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44竹河
4419360第一章 鬚黒一族の物語 玉鬘と姫君たち
441.19461第一段 鬚黒没後の玉鬘と子女たち
441.1.19562 これは、源氏(げんじ)御族(おほんぞう)にも(はな)れたまへりし、(のち)大殿(おほとの)わたりにありける悪御達(わるごたち)の、()ちとまり(のこ)れるが、()はず(がた)りしおきたるは、(むらさき)のゆかりにも()ざめれど、かの(をんな)どもの()ひけるは、「源氏(げんじ)御末々(おほんすゑずゑ)に、ひがことどもの()じりて()こゆるは、(われ)よりも(とし)数積(かずつ)もり、ほけたりける(ひと)のひがことにや」などあやしがりける。いづれかはまことならむ。 これは、げんじおほんぞうにもはなれたまへりし、のちおほとのわたりにありけるわるごたちの、ちとまりのこれるが、はずがたりしおきたるは、むらさきのゆかりにもざめれど、かのをんなどものひけるは、"げんじおほんすゑずゑに、ひがことどものじりてこゆるは、われよりもとしかずつもり、ほけたりけるひとのひがことにや。"などあやしがりける。いづれかはまことならん。
441.1.29663 尚侍(ないしのかみ)御腹(おほんはら)に、故殿(ことの)御子(おほんこ)は、男三人(をとこさんにん)女二人(をんなふたり)なむおはしけるを、さまざまにかしづきたてむことを(おぼ)しおきてて、年月(としつき)()ぐるも(こころ)もとながりたまひしほどに、あへなく()せたまひにしかば、(ゆめ)のやうにて、いつしかといそぎ(おぼ)しし御宮仕(おほんみやづか)へもおこたりぬ。 ないしのかみおほんはらに、ことのおほんこは、をとこさんにんをんなふたりなんおはしけるを、さまざまにかしづきたてんことをおぼしおきてて、としつきぐるもこころもとながりたまひしほどに、あへなくせたまひにしかば、ゆめのやうにて、いつしかといそぎおぼししおほんみやづかへもおこたりぬ。
441.1.39764 (ひと)(こころ)(とき)にのみよるわざなりければ、さばかり(いきほ)ひいかめしくおはせし大臣(おとど)御名残(おほんなごり)、うちうちの御宝物(おほんたからもの)(らう)じたまふ所々(ところどころ)のなど、その(かた)(おとろ)へはなけれど、おほかたのありさま()()へたるやうに、殿(との)のうちしめやかになりゆく。 ひとこころときにのみよるわざなりければ、さばかりいきほひいかめしくおはせしおとどおほんなごり、うちうちのおほんたからものらうじたまふところどころのなど、そのかたおとろへはなけれど、おほかたのありさまへたるやうに、とののうちしめやかになりゆく。
441.1.49865 尚侍(かん)(きみ)御近(おほんちか)きゆかり、そこらこそは()(ひろ)ごりたまへど、なかなかやむごとなき御仲(おほんなか)らひの、もとよりも(した)しからざりしに、故殿(ことの)(なさ)けすこしおくれ、むらむらしさ()ぎたまへりける御本性(ごほんじゃう)にて、(こころ)おかれたまふこともありけるゆかりにや、()れにもえなつかしく()こえ(かよ)ひたまはず。 かんきみおほんちかきゆかり、そこらこそはひろごりたまへど、なかなかやんごとなきおほんなからひの、もとよりもしたしからざりしに、ことのなさけすこしおくれ、むらむらしさぎたまへりけるごほんじゃうにて、こころおかれたまふこともありけるゆかりにや、れにもえなつかしくこえかよひたまはず。
441.1.59966 六条院(ろくでうのゐん)には、すべて、なほ(むかし)(かは)らず(かず)まへきこえたまひて、()せたまひなむ(のち)のことども、()きおきたまへる御処分(おほんしょぶん)(ふみ)どもにも、中宮(ちうぐう)御次(おほんつぎ)(くは)へたてまつりたまへれば、(みぎ)大殿(おほとの)などは、なかなかその(こころ)ありて、さるべき折々訪(をりをりおとづ)れきこえたまふ。 ろくでうのゐんには、すべて、なほむかしかはらずかずまへきこえたまひて、せたまひなんのちのことども、きおきたまへるおほんしょぶんふみどもにも、ちうぐうおほんつぎくはへたてまつりたまへれば、みぎおほとのなどは、なかなかそのこころありて、さるべきをりをりおとづれきこえたまふ。
441.210067第二段 玉鬘の姫君たちへの縁談
441.2.110168 男君(をとこぎみ)たちは、御元服(おほんげんぷく)などして、おのおのおとなびたまひにしかば、殿(との)のおはせでのち、(こころ)もとなくあはれなることもあれど、おのづからなり()でたまひぬべかめり。「姫君(ひめぎみ)たちをいかにもてなしたてまつらむ」と、(おぼ)(みだ)る。 をとこぎみたちは、おほんげんぷくなどして、おのおのおとなびたまひにしかば、とののおはせでのち、こころもとなくあはれなることもあれど、おのづからなりでたまひぬべかめり。"ひめぎみたちをいかにもてなしたてまつらん。"と、おぼみだる。
441.2.210269 内裏(うち)にも、かならず宮仕(みやづか)への本意深(ほいふか)きよしを、大臣(おとど)(そう)しおきたまひければ、おとなびたまひぬらむ年月(としつき)()(はか)らせたまひて、(おほ)言絶(ごとた)えずあれど、中宮(ちうぐう)の、いよいよ(なら)びなくのみなりまさりたまふ(おほん)けはひにおされて、皆人無徳(みなひとむとく)にものしたまふめる(すゑ)(まゐ)りて、(はる)かに()(そば)められたてまつらむもわづらはしく、また(ひと)(おと)り、(かず)ならぬさまにて()む、はた、心尽(こころづ)くしなるべきを(おも)ほしたゆたふ。 うちにも、かならずみやづかへのほいふかきよしを、おとどそうしおきたまひければ、おとなびたまひぬらんとしつきはからせたまひて、おほごとたえずあれど、ちうぐうの、いよいよならびなくのみなりまさりたまふおほんけはひにおされて、みなひとむとくにものしたまふめるすゑまゐりて、はるかにそばめられたてまつらんもわづらはしく、またひとおとり、かずならぬさまにてん、はた、こころづくしなるべきをおもほしたゆたふ。
441.2.310370 冷泉院(れいぜいゐん)よりは、いとねむごろに(おぼ)しのたまはせて、尚侍(かん)(きみ)の、(むかし)本意(ほい)なくて()ぐしたまうし(つら)さをさへ、とり(かへ)(うら)みきこえたまうて、 れいぜいゐんよりは、いとねんごろにおぼしのたまはせて、かんきみの、むかしほいなくてぐしたまうしつらさをさへ、とりかへうらみきこえたまうて、
441.2.410471 (いま)は、まいてさだ()ぎ、すさまじきありさまに(おも)()てたまふとも、うしろやすき(おや)になずらへて、(ゆづ)りたまへ」 "いまは、まいてさだぎ、すさまじきありさまにおもてたまふとも、うしろやすきおやになずらへて、ゆづりたまへ。"
441.2.510572 と、いとまめやかに()こえたまひければ、「いかがはあるべきことならむ。みづからのいと口惜(くちを)しき宿世(すくせ)にて、(おも)ひの(ほか)(こころ)づきなしと(おぼ)されにしが、()づかしうかたじけなきを、この()(すゑ)にや御覧(ごらん)(なほ)されまし」など(さだ)めかねたまふ。 と、いとまめやかにこえたまひければ、"いかがはあるべきことならん。みづからのいとくちをしきすくせにて、おもひのほかこころづきなしとおぼされにしが、づかしうかたじけなきを、このすゑにやごらんなほされまし。"などさだめかねたまふ。
441.310673第三段 夕霧の息子蔵人少将の求婚
441.3.110774 容貌(かたち)いとようおはする()こえありて、(こころ)かけ(まう)したまふ人多(ひとおほ)かり。(みぎ)大殿(おほとの)蔵人少将(くらうどのせうしゃう)とかいひしは、三条殿(さんでうどの)御腹(おほんはら)にて、兄君(せうとぎみ)たちよりも()()し、いみじうかしづきたまひ、人柄(ひとがら)もいとをかしかりし(きみ)、いとねむごろに(まう)したまふ。 かたちいとようおはするこえありて、こころかけまうしたまふひとおほかり。みぎおほとのくらうどのせうしゃうとかいひしは、さんでうどのおほんはらにて、せうとぎみたちよりもし、いみじうかしづきたまひ、ひとがらもいとをかしかりしきみ、いとねんごろにまうしたまふ。
441.3.210875 いづ(から)につけても、もて(はな)れたまはぬ御仲(おほんなか)らひなれば、この(きみ)たちの(むつ)(まゐ)りたまひなどするは、気遠(けどほ)くもてなしたまはず。女房(にょうばう)にも気近(けぢか)()()りつつ、(おも)ふことを(かた)らふにも便(たよ)りありて、夜昼(よるひる)、あたりさらぬ(みみ)かしかましさを、うるさきものの、心苦(こころぐる)しきに、尚侍(かん)殿(との)(おぼ)したり。 いづからにつけても、もてはなれたまはぬおほんなからひなれば、このきみたちのむつまゐりたまひなどするは、けどほくもてなしたまはず。にょうばうにもけぢかりつつ、おもふことをかたらふにもたよりありて、よるひる、あたりさらぬみみかしかましさを、うるさきものの、こころぐるしきに、かんとのおぼしたり。
441.3.310976 母北(ははきた)(かた)御文(おほんふみ)も、しばしばたてまつりたまひて、「いと(かろ)びたるほどにはべるめれど、(おぼ)(ゆる)(かた)もや」となむ、大臣(おとど)()こえたまひける。 ははきたかたおほんふみも、しばしばたてまつりたまひて、"いとかろびたるほどにはべるめれど、おぼゆるかたもや。"となん、おとどこえたまひける。
441.3.411077 姫君(ひめぎみ)をば、さらにただのさまにも(おぼ)しおきてたまはず、(なか)(きみ)をなむ、(いま)すこし()()こえ軽々(かろがろ)しからぬほどになずらひならば、さもや、と(おぼ)しける。(ゆる)したまはずは、(ぬす)みも()りつべく、むくつけきまで(おも)へり。こよなきこととは(おぼ)さねど、女方(をんながた)心許(こころゆる)したまはぬことの(まぎ)れあるは、音聞(おとぎ)きもあはつけきわざなれば、()こえつぐ(ひと)をも、「あな、かしこ。(あやま)()()づな」などのたまふに、()たされてなむ、わづらはしがりける。 ひめぎみをば、さらにただのさまにもおぼしおきてたまはず、なかきみをなん、いますこしこえかろがろしからぬほどになずらひならば、さもや、とおぼしける。ゆるしたまはずは、ぬすみもりつべく、むくつけきまでおもへり。こよなきこととはおぼさねど、をんながたこころゆるしたまはぬことのまぎれあるは、おとぎきもあはつけきわざなれば、こえつぐひとをも、"あな、かしこ。あやまづな。"などのたまふに、たされてなん、わづらはしがりける。
441.411178第四段 薫君、玉鬘邸に出入りす
441.4.111279 六条院(ろくでうのゐん)御末(おほんすゑ)に、朱雀院(すざくゐん)(みや)御腹(おほんはら)()まれたまへりし(きみ)冷泉院(れいぜいゐん)に、御子(みこ)のやうに(おぼ)しかしづく四位侍従(しゐのじじゅう)、そのころ十四(じふし)()ばかりにて、いときびはに(をさな)かるべきほどよりは、(こころ)おきておとなおとなしく、めやすく、(ひと)にまさりたる()(さき)しるくものしたまふを、尚侍(かん)(きみ)は、婿(むこ)にても()まほしく(おぼ)したり。 ろくでうのゐんおほんすゑに、すざくゐんみやおほんはらまれたまへりしきみれいぜいゐんに、みこのやうにおぼしかしづくしゐのじじゅう、そのころじふしばかりにて、いときびはにをさなかるべきほどよりは、こころおきておとなおとなしく、めやすく、ひとにまさりたるさきしるくものしたまふを、かんきみは、むこにてもまほしくおぼしたり。
441.4.211380 この殿(との)は、かの三条(さんでう)(みや)といと(ちか)きほどなれば、さるべき折々(をりをり)(あそ)(どころ)には、君達(きんだち)()かれて()えたまふ時々(ときどき)あり。(こころ)にくき(をんな)のおはする(ところ)なれば、(わか)(をとこ)(こころ)づかひせぬなう、()えしらひさまよふ(なか)に、容貌(かたち)のよさは、この()()らぬ蔵人少将(くらうどのせうしゃう)、なつかしく心恥(こころは)づかしげに、なまめいたる(かた)は、この四位侍従(しゐのじじゅう)(おほん)ありさまに、()(ひと)ぞなかりける。 このとのは、かのさんでうみやといとちかきほどなれば、さるべきをりをりあそどころには、きんだちかれてえたまふときどきあり。こころにくきをんなのおはするところなれば、わかをとここころづかひせぬなう、えしらひさまよふなかに、かたちのよさは、このらぬくらうどのせうしゃう、なつかしくこころはづかしげに、なまめいたるかたは、このしゐのじじゅうおほんありさまに、ひとぞなかりける。
441.4.311481 六条院(ろくでうのゐん)(おほん)けはひ(ちか)うと(おも)ひなすが、(こころ)ことなるにやあらむ、()(なか)におのづからもてかしづかれたまへる(ひと)(わか)(ひと)びと、(こころ)ことにめであへり。尚侍(かん)殿(との)も、「げにこそ、めやすけれ」などのたまひて、なつかしうもの()こえたまひなどす。 ろくでうのゐんおほんけはひちかうとおもひなすが、こころことなるにやあらん、なかにおのづからもてかしづかれたまへるひとわかひとびと、こころことにめであへり。かんとのも、"げにこそ、めやすけれ。"などのたまひて、なつかしうものこえたまひなどす。
441.4.411582 (ゐん)御心(おほんこころ)ばへを(おも)()できこえて、(なぐさ)()なう、いみじうのみ(おも)ほゆるを、その御形見(おほんかたみ)にも、()れをかは()たてまつらむ。(みぎ)大臣(おとど)は、ことことしき(おほん)ほどにて、ついでなき対面(たいめん)もかたきを」 "ゐんおほんこころばへをおもできこえて、なぐさなう、いみじうのみおもほゆるを、そのおほんかたみにも、れをかはたてまつらん。みぎおとどは、ことことしきおほんほどにて、ついでなきたいめんもかたきを。"
441.4.511683 などのたまひて、兄弟(はらから)のつらに(おも)ひきこえたまへれば、かの(きみ)も、さるべき(ところ)(おも)ひて(まゐ)りたまふ。()(つね)のすきずきしさも()えず、いといたうしづまりたるをぞ、ここかしこの(わか)(ひと)ども、口惜(くちを)しうさうざうしきことに(おも)ひて、()ひなやましける。 などのたまひて、はらからのつらにおもひきこえたまへれば、かのきみも、さるべきところおもひてまゐりたまふ。つねのすきずきしさもえず、いといたうしづまりたるをぞ、ここかしこのわかひとども、くちをしうさうざうしきことにおもひて、ひなやましける。
44211784第二章 玉鬘邸の物語 梅と桜の季節の物語
442.111885第一段 正月、夕霧、玉鬘邸に年賀に参上
442.1.111986 睦月(むつき)朔日(ついたち)ころ、尚侍(かん)(きみ)御兄弟(おほんはらから)大納言(だいなごん)、「高砂(たかさご)(うた)ひしよ、藤中納言(とうちうなごん)故大殿(こおほいどの)太郎(たらう)真木柱(まきばしら)(ひと)(ばら)など(まゐ)りたまへり。(みぎ)大臣(おとど)も、御子(みこ)ども六人(ろくにん)ながらひき()れておはしたり。御容貌(おほんかたち)よりはじめて、()かぬことなく()ゆる(ひと)(おほん)ありさまおぼえなり。 むつきついたちころ、かんきみおほんはらからだいなごん、〔たかさごうたひしよ、とうちうなごんこおほいどのたらうまきばしらひとばらなどまゐりたまへり。みぎおとども、みこどもろくにんながらひきれておはしたり。おほんかたちよりはじめて、かぬことなくゆるひとおほんありさまおぼえなり。
442.1.212087 (きみ)たちも、さまざまいときよげにて、(とし)のほどよりは、官位過(つかさくらゐす)ぎつつ、(なに)ごと(おも)ふらむと()えたるべし。()とともに、蔵人(くらうど)(きみ)は、かしづかれたるさま(こと)なれど、うちしめりて(おも)ふことあり(がほ)なり。 きみたちも、さまざまいときよげにて、としのほどよりは、つかさくらゐすぎつつ、なにごとおもふらんとえたるべし。とともに、くらうどきみは、かしづかれたるさまことなれど、うちしめりておもふことありがほなり。
442.1.312188 大臣(おとど)は、御几帳隔(みきちゃうへだ)てて、(むかし)(かは)らず御物語聞(おほんものがたりき)こえたまふ。 おとどは、みきちゃうへだてて、むかしかはらずおほんものがたりきこえたまふ。
442.1.412289 「そのこととなくて、しばしばもえうけたまはらず。(とし)数添(かずそ)ふままに、内裏(うち)(まゐ)るより(ほか)のありき、うひうひしうなりにてはべれば、いにしへの御物語(おほんものがたり)も、()こえまほしき折々多(をりをりおほ)()ぐしはべるをなむ。 "そのこととなくて、しばしばもえうけたまはらず。としかずそふままに、うちまゐるよりほかのありき、うひうひしうなりにてはべれば、いにしへのおほんものがたりも、こえまほしきをりをりおほぐしはべるをなん。
442.1.512390 (わか)(をのこ)どもは、さるべきことには()しつかはせたまへ。かならずその(こころ)ざし御覧(ごらん)ぜられよと、いましめはべり」など()こえたまふ。 わかをのこどもは、さるべきことにはしつかはせたまへ。かならずそのこころざしごらんぜられよと、いましめはべり。"などこえたまふ。
442.1.612491 (いま)は、かく、()()(かず)にもあらぬやうになりゆくありさまを、(おぼ)(かず)まふるになむ、()ぎにし(おほん)ことも、いとど(わす)れがたく(おも)うたまへられける」 "いまは、かく、かずにもあらぬやうになりゆくありさまを、おぼかずまふるになん、ぎにしおほんことも、いとどわすれがたくおもうたまへられける。"
442.1.712592 (まう)したまひけるついでに、(ゐん)よりのたまはすること、ほのめかし()こえたまふ。 まうしたまひけるついでに、ゐんよりのたまはすること、ほのめかしこえたまふ。
442.1.812693 「はかばかしう後見(うしろみ)なき(ひと)()じらひは、なかなか見苦(みぐる)しきをと、(おも)ひたまへなむわづらふ」 "はかばかしううしろみなきひとじらひは、なかなかみぐるしきをと、おもひたまへなんわづらふ。"
442.1.912794 (もう)したまへば、 もうしたまへば、
442.1.1012895 内裏(うち)(おほ)せらるることあるやうに(うけたまは)りしを、いづ(かた)(おも)ほし(さだ)むべきことにか。(ゐん)は、げに、御位(みくらゐ)()らせたまへるにこそ、(さか)()ぎたる心地(ここち)すれど、()にありがたき(おほん)ありさまは、()りがたくのみおはしますめるを、よろしう()()づる女子(をんなご)はべらましかばと、(おも)ひたまへよりながら、()づかしげなる御中(おほんなか)に、()じらふべき(もの)のはべらでなむ、口惜(くちを)しう(おも)ひたまへらるる。 "うちおほせらるることあるやうにうけたまはりしを、いづかたおもほしさだむべきことにか。ゐんは、げに、みくらゐらせたまへるにこそ、さかぎたるここちすれど、にありがたきおほんありさまは、りがたくのみおはしますめるを、よろしうづるをんなごはべらましかばと、おもひたまへよりながら、づかしげなるおほんなかに、じらふべきもののはべらでなん、くちをしうおもひたまへらるる。
442.1.1112996 そもそも、女一(をんないち)(みや)女御(にょうご)は、(ゆる)しきこえたまふや。さきざきの(ひと)、さやうの(はばか)りにより、とどこほることもはべりかし」 そもそも、をんないちみやにょうごは、ゆるしきこえたまふや。さきざきのひと、さやうのはばかりにより、とどこほることもはべりかし。"
442.1.1213097 (まう)したまへば、 まうしたまへば、
442.1.1313198 女御(にょうご)なむ、つれづれにのどかになりにたるありさまも、(おな)(こころ)後見(うしろみ)て、(なぐさ)めまほしきをなど、かの(すす)めたまふにつけて、いかがなどだに(おも)ひたまへよるになむ」 "にょうごなん、つれづれにのどかになりにたるありさまも、おなこころうしろみて、なぐさめまほしきをなど、かのすすめたまふにつけて、いかがなどだにおもひたまへよるになん。"
442.1.1413299 ()こえたまふ。 こえたまふ。
442.1.15133100 これかれ、ここに(あつ)まりたまひて、三条(さんでう)(みや)(まゐ)りたまふ。朱雀院(すじゃくゐん)(ふる)(こころ)ものしたまふ(ひと)びと、六条院(ろくでうのゐん)(かた)ざまのも、かたがたにつけて、なほかの入道宮(にふだうのみや)をば、えよきず(まゐ)りたまふなめり。この殿(との)左近中将(さこんのちうじゃう)右中弁(うちうべん)侍従(じじゅう)(きみ)なども、やがて大臣(おとど)御供(おほんとも)()でたまひぬ。ひき()れたまへる(いきほ)ひことなり。 これかれ、ここにあつまりたまひて、さんでうみやまゐりたまふ。すじゃくゐんふるこころものしたまふひとびと、ろくでうのゐんかたざまのも、かたがたにつけて、なほかのにふだうのみやをば、えよきずまゐりたまふなめり。このとのさこんのちうじゃううちうべんじじゅうきみなども、やがておとどおほんともでたまひぬ。ひきれたまへるいきほひことなり。
442.2134101第二段 薫君、玉鬘邸に年賀に参上
442.2.1135102 (ゆふ)つけて、四位侍従参(しゐのじじゅうまゐ)りたまへり。そこらおとなしき若君達(わかきんだち)も、あまたさまざまに、いづれかは()ろびたりつる。(みな)めやすかりつる(なか)に、()(おく)れてこの(きみ)()()でたまへる、いとこよなく()とまる心地(ここち)して、(れい)の、ものめでする(わか)(ひと)たちは、「なほことなりけり」など()ふ。 ゆふつけて、しゐのじじゅうまゐりたまへり。そこらおとなしきわかきんだちも、あまたさまざまに、いづれかはろびたりつる。みなめやすかりつるなかに、おくれてこのきみでたまへる、いとこよなくとまるここちして、れいの、ものめでするわかひとたちは、"なほことなりけり。"などふ。
442.2.2136103 「この殿(との)姫君(ひめぎみ)(おほん)かたはらには、これをこそさし(なら)べて()め」 "このとのひめぎみおほんかたはらには、これをこそさしならべてめ。"
442.2.3137104 と、()きにくく()ふ。げに、いと(わか)うなまめかしきさまして、うちふるまひたまへる(にほ)()など、()(つね)ならず。「姫君(ひめぎみ)()こゆれど、(こころ)おはせむ(ひと)は、げに(ひと)よりはまさるなめりと、見知(みし)りたまふらむかし」とぞおぼゆる。 と、きにくくふ。げに、いとわかうなまめかしきさまして、うちふるまひたまへるにほなど、つねならず。"ひめぎみこゆれど、こころおはせんひとは、げにひとよりはまさるなめりと、みしりたまふらんかし。"とぞおぼゆる。
442.2.4138105 尚侍(かん)殿(との)御念誦堂(おほんねんずだう)におはして、「こなたに」とのたまへれば、(ひんがし)(はし)より(のぼ)りて、戸口(とぐち)御簾(みす)(まへ)にゐたまへり。御前近(おまへちか)若木(わかぎ)(むめ)(こころ)もとなくつぼみて、(うぐひす)初声(はつこゑ)もいとおほどかなるに、いと()かせたてまほしきさまのしたまへれば、(ひと)びとはかなきことを()ふに、言少(ことずく)なに(こころ)にくきほどなるを、ねたがりて、宰相(さいしゃう)(きみ)()こゆる上臈(じゃうらう)()みかけたまふ。 かんとのおほんねんずだうにおはして、"こなたに。"とのたまへれば、ひんがしはしよりのぼりて、とぐちみすまへにゐたまへり。おまへちかわかぎむめこころもとなくつぼみて、うぐひすはつこゑもいとおほどかなるに、いとかせたてまほしきさまのしたまへれば、ひとびとはかなきことをふに、ことずくなにこころにくきほどなるを、ねたがりて、さいしゃうきみこゆるじゃうらうみかけたまふ。
442.2.5139107 ()りて()ばいとど(にほ)ひもまさるやと<BR/>すこし(いろ)めけ(むめ)初花(はつはな) "〔りてばいとどにほひもまさるやと<BR/>すこしいろめけむめはつはな〕"
442.2.6140108 (くち)はやし」と()きて、 "くちはやし。"ときて、
442.2.7141109 「よそにてはもぎ()なりとや(さだ)むらむ<BR/>(した)(にほ)へる(むめ)初花(はつはな) "〔よそにてはもぎなりとやさだむらん<BR/>したにほへるむめはつはな
442.2.8142110 さらば袖触(そでふ)れて()たまへ」など()ひすさぶに、 さらばそでふれてたまへ。"などひすさぶに、
442.2.9143111 「まことは(いろ)よりも」と、口々(くちぐち)()きも(うご)かしつべくさまよふ。 "まことはいろよりも。"と、くちぐちきもうごかしつべくさまよふ。
442.2.10144112 尚侍(かん)(きみ)(おく)(かた)よりゐざり()でたまひて、 かんきみおくかたよりゐざりでたまひて、
442.2.11145113 「うたての御達(ごたち)や。()づかしげなるまめ(びと)をさへ、よくこそ、面無(おもな)けれ」 "うたてのごたちや。づかしげなるまめびとをさへ、よくこそ、おもなけれ。"
442.2.12146114 (しの)びてのたまふなり。「まめ(びと)とこそ、()けられたりけれ。いと(くん)じたる()かな」と(おも)ひゐたまへり。主人(あるじ)侍従(じじゅう)殿上(てんじゃう)などもまだせねば、所々(ところどころ)もありかで、おはしあひたり。浅香(せんかう)折敷(をしき)(ふた)つばかりして、くだもの、(さかづき)ばかりさし()でたまへり。 しのびてのたまふなり。"まめびととこそ、けられたりけれ。いとくんじたるかな。"とおもひゐたまへり。あるじじじゅうてんじゃうなどもまだせねば、ところどころもありかで、おはしあひたり。せんかうをしきふたつばかりして、くだもの、さかづきばかりさしでたまへり。
442.2.13147115 大臣(おとど)は、ねびまさりたまふままに、故院(こゐん)にいとようこそ、おぼえたてまつりたまへれ。この(きみ)は、()たまへるところも()えたまはぬを、けはひのいとしめやかに、なまめいたるもてなししもぞ、かの御若盛(おほんわかざか)(おも)ひやらるる。かうざまにぞおはしけむかし」 "おとどは、ねびまさりたまふままに、こゐんにいとようこそ、おぼえたてまつりたまへれ。このきみは、たまへるところもえたまはぬを、けはひのいとしめやかに、なまめいたるもてなししもぞ、かのおほんわかざかおもひやらるる。かうざまにぞおはしけんかし。"
442.2.14148116 など、(おも)()でられたまひて、うちしほれたまふ。名残(なごり)さへとまりたる()うばしさを、(ひと)びとはめでくつがへる。 など、おもでられたまひて、うちしほれたまふ。なごりさへとまりたるうばしさを、ひとびとはめでくつがへる。
442.3149117第三段 梅の花盛りに、薫君、玉鬘邸を訪問
442.3.1150118 侍従(じじゅう)(きみ)、まめ(びと)()をうれたしと(おも)ひければ、二十余日(にじふよひ)のころ、(むめ)花盛(はなざか)りなるに、「(にほ)(すく)なげに()りなされじ。()(もの)ならはむかし」と(おぼ)して、藤侍従(とうじじゅう)(おほん)もとにおはしたり。 じじゅうきみ、まめびとをうれたしとおもひければ、にじふよひのころ、むめはなざかりなるに、"にほすくなげにりなされじ。ものならはんかし。"とおぼして、とうじじゅうおほんもとにおはしたり。
442.3.2151119 中門入(ちゅうもんい)りたまふほどに、(おな)直衣姿(なほしすがた)なる人立(ひとた)てりけり。(かく)れなむと(おも)ひけるを、ひきとどめたれば、この(つね)()ちわづらふ少将(せうしゃう)なりけり。 ちゅうもんいりたまふほどに、おななほしすがたなるひとたてりけり。かくれなんとおもひけるを、ひきとどめたれば、このつねちわづらふせうしゃうなりけり。
442.3.3152120 寝殿(しんでん)西面(にしおもて)に、琵琶(びは)(さう)(こと)(こゑ)するに、(こころ)(まど)はして()てるなめり。(くる)しげや。(ひと)(ゆる)さぬこと(おも)ひはじめむは、罪深(つみふか)かるべきわざかな」と(おも)ふ。(こと)(こゑ)もやみぬれば、 "しんでんにしおもてに、びはさうことこゑするに、こころまどはしててるなめり。くるしげや。ひとゆるさぬことおもひはじめんは、つみふかかるべきわざかな。"とおもふ。ことこゑもやみぬれば、
442.3.4153121 「いざ、しるべしたまへ。まろは、いとたどたどし」 "いざ、しるべしたまへ。まろは、いとたどたどし。"
442.3.5154122 とて、ひき()れて、西(にし)渡殿(わたどの)(まへ)なる紅梅(こうばい)()のもとに、「(むめ)()」をうそぶきて()()るけはひの、(はな)よりもしるく、さとうち(にほ)へれば、妻戸(つまど)おし()けて、(ひと)びと、東琴(あづま)をいとよく()()はせたり。(をんな)(こと)にて、(りょ)(うた)は、かうしも()はせぬを、いたしと(おも)ひて、今一返(いまひとかへ)り、をり(かへ)(うた)ふ、琵琶(びは)()なく(いま)めかし。 とて、ひきれて、にしわたどのまへなるこうばいのもとに、〔むめ〕をうそぶきてるけはひの、はなよりもしるく、さとうちにほへれば、つまどおしけて、ひとびと、あづまをいとよくはせたり。をんなことにて、りょうたは、かうしもはせぬを、いたしとおもひて、いまひとかへり、をりかへうたふ、びはなくいまめかし。
442.3.6155123 「ゆゑありてもてないたまへるあたりぞかし」と、(こころ)とまりぬれば、今宵(こよひ)はすこしうちとけて、はかなしごとなども()ふ。 "ゆゑありてもてないたまへるあたりぞかし。"と、こころとまりぬれば、こよひはすこしうちとけて、はかなしごとなどもふ。
442.3.7156124 (うち)より和琴(わごん)さし()でたり。かたみに(ゆづ)りて、手触(てふ)れぬに、侍従(じじゅう)(きみ)して、尚侍(かん)殿(との) うちよりわごんさしでたり。かたみにゆづりて、てふれぬに、じじゅうきみして、かんとの
442.3.8157125 故致仕(こちじ)大臣(おとど)御爪音(おほんつまおと)になむ、(かよ)ひたまへる、と()きわたるを、まめやかにゆかしうなむ。今宵(こよひ)は、なほ(うぐひす)にも(さそ)はれたまへ」 "こちじおとどおほんつまおとになん、かよひたまへる、ときわたるを、まめやかにゆかしうなん。こよひは、なほうぐひすにもさそはれたまへ。"
442.3.9158126 と、のたまひ()だしたれば、「あまえて(つめ)くふべきことにもあらぬを」と(おも)ひて、をさをさ(こころ)にも()らず()きわたしたまへるけしき、いと(ひび)(おほ)()こゆ。 と、のたまひだしたれば、"あまえてつめくふべきことにもあらぬを。"とおもひて、をさをさこころにもらずきわたしたまへるけしき、いとひびおほこゆ。
442.3.10159127 (つね)()たてまつり(むつ)びざりし(おや)なれど、()におはせずなりにきと(おも)ふに、いと心細(こころぼそ)きに、はかなきことのついでにも(おも)()でたてまつるに、いとなむあはれなる。 "つねたてまつりむつびざりしおやなれど、におはせずなりにきとおもふに、いとこころぼそきに、はかなきことのついでにもおもでたてまつるに、いとなんあはれなる。
442.3.11160128 おほかた、この(きみ)は、あやしう故大納言(こだいなごん)(おほん)ありさまに、いとようおぼえ、(こと)()など、ただそれとこそ、おぼえつれ」 おほかた、このきみは、あやしうこだいなごんおほんありさまに、いとようおぼえ、ことなど、ただそれとこそ、おぼえつれ。"
442.3.12161129 とて()きたまふも、(ふる)めいたまふしるしの、(なみだ)もろさにや。 とてきたまふも、ふるめいたまふしるしの、なみだもろさにや。
442.4162130第四段 得意の薫君と嘆きの蔵人少将
442.4.1163131 少将(せうしゃう)も、(こゑ)いとおもしろうて、「さき(くさ)(うた)ふ。さかしら(ごころ)つきて、うち()ぐしたる(ひと)もまじらねば、おのづからかたみにもよほされて(あそ)びたまふに、主人(あるじ)侍従(じじゅう)は、故大臣(こおとど)()たてまつりたまへるにや、かやうの(かた)(おく)れて、(さかづき)をのみすすむれば、「寿詞(ことぶき)をだにせむや」と、()づかしめられて、「竹河(たけかは)」を(おな)(こゑ)()だして、まだ(わか)けれど、をかしう(うた)ふ。()のうちより土器(かはらけ)さし()づ。 せうしゃうも、こゑいとおもしろうて、〔さきくさうたふ。さかしらごころつきて、うちぐしたるひともまじらねば、おのづからかたみにもよほされてあそびたまふに、あるじじじゅうは、こおとどたてまつりたまへるにや、かやうのかたおくれて、さかづきをのみすすむれば、"ことぶきをだにせんや。"と、づかしめられて、〔たけかは〕をおなこゑだして、まだわかけれど、をかしううたふ。のうちよりかはらけさしづ。
442.4.2164132 (ゑひ)のすすみては、(しの)ぶることもつつまれず。ひがことするわざとこそ()きはべれ。いかにもてないたまふぞ」 "ゑひのすすみては、しのぶることもつつまれず。ひがことするわざとこそきはべれ。いかにもてないたまふぞ。"
442.4.3165133 と、とみにうけひかず。小袿重(こうちきかさ)なりたる細長(ほそなが)の、人香(ひとが)なつかしう()みたるを、()りあへたるままに、(かづ)けたまふ。「(なに)ぞもぞ」などさうどきて、侍従(じじゅう)は、主人(あるじ)(きみ)にうち(かづ)けて()ぬ。()きとどめて(かづ)くれど、「水駅(みづむまや)にて夜更(よふ)けにけり」とて、()げにけり。 と、とみにうけひかず。こうちきかさなりたるほそながの、ひとがなつかしうみたるを、りあへたるままに、かづけたまふ。"なにぞもぞ。"などさうどきて、じじゅうは、あるじきみにうちかづけてぬ。きとどめてかづくれど、"みづむまやにてよふけにけり。"とて、げにけり。
442.4.4166135 少将(せうしゃう)は、「この源侍従(げんじじゅう)(きみ)のかうほのめき()るめれば、皆人(みなひと)これにこそ心寄(こころよ)せたまふらめ。わが()は、いとど(くん)じいたく(おも)(よわ)りて」、あぢきなうぞ(うら)むる。 せうしゃうは、"このげんじじゅうきみのかうほのめきるめれば、みなひとこれにこそこころよせたまふらめ。わがは、いとどくんじいたくおもよわりて"、あぢきなうぞうらむる。
442.4.5167136 (ひと)はみな(はな)(こころ)(うつ)すらむ<BR/>一人(ひとり)(まど)(はる)()(やみ) "〔ひとはみなはなこころうつすらん<BR/>ひとりまどはるやみ〕"
442.4.6168137 うち(なげ)きて()てば、(うち)(ひと)(かへ)し、 うちなげきててば、うちひとかへし、
442.4.7169138 「をりからやあはれも()らむ(むめ)(はな)<BR/>ただ()ばかりに(うつ)りしもせじ」 "〔をりからやあはれもらんむめはな<BR/>ただばかりにうつりしもせじ〕
442.4.8170139 (あした)に、四位侍従(しゐのじじゅう)のもとより、主人(あるじ)侍従(じじゅう)のもとに、 あしたに、しゐのじじゅうのもとより、あるじじじゅうのもとに、
442.4.9171140 昨夜(よべ)は、いと(みだ)りがはしかりしを、(ひと)びといかに()たまひけむ」 "よべは、いとみだりがはしかりしを、ひとびといかにたまひけん。"
442.4.10172141 と、()たまへとおぼしう、仮名(かな)がちに()きて、 と、たまへとおぼしう、かながちにきて、
442.4.11173142 竹河(たけかは)(はし)うちいでし一節(ひとふし)に<BR/>(ふか)(こころ)(そこ)()りきや」 "〔たけかははしうちいでしひとふしに<BR/>ふかこころそこりきや〕
442.4.12174143 ()きたり。寝殿(しんでん)()(まゐ)りて、これかれ()たまふ。 きたり。しんでんまゐりて、これかれたまふ。
442.4.13175144 ()なども、いとをかしうもあるかな。いかなる(ひと)(いま)よりかくととのひたらむ。(をさな)くて、(ゐん)にも(おく)れたてまつり、母宮(ははみや)のしどけなう()ほし()てたまへれど、なほ(ひと)にはまさるべきにこそあめれ」 "なども、いとをかしうもあるかな。いかなるひといまよりかくととのひたらん。をさなくて、ゐんにもおくれたてまつり、ははみやのしどけなうほしてたまへれど、なほひとにはまさるべきにこそあめれ。"
442.4.14176145 とて、尚侍(かん)(きみ)は、この(きみ)たちの、()など()しきことを()づかしめたまふ。(かへ)りこと、げに、いと(わか)く、 とて、かんきみは、このきみたちの、などしきことをづかしめたまふ。かへりこと、げに、いとわかく、
442.4.15177146 昨夜(よべ)は、水駅(みづむまや)をなむ、とがめきこゆめりし。 "よべは、みづむまやをなん、とがめきこゆめりし。
442.4.16178147 竹河(たけかは)(よる)()かさじといそぎしも<BR/>いかなる(ふし)(おも)ひおかまし」 たけかはよるかさじといそぎしも<BR/>いかなるふしおもひおかまし〕
442.4.17179148 げに、この(ふし)をはじめにて、この(きみ)御曹司(みざうし)におはして、けしきばみ()る。少将(せうしゃう)()(はか)りしもしるく、皆人心寄(みなひとこころよ)せたり。侍従(じじゅう)(きみ)も、(わか)心地(ここち)に、(ちか)きゆかりにて、()()(むつ)びまほしう(おも)ひけり。 げに、このふしをはじめにて、このきみみざうしにおはして、けしきばみる。せうしゃうはかりしもしるく、みなひとこころよせたり。じじゅうきみも、わかここちに、ちかきゆかりにて、むつびまほしうおもひけり。
442.5180149第五段 三月、花盛りの玉鬘邸の姫君たち
442.5.1181150 弥生(やよひ)になりて、()(さくら)あれば、()りかひくもり、おほかたの(さか)りなるころ、のどやかにおはする(ところ)は、(まぎ)るることなく、端近(はしぢか)なる(つみ)もあるまじかめり。 やよひになりて、さくらあれば、りかひくもり、おほかたのさかりなるころ、のどやかにおはするところは、まぎるることなく、はしぢかなるつみもあるまじかめり。
442.5.2182151 そのころ、十八(じふはち)()のほどやおはしけむ、御容貌(おほんかたち)(こころ)ばへも、とりどりにぞをかしき。姫君(ひめぎみ)は、いとあざやかに気高(けだか)う、(いま)めかしきさましたまひて、げに、ただ(うど)にて()たてまつらむは、()げなうぞ()えたまふ。 そのころ、じふはちのほどやおはしけん、おほんかたちこころばへも、とりどりにぞをかしき。ひめぎみは、いとあざやかにけだかう、いまめかしきさましたまひて、げに、ただうどにてたてまつらんは、げなうぞえたまふ。
442.5.3183152 (さくら)細長(ほそなが)山吹(やまぶき)などの、(をり)にあひたる(いろ)あひの、なつかしきほどに(かさ)なりたる(すそ)まで、愛敬(あいぎゃう)のこぼれ()ちたるやうに()ゆる、(おほん)もてなしなども、らうらうじく、心恥(こころは)づかしき()さへ()ひたまへり。 さくらほそながやまぶきなどの、をりにあひたるいろあひの、なつかしきほどにかさなりたるすそまで、あいぎゃうのこぼれちたるやうにゆる、おほんもてなしなども、らうらうじく、こころはづかしきさへひたまへり。
442.5.4184153 今一所(いまひとところ)は、薄紅梅(うすこうばい)に、桜色(さくらいろ)にて、(やなぎ)(いと)のやうに、たをたをとたゆみ、いとそびやかになまめかしう、()みたるさまして、(おも)りかに心深(こころふか)きけはひは、まさりたまへれど、(にほ)ひやかなるけはひは、こよなしとぞ人思(ひとおも)へる。 いまひとところは、うすこうばいに、さくらいろにて、やなぎいとのやうに、たをたをとたゆみ、いとそびやかになまめかしう、みたるさまして、おもりかにこころふかきけはひは、まさりたまへれど、にほひやかなるけはひは、こよなしとぞひとおもへる。
442.5.5185154 碁打(ごう)ちたまふとて、さし(むか)ひたまへる(かん)ざし、御髪(みぐし)のかかりたるさまども、いと見所(みどころ)あり。侍従(じじゅう)(きみ)見証(けんぞ)したまふとて、(ちか)うさぶらひたまふに、兄君(あにぎみ)たちさしのぞきたまひて、 ごうちたまふとて、さしむかひたまへるかんざし、みぐしのかかりたるさまども、いとみどころあり。じじゅうきみけんぞしたまふとて、ちかうさぶらひたまふに、あにぎみたちさしのぞきたまひて、
442.5.6186155 侍従(じじゅう)のおぼえ、こよなうなりにけり。御碁(おほんご)見証許(けんぞゆる)されにけるをや」 "じじゅうのおぼえ、こよなうなりにけり。おほんごけんぞゆるされにけるをや。"
442.5.7187156 とて、おとなおとなしきさましてついゐたまへば、御前(おまへ)なる(ひと)びと、とかうゐなほる。中将(ちうじゃう) とて、おとなおとなしきさましてついゐたまへば、おまへなるひとびと、とかうゐなほる。ちうじゃう
442.5.8188157 宮仕(みやづか)へのいそがしうなりはべるほどに、(ひと)(おと)りにたるは、いと本意(ほい)なきわざかな」 "みやづかへのいそがしうなりはべるほどに、ひとおとりにたるは、いとほいなきわざかな。"
442.5.9189158 (うれ)へたまへば、 うれへたまへば、
442.5.10190159 弁官(べんかん)は、まいて、(わたくし)宮仕(みやづか)へおこたりぬべきままに、さのみやは(おぼ)()てむ」 "べんかんは、まいて、わたくしみやづかへおこたりぬべきままに、さのみやはおぼてん。"
442.5.11191160 など(まう)したまふ。碁打(ごう)ちさして、()ぢらひておはさうずる、いとをかしげなり。 などまうしたまふ。ごうちさして、ぢらひておはさうずる、いとをかしげなり。
442.5.12192161 内裏(うち)わたりなどまかりありきても、故殿(ことの)おはしまさましかば、と(おも)ひたまへらるること(おほ)くこそ」 "うちわたりなどまかりありきても、ことのおはしまさましかば、とおもひたまへらるることおほくこそ。"
442.5.13193162 など、(なみだ)ぐみて()たてまつりたまふ。二十七(にじふしち)(はち)のほどにものしたまへば、いとよくととのひて、この(おほん)ありさまどもを、「いかで、いにしへ(おぼ)しおきてしに、(たが)へずもがな」と(おも)ひゐたまへり。 など、なみだぐみてたてまつりたまふ。にじふしちはちのほどにものしたまへば、いとよくととのひて、このおほんありさまどもを、"いかで、いにしへおぼしおきてしに、たがへずもがな。"とおもひゐたまへり。
442.5.14194163 御前(おまへ)(はな)()どもの(なか)にも、(にほ)ひまさりてをかしき(さくら)()らせて、「(ほか)のには()ずこそ」など、もてあそびたまふを、 おまへはなどものなかにも、にほひまさりてをかしきさくららせて、"ほかのにはずこそ。"など、もてあそびたまふを、
442.5.15195164 (をさな)くおはしましし(とき)、この(はな)は、わがぞ、わがぞと、(あらそ)ひたまひしを、故殿(ことの)は、姫君(ひめぎみ)御花(おほんはな)ぞと(さだ)めたまふ。(うへ)は、若君(わかぎみ)御木(おほんき)(さだ)めたまひしを、いとさは()きののしらねど、やすからず(おも)ひたまへられしはや」とて、「この(さくら)老木(おいぎ)になりにけるにつけても、()ぎにける(よはひ)(おも)ひたまへ()づれば、あまたの(ひと)(おく)れはべりにける、()(うれ)へも、()めがたうこそ」 "をさなくおはしまししとき、このはなは、わがぞ、わがぞと、あらそひたまひしを、ことのは、ひめぎみおほんはなぞとさだめたまふ。うへは、わかぎみおほんきさだめたまひしを、いとさはきののしらねど、やすからずおもひたまへられしはや。"とて、"このさくらおいぎになりにけるにつけても、ぎにけるよはひおもひたまへづれば、あまたのひとおくれはべりにける、うれへも、めがたうこそ。"
442.5.16196165 など、()きみ(わら)ひみ()こえたまひて、(れい)よりはのどやかにおはす。(ひと)婿(むこ)になりて、心静(こころしづ)かにも(いま)()えたまはぬを、(はな)(こころ)とどめてものしたまふ。 など、きみわらひみこえたまひて、れいよりはのどやかにおはす。ひとむこになりて、こころしづかにもいまえたまはぬを、はなこころとどめてものしたまふ。
442.6197166第六段 玉鬘の大君、冷泉院に参院の話
442.6.1198167 尚侍(かん)(きみ)、かくおとなしき(ひと)(おや)になりたまふ御年(おほんとし)のほど(おも)ふよりは、いと(わか)うきよげに、なほ(さか)りの御容貌(おほんかたち)()えたまへり。冷泉院(れいぜいゐん)(みかど)は、(おほ)くは、この(おほん)ありさまのなほゆかしう、昔恋(むかしこひ)しう(おぼ)()でられければ、(なに)につけてかはと、(おぼ)しめぐらして、姫君(ひめぎみ)(おほん)ことを、あながちに()こえたまふにぞありける。(ゐん)(まゐ)りたまはむことは、この(きみ)たちぞ、 かんきみ、かくおとなしきひとおやになりたまふおほんとしのほどおもふよりは、いとわかうきよげに、なほさかりのおほんかたちえたまへり。れいぜいゐんみかどは、おほくは、このおほんありさまのなほゆかしう、むかしこひしうおぼでられければ、なににつけてかはと、おぼしめぐらして、ひめぎみおほんことを、あながちにこえたまふにぞありける。ゐんまゐりたまはんことは、このきみたちぞ、
442.6.2199168 「なほ、ものの(はえ)なき心地(ここち)こそすべけれ。よろづのこと、(とき)につけたるをこそ、世人(よひと)(ゆる)すめれ。げに、いと()たてまつらまほしき(おほん)ありさまは、この()にたぐひなくおはしますめれど、(さか)りならぬ心地(ここち)ぞするや。琴笛(ことふえ)調(しら)べ、花鳥(はなとり)(いろ)をも()をも、(とき)(したが)ひてこそ、(ひと)(みみ)もとまるものなれ。春宮(とうぐう)は、いかが」 "なほ、もののはえなきここちこそすべけれ。よろづのこと、ときにつけたるをこそ、よひとゆるすめれ。げに、いとたてまつらまほしきおほんありさまは、このにたぐひなくおはしますめれど、さかりならぬここちぞするや。ことふえしらべ、はなとりいろをもをも、ときしたがひてこそ、ひとみみもとまるものなれ。とうぐうは、いかが。"
442.6.3200169 など(まう)したまへば、 などまうしたまへば、
442.6.4201170 「いさや、はじめよりやむごとなき(ひと)の、かたはらもなきやうにてのみ、ものしたまふめればこそ。なかなかにて()じらはむは、(むね)いたく人笑(ひとわら)へなることもやあらむと、つつましければ。殿(との)おはせましかば、()(すゑ)御宿世宿世(おほんすくせすくせ)()らず、ただ(いま)は、かひあるさまにもてなしたまひてましを」 "いさや、はじめよりやんごとなきひとの、かたはらもなきやうにてのみ、ものしたまふめればこそ。なかなかにてじらはんは、むねいたくひとわらへなることもやあらんと、つつましければ。とのおはせましかば、すゑおほんすくせすくせらず、ただいまは、かひあるさまにもてなしたまひてましを。"
442.6.5202171 などのたまひ()でて、(みな)ものあはれなり。 などのたまひでて、みなものあはれなり。
442.7203172第七段 蔵人少将、姫君たちを垣間見る
442.7.1204173 中将(ちうじゃう)など()ちたまひてのち、(きみ)たちは、()ちさしたまへる碁打(ごう)ちたまふ。(むかし)より(あらそ)ひたまふ(さくら)賭物(かけもの)にて、 ちうじゃうなどちたまひてのち、きみたちは、ちさしたまへるごうちたまふ。むかしよりあらそひたまふさくらかけものにて、
442.7.2205174 三番(さんばん)に、数一(かずひと)()ちたまはむ(かた)には、なほ(はな)()せてむ」 "さんばんに、かずひとちたまはんかたには、なほはなせてん。"
442.7.3206175 と、(たはぶ)()はし()こえたまふ。(くら)うなれば、端近(はしちか)うて()()てたまふ。御簾巻(みすま)()げて、(ひと)びと皆挑(みないど)(ねん)じきこゆ。(をり)しも(れい)少将(せうしゃう)侍従(じじゅう)(きみ)御曹司(みざうし)()たりけるを、うち()れて()でたまひにければ、おほかた人少(ひとずく)ななるに、(らう)()()きたるに、やをら()りてのぞきけり。 と、たはぶはしこえたまふ。くらうなれば、はしちかうててたまふ。みすまげて、ひとびとみないどねんじきこゆ。をりしもれいせうしゃうじじゅうきみみざうしたりけるを、うちれてでたまひにければ、おほかたひとずくななるに、らうきたるに、やをらりてのぞきけり。
442.7.4207177 かう、うれしき(をり)()つけたるは、(ほとけ)などの(あらは)れたまへらむに(まゐ)りあひたらむ心地(ここち)するも、はかなき(こころ)になむ。夕暮(ゆふぐれ)(かすみ)(まぎ)れは、さやかならねど、つくづくと()れば、桜色(さくらいろ)のあやめも、それと見分(みわ)きつ。げに、()りなむ(のち)形見(かたみ)にも()まほしく、(にほ)(おほ)()えたまふを、いとど(こと)ざまになりたまひなむこと、わびしく(おも)ひまさらる。(わか)(ひと)びとのうちとけたる姿(すがた)ども、夕映(ゆふば)えをかしう()ゆ。右勝(みぎか)たせたまひぬ。「高麗(こま)乱声(らんじゃう)、おそしや」など、はやりかに()ふもあり。 かう、うれしきをりつけたるは、ほとけなどのあらはれたまへらんにまゐりあひたらんここちするも、はかなきこころになん。ゆふぐれかすみまぎれは、さやかならねど、つくづくとれば、さくらいろのあやめも、それとみわきつ。げに、りなんのちかたみにもまほしく、にほおほえたまふを、いとどことざまになりたまひなんこと、わびしくおもひまさらる。わかひとびとのうちとけたるすがたども、ゆふばえをかしうゆ。みぎかたせたまひぬ。"こまらんじゃう、おそしや。"など、はやりかにふもあり。
442.7.5208178 (みぎ)(こころ)()せたてまつりて、西(にし)御前(おまへ)()りてはべる()を、(ひだり)になして、(とし)ごろの御争(おほんあらそ)ひの、かかれば、ありつるぞかし」 "みぎこころせたてまつりて、にしおまへりてはべるを、ひだりになして、としごろのおほんあらそひの、かかれば、ありつるぞかし。"
442.7.6209179 と、右方(みぎかた)心地(ここち)よげにはげましきこゆ。(なに)ごとと()らねど、をかしと()きて、さしいらへもせまほしけれど、「うちとけたまへる(をり)心地(ここち)なくやは」と(おも)ひて、()でて()ぬ。「また、かかる(まぎ)れもや」と、(かげ)()ひてぞ、うかがひありきける。 と、みぎかたここちよげにはげましきこゆ。なにごととらねど、をかしときて、さしいらへもせまほしけれど、"うちとけたまへるをりここちなくやは。"とおもひて、でてぬ。"また、かかるまぎれもや。"と、かげひてぞ、うかがひありきける。
442.8210180第八段 姫君たち、桜花を惜しむ和歌を詠む
442.8.1211181 君達(きみたち)は、(はな)(あらそ)ひをしつつ()かし()らしたまふに、風荒(かぜあら)らかに()きたる(ゆふ)(かた)(みだ)()つるがいと口惜(くちを)しうあたらしければ、()(かた)姫君(ひめぎみ) きみたちは、はなあらそひをしつつかしらしたまふに、かぜあららかにきたるゆふかたみだつるがいとくちをしうあたらしければ、かたひめぎみ
442.8.2212182 (さくら)ゆゑ(かぜ)(こころ)(さわ)ぐかな<BR/>(おも)ひぐまなき(はな)()()る」 "〔さくらゆゑかぜこころさわぐかな<BR/>おもひぐまなきはなる〕
442.8.3213183 御方(おほんかた)宰相(さいしゃう)(きみ) おほんかたさいしゃうきみ
442.8.4214184 ()くと()てかつは()りぬる(はな)なれば<BR/>()くるを(ふか)(うら)みともせず」 "〔くとてかつはりぬるはななれば<BR/>くるをふかうらみともせず〕
442.8.5215185 ()こえ(たす)くれば、(みぎ)姫君(ひめぎみ) こえたすくれば、みぎひめぎみ
442.8.6216186 (かぜ)()ることは()常枝(つねえだ)ながら<BR/>(うつ)ろふ(はな)をただにしも()じ」 "〔かぜることはつねえだながら<BR/>うつろふはなをただにしもじ〕
442.8.7217187 この御方(おほんかた)大輔(たいふ)(きみ) このおほんかたたいふきみ
442.8.8218188 (こころ)ありて(いけ)のみぎはに()つる(はな)<BR/>あわとなりてもわが(かた)()れ」 "〔こころありていけのみぎはにつるはな<BR/>あわとなりてもわがかたれ〕
442.8.9219189 ()(かた)童女(わらはべ)おりて、(はな)(した)にありきて、()りたるをいと(おほ)(ひろ)ひて、()(まゐ)れり。 かたわらはべおりて、はなしたにありきて、りたるをいとおほひろひて、まゐれり。
442.8.10220190 大空(おほぞら)(かぜ)()れども桜花(さくらばな)<BR/>おのがものとぞかきつめて()る」 "〔おほぞらかぜれどもさくらばな<BR/>おのがものとぞかきつめてる〕
442.8.11221191 (ひだり)のなれき、 ひだりのなれき、
442.8.12222192 桜花匂(さくらばなにほ)ひあまたに()らさじと<BR/>おほふばかりの(そで)はありやは "〔さくらばなにほひあまたにらさじと<BR/>おほふばかりのそではありやは
442.8.13223193 (こころ)せばげにこそ()ゆめれ」など()()とす。 こころせばげにこそゆめれ。"などとす。
443224194第三章 玉鬘の大君の物語 冷泉院に参院
443.1225195第一段 大君、冷泉院に参院決定
443.1.1226196 かくいふに、月日(つきひ)はかなく()ぐすも、()(すゑ)のうしろめたきを、尚侍(かん)殿(との)はよろづに(おぼ)す。(ゐん)よりは、御消息日々(おほんせうそこひび)にあり。女御(にょうご) かくいふに、つきひはかなくぐすも、すゑのうしろめたきを、かんとのはよろづにおぼす。ゐんよりは、おほんせうそこひびにあり。にょうご
443.1.2227197 「うとうとしう(おぼ)(へだ)つるにや。(うへ)は、ここに()こえ(うと)むるなめりと、いと(にく)げに(おぼ)しのたまへば、(たはぶ)れにも(くる)しうなむ。(おな)じくは、このころのほどに(おぼ)()ちね」 "うとうとしうおぼへだつるにや。うへは、ここにこえうとむるなめりと、いとにくげにおぼしのたまへば、たはぶれにもくるしうなん。おなじくは、このころのほどにおぼちね。"
443.1.3228198 など、いとまめやかに()こえたまふ。「さるべきにこそはおはすらめ。いとかうあやにくにのたまふもかたじけなし」など(おぼ)したり。 など、いとまめやかにこえたまふ。"さるべきにこそはおはすらめ。いとかうあやにくにのたまふもかたじけなし。"などおぼしたり。
443.1.4229199 御調度(おほんてうど)などは、そこらし()かせたまへれば、(ひと)びとの装束(さうぞく)(なに)くれのはかなきことをぞいそぎたまふ。これを()くに、蔵人少将(くらうどのせうしゃう)は、()ぬばかり(おも)ひて、母北(ははきた)(かた)をせめたてまつれば、()きわづらひたまひて、 おほんてうどなどは、そこらしかせたまへれば、ひとびとのさうぞくなにくれのはかなきことをぞいそぎたまふ。これをくに、くらうどのせうしゃうは、ぬばかりおもひて、ははきたかたをせめたてまつれば、きわづらひたまひて、
443.1.5230200 「いとかたはらいたきことにつけて、ほのめかし()こゆるも、()にかたくなしき(やみ)(まど)ひになむ。(おぼ)()(かた)もあらば、()(はか)りて、なほ(なぐさ)めさせたまへ」 "いとかたはらいたきことにつけて、ほのめかしこゆるも、にかたくなしきやみまどひになん。おぼかたもあらば、はかりて、なほなぐさめさせたまへ。"
443.1.6231201 など、いとほしげに()こえたまふを、「(くる)しうもあるかな」と、うち(なげ)きたまひて、 など、いとほしげにこえたまふを、"くるしうもあるかな。"と、うちなげきたまひて、
443.1.7232202 「いかなることと、(おも)うたまへ(さだ)むべきやうもなきを、(ゐん)よりわりなくのたまはするに、(おも)うたまへ(みだ)れてなむ。まめやかなる御心(みこころ)ならば、このほどを(おぼ)ししづめて、(なぐさ)めきこえむさまをも()たまひてなむ、()()こえもなだらかならむ」 "いかなることと、おもうたまへさだむべきやうもなきを、ゐんよりわりなくのたまはするに、おもうたまへみだれてなん。まめやかなるみこころならば、このほどをおぼししづめて、なぐさめきこえんさまをもたまひてなん、こえもなだらかならん。"
443.1.8233203 など(まう)したまふも、この御参(おほんまゐ)()ぐして、(なか)(きみ)をと(おぼ)すなるべし。「さし()はせては、うたてしたり(がほ)ならむ。まだ、(くらゐ)などもあさへたるほどを」など(おぼ)すに、(をとこ)は、さらにしか(おも)(うつ)るべくもあらず、ほのかに()たてまつりてのちは、面影(おもかげ)(こひ)しう、いかならむ(をり)にとのみおぼゆるに、かう(たの)みかからずなりぬるを、(おも)(なげ)きたまふこと(かぎ)りなし。 などまうしたまふも、このおほんまゐぐして、なかきみをとおぼすなるべし。"さしはせては、うたてしたりがほならん。まだ、くらゐなどもあさへたるほどを。"などおぼすに、をとこは、さらにしかおもうつるべくもあらず、ほのかにたてまつりてのちは、おもかげこひしう、いかならんをりにとのみおぼゆるに、かうたのみかからずなりぬるを、おもなげきたまふことかぎりなし。
443.2234204第二段 蔵人少将、藤侍従を訪問
443.2.1235205 かひなきことも()はむとて、(れい)の、侍従(じじゅう)曹司(ざうし)()たれば、源侍従(げんじじゅう)(ふみ)をぞ()ゐたまへりける。ひき(かく)すを、さなめりと()て、(うば)()りつ。「ことあり(がほ)にや」と(おも)ひて、いたうも(かく)さず。そこはかとなく、ただ()(うら)めしげにかすめたり。 かひなきこともはんとて、れいの、じじゅうざうしたれば、げんじじゅうふみをぞゐたまへりける。ひきかくすを、さなめりとて、うばりつ。"ことありがほにや。"とおもひて、いたうもかくさず。そこはかとなく、ただうらめしげにかすめたり。
443.2.2236206 「つれなくて()ぐる月日(つきひ)をかぞへつつ<BR/>もの(うら)めしき(くれ)(はる)かな」 "〔つれなくてぐるつきひをかぞへつつ<BR/>ものうらめしきくれはるかな〕
443.2.3237207 (ひと)はかうこそ、のどやかにさまよくねたげなめれ、わがいと人笑(ひとわら)はれなる心焦(こころい)られを、かたへは目馴(めな)れて、あなづりそめられにたる」など(おも)ふも、胸痛(むねいた)ければ、ことにものも()はれで、(れい)(かた)らふ中将(ちうじゃう)御許(おもと)曹司(ざうし)(かた)()くも、(れい)の、かひあらじかしと、(なげ)きがちなり。 "ひとはかうこそ、のどやかにさまよくねたげなめれ、わがいとひとわらはれなるこころいられを、かたへはめなれて、あなづりそめられにたる。"などおもふも、むねいたければ、ことにものもはれで、れいかたらふちうじゃうおもとざうしかたくも、れいの、かひあらじかしと、なげきがちなり。
443.2.4238208 侍従(じじゅう)(きみ)は、「この(かへ)りことせむ」とて、(うへ)(まゐ)りたまふを()るに、いと腹立(はらだ)たしうやすからず、(わか)心地(ここち)には、ひとへにものぞおぼえける。 じじゅうきみは、"このかへりことせん。"とて、うへまゐりたまふをるに、いとはらだたしうやすからず、わかここちには、ひとへにものぞおぼえける。
443.2.5239209 あさましきまで(うら)(なげ)けば、この前申(まへまう)しも、あまり(たはぶ)れにくく、いとほしと(おも)ひて、いらへもをさをさせず。かの御碁(おほんご)見証(けんぞ)せし夕暮(ゆふぐれ)のことも()()でて、 あさましきまでうらなげけば、このまへまうしも、あまりたはぶれにくく、いとほしとおもひて、いらへもをさをさせず。かのおほんごけんぞせしゆふぐれのこともでて、
443.2.6240210 「さばかりの(ゆめ)をだに、また()てしがな。あはれ、(なに)(たの)みにて()きたらむ。かう()こゆることも、(のこ)(すく)なうおぼゆれば、つらきもあはれ、といふことこそ、まことなりけれ」 "さばかりのゆめをだに、またてしがな。あはれ、なにたのみにてきたらん。かうこゆることも、のこすくなうおぼゆれば、つらきもあはれ、といふことこそ、まことなりけれ。"
443.2.7241211 と、いとまめだちて()ふ。「あはれと、()ひやるべき(かた)なきことなり。かの(なぐさ)めたまふらむ(おほん)さま、つゆばかりうれしと(おも)ふべきけしきもなければ、げに、かの夕暮(ゆふぐれ)顕証(けんぞ)なりけむに、いとどかうあやにくなる(こころ)()ひたるならむ」と、ことわりに(おも)ひて、 と、いとまめだちてふ。"あはれと、ひやるべきかたなきことなり。かのなぐさめたまふらんおほんさま、つゆばかりうれしとおもふべきけしきもなければ、げに、かのゆふぐれけんぞなりけんに、いとどかうあやにくなるこころひたるならん。"と、ことわりにおもひて、
443.2.8242212 ()こしめさせたらば、いとどいかにけしからぬ御心(みこころ)なりけりと、(うと)みきこえたまはむ。心苦(こころぐる)しと(おも)ひきこえつる(こころ)()せぬ。いとうしろめたき御心(みこころ)なりけり」 "こしめさせたらば、いとどいかにけしからぬみこころなりけりと、うとみきこえたまはん。こころぐるしとおもひきこえつるこころせぬ。いとうしろめたきみこころなりけり。"
443.2.9243213 と、(むか)()つくれば、 と、むかつくれば、
443.2.10244214 「いでや、さはれや。(いま)(かぎ)りの()なれば、もの(おそ)ろしくもあらずなりにたり。さても()けたまひしこそ、いといとほしかりしか。おいらかに()()れてやは。()くはせたてまつらましかば、こよなからましものを」など()ひて、 "いでや、さはれや。いまかぎりのなれば、ものおそろしくもあらずなりにたり。さてもけたまひしこそ、いといとほしかりしか。おいらかにれてやは。くはせたてまつらましかば、こよなからましものを。"などひて、
443.2.11245215 「いでやなぞ(かず)ならぬ()にかなはぬは<BR/>(ひと)()けじの(こころ)なりけり」 "〔いでやなぞかずならぬにかなはぬは<BR/>ひとけじのこころなりけり〕
443.2.12246216 中将(ちうじゃう)、うち(わら)ひて、 ちうじゃう、うちわらひて、
443.2.13247217 「わりなしや(つよ)きによらむ()()けを<BR/>心一(こころひと)つにいかがまかする」 "〔わりなしやつよきによらんけを<BR/>こころひとつにいかがまかする〕
443.2.14248218 といらふるさへぞ、つらかりける。 といらふるさへぞ、つらかりける。
443.2.15249219 「あはれとて()(ゆる)せかし()()にを<BR/>(きみ)にまかするわが()とならば」 "〔あはれとてゆるせかしにを<BR/>きみにまかするわがとならば〕
443.2.16250220 ()きみ(わら)ひみ、(かた)らひ()かす。 きみわらひみ、かたらひかす。
443.3251221第三段 四月一日、蔵人少将、玉鬘へ和歌を贈る
443.3.1252222 またの()は、卯月(うづき)になりにければ、兄弟(はらから)(きみ)たちの、内裏(うち)(まゐ)りさまよふに、いたう(くん)()りて(なが)めゐたまへれば、母北(ははきた)(かた)は、(なみだ)ぐみておはす。大臣(おとど)も、 またのは、うづきになりにければ、はらからきみたちの、うちまゐりさまよふに、いたうくんりてながめゐたまへれば、ははきたかたは、なみだぐみておはす。おとども、
443.3.2253223 (ゐん)()こしめすところもあるべし。(なに)にかは、おほなおほな()()れむ、と(おも)ひて、くやしう、対面(たいめん)のついでにも、うち()()こえずなりにし。みづからあながちに(まう)さましかば、さりともえ(たが)へたまはざらまし」 "ゐんこしめすところもあるべし。なににかは、おほなおほなれん、とおもひて、くやしう、たいめんのついでにも、うちこえずなりにし。みづからあながちにまうさましかば、さりともえたがへたまはざらまし。"
443.3.3254224 などのたまふ。さて、(れい)の、 などのたまふ。さて、れいの、
443.3.4255225 (はな)()(はる)()らしつ今日(けふ)よりや<BR/>しげき(なげ)きの(した)(まど)はむ」 "〔はなはるらしつけふよりや<BR/>しげきなげきのしたまどはん〕
443.3.5256226 ()こえたまへり。 こえたまへり。
443.3.6257227 御前(おまへ)にて、これかれ上臈(じゃうらふ)だつ(ひと)びと、この御懸想人(おほんけさうびと)の、さまざまにいとほしげなるを()こえ()らするなかに、中将(ちうじゃう)御許(おもと) おまへにて、これかれじゃうらふだつひとびと、このおほんけさうびとの、さまざまにいとほしげなるをこえらするなかに、ちうじゃうおもと
443.3.7258228 ()()にをと()ひしさまの、(こと)にのみはあらず、心苦(こころぐる)しげなりし」 "にをとひしさまの、ことにのみはあらず、こころぐるしげなりし。"
443.3.8259229 など()こゆれば、尚侍(かん)(きみ)も、いとほしと()きたまふ。大臣(おとど)(きた)(かた)(おぼ)すところにより、せめて(ひと)御恨(おほんうら)(ふか)くはと、()()へありて(おぼ)すこの御参(おほんまゐ)りを、さまたげやうに(おも)ふらむはしも、めざましきこと、(かぎ)りなきにても、ただ(うど)には、かけてあるまじきものに、故殿(ことの)(おぼ)しおきてたりしものを、(ゐん)(まゐ)りたまはむだに、()(すゑ)のはえばえしからぬを(おぼ)したる、(をり)しも、この御文取(おほんふみと)()れてあはれがる。御返事(おほんかへりこと) などこゆれば、かんきみも、いとほしときたまふ。おとどきたかたおぼすところにより、せめてひとおほんうらふかくはと、へありておぼすこのおほんまゐりを、さまたげやうにおもふらんはしも、めざましきこと、かぎりなきにても、ただうどには、かけてあるまじきものに、ことのおぼしおきてたりしものを、ゐんまゐりたまはんだに、すゑのはえばえしからぬをおぼしたる、をりしも、このおほんふみとれてあはれがる。おほんかへりこと
443.3.9260230 今日(けふ)()(そら)(なが)むるけしきにて<BR/>(はな)(こころ)(うつ)しけりとも」 "〔けふそらながむるけしきにて<BR/>はなこころうつしけりとも〕
443.3.10261231 「あな、いとほし。(たはぶ)れにのみも()りなすかな」 "あな、いとほし。たはぶれにのみもりなすかな。"
443.3.11262232 など()へど、うるさがりて()()へず。 などへど、うるさがりてへず。
443.4263233第四段 四月九日、大君、冷泉院に参院
443.4.1264234 九日(ここぬか)にぞ、(まゐ)りたまふ。(みぎ)大殿(おほとの)御車(みくるま)御前(ごぜん)(ひと)びとあまたたてまつりたまへり。(きた)(かた)も、(うら)めしと(おも)ひきこえたまへど、(とし)ごろさもあらざりしに、この(おほん)ことゆゑ、しげう()こえ(かよ)ひたまへるを、またかき()えむもうたてあれば、(かづ)(もの)ども、よき(をんな)装束(さうぞく)ども、あまたたてまつれたまへり。 ここぬかにぞ、まゐりたまふ。みぎおほとのみくるまごぜんひとびとあまたたてまつりたまへり。きたかたも、うらめしとおもひきこえたまへど、としごろさもあらざりしに、このおほんことゆゑ、しげうこえかよひたまへるを、またかきえんもうたてあれば、かづものども、よきをんなさうぞくども、あまたたてまつれたまへり。
443.4.2265235 「あやしう、うつし(ごころ)もなきやうなる(ひと)のありさまを、()たまへ(あつか)ふほどに、(うけたまは)りとどむることもなかりけるを、おどろかさせたまはぬも、うとうとしくなむ」 "あやしう、うつしごころもなきやうなるひとのありさまを、たまへあつかふほどに、うけたまはりとどむることもなかりけるを、おどろかさせたまはぬも、うとうとしくなん。"
443.4.3266236 とぞありける。おいらかなるやうにてほのめかしたまへるを、いとほしと()たまふ。大臣(おとど)御文(おほんふみ)あり。 とぞありける。おいらかなるやうにてほのめかしたまへるを、いとほしとたまふ。おとどおほんふみあり。
443.4.4267237 「みづからも(まゐ)るべきに、(おも)うたまへつるに、(つつし)(こと)のはべりてなむ。(をのこ)ども、雑役(ざふやく)にとて(まゐ)らす。(うと)からず()使(つか)はせたまへ」 "みづからもまゐるべきに、おもうたまへつるに、つつしことのはべりてなん。をのこども、ざふやくにとてまゐらす。うとからずつかはせたまへ。"
443.4.5268238 とて、源少将(げんせうしゃう)兵衛佐(ひゃうゑのすけ)など、たてまつれたまへり。「(なさ)けはおはすかし」と、(よろこ)びきこえたまふ。大納言殿(だいなごんどの)よりも、(ひと)びとの御車(みくるま)たてまつれたまふ。(きた)(かた)は、故大臣(こおとど)御女(おほんむすめ)真木柱(まきばしら)姫君(ひめぎみ)なれば、いづかたにつけても、(むつ)ましう()こえ(かよ)ひたまふべけれど、さしもあらず。 とて、げんせうしゃうひゃうゑのすけなど、たてまつれたまへり。"なさけはおはすかし。"と、よろこびきこえたまふ。だいなごんどのよりも、ひとびとのみくるまたてまつれたまふ。きたかたは、こおとどおほんむすめまきばしらひめぎみなれば、いづかたにつけても、むつましうこえかよひたまふべけれど、さしもあらず。
443.4.6269239 藤中納言(とうちうなごん)はしも、みづからおはして、中将(ちうじゃう)(べん)(きみ)たち、もろともに事行(ことおこな)ひたまふ。殿(との)のおはせましかばと、よろづにつけてあはれなり。 とうちうなごんはしも、みづからおはして、ちうじゃうべんきみたち、もろともにことおこなひたまふ。とののおはせましかばと、よろづにつけてあはれなり。
443.5270240第五段 蔵人少将、大君と和歌を贈答
443.5.1271241 蔵人(くらうど)(きみ)(れい)(ひと)にいみじき言葉(ことば)()くして、 くらうどきみれいひとにいみじきことばくして、
443.5.2272242 (いま)(かぎ)りと(おも)ひはべる(いのち)の、さすがに(かな)しきを。あはれと(おも)ふ、とばかりだに、一言(ひとこと)のたまはせば、それにかけとどめられて、しばしもながらへやせむ」 "いまかぎりとおもひはべるいのちの、さすがにかなしきを。あはれとおもふ、とばかりだに、ひとことのたまはせば、それにかけとどめられて、しばしもながらへやせん。"
443.5.3273243 などあるを、()(まゐ)りて()れば、姫君二所(ひめぎみふたところ)うち(かた)らひて、いといたう(くん)じたまへり。夜昼(よるひる)もろともに()らひたまひて、(なか)()ばかり(へだ)てたる西東(にしひんがし)をだに、いといぶせきものにしたまひて、かたみにわたり(かよ)ひおはするを、よそよそにならむことを(おぼ)すなりけり。 などあるを、まゐりてれば、ひめぎみふたところうちかたらひて、いといたうくんじたまへり。よるひるもろともにらひたまひて、なかばかりへだてたるにしひんがしをだに、いといぶせきものにしたまひて、かたみにわたりかよひおはするを、よそよそにならんことをおぼすなりけり。
443.5.4274244 (こころ)ことにしたて、ひきつくろひたてまつりたまへる(おほん)さま、いとをかし。殿(との)(おぼ)しのたまひしさまなどを(おぼ)()でて、ものあはれなる(をり)からにや、()りて()たまふ。「大臣(おとど)(きた)(かた)の、さばかり()(なら)びて、(たの)もしげなる(おほん)なかに、などかうすずろごとを(おも)()ふらむ」とあやしきにも、「(かぎ)り」とあるを、「まことや」と(おぼ)して、やがてこの御文(おほんふみ)(はし)に、 こころことにしたて、ひきつくろひたてまつりたまへるおほんさま、いとをかし。とのおぼしのたまひしさまなどをおぼでて、ものあはれなるをりからにや、りてたまふ。"おとどきたかたの、さばかりならびて、たのもしげなるおほんなかに、などかうすずろごとをおもふらん。"とあやしきにも、"かぎり"とあるを、"まことや。"とおぼして、やがてこのおほんふみはしに、
443.5.5275245 「あはれてふ(つね)ならぬ()一言(ひとこと)も<BR/>いかなる(ひと)にかくるものぞは "〔あはれてふつねならぬひとことも<BR/>いかなるひとにかくるものぞは
443.5.6276246 ゆゆしき(かた)にてなむ、ほのかに(おも)()りたる」 ゆゆしきかたにてなん、ほのかにおもりたる。"
443.5.7277247 ()きたまひて、「かう()ひやれかし」とのたまふを、やがてたてまつれたるを、(かぎ)りなう(めづら)しきにも、折思(をりおぼ)しとむるさへ、いとど(なみだ)もとどまらず。 きたまひて、"かうひやれかし。"とのたまふを、やがてたてまつれたるを、かぎりなうめづらしきにも、をりおぼしとむるさへ、いとどなみだもとどまらず。
443.5.8278248 ()ちかへり、「()()()たじ」など、かことがましくて、 ちかへり、"たじ。"など、かことがましくて、
443.5.9279249 ()ける()()には(こころ)にまかせねば<BR/>()かでややまむ(きみ)一言(ひとこと) "〔けるにはこころにまかせねば<BR/>かでややまんきみひとこと
443.5.10280250 (つか)(うへ)にも()けたまふべき御心(みこころ)のほど、(おも)ひたまへましかば、ひたみちにも(いそ)がれはべらましを」 つかうへにもけたまふべきみこころのほど、おもひたまへましかば、ひたみちにもいそがれはべらましを。"
443.5.11281251 などあるに、「うたてもいらへをしてけるかな。()()へでやりつらむよ」と(くる)しげに(おぼ)して、ものものたまはずなりぬ。 などあるに、"うたてもいらへをしてけるかな。へでやりつらんよ。"とくるしげにおぼして、ものものたまはずなりぬ。
443.6282252第六段 冷泉院における大君と薫君
443.6.1283253 大人(おとな)(わらは)、めやすき(かぎ)りをととのへられたり。おほかたの儀式(ぎしき)などは、内裏(うち)(まゐ)りたまはましに、()はることなし。まづ、女御(にょうご)御方(おほんかた)(わた)りたまひて、尚侍(かん)(きみ)は、御物語(おほんものがたり)など()こえたまふ。夜更(よふ)けてなむ、(うへ)にまう(のぼ)りたまひける。 おとなわらは、めやすきかぎりをととのへられたり。おほかたのぎしきなどは、うちまゐりたまはましに、はることなし。まづ、にょうごおほんかたわたりたまひて、かんきみは、おほんものがたりなどこえたまふ。よふけてなん、うへにまうのぼりたまひける。
443.6.2284254 (きさき)女御(にょうご)など、みな(とし)ごろ()てねびたまへるに、いとうつくしげにて、(さか)りに見所(みどころ)あるさまを()たてまつりたまふは、などてかはおろかならむ。はなやかに(とき)めきたまふ。ただ(うど)だちて、(こころ)やすくもてなしたまへるさましもぞ、げに、あらまほしうめでたかりける。 きさきにょうごなど、みなとしごろてねびたまへるに、いとうつくしげにて、さかりにみどころあるさまをたてまつりたまふは、などてかはおろかならん。はなやかにときめきたまふ。ただうどだちて、こころやすくもてなしたまへるさましもぞ、げに、あらまほしうめでたかりける。
443.6.3285255 尚侍(かん)(きみ)を、しばしさぶらひたまひなむと、御心(みこころ)とどめて(おぼ)しけるに、いと()く、やをら()でたまひにければ、口惜(くちを)しう心憂(こころう)しと(おぼ)したり。 かんきみを、しばしさぶらひたまひなんと、みこころとどめておぼしけるに、いとく、やをらでたまひにければ、くちをしうこころうしとおぼしたり。
443.6.4286256 源侍従(げんじじゅう)(きみ)をば、()()御前(おまへ)()しまつはしつつ、げに、ただ(むかし)(ひか)源氏(げんじ)()()でたまひしに(おと)らぬ(ひと)(おほん)おぼえなり。(ゐん)のうちには、いづれの御方(おほんかた)にも(うと)からず、()()じらひありきたまふ。この御方(おほんかた)にも、心寄(こころよ)せあり(がほ)にもてなして、(した)には、いかに()たまふらむの(こころ)さへ()ひたまへり。 げんじじゅうきみをば、おまへしまつはしつつ、げに、ただむかしひかげんじでたまひしにおとらぬひとおほんおぼえなり。ゐんのうちには、いづれのおほんかたにもうとからず、じらひありきたまふ。このおほんかたにも、こころよせありがほにもてなして、したには、いかにたまふらんのこころさへひたまへり。
443.6.5287258 夕暮(ゆふぐれ)のしめやかなるに、藤侍従(とうじじゅう)()れてありくに、かの御方(おほんかた)御前近(おまへちか)()やらるる五葉(ごえふ)に、(ふぢ)のいとおもしろく()きかかりたるを、(みづ)のほとりの(いし)に、(こけ)(むしろ)にて(なが)めゐたまへり。まほにはあらねど、()中恨(なかうら)めしげにかすめつつ(かた)らふ。 ゆふぐれのしめやかなるに、とうじじゅうれてありくに、かのおほんかたおまへちかやらるるごえふに、ふぢのいとおもしろくきかかりたるを、みづのほとりのいしに、こけむしろにてながめゐたまへり。まほにはあらねど、なかうらめしげにかすめつつかたらふ。
443.6.6288259 ()にかくるものにしあらば(ふぢ)(はな)<BR/>(まつ)よりまさる(いろ)()ましや」 "〔にかくるものにしあらばふぢはな<BR/>まつよりまさるいろましや〕
443.6.7289260 とて、(はな)見上(みあ)げたるけしきなど、あやしくあはれに心苦(こころぐる)しく(おも)ほゆれば、わが(こころ)にあらぬ()のありさまにほのめかす。 とて、はなみあげたるけしきなど、あやしくあはれにこころぐるしくおもほゆれば、わがこころにあらぬのありさまにほのめかす。
443.6.8290261 (むらさき)(いろ)はかよへど(ふぢ)(はな)<BR/>(こころ)にえこそかからざりけれ」 "〔むらさきいろはかよへどふぢはな<BR/>こころにえこそかからざりけれ〕
443.6.9291262 まめなる(きみ)にて、いとほしと(おも)へり。いと心惑(こころまど)ふばかりは(おも)()られざりしかど、口惜(くちを)しうはおぼえけり。 まめなるきみにて、いとほしとおもへり。いとこころまどふばかりはおもられざりしかど、くちをしうはおぼえけり。
443.7292263第七段 失意の蔵人少将と大君のその後
443.7.1293264 かの少将(せうしゃう)(きみ)はしも、まめやかに、いかにせましと、(あやま)ちもしつべく、しづめがたくなむおぼえける。()こえたまひし(ひと)びと、(なか)(きみ)をと、(うつ)ろふもあり。少将(せうしゃう)(きみ)をば、母北(ははきた)(かた)御恨(おほんうら)みにより、さもやと(おも)ほして、ほのめかし()こえたまひしを、()えて(おとづ)れずなりにたり。 かのせうしゃうきみはしも、まめやかに、いかにせましと、あやまちもしつべく、しづめがたくなんおぼえける。こえたまひしひとびと、なかきみをと、うつろふもあり。せうしゃうきみをば、ははきたかたおほんうらみにより、さもやとおもほして、ほのめかしこえたまひしを、えておとづれずなりにたり。
443.7.2294265 (ゐん)には、かの(きみ)たちも、(した)しくもとよりさぶらひたまへど、この(まゐ)りたまひてのち、をさをさ(まゐ)らず、まれまれ殿上(てんじゃう)(かた)にさしのぞきても、あぢきなう、()げてなむまかでける。 ゐんには、かのきみたちも、したしくもとよりさぶらひたまへど、このまゐりたまひてのち、をさをさまゐらず、まれまれてんじゃうかたにさしのぞきても、あぢきなう、げてなんまかでける。
443.7.3295266 内裏(うち)には、故大臣(こおとど)(こころ)ざしおきたまへるさまことなりしを、かく()(たが)へたる御宮仕(おほんみやづか)へを、いかなるにか、と(おぼ)して、中将(ちうじゃう)()してなむのたまはせける。 うちには、こおとどこころざしおきたまへるさまことなりしを、かくたがへたるおほんみやづかへを、いかなるにか、とおぼして、ちうじゃうしてなんのたまはせける。
443.7.4296267 ()けしきよろしからず。さればこそ、世人(よひと)(こころ)のうちも、(かたぶ)きぬべきことなりと、かねて(まう)しし(こと)を、(おぼ)しとるかた(こと)にて、かう(おぼ)()ちにしかば、ともかくも()こえがたくてはべるに、かかる(おほ)(ごと)のはべれば、なにがしらが()のためも、あぢきなくなむはべる」 "けしきよろしからず。さればこそ、よひとこころのうちも、かたぶきぬべきことなりと、かねてまうししことを、おぼしとるかたことにて、かうおぼちにしかば、ともかくもこえがたくてはべるに、かかるおほごとのはべれば、なにがしらがのためも、あぢきなくなんはべる。"
443.7.5297268 と、いとものしと(おも)ひて、尚侍(かん)(きみ)(まう)したまふ。 と、いとものしとおもひて、かんきみまうしたまふ。
443.7.6298269 「いさや。ただ(いま)、かう、にはかにしも(おも)()たざりしを。あながちに、いとほしうのたまはせしかば、後見(うしろみ)なき()じらひの内裏(うち)わたりは、はしたなげなめるを、(いま)(こころ)やすき(おほん)ありさまなめるに、まかせきこえて、と(おも)()りしなり。()れも()れも、便(びん)なからむ(こと)は、ありのままにも(いさ)めたまはで、(いま)ひき(かへ)し、(みぎ)大臣(おとど)も、ひがひがしきやうに、おもむけてのたまふなれば、(くる)しうなむ。これもさるべきにこそは」 "いさや。ただいま、かう、にはかにしもおもたざりしを。あながちに、いとほしうのたまはせしかば、うしろみなきじらひのうちわたりは、はしたなげなめるを、いまこころやすきおほんありさまなめるに、まかせきこえて、とおもりしなり。れもれも、びんなからんことは、ありのままにもいさめたまはで、いまひきかへし、みぎおとども、ひがひがしきやうに、おもむけてのたまふなれば、くるしうなん。これもさるべきにこそは。"
443.7.7299270 と、なだらかにのたまひて、(こころ)(さわ)がいたまはず。 と、なだらかにのたまひて、こころさわがいたまはず。
443.7.8300271 「その(むかし)御宿世(おほんすくせ)は、()()えぬものなれば、かう(おぼ)しのたまはするを、これは(ちぎ)(こと)なるとも、いかがは(そう)(なほ)すべきことならむ。中宮(ちうぐう)(はばか)りきこえたまふとて、(ゐん)女御(にょうご)をば、いかがしたてまつりたまはむとする。後見(うしろみ)(なに)やと、かねて(おぼ)()はすとも、さしもえはべらじ。 "そのむかしおほんすくせは、えぬものなれば、かうおぼしのたまはするを、これはちぎことなるとも、いかがはそうなほすべきことならん。ちうぐうはばかりきこえたまふとて、ゐんにょうごをば、いかがしたてまつりたまはんとする。うしろみなにやと、かねておぼはすとも、さしもえはべらじ。
443.7.9301272 よし、見聞(みき)きはべらむ。よう(おも)へば、内裏(うち)は、中宮(ちうぐう)おはしますとて、異人(ことびと)()じらひたまはずや。(きみ)(つか)うまつることは、それが(こころ)やすきこそ、(むかし)より(きょう)あることにはしけれ。女御(にょうご)は、いささかなることの(たが)()ありて、よろしからず(おも)ひきこえたまはむに、ひがみたるやうになむ、()()(みみ)もはべらむ」 よし、みききはべらん。ようおもへば、うちは、ちうぐうおはしますとて、ことびとじらひたまはずや。きみつかうまつることは、それがこころやすきこそ、むかしよりきょうあることにはしけれ。にょうごは、いささかなることのたがありて、よろしからずおもひきこえたまはんに、ひがみたるやうになん、みみもはべらん。"
443.7.10302273 など、二所(ふたところ)して(まう)したまへば、尚侍(かん)(きみ)、いと(くる)しと(おぼ)して、さるは、(かぎ)りなき御思(おほんおも)ひのみ、月日(つきひ)()へてまさる。 など、ふたところしてまうしたまへば、かんきみ、いとくるしとおぼして、さるは、かぎりなきおほんおもひのみ、つきひへてまさる。
443.7.11303274 七月(ふみづき)よりはらみたまひにけり。「うち(なや)みたまへるさま、げに、(ひと)のさまざまに()こえわづらはすも、ことわりぞかし。いかでかはかからむ(ひと)を、なのめに見聞(みき)()ぐしてはやまむ」とぞおぼゆる。()()れ、御遊(おほんあそ)びをせさせたまひつつ、侍従(じじゅう)気近(けぢか)()()るれば、御琴(おほんこと)()などは()きたまふ。かの「(むめ)()」に()はせたりし中将(ちうじゃう)御許(おもと)和琴(わごん)も、(つね)()()でて()かせたまへば、()()はするにも、ただにはおぼえざりけり。 ふみづきよりはらみたまひにけり。"うちなやみたまへるさま、げに、ひとのさまざまにこえわづらはすも、ことわりぞかし。いかでかはかからんひとを、なのめにみきぐしてはやまん。"とぞおぼゆる。れ、おほんあそびをせさせたまひつつ、じじゅうけぢかるれば、おほんことなどはきたまふ。かの〔むめ〕にはせたりしちうじゃうおもとわごんも、つねでてかせたまへば、はするにも、ただにはおぼえざりけり。
444304275第四章 玉鬘の物語 玉鬘の姫君たちの物語
444.1305276第一段 正月、男踏歌、冷泉院に回る
444.1.1306277 その(とし)かへりて、男踏歌(をとこたふか)せられけり。殿上(てんじゃう)若人(わかうど)どもの(なか)に、(もの)上手多(じゃうずおほ)かるころほひなり。その(なか)にも、すぐれたるを()らせたまひて、この四位(しゐ)侍従(じじゅう)(みぎ)歌頭(かとう)なり。かの蔵人少将(くらうどのせうしゃう)楽人(がくにん)(かず)のうちにありけり。 そのとしかへりて、をとこたふかせられけり。てんじゃうわかうどどものなかに、ものじゃうずおほかるころほひなり。そのなかにも、すぐれたるをらせたまひて、このしゐじじゅうみぎかとうなり。かのくらうどのせうしゃうがくにんかずのうちにありけり。
444.1.2307278 十四日(じふゆか)(つき)のはなやかに(くも)りなきに、御前(おまへ)より()でて、冷泉院(れいぜいゐん)(まゐ)る。女御(にょうご)も、この御息所(みやすんどころ)も、(うへ)御局(みつぼね)して()たまふ。上達部(かんだちめ)親王(みこ)たち、ひき()れて(まゐ)りたまふ。 じふゆかつきのはなやかにくもりなきに、おまへよりでて、れいぜいゐんまゐる。にょうごも、このみやすんどころも、うへみつぼねしてたまふ。かんだちめみこたち、ひきれてまゐりたまふ。
444.1.3308279 (みぎ)大殿(おほとの)致仕(ちじ)大殿(おほとの)(ぞう)(はな)れて、きらきらしうきよげなる(ひと)はなき()なり」と()ゆ。内裏(うち)御前(おまへ)よりも、この(ゐん)をばいと()づかしう、ことに(おも)ひきこえて、「皆人用意(みなひとようい)(くは)ふる(なか)にも、蔵人少将(くらひとのせうしゃう)は、()たまふらむかし」と(おも)ひやりて、静心(しづごころ)なし。 "みぎおほとのちじおほとのぞうはなれて、きらきらしうきよげなるひとはなきなり。"とゆ。うちおまへよりも、このゐんをばいとづかしう、ことにおもひきこえて、"みなひとよういくはふるなかにも、くらひとのせうしゃうは、たまふらんかし。"とおもひやりて、しづごころなし。
444.1.4309280 (にほ)ひもなく見苦(みぐる)しき綿花(わたばな)も、かざす(ひと)がらに見分(みわ)かれて、(さま)(こゑ)も、いとをかしくぞありける。「竹河(たけかは)(うた)ひて、御階(みはし)のもとに()みよるほど、()ぎにし()のはかなかりし(あそ)びも(おも)()でられければ、ひがこともしつべくて(なみだ)ぐみけり。 にほひもなくみぐるしきわたばなも、かざすひとがらにみわかれて、さまこゑも、いとをかしくぞありける。〔たけかはうたひて、みはしのもとにみよるほど、ぎにしのはかなかりしあそびもおもでられければ、ひがこともしつべくてなみだぐみけり。
444.1.5310281 (きさい)(みや)御方(おほんかた)(まゐ)れば、(うへ)もそなたに(わた)らせたまひて御覧(ごらん)ず。(つき)は、夜深(よぶか)くなるままに、(ひる)よりもはしたなう()(のぼ)りて、いかに()たまふらむとのみおぼゆれば、()(そら)もなうただよひありきて、(さかづき)も、さして一人(ひとり)をのみとがめらるるは、面目(めいぼく)なくなむ。 きさいみやおほんかたまゐれば、うへもそなたにわたらせたまひてごらんず。つきは、よぶかくなるままに、ひるよりもはしたなうのぼりて、いかにたまふらんとのみおぼゆれば、そらもなうただよひありきて、さかづきも、さしてひとりをのみとがめらるるは、めいぼくなくなん。
444.2311282第二段 翌日、冷泉院、薫を召す
444.2.1312283 夜一夜(よひとよ)所々(ところどころ)かきありきて、いと(なや)ましう(くる)しくて()したるに、源侍従(げんじじゅう)を、(ゐん)より()したれば、「あな、(くる)し。しばし(やす)むべきに」とむつかりながら(まゐ)りたまへり。御前(おまへ)のことどもなど()はせたまふ。 よひとよところどころかきありきて、いとなやましうくるしくてしたるに、げんじじゅうを、ゐんよりしたれば、"あな、くるし。しばしやすむべきに。"とむつかりながらまゐりたまへり。おまへのことどもなどはせたまふ。
444.2.2313284 歌頭(かとう)は、うち()ぐしたる(ひと)のさきざきするわざを、(えら)ばれたるほど、(こころ)にくかりけり」 "かとうは、うちぐしたるひとのさきざきするわざを、えらばれたるほど、こころにくかりけり。"
444.2.3314285 とて、うつくしと(おぼ)しためり。「万春楽(まんすらく)」を御口(おほんくち)ずさみにしたまひつつ、御息所(みやすんどころ)御方(おほんかた)(わた)らせたまへば、御供(おほんとも)(まゐ)りたまふ。物見(ものみ)(まゐ)りたる里人多(さとびとおほ)くて、(れい)よりははなやかに、けはひ(いま)めかし。 とて、うつくしとおぼしためり。〔まんすらく〕をおほんくちずさみにしたまひつつ、みやすんどころおほんかたわたらせたまへば、おほんともまゐりたまふ。ものみまゐりたるさとびとおほくて、れいよりははなやかに、けはひいまめかし。
444.2.4315286 渡殿(わたどの)戸口(とぐち)にしばしゐて、声聞(こゑき)()りたる(ひと)に、ものなどのたまふ。 わたどのとぐちにしばしゐて、こゑきりたるひとに、ものなどのたまふ。
444.2.5316288 一夜(ひとよ)月影(つきかげ)は、はしたなかりしわざかな。蔵人少将(くらうどのせうしゃう)の、(つき)(ひかり)にかかやきたりしけしきも、(かつら)(かげ)()づるにはあらずやありけむ。(くも)上近(うへちか)くては、さしも()えざりき」 "ひとよつきかげは、はしたなかりしわざかな。くらうどのせうしゃうの、つきひかりにかかやきたりしけしきも、かつらかげづるにはあらずやありけん。くもうへちかくては、さしもえざりき。"
444.2.6317289 など(かた)りたまへば、(ひと)びとあはれと、()くもあり。 などかたりたまへば、ひとびとあはれと、くもあり。
444.2.7318290 (やみ)はあやなきを、月映(つきば)えは、(いま)すこし心異(こころこと)なり、と(さだ)めきこえし」などすかして、(うち)より、 "やみはあやなきを、つきばえは、いますこしこころことなり、とさだめきこえし。"などすかして、うちより、
444.2.8319291 竹河(たけかは)のその()のことは(おも)()づや<BR/>しのぶばかりの(ふし)はなけれど」 "〔たけかはのそののことはおもづや<BR/>しのぶばかりのふしはなけれど〕
444.2.9320292 ()ふ。はかなきことなれど、(なみだ)ぐまるるも、「げに、いと(あさ)くはおぼえぬことなりけり」と、みづから(おも)()らる。 ふ。はかなきことなれど、なみだぐまるるも、"げに、いとあさくはおぼえぬことなりけり。"と、みづからおもらる。
444.2.10321293 (なが)れての(たの)めむなしき竹河(たけかは)に<BR/>()()きものと(おも)()りにき」 "〔ながれてのたのめむなしきたけかはに<BR/>きものとおもりにき〕
444.2.11322294 ものあはれなるけしきを、(ひと)びとをかしがる。さるは、おり()ちて(ひと)のやうにもわびたまはざりしかど、(ひと)ざまのさすがに心苦(こころぐる)しう()ゆるなり。 ものあはれなるけしきを、ひとびとをかしがる。さるは、おりちてひとのやうにもわびたまはざりしかど、ひとざまのさすがにこころぐるしうゆるなり。
444.2.12323295 「うち()()ぐすこともこそはべれ。あな、かしこ」 "うちぐすこともこそはべれ。あな、かしこ。"
444.2.13324296 とて、()つほどに、「こなたに」と()()づれば、はしたなき心地(ここち)すれど、(まゐ)りたまふ。 とて、つほどに、"こなたに。"とづれば、はしたなきここちすれど、まゐりたまふ。
444.2.14325297 故六条院(ころくでうのゐん)の、踏歌(たふか)(あした)に、女楽(をんながく)にて(あそ)びせられける、いとおもしろかりきと、(みぎ)大臣(おとど)(かた)られし。(なに)ごとも、かのわたりのさしつぎなるべき(ひと)(かた)くなりにける()なりや。いと(もの)上手(じゃうず)なる(をんな)さへ(おほ)(あつ)まりて、いかにはかなきことも、をかしかりけむ」 "ころくでうのゐんの、たふかあしたに、をんながくにてあそびせられける、いとおもしろかりきと、みぎおとどかたられし。なにごとも、かのわたりのさしつぎなるべきひとかたくなりにけるなりや。いとものじゃうずなるをんなさへおほあつまりて、いかにはかなきことも、をかしかりけん。"
444.2.15326298 など(おぼ)しやりて、御琴(おほんこと)ども調(しら)べさせたまひて、(さう)御息所(みやすんどころ)琵琶(びは)侍従(じじゅう)(たま)ふ。和琴(わごん)()かせたまひて、「この殿(との)」など(あそ)びたまふ。御息所(みやすんどころ)御琴(おほんこと)()、まだ(かた)なりなるところありしを、いとよう(をし)へないたてまつりたまひてけり。(いま)めかしう爪音(つまおと)よくて、(うた)(ごく)のものなど、上手(じゃうず)にいとよく()きたまふ。(なに)ごとも、(こころ)もとなく、(おく)れたることはものしたまはぬ(ひと)なめり。 などおぼしやりて、おほんことどもしらべさせたまひて、さうみやすんどころびはじじゅうたまふ。わごんかせたまひて、〔このとの〕などあそびたまふ。みやすんどころおほんこと、まだかたなりなるところありしを、いとようをしへないたてまつりたまひてけり。いまめかしうつまおとよくて、うたごくのものなど、じゃうずにいとよくきたまふ。なにごとも、こころもとなく、おくれたることはものしたまはぬひとなめり。
444.2.16327299 容貌(かたち)、はた、いとをかしかべしと、なほ(こころ)とまる。かやうなる折多(をりおほ)かれど、おのづから気遠(けどほ)からず、(みだ)れたまふ(かた)なく、なれなれしうなどは(うら)みかけねど、折々(をりをり)につけて、(おも)(こころ)(たが)へる(なげ)かしさをかすむるも、いかが(おぼ)しけむ、()らずかし。 かたち、はた、いとをかしかべしと、なほこころとまる。かやうなるをりおほかれど、おのづからけどほからず、みだれたまふかたなく、なれなれしうなどはうらみかけねど、をりをりにつけて、おもこころたがへるなげかしさをかすむるも、いかがおぼしけん、らずかし。
444.3328300第三段 四月、大君に女宮誕生
444.3.1329301 卯月(うづき)に、女宮生(をんなみやむ)まれたまひぬ。ことにけざやかなるものの、(はえ)もなきやうなれど、(ゐん)()けしきに(したが)ひて、(みぎ)大殿(おほとの)よりはじめて、御産養(おほんうぶやしなひ)したまふ所々多(ところどころおほ)かり。尚侍(かん)(きみ)、つと(いだ)()ちてうつくしみたまふに、()(まゐ)りたまふべきよしのみあれば、五十日(いか)のほどに(まゐ)りたまひぬ。 うづきに、をんなみやむまれたまひぬ。ことにけざやかなるものの、はえもなきやうなれど、ゐんけしきにしたがひて、みぎおほとのよりはじめて、おほんうぶやしなひしたまふところどころおほかり。かんきみ、つといだちてうつくしみたまふに、まゐりたまふべきよしのみあれば、いかのほどにまゐりたまひぬ。
444.3.2330302 女一(をんないち)(みや)一所(ひとところ)おはしますに、いとめづらしくうつくしうておはすれば、いといみじう(おぼ)したり。いとどただこなたにのみおはします。女御方(にょうごがた)(ひと)びと、「いとかからでありぬべき()かな」と、ただならず()(おも)へり。 をんないちみやひとところおはしますに、いとめづらしくうつくしうておはすれば、いといみじうおぼしたり。いとどただこなたにのみおはします。にょうごがたひとびと、"いとかからでありぬべきかな。"と、ただならずおもへり。
444.3.3331303 正身(さうじみ)御心(みこころ)どもは、ことに軽々(かるがる)しく(そむ)きたまふにはあらねど、さぶらふ(ひと)びとの(なか)に、くせぐせしきことも()()などしつつ、かの中将(ちうじゃう)(きみ)の、さいへど(ひと)のこのかみにて、のたまひしことかなひて、尚侍(かん)(きみ)も、「むげにかく()()ひの()ていかならむ。人笑(ひとわら)へに、はしたなうもやもてなされむ。(うへ)御心(みこころ)ばへは(あさ)からねど、年経(としへ)てさぶらひたまふ御方々(おほんかたがた)、よろしからず(おも)(はな)ちたまはば、(くる)しくもあるべきかな」と(おも)ほすに、内裏(うち)には、まことにものしと(おぼ)しつつ、たびたび()けしきありと、(ひと)()()こゆれば、わづらはしくて、(なか)姫君(ひめぎみ)を、(おほやけ)ざまにて()じらはせたてまつらむことを(おぼ)して、尚侍(ないしのかみ)(ゆづ)りたまふ。 さうじみみこころどもは、ことにかるがるしくそむきたまふにはあらねど、さぶらふひとびとのなかに、くせぐせしきこともなどしつつ、かのちうじゃうきみの、さいへどひとのこのかみにて、のたまひしことかなひて、かんきみも、"むげにかくひのていかならん。ひとわらへに、はしたなうもやもてなされん。うへみこころばへはあさからねど、としへてさぶらひたまふおほんかたがた、よろしからずおもはなちたまはば、くるしくもあるべきかな。"とおもほすに、うちには、まことにものしとおぼしつつ、たびたびけしきありと、ひとこゆれば、わづらはしくて、なかひめぎみを、おほやけざまにてじらはせたてまつらんことをおぼして、ないしのかみゆづりたまふ。
444.3.4332304 朝廷(おほやけ)、いと(かた)うしたまふことなりければ、(とし)ごろ、かう(おぼ)しおきてしかど、え()したまはざりしを、故大臣(こおとど)御心(みこころ)(おぼ)して、(ひさ)しうなりにける(むかし)(れい)など()()でて、そのことかなひたまひぬ。この(きみ)御宿世(おほんすくせ)にて、(とし)ごろ(まう)したまひしは(かた)きなりけり、と()えたり。 おほやけ、いとかたうしたまふことなりければ、としごろ、かうおぼしおきてしかど、えしたまはざりしを、こおとどみこころおぼして、ひさしうなりにけるむかしれいなどでて、そのことかなひたまひぬ。このきみおほんすくせにて、としごろまうしたまひしはかたきなりけり、とえたり。
444.4333305第四段 玉鬘、夕霧へ手紙を贈る
444.4.1334306 「かくて、(こころ)やすくて内裏住(うちず)みもしたまへかし」と、(おぼ)すにも、「いとほしう、少将(せうしゃう)のことを、母北(ははきた)(かた)のわざとのたまひしものを。(たの)めきこえしやうにほのめかし()こえしも、いかに(おも)ひたまふらむ」と(おぼ)(あつか)ふ。 "かくて、こころやすくてうちずみもしたまへかし。"と、おぼすにも、"いとほしう、せうしゃうのことを、ははきたかたのわざとのたまひしものを。たのめきこえしやうにほのめかしこえしも、いかにおもひたまふらん。"とおぼあつかふ。
444.4.2335307 (べん)(きみ)して、(こころ)うつくしきやうに、大臣(おとど)()こえたまふ。 べんきみして、こころうつくしきやうに、おとどこえたまふ。
444.4.3336308 内裏(うち)より、かかる(おほ)(ごと)のあれば、さまざまに、あながちなる()じらひの(この)みと、()()(みみ)もいかがと(おも)ひたまへてなむ、わづらひぬる」 "うちより、かかるおほごとのあれば、さまざまに、あながちなるじらひのこのみと、みみもいかがとおもひたまへてなん、わづらひぬる。"
444.4.4337309 ()こえたまへば、 こえたまへば、
444.4.5338310 内裏(うち)()けしきは、(おぼ)しとがむるも、ことわりになむ(うけたまは)る。公事(おほやけごと)につけても、宮仕(みやづか)へしたまはぬは、さるまじきわざになむ。はや、(おぼ)()つべきになむ」 "うちけしきは、おぼしとがむるも、ことわりになんうけたまはる。おほやけごとにつけても、みやづかへしたまはぬは、さるまじきわざになん。はや、おぼつべきになん。"
444.4.6339311 (もう)したまへり。 もうしたまへり。
444.4.7340312 また、このたびは、中宮(ちうぐう)()けしき()りてぞ(まゐ)りたまふ。「大臣(おとど)おはせましかば、おし()ちたまはざらまし」など、あはれなることどもをなむ。姉君(あねぎみ)は、容貌(かたち)など名高(なだか)う、をかしげなりと、()こしめしおきたりけるを、()()へたまへるを、なま(こころ)ゆかぬやうなれど、これもいとらうらうじく、(こころ)にくくもてなしてさぶらひたまふ。 また、このたびは、ちうぐうけしきりてぞまゐりたまふ。"おとどおはせましかば、おしちたまはざらまし。"など、あはれなることどもをなん。あねぎみは、かたちなどなだかう、をかしげなりと、こしめしおきたりけるを、へたまへるを、なまこころゆかぬやうなれど、これもいとらうらうじく、こころにくくもてなしてさぶらひたまふ。
444.5341313第五段 玉鬘、出家を断念
444.5.1342314 (さき)尚侍(かん)(きみ)容貌(かたち)()へてむと(おぼ)()つを、 さきかんきみかたちへてんとおぼつを、
444.5.2343315 「かたがたに(あつか)ひきこえたまふほどに、(おこ)なひも(こころ)あわたたしうこそ(おぼ)されめ。(いま)すこし、いづ(かた)(こころ)のどかに()たてまつりなしたまひて、もどかしきところなく、ひたみちに(つと)めたまへ」 "かたがたにあつかひきこえたまふほどに、おこなひもこころあわたたしうこそおぼされめ。いますこし、いづかたこころのどかにたてまつりなしたまひて、もどかしきところなく、ひたみちにつとめたまへ。"
444.5.3344316 と、(きみ)たちの(まう)したまへば、(おぼ)しとどこほりて、内裏(うち)には、時々忍(ときどきしの)びて(まゐ)りたまふ(をり)もあり。(ゐん)には、わづらはしき御心(みこころ)ばへのなほ()えねば、さるべき(をり)も、さらに(まゐ)りたまはず。いにしへを(おも)()でしが、さすがに、かたじけなうおぼえしかしこまりに、(ひと)皆許(みなゆる)さぬことに(おも)へりしをも、()らず(がほ)(おも)ひて(まゐ)らせたてまつりて、「みづからさへ、(たはぶ)れにても、若々(わかわか)しきことの()()こえたらむこそ、いとまばゆく見苦(みぐる)しかるべけれ」と(おぼ)せど、さる(つみ)によりと、はた、御息所(みやすんどころ)にも()かしきこえたまはねば、「われを、(むかし)より、故大臣(こおとど)()()きて(おぼ)しかしづき、尚侍(かん)(きみ)は、若君(わかぎみ)を、(さくら)(あらそ)ひ、はかなき(をり)にも、心寄(こころよ)せたまひし名残(なごり)に、(おぼ)()としけるよ」と、(うら)めしう(おも)ひきこえたまひけり。(ゐん)(うへ)、はた、ましていみじうつらしとぞ(おぼ)しのたまはせける。 と、きみたちのまうしたまへば、おぼしとどこほりて、うちには、ときどきしのびてまゐりたまふをりもあり。ゐんには、わづらはしきみこころばへのなほえねば、さるべきをりも、さらにまゐりたまはず。いにしへをおもでしが、さすがに、かたじけなうおぼえしかしこまりに、ひとみなゆるさぬことにおもへりしをも、らずがほおもひてまゐらせたてまつりて、"みづからさへ、たはぶれにても、わかわかしきことのこえたらんこそ、いとまばゆくみぐるしかるべけれ。"とおぼせど、さるつみによりと、はた、みやすんどころにもかしきこえたまはねば、"われを、むかしより、こおとどきておぼしかしづき、かんきみは、わかぎみを、さくらあらそひ、はかなきをりにも、こころよせたまひしなごりに、おぼとしけるよ。"と、うらめしうおもひきこえたまひけり。ゐんうへ、はた、ましていみじうつらしとぞおぼしのたまはせける。
444.5.4345317 (ふる)めかしきあたりにさし(はな)ちて。(おも)()とさるるも、ことわりなり」 "ふるめかしきあたりにさしはなちて。おもとさるるも、ことわりなり。"
444.5.5346318 と、うち(かた)らひたまひて、あはれにのみ(おぼ)しまさる。 と、うちかたらひたまひて、あはれにのみおぼしまさる。
444.6347319第六段 大君、男御子を出産
444.6.1348320 (とし)ごろありて、また男御子産(をとこみこう)みたまひつ。そこらさぶらひたまふ御方々(おほんかたがた)に、かかることなくて(とし)ごろになりにけるを、おろかならざりける御宿世(おほんすくせ)など、世人(よひと)おどろく。(みかど)は、まして(かぎ)りなくめづらしと、この今宮(いまみや)をば(おも)ひきこえたまへり。「おりゐたまはぬ()ならましかば、いかにかひあらまし。(いま)(なに)ごとも(はえ)なき()を、いと口惜(くちを)し」となむ(おぼ)しける。 としごろありて、またをとこみこうみたまひつ。そこらさぶらひたまふおほんかたがたに、かかることなくてとしごろになりにけるを、おろかならざりけるおほんすくせなど、よひとおどろく。みかどは、ましてかぎりなくめづらしと、このいまみやをばおもひきこえたまへり。"おりゐたまはぬならましかば、いかにかひあらまし。いまなにごともはえなきを、いとくちをし。"となんおぼしける。
444.6.2349321 女一(をんないち)(みや)を、(かぎ)りなきものに(おも)ひきこえたまひしを、かくさまざまにうつくしくて、数添(かずそ)ひたまへれば、めづらかなる(かた)にて、いとことにおぼいたるをなむ、女御(にょうご)も、「あまりかうてはものしからむ」と、御心動(みこころうご)きける。 をんないちみやを、かぎりなきものにおもひきこえたまひしを、かくさまざまにうつくしくて、かずそひたまへれば、めづらかなるかたにて、いとことにおぼいたるをなん、にょうごも、"あまりかうてはものしからん。"と、みこころうごきける。
444.6.3350322 ことにふれて、やすからずくねくねしきこと()()などして、おのづから御仲(おほんなか)(へだ)たるべかめり。()のこととして、(かず)ならぬ(ひと)(なか)らひにも、もとよりことわりえたる(かた)にこそ、あいなきおほよその(ひと)も、(こころ)()するわざなめれば、(ゐん)のうちの上下(かみしも)(ひと)びと、いとやむごとなくて、(ひさ)しくなりたまへる御方(おほんかた)にのみことわりて、はかないことにも、この(かた)ざまを()からず()りなしなどするを、御兄(おほんせうと)(きみ)たちも、 ことにふれて、やすからずくねくねしきことなどして、おのづからおほんなかへだたるべかめり。のこととして、かずならぬひとなからひにも、もとよりことわりえたるかたにこそ、あいなきおほよそのひとも、こころするわざなめれば、ゐんのうちのかみしもひとびと、いとやんごとなくて、ひさしくなりたまへるおほんかたにのみことわりて、はかないことにも、このかたざまをからずりなしなどするを、おほんせうときみたちも、
444.6.4351323 「さればよ。()しうやは()こえおきける」 "さればよ。しうやはこえおきける。"
444.6.5352324 と、いとど(まう)したまふ。(こころ)やすからず、()(ぐる)しきままに、 と、いとどまうしたまふ。こころやすからず、ぐるしきままに、
444.6.6353325 「かからで、のどやかにめやすくて()()ぐす(ひと)(おほ)かめりかし。(かぎ)りなき(さいは)ひなくて、宮仕(みやづか)への(すぢ)は、(おも)()るまじきわざなりけり」 "かからで、のどやかにめやすくてぐすひとおほかめりかし。かぎりなきさいはひなくて、みやづかへのすぢは、おもるまじきわざなりけり。"
444.6.7354326 と、大上(おほうへ)(なげ)きたまふ。 と、おほうへなげきたまふ。
444.7355327第七段 求婚者たちのその後
444.7.1356328 ()こえし(ひと)びとの、めやすくなり(のぼ)りつつ、さてもおはせましに、かたはならぬぞあまたあるや。その(なか)に、源侍従(げんじじゅう)とて、いと(わか)う、ひはづなりと()しは、宰相(さいしゃう)中将(ちうじゃう)にて、「(にほ)ふや、(かを)るや」と、()きにくくめで(さわ)がるなる、げに、いと人柄重(ひとがらおも)りかに(こころ)にくきを、やむごとなき親王(みこ)たち、大臣(おとど)の、御女(おほんむすめ)を、(こころ)ざしありてのたまふなるなども、()()れずなどあるにつけて、「そのかみは、(わか)(こころ)もとなきやうなりしかど、めやすくねびまさりぬべかめり」など、()ひおはさうず。 こえしひとびとの、めやすくなりのぼりつつ、さてもおはせましに、かたはならぬぞあまたあるや。そのなかに、げんじじゅうとて、いとわかう、ひはづなりとしは、さいしゃうちうじゃうにて、"にほふや、かをるや。"と、きにくくめでさわがるなる、げに、いとひとがらおもりかにこころにくきを、やんごとなきみこたち、おとどの、おほんむすめを、こころざしありてのたまふなるなども、れずなどあるにつけて、"そのかみは、わかこころもとなきやうなりしかど、めやすくねびまさりぬべかめり。"など、ひおはさうず。
444.7.2357329 少将(せうしゃう)なりしも、三位中将(さんみのちうじゃう)とか()ひて、おぼえあり。 せうしゃうなりしも、さんみのちうじゃうとかひて、おぼえあり。
444.7.3358330 容貌(かたち)さへ、あらまほしかりきや」 "かたちさへ、あらまほしかりきや。"
444.7.4359331 など、なま心悪(こころわ)ろき(つか)うまつり(びと)は、うち(しの)びつつ、 など、なまこころわろきつかうまつりびとは、うちしのびつつ、
444.7.5360332 「うるさげなる(おほん)ありさまよりは」 "うるさげなるおほんありさまよりは。"
444.7.6361333 など()ふもありて、いとほしうぞ()えし。 などふもありて、いとほしうぞえし。
444.7.7362334 この中将(ちうじゃう)は、なほ(おも)ひそめし心絶(こころた)えず、()くもつらくも(おも)ひつつ、左大臣(さだいじん)御女(おほんむすめ)()たれど、をさをさ(こころ)もとめず、「(みち)()てなる常陸帯(ひたちおび)の」と、手習(てならひ)にも言種(ことぐさ)にもするは、いかに(おも)ふやうのあるにかありけむ。 このちうじゃうは、なほおもひそめしこころたえず、くもつらくもおもひつつ、さだいじんおほんむすめたれど、をさをさこころもとめず、"みちてなるひたちおびの。"と、てならひにもことぐさにもするは、いかにおもふやうのあるにかありけん。
444.7.8363335 御息所(みやすんどころ)、やすげなき()のむつかしさに、(さと)がちになりたまひにけり。尚侍(かん)(きみ)(おも)ひしやうにはあらぬ(おほん)ありさまを、口惜(くちを)しと(おぼ)す。内裏(うち)(きみ)は、なかなか(いま)めかしう(こころ)やすげにもてなして、()にもゆゑあり、(こころ)にくきおぼえにて、さぶらひたまふ。 みやすんどころ、やすげなきのむつかしさに、さとがちになりたまひにけり。かんきみおもひしやうにはあらぬおほんありさまを、くちをしとおぼす。うちきみは、なかなかいまめかしうこころやすげにもてなして、にもゆゑあり、こころにくきおぼえにて、さぶらひたまふ。
445364336第五章 薫君の物語 人びとの昇進後の物語
445.1365337第一段 薫、玉鬘邸に昇進の挨拶に参上
445.1.1366338 左大臣亡(さだいじんう)せたまひて、(みぎ)(ひだり)に、藤大納言(とうだいなごん)左大将(さだいしゃう)かけたまへる右大臣(うだいじん)になりたまふ。次々(つぎつぎ)(ひと)びとなり()がりて、この薫中将(かをるちうじゃう)は、中納言(ちうなごん)に、三位(さんみ)(きみ)は、宰相(さいしゃう)になりて、(よろこ)びしたまへる(ひと)びと、この御族(おほんぞう)より(ほか)(ひと)なきころほひになむありける。 さだいじんうせたまひて、みぎひだりに、とうだいなごんさだいしゃうかけたまへるうだいじんになりたまふ。つぎつぎひとびとなりがりて、このかをるちうじゃうは、ちうなごんに、さんみきみは、さいしゃうになりて、よろこびしたまへるひとびと、このおほんぞうよりほかひとなきころほひになんありける。
445.1.2367339 中納言(ちうなごん)御喜(おほんよろこ)びに、(さき)尚侍(ないしのかん)(きみ)(まゐ)りたまへり。御前(おまへ)(には)にて(はい)したてまつりたまふ。尚侍(かん)君対面(きみたいめん)したまひて、 ちうなごんおほんよろこびに、さきないしのかんきみまゐりたまへり。おまへにはにてはいしたてまつりたまふ。かんきみたいめんしたまひて、
445.1.3368340 「かく、いと草深(くさふか)くなりゆく(むぐら)(かど)を、よきたまはぬ御心(みこころ)ばへにも、まづ(むかし)(おほん)こと(おも)()でられてなむ」 "かく、いとくさふかくなりゆくむぐらかどを、よきたまはぬみこころばへにも、まづむかしおほんことおもでられてなん。"
445.1.4369341 など()こえたまふ、御声(おほんこゑ)、あてに愛敬(あいぎゃう)づき、()かまほしう(いま)めきたり。「()りがたくもおはするかな。かかれば、(ゐん)(うへ)は、(うら)みたまふ御心絶(みこころた)えぬぞかし。(いま)つひに、ことひき()でたまひてむ」と(おも)ふ。 などこえたまふ、おほんこゑ、あてにあいぎゃうづき、かまほしういまめきたり。"りがたくもおはするかな。かかれば、ゐんうへは、うらみたまふみこころたえぬぞかし。いまつひに、ことひきでたまひてん。"とおもふ。
445.1.5370342 (よろこ)びなどは、(こころ)にはいとしも(おも)うたまへねども、まづ御覧(ごらん)ぜられにこそ(まゐ)りはべれ。よきぬなどのたまはするは、おろかなる(つみ)にうちかへさせたまふにや」と(まう)したまふ。 "よろこびなどは、こころにはいとしもおもうたまへねども、まづごらんぜられにこそまゐりはべれ。よきぬなどのたまはするは、おろかなるつみにうちかへさせたまふにや。"とまうしたまふ。
445.1.6371343 今日(けふ)は、さだすぎにたる()(うれ)へなど、()こゆべきついでにもあらずと、つつみはべれど、わざと()()りたまはむことは(かた)きを、対面(たいめん)なくて、はた、さすがにくだくだしきことになむ。 "けふは、さだすぎにたるうれへなど、こゆべきついでにもあらずと、つつみはべれど、わざとりたまはんことはかたきを、たいめんなくて、はた、さすがにくだくだしきことになん。
445.1.7372344 (ゐん)にさぶらはるるが、いといたう()(なか)(おも)(みだ)れ、中空(なかぞら)なるやうにただよふを、女御(にょうご)(たの)みきこえ、また(きさい)(みや)御方(おほんかた)にも、さりとも(おぼ)(ゆる)されなむと、(おも)ひたまへ()ぐすに、いづ(かた)にも、なめげに(こころ)ゆかぬものに(おぼ)されたなれば、いとかたはらいたくて、(みや)たちは、さてさぶらひたまふ。この、いと()じらひにくげなるみづからは、かくて(こころ)やすくだにながめ()ぐいたまへとて、まかでさせたるを、それにつけても、()きにくくなむ。 ゐんにさぶらはるるが、いといたうなかおもみだれ、なかぞらなるやうにただよふを、にょうごたのみきこえ、またきさいみやおほんかたにも、さりともおぼゆるされなんと、おもひたまへぐすに、いづかたにも、なめげにこころゆかぬものにおぼされたなれば、いとかたはらいたくて、みやたちは、さてさぶらひたまふ。この、いとじらひにくげなるみづからは、かくてこころやすくだにながめぐいたまへとて、まかでさせたるを、それにつけても、きにくくなん。
445.1.8373345 (うへ)にもよろしからず(おぼ)しのたまはすなる。ついであらば、ほのめかし(そう)したまへ。とざまかうざまに、(たの)もしく(おも)ひたまへて、()だし()てはべりしほどは、いづ(かた)をも(こころ)やすく、うちとけ(たの)みきこえしかど、(いま)は、かかること(あやま)りに、(をさな)うおほけなかりけるみづからの(こころ)を、もどかしくなむ」 うへにもよろしからずおぼしのたまはすなる。ついであらば、ほのめかしそうしたまへ。とざまかうざまに、たのもしくおもひたまへて、だしてはべりしほどは、いづかたをもこころやすく、うちとけたのみきこえしかど、いまは、かかることあやまりに、をさなうおほけなかりけるみづからのこころを、もどかしくなん。"
445.1.9374346 と、うち()いたまふけしきなり。 と、うちいたまふけしきなり。
445.2375347第二段 薫、玉鬘と対面しての感想
445.2.1376348 「さらにかうまで(おぼ)すまじきことになむ。かかる御交(おほんま)じらひのやすからぬことは、(むかし)より、さることとなりはべりにけるを、(くらゐ)()りて、(しづ)かにおはしまし、(なに)ごともけざやかならぬ(おほん)ありさまとなりにたるに、()れもうちとけたまへるやうなれど、おのおのうちうちは、いかがいどましくも(おぼ)すこともなからむ。 "さらにかうまでおぼすまじきことになん。かかるおほんまじらひのやすからぬことは、むかしより、さることとなりはべりにけるを、くらゐりて、しづかにおはしまし、なにごともけざやかならぬおほんありさまとなりにたるに、れもうちとけたまへるやうなれど、おのおのうちうちは、いかがいどましくもおぼすこともなからん。
445.2.2377349 (ひと)(なに)(とが)()ぬことも、わが御身(おほんみ)にとりては(うら)めしくなむ、あいなきことに心動(こころうご)かいたまふこと、女御(にょうご)(きさき)(つね)御癖(おほんくせ)なるべし。さばかりの(まぎ)れもあらじものとてやは、(おぼ)()ちけむ。ただなだらかにもてなして、ご(らん)()ぐすべきことにはべるなり。(をとこ)(かた)にて、(そう)すべきことにもはべらぬことになむ」 ひとなにとがぬことも、わがおほんみにとりてはうらめしくなん、あいなきことにこころうごかいたまふこと、にょうごきさきつねおほんくせなるべし。さばかりのまぎれもあらじものとてやは、おぼちけん。ただなだらかにもてなして、ごらんぐすべきことにはべるなり。をとこかたにて、そうすべきことにもはべらぬことになん。"
445.2.3378350 と、いとすくすくしう(まう)したまへば、 と、いとすくすくしうまうしたまへば、
445.2.4379351 対面(たいめん)のついでに(うれ)へきこえむと、()ちつけたてまつりたるかひなく、あはの(おほん)ことわりや」 "たいめんのついでにうれへきこえんと、ちつけたてまつりたるかひなく、あはのおほんことわりや。"
445.2.5380352 と、うち(わら)ひておはする、(ひと)(おや)にて、はかばかしがりたまへるほどよりは、いと(わか)やかにおほどいたる心地(ここち)す。「御息所(みやすんどころ)も、かやうにぞおはすべかめる。宇治(うぢ)姫君(ひめぎみ)(こころ)とまりておぼゆるも、かうざまなるけはひのをかしきぞかし」と(おも)ひゐたまへり。 と、うちわらひておはする、ひとおやにて、はかばかしがりたまへるほどよりは、いとわかやかにおほどいたるここちす。"みやすんどころも、かやうにぞおはすべかめる。うぢひめぎみこころとまりておぼゆるも、かうざまなるけはひのをかしきぞかし。"とおもひゐたまへり。
445.2.6381353 尚侍(ないしのかみ)も、このころまかでたまへり。こなたかなた()みたまへるけはひをかしう、おほかたのどやかに、(まぎ)るることなき(おほん)ありさまどもの、()(うち)心恥(こころは)づかしうおぼゆれば、(こころ)づかひせられて、いとどもてしづめめやすきを、大上(おほうへ)は、「(ちか)うも()ましかば」と、うち(おぼ)しけり。 ないしのかみも、このころまかでたまへり。こなたかなたみたまへるけはひをかしう、おほかたのどやかに、まぎるることなきおほんありさまどもの、うちこころはづかしうおぼゆれば、こころづかひせられて、いとどもてしづめめやすきを、おほうへは、"ちかうもましかば。"と、うちおぼしけり。
445.3382354第三段 右大臣家の大饗
445.3.1383355 大臣(おとど)殿(との)は、ただこの殿(との)(ひんがし)なりけり。大饗(だいきゃう)垣下(ゑが)君達(きんだち)など、あまた(つど)ひたまふ。兵部卿宮(ひゃうぶきゃうのみや)(ひだり)大臣殿(おとどどの)賭弓(のりゆみ)還立(かへりだち)相撲(すまひ)饗応(あるじ)などには、おはしまししを(おも)ひて、今日(けふ)(ひかり)(さう)じたてまつりたまひけれど、おはしまさず。 おとどとのは、ただこのとのひんがしなりけり。だいきゃうゑがきんだちなど、あまたつどひたまふ。ひゃうぶきゃうのみやひだりおとどどののりゆみかへりだちすまひあるじなどには、おはしまししをおもひて、けふひかりさうじたてまつりたまひけれど、おはしまさず。
445.3.2384356 (こころ)にくくもてかしづきたまふ姫君(ひめぎみ)たちを、さるは、(こころ)ざしことに、いかで、と(おも)ひきこえたまふべかめれど、(みや)ぞ、いかなるにかあらむ、御心(みこころ)もとめたまはざりける。源中納言(げんちうなごん)の、いとどあらまほしうねびととのひ、(なに)ごとも(おく)れたる(かた)なくものしたまふを、大臣(おとど)(きた)(かた)も、()とどめたまひけり。 こころにくくもてかしづきたまふひめぎみたちを、さるは、こころざしことに、いかで、とおもひきこえたまふべかめれど、みやぞ、いかなるにかあらん、みこころもとめたまはざりける。げんちうなごんの、いとどあらまほしうねびととのひ、なにごともおくれたるかたなくものしたまふを、おとどきたかたも、とどめたまひけり。
445.3.3385357 (となり)のかくののしりて、()(ちが)(くるま)(おと)先駆追(さきお)声々(こゑごゑ)も、(むかし)のこと(おも)()でられて、この殿(との)には、ものあはれにながめたまふ。 となりのかくののしりて、ちがくるまおとさきおこゑごゑも、むかしのことおもでられて、このとのには、ものあはれにながめたまふ。
445.3.4386358 故宮亡(こみやう)せたまひて、ほどもなく、この大臣(おとど)(かよ)ひたまひしほどを、いとあはつけいやうに、世人(よひと)はもどくなりしかど、かくてものしたまふも、さすがなる(かた)にめやすかりけり。(さだ)めなの()や。いづれにか()るべき」などのたまふ。 "こみやうせたまひて、ほどもなく、このおとどかよひたまひしほどを、いとあはつけいやうに、よひとはもどくなりしかど、かくてものしたまふも、さすがなるかたにめやすかりけり。さだめなのや。いづれにかるべき。"などのたまふ。
445.4387359第四段 宰相中将、玉鬘邸を訪問
445.4.1388360 (ひだり)大殿(おほとの)宰相中将(さいしゃうのちうじゃう)大饗(だいきゃう)のまたの()(ゆふ)つけてここに(まゐ)りたまへり。御息所(みやすんどころ)(さと)におはすと(おも)ふに、いとど(こころ)げさう()ひて、 ひだりおほとのさいしゃうのちうじゃうだいきゃうのまたのゆふつけてここにまゐりたまへり。みやすんどころさとにおはすとおもふに、いとどこころげさうひて、
445.4.2389361 朝廷(おほやけ)のかずまへたまふ(よろこ)びなどは、(なに)ともおぼえはべらず。(わたくし)(おも)ふことかなはぬ(なげ)きのみ、年月(としつき)()へて、(おも)うたまへはるけむ(かた)なきこと」 "おほやけのかずまへたまふよろこびなどは、なにともおぼえはべらず。わたくしおもふことかなはぬなげきのみ、としつきへて、おもうたまへはるけんかたなきこと。"
445.4.3390362 と、(なみだ)おしのごふも、ことさらめいたり。二十七(にじふしち)(はち)のほどの、いと(さか)りに(にほ)ひ、はなやかなる容貌(かたち)したまへり。 と、なみだおしのごふも、ことさらめいたり。にじふしちはちのほどの、いとさかりににほひ、はなやかなるかたちしたまへり。
445.4.4391363 見苦(みぐる)しの(きみ)たちの、()(なか)(こころ)のままにおごりて、官位(つかさくらゐ)をば(なに)とも(おも)はず、()ぐしいますがらふや。故殿(ことの)のおはせましかば、ここなる(ひと)びとも、かかるすさびごとにぞ、(こころ)(みだ)らまし」 "みぐるしのきみたちの、なかこころのままにおごりて、つかさくらゐをばなにともおもはず、ぐしいますがらふや。ことののおはせましかば、ここなるひとびとも、かかるすさびごとにぞ、こころみだらまし。"
445.4.5392364 とうち()きたまふ。右兵衛督(うひゃうゑのかみ)右大弁(うだいべん)にて、皆非参議(みなひさんぎ)なるを、うれはしと(おも)へり。侍従(じじゅう)()こゆめりしぞ、このころ、頭中将(とうのちうじゃう)()こゆめる。年齢(としよはひ)のほどは、かたはならねど、(ひと)(おく)ると(なげ)きたまへり。宰相(さいしゃう)は、とかくつきづきしく。 とうちきたまふ。うひゃうゑのかみうだいべんにて、みなひさんぎなるを、うれはしとおもへり。じじゅうこゆめりしぞ、このころ、とうのちうじゃうこゆめる。としよはひのほどは、かたはならねど、ひとおくるとなげきたまへり。さいしゃうは、とかくつきづきしく。