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 1<HTML>⏎1 
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 6<TITLE>東屋（大島本）</TITLE>⏎3 
 7</HEAD>⏎4 
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<p>First updated 9/20/1996（ver.1-1）<BR>⏎
5<BODY>⏎
cd3:210-12Last updated 7/21/2011（ver.2-2）<BR>渋谷栄一校訂(C)</p>⏎
<P>⏎
⏎
6-7<ADDRESS>Last updated 7/21/2011（ver.2-2）<BR>⏎
渋谷栄一校訂(C)</ADDRESS>⏎
 13<H3>東屋</H3>⏎8 
d114<P>⏎
 15薫君の大納言時代二十六歳秋八月から九月までの物語<BR>⏎9 
d116<P>⏎
 17　[主要登場人物]<BR>⏎10 
 18<DL>⏎11 
 19<DT>　薫<かおる>⏎12 
 20<DD>呼称---右大将・大将殿・大将・殿・君、源氏の子<BR>⏎13 
 21<DT>　匂宮<におうのみや>⏎14 
 22<DD>呼称---兵部卿宮・宮、今上帝の第三親王<BR>⏎15 
 23<DT>　今上帝<きんじょうてい>⏎16 
 24<DD>呼称---帝・内裏・当代、朱雀院の第一親王<BR>⏎17 
 25<DT>　明石中宮<あかしのちゅうぐう>⏎18 
 26<DD>呼称---大宮・后の宮、源氏の娘<BR>⏎19 
 27<DT>　夕霧<ゆうぎり>⏎20 
 28<DD>呼称---右の大殿・大殿、源氏の長男<BR>⏎21 
 29<DT>　紅梅大納言<こうばいのだいなごん>⏎22 
 30<DD>呼称---按察使大納言、致仕大臣の二男<BR>⏎23 
 31<DT>　女三の宮<おんなさんのみや>⏎24 
 32<DD>呼称---母宮・入道の宮、薫の母<BR>⏎25 
 33<DT>　女二の宮<おんなにのみや>⏎26 
 34<DD>呼称---姫宮・宮・帝の御かしづき女・当代の御かしづき女、今上帝の第二内親王<BR>⏎27 
 35<DT>　中君<なかのきみ><BR>⏎28 
 36<DD>呼称---宮の上・宮の北の方・上・女君・君、八の宮の二女<BR>⏎29 
 37<DT>　浮舟<うきふね><BR>⏎30 
 38<DD>呼称---姫君・御方・西の御方・君、八の宮の三女<BR>⏎31 
 39<DT>　弁尼君<べんのあまぎみ><BR>⏎32 
 40<DD>呼称---弁の尼君・尼君・弁<BR>⏎33 
 41<DT>　左近少将<さこんのしょうしょう><BR>⏎34 
 42<DD>呼称---左近の少将殿・少将殿・少将の君・少将・朝臣、浮舟への求婚者<BR>⏎35 
 43<DT>　中将の君<ちゅうじょうのきみ><BR>⏎36 
 44<DD>呼称---常陸殿・母北の方・母君・母上・北の方、浮舟の母<BR>⏎37 
 45<DT>　常陸介<ひたちのすけ><BR>⏎38 
 46<DD>呼称---常陸守・守・守の主・父主、浮舟の継父<BR>⏎39 
 47<DT>　浮舟の乳母<うきふねのめのと><BR>⏎40 
 48<DD>呼称---御方の乳母・乳母<BR>⏎41 
 49</DL>⏎42 
 50第一章　浮舟の物語　左近少将との縁談とその破綻<BR>⏎43 
 51<OL>⏎44 
 52<LI>浮舟の母、娘の良縁を願う---<A HREF="#in11">筑波山を分け見まほしき御心はありながら</A>⏎45 
 53<LI>継父常陸介と求婚者左近少将---<A HREF="#in12">守も卑しき人にはあらざりけり</A>⏎46 
 54<LI>左近少将、浮舟が継子だと知る---<A HREF="#in13">かくて、この少将、契りしほどを待ちつけで</A>⏎47 
 55<LI>左近少将、常陸介の実娘を所望す---<A HREF="#in14">この人、追従あるうたてある人の心にて</A>⏎48 
 56<LI>常陸介、左近少将に満足す---<A HREF="#in15">この人は、妹のこの西の御方にあるたよりに</A>⏎49 
 57<LI>仲人、左近少将を絶賛す---<A HREF="#in16">よろしげなめりと、うれしく思ふ</A>⏎50 
 58<LI>左近少将、浮舟から常陸介の実娘にのり換える---<A HREF="#in17">「このころの御徳などの心もとなからむことは</A>⏎51 
 59<LI>浮舟の縁談、破綻す---<A HREF="#in18">北の方は、人知れずいそぎ立ちて、人びとの装束せさせ</A>⏎52 
 60</OL>⏎53 
 61第二章　浮舟の物語　京に上り、匂宮夫妻と左近少将を見比べる<BR>⏎54 
 62<OL>⏎55 
 63<LI>浮舟の母と乳母の嘆き---<A HREF="#in21">こなたに渡りて見るに、いとらうたげにをかしげにて</A>⏎56 
 64<LI>継父常陸介、実娘の結婚の準備---<A HREF="#in22">守は急ぎたちて、「女房など、こなたにめやすき</A>⏎57 
 65<LI>浮舟の母、京の中君に手紙を贈る---<A HREF="#in23">母君、御方の乳母、いとあさましく思ふ</A>⏎58 
 66<LI>母、浮舟を匂宮邸に連れ出す---<A HREF="#in24">守、少将の扱ひを、いかばかりめでたきことをせむと</A>⏎59 
 67<LI>浮舟の母、匂宮と中君夫妻を垣間見る---<A HREF="#in25">宮渡りたまふ。ゆかしくてもののはさまより見れば</A>⏎60 
 68<LI>浮舟の母、左近少将を垣間見て失望---<A HREF="#in26">宮、日たけて起きたまひて、「后の宮、例の</A>⏎61 
 69</OL>⏎62 
 70第三章　浮舟の物語　浮舟の母、中君に娘の浮舟を託す<BR>⏎63 
 71<OL>⏎64 
 72<LI>浮舟の母、中君と談話す---<A HREF="#in31">女君の御前に出で来て、いみじくめでたてまつれば</A>⏎65 
 73<LI>浮舟の母、娘の不運を訴える---<A HREF="#in32">こまかにはあらねど、人も聞きけりと思ふに</A>⏎66 
 74<LI>浮舟の母、薫を見て感嘆す---<A HREF="#in33">容貌も心ざまも、え憎むまじうらうたげなり</A>⏎67 
 75<LI>中君、薫に浮舟を勧める---<A HREF="#in34">例の、物語いとなつかしげに聞こえたまふ</A>⏎68 
 76<LI>浮舟の母、娘に貴人の婿を願う---<A HREF="#in35">「さらば、その客人に、かかる心の願ひ年経ぬるを</A>⏎69 
 77<LI>浮舟の母、中君に娘を託す---<A HREF="#in36">君は、忍びてのたまひつることを、ほのめかしのたまふ</A>⏎70 
 78</OL>⏎71 
 79第四章　浮舟と匂宮の物語　浮舟、匂宮に見つかり言い寄られる<BR>⏎72 
 80<OL>⏎73 
 81<LI>匂宮、二条院に帰邸---<A HREF="#in41">車引き出づるほどの、すこし明うなりぬるに</A>⏎74 
 82<LI>匂宮、浮舟に言い寄る---<A HREF="#in42">夕つ方、宮こなたに渡らせたまへれば</A>⏎75 
 83<LI>浮舟の乳母、困惑、右近、中君に急報---<A HREF="#in43">乳母、人げの例ならぬを、あやしと思ひて</A>⏎76 
 84<LI>宮中から使者が来て、浮舟、危機を脱出---<A HREF="#in44">「上達部あまた参りたまふ日にて</A>⏎77 
 85<LI>乳母、浮舟を慰める---<A HREF="#in45">恐ろしき夢の覚めたる心地して、汗におし浸して</A>⏎78 
 86<LI>匂宮、宮中へ出向く---<A HREF="#in46">宮は、急ぎて出でたまふなり。内裏近き方にやあらむ</A>⏎79 
 87<LI>中君、浮舟を慰める---<A HREF="#in47">この君は、まことに心地も悪しくなりにたれど</A>⏎80 
 88<LI>浮舟と中君、物語絵を見ながら語らう---<A HREF="#in48">絵など取り出でさせて、右近に詞読ませて</A>⏎81 
 89</OL>⏎82 
 90第五章　浮舟の物語　浮舟、三条の隠れ家に身を寄せる<BR>⏎83 
 91<OL>⏎84 
 92<LI>乳母の急報に浮舟の母、動転す---<A HREF="#in51">乳母、車請ひて、常陸殿へ住ぬ。北の方に</A>⏎85 
 93<LI>浮舟の母、娘を三条の隠れ家に移す---<A HREF="#in52">かやうの方違へ所と思ひて、小さき家</A>⏎86 
 94<LI>母、左近少将と和歌を贈答す---<A HREF="#in53">少将の扱ひを、守は、またなきものに思ひ急ぎて</A>⏎87 
 95<LI>母、薫のことを思う---<A HREF="#in54">「故宮の御こと聞きたるなめり」と思ふに</A>⏎88 
 96<LI>浮舟の三条のわび住まい---<A HREF="#in55">旅の宿りは、つれづれにて、庭の草もいぶせき心地</A>⏎89 
 97</OL>⏎90 
 98第六章　浮舟と薫の物語　薫、浮舟を伴って宇治へ行く<BR>⏎91 
 99<OL>⏎92 
 100<LI>薫、宇治の御堂を見に出かける---<A HREF="#in61">かの大将殿は、例の、秋深くなりゆくころ</A>⏎93 
 101<LI>薫、弁の尼に依頼して出る---<A HREF="#in62">「などてか。ともかくも、人の聞き伝へばこそあらめ</A>⏎94 
 102<LI>弁の尼、三条の隠れ家を訪ねる---<A HREF="#in63">のたまひしまだつとめて、睦ましく思す下臈侍</A>⏎95 
 103<LI>薫、三条の隠れ家の浮舟と逢う---<A HREF="#in64">宵うち過ぐるほどに、「宇治より人参れり」とて</A>⏎96 
 104<LI>薫と浮舟、宇治へ出発---<A HREF="#in65">ほどもなう明けぬ心地するに、鶏などは鳴かで</A>⏎97 
 105<LI>薫と浮舟の宇治への道行き---<A HREF="#in66">「近きほどにや」と思へば、宇治へおはするなりけり</A>⏎98 
c1106<LI>宇治に到着、薫、京に手紙を書く---<A HREF="#in67">おはし着きて、「あはれ、亡き魂や宿りて</A>⏎
99<LI>宇治に到着、薫、京に手紙を書く---<A HREF="#in67">おはし着きて、「あはれ，亡き魂や宿りて</A>⏎
 107<LI>薫、浮舟の今後を思案す---<A HREF="#in68">うちとけたる御ありさま、今すこしをかしくて</A>⏎100 
 108<LI>薫と浮舟、琴を調べて語らう---<A HREF="#in69">ここにありける琴、箏の琴召し出でて</A>⏎101 
 109</OL>⏎102 
d1110<P>⏎
 111<A HREF="#in71">【出典】</A><BR>⏎103 
 112<A HREF="#in72">【校訂】</A><BR>⏎104 
d1113<P>⏎
text50114　<H4>第一章　浮舟の物語　左近少将との縁談とその破綻</H4>105 
text50115　<A NAME="in11">[第一段　浮舟の母、娘の良縁を願う]</A><BR>106 
d1116<P>⏎
 117　<A HREF="#no1">筑波山を分け</A><A NAME="te1">見</A>まほしき御心はありながら、端山の繁りまであながちに思ひ入らむも、いと人聞き軽々しう、かたはらいたかるべきほどなれば、思し憚りて、御消息をだにえ伝へさせたまはず。<BR>⏎107 
d1118<P>⏎
cd4:2119-122　かの尼君のもとよりぞ、母北の方にのたまひしさまなど、たびたびほのめかしおこせけれど、まめやかに御心とまるべきこととも思はねば、ただ、さまでも尋ね知りたまふらむこと、とばかりをかしう思ひて、人の御ほどのただ今世にありがたげなるをも、数ならましかば、などぞよろづに思ひける。<BR>⏎
<P>⏎
　守の子どもは、母亡くなりにけるなど、あまた、この腹にも、姫君とつけてかしづくあり、まだ幼きなど、すぎすぎに五、六人ありければ、さまざまにこの扱ひをしつつ、異人と思ひ隔てたる心のありければ、常にいとつらきものに守をも恨みつつ、「いかでひきすぐれて、おもだたしきほどにしなしても見えにしがな」と、明け暮れ、この母君は思ひ扱ひける。<BR>⏎
<P>⏎
108-109　かの尼君のもとよりぞ、母北の方にのたまひしさまなど、たびたびほのめかしおこせけれど、まめやかに御心とまるべきこととも思はねば、ただ，さまでも尋ね知りたまふらむこと、とばかりをかしう思ひて、人の御ほどのただ今世にありがたげなるをも、数ならましかば、などぞよろづに思ひける。<BR>⏎
　守の子どもは、母亡くなりにけるなど、あまた，この腹にも、姫君とつけてかしづくあり、まだ幼きなど、すぎすぎに五，六人ありければ、さまざまにこの扱ひをしつつ、異人と思ひ隔てたる心のありければ、常にいとつらきものに守をも恨みつつ、「いかでひきすぐれて、おもだたしきほどにしなしても見えにしがな」と、明け暮れ、この母君は思ひ扱ひける。<BR>⏎
 123　さま容貌の、なのめに、とりまぜてもありぬべくは、いとかうしも何かは苦しきまでももてなやまじ、同じごと思はせてもありぬべき世を、ものにも混じらず、あはれにかたじけなく生ひ出でたまへば、あたらしく心苦しき者に思へり。<BR>⏎110 
d1124<P>⏎
cd2:1125-126　娘多かりと聞きて、なま君達めく人びとも、おとなひ言ふ、いとあまたありけり。初めの腹の二、三人は、皆さまざまに配りて、大人びさせたり。今はわが姫君を、「思ふやうにて見たてまつらばや」と、明け暮れ護りて、なでかしづくこと限りなし。<BR>⏎
<P>⏎
111　娘多かりと聞きて、なま君達めく人びとも、おとなひ言ふ、いとあまたありけり。初めの腹の二，三人は、皆さまざまに配りて、大人びさせたり。今はわが姫君を、「思ふやうにて見たてまつらばや」と、明け暮れ護りて、なでかしづくこと限りなし。<BR>⏎
text50127　<A NAME="in12">[第二段　継父常陸介と求婚者左近少将]</A><BR>112 
d1128<P>⏎
 129　守も卑しき人にはあらざりけり。上達部の筋にて、仲らひもものきたなき人ならず、徳いかめしうなどあれば、ほどほどにつけては思ひ上がりて、家の内もきらきらしく、ものきよげに住みなし、事好みしたるほどよりは、あやしう荒らかに田舎びたる心ぞつきたりける。<BR>⏎113 
d1130<P>⏎
 131　若うより、さる東方の、遥かなる世界に埋もれて年経ければにや、声などほとほとうちゆがみぬべく、ものうち言ふ、<A HREF="#no2">すこしたみたるやう</A><A NAME="te2">に</A>て、豪家のあたり恐ろしくわづらはしきものに憚り懼ぢ、すべていとまたく隙間なき心もあり。<BR>⏎114 
d1132<P>⏎
 133　をかしきさまに琴笛の道は遠う、弓をなむいとよく引ける。なほなほしきあたりともいはず、勢ひに引かされて、よき若人ども、装束ありさまはえならず調へつつ、腰折れたる歌合せ、物語、庚申をし、まばゆく見苦しく、遊びがちに好めるを、この懸想の君達、<BR>⏎115 
d1134<P>⏎
 135　「らうらうじくこそあるべけれ。容貌なむいみじかなる」<BR>⏎116 
d1136<P>⏎
cd2:1137-138　など、をかしき方に言ひなして、心を尽くし合へる中に、左近少将とて、年二十二、三ばかりのほどにて、心ばせしめやかに、才ありといふ方は、人に許されたれど、きらきらしう今めいてなどはえあらぬにや、通ひし所なども絶えて、いとねむごろに言ひわたりけり。<BR>⏎
<P>⏎
117　など，をかしき方に言ひなして、心を尽くし合へる中に、左近少将とて、年二十二，三ばかりのほどにて、心ばせしめやかに、才ありといふ方は、人に許されたれど、きらきらしう今めいてなどはえあらぬにや、通ひし所なども絶えて、いとねむごろに言ひわたりけり。<BR>⏎
 139　この母君、あまたかかること言ふ人びとの中に、<BR>⏎118 
d1140<P>⏎
 141　「この君は、人柄もめやすかなり。心定まりてももの思ひ知りぬべかなるを、人もあてなりや。これよりまさりて、ことことしき際の人はた、かかるあたりを、さいへど、尋ね寄らじ」<BR>⏎119 
d1142<P>⏎
 143　と思ひて、この御方に取りつぎて、さるべき折々は、をかしきさまに返り事などせさせたてまつる。心一つに思ひまうく。<BR>⏎120 
d1144<P>⏎
 145　「守こそおろかに思ひなすとも、我は命を譲りてかしづきて、さま容貌のめでたきを見つきなば、さりとも、おろかになどは、よも思ふ人あらじ」<BR>⏎121 
d1146<P>⏎
 147　と思ひ立ち、八月ばかりと契りて、調度をまうけ、はかなき遊びものをせさせても、さまことにやうをかしう、蒔絵、螺鈿のこまやかなる心ばへまさりて見ゆるものをば、この御方にと取り隠して、劣りのを、<BR>⏎122 
d1148<P>⏎
 149　「これなむよき」<BR>⏎123 
d1150<P>⏎
 151　とて見すれば、守はよくしも見知らず、そこはかとない物どもの、人の調度といふ限りは、ただとり集めて並べ据ゑつつ、目をはつかにさし出づるばかりにて、琴、琵琶の師とて、内教坊のわたりより迎へ取りつつ習はす。<BR>⏎124 
d1152<P>⏎
 153　手一つ弾き取れば、師を立ち居拝みてよろこび、禄を取らすること、埋むばかりにてもて騒ぐ。はやりかなる曲物など教へて、師と、をかしき夕暮などに、弾き合はせて遊ぶ時は、涙もつつまず、をこがましきまで、さすがにものめでしたり。かかることどもを、母君は、すこしもののゆゑ知りて、いと見苦しと思へば、ことにあへしらはぬを、<BR>⏎125 
d1154<P>⏎
 155　「吾子をば、思ひ落としたまへり」<BR>⏎126 
d1156<P>⏎
cd2:1157-158　と、常に恨みけり。<BR>⏎
<P>⏎
127　と，常に恨みけり。<BR>⏎
text50159　<A NAME="in13">[第三段　左近少将、浮舟が継子だと知る]</A><BR>128 
d1160<P>⏎
cd2:1161-162　かくて、この少将、契りしほどを待ちつけで、「同じくは疾く」とせめければ、わが心一つに、かう思ひ急ぐも、いとつつましう、人の心の知りがたさを思ひて、初めより伝へそめける人の来たるに、近う呼び寄せて語らふ。<BR>⏎
<P>⏎
129　かくて，この少将、契りしほどを待ちつけで、「同じくは疾く」とせめければ、わが心一つに、かう思ひ急ぐも、いとつつましう、人の心の知りがたさを思ひて、初めより伝へそめける人の来たるに、近う呼び寄せて語らふ。<BR>⏎
 163　「よろづ多く思ひ憚ることの多かるを、月ごろかうのたまひてほど経ぬるを、並々の人にもものしたまはねば、かたじけなう心苦しうて。かう思ひ立ちにたるを、親などものしたまはぬ人なれば、心一つなるやうにて、かたはらいたう、うちあはぬさまに見えたてまつることもやと、かねてなむ思ふ。<BR>⏎130 
d1164<P>⏎
 165　若き人びとあまたはべれど、思ふ人具したるは、おのづからと思ひ譲られて、この君の御ことをのみなむ、はかなき世の中を見るにも、うしろめたくいみじきを、もの思ひ知りぬべき御心ざまと聞きて、かうよろづのつつましさを忘れぬべかめるをしも、もし思はずなる御心ばへも見えば、人笑へに悲しうなむ」<BR>⏎131 
d1166<P>⏎
 167　と言ひけるを、少将の君に参うでて、<BR>⏎132 
d1168<P>⏎
 169　「しかしかなむ」<BR>⏎133 
d1170<P>⏎
 171　と申しけるに、けしき悪しくなりぬ。<BR>⏎134 
d1172<P>⏎
cd2:1173-174　「初めより、さらに、守の御娘にあらずといふことをなむ聞かざりつる。同じことなれど、人聞きもけ劣りたる心地して、出で入りせむにもよからずなむあるべき。ようも案内せで、浮かびたることを伝へける」<BR>⏎
<P>⏎
135　「初めより，さらに、守の御娘にあらずといふことをなむ聞かざりつる。同じことなれど、人聞きもけ劣りたる心地して、出で入りせむにもよからずなむあるべき。ようも案内せで、浮かびたることを伝へける」<BR>⏎
 175　とのたまふに、いとほしくなりて、<BR>⏎136 
d1176<P>⏎
cd6:3177-182　「詳しくも知りたまへず。女どもの知るたよりにて、仰せ言を伝へ始めはべりしに、中にかしづく娘とのみ聞きはべれば、守のにこそは、とこそ思ひたまへつれ。異人の子持たまへらむとも、問ひ聞きはべらざりつるなり。<BR>⏎
<P>⏎
　容貌、心もすぐれてものしたまふこと、母上のかなしうしたまひて、おもだたしう気高きことをせむと、あがめかしづかると聞きはべりしかば、いかでかの辺のこと伝へつべからむ人もがな、とのたまはせしかば、さるたより知りたまへりと、取り申ししなり。さらに、浮かびたる罪、はべるまじきことなり」<BR>⏎
<P>⏎
　と、腹悪しく言葉多かる者にて、申すに、君、いとあてやかならぬさまにて、<BR>⏎
<P>⏎
137-139　「詳しくも知りたまへず。女どもの知るたよりにて、仰せ言を伝へ始めはべりしに、中にかしづく娘とのみ聞きはべれば、守のにこそは，とこそ思ひたまへつれ。異人の子持たまへらむとも、問ひ聞きはべらざりつるなり。<BR>⏎
　容貌、心もすぐれてものしたまふこと、母上のかなしうしたまひて、おもだたしう気高きことをせむと、あがめかしづかると聞きはべりしかば、いかでかの辺のこと伝へつべからむ人もがな、とのたまはせしかば、さるたより知りたまへりと、取り申ししなり。さらに，浮かびたる罪、はべるまじきことなり」<BR>⏎
　と，腹悪しく言葉多かる者にて、申すに、君、いとあてやかならぬさまにて、<BR>⏎
 183　「かやうのあたりに行き通はむ、人のをさをさ許さぬことなれど、今様のことにて、咎あるまじう、もてあがめて後見だつに、罪隠してなむあるたぐひもあめるを、同じこととうちうちには思ふとも、<A HREF="#k01">よその</A><A NAME="t01">お</A>ぼえなむ、へつらひて人言ひなすべき。<BR>⏎140 
d1184<P>⏎
 185　<A HREF="#k02">源少納言</A><A NAME="t02">、</A>讃岐守などの、うけばりたるけしきにて出で入らむに、守にもをさをさ受けられぬさまにて交じらはむなむ、いと人げなかるべき」<BR>⏎141 
d1186<P>⏎
 187　とのたまふ。<BR>⏎142 
d1188<P>⏎
text50189　<A NAME="in14">[第四段　左近少将、常陸介の実娘を所望す]</A><BR>143 
d1190<P>⏎
 191　この人、追従あるうたてある人の心にて、これをいと口惜しう、こなたかなたに思ひければ、<BR>⏎144 
d1192<P>⏎
 193　「まことに守の娘と思さば、まだ若うなどおはすとも、しか伝へはべらむかし。中にあたるなむ、姫君とて、守、いとかなしうしたまふなる」<BR>⏎145 
d1194<P>⏎
 195　と聞こゆ。<BR>⏎146 
d1196<P>⏎
cd4:2197-200　「いさや。初めよりしか言ひ寄れることをおきて、また言はむこそうたてあれ。されど、わが本意は、かの守の主の、人柄もものものしく、大人しき人なれば、後見にもせまほしう、見るところありて思ひ始めしことなり。もはら顔、容貌のすぐれたらむ女の願ひもなし。品あてに艶ならむ女を願はば、やすく得つべし。<BR>⏎
<P>⏎
　されど、寂しうことうち合はぬ、みやび好める人の果て果ては、ものきよくもなく、人にも人ともおぼえたらぬを見れば、すこし人にそしらるとも、なだらかにて世の中を過ぐさむことを願ふなり。守に、かくなむと語らひて、さもと許すけしきあらば、何かは、さも」<BR>⏎
<P>⏎
147-148　「いさや。初めよりしか言ひ寄れることをおきて、また言はむこそうたてあれ。されど，わが本意は、かの守の主の、人柄もものものしく、大人しき人なれば、後見にもせまほしう、見るところありて思ひ始めしことなり。もはら顔、容貌のすぐれたらむ女の願ひもなし。品あてに艶ならむ女を願はば、やすく得つべし。<BR>⏎
　されど，寂しうことうち合はぬ、みやび好める人の果て果ては、ものきよくもなく、人にも人ともおぼえたらぬを見れば、すこし人にそしらるとも、なだらかにて世の中を過ぐさむことを願ふなり。守に、かくなむと語らひて、さもと許すけしきあらば、何かは、さも」<BR>⏎
 201　とのたまふ。<BR>⏎149 
d1202<P>⏎
text50203　<A NAME="in15">[第五段　常陸介、左近少将に満足す]</A><BR>150 
d1204<P>⏎
 205　この人は、妹のこの西の御方にあるたよりに、かかる御文なども取り伝へはじめけれど、守には詳しくも見え知られぬ者なりけり。ただ行きに、守の居たりける前に行きて、<BR>⏎151 
d1206<P>⏎
 207　「とり申すべきことありて」<BR>⏎152 
d1208<P>⏎
 209　など言はす。<A HREF="#k03">守</A><A NAME="t03">、</A><BR>⏎153 
d1210<P>⏎
 211　「このわたりに時々出で入りはすと聞けど、前には呼び出でぬ人の、何ごと言ひにかあらむ」<BR>⏎154 
d1212<P>⏎
cd2:1213-214　と、なま荒々しきけしきなれど、<BR>⏎
<P>⏎
155　と，なま荒々しきけしきなれど、<BR>⏎
 215　「左近少将殿の御消息にてなむさぶらふ」<BR>⏎156 
d1216<P>⏎
 217　と言はせたれば、会ひたり。語らひがたげなる顔して、近うゐ寄りて、<BR>⏎157 
d1218<P>⏎
 219　「月ごろ、内の御方に消息聞こえさせたまふを、御許しありて、この月のほどにと契りきこえさせたまふことはべるを、日をはからひて、いつしかと<A HREF="#k04">思す</A><A NAME="t04">ほ</A>どに、ある人の申しけるやう、<BR>⏎158 
d1220<P>⏎
 221　『まことに北の方の御はからひにものしたまへど、守の殿の御娘にはおはせず。君達のおはし通はむに、世の聞こえなむへつらひたるやうならむ。受領の御婿になりたまふかやうの君達は、ただ私の君のごとく思ひかしづきたてまつり、手に<A HREF="#k05">捧げたるごと</A><A NAME="t05">、</A>思ひ扱ひ後見たてまつるにかかりてなむ、さる振る舞ひしたまふ人びとものしたまふめるを、さすがにその御願ひはあながちなるやうにて、をさをさ受けられたまはで、け劣りておはし通はむこと、便なかりぬべきよし』<BR>⏎159 
d1222<P>⏎
cd4:2223-226　をなむ、切にそしり申す人びとあまたはべるなれば、ただ今思しわづらひてなむ。<BR>⏎
<P>⏎
　『初めよりただきらぎらしう、人の後見と頼みきこえむに、堪へたまへる御おぼえを選び申して、聞こえ始め申ししなり。さらに、異人ものしたまふらむといふこと知らざりければ、もとの心ざしのままに、まだ幼きものあまたおはすなるを、許いたまはば、いとどうれしくなむ。御けしき見て参うで来』<BR>⏎
<P>⏎
160-161　をなむ，切にそしり申す人びとあまたはべるなれば、ただ今思しわづらひてなむ。<BR>⏎
　『初めよりただきらぎらしう、人の後見と頼みきこえむに、堪へたまへる御おぼえを選び申して、聞こえ始め申ししなり。さらに，異人ものしたまふらむといふこと知らざりければ、もとの心ざしのままに、まだ幼きものあまたおはすなるを、許いたまはば、いとどうれしくなむ。御けしき見て参うで来』<BR>⏎
 227　と仰せられつれば」<BR>⏎162 
d1228<P>⏎
 229　と言ふに、守、<BR>⏎163 
d1230<P>⏎
cd4:2231-234　「さらに、かかる御消息はべるよし、詳しく承らず。まことに同じことに思うたまふべき人なれど、よからぬ童べあまたはべりて、はかばかしからぬ身に、さまざま思ひたまへ扱ふほどに、母なる者も、これを異人と思ひ分けたることと、くねり言ふことはべりて、ともかくも口入れさせぬ人のことにはべれば、ほのかに、しかなむ仰せらるることはべりとは聞きはべりしかど、なにがしを取り所に思しける御心は、知りはべらざりけり。<BR>⏎
<P>⏎
　さるは、いとうれしく思ひたまへらるる御ことにこそはべるなれ。いとらうたしと思ふ女の童は、あまたの中に、これをなむ命にも代へむと思ひはべる。のたまふ人びとあれど、今の世の人の御心、定めなく聞こえはべるに、なかなか胸いたき目をや見むの憚りに、思ひ定むることもなくてなむ。<BR>⏎
<P>⏎
164-165　「さらに，かかる御消息はべるよし、詳しく承らず。まことに同じことに思うたまふべき人なれど、よからぬ童べあまたはべりて、はかばかしからぬ身に、さまざま思ひたまへ扱ふほどに、母なる者も、これを異人と思ひ分けたることと、くねり言ふことはべりて、ともかくも口入れさせぬ人のことにはべれば、ほのかに、しかなむ仰せらるることはべりとは聞きはべりしかど、なにがしを取り所に思しける御心は、知りはべらざりけり。<BR>⏎
　さるは，いとうれしく思ひたまへらるる御ことにこそはべるなれ。いとらうたしと思ふ女の童は、あまたの中に、これをなむ命にも代へむと思ひはべる。のたまふ人びとあれど、今の世の人の御心、定めなく聞こえはべるに、なかなか胸いたき目をや見むの憚りに、思ひ定むることもなくてなむ。<BR>⏎
 235　いかでうしろやすくも見たまへおかむと、明け暮れかなしく思うたまふるを、少将殿におきたてまつりては、故大将殿にも、若くより参り仕うまつりき。家の子にて見たてまつりしに、いと警策に、仕うまつらまほしと、心つきて思ひきこえしかど、遥かなる所に、うち続きて過ぐしはべる年ごろのほどに、うひうひしくおぼえはべりてなむ、参りも仕まつらぬを、かかる御心ざしのはべりけるを。<BR>⏎166 
d1236<P>⏎
 237　返す返す、仰せの事たてまつらむはやすきことなれど、月ごろの御心違へたるやうに、この人、思ひたまへむことをなむ、思うたまへ憚りはべる」<BR>⏎167 
d1238<P>⏎
cd2:1239-240　と、いとこまやかに言ふ。<BR>⏎
<P>⏎
168　と，いとこまやかに言ふ。<BR>⏎
text50241　<A NAME="in16">[第六段　仲人、左近少将を絶賛す]</A><BR>169 
d1242<P>⏎
 243　よろしげなめりと、うれしく思ふ。<BR>⏎170 
d1244<P>⏎
 245　「何かと思し憚るべきことにもはべらず。かの御心ざしは、ただ一所の御許しはべらむを願ひ思して、『いはけなく年足らぬほどにおはすとも、真実のやむごとなく思ひおきてたまへらむをこそ、本意叶ふにはせめ。もはらさやうのほとりばみたらむ振る舞ひすべきにもあらず』と、なむのたまひつる。<BR>⏎171 
d1246<P>⏎
 247　人柄はいとやむごとなく、おぼえ心にくくおはする君なりけり。若き君達とて、好き好きしくあてびてもおはしまさず、世のありさまもいとよく知りたまへり。領じたまふ所々もいと多く<A HREF="#k06">はべり</A><A NAME="t06">。</A><A HREF="#k07">まだころ</A><A NAME="t07">の</A>御徳なきやうなれど、おのづからやむごとなき人の御けはひのありげなるやう、直人の限りなき富といふめる勢ひには、まさりたまへり。来年、四位になりたまひなむ。こたみの頭は疑ひなく、帝の<A HREF="#k08">御口づから</A><A NAME="t08">ご</A>てたまへるなり。<BR>⏎172 
d1248<P>⏎
 249　『よろづのこと足らひてめやすき朝臣の、妻をなむ定めざなる。はやさるべき人選りて、後見をまうけよ。上達部には、我しあれば、今日明日といふばかりになし上げてむ』とこそ仰せらるなれ。何事も、ただこの君ぞ、帝にも親しく仕うまつりたまふなる。<BR>⏎173 
d1250<P>⏎
cd4:2251-254　御心はた、いみじう警策に、重々しくなむおはしますめる。あたら人の御婿を。かう聞きたまふほどに、思ほし立ちなむこそよからめ。かの殿には、我も我も婿にとりたてまつらむと、所々にはべるなれば、ここにしぶしぶなる御けはひあらば、他ざまにも思しなりなむ。これ、ただうしろやすきことをとり申すなり」<BR>⏎
<P>⏎
　と、いと多く、よげに言ひ続くるに、いとあさましく鄙びたる守にて、うち笑みつつ聞きゐたり。<BR>⏎
<P>⏎
174-175　御心はた、いみじう警策に、重々しくなむおはしますめる。あたら人の御婿を。かう聞きたまふほどに、思ほし立ちなむこそよからめ。かの殿には、我も我も婿にとりたてまつらむと、所々にはべるなれば、ここにしぶしぶなる御けはひあらば、他ざまにも思しなりなむ。これ，ただうしろやすきことをとり申すなり」<BR>⏎
　と，いと多く、よげに言ひ続くるに、いとあさましく鄙びたる守にて、うち笑みつつ聞きゐたり。<BR>⏎
text50255　<A NAME="in17">[第七段　左近少将、浮舟から常陸介の実娘にのり換える]</A><BR>176 
d1256<P>⏎
 257　「このころの御徳などの心もとなからむことは、なのたまひそ。なにがし命はべらむほどは、頂に捧げたてまつりてむ。心もとなく、何を飽かぬとか思すべき。たとひあへずして仕うまつりさしつとも、残りの宝物、領じはべる所々、一つにてもまた取り争ふべき人なし。<BR>⏎177 
d1258<P>⏎
 259　子ども多くはべれど、これはさま異に思ひそめたる者にはべり。ただ真心に思し顧みさせたまはば、大臣の位を求めむと思し願ひて、世になき宝物をも尽くさむとしたまはむに、なきものはべるまじ。<BR>⏎178 
d1260<P>⏎
cd6:3261-266　当時の帝、しか恵み申したまふなれば、御後見は心もとなかるまじ。これ、かの御ためにも、なにがしが女の童のためにも、幸ひとあるべきことにやとも知らず」<BR>⏎
<P>⏎
　と、よろしげに言ふ時に、いとうれしくなりて、妹にもかかることありとも語らず、あなたにも寄りつかで、守の言ひつることを、「いともいともよげにめでたし」と思ひて聞こゆれば、君、「すこし鄙びてぞある」とは聞きたまへど、憎からず、うち笑みて聞きゐたまへり。大臣にならむ贖労を取らむなどぞ、あまりおどろおどろしきことと、耳とどまりける。<BR>⏎
<P>⏎
　「さて、かの北の方には、かくとものしつや。心ざしことに思ひ始めたまへらむに、ひき違へたらむ、ひがひがしくねぢけたるやうにとりなす人もあらむ。いさや」<BR>⏎
<P>⏎
179-181　当時の帝、しか恵み申したまふなれば、御後見は心もとなかるまじ。これ，かの御ためにも、なにがしが女の童のためにも、幸ひとあるべきことにやとも知らず」<BR>⏎
　と，よろしげに言ふ時に、いとうれしくなりて、妹にもかかることありとも語らず、あなたにも寄りつかで、守の言ひつることを、「いともいともよげにめでたし」と思ひて聞こゆれば、君、「すこし鄙びてぞある」とは聞きたまへど、憎からず、うち笑みて聞きゐたまへり。大臣にならむ贖労を取らむなどぞ、あまりおどろおどろしきことと、耳とどまりける。<BR>⏎
　「さて，かの北の方には、かくとものしつや。心ざしことに思ひ始めたまへらむに、ひき違へたらむ、ひがひがしくねぢけたるやうにとりなす人もあらむ。いさや」<BR>⏎
 267　と思したゆたひたるを、<BR>⏎182 
d1268<P>⏎
 269　「何か。北の方も、かの姫君をば、いとやむごとなきものに思ひかしづきたてまつりたまふなりけり。ただ中のこのかみにて、年も大人びたまふを、心苦しきことに思ひて、そなたにとおもむけて申されけるなりけり」<BR>⏎183 
d1270<P>⏎
cd2:1271-272　と聞こゆ。「月ごろは、またなく世の常ならずかしづくと言ひつるものの、うちつけにかく言ふもいかならむと思へども、なほ、一わたりはつらしと思はれ、人にはすこし誹らるとも、長らへて頼もしき事をこそ」と、いとまたくかしこき君にて、思ひ取りてければ、日をだにとり替へで、契りし暮れにぞ、おはし始めける。<BR>⏎
<P>⏎
184　と聞こゆ。「月ごろは、またなく世の常ならずかしづくと言ひつるものの、うちつけにかく言ふもいかならむと思へども、なほ，一わたりはつらしと思はれ、人にはすこし誹らるとも、長らへて頼もしき事をこそ」と、いとまたくかしこき君にて、思ひ取りてければ、日をだにとり替へで、契りし暮れにぞ、おはし始めける。<BR>⏎
text50273　<A NAME="in18">[第八段　浮舟の縁談、破綻す]</A><BR>185 
d1274<P>⏎
 275　北の方は、人知れずいそぎ立ちて、人びとの装束せさせ、しつらひなどよしよししうしたまふ。御方をも、頭洗はせ、取りつくろひて見るに、少将などいふほどの人に見せむも、惜しくあたらしきさまを、<BR>⏎186 
d1276<P>⏎
cd4:2277-280　「あはれや。親に知られたてまつりて生ひ立ちたまはましかば、おはせずなりにたれども、大将殿ののたまふらむさまに、おほけなくとも、などかは思ひ立たざらまし。されど、うちうちにこそかく思へ、他の音聞きは、守の子とも思ひ分かず、また、実を尋ね知らむ人も、なかなか落としめ思ひぬべきこそ悲しけれ」<BR>⏎
<P>⏎
　など、思ひ続く。<BR>⏎
<P>⏎
187-188　「あはれや。親に知られたてまつりて生ひ立ちたまはましかば、おはせずなりにたれども、大将殿ののたまふらむさまに、おほけなくとも、などかは思ひ立たざらまし。されど，うちうちにこそかく思へ、他の音聞きは、守の子とも思ひ分かず、また，実を尋ね知らむ人も、なかなか落としめ思ひぬべきこそ悲しけれ」<BR>⏎
　など，思ひ続く。<BR>⏎
 281　「いかがはせむ。盛り過ぎたまはむもあいなし。卑しからず、めやすきほどの人の、かくねむごろにのたまふめるを」<BR>⏎189 
d1282<P>⏎
cd2:1283-284　など、心一つに思ひ定むるも、媒の<A HREF="#k09">かく言よく</A><A NAME="t09">い</A>みじきに、女はましてすかされたるにやあらむ。明日明後日と思へば、心あわたたしくいそがしきに、こなたにも心のどかに居られたらず、そそめきありくに、守外より入り来て、ながながと、とどこほるところもなく言ひ続けて、<BR>⏎
<P>⏎
190　など，心一つに思ひ定むるも、媒の<A HREF="#k09">かく言よく</A><A NAME="t09">い</A>みじきに、女はましてすかされたるにやあらむ。明日明後日と思へば、心あわたたしくいそがしきに、こなたにも心のどかに居られたらず、そそめきありくに、守外より入り来て、ながながと、とどこほるところもなく言ひ続けて、<BR>⏎
 285　「我を思ひ隔てて、吾子の御懸想人を奪はむとしたまひける、おほけなく心幼きこと。めでたからむ御娘をば、要ぜさせたまふ君達あらじ。卑しく異やうならむなにがしらが女子をぞ、いやしうも尋ねのたまふめれ。かしこく思ひ企てられけれど、もはら本意なしとて、他ざまへ思ひなりたまふべかなれば、同じくはと思ひてなむ、さらば御心、と許し申しつる」<BR>⏎191 
d1286<P>⏎
cd2:1287-288　など、あやしく奥なく、人の思はむところも知らぬ人にて、言ひ散らしゐたり。<BR>⏎
<P>⏎
192　など，あやしく奥なく、人の思はむところも知らぬ人にて、言ひ散らしゐたり。<BR>⏎
 289　北の方、あきれて物も言はれで、とばかり思ふに、<A HREF="#k10">心憂さ</A><A NAME="t10">を</A>かき連ね、涙も落ちぬばかり思ひ続けられて、やをら立ちぬ。<BR>⏎193 
d1290<P>⏎
text50291　<H4>第二章　浮舟の物語　京に上り、匂宮夫妻と左近少将を見比べる</H4>194 
text50292　<A NAME="in21">[第一段　浮舟の母と乳母の嘆き]</A><BR>195 
d1293<P>⏎
 294　こなたに渡りて見るに、いとらうたげにをかしげにて居<A HREF="#k11">たまへる</A><A NAME="t11">に</A>、「さりとも、人には劣りたまはじ」とは思ひ慰む。乳母と二人、<BR>⏎196 
d1295<P>⏎
 296　「心憂きものは人の心なりけり。おのれは、<A HREF="#k12">同じごと</A><A NAME="t12">思</A>ひ扱ふとも、この君のゆかりと思はむ人のためには、命をも譲りつべくこそ思へ、親なしと聞きあなづりて、まだ幼くなりあはぬ人を、さし越えて、かくは<A HREF="#k13">言ひなる</A><A NAME="t13">べ</A>しや。<BR>⏎197 
d1297<P>⏎
 298　かく心憂く、近きあたりに見じ聞かじと思ひぬれど、守のかくおもだたしきことに思ひて、受け取り騒ぐめれば、あひあひにたる世の人のありさまを、すべてかかることに口入れじと思ふ。いかでここならぬ所に、しばしありにしがな」<BR>⏎198 
d1299<P>⏎
 300　とうち嘆きつつ言ふ。乳母もいと腹立たしく、「わが君をかく落としむること」と思ふに、<BR>⏎199 
d1301<P>⏎
cd2:1302-303　「何か、これも御幸ひにて違ふこととも知らず。かく心口惜しくいましける君なれば、あたら御さまをも見知らざらまし。わが君をば、心ばせあり、もの思ひ知りたらむ人にこそ、見せたてまつらまほしけれ。<BR>⏎
<P>⏎
200　「何か，これも御幸ひにて違ふこととも知らず。かく心口惜しくいましける君なれば、あたら御さまをも見知らざらまし。わが君をば、心ばせあり、もの思ひ知りたらむ人にこそ、見せたてまつらまほしけれ。<BR>⏎
 304　大将殿の御さま容貌の、ほのかに見たてまつりしに、さも命延ぶる心地のしはべりしかな。あはれにはた聞こえたまふなり。御宿世にまかせて、思し寄りねかし」<BR>⏎201 
d1305<P>⏎
 306　と言へば、<BR>⏎202 
d1307<P>⏎
cd2:1308-309　「あな、恐ろしや。人の言ふを聞けば、年ごろ、おぼろけならむ人をば見じとのたまひて、右の大殿、按察使大納言、式部卿宮などの、いとねむごろにほのめかしたまひけれど、聞き過ぐして、帝の御かしづき女を得たまへる君は、<A HREF="#k14">いかばかり</A><A NAME="t14">の</A>人かまめやかには思さむ。<BR>⏎
<P>⏎
203　「あな，恐ろしや。人の言ふを聞けば、年ごろ，おぼろけならむ人をば見じとのたまひて、右の大殿，按察使大納言，式部卿宮などの、いとねむごろにほのめかしたまひけれど、聞き過ぐして、帝の御かしづき女を得たまへる君は、<A HREF="#k14">いかばかり</A><A NAME="t14">の</A>人かまめやかには思さむ。<BR>⏎
 310　かの母宮などの御方にあらせて、時々も見むとは思しもしなむ、それはた、げにめでたき御あたりなれども、いと胸痛かるべきことなり。宮の上の、かく幸ひ人と申すなれど、もの思はしげに思したるを見れば、いかにもいかにも、二心なからむ人のみこそ、めやすく頼もしきことにはあらめ。わが身にても知りにき。<BR>⏎204 
d1311<P>⏎
 312　<A HREF="#k15">故宮</A><A NAME="t15">の</A>御ありさまは、いと情け情けしく、めでたくをかしくおはせしかど、人数にも思さざりしかば、いかばかりかは心憂くつらかりし。このいと言ふかひなく、情けなく、さま悪しき人なれど、ひたおもむきに二心なきを見れば、心やすくて年ごろをも過ぐしつるなり。<BR>⏎205 
d1313<P>⏎
cd2:1314-315　をりふしの心ばへの、かやうに愛敬なく用意なきことこそ憎けれ、嘆かしく恨めしきこともなく、かたみにうちいさかひても、心にあはぬことをばあきらめつ。上達部、親王たちにて、みやびかに心恥づかしき人の御あたりといふとも、わが数ならでは甲斐あらじ。<BR>⏎
<P>⏎
206　をりふしの心ばへの、かやうに愛敬なく用意なきことこそ憎けれ、嘆かしく恨めしきこともなく、かたみにうちいさかひても、心にあはぬことをばあきらめつ。上達部，親王たちにて、みやびかに心恥づかしき人の御あたりといふとも、わが数ならでは甲斐あらじ。<BR>⏎
 316　よろづのこと、わが身からなりけりと思へば、よろづに悲しうこそ<A HREF="#k16">見たてまつれ</A><A NAME="t16">。</A>いかにして、人笑へならずしたてたてまつらむ」<BR>⏎207 
d1317<P>⏎
 318　と語らふ。<BR>⏎208 
d1319<P>⏎
text50320　<A NAME="in22">[第二段　継父常陸介、実娘の結婚の準備]</A><BR>209 
d1321<P>⏎
 322　守は急ぎたちて、<BR>⏎210 
d1323<P>⏎
cd8:4324-331　「女房など、こなたにめやすきあまたあなるを、このほどは、あらせたまへ。やがて、帳なども新しく仕立てられためる方を、事にはかになりにためれば、取り渡し、とかく改むまじ」<BR>⏎
<P>⏎
　とて、西の方に来て、立ち居、とかくしつらひ騒ぐ。めやすきさまにさはらかに、あたりあたりあるべき限りしたる所を、さかしらに屏風ども持て来て、いぶせきまで立て集めて、<A HREF="#k17">厨子</A><A NAME="t17">二</A>階など、あやしきまでし加へて、心をやりて急げば、北の方見苦しく見れど、口入れじと言ひてしかば、ただに見聞く。御方は、北面に居たり。<BR>⏎
<P>⏎
　「人の御心は、見知り果てぬ。ただ同じ子なれば、さりとも、いとかくは思ひ放ちたまはじとこそ思ひつれ。さはれ、世に母なき子は、なくやはある」<BR>⏎
<P>⏎
　とて、娘を、昼より乳母と二人、撫でつくろひ立てたれば、憎げにもあらず、十五、六のほどにて、いと小さやかにふくらかなる人の、髪うつくしげにて小袿のほどなり、裾いとふさやかなり。これをいとめでたしと思ひて、撫でつくろふ。<BR>⏎
<P>⏎
211-214　「女房など、こなたにめやすきあまたあなるを、このほどは、あらせたまへ。やがて，帳なども新しく仕立てられためる方を、事にはかになりにためれば、取り渡し、とかく改むまじ」<BR>⏎
　とて，西の方に来て、立ち居、とかくしつらひ騒ぐ。めやすきさまにさはらかに、あたりあたりあるべき限りしたる所を、さかしらに屏風ども持て来て、いぶせきまで立て集めて、<A HREF="#k17">厨子</A><A NAME="t17">二</A>階など、あやしきまでし加へて、心をやりて急げば、北の方見苦しく見れど、口入れじと言ひてしかば、ただに見聞く。御方は、北面に居たり。<BR>⏎
　「人の御心は、見知り果てぬ。ただ同じ子なれば、さりとも、いとかくは思ひ放ちたまはじとこそ思ひつれ。さはれ，世に母なき子は、なくやはある」<BR>⏎
　とて，娘を、昼より乳母と二人、撫でつくろひ立てたれば、憎げにもあらず、十五，六のほどにて、いと小さやかにふくらかなる人の、髪うつくしげにて小袿のほどなり、裾いとふさやかなり。これをいとめでたしと思ひて、撫でつくろふ。<BR>⏎
 332　「何か、人の異ざまに思ひ構へられける人をしも、と思へど、人柄のあたらしく、警策にものしたまふ君なれば、我も我もと、婿に取らまほしくする人の多かなるに、取られなむも口惜しくてなむ」<BR>⏎215 
d1333<P>⏎
cd2:1334-335　と、かの<A HREF="#k18">仲人</A><A NAME="t18">に</A>はかられて言ふもいとをこなり。男君も、「このほどのいかめしく思ふやうなること」と、よろづの罪あるまじう思ひて、その夜も替へず来そめぬ。<BR>⏎
<P>⏎
216　と，かの<A HREF="#k18">仲人</A><A NAME="t18">に</A>はかられて言ふもいとをこなり。男君も、「このほどのいかめしく思ふやうなること」と、よろづの罪あるまじう思ひて、その夜も替へず来そめぬ。<BR>⏎
text50336　<A NAME="in23">[第三段　浮舟の母、京の中君に手紙を贈る]</A><BR>217 
d1337<P>⏎
 338　母君、御方の乳母、いとあさましく思ふ。ひがひがしきやうなれば、とかく見扱ふも心づきなければ、宮の北の方の御もとに、御文たてまつる。<BR>⏎218 
d1339<P>⏎
 340　「そのこととはべらでは、なれなれしくやとかしこまりて、え思ひたまふるままにも聞こえさせぬを、つつしむべきことはべりて、しばし所変へさせむと思うたまふるに、いと忍びてさぶらひぬべき隠れの方さぶらはば、いともいともうれしくなむ。数ならぬ身一つの蔭に隠れもあへず、あはれなることのみ多くはべる世なれば、頼もしき方にはまづなむ」<BR>⏎219 
d1341<P>⏎
cd2:1342-343　と、うち泣きつつ書きたる文を、あはれとは見たまひけれど、「故宮の、さばかり許したまはでやみにし人を、我一人残りて、知り語らはむもいとつつましく、また見苦しきさまにて世にあぶれむも、知らず顔にて<A HREF="#k19">聞かむこそ心苦しかるべけれ。ことなることなくて</A><A NAME="t19">か</A>たみに散りぼはむも、亡き人の御ために見苦しかるべきわざ」を思しわづらふ。<BR>⏎
<P>⏎
220　と，うち泣きつつ書きたる文を、あはれとは見たまひけれど、「故宮の、さばかり許したまはでやみにし人を、我一人残りて、知り語らはむもいとつつましく、また見苦しきさまにて世にあぶれむも、知らず顔にて<A HREF="#k19">聞かむこそ心苦しかるべけれ。ことなることなくて</A><A NAME="t19">か</A>たみに散りぼはむも、亡き人の御ために見苦しかるべきわざ」を思しわづらふ。<BR>⏎
 344　大輔がもとにも、いと心苦しげに言ひやりたりければ、<BR>⏎221 
d1345<P>⏎
 346　「さるやうこそははべらめ。人憎くはしたなくも、なのたまはせそ。かかる劣りの者の、人の御中に交じりたまふも、世の常のことなり」<BR>⏎222 
d1347<P>⏎
 348　など聞こえて、<BR>⏎223 
d1349<P>⏎
cd4:2350-353　「さらば、かの西の方に、隠ろへたる所し出でて、いとむつかしげなめれど、さても過ぐいたまひつべくは、しばしのほど」<BR>⏎
<P>⏎
　と言ひつかはしつ。いとうれしと思ほして、人知れず出で立つ。御方も、かの御あたりをば、睦びきこえまほしと思ふ心なれば、なかなか、かかることどもの出で来たるを、うれしと思ふ。<BR>⏎
<P>⏎
224-225　「さらば，かの西の方に、隠ろへたる所し出でて、いとむつかしげなめれど、さても過ぐいたまひつべくは、しばしのほど」<BR>⏎
　と言ひつかはしつ。いとうれしと思ほして、人知れず出で立つ。御方も，かの御あたりをば、睦びきこえまほしと思ふ心なれば、なかなか，かかることどもの出で来たるを、うれしと思ふ。<BR>⏎
text50354　<A NAME="in24">[第四段　母、浮舟を匂宮邸に連れ出す]</A><BR>226 
d1355<P>⏎
cd2:1356-357　守、少将の扱ひを、いかばかりめでたきことをせむと思ふに、そのきらきらしかるべきことも知らぬ心には、ただ、あららかなる東絹どもを、押しまろがして投げ出でつ。食ひ物も、所狭きまでなむ運び出でてののしりける。<BR>⏎
<P>⏎
227　守、少将の扱ひを、いかばかりめでたきことをせむと思ふに、そのきらきらしかるべきことも知らぬ心には、ただ，あららかなる東絹どもを、押しまろがして投げ出でつ。食ひ物も、所狭きまでなむ運び出でてののしりける。<BR>⏎
 358　下衆などは、それをいとかしこき情けに思ひければ、君も、「いとあらまほしく、心かしこく取り寄りにけり」と思ひけり。北の方、「このほどを見捨てて知らざらむもひがみたらむ」と思ひ念じて、ただするままにまかせて見ゐたり。<BR>⏎228 
d1359<P>⏎
 360　客人の御出居、侍ひとしつらひ騒げば、家は広けれど、源少納言、東の対には住む、男子などの多かるに、所もなし。この御方に客人住みつきぬれば、廊などほとりばみたらむに住ませたてまつらむも、<A HREF="#k20">飽かず</A><A NAME="t20">い</A>とほしくおぼえて、とかく思ひめぐらすほど、宮にとは思ふなりけり。<BR>⏎229 
d1361<P>⏎
cd2:1362-363　「この御方ざまに、数まへたまふ人のなきを、あなづるなめり」と思へば、ことに許いたまはざりしあたりを、あながちに参らず。乳母、若き人びと、二、三人ばかりして、西の廂の北に寄りて、人げ遠き方に局したり。<BR>⏎
<P>⏎
230　「この御方ざまに、数まへたまふ人のなきを、あなづるなめり」と思へば、ことに許いたまはざりしあたりを、あながちに参らず。乳母、若き人びと、二，三人ばかりして、西の廂の北に寄りて、人げ遠き方に局したり。<BR>⏎
 364　年ごろ、かくはかなかりつれど、疎く思すまじき人なれば、参る時は恥ぢたまはず、いとあらまほしく、けはひことにて、若君の御扱ひをしておはする御ありさま、うらやましくおぼゆるもあはれなり。<BR>⏎231 
d1365<P>⏎
 366　「我も、故北の方には、離れたてまつるべき人かは。仕うまつるといひしばかりに、数まへられたてまつらず、口惜しくて、かく人にはあなづらるる」<BR>⏎232 
d1367<P>⏎
cd2:1368-369　と思ふには、かくしひて睦びきこゆるもあぢきなし。ここには、御物忌と言ひてければ、人も通はず。二、三日ばかり母君もゐたり。こたみは、心のどかにこの御ありさまを見る。<BR>⏎
<P>⏎
233　と思ふには、かくしひて睦びきこゆるもあぢきなし。ここには、御物忌と言ひてければ、人も通はず。二，三日ばかり母君もゐたり。こたみは、心のどかにこの御ありさまを見る。<BR>⏎
text50370　<A NAME="in25">[第五段　浮舟の母、匂宮と中君夫妻を垣間見る]</A><BR>234 
d1371<P>⏎
 372　宮渡りたまふ。ゆかしくてもののはさまより見れば、いときよらに、桜を折りたるさましたまひて、わが頼もし人に思ひて、恨めしけれど、心には違はじと思ふ常陸守より、さま容貌も人のほども、こよなく見ゆる五位四位ども、あひひざまづきさぶらひて、このことかのことと、あたりあたりのことども、家司どもなど申す。<BR>⏎235 
d1373<P>⏎
cd6:3374-379　また若やかなる五位ども、顔も知らぬどもも多かり。わが継子の式部丞にて蔵人なる、内裏の御使にて参れり。御あたりにもえ近く参らず。こよなき人の御けはひを、<BR>⏎
<P>⏎
　「あはれ、こは何人ぞ。かかる御あたりにおはするめでたさよ。よそに思ふ時は、めでたき人びとと聞こゆとも、つらき目見せたまはばと、もの憂く推し量りきこえさせつらむあさましさよ。この御ありさま容貌を見れば、七夕ばかりにても、かやうに見たてまつり通はむは、いといみじかるべきわざかな」<BR>⏎
<P>⏎
　と思ふに、若君抱きてうつくしみおはす。女君、短き几帳を隔てておはするを、押しやりて、ものなど聞こえたまふ御容貌ども、いときよらに似合ひたり。<A HREF="#k21">故宮</A><A NAME="t21">の</A>寂しくおはせし御ありさまを思ひ比ぶるに、「宮たちと聞こゆれど、いとこよなきわざにこそありけれ」とおぼゆ。<BR>⏎
<P>⏎
236-238　また若やかなる五位ども、顔も知らぬどもも多かり。わが継子の式部丞にて蔵人なる、内裏の御使にて参れり． 御あたりにもえ近く参らず。こよなき人の御けはひを、<BR>⏎
　「あはれ，こは何人ぞ。かかる御あたりにおはするめでたさよ。よそに思ふ時は、めでたき人びとと聞こゆとも、つらき目見せたまはばと、もの憂く推し量りきこえさせつらむあさましさよ。この御ありさま容貌を見れば、七夕ばかりにても、かやうに見たてまつり通はむは、いといみじかるべきわざかな」<BR>⏎
　と思ふに、若君抱きてうつくしみおはす。女君、短き几帳を隔てておはするを、押しやりて、ものなど聞こえたまふ 御容貌ども、いときよらに似合ひたり。<A HREF="#k21">故宮</A><A NAME="t21">の</A>寂しくおはせし御ありさまを思ひ比ぶるに、「宮たちと聞こゆれど、いとこよなきわざにこそありけれ」とおぼゆ。<BR>⏎
 380　几帳の内に入りたまひぬれば、若君は、若き人、乳母などもてあそびきこゆ。人びと参り集まれど、悩ましとて、大殿籠もり暮らしつ。御台こなたに参る。よろづのこと気高く、心ことに見ゆれば、わがいみじきことを尽くすと見思へど、「なほなほしき人のあたりは、口惜しかりけり」と思ひなりぬれば、「わが娘も、かやうにてさし並べたらむには、かたはならじかし。勢ひを頼みて、父ぬしの、后にもなしてむと思ひたる人びと、同じわが子ながら、けはひこよなきを思ふも、なほ今よりのちも、心は高くつかふべかりけり」と、夜一夜あらまし語り思ひ続けらる。<BR>⏎239 
d1381<P>⏎
text50382　<A NAME="in26">[第六段　浮舟の母、左近少将を垣間見て失望]</A><BR>240 
d1383<P>⏎
 384　宮、日たけて起きたまひて、<BR>⏎241 
d1385<P>⏎
 386　「后の宮、例の、悩ましくしたまへば、参るべし」<BR>⏎242 
d1387<P>⏎
cd2:1388-389　とて、御装束などしたまひておはす。ゆかしうおぼえて覗けば、うるはしくひきつくろひたまへる、はた、似るものなく気高く愛敬づききよらにて、若君をえ見捨てたまはで遊びおはす。御粥、強飯など参りてぞ、こなたより出でたまふ。<BR>⏎
<P>⏎
243　とて，御装束などしたまひておはす。ゆかしうおぼえて覗けば、うるはしくひきつくろひたまへる、はた，似るものなく気高く愛敬づききよらにて、若君をえ見捨てたまはで遊びおはす。御粥、強飯など参りてぞ、こなたより出でたまふ。<BR>⏎
 390　今朝より参りて、さぶらひの方にやすらひける人びと、今ぞ参りてものなど聞こゆる中に、きよげだちて、なでふことなき人のすさまじき顔したる、直衣着て太刀佩きたるあり。御前にて何とも見えぬを、<BR>⏎244 
d1391<P>⏎
cd6:3392-397　「かれぞ、この常陸守の婿の少将な。初めは御方にと定めけるを、守の娘を得てこそいたはられめ、など言ひて、かしけたる女の童を持たるななり」<BR>⏎
<P>⏎
　「いさ、この御あたりの人はかけても言はず。かの君の方より、よく聞くたよりのあるぞ」<BR>⏎
<P>⏎
　など、おのがどち言ふ。聞くらむとも知らで、人のかく言ふにつけても、胸つぶれて、少将をめやすきほどと思ひける心も口惜しく、「げに、ことなることなかるべかりけり」と思ひて、いとどしくあなづらはしく思ひなりぬ。<BR>⏎
<P>⏎
245-247　「かれぞ，この常陸守の婿の少将な。初めは御方にと定めけるを、守の娘を得てこそいたはられめ、など言ひて、かしけたる女の童を持たるななり」<BR>⏎
　「いさ，この御あたりの人はかけても言はず。かの君の方より、よく聞くたよりのあるぞ」<BR>⏎
　など，おのがどち言ふ。聞くらむとも知らで、人のかく言ふにつけても、胸つぶれて、少将をめやすきほどと思ひける心も口惜しく、「げに，ことなることなかるべかりけり」と思ひて、いとどしくあなづらはしく思ひなりぬ。<BR>⏎
 398　若君のはひ出でて、御簾のつまよりのぞきたまへるを、うち見たまひて、立ち返り寄りおはしたり。<BR>⏎248 
d1399<P>⏎
 400　「御心地よろしく見えたまはば、やがてまかでなむ。なほ苦しくしたまはば、今宵は宿直にぞ。今は、一夜を隔つるもおぼつかなきこそ苦しけれ」<BR>⏎249 
d1401<P>⏎
cd2:1402-403　とて、しばし慰め遊ばして、出でたまひぬるさまの、返す返す見るとも見るとも、飽くまじく、匂ひやかにをかしければ、出でたまひぬる名残、さうざうしくぞ眺めらるる。<BR>⏎
<P>⏎
250　とて，しばし慰め遊ばして、出でたまひぬるさまの、返す返す見るとも見るとも、飽くまじく、匂ひやかにをかしければ、出でたまひぬる名残、さうざうしくぞ眺めらるる。<BR>⏎
text50404　<H4>第三章　浮舟の物語　浮舟の母、中君に娘の浮舟を託す</H4>251 
text50405　<A NAME="in31">[第一段　浮舟の母、中君と談話す]</A><BR>252 
d1406<P>⏎
 407　女君の御前に出で来て、いみじくめでたてまつれば、田舎びたる、と思して笑ひたまふ。<BR>⏎253 
d1408<P>⏎
 409　「故上の亡せたまひしほどは、言ふかひなく幼き御ほどにて、いかにならせたまはむと、見たてまつる人も、故宮も思し嘆きしを、こよなき御宿世のほどなりければ、さる山ふところのなかにも、生ひ出でさせたまひしにこそありけれ。口惜しく、故姫君のおはしまさずなりにたるこそ、飽かぬことなれ」<BR>⏎254 
d1410<P>⏎
cd4:2411-414　など、うち泣きつつ聞こゆ。君もうち泣きたまひて、<BR>⏎
<P>⏎
　「世の中の恨めしく心細き折々も、またかくながらふれば、すこしも思ひ慰めつべき折もあるを、いにしへ頼みきこえける蔭どもに後れたてまつりけるは、なかなかに世の常に思ひなされて、見たてまつり知らずなりにければ、あるを、なほこの御ことは、尽きせずいみじくこそ。大将の、よろづのことに心の移らぬよしを愁へつつ、浅からぬ御心のさまを見るにつけても、いとこそ口惜しけれ」<BR>⏎
<P>⏎
255-256　など，うち泣きつつ聞こゆ。君もうち泣きたまひて、<BR>⏎
　「世の中の恨めしく心細き折々も、またかくながらふれば、すこしも思ひ慰めつべき折もあるを、いにしへ頼みきこえける蔭どもに後れたてまつりけるは、なかなかに世の常に思ひなされて、見たてまつり知らずなりにければ、あるを，なほこの御ことは、尽きせずいみじくこそ。大将の、よろづのことに心の移らぬよしを愁へつつ、浅からぬ御心のさまを見るにつけても、いとこそ口惜しけれ」<BR>⏎
 415　とのたまへば、<BR>⏎257 
d1416<P>⏎
 417　「大将殿は、さばかり世にためしなきまで、帝のかしづき思したなるに、心おごりしたまふらむかし。おはしまさましかば、なほこのこと、せかれしもしたまはざらましや」<BR>⏎258 
d1418<P>⏎
 419　など聞こゆ。<BR>⏎259 
d1420<P>⏎
cd4:2421-424　「いさや、やうのものと、人笑はれなる心地せましも、なかなかにやあらまし。見果てぬにつけて、心にくくもある世にこそ、と思へど、かの君は、いかなるにかあらむ、あやしきまでもの忘れせず、故宮の御後の世をさへ、思ひやり深く後見ありきたまふめる」<BR>⏎
<P>⏎
　など、<A HREF="#k22">心うつくしう</A><A NAME="t22">語</A>りたまふ。<BR>⏎
<P>⏎
260-261　「いさや，やうのものと、人笑はれなる心地せましも、なかなかにやあらまし。見果てぬにつけて、心にくくもある世にこそ、と思へど、かの君は、いかなるにかあらむ、あやしきまでもの忘れせず、故宮の御後の世をさへ、思ひやり深く後見ありきたまふめる」<BR>⏎
　など，<A HREF="#k22">心うつくしう</A><A NAME="t22">語</A>りたまふ。<BR>⏎
 425　「かの過ぎにし御代はりに尋ねて見むと、この数ならぬ人をさへなむ、かの弁の尼君にはのたまひける。さもやと、思うたまへ寄るべきことにははべらねど、<A HREF="#no3">一本ゆゑに</A><A NAME="te3">こ</A>そはと、かたじけなけれど、あはれになむ思うたまへらるる御心深さなる」<BR>⏎262 
d1426<P>⏎
 427　など言ふついでに、この君をもてわづらふこと、泣く泣く語る。<BR>⏎263 
d1428<P>⏎
text50429　<A NAME="in32">[第二段　浮舟の母、娘の不運を訴える]</A><BR>264 
d1430<P>⏎
 431　こまかにはあらねど、人も聞きけりと思ふに、少将の思ひあなづりけるさまなどほのめかして、<BR>⏎265 
d1432<P>⏎
 433　「命はべらむ限りは、何か、朝夕の慰めぐさにて見過ぐしつべし。うち捨てはべりなむのちは、思はずなるさまに散りぼひはべらむが悲しさに、尼になして、深き山にやし据ゑて、さる方に世の中を思ひ絶えてはべらましなどなむ、思うたまへわびては、思ひ寄りはべる」<BR>⏎266 
d1434<P>⏎
 435　など言ふ。<BR>⏎267 
d1436<P>⏎
cd4:2437-440　「げに、心苦しき御ありさまにこそはあなれど、何か、人にあなづらるる御ありさまは、かやうになりぬる人のさがにこそ。さりとても、堪へぬわざなりければ、むげにその方に思ひおきてたまへりし身だに、かく心より外にながらふれば、まいていとあるまじき御ことなり。やついたまはむも、いとほしげなる御さまにこそ」<BR>⏎
<P>⏎
　など、いと大人びてのたまへば、母君、いとうれしと思ひたり。ねびにたるさまなれど、よしなからぬさましてきよげなり。いたく肥え過ぎにたるなむ、<A HREF="#k23">常陸殿とは</A><A NAME="t23">見</A>えける。<BR>⏎
<P>⏎
268-269　「げに，心苦しき御ありさまにこそはあなれど、何か，人にあなづらるる御ありさまは、かやうになりぬる人のさがにこそ。さりとても、堪へぬわざなりければ、むげにその方に思ひおきてたまへりし身だに、かく心より外にながらふれば、まいていとあるまじき御ことなり。やついたまはむも、いとほしげなる御さまにこそ」<BR>⏎
　など，いと大人びてのたまへば、母君、いとうれしと思ひたり。ねびにたるさまなれど、よしなからぬさましてきよげなり。いたく肥え過ぎにたるなむ、<A HREF="#k23">常陸殿とは</A><A NAME="t23">見</A>えける。<BR>⏎
 441　「故宮の、つらう情けなく思し放ちたりしに、いとど人げなく、人にもあなづられたまふと見たまふれど、かう聞こえさせ御覧ぜらるるにつけてなむ、いにしへの憂さも慰みはべる」<BR>⏎270 
d1442<P>⏎
cd6:3443-448　など、年ごろの物語、<A HREF="#no4">浮島のあはれなりしこと</A><A NAME="te4">も</A>聞こえ出づ。<BR>⏎
<P>⏎
　「<A HREF="#no5">わが身一つの</A><A NAME="te5">と</A>のみ、言ひ合はする人もなき筑波山のありさまも、かくあきらめきこえさせて、いつも、いとかくてさぶらはまほしく思ひたまへなりはべりぬれど、かしこにはよからぬあやしの者ども、いかにたち騷ぎ求めはべらむ。さすがに心あわたたしく思ひたまへらるる。かかるほどのありさまに身をやつすは、口惜しきものになむはべりけると、身にも思ひ知らるるを、この君は、ただ任せきこえさせて、知りはべらじ」<BR>⏎
<P>⏎
　など、かこちきこえかくれば、「げに、見苦しからでもあらなむ」と見たまふ。<BR>⏎
<P>⏎
271-273　など，年ごろの物語、<A HREF="#no4">浮島のあはれなりしこと</A><A NAME="te4">も</A>聞こえ出づ。<BR>⏎
　「<A HREF="#no5">わが身一つの</A><A NAME="te5">と</A>のみ、言ひ合はする人もなき筑波山のありさまも、かくあきらめきこえさせて、いつも，いとかくてさぶらはまほしく思ひたまへなりはべりぬれど、かしこにはよからぬあやしの者ども、いかにたち騷ぎ求めはべらむ。さすがに心あわたたしく思ひたまへらるる。かかるほどのありさまに身をやつすは、口惜しきものになむはべりけると、身にも思ひ知らるるを、この君は、ただ任せきこえさせて、知りはべらじ」<BR>⏎
　など，かこちきこえかくれば、「げに，見苦しからでもあらなむ」と見たまふ。<BR>⏎
text50449　<A NAME="in33">[第三段　浮舟の母、薫を見て感嘆す]</A><BR>274 
d1450<P>⏎
 451　容貌も心ざまも、え憎むまじうらうたげなり。もの恥ぢもおどろおどろしからず、さまよう児めいたるものから、かどなからず、近くさぶらふ人びとにも、いとよく隠れてゐたまへり。ものなど言ひたるも、昔の人の御さまに、あやしきまでおぼえたてまつりてぞあるや。かの人形求めたまふ人に見せたてまつらばやと、うち思ひ出でたまふ折しも、<BR>⏎275 
d1452<P>⏎
 453　「大将殿参りたまふ」<BR>⏎276 
d1454<P>⏎
cd4:2455-458　と、人聞こゆれば、例の、御几帳ひきつくろひて、心づかひす。この客人の母君、<BR>⏎
<P>⏎
　「いで、見たてまつらむ。ほのかに見たてまつりける人の、いみじきものに聞こゆめれど、宮の御ありさまには、え並びたまはじ」<BR>⏎
<P>⏎
277-278　と，人聞こゆれば、例の，御几帳ひきつくろひて、心づかひす。この客人の母君、<BR>⏎
　「いで，見たてまつらむ。ほのかに見たてまつりける人の、いみじきものに聞こゆめれど、宮の御ありさまには、え並びたまはじ」<BR>⏎
 459　と言へば、御前にさぶらふ人びと、<BR>⏎279 
d1460<P>⏎
cd2:1461-462　「いさや、えこそ聞こえ定めね」<BR>⏎
<P>⏎
280　「いさや，えこそ聞こえ定めね」<BR>⏎
 463　と聞こえあへり。<BR>⏎281 
d1464<P>⏎
 465　「いかばかりならむ人か、宮をば消ちたてまつらむ」<BR>⏎282 
d1466<P>⏎
cd2:1467-468　など言ふほどに、「今ぞ、車より降りたまふなる」と聞く<A HREF="#k24">ほど</A><A NAME="t24">、</A>かしかましきまで追ひののしりて、とみにも<A HREF="#k25">見えたまはず</A><A NAME="t25">。</A>待たれたまふほどに、歩み入りたまふさまを見れば、げに、あなめでた、をかしげとも見えずながらぞ、なまめかしうあてにきよげなるや。<BR>⏎
<P>⏎
283　など言ふほどに、「今ぞ、車より降りたまふなる」と聞く<A HREF="#k24">ほど</A><A NAME="t24">、</A>かしかましきまで追ひののしりて、とみにも<A HREF="#k25">見えたまはず</A><A NAME="t25">。</A>待たれたまふほどに、歩み入りたまふさまを見れば、げに，あなめでた、をかしげとも見えずながらぞ、なまめかしうあてにきよげなるや。<BR>⏎
 469　すずろに見え苦しう恥づかしくて、額髪などもひきつくろはれて、心恥づかしげに用意多く、際もなきさまぞしたまへる。内裏より参りたまへるなるべし、御前どものけはひあまたして、<BR>⏎284 
d1470<P>⏎
 471　「昨夜、后の宮の悩みたまふよし承りて参りたりしかば、宮たちのさぶらひたまはざりしかば、いとほしく見たてまつりて、宮の御代はりに今までさぶらひはべりつる。今朝もいと懈怠して参らせたまへるを、あいなう、御あやまちに推し量りきこえさせてなむ」<BR>⏎285 
d1472<P>⏎
 473　と聞こえたまへば、<BR>⏎286 
d1474<P>⏎
cd2:1475-476　「げに、おろかならず、思ひやり深き御用意になむ」<BR>⏎
<P>⏎
287　「げに，おろかならず、思ひやり深き御用意になむ」<BR>⏎
 477　とばかりいらへきこえたまふ。宮は内裏にとまりたまひぬるを見おきて、ただならずおはしたるなめり。<BR>⏎288 
d1478<P>⏎
text50479　<A NAME="in34">[第四段　中君、薫に浮舟を勧める]</A><BR>289 
d1480<P>⏎
 481　例の、物語いとなつかしげに聞こえたまふ。事に触れて、ただいにしへの忘れがたく、世の中のもの憂くなりまさるよしを、あらはには言ひなさで、かすめ愁へたまふ。<BR>⏎290 
d1482<P>⏎
cd2:1483-484　「さしも、いかでか、世を経て心に離れずのみはあらむ。なほ、浅からず言ひ初めてしことの筋なれば、名残なからじとにや」など、見なしたまへど、人の御けしきはしるきものなれば、見もてゆくままに、あはれなる御心ざまを、<A HREF="#no6">岩木ならねば</A><A NAME="te6">、</A>思ほし知る。<BR>⏎
<P>⏎
291　「さしも，いかでか、世を経て心に離れずのみはあらむ。なほ，浅からず言ひ初めてしことの筋なれば、名残なからじとにや」など、見なしたまへど、人の御けしきはしるきものなれば、見もてゆくままに、あはれなる御心ざまを、<A HREF="#no6">岩木ならねば</A><A NAME="te6">、</A>思ほし知る。<BR>⏎
 485　怨みきこえたまふことも多かれば、いとわりなくうち嘆きて、<A HREF="#no7">かかる御心をやむる禊</A><A NAME="te7">を</A>せさせたてまつらまほしく思ほすにやあらむ、かの人形のたまひ出でて、<BR>⏎292 
d1486<P>⏎
 487　「いと忍びてこのわたりになむ」<BR>⏎293 
d1488<P>⏎
cd4:2489-492　と、ほのめかしきこえたまふを、かれもなべての心地はせず、ゆかしくなりにたれど、うちつけにふと移らむ心地はたせず。<BR>⏎
<P>⏎
　「いでや、その本尊、願ひ満てたまふべくはこそ尊からめ、時々、心やましくは、なかなか山水も濁りぬべく」<BR>⏎
<P>⏎
294-295　と，ほのめかしきこえたまふを、かれもなべての心地はせず、ゆかしくなりにたれど、うちつけにふと移らむ心地はたせず。<BR>⏎
　「いでや，その本尊、願ひ満てたまふべくはこそ尊からめ、時々、心やましくは、なかなか山水も濁りぬべく」<BR>⏎
 493　とのたまへば、果て果ては、<BR>⏎296 
d1494<P>⏎
 495　「うたての御聖心や」<BR>⏎297 
d1496<P>⏎
cd4:2497-500　と、ほのかに笑ひたまふも、をかしう聞こゆ。<BR>⏎
<P>⏎
　「いで、さらば、伝へ果てさせたまへかし。この御逃れ言葉こそ、思ひ出づればゆゆしく」<BR>⏎
<P>⏎
298-299　と，ほのかに笑ひたまふも、をかしう聞こゆ。<BR>⏎
　「いで，さらば、伝へ果てさせたまへかし。この御逃れ言葉こそ、思ひ出づればゆゆしく」<BR>⏎
 501　とのたまひても、また涙ぐみぬ。<BR>⏎300 
d1502<P>⏎
cd8:3503-510　「見し人の形代ならば身に添へて<BR>⏎
　　恋しき瀬々のなでものにせむ」<BR>⏎
<P>⏎
　と、例の、戯れに言ひなして、紛らはしたまふ。<BR>⏎
<P>⏎
　「みそぎ河瀬々に出ださむなでものを<BR>⏎
　　身に添ふ影と誰れか頼まむ<BR>⏎
<P>⏎
301-303　「見し人の形代ならば身に添へて<BR>　　恋しき瀬々のなでものにせむ」<BR>⏎
　と，例の、戯れに言ひなして、紛らはしたまふ。<BR>⏎
　「みそぎ河瀬々に出ださむなでものを<BR>　　身に添ふ影と誰れか頼まむ<BR>⏎
 511　<A HREF="#no8">引く手あまた</A><A NAME="te8">に</A>、とかや。いとほしくぞはべるや」<BR>⏎304 
d1512<P>⏎
 513　とのたまへば、<BR>⏎305 
d1514<P>⏎
cd2:1515-516　「<A HREF="#no9">つひに寄る瀬は</A><A NAME="te9">、</A>さらなりや。いと<A HREF="#no10">うれたきやうなる水の泡</A><A NAME="te10">に</A>も争ひはべるかな。かき流さるるなでものは、いで、まことぞかし。いかで慰むべきことぞ」<BR>⏎
<P>⏎
306　「<A HREF="#no9">つひに寄る瀬は</A><A NAME="te9">、</A>さらなりや。いと<A HREF="#no10">うれたきやうなる水の泡</A><A NAME="te10">に</A>も争ひはべるかな。かき流さるるなでものは、いで，まことぞかし。いかで慰むべきことぞ」<BR>⏎
 517　など言ひつつ、暗うなるもうるさければ、かりそめにものしたる人も、あやしくと思ふらむもつつましきを、<BR>⏎307 
d1518<P>⏎
cd4:2519-522　「今宵は、なほ、とく帰りたまひね」<BR>⏎
<P>⏎
　と、こしらへやりたまふ。<BR>⏎
<P>⏎
308-309　「今宵は、なほ，とく帰りたまひね」<BR>⏎
　と，こしらへやりたまふ。<BR>⏎
text50523　<A NAME="in35">[第五段　浮舟の母、娘に貴人の婿を願う]</A><BR>310 
d1524<P>⏎
cd4:2525-528　「さらば、その客人に、かかる心の願ひ年経ぬるを、うちつけになど、浅う思ひなすまじう、のたまはせ知らせたまひて、はしたなげなるまじうはこそ。いとうひうひしうならひにてはべる身は、何ごともをこがましきまでなむ」<BR>⏎
<P>⏎
　と、語らひきこえおきて出でたまひぬるに、この母君、<BR>⏎
<P>⏎
311-312　「さらば，その客人に、かかる心の願ひ年経ぬるを、うちつけになど、浅う思ひなすまじう、のたまはせ知らせたまひて、はしたなげなるまじうはこそ。いとうひうひしうならひにてはべる身は、何ごともをこがましきまでなむ」<BR>⏎
　と，語らひきこえおきて出でたまひぬるに、この母君、<BR>⏎
 529　「いとめでたく、思ふやうなるさまかな」<BR>⏎313 
d1530<P>⏎
 531　とめでて、乳母ゆくりかに思ひよりて、たびたび言ひしことを、あるまじきことに言ひしかど、この御ありさまを見るには、「天の川を渡りても、かかる<A HREF="#no11">彦星の光</A><A NAME="te11">を</A>こそ待ちつけさせめ。わが娘は、なのめならむ人に見せむは<A HREF="#k26">惜しげなるさま</A><A NAME="t26">を</A>、夷めきたる人をのみ見ならひて、少将をかしこきものに思ひける」を、悔しきまで思ひなりにけり。<BR>⏎314 
d1532<P>⏎
 533　<A HREF="#no12">寄りゐたまへりつる真木柱</A><A NAME="te12">も</A>茵も、名残匂へる移り香、言へばいとことさらめきたるまでありがたし。時々見たてまつる人だに、たびごとにめできこゆ。<BR>⏎315 
d1534<P>⏎
 535　「経などを読みて、功徳のすぐれたることあめるにも、香の香うばしきをやむごとなきことに、仏のたまひおきけるも、ことわりなりや。薬王品などに、取り分きてのたまへる、牛頭栴檀とかや、おどろおどろしきものの名なれど、まづかの殿の近く振る舞ひたまへば、仏はまことしたまひけり、とこそおぼゆれ。幼くおはしけるより、行ひもいみじくしたまひければよ」<BR>⏎316 
d1536<P>⏎
cd2:1537-538　など言ふもあり。また、<BR>⏎
<P>⏎
317　など言ふもあり。また，<BR>⏎
 539　「前の世こそゆかしき御ありさまなれ」<BR>⏎318 
d1540<P>⏎
cd2:1541-542　など、口々めづることどもを、すずろに笑みて聞きゐたり。<BR>⏎
<P>⏎
319　など，口々めづることどもを、すずろに笑みて聞きゐたり。<BR>⏎
text50543　<A NAME="in36">[第六段　浮舟の母、中君に娘を託す]</A><BR>320 
d1544<P>⏎
 545　君は、忍びてのたまひつることを、ほのめかしのたまふ。<BR>⏎321 
d1546<P>⏎
cd2:1547-548　「思ひ初めつること、執念きまで軽々しからずものしたまふめるを、げに、ただ今のありさまなどを思へば、わづらはしき心地すべけれど、かの世を背きても、など思ひ寄りたまふらむも、同じことに思ひなして、試みたまへかし」<BR>⏎
<P>⏎
322　「思ひ初めつること、執念きまで軽々しからずものしたまふめるを、げに，ただ今のありさまなどを思へば、わづらはしき心地すべけれど、かの世を背きても、など思ひ寄りたまふらむも、同じことに思ひなして、試みたまへかし」<BR>⏎
 549　とのたまへば、<BR>⏎323 
d1550<P>⏎
cd2:1551-552　「つらき目見せず、人にあなづられじの心にてこそ、<A HREF="#no13">鳥の音聞こえざらむ住まひ</A><A NAME="te13">ま</A>で思ひたまへおきつれ。げに、人の御ありさまけはひを見たてまつり思ひたまふるは、下仕へのほどなどにても、かかる人の御あたりに、馴れきこえむは、かひありぬべし。まいて若き人は、心つけたてまつりぬべくはべるめれど、<A HREF="#no14">数ならぬ身</A><A NAME="te14">に</A>、もの思ふ種をやいとど蒔かせて見はべらむ。<BR>⏎
<P>⏎
324　「つらき目見せず、人にあなづられじの心にてこそ、<A HREF="#no13">鳥の音聞こえざらむ住まひ</A><A NAME="te13">ま</A>で思ひたまへおきつれ。げに，人の御ありさまけはひを見たてまつり思ひたまふるは、下仕へのほどなどにても、かかる人の御あたりに、馴れきこえむは、かひありぬべし。まいて若き人は、心つけたてまつりぬべくはべるめれど、<A HREF="#no14">数ならぬ身</A><A NAME="te14">に</A>、もの思ふ種をやいとど蒔かせて見はべらむ。<BR>⏎
 553　高きも短きも、女といふものは、かかる筋にてこそ、この世、後の世まで、苦しき身になりはべるなれ、と思ひたまへはべればなむ、いとほしく思ひたまへはべる。それもただ御心になむ。ともかくも、思し捨てず、ものせさせたまへ」<BR>⏎325 
d1554<P>⏎
 555　と聞こゆれば、いとわづらはしくなりて、<BR>⏎326 
d1556<P>⏎
 557　「いさや。来し方の心深さにうちとけて、行く先のありさまは知りがたきを」<BR>⏎327 
d1558<P>⏎
 559　とうち嘆きて、ことに物ものたまはずなりぬ。<BR>⏎328 
d1560<P>⏎
 561　明けぬれば、車など率て来て、守の消息など、いと腹立たしげに脅かしたれば、<BR>⏎329 
d1562<P>⏎
cd2:1563-564　「かたじけなく、よろづに頼みきこえさせてなむ。なほ、しばし隠させたまひて、<A HREF="#no15">巌の中に</A><A NAME="te15">と</A>も、いかにとも、思ひたまへめぐらしはべるほど、数にはべらずとも、思ほし放たず、何ごとをも教へさせたまへ」<BR>⏎
<P>⏎
330　「かたじけなく、よろづに頼みきこえさせてなむ。なほ，しばし隠させたまひて、<A HREF="#no15">巌の中に</A><A NAME="te15">と</A>も、いかにとも、思ひたまへめぐらしはべるほど、数にはべらずとも、思ほし放たず、何ごとをも教へさせたまへ」<BR>⏎
 565　など聞こえおきて、この御方も、いと心細く、ならはぬ心地に、立ち離れむを思へど、今めかしくをかしく見ゆるあたりに、しばしも見馴れたてまつらむと思へば、さすがにうれしくもおぼえけり。<BR>⏎331 
d1566<P>⏎
text50567　<H4>第四章　浮舟と匂宮の物語　浮舟、匂宮に見つかり言い寄られる</H4>332 
text50568　<A NAME="in41">[第一段　匂宮、二条院に帰邸]</A><BR>333 
d1569<P>⏎
 570　車引き出づるほどの、すこし明うなりぬるに、宮、内裏よりまかでたまふ。若君おぼつかなくおぼえたまひければ、忍びたるさまにて、車なども例ならでおはしますにさしあひて、おしとどめて立てたれば、廊に御車寄せて降りたまふ。<BR>⏎334 
d1571<P>⏎
 572　「なぞの車ぞ。暗きほどに急ぎ出づるは」<BR>⏎335 
d1573<P>⏎
cd2:1574-575　と目とどめさせたまふ。「かやうにてぞ、忍びたる所には出づるかし」と、御心ならひに思し寄るも、むくつけし。<BR>⏎
<P>⏎
336　と目とどめさせたまふ。「かやうにてぞ，忍びたる所には出づるかし」と、御心ならひに思し寄るも、むくつけし。<BR>⏎
 576　「常陸殿のまかでさせたまふ」<BR>⏎337 
d1577<P>⏎
 578　と申す。若やかなる御前ども、<BR>⏎338 
d1579<P>⏎
 580　「殿こそ、あざやかなれ」<BR>⏎339 
d1581<P>⏎
cd2:1582-583　と、笑ひあへるを聞くも、「げに、こよなの身のほどや」と悲しく思ふ。ただ、この御方のことを思ふゆゑにぞ、おのれも人びとしくならまほしくおぼえける。まして、正身をなほなほしくやつして見むことは、いみじくあたらしう思ひなりぬ。宮、入りたまひて、<BR>⏎
<P>⏎
340　と，笑ひあへるを聞くも、「げに，こよなの身のほどや」と悲しく思ふ。ただ，この御方のことを思ふゆゑにぞ、おのれも人びとしくならまほしくおぼえける。まして，正身をなほなほしくやつして見むことは、いみじくあたらしう思ひなりぬ。宮、入りたまひて、<BR>⏎
 584　「常陸殿といふ人や、ここに通はしたまふ。心ある朝ぼらけに、急ぎ出でつる車副などこそ、ことさらめきて見えつれ」<BR>⏎341 
d1585<P>⏎
cd2:1586-587　など、なほ思し疑ひてのたまふ。「聞きにくくかたはらいたし」と思して、<BR>⏎
<P>⏎
342　など，なほ思し疑ひてのたまふ。「聞きにくくかたはらいたし」と思して、<BR>⏎
 588　「大輔などが若くてのころ、友達にてありける人は。ことに今めかしうも見えざめるを、ゆゑゆゑしげにものたまひなすかな。人の聞きとがめつべきことをのみ、常にとりないたまふこそ、<A HREF="#no16">なき名は立てで</A><A NAME="te16">」</A><BR>⏎343 
d1589<P>⏎
cd4:2590-593　と、うち背きたまふも、らうたげにをかし。<BR>⏎
<P>⏎
　<A HREF="#no17">明くるも知らず</A><A NAME="te17">大</A>殿籠もりたるに、人びとあまた参りたまへば、寝殿に渡りたまひぬ。后の宮は、ことことしき御悩みにもあらで、おこたりたまひにければ、心地よげにて、右の大殿の君達など、碁打ち韻塞などしつつ遊びたまふ。<BR>⏎
<P>⏎
344-345　と，うち背きたまふも、らうたげにをかし。<BR>⏎
　<A HREF="#no17">明くるも知らず</A><A NAME="te17">大</A>殿籠もりたるに、人びとあまた参りたまへば、寝殿に渡りたまひぬ。后の宮は、ことことしき御悩みにもあらで，おこたりたまひにければ、心地よげにて、右の大殿の君達など、碁打ち韻塞などしつつ遊びたまふ。<BR>⏎
text50594　<A NAME="in42">[第二段　匂宮、浮舟に言い寄る]</A><BR>346 
d1595<P>⏎
 596　夕つ方、宮こなたに渡らせたまへれば、女君は、御ゆするのほどなりけり。人びともおのおのうち休みなどして、御前には人もなし。小さき童のあるして、<BR>⏎347 
d1597<P>⏎
 598　「折悪しき御ゆするのほどこそ、見苦しかめれ。さうざうしくてや、眺めむ」<BR>⏎348 
d1599<P>⏎
cd6:3600-605　と、聞こえたまへば、<BR>⏎
<P>⏎
　「げに、おはしまさぬ隙々にこそ、例は済ませ。あやしう日ごろももの憂がらせたまひて、今日過ぎば、この月は日もなし。九、十月は、いかでかはとて、仕まつらせつるを」<BR>⏎
<P>⏎
　と、大輔いとほしがる。<BR>⏎
<P>⏎
349-351　と，聞こえたまへば、<BR>⏎
　「げに，おはしまさぬ隙々にこそ、例は済ませ。あやしう日ごろももの憂がらせたまひて、今日過ぎば、この月は日もなし。九、十月は、いかでかはとて、仕まつらせつるを」<BR>⏎
　と，大輔いとほしがる。<BR>⏎
 606　若君も寝たまへりければ、そなたにこれかれあるほどに、宮はたたずみ歩きたまひて、西の方に例ならぬ童の見えつるを、「今参りたるか」など思して、さし覗きたまふ。中のほどなる障子の、細目に開きたるより見たまへば、障子のあなたに、一尺ばかりひきさけて、屏風立てたり。そのつまに、几帳、簾に添へて立てたり。<BR>⏎352 
d1607<P>⏎
 608　帷一重をうちかけて、紫苑色のはなやかなるに、女郎花の織物と見ゆる重なりて、袖口さし出でたり。屏風の一枚たたまれたるより、「心にもあらで見ゆるなめり。今参りの口惜しからぬなめり」と思して、この廂に通ふ障子を、いとみそかに押し開けたまひて、やをら歩み寄りたまふも、人知らず。<BR>⏎353 
d1609<P>⏎
 610　こなたの廊の中の壺前栽の、いとをかしう色々に咲き乱れたるに、遣水のわたり、石高きほど、いとをかしければ、端近く添ひ臥して眺むるなりけり。開きたる障子を、今すこし押し開けて、屏風のつまより覗きたまふに、宮とは思ひもかけず、「例こなたに来馴れたる人にやあらむ」と思ひて、起き上がりたる様体、いとをかしう見ゆるに、例の御心は過ぐしたまはで、衣の裾を捉へたまひて、こなたの障子は引き立てたまひて、屏風のはさまに居たまひぬ。<BR>⏎354 
d1611<P>⏎
 612　あやしと思ひて、扇をさし隠して見返りたるさま、いとをかし。扇を持たせながら捉へたまひて、<BR>⏎355 
d1613<P>⏎
 614　「誰れぞ。名のりこそ、ゆかしけれ」<BR>⏎356 
d1615<P>⏎
 616　とのたまふに、むくつけくなりぬ。さるもののつらに、顔を他ざまにもて隠して、いといたう忍びたまへれば、「このただならずほのめかしたまふらむ大将にや、香うばしきけはひなども」思ひわたさるるに、いと恥づかしくせむ方なし。<BR>⏎357 
d1617<P>⏎
text50618　<A NAME="in43">[第三段　浮舟の乳母、困惑、右近、中君に急報]</A><BR>358 
d1619<P>⏎
 620　乳母、人げの例ならぬを、あやしと思ひて、あなたなる屏風を押し開けて来たり。<BR>⏎359 
d1621<P>⏎
cd2:1622-623　「これは、いかなることにかはべらむ。あやしきわざにもはべる」<BR>⏎
<P>⏎
360　「これは，いかなることにかはべらむ。あやしきわざにもはべる」<BR>⏎
 624　など聞こゆれど、憚りたまふべきことにもあらず。かくうちつけなる御しわざなれど、言の葉多かる本性なれば、何やかやとのたまふに、暮れ果てぬれど、<BR>⏎361 
d1625<P>⏎
 626　「誰れと聞かざらむほどは許さじ」<BR>⏎362 
d1627<P>⏎
cd2:1628-629　とて、なれなれしく臥したまふに、「宮なりけり」と思ひ果つるに、乳母、言はむ方なくあきれてゐたり。<BR>⏎
<P>⏎
363　とて，なれなれしく臥したまふに、「宮なりけり」と思ひ果つるに、乳母、言はむ方なくあきれてゐたり。<BR>⏎
 630　大殿油は灯籠にて、「今渡らせたまひなむ」と人びと言ふなり。御前ならぬ方の御格子どもぞ下ろすなる。こなたは離れたる方にしなして、高き棚厨子一具立て、屏風の袋に入れこめたる、所々に寄せかけ、何かの荒らかなるさまにし放ちたり。かく人のものしたまへばとて、通ふ道の障子一間ばかりぞ開けたるを、右近とて、大輔が娘のさぶらふ来て、格子下ろしてここに寄り来なり。<BR>⏎364 
d1631<P>⏎
cd6:3632-637　「あな、暗や。まだ大殿油も参らざりけり。御格子を、苦しきに、急ぎ参りて、闇に惑ふよ」<BR>⏎
<P>⏎
　とて、引き上ぐるに、宮も、「なま苦し」と聞きたまふ。乳母はた、いと苦しと思ひて、ものづつみせずはやりかにおぞき人にて、<BR>⏎
<P>⏎
　「もの聞こえはべらむ。ここに、いとあやしきことのはべるに、<A HREF="#k27">見たまへ極じて</A><A NAME="t27">な</A>む、え動きはべらでなむ」<BR>⏎
<P>⏎
365-367　「あな，暗や。まだ大殿油も参らざりけり。御格子を、苦しきに、急ぎ参りて、闇に惑ふよ」<BR>⏎
　とて，引き上ぐるに、宮も、「なま苦し」と聞きたまふ。乳母はた、いと苦しと思ひて、ものづつみせずはやりかにおぞき人にて、<BR>⏎
　「もの聞こえはべらむ。ここに，いとあやしきことのはべるに、<A HREF="#k27">見たまへ極じて</A><A NAME="t27">な</A>む、え動きはべらでなむ」<BR>⏎
 638　「何ごとぞ」<BR>⏎368 
d1639<P>⏎
cd4:2640-643　とて、探り寄るに、袿姿なる男の、いと香うばしくて添ひ臥したまへるを、「例のけしからぬ御さま」と思ひ寄りにけり。「女の心合はせたまふまじきこと」と推し量らるれば、<BR>⏎
<P>⏎
　「<A HREF="#k28">げに</A><A NAME="t28">、</A>いと見苦しきことにもはべるかな。右近は、いかにか聞こえさせむ。今参りて、御前にこそは忍びて聞こえさせめ」<BR>⏎
<P>⏎
369-370　とて，探り寄るに、袿姿なる男の、いと香うばしくて添ひ臥したまへるを、「例のけしからぬ御さま」と思ひ寄りにけり。「女の心合はせたまふまじきこと」と推し量らるれば、<BR>⏎
　「<A HREF="#k28">げに</A><A NAME="t28">，</A>いと見苦しきことにもはべるかな。右近は、いかにか聞こえさせむ。今参りて、御前にこそは忍びて聞こえさせめ」<BR>⏎
 644　とて立つを、あさましくかたはに、誰も誰も思へど、宮は懼ぢたまはず。<BR>⏎371 
d1645<P>⏎
cd2:1646-647　「あさましきまであてにをかしき人かな。なほ、何人ならむ。右近が言ひつるけしきも、いとおしなべての今参りにはあらざめり」<BR>⏎
<P>⏎
372　「あさましきまであてにをかしき人かな。なほ，何人ならむ。右近が言ひつるけしきも、いとおしなべての今参りにはあらざめり」<BR>⏎
 648　心得がたく思されて、と言ひかく言ひ、怨みたまふ。心づきなげにけしきばみてももてなさねど、ただいみじう死ぬばかり思へるがいとほしければ、情けありてこしらへたまふ。<BR>⏎373 
d1649<P>⏎
 650　右近、上に、<BR>⏎374 
d1651<P>⏎
 652　「しかしかこそおはしませ。いとほしく、いかに思ふらむ」<BR>⏎375 
d1653<P>⏎
 654　と聞こゆれば、<BR>⏎376 
d1655<P>⏎
 656　「例の、心憂き御さまかな。かの母も、いかにあはあはしく、けしからぬさまに思ひたまはむとすらむ。うしろやすくと、返す返す言ひおきつるものを」<BR>⏎377 
d1657<P>⏎
cd2:1658-659　と、いとほしく思せど、「いかが聞こえむ。さぶらふ人びとも、すこし若やかによろしきは、見捨てたまふなく、あやしき人の御癖なれば、いかがは思ひ寄りたまひけむ」とあさましきに、ものも言はれたまはず。<BR>⏎
<P>⏎
378　と，いとほしく思せど、「いかが聞こえむ。さぶらふ人びとも、すこし若やかによろしきは、見捨てたまふなく、あやしき人の御癖なれば、いかがは思ひ寄りたまひけむ」とあさましきに、ものも言はれたまはず。<BR>⏎
text50660　<A NAME="in44">[第四段　宮中から使者が来て、浮舟、危機を脱出]</A><BR>379 
d1661<P>⏎
cd4:2662-665　「上達部あまた参りたまふ日にて、遊び戯れては、例も、かかる時は遅くも渡りたまへば、皆うちとけてやすみたまふぞかし。さても、いかにすべきことぞ。かの乳母こそ、おぞましかりけれ。つと添ひゐて護りたてまつり、引きもかなぐりたてまつりつべくこそ思ひたりつれ」<BR>⏎
<P>⏎
　と、少将と二人していとほしがるほどに、内裏より人参りて、大宮この夕暮より御胸悩ませたまふを、ただ今いみじく重く<A HREF="#k29">悩ませたまふ</A><A NAME="t29">よ</A>し申さす。右近、<BR>⏎
<P>⏎
380-381　「上達部あまた参りたまふ日にて、遊び戯れては、例も，かかる時は遅くも渡りたまへば、皆うちとけてやすみたまふぞかし。さても，いかにすべきことぞ。かの乳母こそ、おぞましかりけれ。つと添ひゐて護りたてまつり、引きもかなぐりたてまつりつべくこそ思ひたりつれ」<BR>⏎
　と，少将と二人していとほしがるほどに、内裏より人参りて、大宮この夕暮より御胸悩ませたまふを、ただ今いみじく重く<A HREF="#k29">悩ませたまふ</A><A NAME="t29">よ</A>し申さす。右近、<BR>⏎
 666　「心なき折の御悩みかな。聞こえさせむ」<BR>⏎382 
d1667<P>⏎
 668　とて立つ。少将、<BR>⏎383 
d1669<P>⏎
cd2:1670-671　「いでや、今は、かひなくもあべいことを、をこがましく、あまりな脅かしきこえたまひそ」<BR>⏎
<P>⏎
384　「いでや，今は、かひなくもあべいことを、をこがましく、あまりな脅かしきこえたまひそ」<BR>⏎
 672　と言へば、<BR>⏎385 
d1673<P>⏎
cd4:2674-677　「いな、まだしかるべし」<BR>⏎
<P>⏎
　と、忍びてささめき交はすを、上は、「いと聞きにくき人の御本性にこそあめれ。すこし心あらむ人は、わがあたりをさへ疎みぬべかめり」と思す。<BR>⏎
<P>⏎
386-387　「いな，まだしかるべし」<BR>⏎
　と，忍びてささめき交はすを、上は、「いと聞きにくき人の御本性にこそあめれ。すこし心あらむ人は、わがあたりをさへ疎みぬべかめり」と思す。<BR>⏎
 678　参りて、御使の申すよりも、今すこしあわたたしげに申しなせば、動きたまふべき<A HREF="#k30">さまにも</A><A NAME="t30">あ</A>らぬ御けしきに、<BR>⏎388 
d1679<P>⏎
 680　「誰れか参りたる。例の、おどろおどろしく脅かす」<BR>⏎389 
d1681<P>⏎
 682　とのたまはすれば、<BR>⏎390 
d1683<P>⏎
 684　「宮の侍に、平重経となむ名のり<A HREF="#k31">はべりつる</A><A NAME="t31">」</A><BR>⏎391 
d1685<P>⏎
 686　と聞こゆ。出でたまはむことのいとわりなく口惜しきに、人目も思されぬに、右近立ち出でて、この御使を西面にてと言へば、申し次ぎつる人も寄り来て、<BR>⏎392 
d1687<P>⏎
 688　「中務宮、参らせたまひぬ。大夫は、ただ今なむ、参りつる道に、御車引き出づる、見はべりつ」<BR>⏎393 
d1689<P>⏎
cd2:1690-691　と申せば、「げに、にはかに時々悩みたまふ折々もあるを」と思すに、人の思すらむこともはしたなくなりて、いみじう怨み契りおきて<A HREF="#k32">出でたまひ</A><A NAME="t32">ぬ</A>。<BR>⏎
<P>⏎
394　と申せば、「げに，にはかに時々悩みたまふ折々もあるを」と思すに、人の思すらむこともはしたなくなりて、いみじう怨み契りおきて<A HREF="#k32">出でたまひ</A><A NAME="t32">ぬ</A>。<BR>⏎
text50692　<A NAME="in45">[第五段　乳母、浮舟を慰める]</A><BR>395 
d1693<P>⏎
 694　恐ろしき夢の覚めたる心地して、汗におし浸して臥したまへり。乳母、うち扇ぎなどして、<BR>⏎396 
d1695<P>⏎
cd2:1696-697　「かかる御住まひは、よろづにつけて、つつましう便なかりけり。かく<A HREF="#k33">おはしまし</A><A NAME="t33">そ</A>めて、さらに、よきことはべらじ。あな、恐ろしや。限りなき人と聞こゆとも、やすからぬ御ありさまは、いとあぢきなかるべし。<BR>⏎
<P>⏎
397　「かかる御住まひは、よろづにつけて、つつましう便なかりけり。かく<A HREF="#k33">おはしまし</A><A NAME="t33">そ</A>めて、さらに，よきことはべらじ。あな，恐ろしや。限りなき人と聞こゆとも、やすからぬ御ありさまは、いとあぢきなかるべし。<BR>⏎
 698　よそのさし離れたらむ人にこそ、善しとも悪しともおぼえられたまはめ、人聞きもかたはらいたきこと、と思ひたまへて、降魔の相を出だして、つと見たてまつりつれば、いとむくつけく、下衆下衆しき女と思して、手をいといたくつませたまひつるこそ、直人の懸想だちて、いとをかしくもおぼえはべりつれ。<BR>⏎398 
d1699<P>⏎
cd6:3700-705　かの殿には、今日もいみじくいさかひたまひけり。「ただ一所の御上を見扱ひたまふとて、<A HREF="#k34">わが</A><A NAME="t34">子</A>どもをば思し捨てたり、客人のおはするほどの御旅居見苦し」と、荒々しきまでぞ聞こえたまひける。下人さへ聞きいとほしがりけり。<BR>⏎
<P>⏎
　「すべてこの少将の君ぞ、いと愛敬なくおぼえたまふ。この御ことはべらざらましかば、うちうちやすからずむつかしきことは、折々はべりとも、なだらかに、年ごろのままにておはしますべきものを」<BR>⏎
<P>⏎
　など、うち嘆きつつ言ふ。<BR>⏎
<P>⏎
399-401　かの殿には、今日もいみじくいさかひたまひけり。『ただ一所の御上を見扱ひたまふとて、<A HREF="#k34">わが</A><A NAME="t34">子</A>どもをば思し捨てたり、客人のおはするほどの御旅居見苦し』と、荒々しきまでぞ聞こえたまひける。下人さへ聞きいとほしがりけり。<BR>⏎
　すべてこの少将の君ぞ、いと愛敬なくおぼえたまふ。この御ことはべらざらましかば、うちうちやすからずむつかしきことは、折々はべりとも、なだらかに、年ごろのままにておはしますべきものを」<BR>⏎
　など，うち嘆きつつ言ふ。<BR>⏎
 706　君は、ただ今はともかくも思ひめぐらされず、ただいみじくはしたなく、見知らぬ目を見つるに添へても、「いかに思すらむ」と思ふに、わびしければ、うつぶし臥して泣きたまふ。いと苦しと見扱ひて、<BR>⏎402 
d1707<P>⏎
cd2:1708-709　「何か、かく思す。母おはせぬ人こそ、たづきなう悲しかるべけれ。よそのおぼえは、父なき人はいと口惜しけれど、さがなき継母に憎まれむよりは、これはいとやすし。ともかくもしたてまつりたまひてむ。な思し屈ぜそ。<BR>⏎
<P>⏎
403　「何か，かく思す。母おはせぬ人こそ、たづきなう悲しかるべけれ。よそのおぼえは、父なき人はいと口惜しけれど、さがなき継母に憎まれむよりは、これはいとやすし。ともかくもしたてまつりたまひてむ。な思し屈ぜそ。<BR>⏎
 710　さりとも、初瀬の観音おはしませば、あはれと思ひきこえたまふらむ。ならはぬ御身に、たびたびしきりて詣でたまふことは、人のかくあなづりざまにのみ思ひきこえたるを、かくもありけり、と思ふばかりの御幸ひおはしませ、とこそ念じはべれ。あが君は、人笑はれにては、やみたまひなむや」<BR>⏎404 
d1711<P>⏎
cd2:1712-713　と、世をやすげに言ひゐたり。<BR>⏎
<P>⏎
405　と，世をやすげに言ひゐたり。<BR>⏎
text50714　<A NAME="in46">[第六段　匂宮、宮中へ出向く]</A><BR>406 
d1715<P>⏎
 716　宮は、急ぎて出でたまふなり。内裏近き方にやあらむ、こなたの御門より出でたまへば、もののたまふ御声も聞こゆ。いとあてに限りもなく聞こえて、心ばへある古言などうち誦じたまひて過ぎたまふほど、すずろにわづらはしくおぼゆ。移し馬ども牽き出だして、宿直にさぶらふ人、十人ばかりして参りたまふ。<BR>⏎407 
d1717<P>⏎
 718　上、いとほしく、うたて思ふらむとて、知らず顔にて、<BR>⏎408 
d1719<P>⏎
 720　「大宮悩みたまふとて参りたまひぬれば、今宵は出でたまはじ。泔の名残にや、心地も悩ましくて起きゐはべるを、渡りたまへ。つれづれにも思さるらむ」<BR>⏎409 
d1721<P>⏎
 722　と聞こえたまへり。<BR>⏎410 
d1723<P>⏎
 724　「乱り心地のいと苦しうはべるを、ためらひて」<BR>⏎411 
d1725<P>⏎
cd2:1726-727　と、乳母して聞こえたまふ。<BR>⏎
<P>⏎
412　と，乳母して聞こえたまふ。<BR>⏎
 728　「いかなる御心地ぞ」<BR>⏎413 
d1729<P>⏎
cd2:1730-731　と、返り訪らひきこえたまへば、<BR>⏎
<P>⏎
414　と，返り訪らひきこえたまへば、<BR>⏎
 732　「何心地ともおぼえはべらず、ただいと苦しくはべり」<BR>⏎415 
d1733<P>⏎
 734　と聞こえたまへば、少将、右近目まじろきをして、<BR>⏎416 
d1735<P>⏎
 736　「<A HREF="#k35">かたはらぞいたく</A><A NAME="t35">お</A>はすらむ」<BR>⏎417 
d1737<P>⏎
 738　と言ふも、ただなるよりはいとほし。<BR>⏎418 
d1739<P>⏎
 740　「いと口惜しう心苦しきわざかな。大将の心とどめたるさまにのたまふめりしを、いかにあはあはしく思ひ落とさむ。かく乱りがはしくおはする人は、<A HREF="#k36">聞きにくく</A><A NAME="t36">、</A>実ならぬことをもくねり言ひ、またまことにすこし思はずならむことをも、さすがに見許しつべうこそおはすめれ。<BR>⏎419 
d1741<P>⏎
 742　この君は、言はで憂しと思はむこと、いと恥づかしげに心深きを、あいなく思ふこと<A HREF="#k37">添ひぬる</A><A NAME="t37">人</A>の上なめり。年ごろ見ず知らざりつる人の上なれど、心ばへ容貌を見れば、え思ひ離るまじう、らうたく心苦しきに、世の中はありがたくむつかしげなるものかな。<BR>⏎420 
d1743<P>⏎
cd2:1744-745　わが身のありさまは、飽かぬこと多かる心地すれど、かくものはかなき目も見つべかりける身の、さは、はふれずなりにけるにこそ、げに、めやすきなりけれ。今はただ、この憎き心添ひたまへる人の、なだらかにて思ひ離れなば、さらに何ごとも思ひ入れずなりなむ」<BR>⏎
<P>⏎
421　わが身のありさまは、飽かぬこと多かる心地すれど、かくものはかなき目も見つべかりける身の、さは，はふれずなりにけるにこそ、げに，めやすきなりけれ。今はただ、この憎き心添ひたまへる人の、なだらかにて思ひ離れなば、さらに何ごとも思ひ入れずなりなむ」<BR>⏎
 746　と思ほす。いと多かる御髪なれば、とみにもえ乾しやらず、起きゐたまへるも苦し。白き御衣一襲ばかりにておはする、細やかにてをかしげなり。<BR>⏎422 
d1747<P>⏎
text50748　<A NAME="in47">[第七段　中君、浮舟を慰める]</A><BR>423 
d1749<P>⏎
 750　この君は、まことに心地も悪しくなりにたれど、乳母、<BR>⏎424 
d1751<P>⏎
 752　「いとかたはらいたし。事しもあり顔に思すらむを。ただおほどかにて見えたてまつりたまへ。右近の君などには、事のありさま、初めより語りはべらむ」<BR>⏎425 
d1753<P>⏎
cd2:1754-755　と、せめてそそのかしたてて、こなたの障子のもとにて、<BR>⏎
<P>⏎
426　と，せめてそそのかしたてて、こなたの障子のもとにて、<BR>⏎
 756　「右近の君にもの聞こえさせむ」<BR>⏎427 
d1757<P>⏎
 758　と言へば、立ちて出でたれば、<BR>⏎428 
d1759<P>⏎
 760　「いとあやしくはべりつることの名残に、身も熱うなりたまひて、まめやかに苦しげに見えさせたまふを、いとほしく見はべる。御前にて慰めきこえさせたまへ、とてなむ。過ちもおはせぬ身を、いとつつましげに思ほしわびためるも、いささかにても世を知りたまへる人こそあれ、いかでかはと、ことわりに、いとほしく見たてまつる」<BR>⏎429 
d1761<P>⏎
cd2:1762-763　とて、引き起こして参らせたてまつる。<BR>⏎
<P>⏎
430　とて，引き起こして参らせたてまつる。<BR>⏎
 764　我にもあらず、人の思ふらむことも恥づかしけれど、いとやはらかにおほどき過ぎたまへる君にて、押し出でられて居たまへり。額髪などの、いたう濡れたる、もて隠して、灯の方に背きたまへるさま、上をたぐひなく見たてまつるに、け劣るとも見えず、あてにをかし。<BR>⏎431 
d1765<P>⏎
 766　「これに思しつきなば、めざましげなることはありなむかし。いとかからぬをだに、めづらしき人、をかしうしたまふ御心を」<BR>⏎432 
d1767<P>⏎
cd2:1768-769　と、二人ばかりぞ、御前にてえ恥ぢたまはねば、見ゐたりける。物語いとなつかしくしたまひて、<BR>⏎
<P>⏎
433　と，二人ばかりぞ、御前にてえ恥ぢたまはねば、見ゐたりける。物語いとなつかしくしたまひて、<BR>⏎
 770　「例ならずつつましき所など、な思ひなしたまひそ。故姫君のおはせずなりにしのち、忘るる世なくいみじく、身も恨めしく、たぐひなき心地して過ぐすに、いとよく思ひよそへられたまふ御さまを見れば、慰む心地してあはれになむ。思ふ人もなき身に、昔の御心ざしのやうに思ほさば、いとうれしくなむ」<BR>⏎434 
d1771<P>⏎
 772　など語らひたまへど、いとものつつましくて、また鄙びたる心に、いらへきこえむこともなくて、<BR>⏎435 
d1773<P>⏎
 774　「年ごろ、いと遥かにのみ思ひきこえさせしに、かう見たてまつりはべるは、何ごとも慰む心地し<A HREF="#k38">はべり</A><A NAME="t38">て</A>なむ」<BR>⏎436 
d1775<P>⏎
cd2:1776-777　とばかり、いと若びたる声にて言ふ。<BR>⏎
<P>⏎
437　とばかり，いと若びたる声にて言ふ。<BR>⏎
text50778　<A NAME="in48">[第八段　浮舟と中君、物語絵を見ながら語らう]</A><BR>438 
d1779<P>⏎
 780　絵など取り出でさせて、右近に詞読ませて見たまふに、向ひてもの恥ぢもえしあへたまはず、心に入れて見たまへる灯影、さらにここと見ゆる所なく、こまかにをかしげなり。額つき、まみの薫りたる心地して、いとおほどかなるあてさは、ただそれとのみ思ひ出でらるれば、絵はことに目もとどめたまはで、<BR>⏎439 
d1781<P>⏎
cd2:1782-783　「いとあはれなる人の容貌かな。いかでかうしもありけるにかあらむ。故宮にいとよく似たてまつりたるなめりかし。故姫君は、宮の御方ざまに、我は母上に似たてまつりたるとこそは、古人ども言ふなりしか。げに、似たる人はいみじきものなりけり」<BR>⏎
<P>⏎
440　「いとあはれなる人の容貌かな。いかでかうしもありけるにかあらむ。故宮にいとよく似たてまつりたるなめりかし。故姫君は、宮の御方ざまに、我は母上に似たてまつりたるとこそは、古人ども言ふなりしか。げに，似たる人はいみじきものなりけり」<BR>⏎
 784　と思し比ぶるに、涙ぐみて見たまふ。<BR>⏎441 
d1785<P>⏎
cd6:3786-791　「かれは、限りなくあてに気高きものから、なつかしうなよよかに、かたはなるまで、なよなよとたわみたるさまのしたまへりしにこそ。<BR>⏎
<P>⏎
　これは、またもてなしのうひうひしげに、よろづのことをつつましうのみ思ひたるけにや、見所多かるなまめかしさぞ劣りたる。ゆゑゆゑしきけはひだにもてつけたらば、大将の見たまはむにも、さらにかたはなるまじ」<BR>⏎
<P>⏎
　など、このかみ心に思ひ扱はれたまふ。<BR>⏎
<P>⏎
442-444　「かれは，限りなくあてに気高きものから、なつかしうなよよかに、かたはなるまで、なよなよとたわみたるさまのしたまへりしにこそ。<BR>⏎
　これは，またもてなしのうひうひしげに、よろづのことをつつましうのみ思ひたるけにや、見所多かるなまめかしさぞ劣りたる。ゆゑゆゑしきけはひだにもてつけたらば、大将の見たまはむにも、さらにかたはなるまじ」<BR>⏎
　など，このかみ心に思ひ扱はれたまふ。<BR>⏎
 792　物語などしたまひて、暁方になりてぞ寝たまふ。かたはらに臥せたまひて、故宮の御ことども、年ごろおはせし御ありさまなど、まほならねど語りたまふ。いとゆかしう、見たてまつらずなりにけるを、「いと口惜しう悲し」と思ひたり。昨夜の心知りの人びとは、<BR>⏎445 
d1793<P>⏎
 794　「いかなりつらむな。いとらうたげなる御さまを。いみじう思すとも、甲斐あるべきことかは。いとほし」<BR>⏎446 
d1795<P>⏎
 796　と言へば、右近ぞ、<BR>⏎447 
d1797<P>⏎
cd4:2798-801　「さも、あらじ。かの御乳母の、ひき据ゑてすずろに語り愁へしけしき、もて離れてぞ言ひし。宮も、<A HREF="#no18">逢ひても逢はぬ</A><A NAME="te18">や</A>うなる心ばへにこそ、うちうそぶき口ずさびたまひしか」<BR>⏎
<P>⏎
　「いさや。ことさらにもやあらむ。そは、知らずかし」<BR>⏎
<P>⏎
448-449　「さも，あらじ。かの御乳母の、ひき据ゑてすずろに語り愁へしけしき、もて離れてぞ言ひし。宮も、<A HREF="#no18">逢ひても逢はぬ</A><A NAME="te18">や</A>うなる心ばへにこそ、うちうそぶき口ずさびたまひしか」<BR>⏎
　「いさや。ことさらにもやあらむ。そは，知らずかし」<BR>⏎
 802　「昨夜の火影のいと<A HREF="#k39">おほどかなりしも</A><A NAME="t39">、</A>事あり顔には見えたまはざりしを」<BR>⏎450 
d1803<P>⏎
cd2:1804-805　など、うちささめきていとほしがる。<BR>⏎
<P>⏎
451　など，うちささめきていとほしがる。<BR>⏎
text50806　<H4>第五章　浮舟の物語　浮舟、三条の隠れ家に身を寄せる</H4>452 
text50807　<A NAME="in51">[第一段　乳母の急報に浮舟の母、動転す]</A><BR>453 
d1808<P>⏎
 809　乳母、車請ひて、常陸殿へ往ぬ。北の方にかうかうと言へば、胸つぶれ騷ぎて、「人もけしからぬさまに言ひ思ふらむ。正身もいかが思すべき。かかる筋のもの憎みは、貴人もなきものなり」と、おのが心ならひに、あわたたしく思ひなりて、夕つ方参りぬ。<BR>⏎454 
d1810<P>⏎
 811　宮おはしまさねば心やすくて、<BR>⏎455 
d1812<P>⏎
 813　「あやしく心幼げなる人を参らせおきて、うしろやすくは頼みきこえさせながら、鼬のはべらむやうなる心地のしはべれば、よからぬものどもに、憎み恨みられはべる」<BR>⏎456 
d1814<P>⏎
 815　と聞こゆ。<BR>⏎457 
d1816<P>⏎
 817　「いとさ言ふばかりの幼さにはあらざめるを。うしろめたげにけしきばみたる御まかげこそ、わづらはしけれ」<BR>⏎458 
d1818<P>⏎
 819　とて笑ひたまへるが、心恥づかしげなる御まみを見るも、心の鬼に恥づかしくぞおぼゆる。「いかに思すらむ」と思へば、えもうち出で聞こえず。<BR>⏎459 
d1820<P>⏎
 821　「かくてさぶらひたまはば、年ごろの願ひの満つ心地して、人の漏り聞きはべらむもめやすく、おもだたしきことになむ思ひたまふるを、さすがにつつましきことになむはべりける。深き山の本意は、みさをになむはべるべきを」<BR>⏎460 
d1822<P>⏎
cd2:1823-824　とて、うち泣くもいといとほしくて、<BR>⏎
<P>⏎
461　とて，うち泣くもいといとほしくて、<BR>⏎
 825　「ここには、何事かうしろめたくおぼえたまふべき。とてもかくても、疎々しく思ひ放ちきこえばこそあらめ、けしからずだちてよからぬ人の、時々ものしたまふめれど、その心を皆人見知りためれば、心づかひして、便なうはもてなしきこえじと思ふを、いかに推し量りたまふにか」<BR>⏎462 
d1826<P>⏎
 827　とのたまふ。<BR>⏎463 
d1828<P>⏎
cd4:2829-832　「さらに、御心をば隔てありても思ひきこえさせはべらず。かたはらいたう許しなかりし筋は、何にかかけても聞こえさせはべらむ。その方ならで、思ほし放つまじき綱もはべるをなむ、とらへ所に頼みきこえさする」<BR>⏎
<P>⏎
　など、おろかならず聞こえて、<BR>⏎
<P>⏎
464-465　「さらに，御心をば隔てありても思ひきこえさせはべらず。かたはらいたう許しなかりし筋は、何にかかけても聞こえさせはべらむ。その方ならで、思ほし放つまじき綱もはべるをなむ、とらへ所に頼みきこえさする」<BR>⏎
　など，おろかならず聞こえて、<BR>⏎
 833　「明日明後日、かたき物忌にはべるを、おほぞうならぬ所にて過ぐして、またも参らせはべらむ」<BR>⏎466 
d1834<P>⏎
 835　と聞こえて、いざなふ。「いとほしく本意なきわざかな」と思せど、えとどめたまはず。あさましうかたはなることに驚き騷ぎたれば、をさをさものも聞こえで出でぬ。<BR>⏎467 
d1836<P>⏎
text50837　<A NAME="in52">[第二段　浮舟の母、娘を三条の隠れ家に移す]</A><BR>468 
d1838<P>⏎
 839　かやうの方違へ所と思ひて、小さき家まうけたりけり。三条わたりに、さればみたるが、まだ造りさしたる所なれば、はかばかしきしつらひもせでなむありける。<BR>⏎469 
d1840<P>⏎
cd2:1841-842　「あはれ、この御身一つを、よろづにもて悩みきこゆるかな。心にかなはぬ世には、あり経まじきものにこそありけれ。みづからばかりは、ただひたぶるに品々しからず人げなう、たださる方にはひ籠もりて過ぐしつべし。このゆかりは、心憂しと思ひきこえしあたりを、睦びきこゆるに、便なきことも出で来なば、いと人笑へなるべし。あぢきなし。ことやうなりとも、ここを人にも知らせず、忍びておはせよ。おのづからともかくも仕うまつりてむ」<BR>⏎
<P>⏎
470　「あはれ，この御身一つを、よろづにもて悩みきこゆるかな。心にかなはぬ世には、あり経まじきものにこそありけれ。みづからばかりは、ただひたぶるに品々しからず人げなう、たださる方にはひ籠もりて過ぐしつべし。このゆかりは、心憂しと思ひきこえしあたりを、睦びきこゆるに、便なきことも出で来なば、いと人笑へなるべし。あぢきなし。ことやうなりとも、ここを人にも知らせず、忍びておはせよ。おのづからともかくも仕うまつりてむ」<BR>⏎
 843　と言ひおきて、みづからは帰りなむとす。君は、うち泣きて、「世にあらむこと所狭げなる身」と、思ひ屈したまへるさま、いとあはれなり。親はた、ましてあたらしく惜しければ、つつがなくて思ふごと見なさむと思ひ、さるかたはらいたきことにつけて、人にもあはあはしく思はれむが、やすからぬなりけり。<BR>⏎471 
d1844<P>⏎
 845　心地なくなどはあらぬ人の、なま腹立ちやすく、思ひのままにぞすこしありける。かの家にも隠ろへては据ゑたりぬべけれど、しか隠ろへたらむをいとほしと思ひて、かく扱ふに、年ごろかたはら去らず、明け暮れ見ならひて、かたみに心細くわりなしと思へり。<BR>⏎472 
d1846<P>⏎
cd4:2847-850　「ここは、またかくあばれて、危ふげなる所なめり。さる心したまへ。曹司曹司にある物ども、召し出でて使ひたまへ。宿直人のことなど言ひおきてはべるも、いとうしろめたけれど、かしこに腹立ち恨みらるるが、いと苦しければ」<BR>⏎
<P>⏎
　と、うち泣きて帰る。<BR>⏎
<P>⏎
473-474　「ここは，またかくあばれて、危ふげなる所なめり。さる心したまへ。曹司曹司にある物ども、召し出でて使ひたまへ。宿直人のことなど言ひおきてはべるも、いとうしろめたけれど、かしこに腹立ち恨みらるるが、いと苦しければ」<BR>⏎
　と，うち泣きて帰る。<BR>⏎
text50851　<A NAME="in53">[第三段　母、左近少将と和歌を贈答す]</A><BR>475 
d1852<P>⏎
 853　少将の扱ひを、守は、またなきものに思ひ急ぎて、「もろ心に、さま悪しく、営まず」と怨ずるなりけり。「いと心憂く、この人により、かかる紛れどももあるぞかし」と、またなく思ふ方のことのかかれば、つらく心憂くて、をさをさ見入れず。<BR>⏎476 
d1854<P>⏎
 855　かの宮の御前にて、いと人げなく見えしに、多く思ひ落としてければ、「私ものに思ひかしづかましを」など、<A HREF="#k40">思ひしこと</A><A NAME="t40">は</A>やみにたり。「ここにては、いかが見ゆらむ。まだうちとけたるさま見ぬに」と思ひて、のどかにゐたまへる昼つ方、こなたに渡りて、ものより覗く。<BR>⏎477 
d1856<P>⏎
 857　白き綾のなつかしげなるに、今様色の擣目などもきよらなるを着て、端の方に前栽見るとて居たるは、「いづこかは劣る。いときよげなめるは」と見ゆ。娘、まだ片なりに、何心もなきさまにて添ひ臥したり。宮の上の並びておはせし御さまどもの思ひ出づれば、「口惜しのさまどもや」と見ゆ。<BR>⏎478 
d1858<P>⏎
 859　前なる御達にものなど言ひ戯れて、うちとけたるは、いと見しやうに、匂ひなく人悪ろげにて見えぬを、「かの宮なりしは、異少将なりけり」と思ふ折しも、言ふことよ。<BR>⏎479 
d1860<P>⏎
cd4:2861-864　「兵部卿宮の萩の、なほことにおもしろくもあるかな。いかで、さる種ありけむ。同じ枝さしなどのいと艶なるこそ。一日参りて、出でたまふほどなりしかば、え折らずなりにき。『<A HREF="#no19">ことだに惜しき</A><A NAME="te19">』</A>と、宮のうち誦じたまへりしを、若き人たちに見せたらましかば」<BR>⏎
<P>⏎
　とて、我も歌詠みゐたり。<BR>⏎
<P>⏎
480-481　「兵部卿宮の萩の、なほことにおもしろくもあるかな。いかで，さる種ありけむ。同じ枝さしなどのいと艶なるこそ。一日参りて、出でたまふほどなりしかば、え折らずなりにき。『<A HREF="#no19">ことだに惜しき</A><A NAME="te19">』</A>と、宮のうち誦じたまへりしを、若き人たちに見せたらましかば」<BR>⏎
　とて，我も歌詠みゐたり。<BR>⏎
 865　「いでや。心ばせのほどを思へば、人ともおぼえず、出で消えはいとこよなかりけるに。何ごと言ひたるぞ」<BR>⏎482 
d1866<P>⏎
 867　とつぶやかるれど、いと心地なげなるさまは、さすがにしたらねば、いかが言ふとて、試みに、<BR>⏎483 
d1868<P>⏎
cd3:1869-871　「しめ結ひし小萩が上も迷はぬに<BR>⏎
　　いかなる露に映る下葉ぞ」<BR>⏎
<P>⏎
484　「しめ結ひし小萩が上も迷はぬに<BR>　　いかなる露に映る下葉ぞ」<BR>⏎
 872　とあるに、惜しくおぼえて、<BR>⏎485 
d1873<P>⏎
cd3:1874-876　「宮城野の小萩がもとと<A HREF="#k41">知らませ</A><A NAME="t41">ば</A><BR>⏎
　　露も心を分かずぞあらまし<BR>⏎
<P>⏎
486　「宮城野の小萩がもとと<A HREF="#k41">知らませ</A><A NAME="t41">ば</A><BR>　　露も心を分かずぞあらまし<BR>⏎
 877　いかでみづから聞こえさせあきらめむ」<BR>⏎487 
d1878<P>⏎
 879　と言ひたり。<BR>⏎488 
d1880<P>⏎
text50881　<A NAME="in54">[第四段　母、薫のことを思う]</A><BR>489 
d1882<P>⏎
 883　「故宮の御こと聞きたるなめり」と思ふに、「いとどいかで人と等しく」とのみ思ひ扱はる。あいなう、大将殿の御さま容貌ぞ、恋しう面影に見ゆる。同じうめでたしと見たてまつりしかど、宮は思ひ離れたまひて、心もとまらず。あなづりて押し入りたまへりけるを、思ふもねたし。<BR>⏎490 
d1884<P>⏎
cd4:2885-888　「この君は、さすがに尋ね思す心ばへのありながら、うちつけにも言ひかけたまはず、つれなし顔なるしもこそいたけれ、よろづにつけて<A HREF="#k42">思ひ出でらるれば、若き人は、まして、かくや思ひはて</A><A NAME="t42">き</A>こえたまふらむ。わがものにせむと、かく憎き人を思ひけむこそ、見苦しきことなべかりけれ」<BR>⏎
<P>⏎
　など、ただ心にかかりて、眺めのみせられて、とてやかくてやと、よろづによからむあらまし事を思ひ続くるに、いと難し。<BR>⏎
<P>⏎
491-492　「この君は、さすがに尋ね思す心ばへのありながら、うちつけにも言ひかけたまはず、つれなし顔なるしもこそいたけれ、よろづにつけて<A HREF="#k42">思ひ出でらるれば、若き人は、まして，かくや思ひはて</A><A NAME="t42">き</A>こえたまふらむ。わがものにせむと、かく憎き人を思ひけむこそ、見苦しきことなべかりけれ」<BR>⏎
　など，ただ心にかかりて、眺めのみせられて、とてやかくてやと、よろづによからむあらまし事を思ひ続くるに、いと難し。<BR>⏎
 889　「やむごとなき御身のほど、御もてなし、見たてまつりたまへらむ人は、今すこしなのめならず、いかばかりにてかは心をとどめたまはむ。世の人のありさまを見聞くに、劣りまさり、いやしうあてなる、品に従ひて、容貌も心もあるべきものなりけり。<BR>⏎493 
d1890<P>⏎
 891　わが子どもを見るに、この君に似るべきやはある。少将を、この家のうちにまたなき者に思へども、宮に見比べたてまつりしは、いとも口惜しかりしに推し量らる。当帝の御かしづき女を得たてまつりたまへらむ人の御目移しには、いともいとも恥づかしく、つつましかるべきものかな」<BR>⏎494 
d1892<P>⏎
 893　と思ふに、すずろに心地もあくがれにけり。<BR>⏎495 
d1894<P>⏎
text50895　<A NAME="in55">[第五段　浮舟の三条のわび住まい]</A><BR>496 
d1896<P>⏎
 897　旅の宿りは、つれづれにて、庭の草もいぶせき心地するに、いやしき東声したる者どもばかりのみ出で入り、慰めに見るべき前栽の花もなし。うちあばれて、晴れ晴れしからで明かし暮らすに、宮の上の御ありさま思ひ出づるに、若い心地に恋しかりけり。あやにくだちたまへりし人の御けはひも、さすがに思ひ出でられて、<BR>⏎497 
d1898<P>⏎
 899　「何事にかありけむ。いと多くあはれげにのたまひしかな」<BR>⏎498 
d1900<P>⏎
 901　名残をかしかりし御移り香も、まだ残りたる心地して、恐ろしかりしも思ひ出でらる。<BR>⏎499 
d1902<P>⏎
 903　「母君、<A HREF="#no20">たつやと</A><A NAME="te20">、</A>いとあはれなる文を書きておこせたまふ。おろかならず心苦しう思ひ扱ひたまふめるに、かひなうもて扱はれたてまつること」とうち泣かれて、<BR>⏎500 
d1904<P>⏎
 905　「いかにつれづれに見ならはぬ心地したまふらむ。<A HREF="#k43">しばし</A><A NAME="t43">忍</A>び過ぐしたまへ」<BR>⏎501 
d1906<P>⏎
 907　とある返り事に、<BR>⏎502 
d1908<P>⏎
 909　「つれづれは何か。心やすくてなむ。<BR>⏎503 
d1910<P>⏎
cd10:4911-920　　ひたぶるにうれしからまし世の中に<BR>⏎
　<A HREF="#no21">あらぬ所と</A><A NAME="te21">思</A>はましかば」<BR>⏎
<P>⏎
　と、幼げに言ひたるを見るままに、ほろほろとうち泣きて、「かう惑はしはふるるやうにもてなすこと」と、いみじければ、<BR>⏎
<P>⏎
　「憂き世にはあらぬ所を求めても<BR>⏎
　　君が盛りを見るよしもがな」<BR>⏎
<P>⏎
　と、なほなほしきことどもを言ひ交はしてなむ、心のべける。<BR>⏎
<P>⏎
504-507　　ひたぶるにうれしからまし世の中に<BR>　　<A HREF="#no21">あらぬ所と</A><A NAME="te21">思</A>はましかば」<BR>⏎
　と，幼げに言ひたるを見るままに、ほろほろとうち泣きて、「かう惑はしはふるるやうにもてなすこと」と、いみじければ、<BR>⏎
　「憂き世にはあらぬ所を求めても<BR>　　君が盛りを見るよしもがな」<BR>⏎
　と，なほなほしきことどもを言ひ交はしてなむ、心のべける。<BR>⏎
text50921　<H4>第六章　浮舟と薫の物語　薫、浮舟を伴って宇治へ行く</H4>508 
text50922　<A NAME="in61">[第一段　薫、宇治の御堂を見に出かける]</A><BR>509 
d1923<P>⏎
 924　かの大将殿は、例の、秋深くなりゆくころ、ならひにしことなれば、寝覚め寝覚めにもの忘れせず、あはれにのみおぼえたまひければ、「宇治の御堂造り果てつ」と聞きたまふに、みづからおはしましたり。<BR>⏎510 
d1925<P>⏎
 926　久しう見たまはざりつるに、山の紅葉もめづらしうおぼゆ。こぼちし寝殿、こたみはいと晴れ晴れしう造りなしたり。昔いとことそぎて、聖だちたまへりし住まひを思ひ出づるに、この宮も恋しうおぼえたまひて、さま変へてけるも、口惜しきまで、常よりも眺めたまふ。<BR>⏎511 
d1927<P>⏎
 928　もとありし御しつらひは、いと尊げにて、今片つ方を女しくこまやかになど、一方ならざりしを、網代屏風何かのあらあらしきなどは、かの御堂の僧坊の具に、ことさらになさせたまへり。山里めきたる具どもを、ことさらにせさせたまひて、<A HREF="#k44">いたう</A><A NAME="t44">も</A>ことそがず、いときよげにゆゑゆゑしくしつらはれたり。<BR>⏎512 
d1929<P>⏎
 930　遣水のほとりなる岩に居たまひて、<BR>⏎513 
d1931<P>⏎
cd3:1932-934　「絶え果てぬ清水になどか亡き人の<BR>⏎
　　面影をだにとどめざりけむ」<BR>⏎
<P>⏎
514　「絶え果てぬ清水になどか亡き人の<BR>　　面影をだにとどめざりけむ」<BR>⏎
 935　涙を拭ひて、弁の尼君の方に立ち寄りたまへれば、いと悲しと見たてまつるに、ただひそみにひそむ。長押にかりそめに居たまひて、簾のつま引き上げて、物語したまふ。几帳に隠ろへて居たり。ことのついでに、<BR>⏎515 
d1936<P>⏎
cd2:1937-938　「かの人は、さいつころ宮にと聞きしを、さすがにうひうひしくおぼえてこそ、訪れ寄らね。なほ、これより伝へ果てたまへ」<BR>⏎
<P>⏎
516　「かの人は、さいつころ宮にと聞きしを、さすがにうひうひしくおぼえてこそ、訪れ寄らね。なほ，これより伝へ果てたまへ」<BR>⏎
 939　とのたまへば、<BR>⏎517 
d1940<P>⏎
 941　「一日、かの母君の文はべりき。忌違ふとて、ここかしこになむあくがれたまふめる。このころも、あやしき小家に隠ろへものしたまふめるも心苦しく、すこし近きほどならましかば、そこにも渡して心やすかるべきを、荒ましき山道に、たはやすくもえ思ひ立たでなむ、とはべりし」<BR>⏎518 
d1942<P>⏎
 943　と聞こゆ。<BR>⏎519 
d1944<P>⏎
 945　「人びとのかく恐ろしくすめる道に、まろこそ古りがたく分け来れ。何ばかりの契りにかと思ふは、あはれになむ」<BR>⏎520 
d1946<P>⏎
cd4:2947-950　とて、例の、涙ぐみたまへり。<BR>⏎
<P>⏎
　「さらば、その心やすからむ所に、消息したまへ。みづからやは、かしこに出でたまはぬ」<BR>⏎
<P>⏎
521-522　とて，例の、涙ぐみたまへり。<BR>⏎
　「さらば，その心やすからむ所に、消息したまへ。みづからやは、かしこに出でたまはぬ」<BR>⏎
 951　とのたまへば、<BR>⏎523 
d1952<P>⏎
 953　「仰せ言を伝へはべらむことはやすし。今さらに京を見はべらむことはもの憂くて、宮にだにえ参らぬを」<BR>⏎524 
d1954<P>⏎
 955　と聞こゆ。<BR>⏎525 
d1956<P>⏎
text50957　<A NAME="in62">[第二段　薫、弁の尼に依頼して出る]</A><BR>526 
d1958<P>⏎
 959　「などてか。ともかくも、人の聞き伝へばこそあらめ、愛宕の聖だに、時に従ひては出でずやはありける。深き契りを破りて、人の願ひを満てたまはむこそ尊からめ」<BR>⏎527 
d1960<P>⏎
 961　とのたまへば、<BR>⏎528 
d1962<P>⏎
 963　「<A HREF="#no22">人渡すこと</A><A NAME="te22">も</A>はべらぬに、聞きにくきこともこそ、出でまうで来れ」<BR>⏎529 
d1964<P>⏎
cd6:3965-970　と、苦しげに思ひたれど、<BR>⏎
<P>⏎
　「なほ、よき折なるを」<BR>⏎
<P>⏎
　と、例ならずしひて、<BR>⏎
<P>⏎
530-532　と，苦しげに思ひたれど、<BR>⏎
　「なほ，よき折なるを」<BR>⏎
　と，例ならずしひて、<BR>⏎
 971　「明後日ばかり、車<A HREF="#k45">たてまつらむ</A><A NAME="t45">。</A>その旅の所尋ねおきたまへ。ゆめをこがましうひがわざすまじきを」<BR>⏎533 
d1972<P>⏎
cd4:2973-976　と、ほほ笑みてのたまへば、わづらはしく、「いかに思すことならむ」と思へど、「奥なくあはあはしからぬ御心ざまなれば、おのづからわがためにも、人聞きなどは包みたまふらむ」と思ひて、<BR>⏎
<P>⏎
　「さらば、承りぬ。近き<A HREF="#k46">ほどにこそ</A><A NAME="t46">。</A>御文などを見せさせたまへかし。ふりはへさかしらめきて、心しらひのやうに思はれはべらむも、今さらに伊賀専女にや、と慎ましくてなむ」<BR>⏎
<P>⏎
534-535　と，ほほ笑みてのたまへば、わづらはしく、「いかに思すことならむ」と思へど、「奥なくあはあはしからぬ御心ざまなれば、おのづからわがためにも、人聞きなどは包みたまふらむ」と思ひて、<BR>⏎
　「さらば，承りぬ。近き<A HREF="#k46">ほどにこそ</A><A NAME="t46">。</A>御文などを見せさせたまへかし。ふりはへさかしらめきて、心しらひのやうに思はれはべらむも、今さらに伊賀専女にや、と慎ましくてなむ」<BR>⏎
 977　と聞こゆ。<BR>⏎536 
d1978<P>⏎
 979　「文は、やすかるべきを、人のもの言ひ、いとうたてあるものなれば、右大将は、常陸守の娘をなむよばふなるなども、とりなしてむをや。その守の主、いと荒々しげなめり」<BR>⏎537 
d1980<P>⏎
 981　とのたまへば、うち笑ひて、いとほしと思ふ。<BR>⏎538 
d1982<P>⏎
 983　暗うなれば出でたまふ。下草のをかしき花ども、紅葉など折らせたまひて、宮に御覧ぜさせたまふ。甲斐なからずおはしぬべけれど、かしこまり置きたるさまにて、いたうも馴れきこえたまはずぞあめる。内裏より、ただの親めきて、入道の宮にも聞こえたまへば、いとやむごとなき方は、限りなく思ひきこえたまへり。こなたかなたと、かしづききこえたまふ宮仕ひに添へて、むつかしき私の心の添ひたるも、苦しかりけり。<BR>⏎539 
d1984<P>⏎
text50985　<A NAME="in63">[第三段　弁の尼、三条の隠れ家を訪ねる]</A><BR>540 
d1986<P>⏎
 987　のたまひしまだつとめて、睦ましく思す下臈侍一人、顔知らぬ牛飼つくり出でて遣はす。<BR>⏎541 
d1988<P>⏎
 989　「荘の者どもの田舎びたる召し出でつつ、つけよ」<BR>⏎542 
d1990<P>⏎
 991　とのたまふ。かならず出づべくのたまへりければ、いとつつましく苦しけれど、うち化粧じつくろひて乗りぬ。野山のけしきを見るにつけても、いにしへよりの古事ども思ひ出でられて、眺め暮らしてなむ来着きける。いとつれづれに人目も見えぬ所なれば、引き入れて、<BR>⏎543 
d1992<P>⏎
 993　「かくなむ、参り来つる」<BR>⏎544 
d1994<P>⏎
cd2:1995-996　と、しるべの男して言はせたれば、初瀬の供にありし若人、出で来て降ろす。あやしき所を眺め暮らし明かすに、昔語りもしつべき人の来たれば、うれしくて呼び入れたまひて、親と聞こえける人の御あたりの人と思ふに、睦ましきなるべし。<BR>⏎
<P>⏎
545　と，しるべの男して言はせたれば、初瀬の供にありし若人、出で来て降ろす。あやしき所を眺め暮らし明かすに、昔語りもしつべき人の来たれば、うれしくて呼び入れたまひて、親と聞こえける人の御あたりの人と思ふに、睦ましきなるべし。<BR>⏎
 997　「あはれに、人知れず見たてまつりしのちよりは、思ひ出できこえぬ折なけれど、世の中かばかり思ひたまへ捨てたる身にて、かの宮にだに参りはべらぬを、この大将殿の、あやしきまでのたまはせしかば、思うたまへおこしてなむ」<BR>⏎546 
d1998<P>⏎
 999　と聞こゆ。君も乳母も、めでたしと見おききこえてし人の御さまなれば、忘れぬさまにのたまふらむも、あはれなれど、にはかにかく思したばかるらむと、思ひも寄らず。<BR>⏎547 
d11000<P>⏎
text501001　<A NAME="in64">[第四段　薫、三条の隠れ家の浮舟と逢う]</A><BR>548 
d11002<P>⏎
 1003　宵うち過ぐるほどに、「宇治より人参れり」とて、門忍びやかにうちたたく。「さにやあらむ」と思へど、弁の開けさせたれば、車をぞ引き入るなる。「あやし」と思ふに、<BR>⏎549 
d11004<P>⏎
 1005　「尼君に、対面賜はらむ」<BR>⏎550 
d11006<P>⏎
cd2:11007-1008　とて、この近き御庄の預りの名のりをせさせたまへれば、戸口にゐざり出でたり。雨すこしうちそそくに、風はいと冷やかに吹き入りて、言ひ知らず薫り来れば、「かうなりけり」と、誰れも誰れも心ときめきしぬべき御けはひをかしければ、用意もなくあやしきに、まだ思ひあへぬほどなれば、心騷ぎて、<BR>⏎
<P>⏎
551　とて，この近き御庄の預りの名のりをせさせたまへれば、戸口にゐざり出でたり。雨すこしうちそそくに、風はいと冷やかに吹き入りて、言ひ知らず薫り来れば、「かうなりけり」と、誰れも誰れも心ときめきしぬべき御けはひをかしければ、用意もなくあやしきに、まだ思ひあへぬほどなれば、心騷ぎて、<BR>⏎
 1009　「いかなることにかあらむ」<BR>⏎552 
d11010<P>⏎
 1011　と言ひあへり。<BR>⏎553 
d11012<P>⏎
 1013　「心やすき所にて、月ごろの思ひあまることも聞こえさせむとてなむ」<BR>⏎554 
d11014<P>⏎
 1015　と言はせたまへり。<BR>⏎555 
d11016<P>⏎
 1017　「いかに聞こゆべきことにか」と、君は苦しげに思ひてゐたまへれば、乳母見苦しがりて、<BR>⏎556 
d11018<P>⏎
 1019　「しかおはしましたらむを、立ちながらや、帰したてまつりたまはむ。かの殿にこそ、かくなむ、と忍びて聞こえめ。近きほどなれば」<BR>⏎557 
d11020<P>⏎
 1021　と言ふ。<BR>⏎558 
d11022<P>⏎
cd2:11023-1024　「うひうひしく。などてか、さはあらむ。若き御どちもの聞こえ<A HREF="#k47">たまはむは</A><A NAME="t47">、</A>ふとしもしみつくべくもあらぬを。あやしきまで心のどかに、もの深うおはする君なれば、よも人の許しなくて、うちとけたまはじ」<BR>⏎
<P>⏎
559　「うひうひしく。などてか，さはあらむ。若き御どちもの聞こえ<A HREF="#k47">たまはむは</A><A NAME="t47">、</A>ふとしもしみつくべくもあらぬを。あやしきまで心のどかに、もの深うおはする君なれば、よも人の許しなくて、うちとけたまはじ」<BR>⏎
 1025　など言ふほど、雨やや降り来れば、空はいと暗し。宿直人のあやしき声したる、夜行うちして、<BR>⏎560 
d11026<P>⏎
cd2:11027-1028　「家の辰巳の隅の崩れ、いと危ふし。この、人の御車入るべくは、引き入れて御門鎖してよ。かかる人の御供人こそ、心はうたてあれ」<BR>⏎
<P>⏎
561　「家の辰巳の隅の崩れ、いと危ふし。この，人の御車入るべくは、引き入れて御門鎖してよ。かかる人の御供人こそ、心はうたてあれ」<BR>⏎
 1029　など言ひあへるも、むくむくしく聞きならはぬ心地したまふ。<BR>⏎562 
d11030<P>⏎
 1031　「<A HREF="#no23">佐野のわたりに家もあらなくに</A><A NAME="te23">」</A><BR>⏎563 
d11032<P>⏎
 1033　など口ずさびて、里びたる簀子の端つ方に居たまへり。<BR>⏎564 
d11034<P>⏎
cd5:21035-1039　「さしとむる葎やしげき<A HREF="#no24">東屋の<BR>⏎
　　あまりほど降る雨そそき</A><A NAME="te24">か</A>な」<BR>⏎
<P>⏎
　と、うち払ひたまへる、追風、いとかたはなるまで、東の里人も驚きぬべし。<BR>⏎
<P>⏎
565-566　「さしとむる葎やしげき<A HREF="#no24">東屋の<BR>　　あまりほど降る雨そそき</A><A NAME="te24">か</A>な」<BR>⏎
　と，うち払ひたまへる、追風、いとかたはなるまで、東の里人も驚きぬべし。<BR>⏎
 1040　とざまかうざまに聞こえ逃れむ方なければ、南の廂に御座ひきつくろひて、入れたてまつる。心やすくしも対面したまはぬを、これかれ押し出でたり。遣戸といふもの鎖して、いささか開けたれば、<BR>⏎567 
d11041<P>⏎
 1042　「飛騨の工も恨めしき隔てかな。かかるものの外には、まだ居ならはず」<BR>⏎568 
d11043<P>⏎
cd2:11044-1045　と愁へたまひて、いかがしたまひけむ、入りたまひぬ。かの人形の願ひものたまはで、ただ、<BR>⏎
<P>⏎
569　と愁へたまひて、いかがしたまひけむ、入りたまひぬ。かの人形の願ひものたまはで、ただ，<BR>⏎
 1046　「おぼえなき、もののはさまより見しより、すずろに恋しきこと。さるべきにやあらむ、あやしきまでぞ思ひきこゆる」<BR>⏎570 
d11047<P>⏎
 1048　とぞ語らひたまふべき。人のさま、いとらうたげにおほどきたれば、見劣りもせず、いとあはれと思しけり。<BR>⏎571 
d11049<P>⏎
text501050　<A NAME="in65">[第五段　薫と浮舟、宇治へ出発]</A><BR>572 
d11051<P>⏎
 1052　ほどもなう明けぬ心地するに、鶏などは鳴かで、大路近き所に、<A HREF="#k48">おぼとれたる</A><A NAME="t48">声</A>して、いかにとか聞きも知らぬ名のりをして、うち群れて行くなどぞ聞こゆる。かやうの朝ぼらけに見れば、ものいただきたる者の、「鬼のやうなるぞかし」と聞きたまふも、かかる蓬のまろ寝にならひたまはぬ心地も、をかしくもありけり。<BR>⏎573 
d11053<P>⏎
 1054　宿直人も門開けて出づる音する。おのおの入りて臥しなどするを聞きたまひて、人召して、車妻戸に寄せさせたまふ。かき抱きて乗せたまひつ。誰れも誰れも、あやしう、あへなきことを思ひ騒ぎて、<BR>⏎574 
d11055<P>⏎
 1056　「九月にもありけるを。心憂のわざや。いかにしつることぞ」<BR>⏎575 
d11057<P>⏎
 1058　と嘆けば、尼君も、いといとほしく、思ひの外なることどもなれど、<BR>⏎576 
d11059<P>⏎
 1060　「おのづから思すやうあらむ。うしろめたうな思ひたまひそ。長月は、明日こそ節分と聞きしか」<BR>⏎577 
d11061<P>⏎
 1062　と言ひ慰む。今日は、十三日なりけり。尼君、<BR>⏎578 
d11063<P>⏎
 1064　「こたみは、え参らじ。宮の上、聞こし召さむこともあるに、忍びて行き帰りはべらむも、いとうたてなむ」<BR>⏎579 
d11065<P>⏎
 1066　と聞こゆれど、まだきこのことを聞かせたてまつらむも、心恥づかしくおぼえたまひて、<BR>⏎580 
d11067<P>⏎
cd2:11068-1069　「それは、のちにも罪さり申したまひてむ。かしこもしるべなくては、たづきなき所を」<BR>⏎
<P>⏎
581　「それは，のちにも罪さり申したまひてむ。かしこもしるべなくては、たづきなき所を」<BR>⏎
 1070　と責めてのたまふ。<BR>⏎582 
d11071<P>⏎
 1072　「人一人や、はべるべき」<BR>⏎583 
d11073<P>⏎
 1074　とのたまへば、この君に添ひたる侍従と乗りぬ。乳母、尼君の供なりし童などもおくれて、いとあやしき心地してゐたり。<BR>⏎584 
d11075<P>⏎
text501076　<A NAME="in66">[第六段　薫と浮舟の宇治への道行き]</A><BR>585 
d11077<P>⏎
 1078　「近きほどにや」と思へば、宇治へおはするなりけり。牛などひき替ふべき心まうけしたまへりけり。河原過ぎ、法性寺のわたりおはしますに、夜は明け果てぬ。<BR>⏎586 
d11079<P>⏎
 1080　若き人は、いとほのかに見たてまつりて、めできこえて、すずろに恋ひたてまつるに、世の中のつつましさもおぼえず。君ぞいとあさましきに、ものもおぼえでうつぶし臥したるを、<BR>⏎587 
d11081<P>⏎
 1082　「石高きわたりは、苦しきものを」<BR>⏎588 
d11083<P>⏎
cd2:11084-1085　とて、抱きたまへり。羅の細長を、車の中に引き隔てたれば、はなやかにさし出でたる朝日影に、尼君はいとはしたなくおぼゆるにつけて、「故姫君の御供にこそ、かやうにても見たてまつりつべかりしか。あり経れば、思ひかけぬことをも見るかな」と、悲しうおぼえて、包むとすれど、うちひそみつつ泣くを、侍従はいと憎く、「ものの初めに形異にて乗り添ひたるをだに思ふに、<A HREF="#k49">なぞ</A><A NAME="t49">、</A>かくいやめなる」と、憎くをこにも思ふ。老いたる者は、すずろに涙もろにあるものぞと、おろそかにうち思ふなりけり。<BR>⏎
<P>⏎
589　とて，抱きたまへり。羅の細長を、車の中に引き隔てたれば、はなやかにさし出でたる朝日影に、尼君はいとはしたなくおぼゆるにつけて、「故姫君の御供にこそ、かやうにても見たてまつりつべかりしか。あり経れば、思ひかけぬことをも見るかな」と、悲しうおぼえて、包むとすれど、うちひそみつつ泣くを、侍従はいと憎く、「ものの初めに形異にて乗り添ひたるをだに思ふに、<A HREF="#k49">なぞ</A><A NAME="t49">、</A>かくいやめなる」と、憎くをこにも思ふ。老いたる者は、すずろに涙もろにあるものぞと、おろそかにうち思ふなりけり。<BR>⏎
 1086　君も、見る人は憎からねど、空のけしきにつけても、来し方の恋しさまさりて、山深く入るままにも、霧立ちわたる心地したまふ。うち眺めて寄りゐたまへる袖の、重なりながら長やかに出でたりけるが、川霧に濡れて、御衣の紅なるに、御直衣の花のおどろおどろしう移りたるを、落としがけの高き所に見つけて、引き入れたまふ。<BR>⏎590 
d11087<P>⏎
cd5:21088-1092　「形見ぞと見るにつけては朝露の<BR>⏎
　　ところせきまで濡るる袖かな」<BR>⏎
<P>⏎
　と、心にもあらず一人ごちたまふを聞きて、いとどしぼるばかり、尼君の袖も泣き濡らすを、若き人、「あやしう見苦しき世かな」。心ゆく道に、いとむつかしきこと、添ひたる心地す。忍びがたげなる鼻すすりを聞きたまひて、我も忍びやかにうちかみて、「いかが思ふらむ」といとほしければ、<BR>⏎
<P>⏎
591-592　「形見ぞと見るにつけては朝露の<BR>　　ところせきまで濡るる袖かな」<BR>⏎
　と，心にもあらず一人ごちたまふを聞きて、いとどしぼるばかり、尼君の袖も泣き濡らすを、若き人、「あやしう見苦しき世かな」。心ゆく道に、いとむつかしきこと、添ひたる心地す。忍びがたげなる鼻すすりを聞きたまひて、我も忍びやかにうちかみて、「いかが思ふらむ」といとほしければ、<BR>⏎
 1093　「あまたの年ごろ、この道を行き交ふたび重なるを思ふに、そこはかとなくものあはれなるかな。すこし起き上がりて、この山の色も見たまへ。いと埋れたりや」<BR>⏎593 
d11094<P>⏎
cd2:11095-1096　と、しひてかき起こしたまへば、をかしきほどに、さし隠して、つつましげに見出だしたるまみなどは、いとよく思ひ出でらるれど、おいらかにあまりおほどき過ぎたるぞ、心もとなかめる。「いといたう児めいたるものから、用意の浅からずものしたまひしはや」と、なほ<A HREF="#no25">行く方なき</A><A NAME="te25">悲</A>しさは、むなしき空にも満ちぬべかめり。<BR>⏎
<P>⏎
594　と，しひてかき起こしたまへば、をかしきほどに、さし隠して、つつましげに見出だしたるまみなどは、いとよく思ひ出でらるれど、おいらかにあまりおほどき過ぎたるぞ、心もとなかめる。「いといたう児めいたるものから、用意の浅からずものしたまひしはや」と、なほ<A HREF="#no25">行く方なき</A><A NAME="te25">悲</A>しさは、むなしき空にも満ちぬべかめり。<BR>⏎
text501097　<A NAME="in67">[第七段　宇治に到着、薫、京に手紙を書く]</A><BR>595 
d11098<P>⏎
 1099　おはし着きて、<BR>⏎596 
d11100<P>⏎
cd2:11101-1102　「あはれ、亡き魂や宿りて見たまふらむ。誰によりて、かくすずろに惑ひありくものにもあらなくに」<BR>⏎
<P>⏎
597　「あはれ，亡き魂や宿りて見たまふらむ。誰によりて、かくすずろに惑ひありくものにもあらなくに」<BR>⏎
 1103　と思ひ続けたまひて、降りてはすこし心しらひて、立ち去りたまへり。女は、母君の思ひたまはむことなど、いと嘆かしけれど、艶なるさまに、心深くあはれに語らひたまふに、思ひ慰めて降りぬ。<BR>⏎598 
d11104<P>⏎
 1105　尼君は、ことさらに降りで、廊にぞ寄するを、「わざと思ふべき住まひにもあらぬを、用意こそあまりなれ」と見たまふ。御荘より、例の、人びと騒がしきまで参り集まる。女の御台は、尼君の方より参る。道は茂かりつれど、このありさまは、いと晴れ晴れし。<BR>⏎599 
d11106<P>⏎
 1107　川のけしきも山の色も、もてはやしたる造りざまを見出だして、日ごろのいぶせさ、慰みぬる心地すれど、「いかにもてないたまはむとするにか」と、浮きてあやしうおぼゆ。<BR>⏎600 
d11108<P>⏎
 1109　殿は、京に御文書きたまふ。<BR>⏎601 
d11110<P>⏎
 1111　「なりあはぬ仏の御飾りなど見たまへおきて、今日吉ろしき日なりければ、急ぎものしはべりて、乱り心地の悩ましきに、物忌なりけるを思ひたまへ出でてなむ、今日明日ここにて慎みはべるべき」<BR>⏎602 
d11112<P>⏎
cd2:11113-1114　など、母宮にも姫宮にも聞こえたまふ。<BR>⏎
<P>⏎
603　など，母宮にも姫宮にも聞こえたまふ。<BR>⏎
text501115　<A NAME="in68">[第八段　薫、浮舟の今後を思案す]</A><BR>604 
d11116<P>⏎
 1117　うちとけたる御ありさま、今すこしをかしくて入りおはしたるも恥づかしけれど、<A HREF="#k50">もて隠す</A><A NAME="t50">べ</A>くもあらで居たまへり。女の装束など、色々にきよくと思ひてし重ねたれど、すこし田舎びたることもうち混じりてぞ、昔のいと萎えばみたりし御姿の、あてになまめかしかりしのみ思ひ出でられて、<BR>⏎605 
d11118<P>⏎
 1119　「髪の裾の<A HREF="#k51">をかしげさ</A><A NAME="t51">な</A>どは、こまごまとあてなり。宮の御髪のいみじくめでたきにも劣るまじかりけり」<BR>⏎606 
d11120<P>⏎
cd4:21121-1124　と見たまふ。かつは、<BR>⏎
<P>⏎
　「この人をいかにもてなしてあらせむとすらむ。ただ今、ものものしげにて、かの宮に迎へ据ゑむも、音聞き便なかるべし。さりとて、これかれある列にて、おほぞうに交じらはせむは本意なからむ。しばし、ここに隠してあらむ」<BR>⏎
<P>⏎
607-608　と見たまふ。かつは，<BR>⏎
　「この人をいかにもてなしてあらせむとすらむ。ただ今、ものものしげにて、かの宮に迎へ据ゑむも、音聞き便なかるべし。さりとて、これかれある列にて、おほぞうに交じらはせむは本意なからむ。しばし，ここに隠してあらむ」<BR>⏎
 1125　と思ふも、見ずはさうざうしかるべく、あはれにおぼえたまへば、おろかならず語らひ暮らしたまふ。故宮の御ことものたまひ出でて、昔物語をかしうこまやかに言ひ戯れたまへど、ただ<A HREF="#k52">いと</A><A NAME="t52">つ</A>つましげにて、ひたみちに恥ぢたるを、さうざうしう思す。<BR>⏎609 
d11126<P>⏎
 1127　「あやまりても、かう心もとなきはいとよし。教へつつも見てむ。田舎びたるされ心もてつけて、品々しからず、はやりかなら<A HREF="#k53">ましかば</A><A NAME="t53">、</A>形代不用ならまし」<BR>⏎610 
d11128<P>⏎
 1129　と思ひ直したまふ。<BR>⏎611 
d11130<P>⏎
text501131　<A NAME="in69">[第九段　薫と浮舟、琴を調べて語らう]</A><BR>612 
d11132<P>⏎
 1133　ここにありける琴、箏の琴召し出でて、「かかることはた、ましてえせじかし」と、口惜しければ、一人調べて、<BR>⏎613 
d11134<P>⏎
 1135　「宮亡せたまひてのち、ここにてかかるものに、いと久しう手触れざりつかし」<BR>⏎614 
d11136<P>⏎
cd2:11137-1138　と、めづらしく我ながらおぼえて、いとなつかしくまさぐりつつ眺めたまふに、月さし出でぬ。<BR>⏎
<P>⏎
615　と，めづらしく我ながらおぼえて、いとなつかしくまさぐりつつ眺めたまふに、月さし出でぬ。<BR>⏎
 1139　「宮の御琴の音の、おどろおどろしくはあらで、いとをかしくあはれに弾きたまひしはや」<BR>⏎616 
d11140<P>⏎
 1141　と思し出でて、<BR>⏎617 
d11142<P>⏎
cd6:31143-1148　「昔、誰れも誰れもおはせし世に、ここに生ひ出でたまへらましかば、今すこしあはれはまさりなまし。親王の御ありさまは、よその人だに、あはれに恋しくこそ、思ひ出でられたまへ。などて、さる所には、年ごろ経たまひしぞ」<BR>⏎
<P>⏎
　とのたまへば、いと恥づかしくて、白き扇をまさぐりつつ、添ひ臥したるかたはらめ、いと隈なう白うて、なまめいたる額髪の隙など、いとよく思ひ出でられてあはれなり。まいて、「かやうのこともつきなからず教へなさばや」と思して、<BR>⏎
<P>⏎
　「これは、すこしほのめかいたまひたりや。あはれ、吾が妻といふ琴は、さりとも手ならしたまひけむ」<BR>⏎
<P>⏎
618-620　「昔，誰れも誰れもおはせし世に、ここに生ひ出でたまへらましかば、今すこしあはれはまさりなまし。親王の御ありさまは、よその人だに、あはれに恋しくこそ、思ひ出でられたまへ。などて，さる所には、年ごろ経たまひしぞ」<BR>⏎
　とのたまへば、いと恥づかしくて、白き扇をまさぐりつつ、添ひ臥したるかたはらめ、いと隈なう白うて、なまめいたる額髪の隙など、いとよく思ひ出でられてあはれなり。まいて，「かやうのこともつきなからず教へなさばや」と思して、<BR>⏎
　「これは，すこしほのめかいたまひたりや。あはれ，吾が妻といふ琴は、さりとも手ならしたまひけむ」<BR>⏎
 1149　など問ひたまふ。<BR>⏎621 
d11150<P>⏎
cd2:11151-1152　「その大和言葉だに、つきなくならひにければ、まして、これは」<BR>⏎
<P>⏎
622　「その大和言葉だに、つきなくならひにければ、まして，これは」<BR>⏎
 1153　と言ふ。いとかたはに心後れたりとは見えず。ここに置きて、え思ふままにも来ざらむことを思すが、今より苦しきは、なのめには思さぬなるべし。琴は押しやりて、<BR>⏎623 
d11154<P>⏎
 1155　「<A HREF="#no26">楚王の台の上の夜の琴の声</A><A NAME="te26">」</A><BR>⏎624 
d11156<P>⏎
cd2:11157-1158　と誦じたまへるも、かの弓をのみ引くあたりにならひて、「いとめでたく、思ふやうなり」と、侍従も聞きゐたりけり。さるは、扇の色も心おきつべき閨のいにしへをば知らねば、ひとへにめできこゆるぞ、後れたるなめるかし。「ことこそあれ、あやしくも、言ひつるかな」と思す。<BR>⏎
<P>⏎
625　と誦じたまへるも、かの弓をのみ引くあたりにならひて、「いとめでたく、思ふやうなり」と、侍従も聞きゐたりけり。さるは，扇の色も心おきつべき閨のいにしへをば知らねば、ひとへにめできこゆるぞ、後れたるなめるかし。「ことこそあれ、あやしくも、言ひつるかな」と思す。<BR>⏎
 1159　尼君の方より、くだもの参れり。箱の蓋に、紅葉、蔦など折り敷きて、ゆゑゆゑなからず取りまぜて、敷きたる紙に、ふつつかに書きたるもの、隈なき月にふと見ゆれば、目とどめたまふほどに、くだもの急ぎにぞ見えける。<BR>⏎626 
d11160<P>⏎
cd3:11161-1163　「宿り木は色変はりぬる秋なれど<BR>⏎
　　昔おぼえて澄める月かな」<BR>⏎
<P>⏎
627　「宿り木は色変はりぬる秋なれど<BR>　　昔おぼえて澄める月かな」<BR>⏎
 1164　と古めかしく書きたるを、恥づかしくもあはれにも思されて、<BR>⏎628 
d11165<P>⏎
cd3:11166-1168　「里の名も昔ながらに見し人の<BR>⏎
　　面変はりせる閨の月影」<BR>⏎
<P>⏎
629　「里の名も昔ながらに見し人の<BR>　　面変はりせる閨の月影」<BR>⏎
 1169　わざと返り事とはなくてのたまふ、侍従なむ伝へけるとぞ。<BR>⏎630 
d11170<P>⏎
text501171　<a name="in71">【出典】<BR>631 
c11172</a><A NAME="no1">出典1</A>　筑波山端山繁山繁けれど思ひ入るには障らざりけり（新古今集恋一-一〇一三　源重之）<A HREF="#te1">（戻）</A><BR>⏎
632<A NAME="no1">出典1</A>　筑波山端山繁山繁けれど思ひ入るには障らざりけり（新古今集恋一-一〇一三　源重之）<A HREF="#te1">（戻）</A><BR>⏎
 1173<A NAME="no2">出典2</A>　東にて養はれたる人の子は舌だみてこそ物は言ひけれ（拾遺集物名-四一三　読人しらず）<A HREF="#te2">（戻）</A><BR>⏎633 
 1174<A NAME="no3">出典3</A>　紫の一本ゆゑに武蔵野の草は見ながらあはれとぞ見る（古今集雑上-八六七　読人しらず）<A HREF="#te3">（戻）</A><BR>⏎634 
 1175<A NAME="no4">出典4</A>　塩釜の前に浮きたる浮島の浮きて思ひのある世なりけり（古今六帖三-一七九六　山口女王）<A HREF="#te4">（戻）</A><BR>⏎635 
 1176<A NAME="no5">出典5</A>　おほかたは我が身一つの憂きからになべての世をも恨みつるかな（拾遺集恋五-九五三　紀貫之）世の中は昔よりやは憂かりけむ我が身一つのためになれるか（古今集雑下-九四八　読人しらず）<A HREF="#te5">（戻）</A><BR>⏎636 
 1177<A NAME="no6">出典6</A>　人非木石皆有情　不如不逢傾城<人木石にあらざれば皆情け有り　傾城に逢はざるに如かず>（白氏文集巻四-一六〇　李夫人）<A HREF="#te6">（戻）</A><BR>⏎637 
 1178<A NAME="no7">出典7</A>　恋せじとと御手洗川にせし禊神はうけずぞなりにけらしも（古今集恋一-五〇一　読人しらず）<A HREF="#te7">（戻）</A><BR>⏎638 
c21179-1180<A NAME="no8">出典8</A>　大幣（おほぬさ）の引く手あまたになりぬれば思へどえこそ頼まざりけれ（古今集恋四-七〇六　読人しらず）<A HREF="#te8">（戻）</A><BR>⏎
<A NAME="no9">出典9</A>　大幣（おほぬさ）と名にこそ立てれ流れてもつひに寄る瀬はありてふものを（古今集恋四-七〇七　在原業平）<A HREF="#te9">（戻）</A><BR>⏎
639-640<A NAME="no8">出典8</A>　<ruby><rb>大幣<rp>(<rt>おほぬさ<rp>)</ruby>の引く手あまたになりぬれば思へどえこそ頼まざりけれ（古今集恋四-七〇六　読人しらず）<A HREF="#te8">（戻）</A><BR>⏎
<A NAME="no9">出典9</A>　<ruby><rb>大幣<rp>(<rt>おほぬさ<rp>)</ruby>と名にこそ立てれ流れてもつひに寄る瀬はありてふものを（古今集恋四-七〇七　在原業平）<A HREF="#te9">（戻）</A><BR>⏎
 1181<A NAME="no10">出典10</A>　水の泡の消えで憂き身と言ひながら流れて猶も頼まるるかな（古今集恋五-七九二　紀友則）<A HREF="#te10">（戻）</A><BR>⏎641 
 1182<A NAME="no11">出典11</A>　彦星に恋はまさりぬ天の川隔つる関を今はやめてよ（伊勢物語-一七〇）<A HREF="#te11">（戻）</A><BR>⏎642 
 1183<A NAME="no12">出典12</A>　我妹子が来ては寄り立つ真木柱睦まじきゆかりと思へば（源氏釈所引-出典未詳）<A HREF="#te12">（戻）</A><BR>⏎643 
 1184<A NAME="no13">出典13</A>　飛ぶ鳥の声も聞こえぬ奥山の深き心を人は知らなむ（古今集恋一-五三五　読人しらず）<A HREF="#te13">（戻）</A><BR>⏎644 
 1185<A NAME="no14">出典14</A>　今はとて忘るる草の種をだに人の心に蒔かせずもがな（伊勢物語-三九）<A HREF="#te14">（戻）</A><BR>⏎645 
 1186<A NAME="no15">出典15</A>　いかならむ巌の中に住まばかは世の憂きことの聞こえ来ざらむ（古今集雑下-九五二　読人しらず）<A HREF="#te15">（戻）</A><BR>⏎646 
 1187<A NAME="no16">出典16</A>　思はむと頼めしこともあるものをなき名を立てでただに忘れね（後撰集恋二-六六二　読人しらず）<A HREF="#te16">（戻）</A><BR>⏎647 
 1188<A NAME="no17">出典17</A>　玉簾明くるも知らで寝しものを夢にも見じとゆめ思ひきや（伊勢集-五五）<A HREF="#te17">（戻）</A><BR>⏎648 
 1189<A NAME="no18">出典18</A>　臥すほどもなくて明けぬる夏の夜は逢ひても逢はぬ心地こそすれ（源氏釈所引-出典未詳）<A HREF="#te18">（戻）</A><BR>⏎649 
 1190<A NAME="no19">出典19</A>　移ろはむことだに惜しき秋萩を折れるばかりも置ける露かな（拾遺集秋-一八三　伊勢）<A HREF="#te19">（戻）</A><BR>⏎650 
 1191<A NAME="no20">出典20</A>　花散ると厭ひしものを夏衣たつや遅きと風を待つかな（拾遺集夏-八二　盛明親王）<A HREF="#te20">（戻）</A><BR>⏎651 
 1192<A NAME="no21">出典21</A>　世の中にあらぬ所も得てしかな年ふりにたる形隠さむ（拾遺集雑上-五〇六　読人しらず）<A HREF="#te21">（戻）</A><BR>⏎652 
 1193<A NAME="no22">出典22</A>　人渡すことだになきを何しかも長柄の橋と身のなりぬらむ（後撰集雑一-一一一七　七条后）<A HREF="#te22">（戻）</A><BR>⏎653 
 1194<A NAME="no23">出典23</A>　苦しくも降り来る雨か三輪の崎佐野のわたりに家もあらなくに（万葉集巻三-二六七　長忌寸奥麿）<A HREF="#te23">（戻）</A><BR>⏎654 
c11195<A NAME="no24">出典24</A>　東屋の　真屋のあまりの　その　雨そそぎ　我立ち濡れぬ　殿戸開かせ　鎹（かすがひ）も　錠（とざし）もあらばこそ　その殿戸　我鎖さめ　おし開いて来ませ　我や人妻（催馬楽-東屋）<A HREF="#te24">（戻）</A><BR>⏎
655<A NAME="no24">出典24</A>　東屋の　真屋のあまりの　その　雨そそぎ　我立ち濡れぬ　殿戸開かせ　<ruby><rb>鎹<rp>(<rt>かすがひ<rp>)</ruby>も　<ruby><rb>錠<rp>(<rt>とざし<rp>)</ruby>もあらばこそ　その殿戸　我鎖さめ　おし開いて来ませ　我や人妻（催馬楽-東屋）<A HREF="#te24">（戻）</A><BR>⏎
 1196<A NAME="no25">出典25</A>　我が恋は虚しき空に満ちぬらし思ひやれども行く方もなし（古今集恋一-四八八　読人しらず）<A HREF="#te25">（戻）</A><BR>⏎656 
cd2:11197-1198<A NAME="no26">出典26</A>　班女閨中秋扇色　楚王台上夜琴声<班女が閨（ねや）の中の秋の扇の色　楚王が台（うてな）の上の夜の琴（きん）の声>（和漢朗詠集上-三八〇　尊敬）<A HREF="#te26">（戻）</A><BR>⏎
⏎
657<A NAME="no26">出典26</A>　班女閨中秋扇色　楚王台上夜琴声&lt;班女が<ruby><rb>閨<rp>(<rt>ねや<rp>)</ruby>の中の秋の扇の色　楚王が<ruby><rb>台<rp>(<rt>うてな<rp>)</ruby>の上の夜の<ruby><rb>琴<rp>(<rt>きん<rp>)</ruby>の声&gt;（和漢朗詠集上-三八〇　尊敬）<A HREF="#te26">（戻）</A><BR>⏎
text501199<p>　<a name="in72">【校訂】<BR>658 
 1200備考--（/）　ミセケチ--＄　抹消--＃　補入--+　傍書--=　ナゾリ--＆　独自異文等--*　朱筆--<朱>　不明--△<BR>⏎659 
c11201</a><A NAME="k01">校訂1</A>　よその--よそのの（の<後出>/＃）<A HREF="#t01">（戻）</A><BR>⏎
660<A NAME="k01">校訂1</A>　よその--よそのの（の<後出>/＃）<A HREF="#t01">（戻）</A><BR>⏎
 1202<A NAME="k02">校訂2</A>　源少納言--源少（少/+納<朱>）言<A HREF="#t02">（戻）</A><BR>⏎661 
 1203<A NAME="k03">校訂3</A>　守、「このわたりに時々出で入りはすと--（+かみ此わたりに時／＼出ていりはすと<朱>）<A HREF="#t03">（戻）</A><BR>⏎662 
 1204<A NAME="k04">校訂4</A>　思す--おも（も/＄）ほす<A HREF="#t04">（戻）</A><BR>⏎663 
 1205<A NAME="k05">校訂5</A>　捧げたるごと--さゝけたるか（か/＃こ）と<A HREF="#t05">（戻）</A><BR>⏎664 
 1206<A NAME="k06">校訂6</A>　はべり--侍つる（つる/＃り）<A HREF="#t06">（戻）</A><BR>⏎665 
 1207<A NAME="k07">校訂7</A>　まだころ--またこの（この/＃）ころ<A HREF="#t07">（戻）</A><BR>⏎666 
 1208<A NAME="k08">校訂8</A>　御口づから--御くちつ（つ/+か<朱>）ら<A HREF="#t08">（戻）</A><BR>⏎667 
 1209<A NAME="k09">校訂9</A>　かく言よく--かくこそ（そ/＄と<朱>）よく<A HREF="#t09">（戻）</A><BR>⏎668 
 1210<A NAME="k10">校訂10</A>　心憂さ--世中の（世中の/＄）心うさ<A HREF="#t10">（戻）</A><BR>⏎669 
 1211<A NAME="k11">校訂11</A>　たまへる--給つ（つ/＄へ）るに<A HREF="#t11">（戻）</A><BR>⏎670 
 1212<A NAME="k12">校訂12</A>　同じごと--おなし事（事/＃こと）<A HREF="#t12">（戻）</A><BR>⏎671 
 1213<A NAME="k13">校訂13</A>　言ひなる--いひなす（す/＄る）<A HREF="#t13">（戻）</A><BR>⏎672 
 1214<A NAME="k14">校訂14</A>　いかばかり--いかは（は/+か）り<A HREF="#t14">（戻）</A><BR>⏎673 
 1215<A NAME="k15">校訂15</A>　故宮--この（の/＃）宮<A HREF="#t15">（戻）</A><BR>⏎674 
 1216<A NAME="k16">校訂16</A>　見たてまつれ--みたてまつれと（と/＃）<A HREF="#t16">（戻）</A><BR>⏎675 
 1217<A NAME="k17">校訂17</A>　厨子--（/+つし<朱>）<A HREF="#t17">（戻）</A><BR>⏎676 
 1218<A NAME="k18">校訂18</A>　仲人--中ひと（ひと/＃人）<A HREF="#t18">（戻）</A><BR>⏎677 
 1219<A NAME="k19">校訂19</A>　聞かむこそ心苦しかるべけれ。ことなることなくて--（/+きかんこそ心くるしかるへけれことなる事なくて）<A HREF="#t19">（戻）</A><BR>⏎678 
 1220<A NAME="k20">校訂20</A>　飽かず--（/+あかす<朱>）<A HREF="#t20">（戻）</A><BR>⏎679 
 1221<A NAME="k21">校訂21</A>　故宮--この（の/＃）宮<A HREF="#t21">（戻）</A><BR>⏎680 
 1222<A NAME="k22">校訂22</A>　心うつくしう--心うつくしく（く/＃う）<A HREF="#t22">（戻）</A><BR>⏎681 
 1223<A NAME="k23">校訂23</A>　常陸殿とは--ひたち殿と（と/+は<朱>）<A HREF="#t23">（戻）</A><BR>⏎682 
 1224<A NAME="k24">校訂24</A>　ほど--程に（に/＃）<A HREF="#t24">（戻）</A><BR>⏎683 
 1225<A NAME="k25">校訂25</A>　見えたまはず--みえ（え/+給は）す<A HREF="#t25">（戻）</A><BR>⏎684 
 1226<A NAME="k26">校訂26</A>　惜しげなるさま--おしけな（な/+るさ<朱>）ま<A HREF="#t26">（戻）</A><BR>⏎685 
 1227<A NAME="k27">校訂27</A>　見たまへ極じて--*こうして<A HREF="#t27">（戻）</A><BR>⏎686 
 1228<A NAME="k28">校訂28</A>　げに--（/+けに<朱>）<A HREF="#t28">（戻）</A><BR>⏎687 
 1229<A NAME="k29">校訂29</A>　悩ませたまふ--なや（や/+ませ）たまふ<A HREF="#t29">（戻）</A><BR>⏎688 
 1230<A NAME="k30">校訂30</A>　さまにも--さま（ま/+に）も<A HREF="#t30">（戻）</A><BR>⏎689 
 1231<A NAME="k31">校訂31</A>　はべりつる」と--侍つるに（に/＃と）<A HREF="#t31">（戻）</A><BR>⏎690 
 1232<A NAME="k32">校訂32</A>　出でたまひ--（/+いて<朱>）たまひ<A HREF="#t32">（戻）</A><BR>⏎691 
 1233<A NAME="k33">校訂33</A>　おはしまし--おはし（し/+まし<朱>）<A HREF="#t33">（戻）</A><BR>⏎692 
 1234<A NAME="k34">校訂34</A>　わが--*我／＼<A HREF="#t34">（戻）</A><BR>⏎693 
 1235<A NAME="k35">校訂35</A>　かたはらぞいたく--かたはら（ら/+そ<朱>）いたく<A HREF="#t35">（戻）</A><BR>⏎694 
 1236<A NAME="k36">校訂36</A>　聞きにくく--きゝにくき（き/＃ゝ）<A HREF="#t36">（戻）</A><BR>⏎695 
 1237<A NAME="k37">校訂37</A>　添ひぬる--そ（そ/+ひ<朱>）ぬる<A HREF="#t37">（戻）</A><BR>⏎696 
 1238<A NAME="k38">校訂38</A>　はべり--（/+侍<朱>）<A HREF="#t38">（戻）</A><BR>⏎697 
 1239<A NAME="k39">校訂39</A>　おほどかなりしも--おほとかなりし（し/+も<朱>）<A HREF="#t39">（戻）</A><BR>⏎698 
 1240<A NAME="k40">校訂40</A>　思ひしこと--おもひ（ひ/+し）こと<A HREF="#t40">（戻）</A><BR>⏎699 
 1241<A NAME="k41">校訂41</A>　知らませ--しらさ（さ/＃ま）せ<A HREF="#t41">（戻）</A><BR>⏎700 
c11242<A NAME="k42">校訂42</A>　思ひ出でらるれば、若き人は、まして、かくや思ひはて--思は（は/=いイ）て（/+らるれはわかき人はましてかくや思はて<朱>）<A HREF="#t42">（戻）</A><BR>⏎
701<A NAME="k42">校訂42</A>　思ひ出でらるれば、若き人は、まして，かくや思ひはて--思は（は/=いイ）て（/+らるれはわかき人はましてかくや思はて<朱>）<A HREF="#t42">（戻）</A><BR>⏎
 1243<A NAME="k43">校訂43</A>　しばし--（/+しはし<朱>）<A HREF="#t43">（戻）</A><BR>⏎702 
 1244<A NAME="k44">校訂44</A>　いたう--い（い/+た）う<A HREF="#t44">（戻）</A><BR>⏎703 
 1245<A NAME="k45">校訂45</A>　たてまつらむ--たてまつれ（れ/＃ら）ん<A HREF="#t45">（戻）</A><BR>⏎704 
 1246<A NAME="k46">校訂46</A>　ほどにこそ--程に（に/+こそ<朱>）<A HREF="#t46">（戻）</A><BR>⏎705 
 1247<A NAME="k47">校訂47</A>　たまはむは--給はんと（と/＄は<朱>）<A HREF="#t47">（戻）</A><BR>⏎706 
 1248<A NAME="k48">校訂48</A>　おぼとれたる--おほ（ほ/+と）れたる<A HREF="#t48">（戻）</A><BR>⏎707 
 1249<A NAME="k49">校訂49</A>　なぞ--（/+な）そ<A HREF="#t49">（戻）</A><BR>⏎708 
 1250<A NAME="k50">校訂50</A>　もて隠す--△△（△△/＃もて）かくす<A HREF="#t50">（戻）</A><BR>⏎709 
 1251<A NAME="k51">校訂51</A>　をかしげさ--おかしけ（け/+さ）<A HREF="#t51">（戻）</A><BR>⏎710 
 1252<A NAME="k52">校訂52</A>　いと--△△（△△/＃いと）<A HREF="#t52">（戻）</A><BR>⏎711 
 1253<A NAME="k53">校訂53</A>　ましかば--ましかしも（しも/＄かはイ）<A HREF="#t53">（戻）</A><BR>⏎712 
d11254</p>⏎
 1255<p><a href="index.html">源氏物語の世界ヘ</a><BR>⏎713 
 1256<a href="roman50.html">ローマ字版 </a><BR>⏎714 
 1257<a href="version50.html">現代語訳 </a><BR>⏎715 
 1258<a href="note50.html">注釈</a><BR>⏎716 
 1259<a href="data50.html">大島本</a><BR>⏎717 
 1260<a href="okuiri50.html">自筆本奥入</a><BR>⏎718 
d11261</p>⏎
 1262<hr size="4">⏎719 
 1263</body>⏎720 
 1264</HTML>⏎721 
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