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 1<HTML>⏎1 
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 5<meta name="GENERATOR" content="IBM WebSphere Studio Homepage Builder Version 14.0.3.0 for Windows">⏎5 
 6<TITLE>蛍(大島本)</TITLE>⏎6 
 7</HEAD>⏎7 
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First updated 9/20/1996(ver.1-1)<BR>⏎
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cd3:210-12Last updated 9/21/2010(ver.2-3)<BR>⏎
渋谷栄一校訂(C)<BR>⏎
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9-10<ADDRESS>Last updated 9/21/2010(ver.2-3)<BR>⏎
渋谷栄一校訂(C)</ADDRESS>⏎
 13  <H3>蛍</H3>⏎11 
d114<P>⏎
 15光る源氏の太政大臣時代三十六歳の五月雨期の物語<BR>⏎12 
d116<P>⏎
 17 [主要登場人物]<BR>⏎13 
 18<DL>⏎14 
 19<DT> 光る源氏<ひかるげんじ><BR>⏎15 
 20<DD>呼称---大臣の君・大臣・殿、三十六歳<BR>⏎16 
 21<DT> 夕霧<ゆうぎり><BR>⏎17 
 22<DD>呼称---中将・中将の君・君、光る源氏の長男<BR>⏎18 
 23<DT> 紫の上<むらさきのうえ><BR>⏎19 
 24<DD>呼称---紫の上・上・女君、源氏の正妻<BR>⏎20 
 25<DT> 玉鬘<たまかづら><BR>⏎21 
 26<DD>呼称---対の姫君・姫君・西の対・対の御方・撫子・君・女、内大臣の娘<BR>⏎22 
 27<DT> 内大臣<ないだいじん>⏎23 
 28<DD>呼称---内の大臣<BR>⏎24 
 29<DT> 蛍兵部卿宮<ほたるひょうぶきょうのみや><BR>⏎25 
 30<DD>呼称---兵部卿宮・宮・親王・君<BR>⏎26 
 31<DT> 柏木<かしわぎ><BR>⏎27 
 32<DD>呼称---右中将<BR>⏎28 
 33<DT> 明石御方<あかしのおほんかた><BR>⏎29 
 34<DD>呼称---明石御方<BR>⏎30 
 35<DT> 明石姫君<あかしのひめぎみ><BR>⏎31 
 36<DD>呼称---姫君<BR>⏎32 
 37<DT> 鬚黒大将<ひげくろだいしょう><BR>⏎33 
 38<DD>呼称---右大将<BR>⏎34 
 39<DT> 秋好中宮<あきこのむちゅうぐう><BR>⏎35 
 40<DD>呼称---中宮<BR>⏎36 
 41<DT> 花散里<はなちるさと><BR>⏎37 
 42<DD>呼称---夏の御方<BR>⏎38 
 43</DL>⏎39 
d144<P>⏎
 45第一章 玉鬘の物語 蛍の光によって姿を見られる<BR>⏎40 
 46<OL>⏎41 
 47<LI>玉鬘、養父の恋に悩む---<A HREF="#in11">今はかく重々しきほどに</A>⏎42 
 48<LI>兵部卿宮、六条院に来訪---<A HREF="#in12">兵部卿宮などは、まめやかに</A>⏎43 
 49<LI>玉鬘、夕闇時に母屋の端に出る---<A HREF="#in13">夕闇過ぎて、おぼつかなき空の</A>⏎44 
 50<LI>源氏、宮に蛍を放って玉鬘の姿を見せる---<A HREF="#in14">何くれと言長き御いらへ</A>⏎45 
 51<LI>兵部卿宮、玉鬘にますます執心す---<A HREF="#in15">宮は、人のおはするほど</A>⏎46 
 52<LI>源氏、玉鬘への恋慕の情を自制す---<A HREF="#in16">姫君は、かくさすがなる御けしきを</A>⏎47 
 53</OL>⏎48 
 54第二章 光る源氏の物語 夏の町の物語<BR>⏎49 
 55<OL>⏎50 
 56<LI>五月五日端午の節句、源氏、玉鬘を訪問---<A HREF="#in21">五日には、馬場の御殿に出で</A>⏎51 
 57<LI>六条院馬場殿の騎射---<A HREF="#in22">殿は、東の御方にもさしのぞき</A>⏎52 
 58<LI>源氏、花散里のもとに泊まる---<A HREF="#in23">大臣は、こなたに大殿籠もりぬ</A>⏎53 
 59</OL>⏎54 
 60第三章 光る源氏の物語 光る源氏の物語論<BR>⏎55 
 61<OL>⏎56 
 62<LI>玉鬘ら六条院の女性たち、物語に熱中---<A HREF="#in31">長雨例の年よりもいたくして</A>⏎57 
 63<LI>源氏、玉鬘に物語について論じる---<A HREF="#in32">「その人の上とて、ありのままに</A>⏎58 
 64<LI>源氏、紫の上に物語について述べる---<A HREF="#in33">紫の上も、姫君の御あつらへにことつけて</A>⏎59 
 65<LI>源氏、子息夕霧を思う---<A HREF="#in34">中将の君を、こなたには気遠くもてなし</A>⏎60 
 66<LI>内大臣、娘たちを思う---<A HREF="#in35">内の大臣は、御子ども腹々いと多かるに</A>⏎61 
 67</OL>⏎62 
d168<P>⏎
 69<A HREF="#in41">【出典】</A><BR>⏎63 
 70<A HREF="#in42">【校訂】</A><BR>⏎64 
d171<P>⏎
text2572 <H4>第一章 玉鬘の物語 蛍の光によって姿を見られる</H4>65 
text2573 <A NAME="in11">[第一段 玉鬘、養父の恋に悩む]</A><BR>66 
d174<P>⏎
 75 今はかく重々しきほどに、よろづのどやかに思ししづめたる御ありさまなれば、頼みきこえさせたまへる人びと、さまざまにつけて、皆思ふさまに定まり、ただよはしからで、あらまほしくて過ぐしたまふ。<BR>⏎67 
cd2:176-77<P> 対の姫君こそ、いとほしく、思ひのほかなる思ひ添ひて、いかにせむと思し乱るめれ。かの監が憂かりしさまにはなずらふべきけはひならねど、かかる筋に、かけても人の思ひ寄りきこゆべきことならねば、心ひとつに思しつつ、「様ことに疎まし」と思ひきこえたまふ。<BR>⏎
<P>⏎
68 対の姫君こそ、いとほしく、思ひのほかなる思ひ添ひて、いかにせむと思し乱るめれ。かの監が憂かりしさまにはなずらふべきけはひならねど、かかる筋に、かけても人の思ひ寄りきこゆべきことならねば、心ひとつに思しつつ、「様ことに疎まし」と思ひきこえたまふ。<BR>⏎
 78 何ごとをも思し知りにたる御齢なれば、とざまかうざまに思し集めつつ、母君のおはせずなりにける口惜しさも、またとりかへし惜しく悲しくおぼゆ。<BR>⏎69 
d179<P>⏎
 80 大臣も、うち出でそめたまひては、なかなか苦しく思せど、人目を憚りたまひつつ、はかなきことをもえ聞こえたまはず、苦しくも思さるるままに、しげく渡りたまひつつ、御前の人遠く、のどやかなる折は、ただならずけしきばみきこえたまふごとに、胸つぶれつつ、けざやかにはしたなく聞こゆべきにはあらねば、ただ見知らぬさまにもてなしきこえたまふ。<BR>⏎70 
d181<P>⏎
 82 人ざまのわららかに、気近くものしたまへば、いたくまめだち、心したまへど、なほをかしく愛敬づきたるけはひのみ見えたまへり。<BR>⏎71 
d183<P>⏎
text2584 <A NAME="in12">[第二段 兵部卿宮、六条院に来訪]</A><BR>72 
d185<P>⏎
 86 兵部卿宮などは、まめやかにせめきこえたまふ。御労のほどはいくばくならぬに、<A HREF="#no1">五月雨になりぬる愁へ</A><A NAME="te1">を</A>したまひて、<BR>⏎73 
d187<P>⏎
 88 「すこし気近きほどをだに許したまはば、思ふことをも、片端はるけてしがな」<BR>⏎74 
d189<P>⏎
cd2:190-91 と聞こえたまへるを、殿御覧じて、<BR>⏎
<P>⏎
75 と聞こえたまへるを、殿御覧じて、<BR>⏎
 92 「なにかは。この君達の好きたまはむは、見所ありなむかし。もて離れてな聞こえたまひそ。御返り、時々聞こえたまへ」<BR>⏎76 
d193<P>⏎
cd4:294-97 とて教へて書かせたてまつりたまへど、いとどうたておぼえたまへば、「乱り心地悪し」とて、聞こえたまはず。<BR>⏎
<P>⏎
 人びとも、ことにやむごとなく寄せ重きなども、をさをさなし。ただ母君の御叔父なりける、宰相ばかりの人の娘にて、心ばせなど口惜しからぬが、世に衰へ残りたるを、尋ねとりたまへる、宰相の君とて、手などもよろしく書き、おほかたも大人びたる人なれば、さるべき折々の御返りなど書かせたまへば、召し出でて、言葉などのたまひて書かせたまふ。<BR>⏎
<P>⏎
77-78 とて教へて書かせたてまつりたまへど、いとどうたておぼえたまへば、「乱り心地悪し」とて、聞こえたまはず。<BR>⏎
 人びとも、ことにやむごとなく寄せ重きなども、をさをさなし。ただ母君の御叔父なりける、宰相ばかりの人の娘にて、心ばせなど口惜しからぬが、世に衰へ残りたるを、尋ねとりたまへる、宰相の君とて、手などもよろしく書き、おほかたも大人びたる人なれば、さるべき折々の御返りなど書かせたまへば、召し出でて、言葉などのたまひて書かせたまふ。<BR>⏎
 98 ものなどのたまふさまを、ゆかしと思すなるべし。<BR>⏎79 
 99 正身は、かくうたてあるもの嘆かしさの後は、この宮などは、あはれげに聞こえたまふ時は、すこし見入れたまふ時もありけり。何かと<A HREF="#k01">思ふには</A><A NAME="t01">あ</A>らず、「かく心憂き御けしき見ぬわざもがな」と、さすがにされたるところつきて思しけり。<BR>⏎80 
d1100<P>⏎
 101 殿は、あいなくおのれ心懸想して、宮を待ちきこえたまふも知りたまはで、よろしき御返りのあるをめづらしがりて、いと忍びやかにおはしましたり。<BR>⏎81 
 102 妻戸の間に御茵参らせて、御几帳ばかりを隔てにて、近きほどなり。<BR>⏎82 
d1103<P>⏎
 104 いといたう心して、空薫物心にくきほどに匂はして、つくろひおはするさま、親にはあらで、むつかしきさかしら人の、さすがにあはれに見えたまふ。宰相の君なども、人の御いらへ聞こえむこともおぼえず、恥づかしくてゐたるを、「埋もれたり」と、ひきつみたまへば、いとわりなし。<BR>⏎83 
d1105<P>⏎
text25106 <A NAME="in13">[第三段 玉鬘、夕闇時に母屋の端に出る]</A><BR>84 
d1107<P>⏎
 108 夕闇過ぎて、おぼつかなき空のけしきの曇らはしきに、うちしめりたる宮の御けはひも、いと艶なり。うちよりほのめく追風も、いとどしき御匂ひのたち添ひたれば、いと深く薫り満ちて、かねて<A HREF="#k02">思しし</A><A NAME="t02">よ</A>りもをかしき御けはひを、心とどめたまひけり。<BR>⏎85 
d1109<P>⏎
 110 うち出でて、思ふ心のほどをのたまひ続けたる言の葉、おとなおとなしく、ひたぶるに好き好きしくはあらで、いとけはひことなり。大臣、いとをかしと、ほの聞きおはす。<BR>⏎86 
d1111<P>⏎
 112 姫君は、東面に引き入りて大殿籠もりにけるを、宰相の君の御消息伝へに、ゐざり入りたるにつけて、<BR>⏎87 
d1113<P>⏎
 114 「いとあまり暑かはしき御もてなしなり。よろづのこと、さまに従ひてこそめやすけれ。ひたぶるに若びたまふべきさまにもあらず。この宮たちをさへ、さし放ちたる人伝てに聞こえたまふまじきことなりかし。御声こそ惜しみたまふとも、すこし気近くだにこそ」<BR>⏎88 
d1115<P>⏎
cd2:1116-117 など諌めきこえたまへど、いとわりなくて、ことづけてもはひ入りたまひぬべき御心ばへなれば、とざまかうざまにわびしければ、すべり出でて、母屋の際なる御几帳のもとに、かたはら臥したまへる。<BR>⏎
<P>⏎
89 など諌めきこえたまへど、いとわりなくて、ことづけてもはひ入りたまひぬべき御心ばへなれば、とざまかうざまにわびしければ、すべり出でて、母屋の際なる御几帳のもとに、かたはら臥したまへる。<BR>⏎
text25118 <A NAME="in14">[第四段 源氏、宮に蛍を放って玉鬘の姿を見せる]</A><BR>90 
d1119<P>⏎
 120 何くれと言長き御応へ聞こえたまふこともなく、思しやすらふに、寄りたまひて、御几帳の帷子を一重うちかけたまふにあはせて、さと光るもの。紙燭をさし出でたるかとあきれたり。<BR>⏎91 
d1121<P>⏎
 122 蛍を薄きかたに、この夕つ方いと多く包みおきて、光をつつみ隠したまへりけるを、さりげなく、とかくひきつくろふやうにて。<BR>⏎92 
d1123<P>⏎
 124 にはかにかく掲焉に光れるに、あさましくて、扇をさし隠したまへるかたはら目、いとをかしげなり。<BR>⏎93 
d1125<P>⏎
 126 「おどろかしき光見えば、宮も覗きたまひなむ。わが女と思すばかりのおぼえに、かくまでのたまふなめり。人ざま容貌など、いとかくしも具したらむとは、え推し量りたまはじ。いとよく好きたまひぬべき心、惑はさむ」<BR>⏎94 
d1127<P>⏎
c1128 とかまへありきたまふなりけり。まことのわが姫君をば、かくしも、もて騷ぎたまはじ、うたてある御心なりけり。<BR>⏎
95 とかまへありきたまふなりけり。まことのわが姫君をば、かくしも、もて騷ぎたまはじ、うたてある御心なりけり。<BR>⏎
 129 こと方より、やをらすべり出でて、渡りたまひぬ。<BR>⏎96 
d1130<P>⏎
text25131 <A NAME="in15">[第五段 兵部卿宮、玉鬘にますます執心す]</A><BR>97 
d1132<P>⏎
 133 宮は、人のおはするほど、さばかりと推し量りたまふが、すこし気近きけはひするに、御心ときめきせられたまひて、えならぬ羅の帷子の隙より見入れたまへるに、一間ばかり隔てたる見わたしに、かくおぼえなき光のうちほのめくを、をかしと見たまふ。<BR>⏎98 
d1134<P>⏎
cd4:2135-138 ほどもなく紛らはして隠しつ。されどほのかなる光、艶なることのつまにもしつべく見ゆ。ほのかなれど、そびやかに臥したまへりつる様体のをかしかりつるを、飽かず思して、げにこのこと御心にしみにけり。<BR>⏎
<P>⏎
 「鳴く声も聞こえぬ虫の思ひだに<BR>⏎
  人の消つには消ゆるものかは<BR>⏎
99-100 ほどもなく紛らはして隠しつ。されどほのかなる光、艶なることのつまにもしつべく見ゆ。ほのかなれど、そびやかに臥したまへりつる様体のをかしかりつるを、飽かず思して、げにこのこと御心にしみにけり。<BR>⏎
 「鳴く声も聞こえぬ虫の思ひだに<BR>  人の消つには消ゆるものかは<BR>⏎
 139 思ひ知りたまひぬや」<BR>⏎101 
d1140<P>⏎
 141 と聞こえたまふ。かやうの御返しを、思ひまはさむも<A HREF="#k03">ねぢけ</A><A NAME="t03">た</A>れば、疾きばかりをぞ。<BR>⏎102 
d1142<P>⏎
cd5:2143-147 「声はせで身をのみ焦がす蛍こそ<BR>⏎
  言ふよりまさる思ひなるらめ」<BR>⏎
<P>⏎
 などはかなく聞こえなして、御みづからは引き入りたまひにければ、いとはるかにもてなしたまふ愁はしさを、いみじく怨みきこえたまふ。<BR>⏎
<P>⏎
103-104 「声はせで身をのみ焦がす蛍こそ<BR>  言ふよりまさる思ひなるらめ」<BR>⏎
 などはかなく聞こえなして、御みづからは引き入りたまひにければ、いとはるかにもてなしたまふ愁はしさを、いみじく怨みきこえたまふ。<BR>⏎
 148 好き好きしきやうなれば、ゐたまひも明かさで、<A HREF="#no2">軒の雫も苦しさに</A><A NAME="te2">、</A>濡れ濡れ夜深く出でたまひぬ。<A HREF="#no3">時鳥などかならずうち鳴き</A><A NAME="te3">け</A>むかし。うるさければこそ聞きも止めね。<BR>⏎105 
d1149<P>⏎
 150 「御けはひなどのなまめかしさは、いとよく大臣の君に似たてまつりたまへり」と、人びともめできこえけり。昨夜、いと女親だちてつくろひたまひし御けはひを、うちうちは知らで、「あはれにかたじけなし」と皆言ふ。<BR>⏎106 
d1151<P>⏎
text25152 <A NAME="in16">[第六段 源氏、玉鬘への恋慕の情を自制す]</A><BR>107 
d1153<P>⏎
 154 姫君は、かくさすがなる御けしきを、<BR>⏎108 
d1155<P>⏎
 156 「わがみづからの憂さぞかし。親などに知られたてまつり、世の人めきたるさまにて、かやうなる御心ばへならましかば、などかはいと似げなくもあらまし。人に似ぬありさまこそ、つひに世語りにやならむ」<BR>⏎109 
d1157<P>⏎
c2158-159 と起き臥し思しなやむ。さるは「まことにゆかしげなきさまにはもてなし果てじ」と、大臣は思しけり。なほさる御心癖なれば、中宮なども、いとうるはしくや思ひきこえたまへる、ことに触れつつ、ただならず<A HREF="#k04">聞こえ</A><A NAME="t04">動</A>かしなどしたまへど、やむごとなき方の、およびなくわづらはしさに、おり立ちあらはし聞こえ寄りたまはぬを、この君は、人の御さまも、気近く今めきたるに、おのづから思ひ忍びがたきに、折々、人見たてまつりつけば疑ひ負ひぬべき御もてなしなどは、うち交じるわざなれど、ありがたく思し返しつつ、さすがなる御仲なりけり。<BR>⏎
<P>⏎
110-111 と起き臥し思しなやむ。<BR>⏎
 
さるは「まことにゆかしげなきさまにはもてなし果てじ」と、大臣は思しけり。なほさる御心癖なれば、中宮なども、いとうるはしくや思ひきこえたまへる、ことに触れつつ、ただならず<A HREF="#k04">聞こえ</A><A NAME="t04">動</A>かしなどしたまへど、やむごとなき方の、およびなくわづらはしさに、おり立ちあらはし聞こえ寄りたまはぬを、この君は、人の御さまも、気近く今めきたるに、おのづから思ひ忍びがたきに、折々、人見たてまつりつけば疑ひ負ひぬべき御もてなしなどは、うち交じるわざなれど、ありがたく思し返しつつ、さすがなる御仲なりけり。<BR>⏎
text25160 <H4>第二章 光る源氏の物語 夏の町の物語</H4>112 
text25161 <A NAME="in21">[第一段 五月五日端午の節句、源氏、玉鬘を訪問]</A><BR>113 
d1162<P>⏎
 163 五日には、馬場の御殿に出でたまひけるついでに、渡りたまへり。<BR>⏎114 
d1164<P>⏎
 165 「いかにぞや。宮は夜や更かしたまひし。いたくも馴らしきこえじ。わづらはしき気添ひたまへる人ぞや。人の心破り、ものの過ちすまじき人は、かたくこそありけれ」<BR>⏎115 
d1166<P>⏎
cd2:1167-168 など活けみ殺しみ戒めおはする御さま、尽きせず若くきよげに見えたまふ。艶も色もこぼるばかりなる御衣に、直衣はかなく重なれるあはひも、いづこに加はれるきよらにかあらむ、この世の人の染め出だしたると見えず、常の色も変へぬ文目も、今日はめづらかに、をかしくおぼゆる薫りなども、「思ふことなくは、をかしかりぬべき御ありさまかな」と姫君思す。<BR>⏎
<P>⏎
116 など活けみ殺しみ戒めおはする御さま、尽きせず若くきよげに見えたまふ。艶も色もこぼるばかりなる御衣に、直衣はかなく重なれるあはひも、いづこに加はれるきよらにかあらむ、この世の人の染め出だしたると見えず、常の色も変へぬ文目も、今日はめづらかに、をかしくおぼゆる薫りなども、「思ふことなくは、をかしかりぬべき御ありさまかな」と姫君思す。<BR>⏎
 169 宮より御文あり。白き薄様にて、御手はいとよしありて書きなしたまへり。見るほどこそをかしけれ、まねび出づれば、ことなることなしや。<BR>⏎117 
d1170<P>⏎
cd3:1171-173 「今日さへや引く人もなき水隠れに<BR>⏎
  生ふる菖蒲の根のみ泣かれむ」<BR>⏎
<P>⏎
118 「今日さへや引く人もなき水隠れに<BR>  生ふる菖蒲の根のみ泣かれむ」<BR>⏎
 174 <A HREF="#no4">例にも引き出で</A><A NAME="te4">つ</A>べき<A HREF="#k05">根に</A><A NAME="t05">結</A>びつけたまへれば、「今日の御返り」などそそのかしおきて、出でたまひぬ。これかれも、「なほ」と聞こゆれば、御心にもいかが思しけむ、<BR>⏎119 
d1175<P>⏎
cd2:1176-177 「あらはれていとど浅くも見ゆるかな<BR>⏎
  菖蒲もわかず泣かれける根の<BR>⏎
120 「あらはれていとど浅くも見ゆるかな<BR>  菖蒲もわかず泣かれける根の<BR>⏎
 178 若々しく」<BR>⏎121 
d1179<P>⏎
cd2:1180-181 とばかりほのかにぞあめる。「手を今すこしゆゑづけたらば」と、宮は好ましき御心に、いささか飽かぬことと見たまひけむかし。<BR>⏎
<P>⏎
122 とばかりほのかにぞあめる。「手を今すこしゆゑづけたらば」と、宮は好ましき御心に、いささか飽かぬことと見たまひけむかし。<BR>⏎
 182 楽玉など、えならぬさまにて、所々より多かり。思し沈みつる年ごろの名残なき御ありさまにて、心ゆるびたまふことも多かるに、「同じくは、人の疵つくばかりのことなくてもやみにしがな」と、いかが思さざらむ。<BR>⏎123 
d1183<P>⏎
text25184 <A NAME="in22">[第二段 六条院馬場殿の騎射]</A><BR>124 
d1185<P>⏎
 186 殿は、東の御方にもさしのぞきたまひて、<BR>⏎125 
d1187<P>⏎
 188 「中将の、今日の司の手結ひのついでに、男ども引き連れてものすべきさまに言ひしを、さる心したまへ。まだ明きほどに来なむものぞ。あやしく、ここにはわざとならず忍ぶることをも、この親王たちの聞きつけて、訪らひものしたまへば、おのづからことことしくなむあるを、用意したまへ」<BR>⏎126 
d1189<P>⏎
 190 など聞こえたまふ。<BR>⏎127 
 191 馬場の御殿は、こなたの廊より見通すほど遠からず。<BR>⏎128 
d1192<P>⏎
 193 「若き人びと、渡殿の戸開けて物見よや。左の司に、いとよしある官人多かるころなり。少々の殿上人に劣るまじ」<BR>⏎129 
d1194<P>⏎
 195 とのたまへば、物見むことをいとをかしと思へり。<BR>⏎130 
d1196<P>⏎
c1197 対の御方よりも、童女など、物見に渡り来て、廊の戸口に御簾青やかに掛けわたして、今めきたる裾濃の御几帳ども立てわたし、童下仕へなどさまよふ。菖蒲襲の衵、二藍の羅の汗衫着たる童女ぞ、西の対のなめる。<BR>⏎
131 対の御方よりも、童女など、物見に渡り来て、廊の戸口に御簾青やかに掛けわたして、今めきたる裾濃の御几帳ども立てわたし、童下仕へなどさまよふ。菖蒲襲の衵、二藍の羅の汗衫着たる童女ぞ、西の対のなめる。<BR>⏎
 198 好ましく馴れたる限り四人、下仕へは、楝の裾濃の裳、撫子の若葉の色したる唐衣、今日のよそひどもなり。<BR>⏎132 
d1199<P>⏎
 200 <A HREF="#k06">こなたのは</A><A NAME="t06">、</A>濃き一襲に、撫子襲の汗衫などおほどかにて、おのおの挑み顔なるもてなし、見所あり。<BR>⏎133 
d1201<P>⏎
 202 若やかなる殿上人などは、目をたててけしきばむ。未の時に、馬場の御殿に出でたまひて、げに親王たちおはし集ひたり。手結ひの公事にはさま変りて、次将たちかき連れ参りて、さまことに今めかしく遊び暮らしたまふ。<BR>⏎134 
d1203<P>⏎
 204 女は、何のあやめも知らぬことなれど、舎人どもさへ艶なる装束を尽くして、身を投げたる手まどはしなどを見るぞ、をかしかりける。<BR>⏎135 
 205<P> 南の町も通して、はるばるとあれば、あなたにもかやうの若き人どもは見けり。「打毬楽」「落蹲」など遊びて、勝ち負けの乱声どもののしるも、夜に入り果てて、何事も見えずなり果てぬ。舎人どもの禄、品々賜はる。いたく更けて、人びと皆あかれたまひぬ。<BR>⏎136 
d1206<P>⏎
text25207 <A NAME="in23">[第三段 源氏、花散里のもとに泊まる]</A><BR>137 
d1208<P>⏎
 209 大臣は、こなたに大殿籠もりぬ。物語など聞こえたまひて、<BR>⏎138 
d1210<P>⏎
cd2:1211-212 「兵部卿宮の、人よりはこよなくものしたまふかな。容貌などはすぐれねど、用意けしきなどよしあり、愛敬づきたる君なり。忍びて見たまひつや。よしといへど、なほこそあれ」<BR>⏎
<P>⏎
139 「兵部卿宮の、人よりはこよなくものしたまふかな。容貌などはすぐれねど、用意けしきなどよしあり、愛敬づきたる君なり。忍びて見たまひつや。よしといへど、なほこそあれ」<BR>⏎
 213 とのたまふ。<BR>⏎140 
d1214<P>⏎
 215 「御弟にこそものしたまへど、ねびまさりてぞ見えたまひける。年ごろ、かく折過ぐさず渡り、睦びきこえたまふと聞きはべれど、昔の内裏わたりにてほの見たてまつりしのち、おぼつかなしかし。いとよくこそ、容貌などねびまさりたまひにけれ。帥の親王よくものしたまふめれど、けはひ劣りて、大君けしきにぞものしたまひける」<BR>⏎141 
d1216<P>⏎
 217 とのたまへば、「ふと見知りたまひにけり」と思せど、ほほ笑みて、なほあるを、良しとも悪しともかけたまはず。<BR>⏎142 
d1218<P>⏎
 219 人の上を難つけ、落としめざまのこと言ふ人をば、いとほしきものにしたまへば、<BR>⏎143 
 220 「右大将などをだに、心にくき人にすめるを、何ばかりかはある。近きよすがにて見むは、飽かぬことにやあらむ」<BR>⏎144 
cd2:1221-222 と見たまへど、言に表はしてものたまはず。<BR>⏎
<P>⏎
145 と見たまへど、言に表はしてものたまはず。<BR>⏎
 223 今はただおほかたの御睦びにて、御座なども異々にて大殿籠もる。「などてかく離れそめしぞ」と、殿は苦しがりたまふ。おほかた、何やかやともそばみきこえたまはで、年ごろかく折ふしにつけたる御遊びどもを、人伝てに見聞きたまひけるに、今日めづらしかりつることばかりをぞ、この町のおぼえきらきらしと思したる。<BR>⏎146 
d1224<P>⏎
cd3:1225-227 「その<A HREF="#no5">駒もすさめぬ草</A><A NAME="te5">と</A>名に立てる<BR>⏎
  汀の菖蒲今日や引きつる」<BR>⏎
<P>⏎
147 「その<A HREF="#no5">駒もすさめぬ草</A><A NAME="te5">と</A>名に立てる<BR>  汀の菖蒲今日や引きつる」<BR>⏎
 228 とおほどかに聞こえたまふ。何ばかりのことにもあらねど、あはれと思したり。<BR>⏎148 
d1229<P>⏎
cd3:1230-232 「鳰鳥に影をならぶる<A HREF="#no6">若駒</A><A NAME="te6">は</A><BR>⏎
  いつか菖蒲に引き別るべき」<BR>⏎
<P>⏎
149 「鳰鳥に影をならぶる<A HREF="#no6">若駒</A><A NAME="te6">は</A><BR>  いつか菖蒲に引き別るべき」<BR>⏎
 233 あいだちなき御ことどもなりや。<BR>⏎150 
d1234<P>⏎
 235 「朝夕の隔てあるやうなれど、かくて見たてまつるは、心やすくこそあれ」<BR>⏎151 
d1236<P>⏎
 237 戯れごとなれど、のどやかにおはする人ざまなれば、静まりて聞こえなしたまふ。<BR>⏎152 
 238 床をば譲りきこえたまひて、御几帳引き隔てて大殿籠もる。気近くなどあらむ筋をば、いと似げなかるべき筋に、思ひ離れ果てきこえたまへれば、あながちにも聞こえたまはず。<BR>⏎153 
d1239<P>⏎
text25240 <H4>第三章 光る源氏の物語 光る源氏の物語論</H4>154 
text25241 <A NAME="in31">[第一段 玉鬘ら六条院の女性たち、物語に熱中]</A><BR>155 
d1242<P>⏎
 243 長雨例の年よりもいたくして、晴るる方なくつれづれなれば、御方々、絵物語などのすさびにて、明かし暮らしたまふ。明石の御方は、さやうのことをもよしありてしなしたまひて、姫君の御方にたてまつりたまふ。<BR>⏎156 
d1244<P>⏎
 245 西の対には、ましてめづらしくおぼえたまふことの筋なれば、明け暮れ書き読みいとなみおはす。つきなからぬ若人あまたあり。さまざまにめづらかなる人の上などを、真にや偽りにや、言ひ集めたるなかにも、「わがありさまのやうなるはなかりけり」と見たまふ。<BR>⏎157 
d1246<P>⏎
 247 『住吉』の姫君の、さしあたりけむ折はさるものにて、今の世のおぼえもなほ心ことなめるに、主計頭が、ほとほとしかりけむなどぞ、かの監がゆゆしさを思しなずらへたまふ。<BR>⏎158 
d1248<P>⏎
 249 殿も、こなたかなたにかかるものどもの散りつつ、御目に離れねば、<BR>⏎159 
d1250<P>⏎
cd8:4251-258 「あなむつかし。女こそ、ものうるさがらず、人に欺かれむと生まれたるものなれ。ここらのなかに真はいと少なからむを、かつ知る知る、かかるすずろごとに心を移し、はかられたまひて、暑かはしき<A HREF="#no7">五月雨の、髪の乱るる</A><A NAME="te7">も</A>知らで、書きたまふよ」<BR>⏎
<P>⏎
 とて笑ひたまふものから、また<BR>⏎
<P
>⏎
 「かかる世の古言ならでは、げに何をか紛るることなきつれづれを慰めまし。さてもこの偽りどものなかに、げにさもあらむとあはれを見せ、つきづきしく続けたる、はたはかなしごとと知りながら、いたづらに心動き、らうたげなる姫君のもの思へる見るに、かた心つくかし。<BR>⏎
<P>⏎
 またいとあるまじきことかなと見る見る、おどろおどろしくとりなしけるが目おどろきて、静かにまた聞くたびぞ、憎けれど、ふとをかしき節あらはなるなどもあるべし。<BR>⏎
<P>⏎
160-163 「あなむつかし。女こそ、ものうるさがらず、人に欺かれむと生まれたるものなれ。ここらのなかに真はいと少なからむを、かつ知る知る、かかるすずろごとに心を移し、はかられたまひて、暑かはしき<A HREF="#no7">五月雨の、髪の乱るる</A><A NAME="te7">も</A>知らで、書きたまふよ」<BR>⏎
 とて笑ひたまふものから、また<BR>⏎
 「かかる世の古言ならでは、げに何をか紛るることなきつれづれを慰めまし。さてもこの偽りどものなかに、げにさもあらむとあはれを見せ、つきづきしく続けたる、はたはかなしごとと知りながら、いたづらに心動き、らうたげなる姫君のもの思へる見るに、かた心つくかし。<BR>⏎
 またいとあるまじきことかなと見る見る、おどろおどろしくとりなしけるが目おどろきて、静かにまた聞くたびぞ、憎けれど、ふとをかしき節あらはなるなどもあるべし。<BR>⏎
 259 このころ、幼き人の女房などに時々読まするを立ち聞けば、ものよく言ふものの世にあるべきかな。虚言をよくしなれたる口つきよりぞ言ひ出だすらむとおぼゆれど、さしもあらじや」<BR>⏎164 
d1260<P>⏎
 261 とのたまへば、<BR>⏎165 
d1262<P>⏎
cd4:2263-266 「げに偽り馴れたる人や、さまざまにさも汲みはべらむ。ただ<A HREF="#k07">いと</A><A NAME="t07">真</A>のこととこそ思うたまへられけれ」<BR>⏎
<P>⏎
 とて硯をおしやりたまへば、<BR>⏎
<P>⏎
166-167 「げに偽り馴れたる人や、さまざまにさも汲みはべらむ。ただ<A HREF="#k07">いと</A><A NAME="t07">真</A>のこととこそ思うたまへられけれ」<BR>⏎
 とて硯をおしやりたまへば、<BR>⏎
 267 「こちなくも聞こえ落としてけるかな。神代より世にあることを、記しおきけるななり。『日本紀』などは、ただかたそばぞかし。これらにこそ道々しく詳しきことはあらめ」<BR>⏎168 
d1268<P>⏎
cd2:1269-270 とて笑ひたまふ。<BR>⏎
<P>⏎
169 とて笑ひたまふ。<BR>⏎
text25271 <A NAME="in32">[第二段 源氏、玉鬘に物語について論じる]</A><BR>170 
d1272<P>⏎
 273 「その人の上とて、ありのままに言ひ出づることこそなけれ、善きも悪しきも、世に経る人のありさまの、見るにも飽かず、聞くにもあまることを、後の世にも言ひ伝へさせまほしき節々を、心に籠めがたくて、言ひおき始めたるなり。善きさまに言ふとては、善きことの限り選り出でて、人に従はむとては、また悪しきさまの珍しきことを取り集めたる、皆かたがたにつけたる、この世の他のことならずかし。<BR>⏎171 
d1274<P>⏎
 275 人の朝廷の才、作りやう変はる、同じ大和の国のことなれば、昔今のに変はるべし、深きこと浅きことのけぢめこそあらめ、ひたぶるに虚言と言ひ果てむも、ことの心違ひてなむありける。<BR>⏎172 
d1276<P>⏎
c1277 仏の、いとうるはしき心にて説きおきたまへる御法も、方便といふことありて、悟りなきものは、ここかしこ違ふ疑ひを置きつべくなむ。『方等経』の中に多かれど、言ひもてゆけば、ひとつ旨にありて、菩提と煩悩との隔たりなむ、この人の善き悪しきばかりのことは変はりける。<BR>⏎
173 仏の、いとうるはしき心にて説きおきたまへる御法も、方便といふことありて、悟りなきものは、ここかしこ違ふ疑ひを置きつべくなむ。『方等経』の中に多かれど、言ひもてゆけば、ひとつ旨にありて、菩提と煩悩との隔たりなむ、この人の善き悪しきばかりのことは変はりける。<BR>⏎
 278 よく言へば、すべて何ごとも空しからずなりぬや」<BR>⏎174 
d1279<P>⏎
cd6:3280-285 と物語をいとわざとのことにのたまひなしつ。<BR>⏎
<P>⏎
 「さてかかる古言の中に、まろがやうに実法なる痴者の物語はありや。いみじく気遠きものの姫君も、御心のやうにつれなく、<A HREF="#k08">そらおぼめき</A><A NAME="t08">し</A>たるは世にあらじな。いざたぐひなき物語にして、世に伝へさせむ」<BR>⏎
<P>⏎
 とさし寄りて聞こえたまへば、顔を引き入れて、<BR>⏎
<P>⏎
175-177 と物語をいとわざとのことにのたまひなしつ。<BR>⏎
 「さてかかる古言の中に、まろがやうに実法なる痴者の物語はありや。いみじく気遠きものの姫君も、御心のやうにつれなく、<A HREF="#k08">そらおぼめき</A><A NAME="t08">し</A>たるは世にあらじな。いざたぐひなき物語にして、世に伝へさせむ」<BR>⏎
 とさし寄りて聞こえたまへば、顔を引き入れて、<BR>⏎
 286 「さらずとも、かく珍かなることは、世語りにこそはなりはべりぬべかめれ」<BR>⏎178 
d1287<P>⏎
 288 とのたまへば、<BR>⏎179 
d1289<P>⏎
cd7:3290-296 「珍かにやおぼえたまふ。げにこそまたなき心地すれ」<BR>⏎
<P>⏎
 とて寄りゐたまへるさま、いとあざれたり。<BR>⏎
<P>⏎
 「思ひあまり昔の跡を訪ぬれど<BR>⏎
  親に背ける子ぞたぐひなき<BR>⏎
<P>⏎
180-182 「珍かにやおぼえたまふ。げにこそまたなき心地すれ」<BR>⏎
 とて寄りゐたまへるさま、いとあざれたり。<BR>⏎
 「思ひあまり昔の跡を訪ぬれど<BR>  親に背ける子ぞたぐひなき<BR>⏎
 297 不孝なるは、仏の道にもいみじくこそ言ひたれ」<BR>⏎183 
d1298<P>⏎
 299 とのたまへど、顔ももたげたまはねば、御髪をかきやりつつ、いみじく怨みたまへば、からうして、<BR>⏎184 
d1300<P>⏎
cd3:1301-303 「古き跡を訪ぬれどげになかりけり<BR>⏎
  この世にかかる親の心は」<BR>⏎
<P>⏎
185 「古き跡を訪ぬれどげになかりけり<BR>  この世にかかる親の心は」<BR>⏎
 304 と聞こえたまふも、心恥づかしければ、いといたくも乱れたまはず。<BR>⏎186 
cd2:1305-306 かくしていかなるべき御ありさまならむ。<BR>⏎
<P>⏎
187 かくしていかなるべき御ありさまならむ。<BR>⏎
text25307 <A NAME="in33">[第三段 源氏、紫の上に物語について述べる]</A><BR>188 
d1308<P>⏎
 309 紫の上も、姫君の御あつらへにことつけて、物語は捨てがたく思したり。『くまのの物語』の絵にてあるを、<BR>⏎189 
 310 「いとよく描きたる絵かな」<BR>⏎190 
 311 とて御覧ず。小さき女君の、何心もなくて昼寝したまへるところを、昔のありさま思し出でて、女君は見たまふ。<BR>⏎191 
d1312<P>⏎
 313 「かかる童どちだに、いかにされたりけり。まろこそ、なほ例にしつべく、心のどけさは人に似ざりけれ」<BR>⏎192 
d1314<P>⏎
cd2:1315-316 と聞こえ出でたまへり。げにたぐひ多からぬことどもは、好み集めたまへりけりかし。<BR>⏎
<P>⏎
193 と聞こえ出でたまへり。げにたぐひ多からぬことどもは、好み集めたまへりけりかし。<BR>⏎
 317 「姫君の御前にて、この世馴れたる物語など、な読み聞かせたまひそ。みそか心つきたるものの娘などは、をかしとにはあらねど、かかること世にはありけりと、見馴れたまはむぞ、ゆゆしきや」<BR>⏎194 
d1318<P>⏎
 319 とのたまふも、こよなしと、対の御方聞きたまはば、心置きたまひつべくなむ。<BR>⏎195 
d1320<P>⏎
 321 上、<BR>⏎196 
d1322<P>⏎
 323 「心浅げなる人まねどもは、見るにもかたはらいたくこそ。『宇津保』の藤原君の女こそ、いと重りかにはかばかしき人にて、過ちなかめれど、すくよかに言ひ出でたる<A HREF="#k09">ことも</A><A NAME="t09">し</A>わざも、女しきところなかめるぞ、一様なめる」<BR>⏎197 
d1324<P>⏎
 325 とのたまへば、<BR>⏎198 
d1326<P>⏎
 327 「うつつの人も、さぞあるべかめる。人びとしく立てたる趣きことにて、よきほどにかまへぬや。よしなからぬ親の、心とどめて生ほしたてたる人の、子めかしきを生けるしるしにて、後れたること多かるは、何わざしてかしづきしぞと、親のしわざさへ思ひやらるるこそ、いとほしけれ。<BR>⏎199 
d1328<P>⏎
cd4:3329-332 げにさいへど、その人のけはひよと見えたるは、かひあり、おもだたしかし。言葉の限りまばゆくほめおきたるに、し出でたるわざ、言ひ出でたることのなかに、げにと見え聞こゆることなき、いと見劣りするわざなり。<BR>⏎
 すべて善からぬ人に、いかで人ほめさせじ」<BR>⏎
<P>⏎
 などただ「この姫君の、点つかれたまふまじく」と、よろづに思しのたまふ。<BR>⏎
200-202 げにさいへど、その人のけはひよと見えたるは、かひあり、おもだたしかし。言葉の限りまばゆくほめおきたるに、し出でたるわざ、言ひ出でたることのなかに、げにと見え聞こゆることなき、いと見劣りするわざなり。<BR>⏎
 すべて善からぬ人に、いかで人ほめさせじ」<BR>⏎
 などただ「この姫君の、点つかれたまふまじく」と、よろづに思しのたまふ。<BR>⏎
 333 継母の腹ぎたなき昔物語も多かるを、<A HREF="#k10">このころ</A><A NAME="t10">、</A>「心見えに心づきなし」と思せば、いみじく選りつつなむ、書きととのへさせ、絵などにも描かせたまひける。<BR>⏎203 
d1334<P>⏎
text25335 <A NAME="in34">[第四段 源氏、子息夕霧を思う]</A><BR>204 
d1336<P>⏎
 337 中将の君を、こなたには気遠くもてなしきこえたまへれど、姫君の御方には、さしもさし放ちきこえたまはずならはしたまふ。<BR>⏎205 
d1338<P>⏎
 339 「わが世のほどは、とてもかくても同じことなれど、なからむ世を思ひやるに、なほ見つき、思ひしみぬることどもこそ、取り分きてはおぼゆべけれ」<BR>⏎206 
d1340<P>⏎
cd2:1341-342 とて南面の御簾の内は許したまへり。台盤所、女房のなかは許したまはず。あまたおはせぬ御仲らひにて、いとやむごとなくかしづききこえたまへり。<BR>⏎
<P>⏎
207 とて南面の御簾の内は許したまへり。台盤所、女房のなかは許したまはず。あまたおはせぬ御仲らひにて、いとやむごとなくかしづききこえたまへり。<BR>⏎
 343 おほかたの心もちゐなども、いとものものしく、まめやかにものしたまふ君なれば、うしろやすく思し譲れり。まだいはけたる御雛遊びなどのけはひの見ゆれば、かの人の、もろともに遊びて過ぐしし年月の、まづ思ひ出でらるれば、雛の殿の宮仕へ、いとよくしたまひて、折々にうちしほたれたまひけり。<BR>⏎208 
d1344<P>⏎
 345 さもありぬべきあたりには、はかなしごとものたまひ触るるはあまたあれど、頼みかくべくもしなさず。さる方になどかは見ざらむと、心とまりぬべきをも、強ひてなほざりごとにしなして、なほ「かの、緑の袖を見え直してしがな」と思ふ心のみぞ、やむごとなき節にはとまりける。<BR>⏎209 
d1346<P>⏎
 347 あながちになどかかづらひまどはば、倒ふるる方に許したまひもしつべかめれど、「つらしと思ひし折々、いかで人にもことわらせたてまつらむ」と思ひおきし、忘れがたくて、正身ばかりには、おろかならぬあはれを尽くし見せて、おほかたには焦られ思へらず。<BR>⏎210 
d1348<P>⏎
 349 兄の君達なども、なまねたしなどのみ思ふこと多かり。対の姫君の御ありさまを、右中将は、いと深く思ひしみて、言ひ寄るたよりもいとはかなければ、この君をぞかこち寄りけれど、<BR>⏎211 
d1350<P>⏎
 351 「人の上にては、もどかしきわざなりけり」<BR>⏎212 
d1352<P>⏎
cd2:1353-354 とつれなく応へてぞものしたまひける。昔の父大臣たちの御仲らひに似たり。<BR>⏎
<P>⏎
213 とつれなく応へてぞものしたまひける。昔の父大臣たちの御仲らひに似たり。<BR>⏎
text25355 <A NAME="in35">[第五段 内大臣、娘たちを思う]</A><BR>214 
d1356<P>⏎
 357 内の大臣は、御子ども腹々いと多かるに、その生ひ出でたるおぼえ、人柄に従ひつつ、心にまかせたるやうなるおぼえ、<A HREF="#k11">御勢</A><A NAME="t11">に</A>て、皆なし立てたまふ。女はあまたもおはせぬを、女御も、かく思ししことのとどこほりたまひ、姫君も、かくこと違ふさまにてものしたまへば、いと口惜しと思す。<BR>⏎215 
d1358<P>⏎
 359 かの撫子を忘れたまはず、ものの折にも語り出でたまひしことなれば、<BR>⏎216 
d1360<P>⏎
 361 「いかになりにけむ。ものはかなかりける親の心に引かれて、らうたげなりし人を、行方知らず<A HREF="#k12">なりに</A><A NAME="t12">た</A>ること。すべて女子といはむものなむ、いかにもいかにも目放つまじかりける。さかしらにわが子と言ひて、あやしきさまにてはふれやすらむ。とてもかくても、聞こえ出で来ば」<BR>⏎217 
d1362<P>⏎
cd6:3363-368 とあはれに思しわたる。君達にも、<BR>⏎
<P>⏎
 「もしさやうなる名のりする人あらば、耳とどめよ。心のすさびにまかせて、さるまじきことも多かりしなかに、これはいとしかおしなべての際にも思はざりし人の、はかなきもの倦むじをして、かく少なかりけるもののくさはひ一つを、失ひたることの口惜しきこと」<BR>⏎
<P>⏎
 と常にのたまひ出づ。中ごろなどはさしもあらず、うち忘れたまひけるを、人の、さまざまにつけて、女子かしづきたまへるたぐひどもに、わが思ほすにしもかなはぬが、いと心憂く、本意なく思すなりけり。<BR>⏎
<P>⏎
218-220 とあはれに思しわたる。君達にも、<BR>⏎
 「もしさやうなる名のりする人あらば、耳とどめよ。心のすさびにまかせて、さるまじきことも多かりしなかに、これはいとしかおしなべての際にも思はざりし人の、はかなきもの倦むじをして、かく少なかりけるもののくさはひ一つを、失ひたることの口惜しきこと」<BR>⏎
 と常にのたまひ出づ。中ごろなどはさしもあらず、うち忘れたまひけるを、人の、さまざまにつけて、女子かしづきたまへるたぐひどもに、わが思ほすにしもかなはぬが、いと心憂く、本意なく思すなりけり。<BR>⏎
 369 夢見たまひて、いとよく合はする者召して、合はせたまひけるに、<BR>⏎221 
d1370<P>⏎
cd2:1371-372 「もし年ごろ御心に知られたまはぬ御子を、人のものになして、聞こしめし出づることや」<BR>⏎
<P>⏎
222 「もし年ごろ御心に知られたまはぬ御子を、人のものになして、聞こしめし出づることや」<BR>⏎
 373 と聞こえたりければ、<BR>⏎223 
d1374<P>⏎
 375 「女子の人の子になることは、をさをさなしかし。いかなることにかあらむ」<BR>⏎224 
d1376<P>⏎
cd3:1377-379 などこのころぞ、思しのたまふべかめる。<BR>⏎

<P>⏎
225 などこのころぞ、思しのたまふべかめる。<BR>⏎
text25380 <a name="in41">【出典】<BR>226 
c1381</a><A NAME="no1">出典1</A> 神代より忌むといふなる五月雨のこなたに人を見るよしもがな(信明集-五六)侘びつつも頼む月日はあるものを五月雨にさへなりにけるかな(花鳥余情所引-出典未詳)<A HREF="#te1">(戻)</A><BR>⏎
227<A NAME="no1">出典1</A> 神代より忌むといふなる五月雨のこなたに人を見るよしもがな(信明集-五六)侘びつつも頼む月日はあるものを五月雨にさへなりにけるかな(花鳥余情所引-出典未詳)<A HREF="#te1">(戻)</A><BR>⏎
 382<A NAME="no2">出典2</A> 眺めつつ我が思ふことは日暮らしに軒の雫の絶ゆる世もなし(新古今集雑下-一八〇一 具平親王)<A HREF="#te2">(戻)</A><BR>⏎228 
 383<A NAME="no3">出典3</A> 五月雨に物思ひ居ればほととぎす夜深く鳴きていづち行くらむ(古今集夏-一五三 紀友則)<A HREF="#te3">(戻)</A><BR>⏎229 
 384<A NAME="no4">出典4</A> 水隠れて生ふる五月のあやめ草長きためしに人は引かなむ(続古今集夏-二二九 紀貫之)<A HREF="#te4">(戻)</A><BR>⏎230 
 385<A NAME="no5">出典5</A> 香を求めて訪ふ人あるをあやめ草あやしく駒のすさめざりける(後拾遺集夏-二一〇 恵慶)<A HREF="#te5">(戻)</A><BR>⏎231 
 386<A NAME="no6">出典6</A> 若駒と今日に逢ひくるあやめ草おひおくるるや負くるなるらむ(頼基集-三〇)<A HREF="#te6">(戻)</A><BR>⏎232 
 387<A NAME="no7">出典7</A> ほととぎすをち返り鳴けうなゐ子がうち垂れ髪の五月雨の空(拾遺集夏-一一六 凡河内躬恒)<A HREF="#te7">(戻)</A><BR>⏎233 
d1388
text25389<p> <a name="in42">【校訂】<BR>234 
 390備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△<BR>⏎235 
c1391</a><A NAME="k01">校訂1</A> 思ふには--おもふに(に/+は)<A HREF="#t01">(戻)</A><BR>⏎
236<A NAME="k01">校訂1</A> 思ふには--おもふに(に/+は)<A HREF="#t01">(戻)</A><BR>⏎
 392<A NAME="k02">校訂2</A> 思しし--おほし(し/+し)<A HREF="#t02">(戻)</A><BR>⏎237 
 393<A NAME="k03">校訂3</A> ねぢけ--*ねちき<A HREF="#t03">(戻)</A><BR>⏎238 
 394<A NAME="k04">校訂4</A> 聞こえ--き(き/+こ)え<A HREF="#t04">(戻)</A><BR>⏎239 
 395<A NAME="k05">校訂5</A> 根に--(/+ね)に<A HREF="#t05">(戻)</A><BR>⏎240 
 396<A NAME="k06">校訂6</A> こなたのは--こなたの(の/+は<朱>)<A HREF="#t06">(戻)</A><BR>⏎241 
 397<A NAME="k07">校訂7</A> いと--(/+いと)<A HREF="#t07">(戻)</A><BR>⏎242 
 398<A NAME="k08">校訂8</A> そらおぼめき--そ(そ/+ら)おほめき<A HREF="#t08">(戻)</A><BR>⏎243 
 399<A NAME="k09">校訂9</A> ことも--(/+事も<朱>)<A HREF="#t09">(戻)</A><BR>⏎244 
 400<A NAME="k10">校訂10</A> このころ--(/+此比<朱>)<A HREF="#t10">(戻)</A><BR>⏎245 
 401<A NAME="k11">校訂11</A> 御勢--(/+御<朱>)いきほひ<A HREF="#t11">(戻)</A><BR>⏎246 
 402<A NAME="k12">校訂12</A> なりに--なり(り/+に)<A HREF="#t12">(戻)</A><BR>⏎247 
d1403</p>⏎
 404<p><a href="index.html">源氏物語の世界ヘ</a><BR>⏎248 
 405<a href="roman25.html">ローマ字版 </a><BR>⏎249 
 406<a href="version25.html">現代語訳 </a><BR>⏎250 
 407<a href="note25.html">注釈</a><BR>⏎251 
 408<a href="data25.html">大島本</a><BR>⏎252 
d1409</p>⏎
 410<hr size="4">⏎253 
 411</body>⏎254 
 412</HTML>⏎255 
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