第二十一帖 乙女

光る源氏の太政大臣時代三十三歳の夏四月から三十五歳冬十月までの物語

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注釈

第一章 朝顔姫君の物語 藤壺代償の恋の諦め


第一段 故藤壺の一周忌明ける

1.1.1 注釈1 【年変はりて】 前の「朝顔」巻の翌年、源氏三十三歳の正月。
1.1.1 注釈2 【宮の御果ても過ぎぬれば】 藤壷の一周忌をさす。崩御は前年三月。
1.1.1 注釈3 【今めかしきを】 『集成』は「はなやいだ気分だが」。『完訳』は「目新しくはなやかな趣きであるが」と訳す。
1.1.1 注釈4 【心地よげなるに】 接続助詞「に」逆接の意。
1.1.1 注釈5 【前斎院はつれづれと眺めたまふを、前なる】 朝顔姫君は父桃園式部卿宮の死去を悲しんでいる。 【眺めたまふを、前なる】-なかめ給ふおまへなる明-なかめ給おまへなる証 『集成』は「ながめたまふ。御前なる」と整定。藤原定家は格助詞「を」はかならず「を」と表記する。
1.1.1 注釈6 【あるに】 格助詞「に」時間の意。
1.1.1 注釈7 【大殿より】 源氏をさす。
1.1.2 注釈8 【御禊の日は、いかにのどやかに思さるらむ】 源氏の消息文の一部。
1.1.3 注釈9 【訪らひきこえさせたまへり】 「きこえさせ」謙譲の補助動詞、朝顔に対する敬意。「たまへ」尊敬の補助動詞、源氏に対する敬意。
1.1.4 注釈10 【今日は】 以下、和歌の終わりまで、源氏の消息文。
1.1.5 注釈11 【かけきやは川瀬の波もたちかへり--君が禊の藤のやつれを】 源氏から朝顔姫君への贈歌。「き」過去助動詞、終止形。「やは」連語、反語表現。「藤」(藤衣=喪服)と「淵」の掛詞。「淵」「河瀬の波」「禊」は縁語。
1.1.6 注釈12 【立文すくよかにて】 恋文の体裁ではない普通の手紙の体裁。
1.1.7 注釈13 【藤衣着しは昨日と思ふまに--今日は禊の瀬にかはる世を】 朝顔の返歌。「藤のやつれ」を受けて「藤衣」と返し、「禊」「瀬」はそのまま用いて返す。「世の中は何か常なる飛鳥川昨日の淵ぞ今日は瀬になる」(古今集雑下、九三三、読人しらず)「飛鳥川淵にもあらぬ我が宿も瀬にかはりゆくものにぞありける」(古今集雑下、九九三、伊勢)を踏まえる。無常をいう。
1.1.9 注釈14 【御目止めたまひて】 大島本は「御めとめ給て」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「御目とどめたまひて」と校訂する。
1.1.10 注釈15 【院は】 前斎院の意。朝顔をさす。
1.1.11 注釈16 【をかしやかに、けしきばめる御文などの】 『完訳』は「懸想文めく思わせぶりの手紙なら」と注す。以下「紛らはすべからむ」まで、宣旨の心中。
1.1.11 注釈17 【あらばこそ】 係助詞「こそ」は「聞こえ返さめ」已然形に係る、逆接用法。
1.1.11 注釈18 【いかがは聞こえも紛らはすべからむ】 大島本「まきらかす」とある。字母「可」は「ハ」の誤写であろう。諸本によって訂正する。反語表現。
1.1.12 注釈19 【と、もてわづらふべし】 推量助動詞「べし」は語り手の推量。宣旨の心中を忖度。以下の物語展開を興味深々たるものにする表現効果。

第二段 源氏、朝顔姫君を諦める

1.2.1 注釈20 【女五の宮の御方にも】 桃園式部卿宮の妹、朝顔の叔母。桃園式部卿宮邸に朝顔と同居。
1.2.2 注釈21 【この君の】 以下「生ひ出でたまへれ」まで、女五宮の詞。
1.2.4 注釈22 【こなたにも対面したまふ折は】 女五宮が朝顔の君に。
1.2.5 注釈23 【この大臣の】 以下「となむ思ひはべる」まで、女五宮の詞。
1.2.5 注釈24 【何か、今始めたる御心ざしにもあらず】 「何か」は「あらず」に係る、反語表現。
1.2.5 注釈25 【故宮も】 桃園式部卿宮をさす。
1.2.5 注釈26 【筋異になりたまひて、え見たてまつりたまはぬ嘆きを】 「筋異になりたまひて」は多義的内容を含む表現。『集成』は「(あなたが)斎院という神に仕える特別のご身分になられて、源氏を婿君としてお世話できないことをお悔みになっては」。『完訳』は「あのお方が他家の婿におなりになったので、こちらではお世話申すこともできなくなったとお嘆きになっては」と訳す。
1.2.5 注釈27 【思ひ立ちしことをあながちにもて離れたまひしことなど】 桃園式部卿宮の詞を引用。桃園式部卿宮が源氏を婿にと思っていたのを朝顔が強情に断ったという。
1.2.6 注釈28 【故大殿の姫君】 葵の上をさす。
1.2.6 注釈29 【三の宮の思ひたまはむこと】 葵の上の母、五の宮の姉に当たる。
1.2.6 注釈30 【やむごとなくえさらぬ筋にてものせられし人さへ、亡くなられにしかば】 『集成』は「れっきとした正室で、のっぴきならぬ間柄でいらした方も。「えさらぬ」は、葵の上の母大宮が源氏の叔母であるという近い姻戚関係をいう」。『完訳』は「重々しく正妻の座にあった人、葵の上。「さへ」は、父式部卿宮はもちろん、葵の上までも、の気持」と注す。
1.2.6 注釈31 【などてかは、さやうにておはせましも悪しかるまじと】 「などてかは」は「悪しからまじ」に係る反語表現。「さやうにて」は式部卿宮の意向、すなわち源氏との結婚をさす。
1.2.6 注釈32 【さるべきにもあらむと】 前世からの因縁であろう、という。
1.2.8 注釈33 【故宮にも】 以下「ことになむ」まで、朝顔の君の詞。
1.2.9 注釈34 【しひてもえ聞こえおもむけたまはず】 主語は女五の宮。
1.2.10 注釈35 【世の中いとうしろめたくのみ思さるれど】 『集成』は「(前斎院は、女房たちがいつ源氏を手引きするかもしれないと)毎日ご心配でいらっしゃるが。「世の中」は、男女の仲。源氏との関係をいう」と注す。
1.2.10 注釈36 【かの御みづからは、わが心を尽くし】 源氏をさす。『集成』は「以下、草子地。前斎院側に立っているので「かの御みづからは」という」と注す。
1.2.10 注釈37 【こそ待ちわたりたまへ】 係助詞「こそ」--「たまへ」已然形は、逆接用法。

第二章 夕霧の物語 光る源氏の子息教育の物語


第一段 子息夕霧の元服と教育論

2.1.1 注釈38 【大殿腹の若君の御元服のこと】 葵の上の生んだ夕霧。十二歳。「大殿腹」は太政大臣の姫君(葵の上)の生んだの意。
2.1.1 注釈39 【かの殿にて】 三条宮邸をさす。
2.1.2 注釈40 【右大将】 もとの頭中将をさす。「薄雲」巻で、大納言兼右大将になっている。
2.1.2 注釈41 【主人方にも】 主催者方、すなわち右大将側をいう。
2.1.3 注釈42 【四位になしてむ】 源氏の心中。『集成』は「親王の子は従四位下に叙する規定であるが、一世の源氏の子の場合は従五位下が通例である。源氏の場合は親王に准じたものか」と注す。
2.1.4 注釈43 【まだいときびはなるほどを】 以下「目馴れたることなり」まで、源氏の心中。
2.1.6 注釈44 【浅葱にて】 六位の浅緑色の袍姿。
2.1.6 注釈45 【殿上に帰りたまふを】 三条宮邸で元服の式を済ませて、六位の袍姿で清涼殿の殿上間に還る。すでに童殿上していたので「帰り」といったもの。
2.1.7 注釈46 【御対面ありて】 『集成』は「大宮が源氏にお会いになって」と訳す。
2.1.7 注釈47 【このこと聞こえたまふに】 主語は大宮。
2.1.8 注釈48 【ただ今】 以下「と思うたまへる」まで、源氏の詞。
2.1.8 注釈49 【老いつかすまじう】 大島本は「をいつかす」とある。すなわち「老(お)いつかす」。「大人にする、元服させる意」(集成)。「大人に扱う意」(新大系)『古典セレクション』は『玉の小櫛』の説に従って「お(生)ひつかす」と校訂する。
2.1.8 注釈50 【いたづらの年に思ひなして】 『完訳』は「学生のうちは昇進しない」と注す。
2.1.9 注釈51 【みづからは、九重のうちに生ひ出ではべりて】 源氏、自らの体験を語る。
2.1.9 注釈52 【広き心を知らぬほどは】 『集成』は「いろいろな経験を積まぬうちは」。『完訳』は「何事をも広い教養を積まないうちは」と訳す。
2.1.11 注釈53 【取るところなき】 大島本は「とるところなき」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「かかりどころ」と校訂する。
2.1.12 注釈54 【なほ、才をもととしてこそ、大和魂の世に用ゐらるる方も】 『集成』は「やはり、学問という基礎があってこそ、政治家としての臨機の力量が世間に重んじられることも、一層強みがございましょう。「大和魂」は、「才」が、儒学(政治学)の知識であるのに対して、わが国の実情に応じた政治的判断や行政能力をいう」と注す。
2.1.12 注釈55 【育みはべらば】 主語は源氏。源氏がこのようにして夕霧の育てていったらの意。
2.1.14 注釈56 【げに、かくも思し寄るべかりけることを】 以下「心苦しくはべるなり」まで、大宮の詞。
2.1.14 注釈57 【かたぶけはべるめるを】 大島本は「かたふけ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「かたぶき」と校訂する。
2.1.14 注釈58 【およすげ】 『河海抄』に「け」に濁符がある。
2.1.14 注釈59 【思はれたるに】 大島本は「おもハれたるに」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「思はれたるが」と校訂する。
2.1.14 注釈60 【心苦しくはべるなり】 大島本は「心くるしく」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「心苦しう」と校訂する。
2.1.16 注釈61 【いとおよすげても】 以下「人のほどよ」まで、源氏の詞。「も」は係助詞、強調の意。接続助詞、逆接の意もあるが、とらない。
2.1.18 注釈62 【学問などして】 以下「解けはべりなむ」まで、源氏の詞。大宮に言う。

第二段 大学寮入学の準備

2.2.1 注釈63 【博士どももなかなか臆しぬべし】 文章博士、定員は一名。「ども」は複数を表す接尾語。『集成』は「「ども」とあるのは、そのほか詩文にすぐれた儒者が参加しているからであろう」と注す。「臆しぬべし」は語り手の推測。
2.2.2 注釈64 【憚るところなく】 以下「行へ」まで、源氏の詞。間接話法で引用であろう。
2.2.5 注釈65 【おほし、垣下あるじ】 以下「をこなり」まで、博士どもの詞。『集成』「「凡し」。総じての意。大学内で用いられた特殊の語であろう」。『完訳』「「凡そ」の転。「はなはだ」「非常」も漢文訓読調。儒者らしい語」と注す。
2.2.5 注釈66 【はべりたうぶ】 『集成』は「「はべりたまふ」と同じ。一座に対して、話者自身を卑下して「はべり」と言い、一方右大将たちに話者の敬意をあらわして「たうぶ」と言う。この物語では、博士や僧たちが使っているが、用例は稀である」。『完訳』は「古風なかたくるしい語感。ここは尊敬語」と注す。
2.2.5 注釈67 【しるしとある】 『完訳』は「著名な。これも漢文訓読調」と注す。
2.2.7 注釈68 【鳴り高し】 以下「立ちたうびなむ」まで、博士どもの詞。『完訳』は「儒者が学生を静める際の用語。風俗歌にもみえる」と注す。
2.2.9 注釈69 【かかる方ざまを思し好みて】 主語は源氏。
2.2.10 注釈70 【猿楽がましく】 『完訳』は「「猿楽」は当時の滑稽な物まねの演芸。儒者の道化じみた姿」と注す。
2.2.10 注釈71 【人悪げなるなど】 大島本は「人わるけ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「人わろげなる」と校訂する。
2.2.12 注釈72 【いとあざれ】 以下「まどはかされなむ」まで、源氏の詞。

第三段 響宴と詩作の会

2.3.1 注釈73 【博士、才人ども】 文章博士や詩文の才ある学者たち。
2.3.1 注釈74 【さぶらはせたまふ】 大島本は「さふらハせ給」とある。『集成』『新大系』は底本のままとする。『古典セレクション』は諸本に従って「さぶらはせさせたまふ」と「させ」を補訂する。
2.3.1 注釈75 【四韻】 五言律詩をいう。
2.3.1 注釈76 【おもしろし】 大島本は「おもしろし」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「いとおもしろし」と副詞「いと」を補訂する。
2.3.1 注釈77 【博士なりけり】 『集成』は「ここは碩学の意」と注す。
2.3.2 注釈78 【かかる高き家に】 『集成』は「以下「すぐれたるよし」まで、当夜の人々の、夕霧を称賛した詩の内容を概括したもの」と注す。
2.3.2 注釈79 【窓の螢をむつび、枝の雪を馴らし】 『晋書』と『孫氏世録』を出典とする故事。『蒙求』「孫康映雪車胤聚螢」にある。『源氏釈』が初指摘。
2.3.2 注釈80 【唐土にも持て渡り伝へまほしげなる夜の詩文どもなり】 世間の風評。間接話法で引用。
2.3.3 注釈81 【女のえ知らぬことまねぶは】 『集成』は「草子地」。『完訳』は「漢詩文は女の関知しえないこととして、省筆する語り手の言葉」と注す。

第四段 夕霧の勉学生活

2.4.2 注釈82 【夜昼うつくしみて】 以下、大宮から夕霧を遠ざけた理由を語る。
2.4.3 注釈83 【一月に三度ばかりを参りたまへ】 源氏の詞、間接的話法で引用。令制でも官人には十日に一日の休暇が許されている。
2.4.6 注釈84 【つらくもおはしますかな】 以下「人はなくやはある」まで、夕霧の心中。
2.4.8 注釈85 【いかでさるべき】 以下「世にも出でたらむ」まで、夕霧の心中。『集成』は「『史記』『漢書』『後漢書』の三史と『文選』などが紀伝道のテキストであった」と注す。「帚木」巻に「三史五経の道々しき」とあった。
2.4.9 注釈86 【ただ四、五月のうちに、『史記』などいふ書、読み果てたまひてけり】 大島本は「ふミ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「書は」と係助詞「は」を補訂する。『史記』百三十巻、大著である。それを四、五月で読破とは夕霧の猛勉強ぶりを表す。

第五段 大学寮試験の予備試験

2.5.1 注釈87 【寮試受けさせむとて】 大学寮の試験。合格すると擬文章生になる。三史のうち、一史の五条を読ませ、三条以上に通じた者を合格とする。
2.5.1 注釈88 【我が御前にて試みさせたまふ】 源氏の御前での模擬試験。
2.5.2 注釈89 【かへさふべきふしぶしを】 『集成』は「反問しそうな大事な箇所を」。『完訳』は「繰り返し質問しそうな箇所を」と訳す。
2.5.2 注釈90 【至らぬ句もなく】 大島本は「いたらぬくもなく」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従ってそれぞれ「至らぬ隈なく」「至らぬ隈もなく」と校訂する。
2.5.3 注釈91 【さるべきにこそおはしけれ】 世間の噂。間接話法であろう。
2.5.5 注釈92 【故大臣おはせましかば】 右大将(もとの頭中将)の詞。間接話法であろう。父太政大臣は「薄雲」巻に薨去。
2.5.7 注釈93 【人のうへにて】 以下「世にこそはべりけれ」まで、源氏の詞。
2.5.8 注釈94 【御師の心地】 夕霧の先生、大内記をいう。
2.5.10 注釈95 【すげなくて】 『集成』は「顧みられなくて」。『完訳』は「人付合いが下手で」と訳す。
2.5.11 注釈96 【この君の御徳に、たちまちに身を変へたる】 大内記の心中、間接話法。「この君」は夕霧をさす。
2.5.11 注釈97 【まして行く先は、並ぶ人なきおぼえにぞあらむかし】 「まして」「ぞ」「かし」は語り手の語気。

第六段 試験の当日

2.6.1 注釈98 【大学に参りたまふ日は】 寮試を受けるために大学に行く日のこと。
2.6.2 注釈99 【座の末を】 『集成』は「大学における席次は長幼の序による。学生は十三歳から十六歳までの者から選んだが、夕霧は今十二歳で、最年少である」と注す。
2.6.2 注釈100 【ことわりなるや】 語り手の同情の弁。
2.6.4 注釈101 【昔おぼえて大学の栄ゆるころなれば】 平安時代初期、大学寮が重んじられていた時代をさす。
2.6.4 注釈102 【文人擬生】 文人擬生で一語。寮試に合格した擬文章生をいう。
2.6.5 注釈103 【殿にも】 源氏の邸宅、二条院をさす。
2.6.5 注釈104 【何ごとにつけても、道々の人の才のほど現はるる世になむありける】 『集成』は「詩文に限らず、万事それぞれの道に励む人の才能のほどが発揮される時代であった。源氏の政道輔佐よろしく、万人所を得る聖代の様相」と注す。

第三章 光る源氏周辺の人々の物語 内大臣家の物語


第一段 斎宮女御の立后と光る源氏の太政大臣就任

3.1.1 注釈105 【かくて、后ゐたまふべきを】 冷泉帝即位して五年になる。后が今まで未決定のままであった。
3.1.2 注釈106 【斎宮女御をこそは】 以下「譲りきこえたまひしかば」まで、源氏の詞。
3.1.2 注釈107 【母宮も、後見と】 大島本は「うしろミ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「御後見」と「御」を補訂する。冷泉帝の母宮である藤壺の宮をさす。
3.1.3 注釈108 【ことづけたまふ】 『集成』は「母宮のご遺志を持ち出して主張される」と注す。
3.1.3 注釈109 【源氏のうちしきり后にゐたまはむこと】 この場合の「源氏」は皇族出身の意。桐壺帝の藤壺の宮に引き続いて冷泉帝の前斎宮の女御の立后をいう。
3.1.4 注釈110 【弘徽殿の】 以下「いかが」まで、世間の風評。斎宮女御より二年前に入内した(「絵合」巻)。
3.1.6 注釈111 【兵部卿宮と聞こえしは、今は式部卿にて】 藤壺の宮の兄、紫の上の父宮をさす。
3.1.6 注釈112 【御おぼえにておはする】 連体中止法。述語であるとともに「御むすめ」をも修飾する。
3.1.7 注釈113 【同じくは】 以下「後見に」まで、式部卿の宮方の主張。文末は地の文に流れる表現である。
3.1.7 注釈114 【おはすべきにこそは】 大島本は「こそハ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「こそ」と「は」を削除する。
3.1.8 注釈115 【似つかはしかるべく】 大島本は「につかハしかるへく」とある。『集成』『新大系』は底本のままとする。『古典セレクション』は諸本に従って「べくと」と「と」を補訂する。
3.1.8 注釈116 【かく引きかへすぐれたまへりけるを】 母六条御息所の人生との比較。
3.1.9 注釈117 【大臣、太政大臣に上がりたまひて、大将、内大臣になりたまひぬ】 源氏は太政大臣に、かつての頭中将は内大臣に昇進。
3.1.9 注釈118 【人がら、いとすくよかに】 以下、内大臣の性格について語る。『完訳』は「内大臣の性格。「すくよか」は剛直で意志を貫く性格。「きらきらし」は派手好みで威を張る性格」と注す。
3.1.9 注釈119 【韻塞には負けたまひしかど】 「賢木」巻の韻塞ぎをさす。
3.1.10 注釈120 【劣らず栄えたる御家】 源氏に劣らずの意。
3.1.10 注釈121 【女御と今一所】 大島本は「いまひと所」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「今一所と」と「と」を補訂する。
3.1.10 注釈122 【あてなる筋は劣るまじけれど】 『完訳』は「家筋の尊さでは弘徽殿の女御に負けをとるまいけれども」と注す。
3.1.10 注釈123 【思ひおとしきこえたまひつれど】 大島本は「給つれと」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「たまへれど」と校訂する。

第二段 夕霧と雲居雁の幼恋

3.2.2 注釈124 【むつましき人なれど、男子にはうちとくまじきものなり】 父内大臣の雲居雁に対する訓戒。
3.2.3 注釈125 【はかなき花紅葉につけても】 以下、夕霧の雲居雁に対する動作行動。源氏の藤壺に対する行為についても、「幼心地にも、はかなき花紅葉につけても心ざしを見えたてまつる」(「桐壺」第三章五段)とあった。
3.2.5 注釈126 【何かは】 以下「はしたなめきこえむ」まで、後見人たちの考え。
3.2.5 注釈127 【はしたなめは】 大島本は「ハしたなめは(△&は)」とある。すなわち元の文字(判読不明)の上に重ね書きして「は(者)」と訂正する。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「はしたなめ」と「は」を削除する。
3.2.6 注釈128 【何心なくおはすれど】 大島本は「なに心なくおハすれと」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「何心なく幼くおはすれど」と「幼く」を補訂する。
3.2.6 注釈129 【男は、さこそ】 係助詞「こそ」は「見きこゆれ」已然形に係る逆接用法。
3.2.6 注釈130 【おほけなく、いかなる御仲らひにかありけむ】 『集成』は「あんなにお話にもならぬお年頃とお見受けしていたのに、いっぱしに、どんなお二人の仲になったことやら。すでに二人が深い仲になったことを暗示する草子地」。『完訳』は「だいそれたどんな仲だったか。二人の逢瀬を暗示する語り手の弁」と注す。
3.2.6 注釈131 【これをぞ静心なく思ふべき】 『集成』は「これも草子地」と注す。
3.2.7 注釈132 【御方の人びと】 雲居雁方の女房。
3.2.7 注釈133 【何かは、かくこそ」と】 以下「あるなるべし」まで、語り手の推測として語る。

第三段 内大臣、大宮邸に参上

3.3.1 注釈134 【所々の大饗どもも果てて】 源氏と内大臣のそれぞれの昇進の大饗をさす。
3.3.1 注釈135 【時雨うちして、荻の上風もただならぬ夕暮に】 『源氏釈』は「秋はなほ夕まぐれこそただならね荻の上風萩の下露」(義孝集・和漢朗詠集)を引歌として指摘。
3.3.2 注釈136 【琵琶こそ、女のしたるに憎きやうなれど】 以下「何の親王くれの源氏」まで、内大臣の詞。宇津保物語に「琵琶なむ、さるは女のせむにうたて憎げなる姿したるものなる」(初秋巻)とある。
3.3.2 注釈137 【何の親王、くれの源氏】 何々親王、何々源氏の意。間接話法が混じる。
3.3.4 注釈138 【女の中には】 以下「珍しきことなれ」まで、内大臣の詞。
3.3.4 注釈139 【山里に籠め置きたまへる人】 大堰山荘の明石御方をさす。
3.3.4 注釈140 【上手の後にはべれど】 大島本は「上すのゝちに侍れと」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「後にははべれど」と「は」を補訂する。
3.3.4 注釈141 【末になりて】 『完訳』は「伝授の末流と家運の衰え、の両意を含める」と注す。
3.3.4 注釈142 【通はしはべるこそ、かしこけれ】 係助詞「こそ」--「かしこけれ」係結び、逆接用法。
3.3.6 注釈143 【柱さすことうひうひしくなりにけりや】 大宮の詞。
3.3.8 注釈144 【幸ひにうち添へて】 以下「聞きはべる」まで、大宮の詞。
3.3.8 注釈145 【老いの世に、持たまへらぬ女子を】 源氏についていう。
3.3.8 注釈146 【やむごとなきに譲れる心おきて】 明石姫君を紫の上の養女にしたことをいう。「薄雲」巻に語られている。

第四段 弘徽殿女御の失意

3.4.1 注釈147 【女はただ心ばせよりこそ、世に用ゐらるるものにはべりけれ】 内大臣の詞。『集成』は「心がけのいかんによって」。『完訳』は「気立てしだいで」と訳す。
3.4.3 注釈148 【女御を、けしうはあらず】 以下「人ありがたくや」まで、内大臣の詞。
3.4.3 注釈149 【思はぬ人におされぬる宿世に】 娘の弘徽殿女御が斎宮女御に立后で負けたことをさす。
3.4.3 注釈150 【この君をだに】 雲居雁をさす。
3.4.3 注釈151 【幸ひ人の腹の后がね】 明石の君が生んだ姫君をさす。
3.4.3 注釈152 【追ひ次ぎぬれ】 大島本は「をひすき」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「おひすがひ」と校訂する。
3.4.5 注釈153 【などか、さしもあらむ】 以下「こともなからまし」まで、大宮の詞。
3.4.5 注釈154 【さる筋の人】 后に立つような人の意。
3.4.5 注釈155 【もてひがむることもなからまし】 「まし」反実仮想の助動詞。『集成』は「こんな間違ったこともなかったでしょう」。『完訳』は「このような筋道の通らぬこともなかったでしょう」と訳す。
3.4.6 注釈156 【この御ことにてぞ】 立后の件。
3.4.6 注釈157 【太政大臣をも恨めしげに思ひきこえたまへる】 大宮が源氏を。
3.4.7 注釈158 【うちまもりたまへば】 父内大臣が娘の雲居雁を。
3.4.7 注釈159 【恥ぢらひて、すこしそばみたまへるかたはらめ】 雲居雁の態度をいう。
3.4.7 注釈160 【取由の手つき】 左手で絃を揺する技法。

第五段 夕霧、内大臣と対面

3.5.2 注釈161 【風の力蓋し寡し】 内大臣の朗誦。「落葉、微風を俟ちて隕つ。而も風の力、蓋し寡し。孟嘗め、雍門に遭うて泣く。而も琴の感、已に未し」(文選、豪士賦)の一節。
3.5.4 注釈162 【琴の感ならねど】 以下「なほあそばさむや」まで、内大臣の詞。「琴の感」は前の『文選』の句を踏まえた表現。
3.5.5 注釈163 【大臣をもいとうつくしと思ひきこえたまふに】 主語は大宮。係助詞「も」は同類を表し、孫の雲居雁と同様に息子の内大臣もの意。
3.5.5 注釈164 【いとど添へむとにやあらむ】 挿入句。語り手の推測を交えた表現。
3.5.6 注釈165 【御几帳隔てて入れたてまつり】 雲居雁との間に。
3.5.7 注釈166 【をさをさ対面もえ賜はらぬかな】 以下「心苦しうはべる」まで、内大臣の詞。
3.5.7 注釈167 【あまり過ぎぬるも】 大島本は「あまりすきぬるも」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「あまりぬるも」と「すき」を削除する。
3.5.9 注釈168 【時々は】 以下「伝はるものなり」まで、内大臣の詞。
3.5.12 注釈169 【萩が花摺り」--など歌ひたまふ】 「更衣せむやさきむだちやわが衣は野原篠原萩の花摺りやさきむだちや」(催馬楽、更衣)。『花鳥余情』は、夕霧の六位の浅葱の衣が早く昇進して色が改まるようにという気持ちをこめて歌ったものと説く。
3.5.14 注釈170 【大殿も】 以下「過ぐしはべりなまほしけれ」まで、内大臣の詞。
3.5.16 注釈171 【御琴の音ばかりをも】 雲居雁の琴の音を夕霧にの意。
3.5.17 注釈172 【いとほしきことありぬべき世なるこそ】 『集成』は「困ったことが起りそうな二人の仲だこと。二人の仲がいずれ大臣に知れるであろうと危懼する」と注す。

第六段 内大臣、雲居雁の噂を立ち聞く

3.6.1 注釈173 【大臣出でたまひぬるやうにて】 『完訳』は「邸から出たように見せかける。密かに召人に逢うためである」と注す。
3.6.1 注釈174 【やをらかい細りて出でたまふ道に】 『集成』は「そっと小さくなって女の部屋からお帰りになる途中で」と訳す。
3.6.2 注釈175 【かしこがりたまへど】 以下「虚言なめり」まで、女房の詞。
3.6.3 注釈176 【子を知るといふは】 大島本は「子をしるといふハ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「子を知るはといふは」と「は」を補訂する。「明君は臣を知り、明父は子を知る」(史記、李斯伝)「子を知るは親に如くものはなし」(日本書紀、雄略紀二十三年)などがある。
3.6.4 注釈177 【つきしろふ】 『集成』は「つつき合っている」。『完訳』は「こそこそと陰口をたたいている」と訳す。
3.6.5 注釈178 【あさましくもあるかな】 以下「世は憂きものにもありけるかな」まで、内大臣の心中。『集成』は「周章する内大臣の心中」。『完訳』は「事の意外さに動転する心中叙述」と注す。
3.6.8 注釈179 【殿は、今こそ】 以下「かかる御あだけこそ」まで、女房たちの詞。
3.6.10 注釈180 【あだけこそ】 大島本は「あたけ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「御あだけ」と「御」を補訂する。
3.6.12 注釈181 【いとかうばしき香の】 以下「わづらはしき御心を」まで、女房たちの詞。
3.6.12 注釈182 【おはしつるとこそ】 大島本は「おハしつる」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「おはしましつる」と「まし」を補訂する。
3.6.16 注釈183 【いと口惜しく】 以下「ねたくもあるかな」まで、内大臣の心中。
3.6.16 注釈184 【めづらしげなきあはひに】 『集成』は「ありふれた親戚同士の結婚だと」と訳す。『完訳』は「臣下との結婚では物足りない」と注す。
3.6.16 注釈185 【人にまさることもやと】 『集成』は「雲居の雁を東宮に入内させれば、やがて立后もあろうかと期待していたのに」と注す。
3.6.16 注釈186 【こそ思ひつれ】 係助詞「こそ」--「つれ」已然形の係結び。逆接用法。
3.6.17 注釈187 【かやうの方にては】 『完訳』は「権勢を張り合うという方面」と注す。
3.6.18 注釈188 【大宮をも】 以下「見たまふならむ」まで、内大臣の心中。
3.6.18 注釈189 【けしきには】 大島本は「けしきには」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「けしきは」と「に」を削除する。
3.6.19 注釈190 【ねたしと思すに】 大島本は「ねたしとおほすに」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「めざましうねたしとおぼすに」と「めざましう」を補訂する。
3.6.19 注釈191 【すこし男々しくあざやぎたる御心には、静めがたし】 『完訳』は「勝気で物事にはっきり決着をつけたがる性分。内大臣の性格として特徴的」と注す。

第四章 内大臣家の物語 雲居雁の養育をめぐる物語


第一段 内大臣、母大宮の養育を恨む

4.1.1 注釈192 【二日ばかりありて、参りたまへり】 内大臣が大宮邸に。
4.1.1 注釈193 【子ながら恥づかしげにおはする御人ざま】 大宮の子ながら気がひけるほど立派な人、すなわち内大臣をいう。
4.1.1 注釈194 【まほならずぞ見えたてまつりたまふ】 『集成』は「うちとけてまともに顔を合わすようなことをせず、横顔を向けながら話すのであろう」。『完訳』は「じかには顔を見合せない、半ば物越しの対面」と注す。
4.1.3 注釈195 【ここにさぶらふも】 以下「おぼえはべりてなむ」まで、内大臣の詞。
4.1.3 注釈196 【心置かれにたり】 『集成』は「不快に思っております」。『完訳』は「気がひけてしまいます」と訳す。
4.1.4 注釈197 【よからぬもののうへにて】 雲居雁をさす。
4.1.6 注釈198 【いかやうなることにてか】 以下「思さるらむ」まで、大宮の詞。
4.1.8 注釈199 【頼もしき御蔭に】 以下「心憂く思うたまふる」まで、内大臣の詞。
4.1.8 注釈200 【さりとも人となさせたまひてむと】 大宮が雲居雁を。
4.1.8 注釈201 【思はずなることのはべりければ】 夕霧と雲居雁とが恋仲であることをいう。
4.1.9 注釈202 【かの人の御ためにも】 夕霧をさす。
4.1.9 注釈203 【さし離れ、きらきらしうめづらしげあるあたりに、今めかしうもてなさるるこそ、をかしけれ】 内大臣の結婚観。『集成』は「世に時めいていて、今まで縁のなかった一族に、はなやかな婿扱いをされてこそ、晴れがましいものです。政治家として派閥を拡大したことになる」と注す。
4.1.9 注釈204 【大臣も聞き思すところはべりなむ】 「大臣」は源氏をさす。「思す」は不快に思う意。
4.1.10 注釈205 【すこしゆかしげあることをまぜてこそはべらめ】 『集成』は「婿として改まった扱いをし、多少とも世間からさすがだと思われるようなことを加えるのがよいと存じます。家柄にふさわしい婚儀を挙げるべきだという意」と注す。
4.1.10 注釈206 【心憂く思うたまふ」--など】 大島本は「思ふ給ふ」とある。『集成』『新大系』『古典セレクション』は諸本に従って「たまふる」と「る」を補訂する。ただ『古典セレクション』は「な(奈)」を「る(留)」の誤写と見たものか、「と聞こえたまふに」と整定する。
4.1.12 注釈207 【げに、かうのたまふも】 以下「人の御名や汚れむ」まで、大宮の詞。
4.1.12 注釈208 【げに、いと口惜しきことは、ここにこそまして嘆くべくはべれ】 『完訳』は「内大臣の「いと口惜しうなん」を受けて、「げに」と納得。自分(大宮)こそ。彼女も雲居雁の入内を諦めない」と注す。
4.1.13 注釈209 【そこに思しいたらぬことをも】 『集成』は「「そこ」は、同等以下の者を呼ぶ二人称」と注す。
4.1.13 注釈210 【心の闇に惑ひて】 「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひぬるかな」(後撰集雑一、一一〇二、藤原兼輔)を踏まえる。
4.1.13 注釈211 【急ぎものせむとは思ひ寄らぬことになむ】 夕霧と雲居雁を結婚させようとすることをさす。
4.1.14 注釈212 【よからぬ世の人の言につきて】 『集成』は「身分の低い世間の者たちの噂を取り上げて」。『完訳』は「つまらない世間の噂を信用して」と訳す。
4.1.16 注釈213 【何の、浮きたることにかはべらむ】 以下「思うたまへらるるや」まで、内大臣の詞。
4.1.18 注釈214 【心知れるどちは】 大島本は「(+心)しれるとちハ」とある。すなわち底本は「心」を補訂する。『新大系』は底本の補訂に従う。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「心知れる人は」と校訂する。

第二段 内大臣、乳母らを非難する

4.2.1 注釈215 【さしのぞきたまへれば】 主語は内大臣。
4.2.1 注釈216 【あはれに見たてまつりたまふ】 主語は内大臣。
4.2.2 注釈217 【若き人といひながら】 以下「はかなかりけれ」まで、内大臣の詞。
4.2.2 注釈218 【心幼くものしたまひけるを】 『集成』は「こんなに無分別でいらっしゃったとは知らず。年頃の姫君として男女の仲に無知なことをいう」。『完訳』は「大人なら、もっと慎重だったのにと、として、幼い二人を思う」と注す。
4.2.2 注釈219 【人なみなみに】 大島本は「人なミ/\に」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「人並々にと」と「と」を補訂する。
4.2.2 注釈220 【我こそ、まさりてはかなかりけれ】 『完訳』は「幼い雲居雁よりも、もっとあさはかだった。内大臣は、自らの愚かさを嘆く形で乳母らを責める」と注す。
4.2.4 注釈221 【かやうのことは】 以下「さらに思ひ寄らざりけること」まで、乳母たちの詞。
4.2.4 注釈222 【昔物語にもあめれど】 『集成』は「物語を人生の指針としている当時の女性である」と注す。
4.2.5 注釈223 【若き人とても】 『完訳』は「以下、一般の若者。色恋ごとに傾く者もああるとして、「ゆめに乱れたる--」以下の夕霧と対比」と注す。
4.2.5 注釈224 【いかにぞや】 『集成』「どうであろうか、と非難する気持を表す」と注す。
4.2.5 注釈225 【夢に乱れたるところおはしまさざめれば】 夕霧についていう。
4.2.7 注釈226 【よし、しばし】 以下「思はざりけむ」まで、内大臣の詞。
4.2.7 注釈227 【かしこに渡したてまつりてむ】 雲居雁を自分の邸の方に移そうの意。
4.2.8 注釈228 【いとほしきなかにも】 以下「うれしくのたまふ」まで、乳母の心中。『集成』は「困ったことと思いながらも」。『完訳』は「姫君にはおかわいそうだが」と訳す。
4.2.9 注釈229 【あな、いみじや】 以下「思ひたまへかけむ」まで、乳母の詞。
4.2.9 注釈230 【大納言殿に聞きたまはむことをさへ思ひはべれば】 雲居雁の母が再婚した按察大納言をさす。
4.2.11 注釈231 【よろづに申したまへど】 『集成』は「ご注意申されても」と訳す。
4.2.12 注釈232 【いかにしてか】 以下「わざはすべからむ」まで、内大臣の心中。
4.2.13 注釈233 【大宮をのみぞ】 大島本は「大宮をのミそ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「大宮をのみ」と「そ」を削除する。

第三段 大宮、内大臣を恨む

4.3.1 注釈234 【男君の御かなしさはすぐれたまふにやあらむ】 『集成』は「ここでいわば一人前の恋する男として「男君」という呼称が使われている」と注す。語り手の挿入句。作中人物の心理を忖度してみせ、読者の関心を引きつける。
4.3.1 注釈235 【情けなく、こよなきことのやうに思しのたまへるを】 主語は内大臣。
4.3.2 注釈236 【などかさしもあるべき】 以下「とこそ思へ」まで、大宮の心中。
4.3.2 注釈237 【もとよりいたう思ひつきたまふことなくて】 主語は内大臣。
4.3.2 注釈238 【思し立たざりしを】 大島本は「たゝさりし」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「たらざりし」と校訂する。
4.3.2 注釈239 【思しかけためれ】 「こそ」--「めれ」已然形の係結び、逆接用法。
4.3.2 注釈240 【人やはある】 大島本は「人やハある」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「人やは」と「ある」を削除する。反語表現。
4.3.2 注釈241 【人のあるべきかは】 反語表現。
4.3.2 注釈242 【これより及びなからむ際にも】 『集成』は「雲居雁以上の、及びもつかぬような身分の方にでもふさわしいと思うのに。夕霧は内親王の婿にでもふさわしいと、大宮は思う」と注す。
4.3.3 注釈243 【わが心ざしのまさればにや】 挿入句。大宮の内省と語り手の忖度両義。
4.3.3 注釈244 【御心のうちを見せたてまつりたらば、ましていかに恨みきこえたまはむ】 『完訳』は「以下、語り手の評」と注す。

第四段 大宮、夕霧に忠告

4.4.1 注釈245 【思ふことをもえ聞こえずなりにしかば】 主語は夕霧。
4.4.1 注釈246 【夕つ方おはしたるなるべし】 『完訳』は「語り手の推測。夕霧の恋の苦悩を想像させる語り口である」と注す。
4.4.3 注釈247 【御ことにより】 以下「思へばなむ」まで、大宮の詞。
4.4.3 注釈248 【いとほしき】 『集成』は「困っています」。『完訳』は「つらく思われます」と訳す。
4.4.3 注釈249 【ゆかしげなきこと】 『集成』は人に感心されない、いとこ同士の恋愛沙汰をいう」と注す。
4.4.3 注釈250 【さる心も知りたまはでやと】 内大臣が雲居雁と夕霧の関係を知って立腹しているということをさす。
4.4.5 注釈251 【何ごとにかはべらむ】 以下「となむ思ひたまふる」まで、夕霧の詞。
4.4.5 注釈252 【静かなる所に籠もりはべりにしのち】 二条東院の夕霧の学問所。
4.4.7 注釈253 【よし。今よりだに用意したまへ】 大宮の詞。

第五章 夕霧の物語 幼恋の物語


第一段 夕霧と雲居雁の恋の煩悶

5.1.1 注釈254 【いとど文なども通はむことのかたきなめり】 夕霧の心中。
5.1.1 注釈255 【いと嘆かしう】 大島本は「いとなけかし(し+う)」とある。すなわち「う」を補入する。『新大系』は底本の補訂に従う。『集成』『古典セレクション』は諸本と底本の訂正以前本文に従って「なげかし」と校訂する。
5.1.1 注釈256 【物参り】 食事、ここでは夕飯をいう。
5.1.1 注釈257 【人の音もせず】 女房のいる物音。
5.1.1 注釈258 【女君も目を覚まして】 雲居雁、「女君」の呼称は恋の場面。
5.1.1 注釈259 【風の音の竹に待ちとられて、うちそよめくに、雁の鳴きわたる声の、ほのかに聞こゆるに】 「風の竹に生る夜、窓の間に臥せり、月の松を照らす時、台の上に行く」(和漢朗詠集巻上、夏夜・白氏文集巻十九、贈駕部呉郎中七兄)による。
5.1.1 注釈260 【幼き心地にも、とかく思し乱るるにや】 語り手の作中人物の心中を忖度した挿入句。
5.1.2 注釈261 【雲居の雁もわがごとや】 雲居雁の詞。その呼称の由来となる。「霧深く雲居の雁もわがごとや晴れせずものは悲しかるらむ」(源氏釈所引、出典未詳)による。『奥入』は「霧深き」「晴れせずものの」とある。
5.1.5 注釈262 【これ、開けさせたまへ。小侍従やさぶらふ】 夕霧の詞。
5.1.6 注釈263 【御乳母子なりけり】 『集成』は「草子地による注釈」と注す。
5.1.6 注釈264 【あはれは知らぬにしもあらぬぞ憎きや】 『集成』は「無邪気な雲居の雁にもいっぱしの恋心があることをやや冗談めかしていう草子地」。『完訳』は「語り手の評。もう無邪気な子供でないとする。「あはれ」は恋心」と注す。
5.1.6 注釈265 【うちみじろくも苦しければ】 「みじろく」の主語は乳母と夕霧雲居雁の両義。
5.1.6 注釈266 【かたみに音もせず】 主語は夕霧と雲居雁。
5.1.7 注釈267 【さ夜中に友呼びわたる雁が音に--うたて吹き添ふ荻の上風】 夕霧の独詠歌。
5.1.8 注釈268 【身にしみけるかな】 大島本は「身にも(も$<朱>)」とある。すなわち朱筆で「も」をミセケチにする。『新大系』は底本の訂正に従う。『集成』『古典セレクション』は諸本と底本の訂正以前本文に従って「身にも」と校訂する。夕霧の心中。「吹きくれば身にもしみける秋風を色なきものと思ひけるかな」(古今六帖一、秋の風)を踏まえる。
5.1.8 注釈269 【御目覚めてや聞かせたまふらむ】 夕霧の心中。
5.1.9 注釈270 【あいなくもの恥づかしうて】 翌朝の夕霧。
5.1.9 注釈271 【わが御方にとく出でて】 大宮の御前付近の寝所から自分の部屋の方に早く帰っての意。
5.1.9 注釈272 【かの御方ざまにもえ行かず】 雲居雁の部屋をさす。
5.1.10 注釈273 【女はた】 「女君」の呼称から「女」と呼称。恋の場面が一層に盛り上がったことを意味する。
5.1.10 注釈274 【騒がれたまひしことのみ恥づかしうて】 『完訳』は「「のみ」に注意。内大臣らに騒がれた、そのことだけに執する」と注す。「れ」受身の助動詞。副助詞「のみ」限定・強調のニュアンスを添える。
5.1.10 注釈275 【わが身やいかがあらむ、人やいかが思はむ】 語り手が雲居雁の心中を忖度した文章。
5.1.10 注釈276 【うち語らふさまなどを】 『集成』は「女房たちが」。『完訳』は「乳母らが」と注す。
5.1.11 注釈277 【いみじうあはめきこゆれば】 『集成』は「「あはむ」は、軽蔑的に非難する意」と注す。
5.1.11 注釈278 【おとなびたる人や、さるべき隙をも作り出づらむ】 挿入句。語り手の推測。
5.1.11 注釈279 【男君も、今すこしものはかなき年のほどにて】 雲居雁十四歳、夕霧十二歳。

第二段 内大臣、弘徽殿女御を退出させる

5.2.2 注釈280 【中宮のよそほひことにて】 以下「わぶめるに」まで、内大臣の詞。前斎宮女御、秋好中宮をいう。『集成』は「いったん里邸に下がって、立后の宣命を受け、皇后としての威儀を整えて、あらためて宮中に入る」と注す。
5.2.2 注釈281 【女御の世の中思ひしめりて】 『集成』は「弘徽殿の女御が、将来を悲観していらっしゃるのが」。『完訳』は「こちらの女御が主上との御仲を悲観しておいでなのが」と訳す。
5.2.2 注釈282 【ある人びとも】 仕えている女房もの意。
5.2.2 注釈283 【心ゆるびせず】 大島本は「心ゆるゐ」とある。『新大系』は「心ゆるゐ(ひ)」とし、「「ゆるふ」はゆるむ意」と注する。『集成』『古典セレクション』は「心ふるび」と整定する。
5.2.3 注釈284 【うちむつかりたまて】 『完訳』は「内大臣は不機嫌な態度をお見せになって」と訳す。
5.2.4 注釈285 【つれづれに思されむを】 以下「なりにたればなむ」まで、内大臣の詞。
5.2.4 注釈286 【姫君渡して】 雲居雁を大宮の三条宮邸から弘徽殿女御の里下がりしているあちらの二条邸に移しての意。
5.2.4 注釈287 【いとさくじりおよすけたる人立ちまじりて】 『完訳』は「「人」は暗に夕霧。このあたり、内大臣の苦々しい口調」と注す。
5.2.7 注釈288 【ひとりものせられし女】 以下「思しなすもつらく」まで大宮の詞。
5.2.7 注釈289 【つらく」--など聞こえたまへば】 大島本は「つらくなと」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「つたくなむと」と校訂する。
5.2.9 注釈290 【心に飽かず思うたまへらるることは】 以下「よも思ひきこえさせじ」まで、内大臣の詞。『集成』は「大宮の「思ひのほかに隔てありて--」という言葉に対して、心に隔てがないゆえ、思うところを率直に言ったのだと反論する」。『完訳』は「内大臣らしい発言」と注す。
5.2.9 注釈291 【いかでかはべらむ】 反語表現。
5.2.10 注釈292 【世の中恨めしげにて】 帝との夫婦仲が思わしくない様子。
5.2.11 注釈293 【かう思し立ちにたれば、止めきこえさせたまふとも、思し返すべき御心ならぬに】 内大臣の性格。きっぱりとした性格で、いったん決心したら母親が制止しても思い直すことはしない性分。
5.2.12 注釈294 【人の心こそ憂きものはあれ】 以下「うしろやすきこともあらじ」まで、大宮の詞。
5.2.12 注釈295 【幼き心どもにも】 孫の夕霧と雲居雁をさす。
5.2.12 注釈296 【また、さもこそあらめ】 係結び、逆接用法。『集成』は「しかしまた、それはそれで(子供だから)仕方がないとしても」と訳す。
5.2.12 注釈297 【かしこにて、これよりうしろやすきこともあらじ】 継母のもとに引き取られることになるからである。

第三段 夕霧、大宮邸に参上

5.3.1 注釈298 【わが御方に入りゐたまへり】 大宮邸にある夕霧の部屋。
5.3.2 注釈299 【左少将、少納言、兵衛佐、侍従、大夫】 内大臣の子息たち。それぞれ、左少将は正五位下、少納言は従五位下、兵衛佐は従五位上、侍従は従五位下相当官。大夫は五位の意だから従五位下、官職の有無は不明。
5.3.3 注釈300 【左兵衛督、権中納言なども、異御腹なれど、故殿の御もてなしのままに】 内大臣の異母兄弟たち。左兵衛督は従五位上、権中納言は従三位相当官。なお、「左兵衛督」は大島本の独自異文。他の青表紙本の多くは「左衛門督」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「左衛門督」と校訂する。
5.3.6 注釈301 【今のほどに、内裏に参りはべりて、夕つ方迎へに参りはべらむ】 内大臣の詞。
5.3.8 注釈302 【いふかひなきことを】 以下「さてもやあらまし」まで、内大臣の心中。
5.3.8 注釈303 【さてもやあらまし】 夕霧と雲居雁の結婚を許すことをさす。
5.3.8 注釈304 【人の御ほどの】 以下「制したまふことあらじ」まで、内大臣の心中。
5.3.8 注釈305 【ことさらなるやうにもてなして】 改まった結婚という形式をふんでの意。体裁や外見を重んじる内大臣の発想。
5.3.8 注釈306 【制したまふこと】 大島本は「せいし給こと」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「制しのたまふ」と校訂する。
5.3.9 注釈307 【ここにもかしこにも】 大宮にも北の方にも。

第四段 夕霧と雲居雁のわずかの逢瀬

5.4.2 注釈308 【大臣こそ】 以下「見えたまへ」まで、大宮から雲居雁への手紙。
5.4.4 注釈309 【かたはらさけたてまつらず】 以下「いとこそあはれなれ」まで、大宮の詞。
5.4.4 注釈310 【命をこそ思ひつれ】 「こそ--つれ」係結び、逆接用法。「思ひ」は嘆く、悲しむ、意。
5.4.4 注釈311 【いとこそあはれなれ】 『集成』は「自分の存命仲に引き離されて行く先が、継母のもとであることをあわれむ」と注す。
5.4.5 注釈312 【恥づかしきことを思せば】 夕霧との関係をさす。
5.4.6 注釈313 【同じ君とこそ】 以下「思しなびかせたまふな」まで、宰相君の詞。
5.4.6 注釈314 【殿はことざまに思しなることおはしますとも】 「殿」は内大臣をさし、「ことざま」は夕霧以外との縁組をさす。
5.4.8 注釈315 【いで、むつかしきこと】 以下「定めがたく」まで、大宮の詞。
5.4.10 注釈316 【いでや】 以下「聞こしめし合はせよ」まで、宰相君の詞。
5.4.10 注釈317 【わが君】 大島本は「わか君」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「わが君や」と「や」を補訂する。
5.4.12 注釈318 【冠者の君、物のうしろに入りゐて見たまふに】 『完訳』は「雲居雁を見ようと物陰に忍ぶ」と注す。
5.4.14 注釈319 【大臣の御心の】 以下「よそに隔てつらむ」まで、夕霧の詞。
5.4.16 注釈320 【まろも、さこそはあらめ】 雲居雁の詞。『集成』は「親しい者同士の間で使う一人称」と注す。
5.4.18 注釈321 【恋しとは思しなむや】 夕霧の詞。

第五段 乳母、夕霧の六位を蔑む

5.5.2 注釈322 【そそや】 女房の声。
5.5.3 注釈323 【いと恐ろしと思して】 主語は雲居雁。
5.5.3 注釈324 【さも騒がればと、ひたぶる心に、許しきこえたまはず】 主語は夕霧。
5.5.3 注釈325 【御乳母参りて】 雲居雁の乳母。
5.5.4 注釈326 【あな、心づきなや】 以下「あらざりけり」まで、雲居雁の乳母の心中。
5.5.6 注釈327 【いでや、憂かりける世かな】 以下「六位宿世よ」まで、雲居雁の乳母の詞。
5.5.6 注釈328 【殿の思しのたまふことは】 内大臣が腹立ち叱ること。
5.5.8 注釈329 【我をば位なしとて、はしたなむるなりけり】 夕霧の心中。
5.5.9 注釈330 【かれ聞きたまへ】 以下「恥づかし」まで、夕霧の詞と歌。
5.5.10 注釈331 【くれなゐの涙に深き袖の色を--浅緑にや言ひしをるべき】 大島本は「あさみとりにや」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「浅緑とや」と校訂する。「浅緑」は六位の色。「紅」と「浅緑」の色彩の対比。
5.5.13 注釈332 【いろいろに身の憂きほどの知らるるは--いかに染めける中の衣ぞ】 雲居雁の返歌。夕霧の「紅」「浅緑」や「袖」の語句を受けて「色々」「染め」「衣」の語句を詠み込んで返した。
5.5.14 注釈333 【渡りたまひぬ】 雲居雁が自分の部屋に戻ったという意。
5.5.15 注釈334 【いと人悪く】 大島本は「人わるく」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「人わろく」と校訂する。
5.5.16 注釈335 【御車三つばかりにて、忍びやかに急ぎ出でたまふけはひ】 後に真木柱姫君が母方の実家に引き取られて行く場面も車三台ほどで迎えに来る(真木柱)。
5.5.17 注釈336 【心やすき所にとて】 二条東院の自分の部屋。
5.5.18 注釈337 【空のけしきもいたう雲りて、まだ暗かりけり】 『完訳』は「次の歌を先取りした心象風景」と注す。
5.5.19 注釈338 【霜氷うたてむすべる明けぐれの--空かきくらし降る涙かな】 夕霧の独詠歌。『集成』は「夕霧心中の独詠。「霜氷」は、凍てついた霜をいう歌語」と注す。

第六章 夕霧の物語 五節舞姫への恋


第一段 惟光の娘、五節舞姫となる

6.1.1 注釈339 【大殿には】 太政大臣の源氏。
6.1.1 注釈340 【五節たてまつりたまふ】 新嘗祭の五節。十一月の中の丑、寅、卯、辰の日に行われる。舞姫を公卿から二人、殿上人・受領から二人差し出す。源氏は公卿として惟光の娘を差し出した。なお大嘗祭では五人の舞姫を差し出す。
6.1.3 注釈341 【過ぎにし年、五節など止まれりしが】 昨年は藤壷中宮の崩御により諒暗のため停止。
6.1.3 注釈342 【積もり取り添へ】 大島本は「つもり」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「積もりも」と「も」を補訂する。
6.1.4 注釈343 【按察使大納言】 雲居雁の母が再婚した相手。公卿分の舞姫を差し出す。
6.1.4 注釈344 【左衛門督】 内大臣の弟か。前に内大臣の異母兄弟「左兵衛督」の異文に「左衛門督」とあった。同じく公卿分の舞姫を差し出す。『集成』は「この年は、太政大臣である源氏を加えて、特に公卿から三人出したことになる」。『完訳』は「以上二家は公卿」と注す。
6.1.4 注釈345 【上の五節には】 「上」は殿上人の意。以下、殿上人分として良清が一人差し出した。
6.1.4 注釈346 【仰せ言ことなる】 『完訳』は「大嘗祭の舞姫には叙位があるが、新嘗祭にはなく舞姫のなり手が少なかったという。ここは勅命があり、大嘗祭に准ずるほど盛大」と注す。
6.1.5 注釈347 【殿の舞姫は、惟光朝臣の】 『完訳』は「源氏の世話する舞姫。殿上受領分として、惟光を後援する形か」と注す。
6.1.5 注釈348 【左京大夫かけたるが女】 大島本は「かけたるか女」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「かけたる女」と「か」を削除する。
6.1.5 注釈349 【からいことに思ひたれど】 『集成』は「娘を人目にさらすのをつらがる」と注す。
6.1.6 注釈350 【大納言の、外腹の女】 以下「何の恥かあるべき」まで、『集成』『新大系』は、源氏の詞。『古典セレクション』は、周囲の人々の詞とする。
6.1.8 注釈351 【里にて】 惟光の邸で。
6.1.8 注釈352 【その日の夕つけて参らせたり】 『集成』は「当日(丑の日)の夕方に。宮中に参入するのは夜」。『完訳』は「当日の夕方になって二条院に参上させた」と注す。
6.1.9 注釈353 【御方々の童女、下仕へのすぐれたるをと、御覧じ比べ、選り出でらるる】 舞姫の付添いに二条院や東院の童女や下仕え人の中から選び出す。
6.1.10 注釈354 【御前に召して御覧ぜむうちならしに、御前を渡らせてと定めたまふ】 帝が御前に召して御覧になる予行演習として源氏の御前を歩かせるという意。
6.1.11 注釈355 【今一所の料を、これよりたてまつらばや】 源氏の詞。美しい童女たちに賛嘆した冗談。

第二段 夕霧、五節舞姫を恋慕

6.2.1 注釈356 【紛れありきたまふ】 『集成』は「(二条の院内を)人々に入りまじってあちこち見てまわる」。『完訳』は「人目を避け物陰伝いに行く意」と注す。
6.2.3 注釈357 【上の御方には、御簾の前にだに、もの近うももてなしたまはず】 紫の上の御前をさす。『集成』は「主語は、源氏」。『完訳』は「源氏の、夕霧へのきびしいしつけ」と注す。
6.2.3 注釈358 【わが御心ならひ、いかに思すにかありけむ】 『集成』は「(源氏は)ご自分のお心癖から、どのようなお考えになったのだろうか。藤壷とのこともあったので、夕霧を義母に近づけないのか、という含み」。『完訳』は「源氏は、藤壷との体験から、夕霧の継母紫の上への接近を警戒。語り手の「いかに--ありけむ」の疑問をはさんで、源氏の深慮を想像」と注す。
6.2.3 注釈359 【入り立ちたまへるなめり】 「なめり」は語り手の想像。臨場感ある表現。
6.2.4 注釈360 【舞姫かしづき下ろして】 舞姫を牛車から大事に下ろしての意。
6.2.4 注釈361 【かりそめのしつらひなるに】 接続助詞「に」順接の意。『集成』は「臨時の座席を設けてあるところに」。『完訳』は「仮の部屋を設けてあるのだが」と訳す。
6.2.5 注釈362 【ただ、かの人の御ほどと見えて】 雲居雁と同じ年格好。
6.2.5 注釈363 【衣の裾を引き鳴らいたまふに】 大島本は「ひきならい給に」とある。『新大系』は底本のままとし文を続ける。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「たまふ」と校訂し文を切る。『集成』は「舞姫の衣の裾を引っ張って、衣ずれの音をおさせになる」。『完訳』は「ご自分の着物の裾を引き鳴らして注意をおひきになる」と訳す。
6.2.6 注釈364 【天にます豊岡姫の宮人も--わが心ざすしめを忘るな】 夕霧から五節舞姫への贈歌。『集成』は「伊勢外宮の豊受大神であろう」。『完訳』は「天照大神」と注す。「みてぐらは我がにはあらず天にます豊岡姫の宮のみてぐら」(拾遺集、五七九、神楽歌)を引く。
6.2.7 注釈365 【乙女子が袖振る山の瑞垣の】 大島本は「おとめこか袖ふる山のミつかきの」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「みづがきの」と「おとめこか袖ふる山の」を削除する。和歌に添えた詞。「乙女子が袖振る山の瑞垣の久しき世より思ひそめてき」(拾遺集雑恋、一二一〇、柿本人麿)を引く。
6.2.8 注釈366 【うちつけなりける】 『完訳』は「読者の反応を先取りする評」と注す。

第三段 宮中における五節の儀

6.3.1 注釈367 【浅葱の心やましければ、内裏へ参ることもせず】 大島本は朱筆補入。
6.3.1 注釈368 【されありきたまふ】 『集成』は「浮かれて歩き廻られる」。『完訳』は「はしゃぎまわっていらっしゃる」と訳す。
6.3.2 注釈369 【大殿と大納言とは】 惟光の娘と按察使大納言の娘とは、の意。
6.3.3 注釈370 【かう誉めらるるなめり】 「なめり」連語。断定の助動詞「な」+主観的推量の助動詞「めり」。『完訳』は「語り手の推測による語り口」と注す。
6.3.3 注釈371 【げに心ことなる年なり】 『完訳』は「「げに」は、帝の仰せ言(「宮仕へすべく仰せ言ことなる年なれば」)をさす」と注す。
6.3.4 注釈372 【昔御目とまりたまひし少女の姿思し出づ】 主語は源氏。筑紫五節(「花散里」巻初出)をさす。
6.3.4 注釈373 【辰の日の暮つ方つかはす】 五節舞の最終日。筑紫五節に歌を贈った。
6.3.4 注釈374 【御文のうち思ひやるべし】 語り手の詞。『完訳』は「源氏の心内を想像させる言辞」と注す。
6.3.5 注釈375 【乙女子も神さびぬらし天つ袖--古き世の友よはひ経ぬれば】 源氏から筑紫五節への贈歌。
6.3.6 注釈376 【をかしうおぼゆるも、はかなしや】 『集成』は「源氏のお手紙を受け取った筑紫の五節の気持をいう草子地」。『完訳』は「「をかしう」は五節の君の反応。「はかなしや」は、語り手の評」と注す。
6.3.7 注釈377 【かけて言へば今日のこととぞ思ほゆる--日蔭の霜の袖にとけしも】 筑紫五節の返歌。「袖」の語句を受けて返す。
6.3.8 注釈378 【人のほどにつけては】 大宰大弐の娘という身分のわりにはの意。
6.3.9 注釈379 【あたり近くだに寄せず】 主語は五節舞姫の介添役たち。
6.3.9 注釈380 【つらき人の慰めにも、見るわざしてむや】 夕霧の心中。「つらき人」は雲居雁をさす。

第四段 夕霧、舞姫の弟に恋文を託す

6.4.1 注釈381 【やがて皆とめさせたまひて】 主語は帝なので、「させたまひて」は使役助動詞+尊敬の補助動詞また二重敬語の最高尊敬とも解しうる。
6.4.1 注釈382 【近江のは辛崎の祓へ、津の守は難波と】 良清の娘は近江国の辛崎で、惟光の娘は津国の難波で、それぞれ父親の任国で神事を解くための祓いをする。
6.4.1 注釈383 【左衛門督、その人ならぬをたてまつりて】 『集成』は「実子でない娘を差し出したのだろう」。『完訳』は「資格のない人を。詳細は不明」と注す。
6.4.2 注釈384 【典侍あきたるに】 惟光の詞の主旨。
6.4.2 注釈385 【申させたれば】 惟光が人をして源氏に間接的に意向を伝えさせた意。
6.4.2 注釈386 【さもや労らまし】 源氏の心中。
6.4.2 注釈387 【かの人】 夕霧をさす。
6.4.3 注釈388 【わが年のほど】 以下「やみなむこと」まで、夕霧の心中。
6.4.4 注釈389 【うち添へて】 雲居雁のことをさす。
6.4.5 注釈390 【兄弟の童殿上する】 五節舞姫の弟で童殿上している者。
6.4.6 注釈391 【五節はいつか内裏へ参る】 大島本は「うちへ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「内裏へは」と「は」を補訂する。夕霧の詞。
6.4.8 注釈392 【今年とこそは聞きはべれ】 五節の弟の詞。
6.4.10 注釈393 【顔のいとよかりしかば】 以下「また見せてむや」まで、夕霧の詞。
6.4.10 注釈394 【ましが】 「まし」は二人称。同等又は目下の者に対する呼称。「が」格助詞。
6.4.12 注釈395 【いかでかさははべらむ】 以下「御覧ぜさせむ」まで、五節の弟の詞。
6.4.14 注釈396 【さらば、文をだに】 夕霧の詞。
6.4.15 注釈397 【先々かやうのことは言ふものを】 父親から姉妹への文使いを禁止されていたことをいう。
6.4.16 注釈398 【年のほどよりは、されてやありけむ】 語り手の挿入句。五節舞姫の人柄を推測したもの。
6.4.16 注釈399 【緑の薄様の、好ましき重ねなるに】 恋文にふさわしい紙及び和歌の文句(日蔭の葛)に因んだ色紙である。
6.4.17 注釈400 【日影にもしるかりけめや少女子が--天の羽袖にかけし心は】 夕霧の五節舞姫への贈歌。
6.4.18 注釈401 【二人見るほどに】 五節舞姫とその弟が。
6.4.18 注釈402 【父主】 惟光。「主」は軽い敬語。
6.4.18 注釈403 【恐ろしうあきれて】 『集成』は「度を失って」。『完訳』は「恐ろしくてどうしてよいのか分らず」と訳す。
6.4.19 注釈404 【なぞの文ぞ】 惟光の詞。
6.4.21 注釈405 【よからぬわざしけり】 惟光の詞。
6.4.23 注釈406 【誰がぞ】 惟光の詞。
6.4.25 注釈407 【殿の冠者の君の、しかしかのたまうて賜へる】 五節舞姫の弟の詞。
6.4.27 注釈408 【いかにうつくしき君の】 以下「はかなかめりかし」まで、惟光の詞。
6.4.27 注釈409 【きむぢらは】 「きむぢ」は、二人称。「まし」よりやや敬意がある。「ら」は複数を表す接尾語。
6.4.29 注釈410 【この君達の】 以下「例にやならまし」まで、惟光の詞。「この君達」は夕霧をさす。
6.4.29 注釈411 【御心おきて見るに】 大島本は「御心をきて」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「御心おきてを」と「を」を補訂する。
6.4.29 注釈412 【忘れたまふまじきとこそ】 大島本は「とこそ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「まじきにこそ」と校訂する。

第五段 花散里、夕霧の母代となる

6.5.1 注釈413 【宮の御もとへ】 大島本は「御もとへ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「御もとへも」と「も」を補訂する。
6.5.1 注釈414 【おはせしかた】 主語は雲居雁。
6.5.1 注釈415 【籠もりゐたまへり】 夕霧は二条東院の学問所に。
6.5.2 注釈416 【西の対にぞ、聞こえ預けたてまつりたまひける】 源氏は、二条東院の西の対の花散里に夕霧のお世話を依頼。
6.5.3 注釈417 【大宮の】 以下「後見おぼせ」まで、源氏の詞。
6.5.5 注釈418 【ほのかになど見たてまつるにも】 夕霧が花散里を。
6.5.6 注釈419 【容貌の】 以下「思ひ捨てたまはざりけり」まで、夕霧の心中。
6.5.6 注釈420 【わが、あながちに】 以下「あひ思はめ」まで、夕霧の心中。
6.5.8 注釈421 【向ひて見るかひなからむも】 以下「むべなりけり」まで、夕霧の心中。『完訳』は「かくて」以下を夕霧の心中とする。
6.5.8 注釈422 【浜木綿ばかりの隔て】 「み熊野の浦の浜木綿百重なる心は思へどただにあはぬかも」(拾遺集恋一、六六八、柿本人麿)を引く。
6.5.9 注釈423 【恥づかしかりける】 『集成』は「大人も顔負けの観察ぶりなのだった。草子地」。『完訳』は「語り手の夕霧評。彼の目と心が源氏の本性を捉え、その存在を相対化」と注す。
6.5.10 注釈424 【容貌ことにおはしませど】 出家した尼姿である。
6.5.10 注釈425 【ここにもかしこにも】 『集成』は「どちらへ行っても、女の人といえば美人だとばかり見つけていらっしゃるのに」。『完訳』は「大宮も雲居雁も惟光の娘も」と訳す。
6.5.10 注釈426 【もとよりすぐれざりける】 以下、花散里の描写。

第六段 歳末、夕霧の衣装を準備

6.6.1 注釈427 【見るも、もの憂くのみおぼゆれば】 主語は夕霧。六位の浅葱の衣裳だからである。
6.6.2 注釈428 【朔日などには】 以下「いそがせたまふらむ」まで、夕霧の詞。
6.6.4 注釈429 【などてか】 以下「のたまふかな」まで、大宮の詞。
6.6.6 注釈430 【老いねど】 以下「心地ぞするや」まで、夕霧の詞。
6.6.8 注釈431 【かのことを思ふならむ」と】 大宮の心中。雲居雁のことを思っているのだろうの意。
6.6.9 注釈432 【男は】 以下「ゆゆしう」まで、大宮の詞。
6.6.10 注釈433 【とのたまふも】 大島本は「との給も」とある。『新大系』は底本のままとし文を続ける。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「とのたまふ」と文を切る。
6.6.11 注釈434 【何かは】 以下「思ひはべらまし」まで、夕霧の詞。
6.6.11 注釈435 【もの隔てぬ親におはすれど】 実の親源氏をいう。
6.6.11 注釈436 【対の御方こそ、あはれにものしたまへ】 「対の御方」は花散里をさす。夕霧の母代。「こそ--たまへ」係結び、逆接用法。
6.6.11 注釈437 【親今一所おはしまさましかば】 実の親葵の上をさす。「ましか」反実仮想の助動詞。
6.6.13 注釈438 【母にも後るる人は】 大島本は「はゝにも」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「母に」と「も」を削除する。以下「恨めしき世なる」まで、大宮の詞。
6.6.13 注釈439 【おろかに思ふもなきわざなるを】 大島本は「おもふもなき」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「思ふ人も」と「人」を補訂する。
6.6.13 注釈440 【さまにてものしたまへ】 大島本は「さまにて」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「さまにてを」と「を」を補訂する。

第七章 光る源氏の物語 六条院造営


第一段 二月二十日過ぎ、朱雀院へ行幸

7.1.1 注釈441 【朔日にも】 源氏三十四歳の春正月元旦。
7.1.1 注釈442 【大殿は御ありきしなければ】 太政大臣の源氏は宮中参賀はしなくてもよい。
7.1.1 注釈443 【良房の大臣と聞こえける、いにしへの例になずらへて、白馬ひき】 藤原良房(八〇四~八七二)、諡忠仁公。人臣として初の摂政関白となる。白馬を私邸で牽いたという例は記録に見えないが、それを真似て源氏の二条院に白馬を牽くとする。
7.1.1 注釈444 【節会の日】 大島本は「せちゑの日」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「節会の日々」と校訂する。『集成』は「正月の節会には、元日の節会、七日の白馬の節会、十四日の男踏歌、十六日の女踏歌がある」と注す。
7.1.2 注釈445 【如月の二十日あまり、朱雀院に行幸あり。花盛りはまだしきほどなれど】 仲春二月二十日過ぎの朱雀院行幸。この年の桜の花盛りはまだであるという。
7.1.2 注釈446 【弥生は故宮の御忌月なり】 藤壺は一昨年の源氏三十二歳の春三月に崩御した。
7.1.3 注釈447 【人びとみな、青色に、桜襲を着たまふ】 行幸に供奉する人々の服装は麹塵の袍に桜の下襲。麹塵の袍は常は天皇が着用するが、晴れの儀式の折には、諸臣に麹塵の袍を賜り、帝は赤色の袍をお召しになる。また最上席の公卿も同じ赤色を着用するという(西宮記・河海抄)。
7.1.3 注釈448 【御さまの用意】 大島本は「御さまのようい」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「御さま、用意」と「の」を削除する。
7.1.4 注釈449 【試みたまふべきなめり】 大島本は「心ミ給へきなめり」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「試みたまふべきゆゑなめり」と「ゆゑ」を補訂する。「なめり」は語り手の言辞。
7.1.6 注釈450 【かう苦しき道ならでも交じらひ遊びぬべきものを】 夕霧の心中。
7.1.8 注釈451 【昔の花の宴のほど思し出でて】 「花宴」巻、源氏十九歳春のこと。
7.1.8 注釈452 【院の帝も】 大島本は「院のみかとも」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「院の帝」と「も」を削除する。
7.1.11 注釈453 【鴬のさへづる声は昔にて--睦れし花の蔭ぞ変はれる】 源氏の詠歌。桐壺帝の代から朱雀帝の代を経て冷泉帝の代へという時勢の推移変化をいう。
7.1.13 注釈454 【九重を霞隔つるすみかにも--春と告げくる鴬の声】 朱雀院の唱和歌。「鴬」の語句を用いる。今日の行幸に感謝。お礼歌。
7.1.15 注釈455 【いにしへを吹き伝へたる笛竹に--さへづる鳥の音さへ変はらぬ】 兵部卿宮の唱和歌。源氏の「変はれる」を、昔の聖代を引き継ぎ「変はらぬ」と寿ぐ。
7.1.17 注釈456 【鴬の昔を恋ひてさへづるは--木伝ふ花の色やあせたる】 今上帝の唱和歌。『集成』は「朱雀院のさびしい気持を汲んで、卑下したもの」と注す。
7.1.18 注釈457 【これは御私ざまに】 以下「また書き落してけるにやあらむ」まで、語り手のことわり。『集成』は「これ以上作中人物の歌を紹介しないことについての語り手(作者)のことわり。草子地」。『完訳』は「以下、歌の唱和について語り手の省筆の弁」と注す。
7.1.19 注釈458 【琴は、例の太政大臣に賜はりたまふ。せめきこえたまふ】 大島本は「おほきおとゝに給ハりたまふ・せめきこえ給」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「太政大臣賜りたまふ」と「に」と「せめきこえたまふ」を削除する。
7.1.19 注釈459 【安名尊】 催馬楽、呂。「あな尊今日の尊さやいにしへもはれいにしへもかくやありけむや今日の尊さあはれそこよしや今日の尊さ」。
7.1.19 注釈460 【桜人】 催馬楽、呂。「桜人その船止め島つ田を十町作れる見て帰り来むやそよや明日帰り来むそよや/言をこそ明日とも言はめ遠方に妻ざる夫は明日もさね来じやそよやさ明日もさね来じやそよや」。

第二段 弘徽殿大后を見舞う

7.2.2 注釈461 【いといたうさだ過ぎたまひにける御けはひにも】 弘徽殿大后は、この時、五十七、八歳ぐらい。
7.2.2 注釈462 【故宮を思ひ出できこえたまひて】 故入道宮藤壺。
7.2.2 注釈463 【かく長くおはしますたぐひもおはしけるものを】 源氏の心中。
7.2.3 注釈464 【今はかく】 以下「思ひ出でられはべる」まで、弘徽殿大后の詞。『完訳』は「かつて敵視した相手への、ばつの悪い物言いであろう」と注す。
7.2.3 注釈465 【昔の御世のこと】 桐壺院時代をさす。
7.2.5 注釈466 【さるべき御蔭どもに】 以下「またまたも」まで、帝の詞。父桐壺院や母藤壺に先立たれたことをいう。
7.2.7 注釈467 【ことさらにさぶらひてなむ】 源氏の詞。
7.2.9 注釈468 【いかに思し出づらむ】 以下「消たれぬものにこそ」まで、弘徽殿大后の心中。『集成』は「(源氏を憎んだ)昔のことをどのようにお思い出しのことだろう。草子地」。完訳「以下、大后の心中。かつての迫害を源氏はどう思っているか」と注す。
7.2.11 注釈469 【尚侍の君も】 朧月夜尚侍、朱雀院と同居。
7.2.11 注釈470 【風のつてにもほのめききこえたまふこと絶えざるべし】 語り手の推量。源氏が朧月夜に手紙を差し上げるこの意。
7.2.12 注釈471 【命長くてかかる世の末を見ること】 弘徽殿大后の心中。「寿則辱多」(荘子、外篇、天地)、長生きをすると辛いことが多いの慣用句。
7.2.12 注釈472 【よろづ思しむつかりける】 大島本は「よろつ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「よろづを」と「を」を補訂する。
7.2.13 注釈473 【たとへがたくぞ】 大島本は「たとへ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「堪へがたく」と「と」を削除する。
7.2.14 注釈474 【選らばせたまひしかど】 大島本は「えらハせ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「選らせ」と「は」を削除する。

第三段 源氏、六条院造営を企図す

7.3.1 注釈475 【静かなる御住まひを】 「造らせたまふ」に続く。
7.3.1 注釈476 【六条京極のわたりに、中宮の御古き宮のほとりを】 秋好中宮が母六条御息所から伝領した旧宮。六条院はそれを含めて四町の敷地に造営される。
7.3.1 注釈477 【四町をこめて】 大島本は「こめて」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「占めて」と校訂する。
7.3.2 注釈478 【式部卿宮、明けむ年ぞ五十になりたまひける】 大島本は「なり給ける」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「なりたまひけるを」と「を」を補訂する。紫の上の父宮、明年五十歳になる。
7.3.2 注釈479 【げに、過ぐしがたきことどもなり】 源氏の心中。「げに」は紫の上に賛同する気持ち。
7.3.2 注釈480 【同じくめづらしからむ】 大島本は「おなしく」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「同じくは」と「は」を補訂する。
7.3.2 注釈481 【いそがせたまふ】 六条院の造営を急がせる。
7.3.3 注釈482 【年返りて】 大島本は「年かへりて」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「年かへりては」と「は」を補訂する。源氏三十五歳春を迎える。
7.3.3 注釈483 【法事の日の装束、禄など】 大島本は「法事の日のさうそくろくなと」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「法事の日の御装束、禄どもなど」と「御」と「ども」を補訂する。
7.3.4 注釈484 【東の院に】 大島本は「ひんかしの院に」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「東の院にも」と「も」を補訂する。二条東院の女主人花散里をさす。
7.3.6 注釈485 【年ごろ、世の中には】 以下「ことこそはありけめ」まで、式部卿宮の心中。
7.3.6 注釈486 【宮人をも】 式部卿宮家に仕える人々をさす。
7.3.7 注釈487 【かくあまた】 以下「面目に」まで、式部卿宮の心中と地の文が融合した形。「面目と」とあれば「思す」で受ける心中文となる。
7.3.7 注釈488 【思ひかしづかれたまへる御宿世をぞ】 娘の紫の上の運勢をいう。
7.3.8 注釈489 【かくこの世に】 以下「あるべきかな」まで、式部卿宮の心中。
7.3.9 注釈490 【北の方は】 式部卿宮の北の方、紫の上の継母。
7.3.9 注釈491 【女御】 大島本は「女御」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「女御の」と「の」を補訂する。式部卿宮の娘中の君、王女御をさす。
7.3.9 注釈492 【思ひしみたまへるなるべし】 語り手の推測。

第四段 秋八月に六条院完成

7.4.1 注釈493 【八月にぞ、六条院造り果てて渡りたまふ】 昨年の秋に造営に着工して一年で完成。
7.4.1 注釈494 【未申の町は】 東南の町は秋好中宮、以下方位でその主人を紹介していく。東南の町は源氏と紫の上、東北の町は花散里、西北の町は明石御方である。
7.4.2 注釈495 【南の東は】 東南の町、すなわち紫の上の御殿は春の趣の町。
7.4.2 注釈496 【わざとは植ゑで】 『集成』は「わざとは植ゑて」と清音で「特に選んで植えて」と訳す。
7.4.3 注釈497 【中宮の御町をば】 秋好中宮の御殿は秋の趣の町。
7.4.3 注釈498 【植木どもを添へて】 大島本は「そへて」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「植ゑ」と校訂する。
7.4.3 注釈499 【泉の水遠く澄ましやり、水の音まさるべき巌立て加へ】 「すましやり水」の「やり」は上文と下文の両方にかかる掛詞。「澄ましやり、遣水の」の意。『集成』は「すましやり、水の」と整定し、『新大系』『古典セレクション』は「すまし、遣水の」と整定する。
7.4.4 注釈500 【北の東は】 花散里の御殿は夏の趣の町。
7.4.4 注釈501 【昔おぼゆる花橘】 「五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」(古今集夏、一三九、読人しらず)を踏まえる。
7.4.4 注釈502 【苦丹などやうの花】 大島本は「花」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「花の」と「の」を補訂する。
7.4.4 注釈503 【東面は】 花散里の御殿のある夏の町の東半分は馬場殿及び厩舎となっている。
7.4.5 注釈504 【西の町は、北面築き分けて、御倉町なり】 明石御方の御殿のある冬の町。その北半分は築地で区切られて御倉町となっている。
7.4.5 注釈505 【われは顔なる柞原】 擬人法。『集成』は「わがもの顔に紅葉する柞の原」と訳す。『古典セレクション』は「姫君の「母」をひびかすか」と注す。さらにいえば、「母ぞ腹」の意がこめられているといえよう。

第五段 秋の彼岸の頃に引っ越し始まる

7.5.1 注釈506 【彼岸のころほひ渡りたまふ】 秋の彼岸。秋分の日を中心とする前後七日間。
7.5.2 注釈507 【御車十五、御前四位五位がちにて、六位殿上人などは、さるべき限りを選らせたまへり】 紫の上の二条院から六条院への引っ越し。一台の車は定員四人。約四、五十人の女房が付き従ったものか。四位五位の前駆及び特別の関係ある六位の殿上人が警護した。
7.5.3 注釈508 【今一方の御けしきも】 花散里をいう。
7.5.3 注釈509 【侍従君添ひて】 侍従の君すなわち夕霧。
7.5.3 注釈510 【かうもあるべきことなりけりと見えたり】 『完訳』は「諸説ある。夕霧の花散里への世話ぶりとも、夕霧を花散里に付き添わせた源氏の扱いぶりとも。いずれにせよ、申し分ない様子」と注す。
7.5.5 注釈511 【御ありさまの心にくく重りかに】 人柄についていう。

第六段 九月、中宮と紫の上和歌を贈答

7.6.1 注釈512 【長月になれば、紅葉むらむら色づきて】 晩秋九月である。
7.6.1 注釈513 【こなたにたてまつらせたまへり】 秋好中宮が紫の上に。前に「御箱」とあり、ここに「せたまへり」という最高敬語が使用されている。
7.6.2 注釈514 【いたうなれて】 『集成』は「まことに落着いた態度で」。『完訳』は「たいそう物慣れた身のこなしで」と訳す。
7.6.3 注釈515 【心から春まつ園はわが宿の--紅葉を風のつてにだに見よ】 秋好中宮から紫の上への贈歌。秋の町の素晴らしさを言ってよこした。
7.6.6 注釈516 【風に散る紅葉は軽し春の色を--岩根の松にかけてこそ見め】 紫の上の返歌。秋よりも春が素晴らしいと、応酬する。
7.6.7 注釈517 【とりあへず思ひ寄りたまひつる】 大島本は「とりあへすおもひより給つる」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「かくとりあへず思ひよりたまへる」と校訂する。
7.6.7 注釈518 【をかしく御覧ず】 主語は秋好中宮。
7.6.8 注釈519 【この紅葉の御消息】 以下「強きことは出で来め」まで、源氏の詞。
7.6.8 注釈520 【いとねたげなめり】 『集成』は「なんともしゃくに思われますね」と訳す。『完訳』は「中宮にしてやられた感じ」と注す。
7.6.8 注釈521 【花の蔭に立ち隠れてこそ、強きことは出で来め】 『集成』は「春になって、花の美しさを頼みにしてこそ、勝ち目のある歌もできましょう」。『完訳』は「春になってから、花を押し立ててこそ強いことも言えましょう」と訳す。「胡蝶」巻にこの返歌がある。
7.6.9 注釈522 【いと若やかに尽きせぬ御ありさまの】 源氏の変わらぬ若々しさをいう。
7.6.9 注釈523 【聞こえ通はしたまふ】 主語は六条院の女君たち。『集成』は「理想的な六条院の生活ぶり」。『完訳』は「源氏には、自らの管理のもとでの女君同士の適度な交流も理想であった。六条院経営はそれを可能にしようとしている」と注す。
7.6.10 注釈524 【大堰の御方は】 明石御方をさす。
7.6.10 注釈525 【かう方々の】 以下「紛らはさむ」まで、明石御方の心中。
7.6.10 注釈526 【神無月になむ渡りたまひける】 初冬十月。冬の町の主人公にふさわしい設定。
7.6.10 注釈527 【渡したてまつりたまふ】 主語は源氏。明石御方に対する重々しい待遇である。
7.6.10 注釈528 【姫君の御ためを思せば】 『完訳』は「明石の姫君を将来の国母にと意図する源氏は、身分低い母君の格式を高めようとする」と注す。
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