diff | src/original/text20.html | src/modified/text20.html | ||
---|---|---|---|---|
1 | <HTML>⏎ | 1 | ||
2 | <HEAD>⏎ | 2 | ||
d3 | 3-5 | <meta http-equiv="Content-Type" content="text/html; charset=UTF-8">⏎ <meta http-equiv="Content-Style-Type" content="text/css">⏎ <meta name="GENERATOR" content="IBM WebSphere Studio Homepage Builder Version 14.0.3.0 for Windows">⏎ | ||
6 | <TITLE>朝顔(大島本)</TITLE>⏎ | 3 | ||
7 | </HEAD>⏎ | 4 | ||
cd2:1 | 8-9 | <body background="wallppr063.gif">⏎ First updated 9/20/1996(ver.1-1)<BR>⏎ | 5 | <BODY>⏎ |
cd3:2 | 10-12 | Last updated 9/21/2010(ver.2-3)<BR>⏎ 渋谷栄一校訂(C)<BR>⏎ <P>⏎ | 6-7 | <ADDRESS>Last updated 9/21/2010(ver.2-3)<BR>⏎ 渋谷栄一校訂(C)</ADDRESS>⏎ |
13 | <H3>朝顔</H3>⏎ | 8 | ||
d1 | 14 | <P>⏎ | ||
15 | 光る源氏の内大臣時代三十二歳の晩秋九月から冬までの物語<BR>⏎ | 9 | ||
16 | [主要登場人物]<BR>⏎ | 10 | ||
17 | <DL>⏎ | 11 | ||
18 | <DT> 光る源氏<ひかるげんじ><BR>⏎ | 12 | ||
19 | <DD>呼称---大臣、三十二歳<BR>⏎ | 13 | ||
20 | <DT> 冷泉帝<れいぜいてい>⏎ | 14 | ||
21 | <DD>呼称---内裏の上・内裏・主上、桐壺帝の第十皇子(実は光る源氏の子)<BR>⏎ | 15 | ||
22 | <DT> 紫の上<むらさきのうえ><BR>⏎ | 16 | ||
23 | <DD>呼称---対の上・二条院・女君・君、源氏の正妻<BR>⏎ | 17 | ||
24 | <DT> 朝顔の姫君<あさがおのひめぎみ><BR>⏎ | 18 | ||
25 | <DD>呼称---斎院・前斎院・宮、式部卿宮の姫君<BR>⏎ | 19 | ||
26 | <DT> 女五の宮<おんなごのみや><BR>⏎ | 20 | ||
27 | <DD>呼称---桃園の宮・女五の宮・宮、桐壺院の妹宮<BR>⏎ | 21 | ||
28 | <DT> 源典侍<げんないしのすけ><BR>⏎ | 22 | ||
29 | <DD>呼称---源典侍・祖母殿<BR>⏎ | 23 | ||
30 | </DL>⏎ | 24 | ||
d1 | 31 | <P>⏎ | ||
32 | 第一章 朝顔姫君の物語 昔の恋の再燃<BR>⏎ | 25 | ||
33 | <OL>⏎ | 26 | ||
34 | <LI>九月、故桃園式部卿宮邸を訪問---<A HREF="#in11">斎院は、御服にて下りゐたまひにきかし</A>⏎ | 27 | ||
35 | <LI>朝顔姫君と対話---<A HREF="#in12">あなたの御前を見やりたまへば</A>⏎ | 28 | ||
36 | <LI>帰邸後に和歌を贈答しあう---<A HREF="#in13">心やましくて立ち出でたまひぬるは</A>⏎ | 29 | ||
37 | <LI>源氏、執拗に朝顔姫君を恋う---<A HREF="#in14">東の対に離れおはして、宣旨を迎へつつ</A>⏎ | 30 | ||
38 | </OL>⏎ | 31 | ||
39 | 第二章 朝顔姫君の物語 老いてなお旧りせぬ好色心<BR>⏎ | 32 | ||
40 | <OL>⏎ | 33 | ||
41 | <LI>朝顔姫君訪問の道中---<A HREF="#in21">夕つ方、神事なども止まりてさうざうしきに</A>⏎ | 34 | ||
42 | <LI>宮邸に到着して門を入る---<A HREF="#in22">宮には、北面の人しげき方なる御門は</A>⏎ | 35 | ||
43 | <LI>宮邸で源典侍と出会う---<A HREF="#in23">宮の御方に、例の、御物語聞こえたまふに</A>⏎ | 36 | ||
44 | <LI>朝顔姫君と和歌を詠み交わす---<A HREF="#in24">西面には御格子参りたれど、厭ひきこえ顔ならむも</A>⏎ | 37 | ||
45 | <LI>朝顔姫君、源氏の求愛を拒む---<A HREF="#in25">いふかひなくて、いとまめやかに怨じきこえて</A>⏎ | 38 | ||
46 | </OL>⏎ | 39 | ||
47 | 第三章 紫の君の物語 冬の雪の夜の孤影<BR>⏎ | 40 | ||
48 | <OL>⏎ | 41 | ||
49 | <LI>紫の君、嫉妬す---<A HREF="#in31">大臣は、あながちに思しいらるるにしもあらねど</A>⏎ | 42 | ||
50 | <LI>夜の庭の雪まろばし---<A HREF="#in32">雪のいたう降り積もりたる上に</A>⏎ | 43 | ||
51 | <LI>源氏、往古の女性を語る---<A HREF="#in33">「一年、中宮の御前に雪の山作られたりし</A>⏎ | 44 | ||
52 | <LI>藤壺、源氏の夢枕に立つ---<A HREF="#in34">月いよいよ澄みて、静かにおもしろし</A>⏎ | 45 | ||
53 | <LI>源氏、藤壺を供養す---<A HREF="#in35">なかなか飽かず、悲しと思すに、とく起きたまひて</A>⏎ | 46 | ||
54 | </OL>⏎ | 47 | ||
d1 | 55 | <P>⏎ | ||
56 | <A HREF="#in41">【出典】</A><BR>⏎ | 48 | ||
57 | <A HREF="#in42">【校訂】</A><BR>⏎ | 49 | ||
d1 | 58 | <P>⏎ | ||
text20 | 59 | <H4>第一章 朝顔姫君の物語 昔の恋の再燃</H4> | 50 | |
text20 | 60 | <A NAME="in11">[第一段 九月、故桃園式部卿宮邸を訪問]</A><BR> | 51 | |
d1 | 61 | <P>⏎ | ||
62 | 斎院は、御服にて下りゐたまひにきかし。大臣、例の、思しそめつること、絶えぬ御癖にて、御訪らひなどいとしげう聞こえたまふ。宮、わづらはしかりしことを思せば、御返りもうちとけて聞こえたまはず。いと口惜しと思しわたる。<BR>⏎ | 52 | ||
d1 | 63 | <P>⏎ | ||
64 | 長月になりて、桃園宮に渡りたまひぬるを聞きて、女五の宮のそこにおはすれば、そなたの御訪らひにことづけて参うでたまふ。故院の、この御子たちをば、心ことにやむごとなく思ひきこえたまへりしかば、今も親しく次々に聞こえ交はしたまふめり。同じ寝殿の西東にぞ住みたまひける。ほどもなく荒れにける心地して、あはれにけはひしめやかなり。<BR>⏎ | 53 | ||
d1 | 65 | <P>⏎ | ||
66 | 宮、対面したまひて、御物語聞こえたまふ。いと古めきたる御けはひ、しはぶきがちにおはす。年長におはすれど、故大殿の宮は、あらまほしく古りがたき御ありさまなるを、もて離れ、声ふつつかに、こちごちしくおぼえたまへるも、さるかたなり。<BR>⏎ | 54 | ||
d1 | 67 | <P>⏎ | ||
68 | 「院の上、隠れたまひてのち、よろづ心細くおぼえはべりつるに、年の積もるままに、いと涙がちにて過ぐしはべるを、この宮さへかくうち捨てたまへれば、いよいよあるかなきかに、とまりはべるを、かく立ち寄り訪はせたまふになむ、もの忘れしぬべくはべる」<BR>⏎ | 55 | ||
d1 | 69 | <P>⏎ | ||
70 | と聞こえたまふ。<BR>⏎ | 56 | ||
71 | 「かしこくも古りたまへるかな」と思へど、うちかしこまりて、<BR>⏎ | 57 | ||
d1 | 72 | <P>⏎ | ||
73 | 「院隠れたまひてのちは、さまざまにつけて、同じ世のやうにもはべらず、おぼえぬ罪に当たりはべりて、知らぬ世に惑ひはべりしを、たまたま、朝廷に数まへられたてまつりては、またとり乱り暇なくなどして、年ごろも、参りていにしへの御物語をだに聞こえうけたまはらぬを、いぶせく思ひたまへわたりつつなむ」<BR>⏎ | 58 | ||
d1 | 74 | <P>⏎ | ||
75 | など聞こえたまふを、<BR>⏎ | 59 | ||
d1 | 76 | <P>⏎ | ||
cd7:4 | 77-83 | 「いともいともあさましく、いづ方につけても定めなき世を、同じさまにて見たまへ過ぐす<A HREF="#no1">命長さの恨めしきこと多く</A><A NAME="te1">は</A>べれど、かくて、世に<A HREF="#k01">立ち返り</A><A NAME="t01">た</A>まへる御よろこびになむ、ありし年ごろを見たてまつりさしてましかば、口惜しからましとおぼえはべり」<BR>⏎ <P>⏎ と、うちわななきたまひて、<BR>⏎ <P>⏎ 「いときよらにねびまさりたまひにけるかな。童にものしたまへりしを見たてまつりそめし時、世にかかる光の出でおはしたることと驚かれはべりしを、時々見たてまつるごとに、ゆゆしくおぼえはべりてなむ。内裏の上なむ、いとよく似たてまつらせたまへりと、人びと聞こゆるを、さりとも、劣りたまへらむとこそ、推し量りはべれ」<BR>⏎ <P>⏎ と、長々と聞こえたまへば、<BR>⏎ | 60-63 | 「いともいともあさましく、いづ方につけても定めなき世を、同じさまにて見たまへ過ぐす<A HREF="#no1">命長さの恨めしきこと多く</A><A NAME="te1">は</A>べれど、かくて,世に<A HREF="#k01">立ち返り</A><A NAME="t01">た</A>まへる御よろこびになむ、ありし年ごろを見たてまつりさしてましかば、口惜しからましとおぼえはべり」<BR>⏎ と,うちわななきたまひて、<BR>⏎ 「いときよらにねびまさりたまひにけるかな。童にものしたまへりしを見たてまつりそめし時、世にかかる光の出でおはしたることと驚かれはべりしを、時々見たてまつるごとに、ゆゆしくおぼえはべりてなむ。内裏の上なむ、いとよく似たてまつらせたまへりと、人びと聞こゆるを、さりとも,劣りたまへらむとこそ、推し量りはべれ」<BR>⏎ と,長々と聞こえたまへば、<BR>⏎ |
84 | 「ことにかくさし向かひて人のほめぬわざかな」と、をかしく思す。<BR>⏎ | 64 | ||
d1 | 85 | <P>⏎ | ||
86 | 「山賤になりて、いたう思ひくづほれはべりし年ごろののち、こよなく衰へにてはべるものを。内裏の御容貌は、いにしへの世にも並ぶ人なくやとこそ、ありがたく見たてまつりはべれ。あやしき御推し量りになむ」<BR>⏎ | 65 | ||
d1 | 87 | <P>⏎ | ||
88 | と聞こえたまふ。<BR>⏎ | 66 | ||
d1 | 89 | <P>⏎ | ||
90 | 「時々見たてまつらば、いとどしき命や延びはべらむ。今日は老いも忘れ、憂き世の嘆きみな去りぬる心地なむ」<BR>⏎ | 67 | ||
d1 | 91 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 92-93 | とても、また泣いたまふ。<BR>⏎ <P>⏎ | 68 | とても,また泣いたまふ。<BR>⏎ |
94 | 「三の宮うらやましく、さるべき御ゆかり添ひて、親しく見たてまつりたまふを、うらやみはべる。この亡せたまひぬるも、さやうにこそ悔いたまふ折々ありしか」<BR>⏎ | 69 | ||
d1 | 95 | <P>⏎ | ||
96 | とのたまふにぞ、すこし耳とまりたまふ。<BR>⏎ | 70 | ||
d1 | 97 | <P>⏎ | ||
cd4:2 | 98-101 | 「さも、さぶらひ馴れなましかば、今に思ふさまにはべらまし。皆さし放たせたまひて」<BR>⏎ <P>⏎ と、恨めしげにけしきばみきこえたまふ。<BR>⏎ <P>⏎ | 71-72 | 「さも,さぶらひ馴れなましかば、今に思ふさまにはべらまし。皆さし放たせたまひて」<BR>⏎ と,恨めしげにけしきばみきこえたまふ。<BR>⏎ |
text20 | 102 | <A NAME="in12">[第二段 朝顔姫君と対話]</A><BR> | 73 | |
d1 | 103 | <P>⏎ | ||
104 | あなたの御前を見やりたまへば、枯れ枯れなる前栽の心ばへもことに見渡されて、のどやかに眺めたまふらむ御ありさま、容貌も、いとゆかしくあはれにて、え念じたまはで、<BR>⏎ | 74 | ||
d1 | 105 | <P>⏎ | ||
106 | 「かくさぶらひたるついでを過ぐしはべらむは、心ざしなきやうなるを、あなたの御訪らひ聞こゆべかりけり」<BR>⏎ | 75 | ||
d1 | 107 | <P>⏎ | ||
c1 | 108 | とて、やがて簀子より渡りたまふ。<BR>⏎ | 76 | とて,やがて簀子より渡りたまふ。<BR>⏎ |
109 | 暗うなりたるほどなれど、鈍色の御簾に、黒き御几帳の透影あはれに、追風なまめかしく吹き通し、けはひあらまほし。簀子はかたはらいたければ、南の廂に入れたてまつる。<BR>⏎ | 77 | ||
110 | 宣旨、対面して、御消息は聞こゆ。<BR>⏎ | 78 | ||
d1 | 111 | <P>⏎ | ||
112 | 「今さらに、若々しき心地する御簾の前かな。神さびにける年月の労数へられはべるに、今は内外も許させたまひてむとぞ頼みはべりける」<BR>⏎ | 79 | ||
d1 | 113 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 114-115 | とて、飽かず思したり。<BR>⏎ <P>⏎ | 80 | とて,飽かず思したり。<BR>⏎ |
116 | 「ありし世は皆夢に見なして、今なむ、覚めてはかなきにやと、思ひたまへ定めがたくはべるに、労などは、静かにやと定めきこえさすべうはべらむ」<BR>⏎ | 81 | ||
d1 | 117 | <P>⏎ | ||
cd12:5 | 118-129 | と、聞こえ出だしたまへり。「げにこそ定めがたき世なれ」と、はかなきことにつけても思し続けらる。<BR>⏎ <P>⏎ 「人知れず神の許しを待ちし間に<BR>⏎ ここらつれなき世を過ぐすかな<BR>⏎ <P>⏎ 今は、何のいさめにか、かこたせたまはむとすらむ。なべて、世にわづらはしきことさへはべりしのち、さまざまに思ひたまへ集めしかな。いかで片端をだに」<BR>⏎ <P>⏎ と、あながちに聞こえたまふ、御用意なども、昔よりも今すこしなまめかしきけさへ添ひたまひにけり。さるは、いといたう過ぐしたまへど、御位のほどには合はざめり。<BR>⏎ <P>⏎ 「なべて世のあはればかりを問ふからに<BR>⏎ 誓ひしことと神やいさめむ」<BR>⏎ <P>⏎ | 82-86 | と,聞こえ出だしたまへり。「げにこそ定めがたき世なれ」と、はかなきことにつけても思し続けらる。<BR>⏎ 「人知れず神の許しを待ちし間に<BR> ここらつれなき世を過ぐすかな<BR>⏎ 今は、何のいさめにか、かこたせたまはむとすらむ。なべて,世にわづらはしきことさへはべりしのち、さまざまに思ひたまへ集めしかな。いかで片端をだに」<BR>⏎ と,あながちに聞こえたまふ、御用意なども、昔よりも今すこしなまめかしきけさへ添ひたまひにけり。さるは,いといたう過ぐしたまへど、御位のほどには合はざめり。<BR>⏎ 「なべて世のあはればかりを問ふからに<BR> 誓ひしことと神やいさめむ」<BR>⏎ |
130 | とあれば、<BR>⏎ | 87 | ||
d1 | 131 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 132-133 | 「あな、心憂。その世の罪は、みな科戸の風にたぐへてき」<BR>⏎ <P>⏎ | 88 | 「あな,心憂。その世の罪は、みな科戸の風にたぐへてき」<BR>⏎ |
134 | とのたまふ愛敬も、こよなし。<BR>⏎ | 89 | ||
d1 | 135 | <P>⏎ | ||
136 | 「<A HREF="#no2">みそぎを、神は</A><A NAME="te2">、</A>いかがはべりけむ」<BR>⏎ | 90 | ||
d1 | 137 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 138-139 | など、はかなきことを聞こゆるも、まめやかには、いとかたはらいたし。世づかぬ御ありさまは、年月に添へても、もの深くのみ引き入りたまひて、え聞こえたまはぬを、見たてまつり悩めり。<BR>⏎ <P>⏎ | 91 | など,はかなきことを聞こゆるも、まめやかには、いとかたはらいたし。世づかぬ御ありさまは、年月に添へても、もの深くのみ引き入りたまひて、え聞こえたまはぬを、見たてまつり悩めり。<BR>⏎ |
140 | 「好き好きしきやうになりぬるを」<BR>⏎ | 92 | ||
d1 | 141 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 142-143 | など、浅はかならずうち嘆きて立ちたまふ。<BR>⏎ <P>⏎ | 93 | など,浅はかならずうち嘆きて立ちたまふ。<BR>⏎ |
144 | 「齢の積もりには、面なくこそなるわざなりけれ。<A HREF="#no3">世に知らぬやつれ</A><A NAME="te3">を</A>、今ぞ、とだに聞こえさすべくやは、もてなしたまひける」<BR>⏎ | 94 | ||
d1 | 145 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 146-147 | とて、出でたまふ名残、所狭きまで、例の聞こえあへり。<BR>⏎ <P>⏎ | 95 | とて,出でたまふ名残、所狭きまで、例の聞こえあへり。<BR>⏎ |
148 | おほかたの、空もをかしきほどに、木の葉の音なひにつけても、過ぎにしもののあはれとり返しつつ、その折々、をかしくもあはれにも、深く見えたまひし御心ばへなども、思ひ出できこえさす。<BR>⏎ | 96 | ||
d1 | 149 | <P>⏎ | ||
text20 | 150 | <A NAME="in13">[第三段 帰邸後に和歌を贈答しあう]</A><BR> | 97 | |
d1 | 151 | <P>⏎ | ||
cd7:3 | 152-158 | 心やましくて立ち出でたまひぬるは、まして、寝覚がちに思し続けらる。とく御格子参らせたまひて、朝霧を眺めたまふ。枯れたる花どもの中に、朝顔のこれかれにはひまつはれて、あるかなきかに咲きて、匂ひもことに変はれるを、折らせたまひてたてまつれたまふ。<BR>⏎ <P>⏎ 「けざやかなりし御もてなしに、人悪ろき心地しはべりて、うしろでもいとどいかが御覧じけむと、ねたく。されど、<BR>⏎ <P>⏎ 見し折のつゆ忘られぬ朝顔の<BR>⏎ 花の盛りは過ぎやしぬらむ<BR>⏎ <P>⏎ | 98-100 | 心やましくて立ち出でたまひぬるは、まして,寝覚がちに思し続けらる。とく御格子参らせたまひて、朝霧を眺めたまふ。枯れたる花どもの中に、朝顔のこれかれにはひまつはれて、あるかなきかに咲きて、匂ひもことに変はれるを、折らせたまひてたてまつれたまふ。<BR>⏎ 「けざやかなりし御もてなしに、人悪ろき心地しはべりて、うしろでもいとどいかが御覧じけむと、ねたく。されど,<BR>⏎ 見し折のつゆ忘られぬ朝顔の<BR> 花の盛りは過ぎやしぬらむ<BR>⏎ |
159 | 年ごろの積もりも、あはれとばかりは、さりとも、思し知るらむやとなむ、かつは」<BR>⏎ | 101 | ||
d1 | 160 | <P>⏎ | ||
161 | など聞こえたまへり。おとなびたる御文の心ばへに、「おぼつかなからむも、見知らぬ<A HREF="#k02">やうにや」と</A><A NAME="t02">思</A>し、人びとも御硯とりまかなひて、聞こゆれば、<BR>⏎ | 102 | ||
d1 | 162 | <P>⏎ | ||
cd3:1 | 163-165 | 「秋果てて霧の籬にむすぼほれ<BR>⏎ あるかなきかに移る朝顔<BR>⏎ <P>⏎ | 103 | 「秋果てて霧の籬にむすぼほれ<BR> あるかなきかに移る朝顔<BR>⏎ |
166 | <A HREF="#k03">似つかはしき</A><A NAME="t03">御</A>よそへにつけても、露けく」<BR>⏎ | 104 | ||
d1 | 167 | <P>⏎ | ||
168 | とのみあるは、何のをかしきふしもなきを、いかなるにか、置きがたく御覧ずめり。青鈍の紙の、なよびかなる墨つきはしも、をかしく見ゆめり。人の御ほど、書きざまなどに繕はれつつ、その折は罪なきことも、つきづきしくまねびなすには、ほほゆがむこともあめればこそ、さかしらに<A HREF="#k04">書き紛らはし</A><A NAME="t04">つ</A>つ、おぼつかなきことも多かりけり。<BR>⏎ | 105 | ||
d1 | 169 | <P>⏎ | ||
170 | 立ち返り、今さらに若々しき御文書きなども、似げなきこと、と思せども、なほかく昔よりもて離れぬ御けしきながら、口惜しくて過ぎぬるを思ひつつ、えやむまじくて思さるれば、さらがへりて、まめやかに聞こえたまふ。<BR>⏎ | 106 | ||
d1 | 171 | <P>⏎ | ||
text20 | 172 | <A NAME="in14">[第四段 源氏、執拗に朝顔姫君を恋う]</A><BR> | 107 | |
d1 | 173 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 174-175 | 東の対に離れおはして、<A HREF="#k05">宣旨</A><A NAME="t05">を</A>迎へつつ語らひたまふ。さぶらふ人びとの、さしもあらぬ際のことをだに、なびきやすなるなどは、過ちもしつべく、めできこゆれど、宮は、そのかみだにこよなく思し離れたりしを、今は、まして、誰も思ひなかるべき御齢、おぼえにて、「はかなき木草につけたる御返りなどの、折過ぐさぬも、軽々しくや、とりなさるらむ」など、人の物言ひを憚りたまひつつ、うちとけたまふべき御けしきもなければ、古りがたく同じさまなる御心ばへを、世の人に変はり、めづらしくもねたくも思ひきこえたまふ。<BR>⏎ <P>⏎ | 108 | 東の対に離れおはして、<A HREF="#k05">宣旨</A><A NAME="t05">を</A>迎へつつ語らひたまふ。さぶらふ人びとの、さしもあらぬ際のことをだに、なびきやすなるなどは、過ちもしつべく、めできこゆれど、宮は、そのかみだにこよなく思し離れたりしを、今は,まして,誰も思ひなかるべき御齢、おぼえにて、「はかなき木草につけたる御返りなどの、折過ぐさぬも、軽々しくや、とりなさるらむ」など、人の物言ひを憚りたまひつつ、うちとけたまふべき御けしきもなければ、古りがたく同じさまなる御心ばへを、世の人に変はり、めづらしくもねたくも思ひきこえたまふ。<BR>⏎ |
176 | 世の中に漏り聞こえて、<BR>⏎ | 109 | ||
d1 | 177 | <P>⏎ | ||
178 | 「<A HREF="#k06">前斎院を</A><A NAME="t06">、</A>ねむごろに聞こえたまへばなむ、女五の宮などもよろしく思したなり。似げなからぬ御あはひならむ」<BR>⏎ | 110 | ||
d1 | 179 | <P>⏎ | ||
180 | など言ひけるを、対の上は伝へ聞きたまひて、しばしは、<BR>⏎ | 111 | ||
181 | 「さりとも、さやうならむこともあらば、隔てては思したらじ」<BR>⏎ | 112 | ||
182 | と思しけれど、うちつけに目とどめきこえたまふに、御けしきなども、例ならずあくがれたるも心憂く、<BR>⏎ | 113 | ||
d1 | 183 | <P>⏎ | ||
184 | 「まめまめしく思しなるらむことを、つれなく戯れに言ひなしたまひけむよと、同じ筋にはものしたまへど、おぼえことに、昔よりやむごとなく聞こえたまふを、御心など移りなば、はしたなくもあべいかな。年ごろの御もてなしなどは、立ち並ぶ方なく、さすがにならひて、人に押し消たれむこと」<BR>⏎ | 114 | ||
cd2:1 | 185-186 | など、人知れず思し嘆かる。<BR>⏎ <P>⏎ | 115 | など,人知れず思し嘆かる。<BR>⏎ |
187 | 「かき絶え名残なきさまにはもてなしたまはずとも、いとものはかなきさまにて見馴れたまへる年ごろの睦び、あなづらはしき方にこそはあらめ」<BR>⏎ | 116 | ||
cd2:1 | 188-189 | など、さまざまに思ひ乱れたまふに、よろしきことこそ、うち怨じなど憎からず聞こえたまへ、まめやかにつらしと思せば、色にも出だしたまはず。<BR>⏎ <P>⏎ | 117 | など,さまざまに思ひ乱れたまふに、よろしきことこそ、うち怨じなど憎からず聞こえたまへ、まめやかにつらしと思せば、色にも出だしたまはず。<BR>⏎ |
190 | 端近う眺めがちに、内裏住みしげくなり、役とは御文を書きたまへば、<BR>⏎ | 118 | ||
cd3:2 | 191-193 | 「げに、人の言葉むなしかるまじきなめり。けしきをだにかすめたまへかし」<BR>⏎ と、疎ましくのみ思ひきこえたまふ。<BR>⏎ <P>⏎ | 119-120 | 「げに,人の言葉むなしかるまじきなめり。けしきをだにかすめたまへかし」<BR>⏎ と,疎ましくのみ思ひきこえたまふ。<BR>⏎ |
text20 | 194 | <H4>第二章 朝顔姫君の物語 老いてなお旧りせぬ好色心</H4> | 121 | |
text20 | 195 | <A NAME="in21">[第一段 朝顔姫君訪問の道中]</A><BR> | 122 | |
d1 | 196 | <P>⏎ | ||
197 | 夕つ方、神事なども止まりてさうざうしきに、つれづれと思しあまりて、五の宮に例の近づき参りたまふ。雪うち散りて艶なるたそかれ時に、なつかしきほどに馴れたる御衣どもを、いよいよたきしめたまひて、心ことに化粧じ暮らしたまへれば、いとど心弱からむ人はいかがと見えたり。さすがに、まかり申しはた、聞こえたまふ。<BR>⏎ | 123 | ||
d1 | 198 | <P>⏎ | ||
199 | 「女五の宮の悩ましくしたまふなるを、訪らひきこえになむ」<BR>⏎ | 124 | ||
d1 | 200 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 201-202 | とて、ついゐたまへれど、見もやりたまはず、若君をもてあそび、紛らはしおはする側目の、ただならぬを、<BR>⏎ <P>⏎ | 125 | とて,ついゐたまへれど、見もやりたまはず、若君をもてあそび、紛らはしおはする側目の、ただならぬを、<BR>⏎ |
203 | 「あやしく、<A HREF="#k07">御けしきの</A><A NAME="t07">変</A>はれるべきころかな。罪もなしや。<A HREF="#no4">塩焼き衣のあまり目馴れ</A><A NAME="te4">、</A>見だてなく思さるるにやとて、とだえ置くを、またいかが」<BR>⏎ | 126 | ||
d1 | 204 | <P>⏎ | ||
205 | など聞こえたまへば、<BR>⏎ | 127 | ||
d1 | 206 | <P>⏎ | ||
c1 | 207 | 「<A HREF="#no5">馴れゆくこそ</A><A NAME="te5">、</A>げに、憂きこと多かりけれ」<BR>⏎ | 128 | 「<A HREF="#no5">馴れゆくこそ</A><A NAME="te5">、</A>げに,憂きこと多かりけれ」<BR>⏎ |
208 | とばかりにて、うち背きて臥したまへるは、見捨てて出でたまふ道、もの憂けれど、宮に御消息聞こえ<A HREF="#k08">たまひて</A><A NAME="t08">け</A>れば、出でたまひぬ。<BR>⏎ | 129 | ||
d1 | 209 | <P>⏎ | ||
210 | 「かかりけることもありける世を、うらなくて過ぐしけるよ」<BR>⏎ | 130 | ||
211 | と思ひ続けて、臥したまへり。鈍びたる御衣どもなれど、色合ひ重なり、好ましくなかなか見えて、雪の光にいみじく艶なる御姿を見出だして、<BR>⏎ | 131 | ||
212 | 「まことに離れまさりたまはば」<BR>⏎ | 132 | ||
cd2:1 | 213-214 | と、忍びあへず思さる。<BR>⏎ <P>⏎ | 133 | と,忍びあへず思さる。<BR>⏎ |
215 | 御前など忍びやかなる限りして、<BR>⏎ | 134 | ||
d1 | 216 | <P>⏎ | ||
217 | 「内裏より他の歩きは、もの憂きほどになりにけりや。桃園宮の心細きさまにてものしたまふも、式部卿宮に年ごろは譲りきこえつるを、今は頼むなど思しのたまふも、ことわりに、いとほしければ」<BR>⏎ | 135 | ||
d1 | 218 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 219-220 | など、人びとにものたまひなせど、<BR>⏎ <P>⏎ | 136 | など,人びとにものたまひなせど、<BR>⏎ |
221 | 「いでや。御好き心の古りがたきぞ、あたら御疵なめる」<BR>⏎ | 137 | ||
222 | 「軽々しきことも出で来なむ」<BR>⏎ | 138 | ||
cd2:1 | 223-224 | など、つぶやきあへり。<BR>⏎ <P>⏎ | 139 | など,つぶやきあへり。<BR>⏎ |
text20 | 225 | <A NAME="in22">[第二段 宮邸に到着して門を入る]</A><BR> | 140 | |
d1 | 226 | <P>⏎ | ||
227 | 宮には、北面の人しげき方なる御門は、入りたまはむも軽々しければ、西なるがことことしきを、人入れさせたまひて、宮の御方に御消息あれば、「今日しも渡りたまはじ」と思しけるを、驚きて開けさせたまふ。<BR>⏎ | 141 | ||
228 | 御門守、寒げなるけはひ、うすすき出で来て、とみにもえ開けやらず。これより他の男はたなきなるべし。ごほごほと引きて、<BR>⏎ | 142 | ||
d1 | 229 | <P>⏎ | ||
230 | 「錠のいといたく銹びにければ、開かず」<BR>⏎ | 143 | ||
d1 | 231 | <P>⏎ | ||
232 | と愁ふるを、あはれと聞こし召す。<BR>⏎ | 144 | ||
d1 | 233 | <P>⏎ | ||
234 | 「昨日今日と思すほどに、<A HREF="#k09">三年</A><A NAME="t09">の</A>あなたにもなりにける世かな。かかるを見つつ、かりそめの宿りをえ思ひ捨てず、木草の色にも心を移すよ」と、思し知らるる。口ずさびに、<BR>⏎ | 145 | ||
d1 | 235 | <P>⏎ | ||
cd3:1 | 236-238 | 「いつのまに蓬がもととむすぼほれ<BR>⏎ 雪降る里と荒れし垣根ぞ」<BR>⏎ <P>⏎ | 146 | 「いつのまに蓬がもととむすぼほれ<BR> 雪降る里と荒れし垣根ぞ」<BR>⏎ |
239 | やや久しう、ひこしらひ開けて、入りたまふ。<BR>⏎ | 147 | ||
d1 | 240 | <P>⏎ | ||
text20 | 241 | <A NAME="in23">[第三段 宮邸で源典侍と出会う]</A><BR> | 148 | |
d1 | 242 | <P>⏎ | ||
243 | 宮の御方に、例の、御物語聞こえたまふに、古事どものそこはかとなきうちはじめ、聞こえ尽くしたまへど、御耳もおどろかず、ねぶたきに、宮も欠伸うちしたまひて、<BR>⏎ | 149 | ||
d1 | 244 | <P>⏎ | ||
245 | 「宵まどひをしはべれば、ものもえ聞こえやらず」<BR>⏎ | 150 | ||
d1 | 246 | <P>⏎ | ||
247 | とのたまふほどもなく、鼾とか、聞き知らぬ音すれば、よろこびながら立ち出でたまはむとするに、またいと古めかしきしはぶきうちして、参りたる人あり。<BR>⏎ | 151 | ||
d1 | 248 | <P>⏎ | ||
249 | 「かしこけれど、聞こし召したらむと頼みきこえさするを、世にある者とも数まへさせたまはぬになむ。院の上は、祖母殿と笑はせたまひし」<BR>⏎ | 152 | ||
d1 | 250 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 251-252 | など、名のり<A HREF="#k10">出づる</A><A NAME="t10">に</A>ぞ、思し出づる。<BR>⏎ <P>⏎ | 153 | など,名のり<A HREF="#k10">出づる</A><A NAME="t10">に</A>ぞ、思し出づる。<BR>⏎ |
253 | 源典侍といひし人は、尼になりて、この宮の御弟子にてなむ行なふと聞きしかど、今まであらむとも尋ね知りたまはざりつるを、あさましうなりぬ。<BR>⏎ | 154 | ||
d1 | 254 | <P>⏎ | ||
255 | 「その世のことは、みな昔語りになりゆくを、はるかに思ひ出づるも、心細きに、うれしき御声かな。<A HREF="#no6">親なしに臥せる旅人</A><A NAME="te6">と</A>、育みたまへかし」<BR>⏎ | 155 | ||
d1 | 256 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 257-258 | とて、寄りゐたまへる御けはひに、いとど昔思ひ出でつつ、古りがたくなまめかしきさまにもてなして、いたうすげみにたる口つき、思ひやらるる声づかひの、さすがに舌つきにて、うちされむとはなほ思へり。<BR>⏎ <P>⏎ | 156 | とて,寄りゐたまへる御けはひに、いとど昔思ひ出でつつ、古りがたくなまめかしきさまにもてなして、いたうすげみにたる口つき、思ひやらるる声づかひの、さすがに舌つきにて、うちされむとはなほ思へり。<BR>⏎ |
259 | 「<A HREF="#no7">言ひこしほどに</A><A NAME="te7">」</A>など聞こえかかる、まばゆさよ。「今しも来たる老いのやうに」など、<A HREF="#k11">ほほ笑まれ</A><A NAME="t11">た</A>まふものから、ひきかへ、これもあはれなり。<BR>⏎ | 157 | ||
d1 | 260 | <P>⏎ | ||
c1 | 261 | 「この盛りに挑みたまひし女御、更衣、あるはひたすら亡くなりたまひ、あるはかひなくて、はかなき世にさすらへたまふもあべかめり。入道の宮などの御齢よ。あさましとのみ思さるる世に、年のほど身の残り少なげさに、<A HREF="#k12">心ばへ</A><A NAME="t12">な</A>ども、ものはかなく見えし人の、生きとまりて、のどやかに行なひをもうちして過ぐしけるは、なほすべて定めなき世なり」<BR>⏎ | 158 | 「この盛りに挑みたまひし女御,更衣、あるはひたすら亡くなりたまひ、あるはかひなくて、はかなき世にさすらへたまふもあべかめり。入道の宮などの御齢よ。あさましとのみ思さるる世に、年のほど身の残り少なげさに、<A HREF="#k12">心ばへ</A><A NAME="t12">な</A>ども、ものはかなく見えし人の、生きとまりて、のどやかに行なひをもうちして過ぐしけるは、なほすべて定めなき世なり」<BR>⏎ |
262 | と思すに、ものあはれなる御けしきを、心ときめきに思ひて、若やぐ。<BR>⏎ | 159 | ||
d1 | 263 | <P>⏎ | ||
cd3:1 | 264-266 | 「年経れどこの契りこそ忘られね<BR>⏎ <A HREF="#no8">親の親とか</A><A NAME="te8">言</A>ひし一言」<BR>⏎ <P>⏎ | 160 | 「年経れどこの契りこそ忘られね<BR> <A HREF="#no8">親の親とか</A><A NAME="te8">言</A>ひし一言」<BR>⏎ |
267 | と聞こゆれば、疎ましくて、<BR>⏎ | 161 | ||
d1 | 268 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 269-270 | 「身を変へて後も待ち見よこの世にて<BR>⏎ 親を忘るるためしありやと<BR>⏎ | 162 | 「身を変へて後も待ち見よこの世にて<BR> 親を忘るるためしありやと<BR>⏎ |
271 | 頼もしき契りぞや。今のどかにぞ、聞こえさすべき」<BR>⏎ | 163 | ||
d1 | 272 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 273-274 | とて、立ちたまひぬ。<BR>⏎ <P>⏎ | 164 | とて,立ちたまひぬ。<BR>⏎ |
text20 | 275 | <A NAME="in24">[第四段 朝顔姫君と和歌を詠み交わす]</A><BR> | 165 | |
d1 | 276 | <P>⏎ | ||
277 | 西面には御格子参りたれど、厭ひきこえ顔ならむもいかがとて、一間、二間は下ろさず。月さし出でて、薄らかに積もれる雪の<A HREF="#k13">光りあひて</A><A NAME="t13">、</A>なかなかいとおもしろき夜のさまなり。<BR>⏎ | 166 | ||
278 | 「ありつる老いらくの心げさうも、良からぬものの世のたとひとか聞きし」と思し出でられて、をかしくなむ。今宵は、いとまめやかに聞こえたまひて、<BR>⏎ | 167 | ||
d1 | 279 | <P>⏎ | ||
280 | 「一言、憎しなども、<A HREF="#no9">人伝てならで</A><A NAME="te9">の</A>たまはせむを、思ひ絶ゆるふしにもせむ」<BR>⏎ | 168 | ||
d1 | 281 | <P>⏎ | ||
c2 | 282-283 | と、おり立ちて責めきこえたまへど、<BR>⏎ 「昔、われも人も若やかに、罪許されたりし世にだに、故宮などの心寄せ思したりしを、なほあるまじく恥づかしと思ひきこえてやみにしを、世の末に、さだすぎ、つきなきほどにて、一声もいとまばゆからむ」<BR>⏎ | 169-170 | と,おり立ちて責めきこえたまへど、<BR>⏎ 「昔,われも人も若やかに、罪許されたりし世にだに、故宮などの心寄せ思したりしを、なほあるまじく恥づかしと思ひきこえてやみにしを、世の末に、さだすぎ、つきなきほどにて、一声もいとまばゆからむ」<BR>⏎ |
284 | と思して、さらに動きなき御心なれば、「あさましう、つらし」と思ひきこえたまふ。<BR>⏎ | 171 | ||
d1 | 285 | <P>⏎ | ||
286 | さすがに、はしたなくさし放ちてなどはあらぬ人伝ての御返りなどぞ、心やましきや。夜もいたう更けゆくに、風のけはひ、はげしくて、まことにいともの心細くおぼゆれば、さまよきほど、おし拭ひたまひて、<BR>⏎ | 172 | ||
d1 | 287 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 288-289 | 「つれなさを昔に懲りぬ心こそ<BR>⏎ 人のつらきに添へてつらけれ<BR>⏎ | 173 | 「つれなさを昔に懲りぬ心こそ<BR> 人のつらきに添へてつらけれ<BR>⏎ |
290 | <A HREF="#no10">心づからの</A><A NAME="te10">」</A><BR>⏎ | 174 | ||
d1 | 291 | <P>⏎ | ||
292 | とのたまひすさぶるを、<BR>⏎ | 175 | ||
293 | 「げに」<BR>⏎ | 176 | ||
294 | 「かたはらいたし」<BR>⏎ | 177 | ||
cd4:2 | 295-298 | と、人びと、例の、聞こゆ。<BR>⏎ <P>⏎ 「あらためて何かは見えむ人のうへに<BR>⏎ かかりと聞きし心変はりを<BR>⏎ | 178-179 | と,人びと、例の、聞こゆ。<BR>⏎ 「あらためて何かは見えむ人のうへに<BR> かかりと聞きし心変はりを<BR>⏎ |
299 | 昔に変はることは、ならはず」<BR>⏎ | 180 | ||
d1 | 300 | <P>⏎ | ||
301 | など聞こえたまへり。<BR>⏎ | 181 | ||
d1 | 302 | <P>⏎ | ||
text20 | 303 | <A NAME="in25">[第五段 朝顔姫君、源氏の求愛を拒む]</A><BR> | 182 | |
d1 | 304 | <P>⏎ | ||
305 | いふかひなくて、いとまめやかに怨じきこえて出でたまふも、いと若々しき心地したまへば、<BR>⏎ | 183 | ||
d1 | 306 | <P>⏎ | ||
307 | 「いとかく、世の例になりぬべきありさま、漏らしたまふなよ。ゆめゆめ。<A HREF="#no11">いさら川</A><A NAME="te11">な</A>どもなれなれしや」<BR>⏎ | 184 | ||
d1 | 308 | <P>⏎ | ||
cd3:2 | 309-311 | とて、せちにうちささめき語らひたまへど、何ごとにかあらむ。人びとも、<BR>⏎ <P>⏎ 「あな、かたじけな。あながちに情けおくれても、もてなしきこえたまふらむ」<BR>⏎ | 185-186 | とて,せちにうちささめき語らひたまへど、何ごとにかあらむ。人びとも、<BR>⏎ 「あな,かたじけな。あながちに情けおくれても,もてなしきこえたまふらむ」<BR>⏎ |
312 | 「軽らかにおし立ちてなどは見えたまはぬ御けしきを。心苦しう」<BR>⏎ | 187 | ||
d1 | 313 | <P>⏎ | ||
314 | と言ふ。<BR>⏎ | 188 | ||
cd3:2 | 315-317 | げに、人のほどの、をかしきにも、あはれにも、思し知らぬにはあらねど、<BR>⏎ 「もの思ひ知るさまに見えたてまつるとて、おしなべての世の人のめできこゆらむ列にや思ひなされむ。かつは、軽々しき心のほども見知りたまひぬべく、恥づかしげなめる御ありさまを」と思せば、「なつかしからむ情けも、いとあいなし。よその御返りなどは、うち絶えで、おぼつかなかるまじきほどに聞こえたまひ、人伝ての御応へ、はしたなからで過ぐしてむ。年ごろ、沈みつる罪失ふばかり御行なひを」とは思し立てど、「にはかにかかる御ことをしも、もて離れ顔にあらむも、なかなか今めかしきやうに見え聞こえて、人のとりなさじやは」と、世の人の口さがなさを思し知りにしかば、かつ、さぶらふ人にもうちとけたまはず、いたう御心づかひしたまひつつ、やうやう御行なひをのみしたまふ。<BR>⏎ <P>⏎ | 189-190 | げに,人のほどの、をかしきにも、あはれにも、思し知らぬにはあらねど、<BR>⏎ 「もの思ひ知るさまに見えたてまつるとて、おしなべての世の人のめできこゆらむ列にや思ひなされむ。かつは,軽々しき心のほども見知りたまひぬべく、恥づかしげなめる御ありさまを」と思せば、「なつかしからむ情けも、いとあいなし。よその御返りなどは、うち絶えで、おぼつかなかるまじきほどに聞こえたまひ、人伝ての御応へ、はしたなからで過ぐしてむ。年ごろ、沈みつる罪失ふばかり御行なひを」とは思し立てど、「にはかにかかる御ことをしも、もて離れ顔にあらむも、なかなか今めかしきやうに見え聞こえて、人のとりなさじやは」と、世の人の口さがなさを思し知りにしかば、かつ,さぶらふ人にもうちとけたまはず、いたう御心づかひしたまひつつ、やうやう御行なひをのみしたまふ。<BR>⏎ |
318 | 御兄弟の君達あまたものしたまへど、ひとつ御腹ならねば、いとうとうとしく、宮のうちいとかすかになり行くままに、さばかりめでたき人の、ねむごろに御心を尽くしきこえたまへば、皆人、心を寄せきこゆるも、ひとつ心と見ゆ。<BR>⏎ | 191 | ||
d1 | 319 | <P>⏎ | ||
text20 | 320 | <H4>第三章 紫の君の物語 冬の雪の夜の孤影</H4> | 192 | |
text20 | 321 | <A NAME="in31">[第一段 紫の君、嫉妬す]</A><BR> | 193 | |
d1 | 322 | <P>⏎ | ||
323 | 大臣は、あながちに思しいらるるにしもあらねど、つれなき御けしきのうれたきに、負けてやみなむも口惜しく、<A HREF="#k14">げに</A><A NAME="t14">は</A>た、人の御ありさま、世のおぼえことに、あらまほしく、ものを深く思し知り、世の人の、とあるかかるけぢめも聞き集めたまひて、昔よりもあまた経まさりて思さるれば、今さらの<A HREF="#k15">御あだけ</A><A NAME="t15">も</A>、かつは世のもどきをも思しながら、<BR>⏎ | 194 | ||
324 | 「むなしからむは、いよいよ人笑へなるべし。いかにせむ」<BR>⏎ | 195 | ||
cd2:1 | 325-326 | と、御心動きて、二条院に夜離れ重ねたまふを、女君は、<A HREF="#no12">たはぶれにくく</A><A NAME="te12">の</A>み思す。忍びたまへど、いかがうちこぼるる折もなからむ。<BR>⏎ <P>⏎ | 196 | と,御心動きて、二条院に夜離れ重ねたまふを、女君は、<A HREF="#no12">たはぶれにくく</A><A NAME="te12">の</A>み思す。忍びたまへど、いかがうちこぼるる折もなからむ。<BR>⏎ |
327 | 「あやしく例ならぬ御けしきこそ、心得がたけれ」<BR>⏎ | 197 | ||
d1 | 328 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 329-330 | とて、御髪をかきやりつつ、いとほしと思したるさまも、絵に描かまほしき御あはひなり。<BR>⏎ <P>⏎ | 198 | とて,御髪をかきやりつつ、いとほしと思したるさまも、絵に描かまほしき御あはひなり。<BR>⏎ |
331 | 「宮亡せたまひて後、主上のいとさうざうしげにのみ世を思したるも、心苦しう見たてまつり、太政大臣もものしたまはで、見譲る人なきことしげさになむ。このほどの絶え間などを、見ならはぬことに思すらむも、ことわりに、あはれなれど、今はさりとも、心のどかに思せ。おとなびたまひためれど、まだいと思ひやりもなく、人の心も見知らぬさまにものしたまふこそ、らうたけれ」<BR>⏎ | 199 | ||
d1 | 332 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 333-334 | など、まろがれたる御額髪、ひきつくろひたまへど、いよいよ背きてものも聞こえたまはず。<BR>⏎ <P>⏎ | 200 | など,まろがれたる御額髪、ひきつくろひたまへど、いよいよ背きてものも聞こえたまはず。<BR>⏎ |
335 | 「いといたく若びたまへるは、誰がならはしきこえたるぞ」<BR>⏎ | 201 | ||
d1 | 336 | <P>⏎ | ||
cd6:3 | 337-342 | <A HREF="#k16">とて</A><A NAME="t16">、</A>「常なき世に、かくまで心置かるるもあぢきなのわざや」と、かつはうち眺めたまふ。<BR>⏎ <P>⏎ 「斎院にはかなしごと聞こゆるや、もし思しひがむる方ある。それは、いともて離れたることぞよ。おのづから見たまひてむ。昔よりこよなうけどほき御心ばへなるを、さうざうしき折々、ただならで聞こえ悩ますに、かしこもつれづれにものしたまふ所なれば、たまさかの応へなどしたまへど、まめまめしきさまにもあらぬを、かくなむあるとしも、愁へきこゆべきことにやは。うしろめたうはあらじとを、思ひ直したまへ」<BR>⏎ <P>⏎ など、日一日慰めきこえたまふ。<BR>⏎ <P>⏎ | 202-204 | <A HREF="#k16">とて</A><A NAME="t16">,</A>「常なき世に、かくまで心置かるるもあぢきなのわざや」と、かつはうち眺めたまふ。<BR>⏎ 「斎院にはかなしごと聞こゆるや、もし思しひがむる方ある。それは,いともて離れたることぞよ。おのづから見たまひてむ。昔よりこよなうけどほき御心ばへなるを、さうざうしき折々、ただならで聞こえ悩ますに、かしこもつれづれにものしたまふ所なれば、たまさかの応へなどしたまへど、まめまめしきさまにもあらぬを、かくなむあるとしも、愁へきこゆべきことにやは。うしろめたうはあらじとを、思ひ直したまへ」<BR>⏎ など,日一日慰めきこえたまふ。<BR>⏎ |
text20 | 343 | <A NAME="in32">[第二段 夜の庭の雪まろばし]</A><BR> | 205 | |
d1 | 344 | <P>⏎ | ||
345 | 雪のいたう降り積もりたる上に、今も散りつつ、松と竹とのけぢめをかしう見ゆる夕暮に、人の御容貌も光まさりて見ゆ。<BR>⏎ | 206 | ||
d1 | 346 | <P>⏎ | ||
347 | 「<A HREF="#no13">時々につけても</A><A NAME="te13">、</A>人の心を移すめる花紅葉の盛りよりも、冬の夜の澄める月に、雪の光りあひたる空こそ、あやしう、色なきものの、身にしみて、この世のほかのことまで思ひ流され、おもしろさもあはれさも、残らぬ折なれ。すさまじき例に言ひ置きけむ人の心浅さよ」<BR>⏎ | 207 | ||
d1 | 348 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 349-350 | とて、<A HREF="#no14">御簾巻き上げ</A><A NAME="te14">さ</A>せたまふ。<BR>⏎ <P>⏎ | 208 | とて,<A HREF="#no14">御簾巻き上げ</A><A NAME="te14">さ</A>せたまふ。<BR>⏎ |
351 | 月は隈なくさし出でて、ひとつ色に見え渡されたるに、しをれたる前栽の蔭<A HREF="#k17">心苦しう</A><A NAME="t17">、</A>遣水もいといたうむせびて、池の氷もえもいはずすごきに、童女下ろして、雪まろばしせさせたまふ。<BR>⏎ | 209 | ||
352 | <P> をかしげなる姿、頭つきども、月に映えて、大きやかに馴れたるが、さまざまの衵乱れ着、帯しどけなき宿直姿、なまめいたるに、こよなうあまれる髪の末、白きにはましてもてはやしたる、いとけざやかなり。<BR>⏎ | 210 | ||
353 | 小さきは、童げてよろこび走るに、扇なども落して、うちとけ顔をかしげなり。<BR>⏎ | 211 | ||
354 | いと多うまろばさらむと、ふくつけがれど、えも押し動かさでわぶめり。かたへは、東のつまなどに出でゐて、心もとなげに笑ふ。<BR>⏎ | 212 | ||
d1 | 355 | <P>⏎ | ||
text20 | 356 | <A NAME="in33">[第三段 源氏、往古の女性を語る]</A><BR> | 213 | |
d1 | 357 | <P>⏎ | ||
358 | 「一年、中宮の御前に雪の山作られたりし、世に古りたることなれど、なほめづらしくもはかなきことをしなしたまへりしかな。何の折々につけても、口惜しう飽かずもあるかな。<BR>⏎ | 214 | ||
359 | いとけどほくもてなしたまひて、くはしき御ありさまを見ならしたてまつりしことはなかりしかど、御交じらひのほどに、うしろやすきものには思したりきかし。<BR>⏎ | 215 | ||
360 | うち頼みきこえて、とあることかかる折につけて、何ごとも聞こえかよひしに、もて出でてらうらうじきことも見えたまはざりしかど、いふかひあり、思ふさまに、はかなきことわざをもしなしたまひしはや。世にまた、さばかりのたぐひあり<A HREF="#k18">なむや</A><A NAME="t18">。</A><BR>⏎ | 216 | ||
361 | やはらかにおびれたるものから、深うよしづきたるところの、並びなくものしたまひしを、君こそは、さいへど、紫のゆゑ、こよなからずものしたまふめれど、すこしわづらはしき気添ひて、かどかどしさのすすみたまへるや、苦しからむ。<BR>⏎ | 217 | ||
362 | 前斎院の御心ばへは、またさまことにぞ見ゆる。さうざうしきに、何とはなくとも聞こえあはせ、われも心づかひせらるべきあたり、ただこの一所や、世に残りたまへらむ」<BR>⏎ | 218 | ||
d1 | 363 | <P>⏎ | ||
364 | とのたまふ。<BR>⏎ | 219 | ||
d1 | 365 | <P>⏎ | ||
366 | 「尚侍こそは、らうらうじくゆゑゆゑしき方は、人にまさりたまへれ。浅はかなる筋など、もて離れたまへりける人の御心を、あやしくもありけることどもかな」<BR>⏎ | 220 | ||
d1 | 367 | <P>⏎ | ||
368 | とのたまへば、<BR>⏎ | 221 | ||
d1 | 369 | <P>⏎ | ||
cd9:5 | 370-378 | 「さかし。なまめかしう容貌よき女の例には、なほ引き出でつべき人ぞかし。さも思ふに、いとほしく悔しきことの多かるかな。まいて、うちあだけ好きたる人の、年積もりゆくままに、いかに悔しきこと多からむ。人よりはことなき静けさ、と思ひしだに」<BR>⏎ <P>⏎ など、のたまひ出でて、尚侍の君の御ことににも、涙すこしは落したまひつ。<BR>⏎ <P>⏎ 「この、数にもあらずおとしめたまふ山里の人こそは、身のほどにはややうち過ぎ、ものの心など得つべけれど、人よりことなべきものなれば、思ひ上がれるさまをも、見消ちてはべるかな。いふかひなき際の人はまだ見ず。人は、すぐれたるは、かたき世なりや。<BR>⏎ 東の院にながむる人の心ばへこそ、古りがたくらうたけれ。さはた、さらにえあらぬものを、さる方につけての心ばせ、人にとりつつ見そめしより、同じやうに世をつつましげに思ひて過ぎぬるよ。今はた、かたみに背くべくもあらず、深うあはれと思ひはべる」<BR>⏎ <P>⏎ など、昔今の御物語に夜更けゆく。<BR>⏎ <P>⏎ | 222-226 | 「さかし。なまめかしう容貌よき女の例には、なほ引き出でつべき人ぞかし。さも思ふに、いとほしく悔しきことの多かるかな。まいて,うちあだけ好きたる人の、年積もりゆくままに、いかに悔しきこと多からむ。人よりはことなき静けさ、と思ひしだに」<BR>⏎ など,のたまひ出でて、尚侍の君の御ことににも、涙すこしは落したまひつ。<BR>⏎ 「この,数にもあらずおとしめたまふ山里の人こそは、身のほどにはややうち過ぎ、ものの心など得つべけれど、人よりことなべきものなれば、思ひ上がれるさまをも、見消ちてはべるかな。いふかひなき際の人はまだ見ず。人は、すぐれたるは、かたき世なりや。<BR>⏎ 東の院にながむる人の心ばへこそ、古りがたくらうたけれ。さはた,さらにえあらぬものを、さる方につけての心ばせ、人にとりつつ見そめしより、同じやうに世をつつましげに思ひて過ぎぬるよ。今はた、かたみに背くべくもあらず、深うあはれと思ひはべる」<BR>⏎ など,昔今の御物語に夜更けゆく。<BR>⏎ |
text20 | 379 | <A NAME="in34">[第四段 藤壺、源氏の夢枕に立つ]</A><BR> | 227 | |
d1 | 380 | <P>⏎ | ||
381 | 月いよいよ澄みて、静かにおもしろし。女君、<BR>⏎ | 228 | ||
d1 | 382 | <P>⏎ | ||
cd3:1 | 383-385 | 「氷閉ぢ石間の水は行きなやみ<BR>⏎ 空澄む月の影ぞ流るる」<BR>⏎ <P>⏎ | 229 | 「氷閉ぢ石間の水は行きなやみ<BR> 空澄む月の影ぞ流るる」<BR>⏎ |
386 | 外を見出だして、すこし傾きたまへるほど、似るものなく<A HREF="#k19">うつくしげ</A><A NAME="t19">な</A>り。髪ざし、面様の、恋ひきこゆる人の面影にふとおぼえて、めでたければ、いささか分くる御心もとり重ねつべし。鴛鴦のうち鳴きたるに、<BR>⏎ | 230 | ||
d1 | 387 | <P>⏎ | ||
cd3:1 | 388-390 | 「かきつめて昔恋しき雪もよに<BR>⏎ あはれを添ふる鴛鴦の浮寝か」<BR>⏎ <P>⏎ | 231 | 「かきつめて昔恋しき雪もよに<BR> あはれを添ふる鴛鴦の浮寝か」<BR>⏎ |
391 | 入りたまひても、宮の御ことを思ひつつ大殿籠もれるに、夢ともなくほのかに見たてまつる、いみじく恨みたまへる御けしきにて、<BR>⏎ | 232 | ||
d1 | 392 | <P>⏎ | ||
393 | 「漏らさじとのたまひしかど、憂き名の隠れなかりければ、恥づかしう、苦しき目を見るにつけても、つらくなむ」<BR>⏎ | 233 | ||
d1 | 394 | <P>⏎ | ||
395 | とのたまふ。御応へ聞こゆと思すに、襲はるる心地して、女君の、<BR>⏎ | 234 | ||
d1 | 396 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 397-398 | 「こは、など、かくは」<BR>⏎ <P>⏎ | 235 | 「こは,など、かくは」<BR>⏎ |
399 | とのたまふに、おどろきて、いみじく口惜しく、胸のおきどころなく騒げば、抑へて、涙も流れ出でにけり。今も、いみじく濡らし添へたまふ。<BR>⏎ | 236 | ||
d1 | 400 | <P>⏎ | ||
401 | 女君、いかなることにかと思すに、うちもみじろかで臥したまへり。<BR>⏎ | 237 | ||
d1 | 402 | <P>⏎ | ||
cd3:1 | 403-405 | 「とけて寝ぬ寝覚さびしき冬の夜に<BR>⏎ むすぼほれつる夢の短さ」<BR>⏎ <P>⏎ | 238 | 「とけて寝ぬ寝覚さびしき冬の夜に<BR> むすぼほれつる夢の短さ」<BR>⏎ |
text20 | 406 | <A NAME="in35">[第五段 源氏、藤壺を供養す]</A><BR> | 239 | |
d1 | 407 | <P>⏎ | ||
408 | なかなか飽かず、悲しと思すに、とく起きたまひて、さとはなくて、所々に御誦経などせさせたまふ。<BR>⏎ | 240 | ||
d1 | 409 | <P>⏎ | ||
410 | 「苦しき目見せたまふと、恨みたまへるも、さぞ思さるらむかし。行なひをしたまひ、よろづに罪軽げなりし御ありさまながら、この一つことにてぞ、この世の濁りを<A HREF="#k20">すすい</A><A NAME="t20">た</A>まはざらむ」<BR>⏎ | 241 | ||
d1 | 411 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 412-413 | と、ものの心を深く思したどるに、いみじく悲しければ、<BR>⏎ <P>⏎ | 242 | と,ものの心を深く思したどるに、いみじく悲しければ、<BR>⏎ |
414 | 「何わざをして、知る人なき世界におはすらむを、訪らひきこえに参うでて、罪にも<A HREF="#k21">代はりきこえ</A><A NAME="t21">ば</A>や」<BR>⏎ | 243 | ||
c1 | 415 | など、つくづくと思す。<BR>⏎ | 244 | など,つくづくと思す。<BR>⏎ |
416 | <P> 「かの御ために、とり立てて何わざをもしたまはむは、人とがめきこえつべし。内裏にも、御心の鬼に思すところやあらむ」<BR>⏎ | 245 | ||
d1 | 417 | <P>⏎ | ||
cd5:2 | 418-422 | と、思しつつむほどに、阿弥陀仏を心にかけて念じたてまつりたまふ。「同じ蓮に」とこそは、<BR>⏎ <P>⏎ 「亡き人を慕ふ心にまかせても<BR>⏎ 影見ぬ三つの瀬にや惑はむ」<BR>⏎ <P>⏎ | 246-247 | と,思しつつむほどに、阿弥陀仏を心にかけて念じたてまつりたまふ。「同じ蓮に」とこそは、<BR>⏎ 「亡き人を慕ふ心にまかせても<BR> 影見ぬ三つの瀬にや惑はむ」<BR>⏎ |
423 | と思すぞ、憂かりけるとや。<BR>⏎ | 248 | ||
d2 | 424-425 | ⏎ <P>⏎ | ||
text20 | 426 | <a name="in41">【出典】<BR> | 249 | |
cd3:2 | 427-429 | </a><A NAME="no1">出典1</A> 寿則多辱(荘子-天地)<A HREF="#te1">(戻)</A><BR>⏎ <A NAME="no2">出典2</A> 恋せじと御禊は神もうけずかと人を忘るる罪深くして(源氏釈所引、出典未詳)<BR>⏎ 恋せじと御手洗河にせし御禊神はうけずもなりにけるかな(古今集恋一-五〇一 読人しらず)<A HREF="#te2">(戻)</A><BR>⏎ | 250-251 | <A NAME="no1">出典1</A> 寿則多辱(荘子-天地)<A HREF="#te1">(戻)</A><BR>⏎ <A NAME="no2">出典2</A> 恋せじと御禊は神もうけずかと人を忘るる罪深くして(源氏釈所引、出典未詳)<BR>恋せじと御手洗河にせし御禊神はうけずもなりにけるかな(古今集恋一-五〇一 読人しらず)<A HREF="#te2">(戻)</A><BR>⏎ |
430 | <A NAME="no3">出典3</A> 君が門今ぞ過ぎ行く出でて見よ恋する人のなれる姿を(源氏釈所引、出典未詳)<A HREF="#te3">(戻)</A><BR>⏎ | 252 | ||
431 | <A NAME="no4">出典4</A> 須磨の浦の塩焼き衣馴れ行けば憂き頼みこそなりまさりけり(源氏釈所引、出典未詳)<A HREF="#te4">(戻)</A><BR>⏎ | 253 | ||
432 | <A NAME="no5">出典5</A> 馴れ行けば憂き世なればや須磨の海人の塩焼衣まどほなるらむ(新古今集恋三-一二一〇 徽子女王)<A HREF="#te5">(戻)</A><BR>⏎ | 254 | ||
433 | <A NAME="no6">出典6</A> しなてるや片岡山に飯に飢ゑて臥せる旅人あはれ親なし(拾遺集哀傷-一三五〇 聖徳太子)<A HREF="#te6">(戻)</A><BR>⏎ | 255 | ||
434 | <A NAME="no7">出典7</A> 身を憂しと言ひ来しほどに今日はまた人の上とも嘆くべきかな(源氏釈所引、出典未詳)<A HREF="#te7">(戻)</A><BR>⏎ | 256 | ||
435 | <A NAME="no8">出典8</A> 親の親と思はましかば問ひてまし我が子の子には(拾遺集雑下-五四五 源重之母)<A HREF="#te8">(戻)</A><BR>⏎ | 257 | ||
436 | <A NAME="no9">出典9</A> 今はただ思ひ絶えなむとばかりを人づてならで言ふよしもがな(後拾遺集恋三-七五〇 藤原道雅)<A HREF="#te9">(戻)</A><BR>⏎ | 258 | ||
437 | <A NAME="no10">出典10</A> 恋しきも心づからのわざなればおきどころなくもてわづらふ(中務集-二四九)<A HREF="#te10">(戻)</A><BR>⏎ | 259 | ||
438 | <A NAME="no11">出典11</A> 犬上の鳥籠の山なる名取川いさと答へよ我が名洩すな(古今集墨滅歌-一一〇八 読人しらず)<A HREF="#te11">(戻)</A><BR>⏎ | 260 | ||
439 | <A NAME="no12">出典12</A> ありぬやと試みがてらあひ見ねば戯れにくきまでぞ恋しき(古今集俳諧歌-一〇二五 読人しらず)<A HREF="#te12">(戻)</A><BR>⏎ | 261 | ||
440 | <A NAME="no13">出典13</A> 春秋に思ひ乱れて分きかねつ時につけつつ移る心は(拾遺集雑下-五〇九 紀貫之)<A HREF="#te13">(戻)</A><BR>⏎ | 262 | ||
441 | <A NAME="no14">出典14</A> 遺愛寺鐘*枕聴 香鑪峯雪撥簾看(白氏文集巻十六、*=埼-土,+欠<右>)<A HREF="#te14">(戻)</A><BR>⏎ | 263 | ||
d1 | 442 | ⏎ | ||
text20 | 443 | <p> <a name="in42">【校訂】<BR> | 264 | |
444 | 備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△<BR>⏎ | 265 | ||
c1 | 445 | </a><A NAME="k01">校訂1</A> 立ち返り--たちか(か/$か)へり<A HREF="#t01">(戻)</A><BR>⏎ | 266 | <A NAME="k01">校訂1</A> 立ち返り--たちか(か/$か)へり<A HREF="#t01">(戻)</A><BR>⏎ |
446 | <A NAME="k02">校訂2</A> やうにや」と--やうに(に/+や<朱>)と<A HREF="#t02">(戻)</A><BR>⏎ | 267 | ||
447 | <A NAME="k03">校訂3</A> 似つかはしき--につら(ら/$か)はしき<A HREF="#t03">(戻)</A><BR>⏎ | 268 | ||
448 | <A NAME="k04">校訂4</A> 書き紛らはし--かき(き/+まき)らはし<A HREF="#t04">(戻)</A><BR>⏎ | 269 | ||
449 | <A NAME="k05">校訂5</A> 宣旨--せむ(む/$)し<A HREF="#t05">(戻)</A><BR>⏎ | 270 | ||
450 | <A NAME="k06">校訂6</A> 前斎院を--前斎院(院/+を<朱>)<A HREF="#t06">(戻)</A><BR>⏎ | 271 | ||
451 | <A NAME="k07">校訂7</A> 御けしきの--御けしきの(の/+の$<朱>)<A HREF="#t07">(戻)</A><BR>⏎ | 272 | ||
452 | <A NAME="k08">校訂8</A> たまひて--たま(ま/+ひ)て<A HREF="#t08">(戻)</A><BR>⏎ | 273 | ||
453 | <A NAME="k09">校訂9</A> 三年--みそ(そ/$<朱>)とせ<A HREF="#t09">(戻)</A><BR>⏎ | 274 | ||
454 | <A NAME="k10">校訂10</A> 出づる--いつ(つ/+る)<A HREF="#t10">(戻)</A><BR>⏎ | 275 | ||
455 | <A NAME="k11">校訂11</A> ほほ笑まれ--をほ(をほ/$ほゝ)ゑまれ<A HREF="#t11">(戻)</A><BR>⏎ | 276 | ||
456 | <A NAME="k12">校訂12</A> 心ばへ--こ(こ/+こ)ろはへ<A HREF="#t12">(戻)</A><BR>⏎ | 277 | ||
457 | <A NAME="k13">校訂13</A> 光りあひて--ひかり△(△/#)あひ(ひ/+て)<A HREF="#t13">(戻)</A><BR>⏎ | 278 | ||
458 | <A NAME="k14">校訂14</A> げに--け(け/+に)<A HREF="#t14">(戻)</A><BR>⏎ | 279 | ||
459 | <A NAME="k15">校訂15</A> 御あだけ--御仇(仇/$あたけ)<A HREF="#t15">(戻)</A><BR>⏎ | 280 | ||
460 | <A NAME="k16">校訂16</A> とて--と(と/+て)<A HREF="#t16">(戻)</A><BR>⏎ | 281 | ||
461 | <A NAME="k17">校訂17</A> 心苦しう--心くる(る/+し<朱>)う<A HREF="#t17">(戻)</A><BR>⏎ | 282 | ||
462 | <A NAME="k18">校訂18</A> なむや--*なむ<A HREF="#t18">(戻)</A><BR>⏎ | 283 | ||
463 | <A NAME="k19">校訂19</A> うつくしげ--うつ(つ/+く<朱>)しけ<A HREF="#t19">(戻)</A><BR>⏎ | 284 | ||
464 | <A NAME="k20">校訂20</A> すすい--すゝ(ゝ/$す<朱>)い<A HREF="#t20">(戻)</A><BR>⏎ | 285 | ||
465 | <A NAME="k21">校訂21</A> 代はりきこえ--かはりき(き/$)きこえ<A HREF="#t21">(戻)</A><BR>⏎ | 286 | ||
d1 | 466 | </p>⏎ | ||
467 | <p><a href="index.html">源氏物語の世界ヘ</a><BR>⏎ | 287 | ||
468 | <a href="roman20.html">ローマ字版 </a><BR>⏎ | 288 | ||
469 | <a href="version20.html">現代語訳 </a><BR>⏎ | 289 | ||
470 | <a href="note20.html">注釈</a><BR>⏎ | 290 | ||
471 | <a href="data20.html">大島本</a><BR>⏎ | 291 | ||
472 | <a href="okuiri20.html">自筆本奥入</a><BR>⏎ | 292 | ||
d1 | 473 | </p>⏎ | ||
474 | <hr size="4">⏎ | 293 | ||
475 | </body>⏎ | 294 | ||
476 | </HTML>⏎ | 295 | ||
i0 | 297 |