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30藤袴
3016435第一章 玉鬘の物語 玉鬘と夕霧との新関係
301.16536第一段 玉鬘、内侍出仕前の不安
301.1.16637 尚侍(ないしのかみ)御宮仕(おほんみやづか)へのことを、()れも()れもそそのかしたまふも、 ないしのかみおほんみやづかへのことを、れもれもそそのかしたまふも、
301.1.26738 「いかならむ。(おや)(おも)ひきこゆる(ひと)御心(みこころ)だに、うちとくまじき()なりければ、ましてさやうの()じらひにつけて、(こころ)よりほかに便(びん)なきこともあらば、中宮(ちゅうぐう)女御(にょうご)も、(かた)がたにつけて(こころ)おきたまはば、はしたなからむに、わが()はかくはかなきさまにて、いづ(かた)にも(ふか)(おも)ひとどめられたてまつれるほどもなく、(あさ)きおぼえにて、ただならず(おも)()ひ、いかで人笑(ひとわら)へなるさまに見聞(みき)きなさむと、うけひたまふ(ひと)びとも(おほ)く、とかくにつけて、やすからぬことのみありぬべき」を、もの(おぼ)()るまじきほどにしあらねば、さまざまに(おも)ほし(みだ)れ、人知(ひとし)れずもの(なげ)かし。 "いかならん。おやおもひきこゆるひとみこころだに、うちとくまじきなりければ、ましてさやうのじらひにつけて、こころよりほかにびんなきこともあらば、ちゅうぐうにょうごも、かたがたにつけてこころおきたまはば、はしたなからんに、わがはかくはかなきさまにて、いづかたにもふかおもひとどめられたてまつれるほどもなく、あさきおぼえにて、ただならずおもひ、いかでひとわらへなるさまにみききなさんと、うけひたまふひとびともおほく、とかくにつけて、やすからぬことのみありぬべき"を、ものおぼるまじきほどにしあらねば、さまざまにおもほしみだれ、ひとしれずものなげかし。
301.1.36839 「さりとて、かかるありさまも()しきことはなけれど、この大臣(おとど)御心(みこころ)ばへの、むつかしく(こころ)づきなきも、いかなるついでにかは、もて(はな)れて、(ひと)()(はか)るべかめる(すぢ)を、(こころ)きよくもあり()つべき。 "さりとて、かかるありさまもしきことはなけれど、このおとどみこころばへの、むつかしくこころづきなきも、いかなるついでにかは、もてはなれて、ひとはかるべかめるすぢを、こころきよくもありつべき。
301.1.46940 まことの父大臣(ちちおとど)も、この殿(との)(おぼ)さむところ、(はばか)りたまひて、うけばりてとり(はな)ち、けざやぎたまふべきことにもあらねば、なほとてもかくても、見苦(みぐる)しう、かけかけしきありさまにて、(こころ)(なや)まし、(ひと)にもて(さわ)がるべき()なめり」 まことのちちおとども、このとのおぼさんところ、はばかりたまひて、うけばりてとりはなち、けざやぎたまふべきことにもあらねば、なほとてもかくても、みぐるしう、かけかけしきありさまにて、こころなやまし、ひとにもてさわがるべきなめり。"
301.1.57041 と、なかなかこの親尋(おやたづ)ねきこえたまひて(のち)は、ことに(はばか)りたまふけしきもなき大臣(おとど)(きみ)(おほん)もてなしを()(くは)へつつ、人知(ひとし)れずなむ(なげ)かしかりける。 と、なかなかこのおやたづねきこえたまひてのちは、ことにはばかりたまふけしきもなきおとどきみおほんもてなしをくはへつつ、ひとしれずなんなげかしかりける。
301.1.67142 (おも)ふことを、まほならずとも、片端(かたはし)にてもうちかすめつべき女親(をんなおや)もおはせず、いづ(かた)もいづ(かた)も、いと()づかしげに、いとうるはしき(おほん)さまどもには、(なに)ごとをかは、さなむ、かくなむとも()こえ()きたまはむ。()(ひと)()()のありさまを、うち(なが)めつつ、夕暮(ゆふぐれ)(そら)のあはれげなるけしきを、端近(はしちか)うて見出(みい)だしたまへるさま、いとをかし。 おもふことを、まほならずとも、かたはしにてもうちかすめつべきをんなおやもおはせず、いづかたもいづかたも、いとづかしげに、いとうるはしきおほんさまどもには、なにごとをかは、さなん、かくなんともこえきたまはん。ひとのありさまを、うちながめつつ、ゆふぐれそらのあはれげなるけしきを、はしちかうてみいだしたまへるさま、いとをかし。
301.27243第二段 夕霧、源氏の使者として玉鬘を訪問
301.2.17344 (うす)鈍色(にびいろ)御衣(おほんぞ)、なつかしきほどにやつれて、(れい)()はりたる(いろ)あひにしも、容貌(かたち)はいとはなやかにもてはやされておはするを、御前(おまへ)なる(ひと)びとは、うち()みて()たてまつるに、宰相中将(さいしゃうのちゅうじゃう)(おな)(いろ)の、(いま)すこしこまやかなる直衣姿(なほしすがた)にて、纓巻(えいま)きたまへる姿(すがた)しも、またいとなまめかしくきよらにておはしたり。 うすにびいろおほんぞ、なつかしきほどにやつれて、れいはりたるいろあひにしも、かたちはいとはなやかにもてはやされておはするを、おまへなるひとびとは、うちみてたてまつるに、さいしゃうのちゅうじゃうおないろの、いますこしこまやかなるなほしすがたにて、えいまきたまへるすがたしも、またいとなまめかしくきよらにておはしたり。
301.2.27445 (はじ)めより、ものまめやかに心寄(こころよ)せきこえたまへば、もて(はな)れて疎々(うとうと)しきさまには、もてなしたまはざりしならひに、(いま)、あらざりけりとて、こよなく()はらむもうたてあれば、なほ御簾(みす)几帳添(きちゃうそ)へたる御対面(おほんたいめん)は、人伝(ひとづ)てならでありけり。殿(との)御消息(おほんせうそこ)にて、内裏(うち)より(おほ)(ごと)あるさま、やがてこの(きみ)のうけたまはりたまへるなりけり。 はじめより、ものまめやかにこころよせきこえたまへば、もてはなれてうとうとしきさまには、もてなしたまはざりしならひに、いま、あらざりけりとて、こよなくはらんもうたてあれば、なほみすきちゃうそへたるおほんたいめんは、ひとづてならでありけり。とのおほんせうそこにて、うちよりおほごとあるさま、やがてこのきみのうけたまはりたまへるなりけり。
301.2.37546 御返(おほんかへ)り、おほどかなるものから、いとめやすく()こえなしたまふけはひの、らうらうじくなつかしきにつけても、かの野分(のわき)(あした)御朝顔(おほんあさがほ)は、(こころ)にかかりて(こひ)しきを、うたてある(すぢ)(おも)ひし、()(あき)らめて(のち)は、なほもあらぬ心地添(ここちそ)ひて、 おほんかへり、おほどかなるものから、いとめやすくこえなしたまふけはひの、らうらうじくなつかしきにつけても、かののわきあしたおほんあさがほは、こころにかかりてこひしきを、うたてあるすぢおもひし、あきらめてのちは、なほもあらぬここちそひて、
301.2.47647 「この宮仕(みやづか)ひを、おほかたにしも(おぼ)(はな)たじかし。さばかり見所(みどころ)ある(おほん)あはひどもにて、をかしきさまなることのわづらはしき、はた、かならず()()なむかし」 "このみやづかひを、おほかたにしもおぼはなたじかし。さばかりみどころあるおほんあはひどもにて、をかしきさまなることのわづらはしき、はた、かならずなんかし。"
301.2.57748 (おも)ふに、ただならず、(むね)ふたがる心地(ここち)すれど、つれなくすくよかにて、 おもふに、ただならず、むねふたがるここちすれど、つれなくすくよかにて、
301.2.67849 (ひと)()かすまじとはべりつることを()こえさせむに、いかがはべるべき」 "ひとかすまじとはべりつることをこえさせんに、いかがはべるべき。"
301.2.77950 とけしき()てば、(ちか)くさぶらふ(ひと)も、すこし退(しりぞ)きつつ、御几帳(みきちゃう)のうしろなどにそばみあへり。 とけしきてば、ちかくさぶらふひとも、すこししりぞきつつ、みきちゃうのうしろなどにそばみあへり。
301.38051第三段 夕霧、玉鬘に言い寄る
301.3.18152 そら消息(せうそこ)をつきづきしくとり(つづ)けて、こまやかに()こえたまふ。主上(うへ)()けしきのただならぬ(すぢ)を、さる御心(みこころ)したまへ、などやうの(すぢ)なり。いらへたまはむ(こと)もなくて、ただうち(なげ)きたまへるほど、(しの)びやかに、うつくしくいとなつかしきに、なほえ(しの)ぶまじく、 そらせうそこをつきづきしくとりつづけて、こまやかにこえたまふ。うへけしきのただならぬすぢを、さるみこころしたまへ、などやうのすぢなり。いらへたまはんこともなくて、ただうちなげきたまへるほど、しのびやかに、うつくしくいとなつかしきに、なほえしのぶまじく、
301.3.28253 御服(おほんぶく)も、この(つき)には()がせたまふべきを、()ついでなむ()ろしからざりける。十三日(じふさんにち)に、河原(かはら)()でさせたまふべきよしのたまはせつ。なにがしも御供(おほんとも)にさぶらふべくなむ(おも)ひたまふる」 "おほんぶくも、このつきにはがせたまふべきを、ついでなんろしからざりける。じふさんにちに、かはらでさせたまふべきよしのたまはせつ。なにがしもおほんともにさぶらふべくなんおもひたまふる。"
301.3.38354 ()こえたまへば、 こえたまへば、
301.3.48455 「たぐひたまはむもことことしきやうにやはべらむ。(しの)びやかにてこそよくはべらめ」 "たぐひたまはんもことことしきやうにやはべらん。しのびやかにてこそよくはべらめ。"
301.3.58556 とのたまふ。この御服(おほんぶく)なんどの(くは)しきさまを、(ひと)にあまねく()らせじとおもむけたまへるけしき、いと(らう)あり。中将(ちゅうじゃう)も、 とのたまふ。このおほんぶくなんどのくはしきさまを、ひとにあまねくらせじとおもむけたまへるけしき、いとらうあり。ちゅうじゃうも、
301.3.68657 ()らさじと、つつませたまふらむこそ、心憂(こころう)けれ。(しの)びがたく(おも)ひたまへらるる形見(かたみ)なれば、()()てはべらむことも、いともの()くはべるものを。さても、あやしうもて(はな)れぬことの、また心得(こころえ)がたきにこそはべれ。この(おほん)あらはし(ごろも)(いろ)なくは、えこそ(おも)ひたまへ()くまじかりけれ」 "らさじと、つつませたまふらんこそ、こころうけれ。しのびがたくおもひたまへらるるかたみなれば、てはべらんことも、いとものくはべるものを。さても、あやしうもてはなれぬことの、またこころえがたきにこそはべれ。このおほんあらはしごろもいろなくは、えこそおもひたまへくまじかりけれ。"
301.3.78758 とのたまへば、 とのたまへば、
301.3.88859 (なに)ごとも(おも)()かぬ(こころ)には、ましてともかくも(おも)ひたまへたどられはべらねど、かかる(いろ)こそ、あやしくものあはれなるわざにはべりけれ」 "なにごともおもかぬこころには、ましてともかくもおもひたまへたどられはべらねど、かかるいろこそ、あやしくものあはれなるわざにはべりけれ。"
301.3.98960 とて、(れい)よりもしめりたる()けしき、いとらうたげにをかし。 とて、れいよりもしめりたるけしき、いとらうたげにをかし。
301.49061第四段 夕霧、玉鬘と和歌を詠み交す
301.4.19162 かかるついでにとや(おも)()りけむ、(らに)(はな)のいとおもしろきを()たまへりけるを、御簾(みす)のつまよりさし()れて、 かかるついでにとやおもりけん、らにはなのいとおもしろきをたまへりけるを、みすのつまよりさしれて、
301.4.29264 「これも御覧(ごらん)ずべきゆゑはありけり」 "これもごらんずべきゆゑはありけり。"
301.4.39365 とて、とみにも(ゆる)さで()たまへれば、うつたへに(おも)()らで()りたまふ御袖(おほんそで)を、()(うご)かしたり。 とて、とみにもゆるさでたまへれば、うつたへにおもらでりたまふおほんそでを、うごかしたり。
301.4.49466 (おな)()(つゆ)にやつるる藤袴(ふぢばかま)<BR/>あはれはかけよかことばかりも」 "〔おなつゆにやつるるふぢばかま<BR/>あはれはかけよかことばかりも〕
301.4.59567 (みち)()てなる」とかや、いと(こころ)づきなくうたてなりぬれど、見知(みし)らぬさまに、やをら()()りて、 みちてなる〕とかや、いとこころづきなくうたてなりぬれど、みしらぬさまに、やをらりて、
301.4.69668 (たづ)ぬるにはるけき野辺(のべ)(つゆ)ならば<BR/>薄紫(うすむらさき)やかことならまし "〔たづぬるにはるけきのべつゆならば<BR/>うすむらさきやかことならまし
301.4.79769 かやうにて()こゆるより、(ふか)きゆゑはいかが」 かやうにてこゆるより、ふかきゆゑはいかが。"
301.4.89870 とのたまへば、すこしうち(わら)ひて、 とのたまへば、すこしうちわらひて、
301.4.99971 (あさ)きも(ふか)きも、(おぼ)()(かた)ははべりなむと(おも)ひたまふる。まめやかには、いとかたじけなき(すぢ)(おも)()りながら、えしづめはべらぬ(こころ)のうちを、いかでかしろしめさるべき。なかなか(おぼ)(うと)まむがわびしさに、いみじく()めはべるを、(いま)はた(おな)じと、(おも)ひたまへわびてなむ。 "あさきもふかきも、おぼかたははべりなんとおもひたまふる。まめやかには、いとかたじけなきすぢおもりながら、えしづめはべらぬこころのうちを、いかでかしろしめさるべき。なかなかおぼうとまんがわびしさに、いみじくめはべるを、いまはたおなじと、おもひたまへわびてなん。
301.4.1010072 頭中将(とうのちゅうじゃう)のけしきは御覧(ごらん)()りきや。(ひと)(うへ)に、なんど(おも)ひはべりけむ。()にてこそ、いとをこがましく、かつは(おも)ひたまへ()られけれ。なかなか、かの(きみ)(おも)ひさまして、つひに、(おほん)あたり(はな)るまじき(たの)みに、(おも)(なぐさ)めたるけしきなど()はべるも、いとうらやましくねたきに、あはれとだに(おぼ)しおけよ」 とうのちゅうじゃうのけしきはごらんりきや。ひとうへに、なんどおもひはべりけん。にてこそ、いとをこがましく、かつはおもひたまへられけれ。なかなか、かのきみおもひさまして、つひに、おほんあたりはなるまじきたのみに、おもなぐさめたるけしきなどはべるも、いとうらやましくねたきに、あはれとだにおぼしおけよ。"
301.4.1110173 など、こまかに()こえ()らせたまふこと(おほ)かれど、かたはらいたければ()かぬなり。 など、こまかにこえらせたまふことおほかれど、かたはらいたければかぬなり。
301.4.1210274 尚侍(かん)(きみ)、やうやう()()りつつ、むつかしと(おぼ)したれば、 かんきみ、やうやうりつつ、むつかしとおぼしたれば、
301.4.1310375 心憂(こころう)()けしきかな。(あやま)ちすまじき(こころ)のほどは、おのづから御覧(ごらん)()らるるやうもはべらむものを」 "こころうけしきかな。あやまちすまじきこころのほどは、おのづからごらんらるるやうもはべらんものを。"
301.4.1410476 とて、かかるついでに、(いま)すこし()らさまほしけれど、 とて、かかるついでに、いますこしらさまほしけれど、
301.4.1510577 「あやしくなやましくなむ」 "あやしくなやましくなん。"
301.4.1610678 とて、()()てたまひぬれば、いといたくうち(なげ)きて()ちたまひぬ。 とて、てたまひぬれば、いといたくうちなげきてちたまひぬ。
301.510779第五段 夕霧、源氏に復命
301.5.110880 「なかなかにもうち()でてけるかな」と、口惜(くちを)しきにつけても、かの、(いま)すこし()にしみておぼえし(おほん)けはひを、かばかりの物越(ものご)しにても、「ほのかに御声(おほんこゑ)をだに、いかならむついでにか()かむ」と、やすからず(おも)ひつつ、御前(おまへ)(まゐ)りたまへれば、()でたまひて、御返(おほんかへ)りなど()こえたまふ。 "なかなかにもうちでてけるかな。"と、くちをしきにつけても、かの、いますこしにしみておぼえしおほんけはひを、かばかりのものごしにても、"ほのかにおほんこゑをだに、いかならんついでにかかん。"と、やすからずおもひつつ、おまへまゐりたまへれば、でたまひて、おほんかへりなどこえたまふ。
301.5.210981 「この宮仕(みやづか)へを、しぶげにこそ(おも)ひたまへれ。(みや)などの、(れん)じたまへる(ひと)にて、いと心深(こころふか)きあはれを()くし、()(なや)ましたまふになむ、(こころ)やしみたまふらむと(おも)ふになむ、心苦(こころぐる)しき。 "このみやづかへを、しぶげにこそおもひたまへれ。みやなどの、れんじたまへるひとにて、いとこころふかきあはれをくし、なやましたまふになん、こころやしみたまふらんとおもふになん、こころぐるしき。
301.5.311082 されど、大原野(おほはらの)行幸(みゆき)に、主上(うへ)()たてまつりたまひては、いとめでたくおはしけり、と(おも)ひたまへりき。(わか)(ひと)は、ほのかにも()たてまつりて、えしも宮仕(みやづか)への(すぢ)もて(はな)れじ。さ(おも)ひてなむ、このこともかくものせし」 されど、おほはらのみゆきに、うへたてまつりたまひては、いとめでたくおはしけり、とおもひたまへりき。わかひとは、ほのかにもたてまつりて、えしもみやづかへのすぢもてはなれじ。さおもひてなん、このこともかくものせし。"
301.5.411183 などのたまへば、 などのたまへば、
301.5.511284 「さても、(ひと)ざまは、いづ(かた)につけてかは、たぐひてものしたまふらむ。中宮(ちゅうぐう)、かく(なら)びなき(すぢ)にておはしまし、また、弘徽殿(こうきでん)、やむごとなく、おぼえことにてものしたまへば、いみじき御思(おほんおも)ひありとも、()(なら)びたまふこと、かたくこそはべらめ。 "さても、ひとざまは、いづかたにつけてかは、たぐひてものしたまふらん。ちゅうぐう、かくならびなきすぢにておはしまし、また、こうきでん、やんごとなく、おぼえことにてものしたまへば、いみじきおほんおもひありとも、ならびたまふこと、かたくこそはべらめ。
301.5.611385 (みや)は、いとねむごろに(おぼ)したなるを、わざと、さる(すぢ)御宮仕(おほんみやづか)へにもあらぬものから、ひき(たが)へたらむさまに御心(みこころ)おきたまはむも、さる御仲(おほんなか)らひにては、いといとほしくなむ()きたまふる」 みやは、いとねんごろにおぼしたなるを、わざと、さるすぢおほんみやづかへにもあらぬものから、ひきたがへたらんさまにみこころおきたまはんも、さるおほんなからひにては、いといとほしくなんきたまふる。"
301.5.711486 と、おとなおとなしく(まう)したまふ。 と、おとなおとなしくまうしたまふ。
301.611587第六段 源氏の考え方
301.6.111688 「かたしや。わが(こころ)ひとつなる(ひと)(うへ)にもあらぬを、大将(だいしゃう)さへ、(われ)をこそ(うら)むなれ。すべて、かかることの心苦(こころぐる)しさを見過(みす)ぐさで、あやなき(ひと)(うら)()ふ、かへりては軽々(かるがる)しきわざなりけり。かの母君(ははぎみ)の、あはれに()ひおきしことの(わす)れざりしかば、心細(こころぼそ)山里(やまざと)になど()きしを、かの大臣(おとど)、はた、()()れたまふべくもあらずと(うれ)へしに、いとほしくて、かく(わた)しはじめたるなり。ここにかくものめかすとて、かの大臣(おとど)(ひと)めかいたまふなめり」 "かたしや。わがこころひとつなるひとうへにもあらぬを、だいしゃうさへ、われをこそうらむなれ。すべて、かかることのこころぐるしさをみすぐさで、あやなきひとうらふ、かへりてはかるがるしきわざなりけり。かのははぎみの、あはれにひおきしことのわすれざりしかば、こころぼそやまざとになどきしを、かのおとど、はた、れたまふべくもあらずとうれへしに、いとほしくて、かくわたしはじめたるなり。ここにかくものめかすとて、かのおとどひとめかいたまふなめり。"
301.6.211789 と、つきづきしくのたまひなす。 と、つきづきしくのたまひなす。
301.6.311890 人柄(ひとがら)は、(みや)御人(おほんひと)にていとよかるべし。(いま)めかしく、いとなまめきたるさまして、さすがにかしこく、(あやま)ちすまじくなどして、あはひはめやすからむ。さてまた、宮仕(みやづか)へにも、いとよく()らひたらむかし。容貌(かたち)よく、らうらうじきものの、公事(おほやけごと)などにもおぼめかしからず、はかばかしくて、主上(うへ)(つね)(ねが)はせたまふ御心(みこころ)には、(たが)ふまじ」 "ひとがらは、みやおほんひとにていとよかるべし。いまめかしく、いとなまめきたるさまして、さすがにかしこく、あやまちすまじくなどして、あはひはめやすからん。さてまた、みやづかへにも、いとよくらひたらんかし。かたちよく、らうらうじきものの、おほやけごとなどにもおぼめかしからず、はかばかしくて、うへつねねがはせたまふみこころには、たがふまじ。"
301.6.411991 などのたまふけしきの()まほしければ、 などのたまふけしきのまほしければ、
301.6.512092 (とし)ごろかくて(はぐく)みきこえたまひける御心(みこころ)ざしを、ひがざまにこそ(ひと)(まう)すなれ。かの大臣(おとど)も、さやうになむおもむけて、大将(だいしゃう)の、あなたざまのたよりにけしきばみたりけるにも、(いら)へける」 "としごろかくてはぐくみきこえたまひけるみこころざしを、ひがざまにこそひとまうすなれ。かのおとども、さやうになんおもむけて、だいしゃうの、あなたざまのたよりにけしきばみたりけるにも、いらへける。"
301.6.612193 ()こえたまへば、うち(わら)ひて、 こえたまへば、うちわらひて、
301.6.712294 「かたがたいと()げなきことかな。なほ、宮仕(みやづか)へをも、御心許(みこころゆる)して、かくなむと(おぼ)されむさまにぞ(したが)ふべき。(をんな)()つに(したが)ふものにこそあなれど、ついでを(たが)へて、おのが(こころ)にまかせむことは、あるまじきことなり」 "かたがたいとげなきことかな。なほ、みやづかへをも、みこころゆるして、かくなんとおぼされんさまにぞしたがふべき。をんなつにしたがふものにこそあなれど、ついでをたがへて、おのがこころにまかせんことは、あるまじきことなり。"
301.6.812395 とのたまふ。 とのたまふ。
301.712496第七段 玉鬘の出仕を十月と決定
301.7.112597 「うちうちにも、やむごとなきこれかれ、(とし)ごろを()てものしたまへば、えその(すぢ)人数(ひとかず)にはものしたまはで、()てがてらにかく(ゆづ)りつけ、おほぞうの宮仕(みやづか)への(すぢ)に、(らう)ぜむと(おぼ)しおきつる、いとかしこくかどあることなりとなむ、よろこび(まう)されけると、たしかに(ひと)(かた)(まう)しはべりしなり」 "うちうちにも、やんごとなきこれかれ、としごろをてものしたまへば、えそのすぢひとかずにはものしたまはで、てがてらにかくゆづりつけ、おほぞうのみやづかへのすぢに、らうぜんとおぼしおきつる、いとかしこくかどあることなりとなん、よろこびまうされけると、たしかにひとかたまうしはべりしなり。"
301.7.212698 と、いとうるはしきさまに(かた)(まう)したまへば、「げに、さは(おも)ひたまふらむかし」と(おぼ)すに、いとほしくて、 と、いとうるはしきさまにかたまうしたまへば、"げに、さはおもひたまふらんかし。"とおぼすに、いとほしくて、
301.7.312799 「いとまがまがしき(すぢ)にも(おも)()りたまひけるかな。いたり(ふか)御心(みこころ)ならひならむかし。(いま)おのづから、いづ(かた)につけても、あらはなることありなむ。(おも)(くま)なしや」 "いとまがまがしきすぢにもおもりたまひけるかな。いたりふかみこころならひならんかし。いまおのづから、いづかたにつけても、あらはなることありなん。おもくまなしや。"
301.7.4128100 (わら)ひたまふ。()けしきはけざやかなれど、なほ、(うたが)ひは()かる。大臣(おとど)も、 わらひたまふ。けしきはけざやかなれど、なほ、うたがひはかる。おとども、
301.7.5129101 「さりや。かく(ひと)()(はか)る、(あん)()つることもあらましかば、いと口惜(くちを)しくねぢけたらまし。かの大臣(おとど)に、いかで、かく心清(こころぎよ)きさまを()らせたてまつらむ」 "さりや。かくひとはかる、あんつることもあらましかば、いとくちをしくねぢけたらまし。かのおとどに、いかで、かくこころぎよきさまをらせたてまつらん。"
301.7.6130102 (おぼ)すにぞ、「げに、宮仕(みやづか)への(すぢ)にて、けざやかなるまじく(まぎ)れたるおぼえを、かしこくも(おも)()りたまひけるかな」と、むくつけく(おぼ)さる。 おぼすにぞ、"げに、みやづかへのすぢにて、けざやかなるまじくまぎれたるおぼえを、かしこくもおもりたまひけるかな。"と、むくつけくおぼさる。
301.7.7131103 かくて御服(おほんぶく)など()ぎたまひて、 かくておほんぶくなどぎたまひて、
301.7.8132104 月立(つきた)たば、なほ(まゐ)りたまはむこと(いみ)あるべし。十月(かんなづき)ばかりに」 "つきたたば、なほまゐりたまはんこといみあるべし。かんなづきばかりに。"
301.7.9133105 (おぼ)しのたまふを、内裏(うち)にも(こころ)もとなく()こし()し、()こえたまふ(ひと)びとは、(たれ)(たれ)も、いと口惜(くちを)しくて、この御参(おほんまゐ)りの(さき)にと、心寄(こころよ)せのよすがよすがに()めわびたまへど、 おぼしのたまふを、うちにもこころもとなくこしし、こえたまふひとびとは、たれたれも、いとくちをしくて、このおほんまゐりのさきにと、こころよせのよすがよすがにめわびたまへど、
301.7.10134106 吉野(よしの)(たき)()かむよりも(かた)きことなれば、いとわりなし」 "よしのたきかんよりもかたきことなれば、いとわりなし。"
301.7.11135107 と、おのおの(いら)ふ。 と、おのおのいらふ。
301.7.12136108 中将(ちゅうじゃう)も、なかなかなることをうち()でて、「いかに(おぼ)すらむ」と(くる)しきままに、()けりありきて、いとねむごろに、おほかたの御後見(おほんうしろみ)(おも)ひあつかひたるさまにて、追従(ついせう)しありきたまふ。たはやすく、(かる)らかにうち()でては()こえかかりたまはず、めやすくもてしづめたまへり。 ちゅうじゃうも、なかなかなることをうちでて、"いかにおぼすらん。"とくるしきままに、けりありきて、いとねんごろに、おほかたのおほんうしろみおもひあつかひたるさまにて、ついせうしありきたまふ。たはやすく、かるらかにうちでてはこえかかりたまはず、めやすくもてしづめたまへり。
302137109第二章 玉鬘の物語 玉鬘と柏木との新関係
302.1138110第一段 柏木、内大臣の使者として玉鬘を訪問
302.1.1139111 まことの(おほん)はらからの(きみ)たちは、え()()ず、「宮仕(みやづか)へのほどの御後見(おほんうしろみ)を」と、おのおの(こころ)もとなくぞ(おも)ひける。 まことのおほんはらからのきみたちは、えず、"みやづかへのほどのおほんうしろみを。"と、おのおのこころもとなくぞおもひける。
302.1.2140112 頭中将(とうのちゅうじゃう)(こころ)()くしわびしことは、かき()えにたるを、「うちつけなりける御心(みこころ)かな」と、(ひと)びとはをかしがるに、殿(との)御使(おほんつかひ)にておはしたり。なほもて()でず、(しの)びやかに御消息(おほんせうそこ)なども()こえ()はしたまひければ、(つき)()かき()(かつら)(かげ)(かく)れてものしたまへり。見聞(みき)()るべくもあらざりしを、名残(なごり)なく(みなみ)御簾(みす)(まへ)()ゑたてまつる。 とうのちゅうじゃうこころくしわびしことは、かきえにたるを、"うちつけなりけるみこころかな。"と、ひとびとはをかしがるに、とのおほんつかひにておはしたり。なほもてでず、しのびやかにおほんせうそこなどもこえはしたまひければ、つきかきかつらかげかくれてものしたまへり。みきるべくもあらざりしを、なごりなくみなみみすまへゑたてまつる。
302.1.3141113 みづから()こえたまはむことはしも、なほつつましければ、宰相(さいしゃう)(きみ)して(いら)()こえたまふ。 みづからこえたまはんことはしも、なほつつましければ、さいしゃうきみしていらこえたまふ。
302.1.4142114 「なにがしらを(えら)びてたてまつりたまへるは、人伝(ひとづ)てならぬ御消息(おほんせうそこ)にこそはべらめ。かくもの(とほ)くては、いかが()こえさすべからむ。みづからこそ、(かず)にもはべらねど、()えぬたとひもはべなるは。いかにぞや、古代(こたい)のことなれど、(たの)もしくぞ(おも)ひたまへける」 "なにがしらをえらびてたてまつりたまへるは、ひとづてならぬおほんせうそこにこそはべらめ。かくものとほくては、いかがこえさすべからん。みづからこそ、かずにもはべらねど、えぬたとひもはべなるは。いかにぞや、こたいのことなれど、たのもしくぞおもひたまへける。"
302.1.5143115 とて、ものしと(おも)ひたまへり。 とて、ものしとおもひたまへり。
302.1.6144116 「げに、(とし)ごろの()もりも()()へて、()こえまほしけれど、()ごろあやしく(なや)ましくはべれば、()()がりなどもえしはべらでなむ。かくまでとがめたまふも、なかなか疎々(うとうと)しき心地(ここち)なむしはべりける」 "げに、としごろのもりもへて、こえまほしけれど、ごろあやしくなやましくはべれば、がりなどもえしはべらでなん。かくまでとがめたまふも、なかなかうとうとしきここちなんしはべりける。"
302.1.7145117 と、いとまめだちて()こえ()だしたまへり。 と、いとまめだちてこえだしたまへり。
302.1.8146118 (なや)ましく(おぼ)さるらむ御几帳(みきちゃう)のもとをば、(ゆる)させたまふまじくや。よしよし。げに、()こえさするも、心地(ここち)なかりけり」 "なやましくおぼさるらんみきちゃうのもとをば、ゆるさせたまふまじくや。よしよし。げに、こえさするも、ここちなかりけり。"
302.1.9147119 とて、大臣(おとど)御消息(おほんせうそこ)ども(しの)びやかに()こえたまふ用意(ようい)など、(ひと)には(おと)りたまはず、いとめやすし。 とて、おとどおほんせうそこどもしのびやかにこえたまふよういなど、ひとにはおとりたまはず、いとめやすし。
302.2148120第二段 柏木、玉鬘と和歌を詠み交す
302.2.1149121 (まゐ)りたまはむほどの案内(あない)(くは)しきさまもえ()かぬを、うちうちにのたまはむなむよからむ。(なに)ごとも人目(ひとめ)(はばか)りて、え(まゐ)()ず、()こえぬことをなむ、なかなかいぶせく(おぼ)したる」 "まゐりたまはんほどのあないくはしきさまもえかぬを、うちうちにのたまはんなんよからん。なにごともひとめはばかりて、えまゐず、こえぬことをなん、なかなかいぶせくおぼしたる。"
302.2.2150122 など、(かた)りきこえたまふついでに、 など、かたりきこえたまふついでに、
302.2.3151123 「いでや、をこがましきことも、えぞ()こえさせぬや。いづ(かた)につけても、あはれをば御覧(ごらん)()ぐすべくやはありけると、いよいよ(うら)めしさも()ひはべるかな。まづは、今宵(こよひ)などの(おほん)もてなしよ。北面(きたおもて)だつ(かた)()()れて、君達(きんだち)こそめざましくも(おぼ)()さめ、下仕(しもづか)へなどやうの(ひと)びととだに、うち(かた)らはばや。またかかるやうはあらじかし。さまざまにめづらしき()なりかし」 "いでや、をこがましきことも、えぞこえさせぬや。いづかたにつけても、あはれをばごらんぐすべくやはありけると、いよいようらめしさもひはべるかな。まづは、こよひなどのおほんもてなしよ。きたおもてだつかたれて、きんだちこそめざましくもおぼさめ、しもづかへなどやうのひとびととだに、うちかたらはばや。またかかるやうはあらじかし。さまざまにめづらしきなりかし。"
302.2.4152124 と、うち(かたぶ)きつつ、(うら)(つづ)けたるもをかしければ、かくなむと()こゆ。 と、うちかたぶきつつ、うらつづけたるもをかしければ、かくなんとこゆ。
302.2.5153125 「げに、人聞(ひとぎ)きを、うちつけなるやうにやと(はばか)りはべるほどに、(とし)ごろの(むも)れいたさをも、あきらめはべらぬは、いとなかなかなること(おほ)くなむ」 "げに、ひとぎきを、うちつけなるやうにやとはばかりはべるほどに、としごろのむもれいたさをも、あきらめはべらぬは、いとなかなかなることおほくなん。"
302.2.6154126 と、ただすくよかに()こえなしたまふに、まばゆくて、よろづおしこめたり。 と、ただすくよかにこえなしたまふに、まばゆくて、よろづおしこめたり。
302.2.7155127 妹背山深(いもせやまふか)(みち)をば(たづ)ねずて<BR/>緒絶(をだえ)(はし)()(まよ)ひける "〔いもせやまふかみちをばたづねずて<BR/>をだえはしまよひける
302.2.8156128 よ」 よ。"
302.2.9157129 (うら)むるも、(ひと)やりならず。 うらむるも、ひとやりならず。
302.2.10158130 (まど)ひける(みち)をば()らず妹背山(いもせやま)<BR/>たどたどしくぞ(たれ)()()し」 "〔まどひけるみちをばらずいもせやま<BR/>たどたどしくぞたれし〕
302.2.11159131 「いづ(かた)のゆゑとなむ、え(おぼ)()かざめりし。(なに)ごとも、わりなきまで、おほかたの()(はばか)らせたまふめれば、え()こえさせたまはぬになむ。おのづからかくのみもはべらじ」 "いづかたのゆゑとなん、えおぼかざめりし。なにごとも、わりなきまで、おほかたのはばからせたまふめれば、えこえさせたまはぬになん。おのづからかくのみもはべらじ。"
302.2.12160132 ()こゆるも、さることなれば、 こゆるも、さることなれば、
302.2.13161133 「よし、長居(ながゐ)しはべらむも、すさまじきほどなり。やうやう労積(らうつ)もりてこそは、かことをも」 "よし、ながゐしはべらんも、すさまじきほどなり。やうやうらうつもりてこそは、かことをも。"
302.2.14162134 とて、()ちたまふ。 とて、ちたまふ。
302.2.15163135 月隈(つきくま)なくさし()がりて、(そら)のけしきも(えん)なるに、いとあてやかにきよげなる容貌(かたち)して、御直衣(おほんなほし)姿(すがた)(この)ましくはなやかにて、いとをかし。 つきくまなくさしがりて、そらのけしきもえんなるに、いとあてやかにきよげなるかたちして、おほんなほしすがたこのましくはなやかにて、いとをかし。
302.2.16164136 宰相中将(さいしゃうのちゅうじゃう)のけはひありさまには、え(なら)びたまはねど、これもをかしかめるは、「いかでかかる御仲(おほんなか)らひなりけむ」と、(わか)(ひと)びとは、(れい)の、さるまじきことをも()()ててめであへり。 さいしゃうのちゅうじゃうのけはひありさまには、えならびたまはねど、これもをかしかめるは、"いかでかかるおほんなからひなりけん。"と、わかひとびとは、れいの、さるまじきことをもててめであへり。
303165137第三章 玉鬘の物語 玉鬘と鬚黒大将
303.1166138第一段 鬚黒大将、熱心に言い寄る
303.1.1167139 大将(だいしゃう)は、この中将(ちゅうじゃう)(おな)(みぎ)次将(すけ)なれば、(つね)()()りつつ、ねむごろに(かた)らひ、大臣(おとど)にも(まう)させたまひけり。人柄(ひとがら)もいとよく、朝廷(おほやけ)御後見(おほんうしろみ)となるべかめる下形(したかた)なるを、「などかはあらむ」と(おぼ)しながら、「かの大臣(おとど)のかくしたまへることを、いかがは()こえ(かへ)すべからむ。さるやうあることにこそ」と、心得(こころえ)たまへる(すぢ)さへあれば、(まか)せきこえたまへり。 だいしゃうは、このちゅうじゃうおなみぎすけなれば、つねりつつ、ねんごろにかたらひ、おとどにもまうさせたまひけり。ひとがらもいとよく、おほやけおほんうしろみとなるべかめるしたかたなるを、"などかはあらん。"とおぼしながら、"かのおとどのかくしたまへることを、いかがはこえかへすべからん。さるやうあることにこそ。"と、こころえたまへるすぢさへあれば、まかせきこえたまへり。
303.1.2168140 この大将(だいしゃう)は、春宮(とうぐう)女御(にょうご)(おほん)はらからにぞおはしける。大臣(おとど)たちをおきたてまつりて、さしつぎの(おほん)おぼえ、いとやむごとなき(きみ)なり。年三十二三(としさんじふにさん)のほどにものしたまふ。 このだいしゃうは、とうぐうにょうごおほんはらからにぞおはしける。おとどたちをおきたてまつりて、さしつぎのおほんおぼえ、いとやんごとなききみなり。としさんじふにさんのほどにものしたまふ。
303.1.3169141 (きた)(かた)は、(むらさき)(うへ)御姉(おほんあね)ぞかし。式部卿宮(しきぶきゃうのみや)御大君(おほんおほいきみ)よ。(とし)のほど()()つがこのかみは、ことなるかたはにもあらぬを、人柄(ひとがら)やいかがおはしけむ、「(おうな)」とつけて(こころ)にも()れず、いかで(そむ)きなむと(おも)へり。 きたかたは、むらさきうへおほんあねぞかし。しきぶきゃうのみやおほんおほいきみよ。としのほどつがこのかみは、ことなるかたはにもあらぬを、ひとがらやいかがおはしけん、"おうな"とつけてこころにもれず、いかでそむきなんとおもへり。
303.1.4170142 その(すぢ)により、六条(ろくでう)大臣(おとど)は、大将(だいしゃう)(おほん)ことは、「()げなくいとほしからむ」と(おぼ)したるなめり。(いろ)めかしくうち(みだ)れたるところなきさまながら、いみじくぞ(こころ)()くしありきたまひける。 そのすぢにより、ろくでうおとどは、だいしゃうおほんことは、"げなくいとほしからん。"とおぼしたるなめり。いろめかしくうちみだれたるところなきさまながら、いみじくぞこころくしありきたまひける。
303.1.5171143 「かの大臣(おとど)も、もて(はな)れても(おぼ)したらざなり。(をんな)は、宮仕(みやづか)へをもの()げに(おぼ)いたなり」と、うちうちのけしきも、さる(くは)しきたよりあれば、()()きて、 "かのおとども、もてはなれてもおぼしたらざなり。をんなは、みやづかへをものげにおぼいたなり。"と、うちうちのけしきも、さるくはしきたよりあれば、きて、
303.1.6172144 「ただ大殿(おほとの)(おほん)おもむけの(こと)なるにこそはあなれ。まことの(おや)御心(みこころ)だに(たが)はずは」 "ただおほとのおほんおもむけのことなるにこそはあなれ。まことのおやみこころだにたがはずは。"
303.1.7173145 と、この(べん)御許(おもと)にも()ためたまふ。 と、このべんおもとにもためたまふ。
303.2174146第二段 九月、多数の恋文が集まる
303.2.1175147 九月(ながつき)にもなりぬ。初霜(はつしも)むすぼほれ、(えん)なる(あした)に、(れい)の、とりどりなる御後見(おほんうしろみ)どもの、()きそばみつつ()(まゐ)御文(おほんふみ)どもを、()たまふこともなくて、()みきこゆるばかりを()きたまふ。大将殿(だいしゃうどの)のには、 ながつきにもなりぬ。はつしもむすぼほれ、えんなるあしたに、れいの、とりどりなるおほんうしろみどもの、きそばみつつまゐおほんふみどもを、たまふこともなくて、みきこゆるばかりをきたまふ。だいしゃうどののには、
303.2.2176149 「なほ(たの)()しも、()ぎゆく(そら)のけしきこそ、心尽(こころづ)くしに、 "なほたのしも、ぎゆくそらのけしきこそ、こころづくしに、
303.2.3177150 (かず)ならば(いと)ひもせまし長月(ながつき)に<BR/>(いのち)をかくるほどぞはかなき」 かずならばいとひもせましながつきに<BR/>いのちをかくるほどぞはかなき〕
303.2.4178151 (つき)たたば」とある(さだ)めを、いとよく()きたまふなめり。 "つきたたば。"とあるさだめを、いとよくきたまふなめり。
303.2.5179152 兵部卿宮(ひゃうぶきゃうのみや)は、 ひゃうぶきゃうのみやは、
303.2.6180153 「いふかひなき()は、()こえむ(かた)なきを、 "いふかひなきは、こえんかたなきを、
303.2.7181154 朝日(あさひ)さす(ひかり)()ても玉笹(たまざさ)の<BR/>葉分(はわ)けの(しも)()たずもあらなむ あさひさすひかりてもたまざさの<BR/>はわけのしもたずもあらなん
303.2.8182155 (おぼ)しだに()らば、(なぐさ)(かた)もありぬべくなむ」 おぼしだにらば、なぐさかたもありぬべくなん。"
303.2.9183156 とて、いとかしけたる下折(したを)れの(しも)()とさず()(まゐ)れる御使(おほんつかひ)さへぞ、うちあひたるや。 とて、いとかしけたるしたをれのしもとさずまゐれるおほんつかひさへぞ、うちあひたるや。
303.2.10184157 式部卿宮(しきぶきゃうのみや)左兵衛督(さひゃうゑのかみ)は、殿(との)(うへ)(おほん)はらからぞかし。(した)しく(まゐ)りなどしたまふ(きみ)なれば、おのづからいとよくものの案内(あない)()きて、いみじくぞ(おも)ひわびける。いと(おほ)(うら)(つづ)けて、 しきぶきゃうのみやさひゃうゑのかみは、とのうへおほんはらからぞかし。したしくまゐりなどしたまふきみなれば、おのづからいとよくもののあないきて、いみじくぞおもひわびける。いとおほうらつづけて、
303.2.11185158 (わす)れなむと(おも)ふもものの(かな)しきを<BR/>いかさまにしていかさまにせむ」 "〔わすれなんとおもふももののかなしきを<BR/>いかさまにしていかさまにせん〕
303.2.12186159 (かみ)(いろ)(すみ)つき、しめたる(にほ)ひも、さまざまなるを、(ひと)びとも(みな) かみいろすみつき、しめたるにほひも、さまざまなるを、ひとびともみな
303.2.13187160 (おぼ)()えぬべかめるこそ、さうざうしけれ」 "おぼえぬべかめるこそ、さうざうしけれ。"
303.2.14188161 など()ふ。 などふ。
303.2.15189162 (みや)御返(おほんかへ)りをぞ、いかが(おぼ)すらむ、ただいささかにて、 みやおほんかへりをぞ、いかがおぼすらん、ただいささかにて、
303.2.16190163 (こころ)もて(ひかり)()かふ(あふひ)だに<BR/>(あさ)おく(しも)をおのれやは()つ」 "〔こころもてひかりかふあふひだに<BR/>あさおくしもをおのれやはつ〕
303.2.17191164 とほのかなるを、いとめづらしと()たまふに、みづからはあはれを()りぬべき()けしきにかけたまひつれば、つゆばかりなれど、いとうれしかりけり。 とほのかなるを、いとめづらしとたまふに、みづからはあはれをりぬべきけしきにかけたまひつれば、つゆばかりなれど、いとうれしかりけり。
303.2.18192165 かやうに(なに)となけれど、さまざまなる(ひと)びとの、(おほん)わびごとも(おほ)かり。 かやうになにとなけれど、さまざまなるひとびとの、おほんわびごともおほかり。
303.2.19193166 (をんな)御心(みこころ)ばへは、この(きみ)をなむ(もと)にすべきと、大臣(おとど)たち(さだ)めきこえたまひけりとや。 をんなみこころばへは、このきみをなんもとにすべきと、おとどたちさだめきこえたまひけりとや。