文広げたるを御覧ず	「文広げたる」の主語は小侍従。「御覧ず」の主語は女三の宮。	14.5.5
注釈1011	見もせぬと言ひたるところを	女三の宮、柏木の手紙の文句から「見ずもあらず見もせぬ人の恋しくはあやなく今日やながめ暮さむ」の和歌を引いたものであることを察する。	14.5.6
注釈1012	あさましかりし御簾のつまを	『集成』は「思いもかけなかったあの御簾の隙間のことだと」。『完訳』は「あの思いがけなかった御簾の端の一件に」と訳す。	14.5.6
注釈1013	大将に見えたまふな	以下「やうもありなむ」まで、源氏の女三の宮に対する戒めの詞。源氏が女三の宮に面と向かって「いはけなき御ありさまなれば」と言ったとしたら、かなりきつい辛辣な物言いである。	14.5.7
注釈1014	大将のさることの	以下「あはめたまはむ」まで、女三の宮の心中。	14.5.9
注釈1015	いかにあはめたまはむ	『集成』は「どんなにお叱りになるだろう」。『完訳』は「殿はこの私をどんあに疎ましくお思いになるだろう」と訳す。	14.5.9
注釈1016	人の見たてまつりけむことをば思さでまづ憚りきこえたまふ心のうちぞ幼かりける	『細流抄』は「草子地也」と指摘。語り手の女三の宮批評の文章。 【憚りきこえたまふ】－『集成』は「〔源氏を〕こわがり申される」。『完訳』は「殿に気がねをなさる」と訳す。	14.5.10
注釈1017	常よりも御さしらへなければ	主語は女三の宮。女三の宮から柏木の手紙に対するお言葉がないこと。	14.5.11
注釈1018	しひて聞こゆべきことにもあらねば	小侍従が女三の宮の返事を催促すべきことでもない、の意。	14.5.11
注釈1019	一日はつれなし顔を	以下「あなかけかけし」まで、小侍従の返書。小侍従は柏木が女三の宮を垣間見たことを知らない。	14.5.12
注釈1020	めざましうと許しきこえざりしを	『集成』は「（宮様に対して）失礼なこととお許し申しませんでしたのに」。『完訳』は「これまでのご希望も、宮に失礼なことだからとお許し申しあげなかったのに」と訳す。	14.5.12
注釈1021	いまさらに色にな出でそ山桜--およばぬ枝に心かけきと	小侍従の返歌。山桜に女三の宮を喩える。	14.5.14
注釈1022	かひなきことを	歌に添えた言葉。	14.5.15