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 1<HTML>⏎1 
 2<HEAD>⏎2 
 3<meta http-equiv="Content-Type" content="text/html; charset=UTF-8">⏎3 
 4<meta http-equiv="Content-Style-Type" content="text/css">⏎4 
 5<meta name="GENERATOR" content="IBM WebSphere Studio Homepage Builder Version 14.0.3.0 for Windows">⏎5 
 6<TITLE>浮舟(明融臨模本)</TITLE>⏎6 
 7</HEAD>⏎7 
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<p>First updated 9/20/1996(ver.1-1)<BR>⏎
8<BODY>⏎
cd3:210-12Last updated 8/8/2011(ver.2-2)<BR>渋谷栄一校訂(C)</p>⏎
<P
>⏎

9-10<ADDRESS>Last updated 8/8/2011(ver.2-2)<BR>
渋谷栄一校訂(C)</ADDRESS>⏎
 13<H3>浮舟</H3>⏎11 
d114<P>⏎
 15薫君の大納言時代二十六歳十二月から二十七歳の春雨の降り続く三月頃までの物語<BR>⏎12 
d116<P>⏎
 17 [主要登場人物]<BR>⏎13 
 18<DL>⏎14 
 19<DT> 薫<かおる>⏎15 
 20<DD>呼称---右大将・大将殿・大将・殿・君、源氏の子<BR>⏎16 
 21<DT> 匂宮<におうのみや>⏎17 
 22<DD>呼称---兵部卿宮・宮、今上帝の第三親王<BR>⏎18 
 23<DT> 今上帝<きんじょうてい>⏎19 
 24<DD>呼称---帝・内裏、朱雀院の第一親王<BR>⏎20 
 25<DT> 明石中宮<あかしのちゅうぐう>⏎21 
 26<DD>呼称---大宮・后の宮・宮、源氏の娘<BR>⏎22 
 27<DT> 夕霧<ゆうぎり>⏎23 
 28<DD>呼称---右大臣・右の大殿・大臣・殿、源氏の長男<BR>⏎24 
 29<DT> 女一の宮<おんないちのみや>⏎25 
 30<DD>呼称---姫宮・一品の宮、今上帝の第一内親王<BR>⏎26 
 31<DT> 女二の宮<おんなにのみや>⏎27 
 32<DD>呼称---二の宮・女宮・帝の御女、今上帝の第二内親王<BR>⏎28 
 33<DT> 中君<なかのきみ><BR>⏎29 
 34<DD>呼称---宮の上・宮の御方・対の御方・上・女君、八の宮の二女<BR>⏎30 
 35<DT> 浮舟<うきふね><BR>⏎31 
 36<DD>呼称---女君・御前・君・女、八の宮の三女<BR>⏎32 
 37<DT> 中将の君<ちゅうじょうのきみ><BR>⏎33 
 38<DD>呼称---母君・母・親、浮舟の母<BR>⏎34 
 39<DT> 弁尼君<べんのあまぎみ><BR>⏎35 
 40<DD>呼称---尼君・尼<BR>⏎36 
 41<DT> 浮舟の乳母<うきふねのめのと><BR>⏎37 
 42<DD>呼称---おとど・乳母<BR>⏎38 
 43<DT> 時方<ときかた>⏎39 
 44<DD>呼称---時方朝臣・左衛門大夫・出雲権守・守の君、匂宮の従者<BR>⏎40 
 45<DT> 大内記<だいないき><BR>⏎41 
 46<DD>呼称---道定朝臣・道定・内記・式部少輔・少輔、匂宮の家来<BR>⏎42 
 47<DT> 大蔵大輔<おおくらのたいふ><BR>⏎43 
 48<DD>呼称---仲信・家司、薫の家司、道定の妻の父親<BR>⏎44 
 49<DT> 右近<うこん><BR>⏎45 
 50<DD>呼称---右近・大輔が娘、大輔君の子<BR>⏎46 
 51<DT> 随身<ずいじん><BR>⏎47 
 52<DD>呼称---御随身・舎人、薫の随身<BR>⏎48 
 53<DT> 使者<ししゃ><BR>⏎49 
 54<DD>呼称---男、匂宮の使者<BR>⏎50 
 55</DL>⏎51 
d156<P>⏎
 57第一章 匂宮の物語 匂宮、大内記から薫と浮舟の関係を聞き知る<BR>⏎52 
 58<OL>⏎53 
c159<LI>匂宮、浮舟を追想し、中君を恨む---<A HREF="#in11">宮、なほかのほのかなりし夕べを思し忘るる世なし</A>⏎
54<LI>匂宮、浮舟を追想し、中君を恨む---<A HREF="#in11">宮、なほかのほのかなりし夕べを思し忘るる世なし</A>⏎
 60<LI>薫、浮舟を宇治に放置---<A HREF="#in12">かの人は、たとしへなくのどかに思しおきてて</A>⏎55 
 61<LI>薫と中君の仲---<A HREF="#in13">すこしいとまなきやうにもなりたまひにたれど</A>⏎56 
 62<LI>正月、宇治から京の中君への文---<A HREF="#in14">睦月の朔日過ぎたるころ渡りたまひて</A>⏎57 
 63<LI>匂宮、手紙の主を浮舟と察知す---<A HREF="#in15">ことにらうらうじきふしも見えねど</A>⏎58 
 64<LI>匂宮、大内記から薫と浮舟の関係を知る---<A HREF="#in16">わが御方におはしまして、「あやしうもあるかな</A>⏎59 
 65<LI>匂宮、薫の噂を聞き知り喜ぶ---<A HREF="#in17">「いとうれしくも聞きつるかな」と思ほして</A>⏎60 
 66</OL>⏎61 
 67第二章 浮舟と匂宮の物語 匂宮、薫の声をまねて浮舟の寝所に忍び込む<BR>⏎62 
 68<OL>⏎63 
 69<LI>匂宮、宇治行きを大内記に相談---<A HREF="#in21">ただそのことを、このころは思ししみたり</A>⏎64 
c170<LI>匂宮、馬で宇治へ赴く---<A HREF="#in22">御供に、昔もかしこの案内知れりし者、二三人</A>⏎
65<LI>匂宮、馬で宇治へ赴く---<A HREF="#in22">御供に、昔もかしこの案内知れりし者、二三人</A>⏎
 71<LI>匂宮、浮舟とその女房らを覗き見る---<A HREF="#in23">やをら昇りて、格子の隙あるを見つけて</A>⏎66 
 72<LI>匂宮、薫の声をまねて浮舟の寝所に忍び込む---<A HREF="#in24">「何ばかりの親族にかはあらむ</A>⏎67 
 73<LI>翌朝、匂宮、京へ帰らず居座る---<A HREF="#in25">夜は、ただ明けに明く。御供の人来て声づくる</A>⏎68 
 74<LI>右近、匂宮と浮舟の密事を隠蔽す---<A HREF="#in26">右近出でて、このおとなふ人に</A>⏎69 
 75<LI>右近、浮舟の母の使者の迎えを断わる---<A HREF="#in27">日高くなれば、格子など上げて</A>⏎70 
 76<LI>匂宮と浮舟、一日仲睦まじく過ごす---<A HREF="#in28">例は暮らしがたくのみ、霞める山際を</A>⏎71 
 77<LI>翌朝、匂宮、京へ帰る---<A HREF="#in29">夜さり、京へ遣はしつる大夫参りて、右近に会ひたり</A>⏎72 
 78</OL>⏎73 
 79第三章 浮舟と薫の物語 薫と浮舟、宇治橋の和歌を詠み交す<BR>⏎74 
 80<OL>⏎75 
 81<LI>匂宮、二条院に帰邸し、中君を責める---<A HREF="#in31">二条の院におはしまし着きて、女君</A>⏎76 
 82<LI>明石中宮からと薫の見舞い---<A HREF="#in32">内裏より大宮の御文あるに、驚きたまひて</A>⏎77 
 83<LI>二月上旬、薫、宇治へ行く---<A HREF="#in33">月もたちぬ。かう思し知らるれど、おはしますことは</A>⏎78 
 84<LI>薫と浮舟、それぞれの思い---<A HREF="#in34">「造らする所、やうやうよろしうしなしてけり</A>⏎79 
 85<LI>薫と浮舟、宇治橋の和歌を詠み交す---<A HREF="#in35">山の方は霞隔てて、寒き洲崎に立てる鵲の姿</A>⏎80 
 86</OL>⏎81 
 87第四章 浮舟と匂宮の物語 匂宮と浮舟、橘の小島の和歌を詠み交す<BR>⏎82 
 88<OL>⏎83 
 89<LI>二月十日、宮中の詩会催される---<A HREF="#in41">如月の十日のほどに、内裏に文作らせたまふとて</A>⏎84 
 90<LI>匂宮、雪の山道の宇治へ行く---<A HREF="#in42">かの人の御けしきにも、いとど驚かれたまひければ</A>⏎85 
 91<LI>匂宮と浮舟、橘の小島の和歌を詠み交す---<A HREF="#in43">夜のほどにて立ち帰りたまはむも</A>⏎86 
 92<LI>匂宮、浮舟に心奪われる--<A HREF="#in44">日さし出でて、軒の垂氷の光りあひたるに</A>⏎87 
 93<LI>匂宮、浮舟と一日を過ごす---<A HREF="#in45">人目も絶えて、心やすく語らひ暮らしたまふ</A>⏎88 
 94<LI>匂宮、京へ帰り立つ---<A HREF="#in46">御物忌、二日とたばかりたまへれば、心のどかなるままに</A>⏎89 
 95<LI>匂宮、二条院に帰邸後、病に臥す---<A HREF="#in47">かやうの帰さは、なほ二条にぞおはします</A>⏎90 
 96</OL>⏎91 
 97第五章 浮舟の物語 浮舟、恋の板ばさみに、入水を思う<BR>⏎92 
 98<OL>⏎93 
 99<LI>春雨の続く頃、匂宮から手紙が届く---<A HREF="#in51">雨降り止まで、日ごろ多くなるころ</A>⏎94 
 100<LI>その同じ頃、薫からも手紙が届く---<A HREF="#in52">これかれと見るもいとうたてあれば</A>⏎95 
 101<LI>匂宮、薫の浮舟を新築邸に移すことを知る---<A HREF="#in53">女宮に物語など聞こえたまひてのついでに</A>⏎96 
 102<LI>浮舟の母、京から宇治に来る---<A HREF="#in54">大将殿は、卯月の十日となむ定めたまへりける</A>⏎97 
 103<LI>浮舟の母、弁の尼君と語る---<A HREF="#in55">暮れて月いと明かし。有明の空を思ひ出づる</A>⏎98 
 104<LI>浮舟、母と尼の話から、入水を思う---<A HREF="#in56">「あな、むくつけや。帝の御女を持ちたてまつり</A>⏎99 
 105<LI>浮舟の母、帰京す---<A HREF="#in57">悩ましげにて痩せたまへるを、乳母にも言ひて</A>⏎100 
 106</OL>⏎101 
 107第六章 浮舟と薫の物語 浮舟、右近の姉の悲話から死を願う<BR>⏎102 
 108<OL>⏎103 
 109<LI>薫と匂宮の使者同士出くわす---<A HREF="#in61">殿の御文は今日もあり。悩ましと聞こえたりしを</A>⏎104 
 110<LI>薫、匂宮が女からの文を読んでいるのを見る---<A HREF="#in62">かどかどしき者にて、供にある童を</A>⏎105 
 111<LI>薫、随身から匂宮と浮舟の関係を知らされる---<A HREF="#in63">夜更けて、皆出でたまひぬ。大臣は、宮を先に立て</A>⏎106 
c1112<LI>薫、帰邸の道中、思い乱れる---<A HREF="#in64">道すがら、「なほいと恐ろしく、隈なくおはする宮なりや</A>⏎
107<LI>薫、帰邸の道中、思い乱れる---<A HREF="#in64">道すがら、「なほいと恐ろしく、隈なくおはする宮なりや</A>⏎
 113<LI>薫、宇治へ随身を遣わす---<A HREF="#in65">「我、すさまじく思ひなりて、捨て置きたらば</A>⏎108 
 114<LI>右近と侍従、右近の姉の悲話を語る---<A HREF="#in66">まほならねど、ほのめかしたまへるけしきを</A>⏎109 
 115<LI>浮舟、右近の姉の悲話から死を願う---<A HREF="#in67">「いさや。右近は、とてもかくても、事なく</A>⏎110 
 116</OL>⏎111 
 117第七章 浮舟の物語 浮舟、匂宮にも逢わず、母へ告別の和歌を詠み残す<BR>⏎112 
 118<OL>⏎113 
 119<LI>内舎人、薫の伝言を右近に伝える---<A HREF="#in71">殿よりは、かのありし返り事をだにのたまはで</A>⏎114 
c1120<LI>浮舟、死を決意して、文を処分す---<A HREF="#in72">君は、「げにただ今いと悪しくなりぬべき身なめり</A>⏎
115<LI>浮舟、死を決意して、文を処分す---<A HREF="#in72">君は、「げにただ今いと悪しくなりぬべき身なめり</A>⏎
 121<LI>三月二十日過ぎ、浮舟、匂宮を思い泣く---<A HREF="#in73">二十日あまりにもなりぬ。かの家主</A>⏎116 
 122<LI>匂宮、宇治へ行く---<A HREF="#in74">宮、「かくのみ、なほ受け引くけしきもなくて</A>⏎117 
 123<LI>匂宮、浮舟に逢えず帰京す---<A HREF="#in75">宮は、御馬にてすこし遠く立ちたまへるに</A>⏎118 
 124<LI>浮舟の今生の思い---<A HREF="#in76">右近は、言ひ切りつるよし言ひゐたるに</A>⏎119 
 125<LI>京から母の手紙が届く---<A HREF="#in77">宮は、いみじきことどもをのたまへり</A>⏎120 
 126<LI>浮舟、母への告別の和歌を詠み残す---<A HREF="#in78">寺へ人遣りたるほど、返り事書く</A>⏎121 
 127</OL>⏎122 
d1128<P>⏎
 129<A HREF="#in81">【出典】</A><BR>⏎123 
 130<A HREF="#in82">【校訂】</A><BR>⏎124 
d1131<P>⏎
text51132 <H4>第一章 匂宮の物語 匂宮、大内記から薫と浮舟の関係を聞き知る</H4>125 
text51133 <A NAME="in11">[第一段 匂宮、浮舟を追想し、中君を恨む]</A><BR>126 
d1134<P>⏎
cd6:3135-140 宮なほ、かのほのかなりし夕べを思し忘るる世なし。「ことことしきほどにはあるまじげなりしを、人柄のまめやかにをかしうもありしかな」と、いとあだなる御心は、「口惜しくてやみにしこと」と、ねたう思さるるままに、女君をも、<BR>⏎
<P>⏎
 「かうはかなきことゆゑ、あながちに、かかる筋のもの憎みしたまひけり。思はずに心憂し」<BR>⏎
<P>⏎
 と恥づかしめ怨みきこえたまふ折々は、いと苦しうて、「ありのままにや聞こえてまし」と思せど、<BR>⏎
<P>⏎
127-129 宮なほ、かのほのかなりし夕べを思し忘るる世なし。「ことことしきほどにはあるまじげなりしを、人柄のまめやかにをかしうもありしかな」と、いとあだなる御心は、「口惜しくてやみにしこと」と、ねたう思さるるままに、女君をも、<BR>⏎
 「かうはかなきことゆゑ、あながちに、かかる筋のもの憎みしたまひけり。思はずに心憂し」<BR>⏎
 と恥づかしめ怨みきこえたまふ折々は、いと苦しうて、「ありのままにや聞こえてまし」と思せど、<BR>⏎
 141 「やむごとなきさまにはもてなしたまはざなれど、浅はかならぬ方に、心とどめて人の隠し置きたまへる人を、物言ひさがなく聞こえ出でたらむにも、さて聞き過ぐしたまふべき御心ざまにもあらざめり。<BR>⏎130 
d1142<P>⏎
 143 さぶらふ人の中にも、はかなうものをものたまひ触れむと思し立ちぬる限りは、あるまじき里まで尋ねさせたまふ御さまよからぬ<A HREF="#k01">御本性</A><A NAME="t01">な</A>るに、さばかり月日を経て、思ししむめるあたりは、ましてかならず見苦しきこと取り出でたまひてむ。他より伝へ聞きたまはむはいかがはせむ。<BR>⏎131 
d1144<P>⏎
 145 いづ方ざまにもいとほしくこそはありとも、防ぐべき人の御心ありさまならねば、よその人よりは聞きにくくなどばかりぞおぼゆべき。とてもかくても、わがおこたりにてはもてそこなはじ」<BR>⏎132 
d1146<P>⏎
 147 と思ひ返したまひつつ、いとほしながらえ聞こえ出でたまはず、異ざまにつきづきしくは、え言ひなしたまはねば、おしこめてもの怨じしたる、世の常の人になりてぞおはしける。<BR>⏎133 
d1148<P>⏎
text51149 <A NAME="in12">[第二段 薫、浮舟を宇治に放置]</A><BR>134 
d1150<P>⏎
cd6:3151-156 かの人はたとしへなくのどかに思しおきてて、「待ち遠なりと思ふらむ」と、心苦しうのみ思ひやりたまひながら、所狭き身のほどを、さるべきついでなくて、かやしく通ひたまふべき道ならねば、<A HREF="#no1">神のいさむる</A><A NAME="te1">よ</A>りもわりなし。されど<BR>⏎
<P
>⏎
 「今いとよくもてなさむ、とす。山里の慰めと思ひおきてし心あるを、すこし日数も経ぬべきことども作り出でて、のどやかに行きても見む。さてしばしは人の知るまじき住み所して、やうやうさる方に、かの心をものどめおき、わがためにも、人のもどきあるまじく、なのめにてこそよからめ。<BR>⏎
<P>⏎
 にはかに、何人ぞ、いつより、など聞きとがめられむも、もの騒がしく、初めの心に違ふべし。また宮の御方の聞き思さむことも、もとの所を際々しう率て離れ、昔を忘れ顔ならむ、いと本意なし」<BR>⏎
<P>⏎
135-137 かの人はたとしへなくのどかに思しおきてて、「待ち遠なりと思ふらむ」と、心苦しうのみ思ひやりたまひながら、所狭き身のほどを、さるべきついでなくて、かやしく通ひたまふべき道ならねば、<A HREF="#no1">神のいさむる</A><A NAME="te1">よ</A>りもわりなし。されど<BR>⏎
 「今いとよくもてなさむ、とす。山里の慰めと思ひおきてし心あるを、すこし日数も経ぬべきことども作り出でて、のどやかに行きても見む。さてしばしは人の知るまじき住み所して、やうやうさる方に、かの心をものどめおき、わがためにも、人のもどきあるまじく、なのめにてこそよからめ。<BR>⏎
 にはかに、何人ぞ、いつより、など聞きとがめられむも、もの騒がしく、初めの心に違ふべし。また宮の御方の聞き思さむことも、もとの所を際々しう率て離れ、昔を忘れ顔ならむ、いと本意なし」<BR>⏎
 157 など思し静むるも、例の、<A HREF="#k02">のどけさ</A><A NAME="t02">過</A>ぎたる心からなるべし。渡すべきところ思しまうけて、忍びてぞ造らせたまひける。<BR>⏎138 
d1158<P>⏎
text51159 <A NAME="in13">[第三段 薫と中君の仲]</A><BR>139 
d1160<P>⏎
 161 すこしいとまなきやうにもなりたまひにたれど、宮の御方には、なほたゆみなく心寄せ仕うまつりたまふこと同じやうなり。見たてまつる人もあやしきまで思へれど、世の中をやうやう思し知り、人のありさまを見聞きたまふままに、「これこそはまことに昔を忘れぬ心長さの、名残さへ浅からぬためしなめれ」と、あはれも少なからず。<BR>⏎140 
d1162<P>⏎
 163 ねびまさりたまふままに、人柄もおぼえも、さま殊にものしたまへば、宮の御心のあまり頼もしげなき時々は、<BR>⏎141 
d1164<P>⏎
 165 「思はずなりける宿世かな。故姫君の思しおきてしままにもあらで、かくもの思はしかるべき方にしもかかりそめけむよ」<BR>⏎142 
d1166<P>⏎
cd2:1167-168 と思す折々多くなむ。されど対面したまふことは難し。<BR>⏎
<P>⏎
143 と思す折々多くなむ。されど対面したまふことは難し。<BR>⏎
 169 年月もあまり昔を隔てゆき、うちうちの御心を深う知らぬ人は、なほなほしきただ人こそ、さばかりのゆかり尋ねたる睦びをも忘れぬに、つきづきしけれ、なかなか、かう限りあるほどに、例に違ひたるありさまも、つつましければ、宮の絶えず思し疑ひたるも、いよいよ苦しう思し憚りたまひつつ、おのづから疎きさまになりゆくを、さりとても絶えず、同じ心の変はりたまはぬなりけり。<BR>⏎144 
d1170<P>⏎
 171 宮も、あだなる御本性こそ、見まうきふしも混じれ、若君のいとうつくしうおよすけたまふままに、「他にはかかる人も出で来まじきにや」と、やむごとなきものに思して、うちとけなつかしき方には、人にまさりてもてなしたまへば、ありしよりはすこしもの思ひ静まりて過ぐしたまふ。<BR>⏎145 
d1172<P>⏎
text51173 <A NAME="in14">[第四段 正月、宇治から京の中君への文]</A><BR>146 
d1174<P>⏎
cd4:2175-178 睦月の朔日過ぎたるころ渡りたまひて、若君の年まさりたまへるを、もて遊びうつくしみたまふ昼つ方、小さき童、緑の薄様なる包み文の大きやかなるに、小さき鬚籠を小松につけたる、またすくすくしき立文とり添へて、奥なく走り参る。女君にたてまつれば、宮、<BR>⏎
<P>⏎
 「それはいづくよりぞ」<BR>⏎
<P>⏎
147-148 睦月の朔日過ぎたるころ渡りたまひて、若君の年まさりたまへるを、もて遊びうつくしみたまふ昼つ方、小さき童、緑の薄様なる包み文の大きやかなるに、小さき鬚籠を小松につけたる、またすくすくしき立文とり添へて、奥なく走り参る。女君にたてまつれば、宮、<BR>⏎
 「それはいづくよりぞ」<BR>⏎
 179 とのたまふ。<BR>⏎149 
d1180<P>⏎
 181 「宇治より大輔のおとどにとて、もてわづらひはべりつるを、例の、御前にてぞ御覧ぜむとて、取りはべりぬる」<BR>⏎150 
d1182<P>⏎
 183 と言ふも、いとあわたたしきけしきにて、<BR>⏎151 
d1184<P>⏎
 185 「この籠は、金を作りて色どりたる籠なりけり。松もいとよう似て作りたる枝ぞとよ」<BR>⏎152 
d1186<P>⏎
cd4:2187-190 と笑みて言ひ続くれば、宮も笑ひたまひて、<BR>⏎
<P>⏎
 「いで我ももてはやしてむ」<BR>⏎
<P>⏎
153-154 と笑みて言ひ続くれば、宮も笑ひたまひて、<BR>⏎
 「いで我ももてはやしてむ」<BR>⏎
 191 と召すを、女君、いとかたはらいたく思して、<BR>⏎155 
d1192<P>⏎
 193 「文は、大輔がりやれ」<BR>⏎156 
d1194<P>⏎
 195 とのたまふ。御顔の赤みたれば、宮、「大将のさりげなくしなしたる文にや、宇治の名のりもつきづきし」と思し寄りて、この文を取りたまひつ。<BR>⏎157 
d1196<P>⏎
 197 さすがに、「それならむ時に」と思すに、いとまばゆければ、<BR>⏎158 
d1198<P>⏎
 199 「開けて見むよ。怨じやしたまはむとする」<BR>⏎159 
d1200<P>⏎
 201 とのたまへば、<BR>⏎160 
d1202<P>⏎
cd2:1203-204 「見苦しう。何かはその女どちのなかに書き通はしたらむうちとけ文をば、御覧ぜむ」<BR>⏎
<P>⏎
161 「見苦しう。何かはその女どちのなかに書き通はしたらむうちとけ文をば、御覧ぜむ」<BR>⏎
 205 とのたまふが、騒がぬけしきなれば、<BR>⏎162 
d1206<P>⏎
cd2:1207-208 「さは見むよ。女の文書きは、いかがある」<BR>⏎
<P>⏎
163 「さは見むよ。女の文書きは、いかがある」<BR>⏎
 209 とて開けたまへれば、いと若やかなる手にて、<BR>⏎164 
d1210<P>⏎
 211 「おぼつかなくて、年も暮れはべりにける。山里のいぶせさこそ、峰の霞も絶え間なくて」<BR>⏎165 
d1212<P>⏎
cd2:1213-214 とて端に、<BR>⏎
<P>⏎
166 とて端に、<BR>⏎
 215 「これも若宮の御前に。あやしうはべるめれど」<BR>⏎167 
d1216<P>⏎
 217 と書きたり。<BR>⏎168 
d1218<P>⏎
text51219 <A NAME="in15">[第五段 匂宮、手紙の主を浮舟と察知す]</A><BR>169 
d1220<P>⏎
 221 ことにらうらうじきふしも見えねど、おぼえなき、御目立てて、この立文を見たまへば、げに女の手にて、<BR>⏎170 
d1222<P>⏎
 223 「年改まりて、何ごとかさぶらふ。御私にも、いかにたのしき御よろこび多くはべらむ。<BR>⏎171 
d1224<P>⏎
cd2:1225-226 ここには、いとめでたき御住まひの心深さを、なほふさはしからず見たてまつる。かくてのみ、つくづくと眺めさせたまふよりは、時々は渡り参らせたまひて、御心も慰めさせたまへ、と思ひはべるに、つつましく恐ろしきものに思しとりてなむ、もの憂きことに嘆かせたまふめる。<BR>⏎
<P>⏎
172 ここには、いとめでたき御住まひの心深さを、なほふさはしからず見たてまつる。かくてのみ、つくづくと眺めさせたまふよりは、時々は渡り参らせたまひて、御心も慰めさせたまへ、と思ひはべるに、つつましく恐ろしきものに思しとりてなむ、もの憂きことに嘆かせたまふめる。<BR>⏎
 227 若宮の御前にとて、卯槌まゐらせたまふ。大き御前の御覧ぜざらむほどに、御覧ぜさせたまへ、とてなむ」<BR>⏎173 
d1228<P>⏎
cd2:1229-230 とこまごまと言忌もえしあへず、もの嘆かしげなるさまのかたくなしげなるも、うち返しうち返し、あやしと御覧じて、<BR>⏎
<P>⏎
174 とこまごまと言忌もえしあへず、もの嘆かしげなるさまのかたくなしげなるも、うち返しうち返し、あやしと御覧じて、<BR>⏎
 231 「今は、のたまへかし。誰がぞ」<BR>⏎175 
d1232<P>⏎
 233 とのたまへば、<BR>⏎176 
d1234<P>⏎
cd2:1235-236 「昔かの山里にありける人の娘の、さるやうありて、このころかしこにあるとなむ聞きはべりし」<BR>⏎
<P>⏎
177 「昔かの山里にありける人の娘の、さるやうありて、このころかしこにあるとなむ聞きはべりし」<BR>⏎
 237 と聞こえたまへば、おしなべて仕うまつるとは見えぬ文書きを心得たまふに、かのわづらはしきことあるに思し合はせつ。<BR>⏎178 
d1238<P>⏎
 239 卯槌をかしう、つれづれなりける人のしわざと見えたり。またぶりに、山橘作りて、貫き添へたる枝に、<BR>⏎179 
d1240<P>⏎
cd9:4241-249 「まだ古りぬ物にはあれど君がため<BR>⏎
  深き心に待つと知らなむ」<BR>⏎
<P>⏎
 とことなることなきを、「かの思ひわたる人のにや」と思し寄りぬるに、御目とまりて、<BR>⏎
<P>⏎
 「返り事したまへ。情けなし。隠いたまふべき文にもあらざめるを。など御けしきの悪しき。まかりなむよ」<BR>⏎
<P>⏎
 とて立ちたまひぬ。女君、少将などして、<BR>⏎
<P>⏎
180-183 「まだ古りぬ物にはあれど君がため<BR>  深き心に待つと知らなむ」<BR>⏎
 とことなることなきを、「かの思ひわたる人のにや」と思し寄りぬるに、御目とまりて、<BR>⏎
 「返り事したまへ。情けなし。隠いたまふべき文にもあらざめるを。など御けしきの悪しき。まかりなむよ」<BR>⏎
 とて立ちたまひぬ。女君、少将などして、<BR>⏎
 250 「いとほしくもありつるかな。幼き人の取りつらむを、人はいかで見ざりつるぞ」<BR>⏎184 
d1251<P>⏎
cd4:2252-255 など忍びてのたまふ。<BR>⏎
<P>⏎
 「見たまへましかば、いかでかは参らせまし。すべてこの子は心地なうさし過ぐしてはべり。生ひ先見えて、人は、おほどかなるこそをかしけれ」<BR>⏎
<P>⏎
185-186 など忍びてのたまふ。<BR>⏎
 「見たまへましかば、いかでかは参らせまし。すべてこの子は心地なうさし過ぐしてはべり。生ひ先見えて、人は、おほどかなるこそをかしけれ」<BR>⏎
 256 など憎めば、<BR>⏎187 
d1257<P>⏎
 258 「あなかま。幼き人、な腹立てそ」<BR>⏎188 
d1259<P>⏎
 260 とのたまふ。去年の冬、人の参らせたる童の、顔はいとうつくしかりければ、宮もいとらうたくしたまふなりけり。<BR>⏎189 
d1261<P>⏎
text51262 <A NAME="in16">[第六段 匂宮、大内記から薫と浮舟の関係を知る]</A><BR>190 
d1263<P>⏎
 264 わが御方におはしまして、<BR>⏎191 
d1265<P>⏎
 266 「あやしうもあるかな。宇治に大将の通ひたまふことは、年ごろ絶えずと聞くなかにも、忍びて夜泊りたまふ時もあり、と人の言ひしを、いとあまりなる人の形見とて、さるまじき所に旅寝したまふらむこと、と思ひつるは、かやうの人隠し置きたまへるなるべし」<BR>⏎192 
d1267<P>⏎
 268 と思し得ることもありて、御書のことにつけて使ひたまふ大内記なる人の、かの殿に親しき<A HREF="#k03">たよりある</A><A NAME="t03">を</A>思し出でて、御前に召す。参れり。<BR>⏎193 
d1269<P>⏎
 270 「韻塞<A HREF="#k04">すべき</A><A NAME="t04">に</A>、集ども選り出でて、こなたなる厨子に積むべきこと」<BR>⏎194 
d1271<P>⏎
 272 などのたまはせて、<BR>⏎195 
d1273<P>⏎
 274 「右大将の宇治へいますること、なほ絶え果てずや。寺をこそ、いとかしこく造りたなれ。いかでか見るべき」<BR>⏎196 
d1275<P>⏎
 276 とのたまへば、<BR>⏎197 
d1277<P>⏎
 278 「寺いとかしこく、いかめしく造られて、不断の三昧堂など、いと尊くおきてられたり、となむ聞きたまふる。通ひたまふことは、去年の秋ごろよりは、ありしよりも、しばしばものしたまふなり。<BR>⏎198 
d1279<P>⏎
 280 下の人びとの忍びて申ししは、『女をなむ隠し据ゑさせたまへる、けしうはあらず思す人なるべし。あのわたりに領じたまふ所々の人、皆仰せにて参り仕うまつる。宿直にさし当てなどしつつ、京よりもいと忍びて、さるべきことなど問はせたまふ。いかなる幸ひ人の、さすがに心細くてゐたまへるならむ』となむ、ただこの師走のころほひ申す、と聞きたまへし」<BR>⏎199 
d1281<P>⏎
 282 と聞こゆ。<BR>⏎200 
d1283<P>⏎
text51284 <A NAME="in17">[第七段 匂宮、薫の噂を聞き知り喜ぶ]</A><BR>201 
d1285<P>⏎
 286 「いとうれしくも聞きつるかな」と思ほして、<BR>⏎202 
d1287<P>⏎
 288 「たしかにその人とは、言はずや。かしこにもとよりある尼ぞ、訪らひたまふと聞きし」<BR>⏎203 
d1289<P>⏎
 290 「尼は、廊になむ住みはべるなる。この人は、今建てられたるになむ、きたなげなき女房などもあまたして、口惜しからぬけはひにてゐてはべる」<BR>⏎204 
d1291<P>⏎
 292 と聞こゆ。<BR>⏎205 
d1293<P>⏎
cd6:3294-299 「をかしきことかな。何心ありて、いかなる人をかは、さて据ゑたまひつらむ。なほいとけしきありて、なべての人に似ぬ御心なりや。<BR>⏎
<P>⏎
 右の大臣など、『この人のあまりに道心に進みて、山寺に、夜さへともすれば泊りたまふなる、軽々し』ともどきたまふと聞きしを、げになどかさしも仏の道には忍びありくらむ。なほかの故里に心をとどめたると聞きし、かかること<A HREF="#k05">こそは</A><A NAME="t05">あ</A>りけれ。<BR>⏎
<P>⏎
 いづら人よりはまめなるとさかしがる人しも、ことに人の思ひいたるまじき隈ある構へよ」<BR>⏎
<P>⏎
206-208 「をかしきことかな。何心ありて、いかなる人をかは、さて据ゑたまひつらむ。なほいとけしきありて、なべての人に似ぬ御心なりや。<BR>⏎
 右の大臣など、『この人のあまりに道心に進みて、山寺に、夜さへともすれば泊りたまふなる、軽々し』ともどきたまふと聞きしを、げになどかさしも仏の道には忍びありくらむ。なほかの故里に心をとどめたると聞きし、かかること<A HREF="#k05">こそは</A><A NAME="t05">あ</A>りけれ。<BR>⏎
 いづら人よりはまめなるとさかしがる人しも、ことに人の思ひいたるまじき隈ある構へよ」<BR>⏎
 300 とのたまひて、いとをかしと思いたり。この人は、かの殿にいと睦ましく仕うまつる家司の婿になむありければ、隠したまふことも聞くなるべし。<BR>⏎209 
d1301<P>⏎
 302 御心の内には、「いかにして、この人を、見し人かとも見定めむ。かの君の、さばかりにて据ゑたるは、なべてのよろし人にはあらじ。このわたりには、いかで疎からぬにかはあらむ。心を交はして隠したまへりけるも、いとねたう」おぼゆ。<BR>⏎210 
d1303<P>⏎
text51304 <H4>第二章 浮舟と匂宮の物語 匂宮、薫の声をまねて浮舟の寝所に忍び込む</H4>211 
text51305 <A NAME="in21">[第一段 匂宮、宇治行きを大内記に相談]</A><BR>212 
d1306<P>⏎
 307 ただそのことを、このころは思ししみたり。賭弓、内宴など過ぐして、心のどかなるに、司召など言ひて、人の心尽くすめる方は、何とも思さねば、宇治へ忍びておはしまさむことをのみ思しめぐらす。この内記は、望むことありて、夜昼、いかで御心に入らむと思ふころ、例よりはなつかしう召し使ひて、<BR>⏎213 
d1308<P>⏎
 309 「いと難きことなりとも、わが言はむことは、たばかりてむや」<BR>⏎214 
d1310<P>⏎
 311 などのたまふ。かしこまりてさぶらふ。<BR>⏎215 
d1312<P>⏎
cd6:3313-318 「いと便なきことなれど、かの宇治に住むらむ人は、はやうほのかに見し人の、行方も知らずなりにしが、大将に尋ね取られにける、と聞きあはすることこそあれ。たしかには知るべきやうもなきを、ただものより覗きなどして、それかあらぬかと見定めむ、となむ思ふ。いささか人に知るまじき構へは、いかがすべき」<BR>⏎
<P>⏎
 とのたまへば、「あなわづらはし」と思へど、<BR>⏎
<P>⏎
 「おはしまさむことは、いと荒き山越えになむはべれど、ことにほど遠くはさぶらはずなむ。夕つ方出でさせおはしまして、亥子の時にはおはしまし着きなむ。さて暁にこそは帰らせたまはめ。人の知りはべらむことは、ただ御供にさぶらひはべらむこそは。それも深き心はいかでか知りはべらむ」<BR>⏎
<P>⏎
216-218 「いと便なきことなれど、かの宇治に住むらむ人は、はやうほのかに見し人の、行方も知らずなりにしが、大将に尋ね取られにける、と聞きあはすることこそあれ。たしかには知るべきやうもなきを、ただものより覗きなどして、それかあらぬかと見定めむ、となむ思ふ。いささか人に知るまじき構へは、いかがすべき」<BR>⏎
 とのたまへば、「あなわづらはし」と思へど、<BR>⏎
 「おはしまさむことは、いと荒き山越えになむはべれど、ことにほど遠くはさぶらはずなむ。夕つ方出でさせおはしまして、亥子の時にはおはしまし着きなむ。さて暁にこそは帰らせたまはめ。人の知りはべらむことは、ただ御供にさぶらひはべらむこそは。それも深き心はいかでか知りはべらむ」<BR>⏎
 319 と申す。<BR>⏎219 
d1320<P>⏎
cd4:2321-324 「さかし。昔も一度二度、通ひし道なり。軽々しきもどき負ひぬべきが、ものの聞こえのつつましきなり」<BR>⏎
<P>⏎
 とて返す返すあるまじきことに、わが御心にも思せど、かうまでうち出でたまへれば、え思ひとどめたまはず。<BR>⏎
<P>⏎
220-221 「さかし。昔も一度二度、通ひし道なり。軽々しきもどき負ひぬべきが、ものの聞こえのつつましきなり」<BR>⏎
 とて返す返すあるまじきことに、わが御心にも思せど、かうまでうち出でたまへれば、え思ひとどめたまはず。<BR>⏎
text51325 <A NAME="in22">[第二段 宮、馬で宇治へ赴く]</A><BR>222 
d1326<P>⏎
cd2:1327-328 御供に、昔もかしこの案内知れりし者、二三人、この内記、さては御乳母子の蔵人よりかうぶり得たる若き人、睦ましき限りを選りたまひて、「大将、今日明日よにおはせじ」など、内記によく案内聞きたまひて、出で立ちたまふにつけても、いにしへを思し出づ。<BR>⏎
<P>⏎
223 御供に、昔もかしこの案内知れりし者、二三人、この内記、さては御乳母子の蔵人よりかうぶり得たる若き人、睦ましき限りを選りたまひて、「大将、今日明日よにおはせじ」など、内記によく案内聞きたまひて、出で立ちたまふにつけても、いにしへを思し出づ。<BR>⏎
 329 「あやしきまで心を合はせつつ率てありきし人のために、うしろめたきわざにもあるかな」と、思し出づることもさまざまなるに、京のうちだに、むげに人知らぬ御ありきは、さはいへど、えしたまはぬ御身にしも、あやしきさまのやつれ姿して、御馬にておはする心地も、もの恐ろしくややましけれど、もののゆかしき方は進みたる御心なれば、山深うなるままに、「いつしか、いかならむ、見あはすることもなくて帰らむこそ、さうざうしくあやしかるべけれ」と思すに、心も騷ぎたまふ。<BR>⏎224 
d1330<P>⏎
 331 法性寺のほどまでは御車にて、それよりぞ御馬にはたてまつりける。急ぎて、宵過ぐるほどにおはしましぬ。内記、案内よく知れるかの殿の人に問ひ聞きたりければ、宿直人ある方には寄らで、葦垣し籠めたる西表を、やをらすこしこぼちて入りぬ。<BR>⏎225 
d1332<P>⏎
 333 我もさすがにまだ見ぬ御住まひなれば、たどたどしけれど、人しげうなどしあらねば、寝殿の南表にぞ、火ほの暗う見えて、そよそよとする音する。参りて、<BR>⏎226 
d1334<P>⏎
cd4:2335-338 「まだ人は起きてはべるべし。ただこれよりおはしまさむ」<BR>⏎
<P>⏎
 としるべして入れたてまつる。<BR>⏎
<P>⏎
227-228 「まだ人は起きてはべるべし。ただこれよりおはしまさむ」<BR>⏎
 としるべして入れたてまつる。<BR>⏎
text51339 <A NAME="in23">[第三段 匂宮、浮舟とその女房らを覗き見る]</A><BR>229 
d1340<P>⏎
 341 やをら昇りて、格子の隙あるを見つけて寄りたまふに、伊予簾はさらさらと鳴るもつつまし。新しうきよげに造りたれど、さすがに粗々しくて隙ありけるを、誰れかは来て見むとも、うちとけて、穴も塞たがず、几帳の帷子うちかけておしやりたり。<BR>⏎230 
d1342<P>⏎
cd2:1343-344 火明う灯して、もの縫ふ人、三四人居たり。童のをかしげなる、糸をぞ縒る。これが顔、まづかの火影に見たまひしそれなり。うちつけ目かと、なほ疑はしきに、右近と名のりし若き人もあり。君は、腕を枕にて、火を眺めたるまみ、髪のこぼれかかりたる額つき、いとあてやかになまめきて、対の御方にいとようおぼえたり。<BR>⏎
<P>⏎
231 火明う灯して、もの縫ふ人、三四人居たり。童のをかしげなる、糸をぞ縒る。これが顔、まづかの火影に見たまひしそれなり。うちつけ目かと、なほ疑はしきに、右近と名のりし若き人もあり。君は、腕を枕にて、火を眺めたるまみ、髪のこぼれかかりたる額つき、いとあてやかになまめきて、対の御方にいとようおぼえたり。<BR>⏎
 345 この右近、物折るとて、<BR>⏎232 
d1346<P>⏎
 347 「かくて渡らせたまひなば、とみにしもえ帰り渡らせたまはじを、殿は、『この司召のほど過ぎて、朔日ころにはかならずおはしましなむ』と、昨日の御使も申しけり。御文には、いかが聞こえさせたまへりけむ」<BR>⏎233 
d1348<P>⏎
 349 と言へど、いらへもせず、いともの思ひたるけしきなり。<BR>⏎234 
d1350<P>⏎
 351 「折しも、はひ隠れさせたまへるやうならむが、見苦しさ」<BR>⏎235 
d1352<P>⏎
 353 と言へば、向ひたる人、<BR>⏎236 
d1354<P>⏎
cd2:1355-356 「それはかくなむ渡りぬると、御消息聞こえさせたまへらむこそよからめ。軽々しう、いかでかは音なくては、はひ隠れさせたまはむ。御物詣での後は、やがて渡りおはしましねかし。かくて心細きやうなれど、心にまかせてやすらかなる御住まひにならひて、なかなか旅心地すべしや」<BR>⏎
<P>⏎
237 「それはかくなむ渡りぬると、御消息聞こえさせたまへらむこそよからめ。軽々しう、いかでかは音なくては、はひ隠れさせたまはむ。御物詣での後は、やがて渡りおはしましねかし。かくて心細きやうなれど、心にまかせてやすらかなる御住まひにならひて、なかなか旅心地すべしや」<BR>⏎
 357 など言ふ。またあるは、<BR>⏎238 
d1358<P>⏎
cd2:1359-360 「なほしばし、かくて待ちきこえさせたまはむぞ、のどやかにさまよかるべき。京へなど迎へたてまつらせたまへらむ後、おだしくて親にも見えたてまつらせたまへかし。このおとどの、いと急にものしたまひて、にはかにかう聞こえなしたまふなめりかし。昔も今も、もの念じしてのどかなる人こそ、幸ひは見果てたまふなれ」<BR>⏎
<P>⏎
239 「なほしばし、かくて待ちきこえさせたまはむぞ、のどやかにさまよかるべき。京へなど迎へたてまつらせたまへらむ後、おだしくて親にも見えたてまつらせたまへかし。このおとどの、いと急にものしたまひて、にはかにかう聞こえなしたまふなめりかし。昔も今も、もの念じしてのどかなる人こそ、幸ひは見果てたまふなれ」<BR>⏎
 361 など言ふなり。右近、<BR>⏎240 
d1362<P>⏎
cd4:2363-366 「などてこの乳母をとどめたてまつらずなりにけむ。老いぬる人は、むつかしき心のあるにこそ」<BR>⏎
<P>⏎
 と憎むは、乳母やうの人をそしるなめり。「げに憎き者ありかし」と思し出づるも、夢の心地ぞする。かたはらいたきまで、うちとけたることどもを言ひて、<BR>⏎
<P>⏎
241-242 「などてこの乳母をとどめたてまつらずなりにけむ。老いぬる人は、むつかしき心のあるにこそ」<BR>⏎
 と憎むは、乳母やうの人をそしるなめり。「げに憎き者ありかし」と思し出づるも、夢の心地ぞする。かたはらいたきまで、うちとけたることどもを言ひて、<BR>⏎
 367 「宮の上こそ、いとめでたき御幸ひなれ。右の大殿の、さばかりめでたき御勢ひにて、いかめしうののしりたまふなれど、若君生れたまひて後は、こよなくぞおはしますなる。かかるさかしら人どものおはせで、御心のどかに、かしこうもてなしておはしますにこそはあめれ」<BR>⏎243 
d1368<P>⏎
 369 と言ふ。<BR>⏎244 
d1370<P>⏎
 371 「殿だに、まめやかに思ひきこえたまふこと変はらずは、劣りきこえたまふべきことかは」<BR>⏎245 
d1372<P>⏎
 373 と言ふを、君、すこし起き上がりて、<BR>⏎246 
d1374<P>⏎
 375 「いと聞きにくきこと。よその人にこそ、劣らじともいかにとも思はめ、かの御ことなかけても言ひそ。漏り聞こゆるやうもあらば、かたはらいたからむ」<BR>⏎247 
d1376<P>⏎
 377 など言ふ。<BR>⏎248 
d1378<P>⏎
text51379 <A NAME="in24">[第四段 匂宮、薫の声をまねて浮舟の寝所に忍び込む]</A><BR>249 
d1380<P>⏎
 381 「何ばかりの親族にかはあらむ。いとよくも似かよひたるけはひかな」と思ひ比ぶるに、「心恥づかしげにてあてなるところは、かれはいとこよなし。これはただらうたげにこまかなるところぞいとをかしき」。よろしう、なりあはぬところを見つけたらむにてだに、さばかりゆかしと思ししめたる人を、それと見て、さてやみたまふべき御心ならねば、まして隈もなく見たまふに、「いかでかこれをわがものにはなすべき」と、心も空になりたまひて、なほまもりたまへば、右近、<BR>⏎250 
d1382<P>⏎
 383 「いとねぶたし。昨夜もすずろに起き明かしてき。明朝のほどにも、これは縫ひてむ。急がせたまふとも、御車は日たけてぞあらむ」<BR>⏎251 
d1384<P>⏎
cd2:1385-386 と言ひてしさしたるものどもとり具して、几帳にうち掛けなどしつつ、うたた寝のさまに寄り臥しぬ。君もすこし奥に入りて臥す。右近は北表に行きて、しばしありてぞ来たる。君のあと近く臥しぬ。<BR>⏎
<P>⏎
252 と言ひてしさしたるものどもとり具して、几帳にうち掛けなどしつつ、うたた寝のさまに寄り臥しぬ。君もすこし奥に入りて臥す。右近は北表に行きて、しばしありてぞ来たる。君のあと近く臥しぬ。<BR>⏎
 387 ねぶたしと思ひければ、いととう寝入りぬるけしきを見たまひて、またせむやうもなければ、忍びやかにこの格子をたたきたまふ。右近聞きつけて、<BR>⏎253 
d1388<P>⏎
 389 「誰そ」<BR>⏎254 
d1390<P>⏎
 391 と言ふ。声づくりたまへば、あてなるしはぶきと聞き知りて、「殿のおはしたるにや」と思ひて、起きて出でたり。<BR>⏎255 
d1392<P>⏎
cd2:1393-394 「まづこれ開けよ」<BR>⏎
<P>⏎
256 「まづこれ開けよ」<BR>⏎
 395 とのたまへば、<BR>⏎257 
d1396<P>⏎
 397 「あやしう。おぼえなきほどにもはべるかな。夜はいたう更けはべりぬらむものを」<BR>⏎258 
d1398<P>⏎
 399 と言ふ。<BR>⏎259 
d1400<P>⏎
 401 「ものへ渡りたまふべかなりと、仲信が言ひつれば、驚かれつるままに出で立ちて。いとこそわりなかりつれ。まづ開けよ」<BR>⏎260 
d1402<P>⏎
 403 とのたまふ声、いとようまねび似せたまひて、忍びたれば、思ひも寄らず、かい放つ。<BR>⏎261 
d1404<P>⏎
 405 「道にて、いとわりなく恐ろしきことのありつれば、あやしき姿になりてなむ。火暗うなせ」<BR>⏎262 
d1406<P>⏎
 407 とのたまへば、<BR>⏎263 
d1408<P>⏎
cd2:1409-410 「あないみじ」<BR>⏎
<P>⏎
264 「あないみじ」<BR>⏎
 411 とあわてまどひて、火は取りやりつ。<BR>⏎265 
d1412<P>⏎
cd4:2413-416 「我人に見すなよ。来たりとて、人驚かすな」<BR>⏎
<P>⏎
 といとらうらうじき御心にて、もとよりもほのかに似たる御声を、ただかの御けはひにまねびて入りたまふ。「ゆゆしきことのさまとのたまひつる、いかなる御姿ならむ」といとほしくて、我も隠ろへて見たてまつる。<BR>⏎
<P>⏎
266-267 「我人に見すなよ。来たりとて、人驚かすな」<BR>⏎
 といとらうらうじき御心にて、もとよりもほのかに似たる御声を、ただかの御けはひにまねびて入りたまふ。「ゆゆしきことのさまとのたまひつる、いかなる御姿ならむ」といとほしくて、我も隠ろへて見たてまつる。<BR>⏎
 417 いと細やかになよなよと装束きて、香の香うばしきことも劣らず。近う寄りて、御衣ども脱ぎ、馴れ顔にうち臥したまへれば、<BR>⏎268 
d1418<P>⏎
 419 「例の御座にこそ」<BR>⏎269 
d1420<P>⏎
 421 など言へど、ものものたまはず。御衾参りて、寝つる人びと起こして、すこし退きて皆寝ぬ。御供の人など、例の、ここには知らぬならひにて、<BR>⏎270 
d1422<P>⏎
 423 「あはれなる、夜のおはしましざまかな」<BR>⏎271 
d1424<P>⏎
 425 「かかる御ありさまを、御覧じ知らぬよ」<BR>⏎272 
d1426<P>⏎
cd4:2427-430 などさかしらがる人もあれど、<BR>⏎
<P>⏎
 「あなかまたまへ。夜声は、ささめくしもぞ、かしかましき」<BR>⏎
<P>⏎
273-274 などさかしらがる人もあれど、<BR>⏎
 「あなかまたまへ。夜声は、ささめくしもぞ、かしかましき」<BR>⏎
 431 など言ひつつ寝ぬ。<BR>⏎275 
d1432<P>⏎
 433 女君は、「あらぬ人なりけり」と思ふに、あさましういみじけれど、声をだにせさせたまはず。いとつつましかりし所にてだに、わりなかりし御心なれば、ひたぶるにあさまし。初めよりあらぬ人と知りたらば、いかがいふかひもあるべきを、夢の心地するに、やうやう、その折のつらかりし、年月ごろ思ひわたるさまのたまふに、この宮と知りぬ。<BR>⏎276 
d1434<P>⏎
 435 いよいよ恥づかしく、かの上の御ことなど思ふに、またたけきことなければ、限りなう泣く。宮も、なかなかにて、たはやすく逢ひ見ざらむことなどを思すに、泣きたまふ。<BR>⏎277 
d1436<P>⏎
text51437 <A NAME="in25">[第五段 翌朝、匂宮、京へ帰らず居座る]</A><BR>278 
d1438<P>⏎
 439 夜は、ただ明けに明く。御供の人来て声づくる。右近聞きて参れり。出でたまはむ心地もなく、飽かずあはれなるに、またおはしまさむことも難ければ、「京には求め騒がるとも、今日ばかりはかくてあらむ。何事も<A HREF="#no2">生ける限りのため</A><A NAME="te2">こ</A>そあれ」。ただ今出でおはしまさむは、まことに死ぬべく思さるれば、この右近を召し寄せて、<BR>⏎279 
d1440<P>⏎
 441 「いと心地なしと思はれぬべけれど、今日はえ出づまじうなむある。男どもは、このわたり近からむ所に、よく隠ろへてさぶらへ。時方は、京へものして、『山寺に忍びてなむ』とつきづきしからむさまに、いらへなどせよ」<BR>⏎280 
d1442<P>⏎
 443 とのたまふに、いとあさましくあきれて、心もなかりける夜の過ちを思ふに、心地も惑ひぬべきを、思ひ静めて、<BR>⏎281 
d1444<P>⏎
 445 「今は、よろづにおぼほれ騒ぐとも、かひあらじものから、なめげなり。あやしかりし折に、いと深う思し入れたりしも、かう逃れざりける御宿世にこそありけれ。人のしたるわざかは」<BR>⏎282 
d1446<P>⏎
 447 と思ひ慰めて、<BR>⏎283 
d1448<P>⏎
cd2:1449-450 「今日、御迎へにとはべりしを、いかにせさせたまはむとする御ことにか。かう逃れきこえさせたまふまじかりける御宿世は、いと聞こえさせはべらむ方なし。折こそいとわりなくはべれ。なほ今日は出でおはしまして、御心ざしはべらば、のどかにも」<BR>⏎
<P>⏎
284 「今日、御迎へにとはべりしを、いかにせさせたまはむとする御ことにか。かう逃れきこえさせたまふまじかりける御宿世は、いと聞こえさせはべらむ方なし。折こそいとわりなくはべれ。なほ今日は出でおはしまして、御心ざしはべらば、のどかにも」<BR>⏎
 451 と聞こゆ。「およすけても言ふかな」と思して、<BR>⏎285 
d1452<P>⏎
 453 「我は、月ごろ思ひつるに、ほれ果てにければ、人のもどかむも<A HREF="#k06">言はむも</A><A NAME="t06">知</A>られず、ひたぶるに思ひなりにたり。すこしも身のことを思ひ憚からむ人の、かかるありきは思ひ立ちなむや。御返りには、『今日は物忌』など言へかし。人に知らるまじきことを、誰がためにも思へかし。異事はかひなし」<BR>⏎286 
d1454<P>⏎
cd2:1455-456 とのたまひてこの人の、世に知らずあはれに思さるるままに、よろづのそしりも忘れたまひぬべし。<BR>⏎
<P>⏎
287 とのたまひてこの人の、世に知らずあはれに思さるるままに、よろづのそしりも忘れたまひぬべし。<BR>⏎
text51457 <A NAME="in26">[第六段 右近、匂宮と浮舟の密事を隠蔽す]</A><BR>288 
d1458<P>⏎
 459 右近出でて、このおとなふ人に、<BR>⏎289 
d1460<P>⏎
cd4:2461-464 「かくなむのたまはするを、なほいとかたはならむ、とを申させたまへ。あさましうめづらかなる御ありさまは、さ思しめすとも、かかる御供人どもの御心にこそあらめ。いかでかう心幼うは率てたてまつりたまふこそ。なめげなることを聞こえさする山賤などもはべらましかば、いかならまし」<BR>⏎
<P>⏎
 と言ふ。内記は、「げにいとわづらはしくもあるかな」と思ひ立てり。<BR>⏎
<P>⏎
290-291 「かくなむのたまはするを、なほいとかたはならむ、とを申させたまへ。あさましうめづらかなる御ありさまは、さ思しめすとも、かかる御供人どもの御心にこそあらめ。いかでかう心幼うは率てたてまつりたまふこそ。なめげなることを聞こえさする山賤などもはべらましかば、いかならまし」<BR>⏎
 と言ふ。内記は、「げにいとわづらはしくもあるかな」と思ひ立てり。<BR>⏎
 465 「時方と仰せらるるは、誰れにか。さなむ」<BR>⏎292 
d1466<P>⏎
 467 と伝ふ。笑ひて、<BR>⏎293 
d1468<P>⏎
 469 「勘へたまふことどもの恐ろしければ、さらずとも逃げてまかでぬべし。まめやかには、おろかならぬ御けしきを見たてまつれば、誰れも誰れも、身を捨ててなむ。よしよし、宿直人も、皆起きぬなり」<BR>⏎294 
d1470<P>⏎
 471 とて急ぎ出でぬ。<BR>⏎295 
d1472<P>⏎
 473 右近、「人に知らすまじうは、いかがはたばかるべき」とわりなうおぼゆ。人びと起きぬるに、<BR>⏎296 
d1474<P>⏎
 475 「殿は、さるやうありて、いみじう忍びさせたまふけしき見たてまつれば、道にていみじきことのありけるなめり。御衣どもなど、夜さり忍びて持て参るべくなむ、仰せられつる」<BR>⏎297 
d1476<P>⏎
 477 など言ふ。御達、<BR>⏎298 
d1478<P>⏎
cd2:1479-480 「あなむくつけや。木幡山は、いと恐ろしかなる山ぞかし。例の、御前駆も追はせたまはず、やつれておはしましけむに、あないみじや」<BR>⏎
<P>⏎
299 「あなむくつけや。木幡山は、いと恐ろしかなる山ぞかし。例の、御前駆も追はせたまはず、やつれておはしましけむに、あないみじや」<BR>⏎
 481 と言へば、<BR>⏎300 
d1482<P>⏎
 483 「あなかま、あなかま。下衆などの、ちりばかりも聞きたらむに、いといみじからむ」<BR>⏎301 
d1484<P>⏎
 485 と言ひゐたる、心地恐ろし。あやにくに、殿の御使のあらむ時、いかに言はむと、<BR>⏎302 
d1486<P>⏎
 487 「初瀬の観音、<A HREF="#k07">今日</A><A NAME="t07">事</A>なくて暮らしたまへ」<BR>⏎303 
d1488<P>⏎
cd2:1489-490 と大願をぞ立てける。<BR>⏎
<P>⏎
304 と大願をぞ立てける。<BR>⏎
 491 石山に今日詣でさせむとて、母君の迎ふるなりけり。この人びともみな精進し、きよまはりてあるに、<BR>⏎305 
d1492<P>⏎
cd2:1493-494 「さらば今日は、え渡らせたまふまじきなめり。いと口惜しきこと」<BR>⏎
<P>⏎
306 「さらば今日は、え渡らせたまふまじきなめり。いと口惜しきこと」<BR>⏎
 495 と言ふ。<BR>⏎307 
d1496<P>⏎
text51497 <A NAME="in27">[第七段 右近、浮舟の母の使者の迎えを断わる]</A><BR>308 
d1498<P>⏎
 499 日高くなれば、格子など上げて、右近ぞ近くて仕うまつりける。母屋の簾は皆下ろしわたして、「物忌」など書かせて付けたり。母君もやみづからおはするとて、「夢見騒がしかりつ」と言ひなすなりけり。御手水など参りたるさまは、例のやうなれど、まかなひめざましう思されて、<BR>⏎309 
d1500<P>⏎
 501 「そこに洗はせたまはば」<BR>⏎310 
d1502<P>⏎
 503 とのたまふ。女、いとさまよう心にくき人を見ならひたるに、時の間も見ざらむに死ぬべしと思し焦がるる人を、「心ざし深しとは、かかるを言ふにやあらむ」と思ひ知らるるにも、「あやしかりける身かな。誰れも、ものの聞こえあらば、いかに思さむ」と、まづかの上の御心を思ひ出できこゆれど、<BR>⏎311 
d1504<P>⏎
cd6:3505-510 「知らぬを、返す返すいと心憂し。なほあらむままにのたまへ。いみじき下衆といふとも、いよいよなむあはれなるべき」<BR>⏎
<P>⏎
 とわりなう問ひたまへど、その御いらへは絶えてせず。異事は、いとをかしくけぢかきさまにいらへきこえなどして、なびきたるを、いと限りなうらうたしとのみ見たまふ。<BR>⏎
<P>⏎
 日高くなるほどに、迎への人来たり。車二つ、馬なる人びとの、例の、荒らかなる七八人。男ども多く、例の、品々しからぬけはひ、さへづりつつ入り来たれば、人びとかたはらいたがりつつ、<BR>⏎
<P>⏎
312-314 「知らぬを、返す返すいと心憂し。なほあらむままにのたまへ。いみじき下衆といふとも、いよいよなむあはれなるべき」<BR>⏎
 とわりなう問ひたまへど、その御いらへは絶えてせず。異事は、いとをかしくけぢかきさまにいらへきこえなどして、なびきたるを、いと限りなうらうたしとのみ見たまふ。<BR>⏎
 日高くなるほどに、迎への人来たり。車二つ、馬なる人びとの、例の、荒らかなる七八人。男ども多く、例の、品々しからぬけはひ、さへづりつつ入り来たれば、人びとかたはらいたがりつつ、<BR>⏎
 511 「あなたに隠れよ」<BR>⏎315 
d1512<P>⏎
 513 と言はせなどす。右近、「いかにせむ。殿なむおはする、と言ひたらむに、京にさばかりの人のおはし、おはせず、おのづから聞きかよひて、隠れなきこともこそあれ」と思ひて、この人びとにも、ことに言ひ合はせず、返り事書く。<BR>⏎316 
d1514<P>⏎
 515 「昨夜より穢れさせたまひて、いと口惜しきことを思し嘆くめりしに、今宵、夢見騒がしく見えさせたまひつれば、今日ばかり慎ませたまへとてなむ、物忌にてはべる。返す返す、口惜しく、ものの妨げのやうに見たてまつりはべる」<BR>⏎317 
d1516<P>⏎
 517 と書きて、人びとに物など食はせてやりつ。尼君にも、<BR>⏎318 
d1518<P>⏎
 519 「今日は物忌にて、渡りたまはぬ」<BR>⏎319 
d1520<P>⏎
 521 と言はせたり。<BR>⏎320 
d1522<P>⏎
text51523 <A NAME="in28">[第八段 匂宮と浮舟、一日仲睦まじく過ごす]</A><BR>321 
d1524<P>⏎
 525 例は暮らしがたくのみ、霞める山際を眺めわびたまふに、暮れ行くはわびしくのみ<A HREF="#k08">思し焦らるる</A><A NAME="t08">人</A>に惹かれたてまつりて、いとはかなう暮れぬ。紛るることなくのどけき春の日に、<A HREF="#no3">見れども見れども飽かず</A><A NAME="te3">、</A>そのことぞとおぼゆる隈なく、愛敬づきなつかしくをかしげなり。<BR>⏎322 
d1526<P>⏎
cd2:1527-528 さるはかの対の御方には似劣りなり。大殿の君の盛りに匂ひたまへるあたりにては、こよなかるべきほどの人を、たぐひなう思さるるほどなれば、「また知らずをかし」とのみ見たまふ。<BR>⏎
<P>⏎
323 さるはかの対の御方には似劣りなり。大殿の君の盛りに匂ひたまへるあたりにては、こよなかるべきほどの人を、たぐひなう思さるるほどなれば、「また知らずをかし」とのみ見たまふ。<BR>⏎
 529 女はまた、大将殿を、いときよげに、またかかる人あらむやと見しかど、「こまやかに匂ひきよらなることは、こよなくおはしけり」と見る。<BR>⏎324 
d1530<P>⏎
 531 硯ひき寄せて、手習などしたまふ。いとをかしげに書きすさび、絵などを見所多く描きたまへれば、若き心地には、思ひも移りぬべし。<BR>⏎325 
d1532<P>⏎
 533 「心より外に、え見ざらむほどは、これを見たまへよ」<BR>⏎326 
d1534<P>⏎
cd2:1535-536 とていとをかしげなる男女、もろともに添ひ臥したる画を描きたまひて、<BR>⏎
<P>⏎
327 とていとをかしげなる男女、もろともに添ひ臥したる画を描きたまひて、<BR>⏎
 537 「常にかくてあらばや」<BR>⏎328 
d1538<P>⏎
 539 などのたまふも、涙落ちぬ。<BR>⏎329 
d1540<P>⏎
cd3:1541-543 「長き世を頼めてもなほ悲しきは<BR>⏎
  ただ明日知らぬ命なりけり<BR>⏎
<P>⏎
330 「長き世を頼めてもなほ悲しきは<BR>  ただ明日知らぬ命なりけり<BR>⏎
 544 いとかう思ふこそ、ゆゆしけれ。心に身をもさらにえまかせず、よろづにたばからむほど、まことに死ぬべくなむおぼゆる。つらかりし御ありさまを、なかなか何に尋ね出でけむ」<BR>⏎331 
d1545<P>⏎
 546 などのたまふ。女、濡らしたまへる筆を取りて、<BR>⏎332 
d1547<P>⏎
cd3:1548-550 「心をば嘆かざらまし命のみ<BR>⏎
  定めなき世と思はましかば」<BR>⏎
<P>⏎
333 「心をば嘆かざらまし命のみ<BR>  定めなき世と思はましかば」<BR>⏎
 551 とあるを、「変はらむをば恨めしう思ふべかりけり」と見たまふにも、いとらうたし。<BR>⏎334 
d1552<P>⏎
 553 「いかなる人の心変はりを見ならひて」<BR>⏎335 
d1554<P>⏎
cd2:1555-556 などほほ笑みて、大将のここに渡し初めたまひけむほどを、返す返すゆかしがりたまひて、問ひたまふを、苦しがりて、<BR>⏎
<P>⏎
336 などほほ笑みて、大将のここに渡し初めたまひけむほどを、返す返すゆかしがりたまひて、問ひたまふを、苦しがりて、<BR>⏎
 557 「え言はぬことを、かうのたまふこそ」<BR>⏎337 
d1558<P>⏎
cd2:1559-560 とうち怨じたるさまも、若びたり。おのづからそれは聞き出でてむ、と思すものから、言はせまほしきぞわりなきや。<BR>⏎
<P>⏎
338 とうち怨じたるさまも、若びたり。おのづからそれは聞き出でてむ、と思すものから、言はせまほしきぞわりなきや。<BR>⏎
text51561 <A NAME="in29">[第九段 翌朝、匂宮、京へ帰る]</A><BR>339 
d1562<P>⏎
 563 夜さり、京へ遣はしつる大夫参りて、右近に会ひたり。<BR>⏎340 
d1564<P>⏎
cd2:1565-566 「后の宮よりも御使参りて、右の大殿もむつかりきこえさせたまひて、『人に知られさせたまはぬ御ありきは、いと軽々しく、なめげなることもあるを、すべて内裏などに聞こし召さむことも、身のためなむいとからき』といみじく申させたまひけり。東山に聖御覧じにとなむ、人にはものしはべりつる」<BR>⏎
<P>⏎
341 「后の宮よりも御使参りて、右の大殿もむつかりきこえさせたまひて、『人に知られさせたまはぬ御ありきは、いと軽々しく、なめげなることもあるを、すべて内裏などに聞こし召さむことも、身のためなむいとからき』といみじく申させたまひけり。東山に聖御覧じにとなむ、人にはものしはべりつる」<BR>⏎
 567 など語りて、<BR>⏎342 
d1568<P>⏎
 569 「女こそ罪深うおはするものはあれ。すずろなる眷属の人をさへ惑はしたまひて、虚言をさへせさせたまふよ」<BR>⏎343 
d1570<P>⏎
 571 と言へば、<BR>⏎344 
d1572<P>⏎
cd6:3573-578 「聖の名をさへつけきこえさせたまひてければ、いとよし。私の罪も、それにて滅ぼしたまふらむ。まことに、いとあやしき御心の、げにいかでならはせたまひけむ。かねてかうおはしますべしと承らましにも、いとかたじけなければ、たばかりきこえさせてましものを。奥なき御ありきにこそは」<BR>⏎
<P>⏎
 と扱ひきこゆ。<BR>⏎
<P>⏎
 参りて、「さなむ」とまねびきこゆれば、「げにいかならむ」と、思しやるに、<BR>⏎
<P>⏎
345-347 「聖の名をさへつけきこえさせたまひてければ、いとよし。私の罪も、それにて滅ぼしたまふらむ。まことに、いとあやしき御心の、げにいかでならはせたまひけむ。かねてかうおはしますべしと承らましにも、いとかたじけなければ、たばかりきこえさせてましものを。奥なき御ありきにこそは」<BR>⏎
 と扱ひきこゆ。<BR>⏎
 参りて、「さなむ」とまねびきこゆれば、「げにいかならむ」と、思しやるに、<BR>⏎
 579 「所狭き身こそわびしけれ。軽らかなるほどの殿上人などにて、しばしあらばや。いかがすべき。かうつつむべき人目も、え憚りあふまじくなむ。<BR>⏎348 
d1580<P>⏎
 581 大将もいかに思はむとすらむ。さるべきほどとは言ひながら、あやしきまで、昔より睦ましき仲に、かかる心の隔ての知られたらむ時、恥づかしう、またいかにぞや。<BR>⏎349 
d1582<P>⏎
 583 世のたとひに言ふこともあれば、待ち遠なるわがおこたりをも知らず、怨みられたまはむをさへなむ思ふ。夢にも人に知られたまふまじきさまにて、ここならぬ所に率て離れたてまつらむ」<BR>⏎350 
d1584<P>⏎
 585 とぞのたまふ。今日さへかくて籠もりゐたまふべきならねば、出でたまひなむとするにも、<A HREF="#no4">袖の中にぞ留め</A><A NAME="te4">た</A>まひつらむかし。<BR>⏎351 
d1586<P>⏎
 587 明け果てぬ前にと、人びとしはぶき驚かしきこゆ。妻戸にもろともに率ておはして、え出でやりたまはず。<BR>⏎352 
d1588<P>⏎
cd3:1589-591 「世に知らず惑ふべきかな先に立つ<BR>⏎
  涙も道をかきくらしつつ」<BR>⏎
<P>⏎
353 「世に知らず惑ふべきかな先に立つ<BR>  涙も道をかきくらしつつ」<BR>⏎
 592 女も、限りなくあはれと思ひけり。<BR>⏎354 
d1593<P>⏎
cd3:1594-596 「涙をもほどなき袖にせきかねて<BR>⏎
  いかに別れをとどむべき身ぞ」<BR>⏎
<P>⏎
355 「涙をもほどなき袖にせきかねて<BR>  いかに別れをとどむべき身ぞ」<BR>⏎
 597 風の音もいと荒ましく、霜深き暁に、<A HREF="#no5">おのが衣々</A><A NAME="te5">も</A>冷やかになりたる心地して、御馬に乗りたまふほど、引き返すやうにあさましけれど、御供の人びと、「いと<A HREF="#no6">戯れにくし</A><A NAME="te6">」</A>と思ひて、ただ急がしに急がし出づれば、我にもあらで出でたまひぬ。<BR>⏎356 
d1598<P>⏎
 599 この五位二人なむ、御馬の口にはさぶらひける。さかしき山越え出でてぞ、おのおの馬には乗る。みぎはの氷を踏みならす馬の足音さへ、心細くもの悲し。昔もこの道にのみこそは、かかる山踏みはしたまひしかば、「あやしかりける里の契りかな」と思す。<BR>⏎357 
d1600<P>⏎
text51601 <H4>第三章 浮舟と薫の物語 薫と浮舟、宇治橋の和歌を詠み交す</H4>358 
text51602 <A NAME="in31">[第一段 匂宮、二条院に帰邸し、中君を責める]</A><BR>359 
d1603<P>⏎
 604 二条の院におはしまし着きて、女君のいと心憂かりし御もの隠しもつらければ、心やすき方に大殿籠もりぬるに、寝られたまはず、いと寂しきに、もの思ひまされば、心弱く対に渡りたまひぬ。<BR>⏎360 
d1605<P>⏎
 606 何心もなく、いときよげにておはす。「めづらしくをかしと見たまひし人よりも、またこれはなほありがたきさまはしたまへりかし」と見たまふものから、いとよく似たるを思ひ出でたまふも、胸塞がれば、いたくもの思したるさまにて、御帳に入りて大殿籠もる。女君も率て入りきこえたまひて、<BR>⏎361 
d1607<P>⏎
cd2:1608-609 「心地こそいと悪しけれ。いかならむとするにかと、心細くなむある。まろはいみじくあはれと見置いたてまつるとも、御ありさまはいととく変はりなむかし。人の本意は、かならずかなふなれば」<BR>⏎
<P>⏎
362 「心地こそいと悪しけれ。いかならむとするにかと、心細くなむある。まろはいみじくあはれと見置いたてまつるとも、御ありさまはいととく変はりなむかし。人の本意は、かならずかなふなれば」<BR>⏎
 610 とのたまふ。「けしからぬことをも、まめやかにさへのたまふかな」と思ひて、<BR>⏎363 
d1611<P>⏎
 612 「かう聞きにくきことの漏りて聞こえたらば、いかやうに聞こえなしたるにかと、人も思ひ寄りたまはむこそ、あさましけれ。心憂き身には、すずろなることもいと苦しく」<BR>⏎364 
d1613<P>⏎
cd4:2614-617 とて背きたまへり。宮も、まめだちたまひて、<BR>⏎
<P>⏎
 「まことにつらしと思ひきこゆることもあらむは、いかが思さるべき。まろは御ためにおろかなる人かは。人も、ありがたしなど、とがむるまでこそあれ。人にはこよなう思ひ落としたまふべかめり。誰れもさべきにこそはと、ことわらるるを、隔てたまふ御心の深きなむ、いと心憂き」<BR>⏎
<P>⏎
365-366 とて背きたまへり。宮も、まめだちたまひて、<BR>⏎
 「まことにつらしと思ひきこゆることもあらむは、いかが思さるべき。まろは御ためにおろかなる人かは。人も、ありがたしなど、とがむるまでこそあれ。人にはこよなう思ひ落としたまふべかめり。誰れもさべきにこそはと、ことわらるるを、隔てたまふ御心の深きなむ、いと心憂き」<BR>⏎
 618 とのたまふにも、「宿世のおろかならで、尋ね寄りたるぞかし」と思し出づるに、涙ぐまれぬ。まめやかなるを、「いとほしう、いかやうなることを聞きたまへるならむ」と驚かるるに、いらへきこえたまはむ言もなし。<BR>⏎367 
d1619<P>⏎
 620 「ものはかなきさまにて見そめたまひしに、何ごとをも軽らかに推し量りたまふにこそはあらめ。すずろなる人をしるべにて、その心寄せを思ひ知り始めなどしたる過ちばかりに、おぼえ劣る身にこそ」と思し続くるも、よろづ悲しくて、いとどらうたげなる御けはひなり。<BR>⏎368 
d1621<P>⏎
 622 「かの人見つけたることは、しばし知らせたてまつらじ」と<A HREF="#k09">思せば</A><A NAME="t09">、</A>「異ざまに思はせて怨みたまふを、ただこの大将の御ことをまめまめしくのたまふ」と思すに、「人や虚言をたしかなるやうに聞こえたらむ」など思す。ありやなしやを聞かぬ間は、見えたてまつらむも恥づかし。<BR>⏎369 
d1623<P>⏎
text51624 <A NAME="in32">[第二段 明石中宮からと薫の見舞い]</A><BR>370 
d1625<P>⏎
 626 内裏より大宮の御文あるに、驚きたまひて、なほ心解けぬ御けしきにて、あなたに渡りたまひぬ。<BR>⏎371 
d1627<P>⏎
 628 「昨日のおぼつかなさを。悩ましく思されたなる、よろしくは参りたまへ。久しうもなりにけるを」<BR>⏎372 
d1629<P>⏎
 630 などやうに聞こえたまへれば、騒がれたてまつらむも苦しけれど、まことに御心地も違ひたるやうにて、その日は参りたまはず。上達部など、あまた参りたまへど、御簾の内にて暮らしたまふ。<BR>⏎373 
d1631<P>⏎
 632 夕つ方、右大将参りたまへり。<BR>⏎374 
d1633<P>⏎
 634 「こなたにを」<BR>⏎375 
d1635<P>⏎
cd2:1636-637 とてうちとけながら対面したまへり。<BR>⏎
<P>⏎
376 とてうちとけながら対面したまへり。<BR>⏎
 638 「悩ましげにおはします、とはべりつれば、宮にもいとおぼつかなく思し召してなむ。いかやうなる御悩みにか」<BR>⏎377 
d1639<P>⏎
 640 と聞こえたまふ。見るからに、御心騷ぎのいとどまされば、言少なにて、「聖だつと言ひながら、こよなかりける山伏心かな。さばかりあはれなる人を、さて置きて、心のどかに月日を待ちわびさすらむよ」と思す。<BR>⏎378 
d1641<P>⏎
cd2:1642-643 例は、さしもあらぬことのついでにだに、我はまめ人ともてなし名のりたまふを、ねたがりたまひて、よろづにのたまひ破るを、かかること見表はいたるを、いかにのたまはまし。されどさやうの戯れ事もかけたまはず、いと苦しげに見えたまへば、<BR>⏎
<P>⏎
379 例は、さしもあらぬことのついでにだに、我はまめ人ともてなし名のりたまふを、ねたがりたまひて、よろづにのたまひ破るを、かかること見表はいたるを、いかにのたまはまし。されどさやうの戯れ事もかけたまはず、いと苦しげに見えたまへば、<BR>⏎
 644 「不便なるわざかな。おどろおどろしからぬ御心地の、さすがに日数経るは、いと悪しきわざにはべり。御風邪よくつくろはせたまへ」<BR>⏎380 
d1645<P>⏎
cd2:1646-647 などまめやかに聞こえおきて出でたまひぬ。「恥づかしげなる人なりかし。わがありさまを、いかに思ひ比べけむ」など、さまざまなることにつけつつも、ただこの人を、時の間忘れず思し出づ。<BR>⏎
<P>⏎
381 などまめやかに聞こえおきて出でたまひぬ。「恥づかしげなる人なりかし。わがありさまを、いかに思ひ比べけむ」など、さまざまなることにつけつつも、ただこの人を、時の間忘れず思し出づ。<BR>⏎
 648 かしこには、石山も停まりて、いとつれづれなり。御文には、いといみじきことを書き集めたまひて遣はす。それだに心やすからず、「時方」と召しし大夫の従者の、心も知らぬしてなむやりける。<BR>⏎382 
d1649<P>⏎
 650 「右近が古く知れりける人の、殿の御供にて尋ね出でたる、さらがへりてねむごろがる」<BR>⏎383 
d1651<P>⏎
cd2:1652-653 と友達には言ひ聞かせたり。よろづ右近ぞ、虚言しならひける。<BR>⏎
<P>⏎
384 と友達には言ひ聞かせたり。よろづ右近ぞ、虚言しならひける。<BR>⏎
text51654 <A NAME="in33">[第三段 二月上旬、薫、宇治へ行く]</A><BR>385 
d1655<P>⏎
 656 月もたちぬ。かう思し知らるれど、おはしますことはいとわりなし。「かうのみものを思はば、さらにえながらふまじき身なめり」と、心細さを添へて嘆きたまふ。<BR>⏎386 
d1657<P>⏎
 658 大将殿、すこしのどかになりぬるころ、例の、忍びておはしたり。寺に仏など拝みたまふ。御誦経せさせたまふ僧に、物賜ひなどして、夕つ方、ここには忍びたれど、これはわりなくもやつしたまはず。烏帽子直衣の姿、いとあらまほしくきよげにて、歩み入りたまふより、恥づかしげに、用意ことなり。<BR>⏎387 
d1659<P>⏎
cd4:2660-663 女いかで見えたてまつらむとすらむと、空さへ恥づかしく恐ろしきに、あながちなりし人の御ありさま、うち思ひ出でらるるに、またこの人に見えたてまつらむを思ひやるなむ、いみじう心憂き。<BR>⏎
<P>⏎
 「『われは年ごろ見る人をも、皆思ひ変はりぬべき心地なむする』とのたまひしを、げにそののち御心地苦しとて、いづくにもいづくにも、例の御ありさまならで、御修法など騒ぐなるを聞くに、またいかに聞きて思さむ」と思ふもいと苦し。<BR>⏎
<P>⏎
388-389 女いかで見えたてまつらむとすらむと、空さへ恥づかしく恐ろしきに、あながちなりし人の御ありさま、うち思ひ出でらるるに、またこの人に見えたてまつらむを思ひやるなむ、いみじう心憂き。<BR>⏎
 「『われは年ごろ見る人をも、皆思ひ変はりぬべき心地なむする』とのたまひしを、げにそののち御心地苦しとて、いづくにもいづくにも、例の御ありさまならで、御修法など騒ぐなるを聞くに、またいかに聞きて思さむ」と 思ふもいと苦し。<BR>⏎
 664 この人はた、いとけはひことに、心深く、なまめかしきさまして、久しかりつるほどのおこたりなどのたまふも、言多からず、恋し愛しとおり立たねど、常にあひ見ぬ恋の苦しさを、さまよきほどにうちのたまへる、いみじく<A HREF="#no7">言ふにはまさりて</A><A NAME="te7">、</A>いとあはれと人の思ひぬべきさまをしめたまへる人柄なり。艶なる方はさるものにて、行く末長く人の頼みぬべき心ばへなど、こよなくまさりたまへり。<BR>⏎390 
d1665<P>⏎
 666 「思はずなるさまの心ばへなど、漏り聞かせたらむ時も、なのめならずいみじくこそあべけれ。あやしううつし心もなう思し焦らるる人を、あはれと思ふも、それはいとあるまじく軽きことぞかし。この人に憂しと思はれて、忘れたまひなむ」心細さは、いと深うしみにければ、思ひ乱れたるけしきを、「月ごろに、こよなうものの心知り、ねびまさりにけり。つれづれなる住み処のほどに、思ひ残すことはあらじかし」と見たまふも、心苦しければ、常よりも心とどめて語らひたまふ。<BR>⏎391 
d1667<P>⏎
text51668 <A NAME="in34">[第四段 薫と浮舟、それぞれの思い]</A><BR>392 
d1669<P>⏎
 670 「造らする所、やうやうよろしうしなしてけり。一日なむ、見しかば、ここよりは気近き水に、花も見たまひつべし。三条の宮も近きほどなり。明け暮れおぼつかなき隔ても、おのづからあるまじきを、この春のほどに、さりぬべくは渡してむ」<BR>⏎393 
d1671<P>⏎
 672 と思ひてのたまふも、「かの人の、のどかなるべき所思ひまうけたりと、昨日ものたまへりしを、かかることも知らで、さ思すらむよ」と、あはれながらも、「そなたになびくべきにはあらずかし」と思ふからに、ありし御さまの、面影におぼゆれば、「我ながらも、うたて心憂の身や」と、思ひ続けて泣きぬ。<BR>⏎394 
d1673<P>⏎
 674 「御心ばへの、かからでおいらかなりしこそ、のどかにうれしかりしか。人のいかに聞こえ知らせたることかある。すこしもおろかならむ心ざしにては、かうまで参り来べき身のほど、道のありさまにもあらぬを」<BR>⏎395 
d1675<P>⏎
cd2:1676-677 など朔日ごろの夕月夜に、すこし端近く臥して眺め出だしたまへり。男は、過ぎにし方のあはれをも思し出で、女は、今より添ひたる身の憂さを嘆き加へて、かたみにもの思はし。<BR>⏎
<P>⏎
396 など朔日ごろの夕月夜に、すこし端近く臥して眺め出だしたまへり。男は、過ぎにし方のあはれをも思し出で、女は、今より添ひたる身の憂さを嘆き加へて、かたみにもの思はし。<BR>⏎
text51678 <A NAME="in35">[第五段 薫と浮舟、宇治橋の和歌を詠み交す]</A><BR>397 
d1679<P>⏎
 680 山の方は霞隔てて、<A HREF="#no8">寒き洲崎に立てる鵲</A><A NAME="te8">の</A>姿も、所からはいとをかしう見ゆるに、宇治橋のはるばると見わたさるるに、柴積み舟の所々に行きちがひたるなど、他にて目馴れぬことどものみとり集めたる所なれば、見たまふたびごとに、なほそのかみのことのただ今の心地して、いとかからぬ人を見交はしたらむだに、めづらしき仲のあはれ多かるべきほどなり。<BR>⏎398 
d1681<P>⏎
cd5:2682-686 まいて<A HREF="#k10">恋しき人に</A><A NAME="t10">よ</A>そへられたるもこよなからず、やうやうものの心知り、都馴れゆくありさまのをかしきも、こよなく見まさりしたる心地したまふに、女は、かき集めたる心のうちに、催さるる涙、ともすれば出でたつを、慰めかねたまひつつ、<BR>⏎
<P>⏎
 「宇治橋の長き契りは朽ちせじを<BR>⏎
  危ぶむ方に心騒ぐな<BR>⏎
<P>⏎
399-400 まいて<A HREF="#k10">恋しき人に</A><A NAME="t10">よ</A>そへられたるもこよなからず、やうやうものの心知り、都馴れゆくありさまのをかしきも、こよなく見まさりしたる心地したまふに、女は、かき集めたる心のうちに、催さるる涙、ともすれば出でたつを、慰めかねたまひつつ、<BR>⏎
 「宇治橋の長き契りは朽ちせじを<BR>  危ぶむ方に心騒ぐな<BR>⏎
 687 今見たまひてむ」<BR>⏎401 
d1688<P>⏎
 689 とのたまふ。<BR>⏎402 
d1690<P>⏎
cd3:1691-693 「絶え間のみ世には危ふき宇治橋を<BR>⏎
  朽ちせぬものとなほ頼めとや」<BR>⏎
<P>⏎
403 「絶え間のみ世には危ふき宇治橋を<BR>  朽ちせぬものとなほ頼めとや」<BR>⏎
 694 さきざきよりもいと見捨てがたく、しばしも立ちとまらまほしく思さるれど、人のもの言ひのやすからぬに、「今さらなり。心やすきさまにてこそ」など思しなして、暁に帰りたまひぬ。「いとようもおとなびたりつるかな」と、心苦しく思し出づること、ありしにまさりけり。<BR>⏎404 
d1695<P>⏎
text51696 <H4>第四章 浮舟と匂宮の物語 匂宮と浮舟、橘の小島の和歌を詠み交す</H4>405 
text51697 <A NAME="in41">[第一段 二月十日、宮中の詩会催される]</A><BR>406 
d1698<P>⏎
 699 如月の十日のほどに、内裏に文作らせたまふとて、この宮も大将も参りあひたまへり。折に合ひたる物の調べどもに、宮の御声はいとめでたくて、「梅が枝」など謡ひたまふ。何ごとも人よりはこよなうまさりたまへる御さまにて、すずろなること思し焦らるるのみなむ、罪深かりける。<BR>⏎407 
d1700<P>⏎
 701 雪にはかに降り乱れ、風など烈しければ、御遊びとくやみぬ。この宮の御宿直所に、人びと参りたまふ。もの参りなどして、うち休みたまへり。<BR>⏎408 
d1702<P>⏎
 703 大将、人にもののたまはむとて、すこし端近く出でたまへるに、雪のやうやう積もるが、星の光におぼおぼしきを、「<A HREF="#no9">闇はあやなし</A><A NAME="te9">」</A>とおぼゆる匂ひありさまにて、<BR>⏎409 
d1704<P>⏎
 705 「<A HREF="#no10">衣片敷き今宵もや</A><A NAME="te10">」</A><BR>⏎410 
d1706<P>⏎
cd2:1707-708 とうち誦じたまへるも、はかなきことを口ずさびにのたまへるも、あやしくあはれなるけしき添へる人ざまにて、いともの深げなり。<BR>⏎
<P>⏎
411 とうち誦じたまへるも、はかなきことを口ずさびにのたまへるも、あやしくあはれなるけしき添へる人ざまにて、いともの深げなり。<BR>⏎
 709 言しもこそあれ、宮は寝たるやうにて、御心騒ぐ。<BR>⏎412 
d1710<P>⏎
 711 「おろかには思はぬなめりかし。片敷く袖を、我のみ思ひやる心地しつるを、同じ心なるもあはれなり。侘しくもあるかな。かばかりなる本つ人をおきて、我が方にまさる思ひは、いかでつくべきぞ」<BR>⏎413 
d1712<P>⏎
 713 とねたう思さる。<BR>⏎414 
d1714<P>⏎
cd2:1715-716 明朝、雪のいと高う積もりたるに、文たてまつりたまはむとて、御前に参りたまへる御容貌、このころいみじく盛りにきよげなり。かの君も同じほどにて、今二つ三つまさるけぢめにや、すこしねびまさるけしき用意などぞ、ことさらにも作りたらむ、あてなる男の本にしつべくものしたまふ。「帝の御婿にて飽かぬことなし」とぞ、世人もことわりける。才なども、おほやけおほやけしき方も、後れずぞおはすべき。<BR>⏎
<P>⏎
415 明朝、雪のいと高う積もりたるに、文たてまつりたまはむとて、御前に参りたまへる御容貌、このころいみじく盛りにきよげなり。かの君も同じほどにて、今二つ三つまさるけぢめにや、すこしねびまさるけしき用意などぞ、ことさらにも作りたらむ、あてなる男の本にしつべくものしたまふ。「帝の御婿にて飽かぬことなし」とぞ、世人もことわりける。才なども、おほやけおほやけしき方も、後れずぞおはすべき。<BR>⏎
 717 文講じ果てて、皆人まかでたまふ。宮の御文を、「すぐれたり」と誦じののしれど、何とも聞き入れたまはず、「いかなる心地にて、かかることをもし出づらむ」と、そらにのみ思ほしほれたり。<BR>⏎416 
d1718<P>⏎
text51719 <A NAME="in42">[第二段 匂宮、雪の山道の宇治へ行く]</A><BR>417 
d1720<P>⏎
 721 かの人の御けしきにも、いとど驚かれたまひければ、あさましうたばかりておはしましたり。京には、<A HREF="#no11">友待つばかり消え残りたる雪</A><A NAME="te11">、</A>山深く入るままに、やや降り埋みたり。<BR>⏎418 
d1722<P>⏎
 723 常よりもわりなき<A HREF="#no12">まれの細道</A><A NAME="te12">を</A>分けたまふほど、御供の人も、泣きぬばかり恐ろしう、わづらはしきことをさへ思ふ。しるべの内記は、式部少輔なむ掛けたりける。いづ方もいづ方も、<A HREF="#k11">ことことしかるべき</A><A NAME="t11">官</A>ながら、いとつきづきしく、引き上げなどしたる姿もをかしかりけり。<BR>⏎419 
d1724<P>⏎
 725 かしこには、おはせむとありつれど、「かかる雪には」とうちとけたるに、夜更けて右近に消息したり。「あさましう、あはれ」と、君も思へり。右近は、「いかになり果てたまふべき御ありさまにか」と、かつは苦しけれど、今宵はつつましさも忘れぬべし。言ひ返さむ方もなければ、同じやうに睦ましくおぼいたる若き人の、心ざまも奥なからぬを語らひて、<BR>⏎420 
d1726<P>⏎
 727 「いみじくわりなきこと。同じ心に、もて隠したまへ」<BR>⏎421 
d1728<P>⏎
 729 と言ひてけり。<A HREF="#k12">もろともに</A><A NAME="t12">入</A>れたてまつる。道のほどに濡れたまへる香の、所狭う匂ふも、もてわづらひぬべけれど、かの人の御けはひに似せてなむ、もて紛らはしける。<BR>⏎422 
d1730<P>⏎
text51731 <A NAME="in43">[第三段 宮と浮舟、橘の小島の和歌を詠み交す]</A><BR>423 
d1732<P>⏎
 733 夜のほどにて立ち帰りたまはむも、なかなかなべければ、ここの人目もいとつつましさに、時方にたばからせたまひて、「川より遠方なる人の家に率ておはせむ」と構へたりければ、先立てて遣はしたりける、夜更くるほどに参れり。<BR>⏎424 
d1734<P>⏎
 735 「いとよく用意してさぶらふ」<BR>⏎425 
d1736<P>⏎
cd2:1737-738 と申さす。「こはいかにしたまふことにか」と、右近もいと心あわたたしければ、寝おびれて起きたる心地も、わななかれて、あやし。童べの雪遊びしたるけはひのやうにぞ、震ひ上がりにける。<BR>⏎
<P>⏎
426 と申さす。「こはいかにしたまふことにか」と、右近もいと心あわたたしければ、寝おびれて起きたる心地も、わななかれて、あやし。童べの雪遊びしたるけはひのやうにぞ、震ひ上がりにける。<BR>⏎
 739 「いかでか」<BR>⏎427 
d1740<P>⏎
 741 なども言ひあへさせたまはず、かき抱きて出でたまひぬ。右近はこの後見にとまりて、侍従をぞたてまつる。<BR>⏎428 
d1742<P>⏎
 743 いとはかなげなるものと、明け暮れ見出だす小さき舟に乗りたまひて、さし渡りたまふほど、遥かならむ岸にしも漕ぎ離れたらむやうに心細くおぼえて、つとつきて抱かれたるも、いとらうたしと思す。<BR>⏎429 
d1744<P>⏎
 745 有明の月澄み昇りて、水の面も曇りなきに、<BR>⏎430 
d1746<P>⏎
cd2:1747-748 「これなむ<A HREF="#no13">橘の小島</A><A NAME="te13">」</A><BR>⏎
<P>⏎
431 「これなむ<A HREF="#no13">橘の小島</A><A NAME="te13">」</A><BR>⏎
 749 と申して、御舟しばしさしとどめたるを見たまへば、大きやかなる岩のさまして、されたる常磐木の蔭茂れり。<BR>⏎432 
d1750<P>⏎
 751 「かれ見たまへ。いとはかなけれど、千年も経べき緑の深さを」<BR>⏎433 
d1752<P>⏎
 753 とのたまひて、<BR>⏎434 
d1754<P>⏎
cd3:1755-757 「年経とも変はらむものか橘の<BR>⏎
  小島の崎に契る心は」<BR>⏎
<P>⏎
435 「年経とも変はらむものか橘の<BR>  小島の崎に契る心は」<BR>⏎
 758 女も、めづらしからむ道のやうにおぼえて、<BR>⏎436 
d1759<P>⏎
cd3:1760-762 「橘の小島の色は変はらじを<BR>⏎
  この浮舟ぞ行方知られぬ」<BR>⏎
<P>⏎
437 「橘の小島の色は変はらじを<BR>  この浮舟ぞ行方知られぬ」<BR>⏎
 763 折から、人のさまに、をかしくのみ何事も思しなす。<BR>⏎438 
d1764<P>⏎
 765 かの岸にさし着きて降りたまふに、人に抱かせたまはむは、いと心苦しければ、抱きたまひて、助けられつつ入りたまふを、いと見苦しく、「何人を、かくもて騷ぎたまふらむ」と見たてまつる。時方が叔父の因幡守なるが領ずる荘に、はかなう造りたる家なりけり。<BR>⏎439 
d1766<P>⏎
 767 まだいと粗々しきに、網代屏風など、御覧じも知らぬしつらひにて、風もことに障らず、垣のもとに雪むら消えつつ、今もかき曇りて降る。<BR>⏎440 
d1768<P>⏎
text51769 <A NAME="in44">[第四段 匂宮、浮舟に心奪われる]</A><BR>441 
d1770<P>⏎
 771 日さし出でて、軒の垂氷の光りあひたるに、人の御容貌もまさる心地す。宮も、所狭き道のほどに、軽らかなるべきほどの御衣どもなり。女も、脱ぎすべさせたまひてしかば、細やかなる姿つき、いとをかしげなり。ひきつくろふこともなくうちとけたるさまを、「いと恥づかしく、<A HREF="#k13">まばゆき</A><A NAME="t13">ま</A>できよらなる人にさしむかひたるよ」と思へど、紛れむ方もなし。<BR>⏎442 
d1772<P>⏎
cd2:1773-774 なつかしきほどなる白き限りを五つばかり、袖口裾のほどまでなまめかしく、色々にあまた重ねたらむよりも、をかしう着なしたり。常に見たまふ人とても、かくまでうちとけたる姿などは見ならひたまはぬを、かかるさへぞ、なほめづらかにをかしう思されける。<BR>⏎
<P>⏎
443 なつかしきほどなる白き限りを五つばかり、袖口裾のほどまでなまめかしく、色々にあまた重ねたらむよりも、をかしう着なしたり。常に見たまふ人とても、かくまでうちとけたる姿などは見ならひたまはぬを、かかるさへぞ、なほめづらかにをかしう思されける。<BR>⏎
 775 侍従も、いとめやすき若人なりけり。「<A HREF="#k14">これさへ</A><A NAME="t14">、</A>かかるを残りなう見るよ」と、女君は、いみじと思ふ。宮も、<BR>⏎444 
d1776<P>⏎
 777 「これはまた誰そ。<A HREF="#no14">わが名漏らすな</A><A NAME="te14">よ</A>」<BR>⏎445 
d1778<P>⏎
 779 と口がためたまふを、「いとめでたし」と思ひきこえたり。ここの宿守にて住みける者、時方を主と思ひてかしづきありけば、このおはします遣戸を隔てて、所得顔に居たり。声ひきしじめ、かしこまりて物語しをるを、いらへもえせず、をかしと思ひけり。<BR>⏎446 
d1780<P>⏎
 781 「いと恐ろしく占ひたる物忌により、京の内をさへ去りて慎むなり。他の人、寄すな」<BR>⏎447 
d1782<P>⏎
 783 と言ひたり。<BR>⏎448 
d1784<P>⏎
text51785 <A NAME="in45">[第五段 匂宮、浮舟と一日を過ごす]</A><BR>449 
d1786<P>⏎
 787 人目も絶えて、心やすく語らひ暮らしたまふ。「かの人のものしたまへりけむに、かくて見えてむかし」と、思しやりて、いみじく怨みたまふ。二の宮をいとやむごとなくて、持ちたてまつりたまへるありさまなども語りたまふ。かの耳とどめたまひし一言は、のたまひ出でぬぞ憎きや。<BR>⏎450 
d1788<P>⏎
 789 時方、御手水、御くだものなど、取り次ぎて参るを御覧じて、<BR>⏎451 
d1790<P>⏎
 791 「いみじくかしづかるめる客人の主、さてな見えそや」<BR>⏎452 
d1792<P>⏎
 793 と戒めたまふ。侍従、色めかしき若人の心地に、いとをかしと思ひて、この大夫とぞ物語して暮らしける。<BR>⏎453 
d1794<P>⏎
 795 雪の降り積もれるに、かのわが住む方を見やりたまへれば、霞の絶え絶えに梢ばかり見ゆ。山は鏡を懸けたるやうに、きらきらと夕日に輝きたるに、昨夜、分け来し道のわりなさなど、あはれ多う添へて語りたまふ。<BR>⏎454 
d1796<P>⏎
cd3:1797-799 「峰の雪みぎはの氷踏み分けて<BR>⏎
  君にぞ惑ふ道は惑はず<BR>⏎
<P>⏎
455 「峰の雪みぎはの氷踏み分けて<BR>  君にぞ惑ふ道は惑はず<BR>⏎
 800 <A HREF="#no15">木幡の里に馬はあれど</A><A NAME="te15">」</A><BR>⏎456 
d1801<P>⏎
cd7:3802-808 などあやしき硯召し出でて、手習ひたまふ。<BR>⏎
<P>⏎
 「降り乱れみぎはに凍る雪よりも<BR>⏎
  中空にてぞ我は消ぬべき」<BR>⏎
<P>⏎
 と書き消ちたり。この「中空」をとがめたまふ。「げに憎くも書きてけるかな」と、恥づかしくて引き破りつ。さらでだに見るかひある御ありさまを、いよいよあはれにいみじと、人の心にしめられむと、尽くしたまふ言の葉けしき、言はむ方なし。<BR>⏎
<P>⏎
457-459 などあやしき硯召し出でて、手習ひたまふ。<BR>⏎
 「降り乱れみぎはに凍る雪よりも<BR>  中空にてぞ我は消ぬべき」<BR>⏎
 と書き消ちたり。この「中空」をとがめたまふ。「げに憎くも書きてけるかな」と、恥づかしくて引き破りつ。さらでだに見るかひある御ありさまを、いよいよあはれにいみじと、人の心にしめられむと、尽くしたまふ言の葉けしき、言はむ方なし。<BR>⏎
text51809 <A NAME="in46">[第六段 匂宮、京へ帰り立つ]</A><BR>460 
d1810<P>⏎
 811 御物忌、二日とたばかりたまへれば、心のどかなるままに、かたみにあはれとのみ、深く思しまさる。右近は、よろづに例の、言ひ紛らはして、御衣などたてまつりたり。今日は、乱れたる<A HREF="#k15">髪</A><A NAME="t15">す</A>こし削らせて、濃き衣に紅梅の織物など、あはひをかしく着替へてゐたまへり。侍従も、あやしき褶着たりしを、あざやぎたれば、その裳を取りたまひて、君に着せたまひて、御手水参らせたまふ。<BR>⏎461 
d1812<P>⏎
 813 「姫宮にこれをたてまつりたらば、いみじきものにしたまひてむかし。いとやむごとなき際の人多かれど、かばかりのさましたるは難くや」<BR>⏎462 
d1814<P>⏎
 815 と見たまふ。かたはなるまで遊び戯れつつ暮らしたまふ。忍びて率て隠してむことを、返す返すのたまふ。「そのほど、かの人に見えたらば」と、いみじきことどもを誓はせたまへば、「いとわりなきこと」と思ひて、いらへもやらず、涙さへ落つるけしき、「さらに目の前にだに思ひ移らぬなめり」と胸痛う思さる。<A HREF="#no16">怨みても泣きても</A><A NAME="te16">、</A>よろづのたまひ明かして、夜深く率て帰りたまふ。例の、抱きたまふ。<BR>⏎463 
d1816<P>⏎
cd4:2817-820 「いみじく思すめる人は、かうはよもあらじよ。見知りたまひたりや」<BR>⏎
<P>⏎
 とのたまへば、げにと思ひて、うなづきて居たる、いとらうたげなり。右近、妻戸放ちて入れたてまつる。やがてこれより別れて出でたまふも、飽かずいみじと思さる。<BR>⏎
<P>⏎
464-465 「いみじく思すめる人は、かうはよもあらじよ。見知りたまひたりや」<BR>⏎
 とのたまへば、げにと思ひて、うなづきて居たる、いとらうたげなり。右近、妻戸放ちて入れたてまつる。やがてこれより別れて出でたまふも、飽かずいみじと思さる。<BR>⏎
text51821 <A NAME="in47">[第七段 匂宮、二条院に帰邸後、病に臥す]</A><BR>466 
d1822<P>⏎
 823 かやうの帰さは、なほ二条にぞおはします。いと悩ましうしたまひて、物など絶えてきこしめさず、日を経て青み痩せたまひ、御けしきも変はるを、内裏にもいづくにも、思ほし嘆くに、いとどもの騒がしくて、御文だにこまかには書きたまはず。<BR>⏎467 
d1824<P>⏎
 825 かしこにも、かのさかしき乳母、娘の子産む所に出でたりける、帰り来にければ、<A HREF="#k16">心やすく</A><A NAME="t16">も</A>え見ず。かくあやしき住まひを、ただかの殿のもてなしたまはむさまをゆかしく待つことにて、母君も思ひ慰めたるに、忍びたるさまながらも、近く渡してむことを思しなりにければ、いとめやすくうれしかるべきことに思ひて、やうやう人求め、童のめやすきなど迎へておこせたまふ。<BR>⏎468 
d1826<P>⏎
 827 わが心にも、「それこそは、あるべきことに、初めより待ちわたれ」とは思ひながら、あながちなる人の御ことを思ひ出づるに、怨みたまひしさま、のたまひしことども、面影につと添ひて、いささかまどろめば、<A HREF="#no17">夢に見え</A><A NAME="te17">た</A>まひつつ、いとうたてあるまでおぼゆ。<BR>⏎469 
d1828<P>⏎
text51829 <H4>第五章 浮舟の物語 浮舟、恋の板ばさみに、入水を思う</H4>470 
text51830 <A NAME="in51">[第一段 春雨の続く頃、匂宮から手紙が届く]</A><BR>471 
d1831<P>⏎
 832 雨降り止まで、日ごろ多くなるころ、いとど<A HREF="#no18">山路思し絶えて</A><A NAME="te18">、</A>わりなく思されければ、「<A HREF="#no19">親のかふこは所狭き</A><A NAME="te19">も</A>のにこそ」と思すもかたじけなし。尽きせぬことども書きたまひて、<BR>⏎472 
d1833<P>⏎
cd3:1834-836 「眺めやるそなたの雲も見えぬまで<BR>⏎
  空さへ暮るるころのわびしさ」<BR>⏎
<P>⏎
473 「眺めやるそなたの雲も見えぬまで<BR>  空さへ暮るるころのわびしさ」<BR>⏎
 837 筆にまかせて書き乱りたまへるしも、見所あり、をかしげなり。ことにいと重くなどはあらぬ若き心地に、<BR>⏎474 
d1838<P>⏎
cd6:3839-844 「いとかかる心を思ひもまさりぬべけれど、初めより契りたまひしさまも、さすがに、かれはなほいともの深う、人柄のめでたきなども、世の中を知りにし初め<A HREF="#k17">なればにや</A><A NAME="t17">、</A>かかる憂きこと聞きつけて、思ひ疎みたまひなむ世には、いかでかあらむ。<BR>⏎
<P>⏎
 いつしかと思ひ惑ふ親にも、思はずに、心づきなしとこそは、もてわづらはれめ。かく心焦られしたまふ人、はたいとあだなる御心本性とのみ聞きしかば、かかるほどこそあらめ、またかうながらも、京にも隠し据ゑたまひ、ながらへても思し数まへむにつけては、かの上の思さむこと。よろづ隠れなき世なりければ、あやしかりし夕暮のしるべばかりにだに、かう尋ね出でたまふめり。<BR>⏎
<P>⏎
 ましてわがありさまのともかくもあらむを、聞きたまはぬやうはありなむや」<BR>⏎
<P>⏎
475-477 「いとかかる心を思ひもまさりぬべけれど、初めより契りたまひしさまも、さすがに、かれはなほいともの深う、人柄のめでたきなども、世の中を知りにし初め<A HREF="#k17">なればにや</A><A NAME="t17">、</A>かかる憂きこと聞きつけて、思ひ疎みたまひなむ世には、いかでかあらむ。<BR>⏎
 いつしかと思ひ惑ふ親にも、思はずに、心づきなしとこそは、もてわづらはれめ。かく心焦られしたまふ人、はたいとあだなる御心本性とのみ聞きしかば、かかるほどこそあらめ、またかうながらも、京にも隠し据ゑたまひ、ながらへても思し数まへむにつけては、かの上の思さむこと。よろづ隠れなき世なりければ、あやしかりし夕暮のしるべばかりにだに、かう尋ね出でたまふめり。<BR>⏎
 ましてわがありさまのともかくもあらむを、聞きたまはぬやうはありなむや」<BR>⏎
 845 と思ひたどるに、「わが心も、きずありて、かの人に疎まれたてまつらむ、なほいみじかるべし」と思ひ乱るる折しも、かの殿より御使あり。<BR>⏎478 
d1846<P>⏎
text51847 <A NAME="in52">[第二段 その同じ頃、薫からも手紙が届く]</A><BR>479 
d1848<P>⏎
 849 これかれと見るもいとうたてあれば、なほ言多かりつるを見つつ、臥したまへれば、侍従、右近、見合はせて、<BR>⏎480 
d1850<P>⏎
cd4:2851-854 「なほ移りにけり」<BR>⏎
<P>⏎
 など言はぬやうにて言ふ。<BR>⏎
<P>⏎
481-482 「なほ移りにけり」<BR>⏎
 など言はぬやうにて言ふ。<BR>⏎
 855 「ことわりぞかし。殿の御容貌を、たぐひおはしまさじと見しかど、この御ありさまはいみじかりけり。うち乱れたまへる愛敬よ。まろならば、かばかりの御思ひを見る見る、えかくてあらじ。后の宮にも参りて、常に見たてまつりてむ」<BR>⏎483 
d1856<P>⏎
 857 と言ふ。右近、<BR>⏎484 
d1858<P>⏎
cd4:2859-862 「<A HREF="#k18">うしろめた</A><A NAME="t18">の</A>御心のほどや。殿の御ありさまにまさりたまふ人は、誰れかあらむ。容貌などは知らず、御心ばへけはひなどよ。なほこの御ことは、いと見苦しきわざかな。いかがならせたまはむとすらむ」<BR>⏎
<P>⏎
 と二人して語らふ。心一つに思ひしよりは、虚言もたより出で来にけり。<BR>⏎
<P>⏎
485-486 「<A HREF="#k18">うしろめた</A><A NAME="t18">の</A>御心のほどや。殿の御ありさまにまさりたまふ人は、誰れかあらむ。容貌などは知らず、御心ばへけはひなどよ。なほこの御ことは、いと見苦しきわざかな。いかがならせたまはむとすらむ」<BR>⏎
 と二人して語らふ。心一つに思ひしよりは、虚言もたより出で来にけり。<BR>⏎
 863 後の御文には、<BR>⏎487 
d1864<P>⏎
 865 「思ひながら日ごろになること。時々は、それよりも驚かいたまはむこそ、思ふさまならめ。おろかなるにやは」<BR>⏎488 
d1866<P>⏎
cd5:2867-871 など端書きに、<BR>⏎
<P>⏎
 「水まさる遠方の里人いかならむ<BR>⏎
  晴れぬ長雨にかき暮らすころ<BR>⏎
<P>⏎
489-490 など端書きに、<BR>⏎
 「水まさる遠方の里人いかならむ<BR>  晴れぬ長雨にかき暮らすころ<BR>⏎
 872 常よりも、思ひやりきこゆることまさりてなむ」<BR>⏎491 
d1873<P>⏎
cd4:2874-877 と白き色紙にて立文なり。御手もこまかにをかしげならねど、書きざまゆゑゆゑしく見ゆ。宮は、いと多かるを、小さく結びなしたまへる、さまざまをかし。<BR>⏎
<P>⏎
 「まづかれを、人見ぬほどに」<BR>⏎
<P>⏎
492-493 と白き色紙にて立文なり。御手もこまかにをかしげならねど、書きざまゆゑゆゑしく見ゆ。宮は、いと多かるを、小さく結びなしたまへる、さまざまをかし。<BR>⏎
 「まづかれを、人見ぬほどに」<BR>⏎
 878 と聞こゆ。<BR>⏎494 
d1879<P>⏎
 880 「今日は、え聞こゆまじ」<BR>⏎495 
d1881<P>⏎
 882 と恥ぢらひて、手習に、<BR>⏎496 
d1883<P>⏎
cd3:1884-886 「里の名をわが身に知れば山城の<BR>⏎
  宇治のわたりぞいとど住み憂き」<BR>⏎
<P>⏎
497 「里の名をわが身に知れば山城の<BR>  宇治のわたりぞいとど住み憂き」<BR>⏎
 887 宮の描きたまへりし絵を、時々見て泣かれけり。「ながらへてあるまじきことぞ」と、とざまかうざまに思ひなせど、他に絶え籠もりてやみなむは、いとあはれにおぼゆべし。<BR>⏎498 
d1888<P>⏎
cd2:1889-890 「かき暮らし晴れせぬ峰の雨雲に<BR>⏎
  浮きて世をふる身をもなさばや<BR>⏎
499 「かき暮らし晴れせぬ峰の雨雲に<BR>  浮きて世をふる身をもなさばや<BR>⏎
 891 <A HREF="#no20">混じりなば</A><A NAME="te20">」</A><BR>⏎500 
d1892<P>⏎
 893 と聞こえたるを、宮は、よよと泣かれたまふ。「<A HREF="#k19">さりとも</A><A NAME="t19">、</A>恋しと思ふらむかし」と思しやるにも、もの思ひてゐたらむさまのみ面影に見えたまふ。<BR>⏎501 
d1894<P>⏎
cd5:2895-899 まめ人は、のどかに見たまひつつ、「あはれいかに眺むらむ」と思ひやりて、いと恋し。<BR>⏎
<P>⏎
 「<A HREF="#no21">つれづれと身を知る雨</A><A NAME="te21">の</A>小止まねば<BR>⏎
  袖さへいとどみかさまさりて」<BR>⏎
<P>⏎
502-503 まめ人は、のどかに見たまひつつ、「あはれいかに眺むらむ」と思ひやりて、いと恋し。<BR>⏎
 「<A HREF="#no21">つれづれと身を知る雨</A><A NAME="te21">の</A>小止まねば<BR>  袖さへいとどみかさまさりて」<BR>⏎
 900 とあるを、うちも置かず見たまふ。<BR>⏎504 
d1901<P>⏎
text51902 <A NAME="in53">[第三段 匂宮、薫の浮舟を新築邸に移すことを知る]</A><BR>505 
d1903<P>⏎
 904 女宮に物語など聞こえたまひてのついでに、<BR>⏎506 
d1905<P>⏎
 906 「なめしともや思さむと、つつましながら、さすがに年経ぬる人のはべるを、あやしき所に捨て置きて、いみじくもの思ふなるが心苦しさに、近う呼び寄せて、と思ひはべる。昔より異やうなる心ばへはべりし身にて、世の中を、すべて例の人ならで過ぐしてむと思ひはべりしを、かく見たてまつるにつけて、ひたぶるにも捨てがたければ、ありと人にも知らせざりし人の上さへ、心苦しう、罪得ぬべき心地してなむ」<BR>⏎507 
d1907<P>⏎
cd2:1908-909 と聞こえたまへば、<BR>⏎
<P>⏎
508 と聞こえたまへば、<BR>⏎
 910 「いかなることに心置くものとも知らぬを」<BR>⏎509 
d1911<P>⏎
cd4:2912-915 といらへたまふ。<BR>⏎
<P>⏎
 「内裏になど、悪しざまに聞こし召さする人やはべらむ。世の人のもの言ひぞ、いとあぢきなくけしからずはべるや。されどそれは、さばかりの数にだにはべるまじ」<BR>⏎
<P>⏎
510-511 といらへたまふ。<BR>⏎
 「内裏になど、悪しざまに聞こし召さする人やはべらむ。世の人のもの言ひぞ、いとあぢきなくけしからずはべるや。されどそれは、さばかりの数にだにはべるまじ」<BR>⏎
 916 など聞こえたまふ。<BR>⏎512 
d1917<P>⏎
 918 「造りたる所に渡してむ」と思し立つに、「かかる料なりけり」など、はなやかに言ひなす人やあらむなど、苦しければ、いと忍びて、障子張らすべきことなど、人しもこそあれ、この内記が知る人の親、大蔵大輔なるものに、睦ましく心やすきままに、のたまひつけたりければ、聞きつぎて、宮には隠れなく聞こえけり。<BR>⏎513 
d1919<P>⏎
 920 「絵師どもなども、御随身どもの中にある、睦ましき殿人などを選りて、さすがにわざとなむせさせたまふ」<BR>⏎514 
d1921<P>⏎
 922 と申すに、いとど思し騷ぎて、わが御乳母の、遠き受領の妻にて下る家、下つ方にあるを、<BR>⏎515 
d1923<P>⏎
 924 「いと忍びたる人、しばし隠いたらむ」<BR>⏎516 
d1925<P>⏎
cd2:1926-927 と語らひたまひければ、「いかなる人にかは」と思へど、大事と思したるに、かたじけなければ、「さらば」と聞こえけり。これをまうけたまひて、すこし御心のどめたまふ。この月の晦日方に、下るべければ、「やがてその日渡さむ」と思し構ふ。<BR>⏎
<P>⏎
517 と語らひたまひければ、「いかなる人にかは」と思へど、大事と思したるに、かたじけなければ、「さらば」と聞こえけり。これをまうけたまひて、すこし御心のどめたまふ。この月の晦日方に、下るべければ、「やがてその日渡さむ」と思し構ふ。<BR>⏎
 928 「かくなむ思ふ。ゆめゆめ」<BR>⏎518 
d1929<P>⏎
 930 と言ひやりたまひつつ、おはしまさむことは、いとわりなくあるうちにも、ここにも、乳母のいとさかしければ、難かるべきよしを聞こゆ。<BR>⏎519 
d1931<P>⏎
text51932 <A NAME="in54">[第四段 浮舟の母、京から宇治に来る]</A><BR>520 
d1933<P>⏎
cd2:1934-935 大将殿は、卯月の十日となむ定めたまへりける。「<A HREF="#no22">誘ふ水あらば</A><A NAME="te22">」</A>とは思はず、いとあやしく、「いかにしなすべき身にかあらむ」と浮きたる心地のみすれば、「母の御もとにしばし渡りて、思ひめぐらすほどあらむ」と思せど、少将の妻、子産むべきほど近くなりぬとて、修法読経など、隙なく騒げば、石山にもえ出で立つまじ、母ぞこち渡りたまへる。乳母出で来て、<BR>⏎
<P>⏎
521 大将殿は、卯月の十日となむ定めたまへりける。「<A HREF="#no22">誘ふ水あらば</A><A NAME="te22">」</A>とは思はず、いとあやしく、「いかにしなすべき身にかあらむ」と浮きたる心地のみすれば、「母の御もとにしばし渡りて、思ひめぐらすほどあらむ」と思せど、少将の妻、子産むべきほど近くなりぬとて、修法読経など、隙なく騒げば、石山にもえ出で立つまじ、母ぞこち渡りたまへる。乳母出で来て、<BR>⏎
 936 「殿より、人びとの装束なども、こまかに思しやりてなむ。いかできよげに何ごとも、と思うたまふれど、乳母が心一つには、あやしくのみぞし出ではべらむかし」<BR>⏎522 
d1937<P>⏎
 938 など言ひ騒ぐが、心地よげなるを見たまふにも、君は、<BR>⏎523 
d1939<P>⏎
cd6:3940-945 「けしからぬことどもの出で来て、人笑へならば、誰れも誰れもいかに思はむ。あやにくにのたまふ人、はた<A HREF="#no23">八重立つ山</A><A NAME="te23">に</A>籠もるとも、かならず尋ねて、我も人もいたづらになりぬべし。なほ心やすく<A HREF="#k20">隠れ</A><A NAME="t20">な</A>むことを思へと、今日ものたまへるを、いかにせむ」<BR>⏎
<P>⏎
 と心地悪しくて臥したまへり。<BR>⏎
<P>⏎
 「などかかく例ならず、いたく青み痩せたまへる」<BR>⏎
<P>⏎
524-526 「けしからぬことどもの出で来て、人笑へならば、誰れも誰れもいかに思はむ。あやにくにのたまふ人、はた<A HREF="#no23">八重立つ山</A><A NAME="te23">に</A>籠もるとも、かならず尋ねて、我も人もいたづらになりぬべし。なほ心やすく<A HREF="#k20">隠れ</A><A NAME="t20">な</A>むことを思へと、今日ものたまへるを、いかにせむ」<BR>⏎
 と心地悪しくて臥したまへり。<BR>⏎
 「などかかく例ならず、いたく青み痩せたまへる」<BR>⏎
 946 と驚きたまふ。<BR>⏎527 
d1947<P>⏎
 948 「日ごろあやしくのみなむ。はかなきものも聞こしめさず、悩ましげにせさせたまふ」<BR>⏎528 
d1949<P>⏎
 950 と言へば、「あやしきことかな。もののけなどにやあらむ」と、<BR>⏎529 
d1951<P>⏎
 952 「いかなる御心地ぞと思へど、石山停まり<A HREF="#k21">たまひにきかし</A><A NAME="t21">」</A><BR>⏎530 
d1953<P>⏎
 954 と言ふも、かたはらいたければ、伏目なり。<BR>⏎531 
d1955<P>⏎
text51956 <A NAME="in55">[第五段 浮舟、母と尼の話から、入水を思う]</A><BR>532 
d1957<P>⏎
 958 暮れて月いと明かし。有明の空を思ひ出づる、「涙のいと止めがたきは、いとけしからぬ心かな」と思ふ。母君、昔物語などして、あなたの尼君呼び出でて、故姫君の御ありさま、心深くおはして、さるべきことも思し入れたりしほどに、目に見す見す消え入りたまひにしことなど語る。<BR>⏎533 
d1959<P>⏎
 960 「おはしまさましかば、宮の上などのやうに、聞こえ通ひたまひて、心細かりし御ありさまどもの、いとこよなき御幸ひにぞはべらましかし」<BR>⏎534 
d1961<P>⏎
 962 と言ふにも、「わが娘は異人かは。思ふやうなる宿世のおはし果てば、劣らじを」など思ひ続けて、<BR>⏎535 
d1963<P>⏎
 964 「世とともに、この君につけては、ものをのみ思ひ乱れしけしきの、すこしうちゆるびて、かくて渡りたまひぬべかめれば、ここに参り来ること、かならずしもことさらには、え思ひ立ちはべらじ。かかる対面の折々に、昔のことも、心のどかに聞こえ承らまほしけれ」<BR>⏎536 
d1965<P>⏎
 966 など語らふ。<BR>⏎537 
d1967<P>⏎
 968 「ゆゆしき身とのみ思うたまへしみにしかば、こまやかに見えたてまつり聞こえさせむも、何かは、つつましくて過ぐしはべりつるを、うち捨てて、渡らせたまひなば、いと心細くなむはべるべけれど、かかる御住まひは、心もとなくのみ見たてまつるを、うれしくもはべるべかなるかな。世に知らず重々しくおはしますべかめる殿の御ありさまにて、かく尋ねきこえさせたまひしも、おぼろけならじと聞こえおきはべりにし、浮きたることにやは、はべりける」<BR>⏎538 
d1969<P>⏎
 970 など言ふ。<BR>⏎539 
d1971<P>⏎
 972 「後は知らねど、ただ今は、かく思し離れぬさまにのたまふにつけても、ただ御しるべをなむ思ひ出できこゆる。宮の上の、かたじけなくあはれに思したりしも、つつましきことなどの、おのづからはべりしかば、中空に所狭き御身なり、と思ひ嘆きはべりて」<BR>⏎540 
d1973<P>⏎
 974 と言ふ。尼君うち笑ひて、<BR>⏎541 
d1975<P>⏎
 976 「この宮の、いと騒がしきまで色におはしますなれば、心ばせあらむ若き人、さぶらひにくげになむ。おほかたは、いとめでたき御ありさまなれど、さる筋のことにて、上のなめしと思さむなむわりなきと、大輔が娘の語りはべりし」<BR>⏎542 
d1977<P>⏎
cd2:1978-979 と言ふにも、「さりやまして」と、君は聞き臥したまへり。<BR>⏎
<P>⏎
543 と言ふにも、「さりやまして」と、君は聞き臥したまへり。<BR>⏎
text51980 <A NAME="in56">[第六段 浮舟、母と尼の話から、入水を思う]</A><BR>544 
d1981<P>⏎
cd4:2982-985 「あなむくつけや。帝の御女を持ちたてまつりたまへる人なれど、よそよそにて、悪しくも善くもあらむは、いかがはせむと、おほけなく思ひなしはべる。よからぬことをひき出でたまへらましかば、すべて身には悲しくいみじと思ひきこゆとも、また見たてまつらざらまし」<BR>⏎
<P>⏎
 など言ひ交はすことどもに、いとど心肝もつぶれぬ。「なほわが身を失ひてばや。つひに聞きにくきことは出で来なむ」と思ひ続くるに、この水の音の恐ろしげに響きて行くを、<BR>⏎
<P>⏎
545-546 「あなむくつけや。帝の御女を持ちたてまつりたまへる人なれど、よそよそにて、悪しくも善くもあらむは、いかがはせむと、おほけなく思ひなしはべる。よからぬことをひき出でたまへらましかば、すべて身には悲しくいみじと思ひきこゆとも、また見たてまつらざらまし」<BR>⏎
 など言ひ交はすことどもに、いとど心肝もつぶれぬ。「なほわが身を失ひてばや。つひに聞きにくきことは出で来なむ」と思ひ続くるに、この水の音の恐ろしげに響きて行くを、<BR>⏎
 986 「かからぬ流れもありかし。世に似ず荒ましき所に、年月を過ぐしたまふを、あはれと思しぬべきわざになむ」<BR>⏎547 
d1987<P>⏎
cd2:1988-989 など母君したり顔に言ひゐたり。昔よりこの川の早く恐ろしきことを言ひて、<BR>⏎
<P>⏎
548 など母君したり顔に言ひゐたり。昔よりこの川の早く恐ろしきことを言ひて、<BR>⏎
 990 「先つころ渡守が孫の童、棹さし外して落ち入りはべりにける。すべていたづらになる人多かる水にはべり」<BR>⏎549 
d1991<P>⏎
cd6:3992-997 と人びとも言ひあへり。君は、<BR>⏎
<P>⏎
 「さてもわが身行方も知らずなりなば、誰れも誰れも、あへなくいみじと、しばしこそ思うたまはめながらへて人笑へに憂きこともあらむは、いつかそのもの思ひの絶えむとする」<BR>⏎
<P>⏎
 と思ひかくるには、障りどころもあるまじく、さはやかによろづ思ひなさるれど、うち返しいと悲し。親のよろづに思ひ言ふありさまを、寝たるやうにてつくづくと思ひ乱る。<BR>⏎
<P>⏎
550-552 と人びとも言ひあへり。君は、<BR>⏎
 「さてもわが身行方も知らずなりなば、誰れも誰れも、あへなくいみじと、しばしこそ思うたまはめ. ながらへて人笑へに憂きこともあらむは、いつかそのもの思ひの絶えむとする」<BR>⏎
 と思ひかくるには、障りどころもあるまじく、さはやかによろづ思ひなさるれど、うち返しいと悲し。親のよろづに思ひ言ふありさまを、寝たるやうにてつくづくと思ひ乱る。<BR>⏎
text51998 <A NAME="in57">[第七段 浮舟の母、帰京す]</A><BR>553 
d1999<P>⏎
 1000 悩ましげにて痩せたまへるを、乳母にも言ひて、<BR>⏎554 
d11001<P>⏎
 1002 「さるべき御祈りなどせさせたまへ。祭祓などもすべきやう」<BR>⏎555 
d11003<P>⏎
 1004 など言ふ。<A HREF="#no24">御手洗川に禊</A><A NAME="te24">せ</A>まほしげなるを、かくも知らでよろづに言ひ騒ぐ。<BR>⏎556 
d11005<P>⏎
cd4:21006-1009 「人少ななめり。よく<A HREF="#k22">さるべからむ</A><A NAME="t22">あ</A>たりを訪ねて。今参りはとどめたまへ。やむごとなき御仲らひは、正身こそ何事も<A HREF="#k23">おいらか</A><A NAME="t23">に</A>思さめ、好からぬ仲となりぬるあたりは、わづらはしきこともありぬべし。隠し密めて、さる心したまへ」<BR>⏎
<P>⏎
 など思ひいたらぬことなく言ひおきて、<BR>⏎
<P>⏎
557-558 「人少ななめり。よく<A HREF="#k22">さるべからむ</A><A NAME="t22">あ</A>たりを訪ねて。今参りはとどめたまへ。やむごとなき御仲らひは、正身こそ何事も<A HREF="#k23">おいらか</A><A NAME="t23">に</A>思さめ、好からぬ仲となりぬるあたりは、わづらはしきこともありぬべし。隠し密めて、さる心したまへ」<BR>⏎
 など思ひいたらぬことなく言ひおきて、<BR>⏎
 1010 「かしこにわづらひはべる人も、おぼつかなし」<BR>⏎559 
d11011<P>⏎
 1012 とて帰るを、いともの思はしく、よろづ心細ければ、「またあひ見でもこそ、ともかくもなれ」と思へば、<BR>⏎560 
d11013<P>⏎
 1014 「心地の悪しくはべるにも、見たてまつらぬが、いとおぼつかなくおぼえはべるを、しばしも参り来まほしくこそ」<BR>⏎561 
d11015<P>⏎
 1016 と慕ふ。<BR>⏎562 
d11017<P>⏎
 1018 「さなむ思ひはべれど、かしこもいともの騒がしくはべり。この人びとも、はかなきことなどえしやるまじく、狭くなどはべればなむ。<A HREF="#no25">武生の国府</A><A NAME="te25">に</A>移ろひたまふとも、忍びては参り来なむを。<A HREF="#k24">なほなほしき</A><A NAME="t24">身</A>のほどは、かかる御ためこそ、いとほしくはべれ」<BR>⏎563 
d11019<P>⏎
cd2:11020-1021 などうち泣きつつのたまふ。<BR>⏎
<P>⏎
564 などうち泣きつつのたまふ。<BR>⏎
text511022 <H4>第六章 浮舟と薫の物語 浮舟、右近の姉の悲話から死を願う</H4>565 
text511023 <A NAME="in61">[第一段 薫と匂宮の使者同士出くわす]</A><BR>566 
d11024<P>⏎
 1025 殿の御文は今日もあり。悩ましと聞こえたりしを、「いかが」と、訪らひたまへり。<BR>⏎567 
d11026<P>⏎
 1027 「みづからと思ひはべるを、わりなき障り多くてなむ。このほどの暮らしがたさこそ、なかなか苦しく」<BR>⏎568 
d11028<P>⏎
 1029 などあり。宮は、昨日の御返りもなかりしを、<BR>⏎569 
d11030<P>⏎
 1031 「いかに思しただよふぞ。<A HREF="#no26">風のなびかむ方</A><A NAME="te26">も</A>うしろめたくなむ。いとどほれまさりて眺めはべる」<BR>⏎570 
d11032<P>⏎
cd2:11033-1034 などこれは多く書きたまへり。<BR>⏎
<P>⏎
571 などこれは多く書きたまへり。<BR>⏎
 1035 雨降りし日、来合ひたりし御使どもぞ、今日も来たりける。殿の御随身、かの少輔が家にて時々見る男なれば、<BR>⏎572 
d11036<P>⏎
 1037 「真人は、何しに、ここにはたびたびは参るぞ」<BR>⏎573 
d11038<P>⏎
 1039 と問ふ。<BR>⏎574 
d11040<P>⏎
 1041 「私に訪らふべき人のもとに参うで来るなり」<BR>⏎575 
d11042<P>⏎
 1043 と言ふ。<BR>⏎576 
d11044<P>⏎
 1045 「私の人にや、艶なる文はさし取らする、けしきある真人かな。もの隠しはなぞ」<BR>⏎577 
d11046<P>⏎
 1047 と言ふ。<BR>⏎578 
d11048<P>⏎
 1049 「まことは、この守の君の、御文、女房にたてまつりたまふ」<BR>⏎579 
d11050<P>⏎
 1051 と言へば、言違ひつつあやしと思へど、ここにて定め言はむも異やうなべければ、おのおの参りぬ。<BR>⏎580 
d11052<P>⏎
text511053 <A NAME="in62">[第二段 薫、匂宮が女からの文を読んでいるのを見る]</A><BR>581 
d11054<P>⏎
 1055 かどかどしき者にて、供にある童を、<BR>⏎582 
d11056<P>⏎
 1057 「この男に、さりげなくて目つけよ。左衛門大夫の家にや入る」<BR>⏎583 
d11058<P>⏎
 1059 と見せければ、<BR>⏎584 
d11060<P>⏎
 1061 「宮に参りて、式部少輔になむ、御文は取らせはべりつる」<BR>⏎585 
d11062<P>⏎
 1063 と言ふ。さまで尋ねむものとも、劣りの下衆は思はず、ことの心をも深う知らざりければ、舎人の人に見現されにけむぞ、口惜しきや。<BR>⏎586 
d11064<P>⏎
 1065 殿に参りて、今出でたまはむとするほどに、御文たてまつらす。直衣にて、六条の院、后の宮の出でさせたまへるころなれば、参りたまふなりければ、ことことしく、御前などあまたもなし。御文参らする人に、<BR>⏎587 
d11066<P>⏎
 1067 「あやしきことのはべりつる。見たまへ定めむとて、今までさぶらひつる」<BR>⏎588 
d11068<P>⏎
 1069 と言ふを、ほの聞きたまひて、歩み出でたまふままに、<BR>⏎589 
d11070<P>⏎
 1071 「何ごとぞ」<BR>⏎590 
d11072<P>⏎
 1073 と問ひたまふ。この人の聞かむもつつましと思ひて、かしこまりてをり。殿もしか見知りたまひて、出でたまひぬ。<BR>⏎591 
d11074<P>⏎
 1075 宮、例ならず悩ましげにおはすとて、宮たちも皆参りたまへり。上達部など多く参り集ひて、騒がしけれど、ことなることもおはしまさず。<BR>⏎592 
d11076<P>⏎
cd2:11077-1078 かの内記は政官なれば、遅れてぞ参れる。この御文もたてまつるを、宮、台盤所におはしまして、戸口に召し寄せて取りたまふを、大将、御前の方より立ち出でたまふ、側目に見通したまひて、「せちにも思すべかめる文のけしきかな」と、をかしさに立ちとまりたまへり。<BR>⏎
<P>⏎
593 かの内記は政官なれば、遅れてぞ参れる。この御文もたてまつるを、宮、台盤所におはしまして、戸口に召し寄せて取りたまふを、大将、御前の方より立ち出でたまふ、側目に見通したまひて、「せちにも思すべかめる文のけしきかな」と、をかしさに立ちとまりたまへり。<BR>⏎
 1079 「引き開けて見たまふ、紅の薄様に、こまやかに書きたるべし」と見ゆ。文に心入れて、とみにも向きたまはぬに、大臣も立ちて外ざまにおはすれば、この君は、障子より出でたまふとて、「大臣出でたまふ」と、うちしはぶきて、驚かいたてまつりたまふ。<BR>⏎594 
d11080<P>⏎
 1081 ひき隠したまへるにぞ、大臣さし覗きたまへる。驚きて御紐さしたまふ。殿つい居たまひて、<BR>⏎595 
d11082<P>⏎
 1083 「まかではべりぬべし。御邪気の久しくおこらせたまはざりつるを、恐ろしきわざなりや。山の座主、ただ今請じに遣はさむ」<BR>⏎596 
d11084<P>⏎
cd2:11085-1086 と急がしげにて立ちたまひぬ。<BR>⏎
<P>⏎
597 と急がしげにて立ちたまひぬ。<BR>⏎
text511087 <A NAME="in63">[第三段 薫、随身から匂宮と浮舟の関係を知らされる]</A><BR>598 
d11088<P>⏎
 1089 夜更けて、皆出でたまひぬ。大臣は、宮を先に立てたてまつりたまひて、あまたの御子どもの上達部、君たちをひき続けて、あなたに渡りたまひぬ。この殿は遅れて出でたまふ。<BR>⏎599 
d11090<P>⏎
 1091 随身けしきばみつる、あやしと思しければ、御前など下りて火灯すほどに、随身召し寄す。<BR>⏎600 
d11092<P>⏎
 1093 「申しつるは、何ごとぞ」<BR>⏎601 
d11094<P>⏎
 1095 と問ひたまふ。<BR>⏎602 
d11096<P>⏎
cd2:11097-1098 「今朝、かの宇治に、出雲権守時方朝臣のもとにはべる男の、紫の薄様にて、桜につけたる文を、西の妻戸に寄りて、女房に取らせはべりつる。見たまへつけて、しかしか問ひはべりつれば、言違へつつ、虚言のやうに申しはべりつるを、いかに申すぞ、とて童べして見せはべりつれば、兵部卿宮に参りはべりて、式部少輔道定朝臣になむ、その返り事は取らせはべりける」<BR>⏎
<P>⏎
603 「今朝、かの宇治に、出雲権守時方朝臣のもとにはべる男の、紫の薄様にて、桜につけたる文を、西の妻戸に寄りて、女房に取らせはべりつる。見たまへつけて、しかしか問ひはべりつれば、言違へつつ、虚言のやうに申しはべりつるを、いかに申すぞ、とて童べして見せはべりつれば、兵部卿宮に参りはべりて、式部少輔道定朝臣になむ、その返り事は取らせはべりける」<BR>⏎
 1099 と申す。君、あやしと思して、<BR>⏎604 
d11100<P>⏎
 1101 「その返り事は、いかやうにしてか、出だしつる」<BR>⏎605 
d11102<P>⏎
 1103 「それは見たまへず。異方より出だしはべりにける。下人の申しはべりつるは、赤き色紙の、いときよらなる、となむ申しはべりつる」<BR>⏎606 
d11104<P>⏎
 1105 と聞こゆ。思し合はするに、違ふことなし。さまで見せつらむを、かどかどしと思せど、人びと近ければ、詳しくものたまはず。<BR>⏎607 
d11106<P>⏎
text511107 <A NAME="in64">[第四段 薫、帰邸の道中、思い乱れる]</A><BR>608 
d11108<P>⏎
cd2:11109-1110 道すがら、「なほいと恐ろしく、隈なくおはする宮なりや。いかなりけむついでに、さる人ありと聞きたまひけむ。いかで言ひ寄りたまひけむ。田舎びたるあたりにて、かうやうの筋の紛れは、えしもあらじ、と思ひけるこそ幼けれ。さても知らぬあたりにこそ、さる好きごとをものたまはめ、昔より隔てなくて、あやしきまでしるべして、率てありきたてまつりし身にしも、うしろめたく思し寄るべしや」<BR>⏎
<P>⏎
609 道すがら、「なほいと恐ろしく、隈なくおはする宮なりや。いかなりけむついでに、さる人ありと聞きたまひけむ。いかで言ひ寄りたまひけむ。田舎びたるあたりにて、かうやうの筋の紛れは、えしもあらじ、と思ひけるこそ幼けれ。さても知らぬあたりにこそ、さる好きごとをものたまはめ、昔より隔てなくて、あやしきまでしるべして、率てありきたてまつりし身にしも、うしろめたく思し寄るべしや」<BR>⏎
 1111 と思ふに、いと心づきなし。<BR>⏎610 
d11112<P>⏎
cd2:11113-1114 「対の御方の御ことを、いみじく思ひつつ、年ごろ過ぐすは、わが心の重さ、こよなかりけり。さるはそれは、今初めてさま悪しかるべきほどにもあらず。もとよりのたよりにもよれるを、ただ心のうちの隈あらむが、わがためも苦しかるべきによりこそ、思ひ憚るもをこなるわざ<A HREF="#k25">なりけれ</A><A NAME="t25">。</A><BR>⏎
<P>⏎
611 「対の御方の御ことを、いみじく思ひつつ、年ごろ過ぐすは、わが心の重さ、こよなかりけり。さるはそれは、今初めてさま悪しかるべきほどにもあらず。もとよりのたよりにもよれるを、ただ心のうちの隈あらむが、わがためも苦しかるべきによりこそ、思ひ憚るもをこなるわざ<A HREF="#k25">なりけれ</A><A NAME="t25">。</A><BR>⏎
 1115 このころかく悩ましくしたまひて、例よりも人しげき紛れに、いかではるばると書きやりたまふらむ。おはしやそめにけむ。いと遥かなる懸想の道なりや。あやしくて、おはし所尋ねられたまふ日もあり、と聞こえきかし。さやうのことに思し乱れて、そこはかとなく悩みたまふなるべし。昔を思し出づるにも、えおはせざりしほどの嘆き、いといとほしげなりきかし」<BR>⏎612 
d11116<P>⏎
cd2:11117-1118 とつくづくと思ふに、女のいたくもの思ひたるさまなりしも、片端心得そめたまひては、よろづ思し合はするに、いと憂し。<BR>⏎
<P>⏎
613 とつくづくと思ふに、女のいたくもの思ひたるさまなりしも、片端心得そめたまひては、よろづ思し合はするに、いと憂し。<BR>⏎
 1119 「ありがたきものは、人の心にもあるかな。らうたげにおほどかなりとは見えながら、色めきたる方は添ひたる人ぞかし。この宮の御具にては、いとよきあはひなり」<BR>⏎614 
d11120<P>⏎
 1121 と思ひも譲りつべく、退く心地したまへど、<BR>⏎615 
d11122<P>⏎
cd2:11123-1124 「やむごとなく思ひそめ始めし人ならばこそあらめ、なほさるものにて置きたらむ。今はとて見ざらむ、はた恋しかるべし」<BR>⏎
<P>⏎
616 「やむごとなく思ひそめ始めし人ならばこそあらめ、なほさるものにて置きたらむ。今はとて見ざらむ、はた恋しかるべし」<BR>⏎
 1125 と人悪ろく、いろいろ心の内に思す。<BR>⏎617 
d11126<P>⏎
text511127 <A NAME="in65">[第五段 薫、宇治へ随身を遣わす]</A><BR>618 
d11128<P>⏎
cd4:21129-1132 「我すさまじく思ひなりて、捨て置きたらば、かならず、かの宮、呼び取りたまひてむ。人のため、後のいとほしさをも、ことにたどりたまふまじ。さやうに思す人こそ、一品宮の御方に人、二三人参らせたまひたなれ。さて出で立ちたらむを見聞かむ、いとほしく」<BR>⏎
<P>⏎
 などなほ捨てがたく、けしき見まほしくて、御文遣はす。例の随身召して、御手づから人間に召し寄せたり。<BR>⏎
<P>⏎
619-620 「我すさまじく思ひなりて、捨て置きたらば、かならず、かの宮、呼び取りたまひてむ。人のため、後のいとほしさをも、ことにたどりたまふまじ。さやうに思す人こそ、一品宮の御方に人、二三人参らせたまひたなれ。さて出で立ちたらむを見聞かむ、いとほしく」<BR>⏎
 などなほ捨てがたく、けしき見まほしくて、御文遣はす。例の随身召して、御手づから人間に召し寄せたり。<BR>⏎
 1133 「道定朝臣は、なほ仲信が家にや通ふ」<BR>⏎621 
d11134<P>⏎
 1135 「さなむはべる」と申す。<BR>⏎622 
d11136<P>⏎
 1137 「宇治へは、常にやこのありけむ男は遣るらむ。かすかにて居たる人なれば、道定も思ひかくらむかし」<BR>⏎623 
d11138<P>⏎
cd2:11139-1140 とうちうめきたまひて、<BR>⏎
<P>⏎
624 とうちうめきたまひて、<BR>⏎
 1141 「人に見えでをまかれ。をこなり」<BR>⏎625 
d11142<P>⏎
 1143 とのたまふ。かしこまりて、少輔が常にこの殿の御こと案内し、かしこのこと問ひしも思ひあはすれど、もの馴れてえ申し出でず。君も、「下衆に詳しくは知らせじ」と思せば、問はせたまはず。<BR>⏎626 
d11144<P>⏎
 1145 かしこには、御使の例よりしげきにつけても、もの思ふことさまざまなり。ただかくぞのたまへる。<BR>⏎627 
d11146<P>⏎
cd3:11147-1149 「<A HREF="#no27">波越ゆる</A><A NAME="te27">こ</A>ろとも知らず末の松<BR>⏎
  待つらむとのみ思ひけるかな<BR>⏎
<P>⏎
628 「<A HREF="#no27">波越ゆる</A><A NAME="te27">こ</A>ろとも知らず末の松<BR>  待つらむとのみ思ひけるかな<BR>⏎
 1150 人に笑はせたまふな」<BR>⏎629 
d11151<P>⏎
 1152 とあるを、いとあやしと思ふに、胸ふたがりぬ。御返り事を心得顔に聞こえむもいとつつまし、ひがことにてあらむもあやしければ、御文はもとのやうにして、<BR>⏎630 
d11153<P>⏎
 1154 「所違へのやうに見えはべればなむ。あやしく悩ましくて、何事も」<BR>⏎631 
d11155<P>⏎
 1156 と書き添へてたてまつれつ。見たまひて、<BR>⏎632 
d11157<P>⏎
 1158 「さすがに、いたくもしたるかな。かけて見およばぬ心ばへよ」<BR>⏎633 
d11159<P>⏎
 1160 とほほ笑まれたまふも、憎しとは、え思し果てぬなめり。<BR>⏎634 
d11161<P>⏎
text511162 <A NAME="in66">[第六段 右近と侍従、右近の姉の悲話を語る]</A><BR>635 
d11163<P>⏎
 1164 まほならねど、ほのめかしたまへるけしきを、かしこにはいとど思ひ添ふ。「つひにわが身は、けしからずあやしくなりぬべきなめり」と、いとど思ふところに、右近来て、<BR>⏎636 
d11165<P>⏎
 1166 「殿の御文は、などて返したてまつらせたまひつるぞ。ゆゆしく、忌みはべるなるものを」<BR>⏎637 
d11167<P>⏎
 1168 「ひがことのあるやうに見えつれば、所違へかとて」<BR>⏎638 
d11169<P>⏎
 1170 とのたまふ。あやしと見ければ、道にて開けて見けるなりけり。よからずの右近がさまやな。見つとは言はで、<BR>⏎639 
d11171<P>⏎
cd2:11172-1173 「あないとほし。苦しき御ことどもにこそはべれ。殿はもののけしき御覧じたるべし」<BR>⏎
<P>⏎
640 「あないとほし。苦しき御ことどもにこそはべれ。殿はもののけしき御覧じたるべし」<BR>⏎
 1174 と言ふに、面さと赤みて、ものものたまはず。文見つらむと思はねば、「異ざまにて、かの御けしき見る人の語りたるにこそは」と思ふに、<BR>⏎641 
d11175<P>⏎
 1176 「誰れか、さ言ふぞ」<BR>⏎642 
d11177<P>⏎
 1178 などもえ問ひたまはず。この人びとの見思ふらむことも、いみじく恥づかし。わが心もてありそめしことならねども、「心憂き宿世かな」と思ひ入りて寝たるに、侍従と二人して、<BR>⏎643 
d11179<P>⏎
 1180 「右近が姉の、<A HREF="#k26">常陸にて</A><A NAME="t26">、</A>人二人見はべりしを、ほどほどにつけては、ただかくぞかし。これもかれも劣らぬ心ざしにて、思ひ惑ひてはべりしほどに、女は、今の方にいますこし心寄せまさりてぞはべりける。それに妬みて、つひに今のをば殺してしぞかし。<BR>⏎644 
d11181<P>⏎
cd2:11182-1183 さて我も住みはべらずなりにき。国にも、いみじきあたら兵一人失ひつ。またこの過ちたるも、よき郎等なれど、かかる過ちしたる者を、いかでかは使はむ、とて国の内をも追ひ払はれ、すべて女のたいだいしきぞとて、館の内にも置いたまへらざりしかば、東の人になりて、乳母も、今に恋ひ泣きはべるは、罪深くこそ見たまふれ。<BR>⏎
<P>⏎
645 さて我も住みはべらずなりにき。国にも、いみじきあたら兵一人失ひつ。またこの過ちたるも、よき郎等なれど、かかる過ちしたる者を、いかでかは使はむ、とて国の内をも追ひ払はれ、すべて女のたいだいしきぞとて、館の内にも置いたまへらざりしかば、東の人になりて、乳母も、今に恋ひ泣きはべるは、罪深くこそ見たまふれ。<BR>⏎
 1184 ゆゆしきついでのやうにはべれど、上も下も、かかる筋のことは、思し乱るるは、いと悪しきわざなり。御命まだにはあらずとも、人の御ほどほどにつけてはべることなり。死ぬるにまさる恥なることも、よき人の御身には、なかなかはべるなり。一方に思し定めてよ。<BR>⏎646 
d11185<P>⏎
 1186 宮も御心ざしまさりて、まめやかにだに聞こえさせたまはば、そなたざまにもなびかせたまひて、ものないたく嘆かせたまひそ。痩せ衰へさせたまふもいと益なし。さばかり上の思ひいたづききこえさせたまふものを、乳母がこの御いそぎに心を入れて、惑ひゐてはべるにつけても、それよりこなたに、と聞こえさせたまふ御ことこそ、いと苦しく、いとほしけれ」<BR>⏎647 
d11187<P>⏎
 1188 と言ふに、いま一人、<BR>⏎648 
d11189<P>⏎
cd4:21190-1193 「うたて恐ろしきまでな聞こえさせたまひそ。何ごとも御宿世にこそあらめ。ただ御心のうちに、すこし思しなびかむ方を、さるべきに思しならせたまへ。いでやいとかたじけなく、いみじき御けしきなりしかば、人のかく思しいそぐめりし方にも御心も寄らず。しばしは隠ろへても、御思ひのまさらせたまはむに寄らせたまひね、とぞ思ひえはべる」<BR>⏎
<P>⏎
 と宮をいみじくめできこゆる心なれば、ひたみちに言ふ。<BR>⏎
<P>⏎
649-650 「うたて恐ろしきまでな聞こえさせたまひそ。何ごとも御宿世にこそあらめ。ただ御心のうちに、すこし思しなびかむ方を、さるべきに思しならせたまへ。いでやいとかたじけなく、いみじき御けしきなりしかば、人のかく思しいそぐめりし方にも御心も寄らず。しばしは隠ろへても、御思ひのまさらせたまはむに寄らせたまひね、とぞ思ひえはべる」<BR>⏎
 と宮をいみじくめできこゆる心なれば、ひたみちに言ふ。<BR>⏎
text511194 <A NAME="in67">[第七段 浮舟、右近の姉の悲話から死を願う]</A><BR>651 
d11195<P>⏎
 1196 「いさや。右近は、とてもかくても、事なく過ぐさせたまへと、初瀬、石山などに願をなむ立てはべる。この大将殿の御荘の人びとといふ者は、いみじき無道の者どもにて、一類この里に満ちてはべるなり。おほかた、この山城、大和に、殿の領じたまふ所々の人なむ、皆この内舎人といふ者のゆかりかけつつはべるなる。<BR>⏎652 
d11197<P>⏎
 1198 それが婿の右近大夫といふ者を元として、よろづのことをおきて仰せられたるななり。よき人の御仲どちは、情けなきことし出でよ、と思さずとも、ものの心得ぬ田舎人どもの、宿直人にて替り替りさぶらへば、おのが番に当りて、いささかなることもあらせじなど、過ちもしはべりなむ。<BR>⏎653 
d11199<P>⏎
 1200 ありし夜の御ありきは、いとこそむくつけく思うたまへられしか。宮は、わりなくつつませたまふとて、御供の人も率ておはしまさず、やつれてのみおはしますを、さる者の見つけたてまつりたらむは、いといみじくなむ」<BR>⏎654 
d11201<P>⏎
cd6:31202-1207 と言ひ続くるを、君、「なほ我を、宮に心寄せたてまつりたると思ひて、この人びとの言ふ。いと恥づかしく、心地にはいづれとも思はず。ただ夢のやうにあきれて、いみじく焦られたまふをば、などかくしも、とばかり思へど、頼みきこえて年ごろになりぬる人を、今はともて離れむと思はぬによりこそ、かくいみじとものも思ひ乱るれ。げによからぬことも出で来たらむ時」と、つくづくと思ひゐたり。<BR>⏎
<P>⏎
 「まろはいかで死なばや。世づかず心憂かりける身かな。かく憂きことあるためしは、下衆などの中にだに多くやはあなる」<BR>⏎
<P>⏎
 とてうつぶし臥したまへば、<BR>⏎
<P>⏎
655-657 と言ひ続くるを、君、「なほ我を、宮に心寄せたてまつりたると思ひて、この人びとの言ふ。いと恥づかしく、心地にはいづれとも思はず。ただ夢のやうにあきれて、いみじく焦られたまふをば、などかくしも、とばかり思へど、頼みきこえて年ごろになりぬる人を、今はともて離れむと思はぬによりこそ、かくいみじとものも思ひ乱るれ。げによからぬことも出で来たらむ時」と、つくづくと思ひゐたり。<BR>⏎
 「まろはいかで死なばや。世づかず心憂かりける身かな。かく憂きことあるためしは、下衆などの中にだに多くやはあなる」<BR>⏎
 とてうつぶし臥したまへば、<BR>⏎
 1208 「かくな思し召しそ。やすらかに思しなせ、とてこそ聞こえさせはべれ。思しぬべきことをも、さらぬ顔にのみ、のどかに見えさせたまへるを、この御事ののち、いみじく心焦られをせさせたまへば、いとあやしくなむ見たてまつる」<BR>⏎658 
d11209<P>⏎
cd2:11210-1211 と心知りたる限りは、皆かく思ひ乱れ騒ぐに、乳母、おのが心をやりて、物染めいとなみゐたり。今参り童などのめやすきを呼び取りつつ、<BR>⏎
<P>⏎
659 と心知りたる限りは、皆かく思ひ乱れ騒ぐに、乳母、おのが心をやりて、物染めいとなみゐたり。今参り童などのめやすきを呼び取りつつ、<BR>⏎
 1212 「かかる人御覧ぜよ。あやしくてのみ臥させたまへるは、もののけなどの、妨げきこえさせむとするにこそ」と嘆く。<BR>⏎660 
d11213<P>⏎
text511214 <H4>第七章 浮舟の物語 浮舟、匂宮にも逢わず、母へ告別の和歌を詠み残す</H4>661 
text511215 <A NAME="in71">[第一段 内舎人、薫の伝言を右近に伝える]</A><BR>662 
d11216<P>⏎
cd2:11217-1218 殿よりは、かのありし返り事をだにのたまはで、日ごろ経ぬ。この脅しし内舎人といふ者ぞ来たる。げにいと荒々しく、ふつつかなるさましたる翁の、声かれ、さすがにけしきある、<BR>⏎
<P>⏎
663 殿よりは、かのありし返り事をだにのたまはで、日ごろ経ぬ。この脅しし内舎人といふ者ぞ来たる。げにいと荒々しく、ふつつかなるさましたる翁の、声かれ、さすがにけしきある、<BR>⏎
 1219 「女房に、ものとり申さむ」<BR>⏎664 
d11220<P>⏎
 1221 と言はせたれば、右近しも会ひたり。<BR>⏎665 
d11222<P>⏎
 1223 「殿に召しはべりしかば、今朝参りはべりて、ただ今なむ、まかり帰りはんべりつる。雑事ども仰せられつるついでに、かくておはしますほどに、夜中、暁のことも、なにがしらかくて<A HREF="#k27">さぶらふ</A><A NAME="t27">、</A>と思ほして、宿直人わざとさしたてまつらせたまふこともなきを、このころ聞こしめせば、<BR>⏎666 
d11224<P>⏎
 1225 『女房の御もとに、知らぬ所の人通ふやうになむ聞こし召すことある。たいだいしきことなり。宿直にさぶらふ者どもは、その案内聞きたらむ。知らでは、いかがさぶらふべき』<BR>⏎667 
d11226<P>⏎
 1227 と問はせたまひつるに、承らぬことなれば、<BR>⏎668 
d11228<P>⏎
 1229 『なにがしは身の病重くはべりて、宿直仕うまつることは、月ごろおこたりてはべれば、案内もえ知りはんべらず。さるべき男どもは、解怠なく催しさぶらはせはべるを、さのごとき非常のことのさぶらはむをば、いかでか承らぬやうははべらむ』<BR>⏎669 
d11230<P>⏎
cd2:11231-1232 となむ申させはべりつる。用意してさぶらへ。便なきこともあらば、重く勘当せしめたまふべきよしなむ仰せ言はべりつれば、いかなる仰せ言にかと、恐れ申しはんべる」<BR>⏎
<P>⏎
670 となむ申させはべりつる。用意してさぶらへ。便なきこともあらば、重く勘当せしめたまふべきよしなむ仰せ言はべりつれば、いかなる仰せ言にかと、恐れ申しはんべる」<BR>⏎
 1233 と言ふを聞くに、梟の鳴かむよりも、いともの恐ろし。いらへもやらで、<BR>⏎671 
d11234<P>⏎
 1235 「さりや。聞こえさせしに違はぬことどもを聞こしめせ。もののけしき御覧じたるなめり。御消息もはべらぬよ」<BR>⏎672 
d11236<P>⏎
 1237 と嘆く。乳母は、ほのうち聞きて、<BR>⏎673 
d11238<P>⏎
cd2:11239-1240 「いとうれしく仰せられたり。盗人多かんなるわたりに、宿直人も初めのやうにもあらず。皆身の代はりぞと言ひつつ、あやしき下衆をのみ参らすれば、夜行をだにえせぬに」と喜ぶ。<BR>⏎
<P>⏎
674 「いとうれしく仰せられたり。盗人多かんなるわたりに、宿直人も初めのやうにもあらず。皆身の代はりぞと言ひつつ、あやしき下衆をのみ参らすれば、夜行をだにえせぬに」と喜ぶ。<BR>⏎
text511241 <A NAME="in72">[第二段 浮舟、死を決意して、文を処分す]</A><BR>675 
d11242<P>⏎
cd6:31243-1248 君は、「げにただ今いと悪しくなりぬべき身なめり」と思すに、宮よりは、<BR>⏎
<P>⏎
 「いかにいかに」<BR>⏎
<P>⏎
 と<A HREF="#no28">苔の乱るる</A><A NAME="te28">わ</A>りなさをのたまふ、いとわづらはしくてなむ。<BR>⏎
<P>⏎
676-678 君は、「げにただ今いと悪しくなりぬべき身なめり」と思すに、宮よりは、<BR>⏎
 「いかにいかに」<BR>⏎
 と<A HREF="#no28">苔の乱るる</A><A NAME="te28">わ</A>りなさをのたまふ、いとわづらはしくてなむ。<BR>⏎
 1249 「とてもかくても、一方一方につけて、いとうたてあることは出で来なむ。わが身一つの亡くなりなむのみこそめやすからめ。昔は、懸想する人のありさまの、いづれとなきに思ひわづらひてだにこそ、身を投ぐるためしもありけれ。ながらへば、かならず憂きこと見えぬべき身の、亡くならむは、なにか惜しかるべき。親もしばしこそ嘆き惑ひたまはめ、あまたの子ども扱ひに、おのづから<A HREF="#no29">忘草摘み</A><A NAME="te29">て</A>む。ありながらもてそこなひ、<A HREF="#k28">人笑へ</A><A NAME="t28">な</A>るさまにてさすらへむは、まさるもの思ひなるべし」<BR>⏎679 
d11250<P>⏎
cd2:11251-1252 など思ひなる。児めきおほどかに、たをたをと見ゆれど、気高う世のありさまをも知る方すくなくて思し立てたる<A HREF="#k29">人に</A><A NAME="t29">し</A>あれば、すこし<A HREF="#k30">おずかる</A><A NAME="t30">べ</A>きことを、思ひ寄るなりけむかし。<BR>⏎
<P>⏎
680 など思ひなる。児めきおほどかに、たをたをと見ゆれど、気高う世のありさまをも知る方すくなくて思し立てたる<A HREF="#k29">人に</A><A NAME="t29">し</A>あれば、すこし<A HREF="#k30">おずかる</A><A NAME="t30">べ</A>きことを、思ひ寄るなりけむかし。<BR>⏎
 1253 むつかしき反故など破りて、おどろおどろしく一度にもしたためず、灯台の火に焼き、水に投げ入れさせなど、やうやう失ふ。心知らぬ御達は、「ものへ渡りたまふべければ、つれづれなる月日を経て、はかなくし集めたまへる手習などを、破りたまふなめり」と思ふ。侍従などぞ、見つくる時は、<BR>⏎681 
d11254<P>⏎
cd2:11255-1256 「などかくはせさせたまふ。あはれなる御仲に、心とどめて書き交はしたまへる文は、人にこそ見せさせたまはざらめ、ものの底に置かせたまひて御覧ずるなむ、ほどほどにつけては、いとあはれにはべる。さばかりめでたき御紙使ひ、かたじけなき御言の葉を尽くさせたまへるを、かくのみ破らせたまふ、情けなきこと」<BR>⏎
<P>⏎
682 「などかくはせさせたまふ。あはれなる御仲に、心とどめて書き交はしたまへる文は、人にこそ見せさせたまはざらめ、ものの底に置かせたまひて御覧ずるなむ、ほどほどにつけては、いとあはれにはべる。さばかりめでたき御紙使ひ、かたじけなき御言の葉を尽くさせたまへるを、かくのみ破らせたまふ、情けなきこと」<BR>⏎
 1257 と言ふ。<BR>⏎683 
d11258<P>⏎
 1259 「何か。むつかしく。長かるまじき身にこそあめれ。落ちとどまりて、人の御ためもいとほしからむ。さかしらにこれを取りおきけるよなど、漏り聞きたまはむこそ、恥づかしけれ」<BR>⏎684 
d11260<P>⏎
cd2:11261-1262 などのたまふ。心細きことを思ひもてゆくには、またえ思ひ立つまじきわざなりけり。親をおきて亡くなる人は、いと罪深かなるものをなど、さすがにほの聞きたることをも思ふ。<BR>⏎
<P>⏎
685 などのたまふ。心細きことを思ひもてゆくには、またえ思ひ立つまじきわざなりけり。親をおきて亡くなる人は、いと罪深かなるものをなど、さすがにほの聞きたることをも思ふ。<BR>⏎
text511263 <A NAME="in73">[第三段 三月二十日過ぎ、浮舟、匂宮を思い泣く]</A><BR>686 
d11264<P>⏎
 1265 二十日あまりにもなりぬ。かの家主、二十八日に下るべし。宮は、<BR>⏎687 
d11266<P>⏎
 1267 「その夜かならず迎へむ。下人などに、よくけしき見ゆまじき心づかひしたまへ。こなたざまよりは、ゆめにも聞こえあるまじ。疑ひたまふな」<BR>⏎688 
d11268<P>⏎
cd2:11269-1270 などのたまふ。「さてあるまじきさまにておはしたらむに、今一度ものをもえ聞こえず、おぼつかなくて返したてまつらむことよ。また時の間にても、いかでかここには寄せたてまつらむとする。かひなく怨みて帰りたまはむ」さまなどを思ひやるに、例の、面影離れず、堪へず悲しくて、この御文を顔におし当てて、しばしはつつめども、いといみじく泣きたまふ。<BR>⏎
<P>⏎
689 などのたまふ。「さてあるまじきさまにておはしたらむに、今一度ものをもえ聞こえず、おぼつかなくて返したてまつらむことよ。また時の間にても、いかでかここには寄せたてまつらむとする。かひなく怨みて帰りたまはむ」さまなどを思ひやるに、例の、面影離れず、堪へず悲しくて、この御文を顔におし当てて、しばしはつつめども、いといみじく泣きたまふ。<BR>⏎
 1271 右近、<BR>⏎690 
d11272<P>⏎
 1273 「あが君、かかる御けしき、つひに人見たてまつりつべし。やうやう、あやしなど思ふ人はべるべかめり。かうかかづらひ思ほさで、さるべきさまに聞こえさせたまひてよ。右近はべらば、おほけなきこともたばかり出だしはべらば、かばかり小さき御身一つは、空より率てたてまつらせたまひなむ」<BR>⏎691 
d11274<P>⏎
 1275 と言ふ。とばかりためらひて、<BR>⏎692 
d11276<P>⏎
 1277 「かくのみ言ふこそ、いと心憂けれ。さもありぬべきこと、と思ひかけばこそあらめ、あるまじきこと、と皆思ひとるに、わりなく、かくのみ頼みたるやうにのたまへば、いかなることをし出でたまはむとするにかなど、思ふにつけて、身のいと心憂きなり」<BR>⏎693 
d11278<P>⏎
cd2:11279-1280 とて返り事も聞こえたまはずなりぬ。<BR>⏎
<P>⏎
694 とて返り事も聞こえたまはずなりぬ。<BR>⏎
text511281 <A NAME="in74">[第四段 匂宮、宇治へ行く]</A><BR>695 
d11282<P>⏎
 1283 宮、「かくのみ、なほ受け引くけしきもなくて、返り事さへ絶え絶えになるは、かの人の、あるべきさまに言ひしたためて、すこし心やすかるべき方に思ひ定まりぬるなめり。ことわり」と<A HREF="#k31">思す</A><A NAME="t31">も</A>のから、いと口惜しくねたく、<BR>⏎696 
d11284<P>⏎
 1285 「さりとも、我をばあはれと思ひたりしものを。あひ見ぬとだえに、人びとの言ひ知らする方に寄るならむかし」<BR>⏎697 
d11286<P>⏎
 1287 など眺めたまふに、<A HREF="#no30">行く方しらず、むなしき空に満ちぬる</A><A NAME="te30">心</A>地したまへば、例の、いみじく思し立ちておはしましぬ。<BR>⏎698 
d11288<P>⏎
 1289 葦垣の方を見るに、例ならず、<BR>⏎699 
d11290<P>⏎
cd2:11291-1292 「あれは誰そ」<BR>⏎
<P>⏎
700 「あれは誰そ」<BR>⏎
 1293 と言ふ声々、いざとげなり。立ち退きて、心知りの男を入れたれば、それをさへ問ふ。前々のけはひにも似ず。わづらはしくて、<BR>⏎701 
d11294<P>⏎
 1295 「京よりとみの御文あるなり」<BR>⏎702 
d11296<P>⏎
 1297 と言ふ。右近は徒者の名を呼びて会ひたり。いとわづらはしく、いとどおぼゆ。<BR>⏎703 
d11298<P>⏎
cd6:31299-1304 「さらに今宵は不用なり。いみじくかたじけなきこと」<BR>⏎
<P>⏎
 と言はせたり。宮、「などかくもて離るらむ」と思すに、わりなくて、<BR>⏎
<P>⏎
 「まづ時方入りて、侍従に会ひて、さるべきさまにたばかれ」<BR>⏎
<P>⏎
704-706 「さらに今宵は不用なり。いみじくかたじけなきこと」<BR>⏎
 と言はせたり。宮、「などかくもて離るらむ」と思すに、わりなくて、<BR>⏎
 「まづ時方入りて、侍従に会ひて、さるべきさまにたばかれ」<BR>⏎
 1305 とて遣はす。かどかどしき人にて、とかく言ひ構へて、訪ねて会ひたり。<BR>⏎707 
d11306<P>⏎
cd2:11307-1308 「いかなるにかあらむ。かの殿ののたまはすることありとて、宿直にある者どもの、さかしがりだちたるころにて、いとわりなきなり。御前にも、ものをのみいみじく思しためるは、かかる御ことのかたじけなきを、思し乱るるにこそ、と心苦しくなむ見たてまつる。さらに今宵は。人けしき見はべりなば、なかなかにいと悪しかりなむ。やがてさも御心づかひせさせたまひつべからむ夜、ここにも人知れず思ひ構へてなむ、聞こえさすべかめる」<BR>⏎
<P>⏎
708 「いかなるにかあらむ。かの殿ののたまはすることありとて、宿直にある者どもの、さかしがりだちたるころにて、いとわりなきなり。御前にも、ものをのみいみじく思しためるは、かかる御ことのかたじけなきを、思し乱るるにこそ、と心苦しくなむ見たてまつる。さらに今宵は。人けしき見はべりなば、なかなかにいと悪しかりなむ。やがてさも御心づかひせさせたまひつべからむ夜、ここにも人知れず思ひ構へてなむ、聞こえさすべかめる」<BR>⏎
 1309 乳母のいざときことなども語る。大夫、<BR>⏎709 
d11310<P>⏎
cd2:11311-1312 「おはします道のおぼろけならず、あながちなる御けしきに、あへなく聞こえさせむなむ、たいだいしき。さらばいざたまへ。ともに詳しく聞こえさせたまへ」といざなふ。<BR>⏎
<P>⏎
710 「おはします道のおぼろけならず、あながちなる御けしきに、あへなく聞こえさせむなむ、たいだいしき。さらばいざたまへ。ともに詳しく聞こえさせたまへ」といざなふ。<BR>⏎
 1313 「いとわりなからむ」<BR>⏎711 
d11314<P>⏎
 1315 と言ひしろふほどに、夜もいたく更けゆく。<BR>⏎712 
d11316<P>⏎
text511317 <A NAME="in75">[第五段 匂宮、浮舟に逢えず帰京す]</A><BR>713 
d11318<P>⏎
 1319 宮は、御馬にてすこし遠く立ちたまへるに、里びたる声したる<A HREF="#no31">犬どもの出で来てののしる</A><A NAME="te31">も</A>、いと恐ろしく、人少なに、いとあやしき御ありきなれば、「すずろならむものの走り出で来たらむも、いかさまに」と、さぶらふ限り心をぞ惑はしける。<BR>⏎714 
d11320<P>⏎
cd4:21321-1324 「なほとくとく参りなむ」<BR>⏎
<P>⏎
 と言ひ騒がして、この侍従を率て参る。髪脇より<A HREF="#k32">掻い越して</A><A NAME="t32">、</A>様体いとをかしき人なり。馬に乗せむとすれど、さらに聞かねば、衣の裾をとりて、立ち添ひて行く。わが沓を履かせて、みづからは供なる人のあやしき物を履きたり。<BR>⏎
<P>⏎
715-716 「なほとくとく参りなむ」<BR>⏎
 と言ひ騒がして、この侍従を率て参る。髪脇より<A HREF="#k32">掻い越して</A><A NAME="t32">、</A>様体いとをかしき人なり。馬に乗せむとすれど、さらに聞かねば、衣の裾をとりて、立ち添ひて行く。わが沓を履かせて、みづからは供なる人のあやしき物を履きたり。<BR>⏎
 1325 参りて、「かくなむ」と聞こゆれば、語らひたまふべきやうだになければ、山賤の垣根のおどろ葎の蔭に、障泥といふものを敷きて降ろしたてまつる。わが御心地にも、「あやしきありさまかな。かかる道にそこなはれて、はかばかしくは、えあるまじき身なめり」と、思し続くるに、泣きたまふこと限りなし。<BR>⏎717 
d11326<P>⏎
 1327 心弱き人は、ましていといみじく悲しと見たてまつる。いみじき仇を鬼につくりたりとも、おろかに見捨つまじき人の御ありさまなり。ためらひたまひて、<BR>⏎718 
d11328<P>⏎
cd2:11329-1330 「ただ一言もえ聞こえさすまじきか。いかなれば今さらにかかるぞ。なほ人びとの言ひなしたるやうあるべし」<BR>⏎
<P>⏎
719 「ただ一言もえ聞こえさすまじきか。いかなれば今さらにかかるぞ。なほ人びとの言ひなしたるやうあるべし」<BR>⏎
 1331 とのたまふ。ありさま詳しく聞こえて、<BR>⏎720 
d11332<P>⏎
cd2:11333-1334 「やがてさ思し召さむ日を、かねては散るまじきさまに、たばからせたまへ。かくかたじけなきことどもを見たてまつりはべれば、身を捨てても思うたまへたばかりはべらむ」<BR>⏎
<P>⏎
721 「やがてさ思し召さむ日を、かねては散るまじきさまに、たばからせたまへ。かくかたじけなきことどもを見たてまつりはべれば、身を捨てても思うたまへたばかりはべらむ」<BR>⏎
 1335 と聞こゆ。我も人目をいみじく思せば、一方に怨みたまはむやうもなし。<BR>⏎722 
d11336<P>⏎
 1337 夜はいたく更けゆくに、このもの咎めする犬の声絶えず、人びと追ひさけなどするに、弓引き鳴らし、あやしき男どもの声どもして、<BR>⏎723 
d11338<P>⏎
 1339 「火危ふし」<BR>⏎724 
d11340<P>⏎
 1341 など言ふも、いと心あわたたしければ、帰りたまふほど、言へばさらなり。<BR>⏎725 
d11342<P>⏎
cd6:31343-1348 「<A HREF="#no32">いづくにか身をば</A><A NAME="te32">捨</A>てむと白雲の<BR>⏎
  かからぬ山も泣く泣くぞ行く<BR>⏎
 さらばはや」<BR>⏎
<P>⏎
 とてこの人を帰したまふ。御けしきなまめかしくあはれに、夜深き露にしめりたる<A HREF="#k33">御香</A><A NAME="t33">の</A>香うばしさなど、たとへむ方なし。泣く泣くぞ帰り来たる。<BR>⏎
<P>⏎
726-728 「<A HREF="#no32">いづくにか身をば</A><A NAME="te32">捨</A>てむと白雲の<BR>  かからぬ山も泣く泣くぞ行く<BR>⏎
 さらばはや」<BR>⏎
 とてこの人を帰したまふ。御けしきなまめかしくあはれに、夜深き露にしめりたる<A HREF="#k33">御香</A><A NAME="t33">の</A>香うばしさなど、たとへむ方なし。泣く泣くぞ帰り来たる。<BR>⏎
text511349 <A NAME="in76">[第六段 浮舟の今生の思い]</A><BR>729 
d11350<P>⏎
 1351 右近は、言ひ切りつるよし言ひゐたるに、君は、いよいよ思ひ乱るること多くて臥したまへるに、入り来て、ありつるさま語るに、いらへもせねど、枕のやうやう浮きぬるを、かつはいかに見るらむ、とつつまし。明朝も、あやしからむまみを思へば、無期に臥したり。ものはかなげに帯などして経読む。「親に先だちなむ罪失ひたまへ」とのみ思ふ。<BR>⏎730 
d11352<P>⏎
cd2:11353-1354 ありし絵を取り出でて見て、描きたまひし手つき、顔の匂ひなどの、向かひきこえたらむやうにおぼゆれば、昨夜、一言をだに聞こえずなりにしは、なほ今ひとへまさりて、いみじと思ふ。「かの心のどかなるさまにて見む、と行く末遠かるべきことをのたまひわたる人も、いかが思さむ」といとほし。<BR>⏎
<P>⏎
731 ありし絵を取り出でて見て、描きたまひし手つき、顔の匂ひなどの、向かひきこえたらむやうにおぼゆれば、昨夜、一言をだに聞こえずなりにしは、なほ今ひとへまさりて、いみじと思ふ。「かの心のどかなるさまにて見む、と行く末遠かるべきことをのたまひわたる人も、いかが思さむ」といとほし。<BR>⏎
 1355 憂きさまに言ひなす人もあらむこそ、思ひやり恥づかしけれど、「心浅く、けしからず人笑へならむを、聞かれたてまつらむよりは」など思ひ続けて、<BR>⏎732 
d11356<P>⏎
cd3:11357-1359 「嘆きわび身をば捨つとも亡き影に<BR>⏎
  憂き名流さむことをこそ思へ」<BR>⏎
<P>⏎
733 「嘆きわび身をば捨つとも亡き影に<BR>  憂き名流さむことをこそ思へ」<BR>⏎
 1360 親もいと恋しく、例は、ことに思ひ出でぬ弟妹の醜やかなるも、恋し。宮の上を思ひ出できこゆるにも、すべて今一度ゆかしき人多かり。人は皆、おのおの物染めいそぎ、何やかやと言へど、耳にも入らず、夜となれば、人に見つけられず、出でて行くべき方を思ひまうけつつ、寝られぬままに、心地も悪しく、皆違ひにたり。明けたてば、川の方を見やりつつ、<A HREF="#no33">羊の歩み</A><A NAME="te33">よ</A>りもほどなき心地す。<BR>⏎734 
d11361<P>⏎
text511362 <A NAME="in77">[第七段 京から母の手紙が届く]</A><BR>735 
d11363<P>⏎
 1364 宮は、いみじきことどもをのたまへり。今さらに、人や見むと思へば、この御返り事をだに、思ふままにも書かず。<BR>⏎736 
d11365<P>⏎
cd5:21366-1370 「<A HREF="#no34">からをだに憂き世の中にとどめずは<BR>⏎
  いづこをはかと君</A><A NAME="te34">も</A>恨みむ」<BR>⏎
<P>⏎
 とのみ書きて出だしつ。「かの殿にも、今はのけしき見せたてまつらまほしけれど、所々に書きおきて、離れぬ御仲なれば、つひに聞きあはせたまはむこと、いと憂かるべし。すべていかになりけむと、<A HREF="#k34">誰れにもおぼつかなくてやみなむ」と</A><A NAME="t34">思</A>ひ返す。<BR>⏎
<P>⏎
737-738 「<A HREF="#no34">からをだに憂き世の中にとどめずは<BR>  いづこをはかと君</A><A NAME="te34">も</A>恨みむ」<BR>⏎
 とのみ書きて出だしつ。「かの殿にも、今はのけしき見せたてまつらまほしけれど、所々に書きおきて、離れぬ御仲なれば、つひに聞きあはせたまはむこと、いと憂かるべし。すべていかになりけむと、<A HREF="#k34">誰れにもおぼつかなくてやみなむ」と</A><A NAME="t34">思</A>ひ返す。<BR>⏎
 1371 京より、母の御文持て来たり。<BR>⏎739 
d11372<P>⏎
cd2:11373-1374 「<A HREF="#no35">寝ぬる夜の夢</A><A NAME="te35">に</A>、いと騒がしくて見えたまひつれば、誦経所々せさせなどしはべるを、やがてその夢の後、寝られざりつるけにや、ただ今、昼寝してはべる夢に、人の忌むといふことなむ、見えたまひつれば、驚きながらたてまつる。よく慎ませたまへ。<BR>⏎
<P>⏎
740 「<A HREF="#no35">寝ぬる夜の夢</A><A NAME="te35">に</A>、いと騒がしくて見えたまひつれば、誦経所々せさせなどしはべるを、やがてその夢の後、寝られざりつるけにや、ただ今、昼寝してはべる夢に、人の忌むといふことなむ、見えたまひつれば、驚きながらたてまつる。よく慎ませたまへ。<BR>⏎
 1375 人離れたる御住まひにて、時々立ち寄らせたまふ人の御ゆかりもいと恐ろしく、悩ましげにものせさせたまふ折しも、夢のかかるを、よろづになむ思うたまふる。<BR>⏎741 
d11376<P>⏎
cd4:21377-1380 参り来まほしきを、少将の方の、なほいと心もとなげに、もののけだちて悩みはべれば、片時も立ち去ること、といみじく言はれはべりてなむ。その近き寺にも御誦経せさせたまへ」<BR>⏎
<P>⏎
 とてその料の物、文など書き添へて、持て来たり。限りと思ふ命のほどを知らで、かく言ひ続けたまへるも、いと悲しと思ふ。<BR>⏎
<P>⏎
742-743 参り来まほしきを、少将の方の、なほいと心もとなげに、もののけだちて悩みはべれば、片時も立ち去ること、といみじく言はれはべりてなむ。その近き寺にも御誦経せさせたまへ」<BR>⏎
 とてその料の物、文など書き添へて、持て来たり。限りと思ふ命のほどを知らで、かく言ひ続けたまへるも、いと悲しと思ふ。<BR>⏎
text511381 <A NAME="in78">[第八段 浮舟、母への告別の和歌を詠み残す]</A><BR>744 
d11382<P>⏎
cd5:21383-1387 寺へ人遣りたるほど、返り事書く。言はまほしきこと多かれど、つつましくて、ただ<BR>⏎
<P
>⏎
 「後にまたあひ見むことを思はなむ<BR>⏎
  この世の夢に心惑はで」<BR>⏎
<P>⏎
745-746 寺へ人遣りたるほど、返り事書く。言はまほしきこと多かれど、つつましくて、ただ<BR>⏎
 「後にまたあひ見むことを思はなむ<BR>  この世の夢に心惑はで」<BR>⏎
 1388 誦経の鐘の風につけて聞こえ来るを、つくづくと聞き臥したまふ。<BR>⏎747 
d11389<P>⏎
cd3:11390-1392 「鐘の音の絶ゆる響きに音を添へて<BR>⏎
  わが世尽きぬと君に伝へよ」<BR>⏎
<P>⏎
748 「鐘の音の絶ゆる響きに音を添へて<BR>  わが世尽きぬと君に伝へよ」<BR>⏎
 1393 <A HREF="#k35">巻数</A><A NAME="t35">持</A>て来たるに書きつけて、<BR>⏎749 
d11394<P>⏎
 1395 「今宵は、え帰るまじ」<BR>⏎750 
d11396<P>⏎
 1397 と言へば、物の枝に結ひつけて置きつ。乳母、<BR>⏎751 
d11398<P>⏎
 1399 「あやしく、心ばしりのするかな。夢も騒がし、とのたまはせたりつ。宿直人、よくさぶらへ」<BR>⏎752 
d11400<P>⏎
 1401 と言はするを、苦しと聞き臥したまへり。<BR>⏎753 
d11402<P>⏎
 1403 「物聞こし召さぬ、いと<A HREF="#k36">あやし</A><A NAME="t36">。</A>御湯漬け」<BR>⏎754 
d11404<P>⏎
 1405 などよろづに言ふを、「さかしがるめれど、いと醜く老いなりて、我なくは、いづくにかあらむ」と思ひやりたまふも、いとあはれなり。「世の中にえあり果つまじきさまを、ほのめかして言はむ」など思すに、まづ驚かされて先だつ涙を、つつみたまひて、ものも言はれず。右近、ほど近く臥すとて、<BR>⏎755 
d11406<P>⏎
 1407 「かくのみものを思ほせば、<A HREF="#no36">もの思ふ人の魂は、あくがる</A><A NAME="te36">な</A>るものなれば、夢も騒がしきならむかし。いづ方と思し定まりて、いかにもいかにも、おはしまさなむ」<BR>⏎756 
d11408<P>⏎
 1409 とうち嘆く。萎えたる衣を顔におしあてて、臥したまへり、となむ。<BR>⏎757 
d11410<P>⏎
text511411 <a name="in81">【出典】<BR>758 
c11412</a><A NAME="no1">出典1</A> 恋しくは来てもみよかし千早振る神のいさむる道ならなくに(伊勢物語-一三一)<A HREF="#te1">(戻)</A><BR>⏎
759<A NAME="no1">出典1</A> 恋しくは来てもみよかし千早振る神のいさむる道ならなくに(伊勢物語-一三一)<A HREF="#te1">(戻)</A><BR>⏎
 1413<A NAME="no2">出典2</A> 恋ひ死なむ後は何せむ生ける日のためこそ人の見まくほしけれ(拾遺集恋一-六八五 大伴百世)<A HREF="#te2">(戻)</A><BR>⏎760 
 1414<A NAME="no3">出典3</A> 春霞たなびく山の桜花見れども飽かぬ君にもあるかな(古今集恋四-六八四 紀友則)<A HREF="#te3">(戻)</A><BR>⏎761 
 1415<A NAME="no4">出典4</A> 飽かざりし袖の中にや入りにけむわが魂のなき心地する(古今集雑下-九九二 陸奥)<A HREF="#te4">(戻)</A><BR>⏎762 
 1416<A NAME="no5">出典5</A> しののめのほがらほがらと明け行けばおのがきぬぎぬなるぞ悲しき(古今集恋三-六三七 読人しらず)<A HREF="#te5">(戻)</A><BR>⏎763 
 1417<A NAME="no6">出典6</A> ありぬやとこころみがてら逢ひ見ねば戯れにくきまでぞ恋しき(古今集俳諧歌-一〇二五 読人しらず)<A HREF="#te6">(戻)</A><BR>⏎764 
 1418<A NAME="no7">出典7</A> 心には下行く水の湧き返り言はで思ふぞ言ふにまされる(古今六帖五-二六四八)<A HREF="#te7">(戻)</A><BR>⏎765 
c11419<A NAME="no8">出典8</A> 蒼茫霧雨之霽初 寒汀鷺立 重畳煙嵐之断処 晩寺帰僧<蒼茫たる霧雨うぶの霽はれの初めに 寒汀に鷺立てり 重畳せる煙嵐の断えたる処に 晩寺に僧帰る>(和漢朗詠集下-六〇四 張読)<A HREF="#te8">(戻)</A><BR>⏎
766<A NAME="no8">出典8</A> 蒼茫霧雨之霽初 寒汀鷺立 重畳煙嵐之断処 晩寺帰僧&lt;蒼茫たる<ruby><rb>霧雨<rp>(<rt>うぶ<rp>)</ruby><ruby><rb><rp>(<rt>はれ<rp>)</ruby>の初めに 寒汀に鷺立てり 重畳せる煙嵐の断えたる処に 晩寺に僧帰る&gt;(和漢朗詠集下-六〇四 張読)<A HREF="#te8">(戻)</A><BR>⏎
 1420<A NAME="no9">出典9</A> 春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やは隠るる(古今集春上-四一 凡河内躬恒)<A HREF="#te9">(戻)</A><BR>⏎767 
 1421<A NAME="no10">出典10</A> さむしろに衣片敷き今宵もや我を待つらむ宇治の橋姫(古今集恋四-六八九 読人しらず)<A HREF="#te10">(戻)</A><BR>⏎768 
 1422<A NAME="no11">出典11</A> 白雪の色分きがたき梅が枝に友待つ雪ぞ消え残りたる(家持集-二八四)<A HREF="#te11">(戻)</A><BR>⏎769 
 1423<A NAME="no12">出典12</A> 冬ごもり人も通はぬ山里のまれの細道ふたぐ雪かな(賀茂保憲女-一二三)<A HREF="#te12">(戻)</A><BR>⏎770 
 1424<A NAME="no13">出典13</A> 今もかも咲き匂ふらむ橘の小島の崎の山吹の花(古今集春下-一二一 読人しらず)<A HREF="#te13">(戻)</A><BR>⏎771 
 1425<A NAME="no14">出典14</A> 犬上やとこの山なるいさら川いさと答へて我が名漏らすな(古今六帖五-三〇六一)<A HREF="#te14">(戻)</A><BR>⏎772 
c11426<A NAME="no15">出典15</A> 山科の木幡の里に馬はあれど徒歩かちよりぞ来る君を思へば(拾遺集雑恋-一二四三 柿本人麿)<A HREF="#te15">(戻)</A><BR>⏎
773<A NAME="no15">出典15</A> 山科の木幡の里に馬はあれど<ruby><rb>徒歩<rp>(<rt>かち<rp>)</ruby>よりぞ来る君を思へば(拾遺集雑恋-一二四三 柿本人麿)<A HREF="#te15">(戻)</A><BR>⏎
 1427<A NAME="no16">出典16</A> 恨みても泣きても言はむ方ぞなき鏡に見ゆる影ならずして(古今集恋五-八一四 藤原興風)<A HREF="#te16">(戻)</A><BR>⏎774 
c11428<A NAME="no17">出典17</A> 思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを(古今集恋二-五五二 小野小町)<A HREF="#te17">(戻)</A><BR>⏎
775<A NAME="no17">出典17</A> 思ひつつ<ruby><rb><rp>(<rt><rp>)</ruby>ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを(古今集恋二-五五二 小野小町)<A HREF="#te17">(戻)</A><BR>⏎
 1429<A NAME="no18">出典18</A> ふすまぢを引手の山に妹を置きて山路を行けば生けるともなし(万葉集巻二-二一二 柿本人麿)<A HREF="#te18">(戻)</A><BR>⏎776 
c11430<A NAME="no19">出典19</A> たらちねの親のかふ蚕の繭ごもりいぶせくもあるかな妹いもに逢はずて(拾遺集恋四-八九五 柿本人麿)<A HREF="#te19">(戻)</A><BR>⏎
777<A NAME="no19">出典19</A> たらちねの親のかふ<ruby><rb><rp>(<rt><rp>)</ruby>の繭ごもりいぶせくもあるかな<ruby><rb><rp>(<rt>いも<rp>)</ruby>に逢はずて(拾遺集恋四-八九五 柿本人麿)<A HREF="#te19">(戻)</A><BR>⏎
 1431<A NAME="no20">出典20</A> 白雲の晴れぬ雲居にまじりなばいづれかそれと君は思はむ(異本紫明抄所引-出典未詳)<A HREF="#te20">(戻)</A><BR>⏎778 
 1432<A NAME="no21">出典21</A> つれづれの眺めにまさる涙川袖のみ濡れて逢ふよしもなし(古今集恋三-六一七 藤原敏行)かずかずに思ひ思はず問ひがたみ身を知る雨は降りぞまされる(古今集恋四-七〇五 在原業平)<A HREF="#te21">(戻)</A><BR>⏎779 
 1433<A NAME="no22">出典22</A> 侘びぬれば身を浮草の根を絶えて誘ふ水あらばいなむとぞ思ふ(古今集雑下-九三八 小野小町)<A HREF="#te22">(戻)</A><BR>⏎780 
 1434<A NAME="no23">出典23</A> 白雲の八重立つ山にこもるとも思ひ立ちなば尋ねざらめや(紫明抄所引-出典未詳)<A HREF="#te23">(戻)</A><BR>⏎781 
 1435<A NAME="no24">出典24</A> 恋せじと御手洗川にせし禊神は受けずぞなりにけらしも(古今集恋一-五〇一 読人しらず)<A HREF="#te24">(戻)</A><BR>⏎782 
c21436-1437<A NAME="no25">出典25</A> 道の口 武府の国府こふに 我ありと 親には申したべ 心あひの風や さきむだちや(催馬楽-道の口)<A HREF="#te25">(戻)</A><BR>⏎
<A NAME="no26">出典26</A> 須磨の海人あまの塩焼く煙風をいたみ思はぬ方にたなびきにけり(古今集恋四-七〇八 読人しらず)<A HREF="#te26">(戻)</A><BR>⏎
783-784<A NAME="no25">出典25</A> 道の口 武府の<ruby><rb>国府<rp>(<rt>こふ<rp>)</ruby>に 我ありと 親には申したべ 心あひの風や さきむだちや(催馬楽-道の口)<A HREF="#te25">(戻)</A><BR>⏎
<A NAME="no26">出典26</A> 須磨の<ruby><rb>海人<rp>(<rt>あま<rp>)</ruby>の塩焼く煙風をいたみ思はぬ方にたなびきにけり(古今集恋四-七〇八 読人しらず)<A HREF="#te26">(戻)</A><BR>⏎
 1438<A NAME="no27">出典27</A> 君をおきてあだし心をわが持たば末の松山浪も越えなむ(古今集東歌-一〇九三 陸奥歌)<A HREF="#te27">(戻)</A><BR>⏎785 
 1439<A NAME="no28">出典28</A> 逢ふことをいつかその日と松の木の苔の乱れて恋ふるこのごろ(古今六帖六-三九六二)<A HREF="#te28">(戻)</A><BR>⏎786 
 1440<A NAME="no29">出典29</A> 忘れ草摘むほどとこそ思ひつれおぼつかなくて程の経つれば(和泉式部集-二四三)<A HREF="#te29">(戻)</A><BR>⏎787 
 1441<A NAME="no30">出典30</A> 我が恋はむなしき空に満ちぬらし思ひやれども行く方もなし(古今集恋一-四八八 読人しらず)<A HREF="#te30">(戻)</A><BR>⏎788 
c11442<A NAME="no31">出典31</A> 守家一犬迎人吠 放野群牛引犢休<家を守る犬は人を迎へて吠ゆ 野に放てる群牛は犢こうしを引いて休む>(和漢朗詠集下-五六六 都良香)<A HREF="#te31">(戻)</A><BR>⏎
789<A NAME="no31">出典31</A> 守家一犬迎人吠 放野群牛引犢休&lt;家を守る犬は人を迎へて吠ゆ 野に放てる群牛は<ruby><rb><rp>(<rt>こうし<rp>)</ruby>を引いて休む&gt;(和漢朗詠集下-五六六 都良香)<A HREF="#te31">(戻)</A><BR>⏎
 1443<A NAME="no32">出典32</A> いづくとも所定めぬ白雲のかからぬ山はあらじと思ふ(拾遺集雑恋-一二一七 読人しらず)<A HREF="#te32">(戻)</A><BR>⏎790 
c11444<A NAME="no33">出典33</A> 如因趣市歩歩近死地 如牽牛羊詣於屠所<因の市に趣きて歩歩死地に近づくが如く 牛羊を牽いて屠所に詣いたるが如し>(涅槃経)けふもまたむまのかひこそふきつなれ羊の歩み近づきぬらむ(千載集雑下-一二〇〇 赤染衛門)<A HREF="#te33">(戻)</A><BR>⏎
791<A NAME="no33">出典33</A> 如因趣市歩歩近死地 如牽牛羊詣於屠所&lt;因の市に趣きて歩歩死地に近づくが如く 牛羊を牽いて屠所に<ruby><rb><rp>(<rt>いた<rp>)</ruby>るが如し&gt;(涅槃経)けふもまたむまのかひこそふきつなれ羊の歩み近づきぬらむ(千載集雑下-一二〇〇 赤染衛門)<A HREF="#te33">(戻)</A><BR>⏎
 1445<A NAME="no34">出典34</A> 空蝉は殻を見つつも慰めつ深草の山煙だに立て(古今集哀傷-八三一 勝延)今日過ぎば死なましものを夢にてもいづこをはかと君が問はまし(後撰集恋二-六四〇 中将更衣)<A HREF="#te34">(戻)</A><BR>⏎792 
 1446<A NAME="no35">出典35</A> 寝ぬる夜の夢をはかなみまどろめばいやはかなにもなりまさるかな(古今集恋三-六四四 在原業平)<A HREF="#te35">(戻)</A><BR>⏎793 
 1447<A NAME="no36">出典36</A> 物思へば沢の蛍も我が身よりあくがれ出づる魂かとぞ見る(後拾遺集神祇-一一六二 和泉式部)<A HREF="#te36">(戻)</A><BR>⏎794 
d11448
text511449<p> <a name="in82">【校訂】<BR>795 
 1450備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△<BR>⏎796 
c11451</a><A NAME="k01">校訂1</A> 御本性--(/+御)本正<A HREF="#t01">(戻)</A><BR>⏎
797<A NAME="k01">校訂1</A> 御本性--(/+御)本正<A HREF="#t01">(戻)</A><BR>⏎
 1452<A NAME="k02">校訂2</A> のどけさ--のとけき(き/$)さ<A HREF="#t02">(戻)</A><BR>⏎798 
 1453<A NAME="k03">校訂3</A> たよりある--たより(り/+ある)<A HREF="#t03">(戻)</A><BR>⏎799 
 1454<A NAME="k04">校訂4</A> すべき--すす(す<後出>/$)へき<A HREF="#t04">(戻)</A><BR>⏎800 
 1455<A NAME="k05">校訂5</A> こそは--こそ(そ/+は)<A HREF="#t05">(戻)</A><BR>⏎801 
 1456<A NAME="k06">校訂6</A> 言はむも--(/+いはんも)<A HREF="#t06">(戻)</A><BR>⏎802 
 1457<A NAME="k07">校訂7</A> 今日--けけ(け<後出>/#)ふ<A HREF="#t07">(戻)</A><BR>⏎803 
 1458<A NAME="k08">校訂8</A> 思し焦らるる--おほしはゝか(はゝか/$いら)るゝ<A HREF="#t08">(戻)</A><BR>⏎804 
 1459<A NAME="k09">校訂9</A> 思せば--おもへ(もへ/$ほせ)は<A HREF="#t09">(戻)</A><BR>⏎805 
 1460<A NAME="k10">校訂10</A> 恋しき人に--これ(れ/$ひ)しき人(人/+に)<A HREF="#t10">(戻)</A><BR>⏎806 
 1461<A NAME="k11">校訂11</A> ことことしかるべき--こと/\しか(か/+る)へき<A HREF="#t11">(戻)</A><BR>⏎807 
 1462<A NAME="k12">校訂12</A> もろともに--もろとと(と<前出>/$)もに<A HREF="#t12">(戻)</A><BR>⏎808 
 1463<A NAME="k13">校訂13</A> まばゆき--ま(ま/+は)ゆき<A HREF="#t13">(戻)</A><BR>⏎809 
 1464<A NAME="k14">校訂14</A> これさへ--これ(れ/+さ)へ<A HREF="#t14">(戻)</A><BR>⏎810 
 1465<A NAME="k15">校訂15</A> 髪--(/+か)み<A HREF="#t15">(戻)</A><BR>⏎811 
 1466<A NAME="k16">校訂16</A> 心やすく--心や(や/+すく)<A HREF="#t16">(戻)</A><BR>⏎812 
 1467<A NAME="k17">校訂17</A> なればにや--なれは(は/+に)や<A HREF="#t17">(戻)</A><BR>⏎813 
 1468<A NAME="k18">校訂18</A> うしろめた--*うしろめてた<A HREF="#t18">(戻)</A><BR>⏎814 
 1469<A NAME="k19">校訂19</A> さりとも--さりとて(て/$)も<A HREF="#t19">(戻)</A><BR>⏎815 
 1470<A NAME="k20">校訂20</A> 隠れ--かくかく(かく<後出>/$)れ<A HREF="#t20">(戻)</A><BR>⏎816 
 1471<A NAME="k21">校訂21</A> たまひにきかし--たまひに(に/+きか)し<A HREF="#t21">(戻)</A><BR>⏎817 
 1472<A NAME="k22">校訂22</A> さるべからむ--さ(さ/+る)へからむ<A HREF="#t22">(戻)</A><BR>⏎818 
 1473<A NAME="k23">校訂23</A> おいらか--(/+お)ひらか<A HREF="#t23">(戻)</A><BR>⏎819 
 1474<A NAME="k24">校訂24</A> なほなほしき--なをゝ(ゝ/$/\)しき<A HREF="#t24">(戻)</A><BR>⏎820 
 1475<A NAME="k25">校訂25</A> なりけれ--なるけり(り/$れ)<A HREF="#t25">(戻)</A><BR>⏎821 
 1476<A NAME="k26">校訂26</A> 常陸にて--ひたちも(も/$にて)<A HREF="#t26">(戻)</A><BR>⏎822 
 1477<A NAME="k27">校訂27</A> さぶらふ--は(は/=さふらふ)<A HREF="#t27">(戻)</A><BR>⏎823 
 1478<A NAME="k28">校訂28</A> 人笑へ--ひとわらひ(ひ/$へ)<A HREF="#t28">(戻)</A><BR>⏎824 
 1479<A NAME="k29">校訂29</A> 人に--人な(な/$に)<A HREF="#t29">(戻)</A><BR>⏎825 
 1480<A NAME="k30">校訂30</A> おずかる--た(た/$おすかる)<A HREF="#t30">(戻)</A><BR>⏎826 
 1481<A NAME="k31">校訂31</A> 思す--おほゆ(ゆ/$す)<A HREF="#t31">(戻)</A><BR>⏎827 
 1482<A NAME="k32">校訂32</A> 掻い越して--かいた(た/$こ)して<A HREF="#t32">(戻)</A><BR>⏎828 
 1483<A NAME="k33">校訂33</A> 御香--御かほ(ほ/$)<A HREF="#t33">(戻)</A><BR>⏎829 
 1484<A NAME="k34">校訂34</A> 誰れにもおぼつかなくてやみなむ」と--(/+誰にもおぼつかなくてやみなんと)<A HREF="#t34">(戻)</A><BR>⏎830 
 1485<A NAME="k35">校訂35</A> 巻数--(/+巻数)<A HREF="#t35">(戻)</A><BR>⏎831 
 1486<A NAME="k36">校訂36</A> あやし--あ(あ/+や)し<A HREF="#t36">(戻)</A><BR>⏎832 
d11487</p>⏎
 1488<p><a href="index.html">源氏物語の世界ヘ</a><BR>⏎833 
 1489<a href="roman51.html">ローマ字版 </a><BR>⏎834 
 1490<a href="version51.html">現代語訳 </a><BR>⏎835 
 1491<a href="note51.html">注釈</a><BR>⏎836 
 1492<a href="data51.html">明融臨模本</a><BR>⏎837 
 1493<a href="okuiri51.html">自筆本奥入</a><BR>⏎838 
d11494</p>⏎
 1495<hr size="4">⏎839 
 1496</body>⏎840 
 1497</HTML>⏎841 
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