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渋谷栄一校訂(C)

  

若 紫

光る源氏の十八歳春三月晦日から冬十月までの物語

 [主要登場人物]

 光る源氏<ひかるげんじ>
呼称---君・源氏の中将・光る源氏・源氏の君・中将の君・男君、十八歳 参議兼近衛中将
 藤壺の宮<ふじつぼのみや>
呼称---宮・女宮、父桐壺帝の妃、光る源氏の継母
 紫の上<むらさきのうえ>
呼称---若草・若君・初草・君、兵部卿宮の娘、藤壺宮の姪
 尼君<あまぎみ>
呼称---尼・北の方・祖母上・故尼君、紫の上の祖母
 僧都<そうず>
呼称---なにがし僧都・僧都、紫の上の祖母の兄
 王命婦<おうみょうぶ>
呼称---命婦の君・命婦、藤壺宮の女房
 左大臣<さだいじん>
呼称---大殿・大臣、源氏の岳父
 葵の上<あおいのうえ>
呼称---女君、源氏の正妻
 頭中将<とうのちゅうじょう>
呼称---頭中将、葵の上の兄
 兵部卿宮<ひょうぶきょうのみや>
呼称---親王・宮・父宮、紫の上の父
 惟光<これみつ>
呼称---惟光・大夫、源氏の乳母子
 良清<よしきよ>
呼称---播磨守の子

第一章 紫上の物語 若紫の君登場、三月晦日から初夏四月までの物語

  1. 三月晦日、加持祈祷のため、北山に出向く---瘧病にわづらひたまひて
  2. 山の景色や地方の話に気を紛らす---すこし立ち出でつつ見渡したまへば
  3. 源氏、若紫の君を発見す---人なくて、つれづれなれば
  4. 若紫の君の素性を聞く---「あはれなる人を見つるかな
  5. 翌日、迎えの人々と共に帰京---明けゆく空は、いといたう霞みて
  6. 内裏と左大臣邸に参る---君は、まづ内裏に参りたまひて
  7. 北山へ手紙を贈る---またの日、御文たてまつれたまへり
第二章 藤壺の物語 夏の密通と妊娠の苦悩物語
  1. 夏四月の短夜の密通事件---藤壺の宮、悩みたまふことありて
  2. 妊娠三月となる---宮も、なほいと憂き身なりけりと
  3. 初秋七月に藤壺宮中に戻る---七月になりてぞ参りたまひける
第三章 紫上の物語(2) 若紫の君、源氏の二条院邸に盗み出される物語
  1. 紫の君、六条京極の邸に戻る---かの山寺の人は、よろしうなりて
  2. 尼君死去し寂寥と孤独の日々---十月に朱雀院の行幸あるべし
  3. 源氏、紫の君を盗み取る---君は大殿におはしけるに

【出典】
【校訂】

 

第一章 紫上の物語 若紫の君登場、三月晦日から初夏四月までの物語

 [第一段 三月晦日、加持祈祷のため、北山に出向く]

 瘧病にわづらひまひて、よろづにまじなひ加持など参らせたまへど、しるしなくて、あまたたびおこりたまひければ、ある人、「北山になむ、なにがし寺といふ所に、かしこき行ひ人はべる。去年の夏も世におこりて、人びとまじなひわづらひしを、やがてとどむるたぐひ、あまたはべりき。ししこらかしる時はうたてはべるを、とくこそ試みさせたまはめ」など聞こゆれば召しに遣はしたるに、「老いかがまりて、室の外にもまかでず」と申したれば、「いかがはせむ。いと忍びてものせむ」とのたまひて、御供にむつましき四、五人ばかりして、まだ暁におはす。

 やや深う入る所なりけり。三月のつごもりなれば、京の花盛りはみな過ぎにけり。山の桜はまだ盛りにて、入りもておはするままに、霞のたたずまひもをかしう見ゆれば、かかるありさまもならひたまはず、所狭き御身にて、めづらしう思されけり。

 寺のさまもいとあはれなり。峰高く、深き巖屋中にぞ、聖入りゐたりける。登りたまひて、誰とも知らせたまはず、いといたうやつれたまへれど、しるき御さまなれば、

 「あな、かしこや。一日、召しはべりしにやおはしますらむ。今は、この世のことを思ひたまへねば、験方の行ひも捨て忘れてはべるを、いかで、かうおはしましつらむ」

 と、おどろき騒ぎ、うち笑みつつ見たてまつる。いと尊き大徳なりけり。さるべきもの作りて、すかせたてまつり、加持など参るほど、日高くさし上がりぬ。

 [第二段 山の景色や地方の話に気を紛らす]

 すこし立ち出でつつ見渡したまへば、高き所にて、ここかしこ、僧坊どもあらはに見おろさるる、ただこのつづら折の下に、同じ小柴なれど、うるはしくし渡して、清げなる屋、廊など続けて、木立いとよしあるは、

 「何人の住むにか」

 と問ひたまへば、御供なる人、

 「これなむ、なにがし僧都の、二年籠もりはべる方にはべるなる」

 「心恥づかしき人住むなる所にこそあなれ。あやしうも、あまりやつしけるかな。聞きもこそすれ」などのたまふ。

 清げなる童などあまた出で来て、閼伽たてまつり、花折りなどするもあらはに見ゆ。

 「かしこに、女こそありけれ」
 「僧都は、よも、さやうには、据ゑたまはじを」

 「いかなる人ならむ」

 と口々言ふ。下りて覗くもあり。

 「をかしげなる女子ども、若き人、童女なむ見ゆる」と言ふ。

 君は、行ひしたまひつつ、日たくるままに、いかならむと思したるを、

 「とかう紛らはさせたまひて、思し入れぬなむ、よくはべる」

 と聞こゆれば、後への山に立ち出でて、京の方を見たまふ。はるかに霞みわたりて、四方の梢そこはかとなう煙りわたれるほど、

 「絵にいとよくも似たるかな。かかる所に住む人、心に思ひ残すことはあらじかし」とのたまへば、

 「これは、いと浅くはべり。人の国などにはべる海、山のありさまなどを御覧ぜさせてべらば、いかに、御絵いみじうまさらせたまはむ。富士の山、なにがしの嶽」

 など、語りきこゆるもあり。また西国のおもしろき浦々、磯の上を言ひ続くるもありて、よろづに紛らはしこゆ。

 「近き所には、播磨の明石の浦こそ、なほことにはべれ。何の至り深き隈はなけれど、ただ、海の面を見わたしたるほどなむ、あやしく異所に似ず、ゆほびかなるにはべる。

 かの国の前の守、新発意の、女かしづきたる家、いといたしかし。大臣の後にて、出で立ちもすべかりける人の、世のひがものにて、交じらひもせず、近衛の中将を捨てて、申し賜はれりけるれど、かの国の人にもすこしあなづられて、『何の面目にてか、また都にも帰らむ』と言ひて、頭も下ろしはべりにけるを、すこし奥まりたる山住みもせで、さる海づらに出でゐたる、ひがひがしきやうなれど、げに、かの国のうちに、さも、人の籠もりゐぬべき所々はありながら、深き里は、人離れ心すごく、若き妻子の思ひわびぬべきにより、かつは心をやれる住まひになむはべる。

 先つころ、まかり下りてはべりしついでに、ありさま見たまへに寄りてはべりしかば、京にてこそ所得ぬやうなりけれ、そこらるかに、いかめしう占めて造れるさま、さは言へど、国の司にてし置きけることなれば、残りの齢ゆたかに経べき心構へも、二なくしたりけり。後の世の勤めも、いとよくして、なかなか法師まさりしたる人になむはべりける」と申せば、

 「さて、その女は」と、問ひたまふ。

 「けしうはあらず、容貌、心ばせなどはべるなり。代々の国の司など、用意ことにして、さる心ばへ見すなれど、さらにうけひかず。『我が身のかくいたづらに沈めるだにあるを、この人ひとりにこそあれ、思ふさまことなり。もし我に後れてその志とげず、この思ひおきつる宿世違はば、海に入りね』と、常に遺言おきてはべるなる」

 と聞こゆれば、君もをかしと聞きたまふ。人びと、

 「海龍王の后になるべきいつき女ななり」
 「心高さ苦しや」とて笑ふ。

 かく言ふは、播磨守の子の、蔵人より、今年、かうぶり得たるなりけり。

 「いと好きたる者なれば、かの入道の遺言破りつべき心はあらむかし」
 「さて、たたずみ寄るならむ」

 と言ひあへり。

 「いで、さ言ふとも、田舎びたらむ。幼くよりさる所に生ひ出でて、古めいたる親にのみ従ひたらむは」

 「母こそゆゑあるべけれ。よき若人、童など、都のやむごとなき所々より、類にふれて尋ねとりて、まばゆくこそもてなすなれ」

 「情けなき人なりて行かば、さて心安くてしも、え置きたらじをや」

 など言ふもあり。君、

 「何心ありて、海の底まで深う思ひ入るらむ。底の「みるめ」も、ものつかしう

 などのたまひて、ただならずしたり。かやうにても、なべてならず、もてひがみたること好みたまふ御心なれば、御耳とどまらむをや、と見たてまつる。

 「暮れかかりぬれど、おこらせたまはずなりぬるにこそはあめれ。はや帰らせたまひなむ」

 とあるを、大徳、

 「御もののけど、加はれるまにおはしましけるを、今宵は、なほ静かに加持など参りて、出でさせたまへ」と申す。

 「さもあること」と、皆人申す。君も、かかる旅寝も慣らひたまはねば、さすがにをかしくて、

 「さらば暁に」とのたまふ。

 [第三段 源氏、若紫の君を発見す]

 人なくて、つれづれなれば、夕暮のいたう霞みるに紛れて、かの小柴垣のほどに立ち出でたまふ。人びとは帰したまひて、惟光朝臣と覗きたまへば、ただこの西面にしも、仏据ゑたてまつりて行ふ、尼なりけり。簾すこし上げて、花たてまつるめり。中の柱に寄りゐて、脇息の上に経を置きて、いとなやましげに読みゐたる尼君、ただ人と見えず。四十余ばかりにて、いと白うあてに、痩せたれど、つらつきふくらかに、まみのほど、髪のうつくしげにそがれたる末も、なかなか長きよりもこよなう今めかしきものかなと、あはれに見たまふ。

 清げなる大人二人ばかり、さては童女ぞ出で入り遊ぶ。中に十ばかりやあらむとえて、白き衣、山吹などの萎えたる着て、走り来たる女子、あまた見えつる子どもに似るべうもあらず、いみじく生ひさき見えて、うつくしげなる容貌なり。髪は扇を広げたるやうにゆらゆらとして、顔はいと赤くすりなして立てり。

 「何ごとぞや。童女と腹立ちたまへるか」

 とて、尼君の見上げたるに、すこしおぼえたるところあれば、「子なめり」と見たまふ。

 「雀の子を犬君が逃がしつる。伏籠のうちに籠めたりつるものを」

 とて、いと口惜しと思へり。このゐたる大人、

 「例の、心なしの、かかるわざをして、さいなまるるこそ、いと心づきなけれ。いづ方へかまかりぬる。いとをかしう、やうやうなりつるものを。烏などもこそ見つくれ」

 とて、立ちて行く。髪ゆるるかにと長く、めやすき人なめり。少納言の乳母とこそ人言ふめるは、この子の後見なるべし。

 尼君、
 「いで、あな幼や。言ふかひなうものしたまふかな。おのが、かく、今日明日におぼゆる命をば、何とも思したらで、雀慕ひたまふほどよ。罪得ることぞと、常に聞こゆるを、心憂く」とて、「こちや」と言へば、ついゐたり。

 つらつきいとらうたげにて、眉のわたりうちけぶり、いはけなくかいやりたる額つき、髪ざし、いみじううつくし。「ねびゆかむさまゆかしき人かな」と、目とまりたまふ。さるは、「限りなう心を尽くしきこゆる人に、いとよう似たてまつれるが、まもらるるりけり」と、思ふにも涙ぞ落つる。

 尼君、髪をかき撫でつつ、
 「梳ることをうるさがりたまへど、をかしの御髪や。いとはかなうものしたまふこそ、あはれにうしろめたけれ。かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを。故姫君は、十ばかりにて殿に後れたまひしほど、いみじうものは思ひ知りたまへりしぞかし。ただ今、おのれ見捨てたてまつらば、いかで世におはせむとすらむ」

 とて、いみじく泣くを見たまふも、すずろに悲し。幼心地にも、さすがにうちまもりて、伏目になりてうつぶしたるに、こぼれかかりたる髪、つやつやとめでたう見ゆ。

 「生ひ立たむありかも知らぬ若草を
  おくらす露ぞ消えむそらなき」

 またゐたる大人、「げに」と、うち泣きて、

 「初草の生ひ行く末も知らぬまに
  いかでか露の消えむとすらむ」

 と聞こゆるほどに、僧都、あなたより来て、

 「こなたはあらはにやはべらむ。今日しも、端におはしましけるかな。この上の聖の方に、源氏の中将の瘧病まじなひにものしたまひけるを、ただ今なむ、聞きつけはべる。いみじう忍びたまひければ、知りはべらで、ここにはべりながら、御とぶらひにもまでざりける」とのたまへば、

 「あないみじや。いとあやしきさまを、人や見つらむ」とて、簾下ろしつ。

 「この世に、ののしりたまふ光る源氏、かかるついでに見たてまつりたまはむや。世を捨てたる法師の心地にも、いみじう世の憂へ忘れ、齢延ぶる人の御ありさまなり。いで、御消息聞こえむ」

 とて、立つ音すれば、帰りたまひぬ。

 [第四段 若紫の君の素性を聞く]

 「あはれなる人を見つるかな。かかれば、この好き者どもは、かかる歩きをのみして、よくさるまじき人をも見つくるなりけり。たまさかに立ち出づるだに、かく思ひのほかなることを見るよ」と、をかしう思す。「さても、いとうつくしかりつる児かな。何人ならむ。かの人の御代はりに、明け暮れの慰めにも見ばや」と思ふ心、深うつきぬ。

 うち臥したまへるに、僧都の御弟子、惟光を呼び出でさす。ほどなき所なれば、君もやがて聞きたまふ。

 「過りおはしましけるよし、ただ今なむ、人申すに、おどろきながら、さぶらべきを、なにがしこの寺に籠もりはべりとは、しろしめしながら、忍びさせたまへるを、憂はしく思ひたまへてなむ。草の御むしろも、この坊にこそ設けはべるべけれ。いと本意なきこと」と申したまへり。

 「いぬる十余日のほどより、瘧病にわづらひべるを、度重なりて堪へがたくはべれば、人の教へのまま、にはかに尋ね入りはべりつれど、かやうなる人の験あらはさぬ時、はしたなかるべきも、ただなるよりは、いとほしう思ひたまへつつみてなむ、いたう忍びはべりつる。今、そなたにも」とのたまへり。

 すなはち、僧都参りたまへり。法師なれど、いと心恥づかしく人柄もやむごとなく、世に思はれたまへる人なれば、軽々しき御ありさまを、はしたなう思す。かく籠もれるほどの御物語など聞こえたまひて、「同じ柴の庵なれど、すこし涼しき水の流れも御覧ぜさせむ」と、せちに聞こえたまへば、かの、まだ見ぬ人びとにことことしう言ひ聞かせつるを、つつましう思せど、あはれなりつるありさまもいぶかしくて、おはしぬ。

 げに、いと心ことによしありて、同じ木草をも植ゑなしたまへり。月もなきころなれば、遣水に篝火ともし、灯籠ども参りたり。南面いと清げにしつらひたまへり。そらだきもの、いと心にくく薫り出で、名香の香など匂ひみちたるに、君の御追風いとことなれば、内の人びとも心づかひすべかめり。

 僧都、世の常なき物語、後世のことなど聞こえ知らせたまふ。我が罪のほど恐ろしう、「あぢきなきことにをしめて、生ける限りこれを思ひ悩むべきなめり。まして後の世のいみじかるべき」。思し続けて、かうやうなる住まひもせまほしうおぼえたまふものから、昼の面影心にかかりて恋しければ、

 「ここにものしたまふは、誰れにか。尋ねきこえまほしき夢を見たまへしかな。今日なむ思ひあはせつる」

 と聞こえたまへば、うち笑ひて、

 「うちつける御夢語りにぞはべるなる。尋ねさせたまひても、御心劣りせさせたまひぬべし。故按察使大納言は、世になくて久しくなりはべりぬれば、えしろしめさじかし。その北の方なむ、なにがしが妹にはべる。かの按察使かくれて後、世を背きてはべるが、このごろ、わづらふことはべるにより、かく京にもまかでねば、頼もし所に籠もりてものしはべるなり」と聞こえたまふ。

 「かの大納言の御女、ものしたまふと聞きたまへしは。好き好きしき方にはあらで、まめやかに聞こゆるなり」と、推し当てにのたまへば、

 「女ただ一人はべりし。亡せて、この十余年にやなりはべりぬらむ。故大納言、内裏にたてまつらむなど、かしこういつきはべりしを、その本意のごとくもものしはべらで、過ぎはべりにしかば、ただこの尼君一人もてあつかひはべりしほどに、いかなる人のしわざにか、兵部卿宮なむ、忍びて語らひつきたまへりけるを、本の北の方、やむごとなくなどして、安からぬこと多くて、明け暮れ物を思ひてなむ、亡くなりはべりにし。物思ひに病づくものと、目に近く見たまへし」

 など申したまふ。「さらば、その子なりけり」と思しあはせつ。「親王の御筋にて、かの人にもかよひきこえたるにや」と、いとどあはれに見まほし。「人のほどもあてにをかしう、なかなかのさかしらなく、うち語らひて、心のままに教へ生ほし立てて見ばや」と思す。

 「いとあはれにものしたまふことかな。それは、とどめたまふ形見もなきか」

 と、幼かりつる行方の、なほ確かに知らまほしくて、問ひたまへば、

 「亡くなりはべりしほどにこそ、はべりしか。それも、女にてぞ。それにつけて物思ひのもよほしになむ、齢の末に思ひたまへ嘆きはべるめる」と聞こえたまふ。

 「さればよ」と思さる。

 「あやしきことなれど、幼き御後見に思すべく、聞こえたまひてむや。思ふ心ありて、行きかかづらふ方もはべりながら、世に心の染まぬにやあらむ、独り住みにてのみなむ。まだ似げなきほどと常の人に思しなずらへて、はしたなくやなどのたまへば、

 「いとうれしかるべき仰せ言なるを、まだむげにいはきなきほどにはべるめれば、たはぶれにても、御覧じがたくや。そもそも、女人は、人にもてなされて大人にもなりたまふものなれば、詳しくはえとり申さず、かの祖母に語らひはべりて聞こえさせむ」

 と、すくよかに言ひて、ものごはきさましたまへれば、若き御心に恥づかしくて、えよくも聞こえたまはず。

 「阿弥陀仏ものしたまふ堂に、することはべるころになむ。初夜、いまだ勤めはべらず。過ぐしてさぶらはむ」とて、上りたまひぬ。

 君は、心地もいと悩ましきに、雨すこしうちそそき、山風ひややかに吹きたるに、滝のよどみもまさりて、音高う聞こゆ。すこしねぶたげなる読経絶え絶えすごく聞こゆるなど、すずろる人も、所からものあはれなり。まして、思しめぐらすこと多くて、まどろませたまはず。初夜と言ひしかども、夜もいたう更けにけり。内にも、人の寝ぬけはひしるくて、いと忍びたれど、数珠の脇息に引き鳴らさるる音ほの聞こえ、なつかしううちそよめく音なひ、あてはかなりと聞きたまひて、ほどもなく近ければ、外に立てわたしたる屏風の中を、すこし引き開けて、扇を鳴らしたまへば、おぼえなき地すべかめれど、聞き知らぬやうにやとて、ゐざり出づる人あなり。すこし退きて、

 「あやし、ひが耳や」とたどるを、聞きたまひて、

 「仏の御しるべは、暗きに入りてもさらに違ふまじかなるものを」

 とのたまふ御声の、いと若うあてなるに、うち出でむ声づかひも、恥づかしけれど、

 「いかなる方の、るべにか。おぼつかなく」と聞こゆ。

 「げに、うちつけなりとおぼめきたまはむも、道理なれど、

  初草の若葉の上を見つるより
  旅寝の袖も露ぞ乾かぬ

 と聞こえたまひてむや」とのたまふ。

 「さらに、かやうの御消息、うけたまはりわくべきもものしたまはぬさまは、しろしめしたりげなるを。誰れにかは」と聞こゆ。

 「おのづからさるやうありて聞こゆるならむ思ひなしたまへかし」

 とのたまへば、入りて聞こゆ。

 「あな、今めかし。この君や、世づいたるほどにおはするとぞ、思すらむ。さるにては、かの『若草』を、いかで聞いたまへることぞ」とさまざまあやしきに、心乱れて、久しうなれば、情けなしとて、

 「枕結ふ今宵ばかりの露けさを
  深山の苔に比べざらなむ

 乾がたうはべるものを」と聞こえたまふ。

 「かうやうのついでなる御消息は、まださらに聞こえ知らず、ならはぬことになむ。かたじけなくとも、かかるついでに、まめまめしう聞こえさすべきことなむ」と聞こえたまへれば、尼君、

 「ひがこと聞きたまへるならむ。いとむつかしき御けはひに、何ごとをかは答へきこえむ」とのたまへば、

 「はしたなうもこそ思せ」と人びと聞こゆ。

 「げに、若やかなる人こそうたてもあらめ、まめやかにのたまふ、かたじけなし」

 とて、ゐざり寄りたまへり。

 「うちつけに、あさはかなりと、御覧ぜられぬべきついでなれど、心にはさもおぼえはべらねば。仏はおのづから」

 とて、おとなおとなしう、恥づかしげなるにつつまれて、とみにもえうち出でたまはず。

 「げに、思ひたまへ寄りがたきついでに、かくまでのたまはせ、聞こえさするも、いかが」とのたまふ。

 「あはれにうけたまはる御ありさまを、かの過ぎたまひにけむ御かはりに、思しないてむや。言ふかひなきほどの齢にて、むつましかるべき人にも立ち後れはべりにければ、あやしう浮きたるやうにて、年月をこそ重ねはべれ。同じさまにものしたまふなるを、たぐひになさせたまへと、いと聞こえまほしきを、かかる折はべりがたくてなむ、思されむところをも憚らず、うち出ではべりぬる」と聞こえたまへば、

 「いとうれしう思ひたまへぬべき御ことがらも、聞こしめしひがめたることなやはべらむと、つつましうなむ。あやしき身一つを頼もし人にする人なむはべれど、いとまだ言ふかひなきほどにて、御覧じ許さるる方もはべりがたげなれば、えなむうけたまはりとどめられざりける」とのたまふ。

 「みな、おぼつかなからずうけたまはるものを、所狭う思し憚らで、思ひたまへ寄るさまことなる心のほどを、御覧ぜよ」

 と聞こえたまへど、いと似げなきことを、さも知らでのたまふ、と思して、心解けたる御答へもなし。僧都おはしぬれば、

 「よし、かう聞こえそめはべりぬれば、いと頼もしうなむ」とて、おし立てたまひつ。

 暁方になりにければ、法華三昧行ふ堂の懺法の声、山おろしにつきて聞こえくる、いと尊く、滝の音に響きあひたり。

 「吹きまよふ深山おろしに夢さめて
  涙もよほす滝の音かな」

 「さしぐみに袖ぬらしける山水に
  澄める心は騒ぎやはする
 耳馴れはべりにけりや」と聞こえたまふ。

 [第五段 翌日、迎えの人々と共に帰京]

 明けゆく空は、いといたう霞みて、山の鳥どもそこはかとなうさへづりあひたり。名も知らぬ木草の花どもも、いろいろに散りまじり、錦を敷けると見ゆるに、鹿のたたずみ歩くも、めづらしく見たまふに、悩ましさも紛れ果てぬ。

 聖、動きもえせねど、とかうして護身参らせたまふ。かれたる声の、いといたうすきひがめるも、あはれに功づきて、陀羅尼誦みたり。

 御迎への人びと参りて、おこたりたまへる喜び聞こえ、内裏よりも御とぶらひあり。僧都、世に見えぬさまの御くだもの、何くれと、谷の底まで堀り出で、いとなみきこえたまふ。

 「今年ばかりの誓ひ深うはべりて、御送りにもえ参りはべるまじきこと。なかなかにも思ひたまへらるべきかな」

 など聞こえたまひて、大御酒参りたまふ。

 「山水に心とまりはべりぬれど、内裏よりもおぼつかながらせたまへるも、かしこければなむ。今、この花の折過ぐさず参り来む。

  宮人に行きて語らむ山桜
  風よりさきに来ても見るべく」

 とのたまふ御もてなし、声づかひさへ、目もあやなるに、

 「優曇華の花待ち得たる心地して
  深山桜に目こそ移らね」

 と聞こえたまへば、ほほゑみて、「時ありて、一度開くなるは、かたかなるものを」とのたまふ。

 聖、御土器賜はりて

 「奥山の松のとぼそをまれに開けて
  まだ見ぬ花の顔を見るかな」

 と、うち泣きて見たてまつる。聖、御まもりに、独鈷たてまつる。見たまひて、僧都、聖徳太子の百済より得たまへりける金剛子の数珠の、玉の装束したる、やがてその国より入れたる筥の、唐めいたるを、透きたる袋に入れて、五葉の枝に付けて、紺瑠璃の壺どもに、御薬ども入れて、藤、桜などに付けて、所につけたる御贈物ども、ささげたてまつりたまふ。

 君、聖よりはじめ、読経しつる法師の布施ども、まうけの物ども、さまざまに取りにつかはしたりければ、そのわたりの山がつまで、さるべき物ども賜ひ、御誦経などして出でたまふ。

 内に僧都入りたまひて、かの聞こえたまひしこと、まねびきこえたまへど、

 「ともかくも、ただ今は、聞こえむかたなし。もし、御志あらば、いま四、五年を過ぐしてこそは、ともかくも」とのたまへば、「さなむ」と同じさまにのみあるを、本意なしと思す。

 御消息、僧都のもとなる小さき童して、

 「夕まぐれほのかに花の色を見て
  今朝は霞の立ちぞわづらふ」

 御返し、

 「まことにや花のあたりは立ち憂きと
  霞むる空の気色をも見む」

 と、よしある手の、いとあてなるを、うち捨て書いたまへり。

 御車にたてまつるほど、大殿より、「いづちともなくて、おはしましにけること」とて、御迎への人びと、君達などあまた参りたまへり。頭中将、左中弁、さらぬ君達も慕ひきこえて、

 「かうやうの御供には、仕うまつりはべらむ、と思ひたまふるを、あさましく、おくらさせまへること」と恨みきこえて、「いといみじき花の蔭に、しばしもやすらはず、立ち帰りはべらむは、飽かぬわざかな」とのたまふ。

 岩隠れの苔の上に並みゐて、土器参る。落ち来る水のさまなど、ゆゑある滝のもとなり。頭中将、懐なりける笛取り出でて、吹きすましたり。弁の君、扇はかなううち鳴らして、「豊浦の寺の、西なるや」歌ふ。人よりは異なる君達を、源氏の君、いといたううち悩みて、岩に寄りゐたまへるは、たぐひなくゆゆしき御ありさまにぞ、何ごとにも移るまじかりける。例の、篳篥吹く随身、笙のたせたる好き者などあり。

 僧都、琴をみづから持て参りて、

 「これ、ただ御手一つあそばして、同じうは、山の鳥もおどろかしはべらむ」

 と切に聞こえたまへば、

 「乱り心地、いと堪へがたきものを」と聞こえたまへど、けに憎からずき鳴らして、皆立ちたまひぬ。

 飽かず口惜しと、言ふかひなき法師、童べも、涙を落としあへり。まして、内には、年老いたる尼君たちなど、まださらにかかる人の御ありさまを見ざりつれば、「この世のものともおぼえたまはず」と聞こえあへり。僧都も、

 「あはれ、何の契りにて、かかる御さまながら、いとむつかしき日本の末の世に生まれたまへらむと見るに、いとなむ悲しき」とて、目おしのごひたまふ。

 この若君、幼な心地に、「めでたき人かな」と見たまひ

 「宮の御ありさまよりも、まさりたまへるかな」などたまふ。

 「さらば、かの人の御子になりておはしませよ」

 と聞こゆれば、うちうなづきて、「いとようありなむ」と思したり。雛遊びにも、絵描いたまふにも、「源氏の君」と作り出でて、きよらなる衣着せ、かしづきたまふ。

 [第六段 内裏と左大臣邸に参る]

 君は、まづ内裏に参りたまひて、日ごろの御物語など聞こえたまふ。「いといたう衰へにけり」とて、ゆゆしと思し召したり。聖の尊かりることなど、問はせたまふ。詳しく奏したまへば、

 「阿闍梨などにもなるべき者にこそあなれ。行ひの労は積もりて、朝廷にしろしめされざりけること」と、尊がりのたまはせけり。

 大殿、参りあひたまひて、

 「御迎へにもと思ひたまへつれど、忍びたる御歩きに、いかがと思ひ憚りてなむ。のどやかに一、二日うち休みたまへ」とて、「やがて、御送り仕うまつらむ」と申したまへば、さしも思さねど、引かされてまかでたまふ。

 我が御車に乗せたてまつりたまうて、自らは引き入りてたてまつれり。もてかしづききこえたまへる御心ばへのあはれなるをぞ、さすがに心苦しく思しける。

 殿にも、おはしますらむと心づかひしたまひて、久しく見たまはぬほど、いとど玉の台に磨きしつらひ、よろづをととのへたまへり。

 女君、例の、はひ隠れて、とみにも出でたまはぬを、大臣、切に聞こえたまひて、からうして渡りたまへり。ただ絵に描きたるものの姫君のやうに、し据ゑられて、うちみじろきたまふこともかたく、うるはしうてものしたまへば、思ふこともうちかすめ、山道の物語をも聞こえむ、言ふかひりて、をかしういらへたまはばこそ、あはれならめ、世には心も解けずうとく恥づかしきものに思して年のかさなるに添へて、御心の隔てもまさるを、いと苦しく、思はずに、

 「時々は、世の常なる御気色を見ばや。堪へがたうわづらひはべりしをも、いかがとだに、問ひたまはぬこそ、めづらしからぬことなれど、なほうらめしう」

 と聞こえたまふ。からうして、

 「問はぬは、つらきものにやらむ」

 と、後目におこせたまへるまみ、いと恥づかしげに、気高ううつくしげなる御容貌なり。

 「まれまれは、あさましの御こと。訪はぬ、など言ふ際は、異にこそはべるなれ。心憂くものたまひなすかな。世とともにはしたなき御もてなしを、もし、思し直る折もやと、とざまかうさまに試みきこゆるほどいとど思ほし疎むなめりかし。よしや、命だに」

 とて、夜の御座に入りたまひぬ。女君、ふとも入りたまはず、聞こえわづらひたまひて、うち嘆きて臥したまへるも、なま心づきなきにやあらむ、ねぶたげにもてなして、とかうを思し乱るること多かり。

 この若草の生ひ出でむほどのなほゆかしきを、「似げないほどと思へりしも、道理ぞかし。言ひ寄りがたきことにもあるかな。いかにかまへて、ただ心やすく迎へ取りて、明け暮れの慰めに見む。兵部卿宮は、いとあてになまめいたまへれど、匂ひやかになどもあらぬを、いかで、かの一族におぼえたまふらむ。ひとつ后腹なればにや」など思す。ゆかりいとむつましきに、いかでかと、深うおぼゆ。

 [第七段 北山へ手紙を贈る]

 またの日、御文たてまつれたまへり。僧都にもほのめかしたまふべし。尼上には、

 「もて離れたりし御気色のつつましさに、思ひたまふるさまをも、えあらはし果てはべらずなりにしをなむ。かばかり聞こゆるにても、おしなべたらぬ志のほどを御覧じ知らば、いかにうれしう」

 などあり。中に、小さく引き結びて、

 「面影は身をも離れず
  心の限りとめて来しかど

 夜の間の風も、うしろめたくむ」

 とあり。御手などはさるものにて、ただはかなうおし包みたまへるさまも、さだぎたる御目どもには、目もあやにこのましう見ゆ。

 「あな、かたはらいたや。いかが聞こえむ」と、思しわづらふ。

 「ゆくての御ことは、なほざりにも思ひたまへなされしを、ふりはへさせたまへるに、聞こえさせむかたなくなむ。まだ「難波津」だに、はかばかしう続けはべらざめれば、かひなくなむ。さても、

  嵐吹く尾の上の桜散らぬ間を
  心とめけるほどのはかなさ
 いとどうしろめたう」

 と

り。僧都の御返りも同じさまなれば、口惜しくて、二、三日ありて、惟光をぞたてまつれたまふ。

 「少納言の乳母と言ふ人あべし。尋ねて、詳しう語らへ」などのたまひ知らす。「さも、かからぬ隈なき御心かな。さばかりいはけなげなりしけはひを」と、まほならねども、見しほどを思ひやるもをかし。

 わざと、かう御文あるを、僧都もかしこまり聞こえたまふ。少納言に消息して会ひたり。詳しく、思しのたまふさま、おほかたの御ありさまなど語る。言葉多かる人にて、つきづきしう言ひ続くれど、「いとわりなき御ほどを、いかに思すにか」と、ゆゆしうなむ、誰も誰も思しける。

 御文にも、いとねむごろに書いたまひて、例の、中に、「かの御放ち書きなむ、なほ見たまへまほしき」とて、

 「あさか山浅くも人を思はぬに
  ど山の井のかけ離るらむ」

 御返し、

 「汲み初めてくやし聞きし山の井の
  浅きながらや影を見るべき」

 惟光も同じことを聞こゆ。

 「このわづらひたまふことよろしくは、このごろ過ぐして、京の殿に渡りたまひてなむ、聞こえさすべき」とあるを、心もとなう思す。

 

第二章 藤壺の物語 夏の密通と妊娠の苦悩物語

 [第一段 夏四月の短夜の密通事件]

 藤壺の宮、悩みたまふことありて、まかでたまへり。上の、おぼつかながり、嘆ききこえたまふ御気色も、いといとほしう見たてまつりながら、かかる折だにと、心もあくがれ惑ひて、何処にも何処にもまうでたまはず、内裏にても里にても、昼はつれづれと眺め暮らして、暮るれば、王命婦を責め歩きたまふ。

 いかがたばかりけむ、いとわりなくて見たてまつるほどさへ、現とはおぼえぬぞ、わびしきや。宮も、あさましかりしを思し出づるだに、世とともの御もの思ひなるを、さてだにやみなむと深う思したるに、いと憂くて、いみじき御気色なるものから、なつかしうらうたげに、さりとてうちとけず、心深う恥づかしげなる御もてなしなどの、なほ人に似させたまはぬを、「などか、なのめなることだにうち交じりたまはざりけむ」と、つらうさへぞ思さるる。何ごとをかは聞こえ尽くしたまはむ。くらぶの山に宿りも取らまほしげなれど、あやにくなる短夜にて、あさましう、なかなかなり。

 「見てもまた逢ふ夜まれなる夢のうちに
  やがて紛るる我が身ともがな」

 と、むせかへりたまふさまも、さすがにいみじければ、

 「世語りに人や伝へむたぐひなく
  憂き身を覚めぬ夢になしても」

 思し乱れたるさまも、いと道理にかたじけなし。命婦の君ぞ、御直衣などは、かき集め持て来たる。

 殿におはして、泣き寝に臥し暮らしたまひつ。御文なども、例の、御覧じ入れぬよしのみあれば、常のことながらも、つらういみじう思しほれて、内裏へも参らで、二、三日籠もりおはすれば、また、「いかなるにか」と、御心かせたまふべかめるも、恐ろしうのみおぼえたまふ。

 [第二段 妊娠三月となる]

 宮も、なほいと心憂き身なりけりと、思し嘆くに、悩ましさもまさりたまひて、とく参りたまふべき御使、しきれど、思しも立たず。

 まことに、御心地、例のやうにもおはしまさぬは、いかなるにかと、人知れず思すこともありければ、心憂く、「いかならむ」とのみ思し乱る。

 暑きほどは、いとど起きも上がりたまはず。三月になりたまへば、いとしるきほどにて、人びと見たてまつりとがむるに、あさましき御宿世のほど、心憂し。人は思ひ寄らぬことなれば、「この月まで、奏せさせたまはざりけること」と、驚ききこゆ。我が御心一つには、しるう思しわくこともありけり。

 御湯殿などにも親しう仕うまつりて、何事の御気色をもしるく見たてまつり知れる、御乳母子の弁、命婦などぞ、あやしと思へど、かたみに言ひあはすべきにあらねば、なほ逃れがたかりける御宿世をぞ、命婦はあさましと思ふ。

 内裏には、御物の怪の紛れにて、とみに気色なうおはしましけるやうにぞ奏しけむかし。見る人もさのみ思ひけり。いとどあはれに限りなう思されて、御使などのひまきも、そら恐ろしう、ものを思すこと、ひまなし。

 中将の君も、おどろおどろしうさま異なる夢を見たまひて、合はする者を召して、問はせたまへば、及びなう思しもかけぬ筋のことを合はせけり。

 「その中に、違ひ目ありて、慎しませたまふべきことなむはべる」

 と言ふに、わづらはしくおぼえて、

 「みづからの夢にはあらず、人の御ことを語るなり。この夢合ふまで、また人にまねぶな」

 とのたまひて、心のうちには、「いかなることならむ」と思しわたるに、この女宮の御こと聞きたまひて、「もしさるやうもや」と、思し合はせたまふ、いとどしくいみじき言の葉尽くしきこえたまへど、命婦も思ふに、いとむくつけう、わづらはしさまさりて、さらにたばかるべきかたなし。はかなき一行の御返りのたまさかなりしも、絶え果てにたり。

 [第三段 初秋七月に藤壺宮中に戻る]

 七月になりてぞ参りたまひける。めづらしうあはれにて、いとどしき御思ひのほど限りなし。すこしふくらかになりたまひて、うちなやみ、面痩せたまへる、はた、げに似るものなくめでたし。

 例の、明け暮れ、こなたにのみおはしまして、御遊びもやうやうをかしき空なれば、源氏の君も暇なく召しまつはしつつ、御琴、笛など、さまざまに仕うまつらせたまふ。いみじうつつみたまへど、忍びがたき気色の漏り出づる折々、宮も、さすがなる事どもを多く思し続けけり。

 

第三章 紫上の物語(2) 若紫の君、源氏の二条院邸に盗み出される物語

 [第一段 紫の君、六条京極の邸に戻る]

 かの山寺の人は、よろしくなりて出でたまひにけり。京の御住処尋ねて、時々の御消息などあり。同じさまにのみあるも道理なるうちに、この月ごろは、ありしにまさる物思ひに、異事なくて過ぎゆく。

 秋の末つ方、いともの心細くて嘆きたまふ。月のをかしき夜、忍びたる所にからうして思ひ立ちたまへるを、時雨いてうちそそく。おはする所は六条京極わたりにて、内裏よりなれば、すこしほど遠き心地するに、荒れたる家の木立いともの古りて木暗く見えたるあり。例の御供に離れぬ惟光なむ、

 「故按察使大納言の家にはべりて、もののたよりにとぶらひてはべりしかば、かの尼上、いたう弱りたまひにたれば、何ごともおぼえず、となむ申してはべりし」と聞こゆれば、

 「あはれのことや。とぶらふべかりけるを。などか、さなむとものせざりし。入りて消息せよ」

 とのたまへば、人入れて案内せさす。わざとかう立ち寄りたまへることと言はせたれば、入りて、

 「かく御とぶらひになむおはしましたる」と言ふに、おどろきて、

 「いとかたはらいたきことかな。この日ごろ、むげにいと頼もしげなくならせたまひにたれば、御対面などもあるまじ」

 と言へども、帰したてまつらむはかしこしとて、南の廂ひきつくろひて入れたてまつる。

 「いとむつかしげにはべれど、かしこまりをだにとて。ゆくりなう、もの深き御座所になむ」

 と聞こゆ。げにかかる所は、例に違ひて思さる。

 「常に思ひたまへ立ちながら、かひなきさまにのみもてなさせたまふに、つつまれはべりてなむ。悩ませたまふこと、重くとも、うけたまはらざりるおぼつかなさ」など聞こえたまふ。

 「乱り心地は、いつともなくのみはべるが、限りのさまになりはべりて、いとかたじけなく、立ち寄らせたまへるに、みづから聞こえさせぬこと。のたまはすることの筋、たまさかにも思し召し変はらぬやうはべらば、かくわりなき齢過ぎはべりて、かならず数まへさせたまへ。いみじう心細げ見たまへ置くなむ、願ひはべる道のほだしに思ひたまへられぬべき」など聞こえたまへり。

 いと近ければ、心細げなる御声絶え絶え聞こえて、

 「いと、かたじけなきわざにもはべるかな。この君だに、かしこまりも聞こえたまつべきほどならましかば」

 とのたまふ。あはれに聞きたまひて、

 「何か、浅う思ひたまへむことゑ、かう好き好きしきさまを見えたてまつらむ。いかなる契りにか、見たてまつりそめしより、あはれに思ひきこゆるも、あやしきまで、この世のことにはおぼえはべらぬ」などのたまひて、「かひなき心地のみしはべるを、かのいはけなうものしたまふ御一声、いかで」とのたまへば、

 「いでや、よろづ思し知らぬさまに、大殿籠もり入りて」

 など聞こゆる折しも、あなたより来る音して、

 「上こそ、この寺にありし源氏の君こそおはしたなれ。など見たまはぬ」

 とのたまふを、人びと、いとかたはらいたしと思ひて、「あなかま」と聞こゆ。

 「いさ、『見しかば心地の悪しさなぐさみき』とのたまひしかばぞかし」

 と、かしこきこと聞こえたりと思してのたまふ。

 いとをかしと聞いたまへど、人びとの苦しと思ひたれば、聞かぬやうにて、まめやかなる御とぶらひを聞こえ置きたまひて、帰りたまひぬ。「げに、言ふかひなのけはひや。さりとも、いとよう教へてむ」と思す。

 またの日も、いとまめやかにとぶらひきこえたまふ。例の、小さくて、

 「いはけなき鶴の一声聞きしより
  葦間になづむ舟ぞえならぬ
 同じ人にや

 、ことさら幼く書きなしたまへるも、いみじうをかしげなれば、「やがて御手本に」と、人びと聞こゆ。少納言ぞ聞こえたる。

 「問はせたまへるは、今日をも過ぐしがたげなるさまにて、山寺にまかりわたるほどにて。かう問はせたまへるかしこまりは、この世ならでも聞こえさせむ」

 とあり。いとあはれと思す。

 秋の夕べは、まして、心のいとまなく思し乱るる人の御あたりに心をかけて、あながちなるゆかりも尋ねまほしき心もまさりたまふなるべし。「消えむ空なき」とありし夕べ思し出でられて、恋しくも、また、見ば劣りやせむと、さすがにあやふし。

 「手に摘みていつしかも見む紫の
  にかよひける野辺の若草」

 [第二段 尼君死去し寂寥と孤独の日々]

 十月に朱雀院の行幸あるべし。舞人など、やむごとなき家の子ども、上達部、殿上人どもなども、その方につきづきしきは、みな選らせたまへれば、親王達、大臣よりはじめて、とりどりの才ども習ひたまふ、いとまなし。

 山里人にも、久しく訪れたまはざりけるを、思し出でて、ふりはへ遣はしたりければ、僧都の返り事のみあり。

 「立ちぬる月の二十日のほどになむ、つひに空しく見たまへなして、世間の道理なれど、悲しび思ひたまふる

 などあるを見たまふに、世の中のはかなさもあはれに、「うしろめたげに思へりし人もいかならむ。幼きほどに、恋ひやすらむ。故御息所後れたてまつりし」など、はかばかしからねど、思ひ出でて、浅からずとぶらひたまへり。少納言、ゆゑなからず御返りなど聞こえたり。

 忌みなど過ぎて京の殿になど聞きたまへば、ほど経て、みづから、のどかなる夜おはしたり。いとすごげに荒れたる所の、人少ななるに、いかに幼き人恐ろしからむと見ゆ。例の所に入れたてまつりて、少納言、御ありさまなど、うち泣きつつ聞こえ続くるに、あいなう、御袖もただならず。

 「宮に渡したてまつらむとはべるめるを、『故姫君の、いと情けなく憂きものに思ひきこえたまへりしに、いとむげに児ならぬ齢の、まだはかばかしう人のおもむけをも見知りたまはず、中空なる御ほどにて、あまたものしたまふなる中の、あなづらはしき人にてや交じりたまはむ』など、過ぎたまひぬるも、世とともに思し嘆きつること、しるきこと多くはべるに、かくかたじけなきなげの御言の葉は、後の御心もたどりきこえさせず、いとうれしう思ひたまへられぬべき折節にはべりながら、すこしもなぞらひなるさまにもものしたまはず、御年よりも若びてならひたまへれば、いとかたはらいたくはべる」と聞こゆ。

 「何か、かう繰り返し聞こえ知らする心のほどを、つつみたまふらむ。その言ふかひなき御心のありさまの、あはれにゆかしうおぼえたまふも、契りことになむ、心ながら思ひ知られける。なほ、人伝てならで、聞こえ知らせばや。

  あしわかの浦にみるめはかたくとも
  こは立ちながらかへる波かは
 めざましからむ」とのたまへば、

 「げにこそ、いとかしこけれ」とて、

 「寄る波の心も知らでわかの浦に
  玉藻なびかむどぞ浮きたる
 わりなきこと」

 と聞こゆるさまの馴れたるに、すこし罪ゆるされたまふ。「なぞ越えざらむ」、うち誦じたまへるを、身にしみて若き人びと思へり。

 君は、上を恋ひきこえたまひて泣き臥したまへるに、御遊びがたきどもの、

 「直衣着たる人のおはする、宮のおはしますなめり」

 と聞こゆれば、起き出でたまひて、

 「少納言よ。直衣着たりつらむは、いづら宮のおはするか」

 とて、寄りおはしたる御声、いとらうたし

 「宮にはあらねど、また思し放つべうもあらず。こち」

 とのたまふを、恥づかしかりし人と、さすがに聞きなして、悪しう言ひてけりと思して、乳母にさし寄りて、

 「いざかし、ねぶたきに」とのたまへば、

 「今さらに、など忍びたまふらむ。この膝の上に大殿籠もれよ。今すこし寄りたまへ」

 とのたまへば、乳母の、

 「さればこそ。かう世づかぬ御ほどにてなむ」

 とて、押し寄せたてまつりたれば、何心もなくゐたまへるに、手をさし入れて探りたまへれば、なよらかなる御衣に、髪はつやつやとかかりて、末のふさやかに探りつけられたる、いとうつくしう思ひやらる手をとらへたまへれば、うたて例ならぬ人の、かく近づきたまへるは、恐ろしうて、

 「寝なむ、と言ふものを」

 とて、強ひて引き入りたまふにつきてすべり入りて、

 「今は、まろぞ思ふべき人。な疎みたまひそ」

 とのたまふ。乳母、

 「いで、あなうたてや。ゆゆしうもはべるかな。聞こえさせ知らせたまふとも、さらに何のしるしもはべらじものを」とて、苦しげに思ひたれば、

 「さりとも、かかる御ほどをいかがはあらむ。なほ、ただ世に知らぬ心ざしのほどを見果てたまへ」とのたまふ。

 霰降り荒れて、すごき夜のさまなり。

 「いかで、かう人少なに心細うて、過ぐしたまふらむ」

 と、うち泣いたまひて、いと見棄てがたきほどなれば、

 「御格子参りね。もの恐ろしき夜のさまなめるを、宿直人にてはべらむ。人びと、近うさぶらはれよかし」

 とて、いと馴れ顔に御帳のうちに入りたまへば、あやしう思ひのほかにもと、あきれて、誰も誰もゐたり。乳母は、うしろめたなうわりなしと思へど荒ましう聞こえ騒ぐべきならねば、うち嘆きつつゐたり。

 若君は、いと恐ろしう、いかならむとわななかれて、いとうつくしき御肌つきも、そぞろ寒げに思したるを、らうたくおぼえて、単衣ばかりを押しくくみて、わが御心地も、かつはうたておぼえたまへど、あはれにうち語らひたまひて、

 「いざ、たまへよ。をかしき絵など多く、雛遊びなどする所に」

 と、心につくべきことをのたまふけはひの、いとなつかしきを、幼き心地にも、いといたう怖ぢず、さすがに、むつかしう寝も入らずおぼえて、身じろき臥したまへり。

 夜一夜、風吹き荒るるに、

 「げに、かう、おはせざらましかば、いかに心細からまし」
 「同じくは、よろしきほどにおはしまさましかば」

 とささめきあへり。乳母は、うしろめたさに、いと近うさぶらふ。風すこし吹きやみたるに、夜深う出でたまふも、ことあり顔なりや。

 「いとあはれに見たてまつる御ありさまを、今はまして、片時の間もおぼつかなかるべし。明け暮れ眺めはべる所に渡したてまつらむ。かくてのみは、いかが。もの怖ぢしたまはざりけり」とのたまへば、

 「宮も御迎へになど聞こえのたまふめれど、この御四十九日過ぐしてや、などうたまふる」と聞こゆれば、

 「頼もしき筋ながらも、よそよそにてならひたまへるは、同じうこそ疎うおぼえたまはめ。今より見たてまつれど、浅からぬ心ざしはまさりぬべくなむ」

 とて、かい撫でつつ、かへりみがちにて出でたまひぬ。

 いみじう霧りわたれる空もただならぬに、霜はいと白うおきて、まことの懸想もをかしかりぬべきに、さうざうしう思ひおはすいと忍びて通ひたまふ所の道なりけるを思し出でて、門うちたたかせたまへど、聞きつくる人なし。かひなくて、御供に声ある人して歌はせたまふ。

 「朝ぼらけ霧立つ空のまよひにも
  行き過ぎがたき妹が門な」

 と、二返りばかり歌ひたるに、よしある下仕ひを出だして、

 「立ちとまり霧のまがきの過ぎうくは
  草のとざしにさはりしもせじ」

 と言ひかけて、入りぬ。また人も出で来ねば、帰るも情けなけれど、明けゆく空もはしたなくて殿へおはしぬ。

 をかしかりつる人のなごり恋しく、独り笑みしつつ臥したまへり。日高う大殿籠もり起きて、文やりたまふに、書くべき言葉も例ならねば、筆うち置きつつすさびゐたまへり。をかしき絵などをやりたまふ。

 かしこには、今日しも、宮わたりたまへり。年ごろよりもこよなう荒れまさり、広うもの古りたる所の、いとど人少なに久しければ、見わたしたまひて、

 「かかる所には、いかでか、しばしも幼き人の過ぐしたまはむ。なほ、かしこに渡したてまつりてむ。何の所狭きほどにもあらず。乳母は、曹司などしてさぶらひなむ。君は、若き人びとあれば、もろともに遊びて、いとようものしたまひなむ」などのたまふ。

 近う呼び寄せたてまつりたまへるに、かの御移り香の、いみじう艶に染みかへらせたまへれば、「をかしの御匂ひや。御衣はいと萎えて」と、心苦しげに思いたり。

 「年ごろも、あつしくさだ過ぎたまへる人に添ひたまへるよ、かしこにわたりて見ならしたまへなど、ものせしを、あやしう疎みたまひて、人も心置くめりしを、かかる折にしもものしたまはむも、心苦しう」などのたまへば、

 「何かは。心細くとも、しばしはかくておはしましなむ。すこしものの心思し知りなむにわたらせたまはむこそ、よくははべるべけれ」と聞こゆ。

 「夜昼ひきこえたまふに、はかなきものもきこしめさず」

 とて、げにいといたう面痩せたまへれど、いとあてにうつくしく、なかなか見えたまふ。

 「何か、さしも思す。今は世に亡き人の御ことはかひなし。おのれあれば」

 など語らひきこえたまひて、暮るれば帰らせたまふを、いと心細しと思いて泣いたまへば、宮うち泣きたまひて、

 「いとかう思ひな入りたまひそ。今日明日、渡したてまつらむ」など、返す返すこしらへおきて、出でたまひぬ。

 なごりも慰めがたう泣きゐたまへり。行く先の身のあらむことなどまでも思し知らず、ただ年ごろ立ち離るる折なうまつはしならひて、今は亡き人となりたまひにける、と思すがいみじきに、幼き御心地なれど、胸つとふたがりて、例のやうにも遊びたまはず、昼はさても紛らはしたまふを、夕暮となれば、いみじく屈したまへば、かくてはいかでか過ごしたまはむと、慰めわびて、乳母も泣きあへり。

 君の御もとよりは、惟光をたてまつれたまへり。

 「参り来べきを、内裏より召あればなむ。心苦しう見たてまつりしも、しづ心なく」とて、宿直人たてまつれたまへり。

 「あぢきなうもあるかな。戯れにても、もののはじめにこの御ことよ」
 「宮聞こし召しつけば、さぶらふ人びとのおろかなるにぞさいなまむ」
 「あなかしこ、もののついでに、いはけなくうち出できこえせたまふな」

 など

ふも、それをば何とも思したらぬぞ、あさましきや。

 少納言は、惟光にあはれなる物語どもして、

 「あり経て後や、さるべき御宿世、逃れきこえたまはぬやうもあらむ。ただ今は、かけてもいと似げなき御ことと見たてまつるを、あやしう思しのたまはするも、いかなる御心にか思ひ寄るかたなう乱れはべる。今日も、宮渡らせたまひて、『うしろやすく仕うまつれ。心幼くもてなしきこゆな』とのたまはせつるも、いとわづらはしう、ただなるよりは、かかる御好き事も思ひ出でられはべりつる」

 など言ひて、「この人もことあり顔にや思はむ」などあいなければ、いたう嘆かしげにも言ひなさず。大夫も、「いかなることにかあらむ」と、心得がたう思ふ。

 参りて、ありさまなど聞こえければ、あはれに思しやらるれど、さて通ひたまはむも、さすがにすずろなる心地して、「軽々しうもてひがめたると、人もや漏り聞かむ」など、つつましければ、「ただ迎へてむ」と思す。

 御文はたびたびたてまつれたまふ。暮るれば、例の大夫をぞたてまつれたまふ。「障はる事どものありて、え参り来ぬをおろかにや」などあり。

 「宮より、明日にはかに御迎へにとのたまはせたりつれば、心あわたたしくてなむ。年ごろの蓬生を離れなむも、さすがに心細く、さぶらふ人びとも思ひ乱れ

 と、言少なに言ひて、をさをさあへしらはず、もの縫ひいとなむけはひなどしるければ、参りぬ。

 [第三段 源氏、紫の君を盗み取る]

 君は大殿におはしけるに、例の、女君とみにも対面したまはず。ものむつかしくおぼえたまひて、あづまをすががき「常陸には田をこそ作れ」いふ歌を、声はいとなまめきて、すさびゐたまへり。

 参りたれば、召し寄せてありさま問ひたまふ。しかしかなど聞こゆれば、口惜しう思して、「かの宮に渡りなば、わざと迎へ出でむも、好き好きしかるべし。幼き人を盗み出でたりと、もどきおひむ。そのさきに、しばし、人にも口固めて、渡してむ」と思して、

 「暁かしこにものせむ。車の装束さながら。随身一人二人仰せおきたれ」とのたまふ。うけたまはりて立ちぬ。

 君、「いかにせまし。聞こえありて好きがましきやうなるべきこと。人のほどだにものを思ひ知り、女の心交はしけることと推し測られぬべくは、世の常なり。父宮の尋ね出でたまへらむも、はしたなう、すずろなるべきを」と、思し乱るれど、さて外してむはいと口惜しかべければ、まだ夜深う出でたまふ。

 女君、例のしぶしぶに、心もとけずものしたまふ。

 「かしこに、いとせちに見るべきことのはべるを思ひたまへ出でて、立ちかへり参り来なむ」とて、出でたまへば、さぶらふ人びとも知らざりけり。わが御方にて、御直衣などはたてまつる。惟光ばかりを馬に乗せておはしぬ。

 門うちたたかせたまへば、心知らぬ者の開けたるに、御車をやをら引き入れさせて、大夫、妻戸を鳴らして、しはぶけば、少納言聞き知りて、出で来たり。

 「ここに、おはします」と言へば、

 「幼き人は、御殿籠もりてなむ。などか、いと夜深うは出でさせたまへる」と、もののたよりと思ひて言ふ。

 「宮へ渡らせたまふべかなるを、そのさきに聞こえ置かむとてなむ」とのたまへば、

 「何ごとにかべらむ。いかにはかばかしき御答へ聞こえさせたまはむ」

 とて、うち笑ひてゐたり。君、入りたまへば、いとかたはらいたく、

 「うちとけて、あやしき古人どものはべるに」と聞こえさす。

 「まだ、おどろいたまはじな。いで、御目覚ましきこえむ。かかる朝霧を知らでは、寝るものか」

 とて、入りたまへば、「や」とも、え聞こえず。

 君は何心もなく寝たまへるを、抱きおどろかしたまふに、おどろきて、宮の御迎へにおはしたると、寝おびれて思したり。

 御髪かき繕ひなどしたまひて、

 「いざ、たまへ。宮の御使にて参り来つるぞ」

 とのたまふに、「あらざりけり」と、あきれて、恐ろしと思ひたれば、

 「あな、心憂。まろも同じ人ぞ」

 とて、かき抱きて出でたまへば、大輔、少納言など、「こは、いかに」と聞こゆ。

 「ここには、常にもえ参らぬがおぼつかなければ、心やすき所にと聞こえしを、心憂く、渡りたまへるなれば、まして聞こえがたかべければ。人一人参られよかし」

 とのたまへば、心あわたたしくて、

 「今日は、いと便なくなむはべるべき。宮の渡らせたまはむには、いかさまにか聞こえやらむ。おのづから、ほど経て、さるべきおはしまさば、ともかうもはべりむを、いと思ひやりなきほどのことにはべれば、さぶらふ人びと苦しうはべるべし」と聞こゆれば、

 「よし、後にも人は参りなむ」とて、御車寄せさせたまへば、あさましう、いかさまにと思ひあへり。

 若君も、あやしと思して泣いたまふ。少納言、とどめきこえむかたなければ、昨夜縫ひし御衣どもひきさげて、自らもよろしき衣着かへて、乗りぬ。

 二条院は近ければ、まだ明うもならぬほどにおはして、西の対に御車寄せて下りたまふ。若君をば、いと軽らかにかき抱きて下ろしたまふ。

 少納言、
 「なほ、いと夢の心地しはべるを、いかにしはべるべきことにか」と、やすらへば、

 「そは、心ななり御自ら渡したてまつりつれば、帰りなむとあらば、送りせむかし」

 とのたまふに、笑ひて下りぬ。にはかに、あさましう、胸も静かならず。「宮の思しのたまはむこと、いかになり果てたまふべき御ありさまにか、とてもかくても、頼もしき人びとに後れたまへるがいみじさ」と思ふに、涙の止まらぬを、さすがにゆゆしければ念じゐたり。

 こなたは住みたまはぬ対なれば、御帳などもなかりけり。惟光召して、御帳、御屏風など、あたりあたり仕立てさせたまふ。御几帳の帷子引き下ろし、御座などただひき繕ふばかりにてあれば、東の対に、御宿直物召しに遣はして、大殿籠もりぬ。

 若君は、いとむくつけく、いかにすることならむ、ふるはれたまへど、さすがに声立ててもえ泣きたまはず。

 「少納言がもとに寝む」

 とのたまふ声、いと若し。

 「今は、さは大殿籠もるまじきぞよ」

 と教へきこえたまへば、いとわびしくて泣き臥したまへり。乳母はうちも臥されず、ものもおぼえず起きゐたり。

 明けゆくままに、見わたせば、御殿の造りざま、しつらひざま、さらにも言はず、庭の砂子も玉を重ねたらむやうに見えて、かかやく心地するに、はしたなく思ひゐたれど、こなたには女などもさぶらはざりけり。け疎き客人などの参る折節の方なりければ、男どもぞ御簾の外にありける。

 かく、人迎へたまへりと、聞く人、「誰れならむ。おぼろけはあらじ」と、ささめく。御手水、御粥など、こなたに参る。日高う寝起きたまひて、

 「人なくて、悪しかめるを、さるべき人びと、夕づけてこそは迎へさせたまはめ」

 とのたまひて、対に童女召しにつかはす。「小さき限り、ことさらに参れ」とりければ、いとをかしげにて、四人参りたり。

 君は御衣にまとはれて臥したまへるを、せめて起こして、

 「かう、心憂くなおはせそ。すずろなる人は、かうはありなむや。女は心柔らかなるなむよき」

 など、今より教へきこえたまふ。

 御容貌は、さし離れて見しよりも、清らにて、なつかしううち語らひつつ、をかしき絵、遊びものども取りに遣はして、見せたてまつり、御心につくことどもをしたまふ。

 やうやう起きゐて見たまふに、鈍色のこまやかなるが、うち萎えたるどもを着て、何心なくうち笑みなどしてゐたまへるが、いとうつくしきに我もうち笑まれて見たまふ。

 東の対に渡りたまへるに、立ち出でて、庭の木立、池の方など覗きたまへば、霜枯れの前栽、絵に描けるやうにおもしろくて、見も知らぬ四位、五位こきまぜに、隙なう出で入りつつ、「げに、をかしき所かな」と思す。御屏風どもなど、いとをかしき絵を見つつ、慰めておはするもはかなしや。

 君は、二、三日、内裏へも参りたまはで、この人をなつけ語らひきこえたまふ。やがて本にと思すにや、手習、絵などさまざまに書きつつ、見せたてまつりたまふ。いみじうをかしげに書き集めたまへり。「武蔵野と言へばかこたれぬ」、紫の紙に書いたまへる墨つきの、いとことなるを取りて見ゐたまへり。すこし小さくて、

 「ねは見ねどあはれとぞ思ふ武蔵野の
  露分けわぶる草のゆかりを」

 とあり。
 「いで、君も書いたまへ」とあれば、
 「まだ、ようは書かず」

 とて、見上げたまへるが、何心なくうつくしげなれば、うちほほ笑みて、

 「よからねど、むげに書かぬこそ悪ろけれ。教へきこえむかし」

 とのたまへば、うちそばみて書いたまふ手つき、筆とりたまへるさまの幼げなるも、らうたうのみおぼゆれば、心ながらあやしと思す。「書きそこなひつ」と恥ぢて隠したまふを、せめて見たまへば、

 「かこつべきゆゑを知らねばおぼつかな
  いかなる草のゆかりなるらむ」

 と、いとけれど、生ひ先見えて、ふくよかに書いたまへり。故尼君のにぞ似たりる。「今めかしき手本習はば、いとよう書いたまひてむ」と見たまふ。

 雛など、わざと屋ども作り続けて、もろともに遊びつつ、こよなきもの思ひの紛らはしなり。

 かのとまりにし人びと、宮渡りたまひて、尋ねきこえたまひけるに、聞こえやる方なくてぞ、わびあへりける。「しばし、人に知らせじ」と君ものたまひ、少納言も思ふことなれば、せちに口固めやりたり。ただ、「行方も知らず、少納言が率て隠しきこえたる」とのみ聞こえさするに、宮も言ふかひなう思して、「故尼君も、かしこに渡りたまはむことを、いとものしと思したりしことなれば、乳母の、いとさし過ぐしたる心ばせのあまり、おいらかに渡さむを、便なし、などは言はで、心にまかせ、率てはふらかしつるなめり」と、泣く泣く帰りたまひぬ。「もし、聞き出でたてまつらば、告げよ」とのたまふも、わづらはしく。僧都の御もとにも、尋ねきこえたまへど、あとはかなくて、あたらしかりし御容貌など、恋しく悲しと思す。

 北の方も、母君を憎しと思ひきこえたまひける心も失せて、わが心にまかせつべう思しけるに違ひぬるは、口惜しうしけり。

 やうやう人参り集りぬ。御遊びがたきの童女、児ども、いとめづらかに今めかしき御ありさまどもなれば、思ふことなくて遊びあへり。

 君は、男君のおはせずなどして、さうざうしき夕暮などばかりぞ、尼君を恋ひきこえたまひて、うち泣きなどしたまへど、宮をばことに思ひ出できこえたまはず。もとより見ならひきこえたまはでならひたまへれば、今はただこの後の親を、いみじう睦びまつはしきこえたまふ。ものよりおはすれば、まづ出でむかひて、あはれにうち語らひ、御懐に入りゐて、いささか疎く恥づかしとも思ひたらず。さるかたに、いみじうらうたきわざなりけり。

 さかしらあり、何くれとむつかしき筋になりぬれば、わが心地もすこし違ふふしも出で来やと、心おかれ、人も恨みがちに、思ひのほかのこと、おのづから出で来るを、いとをかしきもてあそびなり。女などはた、かばかりになれば、心やすくうちふるまひ、隔てなきさまに臥し起きなどは、えしもすまじき、これは、いとさまかはりたるかしづきぐさなりと、思ほいためり。

 【出典】
出典1 海人の住む底のみるめも恥づかしく磯に生ひたるわかめをぞ摘む(出典未詳、源氏釈所引)(戻)
出典2 従冥入於冥 永不聞仏名(法華経三-化城喩品)(戻)
出典3 葛城の 寺の前なるや 豊浦の寺の 西なるや 榎の葉井に 白璧沈くや 真白璧沈くや おおしとど おしとど しかしてば 国ぞ栄えむや 我家らぞ 富せむや おおしとど としとんど おおしとど としとんど(催馬楽 葛城)(戻)
出典4 君をいかで思はむ人に忘らせて訪はぬはつらきものと知らせむ(出典未詳、源氏釈所引)
忘れねと言ひしにかなふ君なれど問はぬはつらきものにぞありける(後撰集恋五-九二八 本院のくら)(戻)
出典5 浅まだき起きてぞ見つる梅の花夜の間の風のうしろめたさに(拾遺集春-二九 元良親王)(戻)
出典6 難波津に咲くやこの花冬ごもり今は春べと咲くやこの花(古今六帖六-四〇三二)(戻)
出典7 あさ山影さへ見ゆる山の井の浅くは人を思ふものかは(古今六帖二-九八五)(戻)
出典8 悔しくぞ汲みそめてける浅ければ袖のみ濡るる山の井の水(古今六帖二-九八七)(戻)
出典9 墨染めの鞍馬の山に入る人はたどるたどるも帰り来ななむ(後撰集恋四-八三二 平中興女)(戻)
出典10 堀江漕ぐ棚なし小舟漕ぎ返り同じ人にや恋ひわたりなむ(古今集恋四-七三二 読人しらず)(戻)
出典11 紫の一本ゆゑに武蔵野の草は見ながらあはれとぞ思ふ(古今集雑上-八六七 読人しらず)(戻)
出典12 人知れぬ身は急げども年をへてなど越えがたき逢坂の関(後撰集恋三-七三一 藤原伊尹)(戻)
出典13 婦が門 夫が門 行き過ぎかねてや 我が行かば 肱笠の 肱笠の 雨もや降らなむ 郭公 雨やどり 笠やどり 舎りてまからむ 郭公(催馬楽 婦が門)(戻)
出典14 常陸には 田をこそ作れ あだ心 や かぬとや君が 山を越え 雨夜来ませる(風俗歌 常陸)(戻)
出典15 知らねども武蔵野といへばかこたれぬよしやそこそは紫のゆゑ(古今六帖五-三五〇七)(戻)

 【校訂】
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△
校訂1 わづらひ--わ(わ/+つ<朱>)らひ(戻)
校訂2 ししこらかし--しゝこらう(う/$か<朱>)し(戻)
校訂3 聞こゆれば--きこゆ(こゆ/#こゆ&<朱墨>)れは(戻)
校訂4 巖屋--いは(は/+や)(戻)
校訂5 させて--させ(せ/+て)(戻)
校訂6 紛らはし--まきゝ(ゝ/$ら<朱>)はし(戻)
校訂7 ゆほびかなる--ゆほひる(る/#か)なる(戻)
校訂8 司--つる(る/$か<朱>)さ(戻)
校訂9 そこら--そこえ(え/#ら)(戻)
校訂10 遺言--*ゆいこ(戻)
校訂11 もの--も(も/#)もの(戻)
校訂12 ただならず--たゝなら△(△/#す)(戻)
校訂13 御もののけ--御もの(の/+の)け(戻)
校訂14 加はれる--くはら(ら/$は<朱>)れる(戻)
校訂15 霞み--かす(す/+み<朱>)(戻)
校訂16 あらむと--あらむ(む/+と<朱>)(戻)
校訂17 髪ゆるるかに--かみの(の/$ゆ)るゝかに(戻)
校訂18 まもらるる--*まもらる戻る
校訂19 わづらひ--わ(わ/+つ)らひ(戻)
校訂20 灯籠--とこ(こ/+う<朱>)ろ(戻)
校訂21 常なき--つほ(ほ/$)ねなき(戻)
校訂22 ことに--こゝ(ゝ/$と<朱>)に(戻)
校訂23 うちつけ--うち(ち/+つ<朱>)け(戻)
校訂24 さかしら--さかしゝ(ゝ/$ら<朱>)(戻)
校訂25 はしたなくや--はしたなし(し/$く<朱>)や(戻)
校訂26 読経--(/+と)経(戻)
校訂27 すずろ--する(る/$す<朱>)ろ(戻)
校訂28 おぼえなき--おほえ(え/+なき<朱>)(戻)
校訂29 ひが耳--い(い/$ひ<朱>)かみゝ(戻)
校訂30 御--をん(をん/$御<朱>)(戻)
校訂31 わくべき--わゝ(ゝ/$く<朱>)へき(戻)
校訂32 ならむ--な(な/+ら)ん(戻)
校訂33 ことぞ」と--こそ(そ/$と<朱>)そと(戻)
校訂34 御こと--(/+御)事戻る
校訂35 がらも、聞こしめしひがめたることな--(/+からもきこしめしひかめたる事な)(戻)
校訂36 賜はりて--*給て(戻)
校訂37 しつる--しつか(か/$る<朱>)(戻)
校訂38 おくらさせ--おくら(ら/+さ<朱>)せ(戻)
校訂39 何ごとにも--なに事に(に/+も<朱>)(戻)
校訂40 笛--ふえ(え/$え<朱>)(戻)
校訂41 けに憎からず--けにゝ(ゝ/+く<朱>)からす(戻)
校訂42 見たまひ--みた(た/+ま)ひて(戻)
校訂43 かな」など--かなら(ら/$な<朱>)と(戻)
校訂44 尊かり--たうと(と/$と<朱>)かり(戻)
校訂45 言ふかひ--は(は/$い<朱>)ふかひ(戻)
校訂46 解けず--とけ(け/$け<朱>)す(戻)
校訂47 思して--おほし(し/+て<朱>)(戻)
校訂48 後目に--しりめかり(かり/$に<朱>)(戻)
校訂49 御こと--(/+御<朱>)事(戻)
校訂50 試みきこゆるほど--心みきこゆるを(を/$ほ)と(戻)
校訂51 とかう--と(と/+か<朱>)う(戻)
校訂52 離れず--はな(な/+れ<朱>)す(戻)
校訂53 さだ--*ま(ま/=さイ)(戻)
校訂54 うしろめたう」と--うしろめたかう(か/$<朱>、う/+と<朱>)(戻)
校訂55 何処にも何処にも--いつくにもゝ(ゝ/$/\<朱>)(戻)
校訂56 御心--御(御/+心<朱>)(戻)
校訂57 ひま--(/+ひ)ま(戻)
校訂58 「もしさるやうもや」と、思し合はせたまふ--(/+もしさるやうもやとおほしあはせたまふ)(戻)
校訂59 たばかる--たい(い/$は)かる(戻)
校訂60 御住処--(/+御)すみか(戻)
校訂61 時雨--しら(ら/$く<朱>)れ(戻)
校訂62 つくろひて--つくろひひ(ひ/$<朱>)て(戻)
校訂63 うけたまはらざり--うけたまはゝ(ゝ/$ら<朱>)さり(戻)
校訂64 心細げ--心ほそき(き/$け<朱>)(戻)
校訂65 たまへむこと--給へ△(へ/+む、△/#)事(戻)
校訂66 たまふる--給ふる(る/$る<朱>)(戻)
校訂67 故御息所--こみや(や/+す)所(戻)
校訂68 はかばかし--はる(る/$か<朱>)/\し(戻)
校訂69 なびかむ--*なひかぬ(戻)
校訂70 いづら--いたつらに(た/$、に/$)(戻)
校訂71 らうたし--らら(ら/$う)たし(戻)
校訂72 やらる--*やらる(る/+る)(戻)
校訂73 思へど--おもひ(ひ/$へ<朱>)と(戻)
校訂74 など--(/+なと<朱>)(戻)
校訂75 さうざうしう思ひおはす--さう/\しのひおも(の/$うおも<朱>、も/$<朱>)はす(戻)
校訂76 夜昼--よる(る/+ひる<朱>)(戻)
校訂77 きこえ--き(き/+こ)え(戻)
校訂78 な」など--なら(ら/$な<朱>)と(戻)
校訂79 思しのたまはするも、いかなる御心にか--(/+おほしの給はするもいかなる御こゝろにか)(戻)
校訂80 言ひて、「この人もことあり顔にや思はむ」など--(/+いひてこの人も事ありかほにや思はむなと)(戻)
校訂81 来ぬを--こぬ(ぬ/+を)(戻)
校訂82 乱れ--(/+み<朱>)たれ(戻)
校訂83 すががき--すかか(か/$か<朱>)き(戻)
校訂84 おひ--おも(も/$<朱>)ひ(戻)
校訂85 さながら--(/+さ)なから(戻)
校訂86 何ごとにか--なに事も(も/$に)か(戻)
校訂87 さるべき--さ(さ/+る)へき(戻)
校訂88 はべり--侍(侍/+り)る(る/#)(戻)
校訂89 ななり--なゝ(ゝ/$な<朱>)り(戻)
校訂90 ゆゆしければ--ゆゝしそ(そ/$け)れは(戻)
校訂91 ならむ--な(な/+ら<朱>)む(戻)
校訂92 おぼろけ--お(お/+ほ)ろけ(戻)
校訂93 参れ」と--まいれて(て/$と<朱>)(戻)
校訂94 うつくしきに--うつくしきかり(かり/$に<朱>)(戻)
校訂95 いと--(/+いと)(戻)
校訂96 似たり--わ(わ/$に)たり(戻)
校訂97 口惜しう--お(お/$く<朱>)ちをしう(戻)
校訂98 さかしら--さかしう(う/$ら)(戻)
校訂99 すまじき--*すさましき(戻)

源氏物語の世界ヘ
ローマ字版
現代語訳
注釈
大島本
自筆本奥入