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 1<HTML>⏎1 
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 6<TITLE>浮舟(明融臨模本)</TITLE>⏎3 
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5<BODY>⏎
version519<ADDRESS>Last updated 4/30/2002<BR>6 
version5110渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-2)</ADDRESS>7 
d111<P>⏎
 12  <H3>浮舟</H3>⏎8 
d113<P>⏎
 14薫君の大納言時代二十六歳十二月から二十七歳の春雨の降り続く三月頃までの物語<BR>⏎9 
d115<P>⏎
 16第一章 匂宮の物語 匂宮、大内記から薫と浮舟の関係を聞き知る<BR>⏎10 
 17<OL>⏎11 
 18<LI>匂宮、浮舟を追想し、中君を恨む---<A HREF="#in11">宮は、今もなお、あのちらっと御覧になった夕方をお忘れになる時とてない</A>⏎12 
 19<LI>薫、浮舟を宇治に放置---<A HREF="#in12">あの方は、たとえようもなくのんびりと構えていらっしゃって</A>⏎13 
 20<LI>薫と中君の仲---<A HREF="#in13">少し暇がないようにおなりになったが</A>⏎14 
 21<LI>正月、宇治から京の中君への文---<A HREF="#in14">正月の上旬が過ぎたころにお越しになって</A>⏎15 
 22<LI>匂宮、手紙の主を浮舟と察知す---<A HREF="#in15">特に才気があるようには見えないが</A>⏎16 
 23<LI>匂宮、大内記から薫と浮舟の関係を知る---<A HREF="#in16">ご自分のお部屋にお帰りになって、「不思議なことであったな</A>⏎17 
 24<LI>匂宮、薫の噂を聞き知り喜ぶ---<A HREF="#in17">「とても嬉しいことを聞いたなあ」とお思いになって</A>⏎18 
 25</OL>⏎19 
 26第二章 浮舟と匂宮の物語 匂宮、薫の声をまねて浮舟の寝所に忍び込む<BR>⏎20 
 27<OL>⏎21 
 28<LI>匂宮、宇治行きを大内記に相談---<A HREF="#in21">ただそのことを、最近は考え込んでいらっしゃった</A>⏎22 
c129<LI>匂宮、馬で宇治へ赴く---<A HREF="#in22">お供に、昔もあちらの様子を知っている者、二三人と</A>⏎
23<LI>匂宮、馬で宇治へ赴く---<A HREF="#in22">お供に、昔もあちらの様子を知っている者、二三人と</A>⏎
 30<LI>匂宮、浮舟とその女房らを覗き見る---<A HREF="#in23">静かに昇って、格子の隙間があるのを見つけて</A>⏎24 
 31<LI>匂宮、薫の声をまねて浮舟の寝所に忍び込む---<A HREF="#in24">「どの程度の親族であろうか</A>⏎25 
 32<LI>翌朝、匂宮、京へ帰らず居座る---<A HREF="#in25">夜は、どんどん明けて行く。お供の人が来て咳払いをする</A>⏎26 
 33<LI>右近、匂宮と浮舟の密事を隠蔽す---<A HREF="#in26">右近が出て来て、この声を出した人に</A>⏎27 
 34<LI>右近、浮舟の母の使者の迎えを断わる---<A HREF="#in27">日が高くなったので、格子などを上げて</A>⏎28 
 35<LI>匂宮と浮舟、一日仲睦まじく過ごす---<A HREF="#in28">いつもは時間のたつのも長く感じられ、霞んでいる山際を</A>⏎29 
 36<LI>翌朝、匂宮、京へ帰る---<A HREF="#in29">夜になって、京へ遣わした大夫が帰参して、右近に会った</A>⏎30 
 37</OL>⏎31 
 38第三章 浮舟と薫の物語 薫と浮舟、宇治橋の和歌を詠み交す<BR>⏎32 
 39<OL>⏎33 
 40<LI>匂宮、二条院に帰邸し、中君を責める---<A HREF="#in31">二条の院にお着きになって、女君が</A>⏎34 
 41<LI>明石中宮からと薫の見舞い---<A HREF="#in32">内裏から大宮のお手紙が来たので、驚きなさって</A>⏎35 
 42<LI>二月上旬、薫、宇治へ行く---<A HREF="#in33">月が替わった。このようにお分かりになるが、お出かけになることは</A>⏎36 
 43<LI>薫と浮舟、それぞれの思い---<A HREF="#in34">「造らせている所は、だんだんと出来上がって来た</A>⏎37 
 44<LI>薫と浮舟、宇治橋の和歌を詠み交す---<A HREF="#in35">山の方は霞が隔てて、寒い洲崎に立っている鵲の姿も</A>⏎38 
 45</OL>⏎39 
 46第四章 浮舟と匂宮の物語 匂宮と浮舟、橘の小島の和歌を詠み交す<BR>⏎40 
 47<OL>⏎41 
 48<LI>二月十日、宮中の詩会催される---<A HREF="#in41">二月の十日ころに、内裏で作文会を開催あそばすということで</A>⏎42 
 49<LI>匂宮、雪の山道の宇治へ行く---<A HREF="#in42">あの方のご様子からも、ますますはっとなさったので</A>⏎43 
 50<LI>匂宮と浮舟、橘の小島の和歌を詠み交す---<A HREF="#in43">夜のうちにお帰りになるのも</A>⏎44 
 51<LI>匂宮、浮舟に心奪われる--<A HREF="#in44">日が差し出て、軒の氷柱が光り合っていて</A>⏎45 
 52<LI>匂宮、浮舟と一日を過ごす---<A HREF="#in45">人目も絶えて、気楽に話し合って一日お過ごしになる</A>⏎46 
 53<LI>匂宮、京へ帰り立つ---<A HREF="#in46">御物忌を、二日とおだましになっていたので、のんびりとしたまま</A>⏎47 
 54<LI>匂宮、二条院に帰邸後、病に臥す---<A HREF="#in47">このような時の帰りは、やはり二条院においでになる</A>⏎48 
 55</OL>⏎49 
 56第五章 浮舟の物語 浮舟、恋の板ばさみに、入水を思う<BR>⏎50 
 57<OL>⏎51 
 58<LI>春雨の続く頃、匂宮から手紙が届く---<A HREF="#in51">雨が降り止まないで、日数が重なるころ</A>⏎52 
 59<LI>その同じ頃、薫からも手紙が届く---<A HREF="#in52">あれこれと見るのも嫌な気がするので</A>⏎53 
 60<LI>匂宮、薫の浮舟を新築邸に移すことを知る---<A HREF="#in53">女宮にお話などを申し上げた機会に</A>⏎54 
 61<LI>浮舟の母、京から宇治に来る---<A HREF="#in54">大将殿は、四月の十日とお決めになっていた</A>⏎55 
 62<LI>浮舟の母、弁の尼君と語る---<A HREF="#in55">日が暮れて月がたいそう明るい。有明の空を思い出すと</A>⏎56 
 63<LI>浮舟、母と尼の話から、入水を思う---<A HREF="#in56">「まあ、嫌らしいこと。帝のお姫様をお持ちに</A>⏎57 
 64<LI>浮舟の母、帰京す---<A HREF="#in57">悩ましそうに臥せっていらっしゃるのを、乳母にも言って</A>⏎58 
 65</OL>⏎59 
 66第六章 浮舟と薫の物語 浮舟、右近の姉の悲話から死を願う<BR>⏎60 
 67<OL>⏎61 
 68<LI>薫と匂宮の使者同士出くわす---<A HREF="#in61">殿のお手紙は今日もある。気分が悪いと申し上げていたので</A>⏎62 
 69<LI>薫、匂宮が女からの文を読んでいるのを見る---<A HREF="#in62">才覚のある者なので、供に連れている童を</A>⏎63 
 70<LI>薫、随身から匂宮と浮舟の関係を知らされる---<A HREF="#in63">夜が更けて、みな退出なさった。大臣は、宮を先にお立て</A>⏎64 
c171<LI>薫、帰邸の道中、思い乱れる---<A HREF="#in64">帰途、「やはり実に油断のならない、抜け目なくいらっしゃる宮であるよ</A>⏎
65<LI>薫、帰邸の道中、思い乱れる---<A HREF="#in64">帰途、「やはり実に油断のならない、抜け目なくいらっしゃる宮であるよ</A>⏎
 72<LI>薫、宇治へ随身を遣わす---<A HREF="#in65">「自分が、嫌気がさしたといって、見捨てたら</A>⏎66 
 73<LI>右近と侍従、右近の姉の悲話を語る---<A HREF="#in66">正面きってではないが、それとなくおっしゃった様子を</A>⏎67 
 74<LI>浮舟、右近の姉の悲話から死を願う---<A HREF="#in67">「さあね。右近は、どちらにしても、ご無事に</A>⏎68 
 75</OL>⏎69 
 76第七章 浮舟の物語 浮舟、匂宮にも逢わず、母へ告別の和歌を詠み残す<BR>⏎70 
 77<OL>⏎71 
 78<LI>内舎人、薫の伝言を右近に伝える---<A HREF="#in71">殿からは、あの先日の返事をさえおっしゃらずに</A>⏎72 
c179<LI>浮舟、死を決意して、文を処分す---<A HREF="#in72">女君は、「なるほど今はまことに悪くなってしまった身の上のようだ</A>⏎
73<LI>浮舟、死を決意して、文を処分す---<A HREF="#in72">女君は、「なるほど今はまことに悪くなってしまった身の上のようだ</A>⏎
 80<LI>三月二十日過ぎ、浮舟、匂宮を思い泣く---<A HREF="#in73">二十日過ぎにもなった。あの家の主人が</A>⏎74 
 81<LI>匂宮、宇治へ行く---<A HREF="#in74">宮は、「こうしてばかり、依然として承知する様子もなくて</A>⏎75 
 82<LI>匂宮、浮舟に逢えず帰京す---<A HREF="#in75">宮は、御馬で少し遠くに立っていらっしゃったが</A>⏎76 
 83<LI>浮舟の今生の思い---<A HREF="#in76">右近が、きっぱり断った旨を言っていると</A>⏎77 
 84<LI>京から母の手紙が届く---<A HREF="#in77">宮は、たいそうな恨み言をおっしゃっていた</A>⏎78 
 85<LI>浮舟、母への告別の和歌を詠み残す---<A HREF="#in78">寺へ使者をやった間に、返事を書く</A>⏎79 
 86</OL>⏎80 
d187<P>⏎
version5188 <H4>第一章 匂宮の物語 匂宮、大内記から薫と浮舟の関係を聞き知る</H4>81 
version5189 <A NAME="in11">[第一段 匂宮、浮舟を追想し、中君を恨む]</A><BR>82 
c390-92 宮は、今もなおあのちらっと御覧になった夕方をお忘れになる時とてない。「たいした身分ではけっしてなさそうであったが、人柄が誠実で魅力的であったなあ」と、とても浮気なご性分にとっては、「残念なところで終わってしまったことだ」と、悔しく思われなさるままに、女君に対しても、<BR>⏎
 「あのようにちょっとしたことぐらいで、むやみに、このような方面の嫉妬をなさるなあ。思いがけなく情けない」<BR>⏎
 と悪口言って恨み申し上げなさる時々は、とてもつらくて、「ありのままに申し上げてしまおうかしら」とお思いになるが、<BR>⏎
83-85 宮は、今もなおあのちらっと御覧になった夕方をお忘れになる時とてない。「たいした身分ではけっしてなさそうであったが、人柄が誠実で魅力的であったなあ」と、とても浮気なご性分にとっては、「残念なところで終わってしまったことだ」と、悔しく思われなさるままに、女君に対しても、<BR>⏎
 「あのようにちょっとしたことぐらいで、むやみに、このような方面の嫉妬をなさるなあ。思いがけなく情けない」<BR>⏎
 と悪口言って恨み申し上げなさる時々は、とてもつらくて、「ありのままに申し上げてしまおうかしら」とお思いになるが、<BR>⏎
 93 「重々しい様子にはお扱いなさらないようだが、いいかげんでない扱いに、心とめて人が隠していらっしゃる女を、おしゃべりに申し上げてしまうようなのも、そのまま聞き流しなさるようなご性分の方ではいらっしゃらないようだ。<BR>⏎86 
 94 仕えている女房の中でも、ちょっと何かおっしゃり関係を持とうとお思いになった者にはすべて、身分柄あってはならない実家までお尋ねあそばすご体裁の良くないご性分なので、あれほど月日を経ても、お思い込んでいらっしゃるあたりの女は、女房の場合以上にきっと見苦しいことを引き起こしなさるだろう。他から伝え聞きなさるのはどうすることもできない。<BR>⏎87 
 95 どちらにとってもお気の毒ではあっても、それを防げる方のご性分でないので、他人の場合よりは聞きにくいなどとばかりに思われるだろう。どうなるにせよ、自分からの過失にはするまい」<BR>⏎88 
 96 と思い返しなさっては、お気の毒には思うが申し上げなさらず、嘘をついてもっともらしく言いつくろうことは、おできになれないので、黙りとおして嫉妬する、世の常の女になっていらっしゃった。<BR>⏎89 
d197<P>⏎
version5198 <A NAME="in12">[第二段 薫、浮舟を宇治に放置]</A><BR>90 
c399-101 あの方はたとえようもなくのんびりと構えていらっしゃって、「待ち遠しいと思っているだろう」と、お気の毒にはお思いやりになりながら、窮屈な身の上を、適当な機会がなくては、たやすくお通いになれる道ではないので、神が禁じている以上に困っている。けれども、<BR>⏎
 「いずれはたいそうよく扱ってやろう、と思う。山里の慰めと思っていた考えがあるが、少し日数のかかりそうな事柄を作り出して、のんびりと出かけて行って逢おう。そうしてしばらくの間は誰も知らない住処で、だんだんとそのようなことで、あの女の気持ちも馴れさせて、自分にとっても、他人から非難されないように、目立たぬようにするのがよいだろう。<BR>⏎
 急に迎えて、誰だろう、いつからだろう、などと取り沙汰されるのも、何となく煩わしく、当初の考えと違ってこよう。また宮の御方がお聞きになってご心配になることも、もとの場所をきっぱりと離れて連れ出し、昔を忘れてしまったような顔なのも、まことに不本意だ」<BR>⏎
91-93 あの方はたとえようもなくのんびりと構えていらっしゃって、「待ち遠しいと思っているだろう」と、お気の毒にはお思いやりになりながら、窮屈な身の上を、適当な機会がなくては、たやすくお通いになれる道ではないので、神が禁じている以上に困っている。けれども、<BR>⏎
 「いずれはたいそうよく扱ってやろう、と思う。山里の慰めと思っていた考えがあるが、少し日数のかかりそうな事柄を作り出して、のんびりと出かけて行って逢おう。そうしてしばらくの間は誰も知らない住処で、だんだんとそのようなことで、あの女の気持ちも馴れさせて、自分にとっても、他人から非難されないように、目立たぬようにするのがよいだろう。<BR>⏎
 急に迎えて、誰だろう、いつからだろう、などと取り沙汰されるのも、何となく煩わしく、当初の考えと違ってこよう。また宮の御方がお聞きになってご心配になることも、もとの場所をきっぱりと離れて連れ出し、昔を忘れてしまったような顔なのも、まことに不本意だ」<BR>⏎
 102 などと冷静に考えなさるのも、例によって、のんびりと構え過ぎた性分からであろう。引っ越しさせる所をお考えおいて、こっそりと造らせなさるのであった。<BR>⏎94 
d1103<P>⏎
version51104 <A NAME="in13">[第三段 薫と中君の仲]</A><BR>95 
 105 少し暇がないようにおなりになったが、宮の御方に対しては、やはりたゆまずお心寄せ申し上げなさることは以前と同じようである。拝見する女房も不思議なまでに思っているが、世の中をだんだんとお分かりになってきて、他人の様子を見たり聞いたりなさるにつけて、「この人こそは本当に昔を忘れない心長さが、引き続いて浅くない例のようだ」と、感慨も少なくない。<BR>⏎96 
 106 成人なさっていくにつれて、人柄も評判も、格別でいらっしゃるので、宮のお気持ちがあまりに頼りなさそうな時には、<BR>⏎97 
 107 「思いもかけなかった運命であったわ。亡き姉君がお考えおいたとおりでもなく、このように悩みの多い結婚をしてしまったことよ」<BR>⏎98 
 108 とお思いになる時々も多かった。けれども、お会いなさることは難しい。<BR>⏎99 
 109 年月もあまりに昔から遠ざかってきて、内々のご事情を深く知らない女房は、普通の身分の人なら、これくらいの縁者を求めて親交を忘れないのも、ふさわしいが、かえって、このように高い身分では、一般と違った交際も、気がひけるので、宮が絶えずお疑いになっているのも、ますますつらくご遠慮なさりながら、自然と疎遠になってゆくのを、それでも絶えず、同じ気持ちがお変わりにならないのであった。<BR>⏎100 
 110 宮も、浮気っぽいご性質は、厭わしいところも混じっているが、若君がとてもかわいらしく成長なさってゆくにつれて、「他にはこのような子も生まれないのではないかしら」と、格別大事にお思いになって、気のおけぬ親しい夫人としては、正室にまさってご待遇なさるので、以前よりは少し悩み事も落ち着いて過ごしていらっしゃる。<BR>⏎101 
d1111<P>⏎
version51112 <A NAME="in14">[第四段 正月、宇治から京の中君への文]</A><BR>102 
c2113-114 正月の上旬が過ぎたころにお越しになって、若君が一つ年齢をおとりになったのを、相手にしてかわいがっていらっしゃる昼ころ、小さい童女が、緑の薄様の包紙で大きいのに、小さい鬚籠を小松に結びつけてあるのや、またきちんとした立文とを持って、無邪気に走って参る。女君に差し上げると、宮は、<BR>⏎
 「それはどこからのですか」<BR>⏎
103-104 正月の上旬が過ぎたころにお越しになって、若君が一つ年齢をおとりになったのを、相手にしてかわいがっていらっしゃる昼ころ、小さい童女が、緑の薄様の包紙で大きいのに、小さい鬚籠を小松に結びつけてあるのや、またきちんとした立文とを持って、無邪気に走って参る。女君に差し上げると、宮は、<BR>⏎
 「それはどこからのですか」<BR>⏎
 115 とおっしゃる。<BR>⏎105 
 116 「宇治から大輔のおとどにと言ったが、いないので困っていましたのを、いつものように、御前様が御覧になるだろうと思って、受け取りました」<BR>⏎106 
 117 と言うのも、とても落ち着きのないふうなので、<BR>⏎107 
 118 「この籠は、金属で作って色を付けた籠でしたのだわ。松もとてもよく本物に似せて作ってある枝ですよ」<BR>⏎108 
c2119-120 と笑顔で言い続けるので、宮もにっこりなさって、<BR>⏎
 「それではわたしも鑑賞しようかね」<BR>⏎
109-110 と笑顔で言い続けるので、宮もにっこりなさって、<BR>⏎
 「それではわたしも鑑賞しようかね」<BR>⏎
 121 とお取り寄せになると、女君は、とても見ていられない気持ちがなさって、<BR>⏎111 
 122 「手紙は、大輔のもとにやりなさい」<BR>⏎112 
 123 とおっしゃる。お顔が赤くなっているので、宮は、「大将がさりげなくよこした手紙であろうか、宇治からと名乗るのもいかにもらしい」とお思いつきになって、この手紙をお取りになった。<BR>⏎113 
 124 とはいえ、「もし本当にそれであったら」とお思いになると、たいそう気がひけて、<BR>⏎114 
 125 「開けてみますよ。お恨みになりますか」<BR>⏎115 
 126 とおっしゃると、<BR>⏎116 
c1127 「みっともありません。どうして女房どうしの間でやりとりしている気を許した手紙を、御覧になるのでしょう」<BR>⏎
117 「みっともありません。どうして女房どうしの間でやりとりしている気を許した手紙を、御覧になるのでしょう」<BR>⏎
 128 とおしゃるが、あわてない様子なので、<BR>⏎118 
c1129 「それでは見ますよ。女性の手紙とは、どんなものかな」<BR>⏎
119 「それでは見ますよ。女性の手紙とは、どんなものかな」<BR>⏎
 130 と言ってお開けになると、とても若々しい筆跡で、<BR>⏎120 
 131 「ご無沙汰のまま、年も暮れてしまいました。山里の憂鬱さは、峰の霞も絶え間がなくて」<BR>⏎121 
 132 とあって、端の方に、<BR>⏎122 
 133 「これも若宮様の御前に。不出来でございますが」<BR>⏎123 
 134 と書いてある。<BR>⏎124 
d1135<P>⏎
version51136 <A NAME="in15">[第五段 匂宮、手紙の主を浮舟と察知す]</A><BR>125 
 137 特に才気があるようには見えないが、心当たりがないので、お目を凝らして、この立文を御覧になると、なるほど女性の筆跡で、<BR>⏎126 
 138 「年が改まりましたが、いかがお過しでしょうか。あなた様ご自身におかれましても、どんなに楽しくお喜びが多いことでございましょう。<BR>⏎127 
c3139-141 こちらでは、とても結構なお住まいで行き届いておりますが、やはり不似合いに存じております。こうしてばかり、つくづくと物思いにお耽りあそばすより他には、時々そちらにお伺いなさって、お気持ちをお慰めあそばしませ、と存じておりますが、気がねして恐ろしい所とお思いになって、嫌なこととお嘆きになっているようです。<BR>⏎
 若宮の御前にと思って、卯槌をお贈り申し上げなさいます。ご主人様が御覧にならない時に御覧下さいませ、とのことでございます」<BR>⏎
 とこまごまと言忌もできずに、もの悲しい様子が見苦しいのにつけても、繰り返し繰り返し、変だと御覧になって、<BR>⏎
128-130 こちらでは、とても結構なお住まいで行き届いておりますが、やはり不似合いに存じております。こうしてばかり、つくづくと物思いにお耽りあそばすより他には、時々そちらにお伺いなさって、お気持ちをお慰めあそばしませ、と存じておりますが、気がねして恐ろしい所とお思いになって、嫌なこととお嘆きになっているようです。<BR>⏎
 若宮の御前にと思って、卯槌をお贈り申し上げなさいます。ご主人様が御覧にならない時に 御覧下さいませ、とのことでございます」<BR>⏎
 とこまごまと言忌もできずに、もの悲しい様子が見苦しいのにつけても、繰り返し繰り返し、変だと御覧になって、<BR>⏎
 142 「今はもう、おっしゃいなさい。誰からのですか」<BR>⏎131 
 143 とお尋ねになると、<BR>⏎132 
c1144 「昔あの山里に仕えておりました女の娘が、ある事情があって、最近あちらにいると聞きました」<BR>⏎
133 「昔あの山里に仕えておりました女の娘が、ある事情があって、最近あちらにいると聞きました」<BR>⏎
 145 と申し上げなさると、普通にお仕えする女とは見えない書き方を心得ていらっしゃるので、あの厄介なことがあると書いてあったのでお察しになった。<BR>⏎134 
 146 卯槌が見事な出来で、所在ない人が作った物だと見えた。松の二股になったところに、山橘を作って、それを貫き通した枝に、<BR>⏎135 
cd5:4147-151 「まだ古木にはなっておりませんが、若君様のご成長を<BR>⏎
  心から深くご期待申し上げております」<BR>⏎
 と特にたいした歌でないなので、「あのずっと思い続けている女のか」とお思いになると、お目が止まって、<BR>⏎
 「お返事をなさい。返事しなくては情愛がない。隠さなければならない手紙でもあるまいに。どうしてご機嫌が悪いのですか。去りましょうよ」<BR>⏎
 と言ってお立ちになった。女君は、少将などに向かって、<BR>⏎
136-139 「まだ古木にはなっておりませんが、若君様のご成長を<BR>  心から深くご期待申し上げております」<BR>⏎
 と特にたいした歌でないなので、「あのずっと思い続けている女のか」とお思いになると、お目が止まって、<BR>⏎
 「お返事をなさい。返事しなくては情愛がない。隠さなければならない手紙でもあるまいに。どうしてご機嫌が悪いのですか。去りましょうよ」<BR>⏎
 と言ってお立ちになった。女君は、少将などに向かって、<BR>⏎
 152 「お気の毒なことになってしまいましたね。幼い童女が受け取ったのを、他の女房はどうして気づかなかったのでしょう」<BR>⏎140 
c2153-154 などと小声でおっしゃる。<BR>⏎
 「拝見しましたら、どうしてこちらへお届けしたりしましょうか。ぜんたい、この子は思慮が浅く出過ぎています。将来性がうかがえて、女の子は、おっとりとしているのが好ましいものです」<BR>⏎
141-142 などと小声でおっしゃる。<BR>⏎
 「拝見しましたら、どうしてこちらへお届けしたりしましょうか。ぜんたい、この子は思慮が浅く出過ぎています。将来性がうかがえて、女の子は、おっとりとしているのが好ましいものです」<BR>⏎
 155 などと叱るので、<BR>⏎143 
 156 「お静かに。幼い子を、叱りなさいますな」<BR>⏎144 
 157 とおっしゃる。去年の冬、ある人が奉公させた童女で、顔がとてもかわいらしかったので、宮もとてもかわいがっていらっしゃるのだった。<BR>⏎145 
d1158<P>⏎
version51159 <A NAME="in16">[第六段 匂宮、大内記から薫と浮舟の関係を知る]</A><BR>146 
 160 ご自分のお部屋にお帰りになって、<BR>⏎147 
 161 「不思議なことであったな。宇治に大将がお通いになることは、何年も続いていると聞いていた中でも、こっそりと夜お泊まりになる時もある、と人が言ったが、実にあまりな故人の思い出の土地だからとて、とんでもない所に旅寝なさるのだろうこと、と思ったのは、あのような女を隠して置きなさったからなのだろう」<BR>⏎148 
 162 と合点なさることもあって、ご学問のことでお使いになる大内記である者で、あちらの邸に親しい縁者がいる者を思い出しなさって、御前にお召しになる。参上した。⏎149 
 163 「韻塞をしたいのだが、詩集などを選び出して、こちらにある厨子に積むように」<BR>⏎150 
 164 などとお命じになって、<BR>⏎151 
 165 「右大将が宇治へ行かれることは、相変わらず続いていますか。寺を、とても立派に造ったと言うね。何とか見られないかね」<BR>⏎152 
 166 とおっしゃると、<BR>⏎153 
 167 「寺をたいそう立派に、荘厳にお造りになって、不断の三昧堂など、大変に尊くお命じになった、と聞いております。お通いになることは、去年の秋ごろからは、以前よりも、頻繁に行かれると言います。<BR>⏎154 
 168 下々の人びとがこっそりと申した話では、『女を隠し据えていらっしゃり、憎からずお思いになっている女なのでしょう。あの近辺に所領なさる所々の人が、皆ご命令に従ってお仕えしております。宿直を担当させたりしては、京からもたいそうこっそりと、しかるべき事などお尋ねになります。どのような幸い人で、幸せながらも心細くおいでなのでしょう』と、ちょうどこの十二月のころに申していた、とお聞き致しました」<BR>⏎155 
 169 と申し上げる。<BR>⏎156 
d1170<P>⏎
version51171 <A NAME="in17">[第七段 匂宮、薫の噂を聞き知り喜ぶ]</A><BR>157 
 172 「とても嬉しいことを聞いたなあ」とお思いになって、<BR>⏎158 
 173 「はっきりと名前を、言わなかったか。あちらに以前から住んでいた尼を、お訪ねになると聞いていたが」<BR>⏎159 
 174 「尼は、渡廊に住んでおりますと言います。この女は、今度建てられた所に、こぎれいな女房なども大勢して、結構な具合で住んでおります」<BR>⏎160 
 175 と申し上げる。<BR>⏎161 
c3176-178 「興味深いことだね。どのような考えがあって、どのような女を、そのように据えていらしゃるのだろうか。やはりとても好色なところがあって、普通の人と似ていないお心なのだろうか。<BR>⏎
 右大臣などが、『この人があまりに仏道に進んで、山寺に、夜までややもすればお泊まりになるというが、軽々しい行為だ』と非難なさると聞いたが、なるほどどうしてそんなにも仏道にこっそり行かれるのだろう。やはりあの思い出の地に心を惹かれていると聞いたが、このようなわけがあったのだ。<BR>⏎
 どうだ誰よりも真面目だと分別顔をする人の方がかえって、ことさら誰も考えつかないようなところがあるものだよ」<BR>⏎
162-164 「興味深いことだね。どのような考えがあって、どのような女を、そのように据えていらしゃるのだろうか。やはりとても好色なところがあって、普通の人と似ていないお心なのだろうか。<BR>⏎
 右大臣などが、『この人があまりに仏道に進んで、山寺に、夜までややもすればお泊まりになるというが、軽々しい行為だ』と非難なさると聞いたが、なるほどどうしてそんなにも仏道にこっそり行かれるのだろう。やはりあの思い出の地に心を惹かれていると聞いたが、このようなわけがあったのだ。<BR>⏎
 どうだ誰よりも真面目だと分別顔をする人の方がかえって、ことさら誰も考えつかないようなところがあるものだよ」<BR>⏎
 179 とおっしゃって、たいそうおもしろいとお思いになった。この人は、あちらの邸でたいそう親しくお仕えしている家司の婿であったので、隠していらっしゃることも聞いたのであろう。<BR>⏎165 
 180 ご心中では、「何とかして、この女を、前に会ったことのある女かどうか確かめたい。あの君が、あのように据えているのは、平凡で普通の女ではあるまい。こちらでは、どうして親しくしているのだろう。しめし合わせて隠していらっしゃったというのも、とても悔しい」と思われる。<BR>⏎166 
d1181<P>⏎
version51182 <H4>第二章 浮舟と匂宮の物語 匂宮、薫の声をまねて浮舟の寝所に忍び込む</H4>167 
version51183 <A NAME="in21">[第一段 匂宮、宇治行きを大内記に相談]</A><BR>168 
 184 ただそのことを、最近は考え込んでいらっしゃった。賭弓や、内宴などが過ぎて、のんびりとした時に、司召などといって、皆が夢中になっていることは、何ともお思いにならないで、宇治へこっそりとお出かけになることばかりをご思案なさる。この大内記は、期待するところがあって、昼夜、何とかお気に入ってもらおうと思っているとき、いつもよりは親しく召し使って、<BR>⏎169 
 185 「たいへん難しいことではあるが、わたしの言うことを、何とかしてくれないか」<BR>⏎170 
 186 などとおっしゃる。恐縮して承る。<BR>⏎171 
c3187-189 「たいそう不都合なことだが、あの宇治に住んでいるらしい人は、早くにちらっと会った女で、行く方が分からなくなったのが、大将に捜し出された人と、思い当たるところがあるのだ。はっきりとは知る手立てもないが、ただ物の隙間から覗き見して、その女か違うかと確かめたい、と思う。まったく誰にも知られない方法は、どうしたらよいだろうか」<BR>⏎
 とおっしゃるので、「何とやっかいな」と思うが、<BR>⏎
 「お出かけになることは、たいへん険しい山越えでございますが、格別遠くはございません。夕方お出かけあそばして、亥子の刻にはお着きになるでしょう。そうして早朝にはお帰りあそばせましょう。誰か気づくとすれば、ただお供する者だけでございしょう。それも深い事情はどうして分かりましょう」<BR>⏎
172-174 「たいそう不都合なことだが、あの宇治に住んでいるらしい人は、早くにちらっと会った女で、行く方が分からなくなったのが、大将に捜し出された人と、思い当たるところがあるのだ。はっきりとは知る手立てもないが、ただ物の隙間から覗き見して、その女か違うかと確かめたい、と思う。まったく誰にも知られない方法は、どうしたらよいだろうか」<BR>⏎
 とおっしゃるので、「何とやっかいな」と思うが、<BR>⏎
 「お出かけになることは、たいへん険しい山越えでございますが、格別遠くはございません。夕方お出かけあそばして、亥子の刻にはお着きになるでしょう。そうして早朝にはお帰りあそばせましょう。誰か気づくとすれば、ただお供する者だけでございしょう。それも深い事情はどうして分かりましょう」<BR>⏎
 190 と申し上げる。<BR>⏎175 
cd3:2191-193 「そうだ。昔も一二度は、通ったことのある道だ。軽々しいと非難されるのが、その評判が気になるのだ」<BR>⏎
 と言って繰り返しとんでもないことだと、自分自身反省なさるが、このようにまでお口に出されたので、お思い止めなさることはできない。<BR>⏎
<P>⏎
176-177 「そうだ。昔も一二度は、通ったことのある道だ。軽々しいと非難されるのが、その評判が気になるのだ」<BR>⏎
 と言って繰り返しとんでもないことだと、自分自身反省なさるが、このようにまでお口に出されたので、お思い止めなさることはできない。<BR>⏎
version51194 <A NAME="in22">[第二段 宮、馬で宇治へ赴く]</A><BR>178 
c1195 お供に、昔もあちらの様子を知っている者、二三人と、この内記、その他には乳母子で蔵人から五位になった若い者で、親しい者ばかりをお選びになって、「大将の、今日明日はよもやいらっしゃるまい」などと、内記によく調べさせなさって、ご出立なさるにつけても、昔を思い出す。<BR>⏎
179 お供に、昔もあちらの様子を知っている者、二三人と、この内記、その他には乳母子で蔵人から五位になった若い者で、親しい者ばかりをお選びになって、「大将の、今日明日はよもやいらっしゃるまい」などと、内記によく調べさせなさって、ご出立なさるにつけても、昔を思い出す。<BR>⏎
 196 「不思議なまでに心を合わせて連れて行ってくれた人に対して、後ろめたいことをするなあ」と、お思い出しになることもいろいろであるが、京の中でさえ、まるきり人の知らないお忍び歩きは、そうはいっても、おできになれないご身分でいて、粗末な恰好に身をやつして、お馬でお出かけになる気持ちも、何となく恐ろしく気が咎めるが、知りたい気持ちは強いご性質なので、山深く入って行くにつれて、「早く着きたい、どうであろうか、確かめることもなくて帰るようでは、物足りなく変なものであろう」とお思いになると、気が気でない思いがなさる。<BR>⏎180 
 197 法性寺の付近まではお車で、そこから先はお馬にお乗りになったのであった。急いで、宵を過ぎたころにお着きになった。大内記が、様子をよく知っているあの邸の人に尋ねて知っていたので、宿直人がいる方には寄らないで、葦垣をめぐらした西面を、静かにすこし壊してお入りになった。<BR>⏎181 
cd4:3198-201 大内記自身も何といってもまだ見たことのないお住まいなので、不案内であるが、女房なども多くはいないので、寝殿の南面に燈火がちらちらとほの暗く見えて、そよそよと衣ずれの音がする。戻って参って、<BR>⏎
 「まだ人は起きているようでございます。直接、ここからお入りください」<BR>⏎
 と案内してお入れ申し上げる。<BR>⏎
<P>⏎
182-184 大内記自身も何といってもまだ見たことのないお住まいなので、不案内であるが、女房なども多くはいないので、寝殿の南面に 燈火がちらちらとほの暗く見えて、そよそよと衣ずれの音がする。戻って参って、<BR>⏎
 「まだ人は起きているようでございます。直接、ここからお入りください」<BR>⏎
 と案内してお入れ申し上げる。<BR>⏎
version51202 <A NAME="in23">[第三段 匂宮、浮舟とその女房らを覗き見る]</A><BR>185 
 203 静かに昇って、格子の隙間があるのを見つけて近寄りなさると、伊予簾はさらさらと鳴るのが気が引ける。新しくこぎれいに造ってあるが、やはり荒っぽい造りで隙間があったが、誰も来て覗き見はしまいかと、気を許して、穴も塞がず、几帳の帷子をうち懸けて押しやっていた。<BR>⏎186 
c1204 燈火を明るく照らして、何か縫物をしている女房が、三四人座っていた。童女でかわいらしいのが、糸を縒っている。この子の顔は、まずあの燈火で御覧になった顔であった。とっさの見間違いかと、まだ疑われたが、右近と名乗った若い女房もいる。女主人は、腕を枕にして、燈火を眺めている目もとや、髪のこぼれかかっている額つき、たいそう上品に優美で、対の御方にとてもよく似ていた。<BR>⏎
187 燈火を明るく照らして、何か縫物をしている女房が、三四人座っていた。童女でかわいらしいのが、糸を縒っている。この子の顔は、まずあの燈火で御覧になった顔であった。とっさの見間違いかと、まだ疑われたが、右近と名乗った若い女房もいる。女主人は、腕を枕にして、燈火を眺めている目もとや、髪のこぼれかかっている額つき、たいそう上品に優美で、対の御方にとてもよく似ていた。<BR>⏎
 205 この右近が、衣類を折り畳もうとして、<BR>⏎188 
 206 「こうしてお出かけあそばしたら、すぐにはお帰りあそばすわけにはいきませんが、殿は、『今度の司召の間が終わって、朔日ころにはきっといらっしゃる』と、昨日のお使いも申していました。お手紙には、どのように申し上げなさいましたのでしょうか」<BR>⏎189 
 207 と言うが、返事もせずに、たいそう物思いに沈んでいる様子である。<BR>⏎190 
 208 「来訪の折しも、身を隠していらっしゃるようなのは、困ったことです」<BR>⏎191 
 209 と言うと、向かいにいた女房が、<BR>⏎192 
c1210 「それではこのようにお出かけになったと、お手紙を差し上げなさるのがよいでしょう。軽々しく、どうして何も言わずに、お隠れあそばせましょう。ご参詣の後は、そのままこちらにお帰りあそばしませ。こうして心細いようですが、思い通りに気楽なお暮らしに馴れて、かえって本邸の方が旅心地がするのではないでしょうか」<BR>⏎
193 「それではこのようにお出かけになったと、お手紙を差し上げなさるのがよいでしょう。軽々しく、どうして何も言わずに、お隠れあそばせましょう。ご参詣の後は、そのままこちらにお帰りあそばしませ。こうして心細いようですが、思い通りに気楽なお暮らしに馴れて、かえって本邸の方が旅心地がするのではないでしょうか」<BR>⏎
 211 などと言う。また他の女房は、<BR>⏎194 
c1212 「やはりしばらくの間、こうしてお待ち申し上げなさるのが、落ち着いていて体裁がよいでしょう。京へなどとお迎え申されてから後、ゆっくりとして母君にもお会い申されませ。あの乳母が、とてもせっかちでいられて、急にこのような話を申し上げなさるのでしょうよ。昔も今も、我慢してのんびりとしている人が、しまいには幸福になるということです」<BR>⏎
195 「やはりしばらくの間、こうしてお待ち申し上げなさるのが、落ち着いていて体裁がよいでしょう。京へなどとお迎え申されてから後、ゆっくりとして母君にもお会い申されませ。あの乳母が、とてもせっかちでいられて、急にこのような話を申し上げなさるのでしょうよ。昔も今も、我慢してのんびりとしている人が、しまいには幸福になるということです」<BR>⏎
 213 などと言うようである。右近は、<BR>⏎196 
c2214-215 「どうしてこの乳母をお止め申さずになってしまったのでしょう。年老いた人は、やっかいな性質があるものですから」<BR>⏎
 と憎むのは、乳母のような女房を悪く言うようである。「なるほど憎らしい女房がいた」とお思い出しになるのも、夢のような気がする。側で聞いていられないほど、うちとけた話をして、<BR>⏎
197-198 「どうしてこの乳母をお止め申さずになってしまったのでしょう。年老いた人は、やっかいな性質があるものですから」<BR>⏎
 と憎むのは、乳母のような女房を悪く言うようである。「なるほど憎らしい女房がいた」とお思い出しになるのも、夢のような気がする。側で聞いていられないほど、うちとけた話をして、<BR>⏎
 216 「宮の上は、とてもめでたくご幸福でいらっしゃる。右の大殿が、あれほど素晴らしいご威勢で、仰々しく大騒ぎなさるようだが、若君がお生まれになって後は、この上なくいらっしゃるようです。このような出しゃばり者がいらっしゃらなくて、お心ものんびりと、賢明に振る舞っていらっしゃることでありましょう」<BR>⏎199 
 217 と言う。<BR>⏎200 
 218 「せめて殿さえ、真実愛してくださるお気持ちが変わらなかったら、負けることがありましょうか」<BR>⏎201 
 219 と言うのを、女君は、少し起き上がって、<BR>⏎202 
 220 「とても聞きにくいこと。他人であったら、負けまいとも何とも思いましょうが、あのお方のことは口に出してはいけません。漏れ聞こえるようなことがあったら、申し訳ありません」<BR>⏎203 
 221 などと言う。<BR>⏎204 
d1222<P>⏎
version51223 <A NAME="in24">[第四段 匂宮、薫の声をまねて浮舟の寝所に忍び込む]</A><BR>205 
 224 「どの程度の親族であろうか。とてもよく似ている様子だな」と思い比べると、「恥ずかしくなるほどの上品なところは、あの君はとてもこの上ない。この人はただかわいらしくきめこまやかな顔だちがとても魅力的だ」。普通程度の、不十分なところを見つけたような場合でさえも、あれほど会いたいとお思い続けてきた人を、その人だと見つけて、そのままお止めになるようなご性分でないので、その上すっかり御覧になったので、「何とかしてこの女を自分のものにしたい」と、心もうわの空におなりになって、依然として見つめていらっしゃると、右近が、<BR>⏎206 
 225 「とても眠い。昨夜も何となしに夜明かししてしまった。明朝早くにも、これは縫ってしまおう。お急ぎあそばしても、お車は日が高くなってから来るでしょう」<BR>⏎207 
c1226 と言って作りかけていた縫物を持って、几帳に懸けたりなどして、うたた寝の状態で寄り臥した。女君も少し奥に入って臥す。右近は北面に行って、しばらくして再び来た。女君の後ろ近くに臥した。<BR>⏎
208 と言って作りかけていた縫物を持って、几帳に懸けたりなどして、うたた寝の状態で寄り臥した。女君も少し奥に入って臥す。右近は北面に行って、しばらくして再び来た。女君の後ろ近くに臥した。<BR>⏎
 227 眠たいと思っていたので、とても早く寝入ってしまった様子を御覧になって、他にどうしようもないので、こっそりとこの格子を叩きなさる。右近が聞きつけて、<BR>⏎209 
 228 「どなたですか」<BR>⏎210 
 229 と言う。咳払いをなさったので、高貴な方の咳払いと気づいて、「殿がいらっしゃったのか」と思って、起きて出た。<BR>⏎211 
 230 「とりあえず、ここを開けなさい」<BR>⏎212 
 231 とおっしゃるので、<BR>⏎213 
 232 「変ですわ。思いがけない時刻でございますこと。夜はたいそう更けましたものを」<BR>⏎214 
 233 と言う。<BR>⏎215 
 234 「どこそこへ外出なさる予定であると、仲信が言ったので、驚いてすぐ出て来て。まことに困ったことであった。とりあえず開けなさい」<BR>⏎216 
 235 とおっしゃる声、たいそうよくお似せになって、ひっそりと言うので、別人とは思いも寄らず、格子を開けた。<BR>⏎217 
 236 「途中で、とてもひどい目に遭ったので、みっともない姿になっている。燈火を暗くしなさい」<BR>⏎218 
 237 とおっしゃるので、<BR>⏎219 
c1238 「まあ大変」<BR>⏎
220 「まあ大変」<BR>⏎
 239 とあわて騒いで、燈火は隠した。<BR>⏎221 
c2240-241 「わたしを他の人には見せるな。来たからと言って、誰も起こすな」<BR>⏎
 ととてもたくみなお方なので、もともとわずかに似ているお声を、まったくあの方のご様子に似せてお入りになる。「ひどい目に遭った姿だとおっしゃったが、どのようなお姿なのだろう」とお気の毒で、自分も隠れて拝見する。<BR>⏎
222-223 「わたしを他の人には見せるな。来たからと言って、誰も起こすな」<BR>⏎
 ととてもたくみなお方なので、もともとわずかに似ているお声を、まったくあの方のご様子に似せてお入りになる。「ひどい目に遭った姿だとおっしゃったが、どのようなお姿なのだろう」とお気の毒で、自分も隠れて拝見する。<BR>⏎
 242 とてもほっそりとなよなよと装束をお召しになって、香の芳しいことも劣らない。近くによって、お召物を脱ぎ、馴れた顔でお臥せりになったので、<BR>⏎224 
 243 「いつものご座所に」<BR>⏎225 
 244 などと言うが、何もおっしゃらない。寝具を差し上て、寝ていた女房たちを起こして、少し下がって皆眠った。お供の人などは、いつものように、こちらでは構わない慣例になっているので、<BR>⏎226 
 245 「お志の深い、夜のご訪問ですこと」<BR>⏎227 
 246 「このようなご様子を、ご存知ないのよ」<BR>⏎228 
c1247 などと利口ぶる女房もいるが、<BR>⏎
229 などと利口ぶる女房もいるが、<BR>⏎
 248 「お静かに。夜の声は、ささやく声が、かえってうるさいのです」<BR>⏎230 
 249 などと言いながら眠った。<BR>⏎231 
 250 女君は、「違う人だわ」と思うと、びっくりし大変だと思うが、声も出させないようになさる。とても憚られる所でさえ、理不尽であったお心なので、何ともいいようがない仕儀だ。初めから別人だと知っていたら、何とかあしらうすべもあったろうが、夢のような気がするので、だんだんと、あの時のつらかった、いく年月もの間を思い続けていた有様をおっしゃるので、その宮だと分かった。<BR>⏎232 
 251 ますます恥ずかしくなって、あの上の御ことなどを思うと、またどうすることもできないので、限りなく泣く。宮も、なまじ逢ったのがかえってつらく、たやすく逢えそうにないことをお思いになって、お泣きになる。<BR>⏎233 
d1252<P>⏎
version51253 <A NAME="in25">[第五段 翌朝、匂宮、京へ帰らず居座る]</A><BR>234 
 254 夜は、どんどん明けて行く。お供の人が来て咳払いをする。右近が聞いて参上した。お出になる気持ちもなく、心からいとしく思われて、再びいらっしゃることも難しいので、「京では捜し求めて大騒ぎしようとも、今日一日だけはこうしていたい。何事も生きている間だけのことなのだ」。今すぐにお出になることは、本当に死んでしまいそうにお思いになるので、この右近を呼び寄せて、<BR>⏎235 
 255 「まことに無分別と思われようが、今日はとても出て行くことができそうにない。男たちは、この近辺の近い所に、適当に隠し控させなさい。時方は、京へ行って、『山寺に人目を忍んで行っている』とつじつまが合うように、返事などさせよ」<BR>⏎236 
 256 とおっしゃるので、とても驚きあきれて、気づかなかった昨夜の過失を思うと、気も動転してしまいそうなのを、落ち着けて、<BR>⏎237 
 257 「今となっては、どのようにあたふた騒いだところで、効ないし、また失礼である。困った時にも、たいそう深く愛してくださったのも、このような逃れがたかったご運命なのであろう。誰がしたということでない」<BR>⏎238 
 258 と思い慰めて、<BR>⏎239 
c1259 「今日、お迎えにとございましたが、どのようにあそばす御ことでしょうか。このように逃れることがおできになれないご運命は、まことに申し上げようもございません。あいにく日が悪うございます。やはり今日はお帰りあそばして、ご愛情がございましたら、改めてごゆっくりと」<BR>⏎
240 「今日、お迎えにとございましたが、どのようにあそばす御ことでしょうか。このように逃れることがおできになれないご運命は、まことに申し上げようもございません。あいにく日が悪うございます。やはり今日はお帰りあそばして、ご愛情がございましたら、改めてごゆっくりと」<BR>⏎
 260 と申し上げる。「生意気なことを言うな」とお思いになって、<BR>⏎241 
 261 「わたしは、いく月も物思いしたので、すっかり呆然としてしまって、人が非難するのも注意することも分別できず、一途に思いつめているのだ。少しでも身の上を憚るような人が、このような出歩きは思い立ちましょうか。お返事には、『今日は物忌です』などと言いなさい。人に知られてはならないことを、誰のためにも思いなさい。他のことは問題でない」<BR>⏎242 
cd2:1262-263 とおっしゃってこの人が、世にも稀なくらいかわいく思われなさるままに、どのような非難もお忘れになったのであろう。<BR>⏎
<P>⏎
243 とおっしゃってこの人が、世にも稀なくらいかわいく思われなさるままに、どのような非難もお忘れになったのであろう。<BR>⏎
version51264 <A NAME="in26">[第六段 右近、匂宮と浮舟の密事を隠蔽す]</A><BR>244 
 265 右近が出て来て、この声を出した人に、<BR>⏎245 
c2266-267 「これこれとおっしゃっていますが、やはりとても見苦しいなさりようです、と申し上げてください。驚くほど目にもあまるようなお振る舞いは、どんなにお思いになっても、あなた方お供の人びとの考えでどうにでもなりましょう。どうしてこう無分別にも宮をお連れ申し上げなさったのですか。無礼な行ないを致す山賊などが途中で現れましたら、どうなりましょう」<BR>⏎
 と言う。内記は、「なるほどとてもやっかいなことであるなあ」と思って立っている。<BR>⏎
246-247 「これこれとおっしゃっていますが、やはりとても見苦しいなさりようです、と申し上げてください。驚くほど目にもあまるようなお振る舞いは、どんなにお思いになっても、あなた方お供の人びとの考えでどうにでもなりましょう。どうしてこう無分別にも宮をお連れ申し上げなさったのですか。無礼な行ないを致す山賊などが途中で現れましたら、どうなりましょう」<BR>⏎
 と言う。内記は、「なるほどとてもやっかいなことであるなあ」と思って立っている。<BR>⏎
 268 「時方とおっしゃる方は、どなたですか。これこれとおっしゃっています」<BR>⏎248 
 269 と伝える。笑って、<BR>⏎249 
 270 「お叱りなさることが恐ろしいので、ご命令がなくても逃げ出しましょう。本当のところを申し上げますと、並々でないご愛情を拝見しますと、皆が皆、身を捨てて参ったのです。よいよい、宿直人も、皆起きたようです」<BR>⏎250 
 271 と言って急いで出て行った。<BR>⏎251 
 272 右近は、「人に知られないようにするには、どうだましたらよいものか」と困りきっている。女房たちが起きたので、<BR>⏎252 
 273 「殿は、ある理由があって、ひどくこっそりといらっしゃっています様子を拝見しますと、道中で大変なことがあったようです。お召物などを、夜になってこっそりと持参するように、お命じになっています」<BR>⏎253 
 274 などと言う。御達は、<BR>⏎254 
c1275 「まあ気味が悪い。木幡山は、とても恐ろしいという山ですよ。いつものように、お先も払わせなさらず、身を簡略にしていらっしゃったので、まあ大変なこと」<BR>⏎
255 「まあ気味が悪い。木幡山は、とても恐ろしいという山ですよ。いつものように、お先も払わせなさらず、身を簡略にしていらっしゃったので、まあ大変なこと」<BR>⏎
 276 と言うので、<BR>⏎256 
 277 「お静かに、お静かに。下衆どもが、少しでも聞きつけたら、とても大変なことになりましょう」<BR>⏎257 
c1278 と言っているが、嘘をつくのが恐ろしい。具合悪く、殿のお使いが来た時にはどのように言おうと、<BR>⏎
258 と言っているが、嘘をつくのが恐ろしい。具合悪く、殿のお使いが来た時には どのように言おうと、<BR>⏎
 279 「初瀬の観音様、今日一日がご無事で暮らせますように」<BR>⏎259 
c1280 と大願を立てるのであった。<BR>⏎
260 と大願を立てるのであった。<BR>⏎
 281 石山寺に今日参詣させようとして、母君が迎えに来るのであった。この邸の女房たちも皆精進潔斎をし、身を清めていたが、<BR>⏎261 
c1282 「それでは今日は、お出かけあそばすわけにはゆかないでしょう。とても残念なこと」<BR>⏎
262 「それでは今日は、お出かけあそばすわけにはゆかないでしょう。とても残念なこと」<BR>⏎
 283 と言う。<BR>⏎263 
d1284<P>⏎
version51285 <A NAME="in27">[第七段 右近、浮舟の母の使者の迎えを断わる]</A><BR>264 
 286 日が高くなったので、格子などを上げて、右近は近くにお仕えしていた。母屋の簾はみな下ろして、「物忌」などと書かせて貼っておいた。母君もご自身でお出でになるかも知れないと思って、「夢見が悪かったので」と理由をつけるのであった。御手水などを差し上げる様子は、いつものようであるが、介添えを不満にお思いになって、<BR>⏎265 
 287 「あなたが先にお洗いあそばしたら」<BR>⏎266 
 288 とおっしゃる。女は、たいそう体裁よく奥ゆかしい人を見慣れていたので、束の間も逢わないでいると死んでしまいそうだと恋い焦がれている宮を、「ご愛情が深いとは、このような方を言うのであるろうか」と思い知られるにつけても、「不思議な運命だわ。皆が、噂をきいたら、どのようにお思いになるだろう」と、まずはあの宮の上のお気持ちを思い出し申し上げるが、<BR>⏎267 
c3289-291 「素性を知らないので、返す返すもとても情けない。やはりありのままにおっしゃってください。ひどく身分の低い人だと言っても、ますますいとおしく思われましょう」<BR>⏎
 と無理やりにお尋ねになるが、そのお返事は全然しない。他のことでは、とてもかわいらしく親しみやすい様子にお返事申し上げたりなどして、言うままになるのを、とてもこの上なくかわいらしいとばかり御覧になる。<BR>⏎
 日が高くなったころに、迎えの人が来た。車二台、乗馬の人びとが、いつものように、荒々しい者が七八人。男連中が大勢、例によって、下品な感じで、ぺちゃくちゃしゃべりながら入って来たので、女房たちは体裁悪がりながら、<BR>⏎
268-270 「素性を知らないので、返す返すもとても情けない。やはりありのままにおっしゃってください。ひどく身分の低い人だと言っても、ますますいとおしく思われましょう」<BR>⏎
 と無理やりにお尋ねになるが、そのお返事は全然しない。他のことでは、とてもかわいらしく親しみやすい様子にお返事申し上げたりなどして、言うままになるのを、とてもこの上なくかわいらしいとばかり御覧になる。<BR>⏎
 日が高くなったころに、迎えの人が来た。車二台、乗馬の人びとが、いつものように、荒々しい者が七八人。男連中が大勢、例によって、下品な感じで、ぺちゃくちゃしゃべりながら入って来たので、女房たちは体裁悪がりながら、<BR>⏎
 292 「あちらに隠れなさい」<BR>⏎271 
 293 と言わせたりする。右近は、「どうしよう。殿がおいでになっている、と言った時、京にはそれほどの身分の方がいらっしゃる、いらっしゃらないというのは、自然と知られていて、隠せないことかも知れない」と思って、この女房たちにも、特に相談せずに、返事を書く。<BR>⏎272 
 294 「昨夜から穢れなさって、とても残念なこととお嘆きになっていらっしゃったのですが、昨夜、悪い夢を御覧あそばしたので、今日一日はお慎みなさいと言って、物忌をいたしております。返す返すも、残念で、悪夢が邪魔しているように拝見いたしております」<BR>⏎273 
 295 と書いて、人びとに食事をさせてやった。尼君にも、<BR>⏎274 
 296 「今日は物忌で、お出かけなさいません」<BR>⏎275 
 297 と言わせた。<BR>⏎276 
d1298<P>⏎
version51299 <A NAME="in28">[第八段 匂宮と浮舟、一日仲睦まじく過ごす]</A><BR>277 
c1300 いつもは時間のたつのも長く感じられ、霞んでいる山際を眺めながら物思いに耽っていたのに、日の暮れて行くのが侘しいとばかり思い焦がれていらっしゃる方に惹かれ申して、まことにあっけなく暮れてしまった。誰に妨げられることのない長い春の日を、いくら見てもいて見飽きず、どこがと思われる欠点もなく、愛嬌があって慕わしく魅力的である。<BR>⏎
278 いつもは時間のたつのも長く感じられ、霞んでいる山際を眺めながら物思いに耽っていたのに、日の暮れて行くのが侘しいとばかり思い焦がれていらっしゃる方に惹かれ申して、まことにあっけなく暮れてしまった。誰に妨げられることのない長い春の日を、いくら見てもいて見飽きず、どこがと思われる欠点もなく、愛嬌があって慕わしく魅力的である。<BR>⏎
 301 その実は、あの対の御方には見劣りがするのである。大殿の姫君の女盛りで美しくいらっしゃる方に比べたら、お話にもならないほどの女なのに、二人といないと思っていらっしゃる時なので、「こんなによい女は他に知らない」とばかり思っていらっしゃる。<BR>⏎279 
c1302 女はまた一方、大将殿を、とても美しそうで他にこのような方がいるだろうかと思っていたが、「情愛こまやかで輝くような美しさは、この上なくいらっしゃるなあ」と思う。<BR>⏎
280 女はまた一方、大将殿を、とても美しそうで 他にこのような方がいるだろうかと思っていたが、「情愛こまやかで輝くような美しさは、この上なくいらっしゃるなあ」と思う。<BR>⏎
 303 硯を引き寄せて、手習などをなさる。たいそう美しそうに書き遊んで、絵などを上手にたくさんお描きになるので、若い女心には、愛情も移ることであろう。<BR>⏎281 
 304 「思うにまかせず、お逢いになれない時は、この絵を御覧なさい」<BR>⏎282 
c1305 と言ってとても美しそうな男と女が、一緒に添い臥している絵を描きなさって、<BR>⏎
283 と言ってとても美しそうな男と女が、一緒に添い臥している絵を描きなさって、<BR>⏎
 306 「いつもこうしていたいですね」<BR>⏎284 
 307 などとおっしゃるのにも、涙が落ちた。<BR>⏎285 
cd2:1308-309 「末長い仲を約束してもやはり悲しいのは<BR>⏎
  ただ明日を知らない命であるよ<BR>⏎
286 「末長い仲を約束してもやはり悲しいのは<BR>  ただ明日を知らない命であるよ<BR>⏎
 310 まことにこのように思うのは、縁起でもないことだ。思いのままに訪ねることがまったくできず、万策めぐらすうちに、ほんとうに死んでしまいそうに思われる。つらかったご様子を、かえってどうして探し出したりしたのだろうか」<BR>⏎287 
 311 などとおっしゃる。女は、濡らしていらっしゃる筆を取って、<BR>⏎288 
cd2:1312-313 「心変わりなど嘆いたりしないでしょう<BR>⏎
  命だけが定めないこの世と思うのでしたら」<BR>⏎
289 「心変わりなど嘆いたりしないでしょう<BR>  命だけが定めないこの世と思うのでしたら」<BR>⏎
 314 とあるのを、「心変わりするのを恨めしく思うようだ」と御覧になるにつけても、まことにかわいらしい。<BR>⏎290 
 315 「どのような人の心変わりを見てなのか」<BR>⏎291 
c1316 などとにっこりして、大将がここに連れて来なさった当時のことを、繰り返し知りたくなって、お尋ねになるのを、つらく思って、<BR>⏎
292 などとにっこりして、大将がここに連れて来なさった当時のことを、繰り返し知りたくなって、お尋ねになるのを、つらく思って、<BR>⏎
 317 「申し上げられませんことを、このようにお尋ねになるとは」<BR>⏎293 
cd2:1318-319 と恨んでいる様子も、若々しい。自然とそれは聞き出そう、とお思いになる一方で、言わせたく思うのも困ったことだ。<BR>⏎
<P>⏎
294 と恨んでいる様子も、若々しい。自然とそれは聞き出そう、とお思いになる一方で、言わせたく思うのも困ったことだ。<BR>⏎
version51320 <A NAME="in29">[第九段 翌朝、匂宮、京へ帰る]</A><BR>295 
 321 夜になって、京へ遣わした大夫が帰参して、右近に会った。<BR>⏎296 
c1322 「后の宮からもご使者が参って、右の大殿もご不満を申されて、『誰にも知らせあそばさぬお忍び歩きは、まことに軽々しく、無礼な行為に遭うこともあるのを、総じて帝などがお耳にあそばすことも、わが身にとってもまことにつらい』とひどくおっしゃっていました。東山に聖僧にお会に行ったと、皆には申しておきました」<BR>⏎
297 「后の宮からもご使者が参って、右の大殿もご不満を申されて、『誰にも知らせあそばさぬお忍び歩きは、まことに軽々しく、無礼な行為に遭うこともあるのを、総じて帝などがお耳にあそばすことも、わが身にとってもまことにつらい』とひどくおっしゃっていました。東山に聖僧にお会に行ったと、皆には申しておきました」<BR>⏎
 323 などと話して、<BR>⏎298 
 324 「女というものは罪深くいらっしゃるものです。何でもない家来までうろうろさせなさって、嘘までつかせなさるよ」<BR>⏎299 
 325 と言うと、<BR>⏎300 
c3326-328 「聖と呼んでくださったのは、とても結構な。あなた個人の嘘をついた罪も、その功徳で帳消しなさりましょう。ほんとうに、とても困ったご性質で、おっしゃるとおりいったいどうしてそのような癖がおつきになったのでしょう。前々からこのようにいらっしゃると聞いておりましたら、とても恐れ多いことですから、うまくお取り計らい申し上げましたでしょうに。無分別なご外出ですこと」<BR>⏎
 とお困り申す。<BR>⏎
 帰参して、「これこれです」と申し上げると、「なるほどどんなに騒いでいるだろう」と、ご想像になって、<BR>⏎
301-303 「聖と呼んでくださったのは、とても結構な。あなた個人の嘘をついた罪も、その功徳で帳消しなさりましょう。ほんとうに、とても困ったご性質で、おっしゃるとおりいったいどうしてそのような癖がおつきになったのでしょう。前々からこのようにいらっしゃると聞いておりましたら、とても恐れ多いことですから、うまくお取り計らい申し上げましたでしょうに。無分別なご外出ですこと」<BR>⏎
 とお困り申す。<BR>⏎
 帰参して、「これこれです」と申し上げると、「なるほどどんなに騒いでいるだろう」と、ご想像になって、<BR>⏎
 329 「窮屈な身分はつらいものだ。軽い身分の殿上人などで、しばらくいたいものだ。どうしたらよいだろうか。このように慎むべき外聞も、構ってはいられない。<BR>⏎304 
c1330 大将もどのように思うであろうか。親しくて当然と言ってよいながら、不思議なまでに昔から親しい仲で、このような秘密が知られた時は、恥ずかしく、またどんなであろうか。<BR>⏎
305 大将もどのように思うであろうか。親しくて当然と言ってよいながら、不思議なまでに 昔から親しい仲で、このような秘密が知られた時は、恥ずかしく、またどんなであろうか。<BR>⏎
 331 世のたとえに言うこともあるので、待ち遠しがらせている自分の怠慢を顧みずに、あなたが恨まれなさるだろうとまで心配になります。まったく誰にも知られぬ状態で、ここではない所にお連れ申し上げよう」<BR>⏎306 
 332 とおっしゃる。今日までもここにじっとしていらっしゃるわけにはいかないので、お出になろうとするにも、魂は女の袖の中にお残しになって行くのであろう。<BR>⏎307 
 333 すっかり明けない前にと、供人たちは咳払いをしてお促し申す。妻戸まで一緒に連れてお出でになって、とても外にお出になれない。<BR>⏎308 
cd2:1334-335 「いったいどうしてよいか分からない<BR>⏎
  先に立つ涙が道を真暗にするので」<BR>⏎
309 「いったいどうしてよいか分からない<BR>  先に立つ涙が道を真暗にするので」<BR>⏎
 336 女も、限りなく悲しいと思った。<BR>⏎310 
cd2:1337-338 「涙も狭い袖では抑えかねますので<BR>⏎
  どのように別れを止めることができましょうか」<BR>⏎
311 「涙も狭い袖では抑えかねますので<BR>  どのように別れを止めることができましょうか」<BR>⏎
 339 風の音もとても荒々しく、霜の深い早朝に、お互いの衣装も冷たくなった気がして、お馬にお乗りになるとき、引き返す気持ちのようで驚くほどつらいが、お供の人々が、「まったく冗談ではない」と思って、ひたすら急がして出発させたので、魂の抜けた思いでお出になった。<BR>⏎312 
 340 この五位の二人が、お馬の口取りとして仕えた。険しい山道をすっかり越えて、それぞれの馬に乗る。水際の氷を踏みならす馬の足音までが、心細く何となく悲しい。以前もこの道だけは、このような山歩きもなさったので、「不思議な宿縁の山里だなあ」とお思いになる。<BR>⏎313 
d1341<P>⏎
version51342 <H4>第三章 浮舟と薫の物語 薫と浮舟、宇治橋の和歌を詠み交す</H4>314 
version51343 <A NAME="in31">[第一段 匂宮、二条院に帰邸し、中君を責める]</A><BR>315 
c1344 二条の院にお着きになって、女君がたいそう水臭くお隠しになっていたことが情けないので、気楽な方の部屋でお寝みになったが、眠ることがおできになれず、とても寂しく物思いがまさるので、心弱く対の屋にお渡りになった。<BR>⏎
316 二条の院にお着きになって、女君がたいそう水臭くお隠しになっていたことが情けないので、気楽な方の部屋でお寝みになったが、眠ることがおできになれず、とても寂しく 物思いがまさるので、心弱く対の屋にお渡りになった。<BR>⏎
 345 何があったとも知らずに、とても美しそうにしていらっしゃる。「又となく魅力的だと御覧になった人よりも、またこの人はやはり類稀な様子をしていらっしゃった」と御覧になる一方で、とてもよく似ているのを思い出しなさるにも、胸が塞がる思いがして、ひどく物思いをなさっている様子で、御帳台に入ってお寝みになる。女君もお連れ申してお入りになって、<BR>⏎317 
c1346 「気分がとても悪い。どうなるのだろうかと、心細い気がする。わたしはどんなにも深く愛していても先立ってしまったら、お身の上はまことすぐに変わってしまうでしょうね。人の思いは、きっと通るものですからね」<BR>⏎
318 「気分がとても悪い。どうなるのだろうかと、心細い気がする。わたしはどんなにも深く愛していても先立ってしまったら、お身の上はまことすぐに変わってしまうでしょうね。人の思いは、きっと通るものですからね」<BR>⏎
 347 とおっしゃる。「ひどいことを、真面目になっておっしゃるわ」と思って、<BR>⏎319 
 348 「このように聞きずらいことが漏れ聞こえたら、どのように申し上げたのかと、あちらもお考えになりましょうことが、たまりません。不運の身には、いい加減な冗談もとてもつらいので」<BR>⏎320 
c1349 と言って横をお向きになった。宮も、真面目になって、<BR>⏎
321 と言って横をお向きになった。宮も、真面目になって、<BR>⏎
 350 「ほんとうにつらいとお思い申し上げることがあるのは、どのようにお思いになるでしょう。わたしは、あなたにとっていい加減な人でしょうか。誰もが、めったにいない人だなどと、言い立てるくらいです。誰かに比べてこの上なく見下しなさるようだ。誰もそのような運命なのだろうと、自然と理解されるが、隔てなさるお気持ちの強いのが、とても情けない」<BR>⏎322 
 351 とおっしゃるにつけても、「宿世が並々でなく、探し出したのだ」と思い出されると、自然と涙ぐまれた。真剣なお姿を、「お気の毒で、どのようなことをお聞きになったのだろう」とはっとさせられるが、お答え申し上げなさる言葉もない。<BR>⏎323 
 352 「ちょっとした関係で結婚なさったので、どんなことも軽い気持ちで推量なさるのであろう。縁故もない人を頼みにして、その好意を受け入れたりしたのが過ちで、軽く扱われる身なのだ」とお思い続けるのも、何かと悲しくて、ますます可憐なご様子である。<BR>⏎324 
 353 「あの人を見つけたことは、しばらくの間はお知らせ申すまい」とお思いなので、「他の事に思わせて恨みなさるのを、ひたすらこの大将の事を真剣になっておっしゃる」とお思いになると、「誰かが嘘を真実のように申し上げたのだろう」などとお思いになる。事実か否かを確かめない間は、お会い申すのも恥ずかしい。<BR>⏎325 
d1354<P>⏎
version51355 <A NAME="in32">[第二段 明石中宮からと薫の見舞い]</A><BR>326 
 356 内裏から大宮のお手紙が来たので、驚きなさって、やはり釈然としないご様子で、あちらにお渡りになった。<BR>⏎327 
 357 「昨日の心配したことよ。ご気分悪くいらっしゃったそうですが、悪くないようでしたら参内なさい。久しく見えませんこと」<BR>⏎328 
 358 などというように申し上げなさったので、大げさに心配していただくのもつらいけれど、ほんとうにご気分も正気でないようで、その日は参内なさらない。上達部などが、大勢参上なさったが、御簾の中でその日はお過ごしになる。<BR>⏎329 
 359 夕方、右大将が参上なさった。<BR>⏎330 
 360 「こちらに」<BR>⏎331 
c1361 と言って寛いだ恰好でお会いなさった。<BR>⏎
332 と言って寛いだ恰好でお会いなさった。<BR>⏎
 362 「ご気分がお悪い、ということでございましたので、宮におかれましてもとてもご心配あそばされています。どのようなご病気すか」<BR>⏎333 
 363 とお尋ね申し上げなさる。お会いしただけで、お胸がどきどき高まってくるので、言葉少なくて、「聖めいているというが、途方もない山伏心だな。あれほどかわいい女を、そのままにして置いて、何日も何日も待ちわびさせているとは」とお思いになる。<BR>⏎334 
c1364 いつもは、ほんの些細な機会でさえ、自分はまじめ人間だと振る舞い自称していらっしゃるのを、悔しがりなさって、何かと文句をおつけになるのを、このような事を発見したのを、どうしておっしゃっらないだろうか。けれどもそのような冗談もおっしゃらず、とてもつらそうにお見えになるので、<BR>⏎
335 いつもは、ほんの些細な機会でさえ、自分はまじめ人間だと振る舞い自称していらっしゃるのを、悔しがりなさって、何かと文句をおつけになるのを、このような事を発見したのを、どうしておっしゃっらないだろうか。けれどもそのような冗談もおっしゃらず、とてもつらそうにお見えになるので、<BR>⏎
 365 「お気の毒なことです。大したご病気ではなくても、やはり何日も続くのは、とてもよくないことでございます。お風邪を充分ご養生なさいませ」<BR>⏎336 
c1366 などと心からお見舞い申し述べてお出になった。「気のひけるほど立派な人である。わたしの態度を、どのように比較しただろう」などと、いろいろな事柄につけて、ひたすらあの女を、束の間も忘れずお思い出しになる。<BR>⏎
337 などと心からお見舞い申し述べてお出になった。「気のひけるほど立派な人である。わたしの態度を、どのように比較しただろう」などと、いろいろな事柄につけて、ひたすらあの女を、束の間も忘れずお思い出しになる。<BR>⏎
 367 あちらでは、石山詣でも中止になって、まことに何もすることない。お手紙には、とてもつらい思いをたくさんお書きになってお遣りになる。それでさえ気が落ち着かず、「時方」と言って召し出した大夫の従者で、事情を知らない者をして遣わしたのであった。<BR>⏎338 
 368 「私め右近が古くから知っていた人で、殿のお供で訪ねて来まして、昔に縒りを戻して懇意になろうとするのです」<BR>⏎339 
cd2:1369-370 と女房仲間には言い聞かせていた。何かと右近は、嘘をつくことになったのであった。<BR>⏎
<P>⏎
340 と女房仲間には言い聞かせていた。何かと右近は、嘘をつくことになったのであった。<BR>⏎
version51371 <A NAME="in33">[第三段 二月上旬、薫、宇治へ行く]</A><BR>341 
 372 月が替わった。このようにお分かりになるが、お出かけになることはとても無理である。「こうして物思いばかりしていたら、生きてもいられないようなわが身だ」と、心細さが加わってお嘆きになる。<BR>⏎342 
 373 大将殿は、少しのんびりしたころ、いつものように、人目を忍んでお出でになった。寺で仏などを拝みなさる。御誦経をおさせになる僧に、お布施を与えたりして、夕方に、こちらには人目を忍んでだが、この人はひどく身を簡略になさるでもない。烏帽子に直衣姿が、たいそう理想的で美しそうで、歩んでお入りになるなり、こちらが恥ずかしくなりそうで、心づかいが格別である。<BR>⏎343 
c2374-375 女はどうしてお会いできようかと、空にまで目があって恐ろしく思われるので、激しく一途であった方のご様子が、自然と思い出されると、一方でこの方にお会いすることを想像すると、ひどくつらい。<BR>⏎
 「『私は今まで何年も会っていた女の思いが、皆あなたに移ってしまいそうだ』とおっしゃったのを、なるほどその後はご気分が悪いと言って、どの方にもどの方にも、いつものようなご様子ではなく、御修法などと言って騒いでいるというのを聞くと、またどのようにお聞きになってどのようにお思いになるだろうか」と、思うにつけてまことにつらい。<BR>⏎
344-345 女はどうしてお会いできようかと、空にまで目があって恐ろしく思われるので、激しく一途であった方のご様子が、自然と思い出されると、一方でこの方にお会いすることを想像すると、ひどくつらい。<BR>⏎
 「『私は今まで何年も会っていた女の思いが、皆あなたに移ってしまいそうだ』とおっしゃったのを、なるほどその後はご気分が悪いと言って、どの方にもどの方にも、いつものようなご様子ではなく、御修法などと言って騒いでいるというのを聞くと、またどのようにお聞きになってどのようにお思いになるだろうか」と、思うにつけてまことにつらい。<BR>⏎
 376 この方はこの方で、たいそう感じが格別で、愛情深く、優美な態度で、久しく会わなかったご無沙汰のお詫びをおっしゃるのも、言葉数多くなく、恋しい愛しいと直接には言わないが、いつも一緒にいられない恋の苦しい気持ちを、体裁よくおっしゃるのが、ひどく言葉を尽くして言うよりもまさって、たいそうしみじみと誰もが思うにちがいないような感じを身につけていらっしゃる人柄である。やさしく美しい方面は無論のこと、将来末長く信頼できる性格などが、この上なくまさっていらっしゃった。<BR>⏎346 
 377 「心外なと思われる様子の気持ちなどが、漏れてお耳に入った時は、とても大変なことになるであろう。不思議なほど正気もなく恋い焦がれている方を、恋しいと思うのも、それはとてもとんでもなく軽率なことだわ。この方に嫌だと思われて、お忘れになるってしまう」心細さは、とても深くしみこんでいたので、思い乱れている様子を、「途絶えていたこの幾月間に、すっかり男女の情理をわきまえ、成長したものだ。何もすることのない住処にいる間に、あらゆる物思いの限りを尽くしたのだろうよ」と御覧になるにつけても、気の毒なので、いつもより心をこめてお語らいになる。<BR>⏎347 
d1378<P>⏎
version51379 <A NAME="in34">[第四段 薫と浮舟、それぞれの思い]</A><BR>348 
 380 「造らせている所は、だんだんと出来上がって来た。先日、見に行ったが、ここよりはやさしい感じの川があって、花も御覧になれましょう。三条宮邸も近い所です。毎日会わないでいる不安も、自然と消えましょうから、この春のころに、差し支えなければお連れしよう」<BR>⏎349 
c1381 と思っておっしゃるのにつけても、「あの方が、のんびりとした所を考えついたと、昨日もおっしゃっていたが、このようなことをご存知なくて、そのようにお考えになっていることよ」と、心が痛みながらも、「そちらに靡くべきではないのだ」と思うその一方で、先日のお姿が、面影に現れるので、「自分ながらも嫌な情けない身の上だわ」と、思い続けて泣いた。<BR>⏎
350 と思っておっしゃるのにつけても、「あの方が、のんびりとした所を考えついたと、昨日もおっしゃっていたが、このようなことをご存知なくて、そのようにお考えになっていることよ」と、心が痛みながらも、「そちらに靡くべきではないのだ」と思うその一方で、先日のお姿が、面影に現れるので、「自分ながらも 嫌な情けない身の上だわ」と、思い続けて泣いた。<BR>⏎
 382 「お気持ちが、このようでなくおっとりとしていたのが、のんびりと嬉しかった。誰かが何か言い聞かせたことがあるのですか。少しでも並々の愛情であったら、こうしてわざわざやって来ることができる身分ではないし、道中でもないのですよ」<BR>⏎351 
cd2:1383-384 などと言って初旬ころの夕月夜に、少し端に近い所に臥して外を眺めていらっしゃった。男は、亡くなった姫君のことを思い出しなさって、女は、今から加わった身のつらさを嘆いて、お互いに物思いする。<BR>⏎
<P>⏎
352 などと言って初旬ころの夕月夜に、少し端に近い所に臥して外を眺めていらっしゃった。男は、亡くなった姫君のことを思い出しなさって、女は、今から加わった身のつらさを嘆いて、お互いに物思いする。<BR>⏎
version51385 <A NAME="in35">[第五段 薫と浮舟、宇治橋の和歌を詠み交す]</A><BR>353 
 386 山の方は霞が隔てて、寒い洲崎に立っている鵲の姿も、場所柄かとても興趣深く見えるが、宇治橋がはるばると見渡されるところに、柴積み舟があちこちで行き交っているのなどが、他の場所では見慣れないことばかりがあれやこれやある所なので、御覧になる度ごとに、やはりその当時のことがまるで今のような気がして、ほんとにそうでもない女を相手にする時でさえ、めったにない逢瀬の情が多いにちがいないところである。<BR>⏎354 
cd3:2387-389 それ以上に恋しい女に似ているのもこの上なく、だんだんと男女の情理を知り、都の女らしくなってゆく様子がかわいらしいのも、すっかり良くなった感じがなさるが、女は、あれこれ物思いする心中に、いつの間にかこみ上げてくる涙、ややもすれば流れ出すのを、慰めかねなさって、<BR>⏎
 「宇治橋のように末長い約束は朽ちないから<BR>⏎
  不安に思って心配なさるな<BR>⏎
355-356 それ以上に恋しい女に似ているのもこの上なく、だんだんと男女の情理を知り、都の女らしくなってゆく様子がかわいらしいのも、すっかり良くなった感じがなさるが、女は、あれこれ物思いする心中に、いつの間にかこみ上げてくる涙、ややもすれば流れ出すのを、慰めかねなさって、<BR>⏎
 「宇治橋のように末長い約束は朽ちないから<BR>  不安に思って心配なさるな<BR>⏎
 390 やがてお分かりになりましょう」<BR>⏎357 
 391 とおっしゃる。<BR>⏎358 
cd2:1392-393 「絶え間ばかりが気がかりでございます宇治橋なのに<BR>⏎
  朽ちないものと依然頼りにしなさいとおっしゃるのですか」<BR>⏎
359 「絶え間ばかりが気がかりでございます宇治橋なのに<BR>  朽ちないものと依然頼りにしなさいとおっしゃるのですか」<BR>⏎
 394 以前よりもまことに見捨てがたく、暫くの間も逗留していたくお思いになるが、世間の噂がうるさいので、「今さら長居をすべきでもない。気楽に会える時になったら」などとお考えになって、早朝にお帰りになった。「とても素晴らしく成長なさったな」と、おいたわしくお思い出しになること、今まで以上であった。<BR>⏎360 
d1395<P>⏎
version51396 <H4>第四章 浮舟と匂宮の物語 匂宮と浮舟、橘の小島の和歌を詠み交す</H4>361 
version51397 <A NAME="in41">[第一段 二月十日、宮中の詩会催される]</A><BR>362 
 398 二月の十日ころに、内裏で作文会を開催あそばすということで、この宮も大将も参内なさった。季節に適った楽器の響きに、宮のお声は実に素晴らしく、「梅が枝」などを謡いなさる。何事も誰よりもこの上なく上手でいらっしゃるご様子で、つまらないことに熱中なさることだけが、罪深いことであった。<BR>⏎363 
 399 雪が急に降り乱れ、風などが烈しく吹いたので、御遊会は早く終わりになった。この宮の御宿直部屋に、人びとがお集まりになる。食事を召し上がったりして、休んでいらっしゃった。<BR>⏎364 
 400 大将、誰かに何かおっしゃろうとして、少し端近くにお出になったが、雪がだんだんと降り積もったのが、星の光ではっきりとしないので、「闇はわけが分からない」と思われる匂いや姿で、<BR>⏎365 
 401 「小さい筵に衣を独り敷いて今夜も宇治の姫君はで待っていることだろう」<BR>⏎366 
c1402 とふと口ずさみなさったのも、ちょっとしたことを口ずさんだのだが、妙にしみじみとした情感をそそる人柄なので、たいそう奥ゆかしく見える。<BR>⏎
367 とふと口ずさみなさったのも、ちょっとしたことを口ずさんだのだが、妙にしみじみとした情感をそそる人柄なので、たいそう奥ゆかしく見える。<BR>⏎
 403 他に歌はいくらでもあろうに、宮は寝入っていたようだが、お心が騒ぐ。<BR>⏎368 
 404 「いい加減には思っていないようだ。独り寂しくいるだろうと、わたしだけが思いやっていると思ったのに、同じ気持ちでいるとは憎らしい。やるせない話だ。あれほどの元からの人をおいて、自分の方にいっそうの愛情を、どうして向けることができようか」<BR>⏎369 
 405 と悔しく思わずにはいらっしゃれない。<BR>⏎370 
cd3:2406-408 早朝、雪が深く積もったので、詩文を献上しようとして、御前に参上なさったご器量は、最近特に男盛りで美しそうに見える。あの君も同じくらいの年齢で、もう二三歳年長の違いからか、少し老成した態度や心配りなどは、特別に作り出したような、上品な男の手本のようでいらっしゃる。「帝の婿君として不足がない」と、世間の人も判断している。詩文の才能なども、政治向きの才能も、誰にも負けないでいらっしゃったのだろう。<BR>⏎
 詩文の披講がすっかり終わって、参会者皆が退出なさる。宮の詩文を「優れていた」と朗誦して誉めるが、何ともお感じにならず、「どのような気持ちで、こんなことをしているのか」と、ぼんやりとばかりしていらっしゃった。<BR>⏎
<P>⏎
371-372 早朝、雪が深く積もったので、詩文を献上しようとして、御前に参上なさったご器量は、最近特に男盛りで美しそうに見える。あの君も同じくらいの年齢で、もう二三歳年長の違いからか、少し老成した態度や心配りなどは、特別に作り出したような、上品な男の手本のようでいらっしゃる。「帝の婿君として不足がない」と、世間の人も判断している。詩文の才能なども、政治向きの才能も、誰にも負けないでいらっしゃったのだろう。<BR>⏎
 詩文の披講がすっかり終わって、参会者皆が退出なさる。宮の詩文を 「優れていた」と朗誦して誉めるが、何ともお感じにならず、「どのような気持ちで、こんなことをしているのか」と、ぼんやりとばかりしていらっしゃった。<BR>⏎
version51409 <A NAME="in42">[第二段 匂宮、雪の山道の宇治へ行く]</A><BR>373 
 410 あの方のご様子からも、ますますはっとなさったので、無理な算段をしてお出かけになった。京では、わずかばかり消え残っている雪が、山深く入って行くにつれて、だんだんと深く積もって道を埋めていた。<BR>⏎374 
c1411 いつもよりひどい人影も稀な細道を分け入って行きなさるとき、お供の人も、泣き出したいほど恐ろしく、厄介なことが起こる場合まで心配する。案内役の大内記は、式部少輔を兼官していた。どちらの官も重々しくしていなければならない官職であるが、とても似合わしく指貫の裾を引き上げたりしている姿はおかしかった。<BR>⏎
375 いつもよりひどい人影も稀な細道を分け入って行きなさるとき、お供の人も、泣き出したいほど恐ろしく、厄介なことが起こる場合まで心配する。案内役の大内記は、式部少輔を兼官していた。どちらの官も 重々しくしていなければならない官職であるが、とても似合わしく 指貫の裾を引き上げたりしている姿はおかしかった。<BR>⏎
 412 あちらでは、いらっしゃるという知らせはあったが、「このような雪ではまさか」と気を許していたところに、夜が更けてから右近に到着の旨を伝えた。「驚いたわ、まあ」と、女君までが感動した。右近は、「どのようにしまいにはおなりになるお身の上であろうか」と、一方では心配だが、今夜は人目を憚る気持ちも忘れてしまいそうだ。お断りするすべもないので、同じように親しくお思いになっている若い女房で、思慮も浅くない者と相談して、<BR>⏎376 
 413 「大変に困りましたこと。同じ気持ちで、秘密にしてください」<BR>⏎377 
 414 と言ったのであった。一緒になってお入れ申し上げる。道中で雪にお濡れになった薫物の香りが、あたりせましと匂うのも、困ってしまいそうだが、あの方のご様子に似せて、ごまかしたのであった。<BR>⏎378 
d1415<P>⏎
version51416 <A NAME="in43">[第三段 宮と浮舟、橘の小島の和歌を詠み交す]</A><BR>379 
 417 夜のうちにお帰りになるのも、かえって来なかったほうがましなくらいだから、こちらの人目もとても憚れるので、時方に計略をめぐらせなさって、「川向こうの人の家に連れて行こう」と考えていたので、先立って遣わしておいたのが、夜の更けるころに参上した。<BR>⏎380 
 418 「とてもよく準備してございます」<BR>⏎381 
c1419 と申し上げさせる。「これはどうなさることか」と、右近もとても気がそぞろなので、寝惚けて起きている気持ちも、ぶるぶると震えて、正体もない。子供が雪遊びをしている時のように、震え上がってしまった。<BR>⏎
382 と申し上げさせる。「これはどうなさることか」と、右近もとても気がそぞろなので、寝惚けて起きている気持ちも、ぶるぶると震えて、正体もない。子供が雪遊びをしている時のように、震え上がってしまった。<BR>⏎
 420 「どうしてそのようなことが」<BR>⏎383 
 421 などという余裕もお与えにならず、抱いてお出になった。右近はこちらの留守居役に残って、侍従をお供申させる。<BR>⏎384 
 422 実に頼りないものと、毎日眺めている小さい舟にお乗りになって、漕ぎ渡りなさるとき、遥か遠い岸に向かって漕ぎ離れて行ったような心細い気持ちがして、ぴたりとくっついて抱かれているのを、とてもいじらしいとお思いになる。<BR>⏎385 
 423 有明の月が澄み上って、川面も澄んでいるところに、<BR>⏎386 
c1424 「これが橘の小島です」<BR>⏎
387 「これが橘の小島です」<BR>⏎
 425 と申して、お舟をしばらくお止めになったので御覧になると、大きな岩のような恰好をして、しゃれた常磐木が茂っていた。<BR>⏎388 
 426 「あれをご覧なさい。とても頼りなさそうですが、千年も生きるにちがいない緑の深さです」<BR>⏎389 
cd3:2427-429 とおっしゃって<BR>⏎
 「何年たとうとも変わりません<BR>⏎
  橘の小島の崎で約束するわたしの気持ちは」<BR>⏎
390-391 とおっしゃって<BR>⏎
 「何年たとうとも変わりません<BR>  橘の小島の崎で約束するわたしの気持ちは」<BR>⏎
 430 女も、珍しい所へ来たように思われて、<BR>⏎392 
cd2:1431-432 「橘の小島の色は変わらないでも<BR>⏎
  この浮舟のようなわたしの身はどこへ行くのやら」<BR>⏎
393 「橘の小島の色は変わらないでも<BR>  この浮舟のようなわたしの身はどこへ行くのやら」<BR>⏎
 433 折柄、女も美しいので、ただもう素晴らしくお思いになる。<BR>⏎394 
 434 あちらの岸に漕ぎ着いてお降りになるとき、供人に抱かせなさるのは、とてもつらいので、お抱きになって、助けられながらお入りになるのを、とても見苦しく、「どのような人を、こんなに大騒ぎなさっているのだろう」と拝見する。時方の叔父で因幡守である人が所領する荘園に、かりそめに建てた家なのであった。<BR>⏎395 
 435 まだとても手入れが行き届いていず、網代屏風など、御覧になったこともない飾り付けで、風も十分に防ぎきれず、垣根のもとに雪がまだらに消え残っていて、今でも曇っては雪が降る。<BR>⏎396 
d1436<P>⏎
version51437 <A NAME="in44">[第四段 匂宮、浮舟に心奪われる]</A><BR>397 
c2438-439 日が差し出て、軒の氷柱が光り合っていて、宮のご容貌もいちだんと立派に見える気がする。宮も、人目を忍ぶやっかいな道中で、身軽なお召物である。女も、上着を脱がさせなさっていたので、ほっそりとした姿つきがたいそう魅力的である。身づくろいすることもなくうちとけている様子を、「とても恥ずかしく、眩しいほどに美しい方に向かい合っていることだわ」と思うが、隠れる所もない。<BR>⏎
 やさしい感じの白い衣だけを五枚ほど、袖口裾のあたりまで優美で、色とりどりにたくさん重ねたのよりも美しく着こなしていた。いつも御覧になっている方でも、こんなにまでうちとけている姿などは御覧になったことがないので、こんなことまでが、やはり珍しく興趣深く思われなさるのであった。<BR>⏎
398-399 日が差し出て、軒の氷柱が光り合っていて、宮のご容貌もいちだんと立派に見える気がする。宮も、人目を忍ぶやっかいな道中で、身軽なお召物である。女も、上着を脱がさせなさっていたので、ほっそりとした姿つきが たいそう魅力的である。身づくろいすることもなくうちとけている様子を、「とても恥ずかしく、眩しいほどに美しい方に向かい合っていることだわ」と思うが、隠れる所もない。<BR>⏎
 やさしい感じの白い衣だけを五枚ほど、袖口裾のあたりまで優美で、色とりどりにたくさん重ねたのよりも 美しく着こなしていた。いつも御覧になっている方でも、こんなにまでうちとけている姿などは御覧になったことがないので、こんなことまでが、やはり珍しく興趣深く思われなさるのであった。<BR>⏎
 440 侍従も、大して悪くはない若い女房なのであった。「この人までが、このような姿をすっかり見ているわ」と、女君は、たまらなく思う。宮も、<BR>⏎400 
 441 「この人は誰ですか。わたしの名前を漏らしてはなりませんよ」<BR>⏎401 
 442 と口がためなさるのを、「とても素晴らしい」と思い申し上げていた。ここの宿守として住んでいた者、時方を主人と思ってお世話してまわるので、このいらっしゃるところの遣戸を隔てて、得意顔をして座っている。声を緊張させて、恐縮して話しているのを、返事もできないで、おかしいと思うのであった。<BR>⏎402 
 443 「たいそう恐ろしい占いが出た物忌によって、京の内をさえ避けて慎むのだ。他の人を、近づけるな」<BR>⏎403 
 444 と言っていた。<BR>⏎404 
d1445<P>⏎
version51446 <A NAME="in45">[第五段 匂宮、浮舟と一日を過ごす]</A><BR>405 
 447 人目も絶えて、気楽に話し合って一日お過ごしになる。「あの方がいらっしゃったときに、このようにお会いになっているのだろう」と、ご想像になって、ひどくお恨みになる。二の宮をとても大切に扱って、北の方としていらっしゃるご様子などもお話しになる。あのお耳に止めなさった一言は、おっしゃらないのは憎いことであるよ。<BR>⏎406 
 448 時方が、御手水や、果物などを、取り次いで差し上げるのを御覧になって、<BR>⏎407 
 449 「たいそう大切にされている客人は、そのような姿を他人に見られるでないぞ」<BR>⏎408 
 450 と戒めなさる。侍従は、好色っぽい若い女の考えから、とても素晴らしいと思って、この大夫と話をして一日暮らしたのであった。<BR>⏎409 
 451 雪が降り積もっているので、あのご自分が住む家の方を眺望なさると、霞の絶え間に梢だけが見える。山は鏡を懸けたように、きらきらと夕日に輝いているところに、昨夜、踏み分けて来た道のひどさなどを、同情を誘うようにお話しになる。<BR>⏎410 
cd2:1452-453 「峰の雪や水際の氷を踏み分けて<BR>⏎
  あなたに心は迷いましたが、道中では迷いません<BR>⏎
411 「峰の雪や水際の氷を踏み分けて<BR>  あなたに心は迷いましたが、道中では迷いません<BR>⏎
 454 木幡の里に馬はあるが」<BR>⏎412 
cd5:3455-459 などと見苦しい硯を召し出して、手習いなさる。<BR>⏎
 「降り乱れて水際で凍っている雪よりも<BR>⏎
  はかなくわたしは中途で消えてしまいそうです」<BR>⏎
 と書いて消した。この「中空」をお咎めになる。「なるほど憎いことを書いたものだわ」と、恥ずかしくて引き破った。そうでなくても見る効のあるご様子を、ますます感激して素晴らしいと、相手が心に思い込むようにと、あらん限りの言葉を尽くすご様子態度は、何とも表現のしようがない。<BR>⏎
<P>⏎
413-415 などと見苦しい硯を召し出して、手習いなさる。<BR>⏎
 「降り乱れて水際で凍っている雪よりも<BR>  はかなくわたしは中途で消えてしまいそうです」<BR>⏎
 と書いて消した。この「中空」をお咎めになる。「なるほど憎いことを書いたものだわ」と、恥ずかしくて引き破った。そうでなくても見る効のあるご様子を、ますます感激して素晴らしいと、相手が心に思い込むようにと、あらん限りの言葉を尽くすご様子態度は、何とも表現のしようがない。<BR>⏎
version51460 <A NAME="in46">[第六段 匂宮、京へ帰り立つ]</A><BR>416 
 461 御物忌を、二日とおだましになっていたので、のんびりとしたまま、お互いに愛しいとばかり、深くご愛情がまさって行く。右近は、いろいろと例によって、言い紛らして、お召物などを差し上げた。今日は、乱れた髪を少し梳かせて、濃い紫の袿に紅梅の織物などを、ちょうどよい具合に着替えていらっしゃった。侍従も、見苦しい褶を着ていたが、美しいのに着替えたので、その裳をお取りになって、女君にお着せになって、御手水の世話をおさせになる。<BR>⏎417 
 462 「姫宮にこの女を出仕させたら、どんなにか大事になさるだろう。とても高貴な身分の女性が多いが、これほどの様子をした女性はいないのではないか」<BR>⏎418 
 463 と御覧になる。みっともないほど遊び戯れながら一日お過ごしになる。こっそりと連れ出して隠そうということを、繰り返しおっしゃる。「その間に、あの方に逢ったら承知しない」と、厳しいことを誓わせなさるので、「実に困ったこと」と思って、返事もできず、涙までが落ちる様子、「全然目の前にいるときでさえもわたしに愛情が移らないようだ」と胸が痛く思われなさる。恨んだり泣いたり、いろいろとおっしゃって夜を明かして、夜深く連れてお帰りになる。例によって、お抱きになる。<BR>⏎419 
cd3:2464-466 「大切にお思いの方は、このようにはなさるまいよ。お分かりになりましたか」<BR>⏎
 とおっしゃると、お言葉のとおりだと思って、うなずいて座っているのは、たいそういじらしげである。右近が、妻戸を開け放ってお入れ申し上げる。そのままここで別れてお帰りになるのも、あかず悲しいとお思いになる。<BR>⏎
<P>⏎
420-421 「大切にお思いの方は、このようにはなさるまいよ。お分かりになりましたか」<BR>⏎
 とおっしゃると、お言葉のとおりだと思って、うなずいて座っているのは、たいそういじらしげである。右近が、妻戸を開け放ってお入れ申し上げる。そのままここで別れてお帰りになるのも、あかず悲しいとお思いになる。<BR>⏎
version51467 <A NAME="in47">[第七段 匂宮、二条院に帰邸後、病に臥す]</A><BR>422 
 468 このような時の帰りは、やはり二条院においでになる。とても気分が悪くおなりになって、食事なども召し上がらず、日がたつにつれて青くお痩せになって、ご様子も変わるので、帝におかせられてもどちら様におかれても、お嘆きになり、ますます大騒ぎになって、お手紙さえこまごまと書くことがおできになれない。<BR>⏎423 
 469 あちらでも、あの利口ぶった乳母は、その娘が子供を産む所に行っていたのが、帰って来たので、気安く手紙を見ることもできない。このように見すぼらしい生活を、ただあの殿がお世話くださるのを期待することで、母君も思い慰めていたが、日蔭の存在ながらも、近くにお移しになることをお考えになっていたので、とても安心で嬉しかろうことと思って、だんだんと女房を求め、童女の無難な者などを迎えてお寄越しになる。<BR>⏎424 
 470 自分自身でも、「それこそが、理想だと、初めからずっと待っていた」とは思いながらも、無理をなさる方のお事を思い出すと、お恨みになった様子、おっしゃった言葉などが、面影にぴったりと添ったまま、わずかにお寝みになると、夢に現れなさって、とても嫌なまでに思われる。<BR>⏎425 
d1471<P>⏎
version51472 <H4>第五章 浮舟の物語 浮舟、恋の板ばさみに、入水を思う</H4>426 
version51473 <A NAME="in51">[第一段 春雨の続く頃、匂宮から手紙が届く]</A><BR>427 
 474 雨が降り止まないで、日数が重なるころ、ますます山路通いはお諦めになって、たまらない気がなさるので、「親が大切にする子は窮屈なもの」とお思いになるのも恐れ多いことだ。尽きない思いの丈をお書きになって、<BR>⏎428 
cd2:1475-476 「眺めやっているそちらの方の雲も見えないくらいに<BR>⏎
  空までが真っ暗になっている今日このごろの侘しさです」<BR>⏎
429 「眺めやっているそちらの方の雲も見えないくらいに<BR>  空までが真っ暗になっている今日このごろの侘しさです」<BR>⏎
 477 筆にまかせて書きすさびなさったのも、見所があって、美しそうである。特に大して重々しくはない若い気持ちでは、<BR>⏎430 
c3478-480 「とてもこのような気持ちに惹かれるにちがいないが、初めから約束なさった様子も、やはり何といっても、あの方はやはりとても思慮深く、人柄が素晴らしく思われたのなども、男女の仲を知った初めのうちだからであろうか、このような情けないことを聞きつけて、お疎みになったら、どうして生きていられようか。<BR>⏎
 早く殿に迎えられるようにと気を揉んでいる母親は、思いもかけないことで、気にくわないと、困ることであろう。このように熱心になっていらっしゃる方は、また一方でとても浮気なご性質とばかり聞いていたので、今は熱心であっても、またこのような状態で、京にお隠し据えなさっても、末長く情けをかける一人として思ってくださることにつけては、あの上がどのようにお思いになることやら。何事も隠しきれない世の中なのだから、不思議な事のあった夕暮の縁だけで、このようにお尋ねになるようだ。<BR>⏎
 まして自分が宮にかくまわれることになっても、殿がお知りにならないことがあろうか」<BR>⏎
431-433 「とてもこのような気持ちに惹かれるにちがいないが、初めから約束なさった様子も、やはり何といっても、あの方はやはりとても思慮深く、人柄が素晴らしく思われたのなども、男女の仲を知った初めのうちだからであろうか、このような情けないことを聞きつけて、お疎みになったら、どうして生きていられようか。<BR>⏎
 早く殿に迎えられるようにと気を揉んでいる母親は、思いもかけないことで、気にくわないと、困ることであろう。このように熱心になっていらっしゃる方は、また一方でとても浮気なご性質とばかり聞いていたので、今は熱心であっても、またこのような状態で、京にお隠し据えなさっても、末長く情けをかける一人として思ってくださることにつけては、あの上がどのようにお思いになることやら。何事も隠しきれない世の中なのだから、不思議な事のあった夕暮の縁だけで、このようにお尋ねになるようだ。<BR>⏎
 まして自分が宮にかくまわれることになっても、殿がお知りにならないことがあろうか」<BR>⏎
 481 と次々と考えると、「自分ながら、まちがいがあって、あの殿に疎まれ申すのも、やはりつらいことであろう」とちょうど思い乱れている時、あの殿からお使者がある。<BR>⏎434 
d1482<P>⏎
version51483 <A NAME="in52">[第二段 その同じ頃、薫からも手紙が届く]</A><BR>435 
 484 あれこれと見るのも嫌な気がするので、やはり長々とあった方を見ながら、臥せっていらっしゃると、侍従と、右近とが、顔を見合わせて、<BR>⏎436 
c2485-486 「やはり心が移ったわ」<BR>⏎
 などと声に出さないで目で言っている。⏎
437-438 「やはり心が移ったわ」<BR>⏎
 などと声に出さないで目で言っている。⏎
 487 「無理もないことです。殿のご器量を、他にいらっしゃらないと見たが、こちらの宮のご容姿は大変なものでした。おふざけになっていらした愛嬌は。わたしならば、これほどのご愛情を見ては、とてもこうしていられません。后の宮様にでも出仕して、いつも拝見していたい」<BR>⏎439 
 488 と言う。右近は、<BR>⏎440 
c2489-490 「安心できないお方ですよ。殿のご様子に勝る方は、誰がいらっしゃいましょうか。器量などは知りませんが、お心づかいや感じなどがね。やはりこのご関係は、とても見苦しいことですね。どのようにおなりあそばそうとするのでしょうか」<BR>⏎
 と二人で相談する。独りで考えるよりは、嘘をつくにもよい助けが出て来たのであった。<BR>⏎
441-442 「安心できないお方ですよ。殿のご様子に勝る方は、誰がいらっしゃいましょうか。器量などは知りませんが、お心づかいや感じなどがね。やはりこのご関係は、とても見苦しいことですね。どのようにおなりあそばそうとするのでしょうか」<BR>⏎
 と二人で相談する。独りで考えるよりは、嘘をつくにもよい助けが出て来たのであった。<BR>⏎
 491 後者のお手紙には、<BR>⏎443 
 492 「思い続けながら幾日にもなったこと。時々は、そちらからもお手紙をお書きになることが、理想的でしょう。並々には思っていません」<BR>⏎444 
cd3:2493-495 などと端に、<BR>⏎
 「川の水が増す宇治の里人はどのようにお過ごしでしょうか<BR>⏎
  晴れ間も見せず長雨が降り続き、物思いに耽っていらっしゃる今日このごろ<BR>⏎
445-446 などと端に、<BR>⏎
 「川の水が増す宇治の里人はどのようにお過ごしでしょうか<BR>  晴れ間も見せず長雨が降り続き、物思いに耽っていらっしゃる今日このごろ<BR>⏎
 496 いつもよりも、思うことが多くて」<BR>⏎447 
c2497-498 と白い色紙で立文である。ご筆跡もこまやかで美しくはないが、書き方は教養ありげに見える。宮は、とても言葉数多いのを、小さく結んでいらっしゃるのは、それぞれに興趣深い。<BR>⏎
 「とりあえず、あれを誰も見ていないうちに」<BR>⏎
448-449 と白い色紙で立文である。ご筆跡もこまやかで美しくはないが、書き方は教養ありげに見える。宮は、とても言葉数多いのを、小さく結んでいらっしゃるのは、それぞれに興趣深い。<BR>⏎
 「とりあえず、あれを誰も見ていないうちに」<BR>⏎
 499 とお促し申す。<BR>⏎450 
 500 「今日は、お返事申し上げることができません」<BR>⏎451 
 501 と恥じらって、手習に、<BR>⏎452 
cd2:1502-503 「里の名をわが身によそえると<BR>⏎
  山城の宇治の辺りはますます住みにくいことよ」<BR>⏎
453 「里の名をわが身によそえると<BR>  山城の宇治の辺りはますます住みにくいことよ」<BR>⏎
 504 宮がお描きになった絵を、時々見ては自然涙がこぼれた。「このまま末長く続くものではない」と、あれやこれやと考えてみるが、他には関係をすっかり断ってお逢いしないのは、とても耐えられなく思われるのであろう。<BR>⏎454 
cd2:1505-506 「真っ暗になって晴れない峰の雨雲のように<BR>⏎
  空にただよう煙となってしまいたい<BR>⏎
455 「真っ暗になって晴れない峰の雨雲のように<BR>  空にただよう煙となってしまいたい<BR>⏎
 507 雲に混じったら」<BR>⏎456 
 508 と申し上げたので、宮は、声を上げて泣かれる。「死にたいとはいえ、恋しいと思っているらしい」とご想像なさるにも、物思いに沈んでいる様子ばかりが面影にお見えになる。<BR>⏎457 
cd3:2509-511 真面目人間は、のんびりと御覧になりながら、「ああどのような思いでいるのだろう」と想像して、たいそう恋しい。<BR>⏎
 「寂しくわが身を知らされる雨が小止みもなく降り続くので<BR>⏎
  袖までが涙でますます濡れてしまいます」<BR>⏎
458-459 真面目人間は、のんびりと御覧になりながら、「ああどのような思いでいるのだろう」と想像して、たいそう恋しい。<BR>⏎
 「寂しくわが身を知らされる雨が小止みもなく降り続くので<BR>  袖までが涙でますます濡れてしまいます」<BR>⏎
 512 とあるのを、下にも置かず御覧になる。<BR>⏎460 
d1513<P>⏎
version51514 <A NAME="in53">[第三段 匂宮、薫の浮舟を新築邸に移すことを知る]</A><BR>461 
 515 女宮にお話などを申し上げた機会に、<BR>⏎462 
 516 「失礼なとお思いになるやもと、気がひけますが、そうはいっても古くからの女がございましたが、賤しい所に放って置いて、ひどく物思いに沈んでいるというのが気の毒なので、近くに呼び寄せて、と思っております。昔から人とは異なった考えがございまして、世の中を、普通の人とは違って過ごそうと思っておりましたが、このようにご結婚申して、一途には世を捨てがたいので、そんな女がいるとは知らせなかった身分の低い者でさえ、気の毒で、罪障になりそうな気がいたしまして」<BR>⏎463 
c1517 と申し上げなさると、<BR>⏎
464 と申し上げなさると、<BR>⏎
 518 「どのようなことをお考えおいていらっしゃるとも存じませんが」<BR>⏎465 
c2519-520 とお返事なさる。<BR>⏎
 「帝になど、良くないようにお耳に入れ申す人がございましょう。世間の人の噂は、まことにつまらない良くないものでございますよ。けれども、その女はそれほど問題にもならない女でございます」<BR>⏎
466-467 とお返事なさる。<BR>⏎
 「帝になど、良くないようにお耳に入れ申す人がございましょう。世間の人の噂は、まことにつまらない良くないものでございますよ。けれども、その女はそれほど問題にもならない女でございます」<BR>⏎
 521 などと申し上げなさる。<BR>⏎468 
 522 「新築した所に移そう」とお決めになったが、「このようなための家だったのだ」などと、ぱあっと言い触らす人がいようかなどと、困るので、たいそう人目に立たないようにして、襖障子を張らせることなど、人もあろうに、この大内記の妻の父親で、大蔵大輔という者に、親しいので気安く思って、命令なさっていたので、妻を介して聞き知って、宮にすっかり申し上げた。<BR>⏎469 
 523 「絵師連中なども、御随身の中にいる者で、親しい家人などを選んで、隠れ家とはいっても特別にお気をつけてなさっています」<BR>⏎470 
 524 と申すので、ますます胸騷ぎがなさって、ご自分の乳母で、遠国の受領の妻となって下る家で、下京の方にあるのを、<BR>⏎471 
 525 「ごくごく内密の女を、しばらく隠して置きたい」<BR>⏎472 
c1526 とご相談があったので、「どのような女であろうか」とは思うが、重大事とお思いでいられるのが恐れ多いので、「それではどうぞ」と申し上げた。この家を準備なさって、少しお心が安心なさる。今月の晦日頃に、下向する予定なので、「すぐその日に女を移そう」とご計画なさる。<BR>⏎
473 とご相談があったので、「どのような女であろうか」とは思うが、重大事とお思いでいられるのが 恐れ多いので、「それではどうぞ」と申し上げた。この家を準備なさって、少しお心が安心なさる。今月の晦日頃に、下向する予定なので、「すぐその日に女を移そう」とご計画なさる。<BR>⏎
 527 「これこれと思っている。決して他人に気づかれてはならぬ」<BR>⏎474 
 528 と言いやりなさっては、ご自身がお出向きになることは、とても難しいところに、こちら宇治でも、乳母がとてもうるさいので、難しい旨をお返事申し上げる。<BR>⏎475 
d1529<P>⏎
version51530 <A NAME="in54">[第四段 浮舟の母、京から宇治に来る]</A><BR>476 
c1531 大将殿は、四月の十日とお決めになっていた。「誘ってくれる人がいたらどこへでも」とは思わず、とても変で、「どうしたらよい身の上だろうか」と浮いたような気持ちばかりがするので、「母親のもとにしばらく出かけていたら、思案する時間があろう」とお思いになるが、少将の妻が、子供を産む時期が近づいたということで、修法や読経などでひっきりなしに騒がしいので、石山寺にも出かけるわけにゆかず、母親がこちらにお越しになった。乳母が出て来て、<BR>⏎
477 大将殿は、四月の十日とお決めになっていた。「誘ってくれる人がいたらどこへでも」とは思わず、とても変で、「どうしたらよい身の上だろうか」と浮いたような気持ちばかりがするので、「母親のもとにしばらく出かけていたら、思案する時間があろう」とお思いになるが、少将の妻が、子供を産む時期が近づいたということで、修法や読経などで ひっきりなしに騒がしいので、石山寺にも出かけるわけにゆかず、母親がこちらにお越しになった。乳母が出て来て、<BR>⏎
 532 「殿から、女房の衣装なども、こまごまとご心配いただきました。何とかきれいに何事も、と存じておりますが、乳母独りのお世話では、不十分なことしかできませんでございましょう」<BR>⏎478 
 533 などとはしゃいでいるのが、気持ちよさそうなのを御覧になるにつけても、女君は、<BR>⏎479 
c3534-536 「とんでもない事がいろいろと起こって、物笑いになったら、誰も彼もがどのように思うであろう。無理無体におっしゃる方は、また幾重にも山深い所に隠れても、必ず探し出して、自分も宮も身を破滅してしまうだろう。やはり気楽な所に隠れることを考えなさいと、今日もおっしゃっているが、どうしたらよいだろう」<BR>⏎
 と気分が悪くて臥せっていらっしゃった。<BR>⏎
 「どうしてこのようにいつもと違って、ひどく青く痩せていらっしゃるのでしょうか」<BR>⏎
480-482 「とんでもない事がいろいろと起こって、物笑いになったら、誰も彼もがどのように思うであろう。無理無体におっしゃる方は、また幾重にも山深い所に隠れても、必ず探し出して、自分も宮も身を破滅してしまうだろう。やはり気楽な所に隠れることを考えなさいと、今日もおっしゃっているが、どうしたらよいだろう」<BR>⏎
 と気分が悪くて臥せっていらっしゃった。<BR>⏎
 「どうしてこのようにいつもと違って、ひどく青く痩せていらっしゃるのでしょうか」<BR>⏎
 537 と驚きなさる。<BR>⏎483 
 538 「ここ幾日も妙な具合ばかりです。ちょっとした食事も召し上がらず、苦しそうにおいであそばします」<BR>⏎484 
 539 と言うと、「不思議なことだわ。物の怪などによるのであろうか」と、<BR>⏎485 
 540 「どのようなご気分かと心配ですが、石山詣でもお止めになった」<BR>⏎486 
 541 と言うのも、いたたまれない気がするので、まともに目を合わせられない。<BR>⏎487 
d1542<P>⏎
version51543 <A NAME="in55">[第五段 浮舟、母と尼の話から、入水を思う]</A><BR>488 
 544 日が暮れて月がたいそう明るい。有明の空を思い出すと、「涙がますます抑えがたいのは、まことにけしからぬ心がけだ」と思う。母君、昔話などをして、あちらの尼君を呼び出して、亡くなった姫君のご様子、思慮深くいらして、しかるべき事柄をお考えになっていた間に、目の前でお亡くなりになったことなどを話す。<BR>⏎489 
 545 「生きていらっしゃったら、宮の上などのように、親しくお話し合いさって、心細かった方々のご境遇が、とてもこの上なくお幸せでございましたでしょうに」<BR>⏎490 
 546 と言うにつけても、「自分の娘とて他人ではない。思い通りの運命がお続きになったら、負けるまいに」と思い続けて、<BR>⏎491 
c1547 「いつもいつも、この君の事では、何かと心配ばかりしてきましたが、様子が少しよくなって、このように京にお移りなるようですから、こちらにやって参ること、特別にわざわざ思い立つこともございますまい。このようなお目にかかった折々に、昔の話を、のんびりと承りたく存じます」<BR>⏎
492 「いつもいつも、この君の事では、何かと心配ばかりしてきましたが、様子が少しよくなって、このように京にお移りなるようですから、こちらにやって参ること、特別にわざわざ 思い立つこともございますまい。このようなお目にかかった折々に、昔の話を、のんびりと承りたく存じます」<BR>⏎
 548 などと話す。<BR>⏎493 
 549 「縁起でもない身の上とばかり存じておりましたので、こまごまとお目にかかってお話し申し上げますのも、どんなものかしらと、遠慮して過ごしてまいりましたが、見捨てて、お移りになりましたら、とても心細くございましょうが、このようなお住まいは、不安にばかり拝見してましたので、嬉しいことでございますね。又となく重々しくいらっしゃるらしい殿のご様子で、このようにお訪ね申し上げなさったのも、並々な愛情ではないと申し上げたことがございましたが、いい加減なことで、ございましたでしょうか」<BR>⏎494 
 550 などと言う。<BR>⏎495 
 551 「先の事は分かりませんが、ただ今は、このようにお見捨てになることなくおっしゃるにつけても、ただお導きによるものと思い出し申し上げております。宮の上が、もったいなくもお目をかけてくださいましたのも、遠慮されることなどが、自然とございましたので、中途半端で身の置き所のない方だ、と嘆きまして」<BR>⏎496 
 552 と言う。尼君はにっこりして、<BR>⏎497 
 553 「この宮の、とてもうるさいほどに好色でいらっしゃるので、分別のある若い女房は、お仕えにくそうで。だいたいは、とても素晴らしいご様子ですが、その方面のことで、上が失礼なとお思いになるのが困ったことだと、大輔の娘が話しておりました」<BR>⏎498 
cd2:1554-555 と言うにつけても、「やはりそうかそれ以上にわたしは」と、女君は臥せって聞いていらっしゃった。<BR>⏎
<P>⏎
499 と言うにつけても、「やはりそうかそれ以上にわたしは」と、女君は臥せって聞いていらっしゃった。<BR>⏎
version51556 <A NAME="in56">[第六段 浮舟、母と尼の話から、入水を思う]</A><BR>500 
c2557-558 「まあ嫌らしいこと。帝のお姫様をお持ちになっていらっしゃる方ですが、他人なので、良いとも悪いともお咎めがあろうとなかろうと、しかたのないことと、恐れ多く存じております。良くない事件を引き起こしなさったら、すべてわが身にとっては悲しく大変なことだとお思い申し上げても、二度とお世話しないでしょう」<BR>⏎
 などと話し合っている内容に、ますます胸も潰れる思いがした。「やはり自殺してしまおう。最後は聞きにくいことがきっと出て来ることだろう」と思い続けると、この川の水の音が恐ろしそうに響いて流れて行くのを、<BR>⏎
501-502 「まあ嫌らしいこと。帝のお姫様をお持ちになっていらっしゃる方ですが、他人なので、良いとも悪いともお咎めがあろうとなかろうと、しかたのないことと、恐れ多く存じております。良くない事件を引き起こしなさったら、すべてわが身にとっては悲しく大変なことだとお思い申し上げても、二度とお世話しないでしょう」<BR>⏎
 などと話し合っている内容に、ますます胸も潰れる思いがした。「やはり自殺してしまおう。最後は聞きにくいことがきっと出て来ることだろう」と思い続けると、この川の水の音が恐ろしそうに響いて流れて行くのを、<BR>⏎
 559 「こんな恐ろしくない流れもありますのにね。又となく荒々しい川の所に、歳月をお過ごしになるのを、不憫とお思いになるのも当然のこと」<BR>⏎503 
cd6:5560-565 などと母君は得意顔で言っていた。昔からこの川の早くて恐ろしいことを言って、<BR>⏎
 「最近渡守の孫の小さい子が、棹を差し損ねて川に落ちてしまいました。ぜんたい命を落とす人が多い川でございます」<BR>⏎
 と女房も話し合っていた。女君は、<BR>⏎
 「それにしてもわが身の行く方が分からなくなったら、誰も彼もが、あっけなく悲しいと、しばらくの間はお思いになるであろうが、生き永らえて物笑いになって嫌な思いをするのは、いつ物思いがなくなるというのだろう」<BR>⏎
 と死を考えつくと、何の支障もないように、さっぱりと何事も思われるが、また考え直すと実に悲しい。母親がいろいろと心配し言っている様子に、寝たふうをしながらつくづくと思い心乱れる。<BR>⏎
<P>⏎
504-508 などと母君は得意顔で言っていた。昔からこの川の早くて恐ろしいことを言って、<BR>⏎
 「最近渡守の孫の小さい子が、棹を差し損ねて川に落ちてしまいました。ぜんたい命を落とす人が多い川でございます」<BR>⏎
 と女房も話し合っていた。女君は、<BR>⏎
 「それにしてもわが身の行く方が分からなくなったら、誰も彼もが、あっけなく悲しいと、しばらくの間はお思いになるであろうが、生き永らえて物笑いになって嫌な思いをするのは、いつ物思いがなくなるというのだろう」<BR>⏎
 と死を考えつくと、何の支障もないように、さっぱりと何事も思われるが、また考え直すと実に悲しい。母親がいろいろと心配し言っている様子に、寝たふうをしながらつくづくと思い心乱れる。<BR>⏎
version51566 <A NAME="in57">[第七段 浮舟の母、帰京す]</A><BR>509 
 567 悩ましそうに臥せっていらっしゃるのを、乳母にも言って、<BR>⏎510 
 568 「しかるべき御祈祷などをなさいませ。祭や祓などもするように」<BR>⏎511 
 569 などと言う。御手洗川で禊をしたい恋の悩みなのに、そうとも知らずにいろいろと言い騒いでいる。<BR>⏎512 
 570 「女房が少ないようだ。よい適当な所から尋ねて。新参者は残しなさい。高貴な方とのご交際は、ご本人は何事もおっとりとお思いでしょうが、良くない仲になってしまいそうな女房どうしは、厄介な事もきっとありましょう。表立たず控え目にして、そのような用心をなさい」<BR>⏎513 
c1571 などと気のつかないことがないまでに注意して、<BR>⏎
514 などと気のつかないことがないまでに注意して、<BR>⏎
 572 「あちらで病んでおります人も、気がかりです」<BR>⏎515 
 573 と言って帰るのを、とても物思いとなり、何事につけ悲しいので、「再びと会わずに、死んでしまうのか」と思うと、<BR>⏎516 
 574 「気分が悪うございましても、お目にかかれないのが、とても不安に思われますので、少しの間でもお伺いしていたく存じます」<BR>⏎517 
 575 と慕う。<BR>⏎518 
 576 「そのように思いましても、あちらもとても何かと騒がしくございます。こちらの女房たちも、ちょっとしたことなどできそうもない、狭い所でございますので。武生の国府にお移りになっても、こっそりとお伺いしますから。人数ならぬ身の上では、このようなお方のために、お気の毒でございます」<BR>⏎519 
cd2:1577-578 などと泣きながらおっしゃる。<BR>⏎
<P>⏎
520 などと泣きながらおっしゃる。<BR>⏎
version51579 <H4>第六章 浮舟と薫の物語 浮舟、右近の姉の悲話から死を願う</H4>521 
version51580 <A NAME="in61">[第一段 薫と匂宮の使者同士出くわす]</A><BR>522 
 581 殿のお手紙は今日もある。気分が悪いと申し上げていたので、「いかがな具合ですか」と、お見舞いくださった。<BR>⏎523 
 582 「自分自身でと思っておりますが、止むを得ない支障が多くありまして。待っている間の身のつらさが、かえって苦しい」<BR>⏎524 
 583 などとある。宮は、昨日のお返事がなかったのを、<BR>⏎525 
 584 「どのようにお迷いになっているのか。思わぬ方に靡くのかと気がかりです。ますますぼうっとして物思いに耽っております」<BR>⏎526 
c1585 などとこちらはたくさんお書きになっていた。<BR>⏎
527 などとこちらはたくさんお書きになっていた。<BR>⏎
 586 雨が降った日、来合わせたお使い連中が、今日も来たのであった。殿の御随身は、あの少輔の家で時々見る男なので、<BR>⏎528 
 587 「あなたは、何しに、こちらに度々参るのですか」<BR>⏎529 
 588 と尋ねる。<BR>⏎530 
 589 「私用で尋ねる人のもとに参るのです」<BR>⏎531 
 590 と答える。<BR>⏎532 
 591 「私用の相手に、恋文を届けるとは、不思議な方ですね。隠しているのはなぜですか」<BR>⏎533 
 592 と尋ねる。<BR>⏎534 
 593 「本当は、わたしの主人の守の君が、お手紙を、女房に差し上げなさるのです」<BR>⏎535 
 594 と言うので、返事が次々変わるので変だと思うが、ここではっきりさせるのも変なので、それぞれが参上した。<BR>⏎536 
d1595<P>⏎
version51596 <A NAME="in62">[第二段 薫、匂宮が女からの文を読んでいるのを見る]</A><BR>537 
 597 才覚のある者なので、供に連れている童を、<BR>⏎538 
 598 「この男に、気づかれないように後をつけよ。左衛門大夫の家に入るかどうか」<BR>⏎539 
 599 と跡付けさせたところ、<BR>⏎540 
 600 「宮邸に参って、式部少輔に、お手紙を渡しました」<BR>⏎541 
 601 と言う。そこまで調べるものとは、身分の低い下衆は考えず、事情を深く知らなかったので、随身に発見されたのは、情けない話である。<BR>⏎542 
 602 殿に参上して、今お出かけになろうとするときに、お手紙を差し上げさせる。直衣姿で、六条の院に、后宮が里下がりあそばしている時なので、お伺いなさるものだから、仰々しく、御前駆など大勢はいない。お手紙を取り次ぐ人に、<BR>⏎543 
 603 「不思議な事がございました。はっきりさせようと思って、今までかかりました」<BR>⏎544 
 604 と言うのを、ちらっとお聞きになって、お歩きになりながら、<BR>⏎545 
 605 「どのような事か」<BR>⏎546 
 606 とお尋ねになる。この取り次ぎが聞くのも憚れると思って、遠慮している。殿もそうとお察しになって、お出かけになった。<BR>⏎547 
 607 后宮は、御不例でいらっしゃるということで、親王方もみな参上なさっていた。上達部など大勢お見舞いに参っていて、騒がしいけれど、格別変わった御容態でもない。<BR>⏎548 
 608 あの大内記は太政官の役人なので、後れて参った。あのお手紙を差し上げるのを、匂宮が、台盤所にいらして、戸口に呼び寄せてお取りになるのを、大将は、御前の方からお下がりになる、その横目でお眺めになって、「熱中なさっている手紙の様子だ」と、その興味深さに目がお止まりになった。<BR>⏎549 
c1609 「開いて御覧になっているのは、紅の薄様に、こまごまと書いてあるらしい」と見える。手紙に夢中になって、すぐには振り向きなさらないので、大臣も席を立って外に出てにいらっしゃるので、この君は、襖障子からお出になろうとして、「大臣がお出になります」と咳払いをして、ご注意申し上げなさる。<BR>⏎
550 「開いて御覧になっているのは、紅の薄様に、こまごまと書いてあるらしい」と見える。手紙に夢中になって、すぐには振り向きなさらないので、大臣も席を立って外に出てにいらっしゃるので、この君は、襖障子からお出になろうとして、「大臣がお出になります」と 咳払いをして、ご注意申し上げなさる。<BR>⏎
 610 ちょうどお隠しになったところへ、大臣が顔をお出しになった。驚いて襟元の入紐をお差しになる。殿は膝まずきなさって、<BR>⏎551 
 611 「退出いたしましょう。御物の怪が久しくお起こりになりませんでしたが、恐ろしいことですね。山の座主を、さっそく呼びにやりましょう」<BR>⏎552 
cd2:1612-613 と忙しそうにお立ちになった。<BR>⏎
<P>⏎
553 と忙しそうにお立ちになった。<BR>⏎
version51614 <A NAME="in63">[第三段 薫、随身から匂宮と浮舟の関係を知らされる]</A><BR>554 
 615 夜が更けて、みな退出なさった。大臣は、宮を先にお立て申し上げになって、大勢のご子息の上達部や、若君たちを引き連れて、あちらにお渡りになった。この殿は遅れてお出になる。<BR>⏎555 
 616 随身がいわくありげな顔をしていたのを、何かあるとお思いになったので、御前駆たちが引き下がって松明を燈すころに、随身を呼び寄せる。<BR>⏎556 
 617 「先程申したことは、何事か」<BR>⏎557 
 618 とお尋ねになる。<BR>⏎558 
 619 「今朝、あの宇治に、出雲権守時方朝臣のもとに仕えている男が、紫の薄様で、桜に付けた手紙を、西の妻戸に近寄って、女房に渡しました。それを拝見しまして、これこれしかじかと尋ねましたら、返事がころころと変わり、嘘のような返事を申しましたので、どうしてそう申すのかと、子どもを使って後をつけさせましたところ、兵部卿宮邸に参りまして、式部少輔道定朝臣に、その返事を渡しました」<BR>⏎559 
 620 と申す。君は、変だとお思いになって、<BR>⏎560 
 621 「その返事は、どのようにして、返したか」<BR>⏎561 
 622 「それは拝見できませんでした。別の方から出しました。下人の申したことでは、赤い色紙で、とても美しいもの、と申しました」<BR>⏎562 
 623 と申し上げる。お考え合わせになると、ぴったりである。そこまで見届けさせたのを、気が利いているとお思いになるが、人びとが近くにいるので、詳しくはおっしゃらない。<BR>⏎563 
d1624<P>⏎
version51625 <A NAME="in64">[第四段 薫、帰邸の道中、思い乱れる]</A><BR>564 
c1626 帰途、「やはり実に油断のならない、抜け目なくいらっしゃる宮であるよ。どのような機会に、そのような人がいるとお聞きになったのだろう。どのようにして言い寄りなさったのだろう。田舎めいた所だから、このような方面の過ちは、けっして起こるまい、と思っていたのが浅はかだった。それにしてもわたしに関わりのない女には、そのような懸想をなさってもよいが、昔から親しくして、おかしいまでに手引して、お連れ申して歩いた者に、裏切ってそのような考えを持たれてよいものであろうか」<BR>⏎
565 帰途、「やはり実に油断のならない、抜け目なくいらっしゃる宮であるよ。どのような機会に、そのような人がいるとお聞きになったのだろう。どのようにして言い寄りなさったのだろう。田舎めいた所だから、このような方面の過ちは、けっして起こるまい、と思っていたのが浅はかだった。それにしてもわたしに関わりのない女には、そのような懸想をなさってもよいが、昔から親しくして、おかしいまでに手引して、お連れ申して歩いた者に、裏切ってそのような考えを持たれてよいものであろうか」<BR>⏎
 627 と思うと、まことに気にくわない。<BR>⏎566 
 628 「対の御方のことを、たいそういとしく思いながらも、そのまま何年も過ごして来たのは、自分の慎重さが、深かったからだ。また一方では、それは今始まった不体裁な恋情ではない。もともとの経緯もあったのだが、ただ心の中に後ろ暗いところがあっては、自分としても苦しいことになると思ってこそ、遠慮していたのも愚かなことであった。<BR>⏎567 
 629 最近このように具合悪くなさって、不断よりも人の多い取り込み中に、どのようにしてはるばる遠い宇治までお書きやりになったのだろうか。通い初めなさったのだろうか。たいそう遠い恋の通い路だな。不思議に思って、いらっしゃる所を尋ねられる日もあった、と聞いたことだ。そのようなことにお苦しみになって、どこそことなく悩んでいらっしゃるのだろう。昔を思い出すにつけても、お越しになれなかったときの嘆きは、実にお気の毒であった」<BR>⏎568 
c1630 とつくづくと思うと、女がひどく物思いしている様子であったのも、事情の一端がお分かり始めになると、あれこれと思い合わせると、実につらい。<BR>⏎
569 とつくづくと思うと、女がひどく物思いしている様子であったのも、事情の一端がお分かり始めになると、あれこれと思い合わせると、実につらい。<BR>⏎
 631 「難しいものは、人の心だな。かわいらしくおっとりしているとは見えながら、浮気なところがある人であった。この宮の相手としては、まことによい似合いだ」<BR>⏎570 
 632 と譲ってもよい気持ちになり、身を引きたくお思いになるが、<BR>⏎571 
c1633 「北の方にする気持ちの女ならともかくも、やはり今まで通りにしておこう。これを限りに会わなくなるのも、はたまた恋しい気がするであろう」<BR>⏎
572 「北の方にする気持ちの女ならともかくも、やはり今まで通りにしておこう。これを限りに会わなくなるのも、はたまた恋しい気がするであろう」<BR>⏎
 634 と体裁悪いほど、いろいろと心中ご思案なさる。<BR>⏎573 
d1635<P>⏎
version51636 <A NAME="in65">[第五段 薫、宇治へ随身を遣わす]</A><BR>574 
c2637-638 「自分が、嫌気がさしたといって、見捨てたら、きっとあの宮が、呼び迎えなさろう。相手にとって、将来がお気の毒なのも、格別お考えなさるまい。そのように寵愛なさる女は、一品宮の御方のもとに女房を、二三人出仕させなさったという。そのように出仕させたのを見たり聞いたりするのも、気の毒なことだ」<BR>⏎
 などとやはり見捨てがたく、様子を見たくて、お手紙を遣わす。いつもの随身を呼んで、ご自身で直接人のいない間に呼び寄せた。<BR>⏎
575-576 「自分が、嫌気がさしたといって、見捨てたら、きっとあの宮が、呼び迎えなさろう。相手にとって、将来がお気の毒なのも、格別お考えなさるまい。そのように寵愛なさる女は、一品宮の御方のもとに女房を、二三人出仕させなさったという。そのように出仕させたのを見たり聞いたりするのも、気の毒なことだ」<BR>⏎
 などとやはり見捨てがたく、様子を見たくて、お手紙を遣わす。いつもの随身を呼んで、ご自身で直接人のいない間に呼び寄せた。<BR>⏎
 639 「道定朝臣は、今でも仲信の家に通っているのか」<BR>⏎577 
 640 「そのようでございます」と申す。<BR>⏎578 
 641 「宇治へは、いつもあの先程の男を使いにやるのか。ひっそり暮らしている女なので、道定も思いをかけるだろうな」<BR>⏎579 
c1642 と溜息をおつきになって、<BR>⏎
580 と溜息をおつきになって、<BR>⏎
 643 「人に見られないように行け。馬鹿らしいからな」<BR>⏎581 
 644 とおっしゃる。緊張して、少輔がいつもこの殿の事を探り、あちらの事を尋ねたことも思い合わされるが、なれなれしくは申し出ることもできない。君も、「下衆に詳しくは知らせまい」とお思いになったので、尋ねさせなさらない。<BR>⏎582 
 645 あちらでは、お使いがいつもより頻繁にあるのにつけても、あれこれ物思いをする。ただこのようにおっしゃっていた。<BR>⏎583 
cd2:1646-647 「心変わりするころとは知らずにいつまでも<BR>⏎
  待ち続けていらっしゃるものと思っていました<BR>⏎
584 「心変わりするころとは知らずにいつまでも<BR>  待ち続けていらっしゃるものと思っていました<BR>⏎
 648 世間の物笑いになさらないでください」<BR>⏎585 
 649 とあるのを、とても変だと思うと、胸が真っ暗になった。お返事を理解したように申し上げるのも気がひける、何かの間違いだっら具合が悪いので、お手紙はもとのように直して、<BR>⏎586 
 650 「宛先が違うように見えますので。妙に気分がすぐれませんので、何事も申し上げられません」<BR>⏎587 
 651 と書き添えて差し上げた。御覧になって、<BR>⏎588 
 652 「そうはいっても、うまく言い逃れたな。少しも思ってもみなかった機転だな」<BR>⏎589 
 653 とにっこりなさるのも、憎いとは、お恨み切れないのであろう。<BR>⏎590 
d1654<P>⏎
version51655 <A NAME="in66">[第六段 右近と侍従、右近の姉の悲話を語る]</A><BR>591 
 656 正面きってではないが、それとなくおっしゃった様子を、あちらではますます物思いが加わる。「結局は、わが身は良くない妙な結果になってしまいそうだ」と、ますます思っているところに、右近が来て、<BR>⏎592 
 657 「殿のお手紙は、どうしてお返しなさったのですか。不吉にも、忌むものでございますものを」<BR>⏎593 
 658 「間違いがあるように見えたので、宛先が違うのかと思いまして」<BR>⏎594 
 659 とおっしゃる。変だと思ったので、道で開けて見たのであった。良くない右近の態度ですこと。見たとは言わないで、<BR>⏎595 
c1660 「まあお気の毒な。難儀なお事でございます。殿は事情をお察しになったのでしょう」<BR>⏎
596 「まあお気の毒な。難儀なお事でございます。殿は事情をお察しになったのでしょう」<BR>⏎
 661 と言うと、顔がさっと赤くなって、何もおっしゃらない。手紙を見たとは思わないので、「別のことで、あの方のご様子を見た人が話したこと」と思うが、<BR>⏎597 
 662 「誰が、そのように言ったのか」<BR>⏎598 
 663 などとも尋ねることはできない。この女房たちが見たり思ったりすることも、ひどく恥ずかしい。自分の考えから始まったことではないが、「嫌な運命だなあ」と思い入って寝ていると、侍従と二人で、<BR>⏎599 
 664 「右近めの姉で、常陸国で、男二人と結婚しましたが、身分は違っても、このようなものでございます。それぞれ負けない愛情なので、思い迷っておりました時に、女は、新しい男の方に少し気持ちが動いたのでございました。それを嫉妬して、結局新しい男を殺してしまったのです。<BR>⏎600 
c1665 そうして自分も住んでいられなくなったのでした。常陸国でも、大変惜しい兵士を一人失った。また過ちを犯した男も、良い家来であったが、このような過ちを犯した者を、どうしてそのまま使うことができようか、ということで国内を追放され、すべて女がよろしくないのだと言って、館の内にも置いてくださらなかったので、東国の人となって、乳母も、今でも恋い慕って泣いておりますのは、罪深いものと拝見されます。<BR>⏎
601 そうして自分も住んでいられなくなったのでした。常陸国でも、大変惜しい兵士を一人失った。また過ちを犯した男も、良い家来であったが、このような過ちを犯した者を、どうしてそのまま使うことができようか、ということで国内を追放され、すべて女がよろしくないのだと言って、館の内にも置いてくださらなかったので、東国の人となって、乳母も、今でも恋い慕って泣いておりますのは、罪深いものと拝見されます。<BR>⏎
 666 縁起でもない話のついでのようでございますが、身分の上の方も下の者も、このようなことで、お悩みになるのは、とても悪いことです。お命までには関わらなくても、それぞれの方のご身分に関わることでございます。死ぬことにまさる恥ということも、身分の高い方には、かえってございますことです。お一方にお決めなさい。<BR>⏎602 
 667 宮もご愛情がまさって、せめて真面目にさえご求婚なさるならば、そちらに従いなさって、ひどくお嘆きなさるな。痩せ衰えなさるのもまことにつまらない。あれほど母上が大切に思ってお世話なさっているのを、乳母がこの上京のご準備に熱心になって、大騒ぎしておりますにつけても、あちらよりもこちらに、とおっしゃってくださる宮のことが、とてもつらく、お気の毒です」<BR>⏎603 
 668 と言うと、もう一人は、<BR>⏎604 
cd3:2669-671 「まあ嫌な、恐ろしいことまでを申し上げなさいますな。何事もすべてご運命でしょう。ただお心の中で、少しでも気持ちの傾く方を、そうなるご運だとお考えなさいませ。それにしてもまことに恐れ多く、たいそうなご執心であったので、殿があのように何かとご準備なさっているらしいことにもお心が動きません。しばらくは隠れてでも、お気持ちがお傾きになる方に身をお寄せなさいませ、と存じます」<BR>⏎
 と宮をたいそうお誉め申し上げる者なので、一途に言う。<BR>⏎
<P>⏎
605-606 「まあ嫌な、恐ろしいことまでを申し上げなさいますな。何事もすべてご運命でしょう。ただお心の中で、少しでも気持ちの傾く方を、そうなるご運だとお考えなさいませ。それにしてもまことに恐れ多く、たいそうなご執心であったので、殿があのように何かとご準備なさっているらしいことにもお心が動きません。しばらくは隠れてでも、お気持ちがお傾きになる方に身をお寄せなさいませ、と存じます」<BR>⏎
 と宮をたいそうお誉め申し上げる者なので、一途に言う。<BR>⏎
version51672 <A NAME="in67">[第七段 浮舟、右近の姉の悲話から死を願う]</A><BR>607 
 673 「さあね。右近は、どちらにしても、ご無事にお過ごしなさいと、長谷寺や、石山寺などに願を立てています。この大将殿のご荘園の人びとという者は、たいそうな不埒な者どもで、一族がこの里にいっぱいいると言います。だいたい、この山城国、大和国に、殿がお持ちになっている所々の人は、みなこの内舎人という者の縁につながっているそうでございます。<BR>⏎608 
 674 それの婿の右近大夫という者を首領として、すべての事を決めて命令するそうです。身分の高い方のお間柄では、思慮のないことを仕出かすよ、とお思いにならなくても、考えのない田舎者連中が、宿直人として交替で勤めていますので、自分の番に当たって、ちょっとしたことも起こさせまいとなどと、間違いも起こしましょう。<BR>⏎609 
 675 先夜のご外出は、ほんとうに気味が悪く存じられました。宮は、どこまでも人目をお避けになろうとして、お供の人も連れていらっしゃらず、お忍び姿ばかりでいらっしゃるのを、そのような者がお見つけ申したときには、とても大変なことになりましょう」<BR>⏎610 
c3676-678 と言い続けるのを、女君、「やはりわたしを、宮に心寄せ申していると思って、この女房たちが言っている。とても恥ずかしく、気持ちの上ではどちらとも思っていない。ただ夢のように茫然として、ひどくご執着なさっているのを、どうしてこんなにまで、と思うが、お頼り申し上げて長い間になる方を、今になって裏切ろうとは思わないからこそ、このように大変だと思って悩むのだ。なるほどよくない事でも起こったときには」と、つくづくと思っていた。<BR>⏎
 「わたしは、何とかして死にたい。世間並に生きられないつらい身の上だわ。このような嫌なことのある例は、下衆の中でさえ多くあろうか」<BR>⏎
 と言ってうつ臥しなさると、<BR>⏎
611-613 と言い続けるのを、女君、「やはりわたしを、宮に心寄せ申していると思って、この女房たちが言っている。とても恥ずかしく、気持ちの上ではどちらとも思っていない。ただ夢のように茫然として、ひどくご執着なさっているのを、どうしてこんなにまで、と思うが、お頼り申し上げて長い間になる方を、今になって裏切ろうとは思わないからこそ、このように大変だと思って悩むのだ。なるほどよくない事でも起こったときには」と、つくづくと思っていた。<BR>⏎
 「わたしは、何とかして死にたい。世間並に生きられないつらい身の上だわ。このような嫌なことのある例は、下衆の中でさえ多くあろうか」<BR>⏎
 と言ってうつ臥しなさると、<BR>⏎
 679 「そんなに思い詰めなさいますな。お心安く思いなさいませ、と思って申し上げたのでございます。お苦しみになることを、何げないふうにばかり、のんびりとお見えになるのを、この事件の後は、ひどくいらいらしていらっしゃるので、とても変だと拝見しております」<BR>⏎614 
c1680 と事情を知っている者だけは、みな心配しているのだが、乳母は、自分一人満足そうにして、染物などをしていた。新参の童女などで無難なのを呼んでは、<BR>⏎
615 と事情を知っている者だけは、みな心配しているのだが、乳母は、自分一人満足そうにして、染物などをしていた。新参の童女などで無難なのを呼んでは、<BR>⏎
 681 「このような方を御覧なさい。変なことばかりに臥せっていらっしゃるのは、物の怪などが、お邪魔申し上げようとするのでしょう」と嘆く。<BR>⏎616 
d1682<P>⏎
version51683 <H4>第七章 浮舟の物語 浮舟、匂宮にも逢わず、母へ告別の和歌を詠み残す</H4>617 
version51684 <A NAME="in71">[第一段 内舎人、薫の伝言を右近に伝える]</A><BR>618 
c1685 殿からは、あの先日の返事をさえおっしゃらずに、幾日も過ぎた。この恐ろしがらせた内舎人という者が来た。なるほどたいそう荒々しく不格好に太った様子をした老人で、声も嗄れ、何といっても凄そうなのが、<BR>⏎
619 殿からは、あの先日の返事をさえおっしゃらずに、幾日も過ぎた。この恐ろしがらせた内舎人という者が来た。なるほどたいそう荒々しく 不格好に太った様子をした老人で、声も嗄れ、何といっても凄そうなのが、<BR>⏎
 686 「女房に、お話申し上げたい」<BR>⏎620 
 687 と言わせたので、右近が会った。<BR>⏎621 
 688 「殿からお呼び出しがございましたので、今朝参上しまして、たった今、帰って参りました。雑事などをお命じになった折に、こうしてここにいらっしゃる間は、夜中、早朝の間も、わたくしどもがこうしてお勤め申している、とお思いになって、宿直人を特にお差し向け申し上げることもなかったが、最近お耳になさるには、<BR>⏎622 
 689 『女房のもとに、素性の知れない者供が通っているようにお聞きになったことがある。不届きなことである。宿直に仕える者供は、その事情を聞いていよう。知らないでは、どうしていられよう』<BR>⏎623 
 690 とお尋ねあそばしたのが、全然知らないことなので、<BR>⏎624 
c1691 『わたくしは病気が重くございまして、宿直いたしますことは幾月も致しておりませんので、事情を知ることができません。しかるべき男どもは、怠けることなく警護させておりますのに、そのようなもってのほかのことがございますのを、どうして知らないでいられましょう』<BR>⏎
625 『わたくしは病気が重くございまして、宿直いたしますことは 幾月も致しておりませんので、事情を知ることができません。しかるべき男どもは、怠けることなく警護させておりますのに、そのようなもってのほかのことがございますのを、どうして知らないでいられましょう』<BR>⏎
 692 と申し上げさせました。気をつけてお仕えなさい。不都合なことがあったら、厳重に処罰なさる旨のご命令がございますので、どのようなお考えなのかと、恐ろしく存じております」<BR>⏎626 
 693 と言うのを聞くと、梟が鳴くのよりも、とても恐ろしい。返事もしないで、<BR>⏎627 
 694 「そうか。申し上げたことに違わないことをお聞きあそばせ。事の真相をお察しになったようです。お手紙もございませんよ」<BR>⏎628 
 695 と嘆く。乳母は、ちらっと聞いて、<BR>⏎629 
cd2:1696-697 「とても嬉しいことをおっしゃった。盗賊が多いという所で、宿直人も最初のころのようではありません。みな代理だと言っては、変な下衆ばかりを差し向けていたので、夜回りさえできなかったが」と喜ぶ。<BR>⏎
<P>⏎
630 「とても嬉しいことをおっしゃった。盗賊が多いという所で、宿直人も最初のころのようではありません。みな代理だと言っては、変な下衆ばかりを差し向けていたので、夜回りさえできなかったが」と喜ぶ。<BR>⏎
version51698 <A NAME="in72">[第二段 浮舟、死を決意して、文を処分す]</A><BR>631 
c1699 女君は、「なるほど今はまことに悪くなってしまった身の上のようだ」とお思いになっているところに、宮からは、<BR>⏎
632 女君は、「なるほど今はまことに悪くなってしまった身の上のようだ」とお思いになっているところに、宮からは、<BR>⏎
 700 「いかがですか、いかがですか」<BR>⏎633 
c1701 と苔が乱れるような無理なことをおっしゃるのが、とても厄介である。<BR>⏎
634 と苔が乱れるような無理なことをおっしゃるのが、とても厄介である。<BR>⏎
 702 「どちらにしても、それぞれの方につけて、とても嫌なことが出て来よう。自分一人がいなくなるのが最もよいようだ。昔は、懸想する男の気持ちが、どちらとも決められないのに思いわずらって、それだけで身を投げた例もあった。生き永らえたら、きっと嫌な目に遭ってしまいそうな身で、死ぬのに、どうして惜しい身であろう。親も少しの間は嘆きなさろうが、大勢の子供の世話で、自然と忘れよう。生きながら間違いを犯し、物笑いな様子でうろうろしては、それ以上の物思いになろう」<BR>⏎635 
 703 などと思うようになる。子供っぽくおっとりとして、たおやかに見えるが、気品高く貴族社会の様子を知ることも少なくて育った人なので、少し乱暴なことを、考えついたのであろう。<BR>⏎636 
 704 厄介な反故などを破って、大げさになるような一度には始末せず、灯台の火で焼いたり、川に投げ入れさせたりなど、だんだん少なくして行く。事情を知らない御達は、「京へお引っ越しになるので、退屈な日々を送るうちに、いつしか書き集めなさった手習などを、お破り捨てになるのだろう」と思う。侍従などは、見つけた時には、<BR>⏎637 
c1705 「どうしてこのようなことをあそばします。愛し合っていらっしゃるお間柄で、心をこめてお書き交わしなさった手紙は、他人にはお見せあそばさなくても、何かの箱底におしまいあそばして御覧になるのが、身分相応に、とても感慨深いものでございます。あれほど立派な紙を使い、恐れ多いお言葉のあらん限りをお尽くしになったのを、あのようにばかりお破りあそばすのは、情けないこと」<BR>⏎
638 「どうしてこのようなことをあそばします。愛し合っていらっしゃるお間柄で、心をこめてお書き交わしなさった手紙は、他人にはお見せあそばさなくても、何かの箱底におしまいあそばして御覧になるのが、身分相応に、とても感慨深いものでございます。あれほど立派な紙を使い、恐れ多いお言葉のあらん限りをお尽くしになったのを、あのようにばかりお破りあそばすのは、情けないこと」<BR>⏎
 706 と言う。<BR>⏎639 
 707 「いいえどうして。厄介な。長生きできそうにない身の上のようです。落ちぶれ残って、相手の方にとってもお気の毒でしょう。利口ぶってお手紙を残しておいたものよなどと、漏れ聞きなされたら、恥ずかしい」<BR>⏎640 
cd2:1708-709 などとおしゃる。心細いことを思い続けていくと、再び決心ができなくなるのであった。親を残して先立つ人は、とても罪障深いと言うものをなどと、やはりかすかに聞いたことを思う。<BR>⏎
<P>⏎
641 などとおしゃる。心細いことを思い続けていくと、再び決心ができなくなるのであった。親を残して先立つ人は、とても罪障深いと言うものをなどと、やはりかすかに聞いたことを思う。<BR>⏎
version51710 <A NAME="in73">[第三段 三月二十日過ぎ、浮舟、匂宮を思い泣く]</A><BR>642 
 711 二十日過ぎにもなった。あの家の主人が、二十八日に下向する予定である。宮は、<BR>⏎643 
 712 「その夜にきっと迎えよう。下人などに、様子を気づかれないように注意なさい。こちらの方からは、絶対漏れることはない。疑いなさるな」<BR>⏎644 
c1713 などとおっしゃる。「そうして無理をしておいでになったとしても、もう一度何も申し上げることができず、お目にかかれぬままお帰し申し上げることよ。また束の間でも、どうしてここにお近づけ申し上げることができよう。効なく恨んでお帰りになろう」その様子を想像すると、いつものように、面影が離れず、始終悲しくて、このお手紙を顔に押し当てて、しばらくの間は我慢していたが、とてもひどくお泣きになる。<BR>⏎
645 などとおっしゃる。「そうして無理をしておいでになったとしても、もう一度何も申し上げることができず、お目にかかれぬままお帰し申し上げることよ。また束の間でも、どうしてここにお近づけ申し上げることができよう。効なく恨んでお帰りになろう」その様子を想像すると、いつものように、面影が離れず、始終悲しくて、このお手紙を顔に押し当てて、しばらくの間は我慢していたが、とてもひどくお泣きになる。<BR>⏎
 714 右近は、<BR>⏎646 
 715 「姫君様、このようなご様子に、終いには周囲の人もお気づき申そう。だんだんと、変だなどと思う女房がございますようです。このようにくよくよなさらずに、適当にご返事申し上げなさいませ。右近がおります限りは、大それたこともうまく処理いたしましたら、これほどお小さい身体一つぐらいは、空からお連れ申し上げなさいましょう」<BR>⏎647 
 716 と言う。しばし躊躇して、<BR>⏎648 
 717 「このようにばかり言うのが、とても情けない。たしかにそうなってもよいこと、と思っているならともかくも、とんでもないことだ、とすっかり分かっているのに、無理に、このようにばかり期待しているようにおっしゃるので、どのようなことをし出かしなさろうとするのかなどと、思うにつけても、身がとてもつらいのです」<BR>⏎649 
cd2:1718-719 と言ってお返事も差し上げないでしまわれた。<BR>⏎
<P>⏎
650 と言ってお返事も差し上げないでしまわれた。<BR>⏎
version51720 <A NAME="in74">[第四段 匂宮、宇治へ行く]</A><BR>651 
 721 宮は、「こうしてばかり、依然として承知する様子もなくて、返事までが途絶えがちになるのは、あの人が、適当に言い含めて、少し安心な方に心が落ち着いたのだろう。もっともなことだ」とはお思いになるが、たいそう残念で悔しく、<BR>⏎652 
 722 「それにしても、わたしを慕っていたものを。逢わない間に、女房が説き聞かせた方に傾いたのであろう」<BR>⏎653 
 723 などと物思いなさると、恋しさは晴らしようもなく、むなしい空にいっぱい満ちあふれた気がなさるので、いつものように、大変なご決意でおいでになった。<BR>⏎654 
 724 葦垣の方を見ると、いつもと違って、<BR>⏎655 
c1725 「あれは誰だ」<BR>⏎
656 「あれは誰だ」<BR>⏎
 726 と言う声々が、目ざとげである。いったん退いて、事情を知っている男を入れたが、その男までを尋問する。以前の様子と違っている。やっかいになって、<BR>⏎657 
 727 「京から急のお手紙です」<BR>⏎658 
 728 と言う。右近は従者の名を呼んで会った。とても煩わしく、ますますやっかいに思う。<BR>⏎659 
 729 「全然、今夜はだめです。まことに恐れ多いことで」<BR>⏎660 
c2730-731 と言わせた。宮は、「どうしてこんなによそよそしくするのだろう」とお思いになると、たまらなくなって、<BR>⏎
 「まず時方が入って、侍従に会って、しかるべくはからえ」<BR>⏎
661-662 と言わせた。宮は、「どうしてこんなによそよそしくするのだろう」とお思いになると、たまらなくなって、<BR>⏎
 「まず時方が入って、侍従に会って、しかるべくはからえ」<BR>⏎
 732 と言って遣わす。才覚ある人で、あれこれ言い繕って、探し出して会った。<BR>⏎663 
c1733 「どうしたわけでありましょう。あの殿がおっしゃることがあると言って、宿直にいる者どもが、出しゃばっているところで、まことに困っているのです。御前におかれても、深く思い嘆いていらっしゃるらしいのは、このようなご訪問のもったいなさを、悩んでいらっしゃるのだ、とお気の毒に拝しております。全然、今晩はだめです。誰かが様子に気づきましたら、かえってまことに悪いことになりましょう。そのままそのようにお考えあそばしている夜には、こちらでも誰にも知られず計画しまして、ご案内申し上げましょう」<BR>⏎
664 「どうしたわけでありましょう。あの殿がおっしゃることがあると言って、宿直にいる者どもが、出しゃばっているところで、まことに困っているのです。御前におかれても、深く思い嘆いていらっしゃるらしいのは、このようなご訪問のもったいなさを、悩んでいらっしゃるのだ、とお気の毒に拝しております。全然、今晩はだめです。誰かが様子に気づきましたら、かえってまことに悪いことになりましょう。そのままそのようにお考えあそばしている夜には、こちらでも誰にも知られず計画しまして、ご案内申し上げましょう」<BR>⏎
 734 乳母が目ざといことなども話す。大夫、<BR>⏎665 
c1735 「おいでになった道中が大変なことで、ぜひにもというお気持ちなので、はりあいもなくお返事申し上げるのは、具合が悪い。それではさあいらっしゃい。一緒に詳しく申し上げましょう」と誘う。<BR>⏎
666 「おいでになった道中が大変なことで、ぜひにもというお気持ちなので、はりあいもなくお返事申し上げるのは、具合が悪い。それではさあいらっしゃい。一緒に詳しく申し上げましょう」と誘う。<BR>⏎
 736 「とても無理です」<BR>⏎667 
 737 と言い合いをしているうちに、夜もたいそう更けて行く。<BR>⏎668 
d1738<P>⏎
version51739 <A NAME="in75">[第五段 匂宮、浮舟に逢えず帰京す]</A><BR>669 
 740 宮は、御馬で少し遠くに立っていらっしゃったが、里めいた声をした犬どもが出て来て吠え立てるのも、たいそう恐ろしく、供回りが少ないうえに、たいそう簡略なお忍び歩きなので、「おかしな者どもが襲いかかって来たら、どうしよう」と、お供申している者たちはみな心配していたのであった。<BR>⏎670 
c3741-743 「もっと早く早く参ろう」<BR>⏎
 とうるさく言って、この侍従を連れて上がる。髪は脇の下から前に出して、姿がとても美しい人である。馬に乗せようとしたが、どうしても聞かないので、衣の裾を持って、歩いて付いて来る。自分の沓を履かせて、自分は供人の粗末なのを履いた。<BR>⏎
 参上して、「これこれです」と申し上げると、相談しようにも適当な場所がないので、山家の垣根の茂った葎のもとに、障泥という物を敷いてお下ろし申し上げる。ご自身のお気持ちにも、「変な恰好だな。このような道につまずいて、これといった、将来とても期待できそうにない身の上のようだ」と、お思い続けると、お泣きになることこの上ない。<BR>⏎
671-673 「もっと早く早く参ろう」<BR>⏎
 とうるさく言って、この侍従を連れて上がる。髪は脇の下から前に出して、姿がとても美しい人である。馬に乗せようとしたが、どうしても聞かないので、衣の裾を持って、歩いて付いて来る。自分の沓を履かせて、自分は供人の粗末なのを履いた。<BR>⏎
 参上して、「これこれです」と申し上げると、相談しようにも適当な場所がないので、山家の垣根の茂った葎のもとに、障泥という物を敷いてお下ろし申し上げる。ご自身のお気持ちにも、「変な恰好だな。このような道につまずいて、これといった、将来とても期待できそうにない身の上のようだ」と、お思い続けると、お泣きになることこの上ない。<BR>⏎
 744 気弱な女は、それ以上にほんとうに悲しいと拝見する。大変な敵を鬼にしたとしても、いいかげんには見捨てることのできないご様子の人である。躊躇なさって、<BR>⏎674 
c1745 「たった一言でも申し上げることはできないのか。どうして今さらこうなのだ。やはり女房らが申し上げたことがあるのだろう」<BR>⏎
675 「たった一言でも申し上げることはできないのか。どうして今さらこうなのだ。やはり女房らが申し上げたことがあるのだろう」<BR>⏎
 746 とおっしゃる。事情を詳しく申し上げて、<BR>⏎676 
c1747 「いずれそのようにお考えになっている日を、事前に漏れないように、計らいなさいませ。このように恐れ多いことを拝見いたしておりますと、身を捨ててでもお取り計らい申し上げましょう」<BR>⏎
677 「いずれそのようにお考えになっている日を、事前に漏れないように、計らいなさいませ。このように恐れ多いことを拝見いたしておりますと、身を捨ててでもお取り計らい申し上げましょう」<BR>⏎
 748 と申し上げる。ご自身も人目をひどくお気になさっているので、一方的にお恨みになることもできない。<BR>⏎678 
 749 夜はたいそう更けて行くが、この怪しんで吠える犬の声が止まず、供人たちが追い払いなどするために、弓を引き鳴らし、賤しい男どもの声がして、<BR>⏎679 
 750 「火の用心」<BR>⏎680 
 751 などと言うのも、たいそう気が気でないので、お帰りになる時のお気持ちは、言葉では言い尽くせない。<BR>⏎681 
cd5:3752-756 「どこに身を捨てようかと捨て場も知らない、白雲が<BR>⏎
  かからない山とてない山道を泣く泣く帰って行くことよ<BR>⏎
 それでは早く」<BR>⏎
 と言ってこの人をお帰しになる。ご様子が優雅で胸を打ち、夜深い露にしめったお香の匂いなどは、他にたとえようもない。泣く泣く帰って来た。<BR>⏎
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682-684 「どこに身を捨てようかと捨て場も知らない、白雲が<BR>  かからない山とてない山道を泣く泣く帰って行くことよ<BR>⏎
 それでは早く」<BR>⏎
 と言ってこの人をお帰しになる。ご様子が優雅で胸を打ち、夜深い露にしめったお香の匂いなどは、他にたとえようもない。泣く泣く帰って来た。<BR>⏎
version51757 <A NAME="in76">[第六段 浮舟の今生の思い]</A><BR>685 
 758 右近が、きっぱり断った旨を言っていると、君は、ますます思い乱れることが多くて臥せっていらっしゃるが、入って来て、先程の様子を話すので、返事もしないが、だんだんと泣けてしまったのを、一方ではどのように見るだろう、と気がひける。翌朝も、みっともない目もとを思うと、いつまでも臥していた。頼りなさそうに掛け帯などかけて経を読む。「親に先立つ罪障を無くしてください」とばかり思う。<BR>⏎686 
c1759 先日の絵を取り出して見て、お描きになった手つき、お顔の美しさなどが、向かい合っているように思い出されるので、昨夜、一言も申し上げずじまいになったことは、やはりもう一段とまさって、悲しく思われる。「あののんびりとした邸で逢おう、と末長い約束をおっしゃり続けていた方も、どのようにお思いになるだろう」とお気の毒である。<BR>⏎
687 先日の絵を取り出して見て、お描きになった手つき、お顔の美しさなどが、向かい合っているように思い出されるので、昨夜、一言も申し上げずじまいになったことは、やはりもう一段とまさって、悲しく思われる。「あののんびりとした邸で逢おう、と末長い約束をおっしゃり続けていた方も、どのようにお思いになるだろう」とお気の毒である。<BR>⏎
 760 嫌なことに噂する人もあるだろうことを、想像すると恥ずかしいが、「浅薄で、けしからぬ女だと物笑いになるのを、お聞かれ申すよりは」などと思い続けて、<BR>⏎688 
cd2:1761-762 「嘆き嘆いて身を捨てても亡くなった後に<BR>⏎
  嫌な噂を流すのが気にかかる」<BR>⏎
689 「嘆き嘆いて身を捨てても亡くなった後に<BR>  嫌な噂を流すのが気にかかる」<BR>⏎
 763 親もとても恋しく、いつもは、特に思い出さない姉妹の醜いのも、恋しい。宮の上をお思い出し申し上げるにつけても、何から何までもう一度お会いしたい人が多かった。女房は皆、それぞれの衣類の染物に精を出し、何やかやと言っているが、耳にも入らず、夜となると、誰にも見つけられず、出て行く方法を考えながら、眠れないままに、気分も悪く、すっかり人が変わったようである。夜が明けると、川の方を見やりながら、羊の足取りよりも死に近い感じがする。<BR>⏎690 
d1764<P>⏎
version51765 <A NAME="in77">[第七段 京から母の手紙が届く]</A><BR>691 
 766 宮は、たいそうな恨み言をおっしゃっていた。今さらに、誰が見ようかと思うと、このお返事をさえ、気持ちのままに書かない。<BR>⏎692 
cd3:2767-769 「亡骸をさえ嫌なこの世に残さなかったら<BR>⏎
  どこを目当てにと、あなた様もお恨みになりましょう」<BR>⏎
 とだけ書いて出した。「あちらの殿にも、最後の様子をお見せ申し上げたいが、お二方に書き残しては、親しいお間柄なので、いつかは聞き合わせなさろうことは、とても困ることだどう。まるきりどうなったのかと、誰からも分からないようにして死んでしまおう」と思い返す。<BR>⏎
693-694 「亡骸をさえ嫌なこの世に残さなかったら<BR>  どこを目当てにと、あなた様もお恨みになりましょう」<BR>⏎
 とだけ書いて出した。「あちらの殿にも、最後の様子をお見せ申し上げたいが、お二方に書き残しては、親しいお間柄なので、いつかは聞き合わせなさろうことは、とても困ることだどう。まるきりどうなったのかと、誰からも分からないようにして死んでしまおう」と思い返す。<BR>⏎
 770 京から、母親のお手紙を持って来た。<BR>⏎695 
c1771 「昨晩の夢に、とても物騒がしくお見えになったので、誦経をあちこちの寺にさせたりなどしましたが、そのままその夢の後で、眠れなかったせいか、たった今、昼寝をして見ました夢に、世間で不吉とするようなことが、お現れになったので、目を覚ますなり差し上げました。十分に慎みなさい。<BR>⏎
696 「昨晩の夢に、とても物騒がしくお見えになったので、誦経をあちこちの寺にさせたりなどしましたが、そのままその夢の後で、眠れなかったせいか、たった今、昼寝をして見ました夢に、世間で不吉とするようなことが、お現れになったので、目を覚ますなり差し上げました。十分に慎みなさい。<BR>⏎
 772 人里離れたお住まいで、時々お立ち寄りになる方のご正室のお恨みがとても恐ろしく、気分悪くいらっしゃるときに、夢がこのようなのを、いろいろと案じております。<BR>⏎697 
cd3:2773-775 参上したいが、少将の北の方が、やはりとても心配で、物の怪めいて患っていますので、少しの間も離れることは、いけないときつく言われていますので。そちらの近くの寺にも御誦経をさせなさい」<BR>⏎
 とあってそのお布施の物や、手紙などを書き添えて、持って来た。最期と思っている命のことも知らないで、このように書き綴ってお寄越しになったのも、とても悲しいと思う。<BR>⏎
<P>⏎
698-699 参上したいが、少将の北の方が、やはりとても心配で、物の怪めいて患っていますので、少しの間も離れることは、いけないときつく言われていますので。そちらの近くの寺にも御誦経をさせなさい」<BR>⏎
 とあってそのお布施の物や、手紙などを書き添えて、持って来た。最期と思っている命のことも知らないで、このように書き綴ってお寄越しになったのも、とても悲しいと思う。<BR>⏎
version51776 <A NAME="in78">[第八段 浮舟、母への告別の和歌を詠み残す]</A><BR>700 
cd3:2777-779 寺へ使者をやった間に、返事を書く。言いたいことはたくさんあるが、気がひけて、ただ<BR>⏎
 「来世で再びお会いすることを思いましょう<BR>⏎
  この世の夢に迷わないで」<BR>⏎
701-702 寺へ使者をやった間に、返事を書く。言いたいことはたくさんあるが、気がひけて、ただ<BR>⏎
 「来世で再びお会いすることを思いましょう<BR>  この世の夢に迷わないで」<BR>⏎
 780 誦経の鐘の音が風に乗って聞こえて来るのを、つくづくと聞き臥していらっしゃる。<BR>⏎703 
cd2:1781-782 「鐘の音が絶えて行く響きに、泣き声を添えて<BR>⏎
  わたしの命も終わったと母上に伝えてください」<BR>⏎
704 「鐘の音が絶えて行く響きに、泣き声を添えて<BR>  わたしの命も終わったと母上に伝えてください」<BR>⏎
 783 僧の所から持って来た手紙に書き加えて、<BR>⏎705 
 784 「今夜は、帰ることはできまい」<BR>⏎706 
 785 と言うので、何かの枝に結び付けておいた。乳母が、<BR>⏎707 
 786 「妙に、胸騷ぎのすることだわ。夢見が悪い、とおっしゃった。宿直人、十分注意するように」<BR>⏎708 
 787 などと言わせるのを、苦しいと聞きながら臥していらっしゃった。<BR>⏎709 
 788 「何もお召し上がりにならないのは、とてもいけません。お湯漬けを」<BR>⏎710 
 789 などといろいろと言うのを、「よけいなおせっかいのようだが、とても醜く年とって、わたしが死んだら、どうするのだろう」とご想像なさるのも、とても不憫である。「この世には生きていられないことを、ちらっと言おう」などとお思いになるが、何より先に涙が溢れてくるのを、隠しなさって、何もおっしゃれない。右近は、お側近くに横になろうとして、<BR>⏎711 
 790 「このようにばかり物思いをなさると、物思う人の魂は、抜け出るものと言いますから、夢見も悪いのでしょう。どちらの方かとお決めになって、どうなるにもこうなるにも、思う通りになさってください」<BR>⏎712 
 791 と溜息をつく。柔らかくなった衣を顔に押し当てて、臥せっていらっしゃった、とか。<BR>⏎713 
d2792-793
<P>⏎
 794<A HREF="index.html">源氏物語の世界ヘ</A><BR>⏎714 
 795<A HREF="text51.html">本文</A><BR>⏎715 
 796<A HREF="roman51.html">ローマ字版 </A><BR>⏎716 
 797<A HREF="note51.html">注釈</A><BR>⏎717 
 798<A HREF="data51.html">明融臨模本</A><BR>⏎718 
 799<A HREF="okuiri51.html">自筆本奥入</A><BR>⏎719 
d1800
 801<hr size="4">⏎720 
 802</body>⏎721 
 803</HTML>⏎722 
i0724