注釈465	今はとて	朱雀院出家後、朧月夜尚侍、二条宮に移り住む。	7.1.1
注釈466	尚侍の君は、故后の宮のおはしましし二条の宮にぞ住みたまふ	朧月夜尚侍は、姉の故弘徽殿大后の住んでいた二条宮邸に住む。	7.1.2
注釈467	かかるきほひには、慕ふやうに心あわたたしく	朱雀院の詞。	7.1.3
注釈468	仏の御ことなどいそがせたまふ	「せ」使役の助動詞。朱雀院が朧月夜尚侍に出家の準備をおさせになるの意。	7.1.4
注釈469	六条の大殿はあはれに飽かずのみ思して	源氏、朧月夜尚侍に文を遣わす。	7.1.5
注釈470	いかならむ折に対面あらむ	以下、「聞こえまほしく」まで、源氏の心中。だが、その引用句がなく、地の文と融合したような表現。	7.1.6
注釈471	かうのどやかになりたまひて	『集成』は「このようにお暇ある身になられて。朱雀院の出家により、独り身になったことをいう」。『完訳』は「こうして平穏に落ち着いてお暮しになる身となられ」「院出家後の朧月夜の独身生活。以下、彼女の自由な暮しぶりを想像する源氏は、再会をと念ずる」と注す。	7.1.6
注釈472	世の中を思ひしづまりたまふらむころほひの御ありさま	『集成』は「世の中の移り変りを静かに考えていられるであろうこの頃の様子が」。『完訳』は「浮世の情けにお気持を乱されることなさそうなこのごろのご様子が」と訳す。	7.1.6
注釈473	昔の中納言の君のもとにも	朧月夜尚侍付きの女房。「賢木」「須磨」に登場。	7.1.7

注釈474	かの人の兄なる和泉の前の守を召し寄せて	中納言の君の兄の前和泉守。女房及びその兄弟が登場して活躍するあたり、源氏物語第二部の特徴。またこのあたり、柏木が小侍従をくどき落とす手口と類似。	7.2.1
注釈475	人伝てならで	以下「うしろやすくなむ」まで、源氏の詞。「いかにしてかく思ふてふことをだに人づてならで君に語らむ」（後撰集恋五、九六一、藤原敦忠）を踏まえる。	7.2.2
注釈476	今はさやうのありきも所狭き身のほどに	准太上天皇という地位。	7.2.3
注釈477	おぼろけならず忍ぶれば	明融臨模本と大島本は「しのふれは」とある。『集成』『新大系』は底本（明融臨模本・大島本）のままとする。『完本』は諸本に従って「忍ぶべきことなれば」と校訂する。	7.2.3
注釈478	かたみにうしろやすくなむ	『完訳』は「互いに安心。裏に無事遂行してくれれば、あなたの国司就任を斡旋しよう、の意が含まれるか」と注す。	7.2.3
注釈479	いでや世の中を	以下「恥づかしかるべけれ」まで、朧月夜尚侍の心中。	7.2.5
注釈480	あはれに悲しき御ことをさし置きて	朱雀院の出家をさす。	7.2.5
注釈481	心の問はむこそいと恥づかしかるべけれ	「無き名ぞと人には言ひてありぬべし心の問はばいかが答へむ」（後撰集恋三、七二五、読人しらず）を踏まえる。	7.2.6

注釈482	いにしへわりなかりし世にだに	以下「取り返したまふべきにや」まで、源氏の心中。 【わりなかりし世にだに】－『集成』は「無理な逢瀬に苦労した時でさえ」と訳す。	7.3.1
注釈483	立ちにしわが名今さらに取り返したまふべきにや	「むら鳥の立ちにし我が名今さらに事なしぶともしるしあらめや」（古今集恋三、六七四、読人しらず）。「取り返したまふべきにや」の主語は朧月夜尚侍。「にや」反語表現。	7.3.1
注釈484	この信太の森を	「和泉なる信太の森の葛の葉の千枝に分かれて物をこそ思へ」（古今六帖二、一〇四九）。「信太の森」は和泉の国の歌枕。和泉前司を道案内にの意。	7.3.2
注釈485	女君には	紫の上をいう。	7.3.2
注釈486	東の院にものする	以下「人にもかくとも知らせじ」まで、源氏の詞。嘘言である。	7.3.3
注釈487	例はさしも見えたまはぬあたりをあやし	紫の上の心中。「あたり」は常陸宮姫君すなわち末摘花をさす。	7.3.4
注釈488	思ひ合はせたまふこともあれど	紫の上、源氏と朧月夜の文通を聞き知っている。	7.3.4
注釈489	姫宮の御事の後は何事もいと過ぎぬる方のやうにはあらずすこし隔つる心添ひて	紫の上の変化。夫婦に仲に亀裂が入った。源氏はそれに無頓着。	7.3.4

注釈490	その日は寝殿へも渡りたまはで	源氏、朧月夜訪問、再会。	7.4.1
注釈491	あやしくいかやうに聞こえたるにか	朧月夜尚侍の心中。「聞こえ」の主語は和泉守。	7.4.3
注釈492	をかしやかにて	以下「いと便なうはべらむ」まで、女房の詞。『集成』は「色めいたおあしらいでお帰し申すのは」。『完訳』は「もったいをつけてお帰し申しあげるのでは」と訳す。	7.4.5
注釈493	ただここもとに	以下「残らずなりにけるを」まで、源氏の詞。	7.4.7
注釈494	あるまじき心などは	『集成』は「不埒な考えなどは」。『完訳』は「不都合な心などは」と訳す。	7.4.7
注釈495	さればよなほ気近さは	源氏の心中。『完訳』は「朧月夜のため息まじりの挙措が、源氏には媚態とも映る」「朧月夜の靡きやすさを昔に変らぬと、情をそそられる一方では、冷静に非難もする」と注す。	7.4.9
注釈496	かたみにおぼろけならぬ御みじろきなれば	『完訳』は「よく知り合った同士が、その身動きの気配から相手の姿態を想像し、互いに情をそそられる」と注す。	7.4.10
注釈497	東の対なりけり	昔、藤の花の宴が行われた所。「花宴」（第一章五段）。	7.4.10
注釈498	御障子のしりばかりは	明融臨模本は「みさうしのしり（り＋はかり）は」とある。すなわち「はかり」を補入する。大島本は「みさうしのしりハ」とある。肖柏本が「しりはかり」とある。『集成』『完本』は底本の訂正以前本文に従う。『新大系』は底本（大島本）のままとする。	7.4.10
注釈499	いと若やかなる心地もするかな	以下「いみじうつらくこそ」まで、源氏の詞。	7.4.11
注釈500	年月の積もりをも紛れなく数へらるる心ならひに	『完訳』は「逢わずに過した年月を正確に数えうる。自らの恋の証をいう」と注す。	7.4.11

注釈501	玉藻に遊ぶ鴛鴦の声々など	「春の池の玉藻に遊ぶ鳰鳥の足のいとなき恋もするかな」（後撰集春中、七二、宮道高風）を踏まえる。庭の鴛鴦の声が源氏の恋情をいっそうそそる。	7.5.1
注釈502	さも移りゆく世かな	源氏の心中。右大臣家の推移。右大臣、弘徽殿大后在世中の権勢を誇っていた時代と比較した感想。	7.5.1
注釈503	平中がまねならねど	平中の空泣き。「末摘花」（第二章一段）にも出る。	7.5.1
注釈504	年月をなかに隔てて逢坂の--さも塞きがたく落つる涙か	源氏から朧月夜への贈歌。「逢坂」と「逢ふ」、「関」と「塞」の掛詞。「逢坂」と「関」は縁語。	7.5.2
注釈505	女	朧月夜の君。恋の場面における呼称。	7.5.3
注釈506	涙のみ塞きとめがたき清水にて--ゆき逢ふ道ははやく絶えにき	朧月夜から源氏への返歌。「塞き」「がたし」「逢ふ」の語句を受け、「涙」を「清水」に、「隔つ」を「絶ゆ」とずらして「道は早く絶えにき」と返す。「逢ふ道」と「近江路」の掛詞。「関」「清水」は「逢坂」の縁語。『完訳』は「源氏の歌を切り返しながらも同じ歌語を多用して共感をも表現」と注す。	7.5.4
注釈507	誰れにより	以下「世の騒ぎぞは」まで、朧月夜の心中。係助詞「は」反語の意。みな自分のせいで起こったことだ、の意。	7.5.6
注釈508	げに今一たびの	以下「すべかりけり」まで、朧月夜の心中。	7.5.6
注釈509	昔おぼえたる御対面に	源氏と朧月夜の逢瀬。昔の同場面を回想。	7.5.7
注釈510	なほらうらうじく若うなつかしくて	『集成』は「昔に変らず洗練された物腰で、若々しく愛敬があって」。『完訳』は「今もやはり行き届いて隙もなく、若々しく、やさしさがこもっていて」と訳す。	7.5.8
注釈511	世のつつましさをもあはれをも	世間への遠慮と源氏への思慕。	7.5.8

注釈512	朝ぼらけのただならぬ空に	『完訳』は「後朝の別れの時としては、やや遅い」と注す。	7.6.1
注釈513	百千鳥の声もいとうららかなり	「百千鳥」は歌語。「百千鳥さへずる春はものごとにあらたまれども我ぞふりゆく」（古今集春上、二八、読人しらず）。	7.6.1
注釈514	昔、藤の宴したまひし、このころのことなりけりかし	源氏の心中。源氏、現在四十歳、藤の花の宴は源氏二十歳の時（「花宴」）、二十年前の出来事。	7.6.1
注釈515	立ち返りたまひて	源氏は先に簀子に出ていて、後に中納言の君が妻戸を押し開けて送りに出てきた。そこへ立ち戻っての意。「夕顔」（第三章一段）の源氏が六条御息所邸からの帰り際に中将のおもとが送りに出る場面に類似。	7.6.2
注釈516	この藤よいかに染めけむ色にか	以下「立ち離るべき」まで、源氏の詞。朧月夜のもとを立ち去りがたい気持ちを述べる。	7.6.3
注釈517	蔭をば立ち離る	今日のみと春を思はぬ時だにも立つことやすき花の蔭かは（古今集春下-一三四　凡河内躬恒）（text34.html 出典24 から転載）	7.6.3
注釈518	山際よりさし出づる日の	この「山際」は築山のわき。『完訳』は「以下、中納言の目と心にそいながら、源氏の華麗な姿態を描く」と注す。	7.6.5
注釈519	めづらしくほど経ても見たてまつるは	中納言の君とは十五、六年ぶりに対面。	7.6.5
注釈520	さる方にても	以下「御名さへ響きてやみにしよ」まで、中納言の君の心中。「さる方」は源氏との結婚を仮想。	7.6.6
注釈521	御宮仕へにも限りありて際ことに離れたまふこともなかりしを	朱雀帝の後宮で尚侍としての宮仕えに終わり、立后することがなかったことをいう。	7.6.6
注釈522	名残多く残りぬらむ御物語	以下、語り手の想像を交えた表現。推量の助動詞「らむ」視界外推量、副詞「げに」同意、希望の助動詞「まほし」、「わざなめるを」をの推量の助動詞「めり」主観的推量、等のニュアンスはいずれも語り手の同意。『一葉抄』は「双紙の地也」と指摘。『集成』は「尽きぬ思いがたくさん残っているに違いないお二人の語らいの締めくくりとしては、本当にもっとあとを続けさせたいものだが」。『完訳』は「名残も尽きなかったにちがいないお二人の語らいの最後まで、いかにも残りを続けさせてあげたいものではあるけれども」と訳す。	7.6.7
注釈523	御身心にえまかせたまふまじく	明融臨模本は「御身」とある。大島本は「御身を」とある。『集成』『完本』は大島本や諸本に従って「御身を」と「を」を補訂する。『新大系』は底本（大島本）のままとする。	7.6.7
注釈524	心あわたたしくて	この語句を受ける語がないのだが、連用中止で余意を残し、文の途中で主語が入れ替わっていると解せば、読点でよい。	7.6.7
注釈525	廊の戸に御車さし寄せたる人びとも	中門廊の妻戸口。	7.6.7
注釈526	忍びて声づくりきこゆ	源氏の注意を喚起するための咳払い。	7.6.7
注釈527	沈みしも忘れぬものをこりずまに--身も投げつべき宿の藤波	源氏から朧月夜への贈歌。「こりずま」と「須磨」、「藤」と「淵」の掛詞。朧月夜を藤の花に喩える。『集成』は「こりずまにまたも無き名は立ちぬべし人憎からぬ世にし住まへば」（古今集恋三、六三一、読人しらず）「恋しさに身を投げつべし慰むることに従ふ心ならねば」（興風集）を指摘。『完訳』は「あなたゆえに流離の逆境に沈んだのに、性懲りもなくまた、淵ならざるこの邸の藤に身を投げたい。朧月夜への執着」と注す。	7.6.9
注釈528	心苦しう見たてまつる	主語は中納言の君。	7.6.10
注釈529	花の蔭はなほなつかしくて	「今日のみと春を思はぬ時だにも立つことやすき花の蔭かは」（古今集春下、一三四、躬恒）。「花の蔭」は源氏を喩える。	7.6.10
注釈530	身を投げむ淵もまことの淵ならで--かけじやさらにこりずまの波	朧月夜の返歌。「身を投ぐ」「こりずま」「藤」「波」の語句を受けて、「真の淵ならでかけじやさらに」と切り返す。「淵」と「藤」の掛詞、「藤」と「波」は縁語。『完訳』は「本当の淵でもない藤波の淵に袖を濡らすまい、と切り返す一方で、源氏の歌の語を多用して共感をもかたどる」と注す。	7.6.11
注釈531	御振る舞ひを心ながらも	主語は源氏。	7.6.12
注釈532	関守の固からぬたゆみに	「人知れぬわが通ひ路の関守は宵々ごとにうちも寝ななむ」（古今集恋三、六三二、在原業平・伊勢物語、五段）。	7.6.12
注釈533	そのかみも人より	『細流抄』は「草子地也」と指摘。語り手の評言。	7.6.13
注釈534	いかでかはあはれも少なからむ	「いかでか」「少なからむ」反語表現。どうして思いの浅いことがあろうか、けっして浅くはない、の意。	7.6.13

注釈535	いみじく忍び入りたまへる御寝くたれの	源氏、六条院に帰邸、紫の上のもとに戻る。	7.7.1
注釈536	さばかりならむ	紫の上の心中。たぶん、女の所へ行っていたのだろう、という推測。	7.7.1
注釈537	心苦しく	源氏が紫の上を見た気持ち。	7.7.1
注釈538	などかくしも見放ちたまへらむ	源氏の心中。『完訳』は「どうしてこうまで自分のことを見限っておしまいなのだろう」と訳す。	7.7.1
注釈539	ありしよりけに	「忘るらむと思ふ心の疑ひにありしよりけにものぞ悲しき」（伊勢物語、五十六段）。	7.7.1
注釈540	物越しにはつかなりつる対面なむ	以下「今一たびも」まで、源氏の詞。「なむ」の下に、逢いたいの意をこめる。	7.7.3
注釈541	もて隠しては	明融臨模本は「もてかくしては」とある。大島本は「もてかくして」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「もて隠して」と校訂する。『新大系』は底本（大島本）のままとする。	7.7.3
注釈542	語らひきこえたまふ	『集成』は「うち割ってお話し申される」と訳す。	7.7.4
注釈543	今めかしくも	以下「中空なる身のため苦しく」まで、紫の上の返事。	7.7.5
注釈544	昔を今に改め加へたまふほど	『完訳』は「昔の恋の縒りをお戻しになり、新たにお加えになるというのも」「新しく正妻を迎え、さらに過往の人との恋を再燃させること」と注す。「いにしへのしづのをだまき繰り返し昔を今になすよしもがな」（伊勢物語、三十二段）。	7.7.5
注釈545	らうたげに見ゆるに	『集成』は「かわいらしく思われるので」。『完訳』は「おいたわしく思われるので」と訳す。	7.7.6
注釈546	かう心安からぬ御けしきこそ	以下「御心なれ」まで、源氏の詞。	7.7.7
注釈547	え残したまはずなりぬめり	推量の助動詞「めり」主観的推量は語り手の推測。	7.7.8
注釈548	こしらへきこえつつおはします	紫の上をお慰め申していらっしゃる、の意。	7.7.9
注釈549	安からず聞こえける	『集成』は「（源氏のおわたりがないのを）不平がましくお噂申し上げた」と訳す。	7.7.9
注釈550	おいらかにうつくしきもて遊びぐさに思ひきこえたまへり	『完訳』は「今はただおっとりして、かわいらしいお遊び相手のようにお思い申し上げていらっしゃる」と訳す。	7.7.9