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47総角
47110590第一章 大君の物語 薫と大君の実事なき暁の別れ
471.110691第一段 秋、八の宮の一周忌の準備
471.1.110792 あまた年耳馴(としみみな)れたまひにし川風(かはかぜ)も、この(あき)はいとはしたなくもの(かな)しくて、御果(おほんは)ての(こと)いそがせたまふ。おほかたのあるべかしきことどもは、中納言殿(ちうなごんどの)阿闍梨(あじゃり)などぞ(つか)うまつりたまひける。ここには法服(ほふぶく)(こと)(きゃう)(かざ)り、こまかなる御扱(おほんあつか)ひを、(ひと)()こゆるに(したが)ひて(いとな)みたまふも、いとものはかなくあはれに、「かかるよその御後見(おほんうしろみ)なからましかば」と()えたり。 あまたとしみみなれたまひにしかはかぜも、このあきはいとはしたなくものかなしくて、おほんはてのこといそがせたまふ。おほかたのあるべかしきことどもは、ちうなごんどのあじゃりなどぞつかうまつりたまひける。ここにはほふぶくこときゃうかざり、こまかなるおほんあつかひを、ひとこゆるにしたがひていとなみたまふも、いとものはかなくあはれに、"かかるよそのおほんうしろみなからましかば。"とえたり。
471.1.210893 みづからも()うでたまひて、(いま)はと()()てたまふほどの御訪(おほんとぶ)らひ、(あさ)からず()こえたまふ。阿闍梨(あざり)もここに(まゐ)れり。名香(みゃうがう)(いと)ひき(みだ)りて、「かくても()ぬる」など、うち(かた)らひたまふほどなりけり。(むす)()げたるたたりの、(すだれ)のつまより、几帳(きちゃう)のほころびに()きて()えければ、そのことと心得(こころえ)て、「わが(なみだ)をば(たま)にぬかなむ」とうち()じたまへる、伊勢(いせ)()もかくこそありけめと、をかしく()こゆるも、(うち)(ひと)は、()()(がほ)にさしいらへたまはむもつつましくて、「ものとはなしに」とか、「貫之(つらゆき)がこの()ながらの(わか)れをだに、心細(こころぼそ)(すぢ)にひきかけけむも」など、げに古言(ふること)ぞ、(ひと)(こころ)をのぶるたよりなりけるを(おも)()でたまふ。 みづからもうでたまひて、いまはとてたまふほどのおほんとぶらひ、あさからずこえたまふ。あざりもここにまゐれり。みゃうがういとひきみだりて、"かくてもぬる。"など、うちかたらひたまふほどなりけり。むすげたるたたりの、すだれのつまより、きちゃうのほころびにきてえければ、そのこととこころえて、"わがなみだをばたまにぬかなん。"とうちじたまへる、いせもかくこそありけめと、をかしくこゆるも、うちひとは、がほにさしいらへたまはんもつつましくて、"ものとはなしに。"とか、"つらゆきがこのながらのわかれをだに、こころぼそすぢにひきかけけんも。"など、げにふることぞ、ひとこころをのぶるたよりなりけるをおもでたまふ。
471.210994第二段 薫、大君に恋心を訴える
471.2.111095 御願文作(おほんがんもんつく)り、経仏供養(きゃうほとけくやう)ぜらるべき(こころ)ばへなど()()でたまへる(すずり)のついでに、客人(まらうと) おほんがんもんつくり、きゃうほとけくやうぜらるべきこころばへなどでたまへるすずりのついでに、まらうと
471.2.211197 「あげまきに(なが)(ちぎ)りを(むす)びこめ<BR/>(おな)(ところ)()りも()はなむ」 "〔あげまきにながちぎりをむすびこめ<BR/>おなところりもはなん〕
471.2.311298 ()きて、()せたてまつりたまへれば、(れい)の、とうるさけれど、 きて、せたてまつりたまへれば、れいの、とうるさけれど、
471.2.411399 「ぬきもあへずもろき(なみだ)(たま)()に<BR/>(なが)(ちぎ)りをいかが(むす)ばむ」 "〔ぬきもあへずもろきなみだたまに<BR/>ながちぎりをいかがむすばん。〕"
471.2.5114100 とあれば、「あはずは(なに)を」と、(うら)めしげに(なが)めたまふ。 とあれば、"あはずはなにを。"と、うらめしげにながめたまふ。
471.2.6115101 みづからの御上(おほんうへ)は、かくそこはかとなくもて()ちて()づかしげなるに、すがすがともえのたまひよらで、(みや)(おほん)ことをぞまめやかに()こえたまふ。 みづからのおほんうへは、かくそこはかとなくもてちてづかしげなるに、すがすがともえのたまひよらで、みやおほんことをぞまめやかにこえたまふ。
471.2.7116102 「さしも御心(みこころ)()るまじきことを、かやうの(かた)にすこしすすみたまへる御本性(おほんほんじゃう)に、()こえそめたまひけむ()けじ(だましひ)にやと、とざまかうざまに、いとよくなむ()けしき()たてまつる。まことにうしろめたくはあるまじげなるを、などかくあながちにしも、もて(はな)れたまふらむ。 "さしもみこころるまじきことを、かやうのかたにすこしすすみたまへるおほんほんじゃうに、こえそめたまひけんけじだましひにやと、とざまかうざまに、いとよくなんけしきたてまつる。まことにうしろめたくはあるまじげなるを、などかくあながちにしも、もてはなれたまふらん。
471.2.8117103 ()のありさまなど、(おぼ)()くまじくは()たてまつらぬを、うたて、遠々(とほどほ)しくのみもてなさせたまへば、かばかりうらなく(たの)みきこゆる(こころ)(たが)ひて、(うら)めしくなむ。ともかくも(おぼ)()くらむさまなどを、さはやかに(うけたまは)りにしがな」 のありさまなど、おぼくまじくはたてまつらぬを、うたて、とほどほしくのみもてなさせたまへば、かばかりうらなくたのみきこゆるこころたがひて、うらめしくなん。ともかくもおぼくらんさまなどを、さはやかにうけたまはりにしがな。"
471.2.9118104 と、いとまめだちて()こえたまへば、 と、いとまめだちてこえたまへば、
471.2.10119105 (たが)へじの(こころ)にてこそは、かうまであやしき()(ためし)なるありさまにて、(へだ)てなくもてなしはべれ。それを(おぼ)()かざりけるこそは、(あさ)きことも()ざりたる心地(ここち)すれ。げに、かかる()まひなどに、(こころ)あらむ(ひと)は、(おも)(のこ)(こと)、あるまじきを、何事(なにごと)にも(おく)れそめにけるうちに、こののたまふめる(すぢ)は、いにしへも、さらにかけて、とあらばかからばなど、()(すゑ)のあらましごとに()りまぜて、のたまひ()くこともなかりしかば、なほ、かかるさまにて、()づきたる(かた)(おも)()ゆべく(おぼ)しおきてける、となむ(おも)()はせはべれば、ともかくも()こえむ(かた)なくて。さるは、すこし世籠(よご)もりたるほどにて、深山隠(みやまがく)れには心苦(こころぐる)しく()えたまふ(ひと)御上(おほんうへ)を、いとかく朽木(くちき)にはなし()てずもがなと、人知(ひとし)れず(あつか)はしくおぼえはべれど、いかなるべき()にかあらむ」 "たがへじのこころにてこそは、かうまであやしきためしなるありさまにて、へだてなくもてなしはべれ。それをおぼかざりけるこそは、あさきこともざりたるここちすれ。げに、かかるまひなどに、こころあらんひとは、おものここと、あるまじきを、なにごとにもおくれそめにけるうちに、こののたまふめるすぢは、いにしへも、さらにかけて、とあらばかからばなど、すゑのあらましごとにりまぜて、のたまひくこともなかりしかば、なほ、かかるさまにて、づきたるかたおもゆべくおぼしおきてける、となんおもはせはべれば、ともかくもこえんかたなくて。さるは、すこしよごもりたるほどにて、みやまがくれにはこころぐるしくえたまふひとおほんうへを、いとかくくちきにはなしてずもがなと、ひとしれずあつかはしくおぼえはべれど、いかなるべきにかあらん。"
471.2.11120106 と、うち(なげ)きてもの(おも)(みだ)れたまひけるほどのけはひ、いとあはれげなり。 と、うちなげきてものおもみだれたまひけるほどのけはひ、いとあはれげなり。
471.3121107第三段 薫、弁を呼び出して語る
471.3.1122108 けざやかにおとなびても、いかでかは(さか)しがりたまはむと、ことわりにて、(れい)の、古人召(ふるひとめ)()でてぞ(かた)らひたまふ。 けざやかにおとなびても、いかでかはさかしがりたまはんと、ことわりにて、れいの、ふるひとめでてぞかたらひたまふ。
471.3.2123109 (とし)ごろは、ただ(のち)()ざまの(こころ)ばへにて(すす)(まゐ)りそめしを、もの心細(こころぼそ)げに(おぼ)しなるめりし御末(おほんすゑ)のころほひ、この御事(おほんこと)どもを、(こころ)にまかせてもてなしきこゆべくなむのたまひ(ちぎ)りてしを、(おぼ)しおきてたてまつりたまひし(おほん)ありさまどもには(たが)ひて、御心(みこころ)ばへどもの、いといとあやにくにもの(つよ)げなるは、いかに、(おぼ)しおきつる(かた)(こと)なるにやと、(うたが)はしきことさへなむ。 "としごろは、ただのちざまのこころばへにてすすまゐりそめしを、ものこころぼそげにおぼしなるめりしおほんすゑのころほひ、このおほんことどもを、こころにまかせてもてなしきこゆべくなんのたまひちぎりてしを、おぼしおきてたてまつりたまひしおほんありさまどもにはたがひて、みこころばへどもの、いといとあやにくにものつよげなるは、いかに、おぼしおきつるかたことなるにやと、うたがはしきことさへなん。
471.3.3124110 おのづから()(つた)へたまふやうもあらむ。いとあやしき本性(ほんじゃう)にて、()(なか)(こころ)をしむる(かた)なかりつるを、さるべきにてや、かうまでも()こえ()れにけむ。世人(よひと)もやうやう()ひなすやうあべかめるに、(おな)じくは(むかし)(おほん)ことも(たが)へきこえず、(われ)(ひと)()(つね)(こころ)とけて()こえはべらばや、と(おも)ひよるは、つきなかるべきことにても、さやうなる(ためし)なくやはある」 おのづからつたへたまふやうもあらん。いとあやしきほんじゃうにて、なかこころをしむるかたなかりつるを、さるべきにてや、かうまでもこえれにけん。よひともやうやうひなすやうあべかめるに、おなじくはむかしおほんこともたがへきこえず、われひとつねこころとけてこえはべらばや、とおもひよるは、つきなかるべきことにても、さやうなるためしなくやはある。"
471.3.4125111 などのたまひ(つづ)けて、 などのたまひつづけて、
471.3.5126112 (みや)(おほん)ことをも、かく()こゆるに、うしろめたくはあらじと、うちとけたまふさまならぬは、うちうちに、さりとも(おも)ほし()けたることのさまあらむ。なほ、いかに、いかに」 "みやおほんことをも、かくこゆるに、うしろめたくはあらじと、うちとけたまふさまならぬは、うちうちに、さりともおもほしけたることのさまあらん。なほ、いかに、いかに。"
471.3.6127113 とうち(なが)めつつのたまへば、(れい)の、()ろびたる(をんな)ばらなどは、かかることには、(にく)きさかしらも()ひまぜて、(こと)よがりなどもすめるを、いとさはあらず、(こころ)のうちには、「あらまほしかるべき(おほん)ことどもを」と(おも)へど、 とうちながめつつのたまへば、れいの、ろびたるをんなばらなどは、かかることには、にくきさかしらもひまぜて、ことよがりなどもすめるを、いとさはあらず、こころのうちには、"あらまほしかるべきおほんことどもを。"とおもへど、
471.4128114第四段 薫、弁を呼び出して語る(続き)
471.4.1129115 「もとより、かく(ひと)(たが)ひたまへる御癖(おほんくせ)どもにはべればにや、いかにもいかにも、()(つね)(なに)やかやなど、(おも)ひよりたまへる()けしきになむはべらぬ。 "もとより、かくひとたがひたまへるおほんくせどもにはべればにや、いかにもいかにも、つねなにやかやなど、おもひよりたまへるけしきになんはべらぬ。
471.4.2130116 かくて、さぶらふこれかれも、(とし)ごろだに、(なに)(たの)もしげある()(もと)(かく)ろへもはべらざりき。()()てがたく(おも)(かぎ)りは、ほどほどにつけてまかで()り、(むかし)(ふる)(すぢ)なる(ひと)も、(おほ)()たてまつり()てたるあたりに、まして(いま)は、しばしも()ちとまりがたげにわびはべりて、おはしましし()にこそ、(かぎ)りありて、かたほならむ(おほん)ありさまは、いとほしくもなど、古代(こたい)なる(おほん)うるはしさに、(おぼ)しもとどこほりつれ。 かくて、さぶらふこれかれも、としごろだに、なにたのもしげあるもとかくろへもはべらざりき。てがたくおもかぎりは、ほどほどにつけてまかでり、むかしふるすぢなるひとも、おほたてまつりてたるあたりに、ましていまは、しばしもちとまりがたげにわびはべりて、おはしまししにこそ、かぎりありて、かたほならんおほんありさまは、いとほしくもなど、こたいなるおほんうるはしさに、おぼしもとどこほりつれ。
471.4.3131117 (いま)は、かう、また(たの)みなき御身(おほんみ)どもにて、いかにもいかにも、()になびきたまへらむを、あながちにそしりきこえむ(ひと)は、かへりてものの(こころ)をも()らず、()ふかひなきことにてこそはあらめ。いかなる(ひと)か、いとかくて()をば()ぐし()てたまふべき。 いまは、かう、またたのみなきおほんみどもにて、いかにもいかにも、になびきたまへらんを、あながちにそしりきこえんひとは、かへりてもののこころをもらず、ふかひなきことにてこそはあらめ。いかなるひとか、いとかくてをばぐしてたまふべき。
471.4.4132118 (まつ)()をすきて(つと)むる山伏(やまぶし)だに、()ける()()てがたさによりてこそ、(ほとけ)御教(おほんをし)へをも、道々別(みちみちわか)れては(おこな)ひなすなれ、などやうの、よからぬことを()こえ()らせ、(わか)御心(みこころ)ども(みだ)れたまひぬべきこと(おほ)くはべるめれど、たわむべくもものしたまはず、(なか)(みや)をなむ、いかで(ひと)めかしくも(あつか)ひなしたてまつらむ、と(おも)ひきこえたまふべかめる。 まつをすきてつとむるやまぶしだに、けるてがたさによりてこそ、ほとけおほんをしへをも、みちみちわかれてはおこなひなすなれ、などやうの、よからぬことをこえらせ、わかみこころどもみだれたまひぬべきことおほくはべるめれど、たわむべくもものしたまはず、なかみやをなん、いかでひとめかしくもあつかひなしたてまつらん、とおもひきこえたまふべかめる。
471.4.5133119 かく山深(やまふか)(たづ)ねきこえさせたまふめる御心(みこころ)ざしの、年経(としへ)()たてまつり()れたまへるけはひも、(うと)からず(おも)ひきこえさせたまひ、(いま)はとざまかうざまに、こまかなる筋聞(すぢき)こえ(かよ)ひたまふめるに、かの御方(おほんかた)を、さやうにおもむけて()こえたまはば、となむ(おぼ)すべかめる。 かくやまふかたづねきこえさせたまふめるみこころざしの、としへたてまつりれたまへるけはひも、うとからずおもひきこえさせたまひ、いまはとざまかうざまに、こまかなるすぢきこえかよひたまふめるに、かのおほんかたを、さやうにおもむけてこえたまはば、となんおぼすべかめる。
471.4.6134120 (みや)御文(おほんふみ)などはべるめるは、さらにまめまめしき(おほん)ことならじ、とはべるめる」 みやおほんふみなどはべるめるは、さらにまめまめしきおほんことならじ、とはべるめる。"
471.4.7135121 ()こゆれば、 こゆれば、
471.4.8136122 「あはれなる御一言(おほんひとこと)()きおき、(つゆ)()にかかづらはむ(かぎ)りは、()こえ(かよ)はむの(こころ)あれば、いづ(かた)にも()えたてまつらむ、(おな)じことなるべきを、さまではた、(おぼ)しよるなる、いとうれしきことなれど、(こころ)()(かた)なむ、かばかり(おも)()つる()に、なほとまりぬべきものなりければ、(あらた)めてさはえ(おも)ひなほすまじくなむ。()(つね)になよびかなる(すぢ)にもあらずや。 "あはれなるおほんひとこときおき、つゆにかかづらはんかぎりは、こえかよはんのこころあれば、いづかたにもえたてまつらん、おなじことなるべきを、さまではた、おぼしよるなる、いとうれしきことなれど、こころかたなん、かばかりおもつるに、なほとまりぬべきものなりければ、あらためてさはえおもひなほすまじくなん。つねになよびかなるすぢにもあらずや。
471.4.9137123 ただかやうにもの(へだ)てて、こと(のこ)いたるさまならず、さし(むか)ひて、とにかくに(さだ)めなき()物語(ものがたり)を、(へだ)てなく()こえて、つつみたまふ御心(みこころ)隈残(くまのこ)らずもてなしたまはむなむ、兄弟(はらから)などのさやうに(むつ)ましきほどなるもなくて、いとさうざうしくなむ、()(なか)(おも)ふことの、あはれにも、をかしくも、(うれ)はしくも、(とき)につけたるありさまを、(こころ)()めてのみ()ぐる()なれば、さすがにたつきなくおぼゆるに、(うと)かるまじく(たの)みきこゆる。 ただかやうにものへだてて、ことのこいたるさまならず、さしむかひて、とにかくにさだめなきものがたりを、へだてなくこえて、つつみたまふみこころくまのこらずもてなしたまはんなん、はらからなどのさやうにむつましきほどなるもなくて、いとさうざうしくなん、なかおもふことの、あはれにも、をかしくも、うれはしくも、ときにつけたるありさまを、こころめてのみぐるなれば、さすがにたつきなくおぼゆるに、うとかるまじくたのみきこゆる。
471.4.10138124 (きさい)(みや)、はた、なれなれしく、さやうにそこはかとなき(おも)ひのままなるくだくだしさを、()こえ()るべきにもあらず。三条(さんでう)(みや)は、(おや)(おも)ひきこゆべきにもあらぬ御若々(わかわか)しさなれど、(かぎ)りあれば、たやすく()れきこえさせずかし。その(ほか)(をんな)は、すべていと(うとまし)くつつましく、(おそ)ろしくおぼえて、(こころ)からよるべなく心細(こころぼそ)きなり。 きさいみや、はた、なれなれしく、さやうにそこはかとなきおもひのままなるくだくだしさを、こえるべきにもあらず。さんでうみやは、おやおもひきこゆべきにもあらぬわかわかしさなれど、かぎりあれば、たやすくれきこえさせずかし。そのほかをんなは、すべていとうとましくつつましく、おそろしくおぼえて、こころからよるべなくこころぼそきなり。
471.4.11139125 なほざりのすさびにても、懸想(けさう)だちたることは、いとまばゆくありつかず、はしたなきこちごちしさにて、まいて(こころ)にしめたる(かた)のことは、うち()づることは(かた)くて、(うら)めしくもいぶせくも(おも)ひきこゆるけしきをだに()えたてまつらぬこそ、(われ)ながら(かぎ)りなくかたくなしきわざなれ。(みや)(おほん)ことをも、さりとも()しざまには()こえじと、まかせてやは()たまはぬ」 なほざりのすさびにても、けさうだちたることは、いとまばゆくありつかず、はしたなきこちごちしさにて、まいてこころにしめたるかたのことは、うちづることはかたくて、うらめしくもいぶせくもおもひきこゆるけしきをだにえたてまつらぬこそ、われながらかぎりなくかたくなしきわざなれ。みやおほんことをも、さりともしざまにはこえじと、まかせてやはたまはぬ。"
471.4.12140126 など()ひゐたまへり。()(びと)、はた、かばかり心細(こころぼそ)きに、あらまほしげなる(おほん)ありさまを、いと(せち)に、さもあらせたてまつらばやと(おも)へど、いづ(かた)()づかしげなる(おほん)ありさまどもなれば、(おも)ひのままにはえ()こえず。 などひゐたまへり。びと、はた、かばかりこころぼそきに、あらまほしげなるおほんありさまを、いとせちに、さもあらせたてまつらばやとおもへど、いづかたづかしげなるおほんありさまどもなれば、おもひのままにはえこえず。
471.5141127第五段 薫、大君の寝所に迫る
471.5.1142128 今宵(こよひ)(とま)りたまひて、物語(ものがたり)などのどやかに()こえまほしくて、やすらひ()らしたまひつ。あざやかならず、もの(うら)みがちなる()けしき、やうやうわりなくなりゆけば、わづらはしくて、うちとけて()こえたまはむことも、いよいよ(くる)しけれど、おほかたにてはありがたくあはれなる(ひと)御心(みこころ)なれば、こよなくももてなしがたくて、対面(たいめん)したまふ。 こよひとまりたまひて、ものがたりなどのどやかにこえまほしくて、やすらひらしたまひつ。あざやかならず、ものうらみがちなるけしき、やうやうわりなくなりゆけば、わづらはしくて、うちとけてこえたまはんことも、いよいよくるしけれど、おほかたにてはありがたくあはれなるひとみこころなれば、こよなくももてなしがたくて、たいめんしたまふ。
471.5.2143129 (ほとけ)のおはする(なか)()()けて、御燈明(みあかし)()けざやかにかかげさせて、(すだれ)屏風(びゃうぶ)()へてぞおはする。()にも大殿油参(おほとなぶらまゐ)らすれど、「(なや)ましうて無礼(むらい)なるを。あらはに」など(いさ)めて、かたはら()したまへり。(おほん)くだものなど、わざとはなくしなして(まゐ)らせたまへり。 ほとけのおはするなかけて、みあかしけざやかにかかげさせて、すだれびゃうぶへてぞおはする。にもおほとなぶらまゐらすれど、"なやましうてむらいなるを。あらはに。"などいさめて、かたはらしたまへり。おほんくだものなど、わざとはなくしなしてまゐらせたまへり。
471.5.3144130 御供(おほんとも)(ひと)びとにも、ゆゑゆゑしき(さかな)などして()ださせたまへり。(らう)めいたる(かた)(あつ)まりて、この御前(おまへ)(ひと)(とほ)くもてなして、しめじめと物語聞(ものがたりき)こえたまふ。うちとくべくもあらぬものから、なつかしげに愛敬(あいぎゃう)づきて、もののたまへるさまの、なのめならず(こころ)()りて、(おも)()らるるもはかなし。 おほんともひとびとにも、ゆゑゆゑしきさかななどしてださせたまへり。らうめいたるかたあつまりて、このおまへひととほくもてなして、しめじめとものがたりきこえたまふ。うちとくべくもあらぬものから、なつかしげにあいぎゃうづきて、もののたまへるさまの、なのめならずこころりて、おもらるるもはかなし。
471.5.4145131 「かくほどもなきものの(へだ)てばかりを(さは)(どころ)にて、おぼつかなく(おも)ひつつ()ぐす(こころ)おそさの、あまりをこがましくもあるかな」と(おも)(つづ)けらるれど、つれなくて、おほかたの()(なか)のことども、あはれにもをかしくも、さまざま()所多(どころおほ)(かた)らひきこえたまふ。 "かくほどもなきもののへだてばかりをさはどころにて、おぼつかなくおもひつつぐすこころおそさの、あまりをこがましくもあるかな。"とおもつづけらるれど、つれなくて、おほかたのなかのことども、あはれにもをかしくも、さまざまどころおほかたらひきこえたまふ。
471.5.5146132 (うち)には、「(ひと)びと、(ちか)く」などのたまひおきつれど、「さしも、もて(はな)れたまはざらなむ」と(おも)ふべかめれば、いとしも(まも)りきこえず、さし退(しぞき)つつ、みな()()して、(ほとけ)御燈火(おほんともしび)もかかぐる(ひと)もなし。ものむつかしくて、(しの)びて人召(ひとめ)せど、おどろかず。 うちには、"ひとびと、ちかく。"などのたまひおきつれど、"さしも、もてはなれたまはざらなん。"とおもふべかめれば、いとしもまもりきこえず、さししぞきつつ、みなして、ほとけおほんともしびもかかぐるひともなし。ものむつかしくて、しのびてひとめせど、おどろかず。
471.5.6147133 心地(ここち)のかき(みだ)り、(なや)ましくはべるを、ためらひて、暁方(あかつきがた)にもまた()こえむ」 "ここちのかきみだり、なやましくはべるを、ためらひて、あかつきがたにもまたこえん。"
471.5.7148134 とて、()りたまひなむとするけしきなり。 とて、りたまひなんとするけしきなり。
471.5.8149135 山路分(やまぢわ)けはべりつる(ひと)は、ましていと(くる)しけれど、かく()こえ(うけたまは)るに(なぐさ)めてこそはべれ。うち()てて()らせたまひなば、いと心細(こころぼそ)からむ」 "やまぢわけはべりつるひとは、ましていとくるしけれど、かくこえうけたまはるになぐさめてこそはべれ。うちててらせたまひなば、いとこころぼそからん。"
471.5.9150136 とて、屏風(びゃうぶ)をやをら()()けて()りたまひぬ。いとむくつけくて、(なか)らばかり()りたまへるに、()きとどめられて、いみじくねたく心憂(こころう)ければ、 とて、びゃうぶをやをらけてりたまひぬ。いとむくつけくて、なからばかりりたまへるに、きとどめられて、いみじくねたくこころうければ、
471.5.10151137 (へだ)てなきとは、かかるをや()ふらむ。めづらかなるわざかな」 "へだてなきとは、かかるをやふらん。めづらかなるわざかな。"
471.5.11152138 と、あはめたまへるさまの、いよいよをかしければ、 と、あはめたまへるさまの、いよいよをかしければ、
471.5.12153139 (へだ)てぬ(こころ)をさらに(おぼ)()かねば、()こえ()らせむとぞかし。めづらかなりとも、いかなる(かた)に、(おぼ)しよるにかはあらむ。(ほとけ)御前(おまへ)にて誓言(ちかごと)()てはべらむ。うたて、な()ぢたまひそ。御心破(みこころやぶ)らじと(おも)ひそめてはべれば。(ひと)はかくしも()(はか)(おも)ふまじかめれど、()(たが)へる痴者(しれもの)にて()ぐしはべるぞや」 "へだてぬこころをさらにおぼかねば、こえらせんとぞかし。めづらかなりとも、いかなるかたに、おぼしよるにかはあらん。ほとけおまへにてちかごとてはべらん。うたて、なぢたまひそ。みこころやぶらじとおもひそめてはべれば。ひとはかくしもはかおもふまじかめれど、たがへるしれものにてぐしはべるぞや。"
471.5.13154140 とて、(こころ)にくきほどなる火影(ほかげ)に、御髪(みぐし)のこぼれかかりたるを、かきやりつつ()たまへば、(ひと)(おほん)けはひ、(おも)ふやうに(かを)りをかしげなり。 とて、こころにくきほどなるほかげに、みぐしのこぼれかかりたるを、かきやりつつたまへば、ひとおほんけはひ、おもふやうにかをりをかしげなり。
471.6155141第六段 薫、大君をかき口説く
471.6.1156142 「かく心細(こころぼそ)くあさましき御住(おほんす)()に、()いたらむ(ひと)(さは)(どころ)あるまじげなるを、(われ)ならで(たづ)()(ひと)もあらましかば、さてや()みなまし。いかに口惜(くちを)しきわざならまし」と、()(かた)(こころ)のやすらひさへ、あやふくおぼえたまへど、()ふかひなく()しと(おも)ひて()きたまふ()けしきの、いといとほしければ、「かくはあらで、おのづから(こころ)ゆるびしたまふ(をり)もありなむ」と(おも)ひわたる。 "かくこころぼそくあさましきおほんすに、いたらんひとさはどころあるまじげなるを、われならでたづひともあらましかば、さてやみなまし。いかにくちをしきわざならまし。"と、かたこころのやすらひさへ、あやふくおぼえたまへど、ふかひなくしとおもひてきたまふけしきの、いといとほしければ、"かくはあらで、おのづからこころゆるびしたまふをりもありなん。"とおもひわたる。
471.6.2157143 わりなきやうなるも心苦(こころぐる)しくて、さまよくこしらへきこえたまふ。 わりなきやうなるもこころぐるしくて、さまよくこしらへきこえたまふ。
471.6.3158144 「かかる御心(みこころ)のほどを(おも)ひよらで、あやしきまで()こえ()れにたるを、ゆゆしき(そで)(いろ)など、()あらはしたまふ心浅(こころあさ)さに、みづからの()ふかひなさも(おも)()らるるに、さまざま(なぐさ)(かた)なく」 "かかるみこころのほどをおもひよらで、あやしきまでこえれにたるを、ゆゆしきそでいろなど、あらはしたまふこころあささに、みづからのふかひなさもおもらるるに、さまざまなぐさかたなく。"
471.6.4159145 (うら)みて、何心(なにごころ)もなくやつれたまへる墨染(すみぞめ)火影(ほかげ)を、いとはしたなくわびしと(おも)(まど)ひたまへり。 うらみて、なにごころもなくやつれたまへるすみぞめほかげを、いとはしたなくわびしとおもまどひたまへり。
471.6.5160146 「いとかくしも(おぼ)さるるやうこそはと、()づかしきに、()こえむ(かた)なし。(そで)(いろ)をひきかけさせたまふはしも、ことわりなれど、ここら御覧(ごらん)じなれぬる(こころ)ざしのしるしには、さばかりの(いみ)おくべく、今始(いまはじ)めたることめきてやは(おぼ)さるべき。なかなかなる(おほん)わきまへ(ごころ)になむ」 "いとかくしもおぼさるるやうこそはと、づかしきに、こえんかたなし。そでいろをひきかけさせたまふはしも、ことわりなれど、ここらごらんじなれぬるこころざしのしるしには、さばかりのいみおくべく、いまはじめたることめきてやはおぼさるべき。なかなかなるおほんわきまへごころになん。"
471.6.6161147 とて、かの(もの)音聞(ねき)きし有明(ありあけ)月影(つきかげ)よりはじめて、折々(をりをり)(おも)(こころ)(しの)びがたくなりゆくさまを、いと(おほ)()こえたまふに、「()づかしくもありけるかな」と(うと)ましく、「かかる(こころ)ばへながらつれなくまめだちたまひけるかな」と、()きたまふこと(おほ)かり。 とて、かのものねききしありあけつきかげよりはじめて、をりをりおもこころしのびがたくなりゆくさまを、いとおほこえたまふに、"づかしくもありけるかな。"とうとましく、"かかるこころばへながらつれなくまめだちたまひけるかな。"と、きたまふことおほかり。
471.6.7162148 (おほん)かたはらなる(みぢか)几帳(きちゃう)を、(ほとけ)御方(おほんかた)にさし(へだ)てて、かりそめに()()したまへり。名香(みゃうがう)のいと(かう)ばしく(にほ)ひて、(しきみ)のいとはなやかに(かを)れるけはひも、(ひと)よりはけに(ほとけ)をも(おも)ひきこえたまへる御心(みこころ)にて、わづらはしく、「墨染(すみぞめ)(いま)さらに、(をり)ふし心焦(こころい)られしたるやうに、あはあはしく、(おも)ひそめしに(たが)ふべければ、かかる(いみ)なからむほどに、この御心(みこころ)にも、さりともすこしたわみたまひなむ」など、せめてのどかに(おも)ひなしたまふ。 おほんかたはらなるみぢかきちゃうを、ほとけおほんかたにさしへだてて、かりそめにしたまへり。みゃうがうのいとかうばしくにほひて、しきみのいとはなやかにかをれるけはひも、ひとよりはけにほとけをもおもひきこえたまへるみこころにて、わづらはしく、"すみぞめいまさらに、をりふしこころいられしたるやうに、あはあはしく、おもひそめしにたがふべければ、かかるいみなからんほどに、このみこころにも、さりともすこしたわみたまひなん。"など、せめてのどかにおもひなしたまふ。
471.6.8163149 (あき)()のけはひは、かからぬ(ところ)だに、おのづからあはれ(おほ)かるを、まして(みね)(あらし)(まがき)(むし)も、心細(こころぼそ)げにのみ()きわたさる。(つね)なき()御物語(おほんものがたり)に、時々(ときどき)さしいらへたまへるさま、いと見所多(みどころおほ)くめやすし。いぎたなかりつる(ひと)びとは、「かうなりけり」と、けしきとりてみな()りぬ。 あきのけはひは、かからぬところだに、おのづからあはれおほかるを、ましてみねあらしまがきむしも、こころぼそげにのみきわたさる。つねなきおほんものがたりに、ときどきさしいらへたまへるさま、いとみどころおほくめやすし。いぎたなかりつるひとびとは、"かうなりけり。"と、けしきとりてみなりぬ。
471.6.9164150 (みや)ののたまひしさまなど(おぼ)()づるに、「げに、ながらへば、(こころ)(ほか)にかくあるまじきことも()るべきわざにこそは」と、もののみ(かな)しくて、(みづ)(おと)(なが)()心地(ここち)したまふ。 みやののたまひしさまなどおぼづるに、"げに、ながらへば、こころほかにかくあるまじきこともるべきわざにこそは。"と、もののみかなしくて、みづおとながここちしたまふ。
471.7165151第七段 実事なく朝を迎える
471.7.1166152 はかなく()(がた)になりにけり。御供(おほんとも)(ひと)びと()きて(こわ)づくり、(むま)どものいばゆる(おと)も、(たび)宿(やど)りのあるやうなど(ひと)(かた)るを、(おぼ)しやられて、をかしく(おぼ)さる。光見(ひかりみ)えつる(かた)障子(さうじ)()()けたまひて、(そら)のあはれなるをもろともに()たまふ。(をんな)もすこしゐざり()でたまへるに、ほどもなき(のき)(ちか)さなれば、しのぶの(つゆ)もやうやう光見(ひかりみ)えもてゆく。かたみにいと(えん)なるさま、容貌(かたち)どもを、 はかなくがたになりにけり。おほんともひとびときてこわづくり、むまどものいばゆるおとも、たびやどりのあるやうなどひとかたるを、おぼしやられて、をかしくおぼさる。ひかりみえつるかたさうじけたまひて、そらのあはれなるをもろともにたまふ。をんなもすこしゐざりでたまへるに、ほどもなきのきちかさなれば、しのぶのつゆもやうやうひかりみえもてゆく。かたみにいとえんなるさま、かたちどもを、
471.7.2167153 (なに)とはなくて、ただかやうに(つき)をも(はな)をも、(おな)(こころ)にもてあそび、はかなき()のありさまを()こえ()はせてなむ、()ぐさまほしき」 "なにとはなくて、ただかやうにつきをもはなをも、おなこころにもてあそび、はかなきのありさまをこえはせてなん、ぐさまほしき。"
471.7.3168154 と、いとなつかしきさまして(かた)らひきこえたまへば、やうやう(おそ)ろしさも(なぐさ)みて、 と、いとなつかしきさましてかたらひきこえたまへば、やうやうおそろしさもなぐさみて、
471.7.4169155 「かういとはしたなからで、もの(へだ)ててなど()こえば、(まこと)(こころ)(へだ)てはさらにあるまじくなむ」 "かういとはしたなからで、ものへだててなどこえば、まことこころへだてはさらにあるまじくなん。"
471.7.5170156 といらへたまふ。 といらへたまふ。
471.7.6171158 (あか)くなりゆき、むら(とり)()ちさまよふ羽風近(はかぜちか)()こゆ。夜深(よぶか)(あした)(かね)(おと)かすかに(ひび)く。「(いま)は、いと見苦(みぐる)しきを」と、いとわりなく()づかしげに(おぼ)したり。 あかくなりゆき、むらとりちさまよふはかぜちかこゆ。よぶかあしたかねおとかすかにひびく。"いまは、いとみぐるしきを。"と、いとわりなくづかしげにおぼしたり。
471.7.7172159 「ことあり(がほ)朝露(あさつゆ)もえ()けはべるまじ。また、(ひと)はいかが()(はか)りきこゆべき。(れい)のやうになだらかにもてなさせたまひて、ただ()(たが)ひたることにて、(いま)より(のち)も、ただかやうにしなさせたまひてよ。よにうしろめたき(こころ)はあらじと(おぼ)せ。かばかりあながちなる(こころ)のほども、あはれと(おぼ)()らぬこそかひなけれ」 "ことありがほあさつゆもえけはべるまじ。また、ひとはいかがはかりきこゆべき。れいのやうになだらかにもてなさせたまひて、ただたがひたることにて、いまよりのちも、ただかやうにしなさせたまひてよ。よにうしろめたきこころはあらじとおぼせ。かばかりあながちなるこころのほども、あはれとおぼらぬこそかひなけれ。"
471.7.8173160 とて、()でたまはむのけしきもなし。あさましく、かたはならむとて、 とて、でたまはんのけしきもなし。あさましく、かたはならんとて、
471.7.9174161 (いま)より(のち)は、さればこそ、もてなしたまはむままにあらむ。今朝(けさ)は、また()こゆるに(したが)ひたまへかし」 "いまよりのちは、さればこそ、もてなしたまはんままにあらん。けさは、またこゆるにしたがひたまへかし。"
471.7.10175162 とて、いとすべなしと(おぼ)したれば、 とて、いとすべなしとおぼしたれば、
471.7.11176163 「あな、(くる)しや。(あかつき)(わか)れや。まだ()らぬことにて、げに、(まど)ひぬべきを」 "あな、くるしや。あかつきわかれや。まだらぬことにて、げに、まどひぬべきを。"
471.7.12177164 (なげ)きがちなり。(にはとり)も、いづ(かた)にかあらむ、ほのかにおとなふに、京思(きゃうおも)()でらる。 なげきがちなり。にはとりも、いづかたにかあらん、ほのかにおとなふに、きゃうおもでらる。
471.7.13178165 山里(やまざと)のあはれ()らるる声々(こゑごゑ)に<BR/>とりあつめたる(あさ)ぼらけかな」 "〔やまざとのあはれらるるこゑごゑに<BR/>とりあつめたるあさぼらけかな〕
471.7.14179166 女君(をんなぎみ) をんなぎみ
471.7.15180167 (とり)()()こえぬ(やま)(おも)ひしを<BR/>()()きことは(たづ)()にけり」 "〔とりこえぬやまおもひしを<BR/>きことはたづにけり〕
471.7.16181168 障子口(さうじぐち)まで(おく)りたてまつりたまひて、昨夜入(よべい)りし戸口(とぐち)より()でて、()したまへれど、まどろまれず。名残恋(なごりこひ)しくて、「いとかく(おも)はましかば、(つき)ごろも(いま)まで(こころ)のどかならましや」など、(かへ)らむことももの()くおぼえたまふ。 さうじぐちまでおくりたてまつりたまひて、よべいりしとぐちよりでて、したまへれど、まどろまれず。なごりこひしくて、"いとかくおもはましかば、つきごろもいままでこころのどかならましや。"など、かへらんこともものくおぼえたまふ。
471.8182169第八段 大君、妹の中の君を薫にと思う
471.8.1183170 姫宮(ひめみや)は、(ひと)(おも)ふらむことのつつましきに、とみにもうち()されたまはで、「(たの)もしき(ひと)なくて()()ぐす()心憂(こころう)きを、ある(ひと)どもも、よからぬこと(なに)やかやと、次々(つぎつぎ)(したが)ひつつ()()づめるに、(こころ)よりほかのことありぬべき()なめり」と(おぼ)しめぐらすには、 ひめみやは、ひとおもふらんことのつつましきに、とみにもうちされたまはで、"たのもしきひとなくてぐすこころうきを、あるひとどもも、よからぬことなにやかやと、つぎつぎしたがひつつづめるに、こころよりほかのことありぬべきなめり。"とおぼしめぐらすには、
471.8.2184171 「この(ひと)(おほん)けはひありさまの、(うと)ましくはあるまじく、故宮(こみや)も、さやうなる御心(みこころ)ばへあらばと、折々(をりをり)のたまひ(おぼ)すめりしかど、みづからは、なほかくて()ぐしてむ。(われ)よりはさま容貌(かたち)(さか)りにあたらしげなる(なか)(みや)を、(ひと)なみなみに()なしたらむこそうれしからめ。(ひと)(うへ)になしては、(こころ)のいたらむ(かぎ)(おも)後見(うしろみ)てむ。みづからの(うへ)のもてなしは、また()れかは見扱(みあつか)はむ。 "このひとおほんけはひありさまの、うとましくはあるまじく、こみやも、さやうなるみこころばへあらばと、をりをりのたまひおぼすめりしかど、みづからは、なほかくてぐしてん。われよりはさまかたちさかりにあたらしげなるなかみやを、ひとなみなみになしたらんこそうれしからめ。ひとうへになしては、こころのいたらんかぎおもうしろみてん。みづからのうへのもてなしは、またれかはみあつかはん。
471.8.3185172 この(ひと)(おほん)さまの、なのめにうち(まぎ)れたるほどならば、かく見馴(みな)れぬる(とし)ごろのしるしに、うちゆるぶ(こころ)もありぬべきを、()づかしげに()えにくきけしきも、なかなかいみじくつつましきに、わが()はかくて()ぐし()ててむ」 このひとおほんさまの、なのめにうちまぎれたるほどならば、かくみなれぬるとしごろのしるしに、うちゆるぶこころもありぬべきを、づかしげにえにくきけしきも、なかなかいみじくつつましきに、わがはかくてぐしててん。"
471.8.4186173 (おも)(つづ)けて、音泣(ねな)きがちに()かしたまへるに、名残(なごり)いと(なや)ましければ、(なか)(みや)()したまへる(おく)(かた)()()したまふ。 おもつづけて、ねなきがちにかしたまへるに、なごりいとなやましければ、なかみやしたまへるおくかたしたまふ。
471.8.5187174 (れい)ならず、(ひと)のささめきしけしきもあやしと、この(みや)(おぼ)しつつ()たまへるに、かくておはしたれば、うれしくて、御衣(おほんぞ)ひき()せたてまつりたまふに、御移(おほんうつ)()(まぎ)るべくもあらず、くゆりかかる心地(ここち)すれば、宿直人(とのゐびと)がもて(あつか)ひけむ(おも)ひあはせられて、「まことなるべし」と、いとほしくて、()ぬるやうにてものものたまはず。 れいならず、ひとのささめきしけしきもあやしと、このみやおぼしつつたまへるに、かくておはしたれば、うれしくて、おほんぞひきせたてまつりたまふに、おほんうつまぎるべくもあらず、くゆりかかるここちすれば、とのゐびとがもてあつかひけんおもひあはせられて、"まことなるべし。"と、いとほしくて、ぬるやうにてものものたまはず。
471.8.6188175 客人(まらうと)は、(べん)のおもと()()でたまひて、こまかに(かた)らひおき、御消息(おほんせうそこ)すくすくしく()こえおきて()でたまひぬ。「総角(あげまき)(たはぶ)れにとりなししも、(こころ)もて、(ひろ)ばかりの(へだ)ても対面(たいめん)しつるとや、この(きみ)(おぼ)すらむ」と、いみじく()づかしければ、心地悪(ここちあ)しとて、(なや)()らしたまひつ。(ひと)びと、 まらうとは、べんのおもとでたまひて、こまかにかたらひおき、おほんせうそこすくすくしくこえおきてでたまひぬ。"あげまきたはぶれにとりなししも、こころもて、ひろばかりのへだてもたいめんしつるとや、このきみおぼすらん。"と、いみじくづかしければ、ここちあしとて、なやらしたまひつ。ひとびと、
471.8.7189176 ()(のこ)りなくなりはべりぬ。はかばかしく、はかなきことをだに、また(つか)うまつる(ひと)もなきに、折悪(をりあ)しき御悩(おほんなや)みかな」 "のこりなくなりはべりぬ。はかばかしく、はかなきことをだに、またつかうまつるひともなきに、をりあしきおほんなやみかな。"
471.8.8190177 ()こゆ。(なか)(みや)(くみ)などし()てたまひて、 こゆ。なかみやくみなどしてたまひて、
471.8.9191178 心葉(こころば)など、えこそ(おも)ひよりはべらね」 "こころばなど、えこそおもひよりはべらね。"
471.8.10192179 と、せめて()こえたまへば、(くら)くなりぬる(まぎ)れに()きたまひて、もろともに(むす)びなどしたまふ。中納言殿(ちうなごんどの)より御文(おほんふみ)あれど、 と、せめてこえたまへば、くらくなりぬるまぎれにきたまひて、もろともにむすびなどしたまふ。ちうなごんどのよりおほんふみあれど、
471.8.11193180 今朝(けさ)よりいと(なや)ましくなむ」 "けさよりいとなやましくなん。"
471.8.12194181 とて、人伝(ひとづ)てにぞ()こえたまふ。 とて、ひとづてにぞこえたまふ。
471.8.13195182 「さも、見苦(みぐる)しく、若々(わかわか)しくおはす」 "さも、みぐるしく、わかわかしくおはす。"
471.8.14196183 と、(ひと)びとつぶやききこゆ。 と、ひとびとつぶやききこゆ。
472197184第二章 大君の物語 大君、中の君を残して逃れる
472.1198185第一段 一周忌終り、薫、宇治を訪問
472.1.1199186 御服(おほんぶく)など()てて、()()てたまへるにつけても、かた(とき)(おく)れたてまつらむものと(おも)はざりしを、はかなく()ぎにける月日(つきひ)のほどを(おぼ)すに、いみじく(おも)ひのほかなる()()さと、()(しづ)みたまへる(おほん)さまども、いと心苦(こころぐる)しげなり。 おほんぶくなどてて、てたまへるにつけても、かたときおくれたてまつらんものとおもはざりしを、はかなくぎにけるつきひのほどをおぼすに、いみじくおもひのほかなるさと、しづみたまへるおほんさまども、いとこころぐるしげなり。
472.1.2200187 (つき)ごろ(くろ)()らはしたる御姿(おほんすがた)薄鈍(うすにび)にて、いとなまめかしくて、(なか)(みや)は、げにいと(さか)りにて、うつくしげなる(にほ)ひまさりたまへり。御髪(みぐし)など()ましつくろはせて()たてまつりたまふに、()物思(ものおも)(わす)るる心地(ここち)してめでたければ、人知(ひとし)れず、「近劣(ちかおと)りしては(おも)はずやあらむ」と、(たの)もしくうれしくて、(いま)はまた見譲(みゆづ)(ひと)もなくて、親心(おやごころ)にかしづきたてて()きこえたまふ。 つきごろくろらはしたるおほんすがたうすにびにて、いとなまめかしくて、なかみやは、げにいとさかりにて、うつくしげなるにほひまさりたまへり。みぐしなどましつくろはせてたてまつりたまふに、ものおもわするるここちしてめでたければ、ひとしれず、"ちかおとりしてはおもはずやあらん。"と、たのもしくうれしくて、いまはまたみゆづひともなくて、おやごころにかしづきたててきこえたまふ。
472.1.3201188 かの(ひと)は、つつみきこえたまひし(ふぢ)(ころも)(あらた)めたまへらむ長月(ながつき)も、静心(しづこころ)なくて、またおはしたり。「(れい)のやうに()こえむ」と、また御消息(おほんせうそこ)あるに、(こころ)あやまりして、わづらはしくおぼゆれば、とかく()こえすまひて対面(たいめん)したまはず。 かのひとは、つつみきこえたまひしふぢころもあらためたまへらんながつきも、しづこころなくて、またおはしたり。"れいのやうにこえん。"と、またおほんせうそこあるに、こころあやまりして、わづらはしくおぼゆれば、とかくこえすまひてたいめんしたまはず。
472.1.4202189 (おも)ひの(ほか)心憂(こころう)御心(みこころ)かな。(ひと)もいかに(おも)ひはべらむ」 "おもひのほかこころうみこころかな。ひともいかにおもひはべらん。"
472.1.5203190 と、御文(おほんふみ)にて()こえたまへり。 と、おほんふみにてこえたまへり。
472.1.6204191 (いま)はとて()ぎはべりしほどの心惑(こころまど)ひに、なかなか(しづ)みはべりてなむ、え()こえぬ」 "いまはとてぎはべりしほどのこころまどひに、なかなかしづみはべりてなん、えこえぬ。"
472.1.7205192 とあり。 とあり。
472.1.8206193 (うら)みわびて、(れい)人召(ひとめ)して、よろづにのたまふ。()()らぬ心細(こころぼそ)さの(なぐさ)めには、この(きみ)をのみ(たの)みきこえたる(ひと)びとなれば、(おも)ひにかなひたまひて、()(つね)()()(うつ)ろひなどしたまはむを、いとめでたかるべきことに()()はせて、「ただ()れたてまつらむ」と、皆語(みなかた)らひ()はせけり。 うらみわびて、れいひとめして、よろづにのたまふ。らぬこころぼそさのなぐさめには、このきみをのみたのみきこえたるひとびとなれば、おもひにかなひたまひて、つねうつろひなどしたまはんを、いとめでたかるべきことにはせて、"ただれたてまつらん。"と、みなかたらひはせけり。
472.2207194第二段 大君、妹の中の君に薫を勧める
472.2.1208195 姫宮(ひめみや)、そのけしきをば(ふか)見知(みし)りたまはねど、「かく()()きて(ひと)めかしなつけたまふめるに、うちとけて、うしろめたき(こころ)もやあらむ。昔物語(むかしものがたり)にも、(こころ)もてやは、とあることもかかることもあめる。うちとくまじき(ひと)(こころ)にこそあめれ」と(おも)ひよりたまひて、 ひめみや、そのけしきをばふかみしりたまはねど、"かくきてひとめかしなつけたまふめるに、うちとけて、うしろめたきこころもやあらん。むかしものがたりにも、こころもてやは、とあることもかかることもあめる。うちとくまじきひとこころにこそあめれ。"とおもひよりたまひて、
472.2.2209196 「せめて(うら)(ふか)くは、この(きみ)をおし()でむ。(おと)りざまならむにてだに、さても()そめては、あさはかにはもてなすまじき(こころ)なめるを、まして、ほのかにも()そめては、(なぐさ)みなむ。(こと)()でては、いかでかは、ふとさることを()()(ひと)のあらむ。本意(ほい)になむあらぬと、うけひくけしきのなかなるは、かたへは(ひと)(おも)はむことを、あいなう(あさ)(かた)にやなど、つつみたまふならむ」 "せめてうらふかくは、このきみをおしでん。おとりざまならんにてだに、さてもそめては、あさはかにはもてなすまじきこころなめるを、まして、ほのかにもそめては、なぐさみなん。ことでては、いかでかは、ふとさることをひとのあらん。ほいになんあらぬと、うけひくけしきのなかなるは、かたへはひとおもはんことを、あいなうあさかたにやなど、つつみたまふならん。"
472.2.3210197 (おぼ)(かま)ふるを、「けしきだに()らせたまはずは、(つみ)もや()む」と、()をつみていとほしければ、よろづにうち(かた)らひて、 おぼかまふるを、"けしきだにらせたまはずは、つみもやん。"と、をつみていとほしければ、よろづにうちかたらひて、
472.2.4211198 (むかし)(おほん)おもむけも、()(なか)をかく心細(こころぼそ)くて()ぐし()つとも、なかなか人笑(ひとわら)へに、かろがろしき(こころ)つかふな、などのたまひおきしを、おはせし()(おほん)ほだしにて、(おこな)ひの御心(みこころ)(みだ)りし(つみ)だにいみじかりけむを、(いま)はとて、さばかりのたまひし一言(ひとこと)をだに(たが)へじ、と(おも)ひはべれば、心細(こころぼそ)くなどもことに(おも)はぬを、この(ひと)びとの、あやしく(こころ)ごはきものに(にく)むめるこそ、いとわりなけれ。 "むかしおほんおもむけも、なかをかくこころぼそくてぐしつとも、なかなかひとわらへに、かろがろしきこころつかふな、などのたまひおきしを、おはせしおほんほだしにて、おこなひのみこころみだりしつみだにいみじかりけんを、いまはとて、さばかりのたまひしひとことをだにたがへじ、とおもひはべれば、こころぼそくなどもことにおもはぬを、このひとびとの、あやしくこころごはきものににくむめるこそ、いとわりなけれ。
472.2.5212199 げに、さのみやうのものと()ぐしたまはむも、()()るる月日(つきひ)()へても、(おほん)ことをのみこそ、あたらしく心苦(こころぐる)しくかなしきものに(おも)ひきこゆるを、(きみ)だに()(つね)にもてなしたまひて、かかる()のありさまもおもだたしく、(なぐさ)むばかり()たてまつりなさばや」 げに、さのみやうのものとぐしたまはんも、るるつきひへても、おほんことをのみこそ、あたらしくこころぐるしくかなしきものにおもひきこゆるを、きみだにつねにもてなしたまひて、かかるのありさまもおもだたしく、なぐさむばかりたてまつりなさばや。"
472.2.6213200 ()こえたまはば、いかに(おぼ)すにかと、心憂(こころう)くて、 こえたまはば、いかにおぼすにかと、こころうくて、
472.2.7214201 一所(ひとところ)をのみやは、さて()()てたまへとは、()こえたまひけむ。はかばかしくもあらぬ()のうしろめたさは、数添(かずそ)ひたるやうにこそ、(おぼ)されためりしか。心細(こころぼそ)御慰(おほんなぐさ)めには、かく朝夕(あさゆふ)()たてまつるより、いかなるかたにか」 "ひとところをのみやは、さててたまへとは、こえたまひけん。はかばかしくもあらぬのうしろめたさは、かずそひたるやうにこそ、おぼされためりしか。こころぼそおほんなぐさめには、かくあさゆふたてまつるより、いかなるかたにか。"
472.2.8215202 と、なま(うら)めしく(おも)ひたまひつれば、げにと、いとほしくて、 と、なまうらめしくおもひたまひつれば、げにと、いとほしくて、
472.2.9216203 「なほ、これかれ、うたてひがひがしきものに()(おも)ふべかめるにつけて、(おも)(みだ)れはべるぞや」 "なほ、これかれ、うたてひがひがしきものにおもふべかめるにつけて、おもみだれはべるぞや。"
472.2.10217204 と、()ひさしたまひつ。 と、ひさしたまひつ。
472.3218205第三段 薫は帰らず、大君、苦悩す
472.3.1219206 ()れゆくに、客人(まらうと)(かへ)りたまはず。姫宮(ひめみや)、いとむつかしと(おぼ)す。弁参(べんまゐ)りて、御消息(おほんせうそこ)ども()こえ(つた)へて、(うら)みたまふをことわりなるよしを、つぶつぶと()こゆれば、いらへもしたまはず、うち(なげ)きて、 れゆくに、まらうとかへりたまはず。ひめみや、いとむつかしとおぼす。べんまゐりて、おほんせうそこどもこえつたへて、うらみたまふをことわりなるよしを、つぶつぶとこゆれば、いらへもしたまはず、うちなげきて、
472.3.2220207 「いかにもてなすべき()にかは。一所(ひとところ)おはせましかば、ともかくも、さるべき(ひと)(あつか)はれたてまつりて、宿世(すくせ)といふなる(かた)につけて、()(こころ)ともせぬ()なれば、皆例(みなれい)のことにてこそは、人笑(ひとわら)へなる(とが)をも(かく)すなれ。ある(かぎ)りの(ひと)年積(としつ)もり、さかしげにおのがじしは(おも)ひつつ、(こころ)をやりて、()つかはしげなることを()こえ()らすれど、こは、はかばかしきことかは。(ひと)めかしからぬ(こころ)どもにて、ただ一方(ひとかた)()ふにこそは」 "いかにもてなすべきにかは。ひとところおはせましかば、ともかくも、さるべきひとあつかはれたてまつりて、すくせといふなるかたにつけて、こころともせぬなれば、みなれいのことにてこそは、ひとわらへなるとがをもかくすなれ。あるかぎりのひととしつもり、さかしげにおのがじしはおもひつつ、こころをやりて、つかはしげなることをこえらすれど、こは、はかばかしきことかは。ひとめかしからぬこころどもにて、ただひとかたふにこそは。"
472.3.3221208 ()たまへば、()(うご)かしつばかり()こえあへるも、いと心憂(こころう)(うと)ましくて、(どう)ぜられたまはず。(おな)(こころ)(なに)ごとも(かた)らひきこえたまふ(なか)(みや)は、かかる(すぢ)には、(いま)すこし(こころ)()ずおほどかにて、(なに)とも()()れたまはねば、「あやしくもありける()かな」と、ただ(おく)ざまに()きておはすれば、 たまへば、うごかしつばかりこえあへるも、いとこころううとましくて、どうぜられたまはず。おなこころなにごともかたらひきこえたまふなかみやは、かかるすぢには、いますこしこころずおほどかにて、なにともれたまはねば、"あやしくもありけるかな。"と、ただおくざまにきておはすれば、
472.3.4222209 (れい)(いろ)御衣(おほんぞ)どもたてまつり()へよ」 "れいいろおほんぞどもたてまつりへよ。"
472.3.5223210 など、そそのかしきこえつつ、(みな)、さる(こころ)すべかめるけしきを、あさましく、「げに、(なに)(さは)(どころ)かはあらむ。ほどもなくて、かかる御住(おほんす)まひのかひなき、山梨(やまなし)(はな)ぞ」、(のが)れむ(かた)なかりける。 など、そそのかしきこえつつ、みな、さるこころすべかめるけしきを、あさましく、"げに、なにさはどころかはあらん。ほどもなくて、かかるおほんすまひのかひなき、やまなしはなぞ"、のがれんかたなかりける。
472.3.6224211 客人(まらうと)は、かく顕証(けせう)に、これかれにも口入(くちい)れさせず、「(しの)びやかに、いつありけむことともなくもてなしてこそ」と(おも)ひそめたまひけることなれば、 まらうとは、かくけせうに、これかれにもくちいれさせず、"しのびやかに、いつありけんことともなくもてなしてこそ。"とおもひそめたまひけることなれば、
472.3.7225212 御心許(みこころゆる)したまはずは、いつもいつも、かくて()ぐさむ」 "みこころゆるしたまはずは、いつもいつも、かくてぐさん。"
472.3.8226213 (おぼ)しのたまふを、この()(びと)の、おのがじし(かた)らひて、顕証(けせう)にささめき、さは()へど、(ふか)からぬけに、()いひがめるにや、いとほしくぞ()ゆる。 おぼしのたまふを、このびとの、おのがじしかたらひて、けせうにささめき、さはへど、ふかからぬけに、いひがめるにや、いとほしくぞゆる。
472.4227214第四段 大君、弁と相談する
472.4.1228215 姫宮(ひめみや)(おぼ)しわづらひて、(べん)(まゐ)れるにのたまふ。 ひめみやおぼしわづらひて、べんまゐれるにのたまふ。
472.4.2229216 (とし)ごろも、(ひと)()御心寄(みこころよ)せとのみのたまひわたりしを()きおき、(いま)となりては、よろづに(のこ)りなく(たの)みきこえて、あやしきまでうちとけにたるを、(おも)ひしに(たが)ふさまなる御心(みこころ)ばへの()じりて、(うら)みたまふめるこそわりなけれ。()(ひと)めきてあらまほしき()ならば、かかる(おほん)ことをも、(なに)かはもて(はな)れても(おも)はまし。 "としごろも、ひとみこころよせとのみのたまひわたりしをきおき、いまとなりては、よろづにのこりなくたのみきこえて、あやしきまでうちとけにたるを、おもひしにたがふさまなるみこころばへのじりて、うらみたまふめるこそわりなけれ。ひとめきてあらまほしきならば、かかるおほんことをも、なにかはもてはなれてもおもはまし。
472.4.3230217 されど、(むかし)より(おも)(はな)れそめたる(こころ)にて、いと(くる)しきを。この(きみ)(さか)()ぎたまはむも口惜(くちを)し。げに、かかる()まひも、ただこの(おほん)ゆかりに所狭(ところせ)くのみおぼゆるを、まことに(むかし)(おも)ひきこえたまふ(こころ)ざしならば、(おな)じことに(おも)ひなしたまへかし。()()けたる(こころ)のうちは(みな)ゆづりて、()たてまつらむ心地(ここち)なむすべき。なほ、かうやうによろしげに()こえなされよ」 されど、むかしよりおもはなれそめたるこころにて、いとくるしきを。このきみさかぎたまはんもくちをし。げに、かかるまひも、ただこのおほんゆかりにところせくのみおぼゆるを、まことにむかしおもひきこえたまふこころざしならば、おなじことにおもひなしたまへかし。けたるこころのうちはみなゆづりて、たてまつらんここちなんすべき。なほ、かうやうによろしげにこえなされよ。"
472.4.4231218 と、()ぢらひたるものから、あるべきさまをのたまひ(つづ)くれば、いとあはれと()たてまつる。 と、ぢらひたるものから、あるべきさまをのたまひつづくれば、いとあはれとたてまつる。
472.4.5232219 「さのみこそは、さきざきも()けしきを()たまふれば、いとよく()こえさすれど、さはえ(おも)(あらた)むまじ、兵部卿宮(ひゃうぶきゃうのみや)御恨(おほんうら)み、(ふか)さまさるめれば、またそなたざまに、いとよく後見(うしろみ)きこえむ、となむ()こえたまふ。それも(おも)ふやうなる(おほん)ことどもなり。二所(ふたところ)ながらおはしまして、ことさらに、いみじき御心尽(みこころつ)くしてかしづききこえさせたまはむに、えしも、かく()にありがたき(おほん)ことども、さし(つど)ひたまはざらまし。 "さのみこそは、さきざきもけしきをたまふれば、いとよくこえさすれど、さはえおもあらたむまじ、ひゃうぶきゃうのみやおほんうらみ、ふかさまさるめれば、またそなたざまに、いとよくうしろみきこえん、となんこえたまふ。それもおもふやうなるおほんことどもなり。ふたところながらおはしまして、ことさらに、いみじきみこころつくしてかしづききこえさせたまはんに、えしも、かくにありがたきおほんことども、さしつどひたまはざらまし。
472.4.6233220 かしこけれど、かくいとたつきなげなる(おほん)ありさまを()たてまつるに、いかになり()てさせたまはむと、うしろめたく(かな)しくのみ()たてまつるを、(のち)御心(みこころ)()りがたけれど、うつくしくめでたき御宿世(おほんすくせ)どもにこそおはしましけれとなむ、かつがつ(おも)ひきこゆる。 かしこけれど、かくいとたつきなげなるおほんありさまをたてまつるに、いかになりてさせたまはんと、うしろめたくかなしくのみたてまつるを、のちみこころりがたけれど、うつくしくめでたきおほんすくせどもにこそおはしましけれとなん、かつがつおもひきこゆる。
472.4.7234221 故宮(こみや)御遺言違(おほんゆいごんたが)へじと(おぼ)()すかたはことわりなれど、それは、さるべき(ひと)のおはせず、(しな)ほどならぬことやおはしまさむと(おぼ)して、(いまし)めきこえさせたまふめりしにこそ。 こみやおほんゆいごんたがへじとおぼすかたはことわりなれど、それは、さるべきひとのおはせず、しなほどならぬことやおはしまさんとおぼして、いましめきこえさせたまふめりしにこそ。
472.4.8235222 この殿(との)の、さやうなる(こころ)ばへものしたまはましかば、一所(ひとところ)をうしろやすく()おきたてまつりて、いかにうれしからましと、折々(をりをり)のたまはせしものを。ほどほどにつけて、(おも)(ひと)(おく)れたまひぬる(ひと)は、(たか)きも(くだ)れるも、(こころ)(ほか)に、あるまじきさまにさすらふたぐひだにこそ(おほ)くはべるめれ。 このとのの、さやうなるこころばへものしたまはましかば、ひとところをうしろやすくおきたてまつりて、いかにうれしからましと、をりをりのたまはせしものを。ほどほどにつけて、おもひとおくれたまひぬるひとは、たかきもくだれるも、こころほかに、あるまじきさまにさすらふたぐひだにこそおほくはべるめれ。
472.4.9236223 それ皆例(みなれい)のことなめれば、もどき()(ひと)もはべらず。まして、かくばかり、ことさらにも(つく)()でまほしげなる(ひと)(おほん)ありさまに、(こころ)ざし(ふか)くありがたげに()こえたまふを、あながちにもて(はな)れさせたまうて、(おぼ)しおきつるやうに、(おこな)ひの本意(ほい)()げたまふとも、さりとて雲霞(くもかすみ)をやは」 それみなれいのことなめれば、もどきひともはべらず。まして、かくばかり、ことさらにもつくでまほしげなるひとおほんありさまに、こころざしふかくありがたげにこえたまふを、あながちにもてはなれさせたまうて、おぼしおきつるやうに、おこなひのほいげたまふとも、さりとてくもかすみをやは。"
472.4.10237224 など、すべてこと(おほ)(まう)(つづ)くれば、いと(にく)(こころ)づきなしと(おぼ)して、ひれ()したまへり。 など、すべてことおほまうつづくれば、いとにくこころづきなしとおぼして、ひれしたまへり。
472.5238225第五段 大君、中の君を残して逃れる
472.5.1239226 (なか)(みや)も、あいなくいとほしき()けしきかなと、()たてまつりたまひて、もろともに(れい)のやうに大殿籠(おほとのご)もりぬ。うしろめたく、いかにもてなさむ、とおぼえたまへど、ことさらめきて、さし()もり(かく)ろへたまふべきものの(くま)だになき御住(おほんす)まひなれば、なよよかにをかしき御衣(おほんぞ)(うへ)にひき()せたてまつりたまひて、まだけはひ(あつ)きほどなれば、すこしまろび退()きて()したまへり。 なかみやも、あいなくいとほしきけしきかなと、たてまつりたまひて、もろともにれいのやうにおほとのごもりぬ。うしろめたく、いかにもてなさん、とおぼえたまへど、ことさらめきて、さしもりかくろへたまふべきもののくまだになきおほんすまひなれば、なよよかにをかしきおほんぞうへにひきせたてまつりたまひて、まだけはひあつきほどなれば、すこしまろびきてしたまへり。
472.5.2240227 (べん)は、のたまひつるさまを客人(まらうと)()こゆ。「いかなれば、いとかくしも()(おも)(はな)れたまふらむ。(ひじり)だちたまへりしあたりにて、(つね)なきものに(おも)()りたまへるにや」と(おぼ)すに、いとどわが心通(こころかよ)ひておぼゆれば、さかしだち(にく)くもおぼえず。 べんは、のたまひつるさまをまらうとこゆ。"いかなれば、いとかくしもおもはなれたまふらん。ひじりだちたまへりしあたりにて、つねなきものにおもりたまへるにや。"とおぼすに、いとどわがこころかよひておぼゆれば、さかしだちにくくもおぼえず。
472.5.3241228 「さらば、物越(ものごし)などにも、(いま)はあるまじきことに(おぼ)しなるにこそはあなれ。今宵(こよひ)ばかり、大殿籠(おほとのご)もるらむあたりにも、(しの)びてたばかれ」 "さらば、ものごしなどにも、いまはあるまじきことにおぼしなるにこそはあなれ。こよひばかり、おほとのごもるらんあたりにも、しのびてたばかれ。"
472.5.4242229 とのたまへば、(こころ)して、人疾(ひとと)(しづ)めなど、心知(こころし)れるどちは(おも)(かま)ふ。 とのたまへば、こころして、ひととしづめなど、こころしれるどちはおもかまふ。
472.5.5243230 (よひ)すこし()ぐるほどに、(かぜ)音荒(おとあら)らかにうち()くに、はかなきさまなる(しとみ)などは、ひしひしと(まぎ)るる(おと)に、「(ひと)(しの)びたまへる()()ひは、え()きつけたまはじ」と(おも)ひて、やをら(みちび)()る。 よひすこしぐるほどに、かぜおとあららかにうちくに、はかなきさまなるしとみなどは、ひしひしとまぎるるおとに、"ひとしのびたまへるひは、えきつけたまはじ。"とおもひて、やをらみちびる。
472.5.6244231 (おな)(ところ)大殿籠(おほとのご)もれるを、うしろめたしと(おも)へど、(つね)のことなれば、「ほかほかにともいかが()こえむ。(おほん)けはひをも、たどたどしからず()たてまつり()りたまへらむ」と(おも)ひけるに、うちもまどろみたまはねば、ふと()きつけたまて、やをら()()でたまひぬ。いと()くはひ(かく)れたまひぬ。 おなところおほとのごもれるを、うしろめたしとおもへど、つねのことなれば、"ほかほかにともいかがこえん。おほんけはひをも、たどたどしからずたてまつりりたまへらん。"とおもひけるに、うちもまどろみたまはねば、ふときつけたまて、やをらでたまひぬ。いとくはひかくれたまひぬ。
472.5.7245232 何心(なにごころ)もなく寝入(ねい)りたまへるを、いといとほしく、いかにするわざぞと、(むね)つぶれて、もろともに(かく)れなばやと(おも)へど、さもえ()(かへ)らで、わななくわななく()たまへば、()のほのかなるに、袿姿(うちきすがた)にて、いと()(がほ)に、几帳(きちゃう)(かたびら)()()げて()りぬるを、いみじくいとほしく、「いかにおぼえたまはむ」と(おも)ひながら、あやしき(かべ)(つら)に、屏風(びゃうぶ)()てたるうしろの、むつかしげなるにゐたまひぬ。 なにごころもなくねいりたまへるを、いといとほしく、いかにするわざぞと、むねつぶれて、もろともにかくれなばやとおもへど、さもえかへらで、わななくわななくたまへば、のほのかなるに、うちきすがたにて、いとがほに、きちゃうかたびらげてりぬるを、いみじくいとほしく、"いかにおぼえたまはん。"とおもひながら、あやしきかべつらに、びゃうぶてたるうしろの、むつかしげなるにゐたまひぬ。
472.5.8246233 「あらましごとにてだに、つらしと(おも)ひたまへりつるを、まいて、いかにめづらかに(おぼ)(うと)まむ」と、いと心苦(こころぐる)しきにも、すべてはかばかしき後見(うしろみ)なくて、()ちとまる()どもの(かな)しきを(おも)(つづ)けたまふに、(いま)はとて(やま)(のぼ)りたまひし(ゆふ)べの(おほん)さまなど、ただ(いま)心地(ここち)して、いみじく(こひ)しく(かな)しくおぼえたまふ。 "あらましごとにてだに、つらしとおもひたまへりつるを、まいて、いかにめづらかにおぼうとまん。"と、いとこころぐるしきにも、すべてはかばかしきうしろみなくて、ちとまるどものかなしきをおもつづけたまふに、いまはとてやまのぼりたまひしゆふべのおほんさまなど、ただいまここちして、いみじくこひしくかなしくおぼえたまふ。
472.6247234第六段 薫、相手を中の君と知る
472.6.1248235 中納言(ちうなごん)は、(ひと)()したまへるを、(こころ)しけるにやとうれしくて、(こころ)ときめきしたまふに、やうやうあらざりけりと()る。「(いま)すこしうつくしくらうたげなるけしきはまさりてや」とおぼゆ。 ちうなごんは、ひとしたまへるを、こころしけるにやとうれしくて、こころときめきしたまふに、やうやうあらざりけりとる。"いますこしうつくしくらうたげなるけしきはまさりてや。"とおぼゆ。
472.6.2249236 あさましげにあきれ(まど)ひたまへるを、「げに、(こころ)()らざりける」と()ゆれば、いといとほしくもあり、またおし(かへ)して、(かく)れたまへらむつらさの、まめやかに心憂(こころう)くねたければ、これをもよそのものとはえ(おも)(はな)つまじけれど、なほ本意(ほい)(たが)はむ、口惜(くちを)しくて、 あさましげにあきれまどひたまへるを、"げに、こころらざりける。"とゆれば、いといとほしくもあり、またおしかへして、かくれたまへらんつらさの、まめやかにこころうくねたければ、これをもよそのものとはえおもはなつまじけれど、なほほいたがはん、くちをしくて、
472.6.3250237 「うちつけに(あさ)かりけりともおぼえたてまつらじ。この(ひと)ふしは、なほ()ぐして、つひに、宿世逃(すくせのが)れずは、こなたざまにならむも、(なに)かは異人(ことびと)のやうにやは」 "うちつけにあさかりけりともおぼえたてまつらじ。このひとふしは、なほぐして、つひに、すくせのがれずは、こなたざまにならんも、なにかはことびとのやうにやは。"
472.6.4251238 (おも)()まして、(れい)の、をかしくなつかしきさまに(かた)らひて()かしたまひつ。 おもまして、れいの、をかしくなつかしきさまにかたらひてかしたまひつ。
472.6.5252239 ()(びと)どもは、しそしつと(おも)ひて、 びとどもは、しそしつとおもひて、
472.6.6253240 (なか)(みや)、いづこにかおはしますらむ。あやしきわざかな」 "なかみや、いづこにかおはしますらん。あやしきわざかな。"
472.6.7254241 と、たどりあへり。 と、たどりあへり。
472.6.8255242 「さりとも、あるやうあらむ」 "さりとも、あるやうあらん。"
472.6.9256243 など()ふ。 などふ。
472.6.10257244 「おほかた(れい)の、()たてまつるに(しわ)のぶる心地(ここち)して、めでたくあはれに()まほしき御容貌(おほんかたち)ありさまを、などて、いともて(はな)れては()こえたまふらむ。(なに)か、これは()(ひと)()ふめる、(おそ)ろしき(かみ)ぞ、()きたてまつりたらむ」 "おほかたれいの、たてまつるにしわのぶるここちして、めでたくあはれにまほしきおほんかたちありさまを、などて、いともてはなれてはこえたまふらん。なにか、これはひとふめる、おそろしきかみぞ、きたてまつりたらん。"
472.6.11258245 と、()はうちすきて、愛敬(あいぎゃう)なげに()ひなす(をんな)あり。また、 と、はうちすきて、あいぎゃうなげにひなすをんなあり。また、
472.6.12259246 「あな、まがまがし。なぞのものか()かせたまはむ。ただ、(ひと)(とほ)くて、()()でさせたまふめれば、かかることにも、つきづきしげにもてなしきこえたまふ(ひと)もなくおはしますに、はしたなく(おぼ)さるるにこそ。(いま)おのづから()たてまつり()れたまひなば、(おも)ひきこえたまひてむ」 "あな、まがまがし。なぞのものかかせたまはん。ただ、ひととほくて、でさせたまふめれば、かかることにも、つきづきしげにもてなしきこえたまふひともなくおはしますに、はしたなくおぼさるるにこそ。いまおのづからたてまつりれたまひなば、おもひきこえたまひてん。"
472.6.13260247 など(かた)らひて、 などかたらひて、
472.6.14261248 「とくうちとけて、(おも)ふやうにておはしまさなむ」 "とくうちとけて、おもふやうにておはしまさなん。"
472.6.15262249 ()()寝入(ねい)りて、いびきなど、かたはらいたくするもあり。 ねいりて、いびきなど、かたはらいたくするもあり。
472.6.16263250 ()(ひと)からにもあらぬ(あき)()なれど、ほどもなく()けぬる心地(ここち)して、いづれと()くべくもあらずなまめかしき(おほん)けはひを、(ひと)やりならず()かぬ心地(ここち)して、 ひとからにもあらぬあきなれど、ほどもなくけぬるここちして、いづれとくべくもあらずなまめかしきおほんけはひを、ひとやりならずかぬここちして、
472.6.17264251 「あひ(おぼ)せよ。いと心憂(こころう)くつらき(ひと)(おほん)さま、見習(みなら)ひたまふなよ」 "あひおぼせよ。いとこころうくつらきひとおほんさま、みならひたまふなよ。"
472.6.18265252 など、後瀬(のちせ)(ちぎ)りて()でたまふ。(われ)ながらあやしく(ゆめ)のやうにおぼゆれど、なほつれなき(ひと)()けしき、今一(いまひと)たび見果(みは)てむの(こころ)に、(おも)ひのどめつつ、(れい)の、()でて()したまへり。 など、のちせちぎりてでたまふ。われながらあやしくゆめのやうにおぼゆれど、なほつれなきひとけしき、いまひとたびみはてんのこころに、おもひのどめつつ、れいの、でてしたまへり。
472.7266253第七段 翌朝、それぞれの思い
472.7.1267254 弁参(べんまゐ)りて、 べんまゐりて、
472.7.2268255 「いとあやしく、(なか)(みや)は、いづくにかおはしますらむ」 "いとあやしく、なかみやは、いづくにかおはしますらん。"
472.7.3269256 ()ふを、いと()づかしく(おも)ひかけぬ御心地(みここち)に、「いかなりけむことにか」と(おも)()したまへり。昨日(きのふ)のたまひしことを(おぼ)()でて、姫宮(ひめみや)をつらしと(おも)ひきこえたまふ。 ふを、いとづかしくおもひかけぬみここちに、"いかなりけんことにか。"とおもしたまへり。きのふのたまひしことをおぼでて、ひめみやをつらしとおもひきこえたまふ。
472.7.4270257 ()けにける(ひかり)につきてぞ、(かべ)(なか)のきりぎりす()()でたまへる。(おぼ)すらむことのいといとほしければ、かたみにものも()はれたまはず。 けにけるひかりにつきてぞ、かべなかのきりぎりすでたまへる。おぼすらんことのいといとほしければ、かたみにものもはれたまはず。
472.7.5271258 「ゆかしげなく、心憂(こころう)くもあるかな。(いま)より(のち)も、(こころ)ゆるびすべくもあらぬ()にこそ」 "ゆかしげなく、こころうくもあるかな。いまよりのちも、こころゆるびすべくもあらぬにこそ。"
472.7.6272259 (おも)(みだ)れたまへり。 おもみだれたまへり。
472.7.7273260 (べん)はあなたに(まゐ)りて、あさましかりける御心強(みこころづよ)さを()きあらはして、「いとあまり(ふか)く、人憎(ひとにく)かりけること」と、いとほしく(おも)ひほれゐたり。 べんはあなたにまゐりて、あさましかりけるみこころづよさをきあらはして、"いとあまりふかく、ひとにくかりけること。"と、いとほしくおもひほれゐたり。
472.7.8274261 ()(かた)のつらさは、なほ(のこ)りある心地(ここち)して、よろづに(おも)(なぐさ)めつるを、今宵(こよひ)なむ、まことに()づかしく、()()げつべき心地(ここち)する。()てがたく()としおきたてまつりたまへりけむ心苦(こころぐる)しさを(おも)ひきこゆる(かた)こそ、また、ひたぶるに、()をもえ(おも)()つまじけれ。かけかけしき(すぢ)は、いづ(かた)にも(おも)ひきこえじ。()きもつらきも、かたがたに(わす)られたまふまじくなむ。 "かたのつらさは、なほのこりあるここちして、よろづにおもなぐさめつるを、こよひなん、まことにづかしく、げつべきここちする。てがたくとしおきたてまつりたまへりけんこころぐるしさをおもひきこゆるかたこそ、また、ひたぶるに、をもえおもつまじけれ。かけかけしきすぢは、いづかたにもおもひきこえじ。きもつらきも、かたがたにわすられたまふまじくなん。
472.7.9275262 (みや)などの、()づかしげなく()こえたまふめるを、(おな)じくは心高(こころたか)く、と(おも)(かた)(こと)にものしたまふらむ、と心得果(こころえは)てつれば、いとことわりに()づかしくて。また(まゐ)りて、(ひと)びとに()えたてまつらむこともねたくなむ。よし、かくをこがましき()(うへ)、また(ひと)にだに()らしたまふな」 みやなどの、づかしげなくこえたまふめるを、おなじくはこころたかく、とおもかたことにものしたまふらん、とこころえはてつれば、いとことわりにづかしくて。またまゐりて、ひとびとにえたてまつらんこともねたくなん。よし、かくをこがましきうへ、またひとにだにらしたまふな。"
472.7.10276263 と、(ゑん)じおきて、(れい)よりも(いそ)()でたまひぬ。「()(おほん)ためもいとほしく」と、ささめきあへり。 と、ゑんじおきて、れいよりもいそでたまひぬ。"おほんためもいとほしく。"と、ささめきあへり。
472.8277264第八段 薫と大君、和歌を詠み交す
472.8.1278265 姫君(ひめぎみ)も、「いかにしつることぞ、もしおろかなる(こころ)ものしたまはば」と、(むね)つぶれて心苦(こころくる)しければ、すべて、うちあはぬ(ひと)びとのさかしら、(にく)しと(おぼ)す。さまざま(おも)ひたまふに、御文(おほんふみ)あり。(れい)よりはうれしとおぼえたまふも、かつはあやし。(あき)のけしきも()らず(がほ)に、(あを)(えだ)の、片枝(かたえ)いと()紅葉(もみ)ぢたるを、 ひめぎみも、"いかにしつることぞ、もしおろかなるこころものしたまはば。"と、むねつぶれてこころくるしければ、すべて、うちあはぬひとびとのさかしら、にくしとおぼす。さまざまおもひたまふに、おほんふみあり。れいよりはうれしとおぼえたまふも、かつはあやし。あきのけしきもらずがほに、あをえだの、かたえいともみぢたるを、
472.8.2279266 「おなじ()()きて()めける山姫(やまひめ)に<BR/>いづれか(ふか)(いろ)()はばや」 "〔おなじきてめけるやまひめに<BR/>いづれかふかいろはばや〕
472.8.3280267 さばかり(うら)みつるけしきも、言少(ことすく)なにことそぎて、おし(つつ)みたまへるを、「そこはかとなくもてなしてやみなむとなめり」と()たまふも、心騷(こころさわ)ぎて()る。 さばかりうらみつるけしきも、ことすくなにことそぎて、おしつつみたまへるを、"そこはかとなくもてなしてやみなんとなめり。"とたまふも、こころさわぎてる。
472.8.4281269 かしかましく、「御返(おほんかへ)り」と()へば、「()こえたまへ」と(ゆづ)らむも、うたておぼえて、さすがに()きにくく(おも)(みだ)れたまふ。 かしかましく、"おほんかへり。"とへば、"こえたまへ。"とゆづらんも、うたておぼえて、さすがにきにくくおもみだれたまふ。
472.8.5282270 山姫(やまひめ)()むる(こころ)はわかねども<BR/>(うつ)ろふ(かた)(ふか)きなるらむ」 "〔やまひめむるこころはわかねども<BR/>うつろふかたふかきなるらん〕
472.8.6283271 ことなしびに()きたまへるが、をかしく()えければ、なほえ(ゑん)()つまじくおぼゆ。 ことなしびにきたまへるが、をかしくえければ、なほえゑんつまじくおぼゆ。
472.8.7284272 ()()けてなど、(ゆづ)りたまふけしきは、たびたび()えしかど、うけひかぬにわびて(かま)へたまへるなめり。そのかひなく、かくつれなからむもいとほしく、(なさ)けなきものに(おも)ひおかれて、いよいよはじめの(おも)ひかなひがたくやあらむ。 "けてなど、ゆづりたまふけしきは、たびたびえしかど、うけひかぬにわびてかまへたまへるなめり。そのかひなく、かくつれなからんもいとほしく、なさけなきものにおもひおかれて、いよいよはじめのおもひかなひがたくやあらん。
472.8.8285273 とかく()(つた)へなどすめる()(びと)(おも)はむところも軽々(かろがろ)しく、とにかくに(こころ)()めけむだに(くや)しく、かばかりの()(なか)(おも)()てむの(こころ)に、みづからもかなはざりけりと、人悪(ひとわ)ろく(おも)()らるるを、まして、おしなべたる()(もの)のまねに、(おな)じあたり(かへ)すがへす()ぎめぐらむ、いと人笑(ひとわら)へなる棚無(たなな)小舟(をぶね)めきたるべし」 とかくつたへなどすめるびとおもはんところもかろがろしく、とにかくにこころめけんだにくやしく、かばかりのなかおもてんのこころに、みづからもかなはざりけりと、ひとわろくおもらるるを、まして、おしなべたるもののまねに、おなじあたりかへすがへすぎめぐらん、いとひとわらへなるたななをぶねめきたるべし。"
472.8.9286274 など、()もすがら(おも)()かしたまひて、まだ有明(ありあけ)(そら)もをかしきほどに、兵部卿宮(ひゃうぶきゃうのみや)御方(おほんかた)(まゐ)りたまふ。 など、もすがらおもかしたまひて、まだありあけそらもをかしきほどに、ひゃうぶきゃうのみやおほんかたまゐりたまふ。
473287275第三章 中の君の物語 中の君と匂宮との結婚
473.1288276第一段 薫、匂宮を訪問
473.1.1289277 三条宮焼(さんでうのみやや)けにし(のち)は、六条院(ろくでうのゐん)にぞ(うつ)ろひたまへれば、(ちか)くては(つね)(まゐ)りたまふ。(みや)も、(おぼ)すやうなる御心地(みここち)したまひけり。(まぎ)るることなくあらまほしき御住(おほんす)まひに、御前(おまへ)前栽(せんさい)(ほか)のには()ず、(おな)(はな)姿(すがた)も、木草(きくさ)のなびきざまも、ことに()なされて、遣水(やりみづ)()める(つき)(かげ)さへ、()()きたるやうなるに、(おも)ひつるもしるく()きおはしましけり。 さんでうのみややけにしのちは、ろくでうのゐんにぞうつろひたまへれば、ちかくてはつねまゐりたまふ。みやも、おぼすやうなるみここちしたまひけり。まぎるることなくあらまほしきおほんすまひに、おまへせんさいほかのにはず、おなはなすがたも、きくさのなびきざまも、ことになされて、やりみづめるつきかげさへ、きたるやうなるに、おもひつるもしるくきおはしましけり。
473.1.2290278 (かぜ)につきて()()(にほ)ひの、いとしるくうち(かを)るに、ふとそれとうち(おどろ)かれて、御直衣(おほんなほし)たてまつり、(みだ)れぬさまに()きつくろひて()でたまふ。 かぜにつきてにほひの、いとしるくうちかをるに、ふとそれとうちおどろかれて、おほんなほしたてまつり、みだれぬさまにきつくろひてでたまふ。
473.1.3291279 (はし)(のぼ)りも()てず、ついゐたまへれば、「なほ、(うへ)に」などものたまはで、高欄(かうらん)によりゐたまひて、()(なか)御物語聞(おほんものがたりき)こえ()はしたまふ。かのわたりのことをも、もののついでには(おぼ)()でて、「よろづに(うら)みたまふも、わりなしや。みづからの(こころ)にだにかなひがたきを」と(おも)(おも)ふ、「さもおはせなむ」と(おも)ひなるやうのあれば、(れい)よりはまめやかに、あるべきさまなど(まう)したまふ。 はしのぼりもてず、ついゐたまへれば、"なほ、うへに。"などものたまはで、かうらんによりゐたまひて、なかおほんものがたりきこえはしたまふ。かのわたりのことをも、もののついでにはおぼでて、"よろづにうらみたまふも、わりなしや。みづからのこころにだにかなひがたきを。"とおもおもふ、"さもおはせなん。"とおもひなるやうのあれば、れいよりはまめやかに、あるべきさまなどまうしたまふ。
473.1.4292280 ()けぐれのほど、あやにくに()りわたりて、(そら)のけはひ(ひや)やかなるに、(つき)(きり)(へだ)てられて、()(した)(くら)くなまめきたり。山里(やまざと)のあはれなるありさま(おも)()でたまふにや、 けぐれのほど、あやにくにりわたりて、そらのけはひひややかなるに、つききりへだてられて、したくらくなまめきたり。やまざとのあはれなるありさまおもでたまふにや、
473.1.5293281 「このころのほどは、かならず(おく)らかしたまふな」 "このころのほどは、かならずおくらかしたまふな。"
473.1.6294282 (かた)らひたまふを、なほ、わづらはしがれば、 かたらひたまふを、なほ、わづらはしがれば、
473.1.7295283 女郎花咲(をみなへしさ)ける大野(おほの)をふせぎつつ<BR/>(こころ)せばくやしめを()ふらむ」 "〔をみなへしさけるおほのをふせぎつつ<BR/>こころせばくやしめをふらん〕
473.1.8296284 (たはぶ)れたまふ。 たはぶれたまふ。
473.1.9297285 霧深(きりふか)(あした)(はら)女郎花(をみなへし)<BR/>(こころ)()せて()(ひと)() "〔きりふかあしたはらをみなへし<BR/>こころせてひと
473.1.10298286 なべてやは」 なべてやは。"
473.1.11299287 など、ねたましきこゆれば、 など、ねたましきこゆれば、
473.1.12300288 「あな、かしかまし」と、()()ては腹立(はらだ)ちたまひぬ。 "あな、かしかまし。"と、てははらだちたまひぬ。
473.1.13301289 (とし)ごろかくのたまへど、(ひと)(おほん)ありさまをうしろめたく(おも)ひしに、「容貌(かたち)なども()おとしたまふまじく()(はか)らるる、(こころ)ばせの近劣(ちかおと)りするやうもや」などぞ、あやふく(おも)ひわたりしを、「(なに)ごとも口惜(くちを)しくはものしたまふまじかめり」と(おも)へば、かの、いとほしく、うちうちに(おも)ひたばかりたまふありさまも(たが)ふやうならむも、(なさ)けなきやうなるを、さりとて、さはたえ(おも)(あらた)むまじくおぼゆれば、(ゆづ)りきこえて、「いづ(かた)(うら)みをも()はじ」など、(した)(おも)(かま)ふる(こころ)をも()りたまはで、(こころ)せばくとりなしたまふもをかしけれど、 としごろかくのたまへど、ひとおほんありさまをうしろめたくおもひしに、"かたちなどもおとしたまふまじくはからるる、こころばせのちかおとりするやうもや。"などぞ、あやふくおもひわたりしを、"なにごともくちをしくはものしたまふまじかめり。"とおもへば、かの、いとほしく、うちうちにおもひたばかりたまふありさまもたがふやうならんも、なさけなきやうなるを、さりとて、さはたえおもあらたむまじくおぼゆれば、ゆづりきこえて、"いづかたうらみをもはじ。"など、したおもかまふるこころをもりたまはで、こころせばくとりなしたまふもをかしけれど、
473.1.14302290 (れい)の、(かろ)らかなる御心(みこころ)ざまに、もの(おも)はせむこそ、心苦(こころぐる)しかるべけれ」 "れいの、かろらかなるみこころざまに、ものおもはせんこそ、こころぐるしかるべけれ。"
473.1.15303291 など、親方(おやがた)になりて()こえたまふ。 など、おやがたになりてこえたまふ。
473.1.16304292 「よし、()たまへ。かばかり(こころ)にとまることなむ、まだなかりつる」 "よし、たまへ。かばかりこころにとまることなん、まだなかりつる。"
473.1.17305293 など、いとまめやかにのたまへば、 など、いとまめやかにのたまへば、
473.1.18306294 「かの(こころ)どもには、さもやとうちなびきぬべきけしきは()えずなむはべる。(つか)うまつりにくき宮仕(みやづか)へにこそはべるや」 "かのこころどもには、さもやとうちなびきぬべきけしきはえずなんはべる。つかうまつりにくきみやづかへにこそはべるや。"
473.1.19307295 とて、おはしますべきやうなど、こまかに()こえ()らせたまふ。 とて、おはしますべきやうなど、こまかにこえらせたまふ。
473.2308296第二段 彼岸の果ての日、薫、匂宮を宇治に伴う
473.2.1309297 二十八日(にじふはちにち)の、彼岸(ひがん)()てにて、()()なりければ、人知(ひとし)れず(こころ)づかひして、いみじく(しの)びて()てたてまつる。(きさい)(みや)など()こし()()でては、かかる(おほん)ありきいみじく(せい)しきこえたまへば、いとわづらはしきを、(せち)(おぼ)したることなれば、さりげなくともて(あつか)ふも、わりなくなむ。 にじふはちにちの、ひがんてにて、なりければ、ひとしれずこころづかひして、いみじくしのびててたてまつる。きさいみやなどこしでては、かかるおほんありきいみじくせいしきこえたまへば、いとわづらはしきを、せちおぼしたることなれば、さりげなくともてあつかふも、わりなくなん。
473.2.2310298 舟渡(ふなわた)りなども所狭(ところせ)ければ、ことことしき御宿(おほんやど)りなども、()りたまはず、そのわたりいと(ちか)御庄(みしゃう)(ひと)(いへ)に、いと(しの)びて、(みや)をば()ろしたてまつりたまひて、おはしぬ。()とがめたてまつるべき(ひと)もなけれど、宿直人(とのゐびと)はわづかに()でてありくにも、けしき()らせじとなるべし。 ふなわたりなどもところせければ、ことことしきおほんやどりなども、りたまはず、そのわたりいとちかみしゃうひといへに、いとしのびて、みやをばろしたてまつりたまひて、おはしぬ。とがめたてまつるべきひともなけれど、とのゐびとはわづかにでてありくにも、けしきらせじとなるべし。
473.2.3311299 (れい)の、中納言殿(ちうなごんどの)おはします」とて経営(けいめい)しあへり。(きみ)たちなまわづらはしく()きたまへど、「(うつ)ろふ方異(かたこと)(にほ)はしおきてしかば」と、姫宮思(ひめみやおぼ)す。(なか)(みや)は、「(おも)方異(かたこと)なめりしかば、さりとも」と(おも)ひながら、心憂(こころう)かりしのちは、ありしやうに姉宮(あねみや)をも(おも)ひきこえたまはず、(こころ)おかれてものしたまふ。 "れいの、ちうなごんどのおはします。"とてけいめいしあへり。きみたちなまわづらはしくきたまへど、"うつろふかたことにほはしおきてしかば。"と、ひめみやおぼす。なかみやは、"おもかたことなめりしかば、さりとも。"とおもひながら、こころうかりしのちは、ありしやうにあねみやをもおもひきこえたまはず、こころおかれてものしたまふ。
473.2.4312300 (なに)やかやと御消息(おほんせうそこ)のみ()こえ(かよ)ひて、いかなるべきことにかと、(ひと)びとも心苦(こころぐる)しがる。 なにやかやとおほんせうそこのみこえかよひて、いかなるべきことにかと、ひとびともこころぐるしがる。
473.2.5313301 (みや)をば、御馬(おほんむま)にて、(くら)(まぎ)れにおはしまさせたまひて、弁召(べんめ)()でて、 みやをば、おほんむまにて、くらまぎれにおはしまさせたまひて、べんめでて、
473.2.6314302 「ここもとに、ただ一言聞(ひとことき)こえさすべきことなむはべるを、(おぼ)(はな)つさま()たてまつりてしに、いと()づかしけれど、ひたや()もりにては、えやむまじきを、(いま)しばし()かしてを、ありしさまには(みちび)きたまひてむや」 "ここもとに、ただひとこときこえさすべきことなんはべるを、おぼはなつさまたてまつりてしに、いとづかしけれど、ひたやもりにては、えやむまじきを、いましばしかしてを、ありしさまにはみちびきたまひてんや。"
473.2.7315303 など、うらもなく(かた)らひたまへば、「いづ(かた)にも(おな)じことにこそは」など(おも)ひて(まゐ)りぬ。 など、うらもなくかたらひたまへば、"いづかたにもおなじことにこそは。"などおもひてまゐりぬ。
473.3316304第三段 薫、中の君を匂宮にと企む
473.3.1317305 「さなむ」と()こゆれば、「さればよ、(おも)(うつ)りにけり」と、うれしくて心落(こころお)ちゐて、かの()りたまふべき(みち)にはあらぬ(ひさし)障子(さうじ)を、いとよくさして、対面(たいめん)したまへり。 "さなん。"とこゆれば、"さればよ、おもうつりにけり。"と、うれしくてこころおちゐて、かのりたまふべきみちにはあらぬひさしさうじを、いとよくさして、たいめんしたまへり。
473.3.2318306 一言聞(ひとことき)こえさすべきが、また人聞(ひとき)くばかりののしらむはあやなきを、いささか()けさせたまへ。いといぶせし」 "ひとこときこえさすべきが、またひときくばかりののしらんはあやなきを、いささかけさせたまへ。いといぶせし。"
473.3.3319307 ()こえさせたまへど、 こえさせたまへど、
473.3.4320308 「いとよく()こえぬべし」 "いとよくこえぬべし。"
473.3.5321309 とて、()けたまはず。「(いま)はと(うつ)ろひなむを、ただならじとて()ふべきにや。(なに)かは、(れい)ならぬ対面(たいめん)にもあらず、人憎(ひとにく)くいらへで、()()かさじ」など(おも)ひて、かばかりも()でたまへるに、障子(さうじ)(なか)より御袖(おほんそで)(とら)へて()()せて、いみじく(うら)むれば、「いとうたてもあるわざかな。(なに)()()れつらむ」と、(くや)しくむつかしけれど、「こしらへて()だしてむ」と(おぼ)して、異人(ことびと)(おも)ひわきたまふまじきさまに、かすめつつ(かた)らひたまへる(こころ)ばへなど、いとあはれなり。 とて、けたまはず。"いまはとうつろひなんを、ただならじとてふべきにや。なにかは、れいならぬたいめんにもあらず、ひとにくくいらへで、かさじ。"などおもひて、かばかりもでたまへるに、さうじなかよりおほんそでとらへてせて、いみじくうらむれば、"いとうたてもあるわざかな。なにれつらん。"と、くやしくむつかしけれど、"こしらへてだしてん。"とおぼして、ことびとおもひわきたまふまじきさまに、かすめつつかたらひたまへるこころばへなど、いとあはれなり。
473.3.6322310 (みや)は、(をし)へきこえつるままに、一夜(ひとよ)戸口(とぐち)()りて、(あふぎ)()らしたまへば、(べん)(まゐ)りて(みちび)ききこゆ。さきざきも()れにける(みち)のしるべ、をかしと(おぼ)しつつ()りたまひぬるをも、姫宮(ひめみや)()りたまはで、「こしらへ()れてむ」と(おぼ)したり。 みやは、をしへきこえつるままに、ひとよとぐちりて、あふぎらしたまへば、べんまゐりてみちびききこゆ。さきざきもれにけるみちのしるべ、をかしとおぼしつつりたまひぬるをも、ひめみやりたまはで、"こしらへれてん。"とおぼしたり。
473.3.7323311 をかしくもいとほしくもおぼえて、うちうちに(こころ)()らざりける(うら)みおかれむも、(つみ)さりどころなき心地(ここち)すべければ、 をかしくもいとほしくもおぼえて、うちうちにこころらざりけるうらみおかれんも、つみさりどころなきここちすべければ、
473.3.8324312 (みや)(した)ひたまひつれば、え()こえいなびで、ここにおはしつる。(おと)もせでこそ、(まぎ)れたまひぬれ。このさかしだつめる(ひと)や、(かた)らはれたてまつりぬらむ。中空(なかぞら)人笑(ひとわら)へにもなりはべりぬべきかな」 "みやしたひたまひつれば、えこえいなびで、ここにおはしつる。おともせでこそ、まぎれたまひぬれ。このさかしだつめるひとや、かたらはれたてまつりぬらん。なかぞらひとわらへにもなりはべりぬべきかな。"
473.3.9325313 とのたまふに、(いま)すこし(おも)ひよらぬことの、()もあやに(こころ)づきなくなりて、 とのたまふに、いますこしおもひよらぬことの、もあやにこころづきなくなりて、
473.3.10326314 「かく、よろづにめづらかなりける御心(みこころ)のほども()らで、()ふかひなき心幼(こころをさな)さも()えたてまつりにけるおこたりに、(おぼ)しあなづるにこそは」 "かく、よろづにめづらかなりけるみこころのほどもらで、ふかひなきこころをさなさもえたてまつりにけるおこたりに、おぼしあなづるにこそは。"
473.3.11327315 と、()はむ(かた)なく(おも)ひたまへり。 と、はんかたなくおもひたまへり。
473.4328316第四段 薫、大君の寝所に迫る
473.4.1329317 (いま)()ふかひなし。ことわりは、(かへ)すがへす()こえさせてもあまりあらば、()みもひねらせたまへ。やむごとなき(かた)(おぼ)しよるめるを、宿世(すくせ)などいふめるもの、さらに(こころ)にかなはぬものにはべるめれば、かの御心(みこころ)ざしは(こと)にはべりけるを、いとほしく(おも)ひたまふるに、かなはぬ()こそ、()(どころ)なく心憂(こころう)くはべりけれ。 "いまふかひなし。ことわりは、かへすがへすこえさせてもあまりあらば、みもひねらせたまへ。やんごとなきかたおぼしよるめるを、すくせなどいふめるもの、さらにこころにかなはぬものにはべるめれば、かのみこころざしはことにはべりけるを、いとほしくおもひたまふるに、かなはぬこそ、どころなくこころうくはべりけれ。
473.4.2330318 なほ、いかがはせむに(おぼ)(よわ)りね。この御障子(みさうじ)(かた)めばかり、いと(つよ)きも、まことにもの(ぎよ)()(はか)りきこゆる(ひと)もはべらじ。しるべと(いざな)ひたまへる(ひと)御心(みこころ)にも、まさにかく(むね)ふたがりて、()かすらむとは、(おぼ)しなむや」 なほ、いかがはせんにおぼよわりね。このみさうじかためばかり、いとつよきも、まことにものぎよはかりきこゆるひともはべらじ。しるべといざなひたまへるひとみこころにも、まさにかくむねふたがりて、かすらんとは、おぼしなんや。"
473.4.3331319 とて、障子(さうじ)をも()(やぶ)りつべきけしきなれば、()はむ(かた)なく(こころ)づきなけれど、こしらへむと(おも)ひしづめて、 とて、さうじをもやぶりつべきけしきなれば、はんかたなくこころづきなけれど、こしらへんとおもひしづめて、
473.4.4332320 「こののたまふ(すぢ)宿世(すくせ)といふらむ(かた)は、()にも()えぬことにて、いかにもいかにも(おも)ひたどられず。()らぬ(なみだ)のみ()りふたがる心地(ここち)してなむ。こはいかにもてなしたまふぞと、(ゆめ)のやうにあさましきに、(のち)()(ためし)()()づる(ひと)もあらば、昔物語(むかしものがたり)などに、をこめきて(つく)()でたるもののたとひにこそは、なりぬべかめれ。かく(おぼ)(かま)ふる(こころ)のほどをも、いかなりけるとかは()(はか)りたまはむ。 "こののたまふすぢすくせといふらんかたは、にもえぬことにて、いかにもいかにもおもひたどられず。らぬなみだのみりふたがるここちしてなん。こはいかにもてなしたまふぞと、ゆめのやうにあさましきに、のちためしづるひともあらば、むかしものがたりなどに、をこめきてつくでたるもののたとひにこそは、なりぬべかめれ。かくおぼかまふるこころのほどをも、いかなりけるとかははかりたまはん。
473.4.5333321 なほ、いとかく、おどろおどろしく心憂(こころう)く、な()(あつ)(まど)はしたまひそ。(こころ)より(ほか)にながらへば、すこし(おも)ひのどまりて()こえむ。心地(ここち)もさらにかきくらすやうにて、いと(なや)ましきを、ここにうち(やす)まむ。(ゆる)したまへ」 なほ、いとかく、おどろおどろしくこころうく、なあつまどはしたまひそ。こころよりほかにながらへば、すこしおもひのどまりてこえん。ここちもさらにかきくらすやうにて、いとなやましきを、ここにうちやすまん。ゆるしたまへ。"
473.4.6334322 と、いみじくわびたまへば、さすがにことわりをいとよくのたまふが、心恥(こころは)づかしくらうたくおぼえて、 と、いみじくわびたまへば、さすがにことわりをいとよくのたまふが、こころはづかしくらうたくおぼえて、
473.4.7335323 「あが(きみ)御心(みこころ)(したが)ふことのたぐひなければこそ、かくまでかたくなしくなりはべれ。()()らず(にく)(うと)ましきものに(おぼ)しなすめれば、()こえむ(かた)なし。いとど()(あと)とむべくなむおぼえぬ」とて、「さらば、(へだ)てながらも、()こえさせむ。ひたぶるに、なうち()てさせたまひそ」 "あがきみみこころしたがふことのたぐひなければこそ、かくまでかたくなしくなりはべれ。らずにくうとましきものにおぼしなすめれば、こえんかたなし。いとどあととむべくなんおぼえぬ。"とて、"さらば、へだてながらも、こえさせん。ひたぶるに、なうちてさせたまひそ。"
473.4.8336324 とて、(ゆる)したてまつりたまへれば、()()りて、さすがに、()りも()てたまはぬを、いとあはれと(おも)ひて、 とて、ゆるしたてまつりたまへれば、りて、さすがに、りもてたまはぬを、いとあはれとおもひて、
473.4.9337325 「かばかりの(おほん)けはひを(なぐさ)めにて、()かしはべらむ。ゆめ、ゆめ」 "かばかりのおほんけはひをなぐさめにて、かしはべらん。ゆめ、ゆめ。"
473.4.10338326 ()こえて、うちもまどろまず、いとどしき(みづ)(おと)()()めて、夜半(よは)のあらしに、山鳥(やまどり)心地(ここち)して、()かしかねたまふ。 こえて、うちもまどろまず、いとどしきみづおとめて、よはのあらしに、やまどりここちして、かしかねたまふ。
473.5339327第五段 薫、再び実事なく夜を明かす
473.5.1340328 (れい)の、()()くけはひに、(かね)(こゑ)など()こゆ。「いぎたなくて()でたまふべきけしきもなきよ」と、(こころ)やましく、(こわ)づくりたまふも、げにあやしきわざなり。 れいの、くけはひに、かねこゑなどこゆ。"いぎたなくてでたまふべきけしきもなきよ。"と、こころやましく、こわづくりたまふも、げにあやしきわざなり。
473.5.2341329 「しるべせし(われ)やかへりて(まど)ふべき<BR/>(こころ)もゆかぬ()けぐれの(みち) "〔しるべせしわれやかへりてまどふべき<BR/>こころもゆかぬけぐれのみち
473.5.3342330 かかる(ためし)()にありけむや」 かかるためしにありけんや。"
473.5.4343331 とのたまへば、 とのたまへば、
473.5.5344332 「かたがたにくらす(こころ)(おも)ひやれ<BR/>(ひと)やりならぬ(みち)(まど)はば」 "〔かたがたにくらすこころおもひやれ<BR/>ひとやりならぬみちまどはば〕
473.5.6345333 と、ほのかにのたまふを、いと()かぬ心地(ここち)すれば、 と、ほのかにのたまふを、いとかぬここちすれば、
473.5.7346334 「いかに、こよなく(へだ)たりてはべるめれば、いとわりなうこそ」 "いかに、こよなくへだたりてはべるめれば、いとわりなうこそ。"
473.5.8347335 など、よろづに(うら)みつつ、ほのぼのと()けゆくほどに、昨夜(よべ)(かた)より()でたまふなり。いとやはらかに()()ひなしたまへる(にほ)ひなど、(えん)なる御心(おほんこころ)げさうには、()()らずしめたまへり。ねび(びと)どもは、いとあやしく心得(こころえ)がたく(おも)(まど)はれけれど、「さりとも()しざまなる御心(みこころ)あらむやは」と(なぐさ)めたり。 など、よろづにうらみつつ、ほのぼのとけゆくほどに、よべかたよりでたまふなり。いとやはらかにひなしたまへるにほひなど、えんなるおほんこころげさうには、らずしめたまへり。ねびびとどもは、いとあやしくこころえがたくおもまどはれけれど、"さりともしざまなるみこころあらんやは。"となぐさめたり。
473.5.9348336 (くら)きほどにと、(いそ)(かへ)りたまふ。(みち)のほども、(かへ)るさはいとはるけく(おぼ)されて、心安(こころやす)くもえ()(かよ)はざらむことの、かねていと(くる)しきを、「()をや(へだ)てむ」と(おも)(なや)みたまふなめり。まだ人騒(ひとさわ)がしからぬ(あした)のほどにおはし()きぬ。(らう)御車寄(みくるまよ)せて()りたまふ。(こと)やうなる女車(をんなぐるま)のさまして(かく)ろへ()りたまふに、皆笑(みなわら)ひたまひて、 くらきほどにと、いそかへりたまふ。みちのほども、かへるさはいとはるけくおぼされて、こころやすくもえかよはざらんことの、かねていとくるしきを、"をやへだてん"とおもなやみたまふなめり。まだひとさわがしからぬあしたのほどにおはしきぬ。らうみくるまよせてりたまふ。ことやうなるをんなぐるまのさましてかくろへりたまふに、みなわらひたまひて、
473.5.10349337 「おろかならぬ宮仕(みやづか)への御心(みこころ)ざしとなむ(おも)ひたまふる」 "おろかならぬみやづかへのみこころざしとなんおもひたまふる。"
473.5.11350338 (まう)したまふ。しるべのをこがましさも、いと(ねた)くて、(うれ)へもきこえたまはず。 まうしたまふ。しるべのをこがましさも、いとねたくて、うれへもきこえたまはず。
473.6351339第六段 匂宮、中の君へ後朝の文を書く
473.6.1352340 (みや)は、いつしかと御文(おほんふみ)たてまつりたまふ。山里(やまざと)には、(たれ)(たれ)もうつつの心地(ここち)したまはず、(おも)(みだ)れたまへり。「さまざまに(おぼ)(かま)へけるを、(いろ)にも()だしたまはざりけるよ」と、(うと)ましくつらく、姉宮(あねみや)をば(おも)ひきこえたまひて、()見合(みあ)はせたてまつりたまはず。()らざりしさまをも、さはさはとは、えあきらめたまはで、ことわりに心苦(こころぐる)しく(おも)ひきこえたまふ。 みやは、いつしかとおほんふみたてまつりたまふ。やまざとには、たれたれもうつつのここちしたまはず、おもみだれたまへり。"さまざまにおぼかまへけるを、いろにもだしたまはざりけるよ。"と、うとましくつらく、あねみやをばおもひきこえたまひて、みあはせたてまつりたまはず。らざりしさまをも、さはさはとは、えあきらめたまはで、ことわりにこころぐるしくおもひきこえたまふ。
473.6.2353341 (ひと)びとも、「いかにはべりしことにか」など、()けしき()たてまつれど、(おぼ)しほれたるやうにて、(たの)もし(びと)のおはすれば、「あやしきわざかな」と(おも)ひあへり。御文(おほんふみ)もひき()きて()せたてまつりたまへど、さらに()()がりたまはねば、「いと(ひさ)しくなりぬ」と御使(おほんつかひ)わびけり。 ひとびとも、"いかにはべりしことにか。"など、けしきたてまつれど、おぼしほれたるやうにて、たのもしびとのおはすれば、"あやしきわざかな。"とおもひあへり。おほんふみもひききてせたてまつりたまへど、さらにがりたまはねば、"いとひさしくなりぬ。"とおほんつかひわびけり。
473.6.3354342 ()(つね)(おも)ひやすらむ露深(つゆふか)き<BR/>(みち)笹原分(ささはらわ)けて()つるも」 "〔つねおもひやすらんつゆふかき<BR/>みちささはらわけてつるも〕
473.6.4355343 ()()れたまへる(すみ)つきなどの、ことさらに(えん)なるも、おほかたにつけて()たまひしは、をかしくおぼえしを、うしろめたくもの(おも)はしくて、(われ)さかし(びと)にて()こえむも、いとつつましければ、まめやかに、あるべきやうを、いみじくせめて()かせたてまつりたまふ。 れたまへるすみつきなどの、ことさらにえんなるも、おほかたにつけてたまひしは、をかしくおぼえしを、うしろめたくものおもはしくて、われさかしびとにてこえんも、いとつつましければ、まめやかに、あるべきやうを、いみじくせめてかせたてまつりたまふ。
473.6.5356344 紫苑色(しをにろ)細長一襲(ほそながひとかさね)に、三重襲(みへがさね)袴具(はかまぐ)して(たま)ふ。御使苦(おほんつかひくる)しげに(おも)ひたれば、(つつ)ませて、(とも)なる(ひと)になむ(おく)らせたまふ。ことことしき御使(おほんつかひ)にもあらず、(れい)たてまつれたまふ上童(うへわらは)なり。ことさらに、(ひと)にけしき()らさじと(おぼ)しければ、「昨夜(よべ)のさかしがりし()(びと)のしわざなりけり」と、ものしくなむ、()こしめしける。 しをにろほそながひとかさねに、みへがさねはかまぐしてたまふ。おほんつかひくるしげにおもひたれば、つつませて、ともなるひとになんおくらせたまふ。ことことしきおほんつかひにもあらず、れいたてまつれたまふうへわらはなり。ことさらに、ひとにけしきらさじとおぼしければ、"よべのさかしがりしびとのしわざなりけり。"と、ものしくなん、こしめしける。
473.7357345第七段 匂宮と中の君、結婚第二夜
473.7.1358346 その()も、かのしるべ(さそ)ひたまへど、「冷泉院(れいぜいゐん)にかならずさぶらふべきことはべれば」とて、とまりたまひぬ。「(れい)の、ことに()れて、すさまじげに()をもてなす」と、(にく)(おぼ)す。 そのも、かのしるべさそひたまへど、"れいぜいゐんにかならずさぶらふべきことはべれば。"とて、とまりたまひぬ。"れいの、ことにれて、すさまじげにをもてなす。"と、にくおぼす。
473.7.2359347 「いかがはせむ。本意(ほい)ならざりしこととて、おろかにやは」と(おも)(よわ)りたまひて、(おほん)しつらひなどうちあはぬ()()なれど、さる(かた)にをかしくしなして()ちきこえたまひけり。はるかなる御中道(おほんなかみち)を、(いそ)ぎおはしましたりけるも、うれしきわざなるぞ、かつはあやしき。 "いかがはせん。ほいならざりしこととて、おろかにやは。"とおもよわりたまひて、おほんしつらひなどうちあはぬなれど、さるかたにをかしくしなしてちきこえたまひけり。はるかなるおほんなかみちを、いそぎおはしましたりけるも、うれしきわざなるぞ、かつはあやしき。
473.7.3360348 正身(さうじみ)は、(われ)にもあらぬさまにて、つくろはれたてまつりたまふままに、()御衣(おほんぞ)のいたく()るれば、さかし(びと)もうち()きたまひつつ、 さうじみは、われにもあらぬさまにて、つくろはれたてまつりたまふままに、おほんぞのいたくるれば、さかしびともうちきたまひつつ、
473.7.4361349 ()(なか)(ひさ)しくもとおぼえはべらねば、()()れのながめにも、ただ(おほん)ことをのみなむ、心苦(こころぐる)しく(おも)ひきこゆるに、この(ひと)びとも、よかるべきさまのことと、()きにくきまで()()らすめれば、年経(としへ)たる(こころ)どもには、さりとも、()のことわりをも()りたらむ。 "なかひさしくもとおぼえはべらねば、れのながめにも、ただおほんことをのみなん、こころぐるしくおもひきこゆるに、このひとびとも、よかるべきさまのことと、きにくきまでらすめれば、としへたるこころどもには、さりとも、のことわりをもりたらん。
473.7.5362350 はかばかしくもあらぬ心一(こころひと)つを()てて、かくてのみやは、()たてまつらむ、と(おも)ひなるやうもありしかど、ただ(いま)かく、(おも)ひもあへず、()づかしきことどもに(みだ)(おも)ふべくは、さらに(おも)ひかけはべらざりしに、これや、げに、(ひと)()ふめる(のが)れがたき御契(おほんちぎ)りなりけむ。いとこそ、(くる)しけれ。すこし(おぼ)(なぐさ)みなむに、()らざりしさまをも()こえむ。(にく)しと、な(おぼ)()りそ。(つみ)もぞ()たまふ」 はかばかしくもあらぬこころひとつをてて、かくてのみやは、たてまつらん、とおもひなるやうもありしかど、ただいまかく、おもひもあへず、づかしきことどもにみだおもふべくは、さらにおもひかけはべらざりしに、これや、げに、ひとふめるのがれがたきおほんちぎりなりけん。いとこそ、くるしけれ。すこしおぼなぐさみなんに、らざりしさまをもこえん。にくしと、なおぼりそ。つみもぞたまふ。"
473.7.6363351 と、御髪(みぐし)をなでつくろひつつ()こえたまへば、いらへもしたまはねど、さすがに、かく(おぼ)しのたまふが、げに、うしろめたく()しかれとも(おぼ)しおきてじを、人笑(ひとわら)へに見苦(みぐる)しきこと()ひて、見扱(みあつか)はれたてまつらむがいみじさを、よろづに(おも)ひゐたまへり。 と、みぐしをなでつくろひつつこえたまへば、いらへもしたまはねど、さすがに、かくおぼしのたまふが、げに、うしろめたくしかれともおぼしおきてじを、ひとわらへにみぐるしきことひて、みあつかはれたてまつらんがいみじさを、よろづにおもひゐたまへり。
473.7.7364352 さる(こころ)もなく、あきれたまへりしけはひだに、なべてならずをかしかりしを、まいてすこし()(つね)になよびたまへるは、御心(みこころ)ざしもまさるに、たはやすく(かよ)ひたまはざらむ山道(やまみち)のはるけさも、胸痛(むねいた)きまで(おぼ)して、心深(こころふか)げに(かた)らひ(たの)めたまへど、あはれともいかにとも(おも)()きたまはず。 さるこころもなく、あきれたまへりしけはひだに、なべてならずをかしかりしを、まいてすこしつねになよびたまへるは、みこころざしもまさるに、たはやすくかよひたまはざらんやまみちのはるけさも、むねいたきまでおぼして、こころふかげにかたらひたのめたまへど、あはれともいかにともおもきたまはず。
473.7.8365353 ()()らずかしづくものの姫君(ひめぎみ)も、すこし()(つね)(ひと)(ちか)く、(おや)せうとなどいひつつ、(ひと)のたたずまひをも見馴(みな)れたまへるは、ものの()づかしさも、(おそ)ろしさもなのめにやあらむ。(いへ)にあがめきこゆる(ひと)こそなけれ、かく山深(やまふか)(おほん)あたりなれば、(ひと)(とほ)く、もの(ふか)くてならひたまへる心地(ここち)に、(おも)ひかけぬありさまの、つつましく()づかしく、(なに)ごとも()(ひと)()ず、あやしく田舎(ゐなか)びたらむかし。はかなき(おほん)いらへにても()()でむ(かた)なくつつみたまへり。さるは、この(きみ)しもぞ、らうらうじくかどある(かた)(にほ)ひはまさりたまへる。 らずかしづくもののひめぎみも、すこしつねひとちかく、おやせうとなどいひつつ、ひとのたたずまひをもみなれたまへるは、もののづかしさも、おそろしさもなのめにやあらん。いへにあがめきこゆるひとこそなけれ、かくやまふかおほんあたりなれば、ひととほく、ものふかくてならひたまへるここちに、おもひかけぬありさまの、つつましくづかしく、なにごともひとず、あやしくゐなかびたらんかし。はかなきおほんいらへにてもでんかたなくつつみたまへり。さるは、このきみしもぞ、らうらうじくかどあるかたにほひはまさりたまへる。
473.8366354第八段 匂宮と中の君、結婚第三夜
473.8.1367355 三日(みか)にあたる()(もちひ)なむ(まゐ)る」と(ひと)びとの()こゆれば、「ことさらにさるべき(いは)ひのことにこそは」と(おぼ)して、御前(おまへ)にてせさせたまふも、たどたどしく、かつは大人(おとな)になりておきてたまふも、(ひと)()るらむこと(はばか)られて、(おもて)うち(あか)めておはするさま、いとをかしげなり。このかみ(ごころ)にや、のどかに気高(けだか)きものから、(ひと)のためあはれに(なさ)(なさ)けしくぞおはしける。 "みかにあたるもちひなんまゐる。"とひとびとのこゆれば、"ことさらにさるべきいはひのことにこそは。"とおぼして、おまへにてせさせたまふも、たどたどしく、かつはおとなになりておきてたまふも、ひとるらんことはばかられて、おもてうちあかめておはするさま、いとをかしげなり。このかみごころにや、のどかにけだかきものから、ひとのためあはれになさなさけしくぞおはしける。
473.8.2368356 中納言殿(ちうなごんどの)より、 ちうなごんどのより、
473.8.3369357 昨夜(よべ)(まゐ)らむと(おも)たまへしかど、宮仕(みやづか)への(らう)も、しるしなげなる()に、(おも)たまへ(うら)みてなむ。 "よべまゐらんとおもたまへしかど、みやづかへのらうも、しるしなげなるに、おもたまへうらみてなん。
473.8.4370358 今宵(こよひ)雑役(ざふやく)もやと(おも)うたまふれど、宿直所(とのゐどころ)のはしたなげにはべりし(みだ)心地(ごこち)、いとど(やす)からで、やすらはれはべり」 こよひざふやくもやとおもうたまふれど、とのゐどころのはしたなげにはべりしみだごこち、いとどやすからで、やすらはれはべり。"
473.8.5371359 と、陸奥紙(みちのくにがみ)におひつぎ()きたまひて、まうけのものども、こまやかに、()ひなどもせざりける、いろいろおし()きなどしつつ、御衣櫃(みぞびつ)あまた懸籠入(かけごい)れて、()(びと)のもとに、「(ひと)びとの(れう)に」とて(たま)へり。(みや)御方(おほんかた)にさぶらひけるに(したが)ひて、いと(おほ)くもえ()(あつ)めたまはざりけるにやあらむ、ただなる絹綾(きぬあや)など、(した)には()(かく)しつつ、御料(ごれう)とおぼしき二領(ふたくだり)。いときよらにしたるを、単衣(ひとへ)御衣(おほんぞ)(そで)に、古代(こたい)のことなれど、 と、みちのくにがみにおひつぎきたまひて、まうけのものども、こまやかに、ひなどもせざりける、いろいろおしきなどしつつ、みぞびつあまたかけごいれて、びとのもとに、"ひとびとのれうに。"とてたまへり。みやおほんかたにさぶらひけるにしたがひて、いとおほくもえあつめたまはざりけるにやあらん、ただなるきぬあやなど、したにはかくしつつ、ごれうとおぼしきふたくだり。いときよらにしたるを、ひとへおほんぞそでに、こたいのことなれど、
473.8.6372360 小夜衣着(さよごろもき)()れきとは()はずとも<BR/>かことばかりはかけずしもあらじ」 "〔さよごろもきれきとははずとも<BR/>かことばかりはかけずしもあらじ〕
473.8.7373361 と、(おど)しきこえたまへり。 と、おどしきこえたまへり。
473.8.8374362 こなたかなた、ゆかしげなき(おほん)ことを、()づかしくいとど()たまひて、御返(おほんかへ)りにもいかがは()こえむと、(おぼ)しわづらふほど、御使(おほんつかひ)かたへは、()(かく)れにけり。あやしき下人(しもびと)をひかへてぞ、御返(おほんかへ)(たま)ふ。 こなたかなた、ゆかしげなきおほんことを、づかしくいとどたまひて、おほんかへりにもいかがはこえんと、おぼしわづらふほど、おほんつかひかたへは、かくれにけり。あやしきしもびとをひかへてぞ、おほんかへたまふ。
473.8.9375363 (へだ)てなき(こころ)ばかりは(かよ)ふとも<BR/>()れし(そで)とはかけじとぞ(おも)ふ」 "〔へだてなきこころばかりはかよふとも<BR/>れしそでとはかけじとぞおもふ〕
473.8.10376364 (こころ)あわたたしく(おも)(みだ)れたまへる名残(なごり)に、いとどなほなほしきを、(おぼ)しけるままと、()()たまふ(ひと)は、ただあはれにぞ(おも)ひなされたまふ。 こころあわたたしくおもみだれたまへるなごりに、いとどなほなほしきを、おぼしけるままと、たまふひとは、ただあはれにぞおもひなされたまふ。
474377365第四章 中の君の物語 匂宮と中の君、朝ぼらけの宇治川を見る
474.1378366第一段 明石中宮、匂宮の外出を諌める
474.1.1379367 (みや)は、その()内裏(うち)(まゐ)りたまひて、えまかでたまふまじげなるを、人知(ひとし)れず御心(みこころ)(そら)にて(おぼ)(なげ)きたるに、中宮(ちうぐう) みやは、そのうちまゐりたまひて、えまかでたまふまじげなるを、ひとしれずみこころそらにておぼなげきたるに、ちうぐう
474.1.2380368 「なほ、かく(ひと)りおはしまして、()(なか)に、()いたまへる御名(おほんな)のやうやう()こゆる、なほ、いと()しきことなり。何事(なにごと)ももの(この)ましく、()てたる御心(みこころ)なつかひたまひそ。(うへ)もうしろめたげに(おぼ)しのたまふ」 "なほ、かくひとりおはしまして、なかに、いたまへるおほんなのやうやうこゆる、なほ、いとしきことなり。なにごともものこのましく、てたるみこころなつかひたまひそ。うへもうしろめたげにおぼしのたまふ。"
474.1.3381369 と、里住(さとず)みがちにおはしますを(いさ)めきこえたまへば、いと(くる)しと(おぼ)して、御宿直所(おほんとのゐどころ)()でたまひて、御文書(おほんふみか)きてたてまつれたまへる名残(なごり)も、いたくうち(なが)めておはしますに、中納言(ちうなごん)君参(きみまゐ)りたまへり。 と、さとずみがちにおはしますをいさめきこえたまへば、いとくるしとおぼして、おほんとのゐどころでたまひて、おほんふみかきてたてまつれたまへるなごりも、いたくうちながめておはしますに、ちうなごんきみまゐりたまへり。
474.1.4382370 そなたの心寄(こころよ)せと(おぼ)せば、(れい)よりもうれしくて、 そなたのこころよせとおぼせば、れいよりもうれしくて、
474.1.5383371 「いかがすべき。いとかく(くら)くなりぬめるを、(こころ)(みだ)れてなむ」 "いかがすべき。いとかくくらくなりぬめるを、こころみだれてなん。"
474.1.6384372 と、(なげ)かしげに(おぼ)したり。「よく()けしきを()たてまつらむ」と(おぼ)して、 と、なげかしげにおぼしたり。"よくけしきをたてまつらん。"とおぼして、
474.1.7385373 ()ごろ()て、かく(まゐ)りたまへるを、今宵(こよひ)さぶらはせたまはで、(いそ)ぎまかでたまひなむ、いとどよろしからぬことにや(おぼ)しきこえさせたまはむ。台盤所(だいばんどころ)(かた)にて(うけたまは)りつれば、人知(ひとし)れず、わづらはしき宮仕(みやづか)へのしるしに、あいなき勘当(かんだう)にやはべらむと、(かほ)色違(いろたが)ひはべりつる」 "ごろて、かくまゐりたまへるを、こよひさぶらはせたまはで、いそぎまかでたまひなん、いとどよろしからぬことにやおぼしきこえさせたまはん。だいばんどころかたにてうけたまはりつれば、ひとしれず、わづらはしきみやづかへのしるしに、あいなきかんだうにやはべらんと、かほいろたがひはべりつる。"
474.1.8386374 (まう)したまへば、 まうしたまへば、
474.1.9387375 「いと()きにくくぞ(おぼ)しのたまふや。(おほ)くは(ひと)のとりなすことなるべし。()(とが)めあるばかりの(こころ)は、何事(なにごと)にかは、つかふらむ。所狭(ところせ)()のほどこそ、なかなかなるわざなりけれ」 "いときにくくぞおぼしのたまふや。おほくはひとのとりなすことなるべし。とがめあるばかりのこころは、なにごとにかは、つかふらん。ところせのほどこそ、なかなかなるわざなりけれ。"
474.1.10388376 とて、まことに(いと)はしくさへ(おぼ)したり。 とて、まことにいとはしくさへおぼしたり。
474.1.11389377 いとほしく()たてまつりたまひて、 いとほしくたてまつりたまひて、
474.1.12390378 (おな)御騒(おほんさは)がれにこそはおはすなれ。今宵(こよひ)(つみ)には()はりきこえて、()をもいたづらになしはべりなむかし。木幡(こはた)(やま)(むま)はいかがはべるべき。いとどものの()こえや(さは)(どころ)なからむ」 "おなおほんさはがれにこそはおはすなれ。こよひつみにははりきこえて、をもいたづらになしはべりなんかし。こはたやまむまはいかがはべるべき。いとどもののこえやさはどころなからん。"
474.1.13391379 ()こえたまへば、ただ()れに()れて()けにける()なれば、(おぼ)しわびて、御馬(おほんむま)にて()でたまひぬ。 こえたまへば、ただれにれてけにけるなれば、おぼしわびて、おほんむまにてでたまひぬ。
474.1.14392380 御供(おほんとも)には、なかなか(つか)うまつらじ。御後見(おほんうしろみ)を」 "おほんともには、なかなかつかうまつらじ。おほんうしろみを。"
474.1.15393381 とて、この(きみ)内裏(うち)にさぶらひたまふ。 とて、このきみうちにさぶらひたまふ。
474.2394382第二段 薫、明石中宮に対面
474.2.1395383 中宮(ちうぐう)御方(おほんかた)(まゐ)りたまひつれば、 ちうぐうおほんかたまゐりたまひつれば、
474.2.2396384 (みや)()でたまひぬなり。あさましくいとほしき(おほん)さまかな。いかに人見(ひとみ)たてまつるらむ。上聞(うへき)こし()しては、(いさ)めきこえぬが()ふかひなき、と(おぼ)しのたまふこそわりなけれ」 "みやでたまひぬなり。あさましくいとほしきおほんさまかな。いかにひとみたてまつるらん。うへきこししては、いさめきこえぬがふかひなき、とおぼしのたまふこそわりなけれ。"
474.2.3397385 とのたまふ。あまた(みや)たちの、かくおとなび(ととの)ひたまへど、大宮(おほみや)は、いよいよ(わか)くをかしきけはひなむ、まさりたまひける。 とのたまふ。あまたみやたちの、かくおとなびととのひたまへど、おほみやは、いよいよわかくをかしきけはひなん、まさりたまひける。
474.2.4398386 女一(をんないち)(みや)も、かくぞおはしますべかめる。いかならむ(をり)に、かばかりにてももの(ちか)く、御声(おほんこゑ)をだに()きたてまつらむ」と、あはれとおぼゆ。「()いたる(ひと)の、おぼゆまじき(こころ)つかふらむも、かうやうなる御仲(おほんなか)らひの、さすがに気遠(けどほ)からず()()ちて、(こころ)にかなはぬ(をり)のことならむかし。わが(こころ)のやうに、ひがひがしき(こころ)のたぐひやは、また()にあんべかめる。それに、なほ(うご)きそめぬるあたりは、えこそ(おも)()えね」 "をんないちみやも、かくぞおはしますべかめる。いかならんをりに、かばかりにてもものちかく、おほんこゑをだにきたてまつらん。"と、あはれとおぼゆ。"いたるひとの、おぼゆまじきこころつかふらんも、かうやうなるおほんなからひの、さすがにけどほからずちて、こころにかなはぬをりのことならんかし。わがこころのやうに、ひがひがしきこころのたぐひやは、またにあんべかめる。それに、なほうごきそめぬるあたりは、えこそおもえね。"
474.2.5399387 など(おも)ひゐたまへる。さぶらふ(かぎ)りの女房(にょうばう)容貌心(かたちこころ)ざま、いづれとなく()ろびたるなく、めやすくとりどりにをかしきなかに、あてにすぐれて()にとまるあれど、さらにさらに(みだ)れそめじの(こころ)にて、いときすくにもてなしたまへり。ことさらに()えしらがふ(ひと)もあり。 などおもひゐたまへる。さぶらふかぎりのにょうばうかたちこころざま、いづれとなくろびたるなく、めやすくとりどりにをかしきなかに、あてにすぐれてにとまるあれど、さらにさらにみだれそめじのこころにて、いときすくにもてなしたまへり。ことさらにえしらがふひともあり。
474.2.6400388 おほかた()づかしげに、もてしづめたまへるあたりなれば、(うは)べこそ(こころ)ばかりもてしづめたれ、心々(こころごころ)なる()(なか)なりければ、(いろ)めかしげにすすみたる(した)心漏(こころも)りて()ゆるもあるを、「さまざまにをかしくも、あはれにもあるかな」と、()ちてもゐても、ただ(つね)なきありさまを(おも)ひありきたまふ。 おほかたづかしげに、もてしづめたまへるあたりなれば、うはべこそこころばかりもてしづめたれ、こころごころなるなかなりければ、いろめかしげにすすみたるしたこころもりてゆるもあるを、"さまざまにをかしくも、あはれにもあるかな。"と、ちてもゐても、ただつねなきありさまをおもひありきたまふ。
474.3401389第三段 女房たちと大君の思い
474.3.1402390 かしこには、中納言殿(ちうなごんどの)のことことしげに()ひなしたまへりつるを、夜更(よふ)くるまでおはしまさで、御文(おほんふみ)のあるを、「さればよ」と(むね)つぶれておはするに、夜中近(よなかちか)くなりて、(あら)ましき(かぜ)のきほひに、いともなまめかしくきよらにて(にほ)ひおはしたるも、いかがおろかにおぼえたまはむ。 かしこには、ちうなごんどののことことしげにひなしたまへりつるを、よふくるまでおはしまさで、おほんふみのあるを、"さればよ。"とむねつぶれておはするに、よなかちかくなりて、あらましきかぜのきほひに、いともなまめかしくきよらにてにほひおはしたるも、いかがおろかにおぼえたまはん。
474.3.2403391 正身(さうじみ)も、いささかうちなびきて、(おも)()りたまふことあるべし。いみじくをかしげに(さか)りと()えて、()きつくろひたまへるさまは、「ましてたぐひあらじはや」とおぼゆ。 さうじみも、いささかうちなびきて、おもりたまふことあるべし。いみじくをかしげにさかりとえて、きつくろひたまへるさまは、"ましてたぐひあらじはや。"とおぼゆ。
474.3.3404392 さばかりよき(ひと)(おほ)()たまふ御目(おほんめ)にだに、けしうはあらずと、容貌(かたち)よりはじめて、(おほ)(ちか)まさりしたりと(おぼ)さるれば、山里(やまざと)()(びと)どもは、まして(くち)つき(にく)げにうち()みつつ、 さばかりよきひとおほたまふおほんめにだに、けしうはあらずと、かたちよりはじめて、おほちかまさりしたりとおぼさるれば、やまざとびとどもは、ましてくちつきにくげにうちみつつ、
474.3.4405393 「かくあたらしき(おほん)ありさまを、なのめなる(きは)(ひと)()たてまつりたまはましかば、いかに口惜(くちを)しからまし。(おも)ふやうなる御宿世(おほんすくせ) "かくあたらしきおほんありさまを、なのめなるきはひとたてまつりたまはましかば、いかにくちをしからまし。おもふやうなるおほんすくせ。"
474.3.5406394 ()こえつつ、姫宮(ひめみや)御心(みこころ)を、あやしくひがひがしくもてなしたまふを、もどき(くち)ひそみきこゆ。 こえつつ、ひめみやみこころを、あやしくひがひがしくもてなしたまふを、もどきくちひそみきこゆ。
474.3.6407395 (さか)()ぎたるさまどもに、あざやかなる(はな)色々(いろいろ)()つかはしからぬをさし()ひつつ、ありつかずとりつくろひたる姿(すがた)どもの、罪許(つみゆる)されたるもなきを()わたされたまひて、姫宮(ひめみや) さかぎたるさまどもに、あざやかなるはないろいろつかはしからぬをさしひつつ、ありつかずとりつくろひたるすがたどもの、つみゆるされたるもなきをわたされたまひて、ひめみや
474.3.7408396 (われ)もやうやう(さか)()ぎぬる()ぞかし。(かがみ)()れば、()()せになりもてゆく。おのがじしは、この(ひと)どもも、我悪(われあ)しとやは(おも)へる。うしろでは()らず(がほ)に、額髪(ひたひがみ)をひきかけつつ、(いろ)どりたる(かほ)づくりをよくしてうち()()ふめり。わが()にては、まだいとあれがほどにはあらず。()(はな)(なほ)しとおぼゆるは、(こころ)のなしにやあらむ」 "われもやうやうさかぎぬるぞかし。かがみれば、せになりもてゆく。おのがじしは、このひとどもも、われあしとやはおもへる。うしろではらずがほに、ひたひがみをひきかけつつ、いろどりたるかほづくりをよくしてうちふめり。わがにては、まだいとあれがほどにはあらず。はななほしとおぼゆるは、こころのなしにやあらん。"
474.3.8409397 とうしろめたくて、見出(みい)だして()したまへり。「()づかしげならむ(ひと)()えむことは、いよいよかたはらいたく、今一、二年(いまひととせふたとせ)あらば、(おとろ)へまさりなむ。はかなげなる()のありさまを」と、御手(おほんて)つきの(こま)やかにか(よわ)く、あはれなるをさし()でても、()(なか)(おも)(つづ)けたまふ。 とうしろめたくて、みいだしてしたまへり。"づかしげならんひとえんことは、いよいよかたはらいたく、いまひととせふたとせあらば、おとろへまさりなん。はかなげなるのありさまを。"と、おほんてつきのこまやかにかよわく、あはれなるをさしでても、なかおもつづけたまふ。
474.4410398第四段 匂宮と中の君、朝ぼらけの宇治川を見る
474.4.1411399 (みや)は、ありがたかりつる御暇(おほんいとま)のほどを(おぼ)しめぐらすに、「なほ、(こころ)やすかるまじきことにこそは」と、(むね)ふたがりておぼえたまひけり。大宮(おほみや)()こえたまひしさまなど(かた)りきこえたまひて、 みやは、ありがたかりつるおほんいとまのほどをおぼしめぐらすに、"なほ、こころやすかるまじきことにこそは。"と、むねふたがりておぼえたまひけり。おほみやこえたまひしさまなどかたりきこえたまひて、
474.4.2412400 (おも)ひながらとだえあらむを、いかなるにか、と(おぼ)すな。(ゆめ)にてもおろかならむに、かくまでも(まゐ)()まじきを。(こころ)のほどやいかがと(うたが)ひて、(おも)(みだ)れたまはむが心苦(こころぐる)しさに、()()ててなむ。(つね)にかくはえ(まど)ひありかじ。さるべきさまにて、(ちか)(わた)したてまつらむ」 "おもひながらとだえあらんを、いかなるにか、とおぼすな。ゆめにてもおろかならんに、かくまでもまゐまじきを。こころのほどやいかがとうたがひて、おもみだれたまはんがこころぐるしさに、ててなん。つねにかくはえまどひありかじ。さるべきさまにて、ちかわたしたてまつらん。"
474.4.3413401 と、いと(ふか)()こえたまへど、「()()あるべく(おぼ)さるらむは、(おと)()きし御心(みこころ)のほどしるべきにや」と(こころ)おかれて、わが(おほん)ありさまから、さまざまもの(なげ)かしくてなむありける。 と、いとふかこえたまへど、"あるべくおぼさるらんは、おときしみこころのほどしるべきにや。"とこころおかれて、わがおほんありさまから、さまざまものなげかしくてなんありける。
474.4.4414403 ()()くほどの(そら)に、妻戸押(つまどお)()けたまひて、もろともに(いざな)()でて()たまへば、()りわたれるさま、(ところ)からのあはれ(おほ)()ひて、(れい)の、柴積(しばつ)(ふね)のかすかに()()(あと)白波(しらなみ)、「目馴(めな)れずもある()まひのさまかな」と、(いろ)なる御心(みこころ)には、をかしく(おぼ)しなさる。 くほどのそらに、つまどおけたまひて、もろともにいざなでてたまへば、りわたれるさま、ところからのあはれおほひて、れいの、しばつふねのかすかにあとしらなみ、"めなれずもあるまひのさまかな。"と、いろなるみこころには、をかしくおぼしなさる。
474.4.5415404 (やま)()(ひかり)やうやう()ゆるに、女君(をんなぎみ)御容貌(おほんかたち)のまほにうつくしげにて、「(かぎ)りなくいつき()ゑたらむ姫宮(ひめみや)も、かばかりこそはおはすべかめれ。(おも)ひなしの、わが(かた)ざまのいといつくしきぞかし。こまやかなる(にほ)ひなど、うちとけて()まほしく」、なかなかなる心地(ここち)す。 やまひかりやうやうゆるに、をんなぎみおほんかたちのまほにうつくしげにて、"かぎりなくいつきゑたらんひめみやも、かばかりこそはおはすべかめれ。おもひなしの、わがかたざまのいといつくしきぞかし。こまやかなるにほひなど、うちとけてまほしく"、なかなかなるここちす。
474.4.6416405 (みづ)(おと)なひなつかしからず、宇治橋(うぢばし)のいともの()りて()えわたさるるなど、霧晴(きりは)れゆけば、いとど(あら)ましき(きし)のわたりを、「かかる(ところ)に、いかで(とし)()たまふらむ」など、うち(なみだ)ぐみたまへるを、いと()づかしと()きたまふ。 みづおとなひなつかしからず、うぢばしのいとものりてえわたさるるなど、きりはれゆけば、いとどあらましききしのわたりを、"かかるところに、いかでとしたまふらん。"など、うちなみだぐみたまへるを、いとづかしときたまふ。
474.4.7417406 (をとこ)(おほん)さまの、(かぎ)りなくなまめかしくきよらにて、この()のみならず(ちぎ)(たの)めきこえたまへば、「(おも)()らざりしこととは(おも)ひながら、なかなか、かの目馴(めな)れたりし中納言(ちうなごん)()づかしさよりは」とおぼえたまふ。 をとこおほんさまの、かぎりなくなまめかしくきよらにて、こののみならずちぎたのめきこえたまへば、"おもらざりしこととはおもひながら、なかなか、かのめなれたりしちうなごんづかしさよりは。"とおぼえたまふ。
474.4.8418407 「かれは(おも)方異(かたこと)にて、いといたく()みたるけしきの、()えにくく()づかしげなりしに、よそに(おも)ひきこえしは、ましてこよなくはるかに、一行書(ひとくだりか)()でたまふ御返(おほんかへ)(ごと)だに、つつましくおぼえしを、(ひさ)しく途絶(とだ)えたまはむは、心細(こころぼそ)からむ」 "かれはおもかたことにて、いといたくみたるけしきの、えにくくづかしげなりしに、よそにおもひきこえしは、ましてこよなくはるかに、ひとくだりかでたまふおほんかへごとだに、つつましくおぼえしを、ひさしくとだえたまはんは、こころぼそからん。"
474.4.9419408 (おも)ひならるるも、(われ)ながらうたて、と(おも)()りたまふ。 おもひならるるも、われながらうたて、とおもりたまふ。
474.5420409第五段 匂宮と中の君和歌を詠み交して別れる
474.5.1421410 (ひと)びといたく(こわ)づくり(もよほ)しきこゆれば、(きゃう)におはしまさむほど、はしたなからぬほどにと、いと(こころ)あわたたしげにて、(こころ)より(ほか)ならむ()がれを、(かへ)(がへ)すのたまふ。 ひとびといたくこわづくりもよほしきこゆれば、きゃうにおはしまさんほど、はしたなからぬほどにと、いとこころあわたたしげにて、こころよりほかならんがれを、かへがへすのたまふ。
474.5.2422411 中絶(なかた)えむものならなくに橋姫(はしひめ)の<BR/>片敷(かたし)(そで)夜半(よは)()らさむ」 "〔なかたえんものならなくにはしひめの<BR/>かたしそでよはらさん〕
474.5.3423412 ()でがてに、()(かへ)りつつやすらひたまふ。 でがてに、かへりつつやすらひたまふ。
474.5.4424413 ()えせじのわが(たの)みにや宇治橋(うぢばし)の<BR/>(はる)けきなかを()ちわたるべき」 "〔えせじのわがたのみにやうぢばしの<BR/>はるけきなかをちわたるべき〕
474.5.5425414 (こと)には()でねど、もの(なげ)かしき(おほん)けはひは、(かぎ)りなく(おぼ)されけり。 ことにはでねど、ものなげかしきおほんけはひは、かぎりなくおぼされけり。
474.5.6426415 (わか)(ひと)御心(みこころ)にしみぬべく、たぐひすくなげなる(あさ)けの御姿(おほんすがた)見送(みおく)りて、名残(なごり)とまれる御移(おほんうつ)()なども、人知(ひとし)れずものあはれなるは、されたる御心(みこころ)かな。今朝(けさ)ぞ、もののあやめ()ゆるほどにて、(ひと)びと(のぞ)きて()たてまつる。 わかひとみこころにしみぬべく、たぐひすくなげなるあさけのおほんすがたみおくりて、なごりとまれるおほんうつなども、ひとしれずものあはれなるは、されたるみこころかな。けさぞ、もののあやめゆるほどにて、ひとびとのぞきてたてまつる。
474.5.7427416 中納言殿(ちうなごんどの)は、なつかしく()づかしげなるさまぞ、()ひたまへりける。(おも)ひなしの、(いま)ひと(きは)にや、この(おほん)さまは、いとことに」 "ちうなごんどのは、なつかしくづかしげなるさまぞ、ひたまへりける。おもひなしの、いまひときはにや、このおほんさまは、いとことに。"
474.5.8428417 など、めできこゆ。 など、めできこゆ。
474.5.9429418 (みち)すがら、心苦(こころぐる)しかりつる()けしきを(おぼ)()でつつ、()ちも(かへ)りなまほしく、さま()しきまで(おぼ)せど、()()こえを(しの)びて(かへ)らせたまふほどに、えたはやすくも(まぎ)れさせたまはず。 みちすがら、こころぐるしかりつるけしきをおぼでつつ、ちもかへりなまほしく、さましきまでおぼせど、こえをしのびてかへらせたまふほどに、えたはやすくもまぎれさせたまはず。
474.5.10430419 御文(おほんふみ)()くる()ごとに、あまた(かへ)りづつたてまつらせたまふ。「おろかにはあらぬにや」と(おも)ひながら、おぼつかなき日数(ひかず)()もるを、「いと心尽(こころづ)くしに()じと(おも)ひしものを、()にまさりて心苦(こころぐる)しくもあるかな」と、姫宮(ひめみや)(おぼ)(なげ)かるれど、いとどこの(きみ)(おも)(しづ)みたまはむにより、つれなくもてなして、「みづからだに、なほかかること(おも)(くは)へじ」と、いよいよ(ふか)(おぼ)す。 おほんふみくるごとに、あまたかへりづつたてまつらせたまふ。"おろかにはあらぬにや。"とおもひながら、おぼつかなきひかずもるを、"いとこころづくしにじとおもひしものを、にまさりてこころぐるしくもあるかな。"と、ひめみやおぼなげかるれど、いとどこのきみおもしづみたまはんにより、つれなくもてなして、"みづからだに、なほかかることおもくはへじ。"と、いよいよふかおぼす。
474.5.11431420 中納言(ちうなごん)(きみ)も、「()(どほ)にぞ(おぼ)すらむかし」と(おも)ひやりて、()があやまちにいとほしくて、(みや)()こえおどろかしつつ、()えず()けしきを()たまふに、いといたく(おも)ほし()れたるさまなれば、さりともと、うしろやすかりけり。 ちうなごんきみも、"どほにぞおぼすらんかし。"とおもひやりて、があやまちにいとほしくて、みやこえおどろかしつつ、えずけしきをたまふに、いといたくおもほしれたるさまなれば、さりともと、うしろやすかりけり。
474.6432421第六段 九月十日、薫と匂宮、宇治へ行く
474.6.1433422 九月十日(くがちとをか)のほどなれば、野山(のやま)のけしきも(おも)ひやらるるに、時雨(しぐれ)めきてかきくらし、(そら)のむら雲恐(くもおそ)ろしげなる夕暮(ゆふぐれ)(みや)いとど静心(しづこころ)なく(なが)めたまひて、いかにせむと、御心一(みこころひと)つを()()ちかねたまふ。折推(をりお)(はか)りて、(まゐ)りたまへり。「ふるの山里(やまざと)いかならむ」と、おどろかしきこえたまふ。いとうれしと(おぼ)して、もろともに(いざな)ひたまへば、(れい)の、(ひと)御車(みくるま)にておはす。 くがちとをかのほどなれば、のやまのけしきもおもひやらるるに、しぐれめきてかきくらし、そらのむらくもおそろしげなるゆふぐれみやいとどしづこころなくながめたまひて、いかにせんと、みこころひとつをちかねたまふ。をりおはかりて、まゐりたまへり。"ふるのやまざといかならん。"と、おどろかしきこえたまふ。いとうれしとおぼして、もろともにいざなひたまへば、れいの、ひとみくるまにておはす。
474.6.2434423 ()()りたまふままにぞ、まいて(なが)めたまふらむ(こころ)のうち、いとど()(はか)られたまふ。(みち)のほども、ただこのことの心苦(こころぐる)しきを(かた)らひきこえたまふ。 りたまふままにぞ、まいてながめたまふらんこころのうち、いとどはかられたまふ。みちのほども、ただこのことのこころぐるしきをかたらひきこえたまふ。
474.6.3435424 たそかれ(どき)のいみじく心細(こころぼそ)げなるに、(あめ)(ひや)やかにうちそそきて、秋果(あきは)つるけしきのすごきに、うちしめり()れたまへる(にほ)ひどもは、()のものに()(えん)にて、うち()れたまへるを、山賤(やまがつ)どもは、いかが心惑(こころまど)ひもせざらむ。 たそかれどきのいみじくこころぼそげなるに、あめひややかにうちそそきて、あきはつるけしきのすごきに、うちしめりれたまへるにほひどもは、のものにえんにて、うちれたまへるを、やまがつどもは、いかがこころまどひもせざらん。
474.6.4436425 (をんな)ばら、()ごろうちつぶやきつる、名残(なごり)なく()みさかえつつ、御座(おまし)ひきつくろひなどす。(きゃう)に、さるべき所々(ところどころ)()()りたる(むすめ)ども、(めい)だつ(ひと)(ふたり)三人尋(みたりたづ)()せて(まゐ)らせたり。(とし)ごろあなづりきこえける心浅(こころあさ)(ひと)びと、めづらかなる客人(まらうと)(おも)(おどろ)きたり。 をんなばら、ごろうちつぶやきつる、なごりなくみさかえつつ、おましひきつくろひなどす。きゃうに、さるべきところどころりたるむすめども、めいだつひとふたりみたりたづせてまゐらせたり。としごろあなづりきこえけるこころあさひとびと、めづらかなるまらうとおもおどろきたり。
474.6.5437426 姫宮(ひめみや)も、(をり)うれしく(おも)ひきこえたまふに、さかしら(びと)()ひたまへるぞ、()づかしくもありぬべく、なまわづらはしく(おも)へど、(こころ)ばへののどかにもの(ふか)くものしたまふを、「げに、(ひと)はかくはおはせざりけり」と()あはせたまふに、ありがたしと(おも)()らる。 ひめみやも、をりうれしくおもひきこえたまふに、さかしらびとひたまへるぞ、づかしくもありぬべく、なまわづらはしくおもへど、こころばへののどかにものふかくものしたまふを、"げに、ひとはかくはおはせざりけり。"とあはせたまふに、ありがたしとおもらる。
474.7438427第七段 薫、大君に対面、実事なく朝を迎える
474.7.1439428 (みや)を、(ところ)につけては、いとことにかしづき()れたてまつりて、この(きみ)は、主人方(あるじがた)(こころ)やすくもてなしたまふものから、まだ客人居(まらうとゐ)のかりそめなる(かた)()だし(はな)ちたまへれば、いとからしと(おも)ひたまへり。(うら)みたまふもさすがにいとほしくて、物越(ものごし)対面(たいめん)したまふ。 みやを、ところにつけては、いとことにかしづきれたてまつりて、このきみは、あるじがたこころやすくもてなしたまふものから、まだまらうとゐのかりそめなるかただしはなちたまへれば、いとからしとおもひたまへり。うらみたまふもさすがにいとほしくて、ものごしたいめんしたまふ。
474.7.2440429 (たはぶ)れにくくもあるかな。かくてのみや」と、いみじく(うら)みきこえたまふ。やうやうことわり()りたまひにたれど、(ひと)御上(おほんうへ)にても、ものをいみじく(おも)(しづ)みたまひて、いとどかかる(かた)()きものに(おも)()てて、 "たはぶれにくくもあるかな。かくてのみや。"と、いみじくうらみきこえたまふ。やうやうことわりりたまひにたれど、ひとおほんうへにても、ものをいみじくおもしづみたまひて、いとどかかるかたきものにおもてて、
474.7.3441430 「なほ、ひたぶるに、いかでかくうちとけじ。あはれと(おも)(ひと)御心(みこころ)も、かならずつらしと(おも)ひぬべきわざにこそあめれ。(われ)(ひと)()おとさず、心違(こころたが)はでやみにしがな」 "なほ、ひたぶるに、いかでかくうちとけじ。あはれとおもひとみこころも、かならずつらしとおもひぬべきわざにこそあめれ。われひとおとさず、こころたがはでやみにしがな。"
474.7.4442431 (おも)(こころ)づかひ(ふか)くしたまへり。 おもこころづかひふかくしたまへり。
474.7.5443432 (みや)(おほん)ありさまなども()ひきこえたまへば、かすめつつ、「さればよ」とおぼしくのたまへば、いとほしくて、(おぼ)したる(おほん)さま、けしきを()ありくやうなど、(かた)りきこえたまふ。 みやおほんありさまなどもひきこえたまへば、かすめつつ、"さればよ。"とおぼしくのたまへば、いとほしくて、おぼしたるおほんさま、けしきをありくやうなど、かたりきこえたまふ。
474.7.6444433 (れい)よりは(こころ)うつくしく(かた)らひて、 れいよりはこころうつくしくかたらひて、
474.7.7445434 「なほ、かくもの(おも)(くは)ふるほど、すこし心地(ここち)(しづ)まりて()こえむ」 "なほ、かくものおもくはふるほど、すこしここちしづまりてこえん。"
474.7.8446435 とのたまふ。人憎(ひとにく)気遠(けどほ)くは、もて(はな)れぬものから、「障子(さうじ)(かた)めもいと(つよ)し。しひて(やぶ)らむをば、つらくいみじからむ」と(おぼ)したれば、「(おぼ)さるるやうこそはあらめ。軽々(かるがる)しく(こと)ざまになびきたまふこと、はた、()にあらじ」と、(こころ)のどかなる(ひと)は、さいへど、いとよく(おも)(しづ)めたまふ。 とのたまふ。ひとにくけどほくは、もてはなれぬものから、"さうじかためもいとつよし。しひてやぶらんをば、つらくいみじからん。"とおぼしたれば、"おぼさるるやうこそはあらめ。かるがるしくことざまになびきたまふこと、はた、にあらじ。"と、こころのどかなるひとは、さいへど、いとよくおもしづめたまふ。
474.7.9447436 「ただ、いとおぼつかなく、もの(へだ)てたるなむ、(むね)あかぬ心地(ここち)するを。ありしやうにて()こえむ」 "ただ、いとおぼつかなく、ものへだてたるなん、むねあかぬここちするを。ありしやうにてこえん。"
474.7.10448437 とせめたまへど、 とせめたまへど、
474.7.11449438 (つね)よりもわが面影(おもかげ)()づるころなれば、(うと)ましと()たまひてむも、さすがに(くる)しきは、いかなるにか」 "つねよりもわがおもかげづるころなれば、うとましとたまひてんも、さすがにくるしきは、いかなるにか。"
474.7.12450439 と、ほのかにうち(わら)ひたまへるけはひなど、あやしくなつかしくおぼゆ。 と、ほのかにうちわらひたまへるけはひなど、あやしくなつかしくおぼゆ。
474.7.13451440 「かかる御心(みこころ)にたゆめられたてまつりて、つひにいかになるべき()にか」 "かかるみこころにたゆめられたてまつりて、つひにいかになるべきにか。"
474.7.14452441 (なげ)きがちにて、(れい)の、遠山鳥(とほやまどり)にて()けぬ。 なげきがちにて、れいの、とほやまどりにてけぬ。
474.7.15453442 (みや)は、まだ旅寝(たびね)なるらむとも(おぼ)さで、 みやは、まだたびねなるらんともおぼさで、
474.7.16454443 中納言(ちうなごん)の、主人方(あるじがた)(こころ)のどかなるけしきこそうらやましけれ」 "ちうなごんの、あるじがたこころのどかなるけしきこそうらやましけれ。"
474.7.17455444 とのたまへば、女君(をんなぎみ)、あやしと()きたまふ。 とのたまへば、をんなぎみ、あやしときたまふ。
474.8456445第八段 匂宮、中の君を重んじる
474.8.1457446 わりなくておはしまして、ほどなく(かへ)りたまふが、()かず(くる)しきに、(みや)ものをいみじく(おぼ)したり。御心(みこころ)のうちを()りたまはねば、女方(をんながた)には、「またいかならむ。人笑(ひとわら)へにや」と(おも)(なげ)きたまへば、「げに、心尽(こころづ)くしに(くる)しげなるわざかな」と()ゆ。 わりなくておはしまして、ほどなくかへりたまふが、かずくるしきに、みやものをいみじくおぼしたり。みこころのうちをりたまはねば、をんながたには、"またいかならん。ひとわらへにや。"とおもなげきたまへば、"げに、こころづくしにくるしげなるわざかな。"とゆ。
474.8.2458447 (きゃう)にも、(かく)ろへて(わた)りたまふべき(ところ)もさすがになし。六条(ろくでう)(ゐん)には、(ひだり)大殿(おほいどの)(かた)(かた)には()みたまひて、さばかりいかでと(おぼ)したる(ろく)(きみ)(おほん)ことを(おぼ)しよらぬに、なま(うら)めしと(おも)ひきこえたまふべかめり。()()きしき(おほん)さまと、(ゆる)しなくそしりきこえたまひて、内裏(うち)わたりにも(うれ)へきこえたまふべかめれば、いよいよ、おぼえなくて()だし()ゑたまはむも、(はばか)ることいと(おほ)かり。 きゃうにも、かくろへてわたりたまふべきところもさすがになし。ろくでうゐんには、ひだりおほいどのかたかたにはみたまひて、さばかりいかでとおぼしたるろくきみおほんことをおぼしよらぬに、なまうらめしとおもひきこえたまふべかめり。きしきおほんさまと、ゆるしなくそしりきこえたまひて、うちわたりにもうれへきこえたまふべかめれば、いよいよ、おぼえなくてだしゑたまはんも、はばかることいとおほかり。
474.8.3459448 なべてに(おぼ)(ひと)(きは)は、宮仕(みやづか)への(すぢ)にて、なかなか(こころ)やすげなり。さやうの並々(なみなみ)には(おぼ)されず、「もし()中移(なかうつ)りて、帝后(みかどきさき)(おぼ)しおきつるままにもおはしまさば、(ひと)より(たか)きさまにこそなさめ」など、ただ(いま)は、いとはなやかに、(こころ)にかかりたまへるままに、もてなさむ(かた)なく(くる)しかりけり。 なべてにおぼひときはは、みやづかへのすぢにて、なかなかこころやすげなり。さやうのなみなみにはおぼされず、"もしなかうつりて、みかどきさきおぼしおきつるままにもおはしまさば、ひとよりたかきさまにこそなさめ。"など、ただいまは、いとはなやかに、こころにかかりたまへるままに、もてなさんかたなくくるしかりけり。
474.8.4460449 中納言(ちうなごん)は、三条(さんでう)宮造(みやつく)()てて、「さるべきさまにて(わた)したてまつらむ」と(おぼ)す。 ちうなごんは、さんでうみやつくてて、"さるべきさまにてわたしたてまつらん。"とおぼす。
474.8.5461450 げに、ただ(うど)(こころ)やすかりけり。かくいと心苦(こころぐる)しき()けしきながら、やすからず(しの)びたまふからに、かたみに(おも)(なや)みたまへるめるも、心苦(こころぐる)しくて、「(しの)びてかく(かよ)ひたまふよしを、中宮(ちうぐう)などにも()らし()こし()させて、しばしの御騒(おほんさわ)がれはいとほしくとも、女方(をんながた)(おほん)ためは、(とが)もあらじ。いとかく()をだに()かしたまはぬ(くる)しげさよ。いみじくもてなしてあらせたてまつらばや」 げに、ただうどこころやすかりけり。かくいとこころぐるしきけしきながら、やすからずしのびたまふからに、かたみにおもなやみたまへるめるも、こころぐるしくて、"しのびてかくかよひたまふよしを、ちうぐうなどにもらしこしさせて、しばしのおほんさわがれはいとほしくとも、をんながたおほんためは、とがもあらじ。いとかくをだにかしたまはぬくるしげさよ。いみじくもてなしてあらせたてまつらばや。"
474.8.6462451 など(おも)ひて、あながちにも(かく)ろへず。 などおもひて、あながちにもかくろへず。
474.8.7463452 更衣(ころもがへ)など、はかばかしく()れかは(あつか)ふらむ」など(おぼ)して、御帳(みちゃう)(かたびら)壁代(かべしろ)など、三条(さんでう)宮造(みやつく)()てて、(わた)りたまはむ(こころ)まうけに、しおかせたまへるを、「まづ、さるべき(よう)なむ」など、いと(しの)びて()こえたまひて、たてまつれたまふ。さまざまなる女房(にょうばう)装束(さうぞく)御乳母(おほんめのと)などにものたまひつつ、わざともせさせたまひけり。 "ころもがへなど、はかばかしくれかはあつかふらん。"などおぼして、みちゃうかたびらかべしろなど、さんでうみやつくてて、わたりたまはんこころまうけに、しおかせたまへるを、"まづ、さるべきようなん。"など、いとしのびてこえたまひて、たてまつれたまふ。さまざまなるにょうばうさうぞくおほんめのとなどにものたまひつつ、わざともせさせたまひけり。
475464453第五章 大君の物語 匂宮たちの紅葉狩り
475.1465454第一段 十月朔日頃、匂宮、宇治に紅葉狩り
475.1.1466455 十月朔日(じふがちついたち)ころ、網代(あじろ)もをかしきほどならむと、そそのかしきこえたまひて、紅葉御覧(もみぢごらん)ずべく(まう)したまふ。(した)しき宮人(みやびと)ども、殿上人(てんじゃうびと)(むつ)ましく(おぼ)(かぎ)り、「いと(しの)びて」と(おぼ)せど、所狭(ところせ)御勢(おほんいきほひ)なれば、おのづからこと(ひろ)ごりて、(ひだり)大殿(おほいどの)宰相中将参(さいしゃうのちうじゃうまゐ)りたまふ。さては、この中納言殿(ちうなごんどの)ばかりぞ、上達部(かんだちめ)(つか)うまつりたまふ。ただ(うど)(おほ)かり。 じふがちついたちころ、あじろもをかしきほどならんと、そそのかしきこえたまひて、もみぢごらんずべくまうしたまふ。したしきみやびとども、てんじゃうびとむつましくおぼかぎり、"いとしのびて。"とおぼせど、ところせおほんいきほひなれば、おのづからことひろごりて、ひだりおほいどのさいしゃうのちうじゃうまゐりたまふ。さては、このちうなごんどのばかりぞ、かんだちめつかうまつりたまふ。ただうどおほかり。
475.1.2467456 かしこには、「(ろん)なく、中宿(なかやど)りしたまはむを、さるべきさまに(おぼ)せ。さきの(はる)も、花見(はなみ)(たづ)(まゐ)()しこれかれ、かかるたよりにことよせて、時雨(しぐれ)(まぎ)れに()たてまつり(あらは)すやうもぞはべる」など、こまやかに()こえたまへり。 かしこには、"ろんなく、なかやどりしたまはんを、さるべきさまにおぼせ。さきのはるも、はなみたづまゐしこれかれ、かかるたよりにことよせて、しぐれまぎれにたてまつりあらはすやうもぞはべる。"など、こまやかにこえたまへり。
475.1.3468458 御簾掛(みすか)()へ、ここかしこかき(はら)ひ、岩隠(いはがく)れに()もれる紅葉(もみぢ)朽葉(くちば)すこしはるけ、遣水(やりみづ)水草払(みくさはら)はせなどぞしたまふ。よしあるくだもの、(さかな)など、さるべき(ひと)などもたてまつれたまへり。かつはゆかしげなけれど、「いかがはせむ。これもさるべきにこそは」と(おも)(ゆる)して、(こころ)まうけしたまへり。 みすかへ、ここかしこかきはらひ、いはがくれにもれるもみぢくちばすこしはるけ、やりみづみくさはらはせなどぞしたまふ。よしあるくだもの、さかななど、さるべきひとなどもたてまつれたまへり。かつはゆかしげなけれど、"いかがはせん。これもさるべきにこそは。"とおもゆるして、こころまうけしたまへり。
475.1.4469459 (ふね)にて(のぼ)(くだ)り、おもしろく(あそ)びたまふも()こゆ。ほのぼのありさま()ゆるを、そなたに()()でて、(わか)(ひと)びと()たてまつる。正身(さうじみ)(おほん)ありさまは、それと()わかねども、紅葉(もみぢ)()きたる(ふね)(かざ)りの、(にしき)()ゆるに、声々吹(こゑごゑふ)()づる(もの)()ども、(かぜ)につけておどろおどろしきまでおぼゆ。 ふねにてのぼくだり、おもしろくあそびたまふもこゆ。ほのぼのありさまゆるを、そなたにでて、わかひとびとたてまつる。さうじみおほんありさまは、それとわかねども、もみぢきたるふねかざりの、にしきゆるに、こゑごゑふづるものども、かぜにつけておどろおどろしきまでおぼゆ。
475.1.5470460 世人(よひと)のなびきかしづきたてまつるさま、かく(しの)びたまへる(みち)にも、いとことにいつくしきを()たまふにも、「げに、七夕(たなばた)ばかりにても、かかる彦星(ひこぼし)(ひかり)をこそ()()でめ」とおぼえたり。 よひとのなびきかしづきたてまつるさま、かくしのびたまへるみちにも、いとことにいつくしきをたまふにも、"げに、たなばたばかりにても、かかるひこぼしひかりをこそでめ。"とおぼえたり。
475.1.6471461 文作(ふみつく)らせたまふべき(こころ)まうけに、博士(はかせ)などもさぶらひけり。たそかれ(どき)に、御舟(おほんふね)さし()せて(あそ)びつつ文作(ふみつく)りたまふ。紅葉(もみぢ)(うす)()くかざして、「海仙楽(かいせんらく)」といふものを()きて、おのおの(こころ)ゆきたるけしきなるに、(みや)は、近江(あふみ)(うみ)心地(ここち)して、遠方人(をちかたびと)(うら)みいかにとのみ、御心(みこころ)そらなり。(とき)につけたる題出(だいい)だして、うそぶき()じあへり。 ふみつくらせたまふべきこころまうけに、はかせなどもさぶらひけり。たそかれどきに、おほんふねさしせてあそびつつふみつくりたまふ。もみぢうすくかざして、〔かいせんらく〕といふものをきて、おのおのこころゆきたるけしきなるに、みやは、あふみうみここちして、をちかたびとうらみいかにとのみ、みこころそらなり。ときにつけたるだいいだして、うそぶきじあへり。
475.1.7472462 (ひと)(まよ)ひすこししづめておはせむと、中納言(ちうなごん)(おぼ)して、さるべきやうに()こえたまふほどに、内裏(うち)より、中宮(ちうぐう)(おほ)(ごと)にて、宰相(さいしゃう)御兄(おほんあに)衛門督(ゑもんのかみ)、ことことしき随身(ずいじん)ひき()れて、うるはしきさまして(まゐ)りたまへり。かうやうの(おほん)ありきは、(しの)びたまふとすれど、おのづからこと(ひろ)ごりて、(のち)(ためし)にもなるわざなるを、重々(おもおも)しき人数(ひとかず)あまたもなくて、にはかにおはしましにけるを、()こしめしおどろきて、殿上人(てんじゃうびと)あまた()して(まゐ)りたるに、はしたなくなりぬ。(みや)中納言(ちうなごん)も、(くる)しと(おぼ)して、(もの)(きょう)もなくなりぬ。御心(みこころ)のうちをば()らず、()(みだ)(あそ)()かしつ。 ひとまよひすこししづめておはせんと、ちうなごんおぼして、さるべきやうにこえたまふほどに、うちより、ちうぐうおほごとにて、さいしゃうおほんあにゑもんのかみ、ことことしきずいじんひきれて、うるはしきさましてまゐりたまへり。かうやうのおほんありきは、しのびたまふとすれど、おのづからことひろごりて、のちためしにもなるわざなるを、おもおもしきひとかずあまたもなくて、にはかにおはしましにけるを、こしめしおどろきて、てんじゃうびとあまたしてまゐりたるに、はしたなくなりぬ。みやちうなごんも、くるしとおぼして、ものきょうもなくなりぬ。みこころのうちをばらず、みだあそかしつ。
475.2473463第二段 一行、和歌を唱和する
475.2.1474464 今日(けふ)は、かくてと(おぼ)すに、また、(みや)大夫(だいぶ)、さらぬ殿上人(てんじゃうびと)など、あまたたてまつりたまへり。(こころ)あわたたしく口惜(くちを)しくて、(かへ)りたまはむそらなし。かしこには御文(おほんふみ)をぞたてまつれたまふ。をかしやかなることもなく、いとまめだちて、(おぼ)しけることどもを、こまごまと()(つづ)けたまへれど、「人目(ひとめ)しげく(さわ)がしからむに」とて、御返(おほんかへ)りなし。 けふは、かくてとおぼすに、また、みやだいぶ、さらぬてんじゃうびとなど、あまたたてまつりたまへり。こころあわたたしくくちをしくて、かへりたまはんそらなし。かしこにはおほんふみをぞたてまつれたまふ。をかしやかなることもなく、いとまめだちて、おぼしけることどもを、こまごまとつづけたまへれど、"ひとめしげくさわがしからんに。"とて、おほんかへりなし。
475.2.2475465 (かず)ならぬありさまにては、めでたき(おほん)あたりに()じらはむ、かひなきわざかな」と、いとど(おぼ)()りたまふ。よそにて(へだ)たる月日(つきひ)は、おぼつかなさもことわりに、さりともなど(なぐさ)めたまふを、(ちか)きほどにののしりおはして、つれなく()ぎたまひなむ、つらくも口惜(くちを)しくも(おも)(みだ)れたまふ。 "かずならぬありさまにては、めでたきおほんあたりにじらはん、かひなきわざかな。"と、いとどおぼりたまふ。よそにてへだたるつきひは、おぼつかなさもことわりに、さりともなどなぐさめたまふを、ちかきほどにののしりおはして、つれなくぎたまひなん、つらくもくちをしくもおもみだれたまふ。
475.2.3476466 (みや)は、まして、いぶせくわりなしと(おぼ)すこと、(かぎ)りなし。網代(あじろ)氷魚(ひを)心寄(こころよ)せたてまつりて、いろいろの()()にかきまぜもてあそぶを、下人(しもびと)などはいとをかしきことに(おも)へれば、(ひと)(したが)ひつつ、(こころ)ゆく(おほん)ありきに、みづからの御心地(みここち)は、(むね)のみつとふたがりて、(そら)をのみ(なが)めたまふに、この古宮(ふるみや)(こずゑ)は、いとことにおもしろく、常磐木(ときはぎ)にはひ()じれる(つた)(いろ)なども、もの(ふか)げに()えて、遠目(とをめ)さへすごげなるを、中納言(ちうなごん)(きみ)も、「なかなか(たの)めきこえけるを、(うれ)はしきわざかな」とおぼゆ。 みやは、まして、いぶせくわりなしとおぼすこと、かぎりなし。あじろひをこころよせたてまつりて、いろいろのにかきまぜもてあそぶを、しもびとなどはいとをかしきことにおもへれば、ひとしたがひつつ、こころゆくおほんありきに、みづからのみここちは、むねのみつとふたがりて、そらをのみながめたまふに、このふるみやこずゑは、いとことにおもしろく、ときはぎにはひじれるつたいろなども、ものふかげにえて、とをめさへすごげなるを、ちうなごんきみも、"なかなかたのめきこえけるを、うれはしきわざかな。"とおぼゆ。
475.2.4477467 去年(こぞ)(はる)御供(おほんとも)なりし(きみ)たちは、(はな)(いろ)(おも)()でて、(おく)れてここに(なが)めたまふらむ心細(こころぼそ)さを()ふ。かく(しの)(しの)びに(かよ)ひたまふと、ほの()きたるもあるべし。心知(こころし)らぬも()じりて、おほかたにとやかくやと、(ひと)御上(おほんうへ)は、かかる山隠(やまがく)れなれど、おのづから()こゆるものなれば、 こぞはるおほんともなりしきみたちは、はないろおもでて、おくれてここにながめたまふらんこころぼそさをふ。かくしのしのびにかよひたまふと、ほのきたるもあるべし。こころしらぬもじりて、おほかたにとやかくやと、ひとおほんうへは、かかるやまがくれなれど、おのづからこゆるものなれば、
475.2.5478468 「いとをかしげにこそものしたまふなれ」 "いとをかしげにこそものしたまふなれ。"
475.2.6479469 (さう)琴上手(ことじゃうず)にて、故宮(こみや)()()(あそ)びならはしたまひければ」 "さうことじゃうずにて、こみやあそびならはしたまひければ。"
475.2.7480470 など、口々言(くちぐちい)ふ。 など、くちぐちいふ。
475.2.8481471 宰相(さいしゃう)中将(ちうじゃう) さいしゃうちうじゃう
475.2.9482472 「いつぞやも(はな)(さか)りに一目見(ひとめみ)し<BR/>()のもとさへや(あき)(さび)しき」 "〔いつぞやもはなさかりにひとめみし<BR/>のもとさへやあきさびしき〕
475.2.10483473 主人方(あるじがた)(おも)ひて()へば、中納言(ちうなごん) あるじがたおもひてへば、ちうなごん
475.2.11484474 (さくら)こそ(おも)()らすれ()(にほ)ふ<BR/>(はな)紅葉(もみぢ)(つね)ならぬ()を」 "〔さくらこそおもらすれにほふ<BR/>はなもみぢつねならぬを〕
475.2.12485475 衛門督(ゑもんのかみ) ゑもんのかみ
475.2.13486476 「いづこより(あき)()きけむ山里(やまざと)の<BR/>紅葉(もみぢ)(かげ)()()きものを」 "〔いづこよりあききけんやまざとの<BR/>もみぢかげきものを〕
475.2.14487477 (みや)大夫(だいぶ) みやだいぶ
475.2.15488478 ()(ひと)もなき山里(やまざと)岩垣(いはかき)に<BR/>心長(こころなが)くも()へる(くず)かな」 "〔ひともなきやまざといはかきに<BR/>こころながくもへるくずかな〕
475.2.16489479 (なか)()いしらひて、うち()きたまふ。親王(みこ)(わか)くおはしける()のことなど、(おも)()づるなめり。 なかいしらひて、うちきたまふ。みこわかくおはしけるのことなど、おもづるなめり。
475.2.17490480 (みや) みや
475.2.18491481 (あき)はてて(さび)しさまさる()のもとを<BR/>()きな()ぐしそ(みね)松風(まつかぜ) "〔あきはててさびしさまさるのもとを<BR/>きなぐしそみねまつかぜ〕"
475.2.19492482 とて、いといたく(なみだ)ぐみたまへるを、ほのかに()(ひと)は、 とて、いといたくなみだぐみたまへるを、ほのかにひとは、
475.2.20493483 「げに、(ふか)(おぼ)すなりけり。今日(けふ)のたよりを()ぐしたまふ心苦(こころぐる)しさ」 "げに、ふかおぼすなりけり。けふのたよりをぐしたまふこころぐるしさ。"
475.2.21494484 ()たてまつる(ひと)あれど、ことことしく()(つづ)きて、えおはしまし()らず。(つく)りける(ふみ)のおもしろき所々(ところどころ)うち()じ、大和歌(やまとうた)もことにつけて(おほ)かれど、かうやうの()ひの(まぎ)れに、ましてはかばかしきことあらむやは。片端書(かたはしか)きとどめてだに見苦(みぐる)しくなむ。 たてまつるひとあれど、ことことしくつづきて、えおはしましらず。つくりけるふみのおもしろきところどころうちじ、やまとうたもことにつけておほかれど、かうやうのひのまぎれに、ましてはかばかしきことあらんやは。かたはしかきとどめてだにみぐるしくなん。
475.3495485第三段 大君と中の君の思い
475.3.1496486 かしこには、()ぎたまひぬるけはひを、(とほ)くなるまで()こゆる前駆(さき)声々(こゑごゑ)、ただならずおぼえたまふ。(こころ)まうけしつる(ひと)びとも、いと口惜(くちを)しと(おも)へり。姫宮(ひめみや)は、まして、 かしこには、ぎたまひぬるけはひを、とほくなるまでこゆるさきこゑごゑ、ただならずおぼえたまふ。こころまうけしつるひとびとも、いとくちをしとおもへり。ひめみやは、まして、
475.3.2497487 「なほ、(おと)()月草(つきくさ)(いろ)なる御心(みこころ)なりけり。ほのかに(ひと)()ふを()けば、(をとこ)といふものは、虚言(そらごと)をこそいとよくすなれ。(おも)はぬ(ひと)(おも)(がほ)にとりなす(こと)葉多(はおほ)かるものと、この人数(ひとかず)ならぬ(をんな)ばらの、昔物語(むかしものがたり)()ふを、さるなほなほしきなかにこそは、けしからぬ(こころ)あるもまじるらめ。 "なほ、おとつきくさいろなるみこころなりけり。ほのかにひとふをけば、をとこといふものは、そらごとをこそいとよくすなれ。おもはぬひとおもがほにとりなすことはおほかるものと、このひとかずならぬをんなばらの、むかしものがたりふを、さるなほなほしきなかにこそは、けしからぬこころあるもまじるらめ。
475.3.3498488 (なに)ごとも(すぢ)ことなる(きは)になりぬれば、(ひと)()(おも)ふことつつましく、所狭(ところせ)かるべきものと(おも)ひしは、さしもあるまじきわざなりけり。あだめきたまへるやうに、故宮(こみや)()(つた)へたまひて、かやうに気近(けぢか)きほどまでは、(おぼ)()らざりしものを。あやしきまで心深(こころぶか)げにのたまひわたり、(おも)ひの(ほか)()たてまつるにつけてさへ、()()さを(おも)()ふるが、あぢきなくもあるかな。 なにごともすぢことなるきはになりぬれば、ひとおもふことつつましく、ところせかるべきものとおもひしは、さしもあるまじきわざなりけり。あだめきたまへるやうに、こみやつたへたまひて、かやうにけぢかきほどまでは、おぼらざりしものを。あやしきまでこころぶかげにのたまひわたり、おもひのほかたてまつるにつけてさへ、さをおもふるが、あぢきなくもあるかな。
475.3.4499489 かく見劣(みおと)りする御心(みこころ)を、かつはかの中納言(ちうなごん)も、いかに(おも)ひたまふらむ。ここにもことに()づかしげなる(ひと)はうち()じらねど、おのおの(おも)ふらむが、人笑(ひとわら)へにをこがましきこと」 かくみおとりするみこころを、かつはかのちうなごんも、いかにおもひたまふらん。ここにもことにづかしげなるひとはうちじらねど、おのおのおもふらんが、ひとわらへにをこがましきこと。"
475.3.5500490 (おも)(みだ)れたまふに、心地(ここち)(たが)ひて、いと(なや)ましくおぼえたまふ。 おもみだれたまふに、ここちたがひて、いとなやましくおぼえたまふ。
475.3.6501491 正身(さうじみ)は、たまさかに対面(たいめん)したまふ(とき)(かぎ)りなく(ふか)きことを(たの)(ちぎ)りたまひつれば、「さりとも、こよなうは(おぼ)(かは)らじ」と、「おぼつかなきも、わりなき(さは)りこそは、ものしたまふらめ」と、(こころ)のうちに(おも)(なぐさ)めたまふかたあり。 さうじみは、たまさかにたいめんしたまふときかぎりなくふかきことをたのちぎりたまひつれば、"さりとも、こよなうはおぼかはらじ。"と、"おぼつかなきも、わりなきさはりこそは、ものしたまふらめ。"と、こころのうちにおもなぐさめたまふかたあり。
475.3.7502492 ほど()にけるが(おも)()れられたまはぬにしもあらぬに、なかなかにてうち()ぎたまひぬるを、つらくも口惜(くちを)しくも(おも)ほゆるに、いとどものあはれなり。(しの)びがたき()けしきなるを、 ほどにけるがおもれられたまはぬにしもあらぬに、なかなかにてうちぎたまひぬるを、つらくもくちをしくもおもほゆるに、いとどものあはれなり。しのびがたきけしきなるを、
475.3.8503493 (ひと)なみなみにもてなして、(れい)(ひと)めきたる()まひならば、かうやうに、もてなしたまふまじきを」 "ひとなみなみにもてなして、れいひとめきたるまひならば、かうやうに、もてなしたまふまじきを。"
475.3.9504494 など、姉宮(あねみや)は、いとどしくあはれと()たてまつりたまふ。 など、あねみやは、いとどしくあはれとたてまつりたまふ。
475.4505495第四段 大君の思い
475.4.1506496 (われ)()にながらへば、かうやうなること()つべきにこそはあめれ。中納言(ちうなごん)の、とざまかうざまに()ひありきたまふも、(ひと)(こころ)()むとなりけり。心一(こころひと)つにもて(はな)れて(おも)ふとも、こしらへやる(かぎ)りこそあれ。ある(ひと)のこりずまに、かかる(すぢ)のことをのみ、いかでと(おも)ひためれば、(こころ)より(ほか)に、つひにもてなされぬべかめり。これこそは、(かへ)(がへ)す、さる(こころ)して()()ぐせ、とのたまひおきしは、かかることもやあらむの(いさ)めなりけり。 "われにながらへば、かうやうなることつべきにこそはあめれ。ちうなごんの、とざまかうざまにひありきたまふも、ひとこころんとなりけり。こころひとつにもてはなれておもふとも、こしらへやるかぎりこそあれ。あるひとのこりずまに、かかるすぢのことをのみ、いかでとおもひためれば、こころよりほかに、つひにもてなされぬべかめり。これこそは、かへがへす、さるこころしてぐせ、とのたまひおきしは、かかることもやあらんのいさめなりけり。
475.4.2507497 さもこそは、()()どもにて、さるべき(ひと)にも(おく)れたてまつらめ。やうのものと人笑(ひとわら)へなることを()ふるありさまにて、()御影(みかげ)をさへ(なや)ましたてまつらむがいみじさなるを、(われ)だに、さるもの(おも)ひに(しづ)まず、(つみ)などいと(ふか)からぬさきに、いかで()くなりなむ」 さもこそは、どもにて、さるべきひとにもおくれたてまつらめ。やうのものとひとわらへなることをふるありさまにて、みかげをさへなやましたてまつらんがいみじさなるを、われだに、さるものおもひにしづまず、つみなどいとふかからぬさきに、いかでくなりなん。"
475.4.3508498 (おぼ)(しづ)むに、心地(ここち)もまことに(くる)しければ、(もの)もつゆばかり(まゐ)らず、ただ、()からむ(のち)のあらましごとを、()()(おも)(つづ)けたまふにも、心細(こころぼそ)くて、この(きみ)()たてまつりたまふも、いと心苦(こころぐる)しく、 おぼしづむに、ここちもまことにくるしければ、ものもつゆばかりまゐらず、ただ、からんのちのあらましごとを、おもつづけたまふにも、こころぼそくて、このきみたてまつりたまふも、いとこころぐるしく、
475.4.4509499 (われ)にさへ(おく)れたまひて、いかにいみじく(なぐさ)(かた)なからむ。あたらしくをかしきさまを、()()れの見物(みもの)にて、いかで(ひと)びとしくも()なしたてまつらむ、と(おも)(あつか)ふをこそ、人知(ひとし)れぬ()(さき)(たの)みにも(おも)ひつれ、(かぎ)りなき(ひと)にものしたまふとも、かばかり人笑(ひとわら)へなる()()てむ(ひと)の、()(なか)()ちまじり、(れい)(ひと)ざまにて()たまはむは、たぐひすくなく心憂(こころう)からむ」 "われにさへおくれたまひて、いかにいみじくなぐさかたなからん。あたらしくをかしきさまを、れのみものにて、いかでひとびとしくもなしたてまつらん、とおもあつかふをこそ、ひとしれぬさきたのみにもおもひつれ、かぎりなきひとにものしたまふとも、かばかりひとわらへなるてんひとの、なかちまじり、れいひとざまにてたまはんは、たぐひすくなくこころうからん。"
475.4.5510500 など(おぼ)(つづ)くるに、「いふかひもなく、この()にはいささか(おも)(なぐさ)(かた)なくて、()ぎぬべき()どもなりけり」と心細(こころぼそ)(おぼ)す。 などおぼつづくるに、"いふかひもなく、このにはいささかおもなぐさかたなくて、ぎぬべきどもなりけり。"とこころぼそおぼす。
475.5511501第五段 匂宮の禁足、薫の後悔
475.5.1512502 (みや)は、()(かへ)り、(れい)のやうに(しの)びてと()()ちたまひけるを、内裏(うち)に、 みやは、かへり、れいのやうにしのびてとちたまひけるを、うちに、
475.5.2513503 「かかる御忍(おほんしの)びごとにより、山里(やまざと)(おほん)ありきも、ゆくりかに(おぼ)()つなりけり。軽々(かろがろ)しき(おほん)ありさまと、世人(よひと)(した)にそしり(まう)すなり」 "かかるおほんしのびごとにより、やまざとおほんありきも、ゆくりかにおぼつなりけり。かろがろしきおほんありさまと、よひとしたにそしりまうすなり。"
475.5.3514504 と、衛門督(ゑもんのかみ)()らし(まう)したまひければ、中宮(ちうぐう)()こし()(なげ)き、主上(うへ)もいとど(ゆる)さぬ()けしきにて、 と、ゑもんのかみらしまうしたまひければ、ちうぐうこしなげき、うへもいとどゆるさぬけしきにて、
475.5.4515505 「おほかた(こころ)にまかせたまへる御里住(おほんさとず)みの()しきなり」 "おほかたこころにまかせたまへるおほんさとずみのしきなり。"
475.5.5516506 と、(きび)しきことども()()て、内裏(うち)につとさぶらはせたてまつりたまふ。(ひだり)大臣殿(おほいどの)(ろく)(きみ)を、うけひかず(おぼ)したることなれど、おしたちて(まゐ)らせたまふべく、皆定(みなさだ)めらる。 と、きびしきことどもて、うちにつとさぶらはせたてまつりたまふ。ひだりおほいどのろくきみを、うけひかずおぼしたることなれど、おしたちてまゐらせたまふべく、みなさだめらる。
475.5.6517507 中納言殿聞(ちうなごんどのき)きたまひて、あいなくものを(おも)ひありきたまふ。 ちうなごんどのききたまひて、あいなくものをおもひありきたまふ。
475.5.7518508 「わがあまり異様(ことやう)なるぞや。さるべき(ちぎ)りやありけむ。親王(みこ)のうしろめたしと(おぼ)したりしさまも、あはれに(わす)れがたく、この(きみ)たちの(おほん)ありさまけはひも、ことなることなくて()(おとろ)へたまはむことの、()しくもおぼゆるあまりに、(ひと)びとしくもてなさばやと、あやしきまでもて(あつか)はるるに、(みや)もあやにくにとりもちて()めたまひしかば、わが(おも)(かた)(こと)なるに、(ゆづ)らるるありさまもあいなくて、かくもてなしてしを。 "わがあまりことやうなるぞや。さるべきちぎりやありけん。みこのうしろめたしとおぼしたりしさまも、あはれにわすれがたく、このきみたちのおほんありさまけはひも、ことなることなくておとろへたまはんことの、しくもおぼゆるあまりに、ひとびとしくもてなさばやと、あやしきまでもてあつかはるるに、みやもあやにくにとりもちてめたまひしかば、わがおもかたことなるに、ゆづらるるありさまもあいなくて、かくもてなしてしを。
475.5.8519509 (おも)へば、(くや)しくもありけるかな。いづれもわがものにて()たてまつらむに、(とが)むべき(ひと)もなしかし」 おもへば、くやしくもありけるかな。いづれもわがものにてたてまつらんに、とがむべきひともなしかし。"
475.5.9520510 と、()(かへ)すものならねど、をこがましく、心一(こころひと)つに(おも)(みだ)れたまふ。 と、かへすものならねど、をこがましく、こころひとつにおもみだれたまふ。
475.5.10521511 (みや)は、まして、御心(みこころ)にかからぬ(をり)なく、(こひ)しくうしろめたしと(おぼ)す。 みやは、まして、みこころにかからぬをりなく、こひしくうしろめたしとおぼす。
475.5.11522512 御心(みこころ)につきて(おぼ)(ひと)あらば、ここに(まゐ)らせて、(れい)ざまにのどやかにもてなしたまへ。(すぢ)ことに(おも)ひきこえたまへるに、(かろ)びたるやうに(ひと)()こゆべかめるも、いとなむ口惜(くちを)しき」 "みこころにつきておぼひとあらば、ここにまゐらせて、れいざまにのどやかにもてなしたまへ。すぢことにおもひきこえたまへるに、かろびたるやうにひとこゆべかめるも、いとなんくちをしき。"
475.5.12523513 と、大宮(おほみや)()()()こえたまふ。 と、おほみやこえたまふ。
475.6524514第六段 時雨降る日、匂宮宇治の中の君を思う
475.6.1525515 時雨(しぐれ)いたくしてのどやかなる()女一(をんないち)(みや)御方(おほんかた)(まゐ)りたまひつれば、御前(おまへ)人多(ひとおほ)くもさぶらはず、しめやかに、御絵(おほんゑ)など御覧(ごらん)ずるほどなり。 しぐれいたくしてのどやかなるをんないちみやおほんかたまゐりたまひつれば、おまへひとおほくもさぶらはず、しめやかに、おほんゑなどごらんずるほどなり。
475.6.2526516 御几帳(みきちゃう)ばかり(へだ)てて、御物語聞(おほんものがたりき)こえたまふ。(かぎ)りもなくあてに気高(けだか)きものから、なよびかにをかしき(おほん)けはひを、(とし)ごろ(ふた)つなきものに(おも)ひきこえたまひて、 みきちゃうばかりへだてて、おほんものがたりきこえたまふ。かぎりもなくあてにけだかきものから、なよびかにをかしきおほんけはひを、としごろふたつなきものにおもひきこえたまひて、
475.6.3527517 「また、この(おほん)ありさまになずらふ人世(ひとよ)にありなむや。冷泉院(れいぜいゐん)姫宮(ひめみや)ばかりこそ、(おほん)おぼえのほど、うちうちの(おほん)けはひも(こころ)にくく()こゆれど、うち()でむ(かた)もなく(おぼ)しわたるに、かの山里人(やまざとびと)は、らうたげにあてなる(かた)の、(おと)りきこゆまじきぞかし」 "また、このおほんありさまになずらふひとよにありなんや。れいぜいゐんひめみやばかりこそ、おほんおぼえのほど、うちうちのおほんけはひもこころにくくこゆれど、うちでんかたもなくおぼしわたるに、かのやまざとびとは、らうたげにあてなるかたの、おとりきこゆまじきぞかし。"
475.6.4528518 など、まづ(おも)()づるに、いとど(こひ)しくて、(なぐさ)めに、御絵(おほんゑ)どものあまた()りたるを()たまへば、をかしげなる女絵(をんなゑ)どもの、(こひ)する(をとこ)()まひなど()きまぜ、山里(やまざと)のをかしき家居(いへゐ)など、心々(こころごころ)()のありさま()きたるを、よそへらるること(おほ)くて、御目(おほんめ)とまりたまへば、すこし()こえたまひて、「かしこへたてまつらむ」と(おぼ)す。 など、まづおもづるに、いとどこひしくて、なぐさめに、おほんゑどものあまたりたるをたまへば、をかしげなるをんなゑどもの、こひするをとこまひなどきまぜ、やまざとのをかしきいへゐなど、こころごころのありさまきたるを、よそへらるることおほくて、おほんめとまりたまへば、すこしこえたまひて、"かしこへたてまつらん。"とおぼす。
475.6.5529519 在五(ざいご)物語(ものがたり)()きて、(いもうと)琴教(きんをし)へたる(ところ)の、「(ひと)(むす)ばむ」と()ひたるを()て、いかが(おぼ)すらむ、すこし(ちか)(まゐ)()りたまひて、 ざいごものがたりきて、いもうときんをしへたるところの、"ひとむすばん。"とひたるをて、いかがおぼすらん、すこしちかまゐりたまひて、
475.6.6530520 「いにしへの(ひと)も、さるべきほどは、(へだ)てなくこそならはしてはべりけれ。いと疎々(うとうと)しくのみもてなさせたまふこそ」 "いにしへのひとも、さるべきほどは、へだてなくこそならはしてはべりけれ。いとうとうとしくのみもてなさせたまふこそ。"
475.6.7531521 と、(しの)びて()こえたまへば、「いかなる()にか」と(おぼ)すに、おし()()せて、御前(おまへ)にさし()れたまへるを、うつぶして御覧(ごらん)ずる御髪(みぐし)のうちなびきて、こぼれ()でたるかたそばばかり、ほのかに()たてまつりたまへる、()かずめでたく、「すこしももの(へだ)てたる(ひと)(おも)ひきこえましかば」と(おぼ)すに、(しの)びがたくて、 と、しのびてこえたまへば、"いかなるにか。"とおぼすに、おしせて、おまへにさしれたまへるを、うつぶしてごらんずるみぐしのうちなびきて、こぼれでたるかたそばばかり、ほのかにたてまつりたまへる、かずめでたく、"すこしもものへだてたるひとおもひきこえましかば。"とおぼすに、しのびがたくて、
475.6.8532522 若草(わかくさ)のね()むものとは(おも)はねど<BR/>むすぼほれたる心地(ここち)こそすれ」 "〔わかくさのねんものとはおもはねど<BR/>むすぼほれたるここちこそすれ〕
475.6.9533523 御前(おまへ)なる(ひと)びとは、この(みや)をばことに()ぢきこえて、もののうしろに(かく)れたり。「ことしもこそあれ、うたてあやし」と(おぼ)せば、ものものたまはず。ことわりにて、「うらなくものを」と()ひたる姫君(ひめぎみ)も、されて(にく)(おぼ)さる。 おまへなるひとびとは、このみやをばことにぢきこえて、もののうしろにかくれたり。"ことしもこそあれ、うたてあやし。"とおぼせば、ものものたまはず。ことわりにて、"うらなくものを。"とひたるひめぎみも、されてにくおぼさる。
475.6.10534524 (むらさき)(うへ)の、()()きてこの二所(ふたところ)をばならはしきこえたまひしかば、あまたの御中(おほんなか)に、(へだ)てなく(おも)()はしきこえたまへり。()になくかしづききこえたまひて、さぶらふ(ひと)びとも、かたほにすこし()かぬところあるは、はしたなげなり。やむごとなき(ひと)御女(おほんむすめ)などもいと(おほ)かり。 むらさきうへの、きてこのふたところをばならはしきこえたまひしかば、あまたのおほんなかに、へだてなくおもはしきこえたまへり。になくかしづききこえたまひて、さぶらふひとびとも、かたほにすこしかぬところあるは、はしたなげなり。やんごとなきひとおほんむすめなどもいとおほかり。
475.6.11535525 御心(みこころ)(うつ)ろひやすきは、めづらしき(ひと)びとに、はかなく(かた)らひつきなどしたまひつつ、かのわたりを(おぼ)(わす)るる(をり)なきものから、(おとづ)れたまはで()ごろ()ぬ。 みこころうつろひやすきは、めづらしきひとびとに、はかなくかたらひつきなどしたまひつつ、かのわたりをおぼわするるをりなきものから、おとづれたまはでごろぬ。
476536526第六章 大君の物語 大君の病気と薫の看護
476.1537527第一段 薫、大君の病気を知る
476.1.1538528 ()ちきこえたまふ(ところ)は、()間遠(まとほ)心地(ここち)して、「なほ、かくなめり」と、心細(こころぼそ)(なが)めたまふに、中納言(ちうなごん)おはしたり。(なや)ましげにしたまふと()きて、(おほん)とぶらひなりけり。いと心地惑(ここちまど)ふばかりの御悩(おほんなや)みにもあらねど、ことつけて、対面(たいめん)したまはず。 ちきこえたまふところは、まとほここちして、"なほ、かくなめり。"と、こころぼそながめたまふに、ちうなごんおはしたり。なやましげにしたまふときて、おほんとぶらひなりけり。いとここちまどふばかりのおほんなやみにもあらねど、ことつけて、たいめんしたまはず。
476.1.2539529 「おどろきながら、はるけきほどを(まゐ)()つるを。なほ、かの(なや)みたまふらむ(おほん)あたり(ちか)く」 "おどろきながら、はるけきほどをまゐつるを。なほ、かのなやみたまふらんおほんあたりちかく。"
476.1.3540530 と、(せち)におぼつかながりきこえたまへば、うちとけて()まひたまへる(かた)御簾(みす)(まへ)()れたてまつる。「いとかたはらいたきわざ」と(くる)しがりたまへど、けにくくはあらで、御頭(みぐし)もたげ、(おほん)いらへなど()こえたまふ。 と、せちにおぼつかながりきこえたまへば、うちとけてまひたまへるかたみすまへれたてまつる。"いとかたはらいたきわざ。"とくるしがりたまへど、けにくくはあらで、みぐしもたげ、おほんいらへなどこえたまふ。
476.1.4541531 (みや)の、御心(みこころ)もゆかでおはし()ぎにしありさまなど、(かた)りきこえたまひて、 みやの、みこころもゆかでおはしぎにしありさまなど、かたりきこえたまひて、
476.1.5542532 「のどかに(おぼ)せ。心焦(こころい)られして、な(うら)みきこえたまひそ」 "のどかにおぼせ。こころいられして、なうらみきこえたまひそ。"
476.1.6543533 など(をし)へきこえたまへば、 などをしへきこえたまへば、
476.1.7544534 「ここには、ともかくも()こえたまはざめり。()(ひと)御諌(おほんいさ)めはかかることにこそ、と()はべるばかりなむ、いとほしかりける」 "ここには、ともかくもこえたまはざめり。ひとおほんいさめはかかることにこそ、とはべるばかりなん、いとほしかりける。"
476.1.8545535 とて、()きたまふけしきなり。いと心苦(こころぐる)しく、(われ)さへ()づかしき心地(ここち)して、 とて、きたまふけしきなり。いとこころぐるしく、われさへづかしきここちして、
476.1.9546536 ()(なか)は、とてもかくても(ひと)つさまにて()ぐすこと()くなむはべるを。いかなることをも御覧(ごらん)()らぬ御心(みこころ)どもには、ひとへに(うら)めしなど(おぼ)すこともあらむを、しひて(おぼ)しのどめよ。うしろめたくはよにあらじとなむ(おも)ひはべる」 "なかは、とてもかくてもひとつさまにてぐすことくなんはべるを。いかなることをもごらんらぬみこころどもには、ひとへにうらめしなどおぼすこともあらんを、しひておぼしのどめよ。うしろめたくはよにあらじとなんおもひはべる。"
476.1.10547537 など、(ひと)御上(おほんうへ)をさへ(あつか)ふも、かつはあやしくおぼゆ。 など、ひとおほんうへをさへあつかふも、かつはあやしくおぼゆ。
476.1.11548538 夜々(よるよる)は、ましていと(くる)しげにしたまひければ、(うと)(ひと)(おほん)けはひの(ちか)きも、(なか)(みや)(くる)しげに(おぼ)したれば、 よるよるは、ましていとくるしげにしたまひければ、うとひとおほんけはひのちかきも、なかみやくるしげにおぼしたれば、
476.1.12549539 「なほ、(れい)の、あなたに」 "なほ、れいの、あなたに。"
476.1.13550540 (ひと)びと()こゆれど、 ひとびとこゆれど、
476.1.14551541 「まして、かくわづらひたまふほどのおぼつかなさを。(おも)ひのままに(まゐ)()て、()だし(はな)ちたまへれば、いとわりなくなむ。かかる(をり)御扱(おほんあつか)ひも、()れかははかばかしく(つか)うまつる」 "まして、かくわづらひたまふほどのおぼつかなさを。おもひのままにまゐて、だしはなちたまへれば、いとわりなくなん。かかるをりおほんあつかひも、れかははかばかしくつかうまつる。"
476.1.15552542 など、(べん)のおもとに(かた)らひたまひて、御修法(みすほふ)ども(はじ)むべきことのたまふ。「いと見苦(みぐる)しく、ことさらにも(いと)はしき()を」と()きたまへど、(おも)(くま)なくのたまはむもうたてあれば、さすがに、ながらへよと(おも)ひたまへる(こころ)ばへもあはれなり。 など、べんのおもとにかたらひたまひて、みすほふどもはじむべきことのたまふ。"いとみぐるしく、ことさらにもいとはしきを。"ときたまへど、おもくまなくのたまはんもうたてあれば、さすがに、ながらへよとおもひたまへるこころばへもあはれなり。
476.2553543第二段 大君、匂宮と六の君の婚約を知る
476.2.1554544 またの(あした)に、「すこしもよろしく(おぼ)さるや。昨日(きのふ)ばかりにてだに()こえさせむ」とあれば、 またのあしたに、"すこしもよろしくおぼさるや。きのふばかりにてだにこえさせん。"とあれば、
476.2.2555545 ()ごろ()ればにや、今日(けふ)はいと(くる)しくなむ。さらば、こなたに」 "ごろればにや、けふはいとくるしくなん。さらば、こなたに。"
476.2.3556546 ()()だしたまへり。いとあはれに、いかにものしたまふべきにかあらむ、ありしよりはなつかしき()けしきなるも、(むね)つぶれておぼゆれば、(ちか)()りて、よろづのことを()こえたまひて、 だしたまへり。いとあはれに、いかにものしたまふべきにかあらん、ありしよりはなつかしきけしきなるも、むねつぶれておぼゆれば、ちかりて、よろづのことをこえたまひて、
476.2.4557547 (くる)しくてえ()こえず。すこしためらはむほどに」 "くるしくてえこえず。すこしためらはんほどに。"
476.2.5558548 とて、いとかすかにあはれなるけはひを、(かぎ)りなく心苦(こころぐる)しくて(なげ)きゐたまへり。さすがに、つれづれとかくておはしがたければ、いとうしろめたけれど、(かへ)りたまふ。 とて、いとかすかにあはれなるけはひを、かぎりなくこころぐるしくてなげきゐたまへり。さすがに、つれづれとかくておはしがたければ、いとうしろめたけれど、かへりたまふ。
476.2.6559549 「かかる御住(おほんす)まひは、なほ(くる)しかりけり。(ところ)さりたまふにことよせて、さるべき(ところ)(うつ)ろはしたてまつらむ」 "かかるおほんすまひは、なほくるしかりけり。ところさりたまふにことよせて、さるべきところうつろはしたてまつらん。"
476.2.7560550 など()こえおきて、阿闍梨(あざり)にも、御祈(おほんいの)(こころ)()るべくのたまひ()らせて、()でたまひぬ。 などこえおきて、あざりにも、おほんいのこころるべくのたまひらせて、でたまひぬ。
476.2.8561551 この(きみ)御供(おほんとも)なる(ひと)の、いつしかと、ここなる(わか)(ひと)(かた)らひ()りたるなりけり。おのがじしの物語(ものがたり)に、 このきみおほんともなるひとの、いつしかと、ここなるわかひとかたらひりたるなりけり。おのがじしのものがたりに、
476.2.9562552 「かの(みや)の、御忍(おほんしの)びありき(せい)せられたまひて、内裏(うち)にのみ()もりおはします。(ひだり)大殿(おほいどの)(きみ)を、あはせたてまつりたまへるなる。女方(をんながた)は、(とし)ごろの御本意(おほんほい)なれば、(おぼ)しとどこほることなくて、(とし)のうちにありぬべかなり。 "かのみやの、おほんしのびありきせいせられたまひて、うちにのみもりおはします。ひだりおほいどのきみを、あはせたてまつりたまへるなる。をんながたは、としごろのおほんほいなれば、おぼしとどこほることなくて、としのうちにありぬべかなり。
476.2.10563553 (みや)はしぶしぶに(おぼ)して、内裏(うち)わたりにも、ただ()きがましきことに御心(みこころ)()れて、帝后(みかどきさき)御戒(おほんいまし)めに(しづ)まりたまふべくもあらざめり。 みやはしぶしぶにおぼして、うちわたりにも、ただきがましきことにみこころれて、みかどきさきおほんいましめにしづまりたまふべくもあらざめり。
476.2.11564554 わが殿(との)こそ、なほあやしく(ひと)()たまはず、あまりまめにおはしまして、(ひと)にはもて(なや)まれたまへ。ここにかく(わた)りたまふのみなむ、()もあやに、おぼろけならぬこと、と人申(ひとまう)す」 わがとのこそ、なほあやしくひとたまはず、あまりまめにおはしまして、ひとにはもてなやまれたまへ。ここにかくわたりたまふのみなん、もあやに、おぼろけならぬこと、とひとまうす。"
476.2.12565555 など(かた)りけるを、「さこそ()ひつれ」など、(ひと)びとの(なか)にて(かた)るを()きたまふに、いとど(むね)ふたがりて、 などかたりけるを、"さこそひつれ。"など、ひとびとのなかにてかたるをきたまふに、いとどむねふたがりて、
476.2.13566556 (いま)(かぎ)りにこそあなれ。やむごとなき(かた)(さだ)まりたまはぬ、なほざりの(おほん)すさびに、かくまで(おぼ)しけむを、さすがに中納言(ちうなごん)などの(おも)はむところを(おぼ)して、(こと)()(かぎ)(ふか)きなりけり」 "いまかぎりにこそあなれ。やんごとなきかたさだまりたまはぬ、なほざりのおほんすさびに、かくまでおぼしけんを、さすがにちうなごんなどのおもはんところをおぼして、ことかぎふかきなりけり。"
476.2.14567557 (おも)ひなしたまふに、ともかくも(ひと)(おほん)つらさは(おも)()らず、いとど()()(どころ)のなき心地(ここち)して、しをれ()したまへり。 おもひなしたまふに、ともかくもひとおほんつらさはおもらず、いとどどころのなきここちして、しをれしたまへり。
476.2.15568558 (よわ)御心地(みここち)は、いとど()()ちとまるべくもおぼえず。()づかしげなる(ひと)びとにはあらねど、(おも)ふらむところの(くる)しければ、()かぬやうにて()たまへるを、(なか)(きみ)、もの(おも)(とき)のわざと()きし、うたた()(おほん)さまのいとらうたげにて、(うで)(まくら)にて()たまへるに、御髪(みぐし)のたまりたるほどなど、ありがたくうつくしげなるを()やりつつ、(おや)(いさ)めし(こと)()も、かへすがへす(おも)()でられたまひて(かな)しければ、 よわみここちは、いとどちとまるべくもおぼえず。づかしげなるひとびとにはあらねど、おもふらんところのくるしければ、かぬやうにてたまへるを、なかきみ、ものおもときのわざときし、うたたおほんさまのいとらうたげにて、うでまくらにてたまへるに、みぐしのたまりたるほどなど、ありがたくうつくしげなるをやりつつ、おやいさめしことも、かへすがへすおもでられたまひてかなしければ、
476.2.16569559 罪深(つみふか)かなる(そこ)には、よも(しづ)みたまはじ。いづこにもいづこにも、おはすらむ(かた)(むか)へたまひてよ。かくいみじくもの(おも)()どもをうち()てたまひて、(ゆめ)にだに()えたまはぬよ」 "つみふかかなるそこには、よもしづみたまはじ。いづこにもいづこにも、おはすらんかたむかへたまひてよ。かくいみじくものおもどもをうちてたまひて、ゆめにだにえたまはぬよ。"
476.2.17570560 (おも)(つづ)けたまふ。 おもつづけたまふ。
476.3571561第三段 中の君、昼寝の夢から覚める
476.3.1572562 夕暮(ゆふぐれ)(そら)のけしきいとすごくしぐれて、()下吹(したふ)(はら)(かぜ)(おと)などに、たとへむ(かた)なく、()方行(かたゆ)先思(さきおも)(つづ)けられて、()()したまへるさま、あてに(かぎ)りなく()えたまふ。 ゆふぐれそらのけしきいとすごくしぐれて、したふはらかぜおとなどに、たとへんかたなく、かたゆさきおもつづけられて、したまへるさま、あてにかぎりなくえたまふ。
476.3.2573563 (しろ)御衣(おほんぞ)に、(かみ)(けづ)ることもしたまはでほど()ぬれど、まよふ(すぢ)なくうちやられて、()ごろにすこし(あを)みたまへるしも、なまめかしさまさりて、(なが)()だしたまへるまみ、(ひたひ)つきのほども、見知(みし)らむ(ひと)()せまほし。 しろおほんぞに、かみけづることもしたまはでほどぬれど、まよふすぢなくうちやられて、ごろにすこしあをみたまへるしも、なまめかしさまさりて、ながだしたまへるまみ、ひたひつきのほども、みしらんひとせまほし。
476.3.3574564 昼寝(ひるね)(きみ)(かぜ)のいと(あら)きに(おどろ)かされて()()がりたまへり。山吹(やまぶき)薄色(うすいろ)などはなやかなる(いろ)あひに、御顔(おほんかほ)はことさらに()(にほ)はしたらむやうに、いとをかしくはなばなとして、いささかもの(おも)ふべきさまもしたまへらず。 ひるねきみかぜのいとあらきにおどろかされてがりたまへり。やまぶきうすいろなどはなやかなるいろあひに、おほんかほはことさらににほはしたらんやうに、いとをかしくはなばなとして、いささかものおもふべきさまもしたまへらず。
476.3.4575565 故宮(こみや)(ゆめ)()えたまひつる、いともの(おぼ)したるけしきにて、このわたりにこそ、ほのめきたまひつれ」 "こみやゆめえたまひつる、いとものおぼしたるけしきにて、このわたりにこそ、ほのめきたまひつれ。"
476.3.5576566 (かた)りたまへば、いとどしく(かな)しさ()ひて、 かたりたまへば、いとどしくかなしさひて、
476.3.6577567 ()せたまひて(のち)、いかで(ゆめ)にも()たてまつらむと(おも)ふを、さらにこそ、()たてまつらね」 "せたまひてのち、いかでゆめにもたてまつらんとおもふを、さらにこそ、たてまつらね。"
476.3.7578568 とて、二所(ふたところ)ながらいみじく()きたまふ。 とて、ふたところながらいみじくきたまふ。
476.3.8579569 「このころ()()(おも)()でたてまつれば、ほのめきもやおはすらむ。いかで、おはすらむ(ところ)(たづ)(まゐ)らむ。罪深(つみふか)げなる()どもにて」 "このころおもでたてまつれば、ほのめきもやおはすらん。いかで、おはすらんところたづまゐらん。つみふかげなるどもにて。"
476.3.9580570 と、(のち)()をさへ(おも)ひやりたまふ。(ひと)(くに)にありけむ(かう)(けぶり)ぞ、いと()まほしく(おぼ)さるる。 と、のちをさへおもひやりたまふ。ひとくににありけんかうけぶりぞ、いとまほしくおぼさるる。
476.4581571第四段 十月の晦、匂宮から手紙が届く
476.4.1582572 いと(くら)くなるほどに、(みや)より御使(おほんつかひ)あり。(をり)は、すこしもの(おも)(なぐさ)みぬべし。御方(おほんかた)はとみにも()たまはず。 いとくらくなるほどに、みやよりおほんつかひあり。をりは、すこしものおもなぐさみぬべし。おほんかたはとみにもたまはず。
476.4.2583573 「なほ、(こころ)うつくしくおいらかなるさまに()こえたまへ。かくてはかなくもなりはべりなば、これより名残(なごり)なき(かた)にもてなしきこゆる(ひと)もや()()む、とうしろめたきを。まれにも、この(ひと)(おも)()できこえたまはむに、さやうなるあるまじき(こころ)つかふ(ひと)は、えあらじと(おも)へば、つらきながらなむ(たの)まれはべる」 "なほ、こころうつくしくおいらかなるさまにこえたまへ。かくてはかなくもなりはべりなば、これよりなごりなきかたにもてなしきこゆるひともやん、とうしろめたきを。まれにも、このひとおもできこえたまはんに、さやうなるあるまじきこころつかふひとは、えあらじとおもへば、つらきながらなんたのまれはべる。"
476.4.3584574 ()こえたまへば、 こえたまへば、
476.4.4585575 (おく)らさむと(おぼ)しけるこそ、いみじくはべれ」 "おくらさんとおぼしけるこそ、いみじくはべれ。"
476.4.5586576 と、いよいよ(かほ)()()れたまふ。 と、いよいよかほれたまふ。
476.4.6587577 (かぎ)りあれば、片時(かたとき)もとまらじと(おも)ひしかど、ながらふるわざなりけり、と(おも)ひはべるぞや。明日知(あすし)らぬ()の、さすがに(なげ)かしきも、()がため()しき(いのち)にかは」 "かぎりあれば、かたときもとまらじとおもひしかど、ながらふるわざなりけり、とおもひはべるぞや。あすしらぬの、さすがになげかしきも、がためしきいのちにかは。"
476.4.7588578 とて、大殿油参(おほとなぶらまゐ)らせて()たまふ。 とて、おほとなぶらまゐらせてたまふ。
476.4.8589579 (れい)の、こまやかに()きたまひて、 れいの、こまやかにきたまひて、
476.4.9590580 (なが)むるは(おな)雲居(くもゐ)をいかなれば<BR/>おぼつかなさを()ふる時雨(しぐれ)ぞ」 "〔ながむるはおなくもゐをいかなれば<BR/>おぼつかなさをふるしぐれぞ〕
476.4.10591581 「かく(そで)ひつる」などいふこともやありけむ、耳馴(みみな)れにたるを、なほあらじことと()るにつけても、(うら)めしさまさりたまふ。さばかり()にありがたき(おほん)ありさま容貌(かたち)を、いとど、いかで(ひと)にめでられむと、(この)ましく(えん)にもてなしたまへれば、(わか)(ひと)心寄(こころよ)せたてまつりたまはむ、ことわりなり。 "かくそでひつる。"などいふこともやありけん、みみなれにたるを、なほあらじこととるにつけても、うらめしさまさりたまふ。さばかりにありがたきおほんありさまかたちを、いとど、いかでひとにめでられんと、このましくえんにもてなしたまへれば、わかひとこころよせたてまつりたまはん、ことわりなり。
476.4.11592582 ほど()るにつけても(こひ)しく、「さばかり所狭(ところせ)きまで(ちぎ)りおきたまひしを、さりとも、いとかくてはやまじ」と(おも)(なほ)(こころ)ぞ、(つね)()ひける。御返(おほんかへ)り、「今宵参(こよひまゐ)りなむ」と()こゆれば、これかれそそのかしきこゆれば、ただ一言(ひとこと)なむ、 ほどるにつけてもこひしく、"さばかりところせきまでちぎりおきたまひしを、さりとも、いとかくてはやまじ。"とおもなほこころぞ、つねひける。おほんかへり、"こよひまゐりなん。"とこゆれば、これかれそそのかしきこゆれば、ただひとことなん、
476.4.12593583 霰降(あられふ)深山(みやま)(さと)朝夕(あさゆふ)に<BR/>(なが)むる(そら)もかきくらしつつ」 "〔あられふみやまさとあさゆふに<BR/>ながむるそらもかきくらしつつ〕
476.4.13594584 かく()ふは、神無月(かんなづき)晦日(つごもり)なりけり。「(つき)(へだ)たりぬるよ」と、(みや)静心(しづこころ)なく(おぼ)されて、「今宵(こよひ)今宵(こよひ)」と(おぼ)しつつ、(さは)(おほ)みなるほどに、五節(ごせち)などとく()()たる(とし)にて、内裏(うち)わたり(いま)めかしく(まぎ)れがちにて、わざともなけれど()ぐいたまふほどに、あさましく()(どほ)なり。はかなく(ひと)()たまふにつけても、さるは御心(みこころ)(はな)るる(をり)なし。(ひだり)大殿(おほいどの)のわたりのこと、大宮(おほみや)も、 かくふは、かんなづきつごもりなりけり。"つきへだたりぬるよ。"と、みやしづこころなくおぼされて、"こよひこよひ。"とおぼしつつ、さはおほみなるほどに、ごせちなどとくたるとしにて、うちわたりいまめかしくまぎれがちにて、わざともなけれどぐいたまふほどに、あさましくどほなり。はかなくひとたまふにつけても、さるはみこころはなるるをりなし。ひだりおほいどののわたりのこと、おほみやも、
476.4.14595585 「なほ、さるのどやかなる御後見(おほんうしろみ)をまうけたまひて、そのほかに(たづ)ねまほしく(おぼ)さるる(ひと)あらば、(まゐ)らせて、重々(おもおも)しくもてなしたまへ」 "なほ、さるのどやかなるおほんうしろみをまうけたまひて、そのほかにたづねまほしくおぼさるるひとあらば、まゐらせて、おもおもしくもてなしたまへ。"
476.4.15596586 ()こえたまへど、 こえたまへど、
476.4.16597587 「しばし。さ(おも)うたまふるやうなむ」 "しばし。さおもうたまふるやうなん。"
476.4.17598588 ()こえいなびたまひて、「まことにつらき()はいかでか()せむ」など(おぼ)御心(みこころ)()りたまはねば、月日(つきひ)()へてものをのみ(おぼ)す。 こえいなびたまひて、"まことにつらきはいかでかせん。"などおぼみこころりたまはねば、つきひへてものをのみおぼす。
476.5599589第五段 薫、大君を見舞う
476.5.1600590 中納言(ちうなごん)も、「()しほどよりは(かろ)びたる御心(みこころ)かな。さりとも」と(おも)ひきこえけるも、いとほしく、(こころ)からおぼえつつ、をさをさ(まゐ)りたまはず。 ちうなごんも、"しほどよりはかろびたるみこころかな。さりとも。"とおもひきこえけるも、いとほしく、こころからおぼえつつ、をさをさまゐりたまはず。
476.5.2601591 山里(やまざと)には、「いかに、いかに」と、(とぶ)らひきこえたまふ。「この(つき)となりては、すこしよろしくおはす」と()きたまひけるに、公私(おほやけわたくし)もの(さわ)がしきころにて、()六日(ろくにち)(ひと)もたてまつれたまはぬに、「いかならむ」と、うちおどろかれたまひて、わりなきことのしげさをうち()てて()でたまふ。 やまざとには、"いかに、いかに。"と、とぶらひきこえたまふ。"このつきとなりては、すこしよろしくおはす。"ときたまひけるに、おほやけわたくしものさわがしきころにて、ろくにちひともたてまつれたまはぬに、"いかならん。"と、うちおどろかれたまひて、わりなきことのしげさをうちててでたまふ。
476.5.3602592 修法(すほふ)はおこたり()てたまふまで」とのたまひおきけるを、よろしくなりにけりとて、阿闍梨(あざり)をも(かへ)したまひければ、いと(ひと)ずくなにて、(れい)の、()人出(びとい)()て、(おほん)ありさま()こゆ。 "すほふはおこたりてたまふまで。"とのたまひおきけるを、よろしくなりにけりとて、あざりをもかへしたまひければ、いとひとずくなにて、れいの、びといて、おほんありさまこゆ。
476.5.4603593 「そこはかと(いた)きところもなく、おどろおどろしからぬ御悩(おほんなや)みに、ものをなむさらに()こしめさぬ。もとより、(ひと)()たまはず、あえかにおはしますうちに、この(みや)(おほん)こと()()にしのち、いとどもの(おぼ)したるさまにて、はかなき(おほん)くだものをだに御覧(ごらん)()れざりし()もりにや、あさましく(よわ)くなりたまひて、さらに(たの)むべくも()えたまはず。よに心憂(こころう)くはべりける()(いのち)(なが)さにて、かかることを()たてまつれば、まづいかで先立(さきだ)ちきこえむと(おも)ひたまへ()りはべり」 "そこはかといたきところもなく、おどろおどろしからぬおほんなやみに、ものをなんさらにこしめさぬ。もとより、ひとたまはず、あえかにおはしますうちに、このみやおほんことにしのち、いとどものおぼしたるさまにて、はかなきおほんくだものをだにごらんれざりしもりにや、あさましくよわくなりたまひて、さらにたのむべくもえたまはず。よにこころうくはべりけるいのちながさにて、かかることをたてまつれば、まづいかでさきだちきこえんとおもひたまへりはべり。"
476.5.5604594 と、()ひもやらず()くさま、ことわりなり。 と、ひもやらずくさま、ことわりなり。
476.5.6605595 心憂(こころう)く、などか、かくとも()げたまはざりける。(ゐん)にも内裏(うち)にも、あさましく(こと)しげきころにて、()ごろもえ()こえざりつるおぼつかなさ」 "こころうく、などか、かくともげたまはざりける。ゐんにもうちにも、あさましくことしげきころにて、ごろもえこえざりつるおぼつかなさ。"
476.5.7606596 とて、ありし(かた)()りたまふ。御枕上近(おほんまくらがみちか)くてもの()こえたまへど、御声(おほんこゑ)もなきやうにて、えいらへたまはず。 とて、ありしかたりたまふ。おほんまくらがみちかくてものこえたまへど、おほんこゑもなきやうにて、えいらへたまはず。
476.5.8607597 「かく(おも)くなりたまふまで、(たれ)(たれ)()げたまはざりけるが、つらくも。(おも)ふにかひなきこと」 "かくおもくなりたまふまで、たれたれげたまはざりけるが、つらくも。おもふにかひなきこと。"
476.5.9608598 (うら)みて、(れい)阿闍梨(あざり)、おほかた()(しるし)ありと()こゆる(ひと)(かぎ)り、あまた(さう)じたまふ。御修法(みすほふ)読経(どきゃう)()くる()より(はじ)めさせたまはむとて、殿人(とのびと)あまた(まゐ)(つど)ひ、上下(かみしも)人立(ひとた)(さわ)ぎたれば、心細(こころぼそ)さの名残(なごり)なく(たの)もしげなり。 うらみて、れいあざり、おほかたしるしありとこゆるひとかぎり、あまたさうじたまふ。みすほふどきゃうくるよりはじめさせたまはんとて、とのびとあまたまゐつどひ、かみしもひとたさわぎたれば、こころぼそさのなごりなくたのもしげなり。
476.6609599第六段 薫、大君を看護する
476.6.1610600 ()れぬれば、「(れい)の、あなたに」と()こえて、御湯漬(おほんゆづ)けなど(まゐ)らむとすれど、「(ちか)くてだに()たてまつらむ」とて、(みなみ)(ひさし)(そう)()なれば、東面(ひんがしおもて)(いま)すこし気近(けぢか)(かた)に、屏風(びゃうぶ)など()てさせて()りゐたまふ。 れぬれば、"れいの、あなたに。"とこえて、おほんゆづけなどまゐらんとすれど、"ちかくてだにたてまつらん。"とて、みなみひさしそうなれば、ひんがしおもていますこしけぢかかたに、びゃうぶなどてさせてりゐたまふ。
476.6.2611601 (なか)(みや)(くる)しと(おぼ)したれど、この御仲(おほんなか)を、「なほ、もてはなれたまはぬなりけり」と皆思(みなおも)ひて、(うと)くもえもてなし(へだ)てず。初夜(そや)よりはじめて、法華経(ほけきゃう)不断(ふだん)()ませたまふ。声尊(こゑたふと)(かぎ)十二人(じふににん)して、いと(たふと)し。 なかみやくるしとおぼしたれど、このおほんなかを、"なほ、もてはなれたまはぬなりけり。"とみなおもひて、うとくもえもてなしへだてず。そやよりはじめて、ほけきゃうふだんませたまふ。こゑたふとかぎじふににんして、いとたふとし。
476.6.3612602 ()はこなたの(みなみ)()にともして、(うち)(くら)きに、几帳(きちゃう)をひき()げて、すこしすべり()りて()たてまつりたまへば、老人(おいびと)ども()三人(さんにん)ぞさぶらふ。(なか)(みや)は、ふと(かく)れたまひぬれば、いと人少(ひとずく)なに、心細(こころぼそ)くて()したまへるを、 はこなたのみなみにともして、うちくらきに、きちゃうをひきげて、すこしすべりりてたてまつりたまへば、おいびとどもさんにんぞさぶらふ。なかみやは、ふとかくれたまひぬれば、いとひとずくなに、こころぼそくてしたまへるを、
476.6.4613603 「などか、御声(おほんこゑ)をだに()かせたまはぬ」 "などか、おほんこゑをだにかせたまはぬ。"
476.6.5614604 とて、御手(みて)(とら)へておどろかしきこえたまへば、 とて、みてとらへておどろかしきこえたまへば、
476.6.6615605 心地(ここち)には(おも)ひながら、もの()ふがいと(くる)しくてなむ。()ごろおとづれたまはざりつれば、おぼつかなくて()ぎはべりぬべきにやと、口惜(くちを)しくこそはべりつれ」 "ここちにはおもひながら、ものふがいとくるしくてなん。ごろおとづれたまはざりつれば、おぼつかなくてぎはべりぬべきにやと、くちをしくこそはべりつれ。"
476.6.7616606 と、(いき)(した)にのたまふ。 と、いきしたにのたまふ。
476.6.8617607 「かく()たれたてまつるほどまで(まゐ)()ざりけること」 "かくたれたてまつるほどまでまゐざりけること。"
476.6.9618608 とて、さくりもよよと()きたまふ。()ぐしなど、すこし(あつ)くぞおはしける。 とて、さくりもよよときたまふ。ぐしなど、すこしあつくぞおはしける。
476.6.10619609 (なに)(つみ)なる御心地(みここち)にか。(ひと)(なげ)()ふこそ、かくあむなれ」 "なにつみなるみここちにか。ひとなげふこそ、かくあんなれ。"
476.6.11620610 と、御耳(おほんみみ)にさし()てて、ものを(おほ)()こえたまへば、うるさうも()づかしうもおぼえて、(かほ)をふたぎたまへるを、むなしく()なしていかなる心地(ここち)せむ、と(むね)もひしげておぼゆ。 と、おほんみみにさしてて、ものをおほこえたまへば、うるさうもづかしうもおぼえて、かほをふたぎたまへるを、むなしくなしていかなるここちせん、とむねもひしげておぼゆ。
476.6.12621611 ()ごろ()たてまつりたまひつらむ御心地(みここち)も、やすからず(おぼ)されつらむ。今宵(こよひ)だに、(こころ)やすくうち(やす)ませたまへ。宿直人(とのゐびと)さぶらふべし」 "ごろたてまつりたまひつらんみここちも、やすからずおぼされつらん。こよひだに、こころやすくうちやすませたまへ。とのゐびとさぶらふべし。"
476.6.13622612 ()こえたまへば、うしろめたけれど、「さるやうこそは」と(おぼ)して、すこししぞきたまへり。 こえたまへば、うしろめたけれど、"さるやうこそは。"とおぼして、すこししぞきたまへり。
476.6.14623613 直面(ひたおもて)にはあらねど、はひ()りつつ()たてまつりたまへば、いと(くる)しく()づかしけれど、「かかるべき(ちぎ)りこそはありけめ」と(おぼ)して、こよなうのどかにうしろやすき御心(みこころ)を、かの(かた)(かた)(ひと)見比(みくら)べたてまつりたまへば、あはれとも(おも)()られにたり。 ひたおもてにはあらねど、はひりつつたてまつりたまへば、いとくるしくづかしけれど、"かかるべきちぎりこそはありけめ。"とおぼして、こよなうのどかにうしろやすきみこころを、かのかたかたひとみくらべたてまつりたまへば、あはれともおもられにたり。
476.6.15624614 「むなしくなりなむ(のち)(おも)(いで)にも、(こころ)ごはく、(おも)(くま)なからじ」とつつみたまひて、はしたなくもえおし(はな)ちたまはず。()もすがら、(ひと)をそそのかして、御湯(おほんゆ)など(まゐ)らせたてまつりたまへど、つゆばかり(まゐ)るけしきもなし。「いみじのわざや。いかにしてかは、かけとどむべき」と、()はむかたなく(おも)ひゐたまへり。 "むなしくなりなんのちおもいでにも、こころごはく、おもくまなからじ。"とつつみたまひて、はしたなくもえおしはなちたまはず。もすがら、ひとをそそのかして、おほんゆなどまゐらせたてまつりたまへど、つゆばかりまゐるけしきもなし。"いみじのわざや。いかにしてかは、かけとどむべき。"と、はんかたなくおもひゐたまへり。
476.7625615第七段 阿闍梨、八の宮の夢を語る
476.7.1626616 不断経(ふだんきゃう)の、暁方(あかつきがた)のゐ()はりたる(こゑ)のいと(たふと)きに、阿闍梨(あざり)夜居(よゐ)にさぶらひて(ねぶ)りたる、うちおどろきて陀羅尼読(だらによ)む。()いかれにたれど、いと(くう)づきて(たの)もしう()こゆ。 ふだんきゃうの、あかつきがたのゐはりたるこゑのいとたふときに、あざりよゐにさぶらひてねぶりたる、うちおどろきてだらによむ。いかれにたれど、いとくうづきてたのもしうこゆ。
476.7.2627617 「いかが今宵(こよひ)はおはしましつらむ」 "いかがこよひはおはしましつらん。"
476.7.3628618 など()こゆるついでに、故宮(こみや)(おほん)ことなど(まう)()でて、(はな)しばしばうちかみて、 などこゆるついでに、こみやおほんことなどまうでて、はなしばしばうちかみて、
476.7.4629619 「いかなる(ところ)におはしますらむ。さりとも、(すず)しき(かた)にぞ、と(おも)ひやりたてまつるを、(さい)つころの(ゆめ)になむ()えおはしましし。 "いかなるところにおはしますらん。さりとも、すずしきかたにぞ、とおもひやりたてまつるを、さいつころのゆめになんえおはしましし。
476.7.5630620 (ぞく)(おほん)かたちにて、『()(なか)(ふか)(いと)(はな)れしかば、(こころ)とまることなかりしを、いささかうち(おも)ひしことに(みだ)れてなむ、ただしばし(ねが)ひの(ところ)(へだ)たれるを(おも)ふなむ、いと(くや)しき。すすむるわざせよ』と、いとさだかに(おほ)せられしを、たちまちに(つか)うまつるべきことのおぼえはべらねば、()へたるにしたがひて、(おこな)ひしはべる法師(ほふし)ばら()六人(ろくにん)して、なにがしの念仏(ねんぶつ)なむ(つか)うまつらせはべる。 ぞくおほんかたちにて、'なかふかいとはなれしかば、こころとまることなかりしを、いささかうちおもひしことにみだれてなん、ただしばしねがひのところへだたれるをおもふなん、いとくやしき。すすむるわざせよ。'と、いとさだかにおほせられしを、たちまちにつかうまつるべきことのおぼえはべらねば、へたるにしたがひて、おこなひしはべるほふしばらろくにんして、なにがしのねんぶつなんつかうまつらせはべる。
476.7.6631621 さては、(おも)ひたまへ()たることはべりて、常不軽(じゃうふきゃう)をなむつかせはべる」 さては、おもひたまへたることはべりて、じゃうふきゃうをなんつかせはべる。"
476.7.7632623 など(まう)すに、(きみ)もいみじう()きたまふ。かの()にさへ(さまた)げきこゆらむ(つみ)のほどを、(くる)しき御心地(みここち)にも、いとど()()りぬばかりおぼえたまふ。 などまうすに、きみもいみじうきたまふ。かのにさへさまたげきこゆらんつみのほどを、くるしきみここちにも、いとどりぬばかりおぼえたまふ。
476.7.8633624 「いかで、かのまだ(さだ)まりたまはざらむさきに()でて、(おな)(ところ)にも」 "いかで、かのまださだまりたまはざらんさきにでて、おなところにも。"
476.7.9634625 と、()()したまへり。 と、したまへり。
476.7.10635626 阿闍梨(あざり)言少(ことすく)なにて()ちぬ。この常不軽(じゃうふきゃう)、そのわたりの里々(さとざと)(きゃう)までありきけるを、(あかつき)(あらし)にわびて、阿闍梨(あざり)のさぶらふあたりを(たづ)ねて、中門(ちうもん)のもとにゐて、いと(たふと)くつく。回向(ゑかう)(すゑ)(かた)(こころ)ばへいとあはれなり。客人(まらうと)もこなたにすすみたる御心(みこころ)にて、あはれ(しの)ばれたまはず。 あざりことすくなにてちぬ。このじゃうふきゃう、そのわたりのさとざときゃうまでありきけるを、あかつきあらしにわびて、あざりのさぶらふあたりをたづねて、ちうもんのもとにゐて、いとたふとくつく。ゑかうすゑかたこころばへいとあはれなり。まらうともこなたにすすみたるみこころにて、あはれしのばれたまはず。
476.7.11636627 (なか)(みや)(せち)におぼつかなくて、(おく)(かた)なる几帳(きちゃう)のうしろに()りたまへるけはひを()きたまひて、あざやかにゐなほりたまひて、 なかみやせちにおぼつかなくて、おくかたなるきちゃうのうしろにりたまへるけはひをきたまひて、あざやかにゐなほりたまひて、
476.7.12637628 不軽(ふきゃう)(こゑ)はいかが()かせたまひつらむ。重々(おもおも)しき(みち)には(おこな)はぬことなれど、(たふと)くこそはべりけれ」とて、 "ふきゃうこゑはいかがかせたまひつらん。おもおもしきみちにはおこなはぬことなれど、たふとくこそはべりけれ。"とて、
476.7.13638629 (しも)さゆる(みぎは)千鳥(ちどり)うちわびて<BR/>()音悲(ねかな)しき(あさ)ぼらけかな」 "〔しもさゆるみぎはちどりうちわびて<BR/>ねかなしきあさぼらけかな〕
476.7.14639630 言葉(ことば)のやうに()こえたまふ。つれなき(ひと)(おほん)けはひにも(かよ)ひて、(おも)ひよそへらるれど、いらへにくくて、(べん)してぞ()こえたまふ。 ことばのやうにこえたまふ。つれなきひとおほんけはひにもかよひて、おもひよそへらるれど、いらへにくくて、べんしてぞこえたまふ。
476.7.15640631 (あかつき)(しも)うち(はら)()千鳥(ちどり)<BR/>もの(おも)(ひと)(こころ)をや()る」 "〔あかつきしもうちはらちどり<BR/>ものおもひとこころをやる〕
476.7.16641632 ()つかはしからぬ御代(おほんかは)りなれど、ゆゑなからず()こえなす。かやうのはかなしごとも、つつましげなるものから、なつかしうかひあるさまにとりなしたまふものを、「(いま)はとて(わか)れなば、いかなる心地(ここち)せむ」と(まど)ひたまふ。 つかはしからぬおほんかはりなれど、ゆゑなからずこえなす。かやうのはかなしごとも、つつましげなるものから、なつかしうかひあるさまにとりなしたまふものを、"いまはとてわかれなば、いかなるここちせん。"とまどひたまふ。
476.8642633第八段 豊明の夜、薫と大君、京を思う
476.8.1643634 (みや)(ゆめ)()えたまひけむさま(おぼ)しあはするに、「かう心苦(こころぐる)しき(おほん)ありさまどもを、天翔(あまかけ)りてもいかに()たまふらむ」と()(はか)られて、おはしましし御寺(みてら)にも、御誦経(みずきゃう)せさせたまふ。所々(ところどころ)(いの)りの使出(つかひい)だしたてさせたまひ、(おほやけ)にも(わたくし)にも、御暇(おほんいとま)のよし(まう)したまひて、祭祓(まつりはらへ)、よろづにいたらぬことなくしたまへど、ものの(つみ)めきたる御病(おほんやまひ)にもあらざりければ、(なに)(しるし)()えず。 みやゆめえたまひけんさまおぼしあはするに、"かうこころぐるしきおほんありさまどもを、あまかけりてもいかにたまふらん。"とはかられて、おはしまししみてらにも、みずきゃうせさせたまふ。ところどころいのりのつかひいだしたてさせたまひ、おほやけにもわたくしにも、おほんいとまのよしまうしたまひて、まつりはらへ、よろづにいたらぬことなくしたまへど、もののつみめきたるおほんやまひにもあらざりければ、なにしるしえず。
476.8.2644635 みづからも、(たひ)らかにあらむとも、(ほとけ)をも(ねん)じたまはばこそあらめ、 みづからも、たひらかにあらんとも、ほとけをもねんじたまはばこそあらめ、
476.8.3645636 「なほ、かかるついでにいかで()せなむ。この(きみ)のかく()ひて、(のこ)りなくなりぬるを、(いま)はもて(はな)れむかたなし。さりとて、かうおろかならず()ゆめる(こころ)ばへの、見劣(みおと)りして、(われ)(ひと)()えむが、(こころ)やすからず()かるべきこと。もし(いのち)しひてとまらば、(やまひ)にことつけて、(かたち)をも()へてむ。さてのみこそ、(なが)(こころ)をもかたみに見果(みは)つべきわざなれ」 "なほ、かかるついでにいかでせなん。このきみのかくひて、のこりなくなりぬるを、いまはもてはなれんかたなし。さりとて、かうおろかならずゆめるこころばへの、みおとりして、われひとえんが、こころやすからずかるべきこと。もしいのちしひてとまらば、やまひにことつけて、かたちをもへてん。さてのみこそ、ながこころをもかたみにみはつべきわざなれ。"
476.8.4646637 (おも)ひしみたまひて、 おもひしみたまひて、
476.8.5647638 「とあるにても、かかるにても、いかでこの(おも)ふことしてむ」と(おぼ)すを、さまでさかしきことはえうち()でたまはで、(なか)(みや)に、 "とあるにても、かかるにても、いかでこのおもふことしてん。"とおぼすを、さまでさかしきことはえうちでたまはで、なかみやに、
476.8.6648639 心地(ここち)のいよいよ(たの)もしげなくおぼゆるを、()むことなむ、いとしるしありて命延(いのちの)ぶることと()きしを、さやうに阿闍梨(あざり)にのたまへ」 "ここちのいよいよたのもしげなくおぼゆるを、むことなん、いとしるしありていのちのぶることときしを、さやうにあざりにのたまへ。"
476.8.7649640 ()こえたまへば、皆泣(みなな)(さわ)ぎて、 こえたまへば、みななさわぎて、
476.8.8650641 「いとあるまじき(おほん)ことなり。かくばかり(おぼ)(まど)ふめる中納言殿(ちうなごんどの)も、いかがあへなきやうに(おも)ひきこえたまはむ」 "いとあるまじきおほんことなり。かくばかりおぼまどふめるちうなごんどのも、いかがあへなきやうにおもひきこえたまはん。"
476.8.9651642 と、()げなきことに(おも)ひて、(たの)もし(びと)にも(まう)しつがねば、口惜(くちを)しう(おぼ)す。 と、げなきことにおもひて、たのもしびとにもまうしつがねば、くちをしうおぼす。
476.8.10652643 かく()もりゐたまひつれば、()きつぎつつ、御訪(おほんとぶ)らひにふりはへものしたまふ(ひと)もあり。おろかに(おぼ)されぬこと、と()たまへば、殿人(とのびと)(した)しき家司(けいし)などは、おのおのよろづの御祈(おほんいの)りをせさせ、(なげ)ききこゆ。 かくもりゐたまひつれば、きつぎつつ、おほんとぶらひにふりはへものしたまふひともあり。おろかにおぼされぬこと、とたまへば、とのびとしたしきけいしなどは、おのおのよろづのおほんいのりをせさせ、なげききこゆ。
476.8.11653644 豊明(とよのあかり)今日(けふ)ぞかしと、京思(きゃうおも)ひやりたまふ。(かぜ)いたう()きて、(ゆき)()るさまあわたたしう()れまどふ。「(みやこ)にはいとかうしもあらじかし」と、(ひと)やりならず心細(こころぼそ)うて、「(うと)くてやみぬべきにや」と(おも)(ちぎ)りはつらけれど、(うら)むべうもあらず。なつかしうらうたげなる(おほん)もてなしを、ただしばしにても(れい)になして、「(おも)ひつることどもも(かた)らはばや」と(おも)(つづ)けて(なが)めたまふ。(ひかり)もなくて()()てぬ。 とよのあかりけふぞかしと、きゃうおもひやりたまふ。かぜいたうきて、ゆきるさまあわたたしうれまどふ。"みやこにはいとかうしもあらじかし。"と、ひとやりならずこころぼそうて、"うとくてやみぬべきにや。"とおもちぎりはつらけれど、うらむべうもあらず。なつかしうらうたげなるおほんもてなしを、ただしばしにてもれいになして、"おもひつることどももかたらはばや。"とおもつづけてながめたまふ。ひかりもなくててぬ。
476.8.12654645 「かき(くも)()かげも()えぬ奥山(おくやま)に<BR/>(こころ)をくらすころにもあるかな」 "〔かきくもかげもえぬおくやまに<BR/>こころをくらすころにもあるかな〕
476.9655646第九段 薫、大君に寄り添う
476.9.1656647 ただ、かくておはするを(たの)みに、皆思(みなおも)ひきこえたり。(れい)の、(ちか)(かた)にゐたまへるに、御几帳(みきちゃう)などを、(かぜ)のあらはに()きなせば、(なか)(みや)(おく)()りたまふ。見苦(みぐる)しげなる(ひと)びとも、かかやき(かく)れぬるほどに、いと(ちか)()りて、 ただ、かくておはするをたのみに、みなおもひきこえたり。れいの、ちかかたにゐたまへるに、みきちゃうなどを、かぜのあらはにきなせば、なかみやおくりたまふ。みぐるしげなるひとびとも、かかやきかくれぬるほどに、いとちかりて、
476.9.2657648 「いかが(おぼ)さるる。心地(ここち)(おも)(のこ)すことなく、(ねん)じきこゆるかひなく、御声(おほんこゑ)をだに()かずなりにたれば、いとこそわびしけれ。(おく)らかしたまはば、いみじうつらからむ」 "いかがおぼさるる。ここちおものこすことなく、ねんじきこゆるかひなく、おほんこゑをだにかずなりにたれば、いとこそわびしけれ。おくらかしたまはば、いみじうつらからん。"
476.9.3658649 と、()()()こえたまふ。ものおぼえずなりにたるさまなれど、(かほ)はいとよく(かく)したまへり。 と、こえたまふ。ものおぼえずなりにたるさまなれど、かほはいとよくかくしたまへり。
476.9.4659650 「よろしき(ひま)あらば、()こえまほしきこともはべれど、ただ()()るやうにのみなりゆくは、口惜(くちを)しきわざにこそ」 "よろしきひまあらば、こえまほしきこともはべれど、ただるやうにのみなりゆくは、くちをしきわざにこそ。"
476.9.5660651 と、いとあはれと(おも)ひたまへるけしきなるに、いよいよせきとどめがたくて、ゆゆしう、かく心細(こころぼそ)げに(おも)ふとは()えじと、つつみたまへど、(こゑ)()しまれず。 と、いとあはれとおもひたまへるけしきなるに、いよいよせきとどめがたくて、ゆゆしう、かくこころぼそげにおもふとはえじと、つつみたまへど、こゑしまれず。
476.9.6661652 「いかなる(ちぎ)りにて、(かぎ)りなく(おも)ひきこえながら、つらきこと(おほ)くて(わか)れたてまつるべきにか。(すこ)()きさまをだに()せたまはばなむ、(おも)()ますふしにもせむ」 "いかなるちぎりにて、かぎりなくおもひきこえながら、つらきことおほくてわかれたてまつるべきにか。すこきさまをだにせたまはばなん、おもますふしにもせん。"
476.9.7662653 とまもれど、いよいよあはれげにあたらしく、をかしき(おほん)ありさまのみ()ゆ。 とまもれど、いよいよあはれげにあたらしく、をかしきおほんありさまのみゆ。
476.9.8663654 (かひな)などもいと(ほそ)うなりて、(かげ)のやうに(よわ)げなるものから、(いろ)あひも(かは)らず、(しろ)ううつくしげになよなよとして、(しろ)御衣(おほんぞ)どものなよびかなるに、(ふすま)()しやりて、(なか)()もなき(ひひな)()せたらむ心地(ここち)して、御髪(みぐし)はいとこちたうもあらぬほどにうちやられたる、(まくら)より()ちたる(きは)の、つやつやとめでたうをかしげなるも、「いかになりたまひなむとするぞ」と、あるべきものにもあらざめりと()るが、()しきことたぐひなし。 かひななどもいとほそうなりて、かげのやうによわげなるものから、いろあひもかはらず、しろううつくしげになよなよとして、しろおほんぞどものなよびかなるに、ふすましやりて、なかもなきひひなせたらんここちして、みぐしはいとこちたうもあらぬほどにうちやられたる、まくらよりちたるきはの、つやつやとめでたうをかしげなるも、"いかになりたまひなんとするぞ。"と、あるべきものにもあらざめりとるが、しきことたぐひなし。
476.9.9664655 ここら(ひさ)しく(なや)みて、ひきもつくろはぬけはひの、(こころ)とけず()づかしげに、(かぎ)りなうもてなしさまよふ(ひと)にも(おほ)うまさりて、こまかに()るままに、(たましひ)(しづ)まらむ(かた)なし。 ここらひさしくなやみて、ひきもつくろはぬけはひの、こころとけずづかしげに、かぎりなうもてなしさまよふひとにもおほうまさりて、こまかにるままに、たましひしづまらんかたなし。
477665656第七章 大君の物語 大君の死と薫の悲嘆
477.1666657第一段 大君、もの隠れゆくように死す
477.1.1667658 「つひにうち()てたまひなば、()にしばしもとまるべきにもあらず。(いのち)もし(かぎ)りありてとまるべうとも、(ふか)(やま)にさすらへなむとす。ただ、いと心苦(こころぐる)しうて、とまりたまはむ(おほん)ことをなむ(おも)ひきこゆる」 "つひにうちてたまひなば、にしばしもとまるべきにもあらず。いのちもしかぎりありてとまるべうとも、ふかやまにさすらへなんとす。ただ、いとこころぐるしうて、とまりたまはんおほんことをなんおもひきこゆる。"
477.1.2668659 と、いらへさせたてまつらむとて、かの(おほん)ことをかけたまへば、顔隠(かほかく)したまへる御袖(おほんそで)(すこ)しひき(なほ)して、 と、いらへさせたてまつらんとて、かのおほんことをかけたまへば、かほかくしたまへるおほんそですこしひきなほして、
477.1.3669660 「かく、はかなかりけるものを、(おも)(くま)なきやうに(おぼ)されたりつるもかひなければ、このとまりたまはむ(ひと)を、(おな)じこと(おも)ひきこえたまへと、ほのめかしきこえしに、(たが)へたまはざらましかば、うしろやすからましと、これのみなむ(うら)めしきふしにて、とまりぬべうおぼえはべる」 "かく、はかなかりけるものを、おもくまなきやうにおぼされたりつるもかひなければ、このとまりたまはんひとを、おなじことおもひきこえたまへと、ほのめかしきこえしに、たがへたまはざらましかば、うしろやすからましと、これのみなんうらめしきふしにて、とまりぬべうおぼえはべる。"
477.1.4670661 とのたまへば、 とのたまへば、
477.1.5671662 「かくいみじう、もの(おも)ふべき()にやありけむ。いかにも、いかにも、(こと)ざまにこの()(おも)ひかかづらふ(かた)のはべらざりつれば、(おほん)おもむけに(したが)ひきこえずなりにし。(いま)なむ、(くや)しく心苦(こころぐる)しうもおぼゆる。されども、うしろめたくな(おも)ひきこえたまひそ」 "かくいみじう、ものおもふべきにやありけん。いかにも、いかにも、ことざまにこのおもひかかづらふかたのはべらざりつれば、おほんおもむけにしたがひきこえずなりにし。いまなん、くやしくこころぐるしうもおぼゆる。されども、うしろめたくなおもひきこえたまひそ。"
477.1.6672663 などこしらへて、いと(くる)しげにしたまへば、修法(すほふ)阿闍梨(あざり)ども()()れさせ、さまざまに(げん)ある(かぎ)りして、加持参(かぢまゐ)らせさせたまふ。(われ)(ほとけ)(ねん)ぜさせたまふこと、(かぎ)りなし。 などこしらへて、いとくるしげにしたまへば、すほふあざりどもれさせ、さまざまにげんあるかぎりして、かぢまゐらせさせたまふ。われほとけねんぜさせたまふこと、かぎりなし。
477.1.7673664 ()(なか)をことさらに(いと)(はな)れね、と(すす)めたまふ(ほとけ)などの、いとかくいみじきものは(おも)はせたまふにやあらむ。()るままにもの(かく)れゆくやうにて、()()てたまひぬるは、いみじきわざかな」 "なかをことさらにいとはなれね、とすすめたまふほとけなどの、いとかくいみじきものはおもはせたまふにやあらん。るままにものかくれゆくやうにて、てたまひぬるは、いみじきわざかな。"
477.1.8674665 ()きとどむべき(かた)なく、足摺(あしず)りもしつべく、(ひと)のかたくなしと()むこともおぼえず。(かぎ)りと()たてまつりたまひて、(なか)(みや)の、(おく)れじと(おも)(まど)ひたまふさまもことわりなり。あるにもあらず()えたまふを、(れい)の、さかしき(をんな)ばら、「(いま)は、いとゆゆしきこと」と、()()けたてまつる。 きとどむべきかたなく、あしずりもしつべく、ひとのかたくなしとんこともおぼえず。かぎりとたてまつりたまひて、なかみやの、おくれじとおもまどひたまふさまもことわりなり。あるにもあらずえたまふを、れいの、さかしきをんなばら、"いまは、いとゆゆしきこと。"と、けたてまつる。
477.2675666第二段 大君の火葬と薫の忌籠もり
477.2.1676667 中納言(ちうなごん)(きみ)は、さりとも、いとかかることあらじ、(ゆめ)か、と(おぼ)して、御殿油(おほとなぶら)(ちか)うかかげて()たてまつりたまふに、(かく)したまふ(かほ)も、ただ()たまへるやうにて、()はりたまへるところもなく、うつくしげにてうち()したまへるを、「かくながら、(むし)(から)のやうにても()るわざならましかば」と、(おも)(まど)はる。 ちうなごんきみは、さりとも、いとかかることあらじ、ゆめか、とおぼして、おほとなぶらちかうかかげてたてまつりたまふに、かくしたまふかほも、ただたまへるやうにて、はりたまへるところもなく、うつくしげにてうちしたまへるを、"かくながら、むしからのやうにてもるわざならましかば。"と、おもまどはる。
477.2.2677669 (いま)はの(こと)どもするに、御髪(みぐし)をかきやるに、さとうち(にほ)ひたる、ただありしながらの(にほ)ひに、なつかしう(かう)ばしきも、 いまはのことどもするに、みぐしをかきやるに、さとうちにほひたる、ただありしながらのにほひに、なつかしうかうばしきも、
477.2.3678670 「ありがたう、(なに)ごとにてこの(ひと)を、すこしもなのめなりしと(おも)ひさまさむ。まことに()(なか)(おも)()()つるしるべならば、(おそ)ろしげに()きことの、(かな)しさも()めぬべきふしをだに()つけさせたまへ」 "ありがたう、なにごとにてこのひとを、すこしもなのめなりしとおもひさまさん。まことになかおもつるしるべならば、おそろしげにきことの、かなしさもめぬべきふしをだにつけさせたまへ。"
477.2.4679671 (ほとけ)(ねん)じたまへど、いとど(おも)ひのどめむ(かた)なくのみあれば、()ふかひなくて、「ひたぶるに(けぶり)にだになし()ててむ」と(おも)ほして、とかく(れい)作法(さほふ)どもするぞ、あさましかりける。 ほとけねんじたまへど、いとどおもひのどめんかたなくのみあれば、ふかひなくて、"ひたぶるにけぶりにだになしててん。"とおもほして、とかくれいさほふどもするぞ、あさましかりける。
477.2.5680672 (そら)(あゆ)むやうにただよひつつ、(かぎ)りのありさまさへはかなげにて、(けぶり)(おほ)くむすぼほれたまはずなりぬるもあへなしと、あきれて(かへ)りたまひぬ。 そらあゆむやうにただよひつつ、かぎりのありさまさへはかなげにて、けぶりおほくむすぼほれたまはずなりぬるもあへなしと、あきれてかへりたまひぬ。
477.2.6681673 御忌(おほんいみ)()もれる人数多(ひとかずおほ)くて、心細(こころぼそ)さはすこし(まぎ)れぬべけれど、(なか)(みや)は、(ひと)見思(みおも)はむことも()づかしき()心憂(こころう)さを(おも)(しづ)みたまひて、また()(ひと)()えたまふ。 おほんいみもれるひとかずおほくて、こころぼそさはすこしまぎれぬべけれど、なかみやは、ひとみおもはんこともづかしきこころうさをおもしづみたまひて、またひとえたまふ。
477.2.7682674 (みや)よりも御弔(おほんとぶ)らひいとしげくたてまつれたまふ。(おも)はずにつくづくと(おも)ひきこえたまへりしけしきも、(おぼ)(なほ)らでやみぬるを(おぼ)すに、いと()(ひと)(おほん)ゆかりなり。 みやよりもおほんとぶらひいとしげくたてまつれたまふ。おもはずにつくづくとおもひきこえたまへりしけしきも、おぼなほらでやみぬるをおぼすに、いとひとおほんゆかりなり。
477.2.8683675 中納言(ちうなごん)、かく()のいと心憂(こころう)くおぼゆるついでに、本意遂(ほいと)げむと(おぼ)さるれど、三条(さんでう)(みや)(おぼ)されむことに(はばか)り、この(きみ)(おほん)ことの心苦(こころぐる)しさとに(おも)(みだ)れて、 ちうなごん、かくのいとこころうくおぼゆるついでに、ほいとげんとおぼさるれど、さんでうみやおぼされんことにはばかり、このきみおほんことのこころぐるしさとにおもみだれて、
477.2.9684676 「かののたまひしやうにて、形見(かたみ)にも()るべかりけるものを。(した)(こころ)は、()()けたまへりとも、(うつ)ろふべくもおぼえ(たま)へざりしを、かうもの(おも)はせたてまつるよりは、ただうち(かた)らひて、()きせぬ(なぐさ)めにも()たてまつり(かよ)はましものを」 "かののたまひしやうにて、かたみにもるべかりけるものを。したこころは、けたまへりとも、うつろふべくもおぼえたまへざりしを、かうものおもはせたてまつるよりは、ただうちかたらひて、きせぬなぐさめにもたてまつりかよはましものを。"
477.2.10685677 など(おぼ)す。 などおぼす。
477.2.11686678 かりそめに(きゃう)にも()でたまはず、かき()え、(なぐさ)(かた)なくて()もりおはするを、世人(よひと)も、おろかならず(おも)ひたまへること、と見聞(みき)きて、内裏(うち)よりはじめたてまつりて、御弔(おほんとぶら)(おほ)かり。 かりそめにきゃうにもでたまはず、かきえ、なぐさかたなくてもりおはするを、よひとも、おろかならずおもひたまへること、とみききて、うちよりはじめたてまつりて、おほんとぶらおほかり。
477.3687679第三段 七日毎の法事と薫の悲嘆
477.3.1688680 はかなくて()ごろは()ぎゆく。七日七日(なぬかなぬか)(こと)ども、いと(たふと)くせさせたまひつつ、おろかならず(けう)じたまへど、(かぎ)りあれば、御衣(おほんぞ)(いろ)(かは)らぬを、かの御方(おほんかた)心寄(こころよ)せわきたりし(ひと)びとの、いと(くろ)着替(きか)へたるを、ほの()たまふも、 はかなくてごろはぎゆく。なぬかなぬかことども、いとたふとくせさせたまひつつ、おろかならずけうじたまへど、かぎりあれば、おほんぞいろかはらぬを、かのおほんかたこころよせわきたりしひとびとの、いとくろきかへたるを、ほのたまふも、
477.3.2689681 「くれなゐに()つる(なみだ)もかひなきは<BR/>形見(かたみ)(いろ)()めぬなりけり」 "〔くれなゐにつるなみだもかひなきは<BR/>かたみいろめぬなりけり〕
477.3.3690682 (ゆる)(いろ)氷解(こほりと)けぬかと()ゆるを、いとど()らし()へつつ(なが)めたまふさま、いとなまめかしくきよげなり。(ひと)びと(のぞ)きつつ()たてまつりて、 ゆるいろこほりとけぬかとゆるを、いとどらしへつつながめたまふさま、いとなまめかしくきよげなり。ひとびとのぞきつつたてまつりて、
477.3.4691683 ()ふかひなき(おほん)ことをばさるものにて、この殿(との)のかくならひたてまつりて、(いま)はとよそに(おも)ひきこえむこそ、あたらしく口惜(くちを)しけれ」 "ふかひなきおほんことをばさるものにて、このとののかくならひたてまつりて、いまはとよそにおもひきこえんこそ、あたらしくくちをしけれ。"
477.3.5692684 (おも)ひの(ほか)なる御宿世(おほんすくせ)にもおはしけるかな。かく(ふか)御心(みこころ)のほどを、かたがたに(そむ)かせたまへるよ」 "おもひのほかなるおほんすくせにもおはしけるかな。かくふかみこころのほどを、かたがたにそむかせたまへるよ。"
477.3.6693685 ()きあへり。 きあへり。
477.3.7694686 この御方(おほんかた)には、 このおほんかたには、
477.3.8695687 (むかし)御形見(おほんかたみ)に、(いま)(なに)ごとも()こえ、(うけたまは)らむとなむ(おも)ひたまふる。疎々(うとうと)しく(おぼ)(へだ)つな」 "むかしおほんかたみに、いまなにごともこえ、うけたまはらんとなんおもひたまふる。うとうとしくおぼへだつな。"
477.3.9696688 ()こえたまへど、「よろづのこと()()なりけり」と、もののみつつましくて、まだ対面(たいめん)してものなど()こえたまはず。 こえたまへど、"よろづのことなりけり。"と、もののみつつましくて、まだたいめんしてものなどこえたまはず。
477.3.10697689 「この(きみ)は、けざやかなるかたに、いますこし()めき、気高(けだか)くおはするものから、なつかしく(にほ)ひある(こころ)ざまぞ、(おと)りたまへりける」 "このきみは、けざやかなるかたに、いますこしめき、けだかくおはするものから、なつかしくにほひあるこころざまぞ、おとりたまへりける。"
477.3.11698690 と、(こと)()れておぼゆ。 と、ことれておぼゆ。
477.4699691第四段 雪の降る日、薫、大君を思う
477.4.1700692 (ゆき)のかきくらし()()終日(ひねもす)にながめ()らして、()(ひと)のすさまじきことに()ふなる師走(しはす)月夜(つきよ)の、(くも)りなくさし()でたるを、簾巻(すだれま)()げて()たまへば、()かひの(てら)(かね)(こゑ)(まくら)をそばだてて、今日(けふ)()れぬと、かすかなる(ひびき)()きて、 ゆきのかきくらしひねもすにながめらして、ひとのすさまじきことにふなるしはすつきよの、くもりなくさしでたるを、すだれまげてたまへば、かひのてらかねこゑまくらをそばだてて、けふれぬと、かすかなるひびききて、
477.4.2701693 「おくれじと(そら)ゆく(つき)(した)ふかな<BR/>つひに()むべきこの()ならねば」 "〔おくれじとそらゆくつきしたふかな<BR/>つひにむべきこのならねば〕
477.4.3702695 (かぜ)のいと(はげ)しければ、蔀下(しとみお)ろさせたまふに、四方(よも)(やま)(かがみ)()ゆる(みぎは)(こほり)月影(つきかげ)にいとおもしろし。「(きゃう)(いへ)(かぎ)りなくと(みが)くも、えかうはあらぬはや」とおぼゆ。「わづかに()()でてものしたまはましかば、もろともに()こえまし」と(おも)ひつづくるぞ、(むね)よりあまる心地(ここち)する。 かぜのいとはげしければ、しとみおろさせたまふに、よもやまかがみゆるみぎはこほりつきかげにいとおもしろし。"きゃういへかぎりなくとみがくも、えかうはあらぬはや。"とおぼゆ。"わづかにでてものしたまはましかば、もろともにこえまし。"とおもひつづくるぞ、むねよりあまるここちする。
477.4.4703696 ()ひわびて()ぬる(くすり)のゆかしきに<BR/>(ゆき)(やま)にや(あと)()なまし」 "〔ひわびてぬるくすりのゆかしきに<BR/>ゆきやまにやあとなまし〕
477.4.5704697 (なか)ばなる偈教(げをし)へむ(おに)もがな、ことつけて()()げむ」と(おぼ)すぞ、(こころ)ぎたなき聖心(ひじりごころ)なりける。 "なかばなるげをしへんおにもがな、ことつけてげん。"とおぼすぞ、こころぎたなきひじりごころなりける。
477.4.6705698 (ひと)びと(ちか)()()でたまひて、物語(ものがたり)などせさせたまふけはひなどの、いとあらまほしくのどやかに心深(こころふか)きを、()たてまつる(ひと)びと、(わか)きは、(こころ)にしめてめでたしと(おも)ひたてまつる。()いたるは、ただ口惜(くちを)しくいみじきことを、いとど(おも)ふ。 ひとびとちかでたまひて、ものがたりなどせさせたまふけはひなどの、いとあらまほしくのどやかにこころふかきを、たてまつるひとびと、わかきは、こころにしめてめでたしとおもひたてまつる。いたるは、ただくちをしくいみじきことを、いとどおもふ。
477.4.7706699 御心地(みここち)(おも)くならせたまひしことも、ただこの(みや)(おほん)ことを、(おも)はずに()たてまつりたまひて、人笑(ひとわら)へにいみじと(おぼ)すめりしを、さすがにかの御方(おほんかた)には、かく(おも)ふと()られたてまつらじと、ただ御心一(みこころひと)つに()(うら)みたまふめりしほどに、はかなき(おほん)くだものをも()こしめし()れず、ただ(よわ)りになむ(よわ)らせたまふめりし。 "みここちおもくならせたまひしことも、ただこのみやおほんことを、おもはずにたてまつりたまひて、ひとわらへにいみじとおぼすめりしを、さすがにかのおほんかたには、かくおもふとられたてまつらじと、ただみこころひとつにうらみたまふめりしほどに、はかなきおほんくだものをもこしめしれず、ただよわりになんよわらせたまふめりし。
477.4.8707700 (うは)べには、(なに)ばかりことことしくもの(ふか)げにももてなさせたまはで、(した)御心(みこころ)(かぎ)りなく、何事(なにごと)(おぼ)すめりしに、故宮(こみや)御戒(おほんいまし)めにさへ(たが)ひぬることと、あいなう(ひと)御上(おほんうへ)(おぼ)(なや)みそめしなり」 うはべには、なにばかりことことしくものふかげにももてなさせたまはで、したみこころかぎりなく、なにごとおぼすめりしに、こみやおほんいましめにさへたがひぬることと、あいなうひとおほんうへおぼなやみそめしなり。"
477.4.9708701 ()こえて、折々(をりをり)のたまひしことなど(かた)()でつつ、(たれ)(たれ)()(まど)ふこと()きせず。 こえて、をりをりのたまひしことなどかたでつつ、たれたれまどふこときせず。
477.5709702第五段 匂宮、雪の中、宇治へ弔問
477.5.1710703 「わが(こころ)から、あぢきなきことを(おも)はせたてまつりけむこと」と()(かへ)さまほしく、なべての()もつらきに、念誦(ねんず)をいとどあはれにしたまひて、まどろむほどなく()かしたまふに、まだ夜深(よぶか)きほどの(ゆき)のけはひ、いと(さむ)げなるに、(ひと)びと(こゑ)あまたして、(むま)音聞(おとき)こゆ。 "わがこころから、あぢきなきことをおもはせたてまつりけんこと。"とかへさまほしく、なべてのもつらきに、ねんずをいとどあはれにしたまひて、まどろむほどなくかしたまふに、まだよぶかきほどのゆきのけはひ、いとさむげなるに、ひとびとこゑあまたして、むまおときこゆ。
477.5.2711704 何人(なにびと)かは、かかるさ夜中(よなか)(ゆき)()くべき」 "なにびとかは、かかるさよなかゆきくべき。"
477.5.3712705 と、大徳(だいとこ)たちも(おどろ)(おも)へるに、(みや)(かり)御衣(おほんぞ)にいたうやつれて、()()()りたまへるなりけり。うちたたきたまふさま、さななり、と()きたまひて、中納言(ちうなごん)は、(かく)ろへたる(かた)()りたまひて、(しの)びておはす。御忌(おほんいみ)日数残(ひかずのこ)りたりけれど、(こころ)もとなく(おぼ)しわびて、夜一夜(よひとよ)(ゆき)(まど)はされてぞおはしましける。 と、だいとこたちもおどろおもへるに、みやかりおほんぞにいたうやつれて、りたまへるなりけり。うちたたきたまふさま、さななり、ときたまひて、ちうなごんは、かくろへたるかたりたまひて、しのびておはす。おほんいみひかずのこりたりけれど、こころもとなくおぼしわびて、よひとよゆきまどはされてぞおはしましける。
477.5.4713706 ()ごろのつらさも(まぎ)れぬべきほどなれど、対面(たいめん)したまふべき心地(ここち)もせず、(おぼ)(なげ)きたるさまの()づかしかりしを、やがて見直(みなほ)されたまはずなりにしも、(いま)より(のち)御心改(みこころあらた)まらむは、かひなかるべく(おも)ひしみてものしたまへば、(たれ)(たれ)もいみじうことわりを()こえ()らせつつ、物越(ものご)しにてぞ、()ごろのおこたり()きせずのたまふを、つくづくと()きゐたまへる。 ごろのつらさもまぎれぬべきほどなれど、たいめんしたまふべきここちもせず、おぼなげきたるさまのづかしかりしを、やがてみなほされたまはずなりにしも、いまよりのちみこころあらたまらんは、かひなかるべくおもひしみてものしたまへば、たれたれもいみじうことわりをこえらせつつ、ものごしにてぞ、ごろのおこたりきせずのたまふを、つくづくときゐたまへる。
477.5.5714707 これもいとあるかなきかにて、「(おく)れたまふまじきにや」と()こゆる(おほん)けはひの心苦(こころぐる)しさを、「うしろめたういみじ」と、(みや)(おぼ)したり。 これもいとあるかなきかにて、"おくれたまふまじきにや。"とこゆるおほんけはひのこころぐるしさを、"うしろめたういみじ。"と、みやおぼしたり。
477.5.6715708 今日(けふ)は、御身(おほんみ)()てて、(とま)りたまひぬ。「物越(ものご)しならで」といたくわびたまへど、 けふは、おほんみてて、とまりたまひぬ。"ものごしならで。"といたくわびたまへど、
477.5.7716709 (いま)すこしものおぼゆるほどまではべらば」 "いますこしものおぼゆるほどまではべらば。"
477.5.8717710 とのみ()こえたまひて、つれなきを、中納言(ちうなごん)もけしき()きたまひて、さるべき人召(ひとめ)()でて、 とのみこえたまひて、つれなきを、ちうなごんもけしききたまひて、さるべきひとめでて、
477.5.9718711 (おほん)ありさまに(たが)ひて、心浅(こころあさ)きやうなる(おほん)もてなしの、(むかし)(いま)心憂(こころう)かりける(つき)ごろの(つみ)は、さも(おも)ひきこえたまひぬべきことなれど、(にく)からぬさまにこそ、(かうが)へたてまつりたまはめ。かやうなること、まだ見知(みし)らぬ御心(みこころ)にて、(くる)しう(おぼ)すらむ」 "おほんありさまにたがひて、こころあさきやうなるおほんもてなしの、むかしいまこころうかりけるつきごろのつみは、さもおもひきこえたまひぬべきことなれど、にくからぬさまにこそ、かうがへたてまつりたまはめ。かやうなること、まだみしらぬみこころにて、くるしうおぼすらん。"
477.5.10719712 など、(しの)びて(さか)しがりたまへば、いよいよこの(きみ)御心(みこころ)()づかしくて、え()こえたまはず。 など、しのびてさかしがりたまへば、いよいよこのきみみこころづかしくて、えこえたまはず。
477.5.11720713 「あさましく心憂(こころう)くおはしけり。()こえしさまをも、むげに(わす)れたまひけること」 "あさましくこころうくおはしけり。こえしさまをも、むげにわすれたまひけること。"
477.5.12721714 と、おろかならず(なげ)()らしたまへり。 と、おろかならずなげらしたまへり。
477.6722715第六段 匂宮と中の君、和歌を詠み交す
477.6.1723716 (よる)のけしき、いとど(けは)しき(かぜ)(おと)に、(ひと)やりならず(なげ)()したまへるも、さすがにて、(れい)の、もの(へだ)てて()こえたまふ。千々(ちぢ)(やしろ)をひきかけて、()先長(さきなが)きことを(ちぎ)りきこえたまふも、「いかでかく口馴(くちな)れたまひけむ」と、心憂(こころう)けれど、よそにてつれなきほどの(うと)ましさよりはあはれに、(ひと)(こころ)もたをやぎぬべき(おほん)さまを、一方(ひとかた)にもえ(うと)()つまじかりけり。ただ、つくづくと()きて、 よるのけしき、いとどけはしきかぜおとに、ひとやりならずなげしたまへるも、さすがにて、れいの、ものへだててこえたまふ。ちぢやしろをひきかけて、さきながきことをちぎりきこえたまふも、"いかでかくくちなれたまひけん。"と、こころうけれど、よそにてつれなきほどのうとましさよりはあはれに、ひとこころもたをやぎぬべきおほんさまを、ひとかたにもえうとつまじかりけり。ただ、つくづくときて、
477.6.2724717 ()(かた)(おも)()づるもはかなきを<BR/>()(すゑ)かけてなに(たの)むらむ」 "〔かたおもづるもはかなきを<BR/>すゑかけてなにたのむらん〕
477.6.3725718 と、ほのかにのたまふ。なかなかいぶせう、(こころ)もとなし。 と、ほのかにのたまふ。なかなかいぶせう、こころもとなし。
477.6.4726719 ()(すゑ)(みじか)きものと(おも)ひなば<BR/>()(まへ)にだに(そむ)かざらなむ "〔すゑみじかきものとおもひなば<BR/>まへにだにそむかざらなん
477.6.5727720 何事(なにごと)もいとかう()るほどなき()を、罪深(つみふか)くな(おぼ)しないそ」 なにごともいとかうるほどなきを、つみふかくなおぼしないそ。"
477.6.6728721 と、よろづにこしらへたまへど、 と、よろづにこしらへたまへど、
477.6.7729722 心地(ここち)(なや)ましくなむ」 "ここちなやましくなん。"
477.6.8730723 とて()りたまひにけり。(ひと)()るらむもいと人悪(ひとわ)ろくて、(なげ)()かしたまふ。(うら)みむもことわりなるほどなれど、あまりに人憎(ひとにく)くもと、つらき(なみだ)()つれば、「ましていかに(おも)ひつらむ」と、さまざまあはれに(おぼ)()らる。 とてりたまひにけり。ひとるらんもいとひとわろくて、なげかしたまふ。うらみんもことわりなるほどなれど、あまりにひとにくくもと、つらきなみだつれば、"ましていかにおもひつらん。"と、さまざまあはれにおぼらる。
477.6.9731724 中納言(ちうなごん)の、主人方(あるじがた)()()れて、(ひと)びとやすらかに()使(つか)ひ、(ひと)もあまたしてもの(まゐ)らせなどしたまふを、あはれにもをかしうも御覧(ごらん)ず。いといたう()(あを)みて、ほれぼれしきまでものを(おも)ひたれば、心苦(こころぐる)しと()たまひて、まめやかに(とぶ)らひたまふ。 ちうなごんの、あるじがたれて、ひとびとやすらかにつかひ、ひともあまたしてものまゐらせなどしたまふを、あはれにもをかしうもごらんず。いといたうあをみて、ほれぼれしきまでものをおもひたれば、こころぐるしとたまひて、まめやかにとぶらひたまふ。
477.6.10732725 「ありしさまなど、かひなきことなれど、この(みや)にこそは()こえめ」と(おも)へど、うち()でむにつけても、いと心弱(こころよわ)く、かたくなしく()えたてまつらむに(はばか)りて、言少(ことずく)ななり。()をのみ()きて、日数経(ひかずへ)にければ、顔変(かほか)はりのしたるも、見苦(みぐる)しくはあらで、いよいよものきよげになまめいたるを、「(をんな)ならば、かならず心移(こころうつ)りなむ」と、おのがけしからぬ御心(みこころ)ならひに(おぼ)しよるも、なまうしろめたかりければ、「いかで(ひと)のそしりも(うら)みをもはぶきて、(きゃう)(うつ)ろはしてむ」と(おぼ)す。 "ありしさまなど、かひなきことなれど、このみやにこそはこえめ。"とおもへど、うちでんにつけても、いとこころよわく、かたくなしくえたてまつらんにはばかりて、ことずくななり。をのみきて、ひかずへにければ、かほかはりのしたるも、みぐるしくはあらで、いよいよものきよげになまめいたるを、"をんなならば、かならずこころうつりなん。"と、おのがけしからぬみこころならひにおぼしよるも、なまうしろめたかりければ、"いかでひとのそしりもうらみをもはぶきて、きゃううつろはしてん。"とおぼす。
477.6.11733726 かくつれなきものから、内裏(うち)わたりにも()こし()して、いと()しかるべきに(おぼ)しわびて、今日(けふ)(かへ)らせたまひぬ。おろかならず(こと)()()くしたまへど、つれなきは(くる)しきものをと、一節(ひとふし)(おぼ)()らせまほしくて、(こころ)とけずなりぬ。 かくつれなきものから、うちわたりにもこしして、いとしかるべきにおぼしわびて、けふかへらせたまひぬ。おろかならずことくしたまへど、つれなきはくるしきものをと、ひとふしおぼらせまほしくて、こころとけずなりぬ。
477.7734727第七段 歳暮に薫、宇治から帰京
477.7.1735728 年暮(としく)(かた)には、かからぬ(ところ)だに、(そら)のけしき(れい)には()ぬを、()れぬ()なく()()(ゆき)に、うち(なが)めつつ()かし()らしたまふ心地(ここち)()きせず(ゆめ)のやうなり。 としくかたには、かからぬところだに、そらのけしきれいにはぬを、れぬなくゆきに、うちながめつつかしらしたまふここちきせずゆめのやうなり。
477.7.2736729 (みや)よりも、御誦経(みずきゃう)など、こちたきまで(とぶ)らひきこえたまふ。かくてのみやは、(あたら)しき(とし)さへ(なげ)()ぐさむ。ここかしこにも、おぼつかなくて()()もりたまへることを()こえたまへば、(いま)はとて(かへ)りたまはむ心地(ここち)も、たとへむ(かた)なし。 みやよりも、みずきゃうなど、こちたきまでとぶらひきこえたまふ。かくてのみやは、あたらしきとしさへなげぐさん。ここかしこにも、おぼつかなくてもりたまへることをこえたまへば、いまはとてかへりたまはんここちも、たとへんかたなし。
477.7.3737730 かくおはしならひて、(ひと)しげかりつる名残(なごり)なくならむを、(おも)ひわぶる(ひと)びと、いみじかりし(をり)のさしあたりて(かな)しかりし(さわ)ぎよりも、うち(しづ)まりていみじくおぼゆ。 かくおはしならひて、ひとしげかりつるなごりなくならんを、おもひわぶるひとびと、いみじかりしをりのさしあたりてかなしかりしさわぎよりも、うちしづまりていみじくおぼゆ。
477.7.4738731 時々(ときどき)(をり)ふし、をかしやかなるほどに()こえ()はしたまひし(とし)ごろよりも、かくのどやかにて()ぐしたまへる()ごろの(おほん)ありさまけはひの、なつかしく(なさ)(ふか)う、はかなきことにもまめなる(かた)にも、(おも)ひやり(おほ)かる御心(みこころ)ばへを、(いま)(かぎ)りに()たてまつりさしつること」 "ときどきをりふし、をかしやかなるほどにこえはしたまひしとしごろよりも、かくのどやかにてぐしたまへるごろのおほんありさまけはひの、なつかしくなさふかう、はかなきことにもまめなるかたにも、おもひやりおほかるみこころばへを、いまかぎりにたてまつりさしつること。"
477.7.5739732 と、おぼほれあへり。 と、おぼほれあへり。
477.7.6740733 かの(みや)よりは、 かのみやよりは、
477.7.7741734 「なほ、かう(まゐ)()ることもいと(かた)きを(おも)ひわびて、(ちか)(わた)いたてまつるべきことをなむ、たばかり()でたる」 "なほ、かうまゐることもいとかたきをおもひわびて、ちかわたいたてまつるべきことをなん、たばかりでたる。"
477.7.8742735 ()こえたまへり。(きさい)(みや)()こし()しつけて、 こえたまへり。きさいみやこししつけて、
477.7.9743736 中納言(ちうなごん)もかくおろかならず(おも)ひほれてゐたなるは、げに、おしなべて(おも)ひがたうこそは、(たれ)(おぼ)さるらめ」と、心苦(こころくる)しがりたまひて、「二条院(にでうのゐん)西(にし)(たい)(わた)いたまて、時々(ときどき)(かよ)ひたまふべく、(しの)びて()こえたまひけるは、女一(をんないち)(みや)御方(おほんかた)にことよせて(おぼ)しなるにや」 "ちうなごんもかくおろかならずおもひほれてゐたなるは、げに、おしなべておもひがたうこそは、たれおぼさるらめ。"と、こころくるしがりたまひて、"にでうのゐんにしたいわたいたまて、ときどきかよひたまふべく、しのびてこえたまひけるは、をんないちみやおほんかたにことよせておぼしなるにや。"
477.7.10744737 (おぼ)しながら、おぼつかなかるまじきはうれしくて、のたまふなりけり。 おぼしながら、おぼつかなかるまじきはうれしくて、のたまふなりけり。
477.7.11745738 「さななり」と、中納言(ちうなごん)()きたまひて、 "さななり。"と、ちうなごんきたまひて、
477.7.12746739 三条宮(さんでうのみや)(つく)()てて、(わた)いたてまつらむことを(おも)ひしものを。かの御代(おほんかは)りになずらへて()るべかりけるを」 "さんでうのみやつくてて、わたいたてまつらんことをおもひしものを。かのおほんかはりになずらへてるべかりけるを。"
477.7.13747740 など、ひき(かへ)心細(こころぼそ)し。(みや)(おぼ)()るめりし(すぢ)は、いと()げなきことに(おも)(はな)れて、「おほかたの御後見(おほんうしろみ)は、(われ)ならでは、また(たれ)かは」と、(おぼ)すとや。 など、ひきかへこころぼそし。みやおぼるめりしすぢは、いとげなきことにおもはなれて、"おほかたのおほんうしろみは、われならでは、またたれかは。"と、おぼすとや。