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2516539第一章 玉鬘の物語 蛍の光によって姿を見られる
251.16640第一段 玉鬘、養父の恋に悩む
251.1.16741 (いま)はかく重々(おもおも)しきほどに、よろづのどやかに(おぼ)ししづめたる(おほん)ありさまなれば、(たの)みきこえさせたまへる(ひと)びと、さまざまにつけて、皆思(みなおも)ふさまに(さだ)まり、ただよはしからで、あらまほしくて()ぐしたまふ。 いまはかくおもおもしきほどに、よろづのどやかにおぼししづめたるおほんありさまなれば、たのみきこえさせたまへるひとびと、さまざまにつけて、みなおもふさまにさだまり、ただよはしからで、あらまほしくてぐしたまふ。
251.1.26842 (たい)姫君(ひめぎみ)こそ、いとほしく、(おも)ひのほかなる(おも)()ひて、いかにせむと(おぼ)(みだ)るめれ。かの(げん)()かりしさまには、なずらふべきけはひならねど、かかる(すぢ)に、かけても(ひと)(おも)()りきこゆべきことならねば、(こころ)ひとつに(おぼ)しつつ、「(さま)ことに(うと)まし」と(おも)ひきこえたまふ。 たいひめぎみこそ、いとほしく、おもひのほかなるおもひて、いかにせんとおぼみだるめれ。かのげんかりしさまには、なずらふべきけはひならねど、かかるすぢに、かけてもひとおもりきこゆべきことならねば、こころひとつにおぼしつつ、"さまことにうとまし"とおもひきこえたまふ。
251.1.36943 (なに)ごとをも(おぼ)()りにたる御齢(おほんよはひ)なれば、とざまかうざまに(おぼ)(あつ)めつつ、母君(ははぎみ)のおはせずなりにける口惜(くちを)しさも、またとりかへし()しく(かな)しくおぼゆ。 なにごとをもおぼりにたるおほんよはひなれば、とざまかうざまにおぼあつめつつ、ははぎみのおはせずなりにけるくちをしさも、またとりかへししくかなしくおぼゆ。
251.1.47044 大臣(おとど)も、うち()でそめたまひては、なかなか(くる)しく(おぼ)せど、人目(ひとめ)(はばか)りたまひつつ、はかなきことをもえ()こえたまはず、(くる)しくも(おぼ)さるるままに、しげく(わた)りたまひつつ、御前(おまへ)人遠(ひととほ)く、のどやかなる(をり)は、ただならずけしきばみきこえたまふごとに、(むね)つぶれつつ、けざやかにはしたなく()こゆべきにはあらねば、ただ見知(みし)らぬさまにもてなしきこえたまふ。 おとども、うちでそめたまひては、なかなかくるしくおぼせど、ひとめはばかりたまひつつ、はかなきことをもえこえたまはず、くるしくもおぼさるるままに、しげくわたりたまひつつ、おまへひととほく、のどやかなるをりは、ただならずけしきばみきこえたまふごとに、むねつぶれつつ、けざやかにはしたなくこゆべきにはあらねば、ただみしらぬさまにもてなしきこえたまふ。
251.1.57145 (ひと)ざまのわららかに、気近(けぢか)くものしたまへば、いたくまめだち、(こころ)したまへど、なほをかしく愛敬(あいぎゃう)づきたるけはひのみ()えたまへり。 ひとざまのわららかに、けぢかくものしたまへば、いたくまめだち、こころしたまへど、なほをかしくあいぎゃうづきたるけはひのみえたまへり。
251.27246第二段 兵部卿宮、六条院に来訪
251.2.17347 兵部卿宮(ひゃうぶきゃうのみや)などは、まめやかにせめきこえたまふ。御労(ごらう)のほどはいくばくならぬに、五月雨(さみだれ)になりぬる(うれ)へをしたまひて、 ひゃうぶきゃうのみやなどは、まめやかにせめきこえたまふ。ごらうのほどはいくばくならぬに、さみだれになりぬるうれへをしたまひて、
251.2.27448 「すこし気近(けぢか)きほどをだに(ゆる)したまはば、(おも)ふことをも、片端(かたはし)はるけてしがな」 "すこしけぢかきほどをだにゆるしたまはば、おもふことをも、かたはしはるけてしがな。"
251.2.37549 と、()こえたまへるを、殿御覧(とのごらん)じて、 と、こえたまへるを、とのごらんじて、
251.2.47650 「なにかは。この君達(きんだち)()きたまはむは、見所(みどころ)ありなむかし。もて(はな)れてな()こえたまひそ。御返(おほんかへ)り、時々聞(ときどきき)こえたまへ」 "なにかは。このきんだちきたまはんは、みどころありなんかし。もてはなれてなこえたまひそ。おほんかへり、ときどききこえたまへ。"
251.2.57751 とて、(をし)へて()かせたてまつりたまへど、いとどうたておぼえたまへば、「(みだ)心地悪(ごこちあ)し」とて、()こえたまはず。 とて、をしへてかせたてまつりたまへど、いとどうたておぼえたまへば、"みだごこちあし。"とて、こえたまはず。
251.2.67852 (ひと)びとも、ことにやむごとなく()(おも)きなども、をさをさなし。ただ、母君(ははぎみ)御叔父(おほんをぢ)なりける、宰相(さいしゃう)ばかりの(ひと)(むすめ)にて、(こころ)ばせなど口惜(くちを)しからぬが、()(おとろ)(のこ)りたるを、(たづ)ねとりたまへる、宰相(さいしゃう)(きみ)とて、()などもよろしく()き、おほかたも大人(おとな)びたる(ひと)なれば、さるべき折々(をりをり)御返(おほんかへ)りなど()かせたまへば、()()でて、言葉(ことば)などのたまひて()かせたまふ。 ひとびとも、ことにやんごとなくおもきなども、をさをさなし。ただ、ははぎみおほんをぢなりける、さいしゃうばかりのひとむすめにて、こころばせなどくちをしからぬが、おとろのこりたるを、たづねとりたまへる、さいしゃうきみとて、などもよろしくき、おほかたもおとなびたるひとなれば、さるべきをりをりおほんかへりなどかせたまへば、でて、ことばなどのたまひてかせたまふ。
251.2.77953 ものなどのたまふさまを、ゆかしと(おぼ)すなるべし。 ものなどのたまふさまを、ゆかしとおぼすなるべし。
251.2.88054 正身(さうじみ)は、かくうたてあるもの(なげ)かしさの(のち)は、この(みや)などは、あはれげに()こえたまふ(とき)は、すこし見入(みい)れたまふ(とき)もありけり。(なに)かと(おも)ふにはあらず、「かく心憂(こころう)()けしき()ぬわざもがな」と、さすがにされたるところつきて(おぼ)しけり。 さうじみは、かくうたてあるものなげかしさののちは、このみやなどは、あはれげにこえたまふときは、すこしみいれたまふときもありけり。なにかとおもふにはあらず、"かくこころうけしきぬわざもがな。"と、さすがにされたるところつきておぼしけり。
251.2.98155 殿(との)は、あいなくおのれ心懸想(こころげさう)して、(みや)()ちきこえたまふも()りたまはで、よろしき御返(おほんかへ)りのあるをめづらしがりて、いと(しの)びやかにおはしましたり。 とのは、あいなくおのれこころげさうして、みやちきこえたまふもりたまはで、よろしきおほんかへりのあるをめづらしがりて、いとしのびやかにおはしましたり。
251.2.108256 妻戸(つまど)()御茵参(おほんしとねまゐ)らせて、御几帳(みきちゃう)ばかりを(へだ)てにて、(ちか)きほどなり。 つまどおほんしとねまゐらせて、みきちゃうばかりをへだてにて、ちかきほどなり。
251.2.118357 いといたう(こころ)して、空薫物心(そらだきものこころ)にくきほどに(にほ)はして、つくろひおはするさま、(おや)にはあらで、むつかしきさかしら(びと)の、さすがにあはれに()えたまふ。宰相(さいしゃう)(きみ)なども、(ひと)(おほん)いらへ()こえむこともおぼえず、()づかしくてゐたるを、「()もれたり」と、ひきつみたまへば、いとわりなし。 いといたうこころして、そらだきものこころにくきほどににほはして、つくろひおはするさま、おやにはあらで、むつかしきさかしらびとの、さすがにあはれにえたまふ。さいしゃうきみなども、ひとおほんいらへこえんこともおぼえず、づかしくてゐたるを、"もれたり。"と、ひきつみたまへば、いとわりなし。
251.38458第三段 玉鬘、夕闇時に母屋の端に出る
251.3.18559 夕闇過(ゆふやみす)ぎて、おぼつかなき(そら)のけしきの(くも)らはしきに、うちしめりたる(みや)(おほん)けはひも、いと(えん)なり。うちよりほのめく追風(おひかぜ)も、いとどしき御匂(おほんにほ)ひのたち()ひたれば、いと(ふか)(かを)()ちて、かねて(おぼ)ししよりもをかしき(おほん)けはひを、(こころ)とどめたまひけり。 ゆふやみすぎて、おぼつかなきそらのけしきのくもらはしきに、うちしめりたるみやおほんけはひも、いとえんなり。うちよりほのめくおひかぜも、いとどしきおほんにほひのたちひたれば、いとふかかをちて、かねておぼししよりもをかしきおほんけはひを、こころとどめたまひけり。
251.3.28660 うち()でて、(おも)(こころ)のほどをのたまひ(つづ)けたる(こと)()、おとなおとなしく、ひたぶるに()()きしくはあらで、いとけはひことなり。大臣(おとど)、いとをかしと、ほの()きおはす。 うちでて、おもこころのほどをのたまひつづけたること、おとなおとなしく、ひたぶるにきしくはあらで、いとけはひことなり。おとど、いとをかしと、ほのきおはす。
251.3.38761 姫君(ひめぎみ)は、東面(ひんがしおもて)()()りて大殿籠(おほとのご)もりにけるを、宰相(さいしゃう)(きみ)御消息伝(おほんせうそこつた)へに、ゐざり()りたるにつけて、 ひめぎみは、ひんがしおもてりておほとのごもりにけるを、さいしゃうきみおほんせうそこつたへに、ゐざりりたるにつけて、
251.3.48862 「いとあまり(あつ)かはしき(おほん)もてなしなり。よろづのこと、さまに(したが)ひてこそめやすけれ。ひたぶるに(わか)びたまふべきさまにもあらず。この(みや)たちをさへ、さし(はな)ちたる人伝(ひとづ)てに()こえたまふまじきことなりかし。御声(おほんこゑ)こそ()しみたまふとも、すこし気近(けぢか)くだにこそ」 "いとあまりあつかはしきおほんもてなしなり。よろづのこと、さまにしたがひてこそめやすけれ。ひたぶるにわかびたまふべきさまにもあらず。このみやたちをさへ、さしはなちたるひとづてにこえたまふまじきことなりかし。おほんこゑこそしみたまふとも、すこしけぢかくだにこそ。"
251.3.58963 など、(いさ)めきこえたまへど、いとわりなくて、ことづけてもはひ()りたまひぬべき御心(みこころ)ばへなれば、とざまかうざまにわびしければ、すべり()でて、母屋(もや)(きは)なる御几帳(みきちゃう)のもとに、かたはら()したまへる。 など、いさめきこえたまへど、いとわりなくて、ことづけてもはひりたまひぬべきみこころばへなれば、とざまかうざまにわびしければ、すべりでて、もやきはなるみきちゃうのもとに、かたはらしたまへる。
251.49064第四段 源氏、宮に蛍を放って玉鬘の姿を見せる
251.4.19165 (なに)くれと言長(ことなが)御応(おほんいら)()こえたまふこともなく、(おぼ)しやすらふに、()りたまひて、御几帳(みきちゃう)帷子(かたびら)一重(ひとえ)うちかけたまふにあはせて、さと(ひか)るもの。紙燭(しそく)をさし()でたるかとあきれたり。 なにくれとことながおほんいらこえたまふこともなく、おぼしやすらふに、りたまひて、みきちゃうかたびらひとえうちかけたまふにあはせて、さとひかるもの。しそくをさしでたるかとあきれたり。
251.4.29266 (ほたる)(うす)きかたに、この(ゆふ)(かた)いと(おほ)(つつ)みおきて、(ひかり)をつつみ(かく)したまへりけるを、さりげなく、とかくひきつくろふやうにて。 ほたるうすきかたに、このゆふかたいとおほつつみおきて、ひかりをつつみかくしたまへりけるを、さりげなく、とかくひきつくろふやうにて。
251.4.39367 にはかにかく掲焉(けちえん)(ひか)れるに、あさましくて、(あふぎ)をさし(かく)したまへるかたはら()、いとをかしげなり。 にはかにかくけちえんひかれるに、あさましくて、あふぎをさしかくしたまへるかたはら、いとをかしげなり。
251.4.49468 「おどろかしき光見(ひかりみ)えば、(みや)(のぞ)きたまひなむ。わが(むすめ)(おぼ)すばかりのおぼえに、かくまでのたまふなめり。(ひと)ざま容貌(かたち)など、いとかくしも()したらむとは、え()(はか)りたまはじ。いとよく()きたまひぬべき(こころ)(まど)はさむ」 "おどろかしきひかりみえば、みやのぞきたまひなん。わがむすめおぼすばかりのおぼえに、かくまでのたまふなめり。ひとざまかたちなど、いとかくしもしたらんとは、えはかりたまはじ。いとよくきたまひぬべきこころまどはさん。"
251.4.59569 と、かまへありきたまふなりけり。まことのわが姫君(ひめぎみ)をば、かくしも、もて(さわ)ぎたまはじ、うたてある御心(みこころ)なりけり。 と、かまへありきたまふなりけり。まことのわがひめぎみをば、かくしも、もてさわぎたまはじ、うたてあるみこころなりけり。
251.4.69670 こと(かた)より、やをらすべり()でて、(わた)りたまひぬ。 ことかたより、やをらすべりでて、わたりたまひぬ。
251.59771第五段 兵部卿宮、玉鬘にますます執心す
251.5.19873 (みや)は、(ひと)のおはするほど、さばかりと()(はか)りたまふが、すこし気近(けぢか)きけはひするに、御心(みこころ)ときめきせられたまひて、えならぬ(うすもの)帷子(かたびら)(ひま)より見入(みい)れたまへるに、一間(ひとま)ばかり(へだ)てたる()わたしに、かくおぼえなき(ひかり)のうちほのめくを、をかしと()たまふ。 みやは、ひとのおはするほど、さばかりとはかりたまふが、すこしけぢかきけはひするに、みこころときめきせられたまひて、えならぬうすものかたびらひまよりみいれたまへるに、ひとまばかりへだてたるわたしに、かくおぼえなきひかりのうちほのめくを、をかしとたまふ。
251.5.29974 ほどもなく(まぎ)らはして(かく)しつ。されどほのかなる(ひかり)(えん)なることのつまにもしつべく()ゆ。ほのかなれど、そびやかに()したまへりつる様体(やうだい)のをかしかりつるを、()かず(おぼ)して、げに、このこと御心(みこころ)にしみにけり。 ほどもなくまぎらはしてかくしつ。されどほのかなるひかりえんなることのつまにもしつべくゆ。ほのかなれど、そびやかにしたまへりつるやうだいのをかしかりつるを、かずおぼして、げに、このことみこころにしみにけり。
251.5.310075 ()(こゑ)()こえぬ(むし)(おも)ひだに<BR/>(ひと)()つには()ゆるものかは "〔こゑこえぬむしおもひだに<BR/>ひとつにはゆるものかは
251.5.410176 (おも)()りたまひぬや」 おもりたまひぬや。"
251.5.510277 ()こえたまふ。かやうの御返(おほんかへ)しを、(おも)ひまはさむもねぢけたれば、()きばかりをぞ。 こえたまふ。かやうのおほんかへしを、おもひまはさんもねぢけたれば、きばかりをぞ。
251.5.610378 (こゑ)はせで()をのみ()がす(ほたる)こそ<BR/>()ふよりまさる(おも)ひなるらめ」 "〔こゑはせでをのみがすほたるこそ<BR/>ふよりまさるおもひなるらめ〕
251.5.710479 など、はかなく()こえなして、(おほん)みづからは()()りたまひにければ、いとはるかにもてなしたまふ(うれ)はしさを、いみじく(うら)みきこえたまふ。 など、はかなくこえなして、おほんみづからはりたまひにければ、いとはるかにもてなしたまふうれはしさを、いみじくうらみきこえたまふ。
251.5.810580 ()()きしきやうなれば、ゐたまひも()かさで、(のき)(しづく)(くる)しさに、()()夜深(よぶか)()でたまひぬ。時鳥(ほととぎす)などかならずうち()きけむかし。うるさければこそ()きも()めね。 きしきやうなれば、ゐたまひもかさで、のきしづくくるしさに、よぶかでたまひぬ。ほととぎすなどかならずうちきけんかし。うるさければこそきもめね。
251.5.910681 (おほん)けはひなどのなまめかしさは、いとよく大臣(おとど)(きみ)()たてまつりたまへり」と、(ひと)びともめできこえけり。昨夜(よべ)、いと女親(めおや)だちてつくろひたまひし(おほん)けはひを、うちうちは()らで、「あはれにかたじけなし」と皆言(みない)ふ。 "おほんけはひなどのなまめかしさは、いとよくおとどきみたてまつりたまへり。"と、ひとびともめできこえけり。よべ、いとめおやだちてつくろひたまひしおほんけはひを、うちうちはらで、"あはれにかたじけなし。"とみないふ。
251.610782第六段 源氏、玉鬘への恋慕の情を自制す
251.6.110883 姫君(ひめぎみ)は、かくさすがなる()けしきを、 ひめぎみは、かくさすがなるけしきを、
251.6.210984 「わがみづからの()さぞかし。(おや)などに()られたてまつり、()(ひと)めきたるさまにて、かやうなる御心(みこころ)ばへならましかば、などかはいと()げなくもあらまし。(ひと)()ぬありさまこそ、つひに世語(よがた)りにやならむ」 "わがみづからのさぞかし。おやなどにられたてまつり、ひとめきたるさまにて、かやうなるみこころばへならましかば、などかはいとげなくもあらまし。ひとぬありさまこそ、つひによがたりにやならん。"
251.6.311085 と、()()(おぼ)しなやむ。 と、おぼしなやむ。
251.6.411186 さるは、「まことにゆかしげなきさまにはもてなし()てじ」と、大臣(おとど)(おぼ)しけり。なほ、さる御心癖(みこころぐせ)なれば、中宮(ちゅうぐう)なども、いとうるはしくや(おも)ひきこえたまへる、ことに()れつつ、ただならず()こえ(うご)かしなどしたまへど、やむごとなき(かた)の、およびなくわづらはしさに、おり()ちあらはし()こえ()りたまはぬを、この(きみ)は、(ひと)(おほん)さまも、気近(けぢか)(いま)めきたるに、おのづから(おも)(しの)びがたきに、折々(をりをり)人見(ひとみ)たてまつりつけば(うたが)()ひぬべき(おほん)もてなしなどは、うち()じるわざなれど、ありがたく(おぼ)(かへ)しつつ、さすがなる御仲(おほんなか)なりけり。 さるは、"まことにゆかしげなきさまにはもてなしてじ。"と、おとどおぼしけり。なほ、さるみこころぐせなれば、ちゅうぐうなども、いとうるはしくやおもひきこえたまへる、ことにれつつ、ただならずこえうごかしなどしたまへど、やんごとなきかたの、およびなくわづらはしさに、おりちあらはしこえりたまはぬを、このきみは、ひとおほんさまも、けぢかいまめきたるに、おのづからおもしのびがたきに、をりをりひとみたてまつりつけばうたがひぬべきおほんもてなしなどは、うちじるわざなれど、ありがたくおぼかへしつつ、さすがなるおほんなかなりけり。
25211287第二章 光る源氏の物語 夏の町の物語
252.111388第一段 五月五日端午の節句、源氏、玉鬘を訪問
252.1.111489 五日(いつか)には、馬場(むまば)御殿(おとど)()でたまひけるついでに、(わた)りたまへり。 いつかには、むまばおとどでたまひけるついでに、わたりたまへり。
252.1.211590 「いかにぞや。(みや)()()かしたまひし。いたくも()らしきこえじ。わづらはしき気添(けそ)ひたまへる(ひと)ぞや。(ひと)心破(こころやぶ)り、ものの(あやま)ちすまじき(ひと)は、かたくこそありけれ」 "いかにぞや。みやかしたまひし。いたくもらしきこえじ。わづらはしきけそひたまへるひとぞや。ひとこころやぶり、もののあやまちすまじきひとは、かたくこそありけれ。"
252.1.311691 など、()けみ(ころ)しみ(いまし)めおはする(おほん)さま、()きせず(わか)くきよげに()えたまふ。(つや)(いろ)もこぼるばかりなる御衣(おほんぞ)に、直衣(なほし)はかなく(かさ)なれるあはひも、いづこに(くは)はれるきよらにかあらむ、この()(ひと)()()だしたると()えず、(つね)(いろ)()へぬ文目(あやめ)も、今日(けふ)はめづらかに、をかしくおぼゆる(かを)りなども、「(おも)ふことなくは、をかしかりぬべき(おほん)ありさまかな」と姫君思(ひめぎみおぼ)す。 など、けみころしみいましめおはするおほんさま、きせずわかくきよげにえたまふ。つやいろもこぼるばかりなるおほんぞに、なほしはかなくかさなれるあはひも、いづこにくははれるきよらにかあらん、このひとだしたるとえず、つねいろへぬあやめも、けふはめづらかに、をかしくおぼゆるかをりなども、"おもふことなくは、をかしかりぬべきおほんありさまかな。"とひめぎみおぼす。
252.1.411792 (みや)より御文(おほんふみ)あり。(しろ)薄様(うすやう)にて、御手(おほんて)はいとよしありて()きなしたまへり。()るほどこそをかしけれ、まねび()づれば、ことなることなしや。 みやよりおほんふみあり。しろうすやうにて、おほんてはいとよしありてきなしたまへり。るほどこそをかしけれ、まねびづれば、ことなることなしや。
252.1.511893 今日(けふ)さへや()(ひと)もなき水隠(みがく)れに<BR/>()ふる菖蒲(あやめ)()のみ()かれむ」 "〔けふさへやひともなきみがくれに<BR/>ふるあやめのみかれん〕
252.1.611994 (ためし)にも()()でつべき()(むす)びつけたまへれば、「今日(けふ)御返(おほんかへ)り」などそそのかしおきて、()でたまひぬ。これかれも、「なほ」と()こゆれば、御心(みこころ)にもいかが(おぼ)しけむ、 ためしにもでつべきむすびつけたまへれば、"けふおほんかへり。"などそそのかしおきて、でたまひぬ。これかれも、"なほ。"とこゆれば、みこころにもいかがおぼしけん。
252.1.712095 「あらはれていとど(あさ)くも()ゆるかな<BR/>菖蒲(あやめ)もわかず()かれける() "〔あらはれていとどあさくもゆるかな<BR/>あやめもわかずかれける
252.1.812196 若々(わかわか)しく」 わかわかしく。"
252.1.912297 とばかり、ほのかにぞあめる。「()(いま)すこしゆゑづけたらば」と、(みや)(この)ましき御心(みこころ)に、いささか()かぬことと()たまひけむかし。 とばかり、ほのかにぞあめる。"いますこしゆゑづけたらば。"と、みやこのましきみこころに、いささかかぬこととたまひけんかし。
252.1.1012398 楽玉(くすだま)など、えならぬさまにて、所々(ところどころ)より(おほ)かり。(おぼ)(しづ)みつる(とし)ごろの名残(なごり)なき(おほん)ありさまにて、(こころ)ゆるびたまふことも(おほ)かるに、「(おな)じくは、(ひと)(きず)つくばかりのことなくてもやみにしがな」と、いかが(おぼ)さざらむ。 くすだまなど、えならぬさまにて、ところどころよりおほかり。おぼしづみつるとしごろのなごりなきおほんありさまにて、こころゆるびたまふこともおほかるに、"おなじくは、ひときずつくばかりのことなくてもやみにしがな。"と、いかがおぼさざらん。
252.212499第二段 六条院馬場殿の騎射
252.2.1125100 殿(との)は、(ほんがし)御方(おほんかた)にもさしのぞきたまひて、 とのは、ほんがしおほんかたにもさしのぞきたまひて、
252.2.2126101 中将(ちゅうじゃう)の、今日(けふ)(つかさ)手結(てつが)ひのついでに、(をのこ)ども()()れてものすべきさまに()ひしを、さる(こころ)したまへ。まだ(あか)きほどに()なむものぞ。あやしく、ここにはわざとならず(しの)ぶることをも、この親王(みこ)たちの()きつけて、(とぶ)らひものしたまへば、おのづからことことしくなむあるを、用意(ようい)したまへ」 "ちゅうじゃうの、けふつかさてつがひのついでに、をのこどもれてものすべきさまにひしを、さるこころしたまへ。まだあかきほどになんものぞ。あやしく、ここにはわざとならずしのぶることをも、このみこたちのきつけて、とぶらひものしたまへば、おのづからことことしくなんあるを、よういしたまへ。"
252.2.3127102 など()こえたまふ。 などこえたまふ。
252.2.4128104 馬場(むまば)御殿(おとど)は、こなたの(らう)より見通(みとほ)すほど(とほ)からず。 むまばおとどは、こなたのらうよりみとほすほどとほからず。
252.2.5129105 (わか)(ひと)びと、渡殿(わたどの)戸開(とあ)けて物見(ものみ)よや。(ひだり)(つかさ)に、いとよしある官人多(かんじんおほ)かるころなり。少々(せうせう)殿上人(てんじゃうびと)(おと)るまじ」 "わかひとびと、わたどのとあけてものみよや。ひだりつかさに、いとよしあるかんじんおほかるころなり。せうせうてんじゃうびとおとるまじ。"
252.2.6130106 とのたまへば、物見(ものみ)むことをいとをかしと(おも)へり。 とのたまへば、ものみんことをいとをかしとおもへり。
252.2.7131107 (たい)御方(おほんかた)よりも、童女(わらはべ)など、物見(ものみ)(わた)()て、(らう)戸口(とぐち)御簾青(みすあを)やかに()けわたして、(いま)めきたる裾濃(すそご)御几帳(みきちゃう)ども()てわたし、(わらは)下仕(しもづか)へなどさまよふ。菖蒲襲(さうぶがさね)(あこめ)二藍(ふたあゐ)(うすもの)汗衫着(かざみき)たる童女(わらはべ)ぞ、西(にし)(たい)のなめる。 たいおほんかたよりも、わらはべなど、ものみわたて、らうとぐちみすあをやかにけわたして、いまめきたるすそごみきちゃうどもてわたし、わらはしもづかへなどさまよふ。さうぶがさねあこめふたあゐうすものかざみきたるわらはべぞ、にしたいのなめる。
252.2.8132108 (この)ましく()れたる(かぎ)四人(よたり)下仕(しもづか)へは、(あふち)裾濃(すそご)()撫子(なでしこ)若葉(わかば)(いろ)したる唐衣(からぎぬ)今日(けふ)のよそひどもなり。 このましくれたるかぎよたりしもづかへは、あふちすそごなでしこわかばいろしたるからぎぬけふのよそひどもなり。
252.2.9133109 こなたのは、()一襲(ひとがさね)に、撫子襲(なでしこがさね)汗衫(かざみ)などおほどかにて、おのおの(いど)(がほ)なるもてなし、見所(みどころ)あり。 こなたのは、ひとがさねに、なでしこがさねかざみなどおほどかにて、おのおのいどがほなるもてなし、みどころあり。
252.2.10134110 (わか)やかなる殿上人(てんじゃうびと)などは、()をたててけしきばむ。(ひつじ)(とき)に、馬場(むまば)御殿(おとど)()でたまひて、げに親王(みこ)たちおはし(つど)ひたり。手結(てつが)ひの公事(おほやけごと)にはさま(かは)りて、次将(すけ)たちかき()(まゐ)りて、さまことに(いま)めかしく(あそ)()らしたまふ。 わかやかなるてんじゃうびとなどは、をたててけしきばむ。ひつじときに、むまばおとどでたまひて、げにみこたちおはしつどひたり。てつがひのおほやけごとにはさまかはりて、すけたちかきまゐりて、さまことにいまめかしくあそらしたまふ。
252.2.11135111 (をんな)は、(なに)のあやめも()らぬことなれど、舎人(とねり)どもさへ(えん)なる装束(さうぞく)()くして、()()げたる()まどはしなどを()るぞ、をかしかりける。 をんなは、なにのあやめもらぬことなれど、とねりどもさへえんなるさうぞくくして、げたるまどはしなどをるぞ、をかしかりける。
252.2.12136112 (みなみ)(まち)(とほ)して、はるばるとあれば、あなたにもかやうの(わか)(ひと)どもは()けり。「打毬楽(だきゅらく)」「落蹲(らくそん)」など(あそ)びて、()()けの乱声(らんじゃう)どもののしるも、()()()てて、何事(なにごと)()えずなり()てぬ。舎人(とねり)どもの(ろく)品々賜(しなじなたま)はる。いたく()けて、(ひと)びと(みな)あかれたまひぬ。 みなみまちとほして、はるばるとあれば、あなたにもかやうのわかひとどもはけり。〔だきゅらく〕〔らくそん〕などあそびて、けのらんじゃうどもののしるも、てて、なにごとえずなりてぬ。とねりどものろくしなじなたまはる。いたくけて、ひとびとみなあかれたまひぬ。
252.3137113第三段 源氏、花散里のもとに泊まる
252.3.1138114 大臣(おとど)は、こなたに大殿籠(おほとのご)もりぬ。物語(ものがたり)など()こえたまひて、 おとどは、こなたにおほとのごもりぬ。ものがたりなどこえたまひて、
252.3.2139115 兵部卿宮(ひゃうぶきゃうのみや)の、(ひと)よりはこよなくものしたまふかな。容貌(かたち)などはすぐれねど、用意(ようい)けしきなど、よしあり、愛敬(あいぎゃう)づきたる(きみ)なり。(しの)びて()たまひつや。よしといへど、なほこそあれ」 "ひゃうぶきゃうのみやの、ひとよりはこよなくものしたまふかな。かたちなどはすぐれねど、よういけしきなど、よしあり、あいぎゃうづきたるきみなり。しのびてたまひつや。よしといへど、なほこそあれ。"
252.3.3140116 とのたまふ。 とのたまふ。
252.3.4141117 御弟(おほんおとうと)にこそものしたまへど、ねびまさりてぞ()えたまひける。(とし)ごろ、かく折過(をりす)ぐさず(わた)り、(むつ)びきこえたまふと()きはべれど、(むかし)内裏(うち)わたりにてほの()たてまつりしのち、おぼつかなしかし。いとよくこそ、容貌(かたち)などねびまさりたまひにけれ。(そち)親王(みこ)よくものしたまふめれど、けはひ(おと)りて、大君(おほきみ)けしきにぞものしたまひける」 "おほんおとうとにこそものしたまへど、ねびまさりてぞえたまひける。としごろ、かくをりすぐさずわたり、むつびきこえたまふときはべれど、むかしうちわたりにてほのたてまつりしのち、おぼつかなしかし。いとよくこそ、かたちなどねびまさりたまひにけれ。そちみこよくものしたまふめれど、けはひおとりて、おほきみけしきにぞものしたまひける。"
252.3.5142118 とのたまへば、「ふと見知(みし)りたまひにけり」と(おぼ)せど、ほほ()みて、なほあるを、()しとも()しともかけたまはず。 とのたまへば、"ふとみしりたまひにけり。"とおぼせど、ほほみて、なほあるを、しともしともかけたまはず。
252.3.6143119 (ひと)(うへ)(なん)つけ、()としめざまのこと()(ひと)をば、いとほしきものにしたまへば、 ひとうへなんつけ、としめざまのことひとをば、いとほしきものにしたまへば、
252.3.7144120 右大将(うだいしゃう)などをだに、(こころ)にくき(ひと)にすめるを、(なに)ばかりかはある。(ちか)きよすがにて()むは、()かぬことにやあらむ」 "うだいしゃうなどをだに、こころにくきひとにすめるを、なにばかりかはある。ちかきよすがにてんは、かぬことにやあらん。"
252.3.8145121 と、()たまへど、(こと)(あら)はしてものたまはず。 と、たまへど、ことあらはしてものたまはず。
252.3.9146122 (いま)はただおほかたの御睦(おほんむつ)びにて、御座(おまし)なども異々(ことごと)にて大殿籠(おほとのご)もる。「などてかく(はな)れそめしぞ」と、殿(との)(くる)しがりたまふ。おほかた、(なに)やかやともそばみきこえたまはで、(とし)ごろかく(をり)ふしにつけたる御遊(おほんあそ)びどもを、人伝(ひとづ)てに見聞(みき)きたまひけるに、今日(けふ)めづらしかりつることばかりをぞ、この(まち)のおぼえきらきらしと(おぼ)したる。 いまはただおほかたのおほんむつびにて、おましなどもことごとにておほとのごもる。"などてかくはなれそめしぞ。"と、とのくるしがりたまふ。おほかた、なにやかやともそばみきこえたまはで、としごろかくをりふしにつけたるおほんあそびどもを、ひとづてにみききたまひけるに、けふめづらしかりつることばかりをぞ、このまちのおぼえきらきらしとおぼしたる。
252.3.10147123 「その(こま)もすさめぬ(くさ)()()てる<BR/>(みぎは)菖蒲今日(あやめけふ)()きつる」 "〔そのこまもすさめぬくさてる<BR/>みぎはあやめけふきつる〕
252.3.11148124 とおほどかに()こえたまふ。(なに)ばかりのことにもあらねど、あはれと(おぼ)したり。 とおほどかにこえたまふ。なにばかりのことにもあらねど、あはれとおぼしたり。
252.3.12149125 鳰鳥(にほどり)(かげ)をならぶる若駒(わかこま)は<BR/>いつか菖蒲(あやめ)()(わか)るべき」 "〔にほどりかげをならぶるわかこまは<BR/>いつかあやめわかるべき〕
252.3.13150126 あいだちなき(おほん)ことどもなりや。 あいだちなきおほんことどもなりや。
252.3.14151127 朝夕(あさゆふ)(へだ)てあるやうなれど、かくて()たてまつるは、(こころ)やすくこそあれ」 "あさゆふへだてあるやうなれど、かくてたてまつるは、こころやすくこそあれ。"
252.3.15152128 (たはぶ)れごとなれど、のどやかにおはする(ひと)ざまなれば、(しづ)まりて()こえなしたまふ。 たはぶれごとなれど、のどやかにおはするひとざまなれば、しづまりてこえなしたまふ。
252.3.16153129 (ゆか)をば(ゆづ)りきこえたまひて、御几帳引(みきちゃうひ)(へだ)てて大殿籠(おほとのご)もる。気近(けぢか)くなどあらむ(すぢ)をば、いと()げなかるべき(すぢ)に、(おも)(はな)()てきこえたまへれば、あながちにも()こえたまはず。 ゆかをばゆづりきこえたまひて、みきちゃうひへだてておほとのごもる。けぢかくなどあらんすぢをば、いとげなかるべきすぢに、おもはなてきこえたまへれば、あながちにもこえたまはず。
253154130第三章 光る源氏の物語 光る源氏の物語論
253.1155131第一段 玉鬘ら六条院の女性たち、物語に熱中
253.1.1156132 長雨例(ながあめれい)(とし)よりもいたくして、()るる(かた)なくつれづれなれば、御方々(おほんかたがた)絵物語(ゑものがたり)などのすさびにて、()かし()らしたまふ。明石(あかし)御方(おほんかた)は、さやうのことをもよしありてしなしたまひて、姫君(ひめぎみ)御方(おほんかた)にたてまつりたまふ。 ながあめれいとしよりもいたくして、るるかたなくつれづれなれば、おほんかたがたゑものがたりなどのすさびにて、かしらしたまふ。あかしおほんかたは、さやうのことをもよしありてしなしたまひて、ひめぎみおほんかたにたてまつりたまふ。
253.1.2157133 西(にし)(たい)には、ましてめづらしくおぼえたまふことの(すぢ)なれば、()()()()みいとなみおはす。つきなからぬ若人(わかうど)あまたあり。さまざまにめづらかなる(ひと)(うへ)などを、(まこと)にや(いつは)りにや、()(あつ)めたるなかにも、「わがありさまのやうなるはなかりけり」と()たまふ。 にしたいには、ましてめづらしくおぼえたまふことのすぢなれば、みいとなみおはす。つきなからぬわかうどあまたあり。さまざまにめづらかなるひとうへなどを、まことにやいつはりにや、あつめたるなかにも、"わがありさまのやうなるはなかりけり。"とたまふ。
253.1.3158134 住吉(すみよし)』の姫君(ひめぎみ)の、さしあたりけむ(をり)はさるものにて、(いま)()のおぼえもなほ(こころ)ことなめるに、主計頭(かぞへのかみ)が、ほとほとしかりけむなどぞ、かの(げん)がゆゆしさを(おぼ)しなずらへたまふ。 すみよし〕のひめぎみの、さしあたりけんをりはさるものにて、いまのおぼえもなほこころことなめるに、かぞへのかみが、ほとほとしかりけんなどぞ、かのげんがゆゆしさをおぼしなずらへたまふ。
253.1.4159135 殿(との)も、こなたかなたにかかるものどもの()りつつ、御目(おほんめ)(はな)れねば、 とのも、こなたかなたにかかるものどものりつつ、おほんめはなれねば、
253.1.5160136 「あな、むつかし。(をんな)こそ、ものうるさがらず、(ひと)(あざむ)かれむと()まれたるものなれ。ここらのなかに、(まこと)はいと(すく)なからむを、かつ()()る、かかるすずろごとに(こころ)(うつ)し、はかられたまひて、(あつ)かはしき五月雨(さみだれ)の、(かみ)(みだ)るるも()らで、()きたまふよ」 "あな、むつかし。をんなこそ、ものうるさがらず、ひとあざむかれんとまれたるものなれ。ここらのなかに、まことはいとすくなからんを、かつる、かかるすずろごとにこころうつし、はかられたまひて、あつかはしきさみだれの、かみみだるるもらで、きたまふよ。"
253.1.6161137 とて、(わら)ひたまふものから、また、 とて、わらひたまふものから、また、
253.1.7162138 「かかる()古言(ふること)ならでは、げに、(なに)をか(まぎ)るることなきつれづれを(なぐさ)めまし。さても、この(いつは)りどものなかに、げにさもあらむとあはれを()せ、つきづきしく(つづ)けたる、はた、はかなしごとと()りながら、いたづらに心動(こころうご)き、らうたげなる姫君(ひめぎみ)のもの(おも)へる()るに、かた(こころ)つくかし。 "かかるふることならでは、げに、なにをかまぎるることなきつれづれをなぐさめまし。さても、このいつはりどものなかに、げにさもあらんとあはれをせ、つきづきしくつづけたる、はた、はかなしごととりながら、いたづらにこころうごき、らうたげなるひめぎみのものおもへるるに、かたこころつくかし。
253.1.8163139 また、いとあるまじきことかなと()()る、おどろおどろしくとりなしけるが()おどろきて、(しづ)かにまた()くたびぞ、(にく)けれど、ふとをかしき(ふし)、あらはなるなどもあるべし。 また、いとあるまじきことかなとる、おどろおどろしくとりなしけるがおどろきて、しづかにまたくたびぞ、にくけれど、ふとをかしきふし、あらはなるなどもあるべし。
253.1.9164140 このころ、(をさな)(ひと)女房(にょうばう)などに時々読(ときどきよ)まするを()()けば、ものよく()ふものの()にあるべきかな。虚言(そらごと)をよくしなれたる(くち)つきよりぞ()()だすらむとおぼゆれど、さしもあらじや」 このころ、をさなひとにょうばうなどにときどきよまするをけば、ものよくふもののにあるべきかな。そらごとをよくしなれたるくちつきよりぞだすらんとおぼゆれど、さしもあらじや。"
253.1.10165141 とのたまへば、 とのたまへば、
253.1.11166142 「げに、(いつは)()れたる(ひと)や、さまざまにさも()みはべらむ。ただいと(まこと)のこととこそ(おも)うたまへられけれ」 "げに、いつはれたるひとや、さまざまにさもみはべらん。ただいとまことのこととこそおもうたまへられけれ。"
253.1.12167143 とて、(すづり)をおしやりたまへば、 とて、すづりをおしやりたまへば、
253.1.13168144 「こちなくも()こえ()としてけるかな。神代(かみよ)より()にあることを、(しる)しおきけるななり。『日本紀(にほんぎ)』などは、ただかたそばぞかし。これらにこそ道々(みちみち)しく(くは)しきことはあらめ」 "こちなくもこえとしてけるかな。かみよよりにあることを、しるしおきけるななり。〔にほんぎ〕などは、ただかたそばぞかし。これらにこそみちみちしくくはしきことはあらめ。"
253.1.14169145 とて、(わら)ひたまふ。 とて、わらひたまふ。
253.2170146第二段 源氏、玉鬘に物語について論じる
253.2.1171147 「その(ひと)(うへ)とて、ありのままに()()づることこそなけれ、()きも()しきも、()()(ひと)のありさまの、()るにも()かず、()くにもあまることを、(のち)()にも()(つた)へさせまほしき節々(ふしぶし)を、(こころ)()めがたくて、()ひおき(はじ)めたるなり。()きさまに()ふとては、()きことの(かぎ)()()でて、(ひと)(したが)はむとては、また()しきさまの(めづら)しきことを()(あつ)めたる、(みな)かたがたにつけたる、この()(ほか)のことならずかし。 "そのひとうへとて、ありのままにづることこそなけれ、きもしきも、ひとのありさまの、るにもかず、くにもあまることを、のちにもつたへさせまほしきふしぶしを、こころめがたくて、ひおきはじめたるなり。きさまにふとては、きことのかぎでて、ひとしたがはんとては、またしきさまのめづらしきことをあつめたる、みなかたがたにつけたる、このほかのことならずかし。
253.2.2172148 (ひと)朝廷(みかど)(ざえ)(つく)りやう()はる、(おな)大和(やまと)(くに)のことなれば、昔今(むかしいま)のに()はるべし、(ふか)きこと(あさ)きことのけぢめこそあらめ、ひたぶるに虚言(そらごと)()()てむも、ことの心違(こころたが)ひてなむありける。 ひとみかどざえつくりやうはる、おなやまとくにのことなれば、むかしいまのにはるべし、ふかきことあさきことのけぢめこそあらめ、ひたぶるにそらごとてんも、ことのこころたがひてなんありける。
253.2.3173149 (ほとけ)の、いとうるはしき(こころ)にて()きおきたまへる御法(みのり)も、方便(はうべん)といふことありて、(さと)りなきものは、ここかしこ(たが)(うたが)ひを()きつべくなむ。『方等経(はうどうきゃう)』の(なか)(おほ)かれど、()ひもてゆけば、ひとつ(むね)にありて、菩提(ぼだい)煩悩(ぼんなう)との(へだ)たりなむ、この、(ひと)()()しきばかりのことは()はりける。 ほとけの、いとうるはしきこころにてきおきたまへるみのりも、はうべんといふことありて、さとりなきものは、ここかしこたがうたがひをきつべくなん。〔はうどうきゃう〕のなかおほかれど、ひもてゆけば、ひとつむねにありて、ぼだいぼんなうとのへだたりなん、この、ひとしきばかりのことははりける。
253.2.4174150 よく()へば、すべて(なに)ごとも(むな)しからずなりぬや」 よくへば、すべてなにごともむなしからずなりぬや。"
253.2.5175151 と、物語(ものがたり)をいとわざとのことにのたまひなしつ。 と、ものがたりをいとわざとのことにのたまひなしつ。
253.2.6176152 「さて、かかる古言(ふること)(なか)に、まろがやうに実法(じほふ)なる痴者(しれもの)物語(ものがたり)はありや。いみじく気遠(けどほ)きものの姫君(ひめぎみ)も、御心(みこころ)のやうにつれなく、そらおぼめきしたるは()にあらじな。いざ、たぐひなき物語(ものがたり)にして、()(つた)へさせむ」 "さて、かかるふることなかに、まろがやうにじほふなるしれものものがたりはありや。いみじくけどほきもののひめぎみも、みこころのやうにつれなく、そらおぼめきしたるはにあらじな。いざ、たぐひなきものがたりにして、つたへさせん。"
253.2.7177153 と、さし()りて()こえたまへば、(かほ)()()れて、 と、さしりてこえたまへば、かほれて、
253.2.8178154 「さらずとも、かく(めづら)かなることは、世語(よがた)りにこそはなりはべりぬべかめれ」 "さらずとも、かくめづらかなることは、よがたりにこそはなりはべりぬべかめれ。"
253.2.9179155 とのたまへば、 とのたまへば、
253.2.10180156 (めづら)かにやおぼえたまふ。げにこそ、またなき心地(ここち)すれ」 "めづらかにやおぼえたまふ。げにこそ、またなきここちすれ。"
253.2.11181157 とて、()りゐたまへるさま、いとあざれたり。 とて、りゐたまへるさま、いとあざれたり。
253.2.12182158 (おも)ひあまり(むかし)(あと)(たづ)ぬれど<BR/>(おや)(そむ)ける()ぞたぐひなき "〔おもひあまりむかしあとたづぬれど<BR/>おやそむけるぞたぐひなき
253.2.13183159 不孝(ふけう)なるは、(ほとけ)(みち)にもいみじくこそ()ひたれ」 ふけうなるは、ほとけみちにもいみじくこそひたれ。"
253.2.14184160 とのたまへど、(かほ)ももたげたまはねば、御髪(みぐし)をかきやりつつ、いみじく(うら)みたまへば、からうして、 とのたまへど、かほももたげたまはねば、みぐしをかきやりつつ、いみじくうらみたまへば、からうして、
253.2.15185161 (ふる)(あと)(たづ)ぬれどげになかりけり<BR/>この()にかかる(おや)(こころ)は」 "〔ふるあとたづぬれどげになかりけり<BR/>このにかかるおやこころは〕
253.2.16186162 ()こえたまふも、心恥(こころは)づかしければ、いといたくも(みだ)れたまはず。 こえたまふも、こころはづかしければ、いといたくもみだれたまはず。
253.2.17187163 かくして、いかなるべき(おほん)ありさまならむ。 かくして、いかなるべきおほんありさまならん。
253.3188164第三段 源氏、紫の上に物語について述べる
253.3.1189165 (むらさき)(うへ)も、姫君(ひめぎみ)(おほん)あつらへにことつけて、物語(ものがたり)()てがたく(おぼ)したり。『くまのの物語(ものがたり)』の()にてあるを、 むらさきうへも、ひめぎみおほんあつらへにことつけて、ものがたりてがたくおぼしたり。〔くまののものがたり〕のにてあるを、
253.3.2190166 「いとよく()きたる()かな」 "いとよくきたるかな。"
253.3.3191167 とて御覧(ごらん)ず。(ちひ)さき女君(をんなぎみ)の、何心(なにごころ)もなくて昼寝(ひるね)したまへるところを、(むかし)のありさま(おぼ)()でて、女君(をんなぎみ)()たまふ。 とてごらんず。ちひさきをんなぎみの、なにごころもなくてひるねしたまへるところを、むかしのありさまおぼでて、をんなぎみたまふ。
253.3.4192168 「かかる(わらは)どちだに、いかにされたりけり。まろこそ、なほ(ためし)にしつべく、(こころ)のどけさは(ひと)()ざりけれ」 "かかるわらはどちだに、いかにされたりけり。まろこそ、なほためしにしつべく、こころのどけさはひとざりけれ。"
253.3.5193169 ()こえ()でたまへり。げに、たぐひ(おほ)からぬことどもは、(この)(あつ)めたまへりけりかし。 こえでたまへり。げに、たぐひおほからぬことどもは、このあつめたまへりけりかし。
253.3.6194170 姫君(ひめぎみ)御前(おまへ)にて、この世馴(よな)れたる物語(ものがたり)など、な()()かせたまひそ。みそか(ごころ)つきたるものの(むすめ)などは、をかしとにはあらねど、かかること()にはありけりと、見馴(みな)れたまはむぞ、ゆゆしきや」 "ひめぎみおまへにて、このよなれたるものがたりなど、なかせたまひそ。みそかごころつきたるもののむすめなどは、をかしとにはあらねど、かかることにはありけりと、みなれたまはんぞ、ゆゆしきや。"
253.3.7195171 とのたまふも、こよなしと、(たい)御方聞(おほんかたき)きたまはば、心置(こころお)きたまひつべくなむ。 とのたまふも、こよなしと、たいおほんかたききたまはば、こころおきたまひつべくなん。
253.3.8196172 (うへ) うへ
253.3.9197173 心浅(こころあさ)げなる(ひと)まねどもは、()るにもかたはらいたくこそ。『宇津保(うつほ)』の藤原君(ふぢはらぎみ)(むすめ)こそ、いと(おも)りかにはかばかしき(ひと)にて、(あやま)ちなかめれど、すくよかに()()でたることもしわざも、(をんな)しきところなかめるぞ、一様(ひとやう)なめる」 "こころあさげなるひとまねどもは、るにもかたはらいたくこそ。〔うつほ〕のふぢはらぎみむすめこそ、いとおもりかにはかばかしきひとにて、あやまちなかめれど、すくよかにでたることもしわざも、をんなしきところなかめるぞ、ひとやうなめる。"
253.3.10198174 とのたまへば、 とのたまへば、
253.3.11199175 「うつつの(ひと)も、さぞあるべかめる。(ひと)びとしく()てたる(おもむ)きことにて、よきほどにかまへぬや。よしなからぬ(おや)の、(こころ)とどめて()ほしたてたる(ひと)の、()めかしきを()けるしるしにて、(おく)れたること(おほ)かるは、(なに)わざしてかしづきしぞと、(おや)のしわざさへ(おも)ひやらるるこそ、いとほしけれ。 "うつつのひとも、さぞあるべかめる。ひとびとしくてたるおもむきことにて、よきほどにかまへぬや。よしなからぬおやの、こころとどめてほしたてたるひとの、めかしきをけるしるしにて、おくれたることおほかるは、なにわざしてかしづきしぞと、おやのしわざさへおもひやらるるこそ、いとほしけれ。
253.3.12200176 げに、さいへど、その(ひと)のけはひよと()えたるは、かひあり、おもだたしかし。言葉(ことば)(かぎ)りまばゆくほめおきたるに、し()でたるわざ、()()でたることのなかに、げにと()()こゆることなき、いと見劣(みおと)りするわざなり。 げに、さいへど、そのひとのけはひよとえたるは、かひあり、おもだたしかし。ことばかぎりまばゆくほめおきたるに、しでたるわざ、でたることのなかに、げにとこゆることなき、いとみおとりするわざなり。
253.3.13201177 すべて、()からぬ(ひと)に、いかで(ひと)ほめさせじ」 すべて、からぬひとに、いかでひとほめさせじ。"
253.3.14202178 など、ただ「この姫君(ひめぎみ)の、(てん)つかれたまふまじく」と、よろづに(おぼ)しのたまふ。 など、ただ"このひめぎみの、てんつかれたまふまじく。"と、よろづにおぼしのたまふ。
253.3.15203179 継母(ままはは)(はら)ぎたなき昔物語(むかしものがたり)(おほ)かるを、このころ、「心見(こころみ)えに(こころ)づきなし」と(おぼ)せば、いみじく()りつつなむ、()きととのへさせ、()などにも()かせたまひける。 ままはははらぎたなきむかしものがたりおほかるを、このころ、"こころみえにこころづきなし。"とおぼせば、いみじくりつつなん、きととのへさせ、などにもかせたまひける。
253.4204180第四段 源氏、子息夕霧を思う
253.4.1205181 中将(ちゅうじゃう)(きみ)を、こなたには気遠(けどほ)くもてなしきこえたまへれど、姫君(ひめぎみ)御方(おほんかた)には、さしもさし(はな)ちきこえたまはずならはしたまふ。 ちゅうじゃうきみを、こなたにはけどほくもてなしきこえたまへれど、ひめぎみおほんかたには、さしもさしはなちきこえたまはずならはしたまふ。
253.4.2206182 「わが()のほどは、とてもかくても(おな)じことなれど、なからむ()(おも)ひやるに、なほ()つき、(おも)ひしみぬることどもこそ、()()きてはおぼゆべけれ」 "わがのほどは、とてもかくてもおなじことなれど、なからんおもひやるに、なほつき、おもひしみぬることどもこそ、きてはおぼゆべけれ。"
253.4.3207183 とて、南面(みなみおもて)御簾(みす)(うち)(ゆる)したまへり。台盤所(だいばんどころ)女房(にょうばう)のなかは(ゆる)したまはず。あまたおはせぬ御仲(おほんなか)らひにて、いとやむごとなくかしづききこえたまへり。 とて、みなみおもてみすうちゆるしたまへり。だいばんどころにょうばうのなかはゆるしたまはず。あまたおはせぬおほんなからひにて、いとやんごとなくかしづききこえたまへり。
253.4.4208184 おほかたの(こころ)もちゐなども、いとものものしく、まめやかにものしたまふ(きみ)なれば、うしろやすく(おぼ)(ゆづ)れり。まだいはけたる御雛遊(おほんひひなあそ)びなどのけはひの()ゆれば、かの(ひと)の、もろともに(あそ)びて()ぐしし年月(としつき)の、まづ(おも)()でらるれば、(ひひな)殿(との)宮仕(みやづか)へ、いとよくしたまひて、折々(をりをり)にうちしほたれたまひけり。 おほかたのこころもちゐなども、いとものものしく、まめやかにものしたまふきみなれば、うしろやすくおぼゆづれり。まだいはけたるおほんひひなあそびなどのけはひのゆれば、かのひとの、もろともにあそびてぐししとしつきの、まづおもでらるれば、ひひなとのみやづかへ、いとよくしたまひて、をりをりにうちしほたれたまひけり。
253.4.5209185 さもありぬべきあたりには、はかなしごとものたまひ()るるはあまたあれど、(たの)みかくべくもしなさず。さる(かた)になどかは()ざらむと、(こころ)とまりぬべきをも、()ひてなほざりごとにしなして、なほ「かの、(みどり)(そで)()(なほ)してしがな」と(おも)(こころ)のみぞ、やむごとなき(ふし)にはとまりける。 さもありぬべきあたりには、はかなしごとものたまひるるはあまたあれど、たのみかくべくもしなさず。さるかたになどかはざらんと、こころとまりぬべきをも、ひてなほざりごとにしなして、なほ"かの、みどりそでなほしてしがな。"とおもこころのみぞ、やんごとなきふしにはとまりける。
253.4.6210186 あながちになどかかづらひまどはば、()ふるる(かた)(ゆる)したまひもしつべかめれど、「つらしと(おも)ひし折々(をりをり)、いかで(ひと)にもことわらせたてまつらむ」と(おも)ひおきし、(わす)れがたくて、正身(さうじみ)ばかりには、おろかならぬあはれを()くし()せて、おほかたには()られ(おも)へらず。 あながちになどかかづらひまどはば、ふるるかたゆるしたまひもしつべかめれど、"つらしとおもひしをりをり、いかでひとにもことわらせたてまつらん。"とおもひおきし、わすれがたくて、さうじみばかりには、おろかならぬあはれをくしせて、おほかたにはられおもへらず。
253.4.7211187 (せうと)君達(きんだち)なども、なまねたしなどのみ(おも)ふこと(おほ)かり。(たい)姫君(ひめぎみ)(おほん)ありさまを、右中将(みぎのちゅうじゃう)は、いと(ふか)(おも)ひしみて、()()るたよりもいとはかなければ、この(きみ)をぞかこち()りけれど、 せうときんだちなども、なまねたしなどのみおもふことおほかり。たいひめぎみおほんありさまを、みぎのちゅうじゃうは、いとふかおもひしみて、るたよりもいとはかなければ、このきみをぞかこちりけれど、
253.4.8212188 (ひと)(うへ)にては、もどかしきわざなりけり」 "ひとうへにては、もどかしきわざなりけり。"
253.4.9213189 と、つれなく(いら)へてぞものしたまひける。(むかし)父大臣(ちちおとど)たちの御仲(おほんなか)らひに()たり。 と、つれなくいらへてぞものしたまひける。むかしちちおとどたちのおほんなからひにたり。
253.5214190第五段 内大臣、娘たちを思う
253.5.1215191 (うち)大臣(おとど)は、御子(おほんこ)ども腹々(はらばら)いと(おほ)かるに、その()()でたるおぼえ、人柄(ひとがら)(したが)ひつつ、(こころ)にまかせたるやうなるおぼえ、御勢(おほんいきほひ)にて、(みな)なし()てたまふ。(をんな)はあまたもおはせぬを、女御(にょうご)も、かく(おぼ)ししことのとどこほりたまひ、姫君(ひめぎみ)も、かくこと(たが)ふさまにてものしたまへば、いと口惜(くちを)しと(おぼ)す。 うちおとどは、おほんこどもはらばらいとおほかるに、そのでたるおぼえ、ひとがらしたがひつつ、こころにまかせたるやうなるおぼえ、おほんいきほひにて、みななしてたまふ。をんなはあまたもおはせぬを、にょうごも、かくおぼししことのとどこほりたまひ、ひめぎみも、かくことたがふさまにてものしたまへば、いとくちをしとおぼす。
253.5.2216192 かの撫子(なでしこ)(わす)れたまはず、ものの(をり)にも(かた)()でたまひしことなれば、 かのなでしこわすれたまはず、もののをりにもかたでたまひしことなれば、
253.5.3217193 「いかになりにけむ。ものはかなかりける(おや)(こころ)()かれて、らうたげなりし(ひと)を、行方知(ゆくへし)らずなりにたること。すべて女子(をんなご)といはむものなむ、いかにもいかにも目放(めはな)つまじかりける。さかしらにわが()()ひて、あやしきさまにてはふれやすらむ。とてもかくても、()こえ()()ば」 "いかになりにけん。ものはかなかりけるおやこころかれて、らうたげなりしひとを、ゆくへしらずなりにたること。すべてをんなごといはんものなん、いかにもいかにもめはなつまじかりける。さかしらにわがひて、あやしきさまにてはふれやすらん。とてもかくても、こえば。"
253.5.4218194 と、あはれに(おぼ)しわたる。君達(きみたち)にも、 と、あはれにおぼしわたる。きみたちにも、
253.5.5219195 「もし、さやうなる()のりする(ひと)あらば、(みみ)とどめよ。(こころ)のすさびにまかせて、さるまじきことも(おほ)かりしなかに、これは、いとしか、おしなべての(きは)にも(おも)はざりし(ひと)の、はかなきもの()むじをして、かく(すく)なかりけるもののくさはひ(ひと)つを、(うしな)ひたることの口惜(くちを)しきこと」 "もし、さやうなるのりするひとあらば、みみとどめよ。こころのすさびにまかせて、さるまじきこともおほかりしなかに、これは、いとしか、おしなべてのきはにもおもはざりしひとの、はかなきものんじをして、かくすくなかりけるもののくさはひひとつを、うしなひたることのくちをしきこと。"
253.5.6220196 と、(つね)にのたまひ()づ。(なか)ごろなどはさしもあらず、うち(わす)れたまひけるを、(ひと)の、さまざまにつけて、女子(をんなご)かしづきたまへるたぐひどもに、わが(おも)ほすにしもかなはぬが、いと心憂(こころう)く、本意(ほい)なく(おぼ)すなりけり。 と、つねにのたまひづ。なかごろなどはさしもあらず、うちわすれたまひけるを、ひとの、さまざまにつけて、をんなごかしづきたまへるたぐひどもに、わがおもほすにしもかなはぬが、いとこころうく、ほいなくおぼすなりけり。
253.5.7221197 夢見(ゆめみ)たまひて、いとよく()はする者召(ものめ)して、()はせたまひけるに、 ゆめみたまひて、いとよくはするものめして、はせたまひけるに、
253.5.8222198 「もし、(とし)ごろ御心(みこころ)()られたまはぬ御子(みこ)を、(ひと)のものになして、()こしめし()づることや」 "もし、としごろみこころられたまはぬみこを、ひとのものになして、こしめしづることや。"
253.5.9223199 ()こえたりければ、 こえたりければ、
253.5.10224200 女子(をんなご)(ひと)()になることは、をさをさなしかし。いかなることにかあらむ」 "をんなごひとになることは、をさをさなしかし。いかなることにかあらん。"
253.5.11225201 など、このころぞ、(おぼ)しのたまふべかめる。 など、このころぞ、おぼしのたまふべかめる。