第四十八帖 早蕨


48 SAWARABI (Ohoshima-bon)


薫君の中納言時代
二十五歳春の物語



Tale of Kaoru's Chunagon era, in spring at the age of 25

2
第二章 中君の物語 匂宮との京での結婚生活が始まる


2  Tale of Naka-no-kimi  Newly married life of Naka-no-kimi and Nio-no-miya begins in Kyoto

2.1
第一段 中君、京へ向けて宇治を出発


2-1  Naka-no-kimi leaves Uji for Kyoto

2.1.1  皆かき払ひ、よろづとりしたためて、 御車ども寄せて、御前の人びと、四位五位いと多かり。 御みづからも、いみじうおはしまさまほしけれど、ことことしくなりて、なかなか悪しかるべければ、 ただ忍びたるさまにもてなして、心もとなく思さる。
 すっかり掃除し、何もかも始末して、お車を何台も寄せて、ご前駆の供人は、四位五位がたいそう多かった。ご自身でも、ひどくおいでになりたかったが、仰々しくなって、かえって不都合なことになるので、ただ内密に計らって、気がかりにお思いになる。
 山荘の中はきれいに片づき、荷物はできて、中の君の乗用車、その他の車が廊に寄せられた。前駆を勤める人の中に四位や五位が多かった。兵部卿ひょうぶきょうの宮御自身でも非常に迎えにおいでになりたかったのであるが、たいそうになってはかえって悪いであろうと、微行の形で新婦をお迎えになることを計らわれたのであって、心配には思召おぼしめされた。
  Mina kaki-harahi, yorodu tori sitatame te, mi-kuruma-domo yose te, omahe no hitobito, siwi gowi ito ohokari. Ohom-midukara mo, imiziu ohasimasa mahosikere do, kotokotosiku nari te, nakanaka asikaru bekere ba, tada sinobi taru sama ni motenasi te, kokoromotonaku obosa ru.
2.1.2  中納言殿よりも、御前の人、数多くたてまつれたまへり。 おほかたのことをこそ、宮よりは思しおきつめれ、こまやかなるうちうちの御扱ひは、ただこの殿より、思ひ寄らぬことなく訪らひきこえたまふ。
 中納言殿からも、ご前駆の供人を、数多く差し上げなさっていた。だいたいのことは、宮からの指示があったようだが、こまごまとした内々のお世話は、ただこの殿から、気のつかないことのなくお計らい申し上げなさる。
源中納言のほうからも前駆を多人数よこしてあった。だいたいのことだけは兵部卿の宮が手落ちなくお計りになったのであるが、こまごまとした入り用の物、費用などは皆かおるが贈ったのであった。
  Tiunagon-dono yori mo, omahe no hito, kazu ohoku tatemature tamahe ri. Ohokata no koto wo koso, Miya yori ha obosi oki tu mere, komayaka naru utiuti no ohom-atukahi ha, tada kono Tono yori, omohiyora nu koto naku toburahi kikoye tamahu.
2.1.3   日暮れぬべしと、内にも外にも、もよほしきこゆるに、心あわたたしく、 いづちならむと思ふにも、いとはかなく悲しとのみ思ほえたまふに、御車に乗る 大輔の君といふ人の言ふ、
 日が暮れてしまいそうだと、内からも外からも、お促し申し上げるので、気ぜわしく、京はどちらの方角だろうと思うにも、まことに頼りなく悲しいとばかり思われなさる時に、お車に同乗する大輔の君という女房が言うには、
 出立が早くできないでは日が暮れると女房らも言い、迎えの人たちも促すために、中の君はあわただしくて、今から行く所がどんな所かと思うことで不安な落ち着かぬ悲しい気持ちを抱きながら車上の人になった。大輔たゆうという女房が、
  Hi kure nu besi to, uti ni mo to ni mo, moyohosi kikoyuru ni, kokoro awatatasiku, iduti nara m to omohu ni mo, ito hakanaku kanasi to nomi omohoye tamahu ni, mi-kuruma ni noru Taihu-no-Kimi to ihu hito no ihu,
2.1.4  「 ありふればうれしき瀬にも逢ひけるを
   身を宇治川に投げてましかば
 「生きていたので嬉しい事に出合いました
  身を厭いて宇治川に投げてしまいましたら
  ありふればうれしき瀬にもひけるを
  身を宇治川に投げてましかば
    "Ari hure ba uresiki se ni mo ahi keru wo
    mi wo Udigaha ni nage te masika ba
2.1.5  うち笑みたるを、「 弁の尼の心ばへに、こよなうもあるかな」と、心づきなうも見たまふ。 いま一人
 ほほ笑んでいるのを、「弁の尼の気持ちと比べて、何という違いだろうか」と、気にくわなく御覧になる。もう一人の女房が、
 と言って、笑顔えがおをしているのを見ては、弁の尼の心境とはあまりにも相違したものであると中の君はうとましく思った。もう一人の女房、
  Uti-wemi taru wo, "Ben-no-Ama no kokorobahe ni, koyonau mo aru kana!" to, kokorodukinau mo mi tamahu. Ima hitori,
2.1.6  「 過ぎにしが恋しきことも忘れねど
   今日はたまづもゆく心かな
 「亡くなった方を恋しく思う気持ちは忘れませんが
  今日は何をさしおいてもまず嬉しく存じられます
  過ぎにしが恋しきことも忘れねど
  今日はたづも行く心かな
    "Sugi ni si ga kohisiki koto mo wasure ne do
    kehu hata madu mo yuku kokoro kana
2.1.7  いづれも年経たる人びとにて、皆 かの御方をば 心寄せまほしくきこえためりしを、今はかく思ひ改めて 言忌するも、「心憂の世や」とおぼえたまへば、ものも言はれたまはず。
 どちらも年老いた女房たちで、みな亡くなった方に、好意をお寄せ申し上げていたようなのに、今はこのように気持ちが変わって言忌するのも、「世の中は薄情な」と思われなさると、何もおっしゃる気になれない。
 この二人はどちらも長くいた年寄りの女房で、皆大姫君付きになるのを希望した者であったが、利己的に主人を変えて、今日は縁起のよいことより言ってはならぬと言葉を慎んでいるのもいやな世の中であると思う中の君はものも言われなかった。
  Idure mo tosi he taru hitobito nite, mina kano ohom-kata wo ba, kokoroyose mahosiku kikoye ta' meri si wo, ima ha kaku omohi aratame te kotoimi suru mo, "Kokorou no yo ya!" to oboye tamahe ba, mono mo iha re tamaha zu.
2.1.8   道のほどの、遥けくはげしき山路のありさまを 見たまふにぞつらきにのみ思ひなされし人の御仲の通ひを、「 ことわりの絶え間なりけり」と、すこし思し知られける。 七日の月のさやかにさし出でたる影、をかしく霞みたるを見たまひつつ、いと遠きに、ならはず苦しければ、うち眺められて、
 道中は、遠く険しい山道の様子を御覧になると、つらくばかり恨まれた方のお通いを、「しかたのない途絶えであった」と、少しは理解されなさった。七日の月が明るく照り出した光が、美しく霞んでいるのを御覧になりながら、たいそう遠いので、馴れないことでつらいので、つい物思いなさって、
道の長くてけわしい山路であるのをはじめて知り、恨めしくばかり思った宮の通い路の途絶えも無理のない点もあるように思うことができた。白く出た七日の月のかすんだのを見て、遠いみちれぬ女王にょおうは苦しさに歎息たんそくしながら、
  Miti no hodo no, harukeku hagesiki yamamiti no arisama wo mi tamahu ni zo, turaki ni nomi omohinasa re si hito no ohom-naka no kayohi wo, "Kotowari no tayema nari keri." to, sukosi obosi sira re keru. Nanuka no tuki no sayakani sasi-ide taru kage, wokasiku kasumi taru wo mi tamahi tutu, ito tohoki ni, naraha zu kurusikere ba, uti-nagame rare te,
2.1.9  「 眺むれば山より出でて行く月も
   世に住みわびて山にこそ入れ
 「考えると山から出て昇って行く月も
  この世が住みにくくて山に帰って行くのだろう
  ながむれば山よりでて行く月も
  世に住みわびて山にこそ入れ
    "Nagamure ba yama yori ide te yuku tuki mo
    yo ni sumi wabi te yama ni koso ire
2.1.10   様変はりて、つひにいかならむとのみ、あやふく、行く末うしろめたきに、年ごろ何ごとをか思ひけむとぞ、 取り返さまほしきや
 生活が変わって、結局はどのようになるのだろうかとばかり、不安で、将来が気になるにつけても、今までの物思いは何を思っていたのだろうと、昔を取り返したい思いであるよ。
 と口ずさまれるのであった。変わった境遇へこうして移って行ってそのあとはどうなるであろうとばかりあやぶまれる思いに比べてみれば、今までのことは煩悶はんもんの数のうちでもなかったように思われ、昨日きのうの世に帰りたくも思われた。
  Sama kahari te, tuhini ikanara m to nomi, ayahuku, yukusuwe usirometaki ni, tosigoro nanigoto wo ka omohi kem to zo, torikahesa mahosiki ya!
注釈160御車ども寄せて匂宮からの迎えの牛車。簀子の階段の所に。2.1.1
注釈161御みづからも匂宮をいう。2.1.1
注釈162ただ忍びたるさまに『完訳」は「人目を避ける点に注意。匂宮は東宮候補にものぼり、帝と中宮からは忍び歩きを禁止され、夕霧の六の君との縁談も進行中である。中の君は、宮家の姫君ながら、匂宮には召人に近い相手でしかない」と注す。2.1.1
注釈163おほかたのことをこそ係助詞「こそ」は「思しおきつめれ」に係る逆接用法。2.1.2
注釈164日暮れぬべし女房や供人の詞。2.1.3
注釈165いづちならむと思ふにも中君の旅立ちの不安。2.1.3
注釈166大輔の君中君付きの年老いた女房。初出。2.1.3
注釈167ありふればうれしき瀬にも逢ひけるを--身を宇治川に投げてましかば大輔君の詠歌。「身を憂」の「う」は「宇治川」の「う」と懸詞。「ましかば」反実仮想。『異本紫明抄』は「こころみになほおり立たむ涙川うれしき瀬にも流れ逢ふやと」(後撰集恋二、六一二、橘俊仲)。『河海抄』は「祈りつつ頼みぞ渡る初瀬川うれしき瀬にも流れ逢ふやと」(古今六帖三、川)「かかる瀬もありけるものをとまりゐて身を宇治川と思ひけるかな」(九条右丞相集)を引歌として指摘。2.1.4
注釈168弁の尼の心ばへに『完訳』は「宇治にとどまる弁と、手放しに上京を喜ぶ大輔の君とを対比」と注す。2.1.5
注釈169いま一人もう一人の女房。名は不詳。2.1.5
注釈170過ぎにしが恋しきことも忘れねど--今日はたまづもゆく心かな女房の唱和歌。「過ぎにしが」は故大君をさす。2.1.6
注釈171かの御方をば故大君をさす。2.1.7
注釈172心寄せまほしく定家本は「心よせまし」(校異源氏物語・源氏物語大成1689⑪)とある。大島本は「心よせま(ま+ほ<朱>)し(し+く<朱>)」とある。『集成』は底本(定家本)のままとする。『完本』は諸本に従って「心よせ」とし「まし」を削除する。『新大系』は大島本の訂正に従って「心寄せまほしく」と補訂する。2.1.7
注釈173言忌するも故大君に心寄せてい女房たちが、それにふれず、祝意を表すること。2.1.7
注釈174道のほどの定家本と大島本は「みちのほとの」とある。『完本』は諸本に従って「道のほど」と「の」を削除する。『集成』『新大系』は底本のままとする。2.1.8
注釈175つらきにのみ思ひなされし人の御仲の通ひを匂宮の宇治への通い。2.1.8
注釈176ことわりの絶え間なりけり中君の心中。山道の険しさから匂宮の途絶えを少し理解する。2.1.8
注釈177七日の月のさやかにさし出でたる影をかしく霞みたるを二月七日の月。半月で将来的希望を象徴。2.1.8
注釈178眺むれば山より出でて行く月も--世に住みわびて山にこそ入れ中君の独詠歌。「澄み」に「住み」を掛ける。『集成』は「わが身のことから思うと、山から出て空を渡る月も、結局、この世に住むに堪えかねて再び山に沈んでゆくのでした」。『完訳』は「山の端から昇り山の端に沈む月に、宇治に帰るかもしれぬ運命を思う」と注す。2.1.9
注釈179様変はりて以下、中君の心中に即した叙述。2.1.10
注釈180取り返さまほしきや『集成』は「取り返すものにもがなや世の中をありしながらのわが身と思はむ」(出典未詳)を引歌として指摘し、「中の君の思いに即した書き方」と注す。2.1.10
出典17 身を宇治川に かかる瀬もありけるものをとまりゐて身を宇治川と思ひけるかな 九条右大臣集-五八 2.1.4
出典18 山より出でて行く月 都にて山の端に見し月なれど波より出でて波にこそ入れ 土佐日記-二六 2.1.9
校訂6 心寄せまほしく 心寄せまほしく--心よせま(ま/+ほ<朱>)し(し/+く<朱>) 2.1.7
校訂7 見たまふにぞ 見たまふにぞ--見給ふに(に/+そ) 2.1.8
2.2
第二段 中君、京の二条院に到着


2-2  Naka-no-kimi arrives at Nijo-in in Kyoto

2.2.1  宵うち過ぎてぞおはし着きたる。見も知らぬさまに、目もかかやくやうなる 殿造りの、三つば四つばなる中に 引き入れて宮、いつしかと待ちおはしましければ、御車のもとに、みづから寄らせたまひて下ろしたてまつりたまふ。
 宵が少し過ぎてお着きになった。見たこともない様子で、光り輝くような殿造りで、三棟四棟と建ち並んだ邸内にお車を引き入れて、宮は、早く早くとお待ちになっていたので、お車の側に、ご自身お寄りあそばしてお下ろし申し上げなさる。
 十時少し過ぎごろに二条の院へ着いた。まぶしい見も知らぬ宮殿の幾つともなくむねの別れた中門の中へ車は引き入れられ、そのころもう時を計って宮は待っておいでになったのであったから、車の所へ御自身でお寄りになり、夫人をお抱きおろしになった。
  Yohi uti-sugi te zo ohasi tuki taru. Mi mo sira nu sama ni, me mo kakayaku yau naru tonodukuri no, mituba yotuba naru naka ni hiki-ire te, Miya, itusika to mati ohasimasi kere ba, mi-kuruma no moto ni, midukara yora se tamahi te orosi tatematuri tamahu.
2.2.2  御しつらひなど、 あるべき限りして、女房の局々まで、御心とどめさせたまひけるほどしるく見えて、いとあらまほしげなり。 いかばかりのことにかと見えたまへる御ありさまの、にはかにかく 定まりたまへば、「 おぼろけならず思さるることなめり」と、世人も心にくく思ひおどろきけり。
 お部屋飾りなども、善美を尽くして、女房の部屋部屋まで、お心配りなさっていらしたことがはっきりと窺えて、まことに理想的である。どの程度の待遇を受けるのかとお考えになっていたご様子が、急にこのようにお定まりになったので、「並々ならないご愛情なのだろう」と、世間の人びともどのような人かと驚いているのであった。
夫人の居間の装飾の輝くばかりであったことは言うまでもないが、女房の部屋部屋にまで宮の御注意の行き届いた跡が見え、理想的な新婦の住居すまいが中の君を待っていたのである。
 宮がどの程度に愛しておいでになるのか、しょうとしてか、情人としての御待遇があるかと世間で見ていた八の宮の姫君はこうしてにわかに兵部卿親王の夫人に定まってしまったのを見て、深くお愛しになっているに違いないと世間も中の君をりっぱな女性として認め、かつ驚いた。
  Ohom-siturahi nado, arubeki kagiri si te, nyoubau no tubone tubone made, mi-kokoro todome sase tamahi keru hodo siruku miye te, ito aramahosige nari. Ikabakari no koto ni ka to miye tamahe ru ohom-arisama no, nihakani kaku sadamari tamahe ba, "Oboroke nara zu obosa ruru koto na' meri." to, yohito mo kokoronikuku omohi odoroki keri.
2.2.3  中納言は、三条の宮に、この二十余日のほどに渡りたまはむとて、このころは 日々におはしつつ見たまふにこの院近きほどなれば、けはひも聞かむとて、 夜更くるまでおはしけるに、たてまつれたまへる御前の人びと帰り参りて、ありさまなど語りきこゆ。
 中納言は、三条宮邸に、今月の二十日過ぎにお移りになろうとして、最近は毎日いらっしゃっては御覧になっているが、この院が近い距離なので、様子も聞こうとして、夜の更けるまでいらっしゃったが、差し向けなさっていた御前の人々が帰参して、有様などをお話し申し上げる。
 源中納言はこの二十日ごろに三条の宮へ移ることにしたいと思い、このごろは毎日そこへ来ていろいろな指図さしずをしていたのであるが、二条の院に近接した所であったから、中の君の着く夜の気配けはいをよそながら知りたく思い、その日は夜がふけるまで、まだ人の住まぬ新築したばかりの家にとどまっているうちに、迎えに出した前駆の人たちが帰って来て、いろいろ報告した。
  Tiunagon ha, Samdeu-no-miya ni, kono nizihu yoniti no hodo ni watari tamaha m tote, konokoro ha hibi ni ohasi tutu mi tamahu ni, kono win tikaki hodo nare ba, kehahi mo kika m tote, yo hukuru made ohasi keru ni, tatemature tamahe ru omahe no hitobito kaheri mawiri te, arisama nado katari kikoyu.
2.2.4   いみじう御心に入りてもてなしたまふなるを聞きたまふにも、かつは うれしきものから、さすがに、わが心ながらをこがましく、胸うちつぶれて、「 ものにもがなや」と、返す返す独りごたれて、
 ひどくお気に召して大切にしていらっしゃるというのをお聞きになるにつけても、一方では嬉しく思われるが、やはり、自分の考えながら馬鹿らしく、胸がどきどきして、「取り返したいものだ」と、繰り返し独り言が出てきて、
兵部卿の宮が御満足なふうで新婦を御大切にお扱いになる御様子であるということを聞く薫は、うれしい気のする一方ではさすがに、自身の心からではあったが得べき人を他へ行かせてしまったことの後悔が苦しいほど胸につのってきて、取り返し得ることはできぬものであろうかと、こんなうめきに似た独言ひとりごとも口から出た。
  Imiziu mi-kokoro ni iri te motenasi tamahu naru wo kiki tamahu ni mo, katuha uresiki monokara, sasugani, waga kokoro nagara wokogamasiku, mune uti-tubure te, "Mono ni mo gana ya!" to, kahesugahesu hitorigota re te,
2.2.5  「 しなてるや鳰の湖に漕ぐ舟の
   まほならねどもあひ見しものを
 「しなてる琵琶湖の湖に漕ぐ舟のように
  まともではないが一夜会ったこともあったのに
  しなてるやにほの湖にぐ船の
  真帆まほならねども相見しものを
    "Sinateru ya niho no miduumi ni kogu hune no
    maho nara ne domo ahi mi si mono wo
2.2.6   とぞ言ひくたさまほしき
 とけちをつけたくもなる。
 とあの夜のことでちょっと悪く言ってみたい気もした。
  to zo ihi-kutasa mahosiki.
注釈181殿造りの三つば四つばなる中に『源氏釈』は「催馬楽」此殿を指摘。2.2.1
注釈182引き入れて牛車を邸内に引き入れて。2.2.1
注釈183宮いつしかと待ちおはしましければ匂宮に対する敬語が最高敬語。このあたり宮の身分の高さ、中君との相違を印象づけるものであろう。2.2.1
注釈184あるべき限りして『集成』は「これ以上はない見事さで」と訳す。2.2.2
注釈185いかばかりのことにかと見えたまへる御ありさまの『集成』は「(匂宮が)どのような人を得て、身をお固めになることかと世間注視の的であられたのに」。『完訳』は「どの程度の扱いを受けるのかと危ぶまれておられた中の君が。零落の姫君ゆえ厚遇がされまいと、当の中の君も思っていたろう」と注す。2.2.2
注釈186定まりたまへば『完訳』は「「定まり」とはあるが、正妻になったのではない」と注す。2.2.2
注釈187おぼろけならず思さるることなめり世間の人の噂。『集成』は「世間の人も、中の君をよほどのお方なのだろうと目を見張る思いをしたのだった」と注す。2.2.2
注釈188日々におはしつつ見たまふに新築中の三条宮邸に出掛けていろいろと指図をする。2.2.3
注釈189この院近きほどなれば中君のいる匂宮邸が薫の三条宮邸から近い。2.2.3
注釈190夜更くるまでおはしけるに三条宮邸に。薫は六条院を仮住まいにしている。2.2.3
注釈191いみじう御心に入りてもてなしたまふなるを匂宮が中君を。「なる」伝聞推定の助動詞。2.2.4
注釈192うれしきものからさすがに薫の心中の両面を描き出す。2.2.4
注釈193ものにもがなや薫の心中。『源氏釈』は「取り返す物にもがなや世の中をありしながらの我が身と思はむ」(出典未詳)を引歌として指摘。2.2.4
注釈194しなてるや鳰の湖に漕ぐ舟の--まほならねどもあひ見しものを薫の独詠歌。「しなてるや」は「鳰の海」の枕詞。「しなてるや」から「舟の」までの上句は「真帆」に懸かる序詞。「真帆」は「まほ」(副詞)との懸詞。中君と同衾したことを回想する。『原中最秘抄』は「しなてるや鳰の湖に漕ぐ舟のまほにも妹にあひ見てしがな」(出典未詳)を引歌として指摘。2.2.5
注釈195とぞ言ひくたさまほしき語り手の薫の心中に対する批評。『完訳』は「中の君の幸運を願いつつも動揺する薫を評す」と注す。2.2.6
出典19 殿造りの、三つば四つば この殿は むべも むべも富みけり さきくさの あはれ さきくさの はれ さきくさの 三つ葉四つ葉の中に 殿づくりせりや 殿づくりせりや 催馬楽-この殿は 2.2.1
出典20 ものにもがなや 取り返すものにもがなや世の中をありしながらの我が身と思はむ 源氏釈所引-出典未詳 2.2.4
出典21 しなてるや鳰の湖に漕ぐ舟 しなてるや鳰の海に漕ぐ舟のまほにも妹に逢ひ見てしがな 河海抄所引-出典未詳 2.2.5
2.3
第三段 夕霧、六の君の裳着を行い、結婚を思案す


2-3  Yugiri holds his daughter's coming-of-age ceremony and considers her marriage

2.3.1  右の大殿は、六の君を宮にたてまつりたまはむこと、 この月にと思し定めたりけるに、かく思ひの外の人を、このほどより先にと思し顔にかしづき据ゑたまひて、離れおはすれば、「 いとものしげに思したりと聞きたまふも、いとほしければ、御文は時々たてまつりたまふ
 右の大殿は、六の君を宮に差し上げなさることを、今月にとお決めになっていたのに、このように意外な人を、婚儀より先にと言わんばかりに大事にお迎えになって、寄りつかずにいらっしゃるので、「たいそうご不快でおいでだ」とお聞きになるのも、お気の毒なので、お手紙は時々差し上げなさる。
 左大臣は六の君を兵部卿の宮に奉るのを、この二月にと思っていた所へ、こうした意外な人をそれより先にというように夫人として堂々とお迎えになり、二条の院にばかりおいでになるようになったのを見て、不快がっているということをお聞きになっては、また気の毒にお思われになる兵部卿の宮は手紙だけを時々六の君へ送っておいでになった。
  Migi-no-Ohotono ha, Roku-no-Kimi wo Miya ni tatematuri tamaha m koto, kono tuki ni to obosi sadame tari keru ni, kaku omohi no hoka no hito wo, kono hodo yori saki ni to obosi gaho ni kasiduki suwe tamahi te, hanare ohasure ba, "Ito monosige ni obosi tari." to kiki tamahu mo, itohosikere ba, ohom-humi ha tokidoki tatematuri tamahu.
2.3.2   御裳着のこと、世に響きていそぎたまへるを、延べたまはむも人笑へなるべければ、二十日あまりに着せたてまつりたまふ。
 御裳着の儀式を、世間の評判になるほど盛大に準備なさっているのを、延期なさるのも物笑いになるにちがいないので、二十日過ぎにお着せ申し上げなさる。
裳着もぎの式の派手はでに行なわれることがすでに世間のうわさにさえなっていたから、日を延ばすのも見苦しいことに思われて二十幾日にその式はしてしまった。
  Ohom-mogi no koto, yo ni hibiki te isogi tamahe ru wo, nobe tamaha m mo hitowarahe naru bekere ba, hatuka amari ni kise tatematuri tamahu.
2.3.3   同じゆかりにめづらしげなくとも、この中納言をよそ人に譲らむが口惜しきに、
 同じ一族で変わりばえがしないが、この中納言を他人に譲るのが残念なので、
一家の内輪どうしの中の縁組みは感心できぬものであるが、薫の中納言だけは他家の婿に取らせることは惜しい、
  Onazi yukari ni medurasige naku to mo, kono Tiunagon wo yosobito ni yudura m ga kutiwosiki ni,
2.3.4  「 さもやなしてまし。年ごろ人知れぬものに 思ひけむ人をも亡くなして、もの心細くながめゐたまふなるを」
 「婿君としようか。長年人知れず恋い慕っていた人を亡くして、何となく心細く物思いに沈んでいらっしゃるというから」
六の君を改めてその人にめとらせようか、長く秘密にしていた宇治の愛人を失って憂鬱ゆううつになっているおりからでもあるから
  "Samoya nasi te masi. Tosigoro hitosirenu mono ni omohi kem hito wo mo naku nasi te, mono-kokorobosoku nagame wi tamahu naru wo."
2.3.5  など思し寄りて、さるべき人して けしきとらせたまひけれど
 などとお考えつきになって、しかるべき人を介して様子を窺わせなさったが、
と左大臣は思って、ある人に薫の意向を聞かせてみたが、
  nado obosi yori te, sarubeki hito si te kesiki tora se tamahi kere do,
2.3.6  「 世のはかなさを目に近く見しに、いと心憂く、身もゆゆしうおぼゆれば、いかにもいかにも、さやうのありさまはもの憂くなむ」
 「世の無常を目の前に見たので、まことに気が塞いで、身も不吉に思われますので、何としても何としても、そのようなことは気が進みません」
人生のはかなさを実証したことに最近った自分は、結婚のことなどを思うことはできぬ
  "Yo no hakanasa wo me ni tikaku mi si ni, ito kokorouku, mi mo yuyusiu oboyure ba, ikani mo ikani mo, sayau no arisama ha monouku nam."
2.3.7  と、すさまじげなるよし聞きたまひて、
 と、その気のない旨をお聞きになって、
と相手にせぬ様子を聞き、
  to, susamazige naru yosi kiki tamahi te,
2.3.8  「 いかでか、この君さへ、おほなおほな言出づることを、もの憂くはもてなすべきぞ」
 「どうして、この君までが、真剣になって申し出る言葉を、気乗りしなくあしらってよいものか」
どうして中納言までが懇切に自分のほうから言いだしたことに気のないような返辞をするのであろう
  "Ikadeka, kono Kimi sahe, ohonaohona koto iduru koto wo, monouku ha motenasu beki zo."
2.3.9  と恨みたまひけれど、親しき御仲らひながらも、人ざまのいと心恥づかしげにものしたまへば、えしひてしも聞こえ動かしたまはざりけり。
 と恨みなさったが、親しいお間柄ながらも、人柄がたいそう気のおける方なので、無理にお勧め申し上げなさることができなかった。
と、一時は恨んだものの、兄弟ではあっても敬服せずにおられぬところの備わった薫に、しいて六の君を娶らせることは断念した。
  to urami tamahi kere do, sitasiki ohom-nakarahi nagara mo, hitozama no ito kokorohadukasige ni monosi tamahe ba, e sihite simo kikoye ugokasi tamaha zari keri.
注釈196この月にと二月をさす。2.3.1
注釈197いとものしげに思したり夕霧の態度を風聞する。2.3.1
注釈198と聞きたまふもいとほしければ御文は時々たてまつりたまふ六君を気の毒に思って、匂宮は時々手紙をだす。2.3.1
注釈199御裳着のこと女子の成人式。2.3.2
注釈200同じゆかりに夕霧と薫の関係は、表面上兄弟である。2.3.3
注釈201さもやなしてまし以下「ながめゐたまふなるを」まで、夕霧の心中。2.3.4
注釈202思ひけむ人宇治の大君をさす。2.3.4
注釈203けしきとらせたまひけれど薫の意向をさぐること。2.3.5
注釈204世のはかなさを以下「もの憂くなむ」まで、薫の夕霧への返事。2.3.6
注釈205いかでかこの君さへ以下「もてなすべきぞ」まで、夕霧の詞。反語表現。副助詞「さへ」添加の意。匂宮に加えて薫までが、の意。2.3.8
2.4
第四段 薫、桜の花盛りに二条院を訪ね中君と語る


2-4  Kaoru visits and talks with Naka-no-kimi viewing cherry blossoms

2.4.1   花盛りのほど、二条の院の桜を見やりたまふに、 主なき宿の まづ思ひやられたまへば、「 心やすくや」など、独りごちあまりて、 宮の御もとに参りたまへり
 花盛りのころ、二条院の桜を御覧になると、主人のいない山荘がさっそく思いやられなさるので、「気兼ねもなく散るのではないか」などと、独り口ずさみ思い余って、宮のお側に参上なさった。
 陽春の花盛りになって、薫は近い二条の院の桜のこずえを見やる時にも「あさぢ原主なき宿のさくら花心やすくや風に散るらん」と宇治の山荘が思いやられて恋しいままに、匂宮におうみやをお訪ねしに行った。
  Hanazakari no hodo, Nideu-no-win no sakura wo miyari tamahu ni, nusi naki yado no madu omohiyara re tamahe ba, "Kokoroyasuku ya!" nado, hitorigoti amari te, Miya no ohom-moto ni mawiri tamahe ri.
2.4.2  ここがちにおはしましつきて、いとよう住み馴れたまひにたれば、「めやすのわざや」と 見たてまつるものから例の、いかにぞやおぼゆる心の添ひたるぞ、あやしきやされど、実の御心ばへは、いとあはれにうしろやすくぞ思ひきこえたまひける。
 こちらにばかりおいでになって、たいそうよく住みなれていらっしゃるので、「安心ことだ」と拝見するものの、例によって、どうかと思われる心が混じるのは、妙なことであるよ。けれども、本当のお気持ちは、とてもうれしく安心なことだとお思い申し上げなさるのであった。
宮はおおかたここにおいでになるようになって、貴人の夫人らしく中の君も住みれたのを見て、その人の幸福を喜びながらも怪しいあこがれの心はそれにも消されなかった。ますます中の君が恋しくなっていく。しかし本心は親切で、中の君を深く庇護ひごしなければならぬことを忘れなかった。
  Kokogati ni ohasimasi tuki te, ito you suminare tamahi ni tare ba, "Meyasu no waza ya!" to mi tatematuru monokara, rei no, ikani zo ya oboyuru kokoro no sohi taru zo, ayasiki ya! Saredo, ziti no mi-kokorobahe ha, ito ahareni usiroyasuku zo omohi kikoye tamahi keru.
2.4.3   何くれと御物語聞こえ交はしたまひて、夕つ方、宮は内裏へ参りたまはむとて、御車の装束して、人びと多く参り集まりなどすれば、 立ち出でたまひて対の御方へ参りたまへり。
 何やかやとお話を申し上げなさって、夕方、宮は宮中へ参内なさろうして、お車の設えをさせて、お供の人びとが大勢集まって来たりなどしたので、お出になって、対の御方へ参上なさった。
 宮と薫は何かとお話をし合っていたが、夕方に宮は御所へおいでになろうとして、車の仕度したくがなされ、前駆などが多く集まって来たりしたために、客殿を立って西の対の夫人の所へ薫はまわって行った。
  Nanikure to ohom-monogatari kikoye kahasi tamahi te, yuhu tu kata, Miya ha uti he mawiri tamaha m tote, mi-kuruma no sauzoku si te, hitobito ohoku mawiri atumari nado sure ba, tati-ide tamahi te, Tai-no-ohomkata he mawiri tamahe ri.
2.4.4  山里のけはひ、ひきかへて、御簾のうち心にくく住みなして、をかしげなる童の、透影 ほの見ゆるして、御消息聞こえたまへれば、御茵さし出でて、 昔の心知れる人なるべし、出で来て御返り聞こゆ。
 山里の様子とは、うって変わって、御簾の中で奥ゆかしく暮らして、かわいらしい童女の、透影がちらっと見えた子を介して、ご挨拶申し上げなさると、お褥を差し出して、昔の事情を知っている人なのであろう、出て来てお返事を申し上げる。
山荘の寂しい生活をしていた時に変わり、御簾みすの内のゆかしさが思われるような、落ち着いた高華な夫人の住居すまいがここに営まれていた。美しい童女の透き影の見えるのに声をかけて、中の君へ消息を取り次がせると、しとねが出され、宇治時代からの女房で薫を知ったふうの人が来て返辞を伝えた。薫は、
  Yamazato no kehahi, hiki-kahe te, misu no uti kokoronikuku sumi nasi te, wokasige naru waraha no, sukikage hono-miyuru si te, ohom-seusoko kikoye tamahe re ba, ohom-sitone sasi-ide te, mukasi no kokoro sire ru hito naru besi, ideki te ohom-kaheri kikoyu.
2.4.5  「 朝夕の隔てもあるまじう思うたまへらるるほどながら、そのこととなくて聞こえさせむも、なかなかなれなれしきとがめやと、つつみはべるほどに、世の中変はりにたる心地のみぞしはべるや。 御前の梢も霞隔てて見えはべるに、あはれなること多くもはべるかな」
 「朝夕の区別もなくお訪ねできそうに存じられます近さですが、特に用事もなくてお邪魔いたすのも、かえってなれなれしいという非難を受けようかと、遠慮しておりましたところ、世の中が変わってしまった気ばかりがしますよ。お庭先の梢も霞を隔てて見えますので、胸の一杯になることが多いですね」
「始終お近い所に住んでおりながら、何と申す用がなくて伺いますことは、なれなれしすぎたことだとかえっておとがめを受けることになるかもしれませぬと御遠慮をしておりますうちに、世界も変わってしまいましたようになりました。お庭の木の梢もかすみ越しに見ているのですから、身にしむ気のする時も多いのです」
  "Asayuhu no hedate mo arumaziu omou tamahe raruru hodo nagara, sono koto to naku te kikoyesase m mo, nakanaka narenaresiki togame ya to, tutumi haberu hodo ni, yononaka kahari ni taru kokoti nomi zo si haberu ya! Omahe no kozuwe mo kasumi hedate te miye haberu ni, ahare naru koto ohoku mo haberu kana!"
2.4.6  と聞こえて、うち眺めてものしたまふけしき、心苦しげなるを、
 と申し上げて、物思いに耽っていらっしゃる様子、お気の毒なのを、
 と取り次がせた、物思わしそうにしている薫の姿の気の毒なのを中の君は見て、
  to kikoye te, uti-nagame te monosi tamahu kesiki, kokorogurusige naru wo,
2.4.7  「 げに、おはせましかば、おぼつかなからず行き返り、かたみに花の色、鳥の声をも、折につけつつ、すこし心ゆきて過ぐしつべかりける世を」
 「おっしゃるとおり、生きていらしたら、何の気兼ねもなく行き来して、お互いに花の色や、鳥の声を、季節折々につけては、少し心をやって過すことができたのに」
あの人が惜しむどおりに大姫君が生きていて、あの人の所に迎えられておれば、近い家のことで、始終消息ができ、花鳥につけても少したのしい日送りができたであろうが
  "Geni, ohase masika ba, obotukanakara zu yuki kaheri, katamini hana no iro, tori no kowe wo mo, wori ni tuke tutu, sukosi kokoroyuki te sugusi tu bekari keru yo wo."
2.4.8  など、 思し出づるにつけては、ひたぶるに 絶え籠もりたまへりし住まひの心細さよりも、飽かず悲しう、口惜しきことぞ、いとどまさりける。
 などと、お思い出しなさるにつけて、一途に引き籠もって生活していらした心細さよりも、ひたすら悲しく、残念なことが、いっそうつのるのであった。
などと、姉君を思い出すと、忍耐そのものが生活であったような宇治の時のほうが、かえって悲しみも忍びよかったように思われ、故人の恋しさのつのるばかりであった。
  nado, obosi iduru ni tuke te ha, hitaburuni taye komori tamahe ri si sumahi no kokorobososa yori mo, akazu kanasiu, kutiwosiki koto zo, itodo masari keru.
注釈206花盛りのほど二条の院の桜を『集成』は「三月の上旬と思われる。薫は新築の三条の宮にすでに移っている趣」と注す。2.4.1
注釈207主なき宿の『源氏釈』は「植ゑて見し主なき宿の梅の花色かはりこそむかしなりけれ」(出典未詳)を引歌として指摘。『異本紫明抄』は「浅茅原主なき宿の桜花心やすくや風に散るらむ」(拾遺集春、六二、恵慶法師)を引歌として指摘する。2.4.1
注釈208心やすくや「浅茅原主なき宿の桜花心やすくや風に散るらむ」(拾遺集春、六二、恵慶法師)の第四句。2.4.1
注釈209宮の御もとに参りたまへり二条院内での移動。2.4.1
注釈210見たてまつるものから薫の心の両面性をかたる。2.4.2
注釈211例のいかにぞやおぼゆる心の添ひたるぞあやしきや『休聞抄』は「双」と指摘。『集成』は「薫の気持に密着した書き方の草子地」。『完訳』は「「例の」以下、薫の心に即しながらの語り手の評。薫の屈曲する心の動揺が習慣的になっているとする」と注す。2.4.2
注釈212されど実の御心ばへは引き続き語り手の介入した叙述。2.4.2
注釈213何くれと御物語聞こえ交はしたまひて薫と匂宮。2.4.3
注釈214立ち出でたまひて主語は薫。2.4.3
注釈215対の御方へ西の対の中君の方へ。2.4.3
注釈216ほの見ゆるしてちらっと見えた子をして。2.4.4
注釈217昔の心知れる人なるべし挿入句。語り手の想像を挿入させた叙述。宇治から付き従って来た女房。2.4.4
注釈218朝夕の隔てもあるまじう以下「多くもはべるかな」まで、薫の詞。2.4.5
注釈219御前の梢も霞隔てて見えはべるに『集成』は「かえって中の君に近づきにくいことを言う」。『完訳』は「宇治の思い出が遠のく気持を言いこめる」と注す。2.4.5
注釈220げにおはせましかば以下「心ゆきて過ぐしつべかりける世を」まで、中君の心中の思い。『完訳』は「大君存命なら薫の妻となり、姉妹が夫人同士として親交できたろうとする」と注す。2.4.7
注釈221思し出づるにつけては姉大君のことを。2.4.8
注釈222絶え籠もりたまへりし住まひの心細さ宇治での生活。2.4.8
出典22 主なき宿 浅茅原主なき宿の桜花心やすくや風に散るらむ 拾遺集春-六二 恵慶法師 2.4.1
植ゑて見し主なき宿の梅の花色ばかりこそ昔なりけれ 源氏釈所引-出典未詳
2.5
第五段 匂宮、中君と薫に疑心を抱く


2-5  Nio-no-miya has doubts about a relationship between Naka-no-kimi and Kaoru

2.5.1  人びとも、
 女房たちも、
女房たちも、
  Hitobito mo,
2.5.2  「 世の常に、ことことしくなもてなしきこえさせたまひそ。 限りなき御心のほどをば、今しもこそ、 見たてまつり知らせたまふさまをも、見えたてまつらせたまふべけれ」
 「世間一般の人のように、仰々しくお扱い申し上げなさいますな。この上ないご好意を、今こそ、拝見しご存知あそばしている様子を、お見せ申し上げる時です」
「世間の習いどおりに、うとうとしくあの方様をお扱いになってはなりませぬ。今こうおなりあそばしてからこそ、あの方様の御親切の並み並みでないことがおわかりになった御感謝の心をお見せあそばすべきでございます」
  "Yo no tune ni, kotokotosiku na motenasi kikoye sase tamahi so. Kagirinaki mi-kokoro no hodo wo ba, ima simo koso, mi tatematuri sirase tamahu sama wo mo, miye tatematura se tamahu bekere."
2.5.3  など聞こゆれど、人伝てならず、ふとさし出で聞こえむことの、なほつつましきを、やすらひたまふほどに、 宮、出でたまはむとて、御まかり申しに渡りたまへり。いときよらにひきつくろひ化粧じたまひて、見るかひある御さまなり。
 などと申し上げるが、人を介してではなく、直にお話し申し上げることは、やはり気が引けるので、ためらっていらっしゃるところに、宮が、お出かけになろうとして、お暇乞いの挨拶にお渡りになった。たいそう美しく身づくろいし化粧なさって、見栄えのするお姿である。
 こう言って勧めているのであったが、にわかに自身で話に出るようなことはなお恥ずかしくて中の君が躊躇ちゅうちょをしている時に、お出かけになろうとする宮が、夫人に言葉をかけるためにこの西の対へおいでになった。きれいなお身なりで、化粧も施され、見て見がいのある宮様であった。
  nado kikoyure do, hitodute nara zu, huto sasi-ide kikoye m koto no, naho tutumasiki wo, yasurahi tamahu hodo ni, Miya, ide tamaha m tote, ohom-makari mausi ni watari tamahe ri. Ito kiyora ni hiki-tukurohi kesauzi tamahi te, miru kahi aru ohom-sama nari.
2.5.4   中納言はこなたになりけり、と見たまひて、
 中納言はこちらに来ているのであった、と御覧になって、
薫のこちらに来ていたのを御覧になり、
  Tiunagon ha konata ni nari keri, to mi tamahi te,
2.5.5  「 などか、むげにさし放ちては出だし据ゑたまへる御あたりには、あまりあやしと思ふまで、うしろやすかりし心寄せを。 わがためはをこがましきこともや、とおぼゆれど、さすがにむげに隔て多からむは、罪もこそ得れ。 近やかにて、昔物語もうち語らひたまへかし」
 「どうして、無愛想に遠ざけて、外にお座らせになっているのか。あなたには、あまりにどうかと思われるまでに、行き届いたお世話ぶりでしたのに。自分には愚かしいこともあろうか、と心配されますが、そうはいってもまったく他人行儀なのも、罰が当たろう。近い所で、昔話を語り合いなさい」
「どうしてあんなによそよそしい席を与えていらっしゃるのですか。あなたがたの所へはあまりにしすぎると思うほどの親切を見せていた人なのだからね。私のためには多少それは危険を感ずべきことではあっても、あんなに冷遇すれば男はかえって反発的なことを起こすものですよ。近くへお呼びになって昔話でもしたらいいでしょう」
  "Nadoka, mugeni sasi-hanati te ha, idasi suwe tamahe ru? Ohom-atari ni ha, amari ayasi to omohu made, usiroyasukari si kokoroyose wo. Waga tame ha wokogamasiki koto mo ya, to oboyure do, sasugani mugeni hedate ohokara m ha, tumi mo koso ure. Tikayaka nite, mukasimonogatari mo uti-katarahi tamahe kasi."
2.5.6   など、聞こえたまふものから
 などと、申し上げなさるものの、
 こんなことを夫人に言われたのであるが、また、
  nado, kikoye tamahu monokara,
2.5.7  「 さはありとも、あまり心ゆるびせむも、またいかにぞや。 疑はしき下の心にぞあるや
 「そうはいっても、あまり気を許すのも、またどんなものかしら。疑わしい下心があるかもしれない」
「しかしあまり気を許して話し合うことはどうだろう。疑わしい心が下に見えますからね」
  "Saha ari tomo, amari kokoroyurubi se m mo, mata ikani zo ya? Utagahasiki sita no kokoro ni zo aru ya!"
2.5.8  と、うち返しのたまへば、 一方ならずわづらはしけれど、わが御心にも、あはれ深く思ひ知られにし人の御心を、今しもおろかなるべきならねば、「 かの人も思ひのたまふめるやうに、 いにしへの御代はりとなずらへきこえてかう思ひ知りけりと、見えたてまつるふしもあらばや」とは思せど、さすがに、とかくやと、 かたがたにやすからず聞こえなしたまへば、苦しう思されけり。
 と、言い直しなさるので、どちらの方に対しても厄介だけれども、自分の気持ちも、しみじみありがたく思われた方のお心を、今さらよそよそしくすべきことでもないので、「あの方が思いもしおっしゃりもするように、故姉君の身代わりとお思い申して、このように分かりましたと、お表し申し上げる機会があったら」とはお思いになるが、やはり、何やかやと、さまざまに心安からぬことを申し上げなさるので、つらく思われなさるのだった。
 ともお言いになったので、どうすればよいかわからぬようなめんどうさを中の君は感じた。自分にもまれな好意の寄せられたのを知っているのであったから、今の身になったからといって、うとうとしくできるものでない、あの人も言うように、姉君の代わりと見て、感謝している自分の心をあの人に見せうる機会があればよいと願っているがと中の君は思うものの、さすがに宮がとやかくと嫉妬しっとをあそばすのは苦しかった。
  to, uti-kahesi notamahe ba, hitokatanarazu, wadurahasikere do, waga mi-kokoro ni mo, ahare hukaku omohi sira re ni si hito no mi-kokoro wo, ima simo oroka naru beki nara ne ba, "Kano hito mo omohi notamahu meru yau ni, inisihe no ohom-kahari to nazurahe kikoye te, kau omohi siri keri to, miye tatematuru husi mo ara baya!" to ha obose do, sasugani, tokaku ya to, katagatani yasukara zu kikoye nasi tamahe ba, kurusiu obosa re keri.
注釈223世の常にことことしく定家本は「うと/\しく」とある。大島本は「こと/\しく」とある。『集成』『完本』は底本(定家本)のまま。『新大系』は底本(大島本)のままとする。大島本は独自異文。以下「見えたてまつらせたまふべけれ」まで、女房の詞。薫に対する接し方について忠告。2.5.2
注釈224限りなき御心のほどをば薫の厚意。2.5.2
注釈225見たてまつり知らせたまふさまをも「たてまつり」は中君の薫に対する敬意。「せたまへる」二重敬語、女房の中君に対する敬意。以下の「見えたてまつらせたまふべけれ」の「たてまつる」「せたまふ」も同じ。2.5.2
注釈226宮出でたまはむとて匂宮が宮中へ出かけようとして。前に「夕つ方宮は内裏へ参りたまはむとて」(第二章四段)とあった。2.5.3
注釈227中納言はこなたになりけり匂宮が薫を視覚で認めた。2.5.4
注釈228などかむげにさし放ちては以下「うち語らひたまへかし」まで、匂宮の詞。どうして薫をむやみに遠ざけて御簾の外に座らせているのだ、の意。2.5.5
注釈229出だし据ゑたまへる御簾の外、すなわち簀子に。2.5.5
注釈230御あたりにはあまりあやしと思ふまで「御あたり」は、あなたの意。「あやしと思ふまで」には、嫉妬や厭味にニュアンスをともなう。2.5.5
注釈231わがためはをこがましきこともやとおぼゆれど『集成』は「私にとっては物笑いなことであろうか、と思われますが。暗に中の君と薫の間柄を疑う体に諷する」と注す。2.5.5
注釈232近やかにて御簾の内の廂間に招じ入れて、の意。2.5.5
注釈233など聞こえたまふものから好意的に言う一方で。2.5.6
注釈234さはありとも以下「心にぞあるや」まで、匂宮の詞。薫には聞こえない小さい声で言ったものであろう。2.5.7
注釈235疑はしき下の心にぞあるや薫の下心を疑う。中君を横取りするやも知れない、の気持ち。2.5.7
注釈236一方ならずわづらはしけれど『集成』は「どちらに対しても(匂宮に対しても薫に対しても)厄介なことと思われるけれども。中の君の心」と注す。2.5.8
注釈237かの人も以下「見えたてまつるふしもあらばや」まで、中君の心中の思い。薫に対する気持ちと今後の接し方を思案。2.5.8
注釈238いにしへの御代はりとなずらへきこえて姉のお身代わりとお思い申し上げて。2.5.8
注釈239かう思ひ知りけりとこのように薫の厚意を理解しているのだと。2.5.8
注釈240かたがたにやすからず聞こえなしたまへば匂宮が中君と薫の仲を疑って何かにつけて、穏やかならず言いがかりをつけるように申し上げなさる。2.5.8
Last updated 4/28/2011(ver.2-2)
渋谷栄一校訂(C)
Last updated 4/28/2011(ver.2-2)
渋谷栄一注釈(C)
Last updated 3/31/2002
渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-2)
現代語訳
与謝野晶子
電子化
上田英代(古典総合研究所)
底本
角川文庫 全訳源氏物語
校正・
ルビ復活
kompass(青空文庫)

2004年3月23日

渋谷栄一訳
との突合せ
宮脇文経

2005年5月20日

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Written in Japanese roman letters
by Eiichi Shibuya(C)
Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition)
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