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 1<HTML>⏎1 
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 6<TITLE>夕霧(大島本)</TITLE>⏎3 
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version399<ADDRESS>Last updated 1/31/2002<BR>6 
version3910渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-2)</ADDRESS>7 
d111<P>⏎
 12  <H3>夕霧</H3>⏎8 
d113<P>⏎
 14光る源氏の准太上天皇時代五十歳秋から冬までの物語<BR>⏎9 
d115<P>⏎
 16第一章 夕霧の物語 小野山荘訪問<BR>⏎10 
 17<OL>⏎11 
 18<LI>一条御息所と落葉宮、小野山荘に移る---<A HREF="#in11">堅物との評判を取って、こざかしそうにしていらっしゃる大将</A>⏎12 
 19<LI>八月二十日頃、夕霧、小野山荘を訪問---<A HREF="#in12">八月二十日のころなので、野辺の様子も</A>⏎13 
 20<LI>夕霧、落葉宮に面談を申し入れる---<A HREF="#in13">宮は、奥の方にとてもひっそりとしていらっしゃるが</A>⏎14 
 21<LI>夕霧、山荘に一晩逗留を決意---<A HREF="#in14">日も入り方になるにつれて、空の様子もしんみりと</A>⏎15 
 22<LI>夕霧、落葉宮の部屋に忍び込む---<A HREF="#in15">そうしてから、「帰り道が霧でまことにはっきりしないので、この近辺に</A>⏎16 
 23<LI>夕霧、落葉宮をかき口説く---<A HREF="#in16">お聞き入れになるはずもなく、悔しい、こんな事にまでと</A>⏎17 
 24<LI>迫りながらも明け方近くなる---<A HREF="#in17">風がとても心細い感じで、更けて行く夜の様子、虫の音も</A>⏎18 
 25<LI>夕霧、和歌を詠み交わして帰る---<A HREF="#in18">月は曇りなく澄みわたって、霧にも遮られず</A>⏎19 
 26</OL>⏎20 
 27第二章 落葉宮の物語 律師の告げ口<BR>⏎21 
 28<OL>⏎22 
 29<LI>夕霧の後朝の文---<A HREF="#in21">このような出歩き、馴れていらっしゃらないお人柄なので</A>⏎23 
 30<LI>律師、御息所に告げ口---<A HREF="#in22">物の怪にお悩みになっていらっしゃる方は、重病と見えるが</A>⏎24 
 31<LI>御息所、小少将君に問い質す---<A HREF="#in23">律師が立ち去った後に、小少将の君を呼んで</A>⏎25 
 32<LI>落葉宮、母御息所のもとに参る---<A HREF="#in24">お越しになろうとして、額髪が濡れて固まっている</A>⏎26 
 33<LI>御息所の嘆き---<A HREF="#in25">苦しいご気分ながら、並々ならずかしこまって</A>⏎27 
 34</OL>⏎28 
 35第三章 一条御息所の物語 行き違いの不幸<BR>⏎29 
 36<OL>⏎30 
 37<LI>御息所、夕霧に返書---<A HREF="#in31">あちらからまたお手紙がある。事情を知らない女房が</A>⏎31 
 38<LI>雲居雁、手紙を奪う---<A HREF="#in32">大将殿は、この昼頃に、三条殿にいらっしゃったが</A>⏎32 
 39<LI>手紙を見ぬまま朝になる---<A HREF="#in33">あれこれと言い合いをして、このお手紙はお隠しに</A>⏎33 
 40<LI>夕霧、手紙を見る---<A HREF="#in34">蜩の鳴き声に目が覚めて、「小野の麓ではどんなに</A>⏎34 
 41<LI>御息所の嘆き---<A HREF="#in35">あちらでは、昨夜も薄情なとお見えになったご様子を</A>⏎35 
 42<LI>御息所死去す---<A HREF="#in36">ほんとうにどうしようもなく独りぎめにしておっしゃるので、抗弁して申し開きをする</A>⏎36 
 43<LI>朱雀院の弔問の手紙---<A HREF="#in37">あちこちからのご弔問、いつの間に知れたのかと見える。大将殿も</A>⏎37 
 44<LI>夕霧の弔問---<A HREF="#in38">道のりまでも遠くて、山麓にお入りになるころ、じつにぞっとした気がする</A>⏎38 
 45<LI>御息所の葬儀---<A HREF="#in39">まさか今夜ではあるまいと思っていた葬儀の準備が</A>⏎39 
 46</OL>⏎40 
 47第四章 夕霧の物語 落葉宮に心あくがれる夕霧<BR>⏎41 
 48<OL>⏎42 
 49<LI>夕霧、返事を得られず---<A HREF="#in41">山下ろしがたいそう烈しく、木の葉の影もなくなって</A>⏎43 
 50<LI>雲居雁の嘆きの歌---<A HREF="#in42">女君、やはりこのお二人のご様子を、「どのような関係だったのだろうか</A>⏎44 
 51<LI>九月十日過ぎ、小野山荘を訪問---<A HREF="#in43">九月十余日、野山の様子は、十分に分からない人でさえ</A>⏎45 
 52<LI>板ばさみの小少将君---<A HREF="#in44">この人も、それ以上にひどく泣き入りながら、「その夜の</A>⏎46 
 53<LI>夕霧、一条宮邸の側を通って帰宅---<A HREF="#in45">道すがら、しみじみとした空模様を眺めて、十三日の月が</A>⏎47 
 54<LI>落葉宮の返歌が届く---<A HREF="#in46">日が高くなってから返事を持って参った。紫の濃い紙が素っ気ない感じで</A>⏎48 
 55</OL>⏎49 
 56第五章 落葉宮の物語 夕霧執拗に迫る<BR>⏎50 
 57<OL>⏎51 
 58<LI>源氏や紫の上らの心配---<A HREF="#in51">六条院にもお聞きあそばして、とても落ち着いていて</A>⏎52 
 59<LI>夕霧、源氏に対面---<A HREF="#in52">大将の君が、参上なさった機会があって、悩んでいらっしゃる</A>⏎53 
 60<LI>父朱雀院、出家希望を諌める---<A HREF="#in53">こうしてご法事に、万端を取り仕切っておさせなさる</A>⏎54 
 61<LI>夕霧、宮の帰邸を差配---<A HREF="#in54">大将も、「あれこれと言ってみたが、今は無駄なことだ</A>⏎55 
 62<LI>落葉宮、自邸へ向かう---<A HREF="#in55">寄ってたかって説得申し上げるので、とても困りきって、色鮮やかな</A>⏎56 
 63<LI>夕霧、主人顔して待ち構える---<A HREF="#in56">ご到着なさると、邸内は悲しそうな様子もなく</A>⏎57 
 64<LI>落葉宮、塗籠に籠る---<A HREF="#in57">このように強情であるが、今となっては、邪魔立てされなさるおつもりもないので</A>⏎58 
 65</OL>⏎59 
 66第六章 夕霧の物語 雲居雁と落葉宮の間に苦慮<BR>⏎60 
 67<OL>⏎61 
 68<LI>夕霧、花散里へ弁明---<A HREF="#in61">六条院にいらっしゃって、ご休息なさる。東の上は</A>⏎62 
 69<LI>雲居雁、嫉妬に荒れ狂う---<A HREF="#in62">日が高くなって、殿にお帰りになった。お入りになるや</A>⏎63 
 70<LI>雲居雁、夕霧と和歌を詠み交す---<A HREF="#in63">昨日今日と全然お召し上がりにならなかった食事を、少々はお召し上がりに</A>⏎64 
 71<LI>塗籠の落葉宮を口説く---<A HREF="#in64">あちらには、やはり籠もっていらっしゃるのを、女房たちが</A>⏎65 
 72<LI>夕霧、塗籠に入って行く---<A HREF="#in65">「そうかといって、こうしてばかりいられようか。人が洩れ聞くことも</A>⏎66 
 73<LI>夕霧と落葉宮、遂に契りを結ぶ---<A HREF="#in66">こうしてばかり馬鹿らしく出入りするのもみっともないので</A>⏎67 
 74</OL>⏎68 
 75第七章 雲居雁の物語 夕霧の妻たちの物語<BR>⏎69 
 76<OL>⏎70 
 77<LI>雲居雁、実家へ帰る---<A HREF="#in71">このように無理して馴染んだ顔をしていらっしゃるので、三条殿は</A>⏎71 
 78<LI>夕霧、雲居雁の実家へ行く---<A HREF="#in72">寝殿にいらっしゃると聞いて、いつもお帰りの時に使う部屋は</A>⏎72 
 79<LI>蔵人少将、落葉宮邸へ使者---<A HREF="#in73">大殿は、このようなことをお聞きになって、物笑いになることと</A>⏎73 
 80<LI>藤典侍、雲居雁を慰める---<A HREF="#in74">ますますおもしろからぬご気分に、気もそぞろにうろうろなさって</A>⏎74 
 81</OL>⏎75 
d182<P>⏎
version3983 <H4>第一章 夕霧の物語 小野山荘訪問</H4>76 
version3984 <A NAME="in11">[第一段 一条御息所と落葉宮、小野山荘に移る]</A><BR>77 
 85 堅物との評判を取って、こざかしそうにしていらっしゃる大将、この一条宮のご様子を、やはり理想的だと心に止めて、世間の人目には、昔の友情を忘れていない心遣いを見せながら、とても懇切にお見舞い申し上げなさる。内心では、このままではやめられそうになく、月日を経るに従って思いが募って行かれるのであった。<BR>⏎78 
 86 御息所も、「大変にもったいないご親切であることよ」と、今ではますます寂しく所在ないお暮らしを、絶えず訪れなさるので、お慰めになることがいろいろと多かった。<BR>⏎79 
 87 初めから色めいたことを申し上げたりなさらなかったのだが、<BR>⏎80 
 88 「打って変わって色めかしく艶めいた振る舞いをするのも気恥ずかしい。ただ深い愛情をお見せ申せば、心を許してくれる時がなくはないだろう」<BR>⏎81 
 89 と思いながら、何かの用事にかこつけても、宮のご様子や態度をお伺いなさる。ご自身がお応え申し上げなさることはまったくない。<BR>⏎82 
 90 「どのような機会に、思っていることをまっすぐに申し上げて、相手のご様子を見ようか」<BR>⏎83 
c191 とお考えになっていたところ、御息所が、物の怪にひどくお患いになって、小野という辺りに、山里を持っていらっしゃった所にお移りになった。早くから御祈祷師として、物の怪などを追い払っていた律師が、山籠もりして里には出まいと誓願を立てていたのを、麓近くなので、下山して頂くためなのであった。<BR>⏎
84 とお考えになっていたところ、御息所が、物の怪にひどくお患いになって、小野という辺りに、山里を持っていらっしゃった所にお移りになった。早くから御祈祷師として、物の怪などを追い払っていた律師が、山籠もりして里には出まいと誓願を立てていたのを、麓近くなので、下山して頂くためなのであった。<BR>⏎
 92 お車をはじめとして、御前駆など、大将殿から差し向けなさったのであるが、かえって故人の親しい弟君たちは、仕事が忙しく自分の事にかまけて、お思い出し申し上げることができなかった。<BR>⏎85 
c193 弁の君、彼は彼で気がないわけでもなくて、素振りを匂わせたのだが、思ってもみない程のおあしらいだったので、無理に参上してお世話なさることもできなくなっていた。<BR>⏎
86 弁の君、彼は彼で気がないわけでもなくて、素振りを匂わせたのだが、思ってもみない程のおあしらいだったので、無理に参上してお世話なさることもできなくなっていた。<BR>⏎
 94 この君は、とても賢く、何とはない様子で自然と馴れ親しみなさったようである。修法などをおさせになると聞いて、僧の布施、浄衣などのような、こまごまとした物まで差し上げなさる。病気でいらっしゃる方は、お書きになるとができない。<BR>⏎87 
 95 「通り一遍の代筆は、けしからぬとお思いでしょう、重々しい身分のお方です」<BR>⏎88 
c196 と女房たちが申し上げるので、宮がお返事をさし上げなさる。<BR>⏎
89 と女房たちが申し上げるので、宮がお返事をさし上げなさる。<BR>⏎
 97 とても美しく、ただ一くだりほど、おっとりとした筆づかいに、言葉も優しい感じを書き添えなさっているので、ますます見たく目がとまって、頻繁に手紙を差し上げなさる。<BR>⏎90 
cd3:298-100 「やはりいつかは事の起こるに違いないご関係のようだ」<BR>⏎
 と北の方は様子を察していられたので、めんどうに思って、訪問したいとはお思いになるが、すぐにはお出かけになることができない。<BR>⏎
<P>⏎
91-92 「やはりいつかは事の起こるに違いないご関係のようだ」<BR>⏎
 と北の方は様子を察していられたので、めんどうに思って、訪問したいとはお思いになるが、すぐにはお出かけになることができない。<BR>⏎
version39101 <A NAME="in12">[第二段 八月二十日頃、夕霧、小野山荘を訪問]</A><BR>93 
 102 八月二十日のころなので、野辺の様子も美しい時期だし、山里の様子もとても気になるので、<BR>⏎94 
 103 「何某律師が珍しく下山していると言うので、是非に相談したいことがある。御息所が病気でいらっしゃると言うのもお見舞いがてら、お伺いしよう」<BR>⏎95 
c1104 とさりげない用件のように申し上げてお出かけになる。御前駆、大げさにせず、親しい者だけ五六人ほどが、狩衣姿で従う。特別深い山道ではないが、松が崎の小山の色なども、それほどの岩山ではないが、秋らしい様子になって、都で又となく善美を尽くした住居より、やはり情趣も風情も立ち勝って見えることであるよ。<BR>⏎
96 とさりげない用件のように申し上げてお出かけになる。御前駆、大げさにせず、親しい者だけ五六人ほどが、狩衣姿で従う。特別深い山道ではないが、松が崎の小山の色なども、それほどの岩山ではないが、秋らしい様子になって、都で又となく善美を尽くした住居より、やはり情趣も風情も立ち勝って見えることであるよ。<BR>⏎
 105 ちょっとした小柴垣も風流な様に作ってあって、仮のお住まいだが品よくお暮らしになっていらっしゃった。寝殿と思われる東の放出に、修法の壇を塗り上げて、北の廂の間にいらっしゃるので、西表の間に宮はいらっしゃる。<BR>⏎97 
 106 御物の怪が厄介だからと言って、お止め申し上げなさったが、どうしてお側を離れ申そうと、慕ってお移りになったのだが、物の怪が他の人に乗り移るのを恐れて、わずかの隔てを置く程度にして、そちらにはお入れ申し上げなさらない。<BR>⏎98 
 107 客人のお座りになる所がないので、宮の御方の簾の前にお入れ申して、上臈のような女房たちが、ご挨拶をお伝え申し上げる。<BR>⏎99 
 108 「まことにもったいなく、こんなにまで遠路はるばるお見舞いにお越し下さいまして。もしこのままはかなくなってしまいましたならば、このお礼をさえ申し上げることができないのではないかと、存じておりましたが、もう暫く生きていたいという気持ちになりました」<BR>⏎100 
c1109 と奥から申し上げなさった。<BR>⏎
101 と奥から申し上げなさった。<BR>⏎
 110 「お移りあそばした時のお供を致そうと存じておりましたが、六条院から仰せつけられていた事が中途になっていまして。このところも、何かと忙しい雑事がございまして、案じておりました気持ちよりも、ずっと誠意がない者のように御覧になられますのが、辛うございます」<BR>⏎102 
cd2:1111-112 などと申し上げなさる。<BR>⏎
<P>⏎
103 などと申し上げなさる。<BR>⏎
version39113 <A NAME="in13">[第三段 夕霧、落葉宮に面談を申し入れる]</A><BR>104 
 114 宮は、奥の方にとてもひっそりとしていらっしゃるが、おおげさでない仮住まいのお設備で、端近な感じのご座所なので、宮のご様子も自然とはっきり伝わる。とても物静かに身じろぎなさる時の衣ずれの音、あれがそうなのだろうと、聞いていらっしゃった。<BR>⏎105 
 115 心も上の空になって、あちらへのご挨拶を伝えている間、少し長く手間取っているうちに、例の少将の君などの、伺候している女房たちにお話などなさって、<BR>⏎106 
 116 「このように参上して親しくお話を伺うことが、何年という程になったが、まったく他人行儀にお扱いなさる恨めしさよ。このような御簾の前で、人伝てのご挨拶などを、ほのかにお伝え申し上げるとはね。いまだ経験したことがないね。どんなにか古くさい人間かと、宮様方は笑っていらっしゃるだろうと、きまりの悪い思いがする。<BR>⏎107 
c2117-118 年齢も若く身分も低かったころに、多少とも色めいたことに経験が豊かであったら、こんな恥ずかしい思いはしなかったろうに。まったくこのように生真面目で、愚かしく年を過ごして来た人は、他にいないだろう」<BR>⏎
 とおっしゃる。なるほどまことに軽々しくお扱いできないご様子でいらっしゃるので、やはりそうであったかと、<BR>⏎
108-109 年齢も若く身分も低かったころに、多少とも色めいたことに経験が豊かであったら、こんな恥ずかしい思いはしなかったろうに。まったくこのように生真面目で、愚かしく年を過ごして来た人は、他にいないだろう」<BR>⏎
 とおっしゃる。なるほどまことに軽々しくお扱いできないご様子でいらっしゃるので、やはりそうであったかと、<BR>⏎
 119 「中途半端なお返事を申し上げるのは、気が引けます」<BR>⏎110 
 120 などとつっ突き合って、<BR>⏎111 
 121 「このようなご不満に対し情趣を解さないように思われます」<BR>⏎112 
c1122 と宮に申し上げると、<BR>⏎
113 と宮に申し上げると、<BR>⏎
 123 「ご自身で直接申し上げなさらないようなご無礼につき、代わって致さねばならないところですが、大変に恐いほどのご病気でいらっしゃったようなのを、看病致しておりましたうちに、ますます生きているのかどうなのか分からない気分になって、お返事申し上げることができません」<BR>⏎114 
 124 とおっしゃるので、<BR>⏎115 
c1125 「これは宮のお返事ですか」と居ずまいを正して、「お気の毒なご病気を、わが身に代えてもとご心配申し上げておりましたのも、他ならぬあなたのためです。恐れ多いことですが、物事のご判断がお出来になるご様子などを、ご快復を御覧になられるまでは、平穏にお過ごしになられるのが、どなたにとっても心強いことでございましょうと、ご推察申し上げるのです。ただ母上様へのご心配ばかりとお考えになって、積もる思いをご理解下さらないのは、不本意でございます」<BR>⏎
116 「これは宮のお返事ですか」と居ずまいを正して、「お気の毒なご病気を、わが身に代えてもとご心配申し上げておりましたのも、他ならぬあなたのためです。恐れ多いことですが、物事のご判断がお出来になるご様子などを、ご快復を御覧になられるまでは、平穏にお過ごしになられるのが、どなたにとっても心強いことでございましょうと、ご推察申し上げるのです。ただ母上様へのご心配ばかりとお考えになって、積もる思いをご理解下さらないのは、不本意でございます」<BR>⏎
 126 と申し上げなさる。「おっしゃる通りだ」と、女房たちも申し上げる。<BR>⏎117 
d1127<P>⏎
version39128 <A NAME="in14">[第四段 夕霧、山荘に一晩逗留を決意]</A><BR>118 
 129 日も入り方になるにつれて、空の様子もしんみりと霧が立ち籠めて、山の蔭は薄暗い感じがするところに、蜩がしきりに鳴いて、垣根に生えている撫子が、風になびいている色も美しく見える。<BR>⏎119 
 130 前の前栽の花々が、思い思いに咲き乱れているところに、水の音がとても涼しそうに聞こえて、山下ろしの風がぞっとするように、松風の響きが奥にこもってそこらじゅう聞こえたりなどして、不断の経を読むのが、交替の時刻になって、鐘を打ち鳴らすと、立つ僧の声も変って座る僧の声も、一緒になって、まことに尊く聞こえる。<BR>⏎120 
 131 場所柄ゆえ、あらゆる事が心細く思われるのも、しみじみと感慨が湧き起こる。お帰りなる気持ちも起こらない。律師の加持する声がして、陀羅尼を大変に尊く読んでいる様子である。<BR>⏎121 
 132 たいそうお苦しそうでいらっしゃるということで、女房たちもそちらの方に集まって、大体が、このような仮住まいに大勢はお供しなかったので、ますます人少なで、宮は物思いに耽っていらっしゃった。ひっそりしていて、「思っていることも話し出すによい機会かな」と思って座っていらっしゃると、霧がすぐこの軒の所まで立ち籠めたので、<BR>⏎122 
 133 「帰って行く方角も分からなくなって行くのは、どうしたらよいでしょうか」と言って、<BR>⏎123 
cd2:1134-135 「山里の物寂しい気持ちを添える夕霧のために<BR>⏎
  帰って行く気持ちにもなれずおります」<BR>⏎
124 「山里の物寂しい気持ちを添える夕霧のために<BR>  帰って行く気持ちにもなれずおります」<BR>⏎
 136 と申し上げなさると、<BR>⏎125 
cd2:1137-138 「山里の垣根に立ち籠めた霧も<BR>⏎
  気持ちのない人は引き止めません」<BR>⏎
126 「山里の垣根に立ち籠めた霧も<BR>  気持ちのない人は引き止めません」<BR>⏎
 139 かすかに申し上げるご様子に慰めながら、ほんとうに帰るのを忘れてしまった。<BR>⏎127 
 140 「どうしてよいか分からない気持ちです。家路は見えないし、霧の立ち籠めたこの家には、立ち止まることもできないようにせき立てなさる。物馴れない男は、こうした目に遭うのですね」<BR>⏎128 
c1141 などとためらって、これ以上堪えられない思いをほのめかして申し上げなさると、今までも全然ご存知でなかったわけではないが、知らない顔でばかり通して来なさったので、このように言葉に出されてお恨み申し上げなさるのを、面倒に思って、ますますお返事もないので、たいそう嘆きながら、心の中で、「再びこのような機会があるだろうか」と、思案をめぐらしなさる。<BR>⏎
129 などとためらって、これ以上堪えられない思いをほのめかして申し上げなさると、今までも全然ご存知でなかったわけではないが、知らない顔でばかり通して来なさったので、このように言葉に出されてお恨み申し上げなさるのを、面倒に思って、ますますお返事もないので、たいそう嘆きながら、心の中で、「再びこのような機会があるだろうか」と、思案をめぐらしなさる。<BR>⏎
 142 「薄情で軽薄な者と思われ申そうとも、どうすることもできない。せめて思い続けて来たことだけでもお打ち明け申そう」<BR>⏎130 
 143 と思って、供人をお呼びになると、近衛府の将監から五位になった、腹心の家来が参った。人目に立たないように呼び寄せなさって、<BR>⏎131 
 144 「この律師に是非とも話したいことがあるのだが。護身などに忙しいようだが、ちょうど今は休んでいるだろう。今夜はこの近辺に泊まって、初夜の時刻が終わるころに、あの控えている所に参ろう。誰と誰とを、控えさせておけ。随身などの男たちは、栗栖野の荘園が近いから、秣などを馬に食わせて、ここでは大勢の声を立てるではない。このような旅寝は、軽率なように人が取り沙汰しようから」<BR>⏎132 
 145 とお命じになる。何かきっと子細があるのだろうと理解して、仰せを承って立った。<BR>⏎133 
d1146<P>⏎
version39147 <A NAME="in15">[第五段 夕霧、落葉宮の部屋に忍び込む]</A><BR>134 
 148 そうしてから、<BR>⏎135 
 149 「帰り道が霧でまことにはっきりしないので、この近辺に宿をお借りしましょう。同じことなら、この御簾の側をお許し下さい。阿闍梨が下がって来るまでは」<BR>⏎136 
c1150 などとさりげなくおっしゃる。いつもは、このように長居して、くだけた態度もお見せなさらないのに、「嫌なことだわ」と、宮はお思いになるが、わざとらしくして、さっさとあちらにお移りになるのは、人の体裁の悪い気がなさって、ただ音を立てずにいらっしゃると、何かと申し上げて、お言葉をお伝えに入って行く女房の後ろに付いて、御簾の中に入っておしまいになった。<BR>⏎
137 などとさりげなくおっしゃる。いつもは、このように長居して、くだけた態度もお見せなさらないのに、「嫌なことだわ」と、宮はお思いになるが、わざとらしくして、さっさとあちらにお移りになるのは、人の体裁の悪い気がなさって、ただ音を立てずにいらっしゃると、何かと申し上げて、お言葉をお伝えに入って行く女房の後ろに付いて、御簾の中に入っておしまいになった。<BR>⏎
 151 まだ夕暮のころで、霧に閉じ籠められて、家の内は暗くなった時分である。驚いて振り返ると、宮はとても気味悪くおなりになって、北の御障子の外にいざってお出あそばすが、実によく探し当てて、お引き止め申した。<BR>⏎138 
 152 お身体はお入りになったが、お召し物の裾が残って、襖障子は、向側から鍵を掛けるすべもなかったので、閉めきれないまま、総身びっしょりに汗を流して震えていらっしゃる。<BR>⏎139 
 153 女房たちも驚きあきれて、どうしたらよいかとも考えがつかない。こちら側からは懸金もあるが、困りきって、手荒くは、引き離すことのできるご身分の方ではないので、<BR>⏎140 
 154 「何ともひどいことを。思いも寄りませんでしたお心ですこと」<BR>⏎141 
c1155 と今にも泣き出しそうに申し上げるが、<BR>⏎
142 と今にも泣き出しそうに申し上げるが、<BR>⏎
 156 「この程度にお側近くに控えているのが、誰にもまして疎ましく、目障りな者とお考えになるのでしょうか。人数にも入らないわが身ですが、お耳馴れになった年月も長くなったでしょう」<BR>⏎143 
cd2:1157-158 とおっしゃってとても静かに体裁よく落ち着いた態度で、心の中をお話し申し上げなさる。<BR>⏎
<P>⏎
144 とおっしゃってとても静かに体裁よく落ち着いた態度で、心の中をお話し申し上げなさる。<BR>⏎
version39159 <A NAME="in16">[第六段 夕霧、落葉宮をかき口説く]</A><BR>145 
c2160-161 お聞き入れになるはずもなく、悔しい、こんな事にまでとお思いになることばかりが、心を去らないので、返事のお言葉はまったく思い浮かびなさらない。<BR>⏎
 「まことに情けなく、子供みたいなお振る舞いですね。人知れない胸の中に思いあまった色めいた罪ぐらいはございましょうが、これ以上馴れ馴れし過ぎる態度は、まったくお許しがなければ致しません。どんなにか千々に乱れて悲しみに堪え兼ねていますことか。<BR>⏎
146-147 お聞き入れになるはずもなく、悔しい、こんな事にまでとお思いになることばかりが、心を去らないので、返事のお言葉はまったく思い浮かびなさらない。<BR>⏎
 「まことに情けなく、子供みたいなお振る舞いですね。人知れない胸の中に思いあまった色めいた罪ぐらいはございましょうが、これ以上馴れ馴れし過ぎる態度は、まったくお許しがなければ致しません。どんなにか千々に乱れて悲しみに堪え兼ねていますことか。<BR>⏎
 162 いくらなんでも自然とご存知になる事もございましょうに、無理に知らぬふりに、よそよそしくお扱いなさるようなので、申し上げるすべもないので、しかたがない、わきまえもなくけしからぬとお思いなさっても、このままでは朽ちはててしまいかねない訴えを、はっきりと申し上げて置きたいと思っただけです。言いようもないつれないおあしらいが辛く思われますが、まことに恐れ多いことですから」<BR>⏎148 
c1163 と言って努めて思いやり深く、気をつかっていらっしゃった。<BR>⏎
149 と言って努めて思いやり深く、気をつかっていらっしゃった。<BR>⏎
 164 襖を押さえていらっしゃるのは、頼りにならない守りであるが、あえて引き開けず、<BR>⏎150 
 165 「この程度の隔てをと、無理にお思いになるのがお気の毒です」<BR>⏎151 
cd2:1166-167 とついお笑いになって、思いやりのない振る舞いはしない。宮のご様子の、優しく上品で優美でいらっしゃること、何と言っても格別に思える。ずっと物思いに沈んでいらっしゃったせいか、痩せてか細い感じがして、普段着のままでいらっしゃるお袖の辺りもしなやかで、親しみやすく焚き込めた香の匂いなども、何もかもがかわいらしく、なよなよとした感じがしていらっしゃった。<BR>⏎
<P>⏎
152 とついお笑いになって、思いやりのない振る舞いはしない。宮のご様子の、優しく上品で優美でいらっしゃること、何と言っても格別に思える。ずっと物思いに沈んでいらっしゃったせいか、痩せてか細い感じがして、普段着のままでいらっしゃるお袖の辺りもしなやかで、親しみやすく焚き込めた香の匂いなども、何もかもがかわいらしく、なよなよとした感じがしていらっしゃった。<BR>⏎
version39168 <A NAME="in17">[第七段 迫りながらも明け方近くなる]</A><BR>153 
 169 風がとても心細い感じで、更けて行く夜の様子、虫の音も、鹿の声も、滝の音も、一つに入り乱れて、風情をそそるころなので、まるで情趣など解さない軽薄な人でさえ、寝覚めするに違いない空の様子を、格子もそのまま、入方の月が山の端に近くなったころ、涙を堪え切れないほど、ものあわれである。<BR>⏎154 
c1170 「やはりこのようにお分かりになって頂けないご様子は、かえって浅薄なお心底と思われます。このような世間知らずなまで愚かしく心配のいらないところなども、他にいないだろうと思われますが、どのようなことでも手軽にできる身分の人は、このような振る舞いを愚か者だと笑って、同情のない心をするものです。<BR>⏎
155 「やはりこのようにお分かりになって頂けないご様子は、かえって浅薄なお心底と思われます。このような世間知らずなまで愚かしく心配のいらないところなども、他にいないだろうと思われますが、どのようなことでも手軽にできる身分の人は、このような振る舞いを愚か者だと笑って、同情のない心をするものです。<BR>⏎
 171 あまりにひどくお蔑みなさるので、もう抑えてはいられないような気が致します。男女の仲というものを全くご存知ないわけではありますまいに」<BR>⏎156 
c2172-173 といろいろと言い迫られなさって、どのようにお答えしたらよいものかと、困り切って思案なさる。<BR>⏎
 結婚した経験があるから気安いように、時々口にされるのも、不愉快で、「なるほど又とない身の不運だわ」と、お思い続けていらっしゃると、死んでしまいそうに思われなさって、<BR>⏎
157-158 といろいろと言い迫られなさって、どのようにお答えしたらよいものかと、困り切って思案なさる。<BR>⏎
 結婚した経験があるから気安いように、時々口にされるのも、不愉快で、「なるほど又とない身の不運だわ」と、お思い続けていらっしゃると、死んでしまいそうに思われなさって、<BR>⏎
 174 「情けない我が身の過ちを知ったとしても、とてもこのようなひどい有様を、どのように考えたらよいものでしょうか」<BR>⏎159 
cd3:2175-177 ととてもかすかに、悲しそうにお泣きになって、<BR>⏎
 「わたしだけが不幸な結婚をした女の例として<BR>⏎
  さらに涙の袖を濡らして悪い評判を受けなければならないのでしょうか」<BR>⏎
160-161 ととてもかすかに、悲しそうにお泣きになって、<BR>⏎
 「わたしだけが不幸な結婚をした女の例として<BR>  さらに涙の袖を濡らして悪い評判を受けなければならないのでしょうか」<BR>⏎
 178 とおっしゃるともないのに、わが気持ちのままに、ひっそりとお口ずさみなさるのも、いたたまれない思いで、どうして歌など詠んだのだろうと、悔やまずいらっしゃれないでいると、<BR>⏎162 
cd4:3179-182 「おっしゃるとおり悪い事を申しましたね」<BR>⏎
 などと微笑んでいらっしゃるご様子で、<BR>⏎
 「だいたいがわたしがあなたに悲しい思いをさせなくても<BR>⏎
  既に立ってしまった悪い評判はもう隠れるものではありません<BR>⏎
163-165 「おっしゃるとおり悪い事を申しましたね」<BR>⏎
 などと微笑んでいらっしゃるご様子で、<BR>⏎
 「だいたいがわたしがあなたに悲しい思いをさせなくても<BR>  既に立ってしまった悪い評判はもう隠れるものではありません<BR>⏎
 183 一途にお心向け下さい」<BR>⏎166 
cd4:3184-187 と言って月の明るい方にお誘い申し上げるのも、心外な、とお思いになる。気強く応対なさるが、たやすくお引き寄せ申して、<BR>⏎
 「これほど例のない厚い愛情をお分かり下さって、お気を楽になさって下さい。お許しがなくては、けっしてけっして」<BR>⏎
 とたいそうはっきりと申し上げなさっているうちに、明け方近くなってしまった。<BR>⏎
<P>⏎
167-169 と言って月の明るい方にお誘い申し上げるのも、心外な、とお思いになる。気強く応対なさるが、たやすくお引き寄せ申して、<BR>⏎
 「これほど例のない厚い愛情をお分かり下さって、お気を楽になさって下さい。お許しがなくては、けっしてけっして」<BR>⏎
 とたいそうはっきりと申し上げなさっているうちに、明け方近くなってしまった。<BR>⏎
version39188 <A NAME="in18">[第八段 夕霧、和歌を詠み交わして帰る]</A><BR>170 
 189 月は曇りなく澄みわたって、霧にも遮られず光が差し込んでいる。浅い造りの廂の軒は、奥行きもない感じがするので、月の顔と向かい合っているようで、妙にきまり悪くて、顔を隠していらっしゃる振る舞いなど、言いようもなく優美でいらっしゃった。<BR>⏎171 
 190 亡き君のお話も少し申し上げて、当たり障りのない穏やかな話を申し上げなさる。それでもやはり、あの故人ほどに思って下さらないのを、恨めしそうにお恨み申し上げなさる。お心の中でも、<BR>⏎172 
c2191-192 「かの亡き君は位などもまだ十分ではなかったのに、誰も彼もがお許しになったので、自然と成り行きに従って、結婚なさったのだが、それでさえ冷淡になって行ったお心の有様は、ましてこのようなとんでもないことに、まったくの他人というわけでさえないが、大殿などがお聞きになってどうお思いになることか。世間一般の非難は言うまでもなく、父の院におかれてもどのようにお聞きあそばしお思いあそばされることだろうか」<BR>⏎
 などとご縁者のあちらこちらの方々のお心をお考えなさると、とても残念で、自分の考え一つに、<BR>⏎
173-174 「かの亡き君は位などもまだ十分ではなかったのに、誰も彼もがお許しになったので、自然と成り行きに従って、結婚なさったのだが、それでさえ冷淡になって行ったお心の有様は、ましてこのようなとんでもないことに、まったくの他人というわけでさえないが、大殿などがお聞きになってどうお思いになることか。世間一般の非難は言うまでもなく、父の院におかれてもどのようにお聞きあそばしお思いあそばされることだろうか」<BR>⏎
 などとご縁者のあちらこちらの方々のお心をお考えなさると、とても残念で、自分の考え一つに、<BR>⏎
 193 「このように強く思っても、世間の人の噂はどうだろうか。母御息所がご存知でないのも、罪深い気がするし、このようにお聞きになって、考えのないことだと、お思いになりおっしゃろうこと」が辛いので、<BR>⏎175 
 194 「せめて夜を明かさずにお帰り下さい」<BR>⏎176 
cd5:4195-199 とせき立て申し上げなさるより他ない。<BR>⏎
 「驚いたことですね。意味ありげに踏み分けて帰る朝露が変に思うでしょうよ。やはりそれならばお考え下さい。愚かな姿をお見せ申して、うまく言いくるめて帰したとお見限り考えなさるようなら、その時はこの心もおとなしくしていられない、今までに致した事もない、不埒な事どもを仕出かすようなことになりそうに存じられます」<BR>⏎
 と言ってとても後が気がかりで、中途半端な逢瀬であったが、いきなり色めいた態度に出ることが、ほんとうに馴れていないお人柄なので、「お気の毒で、ご自身でも見下げたくならないか」などとお思いになって、どちらにとっても、人目につきにくい時分の霧に紛れてお帰りになるのは、心も上の空である。<BR>⏎
 「荻原の軒葉の荻の露に濡れながら幾重にも<BR>⏎
  立ち籠めた霧の中を帰って行かねばならないのでしょう<BR>⏎
177-180 とせき立て申し上げなさるより他ない。<BR>⏎
 「驚いたことですね。意味ありげに踏み分けて帰る朝露が変に思うでしょうよ。やはりそれならばお考え下さい。愚かな姿をお見せ申して、うまく言いくるめて帰したとお見限り考えなさるようなら、その時はこの心もおとなしくしていられない、今までに致した事もない、不埒な事どもを仕出かすようなことになりそうに存じられます」<BR>⏎
 と言ってとても後が気がかりで、中途半端な逢瀬であったが、いきなり色めいた態度に出ることが、ほんとうに馴れていないお人柄なので、「お気の毒で、ご自身でも見下げたくならないか」などとお思いになって、どちらにとっても、人目につきにくい時分の霧に紛れてお帰りになるのは、心も上の空である。<BR>⏎
 「荻原の軒葉の荻の露に濡れながら幾重にも<BR>  立ち籠めた霧の中を帰って行かねばならないのでしょう<BR>⏎
 200 濡れ衣はやはりお免れになることはできますまい。このように無理にせき立てなさるあなたのせいですよ」<BR>⏎181 
cd3:2201-203 と申し上げなさる。なるほどご自分の評判が聞きにくく伝わるに違いないが、「せめて自分の心に問われた時だけでも、潔白だと答えよう」とお思いになると、ひどくよそよそしいお返事をなさる。<BR>⏎
 「帰って行かれる草葉の露に濡れるのを言いがかりにして<BR>⏎
  わたしに濡れ衣を着せようとお思いなのですか<BR>⏎
182-183 と申し上げなさる。なるほどご自分の評判が聞きにくく伝わるに違いないが、「せめて自分の心に問われた時だけでも、潔白だと答えよう」とお思いになると、ひどくよそよそしいお返事をなさる。<BR>⏎
 「帰って行かれる草葉の露に濡れるのを言いがかりにして<BR>  わたしに濡れ衣を着せようとお思いなのですか<BR>⏎
 204 心外なことですわ」<BR>⏎184 
cd2:1205-206 とお咎めになるご様子、とても風情があり気品がある。長年、人とは違った人情家になって、いろいろと思いやりのあるところをお見せ申していたのに、それとうって変わって、油断させ、好色がましいのが、おいたわしく、気恥ずかしいので、少なからず反省し反省しては、「このように無理をしてお従い申したとしても、後になって馬鹿らしく思われないか」と、あれこれと思い乱れながらお帰りになる。帰り道の露っぽさも、まことにいっぱいある。<BR>⏎
<P>⏎
185 とお咎めになるご様子、とても風情があり気品がある。長年、人とは違った人情家になって、いろいろと思いやりのあるところをお見せ申していたのに、それとうって変わって、油断させ、好色がましいのが、おいたわしく、気恥ずかしいので、少なからず反省し反省しては、「このように無理をしてお従い申したとしても、後になって馬鹿らしく思われないか」と、あれこれと思い乱れながらお帰りになる。帰り道の露っぽさも、まことにいっぱいある。<BR>⏎
version39207 <H4>第二章 落葉宮の物語 律師の告げ口</H4>186 
version39208 <A NAME="in21">[第一段 夕霧の後朝の文]</A><BR>187 
 209 このような出歩き、馴れていらっしゃらないお人柄なので、興をそそられまた気のもめることだとも思われながら、三条殿にお帰りになると、女君が、このような露に濡れているのを変だとお疑いになるに違いないので、六条院の東の御殿に参上なさった。まだ朝霧も晴れず、それ以上にあちらではどうであろうか、とお思いやりになる。<BR>⏎188 
 210 「いつにないお忍び歩きだったのですわ」<BR>⏎189 
c1211 と女房たちはささやき合う。暫くお休みになってから、お召し物を着替えなさる。いつでも夏服冬服と大変きれいに用意していらっしゃるので、香を入れた御唐櫃から取り出して差し上げなさる。お粥など召し上がって、院の御前に参上なさる。<BR>⏎
190 と女房たちはささやき合う。暫くお休みになってから、お召し物を着替えなさる。いつでも夏服冬服と大変きれいに用意していらっしゃるので、香を入れた御唐櫃から取り出して差し上げなさる。お粥など召し上がって、院の御前に参上なさる。<BR>⏎
 212 あちらにお手紙を差し上げなさったが、御覧になろうともなさらない。唐突にも心外であった有様、腹だたしくも恥ずかしくもお思いなさると、不愉快で、母御息所がお聞き知りになることもまことに恥ずかしく、また一方、こんなことがあったとは全然御存知でないのに、普段と変わった態度にお気づきになり、人の噂もすぐに広まる世の中だから、自然と聞き合わせて、隠していたとお思いになるのがとても辛いので、<BR>⏎191 
 213 「女房たちがありのままに申し上げて欲しい。困ったことだとお思いになってもしかたがない」とお思いになる。<BR>⏎192 
 214 母子の御仲と申す中でも、少しも互いに隠さず打ち明けていらっしゃる。他人は漏れ聞いても、親には隠している例は、昔の物語にもあるようだが、そのようにはお思いなさらない。女房たちは、<BR>⏎193 
 215 「何の、少しばかりお聞きになって、子細ありそうに、あれこれと御心配なさることがありましょうか。まだ何事もないのに、おいたわしい」<BR>⏎194 
 216 などと言い合わせて、この御仲がどうなるのだろうと思っている女房どうしは、このお手紙が見たいと思うが、すこしも開かせなさらないので、じれったくて、<BR>⏎195 
c1217 「やはり全然お返事をなさらないのも、不安だし、子供っぽいようでございましょう」<BR>⏎
196 「やはり全然お返事をなさらないのも、不安だし、子供っぽいようでございましょう」<BR>⏎
 218 などと申し上げて、広げたので、<BR>⏎197 
 219 「見苦しく、呆然としていて、相手にあの程度でお会いした至らなさを、わが身の過ちと思ってみるが、遠慮のなかったあまりの態度を、情けなく思われるのです。拝見できませんと言いなさい」<BR>⏎198 
cd4:3220-223 ともってのほかだと、横におなりあそばした。<BR>⏎
 実のところは憎い様子もなく、とても心をこめてお書きになって、<BR>⏎
 「魂をつれないあなたの所に置いてきて<BR>⏎
  自分ながらどうしてよいか分かりません<BR>⏎
199-201 ともってのほかだと、横におなりあそばした。<BR>⏎
 実のところは憎い様子もなく、とても心をこめてお書きになって、<BR>⏎
 「魂をつれないあなたの所に置いてきて<BR>  自分ながらどうしてよいか分かりません<BR>⏎
 224 思うにまかせないものは心であるとか、昔も同じような人があったのだと存じてみますにも、まったくどうしてよいものか分かりません」<BR>⏎202 
c1225 などととても多く書いてあるようだが、女房はよく見ることができない。通常の後朝の手紙ではないようであるが、やはりすっきりとしない。女房たちは、ご様子もお気の毒なので、心を痛めて拝見しながら、<BR>⏎
203 などととても多く書いてあるようだが、女房はよく見ることができない。通常の後朝の手紙ではないようであるが、やはりすっきりとしない。女房たちは、ご様子もお気の毒なので、心を痛めて拝見しながら、<BR>⏎
 226 「どのような御事なのでしょう。どのような事につけても、素晴らしく思いやりのあるお気持ちは長年続いているけれども」<BR>⏎204 
 227 「ご結婚相手としてお頼み申しては、がっかりなさるのではないか、と思うのも不安で」<BR>⏎205 
cd2:1228-229 などと親しく伺候している者だけは、皆それぞれ心配している。御息所もまったく御存知でない。<BR>⏎
<P>⏎
206 などと親しく伺候している者だけは、皆それぞれ心配している。御息所もまったく御存知でない。<BR>⏎
version39230 <A NAME="in22">[第二段 律師、御息所に告げ口]</A><BR>207 
 231 物の怪にお悩みになっていらっしゃる方は、重病と見えるが、爽やかな気分になられる合間もあって、正気にお戻りになる。昼日中のご加持が終わって、阿闍梨一人が残って、なおも陀羅尼を読んでいらっしゃる。好くおなりあそばしたのを、喜んで、<BR>⏎208 
c2232-233 「大日如来は嘘をおっしゃいません。どうしてこのような拙僧が心をこめて奉仕するご修法に、験のないことがありましょうか。悪霊は執念深いようですが、業障につきまとわれた弱いものである」<BR>⏎
 と声はしわがれて荒々しくいらっしゃる。たいそう俗世離れした一本気な律師なので、だしぬけに、<BR>⏎
209-210 「大日如来は嘘をおっしゃいません。どうしてこのような拙僧が心をこめて奉仕するご修法に、験のないことがありましょうか。悪霊は執念深いようですが、業障につきまとわれた弱いものである」<BR>⏎
 と声はしわがれて荒々しくいらっしゃる。たいそう俗世離れした 一本気な律師なので、だしぬけに、<BR>⏎
 234 「そうでした。あの大将は、いつからここにお通い申すようになられましたか」<BR>⏎211 
 235 とお尋ねになる。御息所は、<BR>⏎212 
 236 「そのようなことはございません。亡くなった大納言と大変仲が好くて、お約束なさったことを裏切るまいと、ここ数年来、何かの機会につけて、不思議なほど親しくお出入りなさっているのですが、このようにわざわざ、患っていますのをお見舞いにと言って、立ち寄って下さったので、もったいないことと聞いておりました」<BR>⏎213 
 237 と申し上げなさる。<BR>⏎214 
c5238-242 「いや何とおかしい。拙僧にお隠しになることもありますまい。今朝、後夜の勤めに参上した時に、あの西の妻戸から、たいそう立派な男性がお出になったのを、霧が深くて、拙僧にはお見分け申すことができませんでしたが、この法師どもが、『大将殿がお出なさるのだ』と、『昨夜もお車を帰してお泊りになったのだ』と、口々に申していた。<BR>⏎
 なるほどまことに香ばしい薫りが満ちていて、頭が痛くなるほどであったので、なるほどそうであったのかと、合点がいったのでござった。いつもまことに香ばしくいらっしゃる君である。このことは、決して望ましいことではあるまい。相手はまことに立派な方でいらっしゃる。<BR>⏎
 拙僧らも、子供でいらっしゃったころから、あの君の御為の事には、修法を、亡くなられた大宮が仰せつけになったので、もっぱらしかるべき事は、今でも承っているところであるが、まことに無益である。本妻は勢いが強くていらっしゃる。ああした今を時めく一族の方で、まことに重々しい。若君たちは七八人におなりになった。<BR>⏎
 皇女の君とて圧倒できまい。また女人という罪障深い身を受け、無明長夜の闇に迷うのは、ただこのような罪によって、そのようなひどい報いを受けるものである。本妻のお怒りが生じたら、長く成仏の障りとなろう。全く賛成できぬ」<BR>⏎
 と頭を振って、ずけずけと思い通りに言うので、<BR>⏎
215-219 「いや何とおかしい。拙僧にお隠しになることもありますまい。今朝、後夜の勤めに参上した時に、あの西の妻戸から、たいそう立派な男性がお出になったのを、霧が深くて、拙僧にはお見分け申すことができませんでしたが、この法師どもが、『大将殿がお出なさるのだ』と、『昨夜もお車を帰してお泊りになったのだ』と、口々に申していた。<BR>⏎
 なるほどまことに香ばしい薫りが満ちていて、頭が痛くなるほどであったので、なるほどそうであったのかと、合点がいったのでござった。いつもまことに香ばしくいらっしゃる君である。このことは、決して望ましいことではあるまい。相手はまことに立派な方でいらっしゃる。<BR>⏎
 拙僧らも、子供でいらっしゃったころから、あの君の御為の事には、修法を、亡くなられた大宮が仰せつけになったので、もっぱらしかるべき事は、今でも承っているところであるが、まことに無益である。本妻は勢いが強くていらっしゃる。ああした今を時めく一族の方で、まことに重々しい。若君たちは 八人におなりになった。<BR>⏎
 皇女の君とて圧倒できまい。また女人という罪障深い身を受け、無明長夜の闇に迷うのは、ただこのような罪によって、そのようなひどい報いを受けるものである。本妻のお怒りが生じたら、長く成仏の障りとなろう。全く賛成できぬ」<BR>⏎
 と頭を振って、ずけずけと思い通りに言うので、<BR>⏎
 243 「何とも妙な話です。まったくそのようにはお見えにならない方です。いろいろと気分が悪かったので、一休みしてお目にかかろうとおっしゃって、暫くの間立ち止まっていらっしゃると、ここの女房たちが言っていたが、そのように言ってお泊まりになったのでしょうか。だいたいが誠実で、実直でいらっしゃる方ですが」<BR>⏎220 
c1244 と不審がりなさりながら、心の中では、<BR>⏎
221 と不審がりなさりながら、心の中では、<BR>⏎
 245 「そのような事があったのだろうか。普通でないご様子は、時々見えたが、お人柄がたいそうしっかりしていて、努めて人の非難を受けるようなことは避けて、真面目に振る舞っていらっしゃったのに、たやすく納得できないことはなさるまいと、安心していたのだ。人少なでいらっしゃる様子を見て、忍び込みなさったのであろうか」とお思いになる。<BR>⏎222 
d1246<P>⏎
version39247 <A NAME="in23">[第三段 御息所、小少将君に問い質す]</A><BR>223 
 248 律師が立ち去った後に、小少将の君を呼んで、<BR>⏎224 
c1249 「これこれの事を聞きました。どうした事ですか。どうしてわたしには、これこれしかじかの事があったとお聞かせ下さらなかったのですか。そんな事はあるまいと思いますが」<BR>⏎
225 「これこれの事を聞きました。どうした事ですか。どうしてわたしには、これこれしかじかの事があったとお聞かせ下さらなかったのですか。そんな事はあるまいと思いますが」<BR>⏎
 250 とおっしゃると、お気の毒であるが、最初からのいきさつを、詳しく申し上げる。今朝のお手紙の様子、宮もかすかに仰せになった事などを申し上げ、<BR>⏎226 
 251 「長年、秘めていらしたお胸の中を、お耳に入れようというほどでございましたでしょうか。めったにないお心づかいで、夜も明けきらないうちにお帰りになりましたが、人はどのようなふうに申し上げたのでございましょうか」<BR>⏎227 
c1252 律師とは思いもよらず、こっそりと女房が申し上げたものと思っている。何もおっしゃらず、とても残念だとお思いになると、涙がぽろぽろとこぼれなさった。拝見するのも、まことにお気の毒で、「どうしてありのままを申し上げてしまったのだろう。苦しいご気分を、ますますお胸を痛めていらっしゃるだろう」と後悔していた。<BR>⏎
228 律師とは思いもよらず、こっそりと女房が申し上げたものと思っている。何もおっしゃらず、とても残念だとお思いになると、涙がぽろぽろとこぼれなさった。拝見するのも、まことにお気の毒で、「どうしてありのままを申し上げてしまったのだろう。苦しいご気分を、ますますお胸を痛めていらっしゃるだろう」と後悔していた。<BR>⏎
 253 「襖は懸金が懸けてありました」と、いろいろと適当に言いつくろって申し上げるが、<BR>⏎229 
c2254-255 「どうあったにせよ、そのように近々と、何の用心もなく、軽々しく人とお会いになったことが、とんでもないのです。内心のお気持ちが潔白でいらっしゃっても、こうまで言った法師たちや、口さがない童などは、まさに言いふらさずには置くまい。世間の人には、どのように抗弁をし、何もなかった事と言うことができましょうか。皆思慮の足りない者ばかりがここにお仕えしていて」<BR>⏎
 と最後までおっしゃれない。とても苦しそうなご容態の上に、心を痛めてびっくりなさったので、まことにお気の毒である。品高くお扱い申そうとお思いになっていたのに、色恋事の、軽々しい浮名がお立ちになるに違いないのを、並々ならずお嘆きにならずにはいられない。<BR>⏎
230-231 「どうあったにせよ、そのように近々と、何の用心もなく、軽々しく人とお会いになったことが、とんでもないのです。内心のお気持ちが潔白でいらっしゃっても、こうまで言った法師たちや、口さがない童などは、まさに言いふらさずには置くまい。世間の人には、どのように抗弁をし、何もなかった事と言うことができましょうか。皆思慮の足りない者ばかりが ここにお仕えしていて」<BR>⏎
 と最後までおっしゃれない。とても苦しそうなご容態の上に、心を痛めてびっくりなさったので、まことにお気の毒である。品高くお扱い申そうとお思いになっていたのに、色恋事の、軽々しい浮名がお立ちになるに違いないのを、並々ならずお嘆きにならずにはいられない。<BR>⏎
 256 「このように少しはっきりしている間に、お越しになるよう申し上げなさい。あちらへお伺いすべきですが、動けそうにありません。お会いしないで、長くなってしまった気がしますわ」<BR>⏎232 
c1257 と涙を浮かべておっしゃる。参上して、<BR>⏎
233 と涙を浮かべておっしゃる。参上して、<BR>⏎
 258 「しかじかと申されていらっしゃいます」<BR>⏎234 
 259 とだけ申し上げる。<BR>⏎235 
d1260<P>⏎
version39261 <A NAME="in24">[第四段 落葉宮、母御息所のもとに参る]</A><BR>236 
 262 お越しになろうとして、額髪が濡れて固まっている、繕い直し、単重のお召し物が綻びているが、着替えなどなさっても、すぐにはお動きになれない。<BR>⏎237 
 263 「この女房たちもどのように思っているだろう。まだご存知なくて、後に少しでもお聞きになることがあったとき、素知らぬ顔をしていたよ」<BR>⏎238 
 264 とお思い当たられるのも、ひどく恥ずかしいので、再び臥せっておしまいになった。<BR>⏎239 
 265 「気分がひどく悩ましいわ。このまま治らなくなったら、とてもいい都合だろう。脚の気が上がった気がする」<BR>⏎240 
c1266 と脚を指圧させなさる。心配事をとてもつらく、あれこれ気にしていらっしゃる時には、気が上がるのであった。<BR>⏎
241 と脚を指圧させなさる。心配事をとてもつらく、あれこれ気にしていらっしゃる時には、気が上がるのであった。<BR>⏎
 267 小少将の君は、<BR>⏎242 
c1268 「母上に、あの御事をそれとなく申し上げた人がいたようでございます。どのような事であったのかと、お尋ねあそばしたので、ありのままに申し上げて、御襖障子の掛金の点だけを、少し誇張して、はっきりと申し上げました。もしそのように何かお尋ねなさいましたら、同じように申し上げなさいまし」<BR>⏎
243 「母上に、あの御事をそれとなく申し上げた人がいたようでございます。どのような事であったのかと、お尋ねあそばしたので、ありのままに申し上げて、御襖障子の掛金の点だけを、少し誇張して、はっきりと申し上げました。もしそのように何かお尋ねなさいましたら、同じように申し上げなさいまし」<BR>⏎
 269 と申し上げる。<BR>⏎244 
c1270 お嘆きでいらっしゃる様子は申し上げない。「やはりそうであったか」と、とても悲しくて、何もおっしゃらない御枕もとから涙の雫がこぼれる。<BR>⏎
245 お嘆きでいらっしゃる様子は申し上げない。「やはりそうであったか」と、とても悲しくて、何もおっしゃらない御枕もとから 涙の雫がこぼれる。<BR>⏎
 271 「このことだけでない、不本意な結婚をして以来、ひどくご心配をお掛け申していることよ」<BR>⏎246 
c3272-274 と生きている甲斐もなくお思い続けなさって、「この方はこのまま引き下がることはなく、何かと言い寄ってくることも、厄介で聞き苦しいだろう」と、いろいろとお悩みになる。「まして言いようもなく、相手の言葉に従ったらどんなに評判を落とすことになるだろう」<BR>⏎
 などと多少はお気持ちの慰められる面もあるが、「内親王ほどにもなった高貴な人が、こんなにまでも、うかうかと男と会ってよいものであろうか」と、わが身の不運を悲しんで、夕方に、<BR>⏎
 「やはりお出で下さい」<BR>⏎
247-249 と生きている甲斐もなくお思い続けなさって、「この方はこのまま引き下がることはなく、何かと言い寄ってくることも、厄介で聞き苦しいだろう」と、いろいろとお悩みになる。「まして言いようもなく、相手の言葉に従ったら どんなに評判を落とすことになるだろう」<BR>⏎
 などと多少はお気持ちの慰められる面もあるが、「内親王ほどにもなった高貴な人が、こんなにまでも、うかうかと男と会ってよいものであろうか」と、わが身の不運を悲しんで、夕方に、<BR>⏎
 「やはりお出で下さい」<BR>⏎
 275 とあるので、中の塗籠の戸を両方を開けて、お越しになった。<BR>⏎250 
d1276<P>⏎
version39277 <A NAME="in25">[第五段 御息所の嘆き]</A><BR>251 
 278 苦しいご気分ながら、並々ならずかしこまって丁重にご応対申し上げなさる。いつものご作法と違わず、起き上がりなさって、<BR>⏎252 
c1279 「とても見苦しい有様でおりますので、お越し頂くにもお気の毒に存じます。ここ二三日ほど拝見しませんでした期間が、年月がたったような気がし、また一方では心細い気がします。後の世で必ずしもお会いできるとも限らないもののようでございます。再びこの世に生まれて参っても、何にもならないことでございましょう。<BR>⏎
253 「とても見苦しい有様でおりますので、お越し頂くにもお気の毒に存じます。ここ二三日ほど拝見しませんでした期間が、年月がたったような気がし、また一方では心細い気がします。後の世で必ずしも お会いできるとも限らないもののようでございます。再びこの世に生まれて参っても、何にもならないことでございましょう。<BR>⏎
 280 考えてみれば、ただ一瞬一瞬の間に別れ別れにならねばならない世の中を、無理に馴れ親しんでまいりましたのも、悔しい気がします」<BR>⏎254 
 281 などとお泣きになる。<BR>⏎255 
 282 宮も、物悲しい思いばかりがせられて、申し上げる言葉もなくてただ拝見なさっている。ひどく内気なご性格で、はきはきと弁明をなさるような方ではないから、恥ずかしいとばかりお思いなので、とてもお気の毒になって、どのような事であったのですかなどと、お尋ね申し上げなさらない。<BR>⏎256 
 283 大殿油などを急いで灯させて、お膳など、こちらで差し上げなさる。何も召し上がらないとお聞きになって、あれこれと自分自身で食事を整え直しなさるが、箸もおつけにならない。ただご気分がよろしくお見えなので、少し胸がほっとなさる。<BR>⏎257 
d1284<P>⏎
version39285 <H4>第三章 一条御息所の物語 行き違いの不幸</H4>258 
version39286 <A NAME="in31">[第一段 御息所、夕霧に返書]</A><BR>259 
 287 あちらからまたお手紙がある。事情を知らない女房が受け取って、<BR>⏎260 
 288 「大将殿から、少将の君にと言って、お使者があります」<BR>⏎261 
 289 と言うのが、また辛いことであるよ。少将の君は、お手紙は受け取った。母御息所が、<BR>⏎262 
 290 「どのようなお手紙ですか」<BR>⏎263 
c3291-293 とやはりお尋ねになる。人知れず弱気な考えも起こって、内心はお待ち申し上げていらしたのに、いらっしゃらないようだとお思いになると、胸騷ぎがして、<BR>⏎
 「さあそのお手紙には、やはりお返事をなさい。失礼ですよ。一度立った噂を良いほうに言い直してくれる人はいないものです。あなただけ潔白だとお思いになっても、そのまま信用してくれる人は少ないものです。素直にお手紙のやりとりをなさって、やはり以前と同様なのが良いことでしょう。いいかげんな馴れ過ぎた態度というものでしょう」<BR>⏎
 とおっしゃって取り寄せなさる。辛いけれども差し上げた。<BR>⏎
264-266 とやはりお尋ねになる。人知れず弱気な考えも起こって、内心はお待ち申し上げていらしたのに、いらっしゃらないようだとお思いになると、胸騷ぎがして、<BR>⏎
 「さあそのお手紙には、やはりお返事をなさい。失礼ですよ。一度立った噂を良いほうに言い直してくれる人はいないものです。あなただけ潔白だとお思いになっても、そのまま信用してくれる人は少ないものです。素直にお手紙のやりとりをなさって、やはり以前と同様なのが良いことでしょう。いいかげんな馴れ過ぎた態度というものでしょう」<BR>⏎
 とおっしゃって取り寄せなさる。辛いけれども差し上げた。<BR>⏎
 294 「驚くほど冷淡なお心をはっきり拝見しては、かえって気楽になって、一途な気持ちになってしまいそうです。<BR>⏎267 
cd2:1295-296 拒むゆえに浅いお心が見えましょう<BR>⏎
 山川の流れのように浮名は包みきれませんから」<BR>⏎
268 拒むゆえに浅いお心が見えましょう<BR>  山川の流れのように浮名は包みきれませんから」<BR>⏎
 297 と言葉も多いが、最後まで御覧にならない。<BR>⏎269 
 298 このお手紙も、はっきりした態度でもなく、いかにも癪に障るようないい気な調子で、今夜訪れないのを、とてもひどいとお思いになる。<BR>⏎270 
c1299 「故衛門督君が心外に思われた時、とても情けないと思ったが、表向きの待遇は、またとなく大事に扱われたので、こちらに権威のある気がして慰めていたのでさえ、満足ではなかったのに。ああ何ということであろう。大殿のあたりでどうお思いになりおっしゃっていることだろうか」<BR>⏎
271 「故衛門督君が心外に思われた時、とても情けないと思ったが、表向きの待遇は、またとなく大事に扱われたので、こちらに権威のある気がして慰めていたのでさえ、満足ではなかったのに。ああ何ということであろう。大殿のあたりでどうお思いになりおっしゃっていることだろうか」<BR>⏎
 300 と心をお痛めになる。<BR>⏎272 
c1301 「やはりどのようにおっしゃるかと、せめて様子を窺ってみよう」と、気分がひどく悪く涙でかき曇ったような目、おし開けて、見にくい鳥の足跡のような字でお書きになる。<BR>⏎
273 「やはりどのようにおっしゃるかと、せめて様子を窺ってみよう」と、気分がひどく悪く涙でかき曇ったような目、おし開けて、見にくい鳥の足跡のような字でお書きになる。<BR>⏎
 302 「すっかり弱ってしまった、お見舞いにお越しになった折なので、お勧め申したのですが、まことに沈んだような様子でいらっしゃるようなので、見兼ねまして。<BR>⏎274 
cd3:2303-305 女郎花が萎れている野辺をどういうおつもりで<BR>⏎
 一夜だけの宿をお借りになったのでしょう」<BR>⏎
 とただ途中まで書いて、捻り文にしてお出しなさって、臥せっておしまいになったまま、とてもお苦しがりなさる。御物の怪が油断させていたのかと、女房たちは騒ぐ。<BR>⏎
275-276 女郎花が萎れている野辺をどういうおつもりで<BR>  一夜だけの宿をお借りになったのでしょう」<BR>⏎
 とただ途中まで書いて、捻り文にしてお出しなさって、臥せっておしまいになったまま、とてもお苦しがりなさる。御物の怪が油断させていたのかと、女房たちは騒ぐ。<BR>⏎
 306 いつもの、効験のある僧すべてが、とても大声を出して祈祷する。宮に、<BR>⏎277 
cd3:2307-309 「やはりあちらにお移りあそばせ」<BR>⏎
 と女房たちが申し上げるが、ご自身が辛く思うと同時に、後れ申すまいとお思いなので、ぴったりと付き添っていらっしゃった。<BR>⏎
<P>⏎
278-279 「やはりあちらにお移りあそばせ」<BR>⏎
 と女房たちが申し上げるが、ご自身が辛く思うと同時に、後れ申すまいとお思いなので、ぴったりと付き添っていらっしゃった。<BR>⏎
version39310 <A NAME="in32">[第二段 雲居雁、手紙を奪う]</A><BR>280 
 311 大将殿は、この昼頃に、三条殿にいらっしゃったが、今晩再び小野にお伺いなさるのに、「何かわけがありそうで、まだ何もないのに外聞が悪かろう」などと気持ちをお抑えになって、ほんとにかえって今までの気がかりさよりも、幾重にも物思いを重ねて嘆息していらっしゃる。<BR>⏎281 
 312 北の方は、このようなお忍び歩きの様子をちらっと聞いて、面白くなく思っていらっしゃるので、知らないふりをして、若君たちをあやして気を紛らしながら、ご自分の昼のご座所で臥していらっしゃった。<BR>⏎282 
 313 ちょうど宵過ぎるころに、このお返事を持って参ったが、このようにいつもと違った鳥の足跡のような筆跡なので、直ぐにはご判読できないで、大殿油を近くに取り寄せて御覧になる。女君、物を隔てていたようであるが、とてもすばやくお見つけになって、這い寄って、殿の後ろから取り上げなさなった。<BR>⏎283 
c1314 「あきれたことを。これは何をなさるのですか。何と、けしからん。六条の東の上様のお手紙です。今朝、風邪をひいて苦しそうでいらっしゃったが、院の御前におりまして、帰る時に、もう一度伺わないままになってしまったので、お気の毒に思って、ただ今の加減はいかかがですかと、申し上げたのです。御覧なさい恋文めいた手紙の様子ですか。それにしても、はしたないなさりようです。年月とともに、ひどく馬鹿になさるのが情けないことです。どう思うか、全く気になさらないのですね」<BR>⏎
284 「あきれたことを。これは何をなさるのですか。何と、けしからん。六条の東の上様のお手紙です。今朝、風邪をひいて苦しそうでいらっしゃったが、院の御前におりまして、帰る時に、もう一度伺わないままになってしまったので、お気の毒に思って、ただ今の加減はいかかがですかと、申し上げたのです。御覧なさい. 恋文めいた手紙の様子ですか。それにしても、はしたないなさりようです。年月とともに、ひどく馬鹿になさるのが情けないことです。どう思うか、全く気になさらないのですね」<BR>⏎
 315 と慨嘆して、大切そうに無理に取り返そうとなさらないので、それでもやはり、すぐには見ずに持ったままでいらっしゃった。<BR>⏎285 
 316 「年月につれて馬鹿になさるのは、あなたのほうこそそうでございますわ」<BR>⏎286 
c2317-318 とだけこのように泰然としていらっしゃる態度に気後れして、若々しくかわいらしい顔つきでおっしゃるので、ふとお笑いになって、<BR>⏎
 「それはどちらでも良いことでしょう。夫婦とはそのようなものです。二人といないでしょうね、相当な地位に上った男が、このように気を紛らすことなく、一人の妻を守り続けて、びくびくしている雄鷹のような者はね。どんなに人が笑っているでしょう。そのような愚か者に守られていらっしゃるのは、あなたにとっても名誉なことではありますまい。<BR>⏎
287-288 とだけこのように泰然としていらっしゃる態度に気後れして、若々しくかわいらしい顔つきでおっしゃるので、ふとお笑いになって、<BR>⏎
 「それはどちらでも良いことでしょう。夫婦とはそのようなものです。二人といないでしょうね、相当な地位に上った男が、このように気を紛らすことなく、一人の妻を守り続けて、びくびくしている雄鷹のような者はね。どんなに人が笑っているでしょう。そのような愚か者に守られていらっしゃるのは、あなたにとっても名誉なことではありますまい。<BR>⏎
 319 大勢の妻妾の中で、それでも一段と際立って、格別に重んじられていることが、世間の見る目も奥ゆかしく、わが気持ちとしてもいつまでも新鮮な感じがして、興をそそることもしみじみとしたことも続くでしょう。このように翁が何かを守ったように、愚かしく迷っているので、大変に残念なことです。どこに見栄えがありましょうか」<BR>⏎289 
c1320 とそうはいっても、この手紙を欲しそうな態度を見せずにだまし取ろうとのつもりで、嘘を申し上げると、とても高かにお笑いになって、<BR>⏎
290 とそうはいっても、この手紙を欲しそうな態度を見せずにだまし取ろうとのつもりで、嘘を申し上げると、とても高かにお笑いになって、<BR>⏎
 321 「見栄えのある事をお作りになるので、年取ったわたしは辛いのです。とても若々しくなられたご様子がぞっとしてなりませんことも、今まで経験したことのない事なので、とても辛いのです。以前から馴れさせてお置きにならないで」<BR>⏎291 
 322 と文句をおっしゃるのも、憎くはない。<BR>⏎292 
c1323 「急にとお考えになる程に、どこが変わって見えるのでしょう。とても嫌なお心の隔てですね。良くないことを申し上げる女房がいるのでしょう。不思議と、昔からわたしのことを良く思っていないのです。依然としてあの緑の六位の袍の名残で、軽蔑しやすいことにつけて、あなたをうまく操ろうと思っているのではないでしょうか。いろいろと聞きにくいことをほのめかしているらしい。関わりのない方にとっても、お気の毒です」<BR>⏎
293 「急にとお考えになる程に、どこが変わって見えるのでしょう。とても嫌なお心の隔てですね。良くないことを申し上げる女房がいるのでしょう。不思議と、昔からわたしのことを良く思っていないのです。依然としてあの緑の六位の袍の名残で、軽蔑しやすいことにつけて、あなたをうまく操ろうと思っているのではないでしょうか。いろいろと聞きにくいことをほのめかしているらしい。関わりのない方にとっても、お気の毒です」<BR>⏎
 324 などとおっしゃるが、結局はそうなることだとお考えなので、特に言い争いはしない。大輔の乳母は、とても辛いと聞いて、何も申し上げない。<BR>⏎294 
d1325<P>⏎
version39326 <A NAME="in33">[第三段 手紙を見ぬまま朝になる]</A><BR>295 
 327 あれこれと言い合いをして、このお手紙はお隠しになってしまったので、無理しても探し出さず、さりげない顔してお寝みになったので、胸騷ぎがして、「何とかして奪い返したいものだ」と、「御息所のお手紙のようだ。何事があったのだろう」と、目も合わず考えながら臥せっていらっしゃった。<BR>⏎296 
 328 女君が眠っていらっしゃる間に、昨夜のご座所の下などを、何げなくお探しになるが、ない。お隠しなさる場所もないのに、とても悔しい思いで、夜も明けてしまったが、すぐにはお起きにならない。<BR>⏎297 
c1329 女君は、若君たちに起こされて、いざり出ていらっしゃったので、自分も今お起きになったようにして、あちこちとお探しになるが、見つけることがおできになれない。妻は、このように探そうとお思いなさらないので、「なるほど恋文ではないお手紙であったのだ」と、気にもかけていないので、若君たちが騒がしく遊びあって、人形を作って、立て並べて遊んでいらっしゃり、漢籍を読んだり、習字をしたりなど、いろいろと雑然としていて、小さい稚児が這ってきて裾を引っ張るので、奪い取った手紙のこともお思い出しにならない。<BR>⏎
298 女君は、若君たちに起こされて、いざり出ていらっしゃったので、自分も今お起きになったようにして、あちこちとお探しになるが、見つけることがおできになれない。妻は、このように探そうとお思いなさらないので、「なるほど恋文ではないお手紙であったのだ」と、気にもかけていないので、若君たちが騒がしく遊びあって、人形を作って、立て並べて遊んでいらっしゃり、漢籍を読んだり、習字をしたりなど、いろいろと雑然としていて、小さい稚児が這ってきて裾を引っ張るので、奪い取った手紙のこともお思い出しにならない。<BR>⏎
 330 夫は、他の事もお考えにならず、あちらに早く返事を差し出そうとお思いになると、昨夜の手紙の内容も、よく読まないままになってしまったので、「見ないで書いたというようなのも、なくしたのだとお察しになるだろう」などと、お思い乱れなさる。<BR>⏎299 
 331 どなたもどなたもお食事などを召し上がったりして、のんびりとなった昼ころに、困りきって、<BR>⏎300 
 332 「昨夜のお手紙には、何が書いてありましたか。けしからん事にお見せにならないで。今日もお見舞い申そう。気分が悪くて、六条院にも参上することができないようなので、手紙を差し上げたい。何が書いてあったのだろうか」<BR>⏎301 
 333 とおっしゃるのが、とてもさりげないので、「手紙を、愚かにも奪い取ってしまった」と興醒めがして、そのことはおっしゃらずに、<BR>⏎302 
 334 「昨夜の深山風に当たって、具合を悪くされたらしいと、風流気取りで訴えられたらよいでしょう」<BR>⏎303 
 335 と申し上げなさる。<BR>⏎304 
c2336-337 「さあそんな冗談、いつまでもおっしゃいませんな。何の風流なことがあろうか。世間の人と一緒になさるのは、かえって気が引けます。ここの女房たちも、一方では不思議なほどの堅物を、このようにおっしゃると、笑っていることでしょうよ」<BR>⏎
 と冗談に言いなして、<BR>⏎
305-306 「さあそんな冗談、いつまでもおっしゃいませんな。何の風流なことがあろうか。世間の人と一緒になさるのは、かえって気が引けます。ここの女房たちも、一方では不思議なほどの堅物を、このようにおっしゃると、笑っていることでしょうよ」<BR>⏎
 と冗談に言いなして、<BR>⏎
 338 「その手紙ですよ。どこですか」<BR>⏎307 
 339 とお尋ねになるが、すぐにはお出しにならないままに、またお話などを申し上げて、暫く横になっていらっしゃるうちに、日が暮れてしまった。<BR>⏎308 
d1340<P>⏎
version39341 <A NAME="in34">[第四段 夕霧、手紙を見る]</A><BR>309 
 342 蜩の鳴き声に目が覚めて、「小野の麓ではどんなに霧が立ち籠めているだろう。何ということか。せめて今日中にお返事をしよう」と、お気の毒になって、ただ知らない顔をして硯を擦って、「どのように取り繕って書こうか」と、物思いに耽っていらっしゃる。<BR>⏎310 
 343 ご座所の奥の少し盛り上がった所を、試しにお引き上げなさったところ、「ここに差し挟みなさったのだ」と、嬉しくもまた馬鹿らしくも思えるので、にっこりして御覧になると、あのようなおいたわしいことが書いてあったのであった。胸がどきりとして、「先夜の出来事を、何かあったようにお聞きになったのだ」とお思いになると、おいたわしくて胸が痛む。<BR>⏎311 
 344 「昨夜でさえ、どれほどの思いで夜をお明かしになったことだろう。今日も、今まで手紙さえ上げずに」<BR>⏎312 
c1345 と何とも言いようなく思われる。とても苦しそうに、言いようもなく、書き紛らしていらっしゃる様子で、<BR>⏎
313 と何とも言いようなく思われる。とても苦しそうに、言いようもなく、書き紛らしていらっしゃる様子で、<BR>⏎
 346 「よほど思案にあまって、このようにお書きになったのだろう。返事のないまま、夜が明けていくのだろう」<BR>⏎314 
c2347-348 と申し上げる言葉もないので、女君が、まことに辛く恨めしい。<BR>⏎
 「いいかげんな、あなようなことをして悪ふざけに隠すとは。いやはや自分がこのようにしつけたのだ」と、あれこれとわが身が情けなくなって、全く泣き出したい気がなさる。<BR>⏎
315-316 と申し上げる言葉もないので、女君が、まことに辛く恨めしい。<BR>⏎
 「いいかげんな、あなようなことをして悪ふざけに隠すとは。いやはや自分がこのようにしつけたのだ」と、あれこれとわが身が情けなくなって、全く泣き出したい気がなさる。<BR>⏎
 349 そのままお出かけなさろうとするが、<BR>⏎317 
 350 「気安く対面することもできないだろうから、御息所もあのようにおっしゃっているし、どうであろうか。坎日でもあったが、もし万が一にお許し下さっても、日が悪かろう。やはり縁起の良いように」<BR>⏎318 
c1351 と几帳面な性格から判断なさって、まずはこのお返事を差し上げなさる。<BR>⏎
319 と几帳面な性格から判断なさって、まずはこのお返事を差し上げなさる。<BR>⏎
 352 「とても珍しいお手紙を、何かと嬉しく拝見しましたが、このお叱りは。どのようにお聞きあそばしたのですか。<BR>⏎320 
cd2:1353-354  秋の野の草の茂みを踏み分けてお伺い致しましたが<BR>⏎
  仮初の夜の枕に契りを結ぶようなことを致しましょうか<BR>⏎
321  秋の野の草の茂みを踏み分けてお伺い致しましたが<BR>  仮初の夜の枕に契りを結ぶようなことを致しましょうか<BR>⏎
 355 言い訳を申すのも筋違いですが、昨夜の罪は、一方的過ぎませんでしょうか」<BR>⏎322 
 356 とある。宮には、たいそう多くお書き申し上げなさって、御厩にいる足の速いお馬に移し鞍を置いて、先夜の大夫を差し向けなさる。<BR>⏎323 
 357 「昨夜から、六条院に伺候していて、たった今退出してきたところだと言え」<BR>⏎324 
cd2:1358-359 と言って言うべきさま、ひそひそとお教えになる。<BR>⏎
<P>⏎
325 と言って言うべきさま、ひそひそとお教えになる。<BR>⏎
version39360 <A NAME="in35">[第五段 御息所の嘆き]</A><BR>326 
c1361 あちらでは、昨夜も薄情なとお見えになったご様子を、我慢することができないで、後のちの評判をもはばからず恨み申し上げなさったが、そのお返事さえ来ずに、今日がすっかり暮れてしまったのを、どれ程のお気持ちかと、愛想が尽きて驚きあきれて、心も千々に乱れて、すこしは好ろしかったご気分も、再びたいそうひどくお苦しみになる。<BR>⏎
327 あちらでは、昨夜も薄情なとお見えになったご様子を、我慢することができないで、後のちの評判をもはばからず恨み申し上げなさったが、そのお返事さえ来ずに、今日がすっかり暮れてしまったのを、どれ程のお気持ちかと、愛想が尽きて驚きあきれて、心も千々に乱れて、すこしは好ろしかったご気分も、再びたいそうひどくお苦しみになる。<BR>⏎
 362 かえってご本人のお気持ちは、このことを特に辛いこととお思いになり、心を動かすほどのことではないので、ただ思いも寄らない方に、気を許した態度で会ったことだけが残念であったが、たいしてお心にかけていなかったのに、このようにひどくお悩みになっているのを、言いようもなく恥ずかしく、弁解申し上げるすべもなくて、いつもよりも恥ずかしがっていらっしゃる様子にお見えになるのを、「とてもお気の毒で、ご心労ばかりがお加わりになって」と拝するにつけても、胸が締めつけられて悲しいので、<BR>⏎328 
c1363 「今さら厄介なことは申し上げまいと思いますが、やはりご運命とは言いながらも、案外に思慮が甘くて、人から非難されなさることでしょうが。それを元に戻れるものではありませんが、今からは、やはり慎重になさいませ。<BR>⏎
329 「今さら厄介なことは申し上げまいと思いますが、やはりご運命とは言いながらも、案外に思慮が甘くて、人から非難されなさることでしょうが。それを元に戻れるものではありませんが、今からは、やはり慎重になさいませ。<BR>⏎
 364 物の数に入るわが身ではありませんが、いろいろとお世話申し上げてきましたが、今ではどのようなことでもお分かりになり、世の中のあれやこれやの有様も、お分かりになるほどに、お世話申してきたことと、そうした方面は安心だと拝見していましたが、やはりとても幼くて、しっかりしたお心構えがなかったことと、思い乱れておりますので、もう暫く長生きしたく思います。<BR>⏎330 
 365 普通の人でさえ、多少とも人並みの身分に育った女性で、二人の男性に嫁ぐ例は、感心しない軽薄なことですのに、ましてこのようなご身分では、そのようないい加減なことで、男性がお近づき申してよいことでもないのに、思ってもいませんでした心外なご結婚と、長年来心を痛めてまいりましたが、そのようなご運命であったのでしょう。<BR>⏎331 
cd3:2366-368 院をお始め申して、御賛成なさり、この父大臣にもお許しなさろうとの御内意があったのに、わたし一人が反対を申し上げても、どんなものかと思いよりましたことですが、のちのちまで面白からぬお身の上を、あなたご自身の過ちではないので、天命を恨んでお世話してまいりましたが、とてもこのような相手にとってもあなたにとっても、いろいろと聞きにくい噂が加わって来ましょうが、そうなっても世間の噂を知らない顔をして、せめて世間並のご夫婦としてお暮らしになれるのでしたら、自然と月日が過ぎて行くうちに、心の安まる時が来ようかと、思う気持ちにもなりましたが、この上ない薄情なお心の方でございますね」<BR>⏎
 とほろほろとお泣きになる。<BR>⏎
<P>⏎
332-333 院をお始め申して、御賛成なさり、この父大臣にもお許しなさろうとの御内意があったのに、わたし一人が反対を申し上げても、どんなものかと思いよりましたことですが、のちのちまで面白からぬお身の上を、あなたご自身の過ちではないので、天命を恨んでお世話してまいりましたが、とてもこのような相手にとってもあなたにとっても、いろいろと聞きにくい噂が加わって来ましょうが、そうなっても世間の噂を知らない顔をして、せめて世間並のご夫婦としてお暮らしになれるのでしたら、自然と月日が過ぎて行くうちに、心の安まる時が来ようかと、思う気持ちにもなりましたが、この上ない薄情なお心の方でございますね」<BR>⏎
 とほろほろとお泣きになる。<BR>⏎
version39369 <A NAME="in36">[第六段 御息所死去す]</A><BR>334 
 370 ほんとうにどうしようもなく独りぎめにしておっしゃるので、抗弁して申し開きをする言葉もなくて、ただ泣いていらっしゃる様子、おっとりとしていじらしい。じっと見つめながら、<BR>⏎335 
c1371 「ああどこが、人に劣っていらっしゃろうか。どのようなご運命で、心も安まらず、物思いなさらなければならない因縁が深かったのでしょう」<BR>⏎
336 「ああどこが、人に劣っていらっしゃろうか。どのようなご運命で、心も安まらず、物思いなさらなければならない因縁が深かったのでしょう」<BR>⏎
 372 などとおっしゃるうちに、ひどくお苦しみになる。物の怪などが、このような弱り目につけ込んで勢いづくものだから、急に息も途絶えて、見る見るうちに冷たくなっていかれる。律師も騷ぎ出しなさって、願などを立てて大声でお祈りなさる。<BR>⏎337 
 373 深い誓いを立てて、命果てるまでと決心した山籠もりを、こんなにまで並々の思いでなく出てきて、壇を壊して退出することが、面目なくて、仏も恨めしく思わずいはいらっしゃれない趣旨を、一心不乱にお祈り申し上げなさる。宮が泣き取り乱していらっしゃること、まことに無理もないことではある。<BR>⏎338 
 374 このように騒いでいる最中に、大将殿からお手紙を受け取ったと、かすかにお聞きになって、今夜もいらっしゃらないらしい、とお聞きになる。<BR>⏎339 
 375 「情けない。世間の話の種にも引かれるに違いない。どうして自分まであのような和歌を残したのだろう」<BR>⏎340 
c1376 とあれこれとお思い出しなさると、そのまま息絶えてしまわれた。あっけなく情けないことだと言っても言い足りない。昔から、物の怪には時々お患いになさる。最期と見えた時々もあったので、「いつものように物の怪が取り入ったのだろう」と考えて、加持をして大声で祈ったが、臨終の様子は、明らかであったのだ。<BR>⏎
341 とあれこれとお思い出しなさると、そのまま息絶えてしまわれた。あっけなく情けないことだと言っても言い足りない。昔から、物の怪には時々お患いになさる。最期と見えた時々もあったので、「いつものように物の怪が取り入ったのだろう」と考えて、加持をして大声で祈ったが、臨終の様子は、明らかであったのだ。<BR>⏎
 377 宮は、一緒に死にたいとお悲しみに沈んで、ぴったりと添い臥していらっしゃった。女房たちが参って、<BR>⏎342 
c2378-379 「もう何ともしかたありません。まことこのようにお悲しみになっても、定められた運命の道は、引き返すことはできるものでありません。お慕い申されようとも、どうしてお思いどおりになりましょう」<BR>⏎
 と言うまでもない道理を申し上げて、<BR>⏎
343-344 「もう何ともしかたありません。まことこのようにお悲しみになっても、定められた運命の道は、引き返すことはできるものでありません。お慕い申されようとも、どうしてお思いどおりになりましょう」<BR>⏎
 と言うまでもない道理を申し上げて、<BR>⏎
 380 「とても不吉です。亡くなったお方にとっても、罪深いことです。もうお離れなさいまし」<BR>⏎345 
c1381 と引き動かし申し上げるが、身体もこわばったようで、何もお分かりにならない。<BR>⏎
346 と引き動かし申し上げるが、身体もこわばったようで、何もお分かりにならない。<BR>⏎
 382 修法の壇を壊して、ばらばらと出て行くので、しかるべき僧たちだけ、一部の者が残ったが、今は全てが終わった様子、まことに悲しく心細い。<BR>⏎347 
d1383<P>⏎
version39384 <A NAME="in37">[第七段 朱雀院の弔問の手紙]</A><BR>348 
 385 あちこちからのご弔問、いつの間に知れたのかと見える。大将殿も、限りなく驚きなさって、さっそくご弔問申し上げなさった。六条院からも、致仕の大臣からも、皆々頻繁にご弔問申し上げなさる。山の帝もお聞きあそばして、まことにしみじみとしたお手紙をお書きなさっていた。宮は、このお手紙には、おぐしをお上げなさる。<BR>⏎349 
 386 「長らく重く患っていらっしゃるとずっと聞いていましたが、いつも病気がちとばかり聞き馴れておりましたので、つい油断しておりました。言ってもしかたのないことはそれとして、お悲しみ嘆いていらっしゃるだろう有様、想像するのがお気の毒でおいたわしい。すべて世の中の定めとお諦めになって慰めなさい」<BR>⏎350 
 387 とある。目もお見えにならないが、お返事は申し上げなさる。<BR>⏎351 
 388 普段からそうして欲しいとおっしゃっていたことなので、今日直ちに葬儀を執り行い申すことになって、御甥の大和守であった者が、万事お世話申し上げたのであった。<BR>⏎352 
 389 せめて亡骸だけでも暫くの間拝していたいと思って、宮は惜しみ申し上げなさったが、いくら別れを惜しんでもきりがないので、皆準備にとりかかって、忌中の最中に、大将がいらっしゃった。<BR>⏎353 
 390 「今日から後は、日柄が悪いのだ」<BR>⏎354 
c1391 などと人前ではおっしゃって、とても悲しくしみじみと、宮がお悲しみであろうことをご推察申し上げなさって、<BR>⏎
355 などと人前ではおっしゃって、とても悲しくしみじみと、宮がお悲しみであろうことをご推察申し上げなさって、<BR>⏎
 392 「こんなに急いでお出掛けになる必要はありません」<BR>⏎356 
cd2:1393-394 と女房たちがお引き止め申したが、無理にいらっしゃった。<BR>⏎
<P>⏎
357 と女房たちがお引き止め申したが、無理にいらっしゃった。<BR>⏎
version39395 <A NAME="in38">[第八段 夕霧の弔問]</A><BR>358 
 396 道のりまでも遠くて、山麓にお入りになるころ、じつにぞっとした気がする。不吉そうに幕を引き廻らした葬儀の方は目につかないようにして、この西面にお入れ申し上げる。大和守が出て来て、泣きながら挨拶を申し上げる。妻戸の前の簀子に寄り掛かりなさって、女房をお呼び出しなさるが、伺候する者みな、悲しみも収まらず、何も考えられない状態である。<BR>⏎359 
 397 このようにお越しになったので、すこし気持ちもほっとして、小少将の君は参った。何もおっしゃることができない。涙もろくはいらっしゃらない気丈な方であるが、場所柄、人の様子などをお思いやりになると、ひどく悲しくて、無常の世の有様が、他人事でもないのも、まことに悲しいのであった。少し気を落ち着けてから、<BR>⏎360 
 398 「好くおなりになったように承っておりましたので、油断しておりました時に。夢でも醒める時がございますというのに、何とも思いがけないことで」<BR>⏎361 
 399 と申し上げなさった。「ご心痛であったご様子、この方のために多くはお心も乱れになったのだ」とお思いになると、そうなる運命とはいっても、まことに恨めしい人とのご因縁なので、お返事さえなさらない。<BR>⏎362 
 400 「どのように申し上げあそばしたかと、申し上げましょうか」<BR>⏎363 
 401 「とても重々しいご身分で、このように遠路急いでお越しになったご厚志を、お分かりにならないようなのも、あまりというものでございましょう」<BR>⏎364 
c3402-404 と口々に申し上げるので、<BR>⏎
 「ただよいように返事せよ。わたしはどう言ってよいか分かりません」<BR>⏎
 とおっしゃって臥せっていらっしゃるのも道理なので、<BR>⏎
365-367 と口々に申し上げるので、<BR>⏎
 「ただよいように返事せよ。わたしはどう言ってよいか分かりません」<BR>⏎
 とおっしゃって臥せっていらっしゃるのも道理なので、<BR>⏎
 405 「ただ今は、亡き人と同然のご様子でありまして。お出あそばしました旨は、お耳に入れ申し上げました」<BR>⏎368 
 406 と申し上げる。この女房たちも涙にむせんでいる様子なので、<BR>⏎369 
c1407 「お慰め申し上げようもありませんが。もう少し私自身も気が静まって、またお静まりになったころに、参りましょう。どうしてこのように急にと、そのご様子が知りたい」<BR>⏎
370 「お慰め申し上げようもありませんが。もう少し私自身も気が静まって、またお静まりになったころに、参りましょう。どうしてこのように急にと、そのご様子が知りたい」<BR>⏎
 408 とおっしゃると、すっかりではないが、あのお悩みになり嘆いていた様子を、少しずつお話し申し上げて、<BR>⏎371 
c3409-411 「恨み言を申し上げるようなことに、きっとなりましょう。今日は、いっそう取り乱したみなの気持ちのせいで、間違ったことを申し上げることもございましょう。それゆえこのようにお悲しみに暮れていらっしゃるご気分も、きりのあるはずのことで、少しお静まりあそばしたころに、お話を申し上げ承りましょう」<BR>⏎
 と言って正気もない様子なので、おっしゃる言葉も口に出ず、<BR>⏎
 「なるほど闇に迷った気がします。やはりお慰め申し上げなさって、わずかのお返事でもありましたら」<BR>⏎
372-374 「恨み言を申し上げるようなことに、きっとなりましょう。今日は、いっそう取り乱したみなの気持ちのせいで、間違ったことを申し上げることもございましょう。それゆえこのようにお悲しみに暮れていらっしゃるご気分も、きりのあるはずのことで、少しお静まりあそばしたころに、お話を申し上げ承りましょう」<BR>⏎
 と言って正気もない様子なので、おっしゃる言葉も口に出ず、<BR>⏎
 「なるほど闇に迷った気がします。やはりお慰め申し上げなさって、わずかのお返事でもありましたら」<BR>⏎
 412 などと言い残しなさって、ぐずぐずしていらっしゃるのも、身分柄軽々しく思われ、そうはいっても人目が多いので、お帰りになった。<BR>⏎375 
d1413<P>⏎
version39414 <A NAME="in39">[第九段 御息所の葬儀]</A><BR>376 
 415 まさか今夜ではあるまいと思っていた葬儀の準備が、実に短時間にてきぱきと整えられたのを、いかにもあっけないとお思いになって、近くの御荘園の人々をお呼びになりお命じになって、しかるべき事どもをお仕えするように、指図してお帰りになった。事が急なので、簡略になりがちであったのが、盛大になり、人数も多くなった。大和守も、<BR>⏎377 
 416 「有り難い殿のお心づかいだ」<BR>⏎378 
c1417 などと喜んでお礼申し上げる。「跡形もなくあっけないこと」と、宮は身をよじってお悲しみになるが、どうすることもできない。親と申し上げても、まことにこのように仲睦まじくするものではないのだった。拝見する女房たちも、このご悲嘆を、また不吉だと嘆き申し上げる。大和守は、後始末をして、<BR>⏎
379 などと喜んでお礼申し上げる。「跡形もなくあっけないこと」と、宮は身をよじってお悲しみになるが、どうすることもできない。親と申し上げても、まことにこのように仲睦まじくするものではないのだった。拝見する女房たちも、このご悲嘆を、また不吉だと嘆き申し上げる。大和守は、後始末をして、<BR>⏎
 418 「このように心細い状態では、いらっしゃれまい。とてもお心の紛れることはありますまい」<BR>⏎380 
c1419 などと申し上げるが、やはりせめて峰の煙だけでも、側近くお思い出し申そうと、この山里で一生を終わろうとお考えになっていた。<BR>⏎
381 などと申し上げるが、やはりせめて峰の煙だけでも、側近くお思い出し申そうと、この山里で一生を終わろうとお考えになっていた。<BR>⏎
 420 御忌中に籠もっていた僧は、東面や、そちらの渡殿、下屋などに、仮の仕切りを立てて、ひっそりとしていた。西の廂の間の飾りを取って、宮はお住まいになる。日の明け暮れもお分かりにならないが、いく月かが過ぎて、九月になった。<BR>⏎382 
d1421<P>⏎
version39422 <H4>第四章 夕霧の物語 落葉宮に心あくがれる夕霧</H4>383 
version39423 <A NAME="in41">[第一段 夕霧、返事を得られず]</A><BR>384 
 424 山下ろしがたいそう烈しく、木の葉の影もなくなって、何もかもがとても悲しく寂しいころなので、だいたいがもの悲しい秋の空に催されて、涙の乾く間もなくお嘆きになり、「命までが思いどおりにならなかった」と、厭わしくひどくお悲しみになる。伺候する女房たちも、何かにつけ悲しみに暮れていた。<BR>⏎385 
c1425 大将殿は、毎日お見舞いの手紙を差し上げなさる。心細げな念仏の僧などが、気の紛れるように、いろいろな物をお与えになりお見舞いなさり、宮の御前には、しみじみと心をこめた言葉の限りを尽くしてお恨み申し上げ、一方では限りなくお慰め申し上げなさるが、手に取って御覧になることさえなく、思いもしなかったあきれた事を、弱っていらしたご病状に、疑う余地なく信じこんで、お亡くなりになったことをお思い出しになると、「ご成仏の妨げになりはしまいか」と、胸が一杯になる心地がして、この方のお噂だけでもお耳になさるのは、ますます恨めしく情けない涙が込み上げてくる思いが自然となさる。女房たちもお困り申し上げていた。<BR>⏎
386 大将殿は、毎日お見舞いの手紙を差し上げなさる。心細げな念仏の僧などが、気の紛れるように、いろいろな物をお与えになりお見舞いなさり、宮の御前には、しみじみと心をこめた言葉の限りを尽くしてお恨み申し上げ、一方では限りなくお慰め申し上げなさるが、手に取って御覧になることさえなく、思いもしなかったあきれた事を、弱っていらしたご病状に、疑う余地なく信じこんで、お亡くなりになったことをお思い出しになると、「ご成仏の妨げになりはしまいか」と、胸が一杯になる心地がして、この方のお噂だけでもお耳になさるのは、ますます恨めしく情けない涙が込み上げてくる思いが自然となさる。女房たちもお困り申し上げていた。<BR>⏎
 426 ほんの一行ほどのお返事もないのを、「暫くの間は気が転倒していらっしゃるのだ」などとお考えになっていたが、あまりに月日も過ぎたので、<BR>⏎387 
c1427 「悲しい事でも限度があるのに。どうしてこんなに、あまりにお分かりにならないことがあろうか。言いようもなく子供のようで」と恨めしく、「これとは筋違いに、花や蝶だのと書いたのならともかく、自分の気持ちに同情してくれ、悲しんでいる状態を、いかがですかと尋ねる人は、親しみを感じうれしく思うものだ。<BR>⏎
388 「悲しい事でも限度があるのに。どうしてこんなに、あまりにお分かりにならないことがあろうか。言いようもなく子供のようで」と恨めしく、「これとは筋違いに、花や蝶だのと書いたのならともかく、自分の気持ちに同情してくれ、悲しんでいる状態を、いかがですかと尋ねる人は、親しみを感じうれしく思うものだ。<BR>⏎
 428 大宮がお亡くなりになったのを、実に悲しいと思ったが、致仕の大臣がそれほどにもお悲しみにならず、当然の死別として、世間向けの盛大な儀式だけを供養なさったので、恨めしく情けなかったが、六条院が、かえって心をこめて、後のご法事をもお営みになったのが、自分の父親ということを超えて、嬉しく拝見したその時に、故衛門督を、特別に好ましく思うようになったのだった。<BR>⏎389 
 429 人柄がたいそう冷静で、何事にも心を深く止めていた性格で、悲しみも深くまさって、誰よりも深かったのが、慕わしく思われたのだ」<BR>⏎390 
cd2:1430-431 などと所在なく物思いに耽るばかりで、毎日をお過ごしになる。<BR>⏎
<P>⏎
391 などと所在なく物思いに耽るばかりで、毎日をお過ごしになる。<BR>⏎
version39432 <A NAME="in42">[第二段 雲居雁の嘆きの歌]</A><BR>392 
 433 女君、やはりこのお二人のご様子を、<BR>⏎393 
 434 「どのような関係だったのだろうか。御息所と、手紙を遣り取りしていたのも、親密なようになさっていたようだが」<BR>⏎394 
 435 などと納得がゆきがたいので、夕暮の空を眺め入って臥せっていらっしゃるところに、若君を使いにして差し上げなさった。ちょっとした紙の端に、<BR>⏎395 
cd2:1436-437 「お悲しみを何が原因と知ってお慰めしたらよいものか<BR>⏎
  生きている方が恋しいのか、亡くなった方が悲しいのか<BR>⏎
396 「お悲しみを何が原因と知ってお慰めしたらよいものか<BR>  生きている方が恋しいのか、亡くなった方が悲しいのか<BR>⏎
 438 はっきりしないのが情けないのです」<BR>⏎397 
 439 とあるので、にっこりとして、<BR>⏎398 
 440 「以前にも、このような想像をしておっしゃる、見当違いな、故人などを持ち出して」<BR>⏎399 
cd3:2441-443 とお思いになる。ますます何気ないふうに、<BR>⏎
 「特に何がといって悲しんでいるのではありません<BR>⏎
  消えてしまう露も草葉の上だけでないこの世ですから<BR>⏎
400-401 とお思いになる。ますます何気ないふうに、<BR>⏎
 「特に何がといって悲しんでいるのではありません<BR>  消えてしまう露も草葉の上だけでないこの世ですから<BR>⏎
 444 世間一般の無常が悲しいのです」<BR>⏎402 
c2445-446 とお書きになっていた。「やはりこのように隔て心を持っていらっしゃること」と、露の世の悲しさは二の次のこととして、並々ならず胸を痛めていらっしゃる。<BR>⏎
 やはりこのように気がかりでたまらなくなって、改めてお越しになった。「御忌中などが明けてからゆっくり訪ねよう」と、気持ちを抑えていらっしゃったが、そこまでは我慢がおできになれず、<BR>⏎
403-404 とお書きになっていた。「やはりこのように隔て心を持っていらっしゃること」と、露の世の悲しさは二の次のこととして、並々ならず胸を痛めていらっしゃる。<BR>⏎
 やはりこのように気がかりでたまらなくなって、改めてお越しになった。「御忌中などが明けてからゆっくり訪ねよう」と、気持ちを抑えていらっしゃったが、そこまでは我慢がおできになれず、<BR>⏎
 447 「今はもうこのおん浮名を、どうして無理に隠していようか。ただ世間一般の男性と同様に、目的を遂げるまでのことだ」<BR>⏎405 
cd3:2448-450 とご計画なさったので、北の方のご想像を、無理に打ち消そうとなさらない。<BR>⏎
 ご本人はきっぱりとお気持ちがなくても、あの「一夜ばかりの宿を」といった恨みのお手紙を理由に訴えて、「潔白を言い張ることはおできになれまい」と、心強くお思いになるのであった。<BR>⏎
<P>⏎
406-407 とご計画なさったので、北の方のご想像を、無理に打ち消そうとなさらない。<BR>⏎
 ご本人はきっぱりとお気持ちがなくても、あの「一夜ばかりの宿を」といった恨みのお手紙を理由に訴えて、「潔白を言い張ることはおできになれまい」と、心強くお思いになるのであった。<BR>⏎
version39451 <A NAME="in43">[第三段 九月十日過ぎ、小野山荘を訪問]</A><BR>408 
 452 九月十余日、野山の様子は、十分に分からない人でさえ、何とも思わずにはいられない。山風に堪えきれない木々の梢も、峰の葛の葉も、気ぜわしく先を争って散り乱れているところに、尊い読経の声がかすかに、念仏などの声ばかりして、人の気配がほとんどせず、木枯らしが吹き払ったところに、鹿は籬のすぐそばにたたずんでは、山田の引板にも驚かず、色の濃くなった稲の中に入って鳴いているのも、もの悲しそうである。<BR>⏎409 
 453 滝の音は、ますます物思いをする人をはっとさせるように、耳にうるさく響く。叢の虫だけが、頼りなさそうに鳴き弱って、枯れた草の下から、龍胆が、自分だけ茎を長く延ばして、露に濡れて見えるなど、みないつもの時節のことであるが、折柄か場所柄か、実に我慢できないほどの、もの悲しさである。<BR>⏎410 
 454 いつもの妻戸のもとに立ち寄りなさって、そのまま物思いに耽りながら立っていらっしゃった。やさしい感じの直衣に、紅の濃い下襲の艶が、とても美しく透けて見えて、光の弱くなった夕日が、それでも遠慮なく差し込んできたので、眩しそうに、さりげなく扇をかざしていらっしゃる手つきは、「女こそこうありたいものだが、それでさえできないものを」と、拝見している。<BR>⏎411 
 455 物思いの時の慰めにしたいほどの、笑顔の美しさで、小少将の君を、特別にお呼びよせになる。簀子はさほどの広さもないが、奥に人が一緒にいるだろうかと不安で、打ち解けたお話はおできになれない。<BR>⏎412 
 456 「もっと近くに。放っておかないでください。このように山の奥にやって来た気持ちは、他人行儀でよいものでしょうか。霧もとても深いのですよ」<BR>⏎413 
c1457 と言って特に見るでもないふりをして、山の方を眺めて、「もっと近くもっと近く」としきりにおっしゃるので、鈍色の几帳を、簾の端から少し外に押し出して、裾を引き繕って横向きに座わっている。大和守の妹なので、お近い血縁の上に、幼い時からお育てになったので、着物の色がとても濃い鈍色で、橡の喪服一襲に、小袿を着ていた。<BR>⏎
414 と言って特に見るでもないふりをして、山の方を眺めて、「もっと近くもっと近く」としきりにおっしゃるので、鈍色の几帳を、簾の端から少し外に押し出して、裾を引き繕って横向きに座わっている。大和守の妹なので、お近い血縁の上に、幼い時からお育てになったので、着物の色がとても濃い鈍色で、橡の喪服一襲に、小袿を着ていた。<BR>⏎
 458 「このようにいくら悲しんでもきりのない方のことは、それはそれとして、申し上げようもないお気持ちの冷たさをそれに加えて思うと、魂も抜け出てしまって、会う人ごとに怪しまれますので、今はまったく抑えることができません」<BR>⏎415 
cd2:1459-460 ととても多く恨み続けなさる。あの最期の折のお手紙の様子もお口にされて、ひどくお泣きになる。<BR>⏎
<P>⏎
416 ととても多く恨み続けなさる。あの最期の折のお手紙の様子もお口にされて、ひどくお泣きになる。<BR>⏎
version39461 <A NAME="in44">[第四段 板ばさみの小少将君]</A><BR>417 
 462 この人も、それ以上にひどく泣き入りながら、<BR>⏎418 
 463 「その夜のお返事さえ拝見せずじまいでしたが、もう最期という時のお心に、そのままお思いつめなさって、暗くなってしまいましたころの空模様に、ご気分が悪くなってしまいましたが、そのような弱目に、例の物の怪が取りつき申したのだ、と拝見しました。<BR>⏎419 
 464 以前の御事でも、ほとんど人心地をお失いになったような時々が多くございましたが、宮が同じように沈んでいらっしゃったのを、お慰め申そうとのお気を強くお持ちになって、だんだんとお気をしっかりなさいました。このお嘆きを、宮におかれては、まるで正体のないようなご様子で、ぼんやりとしていらっしゃるのでした」<BR>⏎420 
c1465 などと涙を止めがたそうに悲しみながら、はきはきとせず申し上げる。<BR>⏎
421 などと涙を止めがたそうに悲しみながら、はきはきとせず申し上げる。<BR>⏎
 466 「そうですね。それもあまりに頼りなく、情けないお心です。今は、恐れ多いことですが、誰を頼りにお思い申し上げなさるのでしょう。御山暮らしの父院も、たいそう深い山の中で、世の中を思い捨てなさった雲の中のようなので、お手紙のやりとりをなさるにも難しい。<BR>⏎422 
 467 ほんとうにこのような冷たいお心を、あなたからよく申し上げてください。万事が、前世からの定めなのです。この世に生きていたくないとお思いになっても、そうはいかない世の中です。第一、このような死別がお心のままになるなら、この死別もあるはずがありません」<BR>⏎423 
cd3:2468-470 などといろいろと多くおっしゃるが、お返事申し上げる言葉もなくて、ただ溜息をつきながら座っていた。鹿がとても悲しそうに鳴くのを、「自分も鹿に劣ろうか」と思って、<BR>⏎
 「人里が遠いので小野の篠原を踏み分けて来たが<BR>⏎
  わたしも鹿のように声も惜しまず泣いています」<BR>⏎
424-425 などといろいろと多くおっしゃるが、お返事申し上げる言葉もなくて、ただ溜息をつきながら座っていた。鹿がとても悲しそうに鳴くのを、「自分も鹿に劣ろうか」と思って、<BR>⏎
 「人里が遠いので小野の篠原を踏み分けて来たが<BR>  わたしも鹿のように声も惜しまず泣いています」<BR>⏎
 471 とおっしゃると、<BR>⏎426 
cd2:1472-473 「喪服も涙でしめっぽい秋の山里人は<BR>⏎
  鹿の鳴く音に声を添えて泣いています」<BR>⏎
427 「喪服も涙でしめっぽい秋の山里人は<BR>  鹿の鳴く音に声を添えて泣いています」<BR>⏎
 474 上手な歌ではないが、時が時とて、ひっそりとした声の調子などを、けっこうにお聞きになった。<BR>⏎428 
 475 ご挨拶をあれこれ申し上げなさるが、<BR>⏎429 
 476 「今は、このように思いがけない夢のような世の中を、少しでも落ち着きを取り戻す時がございましたら、たびたびのお見舞いにもお礼申し上げましょう」<BR>⏎430 
cd2:1477-478 とだけ素っ気なく言わせなさる。「ひどく何とも言いようのないお心だ」と、嘆きながらお帰りになる。<BR>⏎
<P>⏎
431 とだけ素っ気なく言わせなさる。「ひどく何とも言いようのないお心だ」と、嘆きながらお帰りになる。<BR>⏎
version39479 <A NAME="in45">[第五段 夕霧、一条宮邸の側を通って帰宅]</A><BR>432 
 480 道すがら、しみじみとした空模様を眺めて、十三日の月がたいそう明るく照り出したので、薄暗い小倉の山も難なく通れそうに思っているうちに、一条の宮邸はその途中であった。<BR>⏎433 
 481 以前にもまして荒れて、南西の方角の築地の崩れている所から覗き込むと、ずっと一面に格子を下ろして、人影も見えない。月だけが遣水の表面をはっきりと照らしているので、大納言が、ここで管弦の遊びなどをなさった時々のことを、お思い出しになる。<BR>⏎434 
cd2:1482-483 「あの人がもう住んでいないこの邸の池の水に<BR>⏎
  独り宿守りしている秋の夜の月よ」<BR>⏎
435 「あの人がもう住んでいないこの邸の池の水に<BR>  独り宿守りしている秋の夜の月よ」<BR>⏎
 484 と独言を言いながら、お邸にお帰りになっても、月を見ながら、心はここにない思いでいらっしゃった。<BR>⏎436 
 485 「何ともみっもない。今までになかったお振る舞いですこと」<BR>⏎437 
c1486 とおもだった女房たちも憎らしがっていた。北の方は、真実嫌な気がして、<BR>⏎
438 とおもだった女房たちも憎らしがっていた。北の方は、真実嫌な気がして、<BR>⏎
 487 「魂が抜け出たお方のようだ。もともと何人もの夫人たちがいっしょに住んでいらっしゃる六条院の方々を、ともすれば素晴らしい例として引き出し引き出しては、性根の悪い無愛想な女だと思っていらっしゃる、やりきれないわ。わたしも昔からそのように住むことに馴れていたならば、人目にも無難に、かえってうまくいったでしょうが。世の男性の模範にしてもよいご性質と、親兄弟をはじめ申して、けっこうなあやかりたい者となさっていたのに、このままいったら、あげくの果ては恥をかくことがあるだろう」<BR>⏎439 
c1488 などととてもひどく嘆いていらっしゃった。<BR>⏎
440 などととてもひどく嘆いていらっしゃった。<BR>⏎
 489 夜明け方近く、お互いに口に出すこともなくて、背き合いながら夜を明かして、朝霧の晴れる間も待たず、いつものように、手紙を急いでお書きになる。とても気にくわないとお思いになるが、以前のようには奪い取りなさらない。たいそう情愛をこめて書いて、ちょっと下に置いて歌を口ずさみなさる。声をひそめていらっしゃったが、漏れて聞きつけられる。<BR>⏎441 
cd2:1490-491 「いつになったらお訪ねしたらよいのでしょうか<BR>⏎
  明けない夜の夢が覚めたらとおっしゃったことは<BR>⏎
442 「いつになったらお訪ねしたらよいのでしょうか<BR>  明けない夜の夢が覚めたらとおっしゃったことは<BR>⏎
 492 お返事がありません」<BR>⏎443 
cd2:1493-494 とでもお書きになったのであろうか、手紙を包んで、その後も、「どうしたらよかろう」などと口ずさんでいらっしゃった。人を召してお渡しになった。「せめてお返事だけでも見たいものだわ。やはり本当はどうなのかしら」と、様子を窺いたくお思いになっている。<BR>⏎
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444 とでもお書きになったのであろうか、手紙を包んで、その後も、「どうしたらよかろう」などと口ずさんでいらっしゃった。人を召してお渡しになった。「せめてお返事だけでも見たいものだわ。やはり本当はどうなのかしら」と、様子を窺いたくお思いになっている。<BR>⏎
version39495 <A NAME="in46">[第六段 落葉宮の返歌が届く]</A><BR>445 
 496 日が高くなってから返事を持って参った。紫の濃い紙が素っ気ない感じで、小少将の君が、いつものようにお返事申し上げた。いつもと同じで、何の甲斐もないことを書いて、<BR>⏎446 
 497 「お気の毒なので、あの頂戴したお手紙に、手習いをしていらしたのをこっそり盗みました」<BR>⏎447 
cd5:4498-502 とあって中に破いて入っていたが、「御覧になったのだ」と、お思いになるだけで嬉しいとは、とても体裁の悪い話である。とりとめもなくお書きになっているのを、見続けていらっしゃると、<BR>⏎
 「朝な夕なに声を立てて泣いている小野山では<BR>⏎
  ひっきりなしに流れる涙は音無の滝になるのだろうか」<BR>⏎
 とか読むのであろうか、古歌などを、悩ましそうに書き乱れていらっしゃる、ご筆跡なども見所がある。<BR>⏎
 「他人の事などで、このような浮気沙汰に心焦がれているのは、はがゆくもあり、正気の沙汰でもないように見たり聞いたりしていたが、自分の事となると、なるほどまことに我慢できないものであるなあ。不思議だ。どうしてこんなにもいらいらするのだろう」<BR>⏎
448-451 とあって中に破いて入っていたが、「御覧になったのだ」と、お思いになるだけで嬉しいとは、とても体裁の悪い話である。とりとめもなくお書きになっているのを、見続けていらっしゃると、<BR>⏎
 「朝な夕なに声を立てて泣いている小野山では<BR>  ひっきりなしに流れる涙は音無の滝になるのだろうか」<BR>⏎
 とか読むのであろうか、古歌などを、悩ましそうに書き乱れていらっしゃる、ご筆跡なども見所がある。<BR>⏎
 「他人の事などで、このような浮気沙汰に心焦がれているのは、はがゆくもあり、正気の沙汰でもないように見たり聞いたりしていたが、自分の事となると、なるほどまことに我慢できないものであるなあ。不思議だ。どうしてこんなにもいらいらするのだろう」<BR>⏎
 503 と反省なさるが、思うにまかせない。<BR>⏎452 
d1504<P>⏎
version39505 <H4>第五章 落葉宮の物語 夕霧執拗に迫る</H4>453 
version39506 <A NAME="in51">[第一段 源氏や紫の上らの心配]</A><BR>454 
 507 六条院にもお聞きあそばして、とても落ち着いていて何につけ冷静で、人の非難もなく、無難に過ごしていらっしゃるのを、誇りに思い、自分の若いころ、少し風流すぎて、好色家だという評判をおとりになった名誉回復に、嬉しくお思い続けていらしたが、<BR>⏎455 
 508 「かわいそうに、どちらにとってもお気の毒なことがきっとあるだろうことよ。赤の他人の間でさえなく、大臣なども、どのようにお思いになろうか。それくらいのこと、分からないではないだろう。宿世というものからは、逃れられないのだ。とやかく口を出すべきことではない」<BR>⏎456 
 509 とお思いになる。女の身にとっては、どちらに対してもお気の毒だと、困った事にお聞きあそばしてお心をお痛めになる。<BR>⏎457 
c1510 紫の上に対しても、今までのことや将来のことをお考えになりながら、このような噂を聞くにつけても、亡くなった後、不安にお思い申し上げる様子をおっしゃると、お顔をぽっと赤らめて、「情けないことそんなに長く後にお残しなさるおつもりか」とお思いになっていた。<BR>⏎
458 紫の上に対しても、今までのことや将来のことをお考えになりながら、このような噂を聞くにつけても、亡くなった後、不安にお思い申し上げる様子をおっしゃると、お顔をぽっと赤らめて、「情けないこと. そんなに長く後にお残しなさるおつもりか」とお思いになっていた。<BR>⏎
 511 「女ほど、身の処し方も窮屈で、痛ましいものはない。ものの情趣も、折にふれた興趣深いことも、見知らないふうに身を引いて黙ってなどいては、いったい何によって、この世に生きている晴れがましさを味わい、無常なこの世の所在なさをも慰めることができよう。<BR>⏎459 
 512 だいたい、ものの道理も弁えないで、つまらない者のようになってしまったのでは、育てた親も、とても残念に思うはずではないか。<BR>⏎460 
 513 心の中にばかり思いをこめて、無言太子とか言って、小法師たちが辛い修行の例とする昔の喩えのように、悪い事良い事を弁えながら、口に出さずにいるのは、つまらない。自分ながらも、ほど好い身の処し方をするには、どのようにしたらよいものか」<BR>⏎461 
 514 とご思案なさるのも、今はただ女一の宮の御身のためを思ってのことである。<BR>⏎462 
d1515<P>⏎
version39516 <A NAME="in52">[第二段 夕霧、源氏に対面]</A><BR>463 
 517 大将の君が、参上なさった機会があって、悩んでいらっしゃる様子も知りたいので、<BR>⏎464 
c1518 「御息所の忌中は明けたのだろうね。昨日今日と思っているうちに、三年以上の昔になる世の中なのだ。ああ悲しく味気ないものだ。夕方の露がかかっている間の寿命を貪っているとは。何とかこの髪を剃って、何もかも捨て去ろうと思うが、なんといつまでものんびりと過ごしていることか。まことに悪いことだ」<BR>⏎
465 「御息所の忌中は明けたのだろうね。昨日今日と思っているうちに、三年以上の昔になる世の中なのだ。ああ悲しく味気ないものだ。夕方の露がかかっている間の寿命を貪っているとは。何とかこの髪を剃って、何もかも捨て去ろうと思うが、なんといつまでものんびりと過ごしていることか。まことに悪いことだ」<BR>⏎
 519 とおっしゃる。<BR>⏎466 
c2520-521 「ほんとうに惜しくない人でさえ、めいめい離れがたく思っている人の世でございましょう」などと申し上げて、「御息所の四十九日の法事など、大和守某朝臣が、独りでお世話致しますのは、とてもお気の毒なことです。しっかりした縁者がいない方は、生きている間だけのことで、このような死後は、悲しゅうございます」<BR>⏎
 とお申し上げになる。<BR>⏎
467-468 「ほんとうに惜しくない人でさえ、めいめい離れがたく思っている人の世でございましょう」などと申し上げて、「御息所の四十九日の法事など、大和守某朝臣が、独りでお世話致しますのは、とてもお気の毒なことです。しっかりした縁者がいない方は、生きている間だけのことで、このような死後は、悲しゅうございます」<BR>⏎
 とお申し上げになる。<BR>⏎
 522 「朱雀院からも御弔問があるだろう。あの内親王、どんなにお嘆きでいらっしゃるだろう。昔聞いていた時よりは、つい最近、何かにつけ聞いたり見たりするに、この更衣は、しっかりした無難な人の中に入っていた。世間一般のことにつけて、惜しいことをしたものだ。生きていてもよいと思う方が、このように亡くなってゆくことよ。<BR>⏎469 
 523 朱雀院も、ひどく驚きお悲しみになっていた。あの内親王は、ここにいらっしゃる入道の宮の次には、かわいがっていらっしゃった。人柄も良くいらっしゃるのだろう」<BR>⏎470 
 524 とおっしゃる。<BR>⏎471 
 525 「お気立てはどのようでいらっしゃいましょう。御息所は、申し分のない人柄や、気立てでいらっしゃいました。親しく気をお許して接したわけではありませんでしたが、ちょっとした事の機会に、自然と人の心配りというものがよく分かるものでございます」<BR>⏎472 
 526 とお申し上げになって、宮の御事は口にかけず、まったく素知らぬふりをしている。<BR>⏎473 
 527 「これほどの一本気の性格の者が思い染めたことは、忠告しても聞き入れないだろう。聞き入れもしないだろうことを分かっていながら、自分が分別くさく口を出してもしようがない」<BR>⏎474 
 528 とお思いになっておやめになった。<BR>⏎475 
d1529<P>⏎
version39530 <A NAME="in53">[第三段 父朱雀院、出家希望を諌める]</A><BR>476 
c1531 こうしてご法事に、万端を取り仕切っておさせなさる。その評判は、自然に知れることなので、大殿などにおかれてもお聞きになって、「そんなことがあって良いことか」などと、妻方が思慮が浅いようにお考えになるのは、困ったことである。あの故人とのご縁もあるので、ご子息たちもご法要に参集なさる。<BR>⏎
477 こうしてご法事に、万端を取り仕切っておさせなさる。その評判は、自然に知れることなので、大殿などにおかれてもお聞きになって、「そんなことがあって良いことか」などと、妻方が思慮が浅いようにお考えになるのは、困ったことである。あの故人とのご縁もあるので、ご子息たちもご法要に参集なさる。<BR>⏎
 532 読経など、大殿からも盛大におさせになる。誰も彼も、いろいろ負けず劣らずなさったので、時めく人のこのような法事に負けないほどであった。<BR>⏎478 
 533 宮は、このまま小野で一生を送ろうとご決心なさったことがあったが、朱雀院に、誰かがそっとお告げ申し上げたので、<BR>⏎479 
c1534 「それはとんでもないことです。なるほど何人とも、あれこれと身の関わりをお持ちになることは良いことではないが、後見のない人は、なまじ尼姿になってから、けしからぬ噂がたち、罪を得るような時、現世も来世も、どっちつかずの非難されるというものです。<BR>⏎
480 「それはとんでもないことです。なるほど何人とも、あれこれと身の関わりをお持ちになることは良いことではないが、後見のない人は、なまじ尼姿になってから、けしからぬ噂がたち、罪を得るような時、現世も来世も、どっちつかずの非難されるというものです。<BR>⏎
 535 自分がこのように世を捨てているのに、三の宮が同じように出家なさったのを、何ともなす手がないように人が思ったり言ったりするのも、世を捨てた身には、思い悩むべきことではないが、必ずそんなにも、同じように競って出家なさるのも、感心しないことでしょう。<BR>⏎481 
 536 世の辛さに負けて世を厭うのは、かえって体裁の悪いことです。自分でしっかり考えて、もう少し冷静になって、心を澄ましてから、どうなりとも」<BR>⏎482 
cd2:1537-538 と度々申し上げなさった。この浮いたお噂をお耳にあそばしたのであろう。「噂のようなことが思うとおりに行かないので世をお厭いになった」と言われなさることを御心配なさったのであった。そうかといって、また「公然と再婚なさるのも軽薄で、感心しないこと」と、お思いになりながら、恥ずかしいとお思いになるのもお気の毒なので、「どうして自分までが噂を聞いて口出ししたりしようか」とお思いになって、このことは、全然一言もお出し申し上げなさらないのだった。<BR>⏎
<P>⏎
483 と度々申し上げなさった。この浮いたお噂をお耳にあそばしたのであろう。「噂のようなことが思うとおりに行かないので世をお厭いになった」と言われなさることを御心配なさったのであった。そうかといって、また「公然と再婚なさるのも軽薄で、感心しないこと」と、お思いになりながら、恥ずかしいとお思いになるのもお気の毒なので、「どうして自分までが噂を聞いて口出ししたりしようか」とお思いになって、このことは、全然一言もお出し申し上げなさらないのだった。<BR>⏎
version39539 <A NAME="in54">[第四段 夕霧、宮の帰邸を差配]</A><BR>484 
 540 大将も、<BR>⏎485 
 541 「あれこれと言ってみたが、今は無駄なことだ。宮のお心ではお聞き入れなさることは、難しいことのようだ。御息所が承知済みであったと、世間の人には知らせよう。どうしようもない。亡くなった方に少し思慮が浅かったと罪を思わせて、いつからそうなったということもなく、分からなくさせてしまおう。年がいもなく若返って、懸想をし、涙を流し尽くして口説いたりするのも、いかにも身にふさわしからぬことだろう」<BR>⏎486 
 542 と決心なさって、一条邸にお帰りになる予定の日を、何日ほどにと決めて、大和守を呼んで、しかるべき諸式をお命じになり、邸内を掃除し整え、何といっても、女世帯では、草深く住んでいらっしゃったので、磨いたように整備し直して、お気づかいぶりなどは、しかるべきやり方も立派に、壁代、御屏風、御几帳、御座所などまでお気を配りなさり、大和守にお命じになって、あちらの家で急いで準備させなさる。<BR>⏎487 
 543 その日、自分でいらっしゃって、お車や、御前駆などを差し向けなさる。宮は、どうしても帰るまいとお思いになりおっしゃるのを、女房たちが熱心に説得申し上げ、大和守も、<BR>⏎488 
 544 「まったくご承知するわけには行きません。心細く悲しいご様子を拝見し心を痛め、これまでのお世話は、できるだけのことはさせていただきました。<BR>⏎489 
cd5:4545-549 今は、任国の公務もございますし、下向しなければなりません。お邸内のことも任せられる人もございません。まことに不行届なことで、どうしたものかと心配いたしておりますが、このように万事お世話なさいますのを、なるほどご結婚ということを考えてみますと、必ずしも今すぐに移転するのが良いというのではないお身の上ですが、そのように、昔もお心のままにならなかった例は、多くございます。<BR>⏎
 あなたお一方だけが、世間の非難をお受けになることでしょうか。とても幼稚なお考えです。いくら強がっても、女一人のご分別で、ご自分の身の振りをきちんとなさり、お気をつけなさることがどうしてできましょうか。やはり男性から大事にお世話なされるのに助けられて、初めて深いお考えによる立派なご方針も、それに依存するものなのです。<BR>⏎
 あなた方がよくお教え申し上げなさらないのです。一方ではけしからぬことをも、ご自分たちの判断でかってにお取り計らい申し上げなさって」<BR>⏎
 と言い続けて、左近の君や、小少将の君を責める。<BR>⏎
<P>⏎
490-493 今は、任国の公務もございますし、下向しなければなりません。お邸内のことも 任せられる人もございません。まことに不行届なことで、どうしたものかと心配いたしておりますが、このように万事お世話なさいますのを、なるほどご結婚ということを考えてみますと、必ずしも今すぐに移転するのが良いというのではないお身の上ですが、そのように、昔もお心のままにならなかった例は、多くございます。<BR>⏎
 あなたお一方だけが、世間の非難をお受けになることでしょうか。とても幼稚なお考えです。いくら強がっても、女一人のご分別で、ご自分の身の振りをきちんとなさり、お気をつけなさることがどうしてできましょうか。やはり男性から大事にお世話なされるのに助けられて、初めて深いお考えによる立派なご方針も、それに依存するものなのです。<BR>⏎
 あなた方がよくお教え申し上げなさらないのです。一方ではけしからぬことをも、ご自分たちの判断でかってにお取り計らい申し上げなさって」<BR>⏎
 と言い続けて、左近の君や、小少将の君を責める。<BR>⏎
version39550 <A NAME="in55">[第五段 落葉宮、自邸へ向かう]</A><BR>494 
c1551 寄ってたかって説得申し上げるので、とても困りきって、色鮮やかなお召し物を、女房たちがお召し替え申し上げるにも、夢心地で、やはりとても一途に削き落としたく思われなさる御髪を、掻き出して御覧になると、六尺ほどあって、少し細くなったが、女房たちは不完全だとは拝見せず、ご自身のお気持ちでは、<BR>⏎
495 寄ってたかって説得申し上げるので、とても困りきって、色鮮やかなお召し物を、女房たちがお召し替え申し上げるにも、夢心地で、やはりとても一途に削き落としたく思われなさる御髪を、掻き出して御覧になると、六尺ほどあって、少し細くなったが、女房たちは不完全だとは拝見せず、ご自身のお気持ちでは、<BR>⏎
 552 「ひどく衰えたこと。とても男の人にお見せできなる有様ではない。いろいろと情けない身の上であるものを」<BR>⏎496 
 553 とお思い続けなさって、また臥せっておしまいになった。<BR>⏎497 
 554 「時刻に遅れます。夜も更けてしまいます」<BR>⏎498 
cd3:2555-557 と皆が騷ぐ。時雨がとても心急かせるように風に吹き乱れて、何事にもつけ悲しいので、<BR>⏎
 「母君が上っていった峰の煙と一緒になって<BR>⏎
  思ってもいない方角にはなびかずにいたいものだわ」<BR>⏎
499-500 と皆が騷ぐ。時雨がとても心急かせるように風に吹き乱れて、何事にもつけ悲しいので、<BR>⏎
 「母君が上っていった峰の煙と一緒になって<BR>  思ってもいない方角にはなびかずにいたいものだわ」<BR>⏎
 558 ご自分では気強く思っていらっしゃるが、そのころは、お鋏などのような物は、みな取り隠して、女房たちが目をお離し申さずいたので、<BR>⏎501 
 559 「このように騒がないでいても、どうして惜しい身の上で、愚かしく、子供っぽくもこっそり髪を下ろしたりしようか。人聞きも悪いとお思いなさることを」<BR>⏎502 
 560 とお思いになると、ご希望通り出家もなさらない。<BR>⏎503 
 561 女房たちは、全員急ぎ出して、それぞれ、櫛や、手箱や、唐櫃や、いろいろな道具類を、つまらない袋入れのような物であるが、全部前もって運んでしまっていたので、独り居残っているわけにもゆかず、泣く泣くお車にお乗りになるのも、隣の空席ばかりに自然と目が行きなさって、こちらにお移りになった時、ご気分が優れなかったにも関わらず、御髪をかき撫でて繕って、降ろしてくださったことをお思い出しになると、目も涙にむせんでたまらない。御佩刀といっしょに経箱を持っているが、いつもお側にあるので、<BR>⏎504 
cd2:1562-563 「恋しさを慰められない形見の品として<BR>⏎
  涙に曇る玉の箱ですこと」<BR>⏎
505 「恋しさを慰められない形見の品として<BR>  涙に曇る玉の箱ですこと」<BR>⏎
 564 黒造りのもまだお調えにならず、あの日頃親しくお使いになっていた螺鈿の箱なのであった。お布施の料としてお作らせになったのだが、形見として残して置かれたのであった。浦島の子の気がなさる。<BR>⏎506 
d1565<P>⏎
version39566 <A NAME="in56">[第六段 夕霧、主人顔して待ち構える]</A><BR>507 
c1567 ご到着なさると、邸内は悲しそうな様子もなく、人の気配が多くて、様子が違っている。お車を寄せてお降りになるに、全然以前に住んでいた所とは思われず、よそよそしく嫌な気がなさるので、すぐにはお降りにならない。とてもおかしな子供っぽいお振る舞いですわと、女房たちも拝見し困っている。殿は、東の対の南面を、自分のお部屋として、仮に設けて、主人気取りでいらっしゃる。三条殿では、女房たちが、<BR>⏎
508 ご到着なさると、邸内は悲しそうな様子もなく、人の気配が多くて、様子が違っている。お車を寄せてお降りになるに、全然以前に住んでいた所とは思われず、よそよそしく嫌な気がなさるので、すぐにはお降りにならない。とてもおかしな 子供っぽいお振る舞いですわと、女房たちも拝見し困っている。殿は、東の対の南面を、自分のお部屋として、仮に設けて、主人気取りでいらっしゃる。三条殿では、女房たちが、<BR>⏎
 568 「突然あきれたことにおなりになったこと。いつからのことだったのかしら」<BR>⏎509 
c3569-571 とあきれるのだった。色めいた風流事を、お好きでなくお思いになる方は、このように突然な事がおありになるのだった。けれども何年も前からあった事を、噂にもならず素振り知られずにお過ごしになって来られたのだ、とばかりに思い込んで、このように女のお気持ちは不承知であると、気づく人もいない。いずれにしても宮の御ためにはお気の毒なことである。<BR>⏎
 お調度類なども普段と変わって、新婚としては縁起が悪いが、お食事を差し上げたりした後、皆が寝静まったころにお渡りになって、少将の君をひどくお責めになる。<BR>⏎
 「ご愛情が本当に末長くとお思いでしたら、今日明日を過ぎてから申し上げて下さいませ。お帰りになってかえって悲しみに沈み込んで、亡くなった方のようにお臥せりになってしまわれました。おとりなし申し上げても、辛いとばかりお思いでいらっしゃるので、何事もわが身あってでございますもの。まことに困って、申し上げにくうございます」<BR>⏎
510-512 とあきれるのだった。色めいた風流事を、お好きでなくお思いになる方は、このように突然な事がおありになるのだった。けれども何年も前からあった事を、噂にもならず素振り知られずにお過ごしになって来られたのだ、とばかりに思い込んで、このように女のお気持ちは不承知であると、気づく人もいない。いずれにしても 宮の御ためにはお気の毒なことである。<BR>⏎
 お調度類なども普段と変わって、新婚としては縁起が悪いが、お食事を差し上げたりした後、皆が寝静まったころに お渡りになって、少将の君をひどくお責めになる。<BR>⏎
 「ご愛情が本当に末長くとお思いでしたら、今日明日を過ぎてから申し上げて下さいませ。お帰りになってかえって悲しみに沈み込んで、亡くなった方のようにお臥せりになってしまわれました。おとりなし申し上げても、辛いとばかりお思いでいらっしゃるので、何事もわが身あってでございますもの。まことに困って、申し上げにくうございます」<BR>⏎
 572 と言う。<BR>⏎513 
 573 「まことに妙なことです。ご推量申し上げていたのとは違って、子供っぽく理解しがたいお考えでありますね」<BR>⏎514 
c2574-575 とおっしゃって考えていらっしゃる処遇は、宮の御ためにも、自分のためにも、世間の非難のないようにおっしゃり続けるので、<BR>⏎
 「いえもうただ今は、またもお亡くし申し上げてしまうのではないかと、気が気ではなく取り乱しておりますので、万事判断がつきません。お願いでございます、あれこれと無理押しなさって、乱暴なことはなさいませぬように」<BR>⏎
515-516 とおっしゃって考えていらっしゃる処遇は、宮の御ためにも、自分のためにも、世間の非難のないようにおっしゃり続けるので、<BR>⏎
 「いえもうただ今は、またもお亡くし申し上げてしまうのではないかと、気が気ではなく取り乱しておりますので、万事判断がつきません。お願いでございます、あれこれと無理押しなさって、乱暴なことはなさいませぬように」<BR>⏎
 576 と手を擦って頼む。<BR>⏎517 
 577 「これはまだ経験のないことだ。憎らしく嫌な者だと、人より格段に軽蔑される身の上が情けない。是非とも誰かにでも判断してもらいたい」<BR>⏎518 
cd4:3578-581 と言いようもないとお思いになっておっしゃるので、やはりお気の毒でもあり、<BR>⏎
 「まだ知らないとおっしゃるのは、なるほど恋愛経験の少ないお人柄だからでしょうと、道理は、仰せのとおりどちら様を正しいと申す人がございますでしょうか」<BR>⏎
 と少しほほ笑んだ。<BR>⏎
<P>⏎
519-521 と言いようもないとお思いになっておっしゃるので、やはりお気の毒でもあり、<BR>⏎
 「まだ知らないとおっしゃるのは、なるほど恋愛経験の少ないお人柄だからでしょうと、道理は、仰せのとおりどちら様を正しいと申す人がございますでしょうか」<BR>⏎
 と少しほほ笑んだ。<BR>⏎
version39582 <A NAME="in57">[第七段 落葉宮、塗籠に籠る]</A><BR>522 
 583 このように強情であるが、今となっては、邪魔立てされなさるおつもりもないので、そのままこの人を引き立てて、当て推量にお入りになる。<BR>⏎523 
c1584 宮は、「まことに嫌でたまらない、思いやりのない浅薄な心の方だった」と、悔しく辛いので、「大人げないようだと言われようとも」とご決意なさって、塗籠にご座所を一つ敷かせなさって、内側から施錠してお寝みになってしまった。「これもいつまで続くことであろうか。これほどに浮き足立っている女房たちの気持ちは、何と悲しく残念なことか」とお思いなさる。<BR>⏎
524 宮は、「まことに嫌でたまらない、思いやりのない浅薄な心の方だった」と、悔しく辛いので、「大人げないようだと言われようとも」とご決意なさって、塗籠にご座所を一つ敷かせなさって、内側から施錠してお寝みになってしまった。「これもいつまで続くことであろうか。これほどに浮き足立っている女房たちの気持ちは、何と悲しく残念なことか」とお思いなさる。<BR>⏎
 585 男君は、心外なひどい仕打ちとお思い申し上げなさるが、このようなことで、どうして逃れることができようかと、気長にお考えになって、いろいろと思案しながら夜をお明かしなさる。山鳥の気がなさるのであった。やっとのことで明け方になった。こうしてばかり、取り立てて言うと、にらみ合いになりそうなので、お出になろうとして、<BR>⏎525 
cd4:3586-589 「ただ少しの隙間だけでも」<BR>⏎
 としきりにお頼み申し上げなさるが、まったくお返事がない。<BR>⏎
 「怨んでも怨みきれません、胸の思いを晴らすことのできない冬の夜に<BR>⏎
  そのうえ鎖された関所のような岩の門です<BR>⏎
526-528 「ただ少しの隙間だけでも」<BR>⏎
 としきりにお頼み申し上げなさるが、まったくお返事がない。<BR>⏎
 「怨んでも怨みきれません、胸の思いを晴らすことのできない冬の夜に<BR>  そのうえ鎖された関所のような岩の門です<BR>⏎
 590 何とも申し上げようのない冷たいお心です」<BR>⏎529 
cd2:1591-592 と泣く泣くお出になる。<BR>⏎
<P>⏎
530 と泣く泣くお出になる。<BR>⏎
version39593 <H4>第六章 夕霧の物語 雲居雁と落葉宮の間に苦慮</H4>531 
version39594 <A NAME="in61">[第一段 夕霧、花散里へ弁明]</A><BR>532 
 595 六条院にいらっしゃって、ご休息なさる。東の上は、<BR>⏎533 
 596 「一条の宮をお移し申し上げなさったと、あの大殿あたりなどでお噂申しているのは、どのようなことなのですか」<BR>⏎534 
c1597 ととてもおっとりとお尋ねになる。御几帳を添えているが、端からちらちらと、それでも顔をお見せ申し上げなさる。<BR>⏎
535 ととてもおっとりとお尋ねになる。御几帳を添えているが、端からちらちらと、それでも顔をお見せ申し上げなさる。<BR>⏎
 598 「そのようにも、やはり世間の人は取り沙汰しそうなことでございます。故御息所は、とても気強く、とんでもないことときっぱりおっしゃいましたが、最期の様子の時に、お気持ちが弱られた折に、わたし以外に後見を依頼できる人のないのが悲しかったのでしょうか、亡くなった後の後見というようなことがございましたので、もともとの心積もりもございましたことなので、このようにお引き受け致すことになりましたが、あれこれと、どのように世間の人は噂するのでございましょう。そうでないことをも、不思議と世間の人は、口さがないものです」<BR>⏎536 
c4599-602 とほほ笑みながら、<BR>⏎
 「あのご本人の宮は、もう普通の暮らしはするまいと深く決心なさって、尼になってしまいたいと思い詰めていらっしゃるようなので、どうしてどうして。あちら方こちら方に聞きずらいことでもございますが、そのように嫌疑を招かぬことになったとしても、また一方であの遺言に背くまいと存じまして、ただこのようにお世話申しているのでございます。<BR>⏎
 院がお渡りあそばしたような時に、よい機会がございましたら、このようにわたしの申したとおりに申し上げてください。この年になって、感心しない浮気心を起こしたと、お思いになりおっしゃりもするだろうと気にいたしておりますが、なるほどこのようなことには、人の意見にも、自分の心にも従えないものだということが分かりました」<BR>⏎
 と声を小さくして申し上げなさる。<BR>⏎
537-540 とほほ笑みながら、<BR>⏎
 「あのご本人の宮は、もう普通の暮らしはするまいと深く決心なさって、尼になってしまいたいと思い詰めていらっしゃるようなので、どうしてどうして。あちら方こちら方に聞きずらいことでもございますが、そのように嫌疑を招かぬことになったとしても、また一方であの遺言に背くまいと存じまして、ただこのようにお世話申しているのでございます。<BR>⏎
 院がお渡りあそばしたような時に、よい機会がございましたら、このようにわたしの申したとおりに申し上げてください。この年になって、感心しない浮気心を起こしたと、お思いになりおっしゃりもするだろうと気にいたしておりますが、なるほどこのようなことには、人の意見にも、自分の心にも従えないものだということが分かりました」<BR>⏎
 と声を小さくして申し上げなさる。<BR>⏎
 603 「誰かの間違いではないかと思っておりましたが、本当にそのようなご事情があったのですね。すべて世間によくある事ですが、三条の姫君がご心配なさるのも、お気の毒です。平穏無事に馴れていらっしゃって」<BR>⏎541 
 604 と申し上げなさると、<BR>⏎542 
c1605 「かわいらしくおっしゃいますね、姫君とはね。まるで鬼のようでございます性悪な者を」とおっしゃって、「どうしてその人をいい加減に扱っておりましょうか。恐れ多いですが、こちらのご夫人方のご様子からご推量ください。<BR>⏎
543 「かわいらしくおっしゃいますね、姫君とはね。まるで鬼のようでございます性悪な者を」とおっしゃって、「どうしてその人をいい加減に扱っておりましょうか。恐れ多いですが、こちらのご夫人方のご様子から ご推量ください。<BR>⏎
 606 穏やかである事だけが、女性として結局良いことのようでございます。口やかましく事を荒立てるのも、暫くの間は煩しく、面倒くさいように遠慮することもありますが、それに必ずしも最後まで従うものではないので、浮気沙汰が出てきた後、自分も相手も、憎らしそうに嫌気のさすものです。<BR>⏎544 
c2607-608 やはり南の殿の上のお心遣いこそが、いろいろとまたとないことで、それに次いではこちらのお気立てなどが、素晴らしいものとして、拝見するようになりました」<BR>⏎
 などとお誉め申し上げなさると、お笑いになって、<BR>⏎
545-546 やはり南の殿の上のお心遣いこそが、いろいろとまたとないことで、それに次いではこちらのお気立てなどが、素晴らしいものとして、拝見するようになりました」<BR>⏎
 などとお誉め申し上げなさると、お笑いになって、<BR>⏎
 609 「そうした女性の例に出したりなさるので、我が身の体裁の悪い評判がはっきりしてしまいそうで。<BR>⏎547 
c1610 ところでおかしなことは、院が、ご自分の女癖を誰も知らないように、ちょっとした好色めいたお心遣いを、重大事とお思いになって、お諌め申し上げなさる。陰口をも申し上げなさっているらしいのは、賢ぶっている人が、自分のことは知らないでいるように思われます」<BR>⏎
548 ところでおかしなことは、院が、ご自分の女癖を誰も知らないように、ちょっとした好色めいたお心遣いを、重大事とお思いになって、お諌め申し上げなさる。陰口をも申し上げなさっているらしいのは、賢ぶっている人が、自分のことは知らないでいるように思われます」<BR>⏎
 611 とおっしゃると、<BR>⏎549 
ci3:4612-614 「さように、いつも女性の事では厳しくお仰せになります。しかし恐れ多い教えを戴かなくても、自分で十分に気をつけておりますのに」<BR>⏎
 とおっしゃってなるほどおかしいと思っていらっしゃった。<BR>⏎
 御前に参上なさると、あの事件はお聞きあそばしていらしたが、どうして知っている顔をしていられようかとお思いになって、ただじっと顔を窺っていらっしゃると、「実に素晴らしく美しくて、最近特に男盛りになったようだ。そのような浮気事をなさっても、人が非難すべきご様子もなさっていない。鬼神も罪を許すに違いなく、鮮やかでどことなく清らかで、若々しく今を盛りに生気溌剌としていらっしゃる。<BR>⏎
550-553 「さように、いつも女性の事では厳しくお仰せになります。しかし恐れ多い教えを戴かなくても、自分で十分に気をつけておりますのに」<BR>⏎
 とおっしゃってなるほどおかしいと思っていらっしゃった。<BR>⏎
 御前に参上なさると、あの事件はお聞きあそばしていらしたが、どうして知っている顔をしていられようかとお思いになって、ただじっと顔を窺っていらっしゃると、<BR>⏎
 
「実に素晴らしく美しくて、最近特に男盛りになったようだ。そのような浮気事をなさっても、人が非難すべきご様子もなさっていない。鬼神も罪を許すに違いなく、鮮やかでどことなく清らかで、若々しく今を盛りに生気溌剌としていらっしゃる。<BR>⏎
 615 何の分別もない若い人ではいらっしゃらず、どこからどこまですっかり成人なさっている、無理もないことだ。女性として、どうして素晴らしいと思わないでいられようか。鏡を見ても、どうして心奢らずにいられようか」<BR>⏎554 
cd2:1616-617 とご自分のお子ながらも、そうお思いになる。<BR>⏎
<P>⏎
555 とご自分のお子ながらも、そうお思いになる。<BR>⏎
version39618 <A NAME="in62">[第二段 雲居雁、嫉妬に荒れ狂う]</A><BR>556 
 619 日が高くなって、殿にお帰りになった。お入りになるや、若君たちが、次々とかわいらしい姿で、纏わりついてお遊びになる。女君は、御帳台の中に臥せっていらっしゃった。<BR>⏎557 
 620 お入りになったが、目もお合わせにならない。ひどいと思っているのであろう、と御覧になるのもごもっともであるが、遠慮した素振りもお見せにならず、お召し物を引きのけなさると、<BR>⏎558 
 621 「ここをどこと思っていらっしゃったのですか。わたしはとっくに死にました。いつも鬼とおっしゃるので、同じことならすっかりなってしまおうと思って」<BR>⏎559 
 622 とおっしゃる。<BR>⏎560 
 623 「お心は、鬼以上でいらっしゃるが、姿形は憎らしくもないので、すっかり嫌いになることはできないな」<BR>⏎561 
c1624 と何くわぬ顔でおっしゃるのも、癪にさわって、<BR>⏎
562 と何くわぬ顔でおっしゃるのも、癪にさわって、<BR>⏎
 625 「結構な姿形で優美に振る舞っていらっしゃるお方に、いつまでも連れ添っていられる身でもありませんので、どこへなりとも消え失せようと思うのを、このようにさえお思い出しますな。いつのまにか過ごした年月さえ、惜しく思われるものを」<BR>⏎563 
c1626 と言って起き上がりなさった様子は、たいそう愛嬌があって、つやつやとして赤くなった顔、実に美しい。<BR>⏎
564 と言って起き上がりなさった様子は、たいそう愛嬌があって、つやつやとして赤くなった顔、実に美しい。<BR>⏎
 627 「このように子供っぽく腹を立てていらっしゃるからでしょうか、見慣れて、この鬼は、今では恐ろしくもなくなってしまったなあ。神々しい感じを加わえたいものだ」<BR>⏎565 
c1628 と冗談事におっしゃるが、<BR>⏎
566 と冗談事におっしゃるが、<BR>⏎
 629 「何を言うの。あっさりと死んでおしまいなさい。わたしも死にたい。見ていると憎らしい。聞くも気にくわない。後に残して死ぬのは気になるし」<BR>⏎567 
 630 とおっしゃるが、とても愛らしさが増すばかりなので、心からにっこりして、<BR>⏎568 
c3631-633 「近くで御覧にならなくても、よそながらどうして噂をお聞きにならないわけには行きますまい。そうして夫婦の縁の深いことを分からせようとのおつもりのようですね。急に続くような冥土への旅立ちは、そのようにお約束申したからね」<BR>⏎
 とまこと素っ気なく言って、何やかやと宥めすかし申し慰めなさると、とても若々しく素直で、かわいらしいお心の持ち主でいらっしゃる方なので、口からの出まかせの言葉とはお思いになりながら、自然と和らいでいらっしゃるのを、とても愛しい人だとお思いになる一方で、心はうわの空で、<BR>⏎
 「あの方もとても我を張って、強く頑固な人の様子にはお見えではないが、もしやはり不本意なことと思って、尼などになっておしまいになったら、馬鹿らしくもあるな」<BR>⏎
569-571 「近くで御覧にならなくても、よそながらどうして噂をお聞きにならないわけには行きますまい。そうして夫婦の縁の深いことを分からせようとのおつもりのようですね。急に続くような冥土への旅立ちは、そのようにお約束申したからね」<BR>⏎
 とまこと素っ気なく言って、何やかやと宥めすかし申し慰めなさると、とても若々しく素直で、かわいらしいお心の持ち主でいらっしゃる方なので、口からの出まかせの言葉とはお思いになりながら、自然と和らいでいらっしゃるのを、とても愛しい人だとお思いになる一方で、心はうわの空で、<BR>⏎
 「あの方もとても我を張って、強く頑固な人の様子にはお見えではないが、もしやはり不本意なことと思って、尼などになっておしまいになったら、馬鹿らしくもあるな」<BR>⏎
 634 と思うと、暫くの間は絶え間なく通おうと、落ち着いていられない気がして、日が暮れて行くにつれて、「今日もお返事さえなかったな」とお思いになって、気にかかりながら、ひどく物思いに耽っていらっしゃる。<BR>⏎572 
d1635<P>⏎
version39636 <A NAME="in63">[第三段 雲居雁、夕霧と和歌を詠み交す]</A><BR>573 
 637 昨日今日と全然お召し上がりにならなかった食事を、少々はお召し上がりになったりなどしていらっしゃる。<BR>⏎574 
 638 「昔から、あなたのために愛情が並大抵でなかった事情は、大臣がひどいお扱いをなさったために、世間から愚かな男だとの評判を受けたが、堪えがたいところを我慢して、あちらこちらが、進んで申し込まれた縁談を、たくさん聞き流して来た態度は、女性でさえそれほどの人はいるまいと、世間の人も皮肉った。<BR>⏎575 
c2639-640 今思うにつけても、どうしてそうであったのかと、自分ながらも、昔でさえ重々しかったと反省されるが、今は、このようにお憎みになっても、お捨てになることのできない子供たちが、とても辺りせましと数増えたようなので、あなたのお気持ち一つで出てお行きになることはできません。またまあ見ていてくださいよ。寿命とは分からないのがこの世の常です」<BR>⏎
 と言ってお泣きになったりすることもある。女も、往時を思い出しなさると、<BR>⏎
576-577 今思うにつけても、どうしてそうであったのかと、自分ながらも、昔でさえ重々しかったと反省されるが、今は、このようにお憎みになっても、お捨てになることのできない子供たちが、とても辺りせましと数増えたようなので、あなたのお気持ち一つで出てお行きになることはできません。またまあ見ていてくださいよ。寿命とは分からないのがこの世の常です」<BR>⏎
 と言ってお泣きになったりすることもある。女も、往時を思い出しなさると、<BR>⏎
 641 「しみじみとも世に又となく仲睦まじかった二人の仲が、何と言っても前世の約束が深かったのだな」<BR>⏎578 
cd3:2642-644 とお思い出しなさる。柔らかくなったお召し物をお脱ぎになって、新調の素晴らしいのを重ねて香をたきしめなさり、立派に身繕いし化粧してお出かけになるのを、灯火の光で見送って、堪えがたく涙が込み上げて来るので、脱ぎ置きなさった単衣の袖を引き寄せなさって、<BR>⏎
 「長年連れ添って古びたこの身を恨んだりするよりも<BR>⏎
  いっそ尼衣に着替えてしまおうかしら<BR>⏎
579-580 とお思い出しなさる。柔らかくなったお召し物をお脱ぎになって、新調の素晴らしいのを重ねて香をたきしめなさり、立派に身繕いし化粧してお出かけになるのを、灯火の光で見送って、堪えがたく涙が込み上げて来るので、脱ぎ置きなさった単衣の袖を引き寄せなさって、<BR>⏎
 「長年連れ添って古びたこの身を恨んだりするよりも<BR>  いっそ尼衣に着替えてしまおうかしら<BR>⏎
 645 やはり俗世の人のままでは、生きて行くことができないわ」<BR>⏎581 
c1646 と独言としておっしゃるのを、立ち止まって、<BR>⏎
582 と独言としておっしゃるのを、立ち止まって、<BR>⏎
 647 「何とも嫌なお心ですね。<BR>⏎583 
cd2:1648-649  いくら長年連れ添ったからといって、わたしを見限って<BR>⏎
  尼になったという噂が立ってよいものでしょうか」<BR>⏎
584  いくら長年連れ添ったからといって、わたしを見限って<BR>  尼になったという噂が立ってよいものでしょうか」<BR>⏎
 650 急いでいて、とても平凡な歌であるよ。<BR>⏎585 
d1651<P>⏎
version39652 <A NAME="in64">[第四段 塗籠の落葉宮を口説く]</A><BR>586 
 653 あちらには、やはり籠もっていらっしゃるのを、女房たちが、<BR>⏎587 
 654 「こうしてばかりいらしてよいものでしょうか。子供っぽく良くない噂も立つでございましょうから、いつものご座所に戻って、お考えのほどを申し上げなさいませ」<BR>⏎588 
c1655 などといろいろと申し上げたので、もっともなことだとお思いになりながら、今から以後の世間での噂も、自分のどのようなお気持ちで過ごして来たかも、気にくわなく、恨めしかった方のせいだとお考えになって、その夜もお会いなさらない。「冗談ではなく、変わった方だ」と、言葉を尽くして恨みのたけを申し上げなさる。女房もお気の毒だと拝す。<BR>⏎
589 などといろいろと申し上げたので、もっともなことだとお思いになりながら、今から以後の世間での噂も、自分のどのようなお気持ちで過ごして来たかも、気にくわなく、恨めしかった方のせいだとお考えになって、その夜もお会いなさらない。「冗談ではなく、変わった方だ」と、言葉を尽くして恨みのたけを申し上げなさる。女房もお気の毒だと拝す。<BR>⏎
 656 「『わずかでも人心地のする時があろうときに、お忘れでなかったら、何なりとお返事申し上げましょう。この御服喪期間中は、せめて他の事で頭を思い乱すことなく過ごしたい』と、深くお思いになりおっしゃっていますが、このようにまことに都合悪く、知らない人のなくなってしまったようなことを、やはりひどくお辛いことと申し上げておいでです」<BR>⏎590 
 657 と申し上げる。<BR>⏎591 
 658 「愛する気持ちは、また普通の人とは違って安心ですのに。思いも寄らない目に遭うものですね」と嘆息して、「普通のご気分でいらっしゃったら、物越しなどでも、自分の気持ちだけでも申し上げて、お心を傷つけるようなことはしません。何年でもきっとお待ちしましょう」<BR>⏎592 
cd4:3659-662 などとどこまでも申し上げなさるが、<BR>⏎
 「やはりこのような喪中の心の乱れに加えて、無理をおっしゃるお心がひどく辛い。他人が聞いて想像することも、すべていい加減なことで済まされないわが身の辛さは、それはそれとして措いても、格別に情けないお心づもりです」<BR>⏎
 と重ねて拒否してお恨みになりながら、つき放してお相手していらっしゃった。<BR>⏎
<P>⏎
593-595 などとどこまでも申し上げなさるが、<BR>⏎
 「やはりこのような喪中の心の乱れに加えて、無理をおっしゃるお心がひどく辛い。他人が聞いて想像することも、すべていい加減なことで済まされないわが身の辛さは、それはそれとして措いても、格別に情けないお心づもりです」<BR>⏎
 と重ねて拒否してお恨みになりながら、つき放してお相手していらっしゃった。<BR>⏎
version39663 <A NAME="in65">[第五段 夕霧、塗籠に入って行く]</A><BR>596 
 664 「そうかといって、こうしてばかりいられようか。人が洩れ聞くことも当然だ」と、きまり悪く、こちらの人目も気にかかりなさるので、<BR>⏎597 
c2665-666 「内々のお気づかいは、このおっしゃることに適っても、暫くの間はお気持ちに逆らわないでいよう。夫婦らしからぬ様子が、とても嫌である。またこうだからといって、まったく参らなくなったら、あなたのご評判がどんなにかおいたわしいことでしょうか。一方的にお考えになって、大人げないのが困ったことです」<BR>⏎
 などこの女房をお責めになるので、なるほどと思って、拝するのも今はお気の毒になって、恐れ多くも思われる様子なので、女房を出入りさせなさる塗籠の北の口から、お入れ申し上げてしまった。<BR>⏎
598-599 「内々のお気づかいは、このおっしゃることに適っても、暫くの間はお気持ちに逆らわないでいよう。夫婦らしからぬ様子が、とても嫌である。またこうだからといって、まったく参らなくなったら、あなたのご評判がどんなにかおいたわしいことでしょうか。一方的にお考えになって、大人げないのが困ったことです」<BR>⏎
 などこの女房をお責めになるので、なるほどと思って、拝するのも今はお気の毒になって、恐れ多くも思われる様子なので、女房を出入りさせなさる塗籠の北の口から、お入れ申し上げてしまった。<BR>⏎
 667 ひどく驚いて情けなくむごいと、伺候している女房も、なるほどこのような世間の人の心だから、これ以上ひどい目に遭わせるに違いないと、頼りにする人もいなくなってしまった我が身を、かえすがえす悲しくお思いになる。<BR>⏎600 
 668 男は、いろいろと納得なさるような条理を尽くしてお説き申し上げ、言葉数多く、しみじみと気を引くようなことをどこまでも申し上げなさるが、辛く気にくわないとばかりお思いになっていた。<BR>⏎601 
c1669 「まったくこのように何とも言いようもない者に思われなさった身のほどは、例のないくらい恥ずかしいので、あってはならない考えがつき始まったのも、迂闊にも悔しく思われますが、昔に戻ることのできない関係で、何の立派なご評判がございましょうか。もう仕方のないこととお諦めください。<BR>⏎
602 「まったくこのように何とも言いようもない者に思われなさった身のほどは、例のないくらい恥ずかしいので、あってはならない考えがつき始まったのも、迂闊にも悔しく思われますが、昔に戻ることのできない関係で、何の立派なご評判がございましょうか。もう仕方のないこととお諦めください。<BR>⏎
 670 思い通りにならない時、淵に身を投げる例もございますそうですが、ただこのような愛情を深い淵だとお思いになって、飛び込んだ身だとお思いください」<BR>⏎603 
 671 と申し上げなさる。単衣のお召し物をお髪ごと被って、できることといっては、声を上げてお泣きになる様子が、心底お気の毒なので、<BR>⏎604 
 672 「まったく困ったことだ。どうしてまったくこのようにまでお嫌いになるのだろう。強情を張っている人でも、これほどになってしまえば、自然と弱くなる様子もあるのだが、石や木よりもほんとうに心を動かさないのは、前世の因縁が薄いために、恨むようなことがあるが、そのようにお思いなのだろうか」<BR>⏎605 
 673 と思い当たると、あまりひどいので情けなくなって、三条の君がお悲しみであろうことや、昔も何の疑いもなく、お互いに愛情を交わし合った当時のこと、長年にわたり、もう安心と信頼し、打ち解けていらっしゃった様子を思い出すにつけても、自分のせいで、まことにつまらなく思い続けられずにはいられないので、無理にもお慰め申し上げなさらず、嘆息しながら夜をお明かしになった。<BR>⏎606 
d1674<P>⏎
version39675 <A NAME="in66">[第六段 夕霧と落葉宮、遂に契りを結ぶ]</A><BR>607 
c1676 こうしてばかり馬鹿らしく出入りするのもみっともないので、今日は泊まって、ゆっくりとしていらっしゃる。こんなにまで一途なのを、あきれたことと宮はお思いになって、ますます疎んずる態度が増してくるのを、愚かしい意地の張りようだと、思う一方で情けなくもおいたわしい。<BR>⏎
608 こうしてばかり馬鹿らしく出入りするのもみっともないので、今日は泊まって、ゆっくりとしていらっしゃる。こんなにまで一途なのを、あきれたことと宮はお思いになって、ますます疎んずる態度が増してくるのを、愚かしい意地の張りようだと、思う一方で情けなくもおいたわしい。<BR>⏎
 677 塗籠も、格別こまごまとした物も多くはなくて、香の御唐櫃や、御厨子などばかりがあるのは、あちらこちらに片づけて、親しみの持てる感じに設えていらっしゃるのだった。内側は暗い感じがするが、朝日がさし昇った感じが漏れて来たので、被っていた単衣をひき払って、とてもひどく乱れていたお髪、かき上げたりなどして、わずかに拝見なさる。<BR>⏎609 
 678 まことに気品高く女性的で、優美な感じでいらっしゃった。夫君のご様子は、凛々しくしていらっしゃる時よりも、くつろいでいらっしゃる時は、限りなく美しい感じである。<BR>⏎610 
c1679 「亡き夫君が特別すぐれた容貌というわけでなかったがその彼でさえ、すっかり気位高く持って、ご器量がお美しくないと、何かの折に思っていたらしい様子をお思い出しになると、それ以上にこのようにひどく衰えた様子を、少しの間でも我慢できようか」と思うのも、ひどく恥ずかしく、あれやこれやと思案しながら、自分のお気持ちを納得させなさる。<BR>⏎
611 「亡き夫君が特別すぐれた容貌というわけでなかったがその彼でさえ、すっかり気位高く持って、ご器量がお美しくないと、何かの折に思っていたらしい様子をお思い出しになると、それ以上にこのようにひどく衰えた様子を、少しの間でも我慢できようか」と思うのも、ひどく恥ずかしく、あれやこれやと思案しながら、自分のお気持ちを納得させなさる。<BR>⏎
 680 ただ外聞が悪く、こちらでもあちらでも、人がお聞きになってどうお思いなさろうかの罪は避けられないうえ、喪中でさえあるのがとても情けないので、気持ちの慰めようがないのであった。<BR>⏎612 
 681 御手水や、お粥などを、いつものご座所の方で差し上げる。色の変わった御調度類も、縁起でもないようなので、東面には屏風を立てて、母屋との境に香染の御几帳など、大げさに見えない物、沈の二階棚などのような物を立てて、気を配って飾ってある。大和守のしたことであったのだ。<BR>⏎613 
 682 女房たちも、派手でない色の、山吹襲、掻練襲、濃い紫の衣、青鈍色などを着替えさせ、薄紫色の裳、青朽葉などを、何かと目立たないようにして、お食膳を差し上げる。女主人の生活で、諸事しまりなくいろいろ習慣になっていた宮邸の中で、有様に気を配って、わずかの下人たちにも声をかけてきちんとさせ、この大和守一人だけで取り仕切っている。<BR>⏎614 
 683 このように思いがけない高貴な来客がいらっしゃったと聞いて、もとから怠けていた家司なども、急に参上して、政所などという所に控えて仕事をするのだった。<BR>⏎615 
d1684<P>⏎
version39685 <H4>第七章 雲居雁の物語 夕霧の妻たちの物語</H4>616 
version39686 <A NAME="in71">[第一段 雲居雁、実家へ帰る]</A><BR>617 
 687 このように無理して馴染んだ顔をしていらっしゃるので、三条殿は、<BR>⏎618 
 688 「これが最後のようだと、まさかそんなことはあるまいと、一方では信頼していたが、実直な人が浮気したら跡形もなくなると聞いていたことは、本当のことであった」<BR>⏎619 
c1689 と夫婦の仲を見届けてしまった感じがして、「どうにしてこの侮辱を味わっていようか」とお思いになったので、大殿邸へ、方違えしようと思って、お移りになったところ、弘徽殿の女御が里にいらっしゃる時でもあり、お会いなさって、少し悩みが晴れることとお思いになって、いつものように急いでお帰りにならない。<BR>⏎
620 と夫婦の仲を見届けてしまった感じがして、「どうにしてこの侮辱を味わっていようか」とお思いになったので、大殿邸へ、方違えしようと思って、お移りになったところ、弘徽殿の女御が里にいらっしゃる時でもあり、お会いなさって、少し悩みが晴れることとお思いになって、いつものように急いでお帰りにならない。<BR>⏎
 690 大将殿もお聞きになって、<BR>⏎621 
c2691-692 「やはりそうであったか。まことせかっちでいらっしゃる性格だ。この大殿の方も、また年輩者らしくゆったりと落ち着いているところが、何といってもなく、実に性急で派手でいらっしゃる方々だから、気にくわない、見るものか、聞くものかなどと、不都合なことをおっしゃり出すかも知れない」<BR>⏎
 と驚きなさって、三条殿にお帰りになると、子供たちも、半ばは残っていらっしゃって、姫君たちと、それからとても幼い子は連れていらっしゃっていたのだが、見つけて喜んで纏わりつき、ある者は母上を恋い慕い申して、悲しんで泣いていらっしゃるのを、かわいそうにとお思いになる。<BR>⏎
622-623 「やはりそうであったか。まことせかっちでいらっしゃる性格だ。この大殿の方も、また年輩者らしくゆったりと落ち着いているところが、何といってもなく、実に性急で派手でいらっしゃる方々だから、気にくわない、見るものか、聞くものかなどと、不都合なことをおっしゃり出すかも知れない」<BR>⏎
 と驚きなさって、三条殿にお帰りになると、子供たちも、半ばは残っていらっしゃって、姫君たちと、それからとても幼い子は連れていらっしゃっていたのだが、見つけて喜んで纏わりつき、ある者は母上を恋い慕い申して、悲しんで泣いていらっしゃるのを、かわいそうにとお思いになる。<BR>⏎
 693 手紙を頻繁に差し上げて、お迎えに参上なさるが、お返事すらない。このように頑固で軽率な夫婦仲だと、嫌に思われなさるが、大殿が見たり聞いたりなさる手前もあるので、日が暮れてから、自分自身で参上なさった。<BR>⏎624 
d1694<P>⏎
version39695 <A NAME="in72">[第二段 夕霧、雲居雁の実家へ行く]</A><BR>625 
 696 寝殿にいらっしゃると聞いて、いつもお帰りの時に使う部屋は、年配の女房たちだけが控えている。若君たちは、乳母と一緒にいらっしゃった。<BR>⏎626 
 697 「今になって若々しいお付き合いをなさることだ。このような子を、あちらやこちらにほって置きなさって。どうして寝殿でお話に熱中なさっているのですか。不似合いなご性格とは、長年見知っていたが、前世からの宿縁だろうか、昔から忘れられない人とお思い申し上げて、今ではこのように、手のかかった子供たちも大勢かわいくなっているのを、お互いに見捨ててよいものかと、お頼み申しているのです。ちょっとしたことで、こんなふうになさってよいものでしょうか」<BR>⏎627 
c1698 とひどく非難しお恨み申し上げなさると、<BR>⏎
628 とひどく非難しお恨み申し上げなさると、<BR>⏎
 699 「何もかも、もう飽き飽きしたと見限られてしまった身ですので、今さらまた、直るものでないのを、どうして直そうかと思いまして。見苦しい子供たちは、お忘れにならなければ、嬉しく思いましょう」<BR>⏎629 
 700 とお答え申し上げなさった。<BR>⏎630 
 701 「穏やかなお返事ですね。言い続けていったら、誰が悪く言われるでしょう」<BR>⏎631 
c1702 と言って無理にお帰りになりなさいとも言わずに、その夜は独りでお寝みになった。<BR>⏎
632 と言って無理にお帰りになりなさいとも言わずに、その夜は独りでお寝みになった。<BR>⏎
 703 「変に中途半端なこのごろだ」と思いながら、子供たちを前にお寝せになって、あちらではまた、どんなにお悩みになっていらっしゃるだろう様子を、ご想像申し上げ、気の安まらない心地なので、「どのような人が、このようなことを興味もつのだろう」などと、懲り懲りした感じがなさる。<BR>⏎633 
 704 夜が明けたので、<BR>⏎634 
 705 「誰が見聞きしても大人げないことですから、もう最後だとおっしゃるならば、そのようにしましょう。あちらにいる子供たちも、かわいらしそうに恋い慕い申しているようでしたが、選び残されたのには、何かわけがあるのかと思いながら、放っておくことができませんから、どうなりともいたしましょう」<BR>⏎635 
c2706-707 と脅し申し上げなさると、いかにもきっぱりしたご性格なので、この子供たちまで、知らない所へお連れなさるのだろうか、と心配になる。姫君を、<BR>⏎
 「さあいらっしゃい。お目にかかるために、このように参上するのも体裁が悪いので、いつも参上できません。あちらにも子供たちがかわいいので、せめて同じ所でお世話申そう」<BR>⏎
636-637 と脅し申し上げなさると、いかにもきっぱりしたご性格なので、この子供たちまで、知らない所へお連れなさるのだろうか、と心配になる。姫君を、<BR>⏎
 「さあいらっしゃい。お目にかかるために、このように参上するのも体裁が悪いので、いつも参上できません。あちらにも子供たちがかわいいので、せめて同じ所でお世話申そう」<BR>⏎
 708 と申し上げなさる。まだとても小さく、かわいらしくいらっしゃるのを、しみじみといとしいと拝見なさって、<BR>⏎638 
 709 「母君のお言葉にお従いになってはなりませんよ。とても情けなく、物事の分別がつかないのは、とても良くないことです」<BR>⏎639 
cd2:1710-711 とお教え申し上げなさる。<BR>⏎
<P>⏎
640 とお教え申し上げなさる。<BR>⏎
version39712 <A NAME="in73">[第三段 蔵人少将、落葉宮邸へ使者]</A><BR>641 
 713 大殿は、このようなことをお聞きになって、物笑いになることとお嘆きになる。<BR>⏎642 
c1714 「もう少しの間、そのまま様子を見ていらっしゃらないで。自然と反省するところも生じてこようものを。女がこのように性急であるのも、かえって軽く思われるものだ。仕方ないこのように言い出したからには、どうして間抜け顔をして、おめおめとお帰りになれよう。自然と相手の様子や考えが分かるだろう」<BR>⏎
643 「もう少しの間、そのまま様子を見ていらっしゃらないで。自然と反省するところも生じてこようものを。女がこのように性急であるのも、かえって軽く思われるものだ。仕方ないこのように言い出したからには、どうして間抜け顔をして、おめおめとお帰りになれよう。自然と相手の様子や考えが分かるだろう」<BR>⏎
 715 と仰せになって、この一条宮邸に、蔵人少将の君をお使いとして差し向けなさる。<BR>⏎644 
cd3:2716-718 「前世からの因縁があってか、あなたのことを<BR>⏎
  お気の毒にと思う一方で、恨めしい方だと聞いております<BR>⏎
 やはりお忘れにはなれないでしょう」<BR>⏎
645-646 「前世からの因縁があってか、あなたのことを<BR>  お気の毒にと思う一方で、恨めしい方だと聞いております<BR>⏎
 やはりお忘れにはなれないでしょう」<BR>⏎
 719 とあるお手紙を、少将が持っていらっしゃって、ただずんずんとお入りになる。<BR>⏎647 
 720 南面の簀子に円座をさし出したが、女房たちは、応対申し上げにくい。宮は、それ以上に困ったことだとお思いになる。<BR>⏎648 
 721 この君は、兄弟の中でとても器量がよく、難のない態度で、ゆったりと見渡して、昔を思い出している様子である。<BR>⏎649 
 722 「参上し馴れた気がして、久しぶりの感じもしませんが、そのようにはお認めいただけないでしょうか」<BR>⏎650 
 723 などとだけそれとなくおっしゃる。お返事はとても申し上げにくくて、<BR>⏎651 
 724 「わたしはとても書くことできない」<BR>⏎652 
 725 とおっしゃるので、<BR>⏎653 
 726 「お気持ちも通じず子供っぽいように思われます。代筆のお返事は、差し上げるべきではありません」<BR>⏎654 
 727 と寄ってたかって申し上げるので、何より先涙がこぼれて、<BR>⏎655 
 728 「亡くなった母上が生きていらっしゃったら、どんなに気にくわない、とお思いになりながらも、罪を庇ってくれたであろうに」<BR>⏎656 
 729 とお思い出しなさると、涙ばかりが辛さに先走る気がして、お書きになれない。<BR>⏎657 
cd3:2730-732 「どういうわけで、世の中で人数にも入らないわたしのような身を<BR>⏎
  辛いとも思い愛しいともお聞きになるのでしょう」<BR>⏎
 とだけお心にうかんだままに、終わりまで書かなかったような書きぶりで、ざっと包んでお出しになった。少将は、女房と話して、<BR>⏎
658-659 「どういうわけで、世の中で人数にも入らないわたしのような身を<BR>  辛いとも思い愛しいともお聞きになるのでしょう」<BR>⏎
 とだけお心にうかんだままに、終わりまで書かなかったような書きぶりで、ざっと包んでお出しになった。少将は、女房と話して、<BR>⏎
 733 「時々お伺いしますのに、このような御簾の前では、頼りない気がいたしますが、今からは御縁のある気がして、常に参上しましょう。御簾の中にもお許しいただけそうな、長年の忠勤の結果が現れましたような気がいたします」<BR>⏎660 
cd2:1734-735 などと思わせぶりな態度を見せてお帰りになった。<BR>⏎
<P>⏎
661 などと思わせぶりな態度を見せてお帰りになった。<BR>⏎
version39736 <A NAME="in74">[第四段 藤典侍、雲居雁を慰める]</A><BR>662 
 737 ますますおもしろからぬご気分に、気もそぞろにうろうろなさっているうちに、大殿邸にいる女君は、何日も経るうちに、お悲しみ嘆くことしばしばである。藤典侍は、このようなことを聞くと、<BR>⏎663 
 738 「わたしを長年ずっと許さないとおっしゃっていたと聞いているが、このように馬鹿にできない相手が現れたこと」<BR>⏎664 
 739 と思って、手紙などは時々差し上げていたので、お見舞い申し上げた。<BR>⏎665 
cd2:1740-741 「わたしが人数にも入る女でしたら夫婦仲の悲しみを思い知られましょうが<BR>⏎
  あなたのために涙で袖をぬらしております」<BR>⏎
666 「わたしが人数にも入る女でしたら夫婦仲の悲しみを思い知られましょうが<BR>  あなたのために涙で袖をぬらしております」<BR>⏎
 742 何となく出過ぎた手紙だとは御覧になったが、何となくしみじみと物思いに沈んでいる時の所在なさに、「あの人もとても平気ではいられまい」とお思いになる気にも、幾分おなりになった。<BR>⏎667 
cd2:1743-744 「他人の夫婦仲の辛さをかわいそうにと思って見てきたが<BR>⏎
  わが身のこととまでは思いませんでした」<BR>⏎
668 「他人の夫婦仲の辛さをかわいそうにと思って見てきたが<BR>  わが身のこととまでは思いませんでした」<BR>⏎
 745 とだけあるのを、お思いになったままだと、しみじみと見る。<BR>⏎669 
c1746 あの昔、二人のお仲が遠ざけられていた期間は、この典侍だけを、密かにお目をかけていらっしゃったのだが、事情が変わってから後は、とてもたまさかに、冷たくおなりになるばかりであったが、そうは言っても子供たちは大勢になったのであった。<BR>⏎
670 あの昔、二人のお仲が遠ざけられていた期間は、この典侍だけを、密かにお目をかけていらっしゃったのだが、事情が変わってから後は、とてもたまさかに、冷たくおなりになるばかりであったが、そうは言っても子供たちは大勢になったのであった。<BR>⏎
 747 こちらがお生みになったのは、太郎君、三郎君、五郎君、六郎君、中の君、四の君、五の君といらっしゃる。藤典侍は、大君、三の君、六の君、二郎君、四郎君といらっしゃった。全部で十二人の中で、出来の悪い子供はなく、とてもかわいらしく、それぞれに大きくおなりになっていた。<BR>⏎671 
 748 藤典侍のお生みになった子供は、特に器量がよく、才気が見えて、みな立派であった。三の君と、二郎君は、六条院の東の御殿で、特別に引き取ってお世話申していらっしゃる。院も日頃御覧になって、とてもかわいがっていらっしゃる。<BR>⏎672 
 749 このお二方の話は、いろいろとあって語り尽くせない、とのことである。<BR>⏎673 
d2750-751
<P>⏎
 752<A HREF="index.html">源氏物語の世界ヘ</A><BR>⏎674 
 753<A HREF="text39.html">本文</A><BR>⏎675 
 754<A HREF="roman39.html">ローマ字版 </A><BR>⏎676 
 755<A HREF="note39.html">注釈</A><BR>⏎677 
 756<A HREF="data39.html">大島本</A><BR>⏎678 
 757<A HREF="okuiri39.html">自筆本奥入</A><BR>⏎679 
d1758
 759<hr size="4">⏎680 
 760</body>⏎681 
 761</HTML>⏎682 
i0684