第十一帖 花散里 光る源氏の二十五歳夏、近衛大将時代の物語 |
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注釈番号 |
注釈見出し |
注釈 |
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花散里の物語 |
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第一段 花散里訪問を決意 |
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1.1.1 | 注釈1 | 【人知れぬ、御心づからのもの思はしさは】 | 『集成』は「人知れず、ご自分から求めて物思いに悩むことは。藤壷や朧月夜などへの恋の悩み」と注す。 | |
1.1.1 | 注釈2 | 【いつとなきことなめれど】 | 尊経閣文庫本「め」補入。「めれ」(推量の助動詞)は語り手の推量。 | |
1.1.1 | 注釈3 | 【かくおほかたの世につけてさへ】 | 「さへ」(副助詞)、添加の意。---まで。---までも。『完訳』は「桐壷院崩御後の社会的状況。恋ゆえの人生を主に、それに社会的な存在の奥行を与え語る趣」と注す。 | |
1.1.1 | 注釈4 | 【ことのみ】 | しかのみ横 | |
1.1.1 | 注釈5 | 【世の中なべて厭はしう】 | 『完訳』は「葵の上の死を契機とする厭世観が持続している」と指摘。源氏、二十二歳秋八月に妻の死去、翌二十三歳の冬十一月に父桐壷院の崩御、と二年連続して、近親の死に遭遇し、世の中は右大臣家方の時代と変化。 | |
1.1.1 | 注釈6 | 【思しならるるに】 | 「に」(接続助詞)は逆接の意。 | |
1.1.1 | 注釈7 | 【さすがなること多かり】 | 『集成』は「そうはいかないこと」の意に解す。『完訳』は「いざ出家となると踏み切れぬ気持。これまでも繰り返された」と注す。 | |
1.1.2 | 注釈8 | 【麗景殿と聞こえしは】 | れいけんてん明三 桐壷院の麗景殿女御。「賢木」巻の右大臣家の藤大納言の娘で頭弁の姉(朱雀院の麗景殿女御)とは別人。 | |
1.1.2 | 注釈9 | 【あはれなる御ありさまを】 | 『集成』は「おさびしいお暮らしなのを」と解し、『完訳』は「経済的不如意をさす」と注す。 | |
1.1.2 | 注釈10 | 【御心に】 | おほん心に横 「御」の読み方が「おほん」とある例。 | |
1.1.2 | 注釈11 | 【過ぐしたまふなるべし】 | 「なる」(断定の助動詞)「べし」(推量の助動詞)は語り手の判断推量。 | |
1.1.3 | 注釈12 | 【御おとうとの三の君】 | 後に「花散里」と呼称される女性。しかしこの巻では姉に付随して語られる存在。なお、「おとうと」は「おとひと」(乙人)の転で、男女にかかわらず同性の兄弟姉妹のうちの年下の人をいった。 | |
1.1.3 | 注釈13 | 【はかなう】 | は(は/$は)かなう大 大島本は字母「八」を朱筆でミセケチにして字母「者」と訂正。すなわち、前文「わたりにて」「は」と係助詞に誤読されることを危惧して他の字母「者」に訂正したもの。 | |
1.1.3 | 注釈14 | 【なごりの】 | なこり明三証 | |
1.1.3 | 注釈15 | 【例の御心なれば】 | 『集成』は「いつものお心癖なので。一度逢った女は忘れないという源氏の性質」と解し、また『完訳』は「源氏の性分。一度逢った女を捨て去ることもないが、特別熱心に通い続けることもない、という」と解す。すなわち、前者は「さすがに忘れもはて給はず」の句にだけ掛かると解し、後者は「わざとももてなし給はぬに」の句まで掛かると解す。 | |
1.1.3 | 注釈16 | 【もてなしたまはぬに】 | 「に」接続助詞、原因理由を表す。 | |
1.1.3 | 注釈17 | 【人の御心をのみ尽くし果てたまふべかめるをも】 | 「人」は花散里をさす。「べか」(推量の助動詞)「める」(推量の助動詞)は語り手の推量。 | |
1.1.3 | 注釈18 | 【このごろ】 | 『集成』は「このころ」と清音、『完訳』は「このごろ」と濁音に読む。『図書寮本名義抄』に「比日 コノゴロ」とある。 | |
1.1.3 | 注釈19 | 【残ることなく思し乱るる】 | 源氏の物思いをいう。 | |
1.1.3 | 注釈20 | 【世のあはれのくさはひには】 | 『集成』は「人生の哀しみをそそるものの一つとしては」の意に解し、『完訳』は「世の中の何事につけても心を痛めていらっしゃる、そうした一つとしては」の意に解す。 | |
1.1.3 | 注釈21 | 【たまふには】 | たまふには定大横-給には(は/$)三-たまふに明書 河内本も定家本等と同文。別本の御物本と陽明文庫本は為明本等と同文。「くさはひには思ひ出でたまふには」というやや不自然さを感じさせる文脈ではあるが、定家本本来の文章表現である。 | |
1.1.3 | 注釈22 | 【五月雨の空めづらしく晴れたる雲間に渡りたまふ】 | 季節は夏、五月雨の時期。この物語(花散里物語)は夏を季節的背景として語られる。 | |
第二段 中川の女と和歌を贈答 |
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1.2.1 | 注釈23 | 【何ばかりの御よそひなく】 | 御前駆などもなく恋の忍び歩きのさま。 | |
1.2.1 | 注釈24 | 【御前】 | 御せん定大三 「ごぜん」と読む例。 | |
1.2.1 | 注釈25 | 【中川のほど】 | 京極川の二条以北をいう。「帚木」巻にも中川が出てきた。貴族の別荘が多い辺り。 | |
1.2.1 | 注釈26 | 【あづまに調べて】 | 「東の調べ」については不詳。河内本「さうの琴にあつまをしらへあはせて」(箏の琴に和琴を合奏させて)とある。 | |
1.2.1 | 注釈27 | 【掻き合はせ】 | 『集成』は「調絃してから、調子を整えるために弾く短い曲。各調子に1つずつある」と注し、また『完訳』は「短小の曲の合奏で調子を整えること、または合奏すること」と注す。 | |
1.2.1 | 注釈28 | 【弾きなすなり】 | 「なり」伝聞推量の助動詞。伝聞の意。牛車の中にいる源氏の耳に聞こえてくる。 | |
1.2.2 | 注釈29 | 【さし出でて見入れたまへば】 | 源氏が牛車の御簾の間から体を出して覗き見ること。 | |
1.2.2 | 注釈30 | 【思し出でられて】 | 「られ」自発の助動詞。 | |
1.2.2 | 注釈31 | 【ただ一目見たまひし宿りなり】 | 敬語「たまふ」があるので、地の文から源氏の心中を叙述したかたち。 | |
1.2.2 | 注釈32 | 【ほど経にける、おぼめかしくや】 | 源氏の心中。 | |
1.2.2 | 注釈33 | 【過ぎがてにやすらひたまふ、折しも、ほととぎす】 | 『異本紫明抄』は「夜や暗き道やまどへる郭公わが宿をしも過ぎがてに鳴く」(古今集夏、一五四、紀友則)を指摘する。歌中より第三句「郭公」第五句「過ぎがてに」の語句を用いる。 | |
1.2.3 | 注釈34 | 【をちかへりえぞ忍ばれぬほととぎす--ほの語らひし宿の垣根に】 | 源氏の贈歌。惟光が朗誦する。昔のころが堪えられなく思い出されて、お逢いしたいの意。 | |
1.2.4 | 注釈35 | 【声づくりけしきとりて、御消息聞こゆ】 | 主語は惟光。 | |
1.2.4 | 注釈36 | 【おぼめくなるべし】 | 「なる」(断定の助動詞)「べし」(推量の助動詞)は、惟光と語り手の判断や推量。 | |
1.2.5 | 注釈37 | 【ほととぎす言問ふ声はそれなれど--あなおぼつかな五月雨の空】 | 女の返歌。源氏の君とは分かるが、今ごろ何のご用ですか、ととぼけた意。 【言問ふ】-ことゝふ定大横-かたろふ明-かたらふ三書 | |
1.2.6 | 注釈38 | 【ことさらたどる】 | わざと不審がって見せる、の意。 | |
1.2.7 | 注釈39 | 【よしよし、植ゑし垣根も】 | 惟光の詞。『異本紫明抄』は「花散りし庭の木の葉も茂りあひて植ゑし垣根も見こそわかれね」(出典未詳)を指摘する。第四句の「植ゑし垣根も」による。垣根が見分けられない、家を間違えたのか、と引き下がる意。 | |
1.2.8 | 注釈40 | 【人知れぬ心には、ねたうもあはれにも思ひけり】 | 『完訳』は「女は内心では悔まれ感慨も深い。源氏への執着も捨てていない」と注す。このような人物描写がこの物語の奥行きを深くしているところ。 | |
1.2.9 | 注釈41 | 【さも、つつむべきことぞかし】 | 以下「らうたげなりしはや」まで、源氏の心中。『完訳』は「遠慮すべき事情。新しい男が通っているのでは、と直観される」と指摘。 | |
1.2.9 | 注釈42 | 【かやうの際に】 | 『完訳』は以下「らうたげなりしはや」までを、源氏の心中とする。 | |
1.2.11 | 注釈43 | 【年月を経ても、なほかやうに、見しあたり、情け過ぐしたまはぬにしも、なかなか、あまたの人のもの思ひぐさなり】 | 源氏の性癖とそれゆえに女の物思いの種であるという関係。 | |
第三段 姉麗景殿女御と昔を語る |
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1.3.1 | 注釈44 | 【かの本意の所は】 | 訪問目的の花散里邸。 | |
1.3.1 | 注釈45 | 【いとあはれなり】 | 『完訳』は「世の移り変りを見る気持」と注す。 | |
1.3.2 | 注釈46 | 【二十日の月さし出づるほどに】 | 五月二十日の月。午後十時ころ出る。 | |
1.3.2 | 注釈47 | 【いとど木高き蔭ども木暗く見えわたりて、近き橘の薫りなつかしく匂ひて】 | 五月の季節描写。 | |
1.3.2 | 注釈48 | 【らうたげなり】 | 『完訳』は「かばってやりたい弱々しさ」と注す。 | |
1.3.3 | 注釈49 | 【すぐれてはなやかなる】 | 以下「思したりしものを」まで、源氏の心中。麗景殿女御に対する感想。 | |
1.3.5 | 注釈50 | 【ありつる垣根のにや】 | 語り手の挿入句。 | |
1.3.5 | 注釈51 | 【慕ひ来にけるよ】 | 源氏の心。『集成』は「郭公を擬人化して考えるのは『万葉集』以来の文学的伝統である」と注す。 | |
1.3.5 | 注釈52 | 【いかに知りてか】 | 『源氏釈』は「いにしへのこと語らへば郭公いかに知りてか古声のする」(古今六帖五、物語)を指摘する。 | |
1.3.6 | 注釈53 | 【橘の香をなつかしみほととぎす--花散る里をたづねてぞとふ】 | 源氏の麗景殿女御への贈歌。「五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」(古今集夏、一三九、読人知らず)「橘の花散里の郭公片恋しつつ鳴く日しぞ多き(万葉集八、一四七七、大伴旅人)を踏まえる。以下「思さるらむ」まで、源氏の詞。「花散里」はここでは邸の名前、後に妹三の君の呼称となる。 | |
1.3.7 | 注釈54 | 【おほかたの世に従ふものなれば】 | 格助詞「の」は主格を表す。 | |
1.3.7 | 注釈55 | 【まして】 | ましていかに横明三 なお河内本、別本にも「いかに」とある。『集成』『新大系』は底本のままとする。『古典セレクション』は諸本に従って「ましていかに」と校訂する。 | |
1.3.8 | 注釈56 | 【思し続けたる御けしきの】 | 主語は麗景殿女御。 | |
1.3.9 | 注釈57 | 【人目なく荒れたる宿は橘の--花こそ軒のつまとなりけれ】 | 麗景殿女御の返歌。「橘」の語句を受けて返す。「つま」は「端」の意と「手がかり」の意を掛ける。『完訳』は「橘の花が軒端に咲いて、懐旧の念を抱くあなたを誘い出すよすがになった、の意。ここにも源氏をほととぎすに見立て、故院時代の記憶に生きる人とする」と注す。 | |
1.3.10 | 注釈58 | 【さはいへど、人にはいとことなりけり】 | 源氏の感想。 | |
第四段 花散里を訪問 |
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1.4.1 | 注釈59 | 【西面には、わざとなく、忍びやかにうち振る舞ひたまひて】 | 主語は源氏。寝殿の西面に花散里(三の君)を訪う。 | |
1.4.1 | 注釈60 | 【つらさも忘れぬべし】 | 「べし」推量の助動詞、語り手の推量。 | |
1.4.1 | 注釈61 | 【あらざるべし】 | 「べし」推量の助動詞、語り手の推量。『完訳』は「源氏の誠実さを語り手が推測」と注す。 | |
1.4.2 | 注釈62 | 【かりにも見たまふかぎりは】 | 以下、語り手の文章。『岷江入楚』所引三光院実枝説は「草子地」と指摘。 | |
1.4.2 | 注釈63 | 【それをあいなしと思ふ人は】 | 『集成』は「そうした仲を気に入らない、つまらないと思う人は」の意に解し、『完訳』は「途絶えがちな源氏の態度を、ふさわしからぬものと思う女は」の意に解す。 | |
1.4.2 | 注釈64 | 【ことわりの、世のさが】 | 源氏の心。『完訳』は「中川の女を典型に、人の心変りを嘆く」と注す。 | |
1.4.2 | 注釈65 | 【ありつる垣根も】 | 『岷江入楚』は「草子地とみえたり」と指摘。 | |
1.4.2 | 注釈66 | 【さやうにて】 | 『集成』は「そんなわけで。大勢の恋人の一人として、嫉妬もせずに過すのは、つまらぬことだと思って、の意」と解す。 | |
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