第四十七帖 総角

薫君の中納言時代二十四歳秋から歳末までの物語

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注釈

第一章 大君の物語 薫と大君の実事なき暁の別れ


第一段 秋、八の宮の一周忌の準備

1.1.1 注釈1 【川風も、この秋は】 『完訳』は「風が秋の当来を告げる。その秋は悲哀の季節。故八の宮の一周忌近い今年の秋はとりわけ悲しい」と注す。薫二十四歳秋。宇治八宮薨去の翌秋。
1.1.1 注釈2 【御果ての事】 八宮の一周忌の法要。昨年の秋八月二十日ごろに薨去した。
1.1.1 注釈3 【人の聞こゆるに従ひて】 女房たちが申し上げるのに従って。
1.1.1 注釈4 【かかるよその御後見なからましかば】 語り手の目を通しての感想。「ましかば」反実仮想。薫や阿闍梨の世話がなかったらできなかったろう、の意。
1.1.2 注釈5 【みづからも参うでたまひて】 薫自身。
1.1.2 注釈6 【阿闍梨もここに参れり】 山の阿闍梨が姫君たちの邸に来ていた。
1.1.2 注釈7 【かくても経ぬる】 『源氏釈』は「身を憂しと思ふに消えぬ物なればかくてもへぬる世にこそありけれ」(古今集恋五、八〇六、読人しらず)を指摘。
1.1.2 注釈8 【そのことと心得て】 姫君たちは名香の糸を作っているのだ、と分かって。
1.1.2 注釈9 【わが涙をば玉にぬかなむ】 『源氏釈』は「より合わせてなくなる声を糸にしてわがなみだ涙をば玉にぬかなむ」(伊勢集)を指摘。
1.1.2 注釈10 【伊勢の御もかくこそありけめと】 大島本は「かくこそありけめ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「かくこそは」「かうこそは」と「は」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。伊勢の御は宇多天皇の中宮温子に仕えた女房。『大和物語』にそのエピソードが語られている。
1.1.2 注釈11 【内の人は】 御簾の内側の姫君たち。
1.1.2 注釈12 【ものとはなしに」とか】 『源氏釈』は「糸によるものならなくに別れ路の心細くも思ほゆるかな」(古今集羈旅、四一五、紀貫之)を指摘。
1.1.2 注釈13 【心細き筋にひきかけけむも」など】 大島本は「ひきかけゝむも」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「ひきかけけむを」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。「筋」「ひきかけ」は「糸」の縁語。

第二段 薫、大君に恋心を訴える

1.2.1 注釈14 【御願文作り】 主語は薫。願文は漢文で書く。
1.2.1 注釈15 【客人】 薫。
1.2.2 注釈16 【あげまきに長き契りを結びこめ--同じ所に縒りも会はなむ】 薫から大君への贈歌。「総角」は催馬楽の曲名。その詩句を踏まえる。
1.2.3 注釈17 【例の、とうるさけれど】 『完訳』は「椎本でも薫は匂宮と中君の媒にかこつけ大君に胸中を訴えた。「例の」と繰り返される」と注す。
1.2.4 注釈18 【ぬきもあへずもろき涙の玉の緒に--長き契りをいかが結ばむ】 大君の返歌。「契り」「結び」の語句を用いて返す。「もろき涙の玉の緒」に余命短いことをいう。
1.2.5 注釈19 【あはずは何を】 『源氏釈』は「片糸をこなたかなたによりかけてあはずは何を玉の緒にせむ」(古今集恋一、四八三、読人しらず)を指摘。
1.2.6 注釈20 【みづからの御上は】 大君ご自身の身の上については。
1.2.6 注釈21 【宮の御ことをぞ】 匂宮が中君にのご執心であることを。
1.2.7 注釈22 【さしも御心に】 以下「承りにしがな」まで、薫の詞。
1.2.7 注釈23 【まことにうしろめたくはあるまじげなるを】 『完訳』は「匂宮は安心できる人。以下、表面的に匂宮を言いながら、内実、自分を拒む大君への不満を哀訴」と注す。
1.2.8 注釈24 【世のありさまなど】 男女の仲。
1.2.10 注釈25 【違へじの心にてこそは】 大島本は「たかへしの心」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「違へきこえじの心」と「きこえ」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。以下「いかなるべき世にかあらむ」まで、大君の詞。
1.2.10 注釈26 【浅きことも混ざりたる心地】 大島本は「あさきこともまさりたるこゝ地」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「まじりたる心地」と校訂する。『新大系』は底本のまま「まさりたる」とする。
1.2.10 注釈27 【げに、かかる住まひなどに、心あらむ人は】 『集成』は「仰せのように、こんな山里の住まいなどをしていますと、物の分る方なら物思いの限りを尽すことでしょうが。「世のありさまなど、おぼしわくまじくは見たてまつらぬを」という薫の言葉を受ける」と注す。
1.2.10 注釈28 【思ひ残す事】 大島本は「おもひのこす事」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「思ひ残すことは」と「は」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
1.2.10 注釈29 【こののたまふめる筋は】 大君自身の結婚に関する話。
1.2.10 注釈30 【いにしへも】 故人父宮も、の意。
1.2.10 注釈31 【さらにかけて、とあらばかからばなど】 「さらにかけて」で、一向に何一つ、の意。「とあらばかからば」で、もしこならば、またああであったならば、の意。
1.2.10 注釈32 【かかるさまにて】 いままで通りの状態で。
1.2.10 注釈33 【世づきたる方を】 結婚生活。
1.2.10 注釈34 【思しおきてける、となむ】 主語は父宮。
1.2.10 注釈35 【深山隠れには心苦しく見えたまふ人の御上を】 『完訳』は「前言から転じて、前途が長く山篭りをさせる気の毒な中の君の縁談に腐心」と注す。『異本紫明抄』は「かたちこそ深山隠れの朽木なれ心は花になさばなりなむ」(古今集雑上、八七五、兼芸法師)を指摘。
1.2.10 注釈36 【いかなるべき世にかあらむ】 『集成』は「どのような縁に決りますことやら」。『完訳』は「これから先どうなるのでございましょう」と訳す。

第三段 薫、弁を呼び出して語る

1.3.1 注釈37 【けざやかにおとなびても、いかでかは賢しがりたまはむ】 薫の心中の思い。大君がどんなにてきぱきと大人ぶって妹の縁談を進めようとしても、どうしてそれができようか。反語表現。
1.3.1 注釈38 【古人召し出でてぞ語らひたまふ】 『完訳』は「大君相手では埒があかず、弁に打ち明けて加勢を頼む」と注す。
1.3.2 注釈39 【年ごろは、ただ】 以下「例なくやはある」まで、薫の詞。
1.3.2 注釈40 【もの心細げに思しなるめりし御末のころほひ】 八宮の晩年の様子についていう。
1.3.2 注釈41 【この御事どもを、心にまかせてもてなしきこゆべくなむのたまひ契りてしを】 『集成』は「この際自分の側に引きつけた言い方」。『完訳』は「八の宮の晩年に、姫君二人の将来を依託されたこと(橋姫・椎本)。「心にまかせてもてな」すようにとは、薫の勝手な解釈による」と注す。
1.3.2 注釈42 【いかに、思しおきつる方の異なるにやと】 『完訳』は「八の宮には、私(薫)以外に意中の人物があったのか、の意」と注す。
1.3.3 注釈43 【いとあやしき本性にて】 薫自身についていう。今まで女人に心引かれることはなかったことをいう。
1.3.3 注釈44 【昔の御ことも違へきこえず】 故八宮の遺言に違わず、の意。
1.3.3 注釈45 【我も人も】 「人」は大君をさす。
1.3.3 注釈46 【聞こえはべらばや】 大島本は「きこえ侍らハや」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「聞こえ通はばや」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
1.3.3 注釈47 【さやうなる例なく】 『完訳』は「落葉の宮と柏木などもその例」と注す。
1.3.5 注釈48 【宮の御ことをも】 以下「なほいかにいかに」まで、薫の詞。「宮」は匂宮。匂宮と中君の縁談。
1.3.5 注釈49 【思ほし向けたることのさまあらむ】 『集成』は「内々にやはり別のお考えの相手がいるに違いない」。『完訳』は「内々に別のお心づもりでもおありなのでしょうか」と訳す。
1.3.6 注釈50 【例の、悪ろびたる女ばらなどは】 『首書或抄』は「草子地より弁かことをいはんとて世間の女房とものことをいふ也」と指摘。
1.3.6 注釈51 【言よがりなどもすめるを】 推量の助動詞「めり」は語り手の推量。

第四段 薫、弁を呼び出して語る(続き)

1.4.1 注釈52 【もとより、かく】 以下「御ことならじとはべるめる」まで、弁の詞。
1.4.1 注釈53 【人に違ひたまへる御癖どもに】 姫君たちの性質をさしていう。
1.4.1 注釈54 【思ひよりたまへる御けしきに】 結婚について。
1.4.2 注釈55 【頼もしげある木の本の隠ろへも】 『河海抄』は「侘び人のわきて立ち寄る木のもとは頼む蔭なく紅葉散りけり」(古今集秋下、二九二、僧正遍昭)を指摘。
1.4.2 注釈56 【昔の古き筋なる人も】 『集成』は「昔からの古いご縁故の人々も。宮家に代々奉公してきたゆかりの者たち」と注す。
1.4.2 注釈57 【まして今は】 八宮亡き現在。
1.4.2 注釈58 【わびはべりて】 大島本は「わひ侍りて」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「わびはべりつつ」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
1.4.2 注釈59 【おはしましし世にこそ】 以下「行ひなすなれ」まで、よからぬ女房の意見。係助詞「こそ」は「とどこほりつれ」に係る。係結び、逆接用法。
1.4.2 注釈60 【限りありて】 宮家としての格式があって。
1.4.2 注釈61 【かたほならむ御ありさまは】 不釣合なご縁組は、の意。
1.4.3 注釈62 【いかにもいかにも、世になびきたまへらむを】 『完訳』は「このままでは暮しがたい意」と注す。
1.4.3 注釈63 【こそはあらめ】 係結び、逆接用法。
1.4.4 注釈64 【松の葉をすきて勤むる山伏だに、生ける身の捨てがたさによりてこそ】 「すく」は飲み込むこと。松の葉を食べて修行をする山伏でさえ生身の体は捨てがたいので、の意。
1.4.4 注釈65 【よからぬことを聞こえ知らせ】 『完訳』は「宮家の品格を損うような意見」と注す。
1.4.4 注釈66 【たわむべくもものしたまはず】 主語は大君。
1.4.4 注釈67 【中の宮をなむ】 係助詞「なむ」は「たまふべかめる」に係る。
1.4.5 注釈68 【かく山深く訪ねきこえさせたまふめる御心ざしの】 薫の宇治訪問についていう。格助詞「の」は同格の意。
1.4.5 注釈69 【年経て見たてまつり馴れたまへるけはひも】 薫が大君を。
1.4.5 注釈70 【疎からず思ひきこえさせたまひ】 主語は大君。
1.4.5 注釈71 【かの御方を、さやうにおもむけて聞こえたまはば】 『完訳』は「中の君を薫と結婚させたいと、大君は望んでいるとする。大君自身、自らは独身と決め、中の君を「深山隠れ」の「朽木」にはしたくないと、薫にも語った」と注す。
1.4.5 注釈72 【となむ思すべかめる】 弁が大君の考えを推測したもの。
1.4.6 注釈73 【宮の御文などはべるめるは】 匂宮からの手紙。
1.4.8 注釈74 【あはれなる御一言を】 以下「まかせてやは見たまはぬ」まで、薫の詞。八宮の遺言をさす。
1.4.8 注釈75 【いづ方にも見えたてまつらむ、同じことなるべきを】 大君と中君のどちらと結婚しても同じ。
1.4.8 注釈76 【さまではた、思しよるなる】 大君が私薫を中君の結婚相手にと考えているということ。「なる」伝聞推定の助動詞。
1.4.8 注釈77 【心の引く方なむ】 大君をさす。係助詞「なむ」は結びの流れ。
1.4.8 注釈78 【なほとまりぬべきものなりければ】 大君に執着を覚える意。
1.4.8 注釈79 【改めてさはえ思ひなほすまじくなむ】 大島本は「思ひな越す」とある。『完本』は諸本に従って「思ひなす」と「を」を削除する。『集成』『新大系』は底本のままとする。改めて中君に思い直すことはできない、の意。
1.4.9 注釈80 【もてなしたまはむなむ】 仮定の気持ち。係助詞「なむ」は「疎かるまじく頼みきこゆる」に係る。
1.4.9 注釈81 【いとさうざうしくなむ】 係助詞「なむ」は「疎かるまじく頼みきこゆる」に係る。
1.4.9 注釈82 【疎かるまじく頼みきこゆる】 大君に親しくしていただきたいと期待申し上げている、意。
1.4.10 注釈83 【后の宮、はた】 明石中宮。表向き薫の異母姉。
1.4.10 注釈84 【三条の宮は、親と思ひきこゆべきにもあらぬ】 薫の母女三の宮。前年に三条宮邸は焼失して現在は六条院に住んでいるが、本来の呼称でよぶ。
1.4.10 注釈85 【限りあれば】 『集成』は「親子の分がありますので」。『完訳』は「皇女で、出家の身という制約」と注す。
1.4.10 注釈86 【その他の女は、すべていと疎くつつましく、恐ろしく】 姉や母以外の女性はすべて馴染めず気後れして恐ろしい、という薫の女性観。
1.4.11 注釈87 【懸想だちたることは、いとまばゆくありつかず、はしたなきこちごちしさにて】 薫は、仮初の色恋めいたことでも気恥ずかしく性に合わず体裁の悪い不器用さだ、という。
1.4.11 注釈88 【心にしめたる方のことは】 大君のことをさす。
1.4.11 注釈89 【うち出づることは】 大島本は「うちいつることも(も#は)」とある。すなわち「も」を抹消して「は」と訂正する。『集成』『完本』は諸本と訂正以前の本文に従う。『新大系』は訂正後の本文に従う。
1.4.11 注釈90 【見えたてまつらぬこそ】 『集成』は「〔大君に〕見て頂けないのは」と訳す。
1.4.11 注釈91 【宮の御ことをも】 匂宮と中君の縁談。
1.4.11 注釈92 【まかせてやは見たまはぬ】 私薫に任せてくださいませんか、の意。
1.4.12 注釈93 【かばかり心細きに】 八宮死後の心細さ。
1.4.12 注釈94 【あらまほしげなる御ありさまを】 大君には理想的な薫の有様、と弁は思う。
1.4.12 注釈95 【さもあらせたてまつらばやと】 大君と薫を結婚させたい。

第五段 薫、大君の寝所に迫る

1.5.1 注釈96 【物語などのどやかに聞こえまほしくて】 大君とゆっくり話などをしたくて。
1.5.1 注釈97 【やすらひ暮らしたまひつ】 『集成』は「ぐずぐずしながら夕方まで過された」と訳す。
1.5.1 注釈98 【わづらはしくて、うちとけて聞こえたまはむことも】 主語は大君。
1.5.1 注釈99 【おほかたにては】 『集成』は「この好色の筋をのけたら、ほかはすべて世にも稀な実のあるお人柄なので」と注す。
1.5.2 注釈100 【仏のおはする中の戸を開けて】 仏間と廂間の隔ての中の戸。仏間は母屋の西面にある。大君は仏間にいる。
1.5.2 注釈101 【簾に屏風を添へて】 母屋と廂の境の簾。光に照らし出されるのを避けるために屏風を置いた。
1.5.2 注釈102 【外にも大殿油参らすれど】 母屋から見た外、薫の居る西の廂。
1.5.2 注釈103 【悩ましうて無礼なるを。あらはに】 薫の詞。「無礼」は男性詞。
1.5.3 注釈104 【ゆゑゆゑしき肴など】 『集成』は「上品なつまみ物などを添えて」と訳す。
1.5.3 注釈105 【この御前は人げ遠くもてなして】 薫と大君の周辺。『完訳』は「供人たちが気を利かす」と注す。
1.5.3 注釈106 【思ひ焦らるるもはかなし】 『評釈』は「ふとくずれては他愛もない人の心、と、自嘲めくことばである」。『全集』は「薫の自嘲とも語り手の評言ともとれる」。『完訳』は「現世離脱を身上としてきた薫の変化を、語り手が評して結ぶ体」と注す。
1.5.4 注釈107 【かくほどもなきものの隔てばかりを】 以下「おこがましくもあるかな」まで、薫の心中の思い。『完訳』は「もどかしく思っては、あせるだけの優柔さが、あまりに愚かしい。俗情に苦しむ薫の自嘲である」と注す。
1.5.5 注釈108 【内には】 御簾の内側。
1.5.5 注釈109 【さしも、もて離れたまはざらなむ」と思ふべかめれば】 女房たちの思いを、語り手が推測。
1.5.5 注釈110 【さし退つつ、みな寄り臥して】 接続助詞「つつ」同じ動作の反復。女房たちが大君の側を下がり下がりして、の意。
1.5.6 注釈111 【心地のかき乱り】 以下「また聞こえむ」まで、大君の詞。
1.5.8 注釈112 【山路分けはべりつる人は】 以下「いと心細からむ」まで、薫の詞。「山路分け」は歌語的表現。
1.5.8 注釈113 【かく聞こえ承る】 大島本は「うけ給へる」とある。『集成』『完本』『新大系』は諸本に従って「うけたまはる」と校訂する。
1.5.9 注釈114 【半らばかり入りたまへるに】 主語は大君。「に」接続助詞、弱い順接の意。--したところ、の意。
1.5.10 注釈115 【隔てなきとは】 以下「めづらかなるわざなる」まで、大君の詞。薫の「隔てなく聞こえて」の言葉を受けての言葉。
1.5.11 注釈116 【いよいよをかしければ】 「をかし」は美しさに心引かれる、魅力があるの意。
1.5.12 注釈117 【隔てぬ心を】 以下「過ぐしはべるぞや」まで、薫の詞。大君の「隔てなきとは」の言葉を受けての言葉。
1.5.12 注釈118 【めづらかなりとも】 大君の「めづらかなるわざかな」を受けての言葉。
1.5.12 注釈119 【人はかくしも推し量り】 『完訳』は「人々は、自分たちに情交がなかったとは思うまいが」と注す。
1.5.12 注釈120 【世に違へる痴者にて】 『完訳』は「自分は世人と異なり、ばか正直に大君の気持を尊重するとする」と注す。
1.5.13 注釈121 【御髪のこぼれかかりたるを、かきやりつつ見たまへば】 薫、大君と直に対面している。

第六段 薫、大君をかき口説く

1.6.1 注釈122 【かく心細くあさましき御住み処に】 以下「わざならまし」まで、薫の心中の思い。『集成』は「以下、美しい大君を見ての薫の心騷ぎ」と注す。
1.6.1 注釈123 【あらましかば】 「止みなまし」と「わざならまし」に係る。反実仮想の構文。
1.6.1 注釈124 【来し方の心のやすらひさへ】 副助詞「さへ」によって、将来の不安はもちろんのこと、過去の優柔不断な態度までが不安となる、という意。
1.6.1 注釈125 【言ふかひなく憂しと思ひて】 主語は大君。
1.6.1 注釈126 【かくはあらで】 以下「折もありなむ」まで、薫の心中の思い。『集成』は「大君がこんなにいやがられるのではなくて」。『完訳』は「薫の無理じいしようとする気持が、気長に待とうとする気持に移る」と注す。
1.6.3 注釈127 【かかる御心のほどを】 以下「慰む方なく」まで、大君の詞。
1.6.3 注釈128 【ゆゆしき袖の色など、見あらはしたまふ心浅さに】 『集成』は「薫の無体な振舞に、自分の不用意さをも悔やむ」。『完訳』は「顔を見られたことの屈辱は、口に出して言うことさえできない」と注す。
1.6.5 注釈129 【いとかくしも】 以下「心になむ」まで、薫の詞。
1.6.5 注釈130 【思さるるやうこそ】 嫌う気持ち。
1.6.5 注釈131 【袖の色をひきかけさせたまふはしも】 『源氏釈』は「奥山の晴れぬ時雨ぞわび人の袖の色をばいとどましける」(出典未詳)を指摘。
1.6.5 注釈132 【さばかりの忌おくべく、今始めたることめきてやは思さるべき】 『集成』は「それくらいのことを憚らねばならないような、この頃始まったことと同じにお考えになっていいものでしょうか。喪中を口実にするのは、昨日今日の恋ならともかく、自分の場合は長年のことだからと、次に、二年前の垣間見のことから話し出す」と注す。
1.6.6 注釈133 【かの物の音聞きし有明の月影よりはじめて】 薫が二年前に月明りに中に姉妹の合奏しているさまを垣間見したことから話し出して。
1.6.6 注釈134 【恥づかしくもありけるかな】 大君の心中の思い。我が身の不注意を恥じる気持ち。
1.6.6 注釈135 【かかる心ばへながらつれなくまめだちたまひけるかな】 大君の心中の思い。薫の下心を疎ましく思う。
1.6.7 注釈136 【短き几帳】 丈の低い三尺の几帳。
1.6.7 注釈137 【仏の御方にさし隔てて】 仏に憚る気持ち。
1.6.7 注釈138 【かりそめに添ひ臥したまへり】 『完訳』は「実事のない添い寝」と注す。
1.6.7 注釈139 【人よりはけに仏をも思ひきこえたまへる御心にて】 一般の人よりは道心深い薫の人柄についていう。
1.6.7 注釈140 【わづらはしく】 『集成』は「気がとがめて」。『完訳』は「うしろめたい気持になられるので」と訳す。
1.6.7 注釈141 【墨染の今さらに】 以下「たわみたまひなむ」まで、薫の心中に反省する思い。
1.6.7 注釈142 【思ひそめしに違ふべければ】 『集成』は「自分の本意にも反することだろうから」。「完訳」は「仏道に志した当初の気持」と注す。
1.6.7 注釈143 【かかる忌なからむほどに】 八宮の一周忌が明けたころに。
1.6.8 注釈144 【かからぬ所だに】 『集成』は「こうした喪の家でなくても」。『完訳』は「こうした山里でなくてさえ」と訳す。
1.6.8 注釈145 【峰の嵐も籬の虫も】 「峰の嵐」「籬」は歌語。
1.6.8 注釈146 【時々さしいらへたまへるさま】 大君についていう。
1.6.8 注釈147 【いぎたなかりつる人びとは】 眠たがっていた女房たちをさす。
1.6.8 注釈148 【かうなりけり」と、けしきとりて】 『集成』は「さてはそうだったのかと、様子を察して」。『完訳』は「大君と薫が契りを交したと思う。そう思われても無理からぬ事態」と注す。
1.6.9 注釈149 【宮ののたまひしさまなど思し出づるに】 主語は大君。
1.6.9 注釈150 【げに、ながらへば】 以下「わざにこそは」まで、大君の心中の思い。『集成』は「女房たちも自分に従わないのを見ての嘆き」と注す。
1.6.9 注釈151 【水の音に流れ添ふ心地したまふ】 『奥入』は「辺風は吹き断つ秋の心緒、隴水は流れ添ふ夜の涙行」(和漢朗詠集、王昭君、大江朝綱)を指摘。

第七段 実事なく朝を迎える

1.7.1 注釈152 【馬どものいばゆる音も、旅の宿りの】 『奥入』は「晨の鶏再び鳴いて残月没りぬ、征馬連に嘶えて行人出づ」(白氏文集巻十二、生別離)を指摘。
1.7.1 注釈153 【人の語るを】 大島本は「人のかたる越」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「語る」と「を」を削除する。『新大系』は底本のままとする。薫の供人。
1.7.1 注釈154 【光見えつる方の障子を】 朝の曙光。『集成』は「母屋から廂の間に出た趣」と注す。
1.7.1 注釈155 【もろともに見たまふ】 『完訳』は「男女がともに夜明けの戸外を眺めるのは、後朝の典型的な一場面」と注す。
1.7.1 注釈156 【女もすこしゐざり出でたまへるに】 『集成』は「見た目には、恋をする男女の体なのでこう言う」と注す。
1.7.2 注釈157 【何とはなくて】 以下「過ぐさまほしき」まで、薫の詞。『完訳』は「夫婦というわけでなくとも」と注す。
1.7.4 注釈158 【かういとはしたなからで】 以下「あるまじくなむ」まで、大君の詞。「かう」は直に対面する体裁悪さをいう。
1.7.6 注釈159 【むら鳥の立ちさまよふ羽風近く聞こゆ】 『河海抄』は「むら鳥の立ちにし我が名今さらにことなしぶともしるしあらめや」(古今集恋三、六七四、読人しらず)を指摘。
1.7.6 注釈160 【今は、いと見苦しきを】 大島本は「いまハ」とある。『集成』『完本』は諸本に従て「今だに」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。大君の詞。『集成』は「帰りを急がす言葉。周囲に憚る気持」と注す。
1.7.7 注釈161 【ことあり顔に】 以下「こそかひなけれ」まで、薫の詞。完訳「わけあり顔に。朝露を分けて女のもとから帰るのは、後朝の男の典型的な姿。大君のつれなさを恨む気持もこもる」と注す。
1.7.7 注釈162 【人はいかが推し量りきこゆべき】 『集成』は「かえって二人の仲は疑われよう、の意」。『完訳』は「どうせ人は、結婚した仲と思うから、早く退出してはかえって不都合でもあったかと疑うだろう」と注す。
1.7.7 注釈163 【例のやうになだらかにもてなさせたまひて】 『集成』は「いつものように何気なくお振舞いになって」。『完訳』は「普通の夫婦のように穏やかにおふるまいになって」と訳す。
1.7.7 注釈164 【世に違ひたることにて】 『完訳』は「実事のない親交をさす」と注す。
1.7.9 注釈165 【今より後は】 以下「従ひたまへかし」まで、大君の詞。
1.7.9 注釈166 【今朝は、また聞こゆるに】 係助詞「は」、他とは区別する意。私の申し上げることを聞いて下さい、の意。
1.7.10 注釈167 【いとすべなしと思したれば】 主語は大君。
1.7.11 注釈168 【あな、苦しや】 以下「惑ひぬべきを」まで、薫の詞。
1.7.11 注釈169 【暁の別れや。まだ知らぬことにて、げに、惑ひぬべきを】 『花鳥余情』は「まだ知らぬ暁起きの別れには道さへまどふものにぞありける」(出典未詳)を指摘。
1.7.13 注釈170 【山里のあはれ知らるる声々に--とりあつめたる朝ぼらけかな】 薫から大君への贈歌。「とりあつめたる」に「鳥」を響かす。
1.7.15 注釈171 【鳥の音も聞こえぬ山と思ひしを--世の憂きことは訪ね来にけり】 大君の返歌。「鳥」「山」の語句を受けて返す。『異本紫明抄』は「飛ぶ鳥の声も聞こえぬ奥山の深き心を人は知らなむ」(古今集恋一、五三五、読人しらず)『集成』は「いかならむ巌の中に住まばかは世の憂きことの聞こえ来ざらむ」(古今集雑下、九五二、読人しらず)を指摘。
1.7.16 注釈172 【昨夜入りし戸口より出でて】 西廂と母屋の境の戸口。
1.7.16 注釈173 【名残恋しくて】 『花鳥余情』は「夜もすがらなづさはりぬる妹が袖なごり恋しく思ほゆるかな」(古今六帖五、あした)を指摘。
1.7.16 注釈174 【いとかく思はましかば、月ごろも今まで心のどかならましや】 薫の心中の思い。反実仮想の構文。『完訳』は「悠長に構えた過往を悔む気持」と注す。

第八段 大君、妹の中の君を薫にと思う

1.8.1 注釈175 【姫宮は、人の思ふらむことの】 『完訳』は「この巻では、以下、大君をも姫宮と呼ぶ」と注す。「人」は女房をさす。
1.8.1 注釈176 【頼もしき人なくて世を過ぐす身の】 以下「ありぬべき世なめり」まで、大君の心中の思い。『新大系』は「以下、大君の心中に即した叙述」と注す。
1.8.1 注釈177 【思しめぐらすには】 連語「には」、その一方では、というニュアンス。
1.8.2 注釈178 【この人の御けはひありさまの】 以下「わが世はかくて過ぐし果ててむ」まで、大君の心中の思い。「この人」は薫。
1.8.2 注釈179 【さやうなる御心ばへ】 大島本は「御心はえ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「心ばへ」と「御」を削除する。『新大系』は底本のままとする。
1.8.2 注釈180 【みづからは、なほかくて過ぐしてむ】 独身で過すことを決意。
1.8.2 注釈181 【人なみなみに見なしたらむこそ】 人並みに結婚させることをいう。
1.8.2 注釈182 【人の上になしては】 『集成』は「妹の身の上のこととしてなら(中の君と薫を結婚させたら)、心の及ぶ限り大切に世話をしよう。姉として、気のつく限りの婿扱いをしよう、の意」と注す。
1.8.2 注釈183 【また誰れかは見扱はむ】 反語表現。誰も後見する人がいない。
1.8.3 注釈184 【恥づかしげに見えにくきけしきも】 『集成』は「あまりに立派で近づきがたい薫の様子なのも。「見えにくし」は、親しく夫婦の語らいもしにくい気持」と注す。
1.8.3 注釈185 【わが世はかくて過ぐし果ててむ】 前にも「みづからはなほかく過ぐしてむ」とあった。それより「果ててむ」と強い決意の表れ。『集成』は「何度も決意を固める体」。『河海抄』は「いざここに我が世は経なむ菅原や伏見の里の荒れまくも惜し」(古今集雑下、九八一、読人しらず)を指摘。
1.8.5 注釈186 【この宮は】 中君。
1.8.5 注釈187 【思しつつ寝たまへるに】 大島本は「おほしつらねたまへるに」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「思しつつ寝たまへるに」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。ここは「ゝ」と「ら」との類似字形の誤読から生じた異文である。「ゝ」が正しかろう。
1.8.5 注釈188 【御衣ひき着せたてまつりたまふに】 中君が大君に御夜着を掛けてさし上げる、意。
1.8.5 注釈189 【御移り香の紛るべくもあらず】 大島本は「御うつりか」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「所狭き御移り香」と「所狭き」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。薫の移り香。大君の衣装に染み込む。
1.8.5 注釈190 【くゆりかかる心地】 大島本は「くゆりかゝる心ち」とある。『完本』は諸本に従って「くゆりかをる」と校訂する。『集成』『新大系』は底本のままとする。
1.8.5 注釈191 【まことなるべし】 中君の心中の思い。女房たちが大君と薫の仲についてひそひそ話していたことは真実なのだろう、と思う。
1.8.6 注釈192 【すくすくしく聞こえおきて】 『集成』は「しかつめらしく口上を申し上げておいて」。『完訳』は「姫宮への伝言をきまじめにお申しおきになって」と注す。
1.8.6 注釈193 【総角を戯れにとりなししも】 以下「思すらむ」まで、大君の心中の思い。薫の歌をさす。
1.8.6 注釈194 【尋ばかりの隔ても】 大島本は「へたても」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「隔てにても」と「にて」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。催馬楽「総角」の歌句。
1.8.7 注釈195 【日は残りなくなりはべりぬ】 以下「御悩みかな」まで、女房の詞。
1.8.8 注釈196 【組などし果てたまひて】 名香の組糸。総角に組み上げる。
1.8.9 注釈197 【心葉など】 以下「思ひよりはべらね」まで、中君の詞。
1.8.10 注釈198 【せめて聞こえたまへば】 『完訳』は「(心葉は)箱などにつける飾り花。普通は金銀などの彫金細工。ここは組糸で作る。それを大君に作ってほしいと、起き出すようしむけた」注す。
1.8.10 注釈199 【暗くなりぬる紛れに】 『集成』は「暗くなって顔も見えなくなった頃に」。『完訳』は「昨夜の薫との一件を恥じる気持」と注す。
1.8.12 注釈200 【人伝てにぞ聞こえたまふ】 『集成』は「女房の代筆でお返事なさる」と注す。
1.8.13 注釈201 【さも、見苦しく、若々しくおはす」--と、人びとつぶやききこゆ】 『集成』は「薫からの文を、後朝の文ととる女房たちは、大君のはにかみと見て文句を言う」。『完訳』は「薫からの大事な後朝の文なのに大君は返事さえ書かない、の気持。大君の結婚を頼みに思う女房たちの、世俗的打算からの非難」と注す。

第二章 大君の物語 大君、中の君を残して逃れる


第一段 一周忌終り、薫、宇治を訪問

2.1.1 注釈202 【かた時も後れたてまつらむものと思はざりしを、はかなく過ぎにける月日のほどを】 姫君たちの心中の思いを地の文で語る。
2.1.1 注釈203 【いみじく思ひのほかなる身の憂さ】 姫君たちの心中の思い。
2.1.2 注釈204 【月ごろ黒く馴らはしたる御姿】 大島本は「ならハしたる」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「ならはしたまへる」と「まへ」を補訂し、尊敬語表現とする。『新大系』は底本のままとする。
2.1.2 注釈205 【薄鈍にて】 除服の後は平服に戻るの普通だが、姫君たちはなお志厚く薄鈍色の喪服を着用している。
2.1.2 注釈206 【うつくしげなる匂ひまさりたまへり】 『集成』は「可憐な美しさという点では姉君よりすぐれていらっしゃる」と注す。
2.1.2 注釈207 【御髪など澄ましつくろはせて】 大君が女房をして中君の御髪を洗い整わせて、の意。
2.1.2 注釈208 【近劣りしては思はずやあらむ】 大君の心中の思い。『集成』は「薫は中の君を期待外れだとは思わないだろう」と注す。
2.1.3 注釈209 【かの人は】 薫をさす。
2.1.3 注釈210 【藤の衣も改めたまへらむ長月も、静心なくて】 『完訳』は「その喪服を改める九月の到来を待ちかねた。九月は忌月で結婚がはばかられる。命日の八月二十日ごろから、日数をおかずに訪ねたことになる」と注す。『河海抄』には「男女初会合忌正五九月云々」とある。
2.1.3 注釈211 【例のやうに聞こえむ】 薫の訪問の主旨。
2.1.3 注釈212 【心あやまりして】 『集成』は「〔大君は〕かたくなな気持になって」。『完訳』は「姫宮は気分がすぐれず」と訳す。
2.1.4 注釈213 【思ひの外に】 以下「いかに思ひはべらむ」まで、薫の手紙文。
2.1.6 注釈214 【今はとて】 以下「え聞こえぬ」まで、大君の返事。
2.1.6 注釈215 【脱ぎはべりしほど】 大島本は「ぬき侍し」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「脱ぎ捨てはべりし」と「捨て」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
2.1.8 注釈216 【怨みわびて】 主語は薫。
2.1.8 注釈217 【例の人召して】 弁の君をさす。「例の人」で一語。
2.1.8 注釈218 【思ひにかなひたまひて】 『集成』は「(姫君が)自分たちの願い通りに薫と結婚して下さって、世間並みに京のお邸にお移りなどなさることを、大層結構なことだと話し合って」と注す。
2.1.8 注釈219 【ただ入れたてまつらむ】 女房たちの詞。

第二段 大君、妹の中の君に薫を勧める

2.2.1 注釈220 【かく取り分きて】 以下「心にこそあめれ」まで、大君の心中の思い。
2.2.1 注釈221 【昔物語にも、心もてやは、とあることもかかることもあめる】 反語表現の構文。『集成』は「昔物語でも、姫君の一存で、とかくのことが起ろうか。みな女房の仲立ちによるものだ、の意」と注す。
2.2.1 注釈222 【うちとくまじき人の心】 女房の思慮。
2.2.2 注釈223 【せめて怨み深くは】 以下「つつみたまふならむ」まで、大君の心中の思い。薫がどうしても諦めずに、深く恨むようなら、の意。
2.2.2 注釈224 【この君をおし出でむ】 妹の中君をさす。
2.2.2 注釈225 【劣りざまならむにてだに、さても見そめては】 『完訳』は「劣った女を相手にしてさえ。薫の気長なやさしさを認めた判断」と注す。
2.2.2 注釈226 【ふとさることを待ち取る人のあらむ】 反語表現の構文。中君との結婚をさす。
2.2.2 注釈227 【本意になむあらぬと、うけひくけしきのなかなるは】 薫は弁の君から大君が中君をという意向を聞かされたが、同意しなかったという話は、の意。「なかなる」の「なる」は伝聞推定の助動詞。
2.2.2 注釈228 【人の思はむことを】 こちら大君自身をさす。推量の助動詞「む」婉曲の意。
2.2.3 注釈229 【思し構ふるを】 中君と薫の結婚を計画する。
2.2.3 注釈230 【けしきだに知らせたまはずは、罪もや得む】 大君の心中の思い。
2.2.4 注釈231 【昔の御おもむけも】 以下「見たてまつりなさばや」まで、大君の中君への詞。「昔の御おもむけ」は亡き父宮のご意向、の意。
2.2.4 注釈232 【世の中をかく心細くて】 以下「心つかうな」まで、父八宮の遺言。
2.2.4 注釈233 【おはせし世の御ほだしにて】 父宮在世中のお足手まといで。
2.2.4 注釈234 【今はとて、さばかりのたまひし一言をだに違へじ、と思ひはべれば】 生涯結婚すまい、という意。
2.2.5 注釈235 【げに、さのみやうのものと過ぐしたまはむも】 『集成』は「でも、あの人たちの言う通り、あなたまでが私と同じに独り身で過されるのも」と注す。
2.2.5 注釈236 【御ことをのみこそ】 あなた中君のことばかりが。
2.2.5 注釈237 【君だに世の常に】 「君」は二人称。
2.2.5 注釈238 【かかる身のありさまもおもだたしく、慰むばかり】 自分の身の上もあなたが薫と結婚したら面目が立って気持ちが慰められる。
2.2.5 注釈239 【見たてまつりなさばや】 中君の結婚を背後からお世話したい。
2.2.6 注釈240 【いかに思すにか】 中君の心中の思い。姉君はどうお考えなのか。
2.2.7 注釈241 【一所をのみやは】 以下「いかなるかたにか」まで、中君の詞。反語表現の構文。
2.2.7 注釈242 【聞こえたまひけむ】 主語は父宮。
2.2.7 注釈243 【思されためりしか】 主語は父宮。推量の助動詞「めり」は中君の主観的推量のオニュアンス。
2.2.8 注釈244 【思ひたまひつれば】 大島本は「思給つれハ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「思ひたまへれば」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
2.2.9 注釈245 【なほ、これかれ、うたて】 以下「思ひ乱れはべるぞや」まで、大君の詞。

第三段 薫は帰らず、大君、苦悩す

2.3.1 注釈246 【御消息ども】 『集成』は「薫の口上。あれこれと多い趣」と注す。
2.3.2 注釈247 【いかにもてなすべき身にかは】 以下「ただ一方に言ふにこそは」まで、大君の心中の思い。
2.3.2 注釈248 【一所おはせましかば】 両親のうちどちらか生きていらっしゃったら。反実仮想の構文。
2.3.2 注釈249 【さるべき人】 『集成』は「娘の結婚の世話をするのが当然の人。親のこと」。『完訳』は「親の世話を受けながら、その指図どおりに結婚して」と注す。
2.3.2 注釈250 【扱はれたてまつりて】 「たてまつる」の主体者は親、自分自身に対する敬語表現になる。この下に「~まし」の気持ちがある。
2.3.2 注釈251 【身を心ともせぬ世なれば】 『源氏釈』は「いなせとも言ひ放たれず憂きものは身を心ともせぬ世なりけり」(後撰集恋五、九三八、伊勢)を指摘。
2.3.2 注釈252 【皆例のことにてこそは、人笑へなる咎をも隠すなれ】 親の勧める結婚なら失敗しても世間の物笑いにならない、の意。
2.3.2 注釈253 【ある限りの人は】 仕えている女房は皆。
2.3.2 注釈254 【聞こえ知らすれど】 自分自身に対する敬語表現。主体者は女房。
2.3.2 注釈255 【こは、はかばかしきことかは】 反語表現。
2.3.2 注釈256 【人めかしからぬ心どもにて】 使用人の分際で。身分制度の意識。
2.3.3 注釈257 【引き動かしつばかり聞こえあへるも】 主語は女房たち。『完訳』は「女房が、大君を薫と対面させるべく、強引に誘うさま」と注す。
2.3.3 注釈258 【かかる筋には】 結婚に関する話題。
2.3.3 注釈259 【あやしくもありける身かな】 大君の思い。『集成』は「一人ぼっちの変な身の上の私だこと」と注す。
2.3.4 注釈260 【例の色の御衣どもたてまつり替へよ】 女房の詞。
2.3.5 注釈261 【皆、さる心すべかめるけしきを】 『集成』は「一同婚儀の段取りを進めるらしい様子なのを」。『完訳』は「薫に逢わせる準備をする様子」と注す。「すべかめる」は大君に心中に即した叙述。
2.3.5 注釈262 【あさましく、「げに、何の障り所かはあらむ】 『集成』は「大君の心中から自然に地の文に移る書き方」。『完訳』は「いかにも相手が近寄るのに防ぐものがあろうか。日ごろの薫の、障りや隔てのない親交の訴えを受け、「げに」とする。地の文に心中叙述の割り込んだ形」と注す。
2.3.5 注釈263 【山梨の花ぞ」、逃れむ方なかりける】 『源氏釈』は「世の中をうしと言ひてもいづこにか身をば隠さむ山梨の花」(古今六帖六、山梨)を指摘。
2.3.6 注釈264 【いつありけむことともなくもてなしてこそ】 薫の大君処遇の考え。
2.3.7 注釈265 【御心許したまはずは、いつもいつも、かくて過ぐさむ】 薫の詞。
2.3.8 注釈266 【おのがじし】 女房同士。
2.3.8 注釈267 【顕証にささめき】 『集成』は「大っぴらに私語し」と訳す。
2.3.8 注釈268 【さは言へど、深からぬけに、老いひがめるにや、いとほしくぞ見ゆる】 『湖月抄』は師説「弁か事を草子地也」と指摘。『集成』は「何といっても、心根が浅はかなので、年をとってわけもわからなくなっているのか、姫君がお気の毒に思われる。草子地。弁などは、年輩の思慮深い女房であるはずなのに、という気持が下にある」と注す。

第四段 大君、弁と相談する

2.4.1 注釈269 【弁が参れるに】 『集成』は「姫君の説得に来たのだろう」と注す。
2.4.2 注釈270 【年ごろも】 以下「聞こえなされよ」まで、大君の弁への詞。
2.4.2 注釈271 【人に似ぬ御心寄せ】 薫の人物評。
2.4.2 注釈272 【のたまひわたりしを】 主語は故八宮。
2.4.2 注釈273 【思ひしに違ふさまなる御心ばへの混じりて】 好意の他に結婚を望んでいた気持ちをさす。
2.4.2 注釈274 【世に人めきてあらまほしき身ならば】 『完訳』は「私が人並に結婚して暮したいと思う身なら。実際には独身を通そうの決意。反実仮想の構文」と注す。「あらまほしき身」は夫を持ちたい身、の意。
2.4.3 注釈275 【いと苦しきを】 『集成』は読点で「を」接続助詞、逆接の意。『完訳』は句点で「を」間投助詞、詠嘆の意に解す。
2.4.3 注釈276 【昔を思ひきこえたまふ心ざしならば】 「昔」は故人八宮。「たまふ」は弁に対する敬語。
2.4.3 注釈277 【よろしげに聞こえなされよ】 大島本は「よろしけに」とある。『完本』は諸本に従って「よろしげにを」と「を」を補訂する。『集成』『新大系』は底本のままとする。
2.4.5 注釈278 【さのみこそは】 以下「雲霞をやは」まで、弁の詞。
2.4.5 注釈279 【さはえ思ひ改むまじ】 大島本は「思ひあらたむまし」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「思ひ改むまじき」と「き」を補訂し連体形に改める。『新大系』は底本のままとする。『集成』は「以下「後見きこえむ」まで、薫の言葉をそのまま伝える体」と注す。
2.4.5 注釈280 【となむ聞こえたまふ】 主語は薫。
2.4.5 注釈281 【いみじき御心尽くしてかしづききこえさせたまはむに】 大島本は「きこえさせ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「きこえ」と「させ」を削除する。『新大系』は底本のままとする。『集成』は「大層ご熱心に奔走あそばしてご結婚のお計らいをあそばされましょうとも」。『完訳』は「格別大事にお世話申し上げていらっしゃる場合でも」と訳す。下文に「さし集ひたまはざらまし」とある反実仮想の構文。
2.4.6 注釈282 【たつきなげなる御ありさま】 『完訳』は「弁はあえて宮家の生活の窮乏にふれる」と注す。「たつき」の読みについて、『集成』は「たつき」。『完訳』は「たづき」。『岩波古語辞典』には「中世、タツギ・タツキとも」。
2.4.6 注釈283 【後の御心は知りがたけれど】 挿入句。『完訳』は「婿君の将来の気持は分らぬが。男の心変りもありうるという一般的な判断を、挿入させた文脈」と注す。
2.4.7 注釈284 【故宮の御遺言】 『集成』は「「おぼろけのよすがならで、--この山里をあくがれたまふな。ただかう人に違じたる契り異なる身とおぼしなして--」とあった(椎本)」と注す。
2.4.7 注釈285 【それは、さるべき人のおはせず】 『集成』は「それは、お家柄にふさわしい殿方がいらっしゃらず、身分の釣合わぬ縁組でもなさりはせぬかと(父宮が)ご心配あそばして」。『完訳』は「宮家の婿にふさわしい人」と注す。
2.4.7 注釈286 【戒めきこえさせたまふめりしにこそ】 係助詞「こそ」の下に「あれ」などの語句が省略。
2.4.8 注釈287 【この殿の】 『集成』は「このお殿様が。薫のこと。もはや、主人といった呼び方」。『完訳』は「「殿」の呼称に注意。薫を邸の主人格に呼ぶ」と注す。
2.4.8 注釈288 【一所をうしろやすく見おきたてまつりて、いかにうれしからまし】 「一所」は姉妹のうちの一人。推量の助動詞「まし」反実仮想の意。
2.4.8 注釈289 【のたまはせし】 主語は故八宮。
2.4.8 注釈290 【ほどほどにつけて、思ふ人に後れたまひぬる人は、高きも下れるも】 一般論として、親に先立たれた娘が不本意な結婚をする例の多いことをいう。
2.4.9 注釈291 【あながちにもて離れさせたまうて】 『集成』は「取り付くしまもなくお断り申しなさって」。『完訳』は「あなたが勝手に振り切って。大君の「昔より思ひ離れ--」への反論。「行ひの本意」もそこから出た言葉」と注す。
2.4.9 注釈292 【さりとて雲霞をやは】 『対校』は「背くとて雲には乗らぬものなれど世の憂きことぞよそになるてふ」(古今六帖二、尼・伊勢物語)を指摘。『集成』は「仙人のような暮しもなるまい、の意」。『完訳』は「出家しても衣食の心配は必要」と注す。

第五段 大君、中の君を残して逃れる

2.5.1 注釈293 【中の宮も、あいなくいとほしき御けしきかなと】 『完訳』は「中の宮も姉君を、なんとも不本意なおいたわしいご様子よと」と訳す。
2.5.1 注釈294 【うしろめたく】 大君の不安な気持ち。
2.5.1 注釈295 【いかにもてなさむ、と】 『集成』は「(大君は)気がかりで、弁などが何をするだろうと、不安にお思いになるが。薫を導き入れるかもしれないと不安を覚える」。『完訳』は「自分(大君)がどう対処したものか。一説に、弁が何をするのか」と注す。
2.5.1 注釈296 【をかしき御衣、上にひき着せたてまつりたまひて】 大君が中君に。『完訳』は「中の君の身体に。薫が忍び込んだら、妹を美しく見せ、自らは逃れるつもり」と注す。
2.5.1 注釈297 【まだけはひ暑きほどなれば】 八月下旬であるが残暑が残っている。
2.5.1 注釈298 【すこしまろび退きて臥したまへり】 『集成』は「少し離れて横におなりになった。「まろびのく」は、前出催馬楽の言葉を用いる」。『完訳』は「寝返りする意」と注す。
2.5.2 注釈299 【いかなれば、いとかくしも】 以下「思ひ知りたまへるにや」まで、薫の心中の思い。
2.5.2 注釈300 【いとどわが心通ひておぼゆれば】 『完訳』は「道心を身上とする薫の心に」と注す。
2.5.3 注釈301 【さらば、物越などにも】 以下「忍びてたばかれ」まで、薫の弁への詞。
2.5.4 注釈302 【心して、人疾く静めなど】 主語は弁。『集成』は「気をつけて、ほかの女房たちを早く寝静まらせたりして」と注す。
2.5.5 注釈303 【人の忍びたまへる振る舞ひ】 『完訳』は「「人」は薫。以下、「思ひけるに」あたりまで、薫を寝所に導く弁に即した叙述」と注す。
2.5.5 注釈304 【え聞きつけたまはじ】 主語は大君。
2.5.6 注釈305 【同じ所に大殿籠もれるを】 『集成』は「以下「--見たてまつり知りたまへらむ」まで、弁の心中」と注す。
2.5.6 注釈306 【ほかほかにともいかが聞こえむ】 今夜は別々にお寝みになるようにと、どうして言えようか。反語表現。弁の内省。
2.5.6 注釈307 【御けはひをも、たどたどしからず見たてまつり知りたまへらむ】 薫は大君の感じをはっきりと知っているだろうから、姉妹を取り違えることはあるまい。
2.5.6 注釈308 【うちもまどろみたまはねば】 主語は大君。
2.5.6 注釈309 【ふと聞きつけたまて】 大島本は「たまて」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「たまひて」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
2.5.7 注釈310 【いといとほしく】 『集成』は「以下、大君の心中の思いと動作を交互に書く」と注す。
2.5.7 注釈311 【いかにするわざぞと】 『集成』は「どうしたらよいのだろうと」。『完訳』は「弁らがどうするのだろうと」と訳す。
2.5.7 注釈312 【ともに隠れなばや】 大君の心中。中君と一緒に隠れたい。
2.5.7 注釈313 【いかにおぼえたまはむ】 大君の心中。中君の心中を察する。
2.5.8 注釈314 【あらましごとにてだに】 以下「思し疎まむ」まで、大君の心中。『集成』は「将来の心積りとして話しただけでも、ひどいと思っていらっしゃったのに」と訳す。中君に薫との結婚を勧めたことをさす。
2.5.8 注釈315 【今はとて山に登りたまひし夕べの御さまなど】 故父宮が山寺に入った夕べの最後の姿。

第六段 薫、相手を中の君と知る

2.6.1 注釈316 【心しけるにや】 薫の心中。『集成』は「薫を迎える積りで、大君を一人にさせたのかと思う」。『完訳』は「大君が自分を迎えてくれたと欣喜」と注す。
2.6.1 注釈317 【やうやうあらざりけりと見る】 『集成』は「以下、敬語抜きで薫の心中に密着した書き方」。『完訳』は「以下、薫の目と心に即した行文。敬語の用いられない点に注意したい」と注す。
2.6.2 注釈318 【あさましげにあきれ惑ひたまへるを】 主語は中君。
2.6.2 注釈319 【げに、心も知らざりける】 薫の納得する気持ち。
2.6.2 注釈320 【これをもよそのものとはえ思ひ放つまじけれど】 大島本は「思はなつ」とある。『完本』は諸本に従って「思ひはつ」と「な」を削除する。『集成』『新大系』は底本のままとする。中君を他人のものとはしたくない。『完訳』は「薫は中君にも執心」と注す。
2.6.3 注釈321 【うちつけに】 以下「異人のやうにやは」まで、薫の心中。
2.6.3 注釈322 【宿世逃れずは】 『完訳』は「中の君と結ばれる宿世だとしても、姉の大君と同じに思おう」と注す。
2.6.4 注釈323 【例の】 『完訳』は「昨夜と同様、実事のない逢瀬」と注す。
2.6.6 注釈324 【中の宮、いづこにか】 以下「あやしきわざかな」まで、老女の詞。
2.6.8 注釈325 【さりとも、あるやうあらむ】 老女の詞。
2.6.10 注釈326 【おほかた例の】 以下「憑きたてまつりたらむ」まで、老女の詞。
2.6.10 注釈327 【などて、いともて離れては】 『集成』は以下を老女の詞とする。
2.6.10 注釈328 【恐ろしき神ぞ、憑きたてまつりたらむ】 大君に取り憑く。『細流抄』に「世俗の諺に嫁すべき時過ぎぬれば神のつくと也」とある。『河海抄』は「玉葛実ならぬ樹にはちはやぶる神そつくとふならぬ樹ごとに」(万葉集巻二、一〇一)を指摘。
2.6.12 注釈329 【あな、まがまがし】 以下「思ひきこえたまひてむ」まで老女の詞。
2.6.12 注釈330 【なぞのものか憑かせたまはむ】 反語表現。何の憑き物もついてない。
2.6.12 注釈331 【つきづきしげにもてなしきこえたまふ人】 母親などをさす。
2.6.12 注釈332 【思さるるにこそ】 「るる」自発の助動詞。係助詞「こそ」の下に「あれ」などの語句が省略。
2.6.12 注釈333 【見たてまつり馴れたまひなば】 大君が薫に。
2.6.12 注釈334 【思ひきこえたまひてむ】 大君が薫をお慕い申されるだろう。完了の助動詞「て」確述の意、きっと--するだろう、のニュアンス。
2.6.14 注釈335 【とくうちとけて、思ふやうにておはしまさなむ】 女房の詞。終助詞「なむ」他に対するあつらえの気持ち。
2.6.16 注釈336 【逢ふ人からにもあらぬ秋の夜なれど】 『源氏釈』は「長しとも思ひぞはてぬ逢ふ人からの秋の夜なれば」(古今集恋三、六三六、凡河内躬恒)を指摘。
2.6.16 注釈337 【いづれと分くべくもあらずなまめかしき御けはひ】 大君と中君。区別のつかないほど共に優美な姿。
2.6.17 注釈338 【あひ思せよ】 以下「見習ひたまふなよ」まで、薫の詞。姉君のように振舞いなさるな、の意。
2.6.18 注釈339 【後瀬を契りて出でたまふ】 後の逢瀬を約束して。『異本紫明抄』は「若狭なる後瀬の山の後も逢はむわが思ふ人に今日ならずとも」(古今六帖二、国)を指摘。「後瀬山」は若狭の国の歌枕。
2.6.18 注釈340 【我ながらあやしく夢のやうにおぼゆれど】 『集成』は「逢いながら逢わぬ中の君との出会いのこと」。『完訳』は「実事のない逢瀬の複雑な思い」と注す。
2.6.18 注釈341 【つれなき人】 大君。
2.6.18 注釈342 【例の、出でて臥したまへり】 大君邸における薫の習慣化した動作。

第七段 翌朝、それぞれの思い

2.7.1 注釈343 【弁参りて】 『完訳』は「薫と入れ替りに、弁が現れる」と注す。
2.7.2 注釈344 【いとあやしく、中の宮は、いづくにかおはしますらむ】 弁の詞。
2.7.3 注釈345 【いと恥づかしく思ひかけぬ御心地に】 中君の気持ち。
2.7.3 注釈346 【いかなりけむことにか】 中君の心中。昨夜の薫との出来事。
2.7.3 注釈347 【昨日のたまひしことを】 昨日大君が中君に薫との結婚話を勧めたこと。
2.7.3 注釈348 【つらしと】 『集成』は「ひどいお方と」。『完訳』は「うらめしく」と訳す。
2.7.4 注釈349 【壁の中のきりぎりす這ひ出でたまへる】 『河海抄』は「季夏蟋蟀壁ニ居ル」(礼記、月令)を指摘。壁の側に隠れていた大君を漢籍の故事にちなんで蟋蟀に譬える。
2.7.4 注釈350 【思すらむこと】 中君が大君を恨んでいるだろうこと。
2.7.5 注釈351 【ゆかしげなく】 以下「あらぬ世にこそ」まで、大君の心中の思い。『完訳』は「姉妹ともに薫から顔をあらわに見られ、奥ゆかしげもなく、情けないことだ、の意」と注す。
2.7.5 注釈352 【心ゆるびすべくもあらぬ世にこそ】 大島本は「心ゆるい」とある。『集成』は「い」を「ひ」のウ音便形とみて「心ゆるび」と整定する。『完本』は底本のまま「心ゆるい」とする。「心許し」のイ音便形とみる。『新大系』は本行本文「心ゆるい」、傍記「ひ」と整定、すなわち「心ゆるひ」であるとする。『集成』は「女房たちへの不信と警戒心」と注す。
2.7.7 注釈353 【あなたに参りて】 薫のいる西廂の間へ。
2.7.7 注釈354 【あさましかりける御心強さを】 大君の強情さ。
2.7.8 注釈355 【来し方のつらさは】 以下「漏らしたまふな」まで、薫の弁への詞。
2.7.8 注釈356 【今宵なむ】 朝になってから言っているので、正確には昨夜の出来事をさす。
2.7.8 注釈357 【身も投げつべき心地】 『源氏釈』は「頼め来る君しつらくは四方の海に身も投げつべき心地こそすれ」(馬内侍集)を指摘。
2.7.8 注釈358 【捨てがたく落としおきたてまつりたまへりけむ心苦しさを】 『完訳』は「亡き父宮が姫君たちを残していかれた気持のおいたわしさを思うと、わが身も捨てられぬ意。自分は遺託をうけたのにと脅迫めく」と注す。
2.7.8 注釈359 【いづ方にも】 大君と中君のどちらにも。
2.7.9 注釈360 【宮などの、恥づかしげなく聞こえたまふめるを】 匂宮が。『完訳』は「以下、結婚をするなら身分の高い匂宮を望むのか、のいやみ」と注す。
2.7.10 注釈361 【例よりも急ぎ出でたまひぬ】 『完訳』は「普通の後朝の別れよりも早々に。腹立たしさを見せつける趣」と注す。
2.7.10 注釈362 【誰が御ためもいとほしく】 薫にも大君にも。

第八段 薫と大君、和歌を詠み交す

2.8.1 注釈363 【姫君も】 大島本は「ひめきミも」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「姫宮も」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
2.8.1 注釈364 【いかにしつることぞ】 以下「ものしたまはば」まで、大君の心中の思い。
2.8.1 注釈365 【おろかなる心も】 薫が中君を疎略に扱う心、の意。
2.8.1 注釈366 【すべて、うちあはぬ人びとのさかしら】 『集成』は「やることなすことちぐはぐな女房たちのお節介」と注す。
2.8.1 注釈367 【御文あり】 後朝の文。
2.8.1 注釈368 【かつはあやし】 語り手の批評。『集成』は「考えてみれば、おかしなこと。草子地。本来は薫の懸想を迷惑がっている大君なのに、という気持」と注す。
2.8.2 注釈369 【おなじ枝を分きて染めける山姫に--いづれか深き色と問はばや】 薫から大君への贈歌。大君を「山姫」という。反語表現。自分の気持ちはもともと大君のほうにあるという意。『異本紫明抄』は「同じ枝を分きて木の葉のうつろふは西こそ秋の初めなりけれ」(古今集秋下、二五五、藤原勝臣)を指摘。
2.8.3 注釈370 【おし包みたまへるを】 包み文。『集成』は「恋文ならば結び文にする」と注す。
2.8.3 注釈371 【そこはかとなくもてなしてやみなむとなめり】 大君の推測。昨夜の中の君との一件をうやむやに済ませてしまうらしい。
2.8.3 注釈372 【見たまふも】 主語は大君。
2.8.4 注釈373 【御返り】 女房たちの詞。返事の催促。
2.8.4 注釈374 【聞こえたまへ】 大君の中君への詞。中君が書くように促す。
2.8.5 注釈375 【山姫の染むる心はわかねども--移ろふ方や深きなるらむ】 大君の返歌。中君のほうに心を寄せているのでしょう、という意。
2.8.6 注釈376 【をかしく見えければ】 主語は薫。大君の返歌を興趣ありと見た。
2.8.7 注釈377 【身を分けてなど】 以下「棚無し小舟めきたるべし」まで、薫の心中の思い。
2.8.7 注釈378 【つれなからむも】 中君に対して気持ちが移らないのも。
2.8.7 注釈379 【はじめの思ひ】 薫の大君思慕。
2.8.8 注釈380 【老い人の思はむところも軽々しく】 『完訳』は「薫は弁に大君思慕を強調してきただけに、中の君との一件を知られては不都合と思う」と注す。
2.8.8 注釈381 【心を染めけむだに悔しく】 大君を思慕したことさえ後悔される。
2.8.8 注釈382 【人笑へなる】 大島本は「人わつらへなる」とある。大島本の「つ」は衍字であろう。『集成』『完本』『新大系』は「人笑へなる」と校訂する。
2.8.8 注釈383 【棚無し小舟めきたるべし】 『源氏釈』は「堀江漕ぐ棚無し小舟漕ぎ返り同じ人にや恋ひわたりなむ」(古今集恋四、七三二、読人しらず)を指摘。
2.8.9 注釈384 【兵部卿宮の御方に参りたまふ】 六条院にある匂宮の曹司に。

第三章 中の君の物語 中の君と匂宮との結婚


第一段 薫、匂宮を訪問

3.1.1 注釈385 【三条宮焼けにし後は、六条院にぞ移ろひたまへれば】 三条宮邸が焼失したことは「椎本」巻に語られていた。
3.1.1 注釈386 【同じ花の姿も】 大島本は「おなし」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「同じき」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
3.1.1 注釈387 【思ひつるもしるく】 薫が想像していた通り。風流好みの匂宮は有明の月を愛でるために起きてきた。
3.1.2 注釈388 【ふとそれとうち驚かれて】 主語は匂宮。すぐに薫と気がついて。
3.1.3 注釈389 【階を昇りも果てず】 主語は薫。寝殿の庭から簀子に昇る階段。
3.1.3 注釈390 【ついゐたまへれば】 『完訳』は「挨拶のため、臣下の薫は親王に対して、卑下の態度をとる」と注す。
3.1.3 注釈391 【なほ、上に】 匂宮の詞。
3.1.3 注釈392 【高欄によりゐたまひて】 主語は匂宮。
3.1.3 注釈393 【かのわたりのことをも】 宇治の姉妹のことをさす。
3.1.3 注釈394 【よろづに恨みたまふも、わりなしや】 『集成』は「以下、地の文から自然に薫の心中の思いに移る書き方」。『完訳』は「中の君を取り持つ薫の尽力が足りぬと恨むのは、困ったもの。以下、薫の心中叙述へと転移」と注す。
3.1.3 注釈395 【さもおはせなむ】 薫は中君を匂宮に結びつけ大君を自分のものしたいと考えている。
3.1.3 注釈396 【あるべきさまなど】 『完訳』は「宮を中の君に導く手だてなど」と注す。
3.1.4 注釈397 【山里のあはれなるありさま思ひ出でたまふにや】 語り手が匂宮の心中を推測した挿入句。
3.1.5 注釈398 【このころのほどは、かならず後らかしたまふな】 大島本は「ほとハ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「ほどに」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。匂宮の詞。
3.1.7 注釈399 【女郎花咲ける大野をふせぎつつ--心せばくやしめを結ふらむ】 匂宮の詠歌。宇治の姉妹を女郎花に譬える。推量の助動詞「らむ」は原因推量。
3.1.9 注釈400 【霧深き朝の原の女郎花--心を寄せて見る人ぞ見る】 夕霧の返歌。「朝の原」は大和国の歌枕。『集成』は「人の見ることや苦しき女郎花秋霧にのみ立ち隠るらむ」(古今集秋上、二三五、壬生忠岑)を指摘。
3.1.12 注釈401 【あな、かしかまし】 『花鳥余情』は「秋の野になまめき立てる女郎花あなかしかまし花もひと時」(古今集雑体、一〇一六、僧正遍昭)を指摘。『集成』は「「花もひと時」(盛りも過ぎてしまいますよ)の意を言外にきかす」と注す。
3.1.13 注釈402 【年ごろかくのたまへど】 『集成』は「匂宮が、もう何年も宇治の姫君たちにご執心のよしを仰せになるが。二年前、薫が初めて、姉妹のことを語って以来である」と注す。
3.1.13 注釈403 【人の御ありさまを】 中君の様子。
3.1.13 注釈404 【容貌なども】 以下「たまふまじかめり」あたりまで、薫の心中に沿った叙述。
3.1.13 注釈405 【かの、いとほしく】 以下「恨みをも負はじ」まで、薫の心中に沿った叙述。
3.1.13 注釈406 【思ひたばかりたまふありさまも】 大君が逃げて中君を薫にと考えたことをさす。
3.1.13 注釈407 【さはたえ思ひ改むまじくおぼゆれば】 大君の思惑どおり中君に乗り換えることもできない。
3.1.13 注釈408 【譲りきこえて】 中君を匂宮に譲って。
3.1.13 注釈409 【いづ方の恨みをも】 大君と中君の恨み。
3.1.14 注釈410 【例の】 以下「心苦しかるべけれ」まで、薫の詞。
3.1.16 注釈411 【よし、見たまへ】 以下「まだなかりける」まで、匂宮の詞。
3.1.18 注釈412 【かの心どもには、さもやと】 以下「こそはべるや」まで、薫の詞。宇治の姉妹は匂宮と結婚しようとは思っていない、といなす。
3.1.18 注釈413 【宮仕へにこそ】 大島本は「ミやつかへにこそ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「宮仕へにぞ」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
3.1.19 注釈414 【おはしますべきやうなど】 宇治へお出向きになる時の注意を。

第二段 彼岸の果ての日、薫、匂宮を宇治に伴う

3.2.1 注釈415 【二十八日の、彼岸の果てに】 大島本は「廿八日」とある。『集成』は御物本・肖柏本・三条西家本等に従って「二十六日」と校訂する。『完本』『新大系』は底本のままとする。八月二十八日の秋の彼岸の終りの日。
3.2.1 注釈416 【后の宮など】 明石中宮。
3.2.1 注釈417 【さりげなくともて扱ふも、わりなくなむ】 『集成』は「薫の気持と地の文を重ねた書き方」と注す。
3.2.2 注釈418 【舟渡りなども所狭ければ】 宇治八宮の山荘は川の手前。夕霧の山荘は対岸にあるが、それは利用せずに、その近辺の荘園の管理人の家に泊まって、そこから宇治の姉妹のもとに訪れる計画。
3.2.2 注釈419 【下ろしたてまつりたまひて、おはしぬ】 匂宮を車から下ろして管理人の家に留めおいて、まず薫だけが故八宮邸に来た。
3.2.2 注釈420 【見とがめたてまつるべき人も】 『集成』は「(匂宮を同行しても)お見咎め申すような人もいないけれど。警護の手薄のさま」。『完訳』は「同行する匂宮に気づく人も」と注す。
3.2.2 注釈421 【宿直人はわづかに出でてありくにも、けしき知らせじとなるべし】 『岷江入楚』は「草子地歟」。『全集』は「薫が匂宮と別行動をとった理由を述べる」と注す。
3.2.3 注釈422 【中納言殿おはします】 宿直人の詞。
3.2.3 注釈423 【移ろふ方異に匂はしおきてしかば】 大君の心中の思い。『集成』は「中の君に心移ったはずと、それとなく言っておいたから」。『完訳』は「いつぞやも、中の宮ののほうにお気持を変えていただくよう、それとなく申しておいたことだから」と訳す。
3.2.3 注釈424 【思ふ方異なめりしかば、さりとも】 中君の心中の思い。薫の目当ては自分ではないらしい、大君のほうだから安心だ、の意。
3.2.4 注釈425 【何やかやと御消息のみ聞こえ通ひて】 『集成』は「大君は、直接対面しない様子」と注す。
3.2.5 注釈426 【宮をば、御馬にて、暗き紛れにおはしまさせたまひて】 匂宮を暗くなってから馬で来るように導いた。
3.2.6 注釈427 【ここもとに】 以下「導きたまひてむや」まで、薫の詞。「ここもと」は大君をさす。
3.2.6 注釈428 【思し放つさま】 大君が薫を避けたことをさす。
3.2.6 注釈429 【ひたや籠もり】 『集成』は「何のご挨拶もなくてはすまされぬ思いですので」と注す。
3.2.6 注釈430 【ありしさまには】 『完訳』は「先夜のように。中の君のもとにも導いてほしいが、その前に大君に了解を得たい、とする気持」と注す。
3.2.7 注釈431 【いづ方にも同じことに】 弁の心中の思い。薫が大君と結ばれるにせよ中君と結ばれるにせよ、宮家にとっては同じことだと思う。中君のもとに匂宮を手引しようとする薫の魂胆に、弁は気づいていない。
3.2.7 注釈432 【こそは」など】 大島本は「こそハなと」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「こそはと」と「な」を削除する。『新大系』は底本のままとする。

第三段 薫、中の君を匂宮にと企む

3.3.1 注釈433 【さればよ、思ひ移りにけり】 大君の心中。薫は中君に心が移ったと思う。
3.3.1 注釈434 【かの入りたまふべき道にはあらぬ廂の障子を、いとよくさして、対面したまへり】 中君の部屋へ通じる障子だけを残して他は厳重に施錠。『完訳』は「後で薫が中の君の部屋に自由に入れるようにしておいて、自らは廂の襖越しに薫と対面する」と注す。
3.3.2 注釈435 【一言聞こえさすべきが】 以下「いといぶせし」まで、薫の詞。
3.3.2 注釈436 【人聞くばかりののしらむは】 襖障子を隔てての対面なので、大きな声を出さねばならない。
3.3.3 注釈437 【聞こえさせたまへど】 大島本は「きこえさせ給へと」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「聞こえたまへど」と「させ」を削除する。『新大系』は底本のままとする。
3.3.4 注釈438 【いとよく聞こえぬべし】 大君の詞。
3.3.5 注釈439 【今はと移ろひなむを】 以下「夜も更かさじ」まで、大君の心中。
3.3.5 注釈440 【ただならじと】 『完訳』は「薫はいよいよ妹に心移るので、挨拶なしには不都合と思って言うのだろう」と注す。大君も薫の魂胆を知らない。
3.3.5 注釈441 【人憎くいらへで、夜も更かさじ】 『集成』は「無愛想に返事もしないで、夜を更かすようなことはすまい。こころよく応対して、早く中の君のもとへ行かせようという算段」と注す。
3.3.5 注釈442 【かばかりも】 襖のもとまで出てきた。
3.3.5 注釈443 【いとうたてもあるわざかな。何に聞き入れつらむ】 大君の心中の思い。後悔の念。
3.3.5 注釈444 【こしらへて出だしてむ】 大君の心中の思い。薫を中君のほうに行かせようとする。
3.3.5 注釈445 【異人と思ひわきたまふまじきさまに】 妹を自分同様に、の意。
3.3.5 注釈446 【いとあはれなり】 『集成』は「薫の気持と地の文を重ねた書き方」と注す。語り手の評言。
3.3.6 注釈447 【宮は、教へきこえつるままに】 匂宮は薫が教えたとおりに。
3.3.6 注釈448 【一夜の戸口に】 先夜、薫が忍び込んだ戸口。
3.3.6 注釈449 【弁も参りて】 大島本は「弁も」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「弁」と「も」を削除する。『新大系』は底本のままとする。
3.3.6 注釈450 【さきざきも馴れにける道のしるべ、をかしと思しつつ】 『集成』は「物馴れた弁の様子に、匂宮は、度々薫を大君のもとに案内したことを想像する」と注す。
3.3.6 注釈451 【こしらへ入れてむ】 大君の思い。既に匂宮が入っていったのを知らずに薫を言いなだめて中君の部屋に入れようと思う。
3.3.7 注釈452 【をかしくもいとほしくもおぼえて】 薫は何も知らない大君をおかしくもお気の毒にも思う。
3.3.8 注釈453 【宮の慕ひたまひつれば】 以下「なりはべりぬべきかな」まで、薫の詞。
3.3.8 注釈454 【このさかしだつめる人や】 利口ぶった女房。弁をさす。
3.3.8 注釈455 【語らはれ】 「れ」受身の助動詞。頼み込まれて。
3.3.8 注釈456 【中空に人笑へにもなりはべりぬべきかな】 大君には嫌われ、中君は匂宮に取られて、中途半端で世間の物笑いになってしまいそうだ、の意。
3.3.10 注釈457 【かく、よろづに】 以下「思しあなづるにこそは」まで、大君の詞。今まで薫を信頼していたことを後悔。

第四段 薫、大君の寝所に迫る

3.4.1 注釈458 【今は言ふかひなし】 以下「思しなむや」まで、薫の詞。
3.4.1 注釈459 【やむごとなき方に思しよるめるを】 高貴な方をお考えのようだが。暗に匂宮をさす。厭味な言い方。前にもあった。
3.4.1 注釈460 【かの御心ざしは異にはべりけるを】 匂宮のお目当ては別の方、中君にあったという。
3.4.1 注釈461 【かなはぬ身こそ】 薫自身をいう。大君との恋が叶わぬ。
3.4.2 注釈462 【なほ、いかがはせむに思し弱りね】 やはりどうすることもできないのだからお諦めなさい、の意。
3.4.2 注釈463 【この御障子の固め】 大島本は「みさうし」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「障子」と「御」を削除する。『新大系』は底本のままとする。
3.4.2 注釈464 【まことにもの清く推し量りきこゆる人も】 『完訳』は「あなたと私の間に実事がなかったとは、誰も思うまい、の意」と注す。
3.4.2 注釈465 【しるべと誘ひたまへる人の御心にも】 私を案内人に誘った方、匂宮の御心中。
3.4.2 注釈466 【思しなむや」--とて】 反語表現。匂宮もそうお思いであるまい。
3.4.3 注釈467 【こしらへむと思ひしづめて】 『集成』は「とにかくなだめすかそうとして」と訳す。
3.4.4 注釈468 【こののたまふ筋、宿世】 大島本は「すちすくせ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「宿世」とし「すち」を削除する。『新大系』は底本のままとする。以下「許したまへ」まで、大君の詞。
3.4.4 注釈469 【知らぬ涙のみ霧りふたがる心地して】 『弄花抄』は「行先を知らぬ涙の悲しきはただ目の前に落つるなりけり」(後撰集、離別羇旅、一三三四、源済)を指摘。
3.4.4 注釈470 【をこめきて】 大島本は「おこめきて」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「ことさらにをこめきて」と「ことさらに」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
3.4.4 注釈471 【作り出でたるもののたとひ】 『完訳』は「男にだまされた愚かな女の話の例。昔物語には多かったらしい」と注す。
3.4.4 注釈472 【なりぬべかめれ】 大島本は「なりぬ/かめれ」(/は改行)とあるが、「へ」の脱字であろう。「なりぬべかめれ」と補訂する。
3.4.4 注釈473 【推し量りたまはむ】 主語は匂宮。『集成』は「あなたらしくないと、感心されないでしょう」と注す。
3.4.5 注釈474 【心より外にながらへば】 仮定構文。『集成』は「心ならずも生き永らえていましたら。今宵の出来事のあまりの悲しさに死にそうですが、の含意」と注す。
3.4.5 注釈475 【許したまへ】 手をお放しください、の意。
3.4.6 注釈476 【さすがにことわりをいとよくのたまふが】 『集成』は「それどもやはり物の道理をことわけておっしゃる大君の態度が、気恥ずかしくいじらしく思えて。「気はづかし」は相手の立派さに気後れすること」と注す。
3.4.7 注釈477 【あが君】 以下「おぼえぬ」まで、薫の詞。
3.4.7 注釈478 【かくまでかたくなしくなりはべれ】 『集成』は「大君に拒まれるまでいることをいう」と注す。
3.4.7 注釈479 【いとど世に跡とむべくなむおぼえぬ】 『集成』は「いよいよこの世に生きてゆく気はなくなりました。大君の「心よりほかにながらへば--」に応じる」。『完訳』は「生きてゆく望みを失った意。大君の「心より外にながらえば」に応じた。現世離脱が薫の本願」と注す。
3.4.7 注釈480 【さらば】 以下「うち捨てさせたまひそ」まで、薫の詞。
3.4.7 注釈481 【聞こえさせむ】 改まった丁重な謙譲表現で言う。
3.4.8 注釈482 【許したてまつりたまへれば】 大君のお袖を放してお上げになると。
3.4.8 注釈483 【さすがに、入りも果てたまはぬを】 『完訳』は「一方では、薫の哀願に憐憫の情が起り、冷たく突き放せない」と注す。
3.4.9 注釈484 【かばかりの】 以下「ゆめゆめ」まで、薫の詞。
3.4.9 注釈485 【ゆめ、ゆめ】 けっしてこれ以上無体な行動には出ません、という気持ちの表明。
3.4.10 注釈486 【夜半のあらしに、山鳥の心地して】 『河海抄』は「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む」(拾遺集恋三、七七八、人麿)を指摘。『花鳥余情』は「逢ふことは遠山鳥のめもあはずて今夜あかしつるかな」(出典未詳)を指摘。「夜半の嵐」は歌語。

第五段 薫、再び実事なく夜を明かす

3.5.1 注釈487 【例の、明け行くけはひに】 『完訳』は「「例の」と、実事なき逢瀬が、習慣的に繰り返される気持」と注す。
3.5.1 注釈488 【いぎたなくて出でたまふべきけしきもなきよ」と】 『完訳』は「薫の心中。思いを遂げえなかった薫は、中の君と結ばれて眠りほうけている匂宮が腹立たしい」と注す。
3.5.1 注釈489 【心やましく、声づくりたまふも、げにあやしきわざなり】 『全集』は「語り手の薫に対するからかい」。『集成』は「草子地」。『完訳』は「自らの案内なのに、匂宮の成功に不機嫌とは妙。語り手の評」と注す。
3.5.2 注釈490 【しるべせし我やかへりて惑ふべき--心もゆかぬ明けぐれの道】 薫の詠歌。『花鳥余情』は「明けぐれの空にぞ我はまよひぬる思ふ心のゆかぬまにまに」(拾遺集恋二、七三六、源順)を指摘。
3.5.3 注釈491 【かかる例、世にありけむや】 歌に添えた詞。大君の「昔物語などに--」に応じた言い方。
3.5.5 注釈492 【かたがたにくらす心を思ひやれ--人やりならぬ道に惑はば】 大君の返歌。「くれ」「まどふ」の語句を用いて返す。「かたがた」は自分と妹中君をさす。
3.5.7 注釈493 【いかに、こよなく】 以下「わりなうこそ」まで、薫の詞。
3.5.8 注釈494 【昨夜の方より出でたまふなり】 主語は匂宮。「なり」伝聞推定の助動詞。語り手の臨場感ある表現。
3.5.8 注釈495 【艶なる御心げさうには】 『集成』は「はなやかな折のお心用意とて」。『完訳』は「色めかしい逢瀬にのぞむお心用意から」と訳す。
3.5.8 注釈496 【さりとも悪しざまなる御心あらむやは】 老女房たちの思い。反語表現。薫は悪いようにはなさるまい。
3.5.9 注釈497 【道のほども、帰るさはいとはるけく思されて】 『源氏釈』は「帰るさの道やは変はる変はらねど解くるに惑ふ今朝の淡雪」(後拾遺集恋二、六七一、藤原道信)を指摘。
3.5.9 注釈498 【夜をや隔てむ】 『源氏釈』は「若草の新手枕をまきそめて夜をや隔てむ憎からなくに」(古今六帖五、一夜隔てたる)を指摘。
3.5.9 注釈499 【思ひ悩みたまふなめり】 語り手の匂宮の心中推測。
3.5.9 注釈500 【廊に御車寄せて降りたまふ】 中門の渡廊に車を寄せて降りる。
3.5.9 注釈501 【皆笑ひたまひて】 匂宮と薫をさす。
3.5.10 注釈502 【おろかならぬ宮仕への御心ざしとなむ思ひたまふる】 薫の詞。『集成』は「中の君に対する匂宮の熱意をひやかす」と注す。
3.5.11 注釈503 【をこがましさも】 大島本は「おこかましさも」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「をこがましさを」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
3.5.11 注釈504 【いと妬くて、愁へもきこえたまはず】 接続助詞「て」順接、原因理由を表す。『集成』は「いかにもしゃくなので、愚痴もお聞かせ申さない」。『完訳』は「まったくいまいましく思うので、愚痴を申し上げるお気持にもならない」と訳す。

第六段 匂宮、中の君へ後朝の文を書く

3.6.1 注釈505 【いつしかと】 『集成』は「お帰り早々に」と注す。
3.6.1 注釈506 【御文】 後朝の文。
3.6.1 注釈507 【さまざまに】 以下「出だしたまはざりけるよ」まで、中君の心中の思い。『集成』は「昨夜の件を、大君も薫と心を合せてのことと思う」と注す。
3.6.1 注釈508 【知らざりしさまをも】 主語は大君。『完訳』は「大君は、自分の知らなかった事情も弁明できず。もともと中の君と薫を予告なしに逢わせよう思っていたので、やましさが残る」と注す。
3.6.2 注釈509 【いかにはべりしことにか】 女房の詞。
3.6.2 注釈510 【頼もし人のおはすれば】 女房たちが頼りとする人、大君。
3.6.2 注釈511 【御文もひき解きて見せたてまつりたまへど】 主語は大君。匂宮からの後朝の文を開いて見せてあげる。母親代わりの心遣い。
3.6.2 注釈512 【いと久しくなりぬ】 使者の詞。返事に手間どる、の意。
3.6.3 注釈513 【世の常に思ひやすらむ露深き--道の笹原分けて来つるも】 匂宮から中君への贈歌。『完訳』は「霧ふかき--」に恋の苦衷を訴える。後朝の歌の常套的表現」と注す。
3.6.4 注釈514 【おほかたにつけて見たまひしは】 主語は大君。過去の助動詞「し」、かつて妹の中君に対して贈られてきた手紙も一般のお付き合いとして御覧になっていた時は、の意。
3.6.4 注釈515 【をかしく】 大島本は「おかしく」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「をかしう」とウ音便化する。『新大系』は底本のままとする。
3.6.4 注釈516 【うしろめたく】 大島本は「うしろめたく」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「をかしう」とウ音便化する。『新大系』は底本のままとする。
3.6.4 注釈517 【我さかし人にて聞こえむも】 こうした後朝の文への返書の作法を教えるのは、母親や乳母の役。
3.6.5 注釈518 【紫苑色の細長一襲】 大君方から婚儀の労を果たした使者への禄。大君は中君と匂宮の正式な結婚として扱う。
3.6.5 注釈519 【例たてまつれたまふ上童なり】 この殿上童は「椎本」巻にも登場。
3.6.5 注釈520 【ことさらに、人にけしき漏らさじと思しければ】 匂宮の心中の思い。内密に考えていた。正式な結婚とは思っていなかった。
3.6.5 注釈521 【昨夜のさかしがりし老い人のしわざなりけり】 匂宮の心中の思い。大君のしわざとは知らない。
3.6.5 注釈522 【ものしくなむ、聞こしめしける】 匂宮の反応。

第七段 匂宮と中の君、結婚第二夜

3.7.1 注釈523 【その夜も、かのしるべ誘ひたまへど】 次の夜。結婚第二夜に当たる。匂宮は薫を誘う。
3.7.1 注釈524 【冷泉院に】 以下「ことはべれば」まで、薫の詞。
3.7.1 注釈525 【とまりたまひぬ】 主語は薫。
3.7.2 注釈526 【いかがはせむ】 以下「おろかにやは」まで、大君の心中。反語表現。
3.7.2 注釈527 【住み処なれど】 大島本は「すみかなれと」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「住処のさまなれど」と「のさま」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
3.7.2 注釈528 【待ちきこえたまひけり】 主語は大君。
3.7.2 注釈529 【はるかなる御中道を】 匂宮と中君の京と宇治との間の道を。「中道」は歌語。
3.7.2 注釈530 【かつはあやしき】 『集成』は「思えば不思議なこと。草子地。大君の心中の思いを重ねて書く」。『完訳』は「大君の心に即した語り手の評」と注す。
3.7.3 注釈531 【つくろはれたてまつりたまふままに】 中君は大君から身繕いをして差し上げられなさるままに。「れ」受身の助動詞。
3.7.3 注釈532 【濃き御衣の】 大島本は「御その」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「御衣の袖の」と「袖の」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。濃い紅色のお召し物の袖。
3.7.4 注釈533 【世の中に久しくもと】 以下「罪もぞ得たまふ」まで、大君の中君への詞。『完訳』は「わが身の短命を予感していう」と注す。
3.7.4 注釈534 【ただ御ことをのみなむ】 あなたのお身の上のことだけが。匂宮との結婚に関すること。
3.7.4 注釈535 【言ひ知らすめれば】 『集成』は「「めり」は婉曲表現。弁などの説得をいう」と注す。
3.7.5 注釈536 【はかばかしくもあらぬ心一つを立てて】 『集成』は「ろくに頼りにもならぬ私一人が我を張って」と訳す。
3.7.5 注釈537 【かくてのみやは、見たてまつらむ】 反語表現。こうしてあなたを独身のままにお置き申してよいものか、決してよくはない。そこで、薫の結婚を考えたのだが。
3.7.5 注釈538 【今かく、思ひもあへず、恥づかしきことどもに】 大島本は「おもひも」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「思ひあへず」と「も」を削除する。『新大系』は底本のままとする。急に慮外にも匂宮と結ばれてしまったことをさす。
3.7.5 注釈539 【乱れ思ふべくは】 大島本は「おもふへくハ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「思ふべうは」とウ音便形に校訂する。『新大系』は底本のままとする。
3.7.5 注釈540 【知らざりしさまをも】 主語は私大君。
3.7.5 注釈541 【罪もぞ得たまふ】 『完訳』は「無実の者を恨んで、来世に苦果を招く罪を作っては大変」と注す。
3.7.6 注釈542 【さすがに】 『完訳』は「以下、中の君の心中」と注す。
3.7.6 注釈543 【思しおきてじを】 打消の助動詞「じ」打消推量の意。お考えであったのではあるまいから、の意。
3.7.7 注釈544 【さる心もなく】 『集成』は「匂宮の心に写った昨夜の中の君の姿」。『完訳』は「以下、匂宮の心中。中の君が男を迎える心用意もなく、ただ茫然としていたのさえ。先夜の彼女が、無垢な魅力の人として刻印」と注す。
3.7.7 注釈545 【まいてすこし世の常になよびたまへるは】 『集成』は「まして今夜は少し女らしくなまめいた風情でいられるのは」。『完訳』は「先夜にもまして、世の若妻らしくなまめかしい風情なのは」と訳す。
3.7.7 注釈546 【御心ざしもまさるに】 匂宮の愛情。以下、地の文の視点から叙述。
3.7.8 注釈547 【言ひ知らずかしづくものの姫君も】 『集成』は「言いようもなく大事にされているご大家のお姫様でも」。『完訳』は「どんなに大切にされているどこぞの姫君でも」と訳す。
3.7.8 注釈548 【人のたたずまひをも見馴れたまへるは】 男性の行動を見慣れていらっしゃる方は、の意。中君は男の兄弟はなく、父八宮も勤行生活という一般とは変わった生活者であった。
3.7.8 注釈549 【家にあがめきこゆる人こそなけれ】 以下、中君についていう。逆接の挿入句。『集成』は「大勢の女房にかしずかれて、直接他人に接する機械のない姫君というわけではないが」と注す。
3.7.8 注釈550 【思ひかけぬありさまの】 先夜の匂宮との出来事をさす。
3.7.8 注釈551 【あやしく田舎びたらむかし】 大島本は「あやしくゐ中ひたらむかし」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「あやしう田舎びたらむかしと」とウ音便形に改め、「と」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
3.7.8 注釈552 【さるは、この君しもぞ--まさりたまへる】 中君は大君よりもまさっていた、という文脈。

第八段 匂宮と中の君、結婚第三夜

3.8.1 注釈553 【三日にあたる夜、餅なむ参る】 女房の詞。新婚三日目の夜の祝儀の餅を食べる風習をいう。
3.8.1 注釈554 【ことさらにさるべき祝ひのことにこそ】 大君の心中の思い。
3.8.1 注釈555 【大人になりて】 『集成』は「親代りになって」。『完訳』は「年配者ぶって。未婚の身でこれを指図するのに気がひける」と注す。
3.8.1 注釈556 【人の見るらむこと】 女房たちがどう思うか。
3.8.1 注釈557 【いとをかしげなり】 『紹巴抄』は「双地にや」と指摘。語り手の評。
3.8.1 注釈558 【このかみ心にや--ぞおはしける】 連語「にや」(断定の助動詞+疑問の係助詞)。係助詞「ぞ」強調の意。過去の助動詞「ける」詠嘆の意。このあたりの文章は語り手の感情移入をともなった叙述。
3.8.2 注釈559 【中納言殿より】 薫。「殿」は主人というニュアンス。
3.8.3 注釈560 【昨夜、参らむと】 以下「やすらはれはべり」まで、薫から大君への文。
3.8.3 注釈561 【宮仕への労も、しるしなげなる世に】 『完訳』は「大君が自分に応じてくれぬ恨みをこめて言う」と注す。「世」は薫と大君の仲。
3.8.4 注釈562 【今宵は雑役もやと思うたまふれど】 今夜は匂宮と中君の新婚三日目の夜の儀式のお世話すべきだが、の意。
3.8.4 注釈563 【宿直所のはしたなげにはべりし乱り心地】 先夜の襖越しで大君と対面して夜を明かしたことをいう。
3.8.5 注釈564 【陸奥紙におひつぎ書きたまひて】 恋文には使用しない陸奥紙にきちんと上下を揃えて書いて。恋文は薄様の鳥の子紙にちらし書きにする。
3.8.5 注釈565 【人びとの料に】 薫からの伝言。『集成』は「直接姫君たちに贈るという失礼を避けたもの」と注す。
3.8.5 注釈566 【宮の御方にさぶらひけるに従ひて】 女三の宮の御方のもとにあったありあわせの品々。
3.8.5 注釈567 【え取り集めたまはざりけるにやあらむ】 語り手の想像を交えた挿入句。
3.8.6 注釈568 【小夜衣着て馴れきとは言はずとも--かことばかりはかけずしもあらじ】 薫から大君への贈歌。「馴れ」「懸け」は「衣」の縁語。『集成』は「大君に近づき、顔まで見たことがあるので、いくらそっけなくなさっても駄目です、とおどす」と注す。
3.8.8 注釈569 【こなたかなた、ゆかしげなき御ことを】 大君と中君二人とも薫に姿を見られてしまって、奥ゆかしいところがなくなってしまったこと。
3.8.8 注釈571 【恥づかしく】 大島本は「はつかしく」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「恥づかしう」とウ音便形に校訂する。『新大系』は底本のままとする。
3.8.8 注釈572 【御返りにも】 大島本は「御かへりにも」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「御返りも」と「に」を削除する。『新大系』は底本のままとする。
3.8.8 注釈570 【御使かたへは、逃げ隠れにけり】 『集成』は「お使いのうち何人かは、逃げて姿を隠してしまった。「かたへ」は、一部分。禄(労をねぎらって与える物)などにあずからぬよう、気を遣ったのである」。『完訳』は「薫が、禄などを心配させぬよう使者に早く帰るよう命じたか」と注す。
3.8.9 注釈573 【隔てなき心ばかりは通ふとも--馴れし袖とはかけじとぞ思ふ】 大君の返歌。薫の「かけ」の語句を用いて返す。
3.8.10 注釈574 【心あわたたしく思ひ乱れたまへる名残に】 『孟津抄』は「草子評判也」と指摘。
3.8.10 注釈575 【思しけるままと】 『弄花抄』は「紫式部か書たる也」と指摘。
3.8.10 注釈576 【待ち見たまふ人は】 薫をいう。

第四章 中の君の物語 匂宮と中の君、朝ぼらけの宇治川を見る


第一段 明石中宮、匂宮の外出を諌める

4.1.1 注釈577 【宮は】 匂宮。
4.1.1 注釈578 【その夜】 結婚第三夜目。
4.1.1 注釈579 【中宮】 匂宮の母明石の中宮。
4.1.2 注釈580 【なほ、かく独りおはしまして】 以下「思しのたまふ」まで、中宮の詞。
4.1.2 注釈581 【何事ももの好ましく、立てたる御心なつかひたまひそ】 大島本は「御心」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「心」と「御」を削除する。『新大系』は底本のままとする。『集成』は「将来の立場を考えて、色好みの面に自重を求める気持がろう。なお、趣味に偏らぬことを貴族の理想とした」と注す。『完訳』は「万事ニ淫スルコト莫レ(中略)、用意平均、好悪ニ由ルコト莫レ」(寛平御遺誡)を指摘。
4.1.2 注釈582 【上も】 主上も。詞の中での中宮が帝を呼ぶ呼称。私的な呼称。
4.1.3 注釈583 【里住みがちにおはしますを】 主語は匂宮。六条院に居がち。
4.1.3 注釈584 【御文書きてたてまつれたまへる】 『集成』は「宇治へのお便り。今夜は行けない嘆きを書き送る」と注す。
4.1.3 注釈585 【中納言の君参りたまへり】 薫。
4.1.4 注釈586 【そなたの心寄せ】 匂宮の心中の思い。薫は宇治の姉妹への味方。
4.1.4 注釈587 【例よりもうれしくて】 大島本は「うれしくて」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「うれしう」とウ音便形に校訂する。『新大系』は底本のままとする。
4.1.5 注釈588 【いかがすべき】 以下「心も乱れてなむ」まで、匂宮の詞。
4.1.6 注釈589 【よく御けしきを見たてまつらむ】 薫の心中の思い。匂宮の本心愛情を確かめたい。
4.1.7 注釈590 【日ごろ経て】 以下「顔の色違ひつはべりる」まで、薫の詞。
4.1.7 注釈591 【参りたまへるを】 主語は匂宮。
4.1.7 注釈592 【思しきこえさせたまはむ】 明石中宮が匂宮を。
4.1.7 注釈593 【人知れず、わづらはしき宮仕へのしるしに】 匂宮を宇治に案内したことをさす。
4.1.7 注釈594 【あいなき勘当にやはべらむと】 大島本は「かむたうにや」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「勘当や」と「に」を削除する。『新大系』は底本のままとする。
4.1.9 注釈595 【いと聞きにくくぞ】 以下「わざなりけれ」まで、匂宮の詞。
4.1.9 注釈596 【なかなかなるわざなりけれ】 『集成』は「かえってない方がましというものだ」。『完訳』は「かえって困りものなのですよ」と訳す。
4.1.11 注釈597 【いとほしく見たてまつり】 大島本は「いとをしく」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「いとほしう」とウ音便形に校訂する。『新大系』は底本のままとする。
4.1.12 注釈598 【同じ御騒がれにこそは】 以下「障り所なからむ」まで、薫の詞。
4.1.12 注釈599 【代はりきこえて】 大島本は「かハりきこえて」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「かはりきこえさせて」と「させ」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
4.1.12 注釈600 【木幡の山に馬はいかがはべるべき】 『源氏釈』は「山科の木幡の里に馬はあれどかちよりぞ来る君を思へば」(拾遺集雑恋、一二四三、人麿)を指摘。
4.1.12 注釈601 【いとどものの聞こえや障り所なからむ】 好色な評判の上に馬で出掛けてはますます軽率の誹りを招くでしょう、の意。
4.1.14 注釈602 【御供には、なかなか仕うまつらじ。御後見を】 薫の詞。後始末を引き受けましょう、の意。

第二段 薫、明石中宮に対面

4.2.1 注釈603 【参りたまひつれば】 大島本は「まいり給つれハ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「参りたまへば」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
4.2.2 注釈604 【宮は出でたまひぬなり】 以下「わりなけれ」まで、明石中宮の詞。「なり」伝聞推定の助動詞。
4.2.2 注釈605 【諌めきこえぬが言ふかひなき、と】 主語は私中宮が匂宮を。
4.2.3 注釈606 【とのたまふ】 大島本は「との給ふ」とある。『完本』は諸本に従って「のたまはす」と校訂する。『集成』『新大系』は底本のままとする。
4.2.3 注釈607 【あまた宮たちの、かくおとなび整ひたまへど】 明石中宮腹の宮たち。東宮(一の宮)、二の宮、三の宮(匂宮)、五の宮、女一の宮たちがいる。
4.2.3 注釈608 【大宮】 明石中宮をいう。四十三歳である。
4.2.4 注釈609 【女一の宮も】 以下「聞きたてまつらむ」まで、薫の心中の思い。「べかめる」は薫の推量。
4.2.4 注釈610 【あはれとおぼゆ】 大島本は「あハれと」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「あはれに」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
4.2.4 注釈611 【好いたる人の】 以下「えこそ思ひ絶えね」まで、薫の心中の思い。
4.2.4 注釈612 【おぼゆまじき】 大島本は「おほゆましき」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「思ふまじき」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
4.2.4 注釈613 【かうやうなる】 大島本は「か(か+1う)やうなる」とある。すなわち「う」を補入する。『集成』『完本』は諸本に従って「かやう」と訂正以前の本文に校訂する。『新大系』は「かうやう」と底本の補入に従う。
4.2.4 注釈614 【わが心のやうに、ひがひがしき心のたぐひ】 『集成』は「身近に大君や中の君に会いながら、手を出さなかったことを言う」と注す。
4.2.4 注釈615 【やは、また世にあんべかめる】 反語表現。「あん」は「ある」の撥音便化。
4.2.4 注釈616 【動きそめぬるあたりは】 大君をさす。
4.2.5 注釈617 【など思ひゐたまへる】 大島本は「思ひゐ給へる」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「思ひゐ給へり」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
4.2.5 注釈618 【さらにさらに乱れそめじ】 薫の心中を語り手が叙述。
4.2.5 注釈619 【見えしらがふ人もあり】 薫の気を引いてみせる女房がいる。
4.2.6 注釈620 【おほかた恥づかしげに】 明石中宮方の雰囲気。
4.2.6 注釈621 【上べこそ--もてしづめたれ】 主語は女房たち。係結び、逆接用法。
4.2.6 注釈622 【心々なる世の中なりければ】 『異本紫明抄』は「世の人の心々に有りければ思ふはつらし憂きは頼まず」(古今六帖五、相思はぬ)を指摘。
4.2.6 注釈623 【立ちてもゐても、ただ常なきありさまを思ひありきたまふ】 『集成』は「日頃のちょっとしたことにも、ただ世間の無常をしきりに思っていらっしゃる。「立ちてもゐても」は歌語。さまざまな女にも、無常を観ずる薫の本性」と注す。

第三段 女房たちと大君の思い

4.3.1 注釈624 【かしこには】 宇治をさす。
4.3.1 注釈625 【夜更くるまでおはしまさで】 主語は匂宮。
4.3.1 注釈626 【さればよ」と】 大君の心配。やはり一時の慰みであったのだと。
4.3.1 注釈627 【いかがおろかにおぼえたまはむ】 主語は大君。反語表現。語り手の感情移入の表現。
4.3.2 注釈628 【正身も】 中君。
4.3.2 注釈629 【思ひ知りたまふことあるべし】 『休聞抄』は「双也」と指摘。『完訳』は「匂宮の厚志が分るようだと、語り手が推測」と注す。
4.3.2 注釈630 【いみじくをかしげに盛りと見えて】 以下、匂宮の目を通しての叙述。
4.3.2 注釈631 【ましてたぐひあらじはや】 匂宮の心中の思い。反語表現。
4.3.3 注釈632 【けしうはあらずと】 大島本は「けしうハあらすと」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「けしうはあらず」と「と」を削除する。『新大系』は底本のままとする。
4.3.4 注釈633 【かくあたらしき御ありさまを】 以下「御宿世を」まで、老女房の詞。
4.3.4 注釈634 【見たてまつりたまはましかば、いかに口惜しからまし】 反実仮想の構文。匂宮と結婚してよかった、という気持ち。
4.3.5 注釈635 【姫宮】 大君をさす。
4.3.5 注釈636 【ひがひがしくもてなしたまふを】 大君が薫に靡こうとしないのをいう。
4.3.6 注釈637 【盛り過ぎたるさまどもに】 『完訳』は「以下、大君の感懐。厚顔無恥の老女房を見る眼から、やがてわが身を凝視する眼へと移る」と注す。
4.3.6 注釈638 【ありつかずとりつくろひたる姿どもの】 薫から贈られた衣装を着飾っているが、似合わない様子。
4.3.7 注釈639 【我もやうやう盛り過ぎぬる身ぞかし】 以下「心のなしにあらむ」まで、大君の心中の思い。
4.3.7 注釈640 【我悪しとやは思へる】 反語表現。老女房たちも自分自身醜いとは思っていまい。
4.3.8 注釈641 【とうしろめたくて】 大島本は「とうしろめたくて」とある。『集成』は「うしろめたう」とウ音便形に改める。『完本』は諸本に従って「うしろめたう」とウ音便形に改め「て」を削除する。『新大系』は底本のままとする。
4.3.8 注釈642 【恥づかしげならむ人に】 以下「ありさまを」まで、大君の思い。薫と結婚することをさす。
4.3.8 注釈643 【はかなげなる身のありさまを】 『集成』は「長生きできそうにない私の身体具合だものと」。『完訳』は「いかにも頼りどころのないこの身の上を」「生活環境への不安と体の衰弱への不安とを重ねていう」と注す。
4.3.8 注釈644 【世の中を】 『集成』は「薫とのことを」。『完訳』は「世の無常を」「直接には薫との仲をさす」と注す。

第四段 匂宮と中の君、朝ぼらけの宇治川を見る

4.4.1 注釈645 【宮は】 匂宮。
4.4.1 注釈646 【なほ、心やすかるまじきこと】 匂宮が宇治に通って来ることをさす。
4.4.1 注釈647 【胸ふたがりて】 大島本は「むねふたかりて」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「いと胸ふたがりて」と「いと」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
4.4.1 注釈648 【大宮】 明石中宮。
4.4.2 注釈649 【思ひながら】 以下「近く渡したてまつらむ」まで、匂宮の詞。
4.4.2 注釈650 【身を捨ててなむ】 係助詞「なむ」の下に「参りつる」などの語句が省略。
4.4.2 注釈651 【え惑ひありかじ】 宮中を抜け出して宇治に出向くこと。
4.4.3 注釈652 【絶え間あるべく】 以下「ほどしるべきにや」まで、中君の心中の思い。好色の評判高い匂宮の物言いかと思う。
4.4.3 注釈653 【しるべきにや】 大島本は「しるへきにや」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「しるきにや」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
4.4.4 注釈654 【もろともに誘ひ出でて】 『完訳』は「一緒に夜明けの外景を眺めるのは、逢瀬の後の、親密な仲を語る典型的場面」と注す。
4.4.4 注釈655 【所からのあはれ】 山里らしい風情。
4.4.4 注釈656 【例の、柴積む舟のかすかに行き交ふ跡の白波】 『完訳』は「以下宇治の典型的風景」と注す。『源氏釈』は「世の中を何に譬へむ朝ぼらけ漕ぎ行く舟の跡の白波」(拾遺集哀傷、一三二七、沙弥満誓)を指摘。
4.4.4 注釈657 【目馴れずもある住まひのさまかな】 匂宮の感想。
4.4.4 注釈658 【色なる御心】 『集成』は「多情なご性分とて」。『完訳』は「多感な宮のお心には」と訳す。
4.4.5 注釈659 【限りなくいつき据ゑたらむ姫宮も】 以下「見まほしき」あたりまで、匂宮の心中の思い。以下、地の文に流れる。
4.4.5 注釈660 【わが方ざまのいといつくしきぞかし】 姉の女一の宮が立派に思われる。
4.4.5 注釈661 【見まほしく】 大島本は「見まほしく」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「見まほしう」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
4.4.6 注釈662 【宇治橋のいともの古りて見えわたさるるなど】 『花鳥余情』は「千早振る宇治の橋守汝れをしぞあはれとは思ふ年の経ぬれば」(古今集雑上、九〇四、読人しらず)を指摘。
4.4.6 注釈663 【かかる所に、いかで年を経たまふらむ】 匂宮の思い。中君が今まで宇治の山里に過ごしてきたことをいう。
4.4.6 注釈664 【うち涙ぐみたまへるを】 大島本は「涙くミ給へる」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「涙ぐまれたまへる」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
4.4.6 注釈665 【恥づかしと聞きたまふ】 主語は中君。
4.4.7 注釈666 【思ひ寄らざりしこととは思ひながら】 『集成』は「以下、中の君の心中に添って述べる」。『完訳』は「中の君の心中。昔からなじんできた薫より気骨が折れない、とする」と注す。
4.4.8 注釈667 【かれは思ふ方異にて】 以下「心細からむ」まで、中君の心中の思い。薫は私ではなく姉の大君を愛している。
4.4.8 注釈668 【見えにくく恥づかしげなりしに】 『集成』は「近づきにくく気詰まりだったのに」。『完訳』は「お付合いしにくく気づまりであったが」と注す。
4.4.8 注釈669 【よそに思ひきこえしは、ましてこよなくはるかに】 匂宮のことを噂に聞いていたときは薫以上にはるかな存在に思っていたが、の意。
4.4.8 注釈670 【一行書き出でたまふ御返り事だに】 主語は中君。かつて匂宮に書いた返事をさす。
4.4.8 注釈671 【久しく途絶えたまはむは】 大島本は「ひさしく」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「久しう」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
4.4.9 注釈672 【我ながらうたて】 中君の心中の思い。『完訳』は「自分ながら、心の変りようを。夜離れの心細さを懸念するような、恋する女に変ったことを自覚」と注す。

第五段 匂宮と中の君和歌を詠み交して別れる

4.5.1 注釈673 【京におはしまさむほど、はしたなからぬほどに】 匂宮の心中を地の文で語る。
4.5.2 注釈674 【中絶えむものならなくに橋姫の--片敷く袖や夜半に濡らさむ】 匂宮から中君への贈歌。「橋姫」に中君を譬える。『花鳥余情』は「忘らるる身を宇治橋の中絶えて人も通はぬ年ぞ経にける」(古今集恋五、八二五、読人しらず)「さむしろに衣かたしき今宵もやわれを待つらむ宇治の橋姫」(古今集恋四、六八九、読人しらず)を指摘。
4.5.4 注釈675 【絶えせじのわが頼みにや宇治橋の--遥けきなかを待ちわたるべき】 中君の返歌。「絶え」「橋」の語句を受け、「や--濡らさむ」を「や--待ちわたるべき」と返す。贈答歌。
4.5.5 注釈676 【御けはひは】 大島本は「御けハひハ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「御けはひ」と係助詞「は」を削除する。『新大系』は底本のままとする。
4.5.6 注釈677 【朝けの御姿】 大島本は「御すかた」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「姿」と接頭語「御」を削除する。『新大系』は底本のままとする。歌語。
4.5.6 注釈678 【されたる御心かな】 『細流抄』は「草子地也」と指摘。『全集』は「語り手の諧謔的なほめことば」。『集成』は「(中の君も)隅に置けないお方だこと。男女の間の情にすでに目覚めていることをいう。草子地」と注す。
4.5.6 注釈679 【もののあやめ】 大島本は「ものゝあやめ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「もののあやめも」と係助詞「も」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
4.5.7 注釈680 【中納言殿は】 以下「いとことに」まで、女房の詞。
4.5.7 注釈681 【思ひなしの】 皇族と思うせいか。
4.5.9 注釈682 【帰らせたまふほどに】 「ほど」名詞、時間の意。格助詞「に」動作の原因・事の因って起こることを示す。『集成』は「お帰りあそばしたことだから」。『完訳』は「お帰りになるが、それからというものの」と訳す。
4.5.10 注釈683 【明くる日ごとに】 『完訳』は「毎日毎日、日に幾度となく書く」と注す。
4.5.10 注釈684 【おろかにはあらぬにや】 大君の匂宮の気持ちを推測する思い。地の文から叙述。
4.5.10 注釈685 【いと心尽くしに見じと】 以下「心苦しくもあるかな」まで、大君の思い。
4.5.10 注釈686 【姫宮】 大君。
4.5.10 注釈687 【みづからだに、なほかかること思ひ加へじ】 大君の心中の思い。薫との結婚を改めて断念する気持ち。
4.5.11 注釈688 【待ち遠にぞ思すらむかし】 薫の心中の思い。宇治の姫君たちは匂宮の来訪を。

第六段 九月十日、薫と匂宮、宇治へ行く

4.6.1 注釈689 【九月十日のほどなれば、野山のけしきも】 宇治では晩秋の寂寥感の深まるころ。
4.6.1 注釈690 【時雨めきてかきくらし】 時雨は晩秋から初冬にかけての景物。
4.6.1 注釈691 【いかにせむと、御心一つを出で立ちかねたまふ】 『集成』は「伊勢の海に釣する海士の浮けなれや心一つを定めかねつる」(古今集恋一、五〇九、読人しらず)を指摘。
4.6.1 注釈692 【折推し量りて、参りたまへり】 主語は薫。
4.6.1 注釈693 【ふるの山里いかならむ】 薫の詞。匂宮を宇治に誘う。『源氏釈』は「いそのかみふるの山里いかならむ遠方の里人霞み隔てて」(出典未詳)。『河海抄』は「初時雨ふるの山里いかならむ住む人さへや袖の濡るらむ」(新千載集冬、五九九、読人しらず)を指摘。
4.6.2 注釈694 【まいて眺めたまふらむ心のうち、いとど推し量られたまふ】 主語は匂宮。自分以上に物思いしているだろう中君の心中を思いやる。
4.6.2 注釈695 【ただこのことの心苦しきを語らひきこえたまふ】 主語は匂宮。『完訳』は「中の君への思いを率直に訴える。気がねのない匂宮らしい性分」と注す。
4.6.3 注釈696 【山賤どもは、いかが心惑ひもせざらむ】 反語表現。「山賤」は宇治山荘に仕える人々をいう。語り手の感情移入表現。
4.6.4 注釈697 【京に、さるべき所々に行き散りたる】 『完訳』は「八の宮家の古参の女房の娘や姪といった人たちで、今はこの邸を出て京の諸所に仕えている者たち」と注す。
4.6.4 注釈698 【あなづりきこえける心浅き人びと】 姫宮たちを。女房の娘や姪たち。
4.6.5 注釈699 【姫宮も、折うれしく思ひきこえたまふに】 大君は、時雨の中をわざわざ来訪してくれたことをうれしく思う。
4.6.5 注釈700 【さかしら人の添ひたまへるぞ】 薫が一緒なのを。
4.6.5 注釈701 【恥づかしくもありぬべく】 『完訳』は「気のおける立派さ。大君の薫に抱く好感の一面」と注す。
4.6.5 注釈702 【げに、人はかくはおはせざりけり】 大君の薫を見て匂宮と比較した感想。
4.6.5 注釈703 【ありがたしと思ひ知らる】 大君の感想。薫を稀な方だと思う。「る」自発の助動詞。

第七段 薫、大君に対面、実事なく朝を迎える

4.7.1 注釈704 【この君は、主人方に】 薫は主人顔に振る舞おうとする。
4.7.1 注釈705 【まだ客人居のかりそめなる方に出だし放ちたまへれば】 大君は薫をまだ主人扱いせずに、客人扱いに遠ざけて待遇する。
4.7.2 注釈706 【戯れにくくもあるかな。かくてのみや】 『岷江入楚』は「有りぬやと試みがてら逢ひ見ねば戯れにくきまでぞ恋しき」(古今集雑体、一〇二五、読人しらず)を指摘。
4.7.2 注釈707 【人の御上にても】 妹の中君の身の上。
4.7.2 注釈708 【いとどかかる方を】 『集成』は「いよいよ結婚といった男女の関係を」。『完訳』は「大君は、中の君の様子から、結婚生活一般を厭わしく考えはじめる。一面では喜びをも感じている中の君との隔りに注意」と注す。
4.7.3 注釈709 【なほ、ひたぶるに】 以下「やみにしがな」まで、大君の心中。薫との結婚を思いとどまる決意。
4.7.3 注釈710 【あはれと思ふ人の御心も】 薫をさす。『集成』は「うれしいと思うこの方のお気持にしても」。『完訳』は「今はいとしいと思うお方のお気持にしても」と訳す。
4.7.3 注釈711 【心違はでやみにしがな】 『完訳』は「精神的な共感が理想視される」と注す。
4.7.5 注釈712 【問ひきこえたまへば】 薫が大君に。
4.7.5 注釈713 【かすめつつ、「さればよ」とおぼしくのたまへば】 大君が薫の想像していたようにおっしゃるので。
4.7.5 注釈714 【思したる御さま、けしきを見ありくやうなど】 匂宮の様子や薫がそれをさぐっていることなどを。
4.7.5 注釈715 【語りきこえたまふ】 薫が大君に。
4.7.7 注釈716 【なほ、かくもの思ひ加ふるほど、すこし心地も】 以下「聞こえむ」まで、大君の詞。「すこし」の解釈に関して、『集成』は「少し」の意味に解す。『完本』『新大系』は「過ごし」の意味に解す。『集成』は「思いがけぬ中の君の結婚に加えて匂宮の夜離れと、心労が加わっている」と注す。
4.7.8 注釈717 【思したれば】 『集成』は「大君が」。『完訳』は、主語を薫として訳す。
4.7.8 注釈718 【思さるるやうこそはあらめ】 以下「世にあらじ」まで、薫の心中。
4.7.8 注釈719 【心のどかなる人は】 薫。語り手の批評を含む呼称。
4.7.9 注釈720 【ただ、いとおぼつかなく】 以下「聞こえむ」まで、薫の詞。
4.7.9 注釈721 【ありしやうにて聞こえむ】 かつて一周忌前の訪問の折に、屏風を押し開いて中に入って大君に逢ったことをさす。
4.7.11 注釈722 【常よりも】 以下「いかなるにか」まで、大君の詞。
4.7.11 注釈723 【わが面影に恥づるころなれば】 『源氏釈』は「夢にだに見ゆとは見えじ朝な朝なに我が面影に恥づる身なれば」(古今集恋四、六八一、伊勢)を指摘。
4.7.12 注釈724 【あやしくなつかしくおぼゆ】 大島本は「あやしく」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「あやしう」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
4.7.13 注釈725 【かかる御心に】 以下「身にか」まで、薫の詞。
4.7.14 注釈726 【例の、遠山鳥にて明けぬ】 『源氏釈』は「雲居にて遠山鳥のはつかにもありとし聞かば恋ひつつもをらむ」(古今六帖二、山鳥)。『異本紫明抄』は「逢ふことは遠山鳥の目も逢はず逢はずて今宵明かしつるかな」(出典未詳)を指摘。
4.7.15 注釈727 【宮は、まだ旅寝なるらむとも思さで】 匂宮は薫がまだ客人扱いであることを知らずに。『集成』は「大君に迎え入れられていないとは想像もできない」と注す。
4.7.16 注釈728 【中納言の、主人方に】 以下「うらやましけれ」まで、匂宮の詞。『完訳』は「匂宮は、薫と大君がまだ他人の関係とは思いもよらない」と注す。
4.7.17 注釈729 【女君、あやしと聞きたまふ】 中君。『集成』は「薫と大君とはまだ他人と思っている」と注す。

第八段 匂宮、中の君を重んじる

4.8.1 注釈730 【わりなくておはしまして】 大島本は「おハしまして」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「おはしましては」と「は」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
4.8.1 注釈731 【ほどなく帰りたまふが】 大島本は「かへり給るか」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「たまふが」と校訂する。『新大系』は底本のまま「給(たまへ)るが」と整定する。
4.8.1 注釈732 【またいかならむ。人笑へにや】 姫君たちの心配。夜離れが続くことや捨てられて世間の物笑いになることを心配する。
4.8.1 注釈733 【げに、心尽くしに苦しげなるわざかな」と見ゆ】 『紹巴抄』は「双地」と指摘。「げに」「かな」等の語句は語り手の大君への同情や共感の気持ち。
4.8.2 注釈734 【京にも、隠ろへて渡りたまふべき所もさすがになし】 「わたり」の主語は中君。『完訳』は「彼女が隠し妻でしかない点に注意」と注す。
4.8.2 注釈735 【左の大殿】 大島本は「左のおほいとの」とある。夕霧。『集成』は「右の大殿」と校訂する。『完本』『新大系』は底本のまま「左の大殿」とする。ただ、『完本』は「「右の大殿」とすべきか」と注す。また『新大系』も「夕霧を左大臣とするのは不審」と注する。
4.8.2 注釈736 【片つ方には】 大島本は「かたつかたにハ」とある。『集成』『完本』は「片つ方に」と「は」を削除する。『新大系』は底本のままとする。
4.8.2 注釈737 【思しよらぬに】 主語は匂宮。
4.8.2 注釈738 【思ひきこえたまふべかめり】 語り手の推量。
4.8.2 注釈739 【許しなくそしりきこえたまひて】 主語は夕霧。
4.8.2 注釈740 【内裏わたりにも】 匂宮の父帝は母明石中宮に対して。
4.8.2 注釈741 【おぼえなくて出だし据ゑたまはむも】 『集成』は「中の君のような意外な人を大っぴらに夫人としてお迎えになるのも」と訳す。
4.8.3 注釈742 【なべてに思す人の際は、宮仕への筋にて、なかなか心やすげなり】 『集成』は「並々にお思いの女だったら、宮仕えさせるといったことで、かえって扱いやすい。中宮などに仕えさせておく方法がある」。『完訳』は「表向きは女房という形。いわゆる召人。気安く逢えて、しかも世間から非難も受けない形である」と注す。
4.8.3 注釈743 【もし世の中移りて】 以下「こそなさめ」まで、匂宮の心中。中君を立后させよう、の意。
4.8.3 注釈744 【帝后の思しおきつるままにも】 帝と中宮は匂宮を将来の東宮にと考えている。
4.8.3 注釈745 【心にかかりたまへるままに】 『集成』は「〔中君が〕お気に召しているあまりに」。『完訳』は「お心にかけていらっしゃるのだから」。副詞「ままに」、--に従って、--につれて、の意。
4.8.4 注釈746 【中納言は、三条の宮造り果てて】 昨年の春焼亡くした三条宮邸を新築。
4.8.4 注釈747 【さるべきさまにて渡したてまつらむ」と思す】 夫人として世間に認められるようにして迎えよう、の意。
4.8.5 注釈748 【げに、ただ人は心やすかりけり】 語り手の匂宮に比較して薫の行動に同意納得する気持ち。
4.8.5 注釈749 【かたみに思ひ悩みたまへるめるも】 大島本は「給へるめるも」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「たまふべかめるも」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。匂宮と中君がお互いに。変体仮名「る(留)」と「か(可)」の誤写から発生した異文であろう。推量の助動詞「べかめり」は薫の推量。
4.8.5 注釈750 【忍びてかく】 以下「あらせたてまつらばや」まで、薫の心中。
4.8.5 注釈751 【しばしの御騒がれはいとほしくとも】 中君が明石中宮から一時とやかく言われるのは気の毒だが、の意。
4.8.7 注釈752 【更衣など】 冬の衣替え。下文により十月一日とわかる。以下「扱ふらむ」まで、薫の心中。
4.8.7 注釈753 【誰れかは扱ふらむ】 反語表現。自分薫以外にはいない、の意。
4.8.7 注釈754 【まづ、さるべき用なむ】 薫の詞。母女三の宮に申し上げた内容。
4.8.7 注釈755 【たてまつれたまふ】 宇治の姉妹に。
4.8.7 注釈756 【のたまひつつ】 相談して、の意。

第五章 大君の物語 匂宮たちの紅葉狩り


第一段 十月朔日頃、匂宮、宇治に紅葉狩り

5.1.1 注釈757 【十月朔日ころ】 神無月の上旬頃。初冬の季節。
5.1.1 注釈758 【網代もをかしきほどならむ】 薫が匂宮を宇治へ誘う詞。『花鳥余情』は「宇治山の紅葉を見ずは長月の行く日をも知らずぞあらまし」(後撰集秋下、四四〇、千兼が女)を指摘。
5.1.1 注釈759 【申したまふ】 大島本は「申給ふ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「申し定めたまふ」と「定め」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
5.1.1 注釈760 【左の大殿の宰相中将】 「竹河」巻(第一章三段)に登場した蔵人少将、現在宰相(参議)兼中将。『集成』は「右の大殿」と校訂する。『完本』『新大系』は底本のままとする。
5.1.1 注釈761 【この中納言】 大島本は「中納言殿」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「中納言」と「殿」を削除する。『新大系』は底本のままとする。
5.1.2 注釈762 【論なく】 以下「表すやうもぞはべる」まで、薫の詞。宇治の姫君たちへの指図。
5.1.2 注釈763 【さきの春も、花見に尋ね参り来しこれかれ】 昨年の春、匂宮の初瀬詣での帰途に宇治の山荘に立ち寄った人々。「椎本」巻(第一章一段)に語られている。
5.1.3 注釈764 【御簾掛け替へ、ここかしこかき払ひ】 以下、匂宮一行を迎える準備。
5.1.3 注釈765 【紅葉の朽葉すこしはるけ、遣水の水草払はせなどぞしたまふ】 「やり」は「はるけやり」と「遣水」の懸詞的表現。
5.1.3 注釈766 【たてまつれたまへり】 薫が差し上げた、の意。
5.1.3 注釈767 【かつはゆかしげなけれど】 薫から何から何まで援助されたのでは奥ゆかしさもない、という。『完訳』は「一方では、あまりに手もとを見すかされような気もなさるけれども」と訳す。
5.1.3 注釈768 【いかがはせむ。これもさるべきにこそは】 大君の心中。前世からの宿縁と諦める。
5.1.4 注釈769 【正身の御ありさまは】 匂宮の姿をいう。
5.1.4 注釈770 【風につけて】 大島本は「つけて」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「つきて」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
5.1.5 注釈771 【見たまふにも】 主語は姫君たち。
5.1.5 注釈772 【げに、七夕ばかりにても】 以下「待ち出でめ」まで、姫君たちの心中。『花鳥余情』は「年にありて一夜妹に逢ふ彦星も我にまさりて思ふらめやも」(万葉集巻十五)「彦星に恋はまさりぬ天の川隔つる関を今はやめてよ」(伊勢物語)を指摘。『完訳』は「天の川紅葉を橋にわたせばや七夕つめの秋をしも待つ」(古今集秋上、一七五、読人しらず)を指摘。
5.1.6 注釈773 【文作らせたまふべき】 漢詩文。
5.1.6 注釈774 【博士なども】 文章博士。
5.1.6 注釈775 【御舟さし寄せて】 宇治の宮邸の対岸、夕霧の別荘側に。
5.1.6 注釈776 【海仙楽】 黄鐘調の舟楽。
5.1.6 注釈777 【宮は、近江の海の心地して】 『源氏釈』は「いかなれば近江の海のかかりてふ人を見る目の絶えて生ひねば」(出典未詳)を指摘。淡水では「みるめ」(海草)が生えない。「見る目」の懸詞。中君に逢えない嘆き。
5.1.6 注釈778 【遠方人の恨みいかにと】 『花鳥余情』は「七夕の天の戸わたる今宵さへ遠方のつれなかるらむ」(後撰集秋上、二三八、読人しらず)を指摘。中君が恨めしく思っているだろうことを、匂宮は思いやる。
5.1.7 注釈779 【人の迷ひ】 騷ぎ、乱れの意。
5.1.7 注釈780 【宰相の御兄の衛門督】 夕霧の長男。
5.1.7 注釈781 【かうやうの御ありきは】 親王の微行。
5.1.7 注釈782 【聞こしめしおどろきて】 主語は明石中宮。
5.1.7 注釈783 【殿上人あまた具して】 主語は衛門督。
5.1.7 注釈784 【酔ひ乱れ遊び明かしつ】 大島本は「えひミたれ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「酔ひ乱れて」と「て」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。

第二段 一行、和歌を唱和する

5.2.1 注釈785 【今日は、かくてと思すに】 今日は、このまま宇治の泊まろうと思っていたところに、の意。
5.2.1 注釈786 【宮の大夫】 中宮大夫。
5.2.1 注釈787 【あまたたてまつりたまへり】 大島本は「たてまつり」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「たてまつれ」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
5.2.1 注釈788 【かしこには】 中君。
5.2.1 注釈789 【をかしやかなることもなく】 『集成』は「恋文らしい風流めいたことも書かず」。『完訳』は「艶書らしくきどる余裕もなく、真剣な弁解につとめる」と注す。
5.2.1 注釈790 【人目しげく騒がしからむに】 中君の判断。返事を書かない理由。
5.2.2 注釈791 【数ならぬありさまにては】 以下「かひなきわざかな」まで、中君の心中の思い。
5.2.2 注釈792 【よそにて隔たる月日は】 以下、中君の心中にそった叙述。
5.2.2 注釈793 【さりとも】 いくら何でも後には逢えよう、の意。
5.2.2 注釈794 【近きほどに】 前文の「よそにて」と呼応する構文。
5.2.2 注釈795 【つれなく過ぎたまひなむ】 大島本は「すき給ひなむ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「過ぎたまふなむ」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
5.2.3 注釈796 【宮は、まして】 匂宮は中君以上に。
5.2.3 注釈797 【網代の氷魚も心寄せたてまつりて】 擬人法。網代の氷魚が匂宮に心寄せて、という。『河海抄』は「紅葉葉の流れてとまる網代には白波も又寄らぬ日ぞなき」(古今六帖三、網代)を指摘、花鳥余情「いかでなほ網代の氷魚に言問はむ何によりてか我をとはぬと」(拾遺集雑秋、一一三四、修理)を指摘。
5.2.3 注釈798 【人に従ひつつ、心ゆく御ありきに】 『集成』は「皆に調子を合せて(表面は)楽しそうなご遊覧だが」。『完訳』は「人それぞれに満ち足りた行楽であるのに」「匂宮の、表面は調子を合せて楽しそうな遊覧ぶりだが」と注す。
5.2.3 注釈799 【みづからの御心地は、胸のみつとふたがりて、空をのみ眺め】 『評釈』は「大空は恋しき人の形見かはもの思ふごとに眺めらるらむ」(古今集恋四、七四三、酒井人真)を指摘。
5.2.3 注釈800 【常磐木にはひ混じれる】 大島本は「はひましれる」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「這ひかかれる」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
5.2.3 注釈801 【なかなか頼めきこえけるを、憂はしきわざかな】 薫の心中の思い。匂宮の来訪を告げておいたのに、それが取り止めになってしまったので。
5.2.4 注釈802 【後れてここに眺めたまふらむ心細さを言ふ】 父宮に先立たれた姫君たちの心寂しさを話題にする。昨年の春の花の季節には、八宮はまだ在世中であった。その秋に逝去。
5.2.4 注釈803 【ほの聞きたるもあるべし】 推量の助動詞「べし」は語り手の推量。湖月抄「草子地」と指摘。
5.2.5 注釈804 【いとをかしげに】 以下「遊びならはしたまひければ」まで、人々の詞。姫君たちの噂をする。
5.2.6 注釈805 【箏の琴上手にて】 箏の琴は中君、大君は琵琶を得意とした。
5.2.9 注釈806 【いつぞやも花の盛りに一目見し--木のもとさへや秋は寂しき】 宰相中将の詠歌。「木のもと」に「子(姫君たち)」を響かせる。
5.2.10 注釈807 【主人方と思ひて言へば】 宰相中将が薫のこの姫君たちの主人側と思って読み掛けてくるので、の意。
5.2.11 注釈808 【桜こそ思ひ知らすれ咲き匂ふ--花も紅葉も常ならぬ世を】 薫の唱和歌。この世の無常を詠む。「花」「寂し」からの連想。
5.2.13 注釈809 【いづこより秋は行きけむ山里の--紅葉の蔭は過ぎ憂きものを】 衛門督の唱和歌。転じて、「紅葉」の美しさから、この場を去りがたい気持ちを詠む。
5.2.15 注釈810 【見し人もなき山里の岩垣に--心長くも這へる葛かな】 中宮大夫の唱和歌。『河海抄』は「奥山のいはがき紅葉散りぬべし照る日の光見る時なくて」(古今集秋下、二八二、藤原関雄)。『花鳥余情』は「見し人も忘れのみゆくふる里に心長くも来たる春かな」(後拾遺集雑三、一〇三四、藤原義懐)を指摘。
5.2.16 注釈811 【親王の若くおはしける世のことなど、思ひ出づるなめり】 連語「なめり」語り手の主観的推量。
5.2.18 注釈812 【秋はてて寂しさまさる木のもとを--吹きな過ぐしそ峰の松風】 匂宮の唱和歌。「木」に「子」を懸ける。
5.2.20 注釈813 【げに、深く】 以下「心苦しさ」まで、事情を知っている人々の思い。『細流抄』は「げに深く思すなりけり」を「草子地也」と解す。
5.2.21 注釈814 【えおはしまし寄らず】 中君のもとに立ち寄ることができない。
5.2.21 注釈815 【かうやうの酔ひの紛れに、ましてはかばかしきことあらむやは】 大島本は「かうやう」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「かやう」と「う」を削除する。『新大系』は底本のままとする。以下「見苦しくなむ」まで、語り手の省筆の弁。『林逸抄』は「双紙の詞」と指摘。『集成』は「省筆をことわり、先にあげた五首の歌について言い訳する草子地」と注す。

第三段 大君と中の君の思い

5.3.1 注釈816 【かしこには】 河の対岸。宇治の姫君たち。
5.3.1 注釈817 【心まうけしつる人びとも】 女房たち。
5.3.1 注釈818 【姫宮は、まして】 大君。女房たち以上に。
5.3.2 注釈819 【なほ、音に聞く月草の色なる御心なりけり】 以下「人笑へにをこがましきこと」まで、大君の心中。「御心」は匂宮の心。『源氏釈』は「いで人は言のみぞよき月草の移し心は色ことにして」(古今集恋四、七一一、読人しらず)を指摘。「月草」は移ろいやすい心を譬える。
5.3.3 注釈820 【何ごとも筋ことなる際になりぬれば】 『完訳』は「皇族のような高貴な身分。大君は貴人を、下世話に語られる男とは別に考えていたが、自分の現実認識の浅さを知り、愕然とする」と注す。
5.3.3 注釈821 【故宮も】 亡き父八宮。
5.3.3 注釈822 【かやうに気近きほどまでは、思し寄らざりしものを】 八宮は中君に一通りの返書を書くことは勧めていたが、結婚することまでは考えていなかった。
5.3.3 注釈823 【見たてまつるにつけてさへ、身の憂さを思ひ添ふるが、あぢきなくもあるかな】 「さへ--添ふる」という、もともと我が身の薄幸を感じ取っていた上にさらに妹君の結婚の不幸までが加わってさらい辛い思いをする。
5.3.6 注釈824 【正身は】 中君。
5.3.6 注釈825 【頼め契りたまひつれば】 大島本は「給つれは」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「たまへれば」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
5.3.6 注釈826 【さりとも】 以下「ものしたまふらめ」まで、中君の心中に添った叙述。「思し変らじと」の格助詞「と」で、いったん地の文になり再び「おぼつかなさも」から心中文。
5.3.7 注釈827 【ほど経にけるが思ひ焦れられ】 大島本は「思ひゐれられ」とある。『集成』『完本』は「思ひいられ」と「れ」を削除する。『新大系』は底本のままとする。匂宮の訪れが間遠になったことをいう。
5.3.7 注釈828 【なかなかにてうち過ぎたまひぬるを】 なまじ近くまで来ながら素通りされたこと。
5.3.7 注釈829 【忍びがたき御けしきなるを】 中君の様子。
5.3.8 注釈830 【人なみなみに】 以下「もてなしたまふまじきを」まで、大君の心中。世の姫君並みに、の意。
5.3.8 注釈831 【もてなしたまふまじきを】 「を」間投助詞、詠嘆の意。接続助詞「を」の逆接のニュンスも響いて反実仮想的余韻を残す。

第四段 大君の思い

5.4.1 注釈832 【我も世にながらへば】 以下「いかで亡くなりなむ」まで、大君の心中。自分も生き永らえたら中君と同様のつらい思いをすることだろう、と思う。結婚を躊躇する気持ち。
5.4.1 注釈833 【人の心を見むとなりけり】 「人」はわたし大君をさす。過去の助動詞「けり」詠嘆の意。今初めて気がついたというニュアンス。『完訳』は「薫はこちらの気を引いて反応を試すつもりだったのだと忖度」と注す。
5.4.1 注釈834 【ある人の】 ここに仕えている者が。
5.4.1 注釈835 【こりずまに】 歌語。性懲りもなく。
5.4.1 注釈836 【かかる筋のことをのみ】 縁談話ばかり。
5.4.1 注釈837 【つひにもてなされぬべかめり】 しまいには結婚させられてしまいそうだ、の意。
5.4.1 注釈838 【これこそは、返す返す、さる心して世を過ぐせ】 父宮の遺言。間接話法で引用。結婚に関しては慎重に用心しなさい、の意。『集成』は「これこそは、繰り返し繰り返し、父宮がその積もりで用心して生きてゆくように」と訳す。
5.4.1 注釈839 【諌めなりけり】 過去の助動詞「けり」詠嘆の意。今初めて気がついたというニュアンス。
5.4.2 注釈840 【さもこそは--後れたてまつらめ】 『集成』は「こんな不幸な運命に生れついた二人ゆえ、頼みとする父母にも先立たれ申すようなことになるのだろうが」。『完訳』は「姉妹とも早くに両親を死別する不幸な宿命の身だから、どうせ結婚しても夫に先立たれよう」と訳す。
5.4.2 注釈841 【いみじさなるを】 大島本は「いミしさなる越」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「いみじさ、なほ」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
5.4.2 注釈842 【罪などいと深からぬさきに】 『完訳』は「愛執など仏教上の罪をさす。思い屈するあまり死を意識する」と注す。
5.4.3 注釈843 【物もつゆばかり参らず、ただ、亡からむ後のあらましごとを】 大君の死への助走が始まる。
5.4.3 注釈844 【思ひ続けたまふにも】 大島本は「給にも」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「たまふに」と「も」を削除する。『新大系』は底本のままとする。
5.4.3 注釈845 【心細くて】 死に向かっての孤独な心情、心細さが湧出。以下にも「心細し」の語句が頻出してくる。
5.4.4 注釈846 【我にさへ後れたまひて】 主語は中君。両親にさきだたれ、さらに私姉にまで先立たれる。以下「心憂からむ」まで、大君の心中。
5.4.4 注釈847 【限りなき人にものしたまふとも】 匂宮を念頭においていう。
5.4.5 注釈848 【いふかひもなく】 以下「身どもなりけり」まで、大君の心中。
5.4.5 注釈849 【身どもなりけり】 大島本は「なりけり」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「なめり」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。自分たち姉妹をさしていう。

第五段 匂宮の禁足、薫の後悔

5.5.1 注釈850 【例のやうに忍びて】 匂宮の思い。
5.5.1 注釈851 【出で立ちたまひけるを】 出立なさろうとしたが。出立していない。
5.5.2 注釈852 【かかる御忍び】 以下「そしり申すなり」まで、衛門督の詞。『集成』は「「もらし申し--」とあるので、衛門の督は取次ぎの女房にそれとなく言ったのであろう」と注す。
5.5.2 注釈853 【そしり申すなり】 「なり」伝聞推定の助動詞。
5.5.4 注釈854 【おほかた心にまかせたまへる御里住みの悪しきなり】 帝の詞。
5.5.5 注釈855 【おしたちて参らせたまふべく】 『完訳』は「無理にも縁づけよう。将来の立坊を考え、軽率な微行など慎ませるための策」と注す。
5.5.7 注釈856 【わがあまり異様なるぞや】 以下「咎むべき人もなしかし」まで、薫の心中。『集成』は「以下、六の君との結婚の結果、予想される中の君の悲境を思って、初めから自分のものにしておけばよかったと後悔する薫の心」と注す。
5.5.7 注釈857 【親王の】 故宇治八宮をさす。
5.5.7 注釈858 【人びとしく】 大島本は「人々しく」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「人々しくも」と「も」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
5.5.7 注釈859 【宮もあやにくにとりもちて責めたまひしかば】 『完訳』は「匂宮もあいにくに身を入れて中の君への仲介に私をせきたてるし、一方、自分の心を寄せる大君がまた、中の君を自分に譲ろうとするのも不本意なので、匂宮を中の君に導いた。「あやにく」「あいなく」とあり、不本意な事態への苦肉の対処と、自らを合理化」と注す。
5.5.8 注釈860 【いづれもわがものにて見たてまつらむに】 大君も中君も。「見たてまつる」は結婚する意。推量の助動詞「む」仮定の意。
5.5.9 注釈861 【取り返すものならねど】 『源氏釈』は「とり返す物にもがなや世の中をありしながらの我が身と思はむ」(出典未詳)を指摘。
5.5.10 注釈862 【宮は、まして】 匂宮は薫以上に。
5.5.11 注釈863 【御心につきて】 以下「いとなむ口惜しき」まで、中宮の詞。
5.5.11 注釈864 【ここに参らせて】 『集成』は「私の所に宮仕えさせて、普通におだやかにお扱いなさい。女房として情けをかけて、忍び歩きなどはなさるな」。『完訳』は「私のもとに宮仕えさせて。忍び歩きの相手としてではなく召人の扱いとせよの戒め」と注す。「例ざまに」は召人、すなわち愛人関係をさす。
5.5.11 注釈865 【筋ことに思ひきこえたまへるに】 主語は帝。匂宮を将来東宮にとのお考え。

第六段 時雨降る日、匂宮宇治の中の君を思う

5.6.1 注釈866 【時雨いたくして】 先の宇治遊覧は「十月朔日ころ」とあった。
5.6.1 注釈867 【女一の宮の御方に参りたまひつれば】 大島本は「給つれハ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「たまへれば」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。主語は匂宮。「女一宮」は同腹の姉。
5.6.1 注釈868 【御絵など】 大島本は「御ゑなむと」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「御絵など」と校訂する。『新大系』は底本のまま「御絵なむど」とする。
5.6.2 注釈869 【御几帳ばかり隔てて】 同腹の姉女一宮と弟匂宮の間に。
5.6.3 注釈870 【また、この御ありさまに】 以下「劣りきこゆまじきぞかし」まで、匂宮の心中。敬語表現が混在し地の文と融合した叙述。
5.6.3 注釈871 【世にありなむや】 反語表現。
5.6.3 注釈872 【冷泉院の姫宮】 冷泉院の女一宮。弘徽殿女御腹。
5.6.3 注釈873 【思しわたるに】 「思す」という敬語表現が混じる。
5.6.3 注釈874 【かの山里人は】 宇治中君。
5.6.4 注釈875 【女絵ども】 女性の愛玩する絵。男女の恋物語を主題にした大和絵。
5.6.4 注釈876 【心々に世のありさま描きたる】 『完訳』は「さまざまな恋をする男女の姿を」と注す。
5.6.4 注釈877 【かしこへ】 宇治の中君のもとへ。
5.6.5 注釈878 【在五が物語を描きて】 大島本は「さい五かものかたりを」とある。『完本』は諸本に従って『在五が物語』と「を」を削除する。『集成』『新大系』は底本のままとする。在五の物語を絵にして。『伊勢物語』第四十九段の内容。
5.6.5 注釈879 【人の結ばむ」と言ひたるを】 「うら若み寝よげに見ゆる若草を人の結ばむことをしぞ思ふ」という『伊勢物語』四十九段中の男の歌。
5.6.5 注釈880 【いかが思すらむ】 挿入句。語り手の匂宮の心中を忖度した表現。
5.6.6 注釈881 【いにしへの人も】 以下「もてなさせたまふこそ」まで、匂宮の詞。
5.6.6 注釈882 【さるべきほどは】 姉弟の間柄では、の意。
5.6.6 注釈883 【もてなさせたまふこそ】 「こそ」の下に「つらけれ」などの語句が省略されている。
5.6.7 注釈884 【いかなる絵にか】 女一宮の心中。
5.6.7 注釈885 【おし巻き寄せて】 匂宮が絵を手もとに巻き寄せて。絵巻の形態。
5.6.7 注釈886 【こぼれ出でたるかたそばばかり】 几帳の端からこぼれ出ているわずかばかりの髪を。
5.6.7 注釈887 【ほのかに見たてまつりたまへる】 大島本は「給る」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「たまふが」と校訂する。『新大系』は底本のまま「給(たまへ)る」とする。
5.6.7 注釈888 【飽かずめでたく】 以下「思ひきこえましかば」まで、匂宮の心中。初めの方は地の文的、次第に心中文となる。反実仮想の構文。
5.6.7 注釈889 【すこしももの隔てたる人】 少しでも血の繋がりの遠い人、の意。
5.6.8 注釈890 【若草のね見むものとは思はねど--むすぼほれたる心地こそすれ】 匂宮から実の姉女一宮への贈歌。「若草」「根(寝)見む」は『伊勢物語』の作中歌を踏まえた表現。『完訳』は「姉弟だから共寝をとは思わぬが、悩ましく晴れやらぬ心地だと訴える。好色心躍如たる歌」と注す。
5.6.9 注釈891 【御前なる人びとは】 大島本は「御まへなる」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「御まへなりつる」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
5.6.9 注釈892 【ことしもこそあれ、うたてあやし】 女一宮の心中。
5.6.9 注釈893 【ものものたまはず】 返歌をなさらない。
5.6.9 注釈894 【ことわりにて--憎く思さる】 匂宮の思い。『源氏釈』は「初草のなどめづらしき言の葉ぞうらなくものを思ひけるかな」(伊勢物語)を指摘。
5.6.9 注釈895 【うらなくものを」と言ひたる姫君も、されて】 『伊勢物語』の姫君をさす。
5.6.10 注釈896 【この二所をば】 女一宮と匂宮。
5.6.11 注釈897 【御心の移ろひやすきは】 匂宮の好色心をいう。花鳥余情「世の中の人の心は花ぞめの移ろひやすき色にぞありける」(古今集恋五、七九五、読人しらず)。
5.6.11 注釈898 【めづらしき人びとに】 『集成』は「新参の女房たちに」。『完訳』は「そうした中のこれはと目に立つ女房と」と注す。
5.6.11 注釈899 【かのわたりを】 宇治中君をさす。

第六章 大君の物語 大君の病気と薫の看護


第一段 薫、大君の病気を知る

6.1.1 注釈900 【待ちきこえたまふ所は】 匂宮を。宇治の姫君たちをさす。
6.1.1 注釈901 【なほ、かくなめり】 数日間の途絶えから、匂宮はやはり不誠実な人だと絶望する気持。
6.1.1 注釈902 【悩ましげにしたまふと聞きて】 大君の状態。前に食事も通らないとあったことをさす。
6.1.1 注釈903 【ことつけて】 病気にかこつけて。
6.1.2 注釈904 【おどろきながら】 以下「御あたり近く」まで、薫の詞。
6.1.3 注釈905 【苦しがりたまへど】 主語は大君。
6.1.3 注釈906 【けにくくはあらで】 そっけなくはなく。
6.1.4 注釈907 【宮の、御心もゆかでおはし過ぎにしありさまなど】 匂宮が不本意ながら立ち寄ることができなかった事情などを。
6.1.5 注釈908 【のどかに思せ】 以下「恨みきこえたまひそ」まで、薫の詞。
6.1.7 注釈909 【ここには、ともかくも】 以下「いとほしかりける」まで、大君の詞。「ここには」は妹の中君をさす。
6.1.7 注釈910 【亡き人の御諌め】 故父八宮の遺言。
6.1.9 注釈911 【世の中は、とてもかくても】 以下「となむ思ひはべる」まで、薫の詞。「世の中」は夫婦仲をいう。『異本紫明抄』「世の中はとてもかくても同じこと宮も藁屋も果てしなければ」(新古今集雑下、一八五一、蝉丸)を指摘。
6.1.9 注釈912 【御心どもには】 大君と中君の御心中。
6.1.10 注釈913 【人の御上をさへ扱ふも、かつはあやしくおぼゆ】 『完訳』は「自分の恋もかなわぬのに、匂宮の世話までやくのも、一面では妙な感じ。自嘲ぎみの感慨である」と注す。
6.1.11 注釈914 【いと苦しげにしたまひければ】 主語は大君。
6.1.11 注釈915 【疎き人の御けはひの】 薫をさす。
6.1.12 注釈916 【なほ、例の、あなたに】 女房の詞。西廂の客間に勧める。
6.1.14 注釈917 【まして、かくわづらひたまふほどの】 以下「仕うまつる」まで、薫の詞。
6.1.14 注釈918 【思ひのままに参り来て】 『集成』は「何もかも投げ出してやって参りましたのに」。『完訳』は「ただ心配のあまりお訪ねしてしまったのに」と訳す。
6.1.14 注釈919 【誰れかは--仕うまつる】 反語表現。私薫しかいない、意。
6.1.15 注釈920 【いと見苦しく、ことさらにも厭はしき身を】 大君の心中。薫の指図を聞きながら思う。
6.1.15 注釈921 【思ひ隈なくのたまはむもうたてあれば】 『完訳』は「せっかくのご親切に対して察しもつかぬようにお断りをおっしゃるのも不都合なことだし」と注す。
6.1.15 注釈922 【さすがに、ながらへよと思ひたまへる心ばへもあはれなり】 『集成』は「それでもやはり、長生きせよと願っていられる(薫の)気持もうれしく思われる。「さすがに」は、「ことさらにもいとはしき身を、と聞きたまへど」に応じる」。『完訳』は「薫の言動に、大君は一面ではやはり、誠意を認めて感動する」と注す。

第二段 大君、匂宮と六の君の婚約を知る

6.2.1 注釈923 【すこしもよろしく】 以下「聞こえさせむ」まで、薫の詞。
6.2.2 注釈924 【日ごろ経ればにや】 以下「こなたに」まで、大君の詞。
6.2.3 注釈925 【いとあはれに】 以下、薫の気持ちに即した叙述。
6.2.3 注釈926 【ありしよりはなつかしき御けしきなるも】 『完訳』は「病床近くに招き入れるといった、今までにない親しい扱いに、薫は胸騷ぎがする」と注す。
6.2.3 注釈927 【聞こえたまひて】 大島本は「きこえ給て」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「聞こえたまふ」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
6.2.4 注釈928 【苦しくて】 以下「ためらはむほど」まで、大君の詞。
6.2.6 注釈929 【かかる御住まひは】 以下「移ろはしたてまつむ」まで、薫の詞。
6.2.6 注釈930 【所さりたまふにことよせて】 薫は転地療法にかこつけて、大君を都の適当な場所に移そうとする。
6.2.7 注釈931 【阿闍梨にも】 故八宮の師である宇治山の阿闍梨。
6.2.8 注釈932 【この君の御供なる人の】 薫の供人。「人の」の「の」は格助詞、同格の意。
6.2.8 注釈933 【寄りたるなりけり】 大島本は「なりけり」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「ありけり」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
6.2.8 注釈934 【おのがじしの物語に】 薫の供人とその恋人の世間話。
6.2.9 注釈935 【かの宮の、御忍びありき】 以下「おぼろけならぬことと人申す」まで、供人の匂宮についての噂話。
6.2.9 注釈936 【籠もりおはします】 大島本は「おハします」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「おはしますこと」と「こと」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
6.2.9 注釈937 【たまへるなる】 大島本は「給へるなる」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「たまふべかなる」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
6.2.9 注釈938 【女方は】 夕霧の六君。
6.2.9 注釈939 【ありぬべかなり】 連語「ぬべし」の連体形。確信に満ちた推量のニュアンス。「なり」伝聞推定の助動詞。
6.2.10 注釈940 【宮はしぶしぶに思して】 匂宮。六君との結婚に気が進まない。
6.2.10 注釈941 【あらざめり】 推量の助動詞「めり」。供人の主観的推量のニュアンス。
6.2.11 注釈942 【わが殿こそ】 薫をさす。係助詞「こそ」は「もて悩まれたまへ」にかかる。
6.2.11 注釈943 【渡りたまふのみなむ】 係助詞「なむ」は結びの流れ。
6.2.12 注釈944 【さこそ言ひつれ】 薫の供人の恋人の詞。供人の話を間接話法で周囲の女房にかたる。
6.2.12 注釈945 【人びとの中にて】 女房たちの中で。
6.2.12 注釈946 【語るを聞きたまふに】 主語は大君。
6.2.13 注釈947 【今は限りにこそあなれ】 以下「深きなりけり」まで、大君の心中。匂宮と六君の結婚話を聞いて絶望を感じる。
6.2.13 注釈948 【定まりたまはぬ】 大島本は「給ハぬ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「たまはぬほどの」と「ほどの」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
6.2.13 注釈949 【中納言などの思はむところを思して】 薫の思惑。
6.2.14 注釈950 【思ひ知らず】 大島本は「思ひしらす」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「思ひ知られず」と「れ」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
6.2.14 注釈951 【いとど身の置き所のなき心地して、しをれ臥したまへり】 大島本は「をき所の」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「身の置き所」と「の」を削除する。『新大系』は底本のままとする。精も根も尽き果てた様子。『完訳』は「薄情な匂宮への恨めしさ。それより、妹の親代りへとしての責任を痛感。しかしなすすべもなく無力」と注す。
6.2.15 注釈952 【思ふらむところの苦しければ】 主語は女房たち。
6.2.15 注釈953 【中の君】 大島本は「中の君」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「姫宮」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
6.2.15 注釈954 【もの思ふ時のわざと聞きし、うたた寝の御さまの】 『源氏釈』は「たらちねの親のいさめしうたた寝は物思ふときのわざにぞありける」(拾遺集恋四、八九七、読人しらず)を指摘する。
6.2.15 注釈955 【親の諌めし言の葉も】 前の引歌「たらちねの」歌の言葉による。故父八宮の遺言をさす。
6.2.16 注釈956 【罪深かなる底には】 以下「見えたまはぬよ」まで、大君の心中。「なる」伝聞推定の助動詞。罪深い人の行くところ、すなわち地獄をさす。
6.2.16 注釈957 【よも沈みたまはじ】 主語は故父八宮。
6.2.16 注釈958 【いづこにもいづこにも】 大島本は「いつこにも/\」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「いづくにもいづくにも」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
6.2.16 注釈959 【迎へたまひてよ】 私を。『完訳』は「亡父に抱きとめられたい思い。死への道が刻々と近づく趣である」と注す。
6.2.16 注釈960 【もの思ふ身ども】 複数を表す接尾語「ども」、大君と中君の姉妹をさす。
6.2.16 注釈961 【見えたまはぬよ】 主語は故八宮。

第三段 中の君、昼寝の夢から覚める

6.3.1 注釈962 【夕暮の空のけしきいとすごくしぐれて】 初冬の山里の荒寥たる風景。大君の心象風景。
6.3.1 注釈963 【思ひ続けられて】 主語は大君。
6.3.1 注釈964 【添ひ臥したまへるさま】 几帳の陰に添って臥しているさま。
6.3.2 注釈965 【白き御衣に】 清浄なさま。病中の体。
6.3.2 注釈966 【見知らむ人に見せまほし】 語り手の評語。暗に薫をさしていう。
6.3.3 注釈967 【昼寝の君】 中君。
6.3.4 注釈968 【故宮の夢に見えたまひつる】 大島本は「見え給つる」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「見えたまへる」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。以下「こそほのめきたまひつれ」まで、中君の詞。
6.3.4 注釈969 【このわたりにこそ】 『集成』は「手で指し示す体」と注す。
6.3.6 注釈970 【亡せたまひて後】 以下「見たてまつらね」まで、大君の詞。
6.3.8 注釈971 【このころ明け暮れ】 以下「身どもにて」まで、大君の心中。
6.3.8 注釈972 【罪深げなる身どもにて】 女は罪障が深く極楽往生も難しいとする仏教思想。
6.3.9 注釈973 【人の国にありけむ香の煙ぞ】 『源氏釈』は「白氏文集」李夫人の反魂香の故事を指摘する。

第四段 十月の晦、匂宮から手紙が届く

6.4.1 注釈974 【折は、すこしもの思ひ慰みぬべし】 『集成』は「草子地」。『完訳』は「語り手の推測」と注す。
6.4.1 注釈975 【御方は】 中君。匂宮の夫人という意味での呼称。
6.4.2 注釈976 【なほ、心うつくしく】 大島本は「心うつくしく」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「心うつくしう」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。以下「頼まれはべる」まで、大君の詞。
6.4.2 注釈977 【かくてはかなくもなりはべりなば】 主語は大君。自分の死後を想像していう。
6.4.2 注釈978 【これより名残なき方にもてなしきこゆる人もや】 匂宮以上にひどい男が現れるのではないか、と危惧する。
6.4.2 注釈979 【この人の】 匂宮。
6.4.2 注釈980 【さやうなるあるまじき心】 前出の「これより名残なき方にもてなしきこゆる」を受ける。
6.4.2 注釈981 【頼まれはべる】 「れ」自発の助動詞。『完訳』は「保護者の役割程度を宮に期待」と注す。
6.4.4 注釈982 【後らさむと】 以下「いみじくはべれ」まで、中君の詞。
6.4.6 注釈983 【限りあれば】 以下「命にかは」まで、大君の詞。
6.4.6 注釈984 【片時もとまらじと】 打消推量の助動詞「じ」意志の打ち消し。生き残っていまい、の意。
6.4.6 注釈985 【明日知らぬ世の、さすがに嘆かしきも】 『源氏釈』は「明日知らぬわが身と思へど暮れぬ間の今日は人こそ悲しかりけれ」(古今集哀傷、八三八、紀貫之)を指摘。
6.4.6 注釈986 【誰がため惜しき命にかは】 『源氏釈』は「岩くぐる山井の水を結びあげて誰がため惜しき命とかは知る」(伊勢集)を指摘。
6.4.7 注釈987 【見たまふ】 匂宮からの文を。
6.4.9 注釈988 【眺むるは同じ雲居をいかなれば--おぼつかなさを添ふる時雨ぞ】 匂宮から中君への贈歌。
6.4.10 注釈989 【かく袖ひつる」など】 『源氏釈』は「いにしへも今も昔も行く末もか袖ひづるたぐひあらじな」(出典未詳)を指摘。『花鳥余情』は「神無月いつも時雨は降りしかどかく袖ひづる折はなかりき」(出典未詳)を指摘。『湖月抄』は「地」と草子地であることを指摘。語り手の推測を交えた表現。
6.4.10 注釈990 【耳馴れにたるを】 大島本は「みゝなれにたる越」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「耳馴れにたる」と「を」を削除する。『新大系』は底本のままとする。
6.4.10 注釈991 【人にめでられむと】 女たちからちやほやされようと。
6.4.10 注釈992 【若き人の心寄せたてまつりたまはむ】 中君が匂宮に。間接的な言い回し。
6.4.11 注釈993 【さばかり所狭きまで契りおきたまひしを】 接続助詞「を」について、『集成』は「あんなにご大層なまでにお約束なさっていたのに、いくら何でも、このまま終るはずはない」と逆接の意。『完訳』は「あれほど十分過ぎるほどにお約束をしておかれたのだから、今さしあたってどうあろうとまさかこのままになってしまうこともなかろうと」と順接の原因理由の意に解す。『完訳』は「以下、宮への信頼感が起るとする。大君との相異に注意」と注す。
6.4.11 注釈994 【今宵参りなむ】 使者の詞。中君の返事を催促。
6.4.12 注釈995 【霰降る深山の里は朝夕に--眺むる空もかきくらしつつ】 中君の返歌。「眺むる」の語句を用いて返す。『花鳥余情』は「霰降る深山の里の侘しきは来てたはやすく訪ふ人ぞなき」(後撰集冬、四六八、読人しらず)を指摘。『細流抄』は「深山にはあられ降るらし外山なるまさきの葛色づきにけり」(古今集、一〇七七、大歌所御歌)を指摘。
6.4.13 注釈996 【かく言ふは、神無月の晦日なりけり】 語り手の説明的叙述。
6.4.13 注釈997 【障り多みなるほどに】 『源氏釈』は「港入りの葦分け小舟障り多み我が思ふ人に逢はぬころかな」(拾遺集恋三、八五三、柿本人麿)を指摘。
6.4.13 注釈998 【五節などとく出で来たる年にて】 『集成』は「十一月の中の丑、寅、卯、辰の日に行われる儀式。普通、月に三度ある丑の日が二丑の時は、上の丑の日から行われる。今年はそれに当るのであろう」と注す。
6.4.13 注釈999 【あさましく待ち遠なり】 宇治では。語り手の感情移入による叙述。
6.4.13 注釈1000 【はかなく人を見たまふにつけても】 主語は匂宮。
6.4.14 注釈1001 【なほ、さるのどやかなる】 以下「もてなしたまへ」まで、明石中宮の匂宮への詞。
6.4.14 注釈1002 【重々しくもてなしたまへ】 『集成』は「女房として召し使うように、と忠告する」と注す。
6.4.16 注釈1003 【しばし。さ思うたまふるやうなむ】 大島本は「やうなむ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「やうなむ」など」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。匂宮の返事。「さ」は自分で考えている内容をさす。
6.4.17 注釈1004 【まことにつらき目はいかでか見せむ】 匂宮の心中の思い。中君をそのようなつらい目には遇わせられない。反語表現。
6.4.17 注釈1005 【思す御心を知りたまはねば】 文は切れずに匂宮の心中から中君へ一続きで流れていく表現。

第五段 薫、大君を見舞う

6.5.1 注釈1006 【見しほどよりは】 以下「さりとも」まで、薫の心中の思い。
6.5.1 注釈1007 【をさをさ参りたまはず】 匂宮のもとに。『集成』は「薫の立腹のさま」と注す。
6.5.2 注釈1008 【いかに、いかに】 大君の病状を見舞う文の要旨。
6.5.3 注釈1009 【修法はおこたり果てたまふまで】 薫の采配の要旨。
6.5.3 注釈1010 【よろしくなりにけりとて】 大君自身の発言。
6.5.4 注釈1011 【そこはかと痛きところもなく】 以下「思ひたまへ入りはべり」まで、弁の詞。『完訳』は「死病の徴候か。紫の上の病状とも類似」と注す。
6.5.4 注釈1012 【この宮の御こと出で来にしのち】 匂宮と六君との結婚話が出てきて後。
6.5.4 注釈1013 【御くだものを】 大島本は「御くたもの越」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「御くだもの」と「を」を削除する。『新大系』は底本のままとする。
6.5.4 注釈1014 【よに心憂くはべりける身の命の長さにて】 弁自身のことをいう。長生きしたことによってつらい目を多く見るという。
6.5.4 注釈1015 【先立ちきこえむと】 大島本は「きこえむと」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「きこえなむと」と「な」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
6.5.6 注釈1016 【心憂く、などか】 以下「おぼつかなさ」まで、薫の詞。
6.5.7 注釈1017 【ありし方に入りたまふ】 先日通された大君の病室の前の廂の間。
6.5.8 注釈1018 【かく重くなりたまふまで】 以下「かひなきこと」まで、薫の詞。
6.5.8 注釈1019 【思ふにかひなきこと】 『完訳』は「心配のしがいもない。適切な処置もなく、の非難でもある」と注す。
6.5.9 注釈1020 【験ありと聞こゆる人の限り】 効験あると言われている人々すべて。
6.5.9 注釈1021 【御修法、読経】 以下「始めさせたまはむ」まで、薫の心中の思いを地の文で叙述。
6.5.9 注釈1022 【殿人】 薫の家来、京の邸に仕えている者たち。

第六段 薫、大君を看護する

6.6.1 注釈1023 【例の、あなたに】 弁の詞であろう。いつもの客間に、の意。
6.6.1 注釈1024 【近くてだに見たてまつらむ】 薫の詞。『集成』は「せめて近くにいて看取ってさし上げたい」と訳す。
6.6.2 注釈1025 【中の宮、苦しと思したれど】 中君は大君の枕元にいる様子。
6.6.2 注釈1026 【この御仲を】 薫と大君の仲。
6.6.2 注釈1027 【なほ、もてはなれたまはぬなりけり】 女房たちの思い。
6.6.2 注釈1028 【読ませたまふ】 「せ」使役の助動詞。薫が僧侶に。
6.6.3 注釈1029 【灯はこなたの南の間にともして、内は暗きに】 母屋の南側に僧侶の関があり、その東面に薫はいる。その北側に大君の病床がある様子。
6.6.3 注釈1030 【見たてまつりたまへば】 薫が大君を。
6.6.4 注釈1031 【などか、御声をだに聞かせたまはぬ】 薫の詞。
6.6.6 注釈1032 【心地には思ひながら】 大島本は「思なから」とある。『完本』は諸本に従って「おぼえながら」と校訂する。『集成』『新大系』は底本のままとする。以下「こそはべりつれ」まで、大君の詞。
6.6.6 注釈1033 【おぼつかなくて過ぎはべりぬべきにやと、口惜しくこそはべりつれ】 『完訳』は「死を目前に、薫との不都合な関係も生じないと思うと、大君は胸奥に秘めた薫への好意をはじめて率直に告白。薫は感動のあまり嗚咽」と注す。
6.6.8 注釈1034 【かく待たれたてまつるほどまで参り来ざりけること】 薫の詞。今まで訪問しなかったことを後悔。
6.6.9 注釈1035 【御ぐしなど、すこし熱くぞおはしける】 薫は大君の額に手を当てる。熱がある様子。
6.6.10 注釈1036 【何の罪なる御心地にか。人に嘆き負ふこそ、かくあむなれ】 大島本は「かく」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「かくは」と「は」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。薫の詞。『花鳥余情』は「水ごもりの神に問ひても聞きてしが恋ひつつ逢はぬ何の罪ぞと」(古今六帖四、片恋)を指摘。
6.6.11 注釈1037 【顔をふたぎたまへるを】 大島本は「かをゝふたき給へるを」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「顔をふたぎたまへり。いとどなよなよとあえかにて臥したまへるを」と補訂する。『新大系』は底本のままとする。
6.6.11 注釈1038 【むなしく見なしていかなる心地せむ】 薫の心中の思い。
6.6.12 注釈1039 【日ごろ見たてまつりたまひつらむ】 以下「さぶらふべし」まで、薫の詞。中君に向かって言う。
6.6.12 注釈1040 【宿直人】 自分自身をいう。
6.6.13 注釈1041 【さるやうこそは】 中君の心中の思い。『完訳」は「秘密の話もあろうか、の気持」と注す。
6.6.14 注釈1042 【かかるべき契りこそはありけめ】 大君の心中の思い。身近に看病してもらうことを、前世からの宿縁であったのかと、思う。
6.6.14 注釈1043 【かの片つ方の人に】 匂宮をさす。
6.6.15 注釈1044 【むなしくなりなむ後の思ひ出にも】 大島本は「おもひてにも」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「思ひ出で」と「い」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。以下「思ひ隈なからし」まで、大君の心中の思い。『集成』は「死期に臨んで、せめていい思い出を残したいと思う」。『完訳』は「世俗的な結婚を拒否しながらも、大君は薫に真情を告白し、彼の胸奥に美しき印象を残したいとする。反俗的な愛の希求というべきか」と注す。
6.6.15 注釈1045 【夜もすがら、人をそそのかして】 主語は薫。女房たちに指図して。
6.6.15 注釈1046 【いみじのわざや】 以下「かけとどむべき」まで、薫の心中の思い。

第七段 阿闍梨、八の宮の夢を語る

6.7.1 注釈1047 【暁方のゐ替はりたる声の】 後夜から晨朝への交替。このとき、重唱となる。
6.7.1 注釈1048 【阿闍梨も夜居にさぶらひて】 徹夜で加持をすること。
6.7.2 注釈1049 【いかが今宵はおはしましつらむ】 阿闍梨の詞。
6.7.3 注釈1050 【故宮の御ことなど申し出でて】 大島本は「申いてゝ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「聞こえ出でて」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。故八宮についての夢語り。
6.7.4 注釈1051 【いかなる所に】 以下「つかせはべる」まで、阿闍梨の詞。
6.7.4 注釈1052 【涼しき方に】 極楽浄土をさす。
6.7.4 注釈1053 【先つころの】 大島本は「さいつころの」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「先つころ」と「の」を削除する。『新大系』は底本のままとする。
6.7.5 注釈1054 【俗の御かたちにて】 在俗のままの姿。極楽往生をしていないさま。中君の夢の中にも極楽往生できなかったさまが語られていた。
6.7.5 注釈1055 【世の中を深う厭ひ離れしかば】 以下「すすむるわざせよ」まで、夢の中の八宮の詞。
6.7.5 注釈1056 【いささかうち思ひしことに乱れてなむ】 「なむ」は「悔しき」に係る。『集成』は「姫君たちの身の上を心にかけてのこと、ととれる言葉」。『完訳』は「姫君たちの身を案じて。大事な臨終の際にその妄想が浮んで、往生の一念が乱れたという趣。生前の懸念が的中」と注す。
6.7.5 注釈1057 【仕うまつるべきこと】 追善供養。
6.7.5 注釈1058 【堪へたるにしたがひて】 私でできる範囲内で、の意。
6.7.5 注釈1059 【なにがしの念仏なむ】 阿彌陀の念仏。それをぼかして言ったもの。
6.7.6 注釈1060 【思ひたまへ得たることはべりて】 『完訳』は「亡き宮の成仏のために考えついた」と注す。
6.7.6 注釈1061 【常不軽をなむ】 法華経の「常不軽菩薩品」。
6.7.7 注釈1062 【君も】 薫。
6.7.7 注釈1063 【かの世にさへ妨げきこゆらむ罪のほどを、苦しき御心地にも、いとど消え入りぬばかりおぼえたまふ】 大島本は「御心ち」とある。『完本』は諸本に従って「心地」と「御」を削除する。『集成』『新大系』は底本のままとする。『完訳』は「大君の心中。父宮の往生の障害にまでなった自分たちの罪深さ」と注す。前半は大君の心中に即した叙述(心中の間接的叙述)、後半は地の文による叙述(語り手による客観的叙述)。
6.7.8 注釈1064 【いかで、かの】 以下「同じ所にも」まで、大君の心中、直接的叙述。
6.7.10 注釈1065 【そのわたりの里々】 宇治近辺の里。
6.7.10 注釈1066 【中門のもとに】 八宮邸の中門。
6.7.10 注釈1067 【いと尊くつく】 額ずく、意。礼拝する。
6.7.11 注釈1068 【切におぼつかなくて】 大君の容体が気がかりで、の意。
6.7.12 注釈1069 【不軽の声はいかが】 以下「こそはべりけれ」まで、薫の詞。
6.7.12 注釈1070 【重々しき道には行はぬことなれど】 常不軽の行は朝廷などでは行われないもの、とされている。
6.7.13 注釈1071 【霜さゆる汀の千鳥うちわびて--鳴く音悲しき朝ぼらけかな】 薫の中君への贈歌。
6.7.14 注釈1072 【言葉のやうに聞こえたまふ】 話しかけるように。和歌は節をつけて詠じた。
6.7.14 注釈1073 【つれなき人の御けはひにも通ひて】 匂宮の感じに似て。
6.7.14 注釈1074 【思ひよそへらるれど】 主語は中君。匂宮が思い出される。
6.7.15 注釈1075 【暁の霜うち払ひ鳴く千鳥--もの思ふ人の心をや知る】 中君の返歌。「霜」「千鳥」の言葉を用いて返す。
6.7.16 注釈1076 【似つかはしからぬ御代りなれど】 弁の代役をさしていう。前の「御けはひに通ひて」と対照的表現。
6.7.16 注釈1077 【かやうのはかなしごとも】 以下「いかなる心地せむ」まで、薫の心中の思い。
6.7.16 注釈1078 【つつましげなるものから】 大君の態度を想起。
6.7.16 注釈1079 【惑ひたまふ】 大島本は「まとひ給」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「思ひまどひたまふ」と「思ひ」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。

第八段 豊明の夜、薫と大君、京を思う

6.8.1 注釈1080 【宮の夢に見えたまひけむさま】 故八宮が阿闍梨の夢の中に現れたという様子を。格助詞「の」は主格。
6.8.1 注釈1081 【思しあはするに】 主語は薫。
6.8.1 注釈1082 【かう心苦しき御ありさまどもを】 以下「見たまふらむ」まで、薫の心中の思い。
6.8.1 注釈1083 【天翔りても】 『集成』は「死者の霊が成仏せぬ時、宙をさまようとされた」と注す。
6.8.1 注釈1084 【いかに見たまふらむ】 主語は八宮。
6.8.1 注釈1085 【おはしましし御寺にも】 主語は八宮。
6.8.1 注釈1086 【所々の祈りの使】 大島本は「所/\のいのりのつかひ」とある。『集成』は諸本に従って「所どころに祈りの使」、『完本』は「所どころに御祈祷の使」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
6.8.1 注釈1087 【公にも私にも、御暇のよし申したまひて】 「公」は朝廷への欠勤届け。「私」は薫の私的な主人家筋への暇乞い。例えば、匂宮邸や夕霧邸へ。
6.8.1 注釈1088 【ものの罪めきたる御病にもあらざりければ】 何かの祟による病気というのでない。原因が不明。
6.8.2 注釈1089 【みづからも、平らかに】 大君自身も。
6.8.2 注釈1090 【念じたまはばこそあらめ】 「こそ」「あらめ」は係結びの法則、逆接用法。
6.8.3 注釈1091 【なほ、かかるついでに】 以下「わざなれ」まで、大君の心中。
6.8.3 注釈1092 【この君のかく添ひて】 大島本は「かくそゐて」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「かくそひゐて」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
6.8.3 注釈1093 【かうおろかならず見ゆめる心ばへの、見劣りして】 『完訳』は「今は並大抵とは思われぬ気持が、結婚後はそれほどでもなかったのだと、双方で互いに思うようでは。結婚そのものが夫にも妻にも幻滅をもたらすとして、絶望的」と注す。
6.8.3 注釈1094 【形をも変へてむ】 出家して尼姿となる。
6.8.5 注釈1095 【とあるにても】 以下「思ふことしてむ」まで、大君の心中。生きるにせよ死ぬにせよ。出家を遂げたい。
6.8.6 注釈1096 【心地のいよいよ頼もしげなく】 以下「阿闍梨にのたまへ」まで、大君の詞。
6.8.8 注釈1097 【いとあるまじき御ことなり】 以下「思ひきこえたまはむ」まで、女房の詞。
6.8.9 注釈1098 【頼もし人にも】 薫をさす。
6.8.9 注釈1099 【口惜しう思す】 主語は大君。
6.8.10 注釈1100 【かく籠もりゐたまひつれば】 大島本は「給つれハ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「たまへれば」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。主語は薫。宇治に。
6.8.10 注釈1101 【見たまへば】 大島本は「見給へハ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「見たてまつれば」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
6.8.11 注釈1102 【豊明は今日ぞかし】 薫の心中。豊明節会、十一月上の辰の日。
6.8.11 注釈1103 【風いたう吹きて、雪の降るさまあわたたしう荒れまどふ】 薫の荒寥たる心象風景。
6.8.11 注釈1104 【都にはいとかうしもあらじかし】 薫の心中に即した叙述。
6.8.11 注釈1105 【疎くてやみぬべきにや】 薫の心中の思い。
6.8.11 注釈1106 【ただしばしにても】 以下「かたらはばや」まで、薫の心中の思い。
6.8.11 注釈1107 【思ひつることどもも語らはばや】 大島本は「ことゝもゝ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「ことども」と「も」を削除する。『新大系』は底本のままとする。『完訳』は「薫は結婚したかったことを。「つる」の完了形に注意。死が目前」と注す。
6.8.12 注釈1108 【かき曇り日かげも見えぬ奥山に--心をくらすころにもあるかな】 薫の独詠歌。『完訳』は「「光もなくて--」の景に、薫の絶望的な心象風景をかたどる歌」と注す。

第九段 薫、大君に寄り添う

6.9.1 注釈1109 【かくておはするを】 薫が付き添っていらっしゃるのを。
6.9.1 注釈1110 【例の、近き方にゐたまへるに】 主語は中君。
6.9.1 注釈1111 【いと近う寄りて】 主語は薫。
6.9.2 注釈1112 【いかが思さるる】 以下「いみじうつらからむ」まで、薫の詞。
6.9.2 注釈1113 【後らかしたまはば】 「後らかす」は「後らす」よりも使役的ニュアンスが強く出る。私をしてあとに残して逝かれたら、という自分に引きつけた物の言い方。
6.9.3 注釈1114 【ものおぼえずなりにたるさまなれど】 大君のさま。『完訳』は「病状が悪化し、意識が混濁」と注す。
6.9.3 注釈1115 【顔はいとよく隠したまへり】 『完訳』は「衰弱の顔を見られまいとする。薫に美しき印象を残して死にたいという願望」と注す。
6.9.4 注釈1116 【よろしき隙あらば】 以下「わざにこそ」まで、大君の詞。
6.9.5 注釈1117 【いよいよせきとどめがたくて】 主語は薫。
6.9.5 注釈1118 【声も惜しまれず】 「れ」自発の助動詞。『集成』は「嗚咽の声も抑えきれない」。『完訳』は「涙はもとより声も惜しまず泣かずにはいられない」と注す。
6.9.6 注釈1119 【いかなる契りにて】 以下「ふしにもせむ」まで、薫の心中の思い。
6.9.6 注釈1120 【別れたてまつるべきにか】 自分の宿縁に対する疑問を投げ掛ける。
6.9.6 注釈1121 【憂きさまを】 大君の容貌に醜いさまを、の意。
6.9.8 注釈1122 【腕などもいと細うなりて】 薫の目や手を握った感触を通しての叙述。
6.9.8 注釈1123 【衾を押しやりて】 夜具も重く感じられるさま。
6.9.8 注釈1124 【身もなき雛を臥せたらむ心地して】 大君の痩せ細ったさま。
6.9.8 注釈1125 【うちやられたる、枕より落ちたる際の】 「うちやられたる」は連体中止法。いったん余韻をもって中止し、そしてそれが、というニュアンスで下文に続く。
6.9.8 注釈1126 【いかになりたまひなむとするぞ」と】 薫の心中の思い。「と」は地の文。
6.9.8 注釈1127 【あるべきものにもあらざめりと見るが】 薫の心中の思い。前の心中の思いと並列の構文。
6.9.9 注釈1128 【心とけず恥づかしげに】 『完訳』は「薫に気を許そうともせず、近寄りにくいほど気高い様子」と注す。
6.9.9 注釈1129 【魂も静まらむ方なし】 語り手の評言。薫は物思いのあまりに魂が遊離してしまいそうだ、の意。

第七章 大君の物語 大君の死と薫の悲嘆


第一段 大君、もの隠れゆくように死す

7.1.1 注釈1130 【つひにうち捨てたまひなば】 大島本は「給なは」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「たまひてば」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。以下「思ひきこゆる」まで、薫の詞。
7.1.1 注釈1131 【命もし限りありて】 薫の寿命。
7.1.1 注釈1132 【深き山にさすらへなむとす】 出家遁世したい、という。
7.1.2 注釈1133 【いらへさせたてまつらむとて】 薫の大変に丁重な態度。
7.1.2 注釈1134 【かの御ことをかけたまへば】 中君のことをさす。
7.1.3 注釈1135 【かく、はかなかりけるものを】 以下「おぼえはべる」まで、大君の詞。『完訳』は「自分の短命が予感されたのに、情け知らずの強情者と思われるのも不本意、の意。薫の求愛を拒んできた理由として言う」と注す。
7.1.3 注釈1136 【思ひ隈なきやうに】 自分大君が情を解さない女のように、の意。
7.1.3 注釈1137 【このとまりたまはむ人を】 中君をいう。
7.1.3 注釈1138 【同じこと思ひきこえたまへと、ほのめかしきこえしに】 大島本は「おなしこと」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「同じことと」と「と」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。かつて薫と中君とを結婚させようとした事件をさしていう。
7.1.3 注釈1139 【違へたまはざらましかば、うしろやすからましと】 反実仮想の構文。
7.1.3 注釈1140 【とまりぬべうおぼえはべる】 『完訳』は「執着が残り成仏できぬ気持。亡き八の宮の迷妄も念頭にあろう」と注す。
7.1.5 注釈1141 【かくいみじう】 以下「思ひきこえたまひそ」まで、薫の詞。
7.1.5 注釈1142 【異ざまにこの世を思ひかかづらふ方のはべらざりつれば】 あなた大君以外に執着することがなかった、の意。
7.1.5 注釈1143 【御おもむけに従ひきこえずなりにし】 『集成』は「詠嘆の気持から、連体止めになる」と注す。
7.1.5 注釈1144 【今なむ、悔しく心苦しうもおぼゆる】 『完訳』は「中の君を匂宮に導いた自らの措置を、今にして悔む気持」と注す。
7.1.5 注釈1145 【うしろめたくな思ひきこえたまひそ】 中君のことをさす。現世への執着を断つように言う。
7.1.6 注釈1146 【いと苦しげにしたまへば】 主語は大君。挿入句。
7.1.6 注釈1147 【召し入れさせ--加持参らせさせたまふ】 「させ」使役の助動詞。薫が阿闍梨をして。
7.1.6 注釈1148 【我も仏を念ぜさせたまふこと、限りなし】 「させたまふ」最高敬語。語り手の評言。
7.1.7 注釈1149 【世の中をことさらに厭ひ離れね】 以下「いみじきわざかな」あたりまで、薫の心中に即した叙述。地の文と心中文が交錯。『完訳』は「俗世を厭い離れよと、格別勧める仏などが、こんな悲しい目に遭遇させるのか。源氏の晩年の述懐にも類似」と指摘。薫や源氏の仏を恨む気持ちには、底流に紫式部の仏教への不信感があろうか。
7.1.7 注釈1150 【見るままにもの隠れゆくやうにて、消え果てたまひぬるは】 大君の死。薫の目を通して叙述される。 【もの隠れゆくやうにて】-大島本は「ものかくれ行やう」とある。他本は「物ゝかれゆく」御池肖三、河内本と別本の横山本は「かくれ」(隠)とある。『集成』『完本』は諸本に従って「ものの枯れゆく」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
7.1.8 注釈1151 【引きとどむべき方なく、足摺りもしつべく】 『異本紫明抄』は「白玉か何ぞと人の問ひし時露と答へて消えなましものを」(伊勢物語)を指摘。
7.1.8 注釈1152 【思ひ惑ひたまふさまもことわりなり】 大島本は「給さま」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「たまへるさま」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。『評釈』は「作者の言葉である」と注す。
7.1.8 注釈1153 【あるにもあらず見えたまふを】 中君の有様。正気を失ったさま。
7.1.8 注釈1154 【今は、いとゆゆしきこと】 女房の詞。死の穢れから離れるように促す。

第二段 大君の火葬と薫の忌籠もり

7.2.1 注釈1155 【さりとも、いとかかることあらじ、夢か】 薫の心中に即した叙述。
7.2.1 注釈1156 【御殿油を近うかかげて】 『完訳』は「灯芯をかきあげて明るくし、大君の死顔に見入る。紫の上死去の場面に類似」と指摘。
7.2.1 注釈1157 【隠したまふ顔も、ただ寝たまへるやうにて】 前に「顔隠したまへる御袖を少し引き直して」(第七章一段)とあった。今、薫が大君の顔から袖を除けて見入っているさま。
7.2.1 注釈1158 【かくながら、虫の殻のやうにても】 以下「見るわざならましかば」まで、薫の心中。『異本紫明抄』は「空蝉は殻を見つつも慰めつ深草の山煙だに立て」(古今集哀傷、八三一、僧都勝延)を指摘。
7.2.2 注釈1159 【今はの事どもするに】 主語は女房たち。死後の処置。
7.2.2 注釈1160 【御髪をかきやるに】 主語は女房たち。大君の髪を。
7.2.3 注釈1161 【ありがたう、何ごとにて】 以下「見つけさせたまへ」まで、薫の心中。反語表現。思い諦めることができない。
7.2.3 注釈1162 【まことに世の中を思ひ捨て果つるしるべならば、恐ろしげに憂きことの、悲しさも冷めぬべきふしをだに見つけさせたまへ】 「恐ろしげに憂きことの」の格助詞「の」は同格の意。大君の死顔に彼女を厭い諦める醜さを表してほしい。
7.2.4 注釈1163 【ひたぶるに煙にだになし果ててむ】 薫の心中の思い。
7.2.4 注釈1164 【とかく例の作法どもするぞ、あさましかりける】 語り手の評言。
7.2.5 注釈1165 【空を歩むやうにただよひつつ】 薫の足腰のさま。茫然自失の体。
7.2.5 注釈1166 【限りのありさまさへ】 以下「あへなし」まで、火葬の煙を見ての薫の感想。
7.2.6 注釈1167 【御忌に籠もれる人数多くて】 『集成』は「期間は三十日。薫がいるので人数が多いのである」と注す。
7.2.6 注釈1168 【心細さはすこし紛れぬべけれど】 主語は女房たち。
7.2.6 注釈1169 【人の見思はむことも恥づかしき身の心憂さを】 『集成』は「匂宮に捨てられたと思って、大君がそれを苦に亡くなられたからである」と注す。
7.2.7 注釈1170 【宮よりも御弔らひいとしげく】 匂宮から中君への弔問。
7.2.7 注釈1171 【思はずにつくづくと】 大島本は「つく/\と」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「つらしと」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
7.2.7 注釈1172 【いと憂き人の御ゆかりなり】 語り手の評言。匂宮との何ともつらい宿縁であると評す。
7.2.8 注釈1173 【三条の宮の思されむこと】 大島本は「おほされむこと」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「思さむこと」と「れ」を削除する。『新大系』は底本のままとする。薫の母女三の宮。
7.2.8 注釈1174 【この君の御ことの心苦しさとに】 中君のお身の上のいたわしさ。
7.2.9 注釈1175 【かののたまひしやうにて】 以下「通はましものを」まで、薫の心中。『完訳』は「大君の思惑どおり大君の形見としてでも中の君と結ばれるべきだった、とする。「形見」の語に注意。薫には、大君あってこその中の君である」と注す。
7.2.9 注釈1176 【移ろふべくもおぼえ給へざりしを】 大島本は「うつろふへくも・おほえ給さりしを」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「移ろふべくはおぼえざりしを」と校訂する。『新大系』も「移ろふべくもおぼえざりしを」と「給は」を削除する。試みに「給」を「給へ」(下二段活用未然形)謙譲の補助動詞に読む。
7.2.9 注釈1177 【かうもの思はせたてまつるよりは】 大君の死によって、中君に悲しませるよりは、の意。
7.2.9 注釈1178 【尽きせぬ慰めにも見たてまつり通はましものを】 『集成』は「尽きぬ悲しみの慰めとしてでも(中の君と)連れ添うのだった。「見通ふ」は親しくする、情を通ずるというほどの意」。『完訳』は「姫宮を失ってしまった尽きぬ悲しみを慰めるためにも夫婦としてお世話申すことにすればよかったものを」と注す。
7.2.11 注釈1179 【籠もりおはするを】 薫は中陰の間、宇治に閉じ籠もる。

第三段 七日毎の法事と薫の悲嘆

7.3.1 注釈1180 【七日七日の事ども、いと尊くせさせたまひつつ】 薫が七日ごとの法要を主催する。「させ」は使役の助動詞。
7.3.1 注釈1181 【限りあれば】 『完訳』は「薫と大君は近親者でも夫婦でもないので薫は喪服を着られない」と注す。
7.3.2 注釈1182 【くれなゐに落つる涙もかひなきは--形見の色を染めぬなりけり】 薫の独詠歌。
7.3.3 注釈1183 【聴し色の氷解けぬかと見ゆるを】 『完訳』は「ここは薄紅色。直衣の色目。それが涙で凍りついたように光る」と注す。
7.3.3 注釈1184 【いとなまめかしくきよげなり】 大島本は「なまめかしく」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「なまめかしく」と「う」ウ音便化する。『新大系』は底本のままとする。語り手の評言。
7.3.4 注釈1185 【言ふかひなき御ことをば】 以下「背かせたまへるよ」まで、女房たちの詞。「言ふかひなき御こと」は大君の死をさす。
7.3.4 注釈1186 【今はとよそに思ひきこえむこそ】 薫を縁のない人として拝し上げるのは、の意。
7.3.5 注釈1187 【かたがたに背かせたまへるよ】 大君は死去し中君は匂宮と結婚して、どちらとも薫と結ばれなかった。
7.3.7 注釈1188 【この御方には】 中君をさす。
7.3.8 注釈1189 【昔の御形見に】 以下「思し隔つな」まで、薫の詞。
7.3.9 注釈1190 【よろづのこと憂き身なりけり】 中君の心中の思い。
7.3.10 注釈1191 【この君は、けざやかなるかたに】 以下「劣りたまへりける」まで、薫の心中の思い。中君を大君と対比する。
7.3.10 注釈1192 【なつかしく匂ひある心ざまぞ、劣りたまへりける】 『完訳』は「親しみ深くうるおいのある人柄という点では、大君より劣る」と注す。

第四段 雪の降る日、薫、大君を思う

7.4.1 注釈1193 【世の人のすさまじきことに言ふなる師走の月夜の】 『集成』は「『河海抄』に「清少納言枕草子、すさまじきもの、おうなのけさう、しはすの月夜と云々」とあるが現存本には見えない」。『完訳』は「十二月の月夜は殺風景なものとされた。朝顔巻」と注す。
7.4.1 注釈1194 【簾巻き上げて見たまへば、向かひの寺の鐘の声、枕をそばだてて、今日も暮れぬと】 『源氏釈』は「山寺の入相の鐘の声ごとに今日もくれぬと聞くぞ悲しき」(拾遺集哀傷、一三二九、読人しらず)、「遺愛寺の鐘は枕を欹てて聴く香炉峯の雪は簾を撥げて看る」(白氏文集巻十六、律詩・和漢朗詠集、山家)を指摘。
7.4.1 注釈1195 【かすかなる響を聞きて】 大島本は「かすかなるひゝき越きゝて」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「かすかなるを」と「響き」を削除する。『新大系』は底本のままとする。 《
7.4.2 注釈1196 【おくれじと空ゆく月を慕ふかな--つひに住むべきこの世ならねば】 薫の故大君を慕う独詠歌、第二首目。「澄む」に「住む」を掛ける。「澄む」は「月」の縁語。
7.4.3 注釈1197 【四方の山の鏡と見ゆる汀の氷】 『完訳』は「雪の積った周囲の山々の姿が映って、鏡と見まがう岸辺の氷が。凄絶な薫の心象風景である」と指摘。
7.4.3 注釈1198 【京の家の限りなくと】 以下「あらぬはや」まで、薫の目と心中にそった叙述。「京の家」は京の貴顕の邸宅。
7.4.3 注釈1199 【わづかに生き出でて】 以下「聞こえまし」まで、薫の心中。反実仮想の構文。
7.4.4 注釈1200 【恋ひわびて死ぬる薬のゆかしきに--雪の山にや跡を消なまし】 薫の故大君を慕う独詠歌、第三首目。『完訳』は「『竹取物語』の帝が、かぐや姫昇天後、ひとり長寿を保つ孤独の苦しみを思い、不死の薬を焼かせたのと、同じ発想であろう。薫の、大君に抱く絶望的な愛執に注意」と指摘。
7.4.5 注釈1201 【半ばなる偈教へむ鬼もがな、ことつけて身も投げむ】 薫の心中の思い。『大般涅槃経』第十四他の雪山童子の話を引く。
7.4.5 注釈1202 【と思すぞ、心ぎたなき聖心なりける】 『紹巴抄』は「双」と指摘。『集成』は「未練がましい道心ではある。草子地。雪山童子は求法のためだが、薫は恋ゆえだからである」と注す。
7.4.6 注釈1203 【ただ口惜しくいみじきことを】 大島本は「くちおしく」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「口惜しう」とウ音便化する。『新大系』は底本のままとする。
7.4.7 注釈1204 【御心地の重くならせたまひしことも】 以下「悩みそめしなり」まで、弁の詞。
7.4.7 注釈1205 【ただこの宮の御ことを】 匂宮の態度をさす。「かの」ではなく「この」という。
7.4.7 注釈1206 【かの御方には】 中君をさす。
7.4.7 注釈1207 【かく思ふと】 大君が心配していると。
7.4.8 注釈1208 【上べには】 下文の「--下の御心の」と呼応する構文。
7.4.8 注釈1209 【故宮の御戒めにさへ違ひぬることと】 亡き父宮の訓戒。結婚は考えるな遺言されたこと。
7.4.9 注釈1210 【折々のたまひしことなど】 大島本は「おり/\」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「折々に」と「に」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。

第五段 匂宮、雪の中、宇治へ弔問

7.5.1 注釈1211 【わが心から、あぢきなきことを思はせたてまつりけむこと】 薫の心中の思い。大君に対する反省と後悔。
7.5.1 注釈1212 【取り返さまほしく】 『全書』は「取り返す物にもがなや世の中をありしながらの我が身と思はむ」(出典未詳)を指摘。
7.5.1 注釈1213 【念誦を】 心に仏を念じ、口に仏の名号や経文を唱えること。
7.5.1 注釈1214 【まだ夜深きほどの雪のけはひ、いと寒げなるに】 格助詞「の」時間を表すとともに同格的ニュアンスも。接続助詞「に」順接の意とともに格助詞「に」の時間を表すニュアンスも。
7.5.2 注釈1215 【何人かは】 以下「雪を分くべき」まで、大徳たちの心中。
7.5.3 注釈1216 【さななり、と聞きたまひて】 主語は薫。匂宮の来訪と察知する。
7.5.3 注釈1217 【心もとなく思しわびて】 主語は匂宮。
7.5.4 注釈1218 【日ごろのつらさも紛れぬべきほどなれど】 『完訳』は「以下、中の君の心中に即す」と注す。
7.5.4 注釈1219 【思し嘆きたるさまの恥づかしかりしを】 『集成』は「姉君のお嘆きになっていたご様子に、顔向けならぬ思いがしたものだが。自分が匂宮に捨てられたために、大君を苦しませたと思うからである」と注す。接続助詞「を」弱い逆接の意。
7.5.4 注釈1220 【やがて見直されたまはずなりにしも】 『完訳』は「大君の生前、ついに匂宮の誠意の証されなかったことを嘆く」と注す。
7.5.4 注釈1221 【今より後の御心改まらむは】 匂宮の心をさす。冷淡薄情な気持ちが改まること。
7.5.4 注釈1222 【物越しにてぞ】 几帳などを隔てて。係助詞「ぞ」は「聞きゐたまへる」に係る。
7.5.4 注釈1223 【日ごろのおこたり】 主語は匂宮。以下「のたまふを」まで、挿入句。
7.5.5 注釈1224 【これも】 中君をさす。
7.5.5 注釈1225 【いとあるかなきかにて、「後れたまふまじきにや】 匂宮が物を隔てて感じ取った中君の様子。
7.5.5 注釈1226 【うしろめたういみじ】 匂宮の心中の思い。
7.5.6 注釈1227 【物越しならで】 匂宮の詞。
7.5.7 注釈1228 【今すこしものおぼゆるほどまではべらば】 中君の詞。
7.5.9 注釈1229 【御ありさまに違ひて】 以下「苦しう思すらむ」まで、薫の詞。『集成』は「こちらのお嘆きもよそに、薄情とも思えるお扱いぶりが。二カ月にわたって通って来ないことを言う」。『完訳』は「こちらの心痛に察しのない、薄情な匂宮のなさりようが」と注す。
7.5.9 注釈1230 【昔も今も】 大君の生前も死後の今も、の意。
7.5.9 注釈1231 【月ごろの罪は】 一月余りの夜離れの罪。
7.5.9 注釈1232 【かやうなること、まだ見知らぬ御心にて】 匂宮は妻から薄情を厳しく責め立てられた経験をもたない、と薫はいう。
7.5.10 注釈1233 【賢しがりたまへば】 『完訳』は「匂宮のことまで口出しするとは、おせっかいな、の気持」と注す。
7.5.11 注釈1234 【あさましく】 以下「忘れたまひけること」まで、匂宮の詞。
7.5.12 注釈1235 【嘆き暮らしたまへり】 物を隔てたままの状態で一日が暮れた。

第六段 匂宮と中の君、和歌を詠み交す

7.6.1 注釈1236 【人やりならず嘆き臥したまへるも】 主語は匂宮。
7.6.1 注釈1237 【聞こえたまふ】 大島本は「きこえの給」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「きこえたまふ」と「の」を削除する。『新大系』は底本のままとする。『集成』『完本』に従う。
7.6.1 注釈1238 【千々の社をひきかけて】 『異本紫明抄』は「誓ひつることのあまたになりぬれば千々の社も耳馴れぬらむ」(出典未詳)を指摘。
7.6.1 注釈1239 【いかでかく口馴れたまひけむ】 中君の心中。
7.6.1 注釈1240 【え疎み果つまじかりけり】 大島本は「はつましかりけり」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「はつまじかりけりと」と「と」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
7.6.2 注釈1241 【来し方を思ひ出づるもはかなきを--行く末かけてなに頼むらむ】 中君の匂宮への贈歌。
7.6.3 注釈1242 【なかなかいぶせう、心もとなし】 『集成』は「(こんな歌を聞いては)かえって胸のやる方なく気が気でない。匂宮の気持に即して書く」と注す。
7.6.4 注釈1243 【行く末を短きものと思ひなば--目の前にだに背かざらなむ】 匂宮の返歌。「行く末」の語句を用いて、「なに頼むらむ」を「背かざらなむ」と切り返して返す。
7.6.5 注釈1244 【何事も】 以下「な思しないそ」まで、匂宮の返歌に続けた詞。
7.6.5 注釈1245 【いとかう見るほどなき世を】 『集成』は「何ごとも、このように瞬く間に変る世の中ですから。大君の死を念頭において言う」と注す。
7.6.7 注釈1246 【心地も悩ましくなむ】 中君の詞。
7.6.8 注釈1247 【人の見るらむも】 以下、匂宮に即した叙述。
7.6.8 注釈1248 【恨みむも】 中君が私匂宮を。
7.6.8 注釈1249 【あまりに人憎くも】 匂宮の心中。中君をあまりに冷淡過ぎる態度だと思う。
7.6.8 注釈1250 【ましていかに思ひつらむ】 自分匂宮以上に相手の中君は、の意。
7.6.9 注釈1251 【主人方に住み馴れて】 薫の態度。主人顔をして住みついている様。
7.6.9 注釈1252 【あはれにもをかしうも御覧ず】 『完訳』は「宮はしんみりした気持になられるが、また一方おもしろくもお感じになる」と注す。
7.6.9 注釈1253 【いといたう痩せ青みて、ほれぼれしきまでものを思ひたれば】 主語は薫。匂宮の目を通しての叙述。
7.6.9 注釈1254 【心苦しと見たまひて】 主語は匂宮。薫への同情の気持ち。
7.6.10 注釈1255 【ありしさまなど】 以下「聞こえめ」まで、薫の心中。
7.6.10 注釈1256 【いと心弱く】 以下、薫の心中に即した叙述。
7.6.10 注釈1257 【見苦しくはあらで、いよいよものきよげになまめいたるを】 『完訳』は「憔悴がかえって美貌を際だてる趣」と注す。
7.6.10 注釈1258 【女ならば、かならず心移りなむ】 匂宮が薫を見ての心中。
7.6.10 注釈1259 【おのがけしからぬ御心ならひに】 語り手の匂宮の人間性を批評しての表現。
7.6.10 注釈1260 【いかで人の】 以下「移ろはしてむ」まで、匂宮の心中の思い。
7.6.10 注釈1261 【恨みをも】 六の君の父夕霧右大臣などの非難。
7.6.11 注釈1262 【かくつれなきものから】 打ち解けない中君の態度。
7.6.11 注釈1263 【内裏わたりにも聞こし召して、いと悪しかるべきに】 匂宮の心中・危惧に即した叙述。
7.6.11 注釈1264 【帰らせたまひぬ】 「せたまふ」最高敬語。匂宮の中君との身分の相違を際立たせた表現。
7.6.11 注釈1265 【つれなきは苦しきものを】 『源氏釈』は「いかで我つれなき人に身を変へて苦しき物と思ひ知らせむ」(出典未詳)を指摘。
7.6.11 注釈1266 【思し知らせまほしくて】 主語は中君。

第七段 歳暮に薫、宇治から帰京

7.7.1 注釈1267 【年暮れ方には】 大島本は「としくれかたにハ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「年の暮れがたには」と「の」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
7.7.1 注釈1268 【うち眺めつつ明かし暮らしたまふ心地】 主語は薫。場所は宇治。
7.7.2 注釈1269 【宮よりも】 京の匂宮から宇治へ。
7.7.2 注釈1270 【かくてのみやは】 薫の心中の思い。初め直接話法的叙述、後自然に地の文に移る。『集成』は「薫の心中の思い。以下、自然に地の文に移る筆致」と注す。
7.7.2 注釈1271 【聞こえたまへば】 『集成』は「ご心配申し上げなさるので」。『完訳』は「苦情を申してこられるので」と訳す。
7.7.3 注釈1272 【いみじかりし折の】 大君逝去の折をさす。
7.7.4 注釈1273 【時々、折ふし】 以下「見たてまつりさしつること」まで、女房たちの詞。
7.7.4 注釈1274 【聞こえ交はしたまひし年ごろよりも】 大君生前の薫との交際をさす。
7.7.4 注釈1275 【はかなきことにもまめなる方にも】 和歌や音楽などの風流事や実生活上の用向きの事をさす。
7.7.7 注釈1276 【なほ、かう参り来ることも】 以下「たばかり出でたる」まで、匂宮の手紙の要旨。
7.7.8 注釈1277 【后の宮、聞こし召しつけて】 『集成』は「以下、匂宮がこう言ってきた、そのいきさつを説明する」と注す。
7.7.9 注釈1278 【中納言もかく】 以下「思さるらめ」まで、明石中宮の心中。『集成』は「薫の様子から、その大君の妹とあれば、匂宮の執心も無理なかろう、と母親らしく推察する」と注す。
7.7.9 注釈1279 【二条院の西の対に】 以下「通ひたまふべく」まで、明石中宮の匂宮へ言って詞の要旨。間接話法で地の文に叙述。
7.7.9 注釈1280 【渡いたまて】 大島本は「たまて」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「たまひて」と「ひ」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
7.7.9 注釈1281 【聞こえたまひけるは】 大島本は「給ひけるハ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「たまひければ」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
7.7.9 注釈1282 【女一の宮の御方にことよせて思しなるにや】 匂宮の推測。「御方にことよせて」とは、女房としての意。『集成』は「明石の中宮は、前にこのような趣旨のことを意見しているが、匂宮にとっては、かりそめにも女房扱いは、不本意なことである」と注す。
7.7.11 注釈1283 【さななり】 中君が京に迎えられることになったことをさす。
7.7.12 注釈1284 【三条宮も造り果てて】 以下「見るべかりけるを」まで、薫の心中の思い。薫はそこに大君を迎えるつもりでいた。『完訳』は「中の君を大君の代りに。しかし、取り返しのつかない喪失感」と注す。
7.7.12 注釈1285 【なずらへて見るべかりけるを】 大島本は「なすらへて」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「なずらへても」と「も」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
7.7.13 注釈1286 【ひき返し心細し】 『集成』は「昔のことを思い返して、(何もかも失った思いで)心細い気がする」と注す。
7.7.13 注釈1287 【宮の思し寄るめりし筋は】 以下、薫の心中の思いに即した叙述。中君と薫の関係を疑る意。推量の助動詞「めり」の主観的推量の主体は薫。
7.7.13 注釈1288 【おほかたの御後見】 『集成』は「そのほかの(夫婦としてではない)大抵のお世話」と注す。
7.7.13 注釈1289 【思すとや】 『一葉抄』は「例の記者語也」と指摘。『全集』は「語り手の伝聞の体裁で言いさし、物語りの一応の決着を語りおさめる」と注す。
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